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2012年5月19日 (土)

第42回九州芸術祭文学賞・大分県内選考の記事を読んで

 昨日、大分県の文化スポーツ振興課から封書が届き、以下のものが入っていた。

  • 案内「九州芸術祭文学賞の作品募集について」
  • 九州文化協会「『九州芸術祭文学賞』応募要項」
  • 西日本新聞平成24年3月19日朝刊掲載記事「九州芸術祭文学賞 県内選考会を振り返って(県詩人協会幹事 江川義人氏)」のコピー

 県の選考を通過しなかったことを確認後は、「第42回九州芸術祭文学賞」(九州文化協会など主催、西日本新聞社後援)のことをすっかり忘れていた! 
 落選した拙作「昼下がりのカタルシス」は別の短編小説と組み合わせて電子本にする予定にしている。

 西日本新聞も合同新聞も購読していないので、九州芸術祭文学賞については、よほど意識的にリサーチしないとわからないままで終わってしまう。嬉しくない落選の場合はそのほうがむしろ好都合なくらいのだが、せっかく送られてきたので、ありがたく拝読。

 県選考会では五席まで(も)あるらしい。おお、四席にナンとわたしの作品のタイトルがあるではないか!  知らなかった。今夜はお赤飯よ! 五席までのタイトルと作者名(四席の作者名は省略)を新聞記事のコピーから以下にご紹介。

  • 一席「野鳥図鑑」高窪修氏
  • 二席「父のハイビスカス」小野美香氏
  • 三席「浜辺の巨人」幸重善爾氏
  • 四席「昼下がりのカタルシス」
  • 五席「いつの日かフェリーに乗って」白石徹氏

 地区優秀作として高窪修氏の作品「野鳥図鑑」が最終選考に行ったはずだが、最優秀作にはどんな作品が選ばれたのだろうと思い、ググってみると、平成24年1月20日に公開された、長崎地区の記事が出てきた。

 その記事から引用させていただくと、

[引用ここから]……
1. 最優秀作
① 作品名
「おっぱい貝」小山内恵美子(本名 中村恵美子)
② 選評
不倫の末に妊娠した子を一人で産むことを決心した主人公の揺れる心情を描いており、「生命へのまなざしがある」「観念であって観念でない」「女性の生理的感覚がうまく描けている」「すでに文体を持っている人」など、候補作10 編の中で頭抜けた作品と高く評価された。
③ 選考委員
・秋山 駿(文芸評論家)
・五木 寛之(作家)
・村田喜代子(作家)
・田中 光子(『文學会』編集長)
……[引用ここまで]

 別の記事によれば、小山内恵美子氏は36歳、長崎市のフリーライターとあった。以下のようなYouTubeの映像も出てきた。それによると、小山内氏は新聞記者出身だそうだ。

 大分県選考に話を戻し、記録のために拙作に対する選評のみ以下に抜粋。

[引用ここから]……
 「昼下がりのカタルシス」。神学論を下敷きにストーリーを展開していく主知的な物語。
 ある文学賞の佳作に入選したわたしは、その賞の選者の老大家・城青雨に知的好奇心から、心の防御をし思いを寄せていく心理の綾を、豊かな機知を交え洗練された文章で巧に表出していく。大家に袖にされると、「今から思えば青雨は過ぎ去った風物詩であった」とは何とも快い結末。だが神学論をもう少し抑えて、老大家への女心を緻密に計算しながら表出したらという思いが残り、残念でならない。
……[引用ここまで]

 こんな読まれ方しかされなくて、わたしも残念でならない。いや、ここは、読みにくいはずの拙作を辛抱強く読んでいただけたというだけでも感謝すべきだろう。
 それにしても、神学論を背景にした恋愛物というのは凄い。大家に袖にされたこと、主人公の感慨、を切り取ってつなぐと、負け惜しみの失恋物語が出来上がるというわけだ。しかも、その作者がわたしだとはね(絶句)。

 恋愛の諸相と神学論(ドグマと神秘主義思想の対決といってほしい)に相関関係をもたせるような作品構築を試みたつもりだが、そこまで読みとってほしいとは最初から期待していなかった。どんな作品だったのか、自分でも忘れるくらいなので、過去記事の創作ノートからポイント的なものを抜粋しておく。

  • http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-27cb-1.html
     わたしの作品はいよいよ山場。途中乱れに乱れましたが、何とか予定通りです。老いらくの恋ごころを掻き立てるような、若い女性を登場させるので、アナスイのブランドムック本を娘から借りて、着せる服を考えていたところです。これは、とっても楽しいわ……! この憎き(書いているうちに憎くなりました)老人の恋がどうなるかはわたし次第。ほほほ……
  • http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/09/post-ad11.html
     作品は、ミューズからインスピレーションをいただいたとあって、自分ではかなりよいものに仕上がったと思っています。こんな作品はこれまで書かれたことがないと思うので、稀少価値があるでしょう。
     ただこれで賞がとれるかというと、難しいでしょうね。予選に引っかかることすら(よくも悪くも全く大衆向きではありませんから)。当ブログで公開中の『侵入者』という作品は大衆向きに書いたつもりでしたが、それすら賞には全くひっかかりませんでした。その後、同人雑誌に発表したところ、『文学界』の同人雑誌評欄で今月のベスト5に選ばれました。
     一応、落ちたときには書き直して(長くするか短くするかで迷いがあります)、別の賞へと考えています。ただ、神秘主義的な作風で重厚さがあり、また、お洒落な作品でもあるので、賞には恵まれないとしても、将来何らかのかたちで世に出る可能性はあるでしょう(希望的観測)。めったに書けないタイプの作品ですので、大事にしたいと考えています。

 ところで、県選考会の記事を読んだ限りでは、三席「浜辺の巨人」をわたしは読んでみたいという気にさせられる。
 ただこの作品には、これが「カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの草稿と思われる手記から作者が抜粋・翻訳したものであると付記されている」そうで、県選考会では「翻訳作品」の評価が問題となったようだ。

 オリジナル作品でない翻訳作品を地方の文学賞に応募なんて、するのかな? それに、わたしの不確かな記憶によれば、作者の幸重氏は県選考会で何度となく一席になったことのある応募の常連ではなかったか? 付記まで含めて作品なのではないかと思ってしまうが(作品にリアリティをもたせるためにそうした細工をすることは別に珍しいことではない)、実際に作品を読んだわけではないから、これは奇妙な記述として記憶に残ることになりそう。

「新しい小説世界の創出へ果敢に挑戦していただきたい」と江川氏は記事の中で応募者たちを鼓舞していらっしゃるが、幸重氏やわたしなどは今回、それに挑戦したのではないかと……。

 次回作でわたしは、詩人と呼んでいた亡くなった女友達をモデルにしたいのだが、いつも読んで貰う工夫だけが評価され、心血を注いだ主題のほうは余分なもの、削るべきものと見なされる傾向にあるため、自信作であればあるほど、応募に二の足を踏まざるをえない。
 これまでに、わたしの作品を長所短所含めて正しく評価してくださった――とわたしが思う――のは、故・横井晃先生と故・三枝和子先生のお二方だけだ。 

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