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2012年10月の23件の記事

2012年10月31日 (水)

政治家らしい安倍総理……いや違った安倍総裁の代表質問

 安倍総裁の代表質問をテレビで視聴した。

 安倍総裁が政治家そのものに見える。民主が政権を担当するようになる3年前はそんなことを思ったことはなかったから、如何に民主政権の政治が政治らしからぬものだったかがわかる。

 わたしは極力国会中継を視聴するようにしてきた。だから、民主政権が何をやってきたのか、よく知っているし、そのへんの柄の悪いおじさんが総理を気取っているような野田総理には決してだまされない。

 野田さん、あなた、辞めるって、約束したじゃない。早く辞めてよ。あなたには、政治は無理な芸当ってことです。

 地方交付税(国が地方公共団体に渡す資金)の交付が滞るなんて事態は異常すぎる。それすら、野党のせいにする野田。仮にそれが野党のせいだったとしても、その事態を招いた責任者は与党のトップであるあなただ。

 これに対して何もいわないマスコミの異常さはどうだろう! 安倍総裁のカツカレーには、あれほど騒いだマスコミ。この安倍総裁のカツカレー効果でCoCoカレーが潤ったそうだ。

 震災後の復興を担ったのが民主党ではなく、自民党だったとしたら、復興は適切な、温情に富むやりかたでスピーディーに進んでいたことだろう。

 自民党が復興に必要な提案を国会で精力的に行うとき、民主党はぽかんとしていた。自民党が震災直後からつくるように提案していた復興庁ができたのは、何しろ1年も後なのだ。

 民主党は復興予算を食い物にしてきたと、甘利氏はいっていたが、マスコミはそこに目をつける頭がないのか、よその国にのっとられているためかは知らないが(そんな話を聴くようになって久しい)、追及するのは安倍総裁が自分のお財布からお金を支払ったカツカレーのこと……(絶句)。

 ちなみに、安倍総裁は、カツカレー報道について、J-CASTニュース(2012年10月03日付)によると、フェイスブックで以下のように反論しているという。

2012年9月30日には、「3500円の豪華カレーを食べていた」とネット上で話題になっていた件について、「会場費込みの値段で参加した議員皆でワリカンしたものです」と事実関係を説明。この時は、騒動を報じた報道も踏まえた上で、「今や、インターネットでマスコミの発言も精査され、このカツカレー論争等 ジョークの対象となります。何れにせよ、カツカレーがゲンが良かったのも事実ですね」と受け流す余裕すらあった。

 リサーチしたところによると、これはニューオータニのレストラン「SATSUKI」のカレーらしい。ニューオータニへはJTBの東京ステイプランで2回娘と東京旅行したときに泊まり(凄くお得なプランだった)、朝食会場に「SATSUKI」も入っているので、前回泊まったときに行ったことがあった。

 ニューオータニは国会議事堂に近いが、あの辺りはお昼時になると、ビジネスマンで溢れるのだ。レストラン、食堂、コンビニはもとより、ニューオータニの土産物売り場(コンビニ風の一角を備えている)にも、食べられるものなら何でもいいといった人々が列をなして、老舗ホテルのイメージを壊していた。

 ニューオータニのレストランであれば、予約できるところが多いし、国会議事堂には近いので、そこをお昼時の決起集会の会場に選んだとしても何らセンスを疑われるようなものではないと思う。あのカレーには場所代が含まれているのだ。 

 自民党は原発で叩かれるが(特に昔からのエネルギー問題を肌で知らない、子育て中の団塊の子層に原発アレルギーが多いようだ)、エネルギー問題は決して単純ではない。

 いうまでもないことだが、エネルギー問題は日本だけの問題ではなく、世界的な問題で、中国が尖閣諸島関係に躍起になっているのも、このエネルギー問題が絡んでいるためだ。

 昔は、ダムに沈む村、炭鉱労働の悲惨、石油獲得のための戦争……などのイメージがエネルギー問題にはつきまとっていた。

 先進国が、そして先進国になろうと頑張った日本が原発に走ったのは、ある意味で、仕方のない流れだったと思う。

 エネルギー問題は、人間が毎日食べなければならない主食の問題に匹敵するもので、待ったなしの問題であるのが難しいところだ。エネルギーに常に飢えている人類が、原発にエネルギー問題解決の幻想を抱いたのも、無理からぬことだったのだ。

 危ない(と未曽有の震災ではっきりした)原発で40年、なんとかやってこられたのは自民党の長期政権下でのみ可能なことだった。民主党みたいな党であったなら、原発産業はとっくの昔に破綻していただろうが、それで果たして今のような日本が存在していただろうか。

 貧困にあえぐ後進国になっていたのではないだろうか。あるいはどこかの国にのっとられていたかもしれない。アメリカからも見離されて。

 エネルギー問題への対応は容易ではないが、政治理念に欠ける、すなわち長期的見通しができない民主政権には到底担えない。シェル石油採掘による環境破壊が早くも問題となってきた。ジョン・レノンの息子がそれを訴えていたような……。シェル石油採掘による地震誘発の危険度はどんなものなのか? 原発をとめるにしても、長い管理が必要だ。

 ああしかし、今日の国会を視聴した限りでは野田は相変わらずだ。この男は、何のためか、居座れるだけ居座るつもりだ。

 まさか、ブラック団体から支援して貰ったために、ブラック団体に約束のブツ(例えば外国人参政権とか)を渡さなければ、消される心配がある……なんて、ドラマみたいなことが裏側で起きているのではないだろうが。

 ところで、わたしは別に自民党の応援団の一員というわけではなく、フリーのバランス人。今は自民党しか見るべき党がないので、自民党寄りの記事を書いている。

 話は変わるが、2062年から来た未来人の予言(2010年11月から2011年7月までの間に2ちゃんねるオカルト板に書き込まれている)が面白い。

 津波や原発事故を警告するような書き込みや、政治についての書き込みもあり、わたしはSFとして読んでいるが、なかなか読ませるのだ。インドの躍進や2062年にはフリーメーソンは表で存在しているといった書き込み、わたしには興味深い。全ての病気を治せるなどという書き込みも、山中教授の研究が進めば、そうならないとはいえなくなった。

 これから忙しいので、今日は無理かもしれないが、面白い未来人さんの予言はクリップしておきたいところ。〔クリップしました。以下〕

 娘のパソコン購入で、パソコンが1台増えて3台になったため、無線ランにした。何だか操作が軽い。わたしのパソコンの寿命がこれでいくらかでも延びてくれたら、ありがたいのだけれど。春くらいまで持ってくれないかしら。

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2012年10月30日 (火)

循環器クリニック受診

前回の受診から今回の受診までは、心臓は快調で、確かミオコールスプレーは使わなかった。喘息のほうもまあまあ。

そりゃ息苦しかったり、動悸、胸部圧迫感、咳などが全然ないということはないが、ミオコールスプレーやメプチンエアーの助けを借りるほどではなかったということ。

指を切ったときにロキソニンを飲んだあとで、めまい、吐き気がしたことをお話しすると、薬の本で調べられた先生は「特にめまいの副作用があるとは書かれていないけれど、人間の作る薬だからね。最初から不完全だよ。めまいが起きることも、ありそうだね。顔がパンパンに腫れる人もいるよ」と、おっしゃった。

カッと体が熱くなる症状も、本にはないらしい。顔面紅潮というのがあるそうだから、まあ近い症状ではある。

一年前に薬剤性肝炎になり、大学病院に回していただいたとき、原因を特定するための検査は体の負担が大きいということで見送られた。

パリエットとガスモチンが怪しいということになったが、ロキソニンもはてなマークだった(カルテにはそう書いてあるとか)。

続けてロキソニンを飲んだ場合は、肝臓関係の数値が上がってくることも考えられる、と先生はおっしゃった。

ロキソニンは効くが、服用には用心が必要みたいだ。

いつもの心臓の薬4種類、タケプロン、フルタイド。めまいの薬はまだあるので、出して貰わなかった。

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2012年10月29日 (月)

Windows7がお得な時期

Windows8の発売を受けて、Windows7がお得になっています。

7年間娘と共有してきたパソコンが明日をもしれぬ状態であることは前に書きました。

電器店の人によると、パソコンの寿命はだいたい5年だそうで、さらに画面を二つにわけて使うとなると(1年前まで夫の画面もありました。夫はこのパソコンに当初興味を持っただけなので、ほとんど使いませんでしたが)、一つの脳みそを複数で共有するみたいなものだそうで、能力はガクンと落ちるのだとか。

「よほど丁寧に使ってこられたのですね……」と、感心されました。

今度はできたらそれぞれのパソコンを持ちたいと思い、娘と共有にしているぶんの貯金(海外旅行を諦めて、否延ばして、貯金に回したぶんです。ここから東京旅行の費用を出しました)から、まずは娘のパソコンを買おうと電器店へ。

今だと、CPU・メモリ・HDDというパソコンの能力を見る際に重要な三点が、同じ値段だと、Windows8より高い、一つ前のWindows7がとても安くなっています。

係の人によって詳しさの度合いや強調点の違うことがあるので、3人に訊きました。というより、最初に訊いた人は全くパソコンに詳しくなく、次に訊いた人はauの人だったので、最後にお店の人に行き着くまで3人に訊くはめになったのでした。auの人とお店の人の話を照らし合わせてだいたいどのあたりのパソコンにするかを決めましたが、娘のパソコンですから、後は娘の好みです。

娘が「わたしは音楽をダウンロードするくらいだから、あまり使わない。ママが使っていいから、ママが決めてよ」といいます。

いえいえ、娘は凝り性で好奇心旺盛ですから、様々なことに、使うときはすごく使うのです。今はパソコンの能力が落ちているため、あれこれできなくなり、娘の興味がパソコンから離れているだけ。

わたしはリサーチ(パソコンを使っての取材)、サイトの更新、原稿書き、YouTubeの時々の視聴に使うくらい。

電子書籍の作成にこれから熱が入るでしょうから、表紙作りや挿し絵にお絵描きは(仕方なく)するようになるかもしれませんが、それだって、XPのアクセサリに入っているペイントで充分な気がしています。

児童書に添える絵は、作者の愛情の籠もったら素朴なものでもよいのではないかと……。というより、わたしにはへのへのもへじ風の絵しか描けません。

娘は音楽を中心に、今はあまりしていませんがゲーム、お絵描き(書店員の娘はよくポップを作ります。絵はフリーの素材屋さんから借りてくることが多いのですが、オリジナルの絵もわたしよりは描けるので、わたしは電子書籍の絵を頼んだりもするわけです)、イタリア語の学習、二人のイタリア人とのメール交換(スカイプでの会話を検討中)、iPodへの音楽の取り込み……スマートホンもそのうち買うでしょうし、動画にも興味があり……。

それに比べれば、パソコンに張りつけるだけ張りついている、わたしのほうが単純な使いかたに留まることは明らかなので、古いパソコンを見届ける役目をわたしが引き受けることにしたのでした。

基礎的な部品は別として、日本で作らせているところは今は富士通だけとか。その富士通かNECがよいとのおすすめ。

これまで使っていたのはNECでした。娘は富士通とNECで相当に迷いながら、映画を観終えてお店に入って来た夫にも訊いていました。

「今度の子は頭のよい子だね」と、頭のよい人が好きな娘は、これまで使っていたパソコンに比べたら能力という点でぐんと高いパソコンに決めて満更でもなさそう。

パソコン売り場に長居して、うっかりお金を出しそびれてしまいました。

パソコンは、お店に取っておいて貰うことになりました。Windows7は在庫限りで、どんどん売れていきますから。

ワタクシ的な感想としては、Windows8の利点というのは、思ったほど見つかりませんでした。例えば、タッチパネルは便利といえば便利ですが、せっかくの画面に指紋がついて汚れるというのがお店の人を含めた全員の感想。

それに、1,200円出せば(このお値段は期間限定)、Windows8にバージョンアップできます。

娘は、同じ値段だと、Windows8より能力的に高い(CPU・メモリ・HDDの三点で)Windows7に最終的に決めました。

「実は、今日はこれまでWindows7しか売れていないんですよ」とお店の人。7が安くなるのを待っていたお客が殺到した様子。

わたしもいっそ今買おうかしらと思いましたが(一番安いものでも、今使っているものよりは遥かに頭がよい?ので)、手術になるかもしれない箇所が体に複数あることを思えば、極力自分に関する出費は控えておきたいところ。

まあ娘が、「自分のいないときはどんどん使って」と気前のよいことをいってくれているので、今のパソコンが完全に駄目になって、すぐには自分のパソコンが買えない場合でも、心強いなあと思います。

でも、娘のパソコンにはわたしは何か緊急の場合(賞応募の締切に関わる場合とか)以外には、触らないでしょうね。

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2012年10月28日 (日)

東京 №5 パンダの後ろ姿 

 東京へ出かけたのが9月22日~24日でした。東京のことはもうほとんど忘れてしまいましたが、パンダのことは覚えています。娘が撮ってくれたパンダの写真は、パンダの愛されるゆえんをよく捉えているので、これだけは記事にしておかなくては。

 えっと、英語のレッスンを済ませた息子とホテルで待ち合わせて、ガーデンラウンジでお昼にしたところまでは書きました。そのあと、上野動物園に行きました。童話にしたい動物に出合えるかしら、と胸が高鳴りましたが、ほとんど興味のなかったのがパンダだったのです。

 愛媛県立とべ動物園でのホッキョクグマ、ピースの人工飼育の記録をテレビで観て、ホッキョクグマには興味がありましたが。 

 今回、時間がない中、たまたまクマのコースを辿ったみたいで、クマを沢山見ましたが、やはり黒いクマは怖く見え、あまり見たいと思いませんでした(見ましたけれど)。

 上野動物園に行く前に、3人で西郷さんの銅像に挨拶に行きました。息子はよく上野で友人たちと待ち合わせるそうで、歴史好きの息子は西郷さんの銅像に、まるで生きているお偉いさんのところへ連れて行くかのようでした。西郷さんに会って、嬉しそうな息子でした。

 わたしと娘もNHK「歴史秘話ヒストリア」で『のんびり犬と暮らしたい~上野のシンボル西郷さん 西南戦争への道~』を観ていたので、西郷さんに会うのも悪くはないなと思いました。 

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 わたしは幼稚園生のときに、上野動物園に来ていました。クマのように着ぶくれて写真に納まっているので、冬だったのでしょうね。父の船が横浜に入ったので、会いに来たのだと思います。泊まったのは赤坂のプリンスホテルだったように思いますが、そのプリンスホテル、閉館してしまいましたね。

 いよいよ動物園へ。

 ガラス張りのパンダの檻の前には行列ができていました。娘も息子もごく自然にそこへ並んだので、わたしも仕方なく並びました。フラッシュをたくといけないとの注意がありました。

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 ジャイアントパンダのリーリーは雄で、2005年8月16日生。シンシンは雌で、2005年7月3日生。2頭は同じ日の2011年2月21日に来園しています。あら、2月21日って、わたしの誕生日ではありませんか。

 娘がパンダを撮ってくれることになりました。

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 これがパンダのリーリーです。白い毛は汚れて茶色い。「何、これ? これがパンダ? やだ、まるで人間みたいなムード。寝ているの?」と、わたしは息子にいいました。息子は驚いたように笑って、「ちょうど人間が机についてうたた寝しているみたいだね」と、いいました。パンダは、無造作に置かれた巨大なパンみたいにも見えました。

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 かわゆい。パンダは後ろ姿が一番可愛いのですよ。

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 背中を向けてうたた寝していたリーリーでしたが、これもリーリーかな? こちら向きになって動くこの姿はクマそのもの。

 ただ、おっとりとしたマイペースそうなところは特徴的で、それが何ともいえないムードを作り出しているのです。パンダの魅力を噛み締めているうちに、檻の前を通り過ぎてしまいました。

 パンダが癒しのシンボルとなったわけが、実物を見てわかりました。

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脇雅世先生レシピ「チキンのパリパリ焼き」(『しょうが焼からステーキまで。』小学館、2009年)

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 脇先生のレシピに教わるまでは、チキンを焼くのが苦手でした。でも、今はわたしにも上手に焼けるようになりました。クリスマスの話題には少し早いのですが(もう年賀状の検索ワードでお見えになるかたもいらっしゃいますが)、クリスマスのチキンにもよい、脇先生のレシピ「チキンのパリパリ焼き」を以下の本からざっとご紹介。

この本を購入してから、肉を焼くのがずいぶん上手になりました。肉の持ち味を最高に発揮できる焼き方のコツと工夫がわかりやすく解説されています。特に、鶏肉の皮をパリッ、身をフワッと焼くための工夫には、感心させられました。

 本には、豚、牛、鶏、ラム、鴨に至るまで、厚い肉、薄い肉、こま切れ肉など、肉に合わせた焼きかたのコツが解説されています。おすすめです!

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[材料・2人分]

  • 鶏もも肉……1枚(250g)
    下味{塩……小さじ1/2弱,こしょう少々

[作り方]

  1. 脂肪は白い脂肪をつまみ、包丁でそぎ取る。皮の下の脂肪はこそげて取り除く。脂肪は少し残ってもよい。身の厚いところに切れ目を入れて厚みを均一にする。
  2. ポリ袋に鶏肉を入れて塩、こしょうをふり、袋の上から軽くもんで全体になじませる。そのまま室温に10分ほどおく。
  3. ②の鶏肉は出てきた水けをキッチンペーパーで拭く。フライパンを中火で温め、皮を下にして鶏肉を入れる。アルミホイルをかぶせ、その上に小鍋をのせて重しにし、弱めの中火で12分ほど焼く。
  4. 小鍋とアルミホイルをはずして肉を返し、1~2分焼いて中まで火を通す。取り出して3~4分休ませ、食べやすく切って器に盛り、つけ合わせを添える。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 他に、きゅうりのナムルとさつまいものミルクスープを作りました。

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 これはベリッシモ・フランチェスコ先生のレシピで作りました。レシピはご紹介済みです。オリーブオイル、ガーリックパウダー、ブラックペッパーを入れて煮込んだタラとじゃがいも。じゃがいもが驚くほどの美味しさです。寒くなってくるこれからによいレシピですね。

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長崎旅行のお土産カステラと白秋の詩。オランダの移民問題。

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 夫が退職前の会社の仲間と長崎へ旅行し、買ってきてくれた福砂屋のカステラです。今の福砂屋のカラテラは、ちゃんと切れているのですね。

 コーヒーを淹れ、カラテラをお皿にのせたのは夫。コーヒー効果と申しましょうか、わたしの買ったサイフォンに夫がはまっていることは前に書きましたが、その延長線上で、こんなことまでしてくれるようになるとは。サイフォンに厭きるまでの話だとは思いますが。

 このコーヒーはカルディで買った季節限定の「カナリオ」です。原産国はブラジルで、「レモンイエローの実をつける、大変希少なブラジルの豆」とカルディのコーヒーガイドに説明があったのに惹かれました。

 しかし、飲んでみると、個性的という以上に大変癖のある味でした。豆で買ってきて、冷蔵庫で保存しているのですが、開封時の新鮮さが時間と共に薄れるためか、この3回目くらいになると、飲みやすくなりました。

 カナリオのよさがわかる人にとっては、いえ、コーヒー豆は鮮度が大事なようですから、なるべく早く使い切るのが原則でしょうけれど。サイフォンを買ったときに、豆の場合は冷蔵庫で2週間と聴きました。

 豆を挽くのには、カリタの電動コーヒーミルを使っています。前は手動式を使っていましたが、電動だとアッという間に挽けるので楽です。サイフォンはコーヒー豆の個性をよく惹き出し、様々な表情を見せてくれるので、わたしたちは改めてサイフォンコーヒーに驚いています。豆の育った土地の香りまで感じさせてくれる気がしています。ドリップではここまではわかりませんでした。

 夫の長崎旅行は、退職前の職場の仲間が定年お祝いにプレゼントしてくれたものでした。夫より早く退職していた上司2人、取引先の知り合いだった人1人、まだ定年前で会社に勤めている2人。

 旅行の時期は、夫の都合のよいときでいいということだったので、わたしは昨年、就職が決まってからにしてほしいと頼みました。再就職にあれほど時間がかかるとは思わなかったからですが、結果的には再就職ができたあとの旅行は気分的によかったようです。

 会社勤めの2人のうち1人は優秀なバイヤーですが、殺人的な忙しさのようで、できない人間には寒気のしてくる冷や飯を食わせ、できる人間は徹底的に使い潰す元の会社の体質は非人間的な度合いを強めているようです。バイヤーは管理職になるらしく、休みは月にたったの2回くらいしかなく、家に帰れるのはまれだとか。

 バイヤーの人数の多い部門もあるようですが、その人の部門は1人だけ。300店舗を1人でこなすのですよ。「殺されるわよ!」と、わたしは悲鳴を上げてしまいました。現に奥様は、もしご主人が過労死したら訴えるといっているとか。体の大きな健康優良児のような人だったのに、糖尿病と痛風を患っているそうで、奥様は本当に心配なのだと思います。この旅行へも法事といつわって、ようやく休めたそうです。

 再就職の困難なこんな社会状況でなければ、彼は転職を考えたところでしょうが……。昨年から今年の春にかけての夫の就活には、恐怖を覚えるほどでした。日本の就職事情が厳しいことは子供たちの就活でわかっているつもりでしたが、それでも。

 日本は人口が減少傾向にあり、企業の経営状態も悪化しているので、安い労働力を得るために外国人を日本に来易くすべきだという考えが政治の世界にはあるようですが、そうした考えかた、わたしは理解に苦しみます。

 外国人であろうと、日本に来れば、日本的な暮らしを余儀なくされるのです。暮らしていくには日本人と同じだけのお金が必要なはずです。お金が足りなければ、生活保護を申請するなり、ホームレス、自殺、犯罪に走るなりといったことになるのではないでしょうか。

 記事の内容がはじめにつけたタイトル「長崎旅行のお土産カステラと白秋の詩」から離れてきました。離れたついでに、過去記事で触れた外国人参政権について。

 長崎で思い出させるのがポルトガルとオランダです。そのオランダでは、外国人参政権が認められていますが、その結果、深刻な移民問題を招いているようです。先月末から今月上旬にかけてオランダに行った息子はそれについて何もいっていませんでしたが、観光地として整備されている地区にしか行かなかったようですからね。以下はウィキペディアより。

ウィキペディアの執筆者,2012,「オランダ」『ウィキペディア日本語版』,(2012年10月27日取得,http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80&oldid=44754485).

オランダは、他国で思想・信条を理由として迫害された人々を受け入れることで繁栄してきたという自負があるため、何ごとに対しても寛容であることが最大の特徴といえる。とりわけ、日本にとっては、徳川幕府による鎖国政策に際し、キリスト教の布教活動禁止という条件に欧州諸国で唯一寛容に応じ、長崎の出島を介した貿易を通じ、欧州の近代文明を蘭学という形で江戸時代に日本にもたらした史実は、明治維新後の日本が急速な近代化政策に成功するうえで不可欠な恩恵となった。また、ポルトガルが統治したカトリック国として、近年インドネシアからの独立を果たした東ティモールとは異なり、東インド会社によるインドネシア統治に際しても、当該地域における、キリスト教ではなくイスラム教の普及をむしろ領地拡大のテコとして利用した程である。現在でも他の欧州諸国に比して実に多くの移民が、その暮し易さのために、合法・非合法を問わず在住している。 合法的に入国を果たしたEU域外からの移民については、オランダ語講習、社会化講習、就職相談をセットにした、いわゆる「市民化講習」の実施を他のヨーロッパ諸国に先駆けて行うなど、一定の移民対策も講じてはいる。
しかし、イスラム系住民の中ではイスラム過激派が力を伸ばし、著名な映画監督テオ・ファン・ゴッホなどの暗殺事件やプロテスタント教会の焼き討ち事件などが頻繁に起こるようになっている。このためイスラム系住民に対する反感が増大して、イスラム移民の排斥を掲げる極右政党自由党が勢力を伸ばし、自由党が閣外協力する現政府もイスラム系移民の規制やイスラム教徒の衣装であるブルカの禁止などの政策を採用するようになった。EU憲法の国民投票での否決にも、このような感情が反映されているとされる。

 以下は、ウィキペディアの「日本における外国人参政権」へのリンクです。政治に関心のある人々の間では、この問題に関し、論議沸騰の観を呈しています。日本人であれば、知っておくべき事柄でしょう。

ウィキペディアの執筆者,2012,「日本における外国人参政権」『ウィキペディア日本語版』,(2012年10月27日取得,http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E5%8F%82%E6%94%BF%E6%A8%A9&oldid=44182117).

 話をカステラに戻します。

 ウィキペディアによると、カステラはポルトガルから伝わった南蛮菓子をもとに作られるようになったお菓子で、本場は長崎です。長崎市の福砂屋が元祖。1624年(寛永元年)創業です。底の部分のざらめが何ともいえない美味しさですね。

 カステラというと思い出すのが白秋の詩。わたしは学生の頃に白秋節の虜になり、分厚い伝記を読み、柳川に3回も出かけました。歌になっているものも、よく聴きます。白秋のこの詩は前にご紹介したような気もしますが、どうだったでしょう? 以下は、北原白秋『白秋詩集』(角川文庫、昭和37年)より。

     カラテラ

           北原白秋

カステラの縁[ふち]の渋[しぶ]さよな。
褐色[かばいろ]のしぶさよな。
粉[こな]のこぼれが手について、手についてね。
ほろほろとほろほろと、たよりない眼がなかるる。
ほんに、何とせう、
赤い夕日に、うしろ向いて
ひとり植ゑた石竹[せきちく]。

 そういえば、グラバー園には、フリーメイソン・ロッジ(集会所)の門があるのですよね。夫の持ち帰ったグラバー園の散策マップを見て、思いました。グラバーはスコットランド出身。ウォーカー、リンガー、オルトはイングランド出身。日本ではフリーメイソンというと、すぐに陰謀だの何だのという物騒な話になりがちですが(雑誌「ムー」の影響?)、西洋ではフリーメーソンやバラ十字会の会員だからといって、別に珍しいことではないようです。

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2012年10月25日 (木)

近日、児童文学作品『田中さんちにやってきたペガサス』のお試し版を無料配信!

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 これでも、まる一日かかりました。ああツカレタ! もう嫌。時間かけてもこれですものね。だって、お絵描きなんて、本当に馴れてなくて、アクセサリに入っているペイントを使ったのも、ほとんど初めてでした。

 児童文学作品『田中さんちにやってきたペガサス』の表紙に絵がほしくて、ほかに頼める人もいないので、わたしよりはましに描けそうな娘に頼んだりしていたのですが、忙しそうで、なかなか描いてくれません。

 でも、わたしはこの作品を早く電子書籍にしたくてたまらず、仕方がないので、前にブログにアップした――ココログのお絵描きツールで描いた――ペガサスの絵をもとに四苦八苦して仕上げました。パブーで無料提供されているテンプレートは綺麗ですが、それを使う人は多いので、下手でもオリジナルの絵を、と思ったのです。

 文学作品に添える絵は、読者の想像力を制限する一面もありますし、ましてや下手な絵となると……迷いましたが、たぶん、これでいきます。娘が描いてくれたら、これは廃版にして、娘の絵による改訂版を有料で販売したいと思っています。

 それまでは出血大サービス、無料配信します。有料にすると、閑古鳥が鳴きっぱなしですものね。

 『田中さんちにやってきたペガサス』は、空っぽの犬小屋が出てくる場面から始まります。田中さんちでは少年の父親が失業したために新しく飼う予定だった犬を飼えなくなりました。ところが、ある朝……。一家の試練とペガサスの成長が交錯する、現実的かつ幻想的なお話です。小学校4・5年以上のお子様におすすめですが、大人のかたにもおすすめです。

 文章を入れるのはこれからなので、もう少しかかりますが、近々、配信できると思います。 

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 現在、以下の電子書籍は非公開です(2013年8月16日) 

 児童文学作品『すみれ色の帽子に続いて、純文学小説『杜若幻想・フーガ・牡丹』を楽天 - Kobohttp://rakuten.kobobooks.com/にて、配信中です。

 

  • 純文学:幻想短編集 - 1 杜若幻想・フーガ・牡丹 
    直塚万季  著
    価格:200 円
    パブー,7月2012
    商品番号:5040000053261
    言語:日本語
    ファイル形式:Adobe DRM EPUB
    内容紹介:幻想小説を三編収録しました。「杜若幻想」「牡丹」は能楽に触発された幽霊譚。「フーガ」は音楽における師弟愛を軸に、死者の感覚を追究した神秘主義的な小説。いずれも耽美的な作風となっています。元原稿の400字詰原稿用紙換算枚数は「杜若幻想」5枚、「フーガ」6枚、「牡丹」23枚です。
    ジャンル:SF・ファンタジー>ファンタジー

  • 児童文学:作品集 - 1 すみれ色の帽子
    直塚万季 著
    価格:380 円
    パブー,2012年 7月
    商品番号:5040000053395
    言語:日本語
    ファイル形式:Adobe DRM EPUB
    内容紹介:瞳という名の少女がブログにつづった日々のできごとをご紹介します。
    少女の微妙な心理をあつかった本書は、贈りものにもぴったりです。
    章のタイトルは、
    (一)すみれ色の帽子(二)オペラ鑑賞(三)合奏コンクール(四)お見舞い(五)サンタさんの弟子にはなれないわ(六)はつもうで(七)ひな祭り(八)牛の夢(九)夏の風物詩(十)トビウオたちとのクリスマス(十一)ポセイドンの気まぐれ(十ニ)貴婦人と竜
    ……以上です。
    ジャンル:キッズ・ティーンズ>小説(若者向け)

 

 以下はパブーで公開中の電子書籍です。

 

  • 児童文学:習作集 ‐ 1 卵の正体
     2012年6月21日(無料)44ダウンロード、閲覧数:433
  •  

  • 児童文学:作品集 - 1 すみれ色の帽子
     2012年7月12日(税込380円)1ダウンロード、閲覧数:713、販売数:1
  •  

  • 純文学:幻想短編集 - 1 杜若幻想・フーガ・牡丹
     2012年7月13日(税込200円)1ダウンロード、閲覧数:530、販売数:1

 

 以下は、現時点で電子書籍化を考えている作品の一覧です。青文字は電子書籍化済みの作品です。このうち純文学小説『台風』、手記『枕許からのレポート』は当ブログでお読みになれます。

 

  • 露草[純文学小説,リアリズム・神秘主義]
  •  

  • 杜若幻想[純文学小説,幻想・怪異] 電子書籍化済み
     ⇒純文学:幻想短編集 - 1 杜若幻想・フーガ・牡丹
  •  

  • 茜の帳[純文学小説,幻想・怪異]
  •  

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 ※企画出版の検討をしてみたいというかたがいらっしゃるようでしたら、サイドバー記載のメールアドレスかメールフォームにてご連絡ください。

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2012年10月23日 (火)

こんなんじゃパソコン無理……人差し指のけが。リルケのこと。

こんなんじゃパソコン無理……人差し指のけが

 ブログの記事に頂戴したメールのことを料理中に考えていたら(ザワークラフトを作っていました)、うっかり包丁をすべらせて左人差し指を少し削いでしまいました。

 傷口はまだ生々しい。マキロンだとしみそうなので、紫雲膏を塗っています。

 この程度のプチけがでも、案外不自由ですわ。パソコンはまだこれまでのを使っていますが、明日をもしれぬ……

 カロッサ『指導と信従』(岩波文庫)に、リルケとの交際について描かれた印象深い箇所があり(112頁―134頁)、リルケで当ブログにお見えになるかたがたも多いので、かいつまんで紹介しようと思ったのですが、しばらくお待ちくださいね。

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2012年10月18日 (木)

内科受診

半年ぶりの定期検診。副甲状腺ホルモン値、ホールPTHの値はどうだろう?

そう思いながら、いつも内科を受診する。

気の長いほうとはいいがたいわたしは、正常値内に完全に戻るか(どれくらい正常値が続けば、卒業できるのかしら)、もういっそ高く出てしまって、手術してしまいたい気がするが、術後管理があることなど考えれば、正常値を期待するしかない。

今回の結果は、4月12日に採血したぶんだ。異常値だった。73。正常値は39だそうだ。

「なんか先生、数値のこの上がり下がり、人を苛々させるものがありますよね?」とわたし。すると、U先生は「ハハハ……苛々したって仕様がない。気長に見て行きましょう」と明るくおっしゃった。

苛々しておかしくないのは先生こそだろうに、そういっていただくと、申し訳なく、またありがたい。

「それにしても不思議ですねえ」と、さらにU先生。人体は不思議、というU先生お得意の一般論かと思ったら、わたしのようなケースがだそう。

「腎結石ができやすいのも、関係ありそうなんですが……他に変わったことがありましたか?」とお尋ねになったので、整形外科で右の五十肩について、こんなに治りが悪いのは何か、例えば糖尿病とかがあるのではないかといわれたことを、念のために伝えた。

糖尿病であれば、これまでの血液検査でとっくにわかっているはずだろうから、念のためにという感じで。なにせU先生のご専門は糖尿病。

ところが意外にも、糖尿病の検査はいつも受けている項目には入っていないそうで。「やっておきましょう」とおっしゃり、本日2度めの採血。

異常なかった。4年前の入院中の値と同じだとか。

副甲状腺ホルモンと糖尿病の検査結果をいただいたが、糖尿病のが2枚あった。先生とそのことで笑い、どちらも、その代わりにもう1枚あるはずの総合的な検査結果が足りないことには気づかなかった。

U先生とわたしは、確か、同世代という以上の同学年。まだボケには早いですよね、お互いに。

問題はカルシウム値で、異常がなくても把握しておきたかった。総合的なチェックもいつもであれば一緒になさるのだが、なぜかこれもなし。

検査結果がもう1枚足りないのに気づいたのが病院を出た後だったので、わざわざ戻って貰うのもも面倒で、やめた。

次回は来年の3月。

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2012年10月15日 (月)

わあ、馬のカレンダー!

わあ、馬のカレンダー!

書店で見つけた馬のカレンダー。株式会社サラブレッド血統センターのホースマンカレンダーです。

毎月、大好きな馬の写真を楽しむことができます!

先日、フジコ・ヘミングの絵のカレンダー、ノンタンのカレンダーを買っています。

そろそろメモ帳も買わなければ。わたしはずっと高橋書店のメモ帳を2冊使っています。外出用はやや小型。

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パソコンの寿命が尽きようとしています

 パソコンの働きが鈍っていて、どうかしたら気が向かないと仕事をしてくれません。娘とふたりで7年近くフルに使ってきたので、元はとっているという気がします。

 修理は今のところ、考えていません。ブラウザアプリケーションをIEより軽快なGoogle Chromeに変えるといくらかはましですが、いつパタッといくかわからないという感じは変わりません。容量を増やしてやっても、この状況に変わりなし。

 もう寿命と思え、修理は今のところ、考えていません。予定内のことであり、購入は前々から必要だろうとは思っていました。海外旅行の予定を安く済む東京旅行に変えた理由の一つに、パソコンの購入のことがありました。

 近いうちに新しいパソコンを1台購入し、娘に異存がなければ、それを娘が使い、わたしは今使っているパソコンの最期を見届けたいと思っています(?)。

 その後はもう1台購入することも考えています。娘と共有してパソコンを始めた頃は、これほどパソコンを使うようになるとは思わなかったのです。ここまで使うようになると、わたしたちも専用のパソコンを持ったほうがよい気がします。

 パソコンにはだいぶ慣れてきたので、安いパソコンを買って自分で必要なソフトだけダウンロードして使うのもいいわねと考えたりしています。かえって高くついたりして……。

 最近パソコン売り場に行っていないので、とりあえず見に行ってみましょう。

 昨日はいよいよ危ないと感じたので、昼間、バックアップをとるのに懸命でした。 作品は一応プリントアウトして保管していますが、これだけでは不安。外付ハードディスクに保存してもまだ不安。で、メールにファイルを添付して自分宛に送るようにしました。

 この不安感は保存に対するものなのでしょうか、それとも自身の能力に対するものなのでしょうか?

 そうやって嫌でも作品の整理をしていると、7年間の創作的収穫は案外少ないなあと思いました。何をやってたのかしら? ブログにかまけている時間が長かったのです。

 上野動物園で見たパンダだけでも、早くアップしておかなくては。もし更新が止まることがあれば、パタッといったパソコンのせいだとお考えくださいね。

 もしくは、このパソコンの持ち主であるわたしも身体的に結構いかれており、こちらがパタッといっても更新は止りますので、あしからずご了承ください。

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また石の旅行か?

昨夜、腰が立っていられないくらい痛くなった。同時期に、強烈な膨満感(夕飯作りの最中の出来事で、空腹の時間帯だった)。

冷や汗が出たほどだったが、根性で夕飯、完成させた。

しばらくしたら、何となくよくなった。一晩寝たら、何ともない。

結石の移動ではないかと思う。

最近、秋らしい快適さで、冷たい麦茶を沢山飲むこともなくなり、そろそろ意識的に水分をとるようにしなくてはと思っていた矢先だった。

そういえば、今週は久しぶりに内科検診がある。

循環器クリニックとは別系統の日赤に入院したせいで(まさか整形外科→脳神経外科→内科経由で入院になるとは思わずに、自宅から歩いても行ける整形外科を受診したのだった)、クリニックと内科の連携プレーがあまり期待できない。

でも、今更どちらかにまとめるのは難しい。数値が問題なくなってくれば、内科受診は卒業できる可能性もあるが、整形外科には当分かかることになるだろうし、脳神経外科も卒業とまではいかない(額の骨腫瘍をとって貰う場合は、中村病院かアルメイダに紹介してくださるそうだ。中村病院はパルコ跡に移転するとニュースでいっていたような……)。

かといって、心臓の治療が核なので、循環器科を日赤に移ることは考えられない。日赤に入院中循環器科にもかかったが、クリニックにかかっていることをいうと、循環器科の先生の目がお星様のように輝いて、あの先生にかかっているんですか……という賛美を目にした。

カテーテル検査を受けたかったのだが、希望すれば行うが、仮にその検査でどう出たところで、わたしの受ける治療に変わりはないといわれ、やめた。

クリニックの先生はこの県では、一番か二番の先生という噂だ。今は心臓の手術はされないが、なさっていた頃は、心臓を止めずに手術ができることで有名だったらしい。

心臓に関しては知り尽くしている先生ということが、何年も通っているうちにわかるようになった。

わたしには大抵「Nさんはいつも元気だねえー」とおっしゃり、稀に沈黙なさる、あるいは診察が長くなると、どこかがあまりよくないのかなあとわかる程度で(質問すれば答えてくださると思うが、そんなときはなぜかタイミングを逃しがち)、自分の病状について、詳細がわかりにくいという唯一の不満はあるけれど。

こんなことになったのも、増えないとされているタイプの骨腫瘍が増えてしまったせいだ。これは稀なケースで、勉強好きの(?)先生がたが精力的に調べてくださってもわからなかった。

とりあえずは悪性ではなさそうだということがわかり、警戒感はだいぶ薄れたが、何しろ稀なケースであるだけに今後の予測が今一つできず、何かしら不気味な感じがつきまとう。

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2012年10月13日 (土)

息子の土産話 その二「ゲーテもアンネ・フランクも金持ちだったんだねえ」

 わたしはフランドルの画家ピーテル・ブリューゲルの絵が好きで、画集をよく見ているのですが、人物の描きかたについて疑問がありました。

 人物が総じて同じように描かれている……大柄の、どちらかといえば、むっくりした体つき。容貌は、職人風というか農民風というか、素朴な感じで、無表情。わたしはずっと、ブリューゲルはあるテーマのもとに人物をデフォルメして描いているのだと思っていたのですね。

 ところが、あるとき、エティ・ヒレスムという第二次大戦中にアウシュヴィッツ収容所で亡くなった聡明なユダヤ女性の日記『エロスと神と収容所』(大社淑子訳、朝日新聞社、1986年)を読み、挿入されていたエティの周囲にいたオランダ人たちの写真を見ていて、おや、と思ったのでした。

 ブリューゲルの絵に似ている……。それから、オランダ人の著作に触れるたびに、著者の写真などを気をつけて見るようになり、そうするとやはり、ブリューゲルの絵に描かれた人物に似ている人が多いように思ったのでした。

 オランダ人の身体的特徴として、大柄、素朴な容貌、無表情といったものが感じられるのかどうか、息子に観察してきてほしいと頼んでいました。

 息子が飛行機で降り立ったのは、オランダのスキポール国際空港です。スキポール国際空港はいわゆるハブ空港で、大きな空港だったとか。

 オランダ人には体の大きな人が多く、男子トイレの便器の背が高かったそうです。ただトイレへは子供も行くから、それで困るということはなかったそうですが(?)。

 息子の印象では、オランダ人は男女を問わずでかい。巨体といっていいくらいのオランダ人の中には、バイキングとかフランケンシュタインを連想させられる人もいたそうです。

 でも、子供はどの子も、絵画に描かれる天使とかキューピットそのままの、息を呑むような可愛らしさだそう。それが大人になると、フランケンシュタインになったりするというわけなのでしょうか。

 ネット検索したところでは、やはりオランダ人の平均身長は世界一高く、成人男性の平均身長は183cm、女性は171cmだそうですよ。

 目が合ったとたんにニコッと微笑む人と、無表情の人に分かれるように息子には思え、無表情な場合も嫌な感じは全くしなかったそうですが、息子と一緒に行った後輩の男性はオランダに降り立った初日から帰国するまでずっと、オランダ人は苦手だ、日本に帰りたいといっていたとのことでした。

 アムステルダムは観光地として整備されていて、家々は煉瓦作り。如何にもヨーロッパという感じがしたそうです。スターバックスコーヒーなんかも、ヨーロッパ風の建物の中に収まっているそうで。自転車に乗っている人が多く、自転車専用道路がきちんとあるというのはいいですね。

 息子はほとんど観光はしなかったといいましたが、それでも、アムステルダムではアンネ・フランクの家を見、運河クールーズを楽しんだようです。国立美術館にも出かけ、改修部分が見られなかったのが残念だったといいました。

 大航海時代に東洋からもたらされた文物が多く並び、伊万里焼もあったそうです。レンブラントの絵では、雲と雲のつくり出す影がすばらしかったとか。東洋の影響を感じさせる絵も多かったようです。

 ホテルの食事は、ヨーグルトとジャムがハッとするほど新鮮で、美味しかったとか。ジャムはグランベリーとかマルベリーといったベリー系が豊富。肉は、黙っていると、生に近いものが運ばれてくるそうですが、息子はたいらげてしまったそうで。後輩の男性は、日本食が恋しいといっていたそうですが。

 夫は流通業に務めている頃、視察旅行でアメリカへ行き、ロサンゼルス、ダラス、アタランタを回りましたが、肉については息子と同じことをいっていました。一緒に行った夫の同僚たちは食べられなかった人が多かったのに、夫も同僚のぶんまでたいらげたといっていましたっけ。

 息子がオランダで飲んだビールは、よく日本でも見かけるハイネケン。ドイツでも飲んだそうですが、ドイツのビールは濃くて、ハイネケンのほうが息子の好み。大麦で作った普通のビールと、小麦で作ったホワイトビールがあるそうです。

 フランクフルトで食べたソーセージは、日本で食べるソーセージと変わりなかったようです。フランクフルトで、上司が高校時代からの旧友と待ち合わせがあったそうで、息子はそれにくっついて行ったとのこと。

 その上司の旧友は大学を拠点としながら10年間ヨーロッパを放浪していて、ずっと日本には帰っていないそうです。東大の理数科から哲学科へ変わったという学歴の持ち主で、少し変わった人だそう。現在はベルギー大学に籍を置いて、フランクフルトにいるらしいです。

 フランクフルトは、その人が案内してくれたとのこと。大聖堂は外から見ただけだそうですが、迫力があり、建築的にとても凝ったつくり。息子はゲーテの家にも行きました。

「アンネ・フランクもゲーテも金持ちだったんだねえ。アンネ・フランクの隠れ家を狭いあなぐらみたいなところだとは想像しないほうがいいよ。お袋が住んでいるところより、よほど……と思えばいいと思う。相当に広いから」と、しみじみ息子はいいました。

 『アンネの日記』を読んで、アンネ一家がお金持ちだったことはわかっていましたが、隠れ家がそんなに広いとは想像していませんでした。

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 写真は息子が送ってくれたお土産です。チョコレート、お金(ユーロ)、切符、ホテルの石鹸。チョコレートは裏を見ると、イタリアの創業フェレッロ、メイド・イン・ドイツとあり、イタリアのブランド『フェレッロ』ドイツ支社の製品でした。

 そういえば、息子は大学受験で東京に行ったときに『東京ひよこ』をお土産に買ってきたことがありました。息子が小学校まで、『ひよこ』の本場に近いところに住んでいたわたしたちでした。娘はイタリア人ふたりとメールのやりとりをしているくらいなので、息子があえてイタリアのブランドチョコを選んだのかどうかは謎ですが……。

 トリュフ風のチョコで、玉の外も中も凝っています。金色は中がアカデミアナッツ、夫はこれが好き。茶色はチョコがビターで、娘はこれが好き。わたしは銀色が好きです。銀色はチョコがホワイトで、ミルクが香ります。

※関連記事

2012年10月 9日 (火)
息子の土産話 その一「シベリアの原野を流れる河が龍に見えた」
http://elder.tea-nifty.com/blog/2012/10/post-4081.html

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2012年10月12日 (金)

ノーベル文学賞は中国の莫言氏に決定

 ノーベル文学賞が近づくと、今年もまた春樹コールが高まった日本だったが(下馬評1位だからといって、そんなに騒ぐのが恥ずかしい。そもそも文学の真価は世俗の価値観を超えたところにあるというのに)、中国、韓国とは政治的に極めて微妙な関係にあるときなので、春樹なんかがとって、またまた絶句させられるスピーチをやらかさないかという心配があった。

 違ってホッとした。春樹の政治意識に根本的な欠陥があることは――現在、電子書籍化のため非公開にしてしまっているが――拙評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』で指摘した。

 莫言氏の作品は未読で、88年にベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した映画「紅いコーリャン」というタイトルを聴いた記憶があるだけだった。

 ネットニュースに見る莫言氏は、文革にもめげなかった作家であるようだ。文革によって知性、品性の多いに削がれた中国であるので、莫言氏の今後の活躍を期待したいところだ。それにしてもペンネームが「言う莫(な)かれ」とは……莫言氏の執筆環境の厳しさを物語っているかのようなペンネームではないか。

 ライン以下に、ネットニュースからクリップ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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2012年10月10日 (水)

整形外科受診

右の五十肩から診ていただいた。自分ではかなりよくなった気がしていたが、まだまだだそうだ。長引くなあ。

ストレッチは、
①両指を組み合わせ、前へ、ぐーっと伸ばす。
②右手を左肩にのせて、左手で右肘を引き寄せる。反対側も同様に。
③両手を後ろに回し、右の手で左の手首を掴んで、ぐーっと体から離す。反対側も同様に。

悪いのが片方だけだとしても、ストレッチは必ず左右対称に行うようにとの注意を毎回受ける。診察時に教わるストレッチは、毎回いくらか違う。

次に、階段で膝(特に左膝)が曲がりにくく、下りるときに不自由な件をお話しした。

マックマレーテストという膝関節の障害を調べる検査を受けた。

膝の中でカクッとなったり、痛みが出たりした。

膝の中で半月板が左右に動くことから歩行障害が出ているらしい。今は水は溜まっていず、腫れてもいないそうだが、「ロキソニン湿布を出そうか? 確か、かぶれたよね」と先生。かぶれるが、出していただいた。

先生が膝を両側から手で押さえられると、カクッとしなくなり、痛みも出ない。膝の中で半月板が左右に動くのを防ぐサポーターがあるそうだ。

和式トイレなどでしゃがんだとき、立ち上がるのに難儀するのもこの膝が原因で、バネの働きに障害が起きているためだという。下半身全体が弱って……なんてことでなくて、よかったけれど。

膝って、つくづく大事だ。いや、体のどこを傷めても全身に影響する。逆から見れば、本当に人間の体というものは無駄なく、よくできている。

この膝の障害には、骨腫瘍は関係がない。高校時代、バレー部でしたたかに何度も膝を打ったことが、今になって出てきているのではないだろうか。

汗臭いサポーターしか残っていないようなとき、いいやと思ってサポーターをせずに済ませることがあった。

先輩から「膝を打つと、絶対によくないって。あとで出たりするよ」なんて注意して貰ったことが思い出される……バカだった、もう遅い。

次回、膝の詳しいレントゲンを撮って貰うことになった。

正座は無理だから、控えるようにとのこと。しゃがむような動作も、極力避けるようにしなくてはならない。膝を曲げてよいのは、90度までだそうだ。

左右交互に、足を前へ伸ばしては90度曲げるストレッチを教わった。3回ずつ。

次回の受診は来年の1月。診察の前にレントゲン。

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2012年10月 9日 (火)

息子の土産話 その一「シベリアの原野を流れる河が龍に見えた」

 息子が1週間の初海外出張を終えて帰国し、昨夜電話をかけてきました。土産話を聴いているうちに、3時間近い長話になっていました。早くも話の半分くらいは忘れてしまったのですが、覚えていることだけでもメモしておきたいと思います。

 初海外の印象はとてもよく、滞在中ずっと快適で、むしろ日本にいるよりリラックスでき、そのままずっとアムステルダムにいてもいいと思ったくらいだったそうです。何しろ滞在したホテルが日本円で一泊3万はするよいホテル。朝昼晩きちんとした時間に食事がとれ、仕事は午後6時で終わり、そのあとでパーティーという日程。

 日頃遅くまで残業し、食事は外食かどうかしたらコンビニ弁当で済ませ、社会人ドクターとして大学の研究室へ泊りがけで出かけるときは安宿かウィークリーマンション利用の息子にとって、極楽みたいな1週間に思えたとしても不思議はないわね、と話を聴いたわたしは納得した次第でした。

 そういうと、「日頃粗悪な環境で暮らしている御袋にも、海外はよいところと思えるはずだよ。行ってみたら」ですって。

 うーん、そうかなあ。海外のどこへ、どういうタイミングで行くかにもよるでしょうし、期待が大きいだけに、空振りして帰ってくることになりそうな気もするのですが。いや、そもそもわたしにも海外に行けるときが来るかどうか……。

 息子はアムステルダムに滞在し、途中、上司とフランクフルトへ出かけたとのこと。学会に似た会合へ出席し、ヨーロッパを主とする世界の各地から集まった面々の発表を聴くことが、初海外出張における息子の主な仕事だったようです。

「で、発表の内容は聴きとれたの?」とわたし。「いや、全然。でも、発表の内容は渡されたプリントを読めば、わかるからね。滞在中、言葉で困るということは全くなかったよ」だそうで。

 乗り物の苦手な息子が片道12時間もの長い飛行時間に耐えられるかも心配でしたが、「体調的にどうということは全然なかった。ただエコノミークラスだったからね、窮屈で、よく席を立っていた。窓からの眺めがすばらしかったよ」とのこと。

 中国を通らない、ロシアを通る北回りの直行便コース。ロシア、ポーランド、長く見えていた海はバルト海だったろうとのこと。

 シベリアを流れる半ば凍りついた河が凄くダイナミックで、中国に黒竜江と名づけられた河があるけれど、シベリアの原野を蛇行して流れる河はまさに龍の姿かと想えたそうです。「シベリア流刑なんて聞くけれど、あそこに行かされるだけで終わりだと思わされるくらいの凍てつきかただったよ」と、息子。

※関連記事

2012年10月13日 (土)
息子の土産話 その二「ゲーテもアンネ・フランクも金持ちだったんだねえ」
http://elder.tea-nifty.com/blog/2012/10/post-9307.html

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2012年10月 8日 (月)

図書館から借りた本、7冊

 家にある本のうち、どうしても読んでおかなければならない本が5冊はあるが、それ以外に調べものをしているときなどに目についてパラパラとだけでも確認しておきたい本が出てきたので、図書館から借りてきた。7冊。

 『マオ 誰も知らなかった毛沢東』は現代中国を知りたいと思えば、読んでおくべき本だろうし、先日の記事でもほんのちょっと触れたが、周恩来との関係を知るうえでも読んでおきたい。しかし、これを読み終えるには時間がかかりそう。

 フランスの女性哲学者シモーヌ・ヴェイユの人気はかげりを知らないようで、次々と新しい本が出ている。最近も、岩波書店と藤原書店から出たようだ。借りた『前キリスト教的直観 甦るギリシア』に収録されている論文については、『シモーヌ・ヴェーユ著作集Ⅱ ある文明の苦悶―後期評論集』(1968年、春秋社)に収録されていなかった《ギリシア科学史素描》という短い論文を除けば、大学時代に読んでいる。

 何度も読み返したため、春秋社の本は糸がとれかけたりして、ぼろぼろに近い。初めてリーブルで本を手にしてページを開いたとき、そのページがたとえようもない純白に輝いて見えただけでなく、自分の体から重量が抜けて宙に浮かびそうな錯覚を覚え、「あ、浮かんじゃう!」と思わず声を上げそうになったことを覚えている。

 ブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』の原書のページがサファイアのような色に輝いて見えることと双璧に位置する、わたしにとっての幸せな読書体験だ。『シークレット・ドクトリン』は邦訳されている部分ですら、所々しかわからないが、この2冊は傍にあるだけでもわたしには意味がある。

 藤原書店から出た「ゾラ・セレクション」(全11巻 別巻1)のうち、2巻『パリの胃袋』、5巻『ボヌール・デ・ダム百貨店』、8巻『文学評論集』、10巻『時代を読む 1870-1900』は家にある。別巻の『ゾラ・ハンドブック』も図書館から借りたいと思ったが、検索したところではないようだ。

書名 マオ 上
副書名 誰も知らなかった毛沢東
著者名 ユン・チアン/著   ジョン・ハリデイ/著   土屋 京子/訳 
出版社 講談社 
出版年月 2005.11

書名 マオ 下
副書名 誰も知らなかった毛沢東
著者名 ユン・チアン/著   ジョン・ハリデイ/著   土屋 京子/訳 
出版社 講談社 
出版年月 2005.11

書名 チーズとうじ虫 (始まりの本)
副書名 16世紀の一粉挽屋の世界像
著者名 カルロ・ギンズブルグ/[著]   杉山 光信/訳 
出版社 みすず書房 
出版年月 2012.6

書名 前キリスト教的直観 (叢書・ウニベルシタス)
副書名 甦るギリシア
著者名 シモーヌ・ヴェイユ/[著]   今村 純子/訳 
出版社 法政大学出版局 
出版年月 2011.10

書名 ゾラ・セレクション 9
各巻書名 美術論集
著者名 ゾラ/〔著〕   宮下 志朗/責任編集   小倉 孝誠/責任編集 
出版社 藤原書店 
出版年月 2010.7

書名 ゾラ・セレクション 11
各巻書名 書簡集
著者名 ゾラ/[著]   宮下 志朗/責任編集   小倉 孝誠/責任編集 
出版社 藤原書店 
出版年月 2012.4

書名 ジョルジュ・サンドからの手紙 
副書名 スペイン・マヨルカ島、ショパンとの旅と生活
著者名 ジョルジュ・サンド/〔著〕   持田 明子/編=構成 
出版社 藤原書店 
出版年月 1996.3

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イタリア展

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 この街にある唯一の百貨店におけるイタリア展、今回は力が入っています。

 ここへ引っ越してきた当初はドイツ展、フランス展なども開催されていたのが、経営見直し後は外国のものは唯一イタリア展だけになり、それも昨年はもう一つという感じだったのですが、今回は違いました。

 食材が大変に豊富。食器、小物、ブランド調理器具、フレグランス、アクセサリー、バッグ、クッション、家具……バイヤー直接買付品もありました。

 イタリア展でわたしが買うものはもうだいたい決まっていて、ワイン、オリーブオイル、惣菜オリーブくらいですが、今回他に迷ったのは、栗はちみつとシチリアの置物(1,000円強の象のがほしい)です。

 整形外科の受診日にデパートの前の道を通るので、そのときまでに考えておこうと思います。

 また、緊縮財政のため買えませんが、お金があったらほしいと思ったのは、1万いくらかの小さなカメオ。今回のイタリア展のために特別に作らせたものだとか。鎖はぱっとしませんが、別のものに替えればいいでしょうね。

 前に娘と、同じくらいの値段のカメオをドイツ展で買いましたが、これは本当に綺麗で、お得感のある商品でした。高価なカメオは鑑賞できるだけですが、それだけでも楽しいですね。

 前はイタリア展でよくチーズとパンを買っていましたが、チーズはあれこれ試してみたせいか、今では家族全員、興味が失せてしまいました。元々それほど好きではないのかも。パンも、結局うちはイギリス風のパンのほうが好きだとわかり、今回は買いませんでした。

 惣菜オリーブは『ミラノ』と名づけられたものが好きで、あったので買いました。ワインは微炭酸の白ワインで、1,200円くらいのものを試飲したら美味しかったので、購入。これをシャーベットにすると美味しい……と店員さん。

 オリーブオイルは、昨年1,000円弱の黒い背の高い瓶に入ったもの(あの瓶を目印にすればいいと思い、どこのだったか覚えていません)が美味しかったので、探しましたが、ありませんでした(わかりませんでした)。

 すっきりとした味わいがあって、ドレッシングにすると、凄く美味しかったのです。他のオリーブオイルに替えた時に、違いがわかりました。

 ちなみに酢は、ショウブンの有機純米酢が好きです。酢の物やドレッシングを作るときにはこれでないと、と思ってしまいます。酢はアク抜きなんかにも使うので、安い大瓶とこれの二種類備えています。

 今回は、半額になっていた600円くらいの全く癖のないオリーブオイルを買ってみました。

 個性の強い、高価なオリーブオイルも、パンにつけてあれこれ試食してみました。味わいがそれぞれ違い、勉強になりました。が、オリーブオイルの使いかたがわたしにはまだ、飲み込めていません。フレーバーオイルというのは、どうなんでしょう?

 はちみつについては、テレビでイタリアのはちみつの豊富さを語っていたので、関心をもって見ました。栗のはちみつは個性が強い、と店員さん。ちょっと買ってみたい。

 買えそうな値段のパスタ鍋が来ていないかと期待していましたが、ブランド調理器具の中に高いものがあっただけでした。

 普通の鍋だと、こしの強いイタリアのパスタはなかなか湯に浸かりきれないので、深さのあるパスタ鍋がほしいと前から思っているのです。通販でだと手頃な値段のがいろいろと出ていますが、実物を確かめないと、決断しきれません。

 娘は1個120円強のマイアーニのチョコを10粒買いました。夫とわたしも食べ、美味しいとは思いましたが、全員、先日土産に買ってきたリンツのほうが好きという結果に。特に夫が気に入っています。夫はそのリンツのチョコを、サイフォンで淹れたチョコに合うといって大事に食べていました。

 チョコにこだわりのある夫が、これまでにこれほど気に入ったのは、リンツ以外では博多にあるチョコレートショップのチョコだけなので、クリスマスの頃にでも通販で買おうかと思っています。リンツのチョコは、手の出る値段なので嬉しいです。

 カテゴリー「珈琲」に入れる記事も更新しなくては。電動ミルを試しました。サイフォンで淹れるコーヒーの味わいにはゆたかな表情があります。

 夫はこの頃すっかりコーヒーオタクです。サイフォンは夫の玩具であり宝物でもあるという感じになってしまっているので、わたしは触ったら悪いと思うまでになりました。

 で、コーヒーを淹れるのは夫の気分次第ですが、二日に1回は淹れてくれ(その割合だと家計的にも許容範囲内)、その辺の喫茶店のコーヒーより美味しく感じられるので、おうち喫茶店に二日に1回は通う贅沢さを堪能しているといったところです。

 淹れかたによっても味が全く違ってくるので、コーヒーの記事は夫が書くのが一番でしょうが、残念ながらその気はない様子。

 ところで、来年のカレンダーがもう出ていますね。うちはあちこちにカレンダーをかけるので、かける場所に合うカレンターを見かけたら、迷わず買うことにしています。早くも、フジコ・ヘミングの絵のカレンダーとノンタンのカレンダーを買いました。

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2012年10月 7日 (日)

遅れているパンダの写真のアップ。運動会の季節。

「東京2012年」というカテゴリーまでつくったのだから、旅行の記事をちゃんと書いてしまおうと思っているのですが、創作に没頭していないときは雑用に追われるという風です。

そうこうしているうちに忘却してしまいそうなので、パンダの写真だけでも今週中には……と思っています。お急ぎのかた(?)は、拙ホームページ「バルザックの女弟子になりたい! 」のトップページをご覧ください。

この写真を撮影したのは娘で、全部で3枚あるうちの1枚です。

パンダに無関心だったわたしですが、実際にパンダを観、そして、のどかな後ろ姿に文字通り癒やされました。

ところで、初海外出張していた息子が先程帰国したようです。アムステルダム、フランクフルトはどうだったでしょうか?

今後も2年に1回くらいは海外出張に行かされそうなことをいっていたので、初海外の印象がよければいいな、と思います。

最近の大学生は理系、文系を問わず、よく自費で海外に行かされるようで、やりくりに大変な親御さんも多いようです。息子の通う大学はそんなことはなかったのですが。

むしろ、自費でなく行けそうな機会を息子は無視していたくらいで、しかし、その息子もついに外国に行かざるをえなかったと思うと、ちょっと可笑しくなってしまいます。

話はがらりと変わりますが、運動会の季節のようですね。

娘の勤務する書店でも、運動会で1番をとった子供がご褒美に本を買って貰ったり、同僚の男性が運動会で子供と走るために短期間のダイエットを試みたりしているそうです。

運動会で思い出すのが、母親たちと子供たちの意識のズレ。

子供たちが小学生の頃まで、わたしたち家族は福岡県にいて、転勤族の多く入居していたアパートで暮らしていました。

できたママ友はほとんどが同じアパートに住む、しかも夫が同じ流通業系に勤務する奥様がた。

地元の子供たちに比べると、転勤族の子供たちは揃いも揃ってひ弱で、箱入り風。また揃いも揃って(どの子も少なくとも子供の頃は)、色白で可愛らしい容貌だったのです。

こんな転勤族の子供たちは運動会では冴えず、そのもたもたぶりで、母親の気を揉ませました。

この母親たちがまた、揃いも揃って勝ち気揃い。

わたしはその頃既に病気でしたが、娘が幼稚園のとき、子供をおんぶしてリレーする競技で、鼻息も荒く走り、何人も抜いたのを――輝かしい記念として――記憶しています。その頃はウエスト55センチとスリムでしたが(尤もわたしはちびで、151センチしかありません)。

子供たちが小学校の低学年までは、親との競技があれこれあって、夫は運痴なので、わたしが頑張りました。ママ友たちも同様に、鼻息荒く奮闘していました。

しかし、母親が頑張れば頑張るほど、子供たちのもたもたぶりが運動場に映えました。

そんな運動会のあとで作った俳句を過去記事で紹介しましたが、そこからまた拾ってみます。

一念にもがいて駆くる運動会
こゑの中ほろと転んで運動会
あの靴が少し重きか運動会
吹き鳴らす笛師の胸に運動会
風吹くや薄日に了る運動会
運動会家路を辿る埃の子

今では、出勤のためにバス停まで鼻息荒く走ることで運動能力を育んだ娘。その娘に、横断歩道なんかでもたもたして急かされる最近の哀れなわたしです。

東京で、メトロやJRに乗るたび、階段を降りなければならず、狭い階段の右半分を駆け下りる人波にさらわれぬよう、左半分の人波に遅れぬよう(まるで人間雪崩!)、必死にならざるをえず、膝――特に左膝――がよく曲がらないわたしには試練でした。

正座には既にドクターストップがかかっているのですが、今週は整形外科の受診なので、階段で困ることの多くなった膝の件を改めて先生にご相談してみようと思います。

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2012年10月 4日 (木)

東京 №4 ガーデンラウンジからの素敵な眺め

 ホテルについてしばらくしたら、英語のレッスンを終えた息子がきて、家族3人でガーデンラウンジへ。

 7年まえにニューオータニに泊まって気に入ったのが、この広々としたラウンジでした。

 そのときは欧米人らしき泊まり客と想われる人々も多く、あちらの席からも、こちらの席からも外国語の談笑が聴こえ……という風で、大画面さながらの大窓からの庭園の眺めもすばらしく、田舎者のわたしは、まあ何というか、都会風の格調の高さに圧倒されました。

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 [写真撮影=娘]

 今回は『サンドウィッチ&スイーツビュッフェ』の時間が終わりがけだったせいか、それ目当てで比較的近くから来たのかな、という感じの人々が多かったのです。うちの近くのホテルに、わたしたち家族がバイキング目当てで行ったときの雰囲気とほとんど変わらないものがあり、正直いってイメージが壊れてしまいました。

 ここへ来るまえに娘に「外資系の高級ホテルがあちこちにできたみたいだから、欧米人の泊まり客はそちらに流れて、日本人と東洋系の泊まり客が増えてるんじゃないかしらね」とわたしがいった通りの現象なのかどうかは、わかりません。 

 ベルばら世代で、海外旅行も未経験のわたしは(友人たちはおおかた新婚旅行なんかで体験済み)、こんな国際社会になっても欧米コンプレックスがあるのです(笑ってください)。 まあ、いずれにしても、こちらの勝手な期待(妄想)と幻滅にすぎなかったことでした。

 でも、ガーデンラウンジ、やっぱりいいなと思いました。

 東京在住の息子とは頻繁に会えるわけではないので、会うと健康や生活ぶりのチェックをしたくなりますが、なるべくそちらのほうは抑え、家族で楽しいおしゃべりと食事の時間を過ごしました。

 この支払いを息子が持ってくれて、金欠旅行のわたしは大助かりでした。息子も会社勤めをしているとはいえ、新幹線でちょくちょく大学の研究室へ通う学生でもありますから、まだお金がいるでしょうが……。

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2012年10月 3日 (水)

「イエスの妻」文献を否定するバチカンの公式見解(=公式願望表明)

 「イエスの妻」文献を否定するバチカンの公式見解が発表されたという。以下は当ブログにおける関連記事。

 バチカンの公式見解を伝える日刊紙オッセルバトーレ・ロマーノは、問題の文献が骨董市場で見つかったことや字体を疑問視する専門家の論文を紹介し、「いずれにせよ偽物」と結論づけたそうだ。

 貴重な文献が骨董市場で発見される例は、別に珍しいことではなかったように思うが……。

 学問の場でなされるべき勝負(というと語弊があろうが)に、まるで子供の喧嘩に親が出てきて贔屓の子に勝ちと判定を下すかのような、バチカンのこの登場の仕方、真理の追究及び学問の自由を握りつぶそうとするこのパターン、古色蒼然としすぎていて恥ずかしい。

 初期キリスト教徒の文献の中から自分たちの好みに合う、自分たちに都合のよい文献だけを福音書と名づけ、その他の文献を排斥することで、初期キリスト教徒の文献全体を私物化し、貴重な文献と過去の人類の知的遺産とのつながりをずたずたに裂いてきた勢力に、心底戦慄を覚える。

 バチカンからのものではない、学会からの続報を、辛抱強く見守りたい(興味津々)。

 ライン以下に、ネットニュースからの記事をクリップ。

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2012年10月 2日 (火)

東京 №3 海外旅行が二泊三日の東京旅行に……それで満足だったわが家的事情

 夫が退職する数年前に気前よく、退職金の一部で念願の本を出したら、といってくれたので、わたしはその気になってしまい、そのつもりでいたのでしたが、物事はそううまい具合には進みませんでした。

 退職金のそんな使いかたは夫の継続雇用が前提となっていて、それがふいになったからでした。夫の勤め先は流通業でしたが、まさに国取り物語、食うか食われるかで生き残り、店舗数を増やした俊敏な企業ですから、自社のメリットにならないような甘いことは決してやりません。 

 その頃、このまま麻生さんが再選され麻生政権が続けば、夫は間違いなく残れるはずで、娘が契約社員から正社員になれるのも間近と思われました。ところが民主党が勝利して政権交代してしまい、企業対策が放置されてしまったのです。わたしは、この間の変化をしっかりと記憶しています。

 案の定、新政権の成り行きを見ていたに違いない夫の会社は、継続雇用したりしなくなったりということを始めました。それまでは定年退職後の身の振りかたをさほど考えずに済んできた事情が一変したわけです。そして、会社はついに、ほぼ継続雇用をやめてしまいました。そうなってからしばらくした頃に、夫の定年退職がやってきたのでした。

 最近の法改正により、継続雇用が義務づけられることになりましたが、それは厚生年金の受給開始年齢の引き上げに伴ってのもので、高齢の失業者が巷に溢れる状況を何とか食い止めるための最低限の法改正にすぎません。これはこれで厳しいでしょう……。

 食うか食われるかの企業で身を粉にして働いてきた夫でしたが、会社では上昇意欲が強く、同僚の出世が痛くて、そのたびに家庭に八つ当たりしていたところがあると本日告白しました。やっぱりそうだったのか、と長年の謎が解けた思いがしました。

 わたしの困ることなら何でもしてやろう、と夫が思っているようにしか感じられないことがあまりにしばしばあったからでした。夫は大学を卒業して初入社した船会社をやめたあと、当時、経理部長をしていた父親のコネで入社したので、特別扱いされて当然という甘えがいくらかあったのかもしれません。

 何にしても、夫は夫なりに頑張ってくれて、そこそこの出世もし、定年退職しましたが、定年後の就活は困難をきわめました。実は、夫は、定年前に予定していた自分のぶんの退職金を、退職前の段階でややオーバーして使ってしまっていました。

 この時点で、わたしの本を出す計画はなくなりました。幸い――というべきか――、出版事情を調べてみると、素人が本など出しても無意味だということが改めてわかり、出版の計画を、それより少ない金額で済みそうな娘との海外旅行に切り替えました。

 わたしには、長年温め、書き始めていた児童文学作品『不思議な接着剤』で一発当てたいという思いがあり、舞台として用いたいラングドックは無理でも作品形成に役立ちそうなヨーロッパへ取材旅行に行きたいと思いました。娘はイタリアへ行きたがっていました。

 しかし、定年退職後の厳しい生活を考えると、この計画も見送らざるをえませんでした。同時に、だからこそ、わたしとしてはやはり物書きとして立ちたいという思いを捨てきれません。

 夫の相当な頑張りで再就職できましたが(再就職には流通業での夫の経験が役立ちました)、先のことを考えると不安ですし、夫にばかり頼ってきた経済的な部分をわたしが担えるようになりたいという思いが日増しに強くなっていきます。それは、それだけの力量が自分にはあるという確信が、日々力強さを増してくることとの表裏一体の関係にあるのです。 

 で、本来はこの東京旅行も、出版社への作品の持ち込みを目的としたものだったわけですが、出版業界も厳しいようで、わたしが持ち込みたいと思ったジャンルを専門としている出版社は――持ち込みは持ち込みでも――郵送のみのところばかりとなってしまいました。

 といっても1社だけ、こうなる前に、対面式持ち込みの許可を得ていたところがあったので、それがまだ有効かどうか確かめて、有効であれば持ち込むこともできたのかもしれません。とはいえ、その出版社の出版傾向を調べると、出して貰えそうには到底思えず、いっそ東京旅行を純粋に楽しむことにしたわけでした。

 息子に会い、息子の勤める会社を見ることが旅行の第一の目的となりました。といっても、この旅行が今後の作品に生かすための取材を兼ねていたことは作家志望者として当然ですけれど。

 海外旅行を期待していたに違いない娘には気の毒で、半分は海外旅行も考え、プランを見たりもしましたが、いずれにしても娘の夏季休暇でヨーロッパは、フリープランくらいでないと、日数的に難しいものがあり、わたしたちには海外旅行は時期尚早と判断しました。韓国になら行けたのですけれどね。娘は現在2人のイタリア人とメールのやりとりをして、イタリア語を磨いているところです。

 前にも記事にしましたが、フィレンツェで書店主をしていらっしゃるミケーレさんは日本文学をイタリア語訳で読まれます。娘が源氏物語のことを話題にしたら、源氏物語も読み始められるほどの読書家です。ローマ字で日本語を、片言のような感じで書いてこられていたのが、最近はひらがなの勉強を始められたようです。

 もう1人は、ローマ近郊に住む東洋学部の大学生で、日本と中国の言語・文化を学んでいらっしゃいます。日本語の単位はとれたそうですが、「中国語はまだで、もう忘れちゃった」んだそう。日本語とイタリア語の混じったメールで、なかなか日本語がお上手なようです。

 長い前置きになりました。

 わたしと娘はJTB「JALで行く東京ステイ」というフリープランを利用して、二泊三日の東京滞在を楽しみました。息子に会い、息子の勤める会社を見ることもできました。以下がそのプランです。これで2名合計、104,600円でした。 

  • 9月22日(土) 大分〔10:25〕⇒東京/羽田〔12:00〕
  • 9月22日(土)~24日(月) ホテルニューオータニ
  • 9月24日(月) 東京/羽田〔19:15〕⇒大分〔20:50〕

 7年前、わたしたちはJTB『旅物語』でさらにお得なプランを利用しています。しかし出発は博多に限られ、曜日も決まっていました。そのときは娘の出版社チャレンジが空振りに終わった就活――講談社が途中まで――の傷心旅行だったのです。

 そのときはなぜ息子の会社を見に行かなかったのかしら、と思いましたが、考えてみると、そのとき息子はまだ大学生(学部生)だったのでした。まあ息子は今も社会人ドクターとして大学に通っていますが、博士課程の卒業はどうやら来年ではなく再来年になりそうとのことです。

 卒業要件はほぼ充たしたといっていましたが、「あんな論文で博士号、というのは恥ずかしいから、もう1年遅らせる」とのことのようです。

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 行きの飛行機はかなり古い感じで、しかも小さかったので、揺れると怖かったです。でも、上空からの景色はよく見え、太陽の光を受けてきらめく屋根々々、川、島々、海など、よく見えました。

 雲のなかに入ってからがまた素晴しかったのです。上に行くと、下の眺めは、一面雲に覆われていて、よく見えないこともありますよね。でも、このときは、雲が何層かにわかれた中に飛行機が入って行き、その雲の層の間の青空を、ちぎったような雲の塊が漂っている幻想的な光景に目を奪われました。

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 ニューオータニへ行くために、東京メトロにのり、赤坂見附で降りました。

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 途中で見かけたビル。よく見てください。ビルのてっぺんにクレーン車がいます。

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 ニューオータニの部屋から撮った写真。前回は緑が見える側でしたが、今回はビルしか見えませんでした。禁煙の部屋を希望していました。空いていなかったところをぎりぎりの時点で空いたということで、二泊とも禁煙の部屋で過ごせてラッキーでした。

 ニューオータニの客層は、7年前よりさらに庶民化が進んでいるような印象を受けました。だから、わたしたちは泊まることができたわけですが……。部屋の居心地、サービス共申しぶんなく、さすがは老舗だと思いました。

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2012年10月 1日 (月)

NHKスペシャルの周恩来。東京旅行・創作疲れ。

昨夜、NHKスペシャル「日中外交はこうして始まった」を観た。

あのときは周恩来がいたのだ、と改めて思った。

名家出身の周恩来、品があるというだけではない、清廉な、本当に立派な顔をしている。

こんなことを考えても仕方がないことはわかっているけれど、この人がトップに立てていたら、どうだったろう?

そして、忌まわしい文化大革命が起きなかったら(あれで中国の知性、品性が殺されたのだ)、中国はまったく違った国になっていたに違いない。

歴史を見ると、大抵野蛮なほうが勝ってきたのがわかる。

『ワイルド・スワン』を書いたユン・チアンの『マオ 誰も知らなかった毛沢東』を読みたいと思いながら、まだ読んでいなかった。読みたい本が沢山ありすぎるが、なるべく早いうちに読みたい。

東京旅行・創作疲れがドッと出た感じで、2日ほどダウン気味だった。

午後、東京旅行の写真を整理したら、娘が撮ったものと合わせても、少なかった。

一番いいのは、娘が上野動物園で撮ったパンダの(眠りこけた)後ろ姿だろう。

これは、パソコンを開いてアップしなくては(これは携帯からです)。

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