« 横書きに総ルビはいただけない | トップページ | かわゆくて、歯触りがよく、そしてもちろん美味しい、バールセンのチョコビスケット »

2012年12月12日 (水)

「鬼ヶ島通信 2012 WINTER 第50+10号」が届きました

 購読している「鬼ヶ島通信」が届きました。

 購読会員は「鬼の創作道場」に作品の応募ができ、優れた作品は掲載、全応募作品について選考委員による講評が誌上で紹介されます。

 年2回発行で、次の締め切りは2013年3月31日となっています。自由部門と課題部門があり、応募作品は1人2点まで。自由部門の文字数は2000字~12000字以内。課題部門のテーマは「まわる」(タイトルは自由)、文字数は8000字以内となっています。

 投稿方法など募集要項について、詳しくは「鬼ヶ島通信」のホームページへ。
⇒http://onigashima-press.com/

 児童文学の賞に応募しても、わたしなどはひっかかりもしないのですが(児童文学の賞では、ここ以外の応募はやめてしまいました)、全応募作品が講評を受けることができるのですから、「創作道場」はまことにありがたい賞だと思います。

  2012年9月30日締め切りの課題部門のテーマは「かさ」でした。入選発表は以下の通りです。

  • 課題部門 参考作品『青空が見えるかさ』粕谷圭子
  • 自由部門 参考作品『苦心の級友』山下修二

 わたしは課題部門に『病院で』、自由部門に幼年童話に初チャレンジした『マドレーヌとわたし』を応募していました。

 13編中、「総合的に評価の高かった『青空が見えるかさ』『点鬼堂にいらっしゃい』『病院で』『かさの効能』『雨粒のパレード』『だれも知らない空』」とあるうちの1編に入ることができました。

 自由部門は23編。「評価の比較的高かった作品『いそがばまわれ』『サルになった日』『ランドリーポポ』『苦心の級友』『三角嫌い』」とあり、わたしの作品名はありませんでした。

『病院で』に対する講評は以下のようなものでした。

病院で病気の子供同士が親しくなる過程がリアルだった。女の子の心情と少年はうまく書けていると思う。死と隣り合わせの場がよく書けている(金沢・末吉・那須田・岸井)。傘のために、無理やり物語を引っ張り出してきた感じがする。傘が生かされていない。傘を登場させなくてもいいのでは?(ひこ・那須田・野上)。伝聞で展開する部分は一工夫ほしい。青い太陽の謎が開かされる部分は、大人目線になってしまった。語りの文体は大人のもの(金沢・末吉・千葉)。何がいいたいのかよくわからなかった(柏葉)。死ぬかもしれない赤ちゃんなど、不安をあおっておいて最後は期待はずれ(千葉)。

 大人目線、大人のもの――という指摘は、参考になりました。指摘された箇所は自分でも、理屈で持って行こうとしているのではないか? 教えを垂れるような嫌らしさがあるのではないか? と、書きながら気になったところだったのです。

 最後の指摘に関しては、わたしは違和感を覚えました。なぜなら、この作品は娘が幼児の頃に入院した病院に付き添っていた間に出会った人々や出来事をリアリズムの手法で描いたもので、決して読者の不安をあおっておいて期待外れにさせるつもりで書いたものではないからです。

 死ぬかもしれない赤ちゃんは、今なお、わたしには忘れられない赤ちゃんです。また、死ぬかと思われて死ななかった少年も、わたしには忘れられない少年です。純粋に、彼らのことを書きたかったのです。

 いや、でも、わたしはこうした思い出を、エンター利用(?)してしまったような気もします。これが、賞というものの恐ろしさではないかとわたしは思うのです。

 それを思うとき、この前の回に応募した作品「卵の正体」で、ストーリーを追いすぎたばかりにかかってしまった罠を思い出さざるをえず、ここに応募し続けるということは、よき助言を受けられるありがたい面があると同時に、自らをジャンル違いの書き手へ育てようとしているのではないかという問題にぶち当たらずをえません。

 ただ、これはあくまで、純文学的手法で書いていきたい場合に限り生じることです。

 端的な言いかたをすれば、「かさ」を、ここでは子供を楽しませるためのアイテムとして、アイディアを競い合うことが求められているにもかかわらず、わたしは「かさ」をシンボリックに用いております。

 この意識のずれをわかっていながら、わたしは後者の書きかたをしてしまいました。エンター的な書きかたがわたしにはできないということです。

 わたしには幸い電子書籍という作品公開の場も見つかったことでもあり、今後の応募については慎重に検討したいと考えています。課題部門、書いてみたいとどうしても思ってしまいますが。

 幼年童話に初チャレンジした『マドレーヌとわたし』はひらがなで書いた作品で、果たしてこれが幼年童話となっているのかどうか、そこを指摘してほしかったのですが、そうした部分については講評からは読みとれませんでした。

『マドレーヌとわたし』に対する講評は以下のようなものでした。

人形と入れ替わるというアイデアは面白いが、結末があっけない(金沢・野上・柏葉・末吉)。人形と主人公が入れ替わる設定をもっと膨らませて(ひこ・那須田)。夢と現実の区別がつかなくて、全体的に夢の中のようで現実感に欠ける(千葉)。女の子と人形の無関係性には信憑性があるが、終わり方に工夫を(岸井)。

 全体が夢の中のよう、という指摘は、幼年向きではないということかもしれません。しかし幼い子供の意識の世界では、そのあたりの区別が未分化なところがあるのではないでしょうか。神秘主義的な児童文学作家は、だからこそむしろ子供の意識の世界を貴重なものと考えますわね。

 その他の技術面に関しては参考になりました。

 この『マドレーヌとわたし』でも、わたしは、娘が祖母(わたしの母)の友人から貰ったお人形が好きで、そのお人形のことを書いてみたかったのでした。過去記事で触れています。

 そのお人形の写真です。

Photo

2

『病院で』と『マドレーヌとわたし』は電子書籍にしたいと思っています。ライン以下にも公開しておきます。習作ですが、気が向かれたら、どうぞ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

『病院で』

 家をでようとしたときに、雨がふりだしたので、わたしは買ってもらったばかりのかさをさしました。
 白地に青いバラの花をちりばめた、かさです。雨のなかで、くるくるとかさをまわしていたら、弟が家のなかからとび出してきました。
 そして、かさをたたんだまま、「やあ! とう!」といいながら、雨にむかって、かさをふりまわしはじめました。
 かさを剣にして、悪者をやっつけているつもりなんです。
 おかあさんが玄関のドアにかぎをかけながら、いらいらしたようにいいました。
「康志(やすし)ったら、もう、やめなさい。おとうさんが、まちくたびれてるわよ。さあ、ふたりとも、車にいった、いった!」
 家族全員が車にのりました。いつものように、車のまえのほうにおとうさんとおかあさん、後ろのほうに弟とわたし。
 幼稚園のまえで、おとうさんは車をとめました。
 おかあさんはかさをさしながら弟と車をおりて、「じゃあ、すぐに、もどるわね。」といいました。
 弟は、おかあさんの大きなレモン色のかさの下で、黄色いかさをさし、おかあさんと歩きはじめました。すぐに立ちどまると、ふりかえって、「おねえちゃん。」といいました。
 弟の目は、大きいのですが、それが今は、すっかりまんまるに見えました。
「なあに?」というと、弟は「じゃあね。」と小さくいって、右手をあげました。
「じゃあね。」と、わたしもいって、右手をあげました。
 弟を『たんぽぽ組』まで送っていったおかあさんは、かさをたたみながら車にもどってくると、すばやく助手席にすわりました。
「いきましょうか。」と、おかあさんがいいました。
 おとうさんは「そうだな。」といって、おかあさんを見ると、ぎょっとし、「おまえ、髪がぬれているぞ。」といいました。
 おかあさんは、ハンカチでぬれた頭をおさえるようにしたあと、体をふるわせて、いいました。
「ああ、寒い。雨だと、気がめいるわねえ。晴れてくれないかしら。」
 弟も、おかあさんも、おとうさんも、なんだか、おかしなかんじでした。でも、それはきっと、わたしのせいなんです。
 わたしが、病院に入院しなければならなくなったから……。
 小学校をなん日休むことになるのかは、まだわかりません。検査の結果しだいってことみたい。その結果によっては、ちょっと大変なことになるかもしれないんですって!
 おとうさんとおかあさんが、そんなふうなことを、ヒソヒソ声で話しているのが、きこえてしまったってわけなんです。
 ただ、その結果によっては、ぜんぜん大変なことにはならないってことも、いえるわけでしょう?
 大変なことにならなければいいな、と思います。なんでもなかったときは、入院って、ちょっとロマンティックなかんじがしていたのですけれど、ほんとうになってみると、落ちつかない、変なかんじなんです。
 あのね、なかよしの沙織(さおり)ちゃんをねらっている、僚(つかさ)って子がいるの。僚ちゃんには、ほかになかよしがいるんだけれど、わたしと沙織ちゃんが二人だけでいると、きまって、やってくるわけ。
 そして、沙織ちゃんだけに話しかけたり、笑いかけたりするんです。わたしは、だんだん、透明人間になったみたいな気がしてきます。もちろん、沙織ちゃんは、わたしと僚ちゃんに、おなじように話しかけたり、笑いかけたりしてくれます。
 もし、小学校を休んでいるあいだに、沙織ちゃんが僚ちゃんと一番のお友だちになっていたら、どうすればいいのでしょう?

 病室は、四人部屋でした。むこうの窓ぎわの小さなベッドに、あかちゃんがねていて、そばに、おばあさんがいました。こちらの窓ぎわにいたのは、卓哉というのっぽの男の子でした。わたしより一学年上だと、看護師さんがいいました。
 看護師さんが病室をでていくと、卓哉くんがわたしのベッドにやってきて、きらきらした目で、愉快そうにわたしを見ながら、いいました。
「きみ、放送部だろう? 書記をやってるよね?」
 わたしが、そうです、というと、卓哉くんはいいました。
「いやいや、ぼくはあやしい者ではないから、安心したまえ。」
 すると、おとうさんとおかあさんが、どっと笑いました。あかちゃんについているおばあさんも、笑いました。わたしは笑いませんでした。変な子。
「給食当番をしたとき、アナウンサーをやっている黒田(くろだ)ってやつに、給食を運んでやったことがあったんだ。そのときに、きみを見たのさ。黒田のことは、知ってるだろう? 黒田紘平(こうへい)。」
 そりゃ、知っていますとも。黒田さんは、放送部の部長さんですから。黒田さんにあこがれている子は、わたしのクラスにも、なん人かいました。サインをもらってきて、ってたのまれたこともあったくらいなんです。
「黒田はなかなかいいやつなんだけれど、知ってる? 頭のなかに十円玉くらいのハゲがあるんだがな。」
 わたしが返事をしなかったので、卓哉くんは、おとうさんとおかあさんにむかっていいました。
「ところが、ぼくは、もうすぐ、それより大きなハゲを頭につくる予定なんです。」
「頭の手術をうけるのかい?」
 おとうさんがびっくりして、ききました。卓哉くんは、落ちつきはらって答えました。
「ええ、いくらか、むずかしい手術という柏木(かしわぎ)先生のお話でした。柏木先生というのは、ぼくの頭を手術してくれる脳神経外科医です。みなさんに、手術の成功を祈っていただけたら、ありがたいです。」
 病室のなかが、一瞬、しーんとなってしまいました。すぐに、おかあさんが卓哉くんににうなづいてみせ、力強くいいました。
「祈っていますよ。もちろん、成功しますとも! それにしても、しっかりしているわ、あなた。マユは検査のための入院で、どれくらいの入院になるかはまだわからないんだけれど……卓哉くんみたいな子や、やさしそうなおばあさまがこの病室にはいらっしゃるから、安心だわ。」
 卓哉くんはおしゃべりすぎるので、わたしには、かれがしっかりしているのか、そうでないのかなんて、まるでわかりませんでした。
 面会時間がおわりました。おとうさんの黒いかさと、おかあさんのレモン色のかさが建物のかげからでてきて、だんだんここから離れていくのを窓から見ていると、泣きたくなってきました。わたしの青いバラのかさは、透明な袋にはいったまま、壁に立てかけられています。

 あかちゃんのおかあさんがきて、あかちゃんをだくと、おばあさんといっしょに病室をでていきました。病室には、まだ、夕食のにおいがただよっています。卓哉くんは、ベッドにねそべって図鑑を見ていました。
 わたしはベッドにすわって、ぼんやり、弟のことを考えていました。レゴであそんでいるのかしら、それとも、おとうさんとお風呂かな。
 弟は、面会にこられません。ここでは、両親と祖父母しか、面会がゆるされていないんです。
 卓哉くんが、こちらをむいて、いいました。
「ねえ、きみ。ぼくさ、手術が決まってからというもの、毎晩、夢を見るんだ。それが、あまりにはっきりとした夢なんで、現実のことと区別がつかないくらいでさ。なんだか、こわいよ。手術で、死ぬんじゃないかって。」
 わたしは、なんといったらよいかがわかりませんでした。
 卓哉くんは、わたしたちのほかには病室にだれもいないのに、声をひくめて、いいました。
「あそこのベッドのあかちゃん、血液の病気なんだって。あかちゃんなのに、青白くって、おなかがふくらんでいるだろう? あれは長くないと思うな。あかちゃんのおかあさんが、おばあさんにあかちゃんをあずけて、毎日どこへいっているか、知ってる? あちこちの神社にいっているんだ。ねえ、ぼくも、もうすぐ死ぬんじゃないかな。」
 わたしは、うっとうしくなりました。
「知らないわよ、そんなこと。神さまに、直接きいたら、どう? わたしだって、自分のことで、頭のなかがいっぱいなんだから。あなたのことまで、考えたくない。」
 卓哉くんがあやまりました。
 そして、とてもやさしい声で、「もう迷惑をかけないから、心配しないで。」といったので、わたしはなんだか、悪いことをしたような気もちになりました。
 わたしは卓哉くんに、どんな夢を見たのか、きいてみました。
 一昨日の夢では、卓哉くんは、この病室にいて、ベッドにすわっていたんだそうです。病室のなかはうす暗くて、窓の外では雨がふりつづけていたんですって。その前の夢では、海辺の漁師小屋みたいなところにいて、やっぱりそこも、うす暗く、外では雨がふりつづけていたそうなんです。
 昨日の夢が一番、ぞっとしたんですって。そのとき、看護師さんがはいってきたので、夢のお話のつづきはまた明日、ってことになりました。

 よく朝、卓哉くんは、元気がありませんでした。といっても、体のぐあいが悪いふうではありません。
 ただ、おしゃべりな卓哉くんのはずなのに、ときどき、わざとらしく笑ってみせるだけで、夢のお話のつづきもなしでした。もっとも、わたしと卓哉くんは、午前中いっぱい検査があって、いそがしかったんです。
 あかちゃんは、点滴をしていました。卓哉くんがいうように、ぜんぜん元気には見えないけれど、かわいいあかちゃんです。あかちゃんがベソをかいて、鼻の下を長くするときが一番かわいらしいと思います。
 午後、わたしたちのほかにはだれもいないプレイルームで、卓哉くんの夢のお話のつづきをきくことができました。
 一番ぞっとしたといっていた夢では、卓哉くんは、ヨーロッパにあるような古いお城にいたんですって。そのお城のなかもうす暗くて、ドアがあいたときに、雨がふきこんできたそうです。ドアをあけてはいってきたのは、真っ黒な四羽のウサギたちで、ウサギたちは棺桶をかついでいたというんです。
「それ、ほんとうにあなたの夢のなかのできごと? 『ピノッキオの冒険』に、そっくりな場面があるわよ。」
 すると、卓哉くんは長い舌をぺろりとだしました。「ばれたか。きみって、よく本を読んでいるんだね。
 わたしは卓哉くんが嫌でなくなってきて、いいました。
「あなたほどではないと思う。」
 卓哉くんは、ひきしまった顔つきになって、いいました。
「夢のなかで、お城のドアが風であいて、雨がふきこんできたっていうところまでは、ほんとうだよ。棺桶みたいな黒い木の箱が、床にあったのさ。」
 たしかに、ちょっとぞっとさせられる夢のお話でした。
 午前中、元気がなかったのは、卓哉くんが昨夜も夢を見て、それがさらにぞっとさせられるような夢だったからなんだそうです。
 卓哉くんは、その夢のなかで、墓地にいたんですって。あたりはやっぱりうす暗くて、卓哉くんは、地面にぽっかりとあいた穴を、雨にぬれながら見ていたそうなんです。
 わたしは、卓哉くんの夢のお話にたまらなくなって、いいました。
「わたしのかさを、かしてあげるわ! わたしのベットの横で、待機してくれているの。」
 卓哉くんは、すわっていた大きな積み木から、とびおりました。そして、病室にもどり、壁に立てかけたままだったわたしのかさをもってきました。「これだね。」と、うれしそうに卓哉くんはいいました。
「元気なのに、死ぬなんて思えない。」と、わたしは卓哉くんにいいました。
「うん、思えないよね。まったく、そうだ。ぼくさ、手術をするときに、ねむってしまうのが嫌なんだ。ねむったまま、いつのまにか死んでしまって、ゆうれいなんかになってしまうのがこわいんだ。ゆうれいみたいな無駄な生きものになって、うす暗いところを永遠にさまようかもしれないと思うと、ぞっとするんだ。」
 でも、卓哉くんはあかるくそういって、わたしの青いバラのかさをさしました。
 わたしは、かさをもってきてよかったと思いました。
 わたしも、卓哉くんとおなじように、自分が死んだらどうなるのだろうと考えることはあります。
 わたしもゆうれいにはなりたくありませんが、ゆうれいのことにはくわしくないから、ゆうれいについてはそれほど考えません。それより、神話にでてくる神々や妖精たちのことをずっと多く考えます。絵にかいてみたりもするんです。

 つぎの朝、わたしは卓哉くんがカーテンをあける音で目がさめました。ついで、病室をでていくスリッパの音がきこえてきました。まだ早い時刻でした。卓哉くんのスリッパの音以外、病棟はしずかでした。カーテンがしまっているので、おばあさんもまだ、あかちゃんといっしょにねむっているのだと思いました。
 わたしはカーテンをあけると、洗面用具をもって、卓哉くんのあとを追いました。
 洗面所では、のっぽの卓哉くんが背中をまるくして顔をあらっていました。
 わたしが「おはよう。」というと、卓哉くんは、目をつぶったままで顔をこちらにむけ、「ああ、きみか! おはよう。」と、いいました。
 わたしが歯をみがいたり、顔をあらったり、肩までのびた髪をとかしたりしているあいだ、卓哉くんは病室へはもどらず、せまい洗面所のなかを、クマみたいにいったりきたりしていました。わたしがなにもかもおえるのをまって、卓哉くんはいいました。
「日の出を拝みにいこうよ。よい窓があるんだ。」
 それは、新館の病棟のつきあたりにある、大きな窓でした。
 すこし雲がありましたが、空が脈うつように明るくなっていきました。オレンジ色や白銀色、黄金色などの豪華な光がさざなみのようにひろがって、空がとてもすんだ青色になったとき、屋根と屋根のあいだから、太陽がゆっくりと見えてきました。
「昨日見た夢では、青い太陽がでていたよ。」
 卓哉くんはいいました。
「青い太陽ですって! それじゃ、雨はやんでいたのね?」
 わたしがこうふんしてきくと、卓哉くんはうなずきました。
「うん。あの太陽よりうんとでかくてさ。どういってよいかわからないぐらい、きれいな青色をした太陽だったんだ。ぼくは夢のなかで、きみのかさの青いバラを思い出したよ。」と、いいました。
 わたしは、卓哉くんがこしらえたお話なのではないか、とうたがってしまいましたが、それでも、うれしい気もちでいっぱいになりました。それはまるで、太陽のぬくもりが胸いっぱいにひろがっていくようなかんじでした。

 そのあと、卓哉くんがどうなったのか、わたしは知りませんでした。わたしの退院が急に決まったからです。
 退院の朝、おかあさんがむかえにきてくれたとき、卓哉くんは看護師さんに呼ばれたため、病室にはいませんでした。わたしは、青いバラのかさをもっていっちゃっていいのかしら、とまよいました。かさがないのはこまるので、もって帰りましたけれど。
 わたしの退院から二か月半ほどたったとき、おばさんが家にあそびにきました。おばさんは、おとうさんの妹です。おばさんは、ウェッジウッドの紅茶と神秘的なお話が大すきな、ちょっと変わった人です。黄色い紙でできたように見える、変なメガネをかけています。
 そのおばさんが、自分でもってきたウェッジウッドのワイルドストロベリーの紅茶を自分でいれてのみながら、いったんです。
「霊界の太陽って、青いんだそうよ。」
 霊界って、死後の世界のこと? そこにも太陽があるの? それが青いですって?
ちょうどそのとき、ついていたテレビでクラシック番組があっていて、バイオリンの重々しい音色がきこえてきました。それがなんと、シューベルトの『死と乙女』だったんです。
 わたしは、ぞっとしてしまいました。夢のなかで卓哉くんは、死後の世界にいってきたのではないでしょうか? そして今ごろは……。
 わたしは部屋にもどると、卓哉くんのことを考え、それから家族のかさといっしょに玄関のかさ立てに立っている、わたしの青いバラのかさのことを考えました。
 夕食のとき、わたしは泣いてしまいました。
 おとうさんとおかあさんは、卓哉くんが亡くなるなんて思えないが、放送部の部長さんにきいてみるのはどうだろう、といいました。
 おばさんは、「あの世もそんなに悪いところではないって、きっと。」と、いいました。弟はおかあさんに、「おねえちゃん、どうして泣いているの?」と、きいていました。
 学校で沙織ちゃんに相談した結果、真相をたしかめようということになり、沙織ちゃんが、お昼休みに、卓哉くんのクラスまでついてきてくれることになりました。わたしたちが真剣に話していたせいか、僚ちゃんは近よってきませんでした。
 お昼休みに、わたしたちが卓哉くんのクラスの近くまでいったときでした。廊下で、バッタリ、卓哉くんにでくわしたんです。
 卓哉くんは、サッカーボールをかかえていて、とても元気そうに見えました。頭髪はみじかかったけれど、手術のあとはわかりません。それに、ますますのっぽに見えました。
「やあ、ひさしぶり! 病院では楽しかったね。きみのかさに、よろしくいっといてよ。」
 そっけない顔つきでそういうと、卓哉くんは、ほかの男子といってしまいました。
 遠ざかっていく男子たちのなかから、「かさによろしくって、なんのことだい?」とたずねる声が、きこえてきました。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

『マドレーヌとわたし』

「おきなさい、あさですよ。」
 おかあさんの こえでした。
 カーテンを あける おともして、あさの ひかりが かおに あたりました。
 でも、へんね。めが とじないなんて。すぐに、まぶしくはなくなったけれど。

「おはよう、ママン。」
 そう いったのは だれ?
 ああ、あのこ。
 ベッドに いる あのこ。
 くりいろの まきげに、ミルクのような はだをした あのこは――
 あのこは、にんぎょうの マドレーヌです。
 そして、わたしは なんと、ほんだなの あいているところに すわっています。
 
 マドレーヌが にんげんになって、わたしが にんぎょうになっていたんです。

 わたしが おかあさん、と、よんでいた おんなのひとを、マドレーヌは ママン、と、よびました。
 マドレーヌは、にほんじんの おかあさんと、フランスじんの おとうさんとの あいだに うまれた むすめだったんです。
 だから、かみの いろが くりいろで、はだが ミルクみたいに しろかったのね。

 ここは、わたしのいた にほんの まちでは ありませんでした。フランスの パリでした。
 にんぎょうの わたしには、がいこくの ことばが わかりました。
 くちは とじたままでしたから、はなしは できませんけれど。
 からだの ほかの どこかを うごかすことも、できません。
 それでも、にんげんだったときより、なんでも よく わかるんです。
 なんでも みえて、なんでも きこえました。においだって、わかりました。

 マドレーヌの いえの ずっと むこうがわにある こうえんや、そこの おはなばたけに さいている はなも みえ、かおりも かげて、きで さえずっている とりの こえも、きこえるのでした。
 こうえんの みちを いくと、ポニーとよばれる、ちいさな うまが たくさんいるところに でることも、わかりました。

 ポニーを みたいなあ、と、おもっていたら、マドレーヌが ママンに いいました。
「あのね、ママン。きょう、ポニークラブに、かすみちゃんを つれていっても いい?」
 すると、マドレーヌの ママンは、マドレーヌの ほおに キスをして、いいました。
「バッグに いれて、ロッカーに おいておくだけなのにね。ええ、かまいませんよ。」

 わたしの おかあさんに にていて、どこか ちがう、マドレーヌの ママン。
 かすみというのは、わたしの なまえです。にんげんだったときと おなじでした。
 バッグの なかに いなければならないとしても、マドレーヌと おでかけできるのは、うれしい きぶんです。

 マドレーヌは、にんぎょうだったときに わたしが きせてあげていた、みどりいろの ふくを きました。
 わたしには、みずいろの すてきな ドレスを きせてくれました。
 
「かすみちゃん、いってくるわね。」
 マドレーヌが やさしく いって、ぱっちりした ぶどういろの めで、わたしを みました。
 マドレーヌが いってしまうと、わたしは ねむくなり、つぎに めを さましたのは、マドレーヌが がっこうから かえってきたときでした。

 マドレーヌと わたしは、ママンの うんてんする くるまで、ポニークラブに いきました。
 マドレーヌの のる うまは、ミルクコーヒーの いろをし、しろい たてがみをしていました。
 わたしは、ロッカーにおかれた マドレーヌの バッグのなかに いました。
 それなのに、まるで マドレーヌになったみたいに、うまを みたり、さわったりすることが できたんです。

 うまの なまえは、ペガーズでした。
 わたしたちは、ペガーズの くびのところや、はなのところを、なでました。なでるといっても、たたくくらいにしないと、うまは かんじません。
 ペガーズの めは おおきくて、すんだ くろいろです。まつげが とても ながいの。

 わたしたちは ペガーズの せわをし、そのあとで いよいよ、ペガーズに のりました。
 ペガーズに またがると、さいしょは ぐらぐらしました。
 でも、すぐに、せなかを しゃんと のばして、じょうずに のれるようになりました。
 うまに のるのが こんなに ゆかいなことだとは、おもいませんでした。
 ペガーズが はしると、おしりが ペガーズの せなかの うえで、ポンポンって はねるんです。

 うまは、おおきい どうぶつですが、とても しずかな いきものです。
 うまには、ふしぎなところも あるの。
 のっている にんげんのことや、まわりのことやなんかも、みんな わかっていて、それでいて、なにも わからないふりを してくれているみたいに、おもえるんです。
 それって、なんだか にんぎょうみたい。

 ペガーズに のっているときは、ほかにも、ひとや うまが たくさん いるのに、ペガーズと じぶんしか いないみたいに、かんじられるんです。
 まるで、もりの なかの いずみの ほとりに、うまとだけ いるみたいな、しあわせな きぶんになります。

 かえる じかんに なりました。
 くるまに のると、マドレーヌは わたしを バッグから だし、だっこしました。そして、わたしの ほおに キスをして、うんてんしている ママンに いいました。
「わたし、おなかが ぺこぺこだわ。かすみちゃんも、おなかが ぺこぺこですって。」
 マドレーヌの いう とおり、わたしも おなかが ぺこぺこだったんです。
 すると、ママンが わらって いいました。
「ええ、ええ、わかっていますよ。」

 いえに かえると、わたしたちは キッチンに いきました。
マドレーヌの ママンが ぼうのような パンから、四まいの うすい パンきれを きりとりました。
 二まいの パンきれに、二まいの いたチョコを おき、のこりの 二まいの パンきれを、うえから それぞれに かぶせました。
 チョコレートを はさんだ、パンの おやつの できあがり!
 一つは マドレーヌのぶんで、もう一つは わたしのぶんでした。
 にんぎょうの わたしには たくさんすぎたので、マドレーヌが たべるのを てつだってくれました。
 ママン、マドレーヌ、おやつは とっても おいしかったわ。ごちそうさま!

「まあ、かすみったら、ごちそうさまですって? ゆめのなかで、どんな ごちそうを たべていたの?」
 ママンが――
 ううん、おかあさんが おおわらい。

 すっかり めが さめて、ふとんのなかから ほんだなを みると、マドレーヌが すわって、まえを みていました。
 わたしは、「マドレーヌ! マドレーヌ!」と、いって、ほんだなの マドレーヌのところへ いき、にんぎょうになってしまった からだを だきかかえました。
 マドレーヌは やさしいかおをしていて、めは ぶどういろです。

 あれは、ぜんぶ、ゆめだったのかしら?
 フランスの パリにある すてきな いえで、にんぎょうの わたしが にんげんの マドレーヌと くらしていた、あの ぜんぶが、ゆめだったのかしら?
 それとも、どちらも ほんとうなの?

 わたしは にんぎょうの マドレーヌが だいすきですが、にんげんだったときの マドレーヌも だいすきでした。
 にんぎょうの マドレーヌが かわいらしいように、にんげんだったときの マドレーヌは、ほんとうに かわいらしい おんなのこでした。
 にんげんの マドレーヌは、にんぎょうの わたしに、とっても やさしくしてくれました。
 わたしは、わたしの おかあさんと おとうさんが すきなのと おなじくらい、マドレーヌの ママンと パパが すきになりました。

 にんぎょうでいるときは ねむっている じかんが ながかったけれど、おきているときは なんでも わかっていられました。
 それに、マドレーヌの することは、どんなことでも かんじるので、じぶんが しているみたいだったんです。
 にんぎょうの マドレーヌは、にんぎょうだったときの わたしみたいなんじゃないかしら?
 わたしは にんげんだったときの マドレーヌが してくれたように、にんぎょうの マドレーヌの ほおに キスしました。

 がっこうから かえると、わたしは おかあさんと かいものに いきました。
 おかあさんと わたしは、じてんしゃで かいものに いきます。
 おかあさんの じてんしゃに くっつきすぎないように、でも、はなれすぎないように きをつけて、わたしは じぶんの じてんしゃを こぎます。
 わたしは スーパーで かいたいものが ありました。それは、あの ぼうのような パン。

「かすみが バゲットを ほしがるなんて、めずらしいわね。」
 おかあさんは ふしぎそうにしましたけれど、かってくれました。いたチョコも、かってくれました。
 わたしは、スーパーでかった パンといたチョコで、マドレーヌとじぶんの おやつを つくりました。
 わたしは キッチンの テーブルに、マドレーヌを すわらせ、そのまえに おやつのさらを おきました。
 マドレーヌは おやつを、おいしい、と、かんじてくれたかしら?

 そのよるのことでした。
 おきゃくさまが ありました。
 おきゃくさまは おとうさんの おともだちで、フランスに ながいこと すんでいたそうです。
 そのひとが くれた おみやげを みて、わたしは「わあ……」と、こえを あげました。
 おみやげは、うまの にんぎょうでした。

 おじさんは わらって いいました。
「フランスの おんなのこは、うまの にんぎょうの たてがみを とかして、あそぶんだよ。ほら、ヘアーブラシだって、ついているだろう?」
 ヘアーブラシに ヘアーゴム、アクセサリーなんかも ついていました。

 でも、うまの にんぎょうを みて わたしが おどろいたのは、それが ペガーズだったからなんです。
 そうです。
 それは、パリにある ポニークラブで、マドレーヌと わたしが なでてやって、せわをし、のった、あの うまに、まちがい ありませんでした。
 なぜって、うまの にんぎょうは ミルクコーヒーの いろでしたし、たてがみは しろかったんです。
 マドレーヌが どんなに よろこぶかしら、と、わたしは おもいました。

 わたしは ほんだなの ほんを 五さつ、べつの ばしょに うつして、マドレーヌの よこに、うまの にんぎょうを おきました。
 ねどこに はいった わたしは、マドレーヌと ペガーズを みているうちに、ねむってしまいました。
 そして、ゆめを みました。
 にんげんにもどった マドレーヌと にんげんのままの わたしが、ペガーズに のっている ゆめでした。

 ゆめのなかの ペガーズは、ポニーのような うまではなく、レースにでるような おおきい うまでした。
 だから、ふたりでも らくに のれたんです。
 わたしが まえに のって、たづなを にぎり、マドレーヌが うしろに のって、わたしの こしに つかまりました。
 ペガーズには たいそう おおきな つばさがあって、わたしたちは てんたかく まいあがりました。
 そして、あまのがわまで とんでいきました。

|

« 横書きに総ルビはいただけない | トップページ | かわゆくて、歯触りがよく、そしてもちろん美味しい、バールセンのチョコビスケット »

創作関連(賞応募、同人誌etc)」カテゴリの記事

文学 №2(自作関連)」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

瀕死の児童文学界」カテゴリの記事

電子書籍」カテゴリの記事