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2012年11月の33件の記事

2012年11月30日 (金)

最近の夢から

 夢日記はそれ専用のブログに書くことにしているので(尤も、重要な暗示を感じさせる夢や公開したくない夢はブログなどではなく、完全にプライベートな自分の日記にだけ書いている)、あまりここに書いたりはしないが、選挙が近いせいか、政局を暗示しているのだろうか、と想像したくなる夢を見る。

 小泉氏の郵政選挙の頃の夢は今でもはっきりと覚えている。小泉首相は立派なホテルに滞在していて、外国の要人らしき複数の人物と名画を分け合おうとしていた。そのあとで、若い人々とどこかへ出て行った。

 若い人々というのは小泉チルドレンだろうか。

 鳩山氏が首相になったばかりの頃に占ったタロットでは、民主政権は不慣れなために国民生活を貧困状態に導くという結論が出、自民党は反省し柔らかなムードになって元の地位に返り咲くと出た。自民党が柔らかなムードというのが占った当時はぴんと来なかったが、自民党の浪人時代(?)を支えたのが柔らかなムードの谷垣氏だったから、なるほどと今は思う。

 ただ、現時点では、自民党(・公明党)が政権を奪還できるのかどうかは微妙だろう。できたとしても、他党に連立、協力を呼びかける可能性は大いにある。

 以下は最近見た夢から。何かしら政局を暗示しているのかもしれない。30日、すなわち見たばかりの夢で、ワーキングプア問題の研究などで知られる内橋氏が出てきたのは、なぜだろう? 

11月25日

 内容ははっきりと覚えていないが、野田氏と橋下氏が出て来る夢を長々と見ていた。橋下氏が出て来る夢では、一緒に生活している女性になっていた
〔※現実には、わたしは維新の会には強い警戒心を抱いている。野田首相にも。選挙後の彼らが予想外に国政に深く関わってくるという予知夢でないことを願う〕。

11月30日

 国会。衆議院席の真ん中あたりに、経済評論家の内橋克人氏が左(前)を向いて座っている。通用口に巨大なリラックマのぬいぐるみが置かれている。

  また、25日には、以下のような物騒な夢も見た。

「カリフォルニアで暴動発生、内戦に発展する懸念」とテレビのニュースでいっている。

 夢を見て、普通は半年、長い場合は何年もあとになって夢の予知力に驚かされることがあるので、気になる夢を見たときはしばらくは頭の隅に置いておくことになる。とはいえ、ただの夢、という観点が一番大事だとわたしは考えていて、夢を深読みしすぎないようにしたい。占いについても、そう。楽しみとして、記録していきたい。

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誤使用

誤使用

昨日から、左耳下腺のあたりが脈打つみたいに、ズキンズキンと痛む。

関係ないとは思ったが、ミオコールスプレーを使ってみた。

当然ながら、全然効かなかった。耳下腺のあたりは、相変わらずズキン、ズキン。

痛みも圧迫感もなかった胸の中は、使う前と何の変化もなし。いつもは凄く効くので、普段は正しい使い方をしていることが証明された。

でも、耳の下は痛いのよ。

これはこれで、神経に障る。まさかおたふくではないだろうが、風邪から耳下腺が少し腫れたり、痛んだりすることもあるとネットに出ていたので、それだろう。

だるくて、頭もすっきりしない。

ミオコールスプレー、1回分無駄にした。

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2012年11月29日 (木)

本日、午後8時からニコニコで党首討論会だそうで

 本日、午後8時からインターネット動画番組「ニコニコ動画」で党首討論会がある旨、新聞で報じられていたので、仕方なく「ニコニコ動画」の一般会員(無料会員)登録をした。

 こういうのはテレビ番組でやってくれなくては困る。ニコニコ登録はしたものの、午後8時から1時間半だなんて、主婦は忙しい時間帯。見逃すことになりそう。

 shine追記。ニコニコに、以下のお知らせが出ていました。

【お知らせ】
今回、多数のお客様の視聴が見込まれるため、非会員の方も無制限に番組視聴できるように致しました。

 

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似た病気の人、見っけ!

 風邪が流行っているみたいだ。ここ数日、頭が重く、だるい。夫の職場でも、娘の職場でも風邪ひきが出ている模様。

 皆様インフルの予防接種はお済みでしょうか?

 わたしは、呼吸器クリニックが閉院するまでは、いつもそこで「そろそろインフルエンザの予防接種をしておいたほうがいいですよ」と注意を促され、お願していたが、喘息も循環器クリニックで診ていただくようになってからは、自分でそろそろかなと思い、受ける必要が出てきた。この時期からでは遅いかしら。やっておくべきかなあ。

 ところで、似た病気の人のブログを見つけて、ちょっと興奮している。

 初めて当ブログに似た症状でお見えになった人のために私事を詳しく書いておくと、わたしの一番根本にある困った症状は不整脈、それも誰にでもよく起きる洞性頻脈だ。だが、この月並みな不整脈、わたしの場合は起こり方が異常なのだった。

 下の子どもが幼稚園に入った頃から動悸を覚えるようになって、体がだるく、寝るとうんうん呻いて夫を怯えさせるようになった。あちこちの病院を受診したのだが、若かったということもあったのか、大した検査も受けられなかった。

 「一時的なものでしょう。気にしないように」といわれた。

 そんな病院ジプシーを続けているうちに、血圧がバカ高くなり、内科クリニックでカルシウム拮抗剤を処方して貰ったりしたが、頻脈も血圧もコントロールできなかった。怖かった。

 そのうち、眩暈が出てメニエール病といわれたり(片耳の聴力の低下など確認された)、肝機能が低下したり、お酒も飲まないのに痛風といわれたり。

 そして、慢性膵炎といわれる症状を呈するようになり、慢性膵炎ということで総合病院に通院することになった(これが誤診だったのか、改善されたのか、現時点でははっきりしない)。

 しかし、つらかったのは心臓のほうだったので、医師にしつこく訴え(このままいけば近いうちに死ぬと思うくらい、体が疲れ切っていた)、ようやく24時間心電図を装着して貰えたときは嬉しかった。とにかく苦しくてたまらず、血痰まじりのあぶくのような唾がしきりに出るようになっていて、本当に怖かったのだ。1995年1月のことだった。

 その検査の結果、140くらいの脈拍が1日中、繰り返し続いていることを確認され(寝ても覚めても小走りに走っている状態だという)、すぐに頻脈を抑える薬インデラルを処方された。その結果、大きくなっていたことがわかった心臓は元の小さめの心臓に戻り、心不全の症状も改善され、脈拍は正常となった。あんなに苦しかったのが嘘みたいだった。めでたし、めでたし。

 それで10年くらいはうまくいっていた。

 そのうち、インデラルの副作用か、別口での発症かは不明だが、冠攣縮性狭心症と思われる発作が起き、次いで喘息の発作も起きるようになって、転居先の呼吸器クリニックに飛び込んだ。喘息はそこで診て貰うことになり、心臓の異常については循環器クリニック宛の紹介状を持たされた。

 転居前にかかっていた何人目かの担当医からも紹介状は貰っていたが、それには宛名がなかった。転居先の町の病院事情には詳しくない先生だったので、わたしは仕方なく、自分で病院を探すことにしていたのだった。

 循環器クリニックの先生は、以前は総合病院の心臓血管外科で、心臓をとめずに手術をなさったりしていたという有名な先生だった。よい先生にめぐり合えた幸運を噛みしめるばかりだが、長年の病気とのつき合いで薬も増え、近頃は何しろ体力がない。

 定年退職後の夫が再就職口を探して大変だったとき、わたしも外で働きたいと思ったが、体のことを考えると、無理な状態だった。

 それに、気になる症状は増えた。目下一番気になっているのは骨腫瘍である。

 頭蓋骨の腫瘍は生検により、普通は多発しないとされる骨腫であることが判明。これが頭蓋骨にあと二つ。両膝にも同じ性質のものと思われる骨腫瘍があり、大きくなっている。それと並行するように、よく起きるようになった関節の不具合。腎臓結石とずっと続いている尿潜血。よく起きるようになった眩暈。

 ネットでリサーチすると、わたしに複数ある症状のうち、どれかが当てはまる同じ病気の人は沢山見つかるが、全体的に同じ傾向を示しているという人はこれまで見つからなかった。

 それが、今日見つかったのだ。全く同じではないが、不整脈、喘息、骨腫瘍、関節の不具合、尿潜血。付け加えるなら、婦人科の病気まで共通していた。

 ただ個別に見ていくと、違いがある。

 その人の不整脈は洞性頻脈ではなく、カテーテルアブレーションによる根治治療が可能な発作性上室性頻拍とのことだ。カテーテルアブレーションを受けられたようだ。

 また骨腫瘍も、内軟骨腫で今のところ単発であるようだ。

 わたしの骨腫瘍はどれも骨腫だろうといわれているが、生検したのは頭蓋骨にある一つだけなので、他のものが同じかどうかは生検してみないと確定診断は下せないというのが真相ではある。

 不整脈についても、一番目立ち、治療が必要なのは洞性頻脈だが、発作性上室性頻拍もあるようなことを先生はおっしゃるし、健康な人にもよく起きる期外収縮は頻繁だ。その人も期外収縮は頻繁に起こる様子。高血圧だった時期もあったようだ。

 冠攣縮性狭心症については、わたしはカテーテル検査を受けていないので、確定診断が下っているわけではない。体への負担を考えて、そのような選択がなされた。

 ニトロが効くので、間違いないといわれている。

 また、仮にカテーテル検査でどんな結果が出ようが、わたしに対して行われる治療は変わらないと日赤の先生からいわれたので、わたしもそこを押して検査を受けたいとは思わなかった。この冠攣縮性狭心症らしき訴えに関しては、その人のブログでは見当たらない。

 服用されている薬など、まだ詳しくは閲覧できていないが、わたしの症状とその人の症状にはいろいろと共通点があり、わたしにとっては現在最も注目したいブログだ。こんなことをいってよいのかどうかわからないが、砂漠で人間に遇えたみたいに嬉しい……。

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「当サイトで紹介した作家、思想家一覧」を更新しました

 トップ頁に置いている以下の記事を更新しました。

 

マダムNのエッセー」では記事タイトルのあいうえお順一覧をサイドバーにおいていますが、この一覧も人数が増えてきたので、あいうえお順に収録し直したほうがいいかもしれないと考え始めました。また、作家・思想家に限定しない人物一覧を作るべきかとも。パソコンを買い替えてからは動作が軽くなったので、そう時間はかからないと思います。

 書かなくてはならない記事が溜まっているので、まあ、そのうち。

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2012年11月28日 (水)

★当サイトで紹介した作家、思想家一覧

search ごく軽く触れたにすぎない人物から評論を試みた人物まで、
ピックアップしています(敬称略)。
番号は初出順です。
続きを読むから日付をクリックしてください、該当する記事に飛びます。

続きを読む "★当サイトで紹介した作家、思想家一覧"

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2012年11月24日 (土)

ここ二日の夕飯から

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 ここ二日の夕飯から。

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 この日のサイドディッシュのサラダには、ボルシチをした日にとっておいたビーツを使いました。サワークリームもその日使ったものですが、ビーツにはよく合います。

 写真では、あまりわからないと思いますが(クリックしたら大きくなります)、サワークリームに少しマヨネーズがかかっています。黒胡椒も……。また、やはり写真ではうまく色が出ませんでしたが、ビーツの赤がとても綺麗なんですよ。クラシック調の本当にシックな赤。この色合いの美しさももご馳走ですね。

 サワークリームがまだあるので、今度は小蕪を買ってきて小蕪のスープ煮を作ろうかと思っています。

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 これ。レシピは以下。

 スープ煮にしたこの蕪の色も、また綺麗です。サワークリームにレモン、玉ねぎ、ケッパーを混ぜたソースとよく合い、絶品。

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 あ、この日のは全体の写真がありました。メインディッシュの鮭は、以下の記事で紹介した石狩・まるだい左藤水産の『塩鮭の米糀漬け』です。

 デパートの北海道展は1日から20日までと長かったので、わたしは2回行き、そのどちらかで塩鮭の米糀漬けを買いましたが、写真の塩鮭の米糀漬けは、娘が美味しかったからと、別の日にリピートしたものです。

 米糀、わが家ではブームになるところまではいきませんでしたが、これはとても美味しかったので、米糀と塩鮭を買って自分で漬けようかとも考えましたが、かえって高くつきそうだったので、やめました。ふっくら焼き上がり、これは本当に美味しかったです。

 鮭が優しい味わいなので、なすのみそ煮があっても、しつこい感じにはなりませんでした。なすにからめたのは、栗原さんのみそだれです。 

みそだれ約1/2カップ分は、しょうゆ大さじ2、砂糖大さじ1/2、酒大さじ1、赤みそ大さじ1、白みそ大さじ2(栗原はるみ著『栗原さんちの朝20分のお弁当』文化出版局、1992年より)。

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強い胸痛にスプレー1回

強い胸痛にスプレー1回

ドン、と杭を打ち込まれたかのような強い胸痛。フリーズしちまった。このタイプの発作、怖い。

気温差にまだ慣れていない。ニトロ様々。スプレータイプは経済的で、助かる。

でも、小分けして携帯したり、家のあちこちに置いておくには舌下錠が便利。

舌下でゆっくり溶かす錠剤よりも、スプレーのほうが即効性があるような気がするので、舌下錠をほとんど使わなくなったが、時々、在庫と使用期限を確認し、なくなる前に貰わなければ。

トイレのジャムの空き瓶に入れている舌下錠の使用期限は来年の3月までだ。

夜中に目が覚めてから、ずっと「作家・思想家一覧」の更新をしながら、記事を読み返してカテゴリーを変更したりしていた。

寒いなかで根を詰めたのがよくなかったのかな?

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2012年11月23日 (金)

Kindleにわくわく

 パブーから、Kindleに対応したというお知らせが来ました。パソコンを替えてから放置気味だったパブーに行ってみたら……ホントだっ! キンドル・ペーパーホワイトがほしくなってきたなあ。

 遅い反応かもしれませんが、「Kindleダイレクト・パブリッシング」日本版がAmazon.co.jpでスタートし、ここでの個人出版が(無料で)可能になりました。希望するなら、販売地域の選択を「世界」にして、世界に向けて自分の作品を発信することもできるんですね!

 まあこれまでもBlogger、WordPressでブログ、Jimdoでホームページを作り、世界に向けて個人的な某かを発信したことがあるのだから(放置気味か非公開設定にしてノートとして使っているだけで、世界に発信というのはほとんど嘘)、わたしにとってはブログやホームページが電子書籍になるという違いがあるだけなのかもしれませんが。

 でも、出版社との縁が作れないわたしのような作家の卵にとっては、何ともいえない解放感があるのです。

 そのうち、わたしの作品を外国語に翻訳してくれる人が見つかるかもしれませんしね。現に息子が論文的な作品なら、何とか英訳できるかもしれないといってくれています(評論なら、息子の翻訳でいけるかもしれません。尤も、最近は仕事が忙しくて、こんな話、忘れたかもしれませんが)。

 Kindle出版に関しては、様子見といったところです。まずは情報収集から、と思っていまして。以下のサイトは、わかりやすいです。

 近日パブーで配信予定の電子書籍『田中さんちにやってきたペガサス』は遅れていますが、先に当ブログのトップ頁に設定している「当サイトで紹介した作家・思想家一覧」の更新を済ませたいと思っています。何しろ古いパソコンは動作が重くて重くて、一覧の更新どころではなかったのでした。

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2012年11月22日 (木)

胸の圧迫感にスプレー1回(現在25回使用)

現在25回

噴霧先がずれて、舌の付け根より先のほうにかかってしまいました。もう1噴霧必要かしら?

胸の圧迫感、頭の鈍重感、不整脈(たぶん問題のない期外収縮)がよく起きて不愉快、疲れやすい日々。

気温差がいけません。もろにナイーヴな心臓を直撃。ニトロ頼みの日々が続きそう。

パソコン操作が軽くなったので、「作家・思想家一覧」をちょこちょこ更新していました。まとまった量になったら、改めてお知らせします。

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2012年11月21日 (水)

胸の圧迫感にスプレー1回

胸の圧迫感にスプレー1回

効き方が弱い気がするので、もう1回噴霧するかどうか迷っているところ。

と書く間にも、徐々に効いてきている。胸の中は楽になった。腕の付け根辺りが涼しい。

ニトロの作用で、あちらこちらの縛りが解けていく感じだ。

冬は要注意。トイレに設置しているジャムの空き瓶の中のニトロペン(舌下錠)、使用期限が切れていないか、確認しておかなくては。外出時の携帯用も。

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2012年11月20日 (火)

寒くなってくると、ボルシチ

 昼間は暖かでも、夜になると冷えるようになりましたね。

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 昨日に続いてクッキングの記事になりますが、ボルシチを作ったので、写真をアップしておくことにしました。過去記事で紹介した大雑把なレシピはこちら。

 ボルシチは何度もアップしてきて、毎回あまり変わり映えしませんが(この作り方で充分美味しいので)、こくを出したいときは市販品のブイヨンを使います(ブイヨンなしのあっさり味もグー!)。牛の角切りは、2時間くらいコトコト煮たほうが美味しいので、ボルシチを作るときは早めに作り始めます。トマトは、あれば入れます(入れても、入れなくても美味しい!)。

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2012年11月19日 (月)

服部先生のレシピ「太刀魚のバター焼き」

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「しあわせCooking67」(デアゴスティーニ)に載っている服部幸應先生のレシピで、太刀魚のバター焼きを作りました。

 4人分で600gの太刀魚を5cm長さのぶつ切りにし、塩・こしょう・しょうゆ少々を振って、しばらくおきます。
 フライパンにサラダ油大さじ2を熱し、太刀魚の両面をこんがりと焼きます。
 焼き上がりにバター20g、しょうゆ大さじ1、酒大さじ2を振ります。
 レシピではレモンの他に、青じそのみじん切り、あさつきの小口切り、棒しょうが各適量が添えられています。

 服部先生のレシピを見ながら、丁寧な作業を経て出来上がった太刀魚のバター焼きは、格別の味わいです。レモン以外のつまは割愛してしまいましたが、レシピ通りに添えれば、お客様にもよい一品になりそうです。

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思わぬ不具合

 この記事を書く前に、次にアップする料理の記事を書いていました。

 パソコンの調子が悪くなってからはデジカメから写真を取り込むことさえ、パソコンの気分次第という感じで、取り込めないままになってしまうこともあり、料理の記事を書く気分が削がれがちでした。

 新しいパソコンにも慣れてきたので、今後はまた気が向いたときには気軽に料理の記事をアップしたいと考えています。

 ただ、新しいパソコンになってから、ココログで記事をアップするときに、思わぬ不具合の生じることがあり、HTMLを確認してもわからず、困惑してしまうことがあります。

 ゾラの記事をアップしたときに、パソコン画面で見てもHTMLを見ても異常は感じられなかったのに、携帯で見たら、ブクログの本紹介の一部が巨大な文字に変化してしまっているのは、一体何なのでしょう?

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ディープインパクトのデスクトップ壁紙

 過去記事で、スタイリッシュな壁紙を紹介しているサイト様のことを書きましたが、それからも暇さえあれば、探していました。馬好きのわたしは、馬の壁紙も探しました。たてがみを靡かせて波打ち際を走る白馬の写真の壁紙がほしかったのですが、実際に見てみると、容姿、ポーズ、背景のどれかが気に入りません。そのうち、競馬の写真に行き着きました。やはり競馬の馬綺麗ですね。

 その中でも、わたしが最も魅了されたのは、ディープインパクト。社会現象にまでなっただけあって、容姿もすばらしい。とりわけ、目に魅了されます。

 以下のサイト様に、ディープインパクトの壁紙がありました。パソコンを開くたびにあの目を見られるとは、なんという贅沢でしょう! レース中の写真もすばらしいですが、馬小屋で撮影されたと思われる、顔を大きく写し出した写真は何ともいえません。

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2012年11月18日 (日)

ゾラの書簡集から、ちょっと抜き書き

 図書館から再度借りてきていたゾラの書簡集から、ユイスマンス宛の手紙にある助言を抜書きしておこう。

 ユイスマンス研究をするつもりでカテゴリーまで作ったが、すぐに興味が失せてしまい、やめてしまった。ユイスマンスで検索してお見えになるかたには申し訳ない。

 ユイスマンスの宗教や神秘主義に対する取り組みかたには甚だ偏りがあると思う。そこに興味を惹かれる人々もいるだろうが、わたしはさほど興味が持てない。

 オカルトをデモーニッシュな崇拝と同義語扱いし、さらにそれを安直に神秘主義と結びつけてしまうという大罪を彼は犯したとわたしはみている(そこからユイスマンスは、キリスト教に認められた霊的現象をのみ別格に位置づけようとつとめた)。絢爛豪華な文体は凄いと思うが。

 以下に抜き書きするゾラの助言は文体に関するさりげないものであるが、文体が内容を映し出す道具としての側面を持つものであることを考えると、これは内容に対する助言とみることもできる。

 バルザック、ユゴー、ゾラが世を去ってから、フランス文学は総合性を喪失し始めた。趣味性を強めるようになった、あるいは姿勢が違ってきたというべきか……。

◇私のごく率直な意見をお望みであれば、あなたの作品はもっと素直に書かれたほうがよいと思います。十分豊かな文体をお持ちなのですから、文体を濫用する必要はありません。文体の力強さは言葉の色彩ではなく、その価値によって得られるべきだというのが私の意見です。私たちは皆、世界をあまりに暗く、そしてあまりに悲観的に見ています。
 それはともかく、あなたのご本を拝読して嬉しく思いました。間違いなく、あなたは明日を荷う小説家の一人です。現代の文学的貧困のなかに、あなたのような新進作家は大歓迎されるに違いありません。◆

 何とゾラは、人類史上、文学的に最も豊穣といえた時代にあって、「現代の文学的貧困」などといっている。

 現代日本の文学をゾラが見たら、どういうだろう? 言葉をなくすだろうか? わたしのような作家の卵にしてみれば、ゾラのような作家のいる文学界をめざして研鑚を積むのと、文学界に対する違和感と失望感に苦しみながら、潰されてなるものか、という必死の思いで独自の文学修業を行わざるをえないのとでは、当時の作家の卵とは置かれた環境があまりにも異なる。

 以下は、ゾラが、バルザックに関する論説記事を書いたポール・ブールジェに宛てた手紙の一部。

◇あなたはバルザックを、まるで彼が自分自身を判断するように判断しています。確かに彼は巨人ですが、どうして彼の陽気さや天真爛漫さまで取り除くのでしょうか。あなたはバルザックの偉大さを強調するのではなく、彼をうまくまとめています。〔略〕
 まあ、人間はいつでも彫像よりは偉大です。あなたは彫像を示しました。私としてはあなたの描くバルザックがもっと善良で、とりわけ等身大であることを望みます。つまりも最も幻想的な人間の一人であり、想像力に欺かれた最も誉れ高い人間の一人だったということです。◆

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2012年11月16日 (金)

デスクトップ壁紙を探しているうちに、衆院は解散。

 どうにかこうにか新しいパソコンを立ち上げたばかりで、まだ外付ハードディスクに荷物を残したまま、快適に使いこなせるようになるには時間がかかりそうですが、記事の更新くらいはできるようになりました。

 何か素敵なデスクトップ壁紙がないかと探しているうちに、以下のサイト様に辿り着きました。スタイリッシュなデスクトップ壁紙が沢山紹介されています。

 そんな時間つぶしをしているうちに、衆院は本日午後の本会議で解散、12月4日公示、同16日投開票となるそうで。衆院選は3年4カ月ぶり。どうなるんでしょう、日本は。

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2012年11月14日 (水)

パソコン、買いました。ペガサスがいました。

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 娘と共有していたパソコンがいよいよ危ないので、もう買うしかないと思い、電器店へ。

 別のメーカーのものを買うつもりでしたが、再度見ても、娘と同じものがお買い得。しかし、値上がりした展示品しか残っていませんでした。

 展示品は嫌なので、同じタイプで、ハードディスクの容量が小さいものにしようかと思いましたが、市内にある同じ電器店にないか訊いて貰ったところ、在庫が2台ありました。色も、欲しかった白がありました。

 娘が買ったときと同じ値段にして貰い、そこからさらに端数を切り捨てて貰え(2,000円+800円)、ラッキーでした。

 買ったことに満足して、設定はゆっくりしてしまうかも。

 娘のパソコンと色違いというのは、何かの教室みたいで、ちょっと変な感じです。それぞれのパソコンを持つことにしたのに、一卵性双生児みたいなパソコン。

 娘のプレゼントは今日は決まらなかったので、別の日に一緒に買いに行きます。

 ところで、2月のわたしの誕生日のプレゼント、娘から何がほしいか訊かれていながら、いえないままに、ついに娘と重なってしまい、娘から呆れられてしまいました。まあわたしにはいろいろとありましたから。

 電子書籍『田中さんちにやってきたペガサス』ができたら、パブーの製本サービスで紙の本にしたいので、それをプレゼントして貰うことにします。

 娘は、ん…年前の20分前に生まれました。

 写真は、パソコンを購入した後で行ったショッピングモールにいたペガサス。

 ペガサスの近くにわたしと娘以外の人影はなく、ペガサスがまるで、どうぞお乗りくださいといってくれているようでした。乗るのに、ちょうどよさそうな大きさだったのです。

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今日は娘の誕生日

息子から姉である娘に、シクラメンの鉢がお祝いに届きました。

ワインレッドの深みのある花色で、背の低い、密生した感じのシクラメン。名札には「AKITA Rumiko」とあります。秋田のルミコさん?

娘は、まだこの時間には生まれていませんでした。あのときは、まだ母が生きていました。時間の流れをしみじみと感じます。

今日はスウェーデンの児童文学作家、故アストリッド・リンドグレーンの誕生日です。

「Notes:アストリッド・リンドグレーン」がサイドバーのカテゴリーにあります。

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石の移動だったみたいです

虫垂炎でないかと心配でしたが、経験者に訊いたところでは、痛む箇所がお臍に近く、鈍痛で、我慢できないくらいだそうなので、痛む箇所が右脇腹(それも下のほう)、鋭い痛みかたのわたしの場合は違うんじゃないかと思います。

急に痛んで、急に痛みがなくなるあたりは、いつもの結石でしょうね。今は腰の辺りが重苦しい。

夫の定年退職後は、収入が減り、ボーナスもないので、ちょっとしたことで不安に駆られます。

パソコンは、夫の退職金から夫とわたしのお小遣いとしてわけた自分のぶんから購入するのですが、どの程度のものにするかで迷います。

夫はウィンドウズのなかったマイコンの時代からコンピュータを使っていますが(使いこなせず、ゲームをするだけで終わった)、それが新品だった以外はずっと中古品のデスクトップをくらくら買い替えています。

今はオープンソースのブレンダーという三次元コンピュータグラフィックスのソフトウェアを使って、遊んでいます。

わたしはネットリサーチとサイト管理、ワープロ機能で作品を書くくらいですが、中古品が嫌いで、新品を使い込みたいほう。

というのも、夫に貰った中古品のお古が最初のパソコン体験で、それにすっかり懲りて中古嫌いになってしまったのでした。電話機がついている、デラックスな代物ではありましたけれど(そのパソコンのこと、わたしは『お爺さん』と呼んでいました)。

そのお古のあと、娘と共有していたノートパソコンが今死にかけているパソコン。今度は共有はやめ、それぞれのパソコンを持つことにしました。

一足先に購入した娘は、新しいパソコンが気に入っているようです。娘は、メールフレンドのイタリア人二人とスカイプをするかどうかで、迷っています。警戒心からというより、会話は全く自信がないそうで。

どちらも大変な勉強家で、どんどん日本語が上達しているのがわかります。フィレンツェの書店主の男性は、独学で、ひらがなを勉強中です。源氏物語をイタリア語訳で読まれる大変な読書家。お国のものでも、文学色の高いものをお読みになるようです。

もう一人のローマ近郊に住む大学生は中国語と日本語を大学で勉強していらっしゃいますが、漢字まじりのひらがなも結構お上手。『ノルウェイの森』をお読みになったみたいですが、娘は「わたしはノルウェイの森は嫌いです」との率直すぎる返事をしたようです。

ちなみに、娘のハルキ嫌いはわたしの影響ではありません。たまたま一致しただけで、当然ながら好みは違います。そういえば、家族は、わたしが興味を持ち続けている神智学には興味を示しません。

メールフレンド二人に刺激されて、娘は最近、まるで受験生のようです。ローマ近郊に住む学生からは、互いの単語や文法の間違いを率直に、細かく指摘し合おうという提案があったそうで。

相手に無理に合わせる必要はなく、ほどほどに楽しめばいいのではないか、とわたしは思いますが、娘はそうした刺激、嫌いではありません(でも、いつまで続くかしら)。

話が逸れましたが、ノートパソコンは7年前と比べたら、新品でもずいぶんやすくなっていて驚きました。ピンからキリまであるという感じですが、いずれにせよ、昔とは性能が格段に違っていて、嬉しい驚きでした。デスクトップは数が減っているような。

わたしの創作に共感して、一緒に励んでくれるパソコン(?)にめぐりあいたいものです。

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パソコンがいよいよ……電子書籍は遅れそうです

 パソコンがいよいよ、という感じになってきました。来年の3月くらいまで持ったらいいな、と思っていましたが、だめみたいです。

 近いうちに新しいパソコンを購入し、それに慣れてからでは、児童文学作品『田中さんちにやってきたペガサス』の電子書籍化は遅れると思います。

 それに、パブーの管理画面で読み返していると、表現上の迷いが際限なく出てきて……どこかで断ち切らなくてはいつまでも本が完成しないのですが(この症状は一種のゲシュタルト崩壊か?)、一応の完成後は10日くらい、寝かせておきたい気がしてきました。それからまた読み返すとなると。

 来月になるかもしれません。

 話は変りますが、夜になってから、右脇腹が3度ほど、鋭く痛みました。いつもの結石の移動だといいのですが、盲腸なんかだと困ります。小額ながら保険には入っていますが、数日でも入院することになるでしょうから、何かと出費でしょうね。結石でありますように。

 まだパソコンからのブログの更新は可能ですが、負担をかける動作には耐えられないようです。youtubeは聴けなくなりました。何だか弱っていく様子がけなげで、人間臭いのです。酷使に耐えてくれて、感謝の気持ちでいっぱいです。 

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2012年11月13日 (火)

『ジョルジュ・サンドからの手紙――スペイン・マヨルカ島,ショパンとの旅の生活』(持田明子編、藤原書店)を読んで

 藤原書店から出ている『ジョルジュ・サンドからの手紙――スペイン・マヨルカ島,ショパンとの旅の生活』を図書館からまた借りた。

 本の初めのほうが汚されていて、再度、借りては来たものの、頁をめくる気がしなかったのだが、読んだ。

 マヨルカ島でサンドと暮らすショパンの結核(ショパンの病気は気管支炎と当人もサンドも信じていたという)の悪化ぶりが凄まじい。

 ショパンの療養を兼ねたふたりの愛の逃避行というには、そもそもサンドは子連れで、ショパンの病状は深刻になりすぎるし、自然に恵まれた別荘というには不便極まる仮の住居での生活に、ショパンの看病に、執筆に、と追われるサンドは多忙すぎる。

 ショパンはマヨルカ島でよく死ななかったものだ、と感心する。サンドの楽天性としたたかな生活術に救われた逃避行だったといえるだろう。サンドはさすがは軍人貴族の血筋だけあって、骨太の女性だ。

 主体的で、母性愛にも富んだサンドはマヨルカ島での生活以降、完全にショパンの母親と化している。友人に宛てた手紙で、「あの子」「天使」「坊や」とあるのはショパンのことである。

 しかし、なかなか到着しないピアノを待ち焦がれるショパンの様子、ショパンにとっては不快と恐怖以外の何ものでもなさそうなマヨルカ島での過酷な滞在中も作曲を続ける姿、繊細の塊のような面影を、さすがにサンドの筆はよく捉えている。以下は、本に引用されていた『わが生涯の歴史』の部分からの印象的な断片である。

◇その日は、体の調子がとても良かった彼を残して、わたしはモーリスを連れ、仮住まいに必要なものをパルマまで買いに出かけた。雨が降り始め、急流が氾濫した。三リューの道のりを戻って来るのに六時間もかかったほどの洪水であったが、途方もない危険のなか、貸し馬車の御者に放り出され、靴さえ無くして、真夜中に辿り着いた。病人が不安になっているだろうと急いだ。果たして、彼の不安は激しいものであったが、凍りついてしまったように、絶望の果ての落ち着きのなかにあった。そして、涙を流しながら、美しいプレリュードを弾いていた。私達が入って来るのを目にすると、大きな叫び声を上げて立ち上がった。それから、錯乱した様子で、そして奇妙な口調で、「ああ! 僕にはよく分かっていましたよ、あなた方が死んでしまったのが!」と言った。
 彼が正気を取り戻して、私達の様子を見たとき、彼は私達が直面した危険を思い浮かべて、気分が悪くなった。それから、私達の帰りを待っている間、こうした光景を残らず夢に見たこと、そしてこの夢と現実の区別ができなくなり自分も同じように死んでいると言い聞かせて、ピアノを弾くことで気持ちを鎮め、まどろんだようになっていたことをわたしに打ち明けた。◆

 ほとんどショパンの母親となったサンドだったが、サンドにはモーリスという男児とソランジュという女児の子供がいて、子供たちはマヨルカ島滞在で健康になっている。対照的に、ショパンはこの滞在で甚だしく健康を損ない、生活の安定まで損なわれることになった。

 パリに居心地よく整えたアパルトマン、社交界の人々や芸術仲間、生活の安定にかかわる15人ほどの生徒、楽譜出版業者たちとの絆が切れることをショパンは心配し、マヨルカ島への旅立ちを恐れたという。

 ショパンは作曲家としても、演奏家としても、教師としても優れた人物だった。サンドとの恋愛がショパンの音楽に寄与した点は勿論あっただろうが、脂がのったこの時期に、サンドの誘いかけでマヨルカ島なんぞに出かけなければ、ショパンは音楽界にとってどこまで大きな存在になりえたのか、想像もつかないくらいだ。

 そうした面から見ると、サンドはショパンにとって、疫病神に等しい。気質的に違いすぎるのである。それは、友人、知人に宛てられた彼らの手紙を読んでもわかる。感情の起伏がストレートに出がちなサンドの手紙とは対照的に、ショパンの手紙は真情の籠もった端正なものである。

 これ以後のショパンについてネットでリサーチしたところでは、サンドの子供たちとの問題が複雑に絡んで、サンドとショパンの別れにつながったようだ。モーリスはショパンに反抗的だったというし、サンドは実務的手腕のある――ちょっと身勝手なところもありそうな――女性だから、サンド側にとってはノアンの土地・家屋の相続権のことなども問題の遠因としてあったのではないだろうか。

 『ジョルジュ・サンドからの手紙――スペイン・マヨルカ島,ショパンとの旅の生活』は、サンドとショパンの人となりが生々しく伝わってくる作品の構成となっていた。

 マヨルカ島での暮らしを終え、なつかしいノアンに帰り着いたサンドは旧友バルザックに手紙を書いている。バルザックには『ベアトリックス』というサンドをモデルとした小説がある(東京創元社から出ている『バルザック全集 第十五巻』に納められている)。

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2012年11月12日 (月)

前の記事で、落ちた某児童文学賞というのは……

前の記事で、某児童文学賞に現在電子書籍化中の拙作品『田中さんちにやってきたペガサス』を応募し、引っかかりもしなかったと書きましたが、発表を確認したので、書いておきましょう。

第20回小川未明文学賞でした。大賞はもりいずみさんの『パンプキン・ロード』だそうです。

学研から出版されたら、読んで、当ブログに感想を書きたいと思っています。

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2012年11月11日 (日)

児童文学作品『田中さんちにやってきたペガサス』の電子書籍化で暮れた一日。

 先月、以下の記事でお知らせした作品の電子書籍化にかかりっきりの一日でした(夜もまた作業の予定)。

 慣れない表紙の作成だけで「おなかいっぱい」という感じになり、放置していましたが、15日くらいまでには、出したいと思っています。作品を書き上げてから、およそ1年。書き上げてすぐに某児童文学賞に応募しましたが〔※追記:発表を確認したので、書いておきますと、このとき応募したのは第20回小川未明文学賞です。大賞はもりいずみさんの『パンプキン・ロード』〕、箸にも棒にもかからぬ作品とみなされたようで、あっけなく落選。此の世から、とっくに消え去っていてもおかしくなかった作品でして、ハイ。

 でも、1年経っても、作品の存在感は消えず、電子書籍にすれば、読んでくださるかたがあるかもしれないと思いました。まあ賞には予想通り、引っかかりもしなかったわけですが、作品のなかでわたしは主人公友暁の父親の成功を一緒に味わったので、それで満足でした(嘘)。

 昨年、ペガサスを描くために、ペガサスに似た馬に乗りたいと思い、体験乗馬をさせていただいた乗馬クラブには感謝の気持ちでいっぱいです。クラブのかたは、作品が完成したら読ませてくださいといってくださいましたが、それは何か恥ずかしいなあ。

 改訂版を出すまでは無料ですので(期日は未定ですが、改訂版を有料で出したいと思っています。そのとき、これは廃版にするかもしれません)、ダウンロードも閲覧もご自由に、どうぞ。

「みにくい馬の子かと思ったら、ペガサスだったんだなあ。どおりで、きれいなひづめをしていると思ったよ。目も、まるで宝石だ。ペガサスだとしたら、こいつはそのうち、雪のように白くなるはずだ。体は雪のように白く、鼻のあなはサンゴのように赤く、黄金のつばさと真鍮《しんちゅう》のひづめとかがやく金のたてがみをもっていた――とギリシア神話にあるからな。」
 お父さんは、ミューズだけを頼りに作曲を続けてきたので、ギリシア神話にはたいそうくわしかったのでした。
 ミューズというのは九人の芸術の女神たちのことで、ペガサスのもちぬしとされていました。
 お父さんは、ペガサスの誕生から、ペガサスがミューズのもちものとなるまでの物語を、友暁とお母さんにきかせてくれました。田中さんちにやってきた子どものペガサスにも、きかせようとしているかのようでした。つぎのような物語でした。

 自分で改めて読んでみて、ペガサスは家族のなかにやってきたのだなあと思いました(作者が感想をいっちゃいけないのかもしれませんが)。

 作品に出てくるお父さんのように(作曲家の卵です)、わたしも家族にギリシア神話について話すことがあります。たまたまでしょうが、夫も、娘も、息子も、神話が好きです。ギリシア、北欧、インド、中国のお話などが夫のとわたしのとダブっていて、同じものが何冊かあります。

 また、自分の作品もわたしは、勝手に朗読したり(下手なので、読み聴かせなどは無理ですが。子供の頃から自分で読むほうが好きだったし……今の子は読み聴かせ好きな子ばかりなのかな)、プリントアウトして渡したりする癖があるので、家族はわたしが何を書いているのかを知っています(知りたくないかもしれませんが)。 

 ペガサスのお絵描きをするときに、画像検索したら、すばらしい画像が沢山出てきましたが、どれも白いたてがみに白い翼なんですね。本当は違うんですよ。ペガサスはわが家にもときどきやって来るのです、いや、ホント。だから、ペガサスのお話を書いてみたかったのです。勿論、充分に書けたとは思いませんが、ゴミ箱はペガサスの棲み処ではありません。

 ちなみに、パブーで作成中のこの作品の場合、横36字、縦40文字がよいようです。章タイトルのフォントをAR PPOP4B、フォントサイズを20にし、章タイトルを線で囲ってみました。その中を薄いピンクに(画像としてアップロード)。

 このピンクの囲いの中をもっと綺麗に仕上げれば、洒落た感じになるでしょうね。隅のほうを小花とか、ちょっとした模様で飾りたい気もしますが、これはお試し版。まずは一旦完成させ、改訂版を出すときにあれこれやってみます(時間があればですが)。 

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2012年11月 8日 (木)

胸の圧迫感、左手の痺れに1回

ミオコールスプレー使用記録

朝、ミオコールスプレーを1回噴霧したが、圧迫感が残っていた。

ニトロを使うと、消耗するので、何度も使うのは嫌なのだが、圧迫感の強まりに伴って左手が重くなり、じんじんしてきたので、使用。

舌の裏側が荒れているのか、薬がしみて痛かった。

午前中いっぱい無駄にした。

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2012年11月 7日 (水)

オバマ氏の再選

 アメリカの大統領選は、オバマ氏の再選が確実となった。

 ちょうど、テレビをつけたときにロムニー氏が演説していて、それがあまりに堂々とした演説だったので、この人が新しい大統領に選ばれたのかと錯覚してしまった。

 しかし、それは敗北宣言だった。ロムニー氏には全く興味が持てなかったが、スポットライトを浴びて演説するロムニー氏は古きよきアメリカを連想させた。

 それは所詮、日本の田舎町に住むおばさんが少女の頃にハリウッド映画から膨らませたアメリカのイメージにすぎない。

 古きよきアメリカを連想させるロムニー氏は、今のアメリカには些か時代錯誤的にも見えた。

 テレビでは、失業率の回復と自動車産業の救済がオバマ氏の勝利に結びついたといっていた。

 しかし、深夜のテレビ番組で、中間所得層のひどい落ち込みを見せられていたわたしには、アメリカの失業率が回復したというのは本当だろうか?――と、ひじょうに疑わしい気持ちが湧いてしまう。

 中間所得層が低所得層に雪崩れ込む現象がアメリカでは起きている、と番組ではいっていた。

 それに、失業率が回復したといっても、オバマ氏就任時の数字に戻っただけらしい。

 大金を注ぎ込む以外、ろくな経済対策、やってこなかったんじゃないかな、と思ってしまう。日本の民主党のように。

 ネットでリサーチしてみた。経済のことはわからないが、目立つインフラ投資など、旧式の経済対策に思えた。

 前出の番組で、低所得層に落ちかけた中間所得層の中年女性が、民間の医療保険に入れないために、医療費を払えず、請求書を沢山溜めてしまったと語っていた。

 オバマ氏の国民皆保険の夢――それはアメリカの一般国民が切望するところでもあるだろうから、ぜひ完遂させてほしい夢だが――は2010年3月に医療保険改革法を成立させたが、まだ絵に描いた餅の段階なのだろうか。

 公平な社会を唱えても、景気を回復させることができなければ、みんな仲よく貧乏になるだけだ。

 ついでに、今頃になってからだが、ロムニー氏が訴えた経済対策もリサーチ。典型的な新自由主義政策……これももはや古い気がしてしまう。これでやって先進諸国は壁にぶち当たったのではなかったか? 

 ただ、実業家としての成功、マサチューセッツ州知事として州財政を立て直したロムニー氏の実績を思えば、ちょっとやらせてみたかった気もする。ロムニー氏がモルモン教徒ということに対しては、アメリカ国民の違和感はなかったのだろうか。

 オバマ氏の勝利宣言を視聴していると、4年前の精彩にも、緊迫感にも欠けるなあと思う。

 この男で、アメリカは本当にあと4年間もやっていけるのだろうか? 4年前、オバマ氏は精彩に満ちていたが、そのときですら、わたしにはなぜか貧乏神のように見えてしまったのだった。

 いずれにしても、アメリカのツケは日本に回ってくる寸法になっているのだ。

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Mさん、お誕生日おめでとうございます

Mさん、お誕生日おめでとうございます

すてきな63歳でありますように。

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Notes:不思議な接着剤#86  宗教の違いなんていうけれど……マグダラのマリア伝説と萬子媛

 前の記事で、祐徳稲荷神社の創建者、萬子媛に触れたが、『鹿島市史真実の記録』(田中保善、平成2年)によると、萬子媛は出家して19年、数え年80歳で余命幾ばくもないと悟られた。

 寿蔵に入って座禅をし、外から岩の蓋をかぶせて貰い、禅定に入って大往生を遂げられたと伝えられる、あっぱれな大名の奥方だった。

 念仏の声は岩の蓋の外まで、1週間以上も聴こえていたという。

 萬子媛は黄檗宗(おうばくしゅう)の信者だった。ググったところ、黄檗宗とは、中国明末清初の禅宗の僧、隠元隆琦(1592-1673)によって日本に伝えられた、念仏禅を特徴とする明朝禅だそうだ。

 わたしは若気の至りで自己流の断食を試み(とても危険なことであるから、絶対にしないほうがよい)、4日でギブアップした経験があるから、体の弱った状態で岩壁に籠もり、念仏を唱えながら死ぬまで断食を続けるという行為がどれほど壮絶なことであるのかが想像できる。

 人間の体は食物がなくてもしばらくは何とかやっていけるに違いないが、水がないとだめで、わたしは断食を始めてしばらく経った頃、水分の不足から吐き気が止まらなくなった。吐く物はもう何もなくなっていのだが、腹部が怖ろしいほどに痙攣して、とにかく吐き気が止まらない。

 このままでは死ぬと思ったので、吐き気を止めるために水を飲み、もう少し断食を続けた。

 萬子媛には、そのような生理現象は起きなかったのだろうか。岩の外にまで声が聴こえたというから、ギブアップする気になれば、直ちに蓋は除けられたに違いない。

 萬子媛がいくら筋金入りの尼さんだったとはいえ、外で成り行きを見守る人々は、どんなにハラハラしたことだろう。

 亡くなったのは宝永2年(1705年)、4月10日だったという。

 今年は2013年だから、萬子媛の大往生時から308年経っている。あの世で楽しく遊び暮らす(?)こともおできになっただろうに、創建者の努めとして、俗人の群れを300年以上も見守り続けるということをなさっているというわけだ。

 究極のボランティア、としかいいようがない。

 わたしは萬子媛があの世で具体的にどんな暮らしを送り、どのような見守りかたをなさっているのか――つまり、そのボランティア体制とか、期間の問題とかだが――神秘主義者として興味がわくところだ。

 わたしは同じようにサント=ボームの岩山の洞窟内に30年籠もって悔い改めの修行生活を送り、そこで亡くなったと伝えられるマグダラのマリアを連想せざるをえない。

 プロヴァンスに伝えられるこの話が本当だとしたら、マグダラのマリアもまた、そこを拠点として究極のボランティアを続けていらっしゃるのだろうか。

 いずれにせよ、この両者、どこが違うというのだろう?

 修行法、亡くなりかたはよく似ているし、その方々を慕ってご利益に与ろうとする俗人の群れ(わたしもその一人だが)にしても、たぶん性質は同じだ。

 ましてや、過去記事で書いたように、おそらくイエスの愛弟子だったに違いないマグダラのマリアは、イエスがそうであったようにエッセネ派の影響を受けたことはほぼ間違いないと思われる。

 このエッセネ派とはブラヴァツキーのリサーチによると、ピュタゴラス派で、死海の畔に居を構えていた仏教徒(プルニウス『博物誌』)の影響を受けたという。そして、その影響によって思想体系が完成されたというよりも、むしろ崩れていった。

 萬子媛は仏教徒であったが(稲荷大神を奉祀されていたのは、当時は自然なことであった神仏混淆のためである)、19世紀末にエジプトで発見されたパピルス写本『マリア福音書』など見ても仏教的ムードがあることからして、マグダラのマリアにも、エッセネ派などを通して仏教的な何らかの影響が及んでいたということも考えられる。

 仏教の本質は神秘主義で、徹底した自力本願であるが、未熟であることを自覚する人間が徳のある方々を慕い、その徳に薫染したいと願うのは自然なことだと思う。徳のある方々は、この世にばかりいらっしゃるのではなくて、むしろあの世のほうにいらっしゃることをわたしは知っている(その逆のおぞましい存在もまた……)。

 わたしは萬子媛の史跡(祐徳稲荷神社にある石壁神社)を訪ね、そこで萬子媛に霊的にお目にかかって魅了された。マグダラのマリアの聖地も訪ねてみたいと思っているのだが、この懐の寒さでは今生では無理かもしれない。

 マグダラのマリア伝説に触発されて執筆を始めた『不思議な接着剤』はマリアの聖地やカタリ派の里を訪ねずして書くのは難しく、中断したままだが、どうしよう、例のミニチュアだけでも書いておこうかしら。

 今ちょっと時間がないので、推敲する時間がありません。この記事は書きかけです。

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2012年11月 6日 (火)

Notes:不思議な接着剤#85  ユダヤ教を国教としたバザール汗国

 聖書絡みでユダヤ人というと、バビロン捕囚で有名な、黒い髪、黒い目を持つセム系の人々を連想してしまうが、現代社会でユダヤ人というと、むしろ白人系の人々を連想する。

 ユダヤ人が「ユダヤ教を信仰する民族」と定義されることを考えると、これは別に不思議なことではないが、わたしはこのことを知るまではセム系の『モーセの民』が全てのユダヤ人の起源だと勘違いしていた。

 離散した各地での混血により、白人系のユダヤ人が増えていったのだろうと、そんな風に想像していた。これにはユダヤ人を血統で選別したヒトラーの考えかたが知らず知らず影響していたのかもしれない。

 37年から100年頃に生きたユダヤの歴史家『フラウィウス・ヨセフス伝』で見たように、ヨセフスの時代、ユダヤ教への改宗者は地中海世界、ローマでも増え続けていた。

 キリスト教は当初、そうしたユダヤ教に魅せられた異教徒にとって、与しやすいユダヤ教、割礼などのない敷居の低いユダヤ教と感じさせた側面があったようだ。

 7世紀から10世紀にかけてカスピ海及び黒海沿いに栄えたバザール汗国のように、国民がそっくりユダヤ教に改宗した例もあった。

 ユダヤ教を国教としたこの国は10世紀に滅亡し、住人たちは各地へ離散してしまったという。

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2012年11月 5日 (月)

北海道展で買った、じゃがいも、人参、玉ねぎ(小清水産)

 前の記事とダブりますが、店員さんに保存法を訊いたので、別箇の記事にしておきたいと思います。

 デパートの北海道展で野菜を沢山買いました。小清水産のじゃがいも、人参、玉ねぎです。

 じゃがいもは、インカ、とうや、メークイン。箱ごと買うことも迷いましたが、今回は袋入りにしました。

 インカは勢いがあり、室温だと、すぐに芽が出るため、冷蔵庫保管がよいそうです。他のは、室内の風通しのよい場所で春まではいけるとか。日が当たると、春になったのと勘違いして芽が出るので、新聞紙などを上から被せたほうがよいということでした。

 とうや、は初めてです。コロッケを作りたかったので、きたあかりを買うつもりでしたが、とうやは、きたあかりのあとで出来た品種で、きたあかりのほっこり感を保ち、かつ煮崩れしにくいと聞き、とうやにしてみました。

Photo

人参の量感が嬉しい。

 泥つきの人参は綺麗に洗って、よく拭き、新聞紙にくるんでポリ袋に入れ、冷蔵庫保存がよいとのこと。サランラップを使うと、汗をかき、傷みやすいそうです。わたしもそう感じていました。

 苦いことで有名な北海道玉ねぎらしからぬ、苦みが少ないという新種の大きな玉ねぎ、ピルシーも買いました。

 石狩・まるだい左藤水産の『塩鮭の米糀漬け』も。

 シシャモはどこのだったかしら? シシャモを売っているところが三箇所くらいあったのです。シシャモは冷蔵庫で2日、冷凍庫で3箇月と聞きました。

 ほかにチョコ大好きの夫のためにロイズのチョコ。娘は函館・五島軒のベルギーチョコケーキ、帯広・六花亭のマルセイバターサンドを買いました。マルセイバターサンド、わたしも娘もこのところずっと買いそびれていたのですが、娘が無事ゲット。

 期間内に帆立と蟹の缶詰を買っておきたいと考えています。買い物に出られないとき、これらがあれば、ずいぶん助かりますから。

 今日の夕飯にとうやを使ったコロッケを作るつもりでしたが、今日は朝ニトロを使った心臓の調子がもう一つでしたので、明日に延ばすことにしました。そのための豚ミンチも買っています。家族は、コロッケが大好きです。

 

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胸の圧迫感に1回。じゃがいも。神秘主義的独り言。

ミオコールスプレー1回

デパートの北海道展で野菜を沢山買った。じゃがいもは、インカ、とうや、メークイン。

インカは勢いがあり、室温だと、すぐに芽が出るため、冷蔵庫保管がよいそうだ。他のは、室内の風通しのよい場所で春まではいけるとか。日が当たると、春になったのと勘違いして芽が出るので、新聞紙などを上から被せたほうがよいという。

とうや、は初めてだ。きたあかりのあとで出来た品種で、きたあかりのほっこり感を保ち、かつ煮崩れしにくいそうだ。

泥つきの人参は綺麗に洗って、よく拭き、新聞紙にくるんでポリ袋に入れ、冷蔵庫保存がよいとのこと。サランラップを使うと、汗をかき、傷みやすいそうだ。わたしもそう感じていた。

苦いことで有名な北海道玉ねぎらしからぬ、苦みが少ないという新種の大きな玉ねぎも買った。鮭とシシャモも。

緊縮経済だからこそ、お得な商品は見逃せない。じゃがいも、うまく持たせられるなら、もう少し買っておくんだがな。なにせ、風通しはよくない。

で、この買い物のとき、雨に濡れて体が冷えたらしく、胸部圧迫感が起きた。その症状を引き摺りながら夜を過ごし、睡眠中、もの凄い胸部圧迫感で目が覚めた。

強烈な胸痛が起きたときは、痛みと次に何が起きるのかという恐怖で完全にフリーズしてしまうが、圧迫感がひどいときは、ただ、ただ、しんどくてなかなか動けない。

が、何とか起き上がる。起き上がると、それだけでも楽になる。仰向けに寝ている状態が一番苦しい。

今は、ニトロ効果で、胸のなかに春が来たみたいだ。春の小川はさらさら行くよ〜と歌いたくなってしまう。薬で、血管の縛りが解け、血のめぐりがよくなったためだろう。

室内がかなり冷えていたので、暖房を入れた。北海道展でお得な買い物をしたかと思うと、まるでその反動みたいに暖房費にかかってしまう。

今後の家計のことを含む将来のことを思うと、不安のあまりおかしくなりそうな気分になるが、初夏の夫絡みの騒動のとき、相当にあの世で見守ってくれている人々を心配させたためか、わたしの神経が敏感になって霊感が研ぎ澄まされていたためかはわからないが、見守ってくれている人々の様々な動きが透けて見えた。

それにしても、恥ずかしいったらありゃしない。あの世からこの世はまる見えなんだもの。霊的に鈍感な普通の人は、脳天気でいられていいわね!

何の儲けにもつながらない創作を続けることに、何の意味があるのかと1日に1回は思うが、何せウォーキングにすらドクターストップの出る体(頻脈があるためだと思う)、家事以外にはこれしか、できること、ござんせん。

あの世で見守ってくれている人々がわたしの創作にどう関心を持っているのか、いないのかはわからないが、一度、あの世でわたしを見守ってくれている人々(男女合わせて何人になるのかまではわからないが、30人は確実にいると思う)のうちの紳士が、あるとき、あの世の人らしい透明な体でふと訪れ、「とにかく、創作を……」と音なき声で優しくつぶやいたのが聴こえた。そのとき、わたしはスランプだった。

わたしを見守ってくれているあの世の人々は、わたしの創作も見守ってくれているのかもしれない。だから書こうと思うわけではないが、見守りがあることを思えば、将来の不安がほんの少しだけ軽くなる。

書かなければならないものが沢山溜まっている。読まなければならない本も。重要度の高いものから手をつけるべきか(その基準は確かなものではない)、興味を惹かれるものから手をつけるべきか(体力の低下も関係していると思うが、興味が持続しにくい)。

何にしても、寒くなると、どうしても冠攣縮性狭心症の発作が出やすくなる。暖房費の節約と体調の維持の間で気持ちがフラフラ揺れる。

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2012年11月 4日 (日)

SF作品としても読ませる「2062年から来た未来人の予言」

 2ちゃんねるの[オカルト]板に、“【予言】未来人さんいらっしゃい”というスレッドがあります。そこで2010年11月から2011年7月にかけて展開された、2062年から来たという人物と質問者たちとの遣り取りには、SFとしても読ませるものがあると思いました。

 最初に読んだのがいつだったかは覚えていませんが、そのときはあまり面白いとも思わず、途中で読みやめてしまった記憶があります。

 それが最近になってから、ふと2062氏のいくつかの言葉を思い出し、再度閲覧してみたのでした。

 そして、今度は興味深く読んだわけですが、あまり本気に受けとるのもナンですので(そうなると気軽には読めなくなりますし、この種のものをそのような硬直した姿勢で読むのは危険でもありましょう)、SF作品として楽しんだ次第です。

「2062年から来た未来人の予言」のQ&A検索サイトNONFUTURE様に、「当サイトはリンクフリー・転載フリー」とありましたので、ライン以下にクリップさせていただくことにしました。興味あるかたはどうぞ。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

続きを読む "SF作品としても読ませる「2062年から来た未来人の予言」"

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2012年11月 2日 (金)

また訪れた児童文学作品のインスピレーション(今度はSF的なもの)

ふいに、昔ながらの道具に似せたある装置を使って、奇想天外なことをやっている二人組の姿が頭に浮かんだ。

ふわりと降り立ったインスピレーション……うーん、これをこの先どうすればいいのだろう?

これを生かせば、SF色の強い作品を書くことになりそう。このところ、タイムマシンに関する様々な肯定的、否定的な仮説を読み、それについて考えていた。

それが引き寄せたインスピレーションだと思う。ファンタジー風の作品は書いてきているが、SF色の強い作品は書いたことがないので、戸惑う。

尤も、SFとファンタジーの定義は明確ではない。最近では、SFファンタジーというジャンルもあるらしい。

ところで、表現上の矛盾があるが、神秘主義者の辞書には神秘という言葉は存在しない。科学的な根拠のない現象というものは、ないと考えられている。

科学者は研究をするために装置を使い、神秘主義者は浄化されたハートを使う。

こうした考えかたに馴染んできたわたしは、架空の世界を生み出すために用いる触媒が現代科学の知識であるのか、作者によって確認作業の行われた神秘主義の知識であるかによって、前者をSF、後者をファンタジーと便宜上呼ぶ。

作者の気ままな空想による作品を、ファンタジーということが多いようだが。

これを書いていたら、たぶん、ひと月は潰れる。色々なタイプの作品を書けるというのは物書きとして強みになると思うが、電子書籍化作業、『不思議な接着剤』がまた滞ってしまうのは嫌だな。

ほとんど初チャレンジの表紙絵のお絵描きは負担だったが(挿し絵も描くべきだろうか?)、SFとなると、神秘主義的知識とは別の知識――物理とか――がそこそこは要る怖さがある。

物理方面であれば、息子に訊けば、わかりやすく説明してくれると思うが、息子は多忙なので、あてにしちゃだめ!……と自分にいい聞かせる。

とりあえず、『田中さんちにやってきたペガサス』の電子書籍化を済ませよう。

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