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2012年5月の23件の記事

2012年5月30日 (水)

女友達のありがたみ。夫と散歩。

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 クールな女友達が深みを増し、何だか母親に会っているみたいな温かみを感じた。

 考えてみれば、大学時代に知り合ったわたしたちは、その頃のわたしたちの母親より年輪を重ねているのだった。

 瞳に宿る何ともいえない柔らかな光、考え深い表情、目から顔全体へと穏やかにひろがる微笑……女友達はとても魅力的になっていた。

 互いに大学生くらいの精神年齢になったり、母親らしい感じになったりしながら、おしゃべりした。

 夫に関する問題で、もしわたしの立場であればどうするか、尋ねてみたが、この年齢になってくると、それは離婚しかないわね、という女友達はまだ1人もいない。

 これが三十代、四十代であれば、友人たちの回答は違っていたかもしれないと思う。それだけ、性的なことよりも他の要素を重要視するようになったということかもしれない。この年齢ともなれば、男の生理についても知り尽くしているわけだ。

 それでもわたしは思い出すと、頭に血が上るのだが、女友達と話しているうちに冷静になり、いくらか笑い飛ばせる気持ちにもなった。

 彼女のチークとストールが濃いローズ色で抜群に似合っていた。上着の白やアクセサリーのシルバーともよく調和して、彼女を引き立てていた。

 「そのチーク、凄く似合ってる。どうしたの?」と訊くと、カラーコーディネーターから色彩診断とアドバイスを受けたのだという。3,000円だったそう。

 ノーメイクの状態で、腕の内側の色も参考にして、その人の色のタイプを春夏秋冬に分類するのだそうだ。彼女は冬。原色やはっきりとした色が似合うのだという。それまでよく使っていた茶色は合わないことがわかったとか。

 わたしの場合は夏ではないかという彼女の想像だが、専門家が診断すれば違うかもしれないらしい。

 首周りに似合う色を配することが、ファッションセンスをよくするコツだとか。仮に、その下部のほうで失敗があったとしても、顔に近い部分でしっかりとした印象をつくっておけば、OKということらしい。

 カラーコーディネートといえば、夫が今興味を持っている。インテリアやイラストなどとの関連からの興味だが、以前からの興味が最近強くなったという感じだ。

 わたしはオーラとの関連から色彩に興味がある。世間に流布しているオーラの本は嘘臭い。わたしにわかる範囲のオーラに関するエッセーなども、そのうち電子書籍にしたいと考えている。

 女友達とランチのあと、雑貨店など見、ソフトクリームを食べて子供たちや共通の友人たちの話をして別れた。

 遊びついでに、休日の夫と港近くのレストランで夕飯をとった。大きな窓から海が見える、とても感じのよいお店。娘は仕事仲間と映画のあと食事をしてくる予定だった。

 着いたときはまだ明るく、「さんふらわあ ぱーる号」がはっきりと見えた。

 食事はおいしかったが、ご飯の量が男性には少ないかもしれない。ケーキを半分こした。

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 夫が注文したのは、鶏南蛮・ハンバーグ・ウィンナーのミックスグリルⅡ。

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 わたしはミラノ風カツレツ。ナイフを入れると、チーズがとろりと出てくる。これ、今度家で作ってみようかな。

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 そして、食事のあと、遊歩道を夫の腕に手を絡ませて、暗くなった海を見ながらブラブラ歩いた。嬉しそうな夫の様子に、彼はこんな時間を切ないくらい求めていたのだと改めて感じた。母親でも妻でも物書きでもない、恋人としてのわたしを求めていたらしい。

 だとすれば、夫には残酷な年月だったろう。夫はこうしたことでは受け身の人間なのに、わたしは自分の時間がほしいばかりに、夫が必要に応じて自分からそれを求めてくるだろうと決め込み、夫の不満を見て見ぬふりをしていたところがあった。ベッドインにしても例外ではなかった。

 散歩もベッドインも気持ちが合えば、これほど幸せな気分にしてくれるものはなかなかない……ということをわたしは忘れていたけれど、このことは故意にというわけではなかった。

 幸せな散歩をしたというだけで、朝とは何という気持ちの違いだろう!

 そういえば、女友達と、閉経近い避妊についての話になった。閉経が確認できるまでは避妊は必要だという結論になった。

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2012年5月28日 (月)

モロゾフのティラミス~!

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ヒヒヒ……深夜に娘とこんなお茶して、テレビでファッション通信を観ながら、最高のひとときでした。

優雅な時間を過ごすと、正気に返る気がしますわ。

あんまりな、このところの日々でしたから!

しばし空想に浸り、ゲスな連中から遠く離れた抽象の世界で……

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2012年5月27日 (日)

女子バレー、ロンドン五輪出場決定!

 日本女子バレーは、セルビア戦で2セットとった時点でロンドン五輪の出場権を獲得しました。

 セルビア戦自体は、セルビア3、日本2で負けてしまいましたが、いやー五輪出場が決定して、何よりでした。

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 写真は今日の夕飯。

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 キッコーマンのホームクッキングから『ぶりと豆板醤炒め』。ウーマンエキサイトから『ピーマンのゴマ和え』を閲覧、参考にしました。それにクリームシチューでした。『ぶりと豆板醤炒め』、ぴりりとして美味しかったです。

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 女子バレーはロシア戦を見そびれましたが、ずっと楽しみにテレビ観戦していました。

 スポーツ番組を観ていると、自分も何かやりたくなりますね。わたしの場合は精々ウォーキング(それも条件付といった感じ)くらいしかできませんが、それでもいいわ。

 体調を窺いながら、ぼちぼち始めます。

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胸の圧迫感に1 回

胸の圧迫感に1<br />
 回

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2012年5月26日 (土)

吐き気

今朝からウォーキングを再開する予定だったが、軽い吐き気があった(実際の嘔吐はなし)。調子が戻るのを待っていたのだが、体調が全体的にあまりよくないことに気づき、やめた。

吐き気は胃の不調からだと思うが、腎臓病の母が朝よく吐き気がしていたことを思い出すと、腎臓も気になる。もうちょいでステージ3!

焦らずに、ウォーキングを再開しよう。

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2012年5月25日 (金)

フィレンツェの読書人

 5月1日に、娘がメールで文通していると書いた。

娘は、フィレンツェに住む書店経営をしているイタリア人とメールで文通している。
その人はローマ字で日本語を独学しているそうで、ローマ字で綴った日本語混じりのイタリア語文を娘に寄越す。娘はそれを解読し、たどたどしいイタリア語文とローマ字綴りの日本語文で返事している。
その人は、最近イタリア語訳『坊ちゃん』を読了したとのこと。面白かったそうだ。

 その後、娘が『源氏物語』のことを話題に出すと、その人――M氏――は、『源氏物語』は「モルト ベッロ」と感嘆し、だが、長くて難しいと書いてきたそうだ。M氏は本当に『源氏物語』を読み続けている様子。そして、M氏の国であるイタリアの作家では、イタロ・カルヴィーノ、ディーノ・ブッツァーティ、カルロ・エミリオ・ガッダが好きだという。

 カルロ・エミリオ・ガッダについては知らなかった。ジュンク堂書店で、娘と一緒に水声社から出ている『メルラーナ街の混沌たる殺人事件』を見た。分厚い。パラパラとめくってみただけだけれど、単なるミステリーではない。実験的な作品で、しかも大家の作品という風格が漂っている。1959年にクラウディア・カルディナーレ主演で映画化されているようだ。映画のタイトルは「刑事」。

 イタロ・カルヴィーノ、ディーノ・ブッツァーティについてはウィキに解説があるので、以下に引用。

  • イタロ・カルヴィーノ(Italo Calvino, 1923年10月15日 - 1985年9月19日)は、イタリアの小説家、SF作家、幻想文学作家、児童文学作家、文学者、評論家。20世紀イタリアの国民的作家とされ、多彩な作風で「文学の魔術師」とも呼ばれる。
  • ディーノ・ブッツァーティ(Dino Buzzati、1906年10月16日 - 1972年1月28日)は、イタリアの作家、ジャーナリスト、画家。 短編集 Sessanta racconti で1958年にストレーガ賞を受賞。 短編小説の名手として知られる。そのほか、詩、舞台美術、評論、漫画も手がける。
    カルヴィーノと並んで20世紀イタリア文学を代表する作家である。幻想的、不条理な作風からイタリアのカフカと称されることがある。

 さすがはレオナルド・ダ・ヴィンチを生んだ国だけあって、作家も多才だ。カルヴィーノにはあれこれ手を出してみたが、マルコヴァルドさん以外は、難解というか読みにくいというか、才気の迸りについていけないところがあって、読みこなすまではいかない。ブッツァーティにも独特の雰囲気があって、入院前に『七階』を読んでぞっとして以来、忘れられない作家となっている。娘はフィレンツェの読書人に刺激を受けたらしく、今、ブッツァーティを読んでいる。

 ところで、わたしは今ホーフマンスタールとリルケが交わした書簡を読んでいる。
 この中に、「『救われたヴェネチア』を繰り返し読ませていただき、喜び、かつたいへん驚嘆いたした次第です」とリルケが書いているのを読み、おや、と思った。

 岩波文庫版ホフマンスタール『チャンドス卿の手紙 他十篇』の解説に、「『手紙』発表の1902年にははやくもイギリスの作家オトウェイの作品の改作『救われたヴェネチア』(1905初演)に手がつけられる」とある。

 トマス・オトウェイに『救われたヴェニス(または、暴かれた陰謀)』(Venice Preserv'd, or A Plot Discover'd)という作品があるのだ。

 わたしはこのオトウェイの『救われたヴェネチア(ヴェニス)』とシモーヌ・ヴェイユの『救われたヴェネチア』に悩まされ続けてきた。

 まだ大学生だったとき、リーブルだったか、書店でヴェイユの戯曲『救われたヴェネチア』の邦訳書を見たとき、これはヴェイユの写したものが本人の作品と間違えられているのではないか、と大変なことをさしたる根拠もなしに思った。

 出版を目的として書かれたわけではなかったヴェイユのノートには、他から写したと思われる断章、詩などが沢山挟まっていたという事情を考え、未完とはいえ、いきなり完成度の高い戯曲を書き、それ以後は戯曲を書いた形跡がないというのはあまりに不自然な気がしたからにすぎない。

 そうした疑問を覚えてすぐに、他の人物名の『救われたヴェネチア』があることを確認したと思う。だが、オトウェイの『救われたヴェネチア』を読んだわけではなかったから、単に題名を同じくする別作品と考えることもできた。というより、そう考えないほうがおかしい。

 オトウェイの『救われたヴェネチア』をわたしは読めないにしても、有名な作品のようだから、翻訳者が何も知らず、区別もせずに、オトウェイの『救われたヴェネチア』をヴェイユのものとして出すはずがないではないか。なぜ、ヴェイユに戯曲という形式の作品があることをわたしは疑いたくなったのだろう? 

 ジャック・カボー『シモーヌ・ヴェーユ 最後の日々』(山崎庸一郎訳、みすず書房、1978年)を図書館から借りてきた。

 この中に、シモーヌ・ヴェイユの墓に15年も飾りも碑文もなかったことが書かれていて、もしわたしが先にグレイ『シモーヌ・ヴェイユ』や、シモーヌ・ヴェイユの姪シルヴィ・ヴェイユによって書かれた『アンドレとシモーヌ ヴェイユ家の物語』を読んでいなければ、戯曲をヴェイユのオリジナル作品かどうかを疑ったように、ここでも立ち止まり、無意味な思案を重ねたことだろう。

 グレイの評伝には、シモーヌ・ヴェイユの両親が娘の墓を訪ねる気持ちにはなれなかったと書かれている。そして、彼らが別のやりかたで娘を偲び続け、彼らの人生は娘の原稿を後世のために清書するだけに費されたとも書かれている。シルヴィはそれが祖父母の仕事だと思っていたという。

 シモーヌ・ヴェイユの人生には、母親に愛されすぎたがゆえの不自然さがいろいろとあって、謎めいた翳をつくり出している。最近またシモーヌ・ヴェイユが注目を集めているようで、わたしも再び出版年に関係なく、気が向いたものから読み始めた。まだちゃんと読んでいないヴェイユの『救われたヴェネチア』も読もうと思う。

 当ブログにおけるシモーヌ・ヴェイユ関連記事

 リルケとホーフマンスタール。
 リルケが宇宙的な深みと規模のものを、そこから来る響きと均整とを絶えず意識し参照しながら、自己及び他者また事物の内側へと深く潜入していったのに比較すれば、ホーフマンスタールは現世を存分に意識する立派な教養人の域を出ないというわたしの印象。作品からも書簡からも。
 『文芸書簡』の解説の副題に「交流と反発の軌跡」とあるが、リルケがホーフマンスタールとの交際で満たされなかったのは当然と思われる。ホーフマンスタールは明らかにリルケを避けている。以下はリルケの書簡からの抜粋。

[引用ここから]……
 ときには、あなたに直接、わたしのことをせめて一、二枚に書きまとめて、お伝えしようと企ててみましたが、なにせわたしのほうから申しあげることはほとんどなにもないのです。この地では、無類の孤独といった状態にありまして、まことに肝に銘じておりますものの、孤独であることこそわたしの本来の作業であるのです。
……[引用ここまで]

 ふとトーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』『ヴェニスに死す』を連想した。偉大なほう――というと語弊があるけれど――が、多く愛したほうが、充分には容れられず(容量の違いを考えよ)、みじめであり、苦しみも孤独感も深いのだ。 

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2012年5月24日 (木)

間引いたバジルの行き先

 バジルペーストを作って以来、5月になると、バジルを想って気が急きます。

 夫が今年は種からバジルを育てるといい出し、100円の種を買って来て、プランターに無造作に撒きました。その直後にわが家にはとんでもないハプニングが発生。ごたごたが続き、しかし、その間にもバジルはせっせと土の中で育っていたようです。

 芽が沢山出て来て、間引く必要があると夫。夫に間引かれた葉っぱに鼻を近づけると、ほのかではありますが、まぎれもないバジルの香りがするではありませんか。せっかく出て来た芽を捨ててしまうのはしのびないと思いました。

 で、昨夜、それをサラダに使ってみたのです。ちゃんとバジルの味がして、立派な「トマトサラダ バジル風味」の一品になりましたよ。

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 このサラダでは、何といってもドレッシングが利いているので、参考にしたドレッシングの材料を宮内好江著「世界43か国のサラダレシピ114」(グラフ社、2010年)から紹介しておきますね。

  • バルサミコ酢……大さじ1
  • オリーブ油……大さじ1と1/2
  • 砂糖……一つまみ
  • 塩・こしょう……各少々

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2012年5月22日 (火)

メモ

延ばしに延ばした女友達との会う約束。下旬。

図書館から借りた以下の本は6月1日の返却。
①少年と川・島の狐,パスカレ少年の物語,アンリ・ボスコ/福音館書店
②カイエ,1,シモーヌ・ヴェーユ/みすず書房
③黙示録の謎を解く,バーバラ・シーリング/柏書房
④ユング・コレクション8 子どもの夢Ⅰ,C・G・ユング/人文書院
⑤ユング・コレクション9 子どもの夢Ⅱ,C・G・ユング/人文書院
⑥シモーヌ・ヴェーユ最後の日々,ジャック・カボー/みすず書房
⑦田辺元・野上弥生子往復書簡/岩波書店
⑧文芸書簡(ライナー・マリーア・リルケ,H・フォン・ホーフマンスタール 1899 - 1925)/文化書房博文社
⑨骨董商,上,アンリ・ボスコ/河出書房新社
⑩骨董商,下,アンリ・ボスコ/河出書房新社

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2012年5月19日 (土)

第42回九州芸術祭文学賞・大分県内選考の記事を読んで

 昨日、大分県の文化スポーツ振興課から封書が届き、以下のものが入っていた。

  • 案内「九州芸術祭文学賞の作品募集について」
  • 九州文化協会「『九州芸術祭文学賞』応募要項」
  • 西日本新聞平成24年3月19日朝刊掲載記事「九州芸術祭文学賞 県内選考会を振り返って(県詩人協会幹事 江川義人氏)」のコピー

 県の選考を通過しなかったことを確認後は、「第42回九州芸術祭文学賞」(九州文化協会など主催、西日本新聞社後援)のことをすっかり忘れていた! 
 落選した拙作「昼下がりのカタルシス」は別の短編小説と組み合わせて電子本にする予定にしている。

 西日本新聞も合同新聞も購読していないので、九州芸術祭文学賞については、よほど意識的にリサーチしないとわからないままで終わってしまう。嬉しくない落選の場合はそのほうがむしろ好都合なくらいのだが、せっかく送られてきたので、ありがたく拝読。

 県選考会では五席まで(も)あるらしい。おお、四席にナンとわたしの作品のタイトルがあるではないか!  知らなかった。今夜はお赤飯よ! 五席までのタイトルと作者名(四席の作者名は省略)を新聞記事のコピーから以下にご紹介。

  • 一席「野鳥図鑑」高窪修氏
  • 二席「父のハイビスカス」小野美香氏
  • 三席「浜辺の巨人」幸重善爾氏
  • 四席「昼下がりのカタルシス」
  • 五席「いつの日かフェリーに乗って」白石徹氏

 地区優秀作として高窪修氏の作品「野鳥図鑑」が最終選考に行ったはずだが、最優秀作にはどんな作品が選ばれたのだろうと思い、ググってみると、平成24年1月20日に公開された、長崎地区の記事が出てきた。

 その記事から引用させていただくと、

[引用ここから]……
1. 最優秀作
① 作品名
「おっぱい貝」小山内恵美子(本名 中村恵美子)
② 選評
不倫の末に妊娠した子を一人で産むことを決心した主人公の揺れる心情を描いており、「生命へのまなざしがある」「観念であって観念でない」「女性の生理的感覚がうまく描けている」「すでに文体を持っている人」など、候補作10 編の中で頭抜けた作品と高く評価された。
③ 選考委員
・秋山 駿(文芸評論家)
・五木 寛之(作家)
・村田喜代子(作家)
・田中 光子(『文學会』編集長)
……[引用ここまで]

 別の記事によれば、小山内恵美子氏は36歳、長崎市のフリーライターとあった。以下のようなYouTubeの映像も出てきた。それによると、小山内氏は新聞記者出身だそうだ。

 大分県選考に話を戻し、記録のために拙作に対する選評のみ以下に抜粋。

[引用ここから]……
 「昼下がりのカタルシス」。神学論を下敷きにストーリーを展開していく主知的な物語。
 ある文学賞の佳作に入選したわたしは、その賞の選者の老大家・城青雨に知的好奇心から、心の防御をし思いを寄せていく心理の綾を、豊かな機知を交え洗練された文章で巧に表出していく。大家に袖にされると、「今から思えば青雨は過ぎ去った風物詩であった」とは何とも快い結末。だが神学論をもう少し抑えて、老大家への女心を緻密に計算しながら表出したらという思いが残り、残念でならない。
……[引用ここまで]

 こんな読まれ方しかされなくて、わたしも残念でならない。いや、ここは、読みにくいはずの拙作を辛抱強く読んでいただけたというだけでも感謝すべきだろう。
 それにしても、神学論を背景にした恋愛物というのは凄い。大家に袖にされたこと、主人公の感慨、を切り取ってつなぐと、負け惜しみの失恋物語が出来上がるというわけだ。しかも、その作者がわたしだとはね(絶句)。

 恋愛の諸相と神学論(ドグマと神秘主義思想の対決といってほしい)に相関関係をもたせるような作品構築を試みたつもりだが、そこまで読みとってほしいとは最初から期待していなかった。どんな作品だったのか、自分でも忘れるくらいなので、過去記事の創作ノートからポイント的なものを抜粋しておく。

  • http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-27cb-1.html
     わたしの作品はいよいよ山場。途中乱れに乱れましたが、何とか予定通りです。老いらくの恋ごころを掻き立てるような、若い女性を登場させるので、アナスイのブランドムック本を娘から借りて、着せる服を考えていたところです。これは、とっても楽しいわ……! この憎き(書いているうちに憎くなりました)老人の恋がどうなるかはわたし次第。ほほほ……
  • http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/09/post-ad11.html
     作品は、ミューズからインスピレーションをいただいたとあって、自分ではかなりよいものに仕上がったと思っています。こんな作品はこれまで書かれたことがないと思うので、稀少価値があるでしょう。
     ただこれで賞がとれるかというと、難しいでしょうね。予選に引っかかることすら(よくも悪くも全く大衆向きではありませんから)。当ブログで公開中の『侵入者』という作品は大衆向きに書いたつもりでしたが、それすら賞には全くひっかかりませんでした。その後、同人雑誌に発表したところ、『文学界』の同人雑誌評欄で今月のベスト5に選ばれました。
     一応、落ちたときには書き直して(長くするか短くするかで迷いがあります)、別の賞へと考えています。ただ、神秘主義的な作風で重厚さがあり、また、お洒落な作品でもあるので、賞には恵まれないとしても、将来何らかのかたちで世に出る可能性はあるでしょう(希望的観測)。めったに書けないタイプの作品ですので、大事にしたいと考えています。

 ところで、県選考会の記事を読んだ限りでは、三席「浜辺の巨人」をわたしは読んでみたいという気にさせられる。
 ただこの作品には、これが「カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの草稿と思われる手記から作者が抜粋・翻訳したものであると付記されている」そうで、県選考会では「翻訳作品」の評価が問題となったようだ。

 オリジナル作品でない翻訳作品を地方の文学賞に応募なんて、するのかな? それに、わたしの不確かな記憶によれば、作者の幸重氏は県選考会で何度となく一席になったことのある応募の常連ではなかったか? 付記まで含めて作品なのではないかと思ってしまうが(作品にリアリティをもたせるためにそうした細工をすることは別に珍しいことではない)、実際に作品を読んだわけではないから、これは奇妙な記述として記憶に残ることになりそう。

「新しい小説世界の創出へ果敢に挑戦していただきたい」と江川氏は記事の中で応募者たちを鼓舞していらっしゃるが、幸重氏やわたしなどは今回、それに挑戦したのではないかと……。

 次回作でわたしは、詩人と呼んでいた亡くなった女友達をモデルにしたいのだが、いつも読んで貰う工夫だけが評価され、心血を注いだ主題のほうは余分なもの、削るべきものと見なされる傾向にあるため、自信作であればあるほど、応募に二の足を踏まざるをえない。
 これまでに、わたしの作品を長所短所含めて正しく評価してくださった――とわたしが思う――のは、故・横井晃先生と故・三枝和子先生のお二方だけだ。 

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2012年5月18日 (金)

そのうち読みたい本

 今は時間がとれないが、そのうち図書館から借りて読みたい本。

 野上弥生子の小説は、わたしには単調に感じられて眠くなってしまうのだが、エッセーはすこぶる面白い。大正から昭和にかけて活躍した女性作家に共通する、思想の徹った骨太な骨格、豊麗なまでの教養、ユーモアも散りばめられているとなると、眠くなるどころではないのだ。

 そんな野上弥生子が哲学に関心を示し、学んでいたとしても不思議な話ではないが、田辺元と野上弥生子というのはわたしには意外な組み合わせだった。そればかりか、ウィキに、ふたりは密かな恋愛関係にあったと書かれているではないか。何とも知性度の高い恋愛……。

 借りてきた。
  田辺元と野上弥生子は同年の1885年生まれ。北軽井沢大学村に野上夫妻の別荘があり、田辺夫妻の山荘があってのちに永住。弥生子と田辺夫人は近所付き合いがあった。主人の元を弥生子は気難しい癇癪持ちの人として敬遠していた。田辺夫人の死後(既に野上豊一郎は亡くなっている)、弥生子が妻を亡くした田辺元を慰めるという形で文通が始まった。このとき共に66歳。弥生子は元を先生と呼び、元は弥生子を奥様と呼んだ。まだ読むのはこれからだが、何かとてつもなく美しい。

  わたしは、妻として瑕のない人生を送りたいと望んでいたが(人間としては瑕の全くない人生など、とても無理だろうから)、それは永久に叶わないものとなってしまった。夫のせいばかりではない。そもそも、女性としての出発点からセクシュアルハラスメントに遭うなどして損なわれていたことを思う。
 女としても妻としても瑕だらけの現在である。弥生子が心底羨ましい。そして、彼らの書簡を憧れを籠めて読む。このような美しさに触れることができるのは、文学のお蔭だと感謝の気持ちでいっぱいになる。

 ユング。大学時代から心理学者としてのユングに、というよりユングの神秘主義者としての側面に惹かれて読んでいた。河合隼雄はユング派の心理学者だそうだが、河合のような恣意的なところはユングにはない。このコレクションは全部読んでみたくなる。特に『子どもの夢』。

 シモーヌ・ヴェイユの初期論集。書店で見つけて以来、読みたくてたまらないが、図書館の蔵書検索ではヒットしなかった。書店でパラパラとめくってみたところでは、これまでは伝記で断片的にしかお目にかかれなかった学校時代の作文・論文なども収録されているようだ。

 『図説パリ魔界伝説』だなんて、面白そう。これは図書館にあるが、借りている人がいた。返却されたら、借りて読もう。

内容(「BOOK」データベースより)
ノートル=ダム大聖堂と錬金術、サン=メリ教会とテンプル騎士団、パレ=ロワイヤルとフリーメイソン。魔都パリの12のスポットを歩く理解を助ける豊富なイラストとコラム付。

 

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2012年5月15日 (火)

土井善晴先生レシピ「牛味噌炒め」「なすのレンジ蒸し」

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 冷凍していた牛肉の切り落としで、土井善晴先生レシピ『牛味噌炒め』を作りました。さっと作れてとっても美味しく、お弁当にもいいですね。「週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.53」(デアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。

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[材料・2人分]

  • 牛薄切り肉……100g
  • 味噌……15g
  • 砂糖……小さじ1
  • 酒……大さじ1
  • サラダ油……大さじ1/2
  • いり白ごま……適量

[作り方]

  1. 牛肉は食べやすい大きさに切り、味噌、砂糖、酒は混ぜ合わせておく。
  2. フライパンにサラダ油を熱して牛肉を炒め、①の合わせ調味料を加えてさっとからめる。
  3. 器に盛って白ごまをふる。

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 『なすのレンジ蒸し』も土井善晴先生のさっとできて美味しいレシピですが、これは以前、「プチ・マダムNの覚書」で記事にしていました。当ブログではまだでしたので、「週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.2」(デアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。レシピの写真ではへたが残されたままですが、わたしは盛りつける前にとりました。

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[材料・2人分]

  • なす2本
  • A〔味噌大さじ2/3,マヨネーズ大さじ4〕

[作り方]

  1. なすはへたを残して耐熱皿にのせてラップをかけ、電子レンジで4分加熱する。
  2. 加熱が終了したらすぐ氷水につけて色止めをし、荒熱が取れたらお尻の部分に十文字に切り込みを入れ、手でくし型にさいて、器に盛る。
  3. Aの材料をよく混ぜ合わせ、②に添える。

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感謝の言葉

 当ブログの常連の方々が、最近のわたしのことを色々と心配してくださっているのが伝わってきます。ありがとうございます。

 当ブログがなければ、わたしはもうここにいなかったかもしれません。現在の窮地を乗り切り、創作を続けたいと思っています。どうか今後共、よろしくお願い致します。

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2012年5月11日 (金)

児童文学作品の英訳

例の問題では、生活のことを抜きにしては考えられないから、どうしても現状維持のほうに傾きがちだが、迷いがある。

わたしは感情の起伏が激しく、毎日いうことが変わるそうで、息子が大事なことは落ちつきを取り戻してから改めて考えたほうがいいという。

わたしも、2〜3年の長期的スパンで考えたほうがいいかもしれないとも思ったりする。

わたしの創作について。
息子には、評論『村上春樹と近代のノーベル文学賞作家たち』の英訳を頼むことにしたが、息子の女友達で、化学メーカーに勤務する女性に、児童文学作品の英訳を頼むことになるかもしれない。

彼女の父親が大使館付技官だったことから海外にいた期間があり、英語は流暢だという。文学趣味があることは前から聴いていた。忙しいだろうし、翻訳――それも英訳となると――特殊だから、難しいと思うが、もしオーケーということであれば、頼みたい。勿論、只でお願いするつもりはない。

こんな話をしていると、嵐の晴れ間みたいな清々しさだ。

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胸の圧迫感にスプレー

胸の圧迫感にスプレー

胸の圧迫感、おなかパンパン、下痢。このところの睡眠不足で、目のまわりが凄い隈。このところの暑さで、頻脈が起きがち。

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2012年5月 9日 (水)

日赤・整形外科受診

両膝からスネにかけて触診後、先生と前回のレントゲン写真を確認すると、骨腫瘍はちょくちょく増えている感じだ。

内側の骨にも小さな出っ張りができている。「水の溜まっとらんぎ、よかばい。このまま、見ていこうかね」と、佐世保弁の先生。手の指や肘も注意したほうがいいそうだ。

右の五十肩は、ようやく90度だそう。「注射ば、するね、Nさん?」と先生。いつだったか、先生のお留守に代診の若い先生からしていただいた関節注射が痛くて、痛くて、ひどく腫れ、眠れなかったというと、「そいは、筋肉注射になったかしれんね」と苦笑いしながら先生。

「またすぐ会わんばいかんね」と先生。
次回は、7月4日10時予約。

痛み止めソレトン錠と胃薬ムコスタ錠が出た。喘息の発作に気をつけて飲むようにとのこと。

先生とした肩のストレッチがきつくて、うずく。軽い吐き気も。痛みが出るくらい、せよ、とのことだ。なかなか治らない……。

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変化は未来からの…

現在、ちょっと大変な状況の渦中に身を置いているので、その迫力の継続している間にと思い、前の記事『続・侵入者』ノートを書きました。

まだ今後、どんな変化を自ら選択するのか検討中ですが、自ら選択できるという状況にわくわくするものを覚えます。

現状維持、新生活のどちらを選択するにせよ、腐敗臭は一掃しなくてはなりません。

使っているファンケルのカレンダーの5月には、オレンジ色に近い黄薔薇の写真を背景に、「変化は未来からの贈り物。」という素敵な言葉があります。

死神、貧乏神、悪魔、病魔、妖魔、悪霊、無知、残酷、身勝手……そんな様々な否定的な輩を、このわたしの足で、蹴飛ばしてくれますわ!

明日はとりあえず、日赤の整形外科受診で、その足と肩を診ていただかなくては。そのあと、大事な用事があります。

ではでは。

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2012年5月 7日 (月)

胸痛にスプレー1 回

胸痛にスプレー1<br />
 回

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評論の英訳

深夜、息子が研究室から電話をかけてきたので、今まで話していた。コンピュータの番で、暇なのだろうか。

最近起きた出来事について、いろいろ話していた。ふと英語の話になり、息子は英会話が苦手なのでレッスンを受けに行くつもりらしいが、読み書きは普通にできるそうで、わたしの評論を英訳できないか訊いたら、小説は無理だが、論文だったら、精度が悪くてよければできると思うという。

暇なときに英訳をして貰うことにした。忙しくて、なかなか時間がとれないだろうけれど。

電子書籍化を進めている評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を英訳してくれる人がいないかなあと思っていたのだ。とりあえずは、Googleの自動翻訳に毛の生えた程度のものでもいい。

英語版のブログを作って、作品を海外に発信したいのだ。児童文学作品なども……。Pを英訳してくれる人がいないかなあ。

わたしはもう何も日本には期待しない。つくづく嫌いだ。この国の文学界。

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2012年5月 6日 (日)

電子書籍について

電子書籍を3冊ほど、連休明けに公開する予定でしたが、遅れそうです。

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2012年5月 3日 (木)

久しぶりにウォーキングに出ました! 写真は駅構内にて。

久しぶりにウォーキングに出ました!

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nyancomaruさん、ブクログの本棚に並べた本にいつもありがとう!

nyancomaruさん、ブクログの本棚に並べた本に、いつも花丸やコメントをありがとう!

なかなかお返しに行けなくてごめんなさい。ブクログの使い方が今一つわかっていないところもあって。

こちらにもお越しいただいているかどうかはわかりませんが、ひとこと御礼を申し上げたくて、書きました!

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2012年5月 2日 (水)

Notes:不思議な接着剤 #82 『ユダの福音書』(ユダ福2) ②あまりにも夢幻的な。

 このところのわたしは体調が悪いとはいえ、あんまりの怠け者なので、これではいけないと思い、児童文学作品『不思議な接着剤』の資料に新しく加わったロドルフ・カッセル他編著『原典 ユダの福音書』(日経ナショナル ジオグラフィック社)をいくらかでも読むことにした。

 『原典 ユダの福音書』では最初に『ユダの福音書』の翻訳が紹介され、それに続いてロドルフ・カッセル、バート・アーマン、グレゴール・ウルスト、マービン・マイヤーの小論が収録されている。

 『ユダの福音書』の英訳は、ロドルフ・カッセル、マービン・マイヤー、グリゴール・ウルスト、フランソワ・ゴダールの共同作業で進められたとのこと。
 ロドルフ・カッセルはコプト学研究の権威。マービン・マイヤーは聖書・キリスト教研究者で、ナグ・ハマディのテキストを中心に研究。グリゴール・ウルストはコプト語やマニ教関連の研究が専門。フランソワ・ゴダールはコプト語、古代エジプト民衆文字の研究。

 夕飯作りに入る時間までに読破するつもりでいたが(いざとなったらわたしには斜め読みができる特技があるが、それでは消化するまでにはいかない)、『ユダの福音書』を読んで(それも後半部は斜め読みになった)、爆睡してしまった!

 何というか、これは……欠落部が多い上に、この濃厚なムード……『ユダの福音書』の解読チームにマニ教の専門家が加わっていることがよく呑み込めた。マニ教はほとんど知らないけれど、これは何ともマニ教臭い。臭いといっては失礼だ。マニ教の芳香がする、といい換えよう。その芳香を嗅ぎ、たちまち睡魔に襲われたというわけだった。何というか、意味のよくわからない者にとっては夢幻的に感じられるのだ。

 『マリア福音書』ではマリアとペトロ、アンドレアス、レビといったイエスの使徒、というより弟子たちの言動が生き生きと描写され、イエスとマリアの邂逅は仏教問答にも似た会話を包む格調高い師弟愛的ムードのうちに描出される。ペトロの怒りの深さ、マリアの嘆きと訴えは、いずれも印象的で、息詰まるようなムードを湛えている。イエスの教えを受けるマリアの様子からは、マリアの律儀さ、真摯さが伝わってきて胸を打つ。『マリア福音書』は、マリアがイエスの教えを受けた、その内容を中心に据えて、イエス亡きあとの内輪揉めをリポートした作品という感じがする。

 しかし『ユダの福音書』では、イエスは快活に笑ったりはするけれど、人物の描き分けがさほどできているとは思えず、イエスに語らせて宇宙論を述べることが執筆者の第一の目的であったような感触。まあしかし、これは斜め読みから受けた印象にすぎない。

 ここへ来て、グノーシスの定義の複雑さ……その定義をめぐって解釈が錯綜してきたことを改めて考えさせられた。グノーシスが何なのかを復習しておく必要を感じたわたしに頼りになるのは、Wikipediaとブラヴァツキーだ。

 で、『神智学の鍵』でグノーシスの定義の核となる解説を読み、グノーシスについて書かれた箇所を『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成元年)から拾っていると、メモしておいたほうがよいと思える箇所があった。

 『ピスティス・ソフィア』を例にとって、グノーシス派が《キリストス》という用語をどういう意味で使用したかに注意を呼びかけた箇所。コプト語の原稿では誤訳あるいは改竄があるようだ(367頁註41)。グノーシス派がエホバを善ではなく悪の原則と見なしたことの解説(452頁)。

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2012年5月 1日 (火)

夜間、スプレー使用

夜間、スプレー使用

深夜NHKをつけたら、『乙女のパンチ 特別編集版』というボクシングドラマがあっていて、趣味じゃないからチャンネルを替えようとしたけれど、他のチャンネルにも観たいものがなく、またNHKに戻ってしまった。

スイッチを切ろうと思いつつもヒロインの淡々とした演技に惹かれ、観続けて結局最後まで観た。しかも感動して泣いてしまった。

わたしも頑張って創作を続けよう。体力をつけるために、ウォーキングも再開しよう(?)と思い、パソコンを少ししたのは覚えているが、どの時点で発作が起きたのか――パソコンをする前か後か――、症状が胸痛だったのか圧迫感だったのか、どういうわけか全く覚えていないのだ。

苦しくなって「またか」と思い、ミオコールスプレーを使い、噴霧先が目標点を逸れて、舌の裏側半分と歯茎にかかり、意外に沁みた……もう1回噴霧が必要かしらと思ったが、使用したのは1回。

使用回数表に×印をするのもしんどいと思ったのも覚えていて(正午過ぎにこの記事を書くときに×印を入れた)、たぶんそのあと眠ってしまったのだろう。

朝、何か家族と話したのも覚えているが、わたしは起床せず、そのまま眠り続け、正午近くに目覚めて驚いたというわけ!

テレビドラマ視聴→パソコン→発作→ミオコールスプレー使用→(-_-)zzz
この順序だったのだろうと思う。

たまに、発作に薬を使ったあと、失神したのか、眠ったのか、自分でもよくわからないことがある。

血圧が急に低下するなどして、失神に近い眠りに陥ったのではないかと想像することができるだけ……。

このところ、日中は夏みたいで頻脈の抑えが悪いせいで、とにかく体が疲れる。頻脈を繰り返していると、何もしなくても疲労困憊。

いっそウォーキングでもして、疲労に疲労をぶつけようかと考えている(そう思いながら眠ってしまったんだったわ)。

ブログ散策してみると、冠攣縮性狭心症の発作が起きるだけでは、体力的にはそれほど問題が起きず、普通に生活、仕事ができるみたいだ。頻脈の持病があると、治療を受けていてもごろごろしがちな人が多いみたい。頻脈、わたしには本当に負担。

お風呂映画を観に行った日の夜はおなかがパンパンに膨れ上がり、吐きそうになったので、朝までもがいていた(原因が胃か心臓かは不明)。

映画に当たったのかもしれない。お風呂映画自体は面白かったのだけれど、あの時代設定が駄目だったみたいだ。

ローマ帝国の繁栄自体がわたしにはなぜかトラウマなのだ。アレクサンドリア図書館の破壊と女性の新プラトン派哲学者ピュパティアの悲劇を描いた映画を観たときはもっとひどく、帰宅後に何度も嘔吐し、翌日まで治まらなかった。

同じようなことが起きてみると、あれが単なる眩暈の発作だったとは思えなくなる。遥か昔の異国の出来事に、なぜかくも動揺するのだろう。

お風呂映画は原作をもとによくまとめられ、阿部寛も好演していたので、記事にしておきたいのだけれど。

この時期から季節に負けていたのでは、この先が思いやられる。頻脈がつらい。夏をどう乗り切ろうか? いっそイタリアにでも行こうかな(ショック療法!)。

娘は、フィレンツェに住む書店経営をしているイタリア人とメールで文通している。

その人はローマ字で日本語を独学しているそうで、ローマ字で綴った日本語混じりのイタリア語文を娘に寄越す。娘はそれを解読し、たどたどしいイタリア語文とローマ字綴りの日本語文で返事している。

その人は、最近イタリア語訳『坊ちゃん』を読了したとのこと。面白かったそうだ。

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