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2012年4月 6日 (金)

夫の定年後8ヶ月の雑感、及び神秘主義メモ

 夫が定年退職後8ヶ月も再就職できないということは、その間生活設計どころか、将来の見通しが立たないということを意味します。

 継続雇用が実現さえしていれば、退職一時金を使って、わたしは初めての単行本を出す予定でした。ところが、夫は継続雇用の件がはっきりする以前に、退職金払いの形で彼の分け前をかなりオーバーして買いたいものを買ってしまいました。

 まあ夫と暮らしていれば、こんなことは珍しくもないことなので、わたしは単行本を諦め、子供たちとの海外旅行へと予定を変更しました(息子の分はないので、自分で出して貰って)。取材旅行を兼ねたものとなるはずだっただけに、夫が継続雇用を匂わされるだけ匂わされて放り出されたとき、言葉もありませんでした。

 一番ショックだったのは夫でしょう。しかし、よくよく考えてみると、在職中羽目を外すだけ外して家族に迷惑をかけてきた夫が定年まで勤め上げられただけで奇跡に近い出来事であったはずで、それだけでも幸運だったとわたしは思うことにしました。

 なるべくなら夫の能力が生かせるところ。危険な仕事や、肉体・神経を損なうような仕事は、避けたいものです。ブラック企業ではないところ。どこまで妥協し、どこまで希望を貫けばいいのか? 毎日夫婦で話し合っていますが、難しい問題です。ハローワークには毎日20件くらい、新しい求人が出ます。使いもの(?)になりそうなのは、月に精々1件か2件といったところです。決して高望みをしているわけではないというのに。

 このキビシイ状況をどう乗り切ったらいいのか、どう乗り切れるのか、一向にわかりません。60以上でもよいという求人は本当に少ないです。

 可能であれば、わたしが見つけるほうがいいはずです。そう考えて、夫に家事を少しずつ教えてきました。その結果、彼には主夫業は無理だと8ヶ月のお試しで改めてわかりました。教えたいことの2割しか教えることができず、それ以上は足踏み状態。容量いっぱいかなという感じです。

 仮にわたしが仕事に出たとして、帰宅後に倒れ込み、家事を一切しなくて済むのであれば、しばらくは何とかなるかもしれませんが(わたしが検査入院したときのように、娘に負担がかかるでしょう)、遅かれ早かれ家庭生活に破綻が生じるのは目に見えています。 

 家事は遊びではないので、厭きても報われなくても、どんな精神状態のときにも続けなくてはなりませんが、わたしの2割程度の家事能力では任せられません。夫の再就職が如何に困難であっても、現状では夫に外に働きに出て貰う以外にないという結論に辿り着きます。

 それにしても、これほど働く人間が安く買い叩かれる社会というのは、恐ろしい。少ない求人に大勢が群がるさまも恐ろしい。この二つの現象は表裏一体の関係にあります。老いも若きも大変です。今のままでは、まずは生活保護、それから年金……といった具合に、日本社会を支える福祉から破綻を来してしまうのではないでしょうか。 

 この先のことを思うと不安になりますが、昨年中に不安になり尽くした感があり、成り行きを見守りながら、半ば開き直っているという感じです。

 

 ここからは神秘主義者としてのメモになりますので、こうした話題がお嫌いのかたは、閲覧をここまでにしておいてくださいますよう。

 実は、再就職が簡単に運ばないことは、死者――霊といったほうがいいですね――のつぶやきから察知していました。

 その霊が生前どなただったか、今回ばかりはわかりませんでしたが、この世の一般人という感じを伴い、浄化された高級霊のような感じは全く受けなかったので、おそらく亡くなって間もない人の霊で、生前わたしに関心を持ってくれていた人なのでしょう。生きている人の思いが伝わって来るときと同じ伝わりかたなので、姿が見えることはないのですが、雰囲気から40代の女性かなと思いました。

 ブログを通じて関心を持ってくれた方かもしれません。前に一度、そんなこともあると思わざるをえなかったある出来事がありました(これについては、いずれまた)。わたしに骨腫瘍の複数あることが発覚したばかりのころ、がんだったらどうしようという思いから、闘病ブログばかり閲覧していた時期があったのです。その間お亡くなりになった方も複数名いらっしゃいました。

 で、そのときのことを詳しく書くと、昨年の12月の初旬、夫が流通業関係の企業の書類選考に通り、てっきり決まったとばかり思い込んだときのことです。わたしは「これで、今までほどには倹約しなくてもよくなりそう」と心の中でつぶやきました。すると、すぐ傍で「いやー、しばらくは……」と上に書いた霊の――透聴力でしか聴こえない――つぶやきが聴こえたのです。

「えっ?」と思ったわたしは、それ以上の情報を引き出したいと思いました。でも、その霊はおそらく「しまった!」と思ったに違いありません。それ以上は何もわかりませんでした。

 彼の世は『時間』というものの構成や感覚が違うようですから、この世で未来に起きることがどの程度までかは霊には――霊によって程度の違いがありそうですが――わかるようです。ただし、それをこの世の人間に教えてはいけない決まりになっているらしく、常識的(?)な霊は、普通、そうしたことを軽々しく漏らしたりはしません。

 わたしの感受性が強いために、その霊のつぶやきを傍受してしまったただけのことであって、その霊が自発的に、未来に起こりそうなことをわたしに漏らしたわけではありませんでした。

 こうしたことから考えても、生きている人間にとり憑いたり、幽霊になって現われてみせたりして、未来のことやプライベートなことをこれ見よがしに暴き立ててみせる霊が如何に意識の低い存在であるかがわかるというものです。

 人間がこの世に勉強のために降りて来ているのだと仮定すると、種明かしをされてしまった場合、勉強する意欲が薄れたり真剣味がなくなったりするでしょう。悪友が、カンニングを誘いかけてくるのと同じです。

 わたしたち夫婦は、力を合わせてこの難局を乗り切らなくてはならないのでしょう。

 重苦しい毎日であっても、神秘主義者としては、自然な形で霊的な感受性が深まっていく不思議さを感じています。

 前にもたびたび書きましたが、前世に関する僅かばかりの霊的記憶を抱き締めて、この世に降りて来たわたし。前世では、男性の修行僧として高齢になってから死んだようです。たぶんバラモンかなんかで、社会的にも恵まれたエラソーな修行生活を送って死んだのでしょう。

 小学低学年の頃まで瞑想の習慣が残っていましたが(家族が寝静まった深夜、暗闇の中で敬虔そのものに行っていました)、その後は霊感などとはほぼ無縁な高校時代までを送り、大学時代になって、いくらかオーラが見えるようになりました。

 そして、重体の母の枕元で貴重な体験[を参照]を――尽きせぬ泉のような神性が自身の内奥に存在することを発見――しました。天使のような高級霊を見たのも、この頃。


2007年9月30日 (日)
手記『枕許からのレポート』
http://elder.tea-nifty.com/blog/2007/09/post_e32f.html

 結婚後には徐々に、肉眼では見えない様々な存在に気づかされ、オーラの構造に気づかされ(普段は意識しませんし、あまり見えませんが、ごく稀に、完璧といってよいくらい鮮明にオーラをその構造に至るまで見ることがあります)、想念形態[神智学用語]を目撃し……といった具合に、まるで神秘主義のカリキュラムに沿って学ばされているみたいです。ブラヴァツキーの神智学文献は、わたしの知る限りこうした分野の最高のテキストです。

 前世に関する僅かばかりの記憶と一緒に、彼の世の大気や光がどんなにすばらしいかのほのかな記憶をも抱き締めてきたわたしは、このあたりでもう彼の世に帰りたい気がするくらいですが(それは何年、何十年先に実現することやら?)、この世に降りてくることの大変さも覚えているので(二つの世界にギャップがありすぎるのです)、なるべく長くこの世で粘って、学べるものは学び尽くしたい気もしています。

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