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2012年8月の43件の記事

2012年8月31日 (金)

休暇終わり! 起承転結か序破急か(創作ノート)

 創作疲れと家事(5日間くらい大雑把な家事ぶりだった)が溜まっていたため、昨日はディック・キング=スミス『ネコのアリストテレス』を読み、プロットをいじっただけで、実質上は休暇。基本的に(わたしの)創作に休暇はないので、久しぶりに羽を伸ばした気分。

 一昨日の夜、作品を応募に(まあ一種の儀式)郵便局まで行った。昨年は、締切日当日に地区原稿送り先の県庁へ直接持って行った。

 そして、夕飯は浜勝で。わたしはオランダかつが好きなのだけれど、娘につられてロースかつ丼にしてみた。トンカツも、味付けも、シャキッとした三つ葉が卵とじの上に1枚置かれているところもグー!だった。

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 娘撮影 

 ごはん、味噌汁、キャベツ、漬け物、コーヒーのお代わりができる。夫はごはんをお代わりしていた。夫が頼んだ、梅を使った季節限定メニューも美味しそうだった。

 一昨日行った浜勝にはドライブスルーがある。そこは、海の近くのキヘイカフェに近いので、どちらにするかで迷ったが(夫がどちらにも行きたそうだった。両方は緊縮財政の我が家では無理)、いつだったか(前にブログにアップしたあと娘も一緒に)行ったら、二階で小学生のスポーツクラブの何かがあっていて(指導者に保護者に子供)、うるさかったので(ムードのよい、こんなレストランを、子供を主役とする集まりに使うなんて非常識すぎる)、夏休み中は敬遠しようということになったのだ。

 昨日は、時間をかけて、魚メインの夕飯を作った。もう少し涼しくなったら、お菓子作りたいなあ。ウォーキングは無理かしら?

 ところで、今朝、心臓の薬4種のうち、インデラルを間違って2錠飲んだことに気づいた。代わりに、シグマートのジェネリックであるニコランタを飲みそびれていた。

 シグマートは細い血管をひろげてくれるので、飲んでおきたかったが、血圧が下がりすぎたらまずいと思い、やめておいた。わたしが飲んでいる心臓の薬には、どれも降圧作用があるので。

 しかし、インデラル2錠の効果か、血圧急降下の感じがあり、3時間ほど気絶したみたいに眠ってしまった。

 今日も家事に重点を置いているが、プロットもだいたい整ったので、今夜にでも書き始められるかもしれない。既に仕上がっているほうの童話は、序破急の作りだ。

 大人の短編は、序破急でいったほうがカタストロフ、カタルシス効果を発揮しやすく、ドラマチックな仕上がりとなるので、締まりのよい作品にしたい短編は断然序破急でいったほうがよい気がする。

 しかし、子供のものは微妙だ。起承転結でいったほうが、穏やか、かつ論理的な仕上がりへと整えやすいので、成長段階にある子供の物には刺激的な結末に持って行きやすい序破急より、起承転結を用いたほうがよいような気がしている。

 今取り組んでいる童話は、起承転結の承転が序破急の破に近いものになるスタイルだ。

哲学者アリストテレスと同じ名のネコ。好奇心の塊というところは、子供と同じです。ネコに添った描写が秀逸なので、読んでいるうちに、自分までだんだんネコになってくる気がしてきます。ネコの飼い主は魔女で、鍋で病気の子供たちの薬を作り、箒にまたがって薬を飲ませに行ったりします。楽しい、心の和むお話です。とにかく、ネコのアリストテレスがかわゆい!

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2012年8月30日 (木)

今度は準備をしっかり(創作に関する反省と今後の留意点)

短編小説が完成したので、晴れて童話に入れる……

最近、準備不足から痛い思いをすることが多かったので、しっかり準備しよう。
建物を建てるには、きちんとした設計図が要るように、物語をつくる場合にもきちんとしたプロットが要る。

インスピレーションを受けて、溢れるような悦びと可能性の中で、ついストーリーさえある程度見えていれば最後まで駆け抜けることができそうな気がするし、もたもた準備期間などとっていてはインスピレーションが薄れそうな気がしてしまうのだが、そんなことはあまりないことが経験上わかった。

消えそうな気がするものは極力書いておく。どんなに長くても、あくまでメモとして。

インスピレーションは何度も必要なのだ。1回きりのインスピレーションで済ませようとするから、竜頭蛇尾になったり、作品が未完となったり、掘っ建て小屋みたいな作品になったりする。瀟洒な建築物になるはずが掘っ建て小屋では悲しい。

壮麗な大建築にしようと思えば、下準備はそれ相当にかかるのが当然だ。それがわかっているから『不思議な接着剤』の下準備には時間をかけている。

はずだったのに、最近のわたしは何だか急いていた。

作品をよいものに完成させようと思えば、短い作品であっても複数回のインスピレーションが必要で、必要なだけのインスピレーションを招くためには、きちんとしたプロットが要る。忘れないようにしよう。

ところで、英国の児童文学作家アリソン・アトリーの伝記を読んでいると、神秘体験が豊富だったことがわかり、しかもその性質はかなりわたしのものと似ていて嬉しい、そうではないかと思っていた。

バルザックの神秘体験なんかは圧倒的すぎて、その点からして卑小な自分との器の違いを感じざるをえないが(どの伝記に書いてあったっけ? 歴史書から実際の歴史的場面が見えたり、ざわめきがきこえたりしたというエピソード。あとでわかれば、抜き書きしておきたい)、アリソン・アトリーには近いものを感じる。これも、あくまで神秘主義的資質という点での話で、勿論才能という点ではわたしなんかとは別格の人だろうが、ただバルザックのような絶対的な天才性と比べると、まだしもアリソン・アトリーは目標とできる気はする。

短編小説にはへとへとにさせられた。原因は準備不足にあったと思われるから(特定の精神の深みを今の自分に可能な限り描写してみる、という難題に挑んだということもあるけれど)、自業自得だった。まあでも、頑張って全面修復したのだから、自分で自分の努力は認める。もう忘れていよう。

短編小説を仕上げた解放感からかホッとして、物凄く本が読みたい。児童物を読んでいたら、またマクダラのマリアの謎の追究の続きをやりたくなった。仕上げる予定の童話を仕上げたら、謎の追究に入らせてやろう(これが新しいご褒美)。

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図書館から借りた本(10冊)

●はじめてのパーティー〈リトル・グレイラビット★3〉,アリソン・アトリー作,箕浦万里子訳,偕成社,1987
●絵本 グレイ・ラビットのおはなし,アリソン・アトリー作,石井桃子/中川季枝子訳,岩波書店,1995
●こぎつねルーファスのぼうけん,アトリー・アトリー作,石井桃子訳,岩波書店,1979
●農場にくらして,アリソン・アトリー作,上條由美子/松野正子訳,岩波少年文庫,2000
●ネコのアリストテレス,ディック・キング=スミス作,石随じゅん訳,評論社,2008
●バディーの黄金のつぼ,ディック・キング=スミス作,三村美智子訳,岩波書店,1995
●まだまだはらぺこオオカミ,キャサリン・ストー作,掛川恭子訳,岩波書店,1994
●2095年への旅,ジョン・シェスカ作,幾島幸子訳,岩波書店,1999
●ファラオの神殿のひみつ,ジョン・シェスカ作,幾島幸子訳,岩波書店,1999
●まぼろしの金持ち島,張天翼作,伊藤敬一/代田智明訳,太平出版社,1977

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2012年8月29日 (水)

完成しました

このところ創作三昧で、なにがなんだかわからない日々でした。

昨日は一日中書いていましたが、午後10時から今日の午後2時までなんて、パソコンの前から(一つ前の記事を書いたあとの1時間の仮眠、前の記事を書いたあとのトイレ以外)動かず、書きに書き……すっかり作品に呪縛されていました。

この作品は一旦これで眠らせますが、そのうち電子書籍化を考えることになるでしょう。

わたしはほとんど賞トラウマですけれど、締切が創作に必要な様々な能力を一気に高めてくれることは確かですね。

寝たいのですが、シャワー浴びて、買い物に行かなくては。だけど、凄い雷が鳴っています。雷こわい。

さあ、童話! その前にダウン一つ挟まるかなあ……。

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あああもう、お昼?

また排泄も忘れて、12時間、すわりっぱなしで、何とか完成。

あと梗概。トイレに行ったあと、ダウンするか、パソコンの前に行くかはじぶんでもわからない。

ああ、もうすぐこれ終え、童話に入れる。そしてまたこの状況の繰り返し? ほほほ……

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哲学的な、難解極まる作品となっていた

前の記事を書いた直後に、1時間ほど爆睡。すっきりした頭で、再度作品に取り組み、そうして、初めてわかったことがあった。

わたしは、自覚がないままに、高度な内容の作品をわかりやすい小説にしようとして、無駄骨を折っていたのだ。

改めて読んでみて、内容が哲学的で、ひじょうに難解なものであることがわかった。

大衆文学の応募者が多勢を占める賞で(発表誌が純文学系の雑誌であるために、大衆文学作品が純文学作品と誤認されるケースが多く、そのことが芥川賞にも影響して直木賞との区別がつかなくなっている始末だ。結構、毛だらけ、猫灰だらけ)、こんな作品、誰が真面目に読んでくれるというのだろう?

なるほど、わたしが無意識裡に、この世の読者よりも彼の世の読者を当てにせざるをえなかったわけだ。

自分でも気づかないうちに、高度な内容の作品を構築していた。死んだ女友達が書かせてくれたものだ。彼女との交友なしでは、わたしには拓けえなかった境地だった。

この作品の正体がわかったからには、しっかりと完成させたい。この作品は、ある意味で彼女の遺作だ。

この世の読者を当てにしようが、彼の世の読者を当てにしようが、そんなことはどちらでもよい。少なくとも、自分で電子書籍にする価値はある。

この作品を書くために、今日まで生きてきたのかもしれない。

あー甘い、甘すぎる、ミルクティーが。間違って、娘の砂糖入りミルクティーを飲んでしまった! わたしのはノンシュガーのミルクティーだったのに。

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2012年8月28日 (火)

友人から来た手紙まで、校正しそうに

まだ作品の校正中。一つ直していると、それが細胞分裂を起こし、間違いがどんどん増えていく……いや、ホント。少なくとも、心情的には。

実際には、間違い直しというより、より適切な表現にするための書き直しが多く、これには正解というものがないだけに、やり出したらきりがない。

仕舞いには脳貧血を起こして、倒れそうになり、今日ばかりは娘にSOS、お弁当を頼んだ。

娘が、お弁当と(1階の郵便受けからとった)わたし宛の友人からの手紙を手に帰宅。わたしはその手紙まで、校正しそうになった。

作品、明日までに完成するかどうか。まだ脳貧血ならいいが、本格的な眩暈になったら困る。

相変わらず、手応えのない作品で、何だか体がフワフワしてくるほとだ(たぶん脳貧血のせい)。早くこの作品から解放されたい。

そういえば、昨日、初収穫したゴーヤで1品作った。写真を撮ったので、今日記事にするつもりだったが、それどころではなくなった。眠いわ。もうだめ、といいたいところだけど、まだまだまだだ!

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達成感がこれっぽちもない

作品が仕上がっても(まだ明日までは校正を続けるつもりだが、仕上がっているも同然)、怖いくらい達成感がない。

まるで、1字も書かなかったみたいだ。このところ毎日作品の顔を見、共に暮らしてきたというのに、そもそもこの作品には匂いがなさすぎる。

作品に関わっていた時間がごっそり切り取られて、何にもしてこなかったみたいだ。

虚しさは賞に落ちたりなんかして、作品に見合う評価が得られない、社会が努力に報いてくれない、といった不満から生じるのが常で、作品の出来がどうであれ、程度はそのときによりけりにしても、仕事をしたという充実感は得られたものだった。

それが何もない感じ。創作疲れかしら。書いたのに、何も書かなかった気がするなんて、この心理状態は初物だ。

この世の読者より、彼の世の読者を意識して書いたからだろうか?

確かに、こんなことは初めてだったともいえる。わかりやすさ、伝わりやすさを心がけただけで、これまでで最高にシンプルな精神状態で書いたから。

 ※以下は、単なる神秘主義的な独り言なので、気にしないでくださいね。

読者がこの世の中にしかいないと思ったら、大間違いだ。でも、わたしの神秘主義的能力をフルに発揮して探ってみても、読んでほしいと思った相手(亡くなった女友達)を感知することはできない。

子供の頃から、絶えず見守ってくれている一団の彼の世の方々をわたしは無条件に信頼しているが、あの方々は今度のわたしの創作をどう感じているのだろう?

見守られているのはわかっても(そうでなきゃ、軟弱なわたしがこんな年になるまで創作を続けてはこられなかった)、評価という点ではどうなのか、さっぱりわからない。いくらかでも評価して貰えているのか、まだまだってことなのか。そりゃ彼の世の超越的な観点からすれば、まだまだに決まってるか。

何にしても、早いとこ、この作品から解放されたい。くたびれるわりには、仕事をしているという手応えをまるで与えてくれない作品なんて。

たぶん、もの凄い駄作なんだ。電子書籍にするかどうかは落選後によく検討しよう。

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見つかった!

詩人ランボーは永遠を見つけたが、わたしが見つけたのは、今書いている小説に欠けていたものだ。

何と、わたしは作品の世界へ読者を連れ出すためのドアを付け損なっていたのだった(勿論、ドアは譬)。

やった! ようやくパズルが完成だ。

賞はともかく、これで少なくとも、電子書籍にはできる。

最後のパズルが見つかるまでは、電子書籍にもできないひどい出来と思われたのだ。

ああひとまず、よかった。昨日から今日にかけては最悪の気分だったから。

ミューズにお尋ねしたい。わたしの今度の作品は、どれくらいの重さですか? その絶対的に公平な秤にのせていただけるだけのレベルに達していますか?

まだ校正は続く。そもそも、作品が一旦仕上がって、その校正の途中で、「この作品はだめだ。何か、決定的に欠けているものがある!」という絶望的な感じを覚えたのだった。

それが、何日もわからなかったのだ。

やれやれ。いや、まだ安心するのは早い。気を抜かずにやらねば。

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まだ小説が仕上がらない

まだ小説が仕上がらない。当然だ、もう少しだというのに、逃避ばかりしているのだから。

心の世界で、死者との対話を充分に行ってから創作に臨むべきだった。それに、物語の形式をとったほうがよかったかもしれない。

……いや、やっぱり、だめだ、別の形式では捕らえきれない。形式は間違っていない。

問題は全体像の構築不足にあると思う。設計ミスといってよいかもしれない。

最近のわたしは、作品に勇み足で入る傾向にあり、準備が不足しているのだ。創作姿勢が甘くなっている。

どの頁を読んでいても、まぼろしのヴェールのように作品の全体像が読者の頭を柔らかに包んでいるべきなのに、このヴェールにはほつれや破れがある。

それはなにより、作者のわたしの神経に障るのだが、今更どうにもできない。

元気を出して、とにかく仕上げてしまおう。

これが仕上がったら、書きたくてたまらない童話に入れるという、ご褒美が待っているのだから。

しかし、たぶん、今度はその童話が苛立ちと苦しみをもたらす原因となるのだろう。

いつまでも、インスピレーションに身を浸していられれば、どんなによいだろう? その捕らえがたいものを捕まえ、形にして見せなくてはならない難しさったら、ない。

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2012年8月27日 (月)

創作の現状と電子書籍の現実

 仕上げる予定の2編の童話のうち、1編はまだノートに粗描、プロットが雑なかたちであるだけです。

 そして、頭の中ではいろんな場面が光り輝いていて……全部拾い集められるかしら?

 あっ、今、その一つから喚いたものがあります。よじれないはずの身をよじって。ハイハイ、もうすぐママがとり出してあげますからね。冷凍処理しちゃって、ごめんなさいね。

 プチ取材をしてペットショップで観察したあの生き物なんかも、今にも転がり出てきそう!

 ああ早く書きたい、書きたい、書きたい!

 でも、まだだめなのです、小説を完全に仕上げるまでは。

 梗概をこれから書くところ。3日で出来上がったと思ったら、それからが長かったのです。この作品は、形式自体が賞には馴染まないだろうけれど、ある微妙さを表現するためには、この形式が必要でした。

 賞のためというより、落選後の電子書籍化を念頭に、仕上げたという感じです。

 今の日本の文学賞が求めていない類のものを書こうとすれば、どうしたって、文学活動は孤独なものとならざるをえませんが、本来の文学活動はそんなものではないかという気がします。

 といっても、この作品をミューズの秤にのせていただけたとしたら、どれくらいの重さがあるものなのか、わたしには見当もつきませんが。

 わたしの電子書籍をお買い上げくださったのは、ブクログでよくコメントをくださるかたでした。

 基幹ブログである当ブログの1日の訪問者は普段は250人くらいですが、一番多いときで2,000~3,000人というときがありましたし、この夏は高校生の読書感想文におすすめの本で500~800人くらいもお見えになりましたが(次第に普段の人数に落ち着きつつあります)、電子書籍を買ってくださる人はそこからも、他のブログからも1人も……(絶句)。

 そういえば、長く放置状態にあったTwitterを少しの間再開していましたが、やめました。今回はアカウントも削除。

 毎日数名ずつフォローしていき、フォローしてくださらない人のフォローをやめれば、毎日確実にフォロワーが増えました。

 コミュニケーションを期待したら肩すかしを食ったりもするので、興味をひろげるためのフォローに徹し、ハッシュタグなどの活用も始めたら、自分らしいカラーのTwitterになってきて、ダイレクトメールなんかもいただくようになり、もうすぐフォロワー100人というあたりまできたのですが、またしても、ある限界を感じました。

 校正の効かない自分のつぶやきが嫌になったのと、Twitterを広告塔にするのは難しいと感じたことから、Twitterに費やす時間がもったいなくなり、やめたのでした。そのうち、また別の意義を見出して、Twitterを始めることもあるかもしれませんけれどね。

 ブログもTwitterも、素人が宣伝に使うには無理がありますわね。そこそこの知名度があってこそ、宣伝が推進力にもなるわけで。

 現実は厳しいですけれど、名なしのごん子ですから、まあ、こんなものでしょう。以下は電子書籍の現在の状況。 現在は全て非公開です(2013年8月16日)。

  • 児童文学:習作集 ‐ 1 卵の正体  
     2012年6月21日(無料)
    41ダウンロード 閲覧数:343
  •  

  • 児童文学:作品集 - 1 すみれ色の帽子
     2012年7月12日(税込380円) 
    1ダウンロード 閲覧数:538 販売数:1
  •  

  • •純文学:幻想短編集 - 1 杜若幻想・フーガ・牡丹
     2012年7月13日(税込200円)
    1ダウンロード 閲覧数:373 販売数:1

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2012年8月26日 (日)

みずみずしさが長持ちする、「夏旨だいこん」(KIFA)

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 大根好きのわたしですが、最近、野菜売り場で見つけたこの北海道産、「夏旨だいこん」のファンになりました。

 ラベルを見ると……、KIFA――株式会社ケーアイ・フレッシュアクセス――で取り扱われている商品の一つだということです。

 寒いときであれば、新聞紙に包んで冷蔵庫に入れておくと、相当長く持つ大根も、暑いときは元気がなく、悪くなるのが早い――というイメージでしたが、この大根は違いました。

 みずみずしさが長持ちするのです。見た目には、普通の大根より、いくらかずんぐりしています。

 夏場は丸一本ではなく、半分にカットされた大根を買うことにしているので、丸一本買うことに幾分ためらいがありましたが、元気そうな見かけを信頼して購入。そして、暑いときも冬場と同じ感覚で大根を買い、保存し、使えることに感激しました。

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 昨日の夕飯に作った、大根ときゅうりのサラダ。上にかかっているのは、ごまです。

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 別の日は、イカのバターしょうゆ炒めに、大根おろしとして添え……。味噌汁にも。

 ああ美味しうございました、ごちそうさま。

 現在、二本目の「夏旨だいこん」がまだ4分の3くらい、冷蔵庫に眠っています。次は、ラベルにあったレシピ『大根と豚肉のさっぱりお酢炒め』を作ってみようかしら。

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2012年8月23日 (木)

児童文学作品Pに絵がほしいです

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 まだ短編小説が仕上がっていず、童話2編にも時間がかかりそうなので、来月半ばくらいまでは電子書籍の作成に入れないと思いますが、どんどん作成していきたいです。

 児童文学作品Pも電子書籍化を考えているのですが、これには挿絵がほしいのですね。少年がペガサスを飼う物語です。

 挿絵を描いてくれる人が見つからないので、仕方なくブログのお絵描きツールを使って上の絵を自分で描いてみたりしましたが、これではあんまりだと自分の作品が可哀想になり、肩をふるわせていたら、見かねた娘が描いてやってもいいような反応を示しました。

 娘が描いてくれなければ、絵なしで出すことになるでしょう。

 子供たちが冒険に入った段階で止っている長編児童文学作品『不思議な接着剤』はいつ仕上がるかわかりませんが、壮大なドラマになるはずなので、これにも絵がほしいのです。

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2012年8月22日 (水)

胸の苦しさに、スプレー1回。

胸の苦しさに、スプレー1回。

これで17回使った。まだたっぷりあると思うと、嬉しい。

循環器クリニックを受診すると、何回使ったか、まだ残りはあるか、必ず訊かれるので、ブログを確認してから出かけることにしている。

一昨日、パソコンのやり過ぎからと思うが、めまい、頭痛、吐き気で、少し具合が悪かった。

昨日は時々しつこい咳も出て、何だか胸が苦しく、体が弱ったような感じがして、家事をしたくなかった。

夜の薬を飲んでも、症状が改善しなかった。

夕飯の後片付けもせず、ますますしつこい咳に悩まされ、胸の苦しさが――我慢ができないほどではないのだが――とれず、後片付けが気になりつつ、しんどいなという感じが強まった。

気管支拡張剤メプチンエアーを使うか、ミオコールスプレーを使うかで迷い、ミオコールスプレーを先に使って効かなければ、メプチンを使うことにした。

ミオコールスプレー(ニトロのスプレー)をわたしが先に使う理由は、「ニトロは狭心症にしか効かないから、狭心症の発作かどうかはニトロを使ってみるといいよ」と先生がおっしゃっていたことによる。

ニトロを使うと血圧が下がりすぎることがあるが、副作用はそれくらい。一方、「メプチンは頻脈患者にはあまりお薦めでない」と、これも先生がおっしゃっていた。喘息にはよく効くが、実際わたしはこれを使って、猛烈な動悸に見舞われ、それがなかなか止まらず、汗びっしょりになったことがあった。

咳はわたしの場合、喘息からも心臓からも起きるので、どちらから来たのか、わかりにくいところがあるのだ。亡くなった父方の祖母がやはり心臓性の止まりにくい咳をしていたことがあり、わたしの心臓から起きる咳はあれに瓜二つ。

ミオコールスプレーを使ったところ、とたんに気持ちがよくなった。こんなときは、血管に軽い攣縮が繰り返し起きていた可能性があると前に先生がおっしゃっていた。

一昨日からおかしかったので、めまいと心臓は関係があったのかもしれない。

強い胸痛とか圧迫感があればわかりやすいが、何となく苦しい感じが続くときも、早めにスプレーを使ってみたほうがよいようだ。

今は本当に呼吸が楽で、気持ちがいい。胸も軽くなった感じがするので、軽い圧迫感も続いていたのだろう。スプレーしてからは、咳も起きていない。

この手の不調は、春と秋に多いような気がする。大抵、めまいとセットになっている。

短編小説の手直しをずっとしていた。パソコンから離れたときは、童話のストーリーを頭のなかで繰り返し追っていた。わたしは作品を序破急で書くことが多いが、この童話では起承転結をとっている。

《転》に力が入りすぎて、カラーが違ってきてしまった。この部分を変えるかどうかで迷いがあったため、何度も頭の中でお話を転がしていたのだった。

とりあえず書いてみるしかない。この童話はメモ類以外には、まだ1字も実際に書いてみてはいないのだ。

小説が仕上がらないと、童話に集中できない気分なので。だが、もう1編の童話は仕上がっていて、校正を待っている。自分では、幼年童話を書いたつもりだが、そういえるものになっているのかどうか、自信がない。

真夜中だというのに、ニトロのスプレーを使って、すっかり元気になってしまった。今から夕飯のお皿を洗おう。

スプレーを使うまでは、少し動くだけでもしんどかったのにフシギ。ニトロのことを、冠攣縮性狭心症の患者さんはよく《魔法の薬》と呼んだりするようだけれど、ホントにそんな感じだ。


※皿洗いのあと、爆睡してしまった。ニトロを使うと、血圧の低下など招くため、こんなことが起きがち。午前中の薬を飲み忘れてお昼過ぎまで爆睡していたため、目覚めたとき、目の玉が飛び出そうな(あくまでイメージ)胸部の圧迫感があった。しかし、これは体を起こしただけでもいくらか改善、いつもの心臓の薬をすぐに服用して様子見。これで夜までいけるかどうかだ。

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2012年8月19日 (日)

スタバで

スタバで

スタバでゆっくり過ごしました。注文したのはダークモカフラペチーノ。ポテトチップスも。

何にも考えないで、ジャズ聴いているのもいいものですね。

わたしは普段一日家で過ごすことが多いのに、いつも創作のことで頭がいっぱいで、創作に打ち込み始めた大学の頃から、創作抜き、という日が何日あったかしらと思うほどです。

死ぬまで創作から解放されることはないだろうと思うと、これを幸せというべきか、不幸せというべきか、迷います。

わたしが詩人と呼んでいた、今は亡き女友達も、統合失調症を患いつつ死ぬまで創作から解放されることはなかったようでした。

相当に敏感なわたしですが、彼女は亡くなる少し前からずっと音沙汰なしです。彼女の生前、わたしは彼女に神秘主義的な話はほとんどしませんでしたが、この沈黙は、何だか不思議な気がするほどです。

今書いている作品、うまく仕上がるでしょうか? もう少ししたら、また今日も創作に入ろうと思います。

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書評のためのメモ;ヴァレス『子ども』、ブラヴァツキー『ベールをとったイシス第1巻―科学上―』

『ベールをとったイシス』については、本文をろくに読みもしないで書かれた悪評が多い。それについては、いずれ、きちんと分析してみたいと思っている。

『ベールをとったイシス第1巻―科学上―』の本文を読む前に、訳者であるユング学者、老松氏によって書かれた「二重見当識のあわいで――訳者解説にかえて」を読み、編者ボリス・デ・ジルコフによる「前書きにかえて『ベールをとったイシス』はいかにして書かれたか」を読んでいるところだった。この前書き、後書きに相当する部分だけでも、それぞれが重厚味のある論文であるので、まずはこの二編の論文の感想を書いておきたい。

ブラヴァツキーの仕事の貴重さは今後、科学が進み、考古学の発見が重なるにつれ、その論文中に照らし合わせることのできる部分が増えていって、再認識されるようになっていくのではないだろうか?

現に――エッセネ派、初期キリスト教徒、グノーシスについて書かれた部分だけでも、今ではそれが可能かと思う。

訳された部分はまだ全体の4分の1で、わたしが現在知りたいことは『第2巻神学上』あたりに書かれていると思われ、完訳がとても待ち遠しい。

ヴァレス『子ども』を少し読んだ。ヴァレスの母親像には、バルザックの作品や書簡から想像される母親像や『にんじん』におけるジュール・ルナールの母親像と共通点がある。子育てに関する共通点だ。

ちなみに、これら三者の生年と没年はバルザック1799―1850、ヴァレス1832―1885、ルナール1864―1910である。

『子ども』を読むことで、当時のフランスにおける子育てがどんなものだったかを、知ることができそうだ。

三者に共通する被害者意識(母親の冷たさに対する)、鋭い観察眼、生き生きとした描写力。三者の感受性は壊れているどころか、限りなく豊かなところがわたしには一種の謎として迫ってきていて、『子ども』を読むことでそれが解明できるかどうかだ。

『フラウィウス・ヨセフス伝』のノートも続けたい。

創作と電子書籍と書評……時間の配分が難しく、自分で自分に課したノルマがたまっていく(ひーっ!)。

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2012年8月17日 (金)

娘が買ってきてくれた……

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 当分は芥川賞受賞作の批評を続けていくことに決めたので、昨日、ほしい本を眺めてため息をつくと、発表誌「文藝春秋」を買った。そして、前の記事のレビューを書いた。

 比較的最近『ベールをとったイシス』と中古品『フラウィウス・ヨセフス伝』を購入したということがあったため、少なくとも8・9月は本は買えないと思っていた。

 大抵の本は、図書館から借りられるから、基本的に本は買わない方針を立てたが、たまに、どうしてもほしい本が出てくる。

 『子ども』は余裕があれば、真っ先に買っただろうが、どうしてもほしいと思う本のグループには入らないから(どうしてもほしい本のグループに入るのは、自らの思想、哲学、美意識に無視できない影響を及ぼしそうな予感の働く本)、ほしいと思いつつ、死ぬまで買わなかったかもしれない。

 だが、娘が可哀想に思ったらしく、「上巻だけだけど」といって、『子ども』を買ってきてくれた。娘が『子ども』との縁をつくってくれたのだ。

 書店に出かけるたびに、ほしそうにこの本を手にしてはまた戻す姿を見ていたみたいだ。

 娘に恩返ししなくちゃなあ。それができるようになるかどうか……。

 レビューを書くために、貴重な時間が潰れた。

 短編小説の校正をなるべく早く終え、出来上がっている童話の校正と、ようやくお話が見えたもう1編の童話に取り組もう。

 『子ども』、ほしかったけれど、どんな作品かは読んでみなくてはわからない。

 著者はジュール・ヴァレス。「パリ・コミューンの闘士ヴァレス(1832―85)の文名を高めた自伝的作品」だそうで、「子どものころ、学校で死ぬほどいやな思いをし、家で泣かされたすべての者に、この本を捧げる」とある。

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書評 - 鹿島田真希『冥土めぐり』(第147回芥川賞受賞作) ドストエフスキーの影響を受けそびれた貧弱な観念小説

 作者が白百合女子大学仏文科を卒業していること、ドストエフスキーへの傾倒がきったけとなって正教会信徒となったこと、配偶者は正教会の聖職者であること、(「苦節14年」だそうだが)純文学の文学新人賞三冠作家(三島賞、野間文芸新人賞、芥川賞)であること――といった予備知識がわたしにはあった。

 このところ、岩波文庫から出たヴァレス『子ども』、カロッサ『若き日の変転』をほしいと思ってきたが、緊縮経済を余儀なくされているわが家であるため、それを先延ばしにして、芥川賞の発表誌「文藝春秋」を購入した。なるべく、芥川賞受賞作の感想を書くことに決めたからだ。

 ドストエフスキーばりの作品とまでは期待しないまでも、ある程度の思想的骨格を備えた、洒落た感じのある作品を想像していた。期待は見事に裏切られた。

 どうして、最近の芥川賞受賞作品はどれもこれも薄汚れ、壊れたような印象を与えるのか? 作者は毎回違うはずなのに、同じような作品ばかり読まされてきた気がする。裏側で、そのような指導がなされているとしか思えない奇怪さだ。

『冥土めぐり』では、暗鬱な海が、陰気な登場人物たちの現状に重ねるようにこれ見よがしに出てくる。「文藝春秋」の「受賞者インタビュー」で、作者が白百合女子大在学中に『二匹』で文藝賞を受賞したくだりを読むと、応募のきっかけとなったのが、大学の友達とバカンスでリゾート地ニースに行き、3週間いるうちに飽きてきて書いたのが『二匹』だとあった。ニースの海よりも、作者にとっては日本の海のほうがエキゾチシズムをそそられるかのごときエピソードだ。

『冥土めぐり』の語り手である女性主人公の夫は、区役所の職員であるが、主人公の母親と弟にとって、区の職員は貧乏人のイメージで、庶民感覚とはずれがある。庶民感覚では、この就職難でリストラや企業の倒産が珍しくないご時世に、区の職員は安定した職業に就いている人のイメージだろう。

 ざっとストーリーを紹介すると、ブルジョアだった祖父の死、一流企業のサラリーマンだった父親の死、弟のカード破産と続く中ですっかり財産を失った母親は、精神病を装って年金暮らしに入った。母親と弟はブルジョアだった頃の暮らしが忘れられず、何かにつけ主人公にたかり続けている。

 主人公が区の職員と結婚したのちも母親と弟のたかりは続き、主人公と夫が身ぐるみはがされかけていたところへ、《絶妙なタイミングで》夫の脳性の発作が起きて、夫婦はそれを免れる。作中で、夫――というより夫の病気――は、主人公の救済者のような象徴性を託されている。夫の脳性の病気が何であるかは明かされないが、てんかんを連想させられる描写が出てくる。

 こうした過去が、夫婦の小旅行の間に主人公によって回想されるという小説の設定となっている。夫婦の宿泊先は、よき時代だった頃に主人公が親族で泊まった高級ホテル。現在、そのホテルは区の保養所となっている。

 主人公夫婦はたかりから救済されたかのようであるが、ここに矛盾がある。というのも、弟は年金生活者となった母親になおもたかっている様子だからで、そんな弟が、主人公夫婦が夫の障害年金と妻のパート代で生計を立てるようになったからといって、たからなくなるとは考えられない。

 その弟に対して、母親にしても主人公夫婦にしても、たかられるに任せなければならないということはなく、法的、行政的に打つべき手はあるだろうに、作者はあたかもそれが宿命のような描きかたをして、そこから逃れるには脳性の病気しかないような、しかも脳性の病気を安直に聖性に結びつけるような描きかたには、いささか無理があるように思う。

 現代の日本社会に内在する様々な問題を散りばめておきながら、ドストエフスキーを意識したためか、救済文学風の結論にこだわっていて、その結論は甚だ説得力に欠ける。

 第一、夫の病状が如何にも狂言廻し的なのだ。夫が車椅子に座ったり座らなかったりするのは、彼の病気によってではなく、作者の都合によってそうなるように読める。

 なぜならこの夫は、体を支えて貰わなければ足湯に浸かることもできないのに、一人で男湯に入って一人で出て来たり、車椅子を使わなければ食堂へ移動できないにも拘らず、その直後にはビュッフェで杖をつきながら一人で何度も行き来して好きな物をとって来たりするのだ。

 この作品の深刻さは、作者の意識しなかったところにあると思う。例えば、精神病者を装って年金暮らしに入った母親について、作者は主人公に次のようにいわせている。

[引用ここから]……
そんな面倒で、巧妙なことをしでかすくらいなら、働くほうが楽なのではないかと思うが、彼女にとってはそうではないらしい。
……[引用ここまで]

 しかしわが国の現実は、主人公(=作者)の認識より厳しいのだ。母親は元スチュワーデスだったという設定だが、年齢から考えると、再就職口を見つけるのはかなり難しいと思われる。精神病者を装わずに真面目に職探しをしたとしても、生活保護を申請することになった可能性は高い。

 また、最近の国会中継を観ていると、親族に対して扶養義務を強化する動きが出て来ており、わたしは大変気になっている。

 同じ材料を使って、『冥土めぐり』のような貧弱な観念小説ではなく、骨太の社会派小説とか、哲学的強度を備えた小説を完成させられる書き手が現われないものだろうか? 「受賞者インタビュー」で、旧約聖書の『ヨブ記』に関する作者の解釈が出て来るが、この解釈には目が点になった。

  • 2014年2月12日 (水)
    追記:書評 - 鹿島田真希『冥土めぐり』(第147回芥川賞受賞作)
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2014/02/--147-8b20.html

     キンドル本を出すためのレビューを整理する段階で、改めて作者についてインターネット検索したところ、夫を介護しながら執筆を続けているという記事が出てきた。その記事からすると、小説は実際の出来事に基づいたものなのかもしれない。描写が粗いためか、とてもそうとは思えなかった。体験を小説に生かすための技法や思想の洗練といったものが作者には欠けているように思われた。

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2012年8月16日 (木)

「当サイトで紹介した作家、思想家一覧」を更新しました

 以下の記事を更新しました。

 長らく放置していたために、まだ2010年10月分までしか更新できていませんが、なるべく早く現時点まで辿り着きたいと思っています。

 作家・思想家に限定した一覧ではなく、いずれ総合的な人物一覧にしたいと考えていますが、今はまだ作家・思想家に限定した一覧の更新で精一杯といったところです。

 今回の更新の際に、記事の移動や削除によるリンク切れを見つけました。全体のチェックは行っていないので、他にもあるかもしれません。この作業もなるべく早く済ませたいと思っています。

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2012年8月15日 (水)

ゴーヤが実をつけました~!

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 受粉できないんじゃないかと心配していたら、ちゃんと実がつきました。バッタが来ていたぐらいですものね。受粉を手伝ってくれる虫が来て、仕事をしてくれたようです。現在、5つほどついています。早くもゴーヤ料理が頭に浮かんだりしていますが、食べられるくらいになってくれるでしょうか?

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スヌーピー~!

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 娘がまたぬいぐるみを増やしました。掃除のときに面倒です。まあ、可愛いけれど。

 ところで、スヌーピーには、きょうだいがいるんですってね。知りませんでした。写真のメモ帳に、きょうだいたちが描かれています。ちなみに、メモ帳はわたしにくれるのだそうです。

 髭のあるスパイク、ぱっちりした目の女の子ベル、太っちょオラフ、毛のフサフサしたアンデイ、ぶちのあるマーブルス。メモ帳には描かれていませんが、他にローバー、モーリーがいるそうです。両親もいるんですって。

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2012年8月14日 (火)

創作と電子書籍化について

現在、前の記事に書いた短編小説の手直しに没頭しているところです。このあと、9月までに、童話を2編仕上げる予定がありますが、とりあえず短編小説が仕上がれば、童話の合間にぼちぼち、中断中の電子書籍化を進めたいと思っています。まずは、無料で公開するお約束の作品から――。

そして、10月からは、本格的に電子書籍化の作業に入りたいと考えています。作業表を作って、計画的に実行する必要を感じています。

電子書籍のニックネームを、ブログのハンドルネームと共有してマダムNとしていましたが(電子書籍の表紙と奥付には直塚万季としていて、表記にバラつきがありました)、ペンネームの直塚万季で統一させることにしました。

今後共、マダムNのブログたち及びホームページと、直塚万季の電子書籍を、どうかよろしくお願い致します。

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2012年8月13日 (月)

短編小説ざっと完成

 まだ友人を悼む段階にすらないのに、彼女をモデルに作品を書いてしまった。これ以上、この作品にかかわっていては、身が持たない。

 どうしても書きたくて書いてしまったが(しかも賞用に)、彼女には迷惑千万だろう。こんな不出来な粗描、彼女が読んだらどんな感想を持つだろうと思うと、怖い。彼女の初盆に合わせようとしたわけではないけれど、わたしにしては異例のスピードで仕上がってしまった。何て、珍奇な供え物であることよ。

 賞に落ちたら、例によって電子書籍にするのか?

 彼女のご家族に、彼女の作品を積極的にどうしようというお考えは今のところおありにならないようだが、本は無理でも、せめて電子書籍にするとか、考えてあげるべきではないだろうか。今はご連絡するわけにもいかない感じがあるが、いずれは。

 彼女に、書籍にできるだけのまとまった作品数のないのが惜しい。量を補うために、民話風の童話の完成度をもう少し高めてもらえないか、働きかけていた矢先の死だった。童話が、落書きのようにのびのびと書かれていて、魅力的であっただけに。病気だったから、圧迫するわけにもいかず、さりげなく(どうしても願いが籠もったが)、いうしかなかった。

 まあ、それはそれ、わたしの作品は作品だ。彼女をわたしが勝手にモデルにしたからといって、彼女には無関係なことだ。彼女には似ていないし、彼女の人生とは似ても似つかない、どこかの誰かの物語だ。

 少し時間を置いて、校正だ。朝寝るつもりで寝なかったので、昨日の朝から起きっぱなし。深夜から一度もこの場から離れていない。排尿も忘れてしまうから、泌尿系のトラブルをすぐに起こしてしまうのだろう。

 今は全く眠くない。作品が仕上がった直後はだいたいそう。軽い、心地よい興奮があるからだ。今が一番幸せなのだ。大抵、1日置いたくらいにドッと疲労の雪崩に見舞われる。

 できれば、早く応募を済ませて、童話にとりかかりたい。とりあえず、トイレへいって、何か飲もう。そして、何か食べよう。家族は自分でパンを食べていた。夕飯はちゃんと作る。豚カツ用の豚肉と、煮付けによいカレイが冷蔵庫にある。

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徹夜で作品……

徹夜して、書きに書いた。もうだめ。寝る。

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2012年8月11日 (土)

『フラウィウス・ヨセフス伝』ご到着〜!

『フラウィウス・ヨセフス伝』ご到着〜!

注文してすぐに出品者とAmazonから商品発送のメールがあったわりには遅いなと思っていたが、今朝クロネコ便で届いていた。新潟からだった。それで遅かったのだろう。

3分の1の値段、傷みが心配だった。

1993年に上梓されたものなので、表紙の縁が幾分黄ばんでいるが、美品といってよいもので、大変満足。

狭い我が家に『ベールをとったイシス』『フラウィウス・ヨセフス伝』と、さながらお二方の貴人をお迎えしたかのようで、甚だ緊張している。

フラウィウス・ヨセフスは、イエス・キリストより遅い後37年頃、エルサレムに生まれたユダヤ人で、古代ユダヤに関し、現代に通ずる感覚及び筆致で多くを書き遺した。

著書は『ユダヤ戦記』『ユダヤ古代誌』『アピオーンへの反論』『自伝』。

ミレーユ・アダス=ルベル著『フラウィウス・ヨセフス伝』は、そんなヨセフスの生涯を丁寧に辿っている。

図書館から何度も借りていたが、これで、読みたいときにはいつでも読める。

『フラウィウス・ヨセフス伝』を読みながら他の本や資料を参照することも多いので、返却日を気にせずに読めるのは本当に嬉しい。

フラヴァツキー著『ベールをとったイシス』についても、少し書いておきたいことがある。記事を改めよう。

 滅法面白い、ヨセフスの諸著。ユダヤ観、いや世界観が一変します!

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2012年8月10日 (金)

循環器クリニック受診。本のことを少し。

一昨日の朝、コーヒー色の尿が出た話をし、尿検査をして貰ったところ、潜血±で特に問題なかった。

脱水、結石――のせいだろう、と先生。あの黒い色は印象的で、不安だったが、体調は悪くないので、わたしも結石による出血のせいではないかと想像していた。水分をたっぷりとるように、とのこと。

クリニックは涼しいので、そこにいるだけで動悸も起きず、体調がよくなった。この調剤薬局も涼しい。帰りたくないなあ。うちはマンションの最上階で、照り返しのためか、クーラーをつけていても暑い。

わたしと同じように石持ちという看護師さんから、ほうれん草と緑茶は結石ができやすいので、やめておいたほうがよいとアドバイスを受けた。

看護師さんもずいぶん結石に悩まされたそうだが、ほうれん草とお茶をやめてからはいいそうだ。

知らなかった。どちらも好きなので、やめるのはつらいが、試しにやめてみよう。

薬を極力減らして貰うように頑張り(?)、タリオン、ウリトスを減らして貰った。

心臓の薬;インデラル、ニコランタ、コロヘルサーRカプセル、一硝酸イソソルビド[タイヨー]
逆流性食道炎の薬;タケプロン
喘息の薬;フルタイド200ディスカス60ブリスター

調剤薬局での会計は、40日分で4,460円。クリニックでの会計は、今日は尿検査ありで1,530円。

心臓の薬を、インデラルを除いてジェネリックにして貰ってから、安くなった。

尿検査で異常がなくて、ホッした。これでややこしい検査を受けるはめになったり、薬が増えたりしたらどうしようと、心配だった。

この点でお金が浮いて(?)、よかった。実は、どうしても欲しかったブラヴァツキーの「ベールをとったイシス」を買ってしまったのだ。

版元に問い合わせたら、在庫ありとのことで、注文し、すぐに送って貰えた。アマゾンでは、高い値段のついた中古品の表示しかなかったので、ラッキーだった。版元になければ、買うのを諦めたところだ。ヨセフスは逆にアマゾンで安く買えたのだが。

我が家は現在、緊縮財政で、書籍の購入は極力控えるようにしているが、この2冊はどうしてもほしかった。特にブラヴァツキーの「ベールをとったイシス」は。まるで知識の宝石箱だ。

いずれ、書評を書きたい。訳者は正統派のユング学者。

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なでしこ、アメリカに敗れ、しかし銀メダル!

アメリカ2、日本1。1点入れたのは、大儀見だった。アメリカも消耗したなかでの勝利で、なでしこはよくやった。

なでしこ、銀メダルおめでとう!

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2012年8月 9日 (木)

甲子園の面白さ

甲子園。わたしは、これまで暮らした佐賀、福岡、大分の出る試合は、とりあえず観る習慣だ。福岡の飯塚は勝ったが、佐賀の佐賀北は負けてしまった。

そして今日は大分の杵築だった。春夏通じて甲子園初出場の杵築の対戦相手は、何とあの有名な茨城の常総学院ではないか。

こりゃだめだ、と思った通り、1回に4点、3回に10点という大量点を入れられ、杵築は3人目のピッチャーに替わっていた。

このあと何点入れられるやら……と目を覆いたくなったけれど、何とまあ、3人目のピッチャー青井くんが、そのあとを見事に抑えてしまったのだ。

初ヒットも、この青井くん(残念ながら得点には結びつかなかったが)。

どちらかというと、文系にでもいそうな感じの眼鏡をかけた青井くんは、甲子園ではなかなかユニークなキャラではなかったかと思う。

杵築陣が、試合巧者な常総陣のペースにすっかり呑み込まれていたなかで、青井くんはただ一人、自分を保っているかに見えた。

こうしたドラマを生み出すところが、甲子園の面白さだと思う。

現在闘病中と思われる、常総の木内元監督がスタンドから試合を観戦していたのも、一つのドラマと思えた。

14対0で杵築に勝利した常総学院の次の相手は、今日22個もの三振を奪った松井投手を擁する神奈川の桐光学園。この試合は見逃せない。

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しまった、寝てしまった!

今日の午前中、循環器クリニックを受診するつもりが、早朝に圧縮して家事を行い、一休憩しようと座ったところ、そのまま寝てしまっていた。

いまからだって、まだ午前中の受付には間に合うのだが(12時半まで受付可。現在11時半)、ぎりぎりに行って検査をお願いするのは心苦しい。

電話で、盆休診を問い合わせた。12日に続いて、15日まで休診。

今日は午後もあるといわれたので、「午後は尿検査はお願いできないんでしょう?」と尋ねると、「尿検査でしたら午後もできます。血液検査でしたら、お食事を抜いていただかなくてはならないとかの関係で、午前中になりますが」とのこと。

なるべく朝の早い時間に尿検査をお願いしたいので、明日の午前中、受診することにした。明日、明後日は受診でき、診察は午前中のみだ。

昨日の午前中、黒い尿(アメリカン・コーヒーみたいな色)が出て驚いた。「わっ、黒い!」というのが第一印象だった。

わたしは腎臓結石が左右共小さいのが沢山あり、膀胱炎にもなりがちだ。かなり前から、腰が気にかかり、何かがそこに当たったりするのが怖くて、つい庇うように手をやりたくなる。

左寄りの場所に、保護するように左手をやりたくなるが、右寄りの場所も気になっている。

別に強い痛みがあるとかではないのだが、微妙な圧迫感があるのだ。デリケートな、不穏な感じがあるとでもいおうか。心臓が不調なときも、それと似た、デリケートな、不穏な感じが起きる。

結石のせいで出血し、排尿までに時間があったせいで、赤っぽくなるはずの尿が黒ずんだのかもしれない。

その後は、わりにまともだ。いくらか黒ずんで見える気もするが、ちゃんと黄色が入っている。

昨日の朝一は黄色味が全くなくて、とにかく、黒かった。

わたしのような病人だと、買い物や遊びに出かけるのも体がつらいが、受診すら負担で、困ってしまう。明日、明後日は盆休診前で多いだろうなあ。

深夜のオリンピック観戦は明日の受診のために、やめておこう。なでしこ、深夜だった気がする。録画しておこうかな。

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2012年8月 8日 (水)

バッタ様の御成り〜!

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 ゴーヤの葉っぱのところにバッタがいました。

 ここ、マンションの上階です。地上から飛んで来たの? それともエレベーターに乗って?(蚊なんかは、よくエレベーターを利用していますよ、ホント) 階段を使った?(蟻はよく階段を利用する……)

 下の階から徐々に上がって来たことだって、考えられますわね。

 息子が幼稚園生だったとき、バッタを飼っていました。息子が捕まえてきたから……。野菜を入れてやって、虫かごを掃除なんかしているうちに、結構情が移ってしまったことを思い出します。

 カブトムシは、息子が小学生のうちはよく飼っていました。鈴虫はママ友から半ば押しつけられた格好で、飼いました。

 鈴虫は共食いするからいらないっていったのに、うちに鈴虫を残してママ友ったら、里帰りして、なかなか帰って来なかったんですね。無断で外に離してしまうわけにもいかず、あの夏は長い夏に感じました。

 鈴虫の生態が苦手で、どうしても好きになれなかったんです。外から聴こえてくる鈴虫の音色は、風情がありますけれど。

 狭いベランダのわりには、うちはバッタにとって、グリーン系の食べ物が豊富なんでしょう。

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 小さな鉢にお試しに植えたゴーヤが、もうこんなで、だんだんグリーンカーテンぽくなってきました。バジルも豊作で、今日、3回目の収穫を行いました。で、今日の夕飯はこの夏3回目のバジルパスタです。

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尿の色が変

男子サッカーが途中でつまらなくて寝て、前の記事で書いたように6時頃に胸の圧迫感で目が覚めたが、朝一の排尿は10時頃。そのとき、尿の色が薄いコーヒー色だった。黄色くなかった。

ミオコールスプレーの影響ってことはないと思う。これまでにニトロで尿の色がどうのというのは経験がない。

肝機能はたまに悪いことがあるが、今はだるくも何ともないから、肝臓がどうのとは考えられない。

茶色だったことはこれまでに何回かあるけれど、薄いとはいえ、黒なんて。朝の胸の圧迫感を別にすれば(それもニトロのスプレーを使って治った)体調が悪くないだけに、何だろうと不思議だ。

食べ物の影響で尿が着色されたとしか思えないが、明日の朝一にも気をつけてみよう。明日、循環器クリニックを受診したときにでも、先生に訊いてみようかな。

でも、そしたら、頻尿の改善薬、出していただきながら1錠も飲んでいないことをいわなくちゃならなくなる。頻尿の薬で逆に体調が悪くなったらと心配で、使えなかったのだ。頻尿どころか、あまり出ないことだってあるし。

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胸の圧迫感にミオコールスプレー1回。創作のこと。

胸の圧迫感にミオコールスプレー1<br />
 回。創作のこと。

午前6時ころ、胸の中が石になったみたいな胸部圧迫感を覚えて、目が覚めた。ミオコールスプレー1回。

ニトロペン舌下錠のときは効き目が悪い気がしてもう1錠追加することが多かったが、ミオコールスプレーを使う場合は、1回で済んでいる。

この圧迫感とは別に、動悸がすること、頻り。

普段はインデラルさえ飲んでいれば、全く動悸なしなのだが(インデラルを使わなければ、安静時140くらいになり、つらくて生活できない)、最近はインデラルと他の心臓の薬(ヘルベッサー、アイトロール、シグマートのジェネリック。未だにジェネリックの名、覚えられない)をちゃんと飲んでいても、ドキドキしたり、喉が脈打つような不整脈(たぶん期外収縮という問題のないタイプのもの)が頻繁。

言ってはいけないのかもしれないが、暑さのせいだ! 皆、大変なんだ! この暑さ、いつまで続く?

児童文学作品『不思議な接着剤』の下調べはお休みして(『フラウィウス・ヨセフス伝』はAmazonを利用して中古品を3分の1以下の値段で買えた、ヤッホー。綺麗だといいな)、詩人を描いた短編小説に集中しよう(書けるかどうか、全く自信ない)。プロットは不完全だが、今回はいくらかでも書いてみないと、作品がうまく見えてこないようだ。1日に5枚は書きたい。

木曜日には、循環器クリニックに行かなくては。お盆の休みに入ったら大変。

右膝を曲げていると、(おそらく骨腫瘍の圧迫で)痛い。育ちのよいこいつがまた、かんに障る。両膝、ちょくちょく痛む。そろそろ、脳神経外科も1度受診して、頭蓋骨に骨腫瘍が増えていないか、変な育ちかたをしていないか、チェックして貰わなくては。

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2012年8月 7日 (火)

女子バレー、中国を下し、準決勝進出!

あの、あの強豪中国を日本が破り、24年ぶりに4強入りしました!

日本は、これまでにはなかった類の粘りを発揮して、中国に競り勝ったのです。

わあい、次も頑張れ、日本チーム!

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なつかしいお菓子 - 動物ヨーチ(常盤堂雷おこし本舗)

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なでしこ、メダル確定おめでとう!

あー、後半はフランスの猛攻に次ぐ猛攻で、冷や冷やしました。よくやりました、なでしこジャパン!

前半に大儀見、後半に阪口がゴールを決め、フランスに2対1で勝ちました。

1点はとられましたが、ゴールキーパーの福元が光っていました。最後に選手交替で入った田中明日菜も、よい働きをしたと思います。

あれだけの猛攻から、なでしこジャパン、よく守りきれたものだと感心しました。素敵でした。

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2012年8月 6日 (月)

かき氷。エスプレッソーダ。NHK BS プレミアムでアニメ『十二国記』。

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 モロゾフで注文したかき氷。

 かき氷、10年ぶりぐらいだったかしら? 久しぶりだったせいか、子供の頃に買い物の帰りに母と食べたかき氷のことや、大学時代に喫茶店で女友達がよく注文していたフラッペ(と、あの頃は呼んだ)のことを思い出した。

 母と入ったお店で食べたかき氷は、もっときめがこまやかだった。コンデンスミルクがたっぷりとかかっていた。お店では大きな扇風機が三つくらい、回っていた。わたしは麦藁帽子を空いている椅子に置き、懸命にかき氷に取り組んだ。お洒落な母は綺麗なハンカチで汗を押さえながら、わたしが食べるのを目を細めて見ていた。母はミルクセーキを注文することが多かった。

 女友達が食べていたフラッペのことは思い出せるのに、そのとき自分が何を注文していたのかは思い出せない。

 モロゾフのは、小倉あんとアイスクリームが下のほうに隠れていた。

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 昨夜、ローソンで買ったエスプレッソーダ。ちょっときつく感じられる不思議な味わい。喉の渇きは確実にとまった。

 女子サッカーは見逃せないが、NHK BS プレミアムでアニメ『十二国記』がある。これ、何度観ても面白い。原作のほうはとまっていると娘がいっていたけれど、どうなったのだろう?

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幼年童話は難しい

以前書いた幼年童話を見直しておこう。幼年童話はわたしには難しい。幼年童話を書いていると、育児をしているみたいな錯覚に陥る。言葉のつかいかた、テーマのとりかたは適切だろうか? 専門家のアドバイスを受けたい。鬼の創作道場へ応募しようか。

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2012年8月 5日 (日)

自作童謡「ヘビのリリーさん」

しましま もようの
ヘビの リリーさん
つちのなか めがさめた
おなかが すいたわ
キュルル キュルル
にわの かしのきに
レストランが あるはずよ

おなかが ぺこぺこ
ヘビの リリーさん
かしのきの ねもとへと
おでかけ しましょ
ニョロロ ニョロロ
しげる はのかげに
レストランが ひらいてる

チロロと しただす
ヘビの リリーさん
したでかぐ はのにおい
きょうは しまってる
あらら あらら
カエル カタツムリ
レストランに なにもない

しましま もようの
ヘビの リリーさん
あきらめて すにかえる
またあす きましょ
いいわ いいわ
はるの こもれびに
ヘビのせなか きらめくよ

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

続きを読む "自作童謡「ヘビのリリーさん」"

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2012年8月 4日 (土)

今日の夕飯

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脇雅世先生『しょうが焼きからステーキまで。』(小学館、2009年)の中のレシピ「チキンのパリパリ焼き」を見て焼いた鶏もも肉。

よい感じに焼けました。皮を下にして焼くとき、アルミホイルをかぶせ、その上に小鍋をのせて重しにするのが新鮮でした。油は必要なし、とのこと。詳しくは本を。

わたしは脇先生のこの本のおかげで、豚肉、鶏肉、牛肉を焼くのが上手になりました。肉を焼くコツを懇切丁寧に教えてくれる、本当にありがたい本ですよ。

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他に、さつまいものポタージュ、もずく、キーウイ。

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2012年8月 3日 (金)

Notes:不思議な接着剤 #84 『フラウィウス・ヨセフス伝』(ヨセフス2) ②ヨセフスの順列。エッセネ派の人々が隠れた洞窟。

 この時期だと、童話2編に目鼻をつけ、短編小説のプロットに勤しんでいたはずなのだが、どれも何もできていない。

 というのも、ミレーユ・アダス=ルベル著『フラウィウス・ヨセフス伝』(東丸恭子訳、白水社)を読みながら、考え込んでしまっていたからだった。

 ユダヤ観が一変したというだけではない。もう何が何だかわからないまでになってしまった。この著作を読んだことで改めて、わたしの脳にはキリスト教的な歴史観がどぎつく刷り込まれていたとはっきりわかった。

 呑み込みが悪いせいで、まともにノートもとれない段階であるが、またまた図書の返却日が迫っているので、メモしておこう(いっそ中古品をアマゾンで買おうかなあ)。

 以下はあくまで自分のための覚え書きにすぎませんので、関心を持たれたかたは、前掲書をご自分でお読みになってください。

 少し整理してみたい。ウィキペディアによると、

  • イエス・キリスト……紀元前4年頃~紀元28年頃。
  • パウロ……紀元5年~67年。
  • ヨセフス……紀元37年~100年頃。

 パウロの回心が紀元34年頃。

 ヨセフスがサドカイ派・パリサイ派・エッセネ派のサークルを体験したのは紀元51~53年。53年~56年まで、隠者バンヌスに師事。65年には、対ローマのユダヤ戦争が勃発する寸前の政情不安を示していた。ヨセフスは66年~67年までユダヤ軍のガリラヤ指揮官を務めるが、籠城を経て、ローマ軍の将軍ウェスパシアヌスに投降した。

 イエスの生死についてははっきりしないが、ヨセフスはイエスの磔刑後に生まれ、ヨセフスが生まれる3年前にパウロの回心があった。パウロの布教と重なる時期にエルサレムの裕福な家庭で成長したヨセフスは、ユダヤの各学派を体験学習した。

 ここで、#78でメモしたブラヴァツキーの記述、「エッセネ派というのはピュタゴラス派で、死海の畔に居を構えていた仏教徒(プリニウス『博物誌』)の影響を受けた」というのを思い出しておこう。ユダヤの各学派については、#85でメモをとっておきたい。ユダヤの秘教カバラに、ピュタゴラス派の思想が影響していることは間違いない。

『フラウィウス・ヨセフス伝』から窺える各学派の雰囲気は宗教的、学問的なもので、各学派における規則や契約は別として、風通しのよい、自由な雰囲気があった。もし当時のキリスト教に、そうしたユダヤの学派に並ぶだけの存在感があったとすれば、知的好奇心の勝ったヨセフスのこと、それも体験学習しようとしたに違いないが、それはなかった。

 ヨセフスがローマ軍に投降した年までに、おそらくパウロは処刑されていた。ヨセフスの投降まで、こうしてヨセフスにそって見ていくと、当時のキリスト教にはまだ、ユダヤの主要な諸派に並ぶだけの品格は到底備わっていない。クラディウス帝(治世41~54)がクレストスによる騒乱のもととなっていたユダヤ人を追放したとの歴史家スエトニウスの記述は、初期キリスト教徒である可能性が高いという(使徒行伝18-2に、クラディウス帝が全てのユダヤ人はローマから退去するようにと命令したとある)。

「一世紀初頭におけるローマのユダヤ人は約四万と推定」されるという。ユダヤ人の異国的習慣が侮蔑されていたにも拘らず、ユダヤ教への改宗者は増え続けていた。しかしユダヤ教に惹かれた多くの異教徒は、改宗に必要な割礼や浸礼を受けないまま、その門口にとどまっていた。だから、ユダヤ教はまず、割礼という障壁の存在しなかった女性たちに浸透したという。キリスト教は、ユダヤ教に魅せられていた異教徒にとっては、改宗に必要であるはずの契約と行いをとっぱらった、近づきやすいユダヤ教の一派と映ったに違いない。

 ヨセフスは強大なローマに対して、最初から勝ち目があるとは全く思っていなかった。ガリラヤ指揮官としてのヨセフスの心中は複雑だった。ヨセフスがローマに投降する前に、数学で『ヨセフスの順列』と呼ばれるもととなった出来事が起きる。

 ネロがローマの指揮官として選んだウェスパシアヌスによるユダヤ遠征は、67年末~69年6月にかけて行われた。ウェスパシアヌスがエルサレムの包囲を企てて、標的とした町の一つであるエリコに進軍した時期、エリコからそれほど遠くないところにあったエッセネ派の共同体からエッセネ派の人々が聖なる文書を携えて近くの山々に逃れ、洞窟に隠れた。こここそ、現在、クムランと呼ばれる場所という。 

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2012年8月 2日 (木)

最近の夕飯からざっと。愛飲のドリンク。

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 家族が麦茶や烏龍茶より、冷たい緑茶を好むので、それがこの夏のわが家のドリンクのメインですが、上の三品も欠かせません。

 キーコーヒーのリキッドコーヒー、紅茶。わたしの好みでは、氷と牛乳をたっぷり入れて、丁度よいくらい。カルピスも、家族全員大好きです。

 以下は、最近の夕飯からざっと。手の混んだものは涼しくならないと、作る気になれません。涼しくなったら、またレシピの紹介なども始めますね。 

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 ムニエルにしたタラ。ネット検索でぽん酢ソース(ぽん酢とバターで作る)というのが出てきて、美味しそうだったので作ってみたら、家族に受けました。

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 こう暑いと料理が苦行に感じられてきます。この日は他に、インスタントのルーを使ったシチュー、きゅうりのサラダ。きゅうりは、マヨネーズ、ヨーグルト、ディルを混ぜたドレッシングであえました。

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 にんにく、トマト、しょうゆで炒め焼きした豚肉の薄切り。ちらっと見えているのは、土井善晴先生のレシピで作ったコーンスープです。

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 イカのバター醤油焼き。

 暑いからといって、あっさりしたものばかりだとフラフラ~となりそうです。ワタクシ的にはこんなとき、和洋折衷の味付けが一番かな。また、わが家では、ゆず胡椒がいつも以上に受けています。冷やっこに、素麺に……それから、味噌汁に入れると美味しいです。

 ところで、写真のお皿は同じものなのですが、エミール・アンリのこのお皿はメインを盛るのに手頃な大きさというだけでなく、適度な窪みが利いていて、とっても使いやすいんです。

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久しぶりに来ました、1噴霧。

久しぶりに来ました、1 噴霧。Twitter<br />
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 胸が石になったみたいな圧迫感。ニトロが効いてきました。

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2012年8月 1日 (水)

UFOが、オリンピックの開会式を見物に来ていたんですってね?!

 ロンドンオリンピック。日本に金1号をもたらした、柔道女子(57キロ級)の松本薫選手。試合前の野性味漲る、まるで野獣に取り憑かれたかのような凛々しすぎる表情に、戦慄しつつ見とれました。そして、試合後の和らいだ女性らしい松本選手の表情にホッ……おめでとうございます。

 ところで、オリンピックの開会式をUFOが見物に来ていたんですってね?!

 わたしは月刊「ムー」の公式Twitter(@mu_gakken)で知りました。さすがは「ムー」という感じですが、リンク先の動画はBBCニュースからのものでした。以下。

 映像を観る限り、なるほど、UFOに見えますわね。祭典を飾る演出では、と疑いたくなりますが、どうなんでしょう? 

 UFOについては、地球外からやって来るという説、未来の地球からやって来るという説、現在の地球の隠された場所からやって来るという説などありますが(勿論、それは誤認だという説も)、開会式に現われたUFOが地球外からやってきた飛行物体だと想像すると、そんなものがこうも堂々と現われたことに対して怖くなってきますわ。

 まあ、謎は謎として、ここはオリンピックを楽しむしかありません。なでしこ、頑張れ!

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