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2012年4月の34件の記事

2012年4月29日 (日)

息子の事情。わたしの電子本のこと。

昨日、息子とあれこれ話し、息子がポスドク(任期付きの博士研究員)志望をやめ、会社に留まることにした理由を詳しく聞きました。

一つは息子の研究している分野は狭く、研究者が少ない上に、コンピュータがありさえすればよく、従ってほとんど人手を必要とせず、雇用の創出力に乏しいというところがあるようです。

多くの装置を扱い、多くの人手が要る研究では、「技官として食っていくこともできるよ」と息子。

息子の研究分野ではそうした職も望めず(仮に海外に渡ったところで、事情は変わらない)、何より、当てにしていたS…という大きな研究所では研究員の人員削減に踏み切り、息子の研究分野の部署も取り壊された――という話は、前に聞いていました。

また、ストレートに博士課程に進まずに修士課程を終えた段階で一旦就職したことから研究にブランクが生じ、本来は実力が上がらなくてはならないところなのに、むしろ低下。

ポスドクとしてやっていくには、実力不足を感じるそう。尤も、研究に専念するだけの充分な時間が持てれば、実力を取り戻せるだろうが、それに必要な潤沢な生活資金がない……。

加えて、会社で一旦潰れた部署が復活の兆しで、企業だから、いわゆる研究所でする研究とは違うところがあるが、息子の研究とは関係があるそうです。

会社をやめるつもりで辞表を出したとき、会社は辞表を受け取りたがらず、復活の兆しのある部署へ希望すれば異動させてくれるといい、今回の休暇をくれ、またその頃S…研究所のことがわかったということもあって、会社に留まることにしたとのことでした。

ネットで評判を呼んでいる作者不明の創作童話『博士が100人いる村』を、リアルに感じさせる話を息子から聞きました。

知っているポスドクをしていた3人の先輩のうち1人は――その人は息子と入れ違いだったため、顔を見たことがあった程度だそうですが――自殺(尤も、在学中から鬱病の傾向があったとか)。

残る2人の先輩は、S…研究所でポスドクをしていた先輩とも、旧帝大研究所でポスドクをしていた先輩とも、彼らの任期が切れてから音信不通になってしまったとか。再就職口を見つけるのに、大変なのでしょうね。

政府の『ポスドク一万人計画』が孕んでいた無計画性の犠牲になっている博士号取得者の人数は、現在までにどれくらいの多きにのぼるのでしょうか?

ググってみれば、いくらでもポスドクの《悲鳴》や《悲哀》など、窮状を訴える記事が出て来ます。

息子は、今書いている論文を仕上げれば、博士号が取れるだろうといいます。時間がなかったので、前に掲載された海外の科学雑誌よりはグレードの低い科学雑誌に載ることになるだろうけれど、とのこと。

ところで、わたしの作品を電子本にしていく計画を話したところ、息子は賛成してくれました。ただし、単行本にしたい大事な作品は、とっておいたほうがいいという意見でした。

そして、サイトでわたしの作品を閲覧してくれる人々は本来は紙の本を好む気がする、電子本を好む人々とはずれがあるのではないかともいいました。「お袋の作品は、結構敷居の高いところがあるよ。普通の人には読めないと思う」と息子。

いただくメールは大学の先生などの専門家からが多いのですが、一般の方々からもちょくちょく頂戴しますって! まあ売れるとは思っていませんけれどね。電子本は、売れなくても埃が溜まらないのは、いいですね。

連休明けにはわたしの電子本、公開したいと思っています。

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胸の圧迫感にスプレー2回

胸の圧迫感にスプレー2回

胸の圧迫感にスプレー2回

家事の最中に胸の圧迫感を覚え、1噴霧。
すぐに回復したので家事を続行したら、また圧迫感が起きて、さらに1噴霧。

これで、ミオコールスプレー(ニトロのスプレー)の合計噴霧数を記録した赤い×印は3――になりました。

スプレー使用後、動くのが早すぎたのかもしれません。しばらくはじっとしていたほうがいい気がします。

日中と朝晩の気温差に、体がついていけていませんでした。

また、このところ、頻繁に起きていた喉のつかえる感じの原因は、どうやら冠攣縮性狭心症の発作の前兆だったみたいです。あまりにつかえる感じがするので、喉に腫瘍ができたのかもしれないと疑い、耳鼻咽喉科の受診を考えていたほどでした。

逆流性食道炎と喘息もあるので、喉は何かと痛みがちで……今後もちょっと注意していきたい箇所です。

夫が再就職して生活に新しい規則性が出来てきたことも、健康な人にはむしろ健康を促進するよい要素でしょうが、一々小休息が必要なわたしにはきっちりした日常生活が負担で、疲れが溜まりがち。

当然、創作に没頭する時間をつくるまでにはいきません。

2噴霧したせいか、胸の中は涼しくなったものの、ドッと疲れました。

今日は娘と夫の休みが合ったので、午後、家族で映画に行く予定です。阿部寛のお風呂映画。映画に行くまでになるべく体を休めていたいのですが、家族が休みの日って、主婦にはむしろ雑用の増える多忙日ですわね。

 ※アップが遅れましたが、この記事を書いたのは午前7時頃でした。午後になって、やはり家事――トイレ掃除――をしているときに軽い胸痛が起きましたが、スプレーは使いませんでした。頻脈も起こりがち。

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2012年4月28日 (土)

荒川弘のコミック『銀の匙 Silver Spoon』が面白い!

 娘が荒川弘のファンで、過去、映画『鋼の錬金術師』につき合わされました。その娘の最近のおススメがこれ。書店員の顔つきになり、少年サンデーで連載されていることやマンガ大賞を受賞した作品であることなども教えてくれました。

 娘は昔から少年漫画が好きで、夫とは未だにジャンプ仲間。わたしは少女漫画派。佐々木倫子の『動物のお医者さん』が好きで(大ヒットしましたものね)、それに出てくるシベリアン・ハスキーのチョビが気に入っていました。同じように動物の出てくる漫画らしいと思っても、娘のおススメを少年漫画というだけで最初は拒否。

「作者は女性だよ~」と娘。
「あらかわ ひろし――が女ですって?」
「あらかわ ひろむ。女性だってば」
「でも『鋼の錬金術師』の人なんだし、サンデーだし、少年漫画はねー、ママはいいわ。読まなきゃならない本がいっぱいあるから」

 と放置していたところ、ジュンク堂書店で見て、改めて動物の漫画だわと思い、読んでみたところ、はまりました!

 鶏卵は毎日といっていいくらい食べているのに、鶏が卵を肛門から産むとは知らなかったなあ。正しくは総排泄腔というそうです。排泄物も卵も精子も、同じ穴から体外に排泄されるそうで。

 産み立ての卵を見たことがあり、その卵に泥には見えない汚れがついていて不思議に思ったことがありました。謎が解けました……。

 娘は③まで買っています。まだ②を読みかけているところです。豚丼と名づけられた(命名に纏わるエピソードには、万人共通の問題が潜んでいます)仔豚がいつお肉になるのか、気が気でなりません。

 作品の舞台は、広大な敷地面積を持つ大蝦夷農業高校。自分の進路を明確に自覚している仲間たちの中で、毛色の違う自分探しの男子生徒を中心に、動物の生態、家畜の実態など、専門的な説明がさりげなく織り込まれながら生き生きと描かれていきます。

 ここまで書いたときに息子から電話があり、おしゃべりしているうちに夕飯を作らなくてはならない時間になりました。息子は今、大学の近くにマンスリーを借りて研究室に詰めています。5月中旬までに切り上げて、東京での会社の仕事に戻るとか。仕事のほうが気になるようです。

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 これ、昨日の夕飯。アラカブとわかめの煮付けがメインでした。今日は家族が大好きなドライカレーです。

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2012年4月27日 (金)

シェ・リュイ・代官山のサバラン

シェ・リュイ・代官山のサバラン

デパートで『おめざフェア』開催中。

お、サバランのデザインが変わった!と思い、お店の人に尋ねたら、一昨年から変わったとのこと。

中身の構成(?)も、お酒の種類はじめ変わったそうで、詳しく説明してくださいました(忘れちゃいました!)。

写真は娘のお皿を拝借して。

あまりケーキを食べない夫も、サバランは好き。夫と、珈琲タイムにしました。如何にもパンっぽかった(今のもパンはパンですよ)、前のサバランのほうがよかった……とふたりの意見が一致。あくまで、わたしたちの好みの観点からの話です。お酒が利いているので、大人向きです。

他に横浜中華街の杏仁豆腐、餃子。
カネダイ大野商店のししゃも。

大左和老舗ののり茶漬けと玄米茶。娘は、朝食にさっそく、さらさらと大佐和ののり茶漬けを食べていました。

夫の好きなチョコレートショップが来ていましたが、出ているのは、普通のチョコではなさそうな商品だったので、訊いてからほしいようであれば買おうと、買わずに帰りました。でっかい白熊くんにも迷い……。

夫は、白熊くんはぜひ、ほしいようでした。

夫の再就職後の『おめざフェア』でよかったと思いました。

夫が、研修期間中の給与明細を見せてくれました。数日間の研修だったにもかかわらず、一月分の交通費がまるごとついていました。通勤には、車で往復1時間ほどかかります。

娘は書店勤務(契約)ですが、バスで片道20〜30分かかるのに、交通費は1日に100円しかつきません。

これって、マラソンで通勤し、行きか帰りのどちらかに、100円で売っている自動販売機を見つけて缶ジュースでも飲め、ってことかしら?

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2012年4月26日 (木)

Notes:不思議な接着剤 #81 『ユダの福音書』(ユダ福1) ①エッセネ派を連想させるイエスの教え。ボルヘスの見方。

 これまで読む勇気のなかった本を図書館から借りた。

日経ナショナルジオグラフィック社
発売日:2006-06-02

 ユダについて考えるのは気が重い。これはわたしに限った現象ではないだろう。イエスの使徒で、会計係を務めていながら、金銭欲のために口づけをもってイエスをローマに売り、その後自殺した。

 不吉さがつき纏う人物であるが、最後の晩餐と共に甦るイエスとユダの遣りとりは謎めいていて、舞台劇のような不自然さを感じさせる。

 著書の「はじめに」に、ユダという名前は「ユダヤ人」「ユダヤ教」と結びつけられてきたとあるが、そう、そういう含みも感じられるだけに、ユダについて考えることは何とも気が重く、考えることを先延ばしにしてきたところがわたしにはあった。

 諸々の忌まわしいイメージの纏わる裏切り者ユダと福音という採り合せが、これまた奇怪に映る。

 ところが、イエスに関するリサーチを行うと、イエスの磔刑は演出を伴うある儀式であって、ユダはその進行を助けたとか、イエスは実際には死ななかったといった説が出て来るではないか。

 わたしにはにわかには信じ難いそれらの説の根拠となったのは、おそらくグノーシス系の福音書だろう。本文の読書に入る前に、「はじめに」を読んだ。そこにはグノーシスについて、また、『ユダの福音書』についてわかりやすく述べられた箇所があるので、長くなるが、以下にメモしておきたい。

[引用ここから]…
 『ユダの福音書』の視点は、新約聖書の四福音書と多くの点で異なっている。新約聖書に収録されている福音書はマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つだけだが、キリスト教の黎明期には、このほかにもさまざまな福音書が編まれた。
 それ以外に、全部または一部が現存している福音書も、トマス、ペテロ、ピリポ、マリア、エビオン派、ナザレ人の各福音書のほか、ヘブル人の福音書、エジプト人の福音書など無数にあり、初期キリスト教には多様な解釈と立場が存在していたことを物語っている。そしてこの『ユダの福音書』もまた、イエスの人となりと、あるべき信仰の形を後世に伝えるために初期キリスト教徒が記したものだ。
 『ユダの福音書』は、いわゆるグノーシス派の福音書に分類される。おそらくすでに存在していた原典や発想を下敷きにして、二世紀半ばまでに編まれたと思われる『ユダの福音書』には、グノーシス(gnosis)、すなわち「知識」を重んじる宗教思想が反映されている。「知識」とは神秘的な知識、神の知識であり、神と自己の融合である。この宗教思想は一般に「グノーシス」と呼ばれるが、この言葉の使いかたをめぐっては、古代世界から議論が絶えず、今日でも研究者の間で論争が続いている。神とはおのれのなかに存在する魂であり、内なる光であるとするグノーシスの立場は、仲介者ぬきで直接神とかかわろうとするその自由な発想ゆえに、初期キリスト教の司祭や教父からうとんじられ、異端狩りの対象になった。異端を論じた知識人の著作は、グノーシス主義は邪悪な思考をもてあそび、いまわしい活動にふけっているという非難の言葉であふれている。
 こうした攻撃に対し、グノーシス主義的な立場の『ユダの福音書』には、当時勢力を伸ばしつつあった正統派教会の指導者や信者こそ、あれこれ良からぬ行動をしているという記述がある。『ユダの福音書』によれば、グノーシス派を敵視するこうした正統派のキリスト教徒は、地上世界を支配する神の小間使いに過ぎず、彼らの生きかたはその神の容赦ない支配の仕方にそっくりだというのである。
[略]
 『ユダの福音書』最大の読みどころは、イエスが宇宙の神秘についてユダに教える場面だろう。グノーシス主義の福音書はどれもそうだが、イエスはそもそも教師である。智恵と知識を明かす人物であり、世界の罪を背負って生命を落とす救済者ではない。グノーシス主義によれば、人間が抱える根本的な問題は、原罪ではなくむしろ無知である。それを解決するには、信仰よりもむしろ知識が必要だ。イエスは無知を根絶し、自己と神の真意に通じる知識を、ユダと、『ユダの福音書』の読者に与えた。
 『ユダの福音書』のこうした啓示的な内容に、現代の読者は違和感を覚えるかもしれない。セツ派グノーシス主義が教える啓示は、欧米で長く受け継がれてきた哲学や神学、宇宙論と大幅に異なるからだ。今日キリスト教信仰の主流となっているのは、ローマ・カトリック教会だが、アルゼンチンの作家ボルヘスはグノーシス主義を論じた文章のなかでこう書いている。
「もしローマではなくアレクサンドリアが覇権を握っていたならば、ここで概略を紹介した突拍子もない話の数々も、一貫性があって威厳にあふれた正統的な逸話ということになるだろう」
 しかしキリスト教会の勢力争いで勝利したのは、アレクサンドリアをはじめとするエジプトのグノーシス信仰ではなかった。そして二~三世紀に吹き荒れた神学論争のなかで、『ユダの福音書』も敗北する。主流派とは異なる解釈にもとづいた、今日の目で見ると風変わりな発想が記されたこの福音書はすたれていった。
 だが、『ユダの福音書』のなかでイエスがユダに与えた啓示は、背後に洗練された神学理論と宇宙論がある。啓示それ自体には、キリスト教的な要素はほとんどない。グノーシス主義の発展の研究者の理解が正しいとすれば、啓示に込められた発想は、紀元一世紀あるいはもっと昔に、古代ギリシャやローマの思想を柔軟に受け入れていたユダヤ系の哲学者やグノーシス主義者の系統に行きつく。…[引用ここまで]

 『マリア福音書』で見た同じ思想が『ユダの福音書』でも語られているようだ。また「はじめに」によると、『ユダの福音書』のイエスはよく笑うそうだ。『マリア福音書』ではマリアとぺトロの対立が生々しく描かれているが、グノーシス系福音書では、人物が生き生きと描写されているという特徴があるようである。

 「はじめに」で概略されたイエスの教えには、以下のノートで書いたブラヴァツキーの言葉を連想させるものがある。

2011年7月 5日 (火)
Notes:不思議な接着剤 #78 ピュタゴラスとエッセネ派の関係。貞節の勧告。 
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/07/notes78-aa0e.html

[引用ここから]…
 ところでブラヴァツキーは、エッセネ派というのはピュタゴラス派で、死海の畔に居を構えていた仏教徒(プルニウス『博物誌』)の影響を受けたという。そして、その影響によって思想体系が完成されたというよりも、むしろ崩れていったと述べる。

 イエスがエッセネ派の影響を何らかのかたちで受けていることは、これまでのリサーチからすると間違いないと思う。ということは、エッセネ派を知るには、まずピュタゴラス派について知らなくてはならない。

 また、もしイエスが、ペテロなど歴史の表舞台で活躍した弟子達や大衆にはたとえ話で語り、高度な教えは専門的な言葉でマグダラのマリアに伝え、それがキリスト教グノーシス文書になったのだとしたら、キリスト教グノーシス文書にはピュタゴラス派(エッセネ派)と仏教の教えがちょっと(かなり?)崩れたかたちで表現されているはずだ。…[引用ここまで]

 ブラヴァツキーは『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成元年)の序論で、ボルヘスの言葉とも響き合う、以下のような見解を述べる。

 [引用ここから]…
 コンスタンティヌス時代は歴史の転換期であった。つまり、西洋が古い宗教を絞め殺し、その死体の上に築かれた新しい宗教を支持することに終わった最大の斗争の時代であった。その時から、後世の者達が大洪水やエデンの園よりもっとさかのぼって、太古を覗くことは、公正、不公正なあらゆる手段をつくして、容赦なく禁じられはじめたのである。あらゆる発行物は妨げられ、手に入れることができる記録はすべて破り棄てられた。だがこのようなずたずたにされた記録の中にさえ、源となる教えが実際にあるということを示すに足る証拠が残っている。いくつかの断片が、その物語を語るために地質的、政治的な大変動に耐えて生き残って来たのである。そして生き残った断片はみな、今の秘密の智慧が、かつては唯一の源泉、絶えることなく流れ出る永遠の源泉であり、そこから流れ出る小川、つまりあらゆる国民の後世の宗教の最初のものから最終のものまですべてに水を与えるもとの泉であることを示している。仏陀とピタゴラスではじまり、新プラトン派とグノーシス派に終わるこの時代は、頑迷と狂信の黒雲によって曇らされることなく、過ぎ去った幾時代もの昔から流れ出た輝かしい光線が最後に集まって現れた、歴史の中に残された唯一の焦点である。
…[引用ここまで]

 本文を丁寧に読んでいこう。

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2012年4月25日 (水)

評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』の値段を考える

 評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は現在、パブーで電子書籍化の作業中ですが、わたしはこれの値段を考えていました。無料、300円、400円と考えた末に、頭の中から、ふいに600円という高値(?)が飛び出しました。

 電子書籍は安く作れ、安く買えるのが魅力のようですが、当方、既に単行本になり、文庫になり、さらに美味しい電子書籍――という恵まれた御仁とは置かれた状況が全く異なるのです。

 相場からすると、相当に高い気がしますが、安くしたからといって、おそらく売れはしないでしょう。作品保護――あちこちで公開しておきながら今更作品の保護もへったくれもないという気がしないでもありませんが――という観点、プロ作家の宣伝しかしない御用評論家ばかりの評論が目につく中での当作品の価値という観点から考えると、600円が妥当という結論に至った次第です。

 1,800円で売れていても、実際の価値からすればせいぜい180円とか、それどころかマイナス相当な額にのぼる――被害者も加害者も自覚はないでしょうが――損害を被ることすらあると思われる、頭や心に有害な商品がごまんと流通している出版の実態、また自国の作家の作品をまともに批評できる評論家がいない、という憂うべき日本社会の現状からすれば、自作といえど、価値が高まるのを感じざるをえません。

 プロでない、というのは、実力がないからプロでないとは、いいきれません。これは単に現今の商業的力学、権力構造の外にいる、あるいはそこから弾き出されているということを意味しているだけの話であって、現状は上に書いた通りですから、むしろ物書きとしての良心があるからこそ、自ら外にいる物書きも今の日本には多いのではないかと想像できるわけです。

 歴史エッセー『卑弥呼をめぐる私的考察』は、古代史の研究には神秘主義的センスが必要ではないかという貴重な問題提起を行ったことから考えて、400円。その他の作品には、300円か無料という値段をつけることになりそうです(まあ電子書籍化の作業に挫けて、本作りごっこ、お店ごっこに終わる予感も幾ばくかはあり)。

 評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」「マダムN図書館」、当ブログ、ブログ「マダムNのエッセー」、会員登録している「作品発表広場」(当作品はわたしの紹介ページから削除しました)で公開していました。

 作品の公開時点では、村上春樹に対する河合隼雄の影響をあまり考えていなかったのですが、その後、児童文学に関する研究を行うようになった中で、重視しないわけにはいかないという考えに変わりました。電子本『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』では、そのことに触れていますので、以下にご紹介しておきます。

 近日公開予定の電子本『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』の《あとがき》から。 

[引用ここから]…
 当作品は、村上春樹がノーベル文学賞候補として囁かれ、村上春樹現象、村上春樹産業とも呼べるようなブームがとめどもなく膨れ上がることを日本中が期待しているかのようだった2009年に執筆したものでした。文芸同人雑誌『日田文学 57号』(編集人・江川義人、発行人・河津武俊、2009年5月)に掲載していただいたものですが、若干の加筆・訂正を行っています。400字詰原稿用紙換算枚数で96枚です。

 作品の冒頭で、わたしは拙ブログ「マダムNの覚書」に公開中の小論『村上春樹「ノルウェイの森」の薄気味の悪さ』の2006年から2009年まで続いているブログでのヒットに驚いているわけですが、このあとがきを書いている現時点――2012年4月――でも依然として、『村上春樹「ノルウェイの森」の薄気味の悪さ』は異常なアクセス数を誇っています。ただこれには、名もない、あまり宣伝もしていない個人のブログにしては……という但し書きをつけなくてはなりませんが。

 ところで、わたしは比較的最近になって、児童文学に関する研究を行うようになりました。その中で、心理学者、元文化庁長官であった河合隼雄の村上春樹に対する影響を考えないわけにはいかなくなりました。河合の影響は、村上春樹、小川洋子、吉本ばなな、梨木香歩といった作家たちに強く及んでいるばかりか、精神医療、教育、児童文学――ファンタジー――への影響の大きさ、また雇用の創出力という点においても、河合には一専門家とか一文化人という言葉では括ることのできない桁外れなところがあると感じさせられました。

 河合のことを調べていて特に注意を惹かれたのは、教育界への影響として「心のノート」問題、精神医学界への影響として「臨床心理士」資格問題でした。調べれば調べるほど、河合隼雄にはおかしいと感じる点が出てくるのですが、それにもかかわらず――いや、それだからこそ、というべきでしょうか――河合が日本人の精神をある時期、意のままにした怪物的存在であったことは間違いありません。

 河合隼雄についても、いつか書かなければならないと考えています。…[引用ここまで]

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作品の電子書籍化計画に関するお知らせ

作品の電子書籍化を進めようと考えています。「パブーhttp://p.booklog.jp/」でお試しに電子書籍化中ですが、「でじたる書房http://www.digbook.jp/index.php」で電子書籍にすることもあるかもしれません。

現時点で電子書籍化を予定しているのは、以下の作品です〔作品情報⇒マダムNの文芸作品一覧〕。

青字は当ブログで公開済みだった作品です。
ご閲覧くださっていた方々には、まことに申し訳ありませんが、何卒ご了承ください。

電子書籍化予定・完了の作品については、今後も当ブログにてお知らせ致します。

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2012年4月23日 (月)

黒いペガサスって……シネマ「タイタンの戦い」にがっかり。

昨夜、テレビで観た『タイタンの戦い』。

『アバター』のサム・ワーシントンは嫌いじゃないけど、華やかな英雄のイメージのペルセウスをわざと地味に描く理由は何なの?

全編、ゴールドに彩られていていいはずが、泥遊び。戦争ごっこ。

アテナから貰うはずの黄金の盾に、ヘルメスから貰うはずの黄金の剣(新月刀)と金色の翼のある靴は? ヘラの黄金の林檎園は?

神話には諸説あるけれど、メドゥーサに生えているはずの真鍮の鱗と真鍮の翼がなくて、ただの蛇体というのは、物哀しい。いくらセミロングの蛇髪がくねったところで、迫力不足だった。

それに、夢のように美しいはずのペガサスが黒って……。雪のように白い体、赤珊瑚のような鼻、黄金の翼、真鍮の蹄、黄金の鬣は?

ペガサスは最終的にはミューズの持ち物になって、霊感の象徴となるのに(これにも別伝がありはするが)、あんな地味なペガサスの霊感では、ありがたみが減ずる気がする。

ペガサスが飛ぶ姿は、まあまあだったけれど。

はっきりいって、不満の残る映画だった。

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2012年4月22日 (日)

創作、電子書籍、また神智学に関すること。

 夫の再就職から、何となく、おさんどんに追われています。児童文学作品『An』にミューズからインスピレーションを賜り(?)、ストーリーを書き留めようとした矢先の出来事でしたので、そちらは振り出しに戻った恰好です。

 でも、わたしには創作で稼ぐ力がないので、定年後も懸命に職探しをし、働いてくれている夫の後方部隊として家事を最優先しないわけにはいきません。

 振り出しに戻ったところで、創作に入る前にパブーの電子書籍サービスを利用して、『卑弥呼をめぐる私的考察』『すみれ色の帽子』を公開しておこうと思い、昨夜、作業にかかったままではいいのですが、すっかり夜更かししてしまいました。

 といっても、『卑弥呼』の表紙とキャッチフレーズを考えるだけで疲労困憊し、本文は1/3ほど収録が終わっただけ。結構大変なので、これはお試しに有料販売してみようかと考えています。300円くらい?

 また、『すみれ』は後回しにして、当ブログに掲載予定だった、昔書いた純文学小説――怪異譚としても読める――『茜の帳』を『卑弥呼』に続いて電子書籍にする計画です。付録として、2編のエッセー『萬子媛抄』『祐徳稲神社にて』を収録します。

 『茜の帳』は習作なので、これは無料販売。どなたにも自由に閲覧していただきたいです。

 電子書籍も、作品の収録が中断しているホームページやほとんど会員登録しただけの「作品発表広場」同様、しばらくしたら投げ出すかもしれませんが、作品置き場としてはいいんじゃないかしら。栞を挟めるなど、閲覧者にも親切な仕様となっていますものね。

 オリジナルの表紙をつけたいと思い、写真をダウンロードしてみたりしましたが、本に合うようなものが見つかりません。パブーのテンプレートに帯付きのものがあったので、その中から選び、以下のようなキャッチフレーズをつけてみました。

卑弥呼及び邪馬台国の謎に、長年の神秘主義研究を生かした独特の観点から迫る、ノーブル感のあるエッセー。

 そういえば、当ブログで個人的に時々触れてきた神智学に関することですが、わたしが会員となっている神智学協会ニッポン・ロッジ[http://www.theosophyjp.net/society1.html]で電子書籍化の計画があるようです。ブラヴァツキーが著わした歴史的偉業といえる『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』『神智学の鍵』などが絶版のない電子書籍になることには大賛成です。

 コリン・ウィルソンなどから偏向した人物紹介がなされてきて、ブラヴァツキーの品性や業績はずいぶん貶められてきたのではないでしょうか。そうした紹介では、ブラヴァツキーは霊媒以上でも以下でもないような人物紹介のなされていることが多々あります。

 ブラヴァツキーは世界を旅した人ですが、彼女が滞在した当時のニューヨークは、ハワード・マーフェット『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(田中恵美子訳、昭和56年、神智学協会ニッポンロッジ)によると、まだ以下のような状態でした。

[引用ここから]…
 
1873年には、ニュー ヨークにはトリニティ教会以外には高層建築はありませんでした。今の二番街と三番街の間の岩場には、開拓者達の小屋があってその間を山羊が歩きまわっていました。
…[引用ここまで]

 ブラヴァツキーは《秘められた叡智》を求めて、中東、アメリカ、南米、アジア全域を遍歴しました。ちくま学芸文庫から『インド幻想紀行』(加藤大典訳、2003年)が上梓されています。日本にも来て、知恩院の僧侶と山伏の登場する『不思議な人生』という神秘主義小説を書いています。『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』には、『日本書紀』からの引用がありますが、ブラヴァツキーは日本の風土を知っていたというわけです。

 ヨーロッパやアメリカで降霊会が流行っていた時代、ブラヴァツキーは心霊現象についても徹底した調査や研究を行いました。

 そうした側面ばかりが強調されるのは、全く腑に落ちません。古代の科学、宗教、哲学に関する研究においても彼女は徹底した側面を見せているにもかかわらず、彼女のそうした側面の果実である渾身の諸著作に対してはお茶を濁すというのでは、大衆週刊誌と変わりありません。

 「宇宙と自然と人間の物質的、サイキック的、メンタル的及び霊的な秘密を研究する科学」という意味合いを持つオカルティズムという用語は、現代ではすっかり貶められている気がします。

 オカルティズムの研究者は昔はキリスト教によって魔女と蔑まれ、現代でも様々な軽蔑のされかたをしていますが、魔女の起源を辿ればどうしたって南仏の異端カタリ派に行き着きます。さらにはそこから、東西の叡智が流れ込んでいたエッセネ派(ブラヴァツキーによると、エッセネ派とはピュタゴラス派です)、エッセネ派と関係したイエス・キリスト、そしてイエスの教えの真の継承者であると思われるマグダラのマリアへと遡ることができるのです。

 わたしは、『不思議な接着剤』という書きかけの児童文学作品で、その流れを追っているつもりです。で、『接着剤』が完成もしないうちに、古代の地中海世界を探る『A』(仮題)、天使と悪魔の戦いに焦点を当てた『An』(仮題)に発展しようとしています。

 『An』(仮題)は、恐竜の時代に遡る完全なファンタジーとなりそうですけれど。ミイラとりがミイラになってみるのも悪くないかもしれません[カテゴリー「瀕死の児童文学界」参照]。

 ブラヴァツキーから話が逸れましたが、『不思議な接着剤』のために、原始キリスト教、グノーシス関係をリサーチするとき、わたしはブラヴァツキーの著作ほど信頼できる文献は少ないとわかりました[カテゴリー「Notes:不思議な接着剤」参照]。彼女の著作を霊媒のお筆先のようなものだと勘違いしているかのような表現にも、よく出合いますが、とんでもない話です。

 彼女の代表作『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』にしても、『神智学の鍵』にしても、引用の仕方、解釈の仕方、論の拡げ方、どれをとっても第一級の論文なのですから。彼女は参考文献の出自を明らかにしながら、文献同士の関係を探っているばかりか、世界旅行を通してそれらが書かれた風土まで肌で知っているのです。

 神智学協会ニッポン・ロッジでは、会員に向けて神智学の集いの主催者が募集されています。『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』『神智学の鍵』が電子書籍になった頃にでも、集いが持てるようになれればなあと思います。

 新婚の頃(30年ほども前の話になります)、まだその頃は故田中会長がご存命で、神智学協会ニッポン・ロッジは竜王会の内部にありました。わたしは竜王会の会員でしたが、まだ神智学協会ニッポン・ロッジには入っていませんでした。

 神智学のイロハのイも知らない段階でしたが、仲間ができたので、博多で集会を持ちたいと思い、わたしよりは詳しい、イロハのイくらいは知っている会員に進行役を頼んで会長に許可を求めました。

 会長は懸念がおありのようでした。事実、集会は放恣に流れ、空中分解してしまいました。同じことになってはまずいので、東京の集会にも出席し、よほど勉強しなくては……。オフィシャルブログができたのは地方の会員にとってありがたい……。

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2012年4月20日 (金)

ママ友とおしゃべり

ママ友が互いに年を重ねて、婆友になるのもそう遠くない――そんな女友達に昨夜電話をした。

夫同士は、夫の前職での同僚であり(彼女のご主人はわたしと同学年)、わたしたちはその奥さんで、彼女は現在は福岡市に家を建てて共稼ぎをしているが、新婚時代から最初の子供ができてしばらくはスープの冷めない距離に住んで、毎日のように昼間はどちらかの家に一緒にいた。

一緒に妊婦を経験し、一緒にお乳をやり、一緒にお昼を食べてお昼寝し、一緒に料理の本を覗き込んで献立を考えて夕方「じゃあまた明日ね、バイバーイ!」と別れた。

転勤してからも家族ぐるみでよく会っていたため、息子は彼女の一家と親戚だと長く思い込んでいたという。

その彼女に、夫の再就職を報告する電話だった。

お猿さんで有名な公園の清掃は倍率が高くて落ちたというと、彼女は冗談と思ったのか「キャハハ……」と笑った。
「それが、笑い事じゃないのよ」とわたしはいった。それでも彼女はぴんと来ないようだったが、そういえば……といった。

知り合いのまだ三十代の男性がこちらで職が見つからず、宮城に行ったそうだ。震災に遭った宮城には傾いた住宅が沢山あって、そうした家々を修繕する仕事に就いているらしい。月に1回は帰省させて貰えるという。

「ねえ、4月からご主人のお給料が下がったんじゃない?」と訊くと、そうした――年のいった店長たちの給料を減額する――話が水面下で進行していたのは本当だが、士気が下がるという社長の言葉でとりやめになったのだそうだ。

 前社長だと、恩情からそうした計らいになるところだろうが、現社長の場合は計算能力の高さからそうした結論が弾き出たというわけか。まあ年のいった店長たちにとっては、結果オーライだ。

「Nちゃんー、家のローンがもうきつくて、きつくて。わたし、すぐにでも仕事をやめたいくらいなのに」と、いつものようにわたしたちはお金の話に突入した。
「あら、残るものがあるからいいじゃないの。両方が働けるってのはいいわね。わたしはもうだめよー、体が壊れていて。主人が決まらなかったらと思うと、頭の中が真っ白になったの」とわたし。

彼女の家の場合、夫婦で夕飯作りを――1日交替で――し、家事全般を協力し合って行っているという。彼女のご主人は家事能力が高いことを、わたしも知っている。わたしは夫の就活中も後方部隊に徹したことや、退職後に時間のできた夫がいくらか家事に馴染んできたことなどを話した。

「今の夫の仕事は、定年後にはぴったりよ。勤務時間には無理がなくて、休日もゆとりがあるから、お給料はそれなりだけれどね。年に1回はボーナスも出るんですって。もう一つ、結果待ちのものがあるんだけれど、仮にそちらに上がったとしても、今のところを選ぶかもね。長く無理なく働けそうなのは、今のところだから。結果待ちのところは公的な機関の少し変わった仕事内容でね……」とわたし。

夫が受けてみたいといったので、面白い展開だと思い、わたしがネット検索をフル活用して参考書を手作りした。

合格するには受験勉強が必要だったが、それらしい参考書や問題集が書店には見当たらなかったのだ。夫にはポリテクの授業があり、求職活動が本格化してからは案外時間がなかった。

手作りの参考書――というと大袈裟になるが、参考文書類を編集したものに夫は感激してくれ、わたしも驚く熱心さで勉強していた。

ポリテクに行く前に数学の問題集をやり――必要なかったが――、それで長年の数学コンプレックスが解消されたらしく、夫は以来、見違えるように勉強好きになった。公文教室で働いていたとき、たまにそんな子がいたけれど……。

ただ、今回は時間が足りず、半分ちょっとしか覚えられなかったようだ。

今の仕事はまだかなり緊張するそうだが、慣れたらゆとりのある時間を利用して、何かしてみたいと夫はいう。

何か、というのが、健全なもので、お金があまりかからないことであれば、わたしは歓迎だ。

結婚以来、夫の好奇心とイエス・ノーの使い分けが下手なところに起因して、わたしは危機管理センターとならざるをえないことも多いが、創作に携わる普通の妻、たまにはまるごと女でいられれば嬉しい。

女友達とは、親や子供の話を含む諸々の話をしたあと、夏くらいに会おうということになった。

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2012年4月18日 (水)

サイフォンで珈琲を②

サイフォンで珈琲を②

味見という感じで淹れてみましたが、なかなかいい感じです。家族にも「後味がいい」と受けました。


本日、マダムN喫茶店を家庭内で開店致しました。豆は『モカの貴婦人』。追々、スイーツなども充実させていきます……

なあんて、そこまでは創作があるのでできないでしょうが、たまにはお菓子も作りたいです。

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サイフォンで珈琲を①

サイフォンで珈琲を①

サイフォンで珈琲、というのが夢でした。

すぐに叶えられるはずの夢でしたが、なぜか機会をつくれず……

夫は昔使っていたそうで。昔のほうが流行っていたとか。確かにそうですね。

ハリオグラス株式会社のMCA - 3 サイフォン・モカ。税込6,300円でした。

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ミオコールスプレー初使用

ミオコールスプレー初使用

胸の圧迫感に1回使用。

効いてきています。効き方に、舌下錠との違いはあまり感じません。

説明用紙に、使用回数をチェックする表があります。1に、赤で×をつけました。


 ※あとで
 こんな感想は変かもしれないが、使用感がすっきりしている。効きはじめはそれほどでもなかったが、この程度の圧迫感だと、これまでは大抵残った感じがして、もう1錠必要だった。スプレーだと、その必要がなかった。従って、いつもの行動に移れるまでに時間がかからなかった。
 薬剤師さんの「効果が出やすい」という言葉が証明された感じだ。

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瀕死の児童文学界 ⑧当世風ファンタジーにある説教臭さと縛り

 マーク・トウェイン『不思議な少年44号』(大久保博訳、角川書店、平成22年)を読み始めた。「トウェイン完訳コレクション」と名づけられたうちの一冊。

 河合隼雄の著作や当世風ファンタジー作家の作品を漁って読んでいるうちに、ミイラとりが半分くらいミイラになりかけた。

 過日書いた、自分のものらしからぬ短編がそのことを物語っている。

 それで、正気に返るために、伝統的な――といういいかたは適切ではないかもしれないが――昔馴染んだ作家の作品を読もうとしているわけなのだ。

 この作品は、過去80年近くも改竄版が出回っていたらしい。

 わたしは子供の頃にトウェインの『王子と乞食』を何度も読んだ。

 わたしが馴染んできた伝統的ファンタジーと、河合隼雄の影響を無視するわけにはいかない当世風ファンタジーとはどこがどう違うのだろうか?

 村上春樹、吉本ばなな、小川洋子、梨木香歩らの作品を読むと、わたしは最初は万華鏡とか玩具箱、あるいは宝石箱を覗き込んだようで、わくわくし、強く惹きつけられるのだが、そのうち、不安、閉塞感、倦怠感などを覚え出し、不安定な気分に陥ってしまうのが常だ。

 伝統的なファンタジーが自然の賜物である水、時には天与の甘露を感じさせるとしたら、彼らの作品はアルコール風といえる。悪酔いしてしまう。

 それに、彼らの作品は自由な作風のようでいて、案外説教臭い。奇妙な縛りがある。それでいて、人間的な何かを欠く(そんな書きかたがなされているという意味だ)。

 その何かの正体がわたしにはうまく掴めない。というのも、読んでいるうちに変になりそうで、なかなか読破できないからというのもその一因だ。

 現に今も、研究の一時中断が必要だと感じている。

 ジョージ・マクドナルドは3年間牧師をしていたことがあるせいか、彼の作品は説教臭い児童文学作品の代表のようにいわれることがあるが、わたしはその点は全然気にならない。

 マクドナルドの作品の持つ神秘性が印象に残るばかりなのだ。彼の作品ばかりではない、伝統的なファンタジー作家の作品には本物の神秘性が息づき、豊かに花開いているのが感じられる。

 そこに描かれた神秘は、作家の内的体験を経たものであることを感じさせるだけのリアリティがあるのだ。

 が、当世風作家の描く神秘はそれを感じさせない。紙のように薄っぺらだから、彼らが空想をほしいままにするとき、リアリティに欠ける神秘性では、それらを制御できない。

 空想には人を食い尽くす猛獣のような面もあることを、人は知っておくべきだ。作家に悪気がなくとも、飼い慣らされないまま巷に放たれた猛獣は人を餌食にしたりもするだろう。

 そう、彼らが空想を放縦に扱う様はまるで子供が危険物を扱うような見ていられなさなのだ。

 また、彼らの説教臭さはマクドナルドのような体験の裏づけがないので、説教臭いというよりは、イデオロギーのように響いたりもする。

 河合隼雄が『ファンタジーを読む』で行っている作品の分析は、恣意的であるだけでなく、しばしば言葉がうまくつながらない奇妙なものだが、彼は美食家のようによい作品を知っている。

 その美食家が同時に優れた料理評論家とは限らず、シェフの扱いを心得ているとは限らない。

 河合隼雄の影響を受けなければ、当世風ファンタジー作家は彼ら本来の作風を開花させ、その中で自らを成熟させていったかもしれないとわたしは思う。

 河合隼雄に教えられて、わたしはアンリ・ボスコを知り、あまり読んだことのなかったポール・ギャリコを読んだ。

 河合隼雄に教わって読んだアンリ・ボスコもポール・ギャリコも純文学的手法で書かれた伝統的ファンタジーであって、河合に育てられた当世風作家たちの作風とはやはり違う。大人と子供くらいに――創作の技術的な面というより、意識のありようが――違う。

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2012年4月16日 (月)

eGFRステージって?

 11日に循環器クリニックから貰ってきた血液検査の結果をクリアファイルに挟んでおこうと思い、何気なく全体をざっと眺めたら、
「eGFRステージ=2」というのが目に入りました。

 「あれ、ステージって何? こんなの、これまで気づかなかったけれど」と思い、普段ですと、「まあ何もいわれなかったんだから、どうでもいいや」と忘れてしまうところですが、脂質代謝の項目が全部赤点だったのに、検査結果のことは何もおっしゃらなかったことから、わたしはちょっと不信感を抱いておりました。

 で、ググってみると……

慢性腎臓病(CKD)は、その重症度に応じて、ステージ1からステージ5の5段階に分けられています。
その指標となるのが推算糸球体濾過量(eGFR)です。
これは、腎臓にどれくらい老廃物を尿へ排泄する能力があるかを示しており、この値が低いほど腎臓の働きが悪いということになります。

 ですと?

CKDステージ分類
1  腎障害(+)、GFR正常または亢進  
  GFR : ≧ 90

2  腎障害(+)、GFR軽度低下
  GFR : 60 〜 89

3  GFR中等度低下
  GFR : 30 〜 59

4  GFR高度低下
  GFR : 15 〜 29

5  腎不全
  GFR : < 15

 えっ? 

 前の検査結果を見たら、それも「ステージ2」。これって、全然気にしなくていいの? 60台だから、どうかしたら、「ステージ3」に移行しますよ。 

 軽い腎障害があるということでしょうか? ウォーキングに対して先生が渋い反応なのは頻脈、喘息に加えて、この軽い腎障害があるから?

 前にウォーキングをしたとき、変でしたものね。脚や瞼、手、おなかまで腫れぼったくなって、おしっこがでなくなりましたから。脱水症にしては……と思ったのです。

 頻脈が同じ持続型だけれど、わたしより程度の軽い女性患者さんと前にお話ししたことがあり、彼女に先生は「薬をきちんと飲まなくては、心不全になって心臓がだめになるから」とおっしゃったそうですが、わたしにはそんなムードの会話ありませんよ。

「Nさん、いつも元気だねえ」とおっしゃるから、そうでもないことを主張するために、具合が悪いと、矢継ぎ早にいろいろと訴える癖がついてしまったほどです。

 母親が腎臓病で亡くなったので、腎臓病だけは嫌で、軽い腎障害でもいってほしいと思いました。ただ本当に気をつけるべきときはそうおっしゃるはずですから、先生を信頼しています。

 もう10年くらい前から潜血はずっとプラスです。腎結石が見当たらないときも、いつもプラスなので変だと思ってきましたが、軽い腎障害のあるせいでしょうか? タンパクはあまり出ません。そういえば、尿検査の結果、返して貰っていません。返して貰わないのは初めてだなあ。

 何だか、ウォーキング、やる気がしなくなっちゃった。

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瀕死の児童文学界 ⑦河合隼雄についてググってみると……

 河合隼雄についてググれば、色々と出てくる。

 特に目を引いたのは、教育界への影響として「心のノート」問題。精神医学界への影響として「臨床心理士」資格問題。

 わたしは心のノートなるものの存在すら知らなかったが、Wikipediaによると、
「心のノート・こころのノートは日本の文部科学省が2002年(平成12年)4月、全国の小・中学校に無償配布した道徳の副教材である」という。河合隼雄を中心として制作されたとのこと。

 この心のノートに異議を唱える教育関係者はかなりの数に上るのか、反対運動に膨れ上がったりしているようだ。民主政権下で廃止が求められたりもしたようだから、今頃知るのは、亀すぎると思われても仕方がない。反対派の理由も、一律とはいかないのかもしれない。

 臨床心理士の資格整備に貢献したのは河合隼雄らしいが、この資格に異議を唱える精神科医も少なくないようだ。

 4年前に、わたしが副甲状腺腫の精査のために入院したとき、同室だった女性の娘さんが大学院に社会人枠で入学し、臨床心理士の資格を取得したといっていた。

 カウンセラーとしての悩みなど話してくれたが、わたしは最初、大学院とは医学部の博士課程のことをいっているのかしら、と思い、訊くと彼女は医学部ではないという。

 色々と話しているうちに、臨床心理士とは精神科医の補助的役割を果たす人ということがわかったものの、精神科医と同じ資格を持った助手とは違い、看護師とも違うとなると、医師とも看護師とも違う一種独特のステータスを感じさせる彼女たちの出自が呑み込めないというか、彼女たちは一体どこから涌いて出るのだろうと不思議だった。

 今頃になって、臨床心理士がどうつくられ、どう活動しているのかがわかった次第。

 河合隼雄は教育界、精神医学界――そして、あまり顧みられず、軽んじられることすらあっただけに、ナイーヴな聖域でありえたともいえる児童文学界にも多大な影響を及ぼした、日本人の精神をある時期意のままにした怪物的存在であったことは間違いない。

 河合隼雄のおかしさに言及している専門家の記事も、ググると複数出てくる。例えば、ユング『ヨブへの答え』の訳者である林道義は、ホームページで、河合隼雄の方法論的な誤りを指摘している。

 林道義はWikipediaによると、経済学者、心理学研究者、評論家、日本ユング研究会会長だそうだ。

 作家で河合隼雄と関係の深かった人物を挙げると、村上春樹、小川洋子、吉本ばなな、梨木香歩……なるほど、という感じだ。

 いずれも、物語をつくることへの独特のこだわりを感じさせ、人物の描き方に共通した特徴がある。

 ところで、わたしはつい最近書いた短編で、素材を生かしたいあまり、物語をつくることに熱中しすぎた。

 その結果、登場人物の描き方や動かし方に作為性が目立ち、自分では考えもしなかった問題提起をしてしまい、しかも物語性の重視や細部へのこだわりという、自身の創作欲の流れに押し流されるかのように、その軽くはないはずの問題提起を見過ごしてしまっていたのだった。

 河合隼雄の影響を受けた作家たちには、同じ傾向がある気がする。彼らは文章を書くにも美意識と趣味性が強く働き、物語づくりも巧みであるだけに、登場人物に関するひずみや自身の意図しないところで発生する問題もまた、大きくなるのかもしれない。

 彼らはなぜそこまで、物語ることにとり憑かれているのか? 河合隼雄の鼓舞があったに違いない。

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2012年4月15日 (日)

11日に循環器クリニック、12日に内科(内分泌)受診

 記録しそびれていました。忘れかけてきましたが、覚えていることだけでも記録しておこうと思います。

循環器クリニック

 前回看護師さんに心電図と胸部レントゲンをしたほうがいいといわれながら、面倒くさくて逃げてしまったのですが、11日は検査技師さんに捕まってしまい、「前回の受診時に希望なさっていましたね。さあ、とりましょう」と有無をいわさず……。

 間もなくお誕生日というわたしよりいくらかお若い女性の検査技師さん。心電図をとるときは大抵話しかけられます。じっとしていなくていいのかと訊いたことがありますが、むしろ話しているほうがよいとのことだったので、おしゃべり。

 検査技師さんは時々モニターを見ながら話しかけられるのですが、昨日は何度かおしゃべりの延長という感じで、いつもであれば「はい、全く問題ありませんよ」とおっしゃるのが常なのに、「終わりました」の静かな言葉だけで、わたしが検査室を出るのとほぼ同時に、検査技師さんは検査用紙を手にそそくさと診察室へ。

 その検査技師さんに「すぐに診察ですからね」といわれ、しばらくして診察室へ。目の前にわたしの胸部レントゲンの写真があり、いつもであれば先生が「うん、問題ないよ」とおっしやるのですが、無言。

 何でもないのに、たまたまいつもと違った様子に感じられたのかもしれませんが、患者というものは過敏になりがちな生き物です。というより、たぶんいつもと同じようであれば、気にもしなかったのでしょうけれどね。何もいって貰えないと、不安になるものです。

「変わったことはなかったね?」とおっしゃったので、わたしは喘息と心臓の発作のことや、逆流性食道炎のこと、湿疹のことまで、訴えたいことがいっぱいあったので、それらについておしゃべりしまくりました。

「逆流性食道炎の薬は我慢ができないときに飲むようにしましたが、できればもっといただけたらと思いました。でも、パリエットは使いすぎないほうがいいとおっしゃいましたものね、タケプロンもそうなんでしょう?」とわたし。
「いや、1日1回くらいなら問題ないよ。僕もときどき、お酒を飲みすぎたときなんかに飲むよ」と先生。
「先生は不摂生ですね。わたしは残飯整理が原因です、きっと」とわたし。

 唾液の量によって、ニトロペンの効き方にバラつきがあることをいい、スプレー式のニトロについて知ったことをお話ししました。すると先生は、「確かに。唾液の量で効き方が違うことはあるね」とおっしゃって、あっさりと出してくださいました。

 でも、調剤薬局で薬剤師さんとスプレー式のニトロ『ミオコールスプレー』についてお話を伺ったら、わたしには舌下錠のほうがいいかもしれないと思いました。

 というのも、スプレーにはエタノールが使ってあるそうですし(わたしは若いときは酒豪といわれたこともあったのに、今ではワインをほんの少し飲んだだけで、ひどく動悸がするのです)、ニトロペン舌下錠と全く同じ成分のものが溶かしてあるが、噴霧するぶん効果が出やすいので、1度に2回しか使えず(それで治らなければ救急車)、しかも舌のつけ根にきちんと噴霧しないと効き目がないそうなのです。舌の表面にかかったりしたら、全く効かないとのこと。

 おまけに喘息の吸入薬フルタイドのようなカウンターがついていないので、薬を使うごとに自分で記録しておく必要があるとのことです。わたしにはミオコールスプレー、何だか面倒臭いわ。強い発作が来たときは頼もしい気もしますが。薬剤師さんは、舌下錠とスプレーとどちらも持っておけば備えあれば憂いなしみたいなことをおっしゃいました。先生は、通常は舌下錠を出されることが多いそうです。

 たぶん先生は、わたしには舌下錠のほうが向いていると思われたのだろうと想像します。わたしがせがむので、出してくださったのでしょう。自分の考えることは小さな円で、先生の専門家としてのお考えは、わたしの小さな円を包含する大きな円だと感じることがしばしばです。

 いつもであれば、血液検査の結果についても何かおっしゃるのに、これについても何もおっしゃいませんでした。で、帰り際に検査結果を忘れ物を渡すかのように差し出され、それを見て初めて前回血液検査を受けたことを思い出したほどでした。

 調剤薬局で検査結果を広げてみて、以前ウォーキングの許可を貰おうとしたときにはいただけなかった許可が「喘息の薬を倍にし、徐々に無理のないように、であれば」という条件付でいただけたことの理由がわかりました。脂質代謝の項目が全部赤点だったのです。

 心電図や胸部レントゲンの場合も、何か面白くない結果が出ていたのではないかとわたしは疑います。すぐに対応策を迫られるような種類のものではなく、例えば心不全気味であるとか……(あくまで想像ですが、昔かかっていた福岡の総合病院で心不全の症状が出ているといわれていたときのような、心臓の重い感じがあるので)。

 心電図と胸部レントゲンを撮った日は、脈をとることや聴診が省略されることもあるのですが、この日は聴診が前も後ろも長めだったし……疑い出したら、きりがありません。心不全の症状が出ているときはじっとしているようにおっしゃるはずだから、まあ気のせいでしょう。

  心臓関係

  • インデラル錠10㎎=1日3回、毎食後、40日分。
  • ニコランタ錠5 5㎎=1日3回、毎食後、40日分。
  • コロヘルサーRカプセル100㎎=1日2回、朝・夕食後、40日分。
  • 一硝酸イソソルビド20㎎「タイヨー」=1日2回、朝・夕食後、40日分。
  • ミオコールスプレー0.3㎎=全1缶、胸痛発作時。

 逆流性食道炎

  • タケプロンOD錠15 15㎎全7錠=1日1回、朝食後、20日分

 喘息

  • フルタイド200ディスカス 200μg60ブリスター=全2個、吸入

レッドクロスの内科(内分泌)

 ここで前回受けた副甲状腺関係の血液検査の結果は、全く異常なしでした。骨腫瘍のほうはどうなっていますか、と訊かれたので、成長しています、と答えました。つい、お陰様で、といいそうになりました。骨腫瘍の成長は嬉しくありません。

「では、このまま様子を見ていきましょう」とU先生。次回は半年後の10月18日12:00~13:00予約。

 ところで、前に循環器クリニックで採血したときに、いつも血をとって貰う左腕の窪みにある血管の横に、もう1本とるのによさそうな血管が走っているから、そちらでも試してみるといいかも……と看護師さんがおっしゃいました。レッドクロスでの採血時にその言葉を思い出し、わたしは横の血管を示して、「この血管からもとれますか?」と訊ねました。「真ん中のでとるのは嫌なの?」と訊かれたので、実験したいことをお話しすると、
「なるほどね。うん、この横のも、真ん中のと全く同じ太さだから、立派にとれるはずよ。ただ、どうかな。真ん中からとるほうが、わたしは痛くないと思う。横ので、やってみたい?」と看護師さん。

 横を走っている血管からとって貰いました。「どう、痛い?」と訊かれたので、「よくわかりません。いつもと同じくらいの痛さという気がしますが」と答えました。
「いつも同じ血管からとっているとそこが硬くなるから、頻繁に採血するようであれば、時々変えるのもいいかもしれないね」と看護師さん。

 いつか頻繁に採血するようになったときのために、覚えておこうと思いました。ただ、そのときは気づきませんでしたが、採血のときに漏れたみたいで、今見たら、まだ腕の採血をした辺りが青く変色しています! 

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2012年4月14日 (土)

再就職した夫の初出勤でした。定年退職後の夫の就活を振り返って「ああ今の日本にゾラがいてくれたら!」。

 同じ地域の方々もご訪問くださっているようなので、あまり詳しく書くと、勤務先がバレますから、ざっとご報告。

 初出勤の感想としては、仕事内容も勤務時間も求人票にあった通りの、定年後の仕事としては無理のないものだったということでした。といっても、研修中ということもあり、慣れるまでは覚えることもいろいろとあって、ちょっと大変だけれど……と夫はいいました。

 継続雇用になっていた場合と比較すれば、金額的には低くなりますが、仕事の内容からすれば、文句はいえないでしょう。また、継続雇用だと1年更新の契約扱いでしたが、この場合は正社員で65歳が定年。それ以降も本人が希望し、勤務態度に問題がなければ継続も可とのことです。

 ただこのご時世、先のことはわからないと考えて、それなりの用心や備えは必要だろうと夫と話しました。とはいえ、どう用心し、備えればよいのかがわかりませんが、8ヶ月間で身についた倹約精神を潤いがなくなってしまわない程度に保ち、わたしはプロになるための試みを続けたいと思ってます。

 職場はきちんとはしているけれど、想像したより堅苦しさのないフランクな雰囲気だったとのことですし、この仕事のために新しく購入すべきものも特になさそうで、その点でもわたしはホッとした次第。

 ざっと8ヶ月間のことを思い返すと、政府にいいたいことがいろいろとあります。雇用対策があまりにも手抜き、中途半端だと感じました。ポリテクにはありがたい面が色々とありましたけれど、結局企業とのパイプがなければ、そこで身につけた技能を就職に生かすことは事実上不可能です。あれだけの設備とシステムを備えていながら、まことにもったいない話だと思います。

 夫は運よく就職できたにすぎません。再就職が決まる前に落ちたのは、お猿さんで有名な公園の清掃作業でした。1人の欠員募集に、結構な人数が集まったのです。冬場は沢山求人の出ていた警備員の募集も、この時期には少なくなります。

 このままいけば生活保護の申請、下手をすればホームレスという現実に直面せざるをえませんでした。自然の地盤も経済の地盤も同じように不安定な今の日本では、誰もがそんな状況に陥る可能性があります。自分は財産がある、よい職に就いている、老後の蓄えが潤沢だ……というのはある意味で幻想にすぎません。

 現在の日本の問題を自分のこととして、そして自分だけがよければいいという考えは捨てて(結局はめぐりめぐって全ては自分に返って来ることになるのですから)、考えるべきときでしょう。

 清掃にすら落ちたときにもがっかりはしましたが(誰にでもできそうな清掃だからこそ、希望者が多いと考えるべきでしょうが……)、本当に奈落に突き落とされたような気がしたのは、長年勤め上げた職場から、継続雇用を匂わせるだけ匂わされて放り出されたときでした。

 期待させられなければ、もっと早い時期から準備ができたでしょう。企業がエゴをむき出しにできるのは、政治がそのように機能しているからです。

 加えて、夫の古巣は、現場では固まっていたアルバイトの話すら人事部に上がった段階で潰しました。しかし結果的には、冷たくされて、もっと人間らしい雰囲気の職場に行くことができたのですから、冷酷もときとしてはトリックスターともなるのだと感心します。

 わたしは夫の新しい職場が前職のような圧迫的な職場でないかどうかを一番心配しましたが、今度のところは伝統を感じさせるような場所で、職場の雰囲気も悪くはないようです。人が人を、人とも思わず、容赦なく使い潰すような商業主義一辺倒のような現在の風潮は、何とかならないものかと思います。

 貧しすぎては人は人らしくいられませんが、少しくらい貧しくても、人としての品位が保てる環境にあれば、日々の幸福感を損なわれるところまではいきません。新自由主義という経済思想が今の日本の思想であり、カラーとなっていることが第一の問題だとわたしは考えています。

 わたしはもう何年も前に『地味な人』という小説を書き、アメリカ型商業主義の弊害をテーマとしました。某文学賞で三次落ちしたその小説は、古いワープロで書き、感熱紙で印字したものしか保存できていないので、そのままにしておけば、消えてしまいます。

 幸い、過日購入したプリンタにはスキャン機能が備わっているので、そのうちブログにアップするか電子書籍にしたいのですが、あの当時に、わたしのようなネコ踏んじゃったの段階の作家志望ではなく、例えばゾラのような力のある作家が同じ問題を追究してくれていたならば、日本は変わっていたかもしれません。

 今だって、そうです。日本のプロ作家は何をしているのですか? 日本の現状を断片的に採り上げて、描写したり素材にしたりして、月並みな、あるいは猟奇的な小説に仕立て上げたりすることはできても、鋭く病巣を抉りとってみせるだけの脳味噌がありますかしら? 

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2012年4月13日 (金)

生活の変化の中で

夫の定年退職で生活スタイルが変わり、ポリテクに行った半年間は学生さながらの生活スタイル。終了後の求職期間中は、生活スタイルとしては自由な感じでしたが、精神的には半ば追い詰められたような中での夫の求職一筋というヘビーなものでした。

淡々とした意識状態を保つことを心がけ、規則正しく生活することで、難局を乗り切ろうと試みた8ヶ月でした。

あまりに定年後の求人が少ないので、わたしが出るしかないと考えた時期には、なるべく夫に家事を教え込もうとしました。

あるところまでで習得は足踏みしてしまいましたが、意識の変革は起きたようで、家事を頭から馬鹿にし、毛嫌いしていたのが、理解ができ、いくらかは興味も芽生えたようです。

何より、物腰や表情に柔らかさの加わった印象で、今回の再就職ではそれが案外よいほうに作用したのではないかとわたしは考えています。

同じ接客業でも、活気に満ちたこれまでの流通業の職場とはまた違ったタイプの上品な職場――上品な対応を要求される職場――で、仕事内容に重なり合うところがあるとはいえ、以前の硬質の夫のままだったとしたら、採用されたかどうか疑問です。

また、夫のもたらす環境の変化が激しいぶん、わたしが一貫して創作を続けていたことは、決してマイナスにはなりませんでした。

毎日続けなくてはならない創作は嫌でも淡々とした生活スタイルをつくり出しますし、夫が就職試験に落ちて生活不安が特に高まったときなどは、わたしの創作が一攫千金の夢(?)を見せてくれ、冗談半分にそのことを話題にしたりして、濃霧のような不安を払ってくれたりもしたのでした。

夫はなかなか頑張ったと思います。新しい仕事に馴染むまでは大変でしょうが、前職に較べれば休みも多いので、ポリテクで興味を持ったCADや前からの趣味であるCGに熱中する時間もつくれるのではないかと話しています。

今後はまた夫の仕事に関することが優先されますが、創作は続け、これまで以上に打ち込みたいと考えています。

新しい作品のストーリーをこの数日の忙しさでいくらか忘れてしまいましたが、まずはストーリーを書いてしまってから、プロットを設定する予定です。

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2012年4月11日 (水)

夫、決まりました!

今日は循環器クリニックの受診で、今調剤薬局にいます。

そこへ、求職のため、ハローワークに行っているはずの夫からの電話で、決まったとのこと。

期待するだけ虚しいと思い、何も考えていませんでした。

(ここからは帰宅後。)

サービス業(接客業)ですので定年まで勤めあげた経験が生きるでしょう。

休みや勤務時間の点では、無理のない感じです。正社員です。

ただ大変上品な職場なので、散髪に行く回数を増やさなくてはね、と夫と話しました。

ああ長かった……砂漠を歩いているみたいな気分でした。思い返せば、息子の就活も大変でした。

息子は会社から2ヶ月ほどの休暇を貰い、マンスリーを借りて研究室に詰めています。昨日はお花見に行くといっていました。

今後も、我が家は倹約が必要ですが、予定外の収入があり(保険の解約金とか、期待していなかった還付金など)、それを行けなくなっていた旅行に充ててもいいと、夫がいってくれました。

前々からの約束でしたから、わたしもそれはいつかは果たしたいと思っていました。

というわけで、まだ今年か来年かはわかりませんが、旅行には行きます。

たまたま先生に、ウォーキングのことをお訊ねしたら、喘息の薬を倍に増やして、徐々に、無理のないように行うのであれば、いいとお許し(らしきもの)が出ました。スプレー式のニトロも出していただきました。

実は血液検査で、脂質代謝の項目が全滅でして……それについては何もおっしゃいませんでしたが。

体力をつけて、希望を叶えたいと考えています。

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美味しかったキューピーとっておきレシピの『コーンたっぷりごはん』

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 キューピーとっておきレシピの『こーんたっぷりごはん』がとっても美味しかったです。

炊飯器でかんたん!コーンたっぷりごはん
http://www.kewpie.co.jp/recipes/recipe/recipe.php?recipe_no=QP00009897

 自家製のパセリを刻んで入れました。ごはんに混ぜ込んだパセリって、食べやすいんですよね。

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 ところで、初めて鶏のから揚げをオーブンレンジで作ってみました。東芝過熱水蒸気オーブンレンジの石窯メニューに「鶏のから揚げ」があるのを横目で見ながら、本当に油で揚げたみたいに美味しく仕上がるのか、半信半疑でした。

 これがなんと! 油で揚げたよりも美味しかったのです! ええ、ホント。別に石窯オーブンレンジの宣伝をしたいわけではありませんが、芳ばしくてジューシーで。油を一滴も使わなかったのに、不思議でした。家族にも受けました。

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 これには豆腐、牛乳、固形スープをミキサーでかけて塩・こしょうし、コーンスターチでとろみをつけた豆腐のミルクスープが合いました。ミキサーを洗うのが面倒だったので、わたしは豆腐をさっと裏ごししました。柔らかいので、アッという間です。

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パブーで電子書籍化中の作品のお知らせ

 非公開設定にさせていただいた以下の作品を、「パブーhttp://p.booklog.jp/」で、お試しに電子書籍化中です。「でじたる書房http://www.digbook.jp/index.php」と迷うところなんですけれど、まずはお手軽感のあるパブーで。

 電子書籍化が完了しましたら、お知らせします。

  • 歴史エッセー『卑弥呼をめぐる私的考察』
  • 児童文学作品『すみれ色の帽子』

 

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2012年4月10日 (火)

詩人と呼んだ女友達のことを作品にしたい

昨夜、夏までの執筆計画を立てた。

6月までは200枚の児童小説で潰れる。賞に応募するか、持ち込むかはまだわからない。

持ち込むつもりで編集者の名前まで教えていただいた出版社には、まだ持ち込んでいない。その気分になれなくて……。

詩人と呼んだ女友達のことを書いて、夏締切の文学賞に応募してみようか、とふと思う。

いやいや、と首を振る。あそこへ出せば、応募者が少ないので、おそらく読んでは貰えるだろうが、たぶんそれだけだ。選考委員の好みは既にわかっているし、もうそれに合わせた書き方はしたくないのだ。

定期購読を続けてきた別のところへ、評論として応募するという手もある。彼女はプロではなかったが、何より詩人として生きたのだから、そうするのが一番だと思う。

ただ大学時代以降の作品になると著しく精彩を欠き、採り上げられる作品数の少なすぎるのが難点だ。

彼女の全作品の整理から始めるとなると、児童小説を仕上げた直後から行うのでなければ、今年の応募には間に合わない。

話題は変わるが、神秘主義者の業というべきか、わたしは自分の書いたものがどんな読まれかたをしているのかが、時に、手にとるようにわかってしまう。

ブログにしてもそう。

全部がわかるわけではなく、ブログなどの場合は特に、大勢の閲覧者があるから、無意識的に選択して反応を受けとっている。

利己的な印象やきつい印象を受ける反応には、のっぺりとして個性がなく、注意していれば別だが、そうでない場合は男女いずれかぐらいしかわからない。

一方、深みのある精緻な反応は個性を伴う。容貌こそわからないが、カメオのように面影が浮かび上がり、どんな感じの人であるかが伝わって来る。高級な精神作用ほど個性的だというのは、興味深い。

この世ではわたしの方での一方的な受信に終わりがちだが、死後の世界では、こうした方法の方が一般的であるようだ。彼の世ではテレパシーによる意志の疎通が普通らしい。

ただ、わたしは自分がまだとても未熟な人間であるという自覚はあるので、受信した他人の想念は一応自分の妄想と位置づけることにしている。事実、雑念でいっぱいだと、自分で自分の想念を受信してしまうのだから恐ろしい。

意識が澄み切った状態にあるのでなければ、他人の想念を正確に受信することはできない。

精神疾患の一つに被害妄想というのがあるが、あれは猜疑心でいっぱいになった人が、自分で自分の雑念をキャッチしてしまう結果だと思う。

有徳稲荷神社を創建した萬子媛については、過去記事で書いたが、江戸時代に亡くなりながら今もなお参拝者を見守っていらっしゃるというのは、凄いことだとつくづく思う。

あれだけ霊的品格の高い方がこの世の一般人の想念を受けとめるという行為は、苦痛以外の何ものでもないのではないだろうか。まさに究極のボランティアだ。

今日は午後から循環器クリニックに行く予定。実は例によって、午前中に行きそびれた。最近、子供みたいに病院嫌いになってしまい、困っている。

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只今、生理中。創作が女性ホルモンに影響?

三つ前の記事で、夢を見て作品が子供になって現われ、(夢の中で)お乳を含ませたりすることがあるが、創作中、インスピレーションに興奮したときなどに、実際にお乳が張ることがあると書いた。

最後の生理から一年経って閉経が確認される、と何かで読んだ。わたしは閉経が近いことは間違いないが、今年に入ってからも生理があってはいる。

2012年1月3日の『初疲れ』という記事で「生理があった。2ヶ月ぶりで、その前は10ヶ月なかった」と書いている。

ごく少量で、いつの間にか終わっていた。それが、今、女盛り(?)のときのように普通に生理があっている。わたしの体は、いわゆる更年期の不安定な状態にあるから、こんな不規則は別に不思議なことではないかもしれないが、インスピレーションによる刺激だったりして……。

創作は肉体的に消耗させる面もあるが、生き生きとした刺激をもたらす一種の活性剤であることは確かだと思う。

まあ勿論、年が年なので、婦人病の疑いは常に持ち、生理の状態はきちんと観察していくつもりだ。

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2012年4月 9日 (月)

瞼が壊滅状態

瞼が壊滅状態

瞼、耳からうなじにかけて、湿疹が悪化し、困っています。特に瞼は顔なだけに。

ドクターシーラボのピンクもだめになり、ファンケルのボタニカルピュアオイルを少しの刺激でもひりひりする真っ赤に腫れた瞼に塗ってしのいでいますが、さすがに限界かな。

ドクターシーラボで評判のよい皮膚科を二軒教えて貰い、娘が評判のよい(前に行ったところとは違う)漢方医のいる総合病院の情報を仕入れてきました。

何でも、その漢方医は小児科勤務だそうで……。

とりあえず明日は循環器クリニック、木曜日は日赤の定期検診です。

瞼がこうだと、外出する気分になれません。湿疹は完全によくなっていたのに、一旦守りが破られるとあれよあれよという間でした。

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Anを書くことに

Anを先に作品にすることにした。

まずは今週中にストーリーを書き出しておこう。来週中にプロット。再来週からは執筆に入りたい。

『茜の帳』及び『萬子媛抄』をアップする時間がまた見つからなくなった。一区切りついたどこかでやっておきたいのだけれど、なるべく早く。

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新しい児童文学作品の構想が二つ

前の記事で、ここ数日、過日仕上げた短編について考えていたと書いたが、それについてなおも考え続けた結果、それをモチーフとした作品の構想が浮かんだ。あるワンシーンが鮮明に――頭の中で――見えた。

テーマを追究するためには、200枚は書かなくてはなるまい。タイトルはAnとしておこう。作風はいわゆるファンタジーだが、伝統的手法で書きたい。

この段階ではいつもわくわくして、自分が自分ではなくなる。

わたしは魚座で、二匹の魚の尻尾を結び合わせたものがシンボルであるせいか、何かにつけて対になるもう一つが存在する。

今回も実はもう一編、作品の構想が具体化しかけた。それは児童文学作品Pの続編Aだ。

しかし、これはさらにもう一編の児童文学作品『不思議な接着剤』へとつながる歴史解釈を必要とするので、かなりの時間が必要だ。

……あら、もう嫌だわ。この段階では妙に生産的になってしまい、この記事を書きながら今度は『不思議な接着剤』とAの間を埋める、Aの続編K(にしておこう)のワンシーンがありありと――やはり頭の中で――見えた。

何てことだろう。たった今までAnを書くつもりでAを振り切ったのに、同じ引力でこのKがわたしを引き寄せようとする。

これも児童文学作品として書きたいが、歴史ミステリー的な作風となるだろう。

Kのワンシーンがあまりにもくっきりとしていて、衣装の色や辺りの景色、人物の物腰、空気の香りまでわかり、その姿を追いたくなった。追いかければ、確実に物語に入っていく。

だが、Anのワンシーンも絵画美に満ちていて、息が詰まるほどだ。

ああどっちも書きたい。でも、わたしには双子は育てられない。三人の子供の夢を見て、そのうちの二人にお乳を含ませている夢はこれだろうか。

興奮のためか、創作中本当にお乳が張ってくることがある(ほとんど閉経が完了しかけていて、こんなこと……)。

書かずに放置していると、ネグレクトされた子供さながらに、子供の姿をとった作品が暗いキッチンで泣いている夢を見たりするのだ。

これほど大興奮して書いた作品を賞に応募し、落選したら、今度はその子供が殺害された夢まで見なければならないのだから、創作がわたしは怖くなることがある。

早くプロになって本を出せるようになりたいのは、これ以上の殺生を犯したくないからなのだ。

彼の世では、こうした創造されたものたちも生きることができるそうだから(彼の世という所は、創造につながる空想がモノをいう世界であることを、神秘主義者であれば知っている)、これまでに喪われたわたしの創作の子供たちに、死後、彼の世で会えるだろうと思っている。

AnかKの一方を書いているうちに、もう一方の作品の生命力が損なわれてしまいそうだ。

どちらを書くか、しばらく考えよう(只今、興奮状態!)。

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2012年4月 8日 (日)

創作状況。夫の定年メモ。

 このところ、創作関係はちょっと停滞気味でした。過日仕上げた短編について、考え込んでいたからです。その作品で、自分では設定していなかった重い問題提起をしてしまったことに気づいたからでした。

 気づかないまま、モチーフの面白さに釣られて勢いよく書いてしまったことに対する反省――といいますか、書くことの怖さを改めて思い知った気がしています。

 児童文学界の考察は今後も続けますが、創作に力を注ぎたいので、カテゴリー「瀕死の児童文学界」の記事の公開は散発的なものになるでしょう。

 創作や児童文学界の分析の続きに入る前に、昔書いた『茜の帳』という短編、及び祐徳稲荷神社を創建した萬子媛に関するエッセー『萬子媛抄』の公開を済ませたいと考えています。

 夫の定年メモ。夫は今日も面接がありました。もう一つ、結果待ちのものがあります。

 時期的に清掃、警備などしか出ていないことがあり、そこへ大勢が押しかけて落とされるとなると、ブルーな気分が続いているときなどは自分は掃除や警備もできないと思い込み、家族もそう思い込む……ということにならないようにしようね、と夫と話しました。

 継続雇用の認められない残酷さとは、退職以後、経験を生かした仕事に就く可能性がほんの僅かになってしまうことです。そうなると、「ただの爺さんだもんなあ」と夫はいいます。掃除や警備に押しかけるのは、そんなただの爺さん扱いされている定年後、あるいは定年前の男性がずいぶん増えているということです。

 ちなみに50代の求職者は多く、40代も、いや、それより若い求職者も今は少なくありません。求人票に「年齢不問」とあっても、若い人から雇われることが多くて、年がいくほど回ってきません。かといって若い人には定年後向きの仕事では、条件が合わないといった具合なのです。求職者が多けれど多いほど、人間が安く買い叩かれる市場が出来上がるというわけです。

 たまに夫の経験を生かせそうな仕事が出ていると、夫もわたしも嬉しい気分になります。それで通ればもっといいのですけれどね。

 夫は生憎、主夫業の素質はなさそうですが、退職まで行っていた管理的な仕事は適正がありそうです。夫の母方の祖父が伊万里の町長(その後市になり伊万里市長も務めました)をしていた血筋からか、案外そうした仕事は向いているように思えます。

 夫の父方の家系は松浦水軍だったらしいので、アバウトで強面なところが出ることもあり(わたしが悩まされたり泣かされたりするのは、夫のこの面が出たときです)、あるいは経理部長をしていた父親の律儀さもどこかで受け継いでいるところがあって、とにかく複雑な男ではあります。

 流通業関係、接客業は長い経験から適正があるでしょう。雇われたら、生真面目にご奉公する昔気質を秘めているので、精神的に損なわれない、使い潰されずに済む仕事が見つかればいいなあと願っています。

 夫はポリテクで貴重な友人ができ、昨日、電話をしていました。考え深くてしっかりした、几帳面な男性です。彼もまだ仕事に就けないそうで、もったいない話だと思います。励ましあって、2人共適職に就けますように……! 

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2012年4月 7日 (土)

土井善晴先生レシピ「コーンスープ」

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 これまではコーンスープというと、薄切りにした玉ねぎをサラダ油でいため、バター、小麦粉を加えて牛乳でのばし、スイートコーン、スープストックを入れ、生クリームで仕上げる……というのを作っていましたが、面倒だわと思うと、牛乳を入れて作るキャンベルのコーンポタージュが美味しくてすぐにできるので、よく使ってきました。

 時間がないときはミキサーを洗うのが少し面倒ですが、この土井先生の「コーンスープ」はすぐにできて、手作りの美味しさが際立つ、本当に自然な味わいのコーンスープ。ひと煮立ちさせた卵がほどよいとろみをつけてくれるという感じです。

 『週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.40』からレシピをご紹介します。

(デアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。

[材料・2人分]

  • コーン缶……1缶(130g)
  • 牛乳……180ml
  • 卵……1個分
  • 塩……小さじ1/3

[作り方]

  1. コーンはざるにあけ、水けをきる。コーンと牛乳をミキサーに入れて30秒ほどかけ、なめらかにする。
  2. 鍋に①を入れ、温まったら塩を加える。
  3. 卵を割りほぐして加え、ひと煮立ちさせたら器に盛る。

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 東芝の石窯オーブンレシピ。豚ロース肉4枚をしゅうゆ大さじ4、酢大さじ3、おろしにんにく2片分、ごま油に15分漬け込んでおきます。輪切りにした玉ねぎには塩・こしょう。
予熱なし250℃で、27~32分。

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 さわらの竜田揚げ。さわらの切り身をしょうゆ、酒、しょうが汁に漬けておき、片栗粉をまぶしてからりと揚げました。

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 冷蔵庫にあったウインナーを利用したジャーマンサラダ。

 ウインナー6本とじゃがいも3個は茹でて切り、塩・こしょう。
 玉ねぎ1個は薄切りにして塩を振って揉み、水にさらしたあと水気をしぼります。
 パセリのみじん切り、塩小さじ1/3、こしょう、ワインビネガー大さじ1、オリーブ油大さじ3、好みでしょうゆを混ぜてウインナー、じゃがいも、玉ねぎをあえ、冷蔵庫で冷やします。

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 鶏ミンチで作ったつくね、高野豆腐、茹で卵。そのままお弁当のおかずになりそうな、ある日の夕飯のメインディッシュでした。 

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2012年4月 6日 (金)

夫の定年後8ヶ月の雑感、及び神秘主義メモ

 夫が定年退職後8ヶ月も再就職できないということは、その間生活設計どころか、将来の見通しが立たないということを意味します。

 継続雇用が実現さえしていれば、退職一時金を使って、わたしは初めての単行本を出す予定でした。ところが、夫は継続雇用の件がはっきりする以前に、退職金払いの形で彼の分け前をかなりオーバーして買いたいものを買ってしまいました。

 まあ夫と暮らしていれば、こんなことは珍しくもないことなので、わたしは単行本を諦め、子供たちとの海外旅行へと予定を変更しました(息子の分はないので、自分で出して貰って)。取材旅行を兼ねたものとなるはずだっただけに、夫が継続雇用を匂わされるだけ匂わされて放り出されたとき、言葉もありませんでした。

 一番ショックだったのは夫でしょう。しかし、よくよく考えてみると、在職中羽目を外すだけ外して家族に迷惑をかけてきた夫が定年まで勤め上げられただけで奇跡に近い出来事であったはずで、それだけでも幸運だったとわたしは思うことにしました。

 なるべくなら夫の能力が生かせるところ。危険な仕事や、肉体・神経を損なうような仕事は、避けたいものです。ブラック企業ではないところ。どこまで妥協し、どこまで希望を貫けばいいのか? 毎日夫婦で話し合っていますが、難しい問題です。ハローワークには毎日20件くらい、新しい求人が出ます。使いもの(?)になりそうなのは、月に精々1件か2件といったところです。決して高望みをしているわけではないというのに。

 このキビシイ状況をどう乗り切ったらいいのか、どう乗り切れるのか、一向にわかりません。60以上でもよいという求人は本当に少ないです。

 可能であれば、わたしが見つけるほうがいいはずです。そう考えて、夫に家事を少しずつ教えてきました。その結果、彼には主夫業は無理だと8ヶ月のお試しで改めてわかりました。教えたいことの2割しか教えることができず、それ以上は足踏み状態。容量いっぱいかなという感じです。

 仮にわたしが仕事に出たとして、帰宅後に倒れ込み、家事を一切しなくて済むのであれば、しばらくは何とかなるかもしれませんが(わたしが検査入院したときのように、娘に負担がかかるでしょう)、遅かれ早かれ家庭生活に破綻が生じるのは目に見えています。 

 家事は遊びではないので、厭きても報われなくても、どんな精神状態のときにも続けなくてはなりませんが、わたしの2割程度の家事能力では任せられません。夫の再就職が如何に困難であっても、現状では夫に外に働きに出て貰う以外にないという結論に辿り着きます。

 それにしても、これほど働く人間が安く買い叩かれる社会というのは、恐ろしい。少ない求人に大勢が群がるさまも恐ろしい。この二つの現象は表裏一体の関係にあります。老いも若きも大変です。今のままでは、まずは生活保護、それから年金……といった具合に、日本社会を支える福祉から破綻を来してしまうのではないでしょうか。 

 この先のことを思うと不安になりますが、昨年中に不安になり尽くした感があり、成り行きを見守りながら、半ば開き直っているという感じです。

 

 ここからは神秘主義者としてのメモになりますので、こうした話題がお嫌いのかたは、閲覧をここまでにしておいてくださいますよう。

 実は、再就職が簡単に運ばないことは、死者――霊といったほうがいいですね――のつぶやきから察知していました。

 その霊が生前どなただったか、今回ばかりはわかりませんでしたが、この世の一般人という感じを伴い、浄化された高級霊のような感じは全く受けなかったので、おそらく亡くなって間もない人の霊で、生前わたしに関心を持ってくれていた人なのでしょう。生きている人の思いが伝わって来るときと同じ伝わりかたなので、姿が見えることはないのですが、雰囲気から40代の女性かなと思いました。

 ブログを通じて関心を持ってくれた方かもしれません。前に一度、そんなこともあると思わざるをえなかったある出来事がありました(これについては、いずれまた)。わたしに骨腫瘍の複数あることが発覚したばかりのころ、がんだったらどうしようという思いから、闘病ブログばかり閲覧していた時期があったのです。その間お亡くなりになった方も複数名いらっしゃいました。

 で、そのときのことを詳しく書くと、昨年の12月の初旬、夫が流通業関係の企業の書類選考に通り、てっきり決まったとばかり思い込んだときのことです。わたしは「これで、今までほどには倹約しなくてもよくなりそう」と心の中でつぶやきました。すると、すぐ傍で「いやー、しばらくは……」と上に書いた霊の――透聴力でしか聴こえない――つぶやきが聴こえたのです。

「えっ?」と思ったわたしは、それ以上の情報を引き出したいと思いました。でも、その霊はおそらく「しまった!」と思ったに違いありません。それ以上は何もわかりませんでした。

 彼の世は『時間』というものの構成や感覚が違うようですから、この世で未来に起きることがどの程度までかは霊には――霊によって程度の違いがありそうですが――わかるようです。ただし、それをこの世の人間に教えてはいけない決まりになっているらしく、常識的(?)な霊は、普通、そうしたことを軽々しく漏らしたりはしません。

 わたしの感受性が強いために、その霊のつぶやきを傍受してしまったただけのことであって、その霊が自発的に、未来に起こりそうなことをわたしに漏らしたわけではありませんでした。

 こうしたことから考えても、生きている人間にとり憑いたり、幽霊になって現われてみせたりして、未来のことやプライベートなことをこれ見よがしに暴き立ててみせる霊が如何に意識の低い存在であるかがわかるというものです。

 人間がこの世に勉強のために降りて来ているのだと仮定すると、種明かしをされてしまった場合、勉強する意欲が薄れたり真剣味がなくなったりするでしょう。悪友が、カンニングを誘いかけてくるのと同じです。

 わたしたち夫婦は、力を合わせてこの難局を乗り切らなくてはならないのでしょう。

 重苦しい毎日であっても、神秘主義者としては、自然な形で霊的な感受性が深まっていく不思議さを感じています。

 前にもたびたび書きましたが、前世に関する僅かばかりの霊的記憶を抱き締めて、この世に降りて来たわたし。前世では、男性の修行僧として高齢になってから死んだようです。たぶんバラモンかなんかで、社会的にも恵まれたエラソーな修行生活を送って死んだのでしょう。

 小学低学年の頃まで瞑想の習慣が残っていましたが(家族が寝静まった深夜、暗闇の中で敬虔そのものに行っていました)、その後は霊感などとはほぼ無縁な高校時代までを送り、大学時代になって、いくらかオーラが見えるようになりました。

 そして、重体の母の枕元で貴重な体験[を参照]を――尽きせぬ泉のような神性が自身の内奥に存在することを発見――しました。天使のような高級霊を見たのも、この頃。


2007年9月30日 (日)
手記『枕許からのレポート』
http://elder.tea-nifty.com/blog/2007/09/post_e32f.html

 結婚後には徐々に、肉眼では見えない様々な存在に気づかされ、オーラの構造に気づかされ(普段は意識しませんし、あまり見えませんが、ごく稀に、完璧といってよいくらい鮮明にオーラをその構造に至るまで見ることがあります)、想念形態[神智学用語]を目撃し……といった具合に、まるで神秘主義のカリキュラムに沿って学ばされているみたいです。ブラヴァツキーの神智学文献は、わたしの知る限りこうした分野の最高のテキストです。

 前世に関する僅かばかりの記憶と一緒に、彼の世の大気や光がどんなにすばらしいかのほのかな記憶をも抱き締めてきたわたしは、このあたりでもう彼の世に帰りたい気がするくらいですが(それは何年、何十年先に実現することやら?)、この世に降りてくることの大変さも覚えているので(二つの世界にギャップがありすぎるのです)、なるべく長くこの世で粘って、学べるものは学び尽くしたい気もしています。

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2012年4月 4日 (水)

甘い罠への警告 - 夫の定年メモ

 年金の支給開始年齢引き上げに伴う、65歳までの再雇用義務化への動き。

 その動きに敏感に反応した夫の古巣(流通業。店舗数は300に近い)は、4月1日付で給料の減額に踏み切っただけではなく、今日古巣の仲間からかかってきた電話の内容によると、59歳前の早期退職を募る方向へ動き出したらしい。

 業績悪化の評判は聴かないから、前掲の厚労省の動きを察知しての対応策に間違いないと思われる。

 ゆめゆめ、早期退職の甘い囁きに釣られることなかれ――と、継続雇用が認められず、定年後8箇月経っても再就職口が見つからない夫は仲間に警告していた。

 中高年の職探しは、わたしの文学賞応募とほぼ同じ状況となっている。

 公園の清掃くらいでもフルタイムであれば、かなりの倍率となるほどなのだ(地域や時期によっても違うだろうけれど)。当然、公的機関の応募などには殺到する。

 姥棄山の伝統は生きている……と夫は哀愁に満ちてつぶやいた。

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胸の圧迫感にニトロペン

胸の圧迫感にニトロペン

早朝、胸の圧迫感で目が覚めましたが、朝の薬で治るかもしれないと思い、服用して様子を見ていました。が、改善の兆しがあまり見られなかったため、舌下。

スプレー式のミオコールスプレー、出していただけないか、今度の受診日に訊きそびれないようにしなくては。

耳からうなじ、瞼……湿疹は悪化中。瞼が真っ赤なんです! こんな顔じゃ外出も嫌になります。薬剤性肝炎になったとき、湿疹がひどくて、肝機能が戻ったら綺麗に治り、昨年の冬までは大丈夫だったのに。

肝炎で、循環器の先生から大学病院に行かされたとき、原因を探るためにあれこれ検査を受けました。そのときに、何種類もあるホルモンのうちのいくつかをピックアップした内分泌系の検査なども受けたのですが、強いステロイド剤を使う検査を受けたのです。

その強いステロイド剤服用後に、ムキムキって気分になって、最強の女になった錯覚を覚えたほど。真冬だったにも拘わらず、待ち時間にじっとしていられなくて、病院を出てほとんど走らんばかりにあちこち歩き回りました。

今思えば、あのステロイド剤で湿疹が治ったのかも。それが、また出て来たというわけでしょうね。ファンケルもだめになり、ドクターシーラボのピンクの敏感肌用でしのいでいましたが、瞼が真っ赤に。ピンクが切れたので買いに行ったときに、評判のよい皮膚科を2軒教わり、受診を迷っているところです。

ただ、皮膚科で出して貰うスロイドを使って一時的には治っても、必ず再発するので、ハーブや漢方薬を試したいところですが、
「何でもかんでも口に入れるんじゃない! 薬は極力、肝臓のことを知ってくれている循環器の先生に出して貰うように」
という肝臓の先生の声が聴こえた錯覚に……!

ああどうしよう? 逆流性食道炎もあんまりよくありません。不快。喘息のほうは、このところ問題なし。

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2012年4月 3日 (火)

還付金 - 夫の定年メモ

 本日、申告を済ませました。

 1月4日に、確定申告について税務署に問い合わせたところ、「今回は還付金申請のみなので、いつでも受付可」とのことでした。

 で、3月いっぱいは税務署も忙しいだろうと想像し、本日申告へ。

 還付は3週間後とのこと。

 対応は丁寧、親切でした。

 うちの場合、還付対象として受付られた書類は以下。

  • 医療費明細書
  • 配当金支払証明書兼支払通知書
  • 健康保険料納付証明書
  • 公的年金等の源泉徴収票
  • 社会保険料(国民年金保険料)控除証明書
  • 給与所得の源泉徴収票
  • 生命保険料控除証明書

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2012年4月 1日 (日)

カテゴリー「夫の定年」を再公開しました

 ポリテクが3月27日で修了したので、非公開設定にしていたカテゴリー「夫の定年」を再公開することにしました。

 今後もこのテーマで記事を書いていきたいと考えています。間違ったことを書くことがあるかもしれませんが、あくまで私的な記録ということで、どうかお見逃しくださればと思います。

 現状を述べますと、雇用保険(+日当700円。4月から500円になるそうですよ)が出ていたポリテク通所期間内に再就職できたらと思っていましたが、まだできていません。

 リフォーム技術科は34名でした。A班とB班の半分に分かれて別のことをしていたので、夫にその人がどんな状況にあるかがわかるクラスメートは17名でした。

 そのうちの男性1名は通所前に受けていた就職試験にパスしてすぐにやめ、残る16名中、修了までに就職できたのは男性1名、女性3名のようで、しかも、全員正社員ではないようです。

 男性で決まった人は、流通業の短時間労働とのことです(労災、雇用保険はあるが、健康保険、厚生年金はなし)。女性のほうが比較的決まりやすいのは、短時間労働で妥協するケースが多いということがあるようです。

 昨年の7月末で定年退職した夫は、ポリテクに補欠合格して昨年10月から今年の3月にかけて電車通所しながらずっと真摯に就活を続けてきました。予想以上の厳しさでした。

 夫は運転免許、甲種防火管理者くらいしか資格を持っていません。でも、他のクラスメートはほとんどが多くの資格を持っていたとのこと。それでも、なかなか就職できない現状があるのです。ぴんと来ないかたもいらっしゃるでしょうが、日本は凄いことになっているとお考えください。

 ポリテクに通うメリットはいろいろとあったようです。しかし、そこで身につけたことが半端で(科によっては資格に結びつくものもあるが、若者向き)、就活には役立たない、企業へのパイプがないなど歯痒いところがあって、設備やシステムが整っているだけに、もったいない気がします。国は何とかしてほしいものです。就職に結びつかなくては、何にもならないのです。

 うちが今後どうするか……です。ポリテク期間中は、雇用保険と企業年金(と名はついていますが、大企業なんかの企業年金とは違い、退職一時金以外を分割したものにすぎない)でやってきました。少ない退職一時金を崩したりもしながら。まあまあ、うまく遣り繰りしてきたほうだと思います。

 フルタイムが見つからなければ、キビシイなあと思います。

 その場合は、仕方がないので、健康保険料を子供の扶養に入って浮かし、賃金、厚生年金、上に書いた名ばかりの企業年金でやっていくことになります。それでも苦しければ、国民年金を早めに受けとるようにするかもしれません。ちなみに、ポリテクで夫の友人になった人が計算したところによると、77歳以上生きたら、早く受けとらないほうが得になるとのこと。

 ただ、収入が下がったので、今後、税金は安くなります。

 また、夫の生命保険の見直しの時期に当たっていたので、それを解約しました。保険料をこれまでと同じに設定して貰うと、保障がひどくオソマツになってしまうように感じられ、馬鹿馬鹿しくなってしまいました。

 保険についてあれこれネットでリサーチしてみて、いっそ入らなくてもいいんじゃないかと話したりもしていました。というのも、わたしは迂闊にもお知らせが来るまで知りませんでしたが、平成24年4月から入院だけでなく、外来診療の場合でも限度額適用認定証が適用されることになったということもあります。

 結局、全労済の保険に入りました。夫の友人に全労済で働いていた人がいて、保険全般に詳しいので、相談したのです。三つ組み合わせても(別個の契約なので、経済状態によって、必要度の低いものから切り捨てることもできる。入ったのは、終身型の医療保険、年齢制限の死亡保険、総合保険)、これまでの半額で済みます。あとアフラックのがん保険は続けて入っています。

 わたしは夫が入っていた生命保険の妻型の部分を切り離して、単独のものにして貰っていました。これは今のところ、そのままです。がん保険も夫のおまけですが、おまけにしてはお得ではないかと。契約者の死亡後も同じ保険料を払えば、おまけの保障は続きます。

 キビシイ状況の続いていることに変わりはありません。それでも、五里霧中の心細さがあった昨年と比べれば、いろいろとわかったことがありますし、夫婦の智恵を合わせて柔軟に対応していけば、何とかなる気がしています。

 わたしも職を探そうと考えたりもしていました。が、やはり体力的に無理なので、これまでのように創作を続けながら、家事に精力を注ぎたいと思っています。

 家計が苦しいときって、料理が得意だと助かりますよ。いろいろとあっても、美味しいごはんを作ると、家庭が明るくなります。食材の工夫で、倹約していても気づかれません。専業主婦として、それなりに有能な働きをしてきたと自負していますよ、ハイ。 

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