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2012年3月26日 (月)

Notes:不思議な接着剤 #80 南仏作家の児童文学作品に挿入されたマグダラのマリアへの祈り

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

 カテゴリー「Notes:不思議な接着剤」にメモは入れたが、このNotesの更新は昨年の夏以来だった。マグダラのマリアをめぐるリサーチを依然続行中であるため、なかなか執筆に戻れないが、他のことに気をとられていると、揺り返しを受けてハッとなったりする。つい昨日も、そんなことがあった。

 児童文学界を考察した「瀕死の児童文学界」を書くための資料として、他の9冊の本と共に以下の本を図書館から借りた。

 借りたら、すぐにざっと全部に目を通す習慣なので、順に――読むというより――見ていった。そして、アンリ・ボスコ『犬のバルボッシュ』を何気なく開いたら、以下の文章が目に飛び込んできて驚いた。

[引用 ここから]……
マグダラのマリア様
もしもわたしにその値打ちがあるなら
苦しみからお助け下さい
……[引用 ここまで]

 『犬のバルボッシュ』は純文学の手法で書かれた神秘主義的ムードを湛えた児童文学作品で、なるほど、南仏作家らしい。少年とその伯母が旅をする物語で、飼い犬のバルボッシュが自由な同行の仕方をし、よい味を出している。その旅の途中、洞穴を抜けるときに伯母が安全祈願のために少年に教えてくれたのが上に引用したお祈りなのだった。

 南仏に染み通っているマグダラのマリア伝説、信仰の一端を見た思いがする。

 わたしのリサーチでは、マグダラのマリアはイエスの伴侶で[根拠として挙げられる一例:ラビと呼ばれたイエスだが、ラビは結婚しているのが普通だった]、イエスの死後、マグダラとペトロとの対立が顕在化。そしてイエスの死から遠くない時期に、何者らかの陰謀によるものか、あるいは望んだ亡命だったのかはわからないが、マグダラを含むイエスの弟子の一部が南仏に小舟で漂着した。

 同行した中に黒人の召使いサラがいて、召使いにしては扱いが大きく、サラの遺体はサント=マリー=ド=ラ=メール(海の聖マリアたち)という町の教会の地下聖堂に安置されてジプシーの守護聖女となっている。

マーガレット・スターバード
英知出版
発売日:2005-06-01

 スターバードは、サラがイエスとマグダラの子供だった可能性を追究している(この著作はもったいなくて、少しずつ読んでいる。特にタロットに触れた辺りはもったいなさすぎる!)。

 町では聖サラ、別名サラ・カリ(黒い女王)を記念して祭りが開かれる。サラという名前は、ヘブライ語で「女王」「王女」という意味で、地元の伝承ではサラはまだ子供だったと伝えられているという。

 ピラトはローマ兵たちに命じて、「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と十字架上の札に書かせた。マイケル・ペイジェントらは『レンヌ=ル=シャトーの謎――イエスの血脈と聖杯伝説』でイエスがダビデの血筋を引いていた可能性を追究した。

 わたしは過去ノート#51で、ウォラギネのヤコブス[1128 - 98]の『黄金伝説』に出てくる砂浜で遊んでいる子供と母の乳房を求めた赤ん坊については、時間的な置き換えがなされているか、二人の子供に関する出来事を一つにしてしまっているとしか思えないと書いた。また、マグダラと赤ん坊は亡くなってしまい、もう一人いた男の子を領主夫妻が引きとったかもしれないとも書いた。

2010年4月 5日 (月)
Notes:不思議な接着剤 #51 二つの嵐とマグダラのマリアの安否
http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/04/notes51-7d04.html

 マグダラの生死について、わたしのようなことをいっている著作はないので、マグダラはユダヤ人共同体に子供たちと共にうまく溶け込んで布教に励み、後に洞窟に瞑想のために籠もったと考えるべきかもしれない。萬子媛のように(萬子媛のときのように、マグダラの籠もったとされる洞窟に行けたら何かを感じることができるかもしれないけれど)。

2012年3月12日 (月)
祐徳稲荷神社 ③萬子媛ゆかりの石壁神社にて
http://elder.tea-nifty.com/blog/2012/03/post-31b2.html

 遊んでいた男の子が女の子だったとすると……。

 黒人サラの母であるマグダラも、黒人だったと考えられる。黒い聖母信仰の起源はケルトの地母神信仰に由来するのではなく、マグダラとサラに由来するのかもしれない。

 ところで、スターバードはサラをエジプト人と書いているが、エチオピア人説もある。わたしは児童文学作品Pではペガサスを登場させたので、続編ではアンドロメダで行こうと考えた。知らなかったが、調べてみるとギリシア神話でアンドロメダはエチオピアの王女だった。このエチオピアについてもわたしは無知で、調べてみて驚くことになったのだった。別のことをしていても、どういうわけか、マグダラのマリアのテーマに引き戻される感じがしている。

 以下はウィキペディアより抜粋。

[引用 ここから]……
エチオピア
ウィキペディアの執筆者,2012,「エチオピア」『ウィキペディア日本語版』,(2012年3月26日取得,//ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%81%E3%82%AA%E3%83%94%E3%82%A2&oldid=41530861).

エチオピアは、アフリカ最古の独立国として知られる。

国名のエチオピアは、ギリシャ語の「日に焼けた」という意味のアエオティプスに因むが、これはエチオピア人の肌の色に由来しており、本来の意味はアフリカ大陸の広範囲に渡る地域を指す。

エチオピアには元々ネグロイドの先住民が住んでいたが、イエメンのサバ王国から住民も少数移住し、ソロモン王とシバの女王の血筋を受け継ぐと称するアクスム王国が、現在のエリトリアにある沿岸の港町アドゥリスを通じた貿易で繁栄した。全盛期は4世紀でこのころコプト教伝来の影響が見られ(コプト教伝来以前はサバ王国から伝わった月崇拝を宗教としていた)、クシュ王国を滅ぼして、イエメンの一部まで支配したとされる。
……[引用 ここまで] 

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