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2012年9月の34件の記事

2012年9月29日 (土)

短編童話、何とか完成

短編童話は何とか完成し、応募した。寝かせることなしに送ったので、怖い。

が、明日に引き延ばすと、送信事故とかが不安で、なるべく早いうちにと思ってしまった。

出来は、現時点ではさっぱり判断できない。あとで、まあまあと思うかもしれないし、頭を柱にぶつけたくなるかもしれない。

これでどうにか、『創作道場』の課題部門、自由部門に送り終えた。

ところで、昨夜、休憩中に岩波文庫から出たカロッサの『指導と信徒』をパラパラとめくっていた。

旅行後はまた緊縮財政なので、本は専ら図書館利用になるところだが、カロッサのこのエッセー集だけは欲しくて、旅行中の買い物のつもりで買った。帰宅してから同じごまかしのもとにコーヒーミルも買ったが、夫にはこれが一番嬉しかったのではないだろうか。

といっても、旅行ではリンツのチョコとコーヒーの粉と『東京ばなな』以外、買わなかった。がどれもヒットし、リンツは夫がこれまでで一番気に入ったチョコだそうだ(チョコには夫は昔からこだわりがある)。

660円で、リルケとの出会いや、神智学に少しだけ触れたところなど(あの書きかたからすれば、神智学協会の会員ではなかったのではないかと思うが、好意的な、ひじょうに謙虚な触れかただ)を読めるのだから、ありがたい。

本業は医者であったというカロッサその人にも、かなり惹かれるものがある。同じ医者作家であったチェーホフとはまた、物事の捉えかたが違う。

『フラウィウス・ヨセフス伝』も、まだ読み終えていない。深遠な『ベールをとったイシス』も待っている。

これらの読書と、自分に強制してでも、電子書籍の作成に時間を振らなければ。

外付けハードディスクに移したつもりでうっかり消してしまったファイルが複数あって(作品ではなかったが)、ひやりとした。

作品の保管場所として一番よい場所は、理解ある人の頭脳だと思うから、電子書籍を通して、そのような頭脳にめぐり合えることを祈りつつ……

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しっかり寝た。書こう。もう時間なし。

昨日の夕方16枚書き、深夜にそのぶんの校正をして午前3時には力尽きた。

あと4枚が問題だ。

しっかり寝たので、体力は充分。年のせいか、眼精疲労が治らず。

東京旅行を心配したが、体力的には楽に行けるとわかった。事前の体調管理さえしっかりやっておけば(喘息の予防を厚くやって、数日前から睡眠をよくとれば、めまい、心臓の不調もかなり防げる)、バスで空港までの1時間プラス航空機1時間半で行けるし、家事なしだから、普段の家事と創作のサンドウィッチ生活に比べたら、極楽ものだった。しかし、真夏と真冬はまずいかもしれない。7年前は真冬で、心臓発作が連発した(当時は今より心臓管理が不充分な面もあった。当時より年は食ったが)。これがヨーロッパなどへの海外旅行となると、航空時間が長いので、また話は違ってくるのかもしれない(同病者のブログのコメント欄など閲覧させて貰ったところでは、海外を拠点に短距離・長距離の航空機利用を3日に1度のペースで行っている方もいらっしゃるから、冠攣縮性狭心症に関する限り、心臓への影響という点では、あまり心配要らなさそう)。

短編で児童文学の修業を行いつつ、冒険に入る前の150枚で止まっている長編児童小説『不思議な接着剤』の本格的な執筆にも、そろそろ入りたい。純文学での修業、神秘主義者としての体験と豊富な知識、歴史趣味が、この作品では最高度に生かせると思っているのだ。

本当は、ラングドックなどの海外取材が必要なのだが(仮にラングドックに行けたにせよ、それ以外にあっちもこっちもとなるに決まっている)、この際、身分不相応のそんな贅沢事はいっていられない。

短編童話が仕上がったら、年内は『不思議な接着剤』のためのノートをとりながら、電子書籍の作成に集中しよう。

過去の作品の整理・保管はおろそかになりがちだが(売れやせんしとつい思い……)、絶対に必要だ。

よし、方針は立った。今日も締まっていこう。

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2012年9月28日 (金)

ひー難産!(創作の話です)

お話は頭のなかではできているに、いざ書くとなると、全くのれなくて、今日の夕方近くまで、無意味な時間を過ごしました。

 そのあと、何がきっかけだったか思い出せませんが、ふいに書ける気がして一気に16枚。あと4枚できちんと仕上げられるかどうか。

 校正のことを考えると、月末までに完成するかどうかは本当にビミョーです。

 短い童話と軽く見ていましたが、いざ書くとなると、難しいですわ。難産ですよ、ホント。

 何にしても、これからバタバタと夕飯作りです。

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2012年9月27日 (木)

中高年の作家志望者

 このブログをご訪問くださる方々のうちの何割くらいが作家志望者なのかは存じませんが、中高年の作家志望者スレがあるのをご存知ですか?

 ネット散策していたところ、40代、50代、60代の作家志望者スレを見つけました。閲覧し、思わず、吹いてしまいますた。長年書いている方々のスレだけあって、それなりに読ませますよ。

 残念ながら、70代以上のスレは見つかりませんでした。わたしの周囲には70代、80代の作家志望者がいらっしゃいますので、スレがないのは単にネット依存度が低いという理由からでしょう。

 ところで、中高年のスレにもありましたが、最近わたしは電子書籍作りのために、表紙を見栄えよくしたいと思うようになり、お絵描きの勉強をしたくなりました。そこそこお絵描きができるようになれば、挿絵だって絵本だって自分で描けますものね。

 作家志望のために、したくても諦めたことって沢山ありますけれど、そのうちの一つがお絵描き。らくがきすらまともにできないくらい不器用なのですが、きちんと習ってみたかったのですね。一から。

 油絵の道具は――ここへ引っ越したときに捨ててきましたが――持っていました。で、独身の頃、勉強せずに、いきなり描いたのが十字架にかけられたイエス・キリスト。

 夫にその絵を見せたことがあり、わたしが絵も描くと勘違いしていました。描いたのは、あれだけでした。そのうち勉強して、いろんなものを描いてみたいと思っているうちに、今になりました。

 彼の世というところは、想像力で実際に物を作り出せるところらしいので、芸術的な人間にとっては本当にすばらしいところに違いありません。芸術は、本来、此の世的な価値観より、彼の世的価値観のほうに馴染む性質のものだとわたしは思っています。

 ですから、世には出られなくても、無駄事と悲観せず、彼の世で理想的にやっていくための能力を育んでいるのだと確信してやっていきたいと思っています。

 わたしの場合、此の世では創作だけでタイム・リミットになりそうなので、お絵描きは彼の世の素材を使って壮大にやります。そのときの楽しみにとっておいて(ブログのお絵描きサービスを使って、らくがきくらいは始めるかもしれません)、今はとにかく文学です。

 執筆で、少しでも稼げるようになりたいというのが本音です。そのための試行錯誤は今後も続けていきます。

 また家事の時間になってきたので、夜、どれくらい書けるかです。少しはのってきたのですけれど。『創作道場』への応募には間に合わないかもしれませんが、もしよいものに仕上がれば、ブログで公開するなり電子書籍にするなりします。

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コーヒーメモ №3 トーキョーシティーブレンド

羽田空港のDEAN&DELUKAで巨峰ジュースを飲んだときに買ったコーヒー。夫がサイフォンで淹れました。

 スマートな味わい、というのが共通した感想でした。色としてはミントグリーンを連想しました(何の根拠もないただの気分による連想ですが)。

DEAN&DELUKA
http://www.deandeluca.co.jp/

ホームページからオンラインストアで購入可

トーキョーシティーブレンド 粉
原材料:コーヒー豆(生豆生産国名: グァテマラ、エチオピア)
内容量:227g
原産国:生豆生産国: グァテマラ、エチオピア

 小気味のよさを感じるカルディのコーヒーを飲みなれてしまったせいか、カルディでないと、やや物足りない感じがしてしまいます。

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2012年9月26日 (水)

自民党新総裁は安倍晋三氏に決定

 自民党新総裁は安倍晋三氏。

 2009年8月に今後の政局についてタロットで占ったところ、民主政権の行き着く先は国民の貧困状態、ソフトなムードを身につけた自民党がいずれは与党に返り咲くと出たのですが、さあどうなりますかね?

 安倍新総裁、体調不良のほうはもうよろしいのでしょうか? 総裁のポスト、今回は若手にバトンタッチされなかったということですね。石原氏も石破氏も何だか危なっかしいので、安倍氏が無難かなとは思っていました。一回り大きくなった安倍新総裁を期待します。

 いつまでも民主に日本の舵取りを任せておくと、日本という国がばらけてきて、そのうち日本という統一国家がなくなってしまいそうな怖ろしささえ、近頃は感じています。

 日本が日本という体(てい)をなしているのは当たり前のことだと思ってきましたが、世界史を見ると、いや、決してそんなことはなく、優れた政治努力がなければどうなってしまうかわからないものだということを痛感させられるこの頃。

 平和ボケさせてくれた自民の政治はある意味凄かった! 民主に政権交代してからは、戦慄の連続です。シビアな外交問題、このままでは先の見えないエネルギー問題、一刻の猶予もならない企業対策・失業対策などに対して、場当たり的な対策を繰り返す嘘つき民主に期待できるものはもはや何もない気がします。 

 今後の政局をまたタロットで占ってみたい気もしますが、何だか怖い。

 追記:安倍新総裁の病気については、その病気に劇的によく効く薬が開発されたことで、現在は心配のない健康状態であるとの情報をネットで得ました。

 ※関連記事

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短い夢

「もう時間がない。物語を書かなくちゃ。書かなくちゃ……」という思いが子守歌となり、上野動物園で見たパンダのリーリーみたいに、うたた寝してしまいました。

夢の中でわたしは、ある薄暗い建物の中にいました。灯りがところどころにありました。眠っている沢山の子供たちがいました。

……目が覚めて、索漠とした気持ちになりましたが、もうあれを書くしかありませんわね。

書きかけの物語とだいたい似ていますが、舞台と登場人物が違いますから、ずいぶん違った感じになるでしょう。

書きかけだった物語が進まなかったのは、旅行で得た体験が必要だったからかもしれません。

24時間書きっぱなしというわけにはいかないので、時間がたっぷりと必要なわたしには今月末までに仕上げられるかどうかはビミョーですが、書くしかありません。では、では。

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『グレイ・ラビットのおはなし』で、引っかかる点

旅行中に買ったアトリーの『グレイ・ラビットのおはなし』を読みかけた。

旅行疲れで働かない頭に何とか創作意欲を掻き立てる目的から、優れた作家の作品をアロマテラピーのように用いたいだけだったのだが、いやはや、そうはさせない強烈さがアトリーのこの作品にはあった。

アトリーの書き方には、物凄く引っかかるところがある。

擬人化がうまくいっていない気がする。

ウサギが、よろず屋の店で野菜の種を盗んだり(野菜を育てて収穫するために)、イタチをオーブンに閉じ込めて蒸し焼きにする(この場面は、グリムの『ヘンデルとグレーテル』から意図的に借りたのだろう)といった行動は、ウサギとしての外観の描写が克明すぎるだけに不自然で、わたしはすんなり読めない。

今は時間がないので、ここまで。

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昨日は1枚も書けなかった

旅行の疲れもあるようで、頭が創作モードになってくれない。

旅行中元気なのは吸入ステロイド(フルタイド)の量を増やすことと関係があると思う。帰宅後は減らす。

溜まった家事の処理もあり、今月末までに1編仕上げるのは無理かもしれない。今日も粘ってはみる。

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2012年9月25日 (火)

東京 №2 ダイジェスト版

 急に思い立って、東京に出かけたのでした。

 娘の夏季連休(もう秋ですが)に、博多にでも一緒にいくつもりで、ふとJTBのプランを見ていたら、東京ステイ3日間というお得なプランを見つけたのです。

 実は7年前に、わたしたちはJTB『旅物語』で4日間の東京ステイを楽しみました。

 そのときに比べたら、むしろ金額が高くて1日少ないのですが、日程が決まっていたそのときとは違い、今回は土日を入れるも自由、宿泊先は老舗ホテルから選べ、朝食付、往復航空券付で、一人5万強というお得さでした!

 海外旅行を諦めたんだから(あくまで今は行けないということです)、東京くらいは行こう、息子に会いに行こう(職場を外からだけでも見学しよう)と思い、出かけることにしたわけでした。

 宿泊先は前回と同じ、ニューオータニをチョイス。

 初日は、英語のレッスンを終えた息子と待ち合わせてホテルでランチ、西郷さんの像を見たあと(テレビ番組の『歴史秘話ヒストリー』を思い出しつつ)、上野動物園へ。

 動物園は外せないのです。だって動物好きですし、創作のためにも……。初めてパンダを見ました!

 なぜかパンダには興味のなかったわたしですが、パンダの人気の秘密に触れた思いがしました。

 こちらに背を向けて座っているパンダはまるで、勉強疲れしてうたた寝しているみたいな格好だったのです。

 その姿が何ともいえず……それにパンダの来た月・日はわたしの誕生月・日と同じではありませんか。

 後ろ向きのまま、首が(首だけが)ぐるっと回って、金色の目でこちらを見据えるシロフクロウの衝撃的な動作!

 娘が今回の東京行きでは頑張って写真を撮ってくれたので、記事を改めて動物の写真などアップします。

 動物園で過ごしすぎて、博物館へは行けず。閉館してしまいました。次に銀座へ。シャネルでウィンドウ越しに見たマネキン人形の眉が変わっていました(写真あり)。

 この日に築地市場へも行くつもりが、時間がなくて行けず。

 が、銀座コアの地階のお寿司屋さんのお寿司が1個210円とくるくるよりは高いのですが、感動の美味しさでした。築地という名が入ったお寿司屋さんでした。

 息子の勤務するオフィスビルに入っているお寿司屋さんも、大変美味しいそうですが、そこも築地市場に割合近いのです。

 リンツでチョコレートを飲み、そのとき、おまけで付いてきた小さなチョコレートの味が何と、長年わたしが再会を求め続けていたチョコレートの味でした! 詳しくは写真と共に。

 二日目。大雨の中、代官山へ。若者が多く、ちまちまとした何となくアマチュアっぽい街という印象を受けました。フランス雑貨のお店や蔦屋書店など見ました。

 そして、馬鹿に店員さんの多いお店で、信じられないくらい、まずいカレーを食べました。とある一角で、唇を真っ赤に塗ったモデルさんの撮影が行われていました。

 大雨でしたが、前回浅草へ行ったので、今回は明治神宮へ。うっそうとした森。ウサギが棲んでいるんですってね。

 参拝を終えたら雨が小降りになり、やがてやみましたが、それまでの砂利道で靴の中まで濡れました(ドライヤーで乾かしました。傷みました)。

 渋谷駅は、横浜へ行く線が出ているなど便利ですが、めまいがするほど人が多く、小汚い印象で、苦手でした。原宿も、うーんという感じ。表参道は綺麗で、若い女性が好みそう。表参道ヒルズなど見ました。わたしは植物のオブジェが辛うじて印象に残った程度。

 ここで力つき、息子が来るのをホテルで待ち、三人でバイキング。インターネット予約しておいたのですが、本来は土日は安くならないところを、泊まり客ということで安くして貰えました。

 今回、食事代を息子が奢ってくれたり、娘が出してくれたりしたので、助かりました。

 三日目。台場へ。フジテレビをこの日は見学できませんでしたが、敷地内の囲いで覆われた中で歌番組の収録が行われていて、東方神起(と思うと娘)の歌声が大音響で聴こえてきました。

 そのあと、来たときも乗った自動運転のゆりかもめで戻り(湾の景色を楽しみました)、勤務中の息子の会社のあるオフィスビルを探しに行きました。見つけて、外から見学(会社のほうへ行くには通行証が必要)。

 辺りを散策し、その辺りで一番巨大なオフィスビルに入り(ここには一般人に開放された憩いの空間があります)、まるでドラマに出てくるようだと思いました。

 が、オフィスビルだから、面白くなく、ビルの中のイタリアンカフェに入りました。ここのカフェラテは美味しかったのですが、夫の淹れるサイフォンコーヒーほど美味しいコーヒーはどこにもありませんでした(ホント)。

 7年前に上京したときは、東京の街ではカラーワイシャツが流行っていたような気がしますが、季節の違いもあるのか、白いワイシャツが多い気がしました。

 女性のファッションも、地方とさほど変わらない気がしました。7年前はもっと違いがあったような……。

 息子に会うとつい、食事や服装のことをいいたくなりますが、外食中心の食生活が偏りやすいのは仕方のない面もあるなあ、と職場辺りを歩いているときに思いました。服装は、普段着を何とかしてほしい。学生時代と同じような格好なのです(尤も、今も博士課程に籍を置く学生ではあるわけですが)。あれでは、ホテルの中の本格的なレストランには入れませんよ(本人もそれがわかっていて、予め訊いてきました。どのみち、そんな高いレストランには入れませんが)。

 でも、息子がわたしたちをそれとなくエスコートしてくれたり、初日などは銀座のウィンドウショッピングに辛抱強く付き合ってくれたりと、ありがたかったです。海外出張まで、それほど日にちがないにも関わらず。

 飛行機にめったに乗らないわたしは、雲が層に分かれた青空の中を千切れたような雲が浮かぶ幻想的な光景や、強い太陽の光に屋根々々がガラス玉のようにきらめく上空からの景色に感動しました。

 行きの飛行機は、3列に座席の分かれた帰りの飛行機に比べたら小さく、翼の近くに座ったので、ペガサスに乗った気分を空想したりしました。

 とりあえずダイジェストで記事をまとめたのは、童話を一編仕上げなくてはならないからです。写真付の記事は以後ぼちぼち。

 ※追記
 八重洲ブックセンター本店にも行きそびれました。ブックファーストでアトリーの『グレイ・ラビットのおはなし』(岩波少年文庫)を買いました。娘は岩波文庫から出たバルザック『サラジーヌ他三篇』。科学と歴史の融合を謳った分厚い雑誌を息子と見、二人ともほしいと思いましたが、重そうなので、わたしは買いませんでした。買えばよかったかな……帰宅すると、緊縮財政感覚が戻ってしまいました。
 でも、帰宅後に夫とコーヒーの話をしているうちに、旅行の続き感覚のつもりで電動コーヒーミルを買おうか……となりました。粉だと(冷蔵庫に入れておいても)劣化が早いと夫がいいます。わたしも同感。貰い物の手動コーヒーミルは30年の年代物となり、使っていない間に黴臭くなった気がするので、新調したいのです。夫は、数種類のコーヒー豆を保存用の瓶に入れて並べておき、自家製ブレンドを試してみたいそうで。
 わたしの少々腕の上がった料理と夫のコーヒーで、緊縮財政ながらも何となく優雅な生活です(というと、いい過ぎかな)。

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2012年9月24日 (月)

東京 №1

東京 No.1

 二泊三日で、東京に出かけていました。帰りに羽田空港の写真の喫茶店で飲んだ巨峰ジュースが驚きの美味しさでした。

 体調が心配で色々と前準備していったせいか(予め心配な方面の薬を飲むなど)、調子を崩すこともなく、ホッとしました。

 欲張ってあちこち行ったため、乗り物の乗り継ぎで階段の利用が激しく、左膝がおかしくなったくらいです。

 せっかく東京に行くのだから、作品を出版社に持ち込めたらと思い、調べたところ、児童書関係はどこも、郵送のみの受付となっていました。出版社は(出版社も、というべきでしょうか)どこも経営面で大変なんでしょうね。

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2012年9月23日 (日)

昨夜、息子とケルトの話

女教皇

 歴史や神話が好きな息子が今ケルトに関する本を読んでいて、それについて話しているうちに興味をそそられ、調べてみたくなった。以前から何となく興味はあったが、ケルト神話と関係が深いとされるドルイド教のことなどにはあまり興味がなく、調べてみたことがなかったのだ。

 息子とは以前、インド神話と北欧神話の話題で盛り上がったこともあった。神話と先住民族とは切り離せない関係にある。

 ところで、息子は高校生の頃から、インド神話に登場するナンディーが大好き。ナンディーはシヴァ神の乗り物とされる牝牛。ナンディーが好きという以前に、息子は子供の頃から牛や馬がとても好きで、わたしも乗馬体験を持ってからは馬が過剰なまでに好きになった。

 息子はタロットはしないが、わたしの影響で、いくらか興味は持っている。

 神秘主義に深く分け入ったわたしに比べ、息子は思想全般に関してだけではなく、あらゆる物事に関して、ほどよい距離感を保とうとしているようで、わたしもだからこそ、安心して息子と話せるところがある。娘もそう。

 尤も、子供たちにはわたしのようには深く神秘主義に染まってほしくはなくて(わたし自身はどうしたってそうならざるをえないのだが)、そのように教育してきたところもある。

 タロットの隠者は、息子の心の琴線に触れるらしい。わたしも隠者は好きだが、女教皇には大学時代から相当に興味をそそられていた。

 タロットの女教皇はイエスの隠された花嫁、マグダラのマリアにまつわることと関係があると『マグダラのマリアと聖杯』(英知出版)を著したマーガレット・スターバートはいう。

 先日のカレン・L・キング博士の発表と考え合わせるとまことに興味深いものがある。

 黒い聖母伝承とマグダラのマリア、またソロモン王とシバの女王(エチオピアあるいはイエメンに存在したといわれるシバ王国の女王)のこと、黒関連から顔が黒かったインド神話のシヴァ神とドラヴィダ族のことなどを息子と話す。

……とりとめのない書きかたになった。

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2012年9月20日 (木)

キリストに妻がいた可能性を示す文献が発見されたという

 18日ロイターの記事によると、エジプトかシリアで発見されたと考えられている、名刺サイズのコプト語(古代エジプト語)で書かれた文献に、「イエスは彼らに言った。『私の妻は』」などと記されているという。

 発表したのは、カレン・L・キングで、当ブログにおける過去記事で採り上げたことのある、アメリカのハーバード大学神学部・古代キリスト教史の教授。『マグダラのマリアによる福音書』研究の世界的第一人者だ。

 キング教授は、発見された文献について、キリストが結婚していたことの証明とはならないとした上で、初期の信者の一部がキリストに妻がいたと信じていたことを示す初の証拠となるものだとの見解を表明したという。

 わたしはマグダラのマリアを東西の思想を一つにするミッシング・リンクと位置付け、マリアに関する古文書から導き出される人物像を芸術的に造形化して、児童文学作品『不思議な接着剤』に登場させる予定で、この方面のリサーチを続けてきた〔カテゴリー「Notes:不思議な接着剤」参照〕。

 イエスは福音書の中でしばしばラビと呼ばれ、ラビは結婚していることが普通であったそうだから、その観点からすれば、イエスが結婚していたとしても何ら不思議なことではない。

 イエスの教えのすばらしさを純粋に享受するためには、初期キリスト教の文献が一度、正統派キリスト教の呪縛から完全に解き放たれる必要があると思う。

 また、イエスのオリジナルとされてきた言葉にも引用があるのかどうか、引用があるとしたらそれはどこから、どのようになされたのかなどといったことも、人類の思想の歩みを知るためには、今後、研究されていくべきではないだろうか?

 いずれにしても、今回のキング教授の発表は興味深いものだと思う。

 ※当ブログにおける関連記事

 ライン以下に、ネットニュースからの記事をクリップした。

2017年12月11日に追記
執筆中の拙児童小説『不思議な接着剤』にはグノーシス主義の福音書文書の一つ  『マリアによる福音書』に登場するマグダラのマリアをモデルとした人物を登場させるため、マグダラのマリアについて自分なりに調べてきた。マグダラのマリアを調べるということは原始キリスト教、グノーシス主義について調べるということでもあった。そうした中から、中世ヨーロッパにおいてカトリック教会により異端とされたカタリ派が、前掲 『マリアによる福音書』中イエスの最高の弟子として描かれたマグダラのマリアの教えを伝えていた可能性が浮かび上がってきた……
拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で公開中の記事「49 絵画に見る様々なマグダラのマリア」を参照されたい。ユリ・ストヤノフの発見に関する部分を以下に引用しておく。

マイケル・ベイジェント&リチャード・リー&ヘンリー・リンカーン(林和彦訳)『レンヌ=ル=シャトーの謎――イエスの血脈と聖杯伝説――』(柏書房、1997)の《1996年版のあとがき》に次のような記述がある。
ユリ・ストヤノフは、著書『ヨーロッパ異端の源流』の調査中に尋常でない刺激的な文書を入手した。この文書は、とくにラングドッグ地方のカタリ派思想について詳しく解説したものである。この文書はおそらく司祭のカトリック作家が編纂したもので、彼はカタリ派の上層部に入りこみ、新入会員の教育の場に出席した。この場で、危険な秘密が将来の「完徳者」に伝授されたらしい。この文書からユリ・ストヤノフは、カタリ派ではイエスとマグダラがまさに結婚していたことが、ひそかに教えられていることを発見した(Stoyanov,Y., The hidden Tradition in Europe, London, 1994, pp 223-23)。

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2012年9月19日 (水)

循環器クリニック受診

季節柄、最近は喘息っぽくて、なんとなく息苦しいのは喘息のせいではないかと思う。それでなくとも病院、というより人の集まる場所へ行くと、香水、ポマード、タバコなどの匂いが刺激となって咳き込むことがよくある。

今日も待合室に座っているとき、隣のご婦人の匂い――樟脳みたいな――に敏感な喉が反応した。わたしはすぐに常時携帯しているマスクをはめると、クリニックを出た(幸い、名前を呼ばれるまでには時間がありそうだった)。

誰もいないところへ行き、存分に咳き込んだ。15分くらいして待合室に戻り、咳疲れから見事に眠りこけてしまった。

名を呼ばれた気がして立ち上がると、「起こしてごめんなさいね」と優しく笑いながら看護師さん。

診察中も半分寝ぼけていた。そのせいか、脈をとって貰うのはいつもと同じくらいの長さだったが(脈拍に異常があると長い)、先生の聴診がやけに長く感じられた。あまりに長いので、ドキドキしてきて息苦しくなり、ふいに唾を飲み込みたくなった(でも、ゴクッと飲み込むのは恥ずかしい)。診察中にこんなに緊張したのは、初めてだった。

それ以上続くと、息苦しくなって先生を押しのけたかもしれなかった。「うん、脈も、心臓も、異常なし!」と先生。なんだ、それじゃなぜ長々と? と不審に思ったとき、「フルタイドは足りてる?」と、深刻そうな顔つきでおっしゃった。

さすがだ、喘息の発作後だと先生にバレた……と思った。聴診が長かったのは、現時点でのわたしの喘息の症状がどの程度のものかを量っていらっしゃったためだろう。

「もう1個、出そうか?」と先生。わたしはフルタイドが増えるのは嫌だ。でも、これまでは大抵あとになって、先生のほうが正しいとわかることばかりだった。それでも、これ以上薬を増やしたくない気持ちから、「でも先生。フルタイドを使っていても、発作が出るときは出ますよね?」といってしまった。

「それでも、フルタイドを増やしたほうがいいよ」と、説得するように先生。

気管支拡張剤メプチンエアーを使うと頻脈のわたしは消耗が激しいので、吸入ステロイドで予防するに越したことはないとわかってはいるのだが……わたしは曖昧に笑ってごまかした。フルタイドの追加がなくてホッとする。なぜか、フルタイドが嫌いで、嫌いで。

いつもの心臓の薬を4種類(インデラル、ニコランタ、コロヘルサーRカプセル、一硝酸イソソルビド)に、めまいの薬を2種類(メリスロン、アデホスコーワ顆粒)、フルタイド200ディスカス1個、逆流性食道炎の薬(タケプロン)。

調剤薬局でも、薬剤師さんからいわれた。「この時期は、喘息が出やすいですからね。先生が心配していらっしゃいましたよ」と、少し怖いくらい真剣なお顔。ワガママな患者だ、わたしは。

出そうとされる薬を要らないなんていって、医師によっては、激怒されてしまうことすらあるというのに。

そのうち喘息で窒息死したとしても、自業自得だ。勿論それは嫌だから、1個で足りないと感じれば、すぐに貰いに行こう。

そういえば、時々お邪魔している同病のかたのブログのコメントに、心臓の薬の副作用で逆流性食道炎の起きることがあるとあった。同じ症状に苦しめられている同病者のブログからは、教わることが多い。

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arco joyの靴、3足目

 何かと足にトラブルを抱えがちな――心臓病による腫れとか、整形外科的な原因とかで――わたしには、足に優しい靴が一番です。

 で、3足目のarco joyを買った次第。実は同じarco joyでも、2足目は失敗でした。

Arco_joy1

 そう、これです。歩いているうちに、交差した銀色の飾りのところが足の甲に食い込んできて、最悪でした。足が腫れていると、細めのバンドも食い込んで、辛いことになりました。ほとんど履かずに、お蔵入り。

 靴を買うときは、靴に詳しい店員さんに相談して買うことにしているのですが、このときは、ベテランの店員さんをつかまえることができませんでした。

 PISAZも足に優しいということで、チャック付きの靴を買い、愛用しています。が、その靴はズボンにはいいけれど、スカートやワンピースには向きません。その場合は、まだ足にトラブルが出なかったときに買ったあまり足に優しくない靴を履いたり、だいぶくたびれている1足目のarco joyを履いたりしていましたが、3足目を買うことに。

Arco_joy2_3

 これが1足目のarco joy。この写真を撮ったとき(小旅行した日の朝)、かなり足が腫れていましたが、これは本当に履きやすくて、満足度が高いです。幸い、定番らしく、同じ靴があったので、最初は色違いを買おうかと思いました。

 が、ベテランの店員さんがすすめてくれた靴がこれ。 

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 ほとんど黒に見えますが、光線の加減で、金色のラメが輝きます。54歳のわたしにも、派手すぎず、ほどよく華やかですし、足に対する優しさ、歩きやすさという点では、1足目の靴よりこちらのほうがおすすめ、と店員さん。

 何気なく見える飾りは、薔薇をモチーフにしたものだそうです。これなら、スカートやワンピースにもズボンにもよそさうです。

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 ところで、わたしの靴のサイズは22.5なのですが、22と迷うことがありました。というのも、左足のほうが若干小さいみたいなのです。これまで自分では気づかず、何となく左のほうがゆるい気がしていたのでした。で、今回は靴のなかに中敷を入れて貰い、具合よく調節して貰いました。

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2012年9月18日 (火)

コーヒーメモ №2 

 サンヨーコーヒーで購入したモカの貴婦人(生豆原産国:エチオピア・ブラジル・コロンビア)。

 サイフォンで淹れ、ホットで味わった。
 淹れかたによるのだろうが、アイスコーヒーにして飲んだときは何かまとまりのない印象で、いくらか雑味が感じられた。今日のホットはクリアな味わいで、酸味の特徴なのか、ほのかにワインのような風味があった。アイスコーヒーに合うコーヒーかどうかというと、これはワタクシテキな感想では否。断然ホットで飲んだほうがよい気がする。頭のなかに浮かんだ色彩はワインレッド。

 そのうち、カルディコーヒーのモカブレンド、モカマタリあたりと比べてみたい。

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2012年9月15日 (土)

自作俳句「秋刀魚 二句」

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哀楽や秋刀魚納めし皿三つ

秋刀魚臭籠もれる部屋の読書かな

 昨日の夕飯は、今秋初の秋刀魚でした。美味しい秋刀魚でしたが、脂はこれからもっとのるでしょうね。
 秋刀魚を二つに切るとき、どうしてもじっと顔を見てしまいます。

 日中、深夜などもまだまだ暑くて、俳句愛好家の一人であるわたしとしては季語の関連から心配になったりしますが、秋らしさは感じますので、季節の型そのものは壊れていず、そのうえに暑さをはじめとする気象異常がかぶさっているという印象を受けます。いわゆる人為的な温暖化現象が原因なんでしょうかねえ。

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童話一編なんとか完成

童話一編は昨日送った。果たして、幼年童話になっているのか? 見直すたびに訂正箇所が増えていき(こう変えたほうがよいのではないかと際限なく迷い出し)、気ぃ狂いそうになった。

この際、続けて、手っ取り早く中断中の童話も完成させたいところだが、そうはいくまい。

こちらは起承転結のうち、《承転結》をこれから書き進めるとあって、まだ楽しみに満ちてもいるが、これも見直す段階では一種魔物と化して、訂正箇所をどんどん自己増殖させるのだろう(んなわけ、ないのだが)。

昨日仕上げた作品からすれば、こちらは年齢層がだいぶ上がる。

これを書き上げたら、フラウィウス・ヨセフスだ、マグダラのマリアだ!

それに電子書籍。幻想小説集第2弾! まずは、短編小説『茜の帳』に、エッセー『萬子媛抄』『祐徳稲荷神社にて』を加えたものから、電子書籍化しなくては。これは無料の予定。

評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』も、今年のノーベル文学賞の発表前には電子書籍化しておきたい。

たまに検索ワードに打ち込まれる『卑弥呼をめぐる私的考察』も、なるべく早いうちに電子書籍に……。過去に当ブログにお見えになったかたが、打ち込まれるのですかね。有料となると、読んではいただけないだろうが。

電子書籍で素人が儲けられるとは思っていない。有料にこだわるのは、作品保護のためだ。

『ベールをとったイシス』の読書も、重要だ。

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2012年9月13日 (木)

久しぶりに息子と電話

なかなか忙しい様子。結婚なんかはまだしないんだろうかと思ったりするが、その気になりかけたとしても、相手も総合職では、何だか難しいようで、最近はこの種の話は聞かない。

会社に勤めながら大学院の博士課程に籍を置いている息子だが、卒業要件は満たしたという。

しかし、それと博士号の取得とは別の話で、そのための論文を仕上げる必要があるらしい。だいたいのところは出来上がっているみたいだが。

それより目下、来月の初海外出張のために英会話のレッスンで大変そうだ。オランダのアムステルダムと、ドイツのフランクフルト・ソーセージではなかったフランクフルト・アム・マインに行くとか。

フランクフルト・アム・マインかぁ……ゲーテだ、ああ。

わたしが最近好きになった『王への手紙』のトンケ・ドラフトは、オランダの児童文学作家。わたしがこれまでに読んできたオランダの作家のものには、少しも歪んだところのない、健康的な物事の見方、良識美とでもいうべきものが豊かに息づいているような印象を受ける。

昨日はニュースでオランダの総選挙のことをいっていた。

歴史好きの息子だが、仕事で行くのだから、好きに歩き回るというわけにはいかないだろう。

それにしても……入社式の日に入るはずだった部署がつぶされたと知り、呆然としていた息子。そこが復活して、配属になり、研究していることと重なる部分がでてきたようだ。

息子の人生は山あり谷ありだが、わたしの人生はほとんど谷ばかり、なんというかボコボコで……。よかよか、人生、こいからくさん(「いいわ、人生はこれからよ」の意。日本にいながら翻訳がいるんだから、標準語の偉大さがわかる)。

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アイスコーヒー

アイスコーヒー

もう朝。創作に熱中していたら、また朝になっちまった。アイスコーヒーが美味しい。

カルディのマイルドカルディ。

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2012年9月12日 (水)

政治家として熟していた大臣に、何があったのか?

20120911182242

 10日、松下忠洋金融・郵政民営化相が亡くなった。女性関係のスキャンダルによる自殺ともいわれているが、写真のゴーヤではないけれど、政治家として熟していた現職の大臣、それも、女性関係のスキャンダルは今に始まったことではなかったらしいとなると、それが原因の自殺とは、どう考えても不自然な話に思える。

 正直いって、どんな人物であったかの印象に乏しかったので、ググってみた。

 松下氏は、2005年の衆院選で郵政民営化に反対した気骨ある人物だった。石もて追われた松下氏は2009年、綿貫氏らの要請を受けて入党した国民新党の公認を受けて当選。

 そして金融・郵政民営化相としての松下氏は、実質的韓国支援策である日韓スワップ(通貨交換)協定では「必要だからできた仕組みで、冷静沈着に判断する必要がある」という慎重な立場をとり、TPP、外国人参政権、人権侵害救済法案には反対する立場だったという。

 松下忠洋金融・郵政民営化相に、一体何があったのか?

 日本は、郵政選挙と呼ばれた2005年の衆院選(第44回衆議院議員選挙)の頃から、どんどんおかしくなった。あの日、神秘主義者のわたしは空間に赤い点を見た。エレナ・レーリッヒによると、「赤い点は空間の大変な緊張を示し、その時、地震や嵐や革命さえも予期できる」という。

 それでわたしは地震を心配したのだが、今になって思えば、あの日は革命が起きたにも等しかったのだ。それくらい、日本は変わってしまった。以下は、当時書いた関連記事。

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2012年9月11日 (火)

ぶりとミニトマトを使って

ぶりとミニトマトを使って

「あっさり味おかず」(主婦の友社、生活シリーズ)の中のレシピです。

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スプレー2回。計20回。

スプレー2<br />
 回。計20回。

軽い胸の圧迫感と背中の痛みは、このところ当たり前になっていましたが、うつ伏せになって眉をひそめている自分にふと気づき、普通ではないと思い、ミオコールスプレーを使ってみました。

1回目のとき、誤噴霧っぽかったので、2回噴霧。胸から上が涼しくなり(血の巡りがよくなるためだと解釈しています)、仰向けになっても息苦しくなくなったので、ニトロが効いたということでしょう。

ニトロは狭心症にしか効かないという先生のお言葉からすると、血管の軽い攣縮を繰り返していたのかもしれません(これも先生のお言葉)。

予防薬の効き目が弱いということでしょうか? 以前出して貰っていたメディトランステープを貼るといいような気がして、貼ってみましたが、実はこれ使用期限切れ。効かないかしら。

メディトランステープはわたしには効果的でしたが、皮膚が弱いので、かぶれて、そこが潰瘍みたいになってしまうのが難点でした。

いやはや、効いてきましたよ。左手が涼しい。もしかしたら、これはミオコールスプレーの効果かもしれませんが。ニトロはわたしの実感では結構、段階的にあちこちに効いてくるので。

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2012年9月10日 (月)

コーヒーメモ №1 

 サイフォンで淹れたコーヒーには雑味が少なく、クリアな味わいで、コーヒーの個性がよくわかります。といっても、わが家のサイフォン歴は最近始まったばかりですし、緊縮財政とあって、高い豆は買えませんが、それだけに、コーヒーの美味しさを一期一会的な感動をもって味わうことができるような気もします。

 比較的安く買えるカルディコーヒーで、買い物をすることが多いです。時々行くキヘイカフェ――サンヨーコーヒー――でも、購入することがあります。

 で、これから買ったコーヒーのメモをとっていこうと思います。カテゴリーに「珈琲」を設けました。

 以下はカルディコーヒーでこれまでに買ったコーヒーのメモ。括弧内のメモはカルディコーヒーのホームページに書かれていたことを参考にしました。
 専門的なことはわからないので、飲みやすかったかどうかの感想くらいしか書けませんが、飲んでいるときにある色が頭の中に浮かぶことがあるので、それもメモしておきます(そのときのわたしの印象にすぎない、あくまで主観的なものです)。

  • ツッカーノブルボン(ストレート)
    「ブラジル産のブルボン種。コーヒー本来の深く甘いふくよかな香り」
    飲みやすく、若々しい、洒落た味わい。イエロー。
  • バリ(ストレート)
    「インドネシア・バリ島で採れるコーヒー。口あたりが柔らかく酸味とボディのバランスが特徴」
    飲みやすいですが、独特の個性を感じました。大地の香りがするような。ブラウン。
  • カフェアンデス(ブレンド)
    「エクアドルとコロンビアの有機栽培コーヒー。ソフトな香りと上品な苦味」
    個性的です。クールな印象。わたしはこれが、これまでに飲んだコーヒーの中で一番気に入りました。ターコイスブルー。
  • マイルドカルディ(ブレンド)
    「ブラジル産のコーヒー豆をベースとしたカルディのオリジナルブレンド。やさしい甘味」
    全く癖がないので、コーヒーが苦手な人でも飲みやすいでしょう。アイスコーヒーにしたら、薄く感じました。ピーチ。

 今後カルディでみつけたら買ってみたいコーヒーは、ハワイコナ エクストラファンシー、マンデリン、モカマタリ、キリマンジャロ。

 以下は、サンヨーコーヒーで購入し、どれも飲んだことはありますが、今ほど味わって飲んだことはなかったので、「小悪魔のささやき」以外の感想は次に飲んだときに。

  • モカの貴婦人
  • カリブの甘い香り
  • きまぐれブレンドコーヒー
  • 小悪魔のささやき
    これ、わたし苦手でした! 今度飲んだら、どうかしら? 赤をベースにしたエキセントリックな色が浮かびました。ネーミングには合っている気もしましたが、なぜかわたしは草っぽい感じも……。

「日本の名随筆」の中の1冊。コーヒーに関する素敵な随筆が楽しめます。

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夏バテ

 このところ、外出がちょこちょこあったせいで、その疲れに創作疲れ、そして夏バテがミックスされて、暇さえあれば(というより、創作に没頭しているべきこの時期に暇なんてあるはずもないので、正確には暇がなくても、ですが)寝てばかりいました。

 外出の翌日なんかは、例によって尿が出にくい、体が腫れぼったい(瞼、おなか、足のそれぞれがバラバラに腫れることもあれば、どれかとどれかが一緒になることも)、少し動いただけで疲れるなどの症状が出て困ります。

 心臓の調子はよいのか悪いのかわかりませんが、ニトロのスプレーはこのところ使っていません。

 9月になれば涼しくなる、というとだけを励みに夏を頑張って過ごしてきた感のあったわたしにとって、9月になってもまだまだ暑い(そりゃ8月に比べれば秋らしくはなってきましたけれど)というこの冷厳な現実に、よろめいているという感じです。

 いや、ホント、外出していても、気を抜いたらフラフラと倒れてしまいそう。創作はストップしてしまいましたが、そうもいっていられないので、頑張らなくてはと思っています。月末くらいになれば、涼しくなるかしら。それを期待して、体調が上向きになるよう、工夫を重ねたいと思っています。

 以前コーヒーはわたしの心臓疾患に悪いと警告をくださったかたがありましたので(心臓への影響は今のところあまりわかりませんが、ただ体調の悪いときにコーヒーを飲むと、下してしまうことがあります)、飲み過ぎないように気をつけていますが、サイフォンでコーヒーを淹れることに習熟してきた夫の淹れるコーヒーは美味しく、気分の改善に役立つので、飲みすぎない程度にうまくコーヒーを夏バテ解消に役立てられないかなと考えたりしています。

 で、次の記事でそのコーヒーのことを少しだけ。

 

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2012年9月 8日 (土)

3匹の亀

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 創作にうまく入れないので、気分転換に古い写真を整理していたら、出てきた写真。クリックしていただくと、大きくなります。撮ったときは気にもとめませんでしたが、この三匹の亀、ちょっと味があると思いませんか?

 ぼけているのが残念ですが、以下のブログのタイトル画像に設定してみました。いえ、別にわざわざ足を運んでいただくほどのことでもありませんが……。

 あー、書かなくっちゃ。と焦ると尚更、他のことをしたくなるのです。眠くなってきちゃった。昨日は、8月末締め切りだった短編小説を再読し、(落ちたあとで)電子書籍にするための確認作業をしていました。

 それにしても、日本の政治はどうなるのやら。何かもう信じられない事態です。

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2012年9月 6日 (木)

ああ馬……

 昨年お試し乗馬体験した乗馬クラブから、先着20名限定でもう一度馬に乗れるというお誘いが来た。

 金銭的ゆとりがあれば、入会して、月1回か2回くらいの割合でレッスンを受けるだろう。

 わたしは病人だが、乗馬には案外負担がかからず、先生の許可も貰えるようだし……尤も、念のためにお尋ねしたとき、先生はすっかり驚いて「馬って……乗るだけなんだよね?」と意味不明なことをつぶやかれたが。

 普通のお稽古事感覚で通えるリーズナブルなところが何より魅力なのだが、それでも緊縮財政の我が家では無理だ。

 昨年の秋、ペガサスが出て来る児童文学作品を書くために、わたしはどうしても馬に乗ってみる必要があったので、あのお試し乗馬は、ありがたかった。会員にならなかったのが申し訳ないくらい、馬に関することを色々と教えていただいた。

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〔白が娘の乗った馬、茶がわたしの乗った馬。馬だけのを撮影しておけば、はっきり御眼にかけることができたのだが。〕

 そして、たった一度の乗馬で、馬の虜になった。ほぼ毎日、馬のことを考えるほど。

 昔から人間に使役されてきた馬についてのイメージが、全く変化した。

 いつか馬に合いに行き、できれば、また乗りたい。既に出来上がっている短い童話にも、実は馬が出て来る。

 現在取り組んでいる童話については、午前中粗い3行を付け足しただけで、まだ起承転結の《起》にいて、明日くらいに《承転》に入れるかなあといったところ。

 作品が何とかスムーズに流れ出して、順調だが、昨日今日と時間がとれない。創作も馬みたいなものかも。

 日頃から、なるべくよく接するように心がけ、心を落ち着かせて、創作に入り、いつもの創作姿勢が確保できたら、あとは……。

 昨日は馬を撫でに行き、世話はしたが(これまでに書いた部分を読み、作品に必要な下調べの追加を行い、作品とは直接関係がない、しかし無駄にはならない読書をした)、今日は世話のあと、引き馬をしたところで時間がなくなった(粗い3行の付け足し)。

 ペガサスが霊感の象徴とされてきたのが、わかる。インスピレーションが訪れたときというのは、ペガサスで天翔けるとはこんな心地ではと思わされるくらい、すばらしい気持ちを味わうのだから。

Pegasus

〔もうちっと、ましな絵が描けるように、ときどきお絵描きの練習をしよう。〕  

 そして、今のわたしがブログの更新で書く能力を保ち、磨いていることを考えると、ブログの更新は馬に餌をやる行為にも等しい。

 更新がない日、わたしの馬が餌を貰っていないと思ってください。今日も、マダムN牧場へお越しくださり、ありがとうございます。お気に入りの馬がございましたら、オーナーになっていただくこと(電子書籍のお買い上げ)も可能です、ハイ。

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2012年9月 4日 (火)

何とか軌道に

起承転結の《起》で、早くも躓いた童話。また徹夜で頑張り、インスピレーションのワンシーンを支えている物語は既にあるはずだという確信のもとに、自然に物語が見えてくるのを待ったら、見えてきました。

《起》は書けました。構成もストーリーもだいたい同じなのに、別人が書いたように、全く別物になりました。登場人物も登場する物もタイプが違いますし、なにより全体の雰囲気が。

対象年齢が上がり、4年生以上です。それに、驚いたことには、前に他の作品に出て来た子が再登場。

どうか、完成させられますように。焦らず、ゆっくり進まなくては。

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手厳しい娘の批評

改めて、起承転結の《起》で止まっている童話について感想を訊くと、「そういうお話もあると思うし、悪いとは思わないよ。ただ、ママの作品という気がしない。ママの作品には対象の捉えかたにシャープなところがあって(表現は柔らかくても)、それが魅力なんだけど、今度読んだものにはそういう感じがなくて、何だか一段低いという気がする」と娘。

シャープ、というのは新鮮に響きましたが、今書いている作品の娘に読んで貰った部分については、わたしもよくないと思います。

書き直してみます。

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2012年9月 3日 (月)

森永ビスケット「マリー」をミルクに浸して。イエスの消えた花嫁。

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 最近、ひとりのときなど、森永のビスケット「マリー」を牛乳に浸して食べ、お昼ごはんにしたりする。昔は見向きもしなかったのに、少し牛乳で柔らかくなったビスケットの優しい味わいがたまらない。

 以前は、箱に女の子の絵がついていたような……?

 「おばあさん」と呼ばれてもおかしくない年齢になると、幼児と同じ好みになるというわけだろうか。とすると、老人と幼児が仲がよいわけもわかる。何せ、彼らは好みを共有しているのだから。

 マリーといえば、児童文学作品『不思議な接着剤』の下調べで、すっかり馴染んでしまったマグダラのマリアを連想する。

 スターバードは、『シンデレラ』『いばら姫』『白雪姫』『ラプンツェル』といったおとぎ話にはイエスの消えた花嫁、すなわちマグダラのマリアのテーマが潜んでいるという。タロット、聖杯伝説、一角獣といったものにも。

 『マグダラのマリアと聖杯』は『ダ・ヴィンチ・コード』のタネ本ともなった興味深い著作なので、一度きちんと採り上げたいと思いながら、そのままになっている。

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創作の枝に吊り下げられたわたし

今日は、創作らしきことは何もしていない。

というのも、不出来な起承転結の《起》の部分が、物語の進行を止めているからだ。

《起》が求める要素……ここで書くべき事柄は全て詰め込んだ。いや、詰め込みすぎた。

ミューズの訪れがあったのは承転の部分の夢のように神秘的なワンシーンのみで、わたしはまだ書いていないそのシーンにいつまでも浸っていたい。

そのシーンに辿り着くまでの工夫が功を奏しいないということだ。登場する物たちをわたしは缶詰にしてしまっている。ガチガチで、缶詰の中のマグロ状態。

作者としての罪悪感から何とかしてやりたいのだが、どうすればいいのかわからない。

昔、小講演の中で神智学の先生がおっしゃった、ネフェシュ、という言葉がふいに浮かんだ。

Nepheshはヘブライ語で生命の息、すなわちサンスクリット語でいうプラーナ……生気を意味するそうだが、カバラでは人間の肉体に生命力を与える動物魂のことだという。

ネフェシュが欠けているために、生きられないのだ。が、ネフェシュを与えにくい物たちをわたしは扱っているわけだ。

物として、あくまで道具として、小道具として作品の中で用いるほうがたやすい。というより、そうしなければ不自然な話なのだ、はじめから。かといって、物に宿る霊として登場させるには、舞台もお話も、これではだめだ。

ここまでこの物たちを全面に出すことになった原因はわたしの怠惰、よくいえば合理精神で、こうすれば一気に物語の背景を描き終わると思ったのだった。

短い枚数のお話だから、ちょいちょいと片付けられると高をくくっていた。

とんでもなかった。まるで、創作の枝に逆さに吊り下げられているみたいだ。風が吹くと、ぐるぐる回るのよ。

娘に昨夜見せたら、如何にもつまらなさそうだった。『卵の正体』ほどの興味も惹かないようだった。『卵…』には、「ブキミ」といったり、主人公の男の子を「単純というか、素直すぎるというか……」と小馬鹿にしながらも(この愛情の感じられるけなしかたは、ある程度気に入ったときの娘特有の表現である)、結構面白そうだったのに。

娘の芳しくない反応の理由がわかるだけに、不愉快で、わたしはヒステリックになるのを必死で抑えた。

だが、やはりだめだ。このまま進むわけにはいかない。それとも、あの書きたい場面まで進んで、《起》が剥がれ落ちるかどうか見ようか?

娘は、ペガサスを飼う物語に出てくる主人公の少年を相当に気に入ってくれている。

今書いている作品で娘を楽しませるのは、難しいかもしれない。完全な失敗となれば、キキキ、もう創作の枝に吊り下げられたまま、猿になるしかない。

(あとで)
いやいや、落ち着いて思い出そう。よく考えてみれば、あのワンシーンに全てが含まれているはずなのだ。お話は全部見えていたはずだ。《起》でやりすぎてしまったというわけか。全てが狂ってしまった感じだ。どうすればいいのだろう。一から書き直すべきかどうか、迷う。

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2012年9月 2日 (日)

育児疲れにも似た

午前中仮眠をとり、家事と昼食で椅子から立ち上がる以外はほぼ、パソコンに向かって創作に没頭。

短編小説も疲れたが、これはまさしく育児疲れに似た疲れかただ。

精根尽きた。このうえ、夕飯作りか、太刀魚とゴーヤか(絶句)。

太刀魚は中華風にしよう。自家製ゴーヤは、前はおかかと炒めたから、今日はベーコンと卵で炒めようかな。炒めなきゃ、うちは全員食べられない。塩をまぶすと、ゴーヤのにがみが和らぎ、それを炒めると、凄く食べやすくなる。

あとは冷や奴に、さつまいもと白ネギの味噌汁。

時間があれば、デザートのプリンを作りたいんだけど、創作疲れが癒えないと、デザートまでは無理。バナナがあったっけ。そういえばレタスがあったんだった。

味噌汁の実を豆腐とネギに替え、レタスとバナナのサラダにしようかしら。

今朝からこれまでは、下書きした5枚をひたすら書き直していた。この部分が起。今夜は承転の10枚に入る。この部分を書きたいがために、今日の書き直しを耐えた。結が5枚の予定。

ただどうだろう? 全身全霊を尽くして作品に取り組むつもりだが、満足のいく仕上がりとならなければ、ガラリと趣向を変え、エンター色の濃い作品を新しく書くかもしれない。

仕上がっている短い童話は幼年童話のつもりで、今書いている童話は小学校2年から3年を対象としているつもり。

新しくエンター色の濃いものを書くとしたら、これは中学年以上のものになるはずで、わたしは対象年齢を上げたほうが書きやすいのだけれど、とにかく今は失敗作に終わろうと、練習のつもりで地味に執念深く作品に挑みたい。

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徹夜の甲斐もなく

5枚しか書けなかったばかりか、ちーっとも面白くありません! 

頭のなかではあんなに素敵に面白く……書くと、全然違ってきます。

満足のいくまで書き直すしかありません。ああネム……

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2012年9月 1日 (土)

左手の痺れ、胸痛にスプレー1回

左手の痺れ、胸痛にスプレー1<br />
 回

昨晩から頭痛と胸の圧迫感があったが、軽いものだったので、ザ・ピーナッツの歌を聴きながら様子をみていた。

ザ・ピーナッツの記事を書こうと思ったが、左手が痺れ、胸痛が起きたので、ミオコール・スプレーを使った。

短編小説疲れが残っているので、回復するまで、創作はスローペースに改めよう。

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