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2012年1月の38件の記事

2012年1月30日 (月)

シネマ『ブリューゲルの動く絵』を観て

 昨日、『ブリューゲルの動く絵』という映画を観た。
 監督は、ポーランドのレフ・マイェフスキ。2011年、ポーランド・スウェーデン製作。

 公的な出生記録の存在しない当時、画家ブリューゲルがいつどこで生まれたのかはわからないが、1525年から1530年の間に生まれたと推定されている。
 1551年、アントワープの画家組合にマイスター登録。アントワープ、次いでブリュッセルで暮らした。

 小さな港町だったアントワープはブリューゲルが暮らした当時、ヨーロッパの中心都市として繁栄を極めていた。
 ブリューゲルはそこで長く暮らし、1552年頃にイタリア旅行。1562年、ブリュッセルに移り住んだとされる。

 ブリューゲルの絵に入り込んだみたいな気分にさせられる、リアルな映像だった。

 パンフレットによると、
①ポーランド、チェコ、オーストリア、ニュージーランドでのロケーション撮影した映像
②ブルーバックの前で演技する俳優たち
③7×20メートルもの巨大なキャンバスにマイェフスキ監督自身が描いた《十字架を担うキリスト》の背景画
 が、編集の段階で組み合わされたという。

16世紀のネーデルラントの日常に、人類の記憶の中で屈指の事件(ここでは新約聖書中最も深刻な一コマ)がさり気なく置かれるというブリューゲルの手法がよく理解されて製作された、見応えのある芸術映画となっていた。

 ストーリーらしいストーリーはない。
 ルトガー・ハウアー扮するブリューゲルが、マイケル・ヨーク扮するパトロンのニクラース・ヨンゲリンクに《十字架を担うキリスト》のモチーフや構図を語らせるかたちをとって、ただ、ただ、絵の解釈を示すことに終始した映画だった。

 どこまでが実物で、どこからが絵かがわからないほどだった。
 登場人物たちの衣装は16世紀フランドル風の色合いを出すために野菜や果物を用いて染められた手縫いの作らしいが、よい色合いだった。わたしは聖母マリアの衣装のやわらかで上品な色合いに魅了された。

 画家ブリューゲルを演じたルトガー・ハウアーは悪くはなかったが、ブリューゲルの自画像からすると、重厚さがタフ・ガイに置き換えられてしまったという風貌に加え、透徹した鋭さという感じがあまりなく、物足りなさは否めなかった。

 老年期にあるシャーロット・ランプリングが、嘆きの聖母マリアと16世紀に生きる主婦とを二重写しにしたような二役を好演。
 怜悧な感じが年輪を重ねることによって和らぎ、抑制の利いた気品のある表情はなかなかよかった。

 新婚らしき仔牛売り夫婦がピクニックのように食事を楽しんでいたのが、暗転。
 男性が赤い服の騎士たちに散々鞭打たれたあと、ポールの先にとりつけられた車輪に置かれて空中高く晒され、鳥に啄まれる車輪刑に処される場面では、顔を覆ってしまった。
 それはまるで、チベット仏教などでは神聖とされる鳥葬の、あくどい戯画化のようだった。
 何て残酷でグロテスクな見せしめなのだろう。キリストの磔刑のほうがまだしも刑としては人間らしい、と感じさせるほどだった。

 処刑が日常化した中でも、子供たちは生き生きと遊び、飼われて使役されたり売られたりする動物たちは可愛い。
 ネーデルラントの日常生活に暗躍した異端狩り。
 大人たちには、平静と無関心とを装って暮らさざるをえない過酷な現実があった。

 ハプスブルク家がスペイン他ネーデルラントも支配していた。
 ハプスブルク家フェリペ2世の命令で、ネーデルラントの異端を一掃するため、スペインからアルバ公が送り込まれた。
 密告制度が恐怖政治を出現させたといわれるが、アルバ公がブリューゲルの暮らすブリュッセルへやって来たのは、1567年。映画に登場する『十字架を担うキリスト』が描かれたのはそれ以前の1564年だった。

 アルバ公進軍のその年、ブリューゲルは40歳前後だったとされる。
 不吉な予兆がブリューゲルに『十字架を担うキリスト』を描かせたのかもしれない。

 アルバ公の進軍以前から民衆を苦しめる様々な事件が勃発して、既に人口は減少していたのだった。
 アルバ公の評議会は8,000人のネーデルラント人に死刑を宣告。
 ブリューゲルの死はアルバ公進軍の2年後、1569年のことだった。

 死の前年に、『盲人の寓話』『絞首台の上のカササギ』『人間嫌い』『農夫と鳥の巣取り』『足なえたち』『嵐の海』といった傑作が矢継ぎ早に描かれていく。
 率直すぎるくらいの作風とブリューゲル自身とが弾圧の対象とならなかったのが不思議なくらいだが、ブリューゲルは死の直前、妻に指示して危険と思われた素描画を焼かせたという。

 亡命する人々も多い中、ネーデルラントにとどまり続けた画家ブリューゲルが深刻な現状にどのように向き合ったのか、わたしはずっと興味を持ち続けているのだが、あの時代のネーデルラントを、現代の技術を駆使して再現しようとした映像に、ブリューゲルの絵に一歩近づけた気がした。

 ブリューゲルが正統派(カトリック)だったのか、それともカルヴァン派、ルター派、再洗礼派などの異端派だったのかは不明だが、ブリューゲルの絵の傾向からすると、カトリック一辺倒な人物にはありえないモチーフや構図である気がする。

 森の中での秘密の宗教集会の模様を描いた『洗礼者ヨハネの説教』は1566年に描かれている。
 冷酷無比な人として知られたアルバ公の軍隊のやって来たのがその翌年だから、絵に描かれた人々は、野ウサギのように迫り来る足音に耳をそばだてながら集会に参加し、そして、多くが処刑されていったのだろう。

 余談になるが、時を遡ること、ヨーロッパ中世最大の異端派として知られるカタリ派にとって、森はかけがえのない存在だったと、アーサー・ガーダムはいう。

 カーダムは、イギリスで精神科医として高名だった人だが、自らの過去生の一つがカタリ派としての人生だったと自著『二つの世界を生きて――精神科医の心霊的自叙伝』(大野龍一訳、コスモス・ライブラリー、2001年)で語る。
 輪廻転生を信じ、殺生を禁じ、世俗権力の否定と禁欲で知られたカタリ派は《西欧の仏教》と呼ばれることがある。
 ガーダムによれば、カタリ派は、しばしば森で集会を行ったそうだ。また、森の中を逍遥することを愛した彼は、そこで瞑想したり薬草を集めたりし、また身を隠すために森へ行ったと書く。

 絵の中の岩山の高みにある風車小屋の存在は謎めいているが、全能の神をシンボライズしたかのような映画の描きかたには、疑問がある。
 それにしては、絵の風車小屋はあまりにさり気なく、つつましく、平和に存在しているからだ。

 一つの達観、あるいはタロットカードでいう運命の輪(宇宙法則)をシンボライズしていると捉えるほうがぴったりくる気がするが、もしかしたらこの風車小屋は、一個人を超越した画家としてのブリューゲル自身をシンボリックに表現したものなのかもしれない。

 ※参考文献
○中野孝次『ブリューゲルへの旅』(河出書房新社、1980年)
○ローズ=マリー・バーゲン&ライナー・バーゲン『ニューベーシック・アート・シリーズ ピーテル・ブリューゲル』(ダッシェン・ジャパン、2002年)

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パセリ、豊作!

パセリ、豊作!

プランターいっぱいに育っているパセリを毎日のように使っていても、添えたり、散らしたりといった程度では、使いきれないほど。

昨日、牛肉が安くなっていたので、角と切り落としを買い、切り落としは冷凍に。

今日の夕飯に、角を使ってボルシチとビーフシチューのどちらにするかで迷いましたが、ビーツ缶がありますし、セロリと以前買っておいたサワークリームもあるので(これ、意外に日持ちします)、ボルシチに決定。

となると、パセリの出番。パセリライスにすれば、ごっそり使えます。

パセリライスをひと月ほど前に初めて作ったのですが、パセリ臭すぎて食べられないかもしれないという心配をよそに、意外な食べやすさでした。

家族にも好評で、特に夫が気に入ってくれました。パセリのプランターの管理人(?)は夫なので、パセリを使った料理が嬉しいということもあるみたいです。

炊き立てのごはんに、ペーパータオルで水気を拭きとってみじん切りにしたパセリ、バター、塩、こしょうを混ぜるだけです。

カレーやビーフシチューに添えるのであれば、みじん切りにしたパセリを混ぜるだけでいいでしょうね。

ビーフシチューとボルシチのレシピは、過去記事検索で出て来ると思います。

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2012年1月29日 (日)

戯れにググってみたら ③風と光が薫る熊沢正子さんの3冊の本

 図書館から、熊沢正子さんの著書3冊『チャリンコ族はいそがない』(山と渓谷社、1988年)、『チャリンコ族はやめられない』(山海堂、1993年)、『チャリンコ族は丘を越える 台湾・ヨーロッパ・韓国紀行』(山と渓谷社、1996年)を借りてきて、読んでいるところです。 

 「前登志夫の文芸ノート『詩』」(学研・高3コース)で印象に残っていた詩の作者・熊沢正子さんと、3冊の本の著者・熊沢正子さんは同じ人に違いないという結論に達しました。

 「前登志夫の文芸ノート『詩』」で入選した詩の作者名と高校名はわかります。本からは著者が高校時代から慣れ親しまれたというJR駅名がわかりました。高校名と駅名は共通しており、生年から見ても、間違いないと確信しました。

 何より詩と紀行から受ける印象に共通点がありました。思いがけず、高校時代に熊沢さんの詩のファンだったわたしは、成人後のご著書を通して、その生きかたに触れるという僥倖に恵まれたというわけでした。

 すっかり黄ばんでしまった「前登志夫の文芸ノート『詩』」の切り抜きを、すっかりおばさんになったわたしが今も時々とり出して読みたくなるのは、熊沢さんの詩があるからでした。熊沢さんの詩には、生きる勇気と真摯さを思い出させてくれる力がありました。

 同じみずみずしさが、前掲の3冊の本にはこぼれんばかりです。

 自転車旅行の醍醐味だけでなく、著者の生きる上での葛藤や試行錯誤のさまが率直に描かれていることに胸を打たれます。少年のような一途さ、おおどかといってよいスケールの大きさの陰に、ナイーヴや細心さなども感じられて、著者の人間的な魅力に惹かれずにはいられません。

 個人的には、上の本の南フランス、特にカルカソンヌの町の描写に胸がときめきました。夫の退職後に待っていた期待外れな出来事が相次ぎ、諦めた海外旅行。子供たちとの海外旅行が実現していたとしても、行けたかどうかはわかりませんが、わたしが一番行きたいと思ったのはまさにカルカソンヌでした。

 児童文学作品『不思議な接着剤』の続きを書くためです。そうか。体力的に自転車で……というのは無理でも、諦めてしまうことはないと思いました。

 『チャリンコ族は丘を越える 台湾・ヨーロッパ・韓国紀行』が出てから16年。熊沢さんは編集者に戻られたのか、農業をなさっているのか……狭い世界で生きているわたしには見当もつきませんが、中学時代から児童文学作家になりたかった、アーサー=ランサムが好きだった――と熊沢さんのご著書にありました。

 中学時代から児童文学作家になりたかったという、自分とのそんな共通点にも胸がときめきます。それでいて、高校時代には詩にも熱中していらっしゃったのですよね? 

 熊沢さんなら、すばらしい児童文学作品がお書きになれるはず……。作品の舞台によいようなところへも、沢山行かれたのではないでしょうか。現在、熊沢さんは児童文学作品を執筆なさっているのかもしれないと想像すると、またしても胸がときめくのを覚えるのです。

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ニトロ舌下錠の誤使用

ニトロ舌下錠の誤使用

夜、炬燵で横になった姿勢が悪かったらしい……クッションを積んでいたせいで、変に頭が高くなり、胸の辺を挫いた格好になって、胸の左下が寝違えたように痛んだ。

状況と痛みの性質からして、冠攣縮性狭心症の発作から来たものではないことは明らかで、狭心症の発作時に比べると痛みが浅く、場所がはっきりしていて、不気味な旋律(?)を伴わない。

しかし、これはこれで痛い。フギャーと声を上げたくなる感じ。冠攣縮性狭心症のときは、心の中で「!」と思い、沈黙がひろがっていく感じになる。

万一冠攣縮性狭心症の発作だといけないと思い、ニトロペンを舌下してみた。

効かない。癪に触り、次々に3錠も使ってしまった。それでも、効かなかった。冠攣縮性狭心症の発作時に使えば、胸を中心にして、えもいわれぬ清涼感がひろがる。

発作でないときに使ってみても、本当に全然効かないということがわかった。不満足感が募る……ということは一方で、これまでは如何に自分が正しくニトロを使って来たかが判明した(別に自慢になることではないが)。

先生が、臍から上に異変が起きたときはニトロを使ってみれば、それが狭心症から来たものかどうかがわかる――とおっしゃっていたのは、このことだったのだ。なるほど。

朝になっても、胸を寝違えた(?)痛みは残っていたが、軽くなっていた。

ニトロペン誤爆の記念に、最初に使った1錠の殻を、おっきなマーブルチョコと一緒に記念撮影してみた。普通のマーブルチョコと並べてみないとわかりにくいと思うが、相当に大きい。

娘がスーパーで見つけて、買ってきた。味わってみると、糖衣が分厚い。チョコもダイナミック。

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2012年1月27日 (金)

書きたい記事が溜まっています

 このところ、15枚の小学校1~2年生対象の童話と童謡の創作にかかりっきりだったので、書きたい記事が溜まっています。

 ②まで書いて放置状態にある、祐徳稲荷神社を創建した萬子媛の記事。実は、神社を訪れたときに、ある内的な体験があったので、記録の意味からも書いておきたいと思っています。過去に書いた萬子媛に関するエッセー『萬子媛抄』も。

 熊沢正子著『ちゃりんこ族はいそがない』他続編を、今日図書館で借りる予定だったのですが、どれもあったものの書庫入りしていて、書庫は早く閉ってしまうため、明日になります。

 図書館から借りた上の「イギリス女流児童文学作家の系譜」シリーズがすばらしいので、感想を書いておきたいのですが、これもきちんとしたものを書くには時間がかかりそう。大事だと思う箇所を抜き書きするくらいのことしか、できないかもしれません。

 イギリスは児童文学のメッカで、特に女性作家の活躍が目立ちます。イギリスにおける児童文学の歴史及び女性作家について、また彼女たちの創作の秘密について知りたいと思っていたわたしには、そうした好奇心を満たしてくれる絶好の書でした。

 以下のリンドグレーンの短編童話集は、物語性がさほど強くなく、子供をスケッチした風の作品集となっています。リンドグレーンの観察眼の鋭さ、濃やかさには改めて感心させられました。これも、感想を書くというよりは、おっと思った箇所を抜き書きしておきたいですね。

アストリッド・リンドグレーン
岩波書店
発売日:2008-09-26

 今後の創作プランも練り直さなくてはなりません。応募作品を仕上げるごとに、新たに今の児童文学界の現状の一端が見えてくるという感じで、児童文学の賞は沢山あれど、エンター系の作品ばかりが受賞しているように思えます。

 純文系の児童文学作品を書いていきたいわたしとしては、そうした賞に応募する意味があるのかさえ、わからなくなってきますが、まあそれはそれとして、如何に自身の作風を守りながら応募していくかの試行錯誤はしばらくは続きそうです。何せ、お金がないので、賞狙いするしか、本を出せる道が見つかりません。

 ただ、もう昨年の話になりますが、ピリピリした気分でいたわたしが「鬼が島通信」に出合ったとき、何だか嬉しい気持ちになりました。それで、ここの『鬼の創作道場』に投稿してみようと思ったのでした。投稿作品は全て批評していただけるようです。

 今回のテーマは「たまご」。卵料理の材料は3編ぶん揃いました。自由課題を含めて、投稿できるのは2編までです。できれば課題と自由を1編ずつと思っているのですが、書いてみなくてはわかりません。

 1編書きかけたところで、前掲の童話と童謡の創作に入ってしまったのでした。それら応募作品を書いている間にずいぶん幼年童話について勉強したので、作りかけて放置していた卵料理が今は何だか中途半端な書き出しに思えます。

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2012年1月26日 (木)

重宝する長いも

重宝する長いも

 長いもが一本ごと出ていると、買うことにしています。こちらでは、北海道産か青森産のものが多いようです。

 新聞紙に包んで保存し、使い出したら切り口をラップで保護(?)してから、新聞紙で。冷蔵庫に入れておけば、かなり長持ちしますよね。2週間は確実……。

 料理法もいろいろと楽しめて、本当にありがたいお野菜!

  • 長いもとまぐろのわさび醤油
  • あっさりとした長いものとろろ
  • 上品な長いもの白煮
  • 長いものグラタン
  • 長いものバター醤油炒め。

 時間がないときは、短冊に切って、おかかと醤油をかけるだけでもグー! 梅の果肉とも、よく合いますね。

 昨日買ってきた長いもが一本、冷蔵庫に眠っていて、今夜の夕飯にどう使おうかしらと考えていたところでした。

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原稿の保存に便利なグッズ

 創作面が活性化して原稿の数が増えれば増えるほど、保存の仕方で頭を悩ませます。テキスト形式で保存するだけでは心許ないので、プリントアウトしたものを綴じて箱に収めていました。

 古い作品であればそれでもいいのですが、最近のものですと、読み直して書き直したり、新しい作品の資料として用いる場合も出てきたりするので、すぐに取り出せないのが不便な点でした。

 作品数が増えれば増えるほど、クリヤーブックの数も増えることになりますし、経済的にも馬鹿になりません。クリヤーブックの数をこれ以上増やさずに、作品を便利に収納してすぐに取り出せもするような、そんなグッズがないか、探してみたところ、巡りあったのが、以下のアコーディオン式収納ケースでした。税込1,260円。

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 クリヤーブックを増やさないためには、挟んだ作品を全部取り出して新しく使える状態にするのが一番ですが、枚数が多くなると、取り出す作業自体にうんざりしてしまいます。 

 そこで、一作品をクリヤーポケットに挟んだまま、アコーディオン式収納ケースに収めることにしました。

 エコノミーパックの補充ポケット(中台紙付き)のお徳用20枚入は税込462円。原稿のまま箱に収めるやりかたですと、取り出して繰り返しめくって見ているうちに、紙が傷んだりします。このやりかたでは、クリヤーポケットが作品を1枚1枚保護してくれますし、改めて読み直したい場合は、クリヤーブックに挟んで読むこともできます。

 紫のエルモで留めた作品は、クリヤーポケット21枚の両面に挟んだ42枚で、400字詰原稿用紙に換算すると、120枚です。21枚になるとややきついですが、15枚くらいまでなら、クリヤーポケットに挟んだまま一つの収納ポケットに無理なく納まります。頭はケースから飛び出してしまいますけれど。枚数の多い原稿だと、分けて収めるといいですね。ラベルも付いています。

 A4サイズの用紙のままだと、ケースから飛び出さずに、収納できます。短い作品の場合は、20字×20行で印字した原稿のまま収めようかと思っています。

 このアコーディオン式収納ケースは、以下のように本棚にも収納できます。

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 作品数が増えるにつれ、本棚のスペースも必要になりますが、それでも比較的コンパクトに収納できて、すぐに取り出せる便利さは魅力的だと思います。

 作品が完成するごとに単行本にできれば最高なのでしょうが、わたしにとって、それは夢のような話にすぎません。

 賞には落選したとしても、残しておきたい作品というのはあるもので、そうした作品はブログのサービスを利用して書籍化していきたいと考えています。のちに認められないとも限りませんからね。ブログのサービスは、1冊から注文できるのが、ありがたいです。日付が入ってしまうのは仕方がありません。

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2012年1月25日 (水)

整形外科受診

骨腫瘍の状態を調べるためにレントゲン写真を、両膝関節の写真を立って1枚、横になって左右の膝関節を各1枚、体育座りになって正面から左右の膝関節を各1枚――計5枚撮影。

左右の膝の皿に1個ずつある骨腫瘍の成長はゆるやかで、下のほうに食い込むなどの気配もなく、歩行の邪魔にはなっていない。

「何か気になる症状はある?」と訊かれたので、座るときに腫瘍のあるせいで突っ張るといった。先生は、ああなるほど、という感じで頷かれる。

前に脳神経外科で、まるでユニコーンの角ように額の皮膚を食い破って突き出た骨腫瘍の写真を見せて貰って以来(極端なケースなのだろうが)、それがトラウマのようになって、わたしの膝の骨腫瘍も、座るときに膝の皮膚を食い破って飛び出すのではないかと心配になる。まあ、当分は大丈夫だろうけれど。

そういう意味では、美容上、額のほうが心配だわ。脳神経外科は整形外科の隣なので、予約しておこうかとも考えたが、どうせなら眩暈が出たときに受診して、そちらも一緒に診て貰うのもいいなと思う。脳神経外科の先生の受診は月、水がよさそう。

話を戻すと、整形外科の先生は、現在循環器クリニックで処方されている薬と最近の血液検査の結果を訊かれた。

インデラル以外をジェネリックに替えて貰ってから、薬の名前を覚えていないので、『お薬手帳』を見ながらいうと、「見せて。おお、こいは覚えきらんばい」と相変わらずの佐世保弁で、先生。

『お薬手帳』は本当に役立っている。調剤薬局で、処方箋と一緒に手帳を出すと、日付、処方した病院名 ・医師名、薬名、飲む量・回数、効能――が記入されて返される。どのお医師さんも、このお手帳はよいとおっしゃる。

特に薬剤性肝炎になったときなどは、大学病院の肝臓の先生が手帳を絶賛なさったので、 何だか自分が褒められたみたいな気がしたものだが、薬剤師さん、いつもありがとうございます。

循環器クリニックで少しだけ高かったALPが話題になる。急に高くなることがあると思うと、正常に戻ることもあるので、骨が原因と見るには疑問があるという。

骨粗鬆症の場合に高くなることがあるが、わたしの場合はそれは考えられないという。

胆嚢などの臓器から来る場合もある。それで、以前骨からか胆嚢などからかを特定する検査を内科で受けているという(知らなかった)。そのときは骨からと出たそうだ。薬が原因で数値が上がることもあるという。

うーん、頭がこんがらがる。今のところ、止める薬を使うことは考えていないそうで。止める薬? そんな薬があるの?

「とにかく、Y先生に、これを渡して」と、これまでに日赤の内科で受けた血液検査全部の情報のコピーと今日撮ったレントゲン写真のコピーを渡された。

Y先生は、「子供はALPが高くなることがあるよ」とおっしゃていたっけ。Y先生に血液検査の結果のコピーを渡すというのはわかるが、レントゲン写真の情報まで必要なんだろうか?

右の五十肩については、「ガチガチじゃなかね。いかんばい、Nさん。ストレッチばせんば」と先生。

五十肩だと思うと、全然深刻な気分にはならないで済むが、服を脱ぎ着するにも不自由な状況は早く脱したい。

先生が、いくつかのストレッチを改めて教えてくださった。

次回は5月9日、11:00〜12:00。

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2012年1月24日 (火)

戯れにググってみたら ②同じ人ですか?

熊沢 正子
山と溪谷社
発売日:1988-05

わたしが高校3年生のときに心惹かれた詩の作者と同じ名前の上のかたは、同一人物なのでしょうか?

“ 熊沢正子 KUMAZAWA Masako
1958年、東京生まれ。ライター、編集者。出版社勤務を経てフリーランスとなる。85年6月から87年7月まで自転車で日本一周ツーリング。92年6月から93年3月まで、台湾・ヨーロッパ・韓国、そして日本を、同じく自転車で連続走破した。著書に『チャリンコ族はいそがない』(山と渓谷社1988年刊)、『チャリンコ族はやめられない』(山海堂1993年刊)、『アウトドアクッキング』(大月書店「シリーズ子どもとつくる(38)」1994年刊)がある。現在、アウトドア雑誌『探険倶楽部』(青人社刊)にMTB紀行等を連載中。(『チャリンコ族は丘を越える』奥付ページより転載)
転載の転載で申し訳ありませんが、わたしと同じ学年というと、1957年か1958年生まれということになります。もし『チャリンコ族はいそがない』を上梓された熊沢さんがわたしと同じ早生まれだとすれば、同一人物である可能性が高くなります。詩の作者の高校は、東京の高校でした。違ってたら、ごめんなさい!

 『チャリンコ族はいそがない』は図書館にあるようです。感想は後日。

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童謡、できました。

歌詞を書いたのは、九州芸術祭が募集していたふるさとの歌を書いたとき以来でした。

今思えば、大学生だったから賞をいただけたのかなという気もします。

大学生だったので、むしろ古めかしいムードに惹かれ、土が香るようなノスタルジックな歌詞を書いたのですが、作曲家のかたはそれに洒落た曲をつけてくださいました。

そのかたは、ケーキを沢山持って実家に現れ、優しい素敵な中年男性でしたが、出された注文は何ヶ所かの訂正で(作曲のために必要だったようです)、わたしとしても変えたくない箇所もあり、そのかたと真剣な数時間を過ごしたことがよい思い出です。

「またコンビを組んでやりましょう」とその人はおっしゃいましたが、わたしは若くてシャイだったので、盛大な音楽会に面食らい、作詞のことを含む全てを無理に忘れてしまいました。

今思えば、下手でも作詞を続けていれば上達したでしょうし、そして、あの作曲家とコンタクトをとり続けてまたコンビを実現すればよかったと残念な気がします。

それにしても、曲にしやすいように考えながら、望み通りに表現するのは難しい……いくらかユーモラスで、洒落たタッチの、様々な生き物たちを主人公にした童謡を作っていきたいと考えています。

今回は賞応募のために作りましたが、落ちたら公開しますので、どなたか曲をつけてくださいませんか?

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2012年1月23日 (月)

戯れにググってみたら ①「前登志夫の文芸ノート『詩』」(学研・高3コース)で印象的だった詩

たまたま昔々の学研・高3コース「前登志夫の文芸ノート『詩』」と題された投稿欄を読み返し、ああこの人はどうしているのだろう、と思った女性の投稿者がありました。

その人もわたしも高3の夏以降に集中的に投稿したようで、優れた投稿詩の沢山ある中、なぜか、その人の詩と名前が印象に残っていました。

その人の戦歴は、五席、二席、二席。わたしは六席、四席、三席。

実は、そのときもピアノと同じように詩はわたしの表現形式にはなりえない、と何となく感じてはいました。

しかし、もう少し詩の可能性を追ってみたくて、大学で文芸部に入部しました。

学力という点で、レベル的にはもう一つと思われた大学の文芸部に、大した期待もせずに入ったわけですが、これがわたしには圧倒的なところでした。

今思い返してみても、福大の文芸部は当時は充実した、レベルの高い活動をしていたと思います。

その文芸部で、左サイドバーに紹介記事へのリンクを設けている、天性の詩人と思われた行織沢子さん(ペンネーム)はじめ、優れた才能を秘めた部員たちとの交流が始まり、わたしも沢山書きましたが、その結果、自分に詩の才能のないことがはっきりしました。

はっきりするまで、書きに書いたので、むしろ爽やかな自覚でした。

創作は、インスピレーションと知的作業の協力で成り立ちますが、詩をわたしは頭だけで――勿論、イメージはわくのですが――作ってしまうのです。

というのも、他の形式では、小鳥のように降りてきてくれるインスピレーションも、どういうわけか詩では全然降りてきてくれないからなのです。

わたしに合わないと感じる形式は短歌、詩、推理小説(どうしても殺害行為を描けない)です。

純文学小説は、何ともいえません。

合うと感じるのは、俳句、児童小説、童話(幼児向きの童話に関しては今後の課題)、評論、エッセーです。

どの作品も、というわけにはいきませんが、これらでは――作品の最終的な出来不出来は別として――頑張っていれば大抵、インスピレーションが降りてきてくれます。ミューズの管轄が違うのかしらね。ミューズは9人いらっしゃいますから。

童謡も書けるのではないかと思っていますが……どうでしょう。作曲家や挿し絵画家とコンビを組んで仕事をするのが夢です。

歴史小説は、ぜひ挑戦してみたい形式ですが、時間と取材資金がありません。

晩年になったら、俳句に打ち込みたいなあ!

で、話を戻しますと、「高3コース」で印象に残っていた詩は、文芸部で圧倒されたような異質のまばゆいタイプのものではなく、わたしの作品よりも洗練され、スケールの大きさを感じさせるけれど、わたしが作っていた詩に近い自然体(?)の作風で親しみがわき、加えて精神の活性化を促してくれるような好ましさを持っていました。

それが、深夜戯れに、その人の名前でググってみたところ……続きは次の記事で(少し時間を置きます)。

※追記
 あとで、「高2文芸『詩』中江俊夫・選」にも、その人の詩を見つけました。その号で、その人の詩は入選、12名中10人目に登場。佳作29名。
 「高1文芸『詩』選と評◆吉野弘」(学研・高1コース)、「高2文芸『詩』中江俊夫・選」(学研・高2コース)、「前登志夫の文芸ノート『詩』」(学研・高3コース)のページは、遡るほど、保存ができていないので、他にもあったのかもしれません。その人は、わたしよりずいぶん前から、頑張って投稿していたのでしょうね。

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2012年1月22日 (日)

芥川賞……もう、やめてほしい

第146回芥川賞に決まった田中慎弥氏と選考委員・石原慎太郎氏とのみっともないやりとりをニュースで視聴し、もう、やめてほしい……これ以上文学を汚すのは、と思わざるをえなかった。

それともあれは、話題づくりのためのやらせ? 両氏の名前に同じ字があるのは、文学的血縁関係があるというしるしかしら。

何にしても、最近の芥川賞が日本人の情操を高め、文学の質を保つことに貢献しているとは思えず、その逆の影響を及ぼしているとしか思えない。

「文学界にかんする考察」というブログをつくっているので、芥川賞受賞作品はなるべく読み、批評していこうと思っていたが、金銭的余裕のない今は、発表誌を買うくらいなら、他の本を買いたいし、芥川賞受賞作品を読むくらいなら、他の作品を読みたい。

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2012年1月21日 (土)

童話、完成しました。

規定枚数の15枚ちょうどに仕上がりました。というより、ちょうどに仕上げたというべきでしょうね。

4〜6歳対象の童話の書きかたがわからず、勉強しつつ呻吟し、諦めた直後に、インスピレーションがまばゆい小鳥のように降りてきて、これは小学校1〜2年対象の童話によいのではないか、4〜6歳対象から少し年齢を上げたそれであれば、書けるのではないかと思いました。

思った通り、ぴったりでした。インスピレーションはミューズからの預かり物なので、仕上げなくてはならないし、必ず仕上げられるという確信のもとに進め、先程仕上がったのでした。

幸せな執筆でした。書いている間ずっと、ミューズの加護を感じました。15枚と短い作品ですが、手応えとしては中・長編と変わりありません。

対象年齢が違っても、純文系読み物であれば、1日に書けるのは400字詰原稿用紙に換算すると、5枚です。

のったときは15枚くらいなら書けたりもしますが、手直しにかかるので、やはりわたしに無理のない枚数となると、1日に5枚といったところです。

ですから、対象年齢が低いと、それだけ早く仕上がるという回転率(?)のよさはありますが、作品に読み応えや重厚さを求めるとなると、小学校5〜6年以上を対象とする長編の読み物ということになります。

このあと何を書くかについては、またプランを練り直すことになりそうです。

昨夜はまだ3分の2しか作品が仕上がっていませんでしたが、娘は自分のほうから読みたいといって読んでくれ、かなり気に入ってくれました。

今日は娘は午後10時までの残業なので、完成作を今夜中に読んで貰うのは無理でしょう。

昨夜より一段と、ありそうで案外お目にかかれないタイプの童話、愉快で神秘的な、美しい童話に仕上がったんじゃないかと自負しています。

子供にも大人にも楽しめる童話になったとわたしは思っているのです。

賞に応募するかどうかといったことは、世俗の出来事にすぎませんから、ここからはミューズの加護は働きません。

なるべく早く世に出るためには、どうするのが一番いいんでしょうね。これまでのような試行錯誤の悠長なことをやっていたのでは、世に出る前にいのちが尽きてしまいます。世に出られなくて当たり前だからこそ、茨の道というのでしょうが……

書いているときは一種超然としている自分がいるのに、書き上げたとたんに、俗っぽい、世渡り下手な、弱い自分に戻るというわけです。

これから残った家事を片づけて、夕飯作りです。娘が遅いので、ゆっくりでもいいのは有り難いですが、創作で力を使い果たしてしまい、あと数滴しか(?)力が残っていません。ヘロヘロで、夕飯づくり。

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2012年1月20日 (金)

あと5枚。口紅で気分転換。

昨日の外出疲れで半日つぶれ、残りの時間を家事と童話に割り当てて、5枚。現在10枚で、あと5枚です。

リンドグレーンの童話を読むと、山場がしっかり作られていて、それに比べたら、わたしのはずいぶん低い山だわ、丘くらいでしかないと思いました。

別の要素に重きを置いているので、丘程度でいいと思ったということもあり、まあこれはこれで、自分なりの仕上げかたをしてみるほかはないと思います。

あと5枚が問題です。

話題は変わりますが、昨日、病院のあとで美容室に行き(「なんと7ヶ月ぶりですよ、Nさん」と担当の人から呆れられました!)、その美容室はデパートの近くなので、ついでに化粧品売り場に寄り、口紅を買いました。

気に入って使ってきたシャネルの口紅がちびたので……娘はディオールで、これは案外なくなるのが早いみたいですが、シャネルのは太いので、結構持ちます。でも、ディオールって、楽しいオマケみたいなものがあったりしますね。娘には、シャネルの色合いはちょっと落ち着きがありすぎるのかも。

シャネルの売り場では中年女性をよく見かけますが、ディオールの売り場では、いろんな年齢層の女性たちを見かけます。

ディオールの口紅は使ったことがないので、華やかなディオールの色合いにも惹かれ、迷いましたが、シャネルの春のピンク系の新色にしました。

落ち着きのあるなかにも、可愛らしいといってよいような明るさのある綺麗な色で、唇から一足先に春が来るという感じです。

これまで選んだことのないタイプの色合いでしたが、店員さんも、試したなかではこれが一番似合うといってくれたので、決めました。オレンジ系のもいいなあと思いましたが……。口紅に組み合わせてあったグロスは、透明度の高い、艶やかなタイプのもの。

普段は外見のことなど投げ打って(?)、創作一筋という感じのわたしですが、たまには《女性》であることを思い出させてくれるこうしたものって、いいなあ……と今更ながら思いました。

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19日に、循環器クリニック受診

血液検査の結果は、ほとんど問題なかった。

肝臓の数値はグー!

日赤の内科で、副甲状腺ホルモン、カルシウムとの関連性から注意して貰っているALPは今回もオーバーだが、ほんの少しだけ。
H362(115-359)
「子供は高くなることがあるよ」と先生。
「わたし、子供でしょうか?」とわたし。

ALPというと、額の骨腫瘍を連想する。
触らなければわからなかったのに、見たらわかるようになってきた。触ると、したたかな手応え。
そろそろ、脳神経外科を受診して、ほかのコブたちの育ち具合、新しく誕生していないかなど、検査して貰わなくては。

ウォーキングしていた頃には成績優秀だった脂質代謝は、成績不良に転落。
「先生、おなかにのっている脂肪を何とかする薬はありませんか?」とわたし。
先生は「……」。何にもおっしゃらなかった。

昔、慢性膵炎といわれていた頃(今は膵臓は大丈夫といわれている)、中性脂肪値が馬鹿高くなったことがあり(600以上。基準値は40-150)、薬を飲んでいたことがあった。しかし、その頃は、むしろかなり痩せていた。栄養指導では、食事の内容には問題ないといわれた。

今は、普通の中年太りにすぎず、薬を飲むほどの異常値ではないとわかっているけれど、つい薬で脂肪がとれないかなあと甘い期待を抱き、ちょっといってみただけ。

薬剤性肝炎で大学病院にかかり、肝臓の先生から内分泌の先生にまわされたときも、ホルモン関係は灰色といわれたが、おなかの脂肪については、年齢相応の女性らしい脂肪のつきかたで全然、問題ないといわれたっけ。

でも、わたしにはこのおなかの脂肪が我慢ならない。実に神経に障る。
それでウォーキングを試みて、脂質代謝の成績はよくなったものの、わたしの心臓にウォーキングは合っていず、循環器クリニックの先生がウォーキングはしないほうがよいとおっしゃった通りだった。

看護師さんによると、わたしの体重は夏から冬にかけて3㎏増え、冬から夏にかけて3㎏減るという。
今の循環器クリニックに通うようになってから毎年、それを繰り返しているとか。だから、心配ないそうだ。
今がピークというわけか。

心臓の薬はいつも通り。インデラル、ニコランタ、コロヘルサー、アイスラール、胸痛発作時のニトロペン。
ジェネリックにして貰ってから安くなり、助かっている。

喘息の薬はフルタイド、メプチンエアー。

クリニックで待っているときに、咳が止まらなくて困った。看護師さんにいおうかどうしようかと迷ったが、忙しそうで、いえず、マスクをかけ、待合室から出たりした。

心臓病の患者さんがほとんどだから、風邪をうつされると不安にさせたかもしれない。今度から、「わたしは風邪ひきではありません。喘息患者です」と書いたプラカード持って座るというのは、どうかしら。

循環器クリニックには珍しい若い女性が、とても心配そうに受付で看護師さんに症状を訴えていた。
そのあと、奥でいろいろと検査を受けている風で、なかなか出て来ない。

なぜかわたしまで心配になり、落ち着かなかった。ようやく出て来たとき、まさか結果を訊くわけにはいかないので、それとなく様子を窺う。落ち込んでいる風には見えず、備え付けの週刊誌を読んだりしていた。調剤薬局にもいなかったから、大丈夫だったのかもしれない。

今月の25日は、整形外科の受診日。右の五十肩はまあまあ。両膝の骨腫瘍は、手術を受けなければならないほどには育っていないと思う。

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2012年1月19日 (木)

小学校1〜2年生向きの童話力は現在ソナチネアルバム辺り?

 わたしの童話の創作をピアノのレッスンにたとえると、4〜6歳向きの童話は、「ネコふんじゃった」から始まり、バイエルを齧りかけた辺りで投げてしまいました。もう少しだけ年齢を上げて、小学校1〜2年生向きの童話にチャレンジしてみようと思い、頑張った一昨日から昨日にかけて――。

 頑張っただけのことはありました。今日になったら一気に上達した感じがありまして、現在はチェルニー、ソナチネアルバム、バッハインヴェンションを並行して快進撃中といったところです。明日にはソナチネアルバムを終了し、モーツァルトソナタに入れると思います。

 コツが呑み込めたのです!

 この年齢層向きの童話が書けるようになるというのは、強いのではないかと思っています。賞にも、楽しく応募できるようになるでしょうから。長編となると、どうしても時間がかかり、途中で気晴らしがほしくなるものですが、わたしの場合、大人向きの小説では時間がかかるし、気持ちも澱むので、あまり気晴らしになりません。短い時間で仕上げられる童話が書けると、気晴らしと応募を兼ねて一石二鳥というわけです。

 まあ大人向きの童話というのもあって、賞によっては読者対象を限らないものもありますが、わたしはやはり子供向きの童話が書けるようになりたかったのですね。

 ミイラとりがミイラにならないよう、対象年齢とかテーマ以外のことで、賞の傾向に自分の創作を無理に合わせるようなことはしないようにしたいと考えています。自分の作風を一番大事にしたいということです。

 何より、身近なものも童話の素材に使えるとなると、周りのものが新鮮に見えてきます。童話を書くコツとは、いわば蘇りの術で、対象となる年齢域の子供に戻れるということではないでしょうか。同時に客観的な大人の自分も存在するわけで、自分の中に重層構造を備える術といえるかもしれません。老若男女を備えているのがバルザックですね。

 15枚予定の原稿は6枚書いたところですが、小学校高学年以上の児童小説や大人向きの純文学小説と同じくらいのスピードで書けるようになりましたから、締め切りは迫っていますけれど、憂いはありません。今書いている作品を今月末必着の賞に応募するか、別のところに応募するかはまだわかりません。

 一昨日までは、子供のための童話を書くのがあんなにつらかったのに、今は書く悦びでいっぱいです。ただ、4〜6歳向きの童話には当分チャレンジできないでしょうね。もがき、苦しんだ……あの体験、早くもトラウマになってます。それがあったからこそ、それより少し年齢を上げたときに、書くことができたのでしょうけれど。

 今日はこれから循環器クリニック、そのあと美容室へ出かけます。では、では。 

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2012年1月18日 (水)

頭痛の原因は、薬の飲み忘れと読書中毒症

 頭がズキズキして初めて、循環器系の薬の飲み忘れに気づいた。なぜ飲み忘れていたかというと、昨日夫に図書館に行って貰い、児童文学の本ばかり、10冊借りてきて貰ったためだった。

 小学校低学年向きの作品の書き方を復習するために、ジュンク堂で見て買いたいと思いながら買わなかった『りすのスージー』が改めて必要だった。
ひらがな中心の場合の間のとりかた、構成など学ぶには、『スージー』は教科書として使えると思ったからだった。
 それに、何度か読み返しても、『スージー』は好きになるばかりで、ほしくなる。スージーが実に生き生きと描かれているのだ。
 構成に関しては、確認したところ、きっちり基本が押さえられていた。

 児童文学の本は図書館にだいたい3冊くらいずつ備えてあって、ありがたい。でなければ、子供たちから良書を読む機会を奪っているのではないかという自責の念に駆られるところだ。

 勉強したまではよかったが、他の本もむさぼり読んでしまった。

 小森香折『ニコルの塔』。第5回ちゅうでん児童文学賞大賞受賞作品。タイトルと表紙絵をアマゾンで見て惹かれた。
 読後感としては、刺繍、お菓子などの出てくる児童向きというよりは、女性向きの軽いテイストのファンタジーといったところだろうか。
異世界で進行する事件には現実の深刻な事態が絡んでいるのだが、どちらの世界も奥行きに欠け、薄っぺらな印象。

 岡田淳『星モグラサンジの伝説』をなつかしがった娘が最近購入していたので(娘は小学校3年生のときに熱中したという)、それを前日に読んでいた。
 語り手や登場するモグラ、モグラ社会も、また文章も魅力的だが、これも軽いテイスト。

 一つのアイディアで最後まで引っ張って行っているところに苦しさを感じる。
 また、語り手とモグラの会話部分などで、理屈っぽい叙述がうるさく感じられるのは、こちらが大人だからだろうか? 誰のとは思い出せないが、海外の作家のもので、理屈っぽさが作品の内容にしっくり馴染んでいる、ユーモラスで、洒落た感じを与える域に達しているものに比べると、ここでは、理屈っぽさが少々浮いている。必要度の低いところで、使われているからだろうか。イッパイアッテナの斉藤洋の作品からも同じ印象を受けることがある。
 読破したけれど、『星モグラ』はあまりに不自然な展開をとり始めた半ばくらいから飽きてしまったので、他の作品はどうだろうと思い、『扉のむこうの物語』『ふしぎの時間割』を借りてきて貰ったのだった。

 日本の児童文学作家の書く冒険ファンタジーの本質は多くがお茶の間劇場ではないか……と過去記事で書いたが、何か内容的に、重厚さとか気品といった感想が出てくるまでのレベルにまで達していない気がする。簡易な感じがする。物書きであれば備えているはずのその人独自の哲学が希薄な感じだとでもいえばいいのだろうか。

 軽い乗りで、ゲーム感覚で楽しませてくれる……あるいは、異世界感覚のファンタジーで日常を忘れさせてくれる……そんな作品が今の日本では書かれすぎている。
 一時の楽しみや刹那的な忘却をもたらす嗜好的な作品が多すぎるのだ。それなのに、読むほうは過剰な意味づけをしたり、深く感動し、教えられ(?)たりするという、ちぐはぐな現象を生んでいる。
 本来の児童文学とは、それとは逆の方向性を持つはずのものではなかったか。

 その辺りを探るためにも、児童文学のメッカ、イギリスの女性作家に焦点を当てた『イギリス女流児童作家の系譜』シリーズから④のバーネット、⑤のネズビットを採り上げたものを借りてきて貰った。
 優れたシリーズなので、これについては記事を改めたい。

 リンドグレーン『カイサとおばあちゃん』も借りてきて貰った。これも買いたいと思った本の1冊。
 わたしが書こうとしている作品には、女の子がよく持っているある物が登場するが、リンドグレーンは上記短編集の中の1編でそれを使っていて、圧倒させられた(叩きのめされた)。
 その《ある物》の使いかたは全く異なるにせよ、それを大事にする子供の呼吸までもが伝わってくるような作品で、これから何十年修業したとしてもあのレベルに達するのは無理だと思うと、炬燵にもぐって出たくなくなる。が、反面、目標となる灯台のような作家を、海外の既に故人であるとはいえ、持つことができたことは幸せだとも思う。
 娘と一緒だから、リンドグレーンの誕生日を忘れることもない。

 で、読書に熱中するあまり、薬を飲むことすら忘れていたわけだった。ついでに、循環器クリニックの受診も忘れていた。
 日曜日に免許証の更新に行きたいので、美容室にも行きたい。あちこちに伸びて、白髪の目立つ髪で写真撮影は嫌だわ。ペーパードライバーになっていて、免許証を証明書代わりに使用しているので、尚更。
 明日、どちらもできたら済ませよう。またそれで、時間が潰れる。

 萬子媛の記事を書きそびれているのが気になっている。

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2012年1月17日 (火)

また、こんなときにミューズが……

 恥ずかしいので、非公開にしてしまいましたが、昨夜はここに、幼年童話は期が熟するまで待つ、賞狙いはわたし本来の創作力、作品の品位が低下するので止す……といった記事がありました。

 その基本姿勢に変わりはありませんが、幼年童話で賞を狙うというガチガチの目的を離れてリラックスしたせいか、今朝、ふいに、インスピレーションがまばゆい小鳥のように降りて来ました。

 そのインスピレーションの中に、子供の頃にリンクする夢や空想、最近の失意のもととなっている失われた旅行などが全て含まれていて、たっぷり1時間は極上の気分に包まれていました。まるで、1時間だけ彼の世に里帰りしたみたいでした。

 だって、わたしは――過去記事でも書きましたが――彼の世のすばらしい空気や光の仄かな記憶を前世における僧侶時代の修行の賜物として持って生まれたのです。

 脳は1回ごとに新しくなるので、脳の記憶であるはずはありません。これは神秘主義でいわれる人間の七本質についての知識がない人には説明しにくいのですが、簡単にいえば霊的な記憶です。

 ストーリーはインスピレーションの中に自ずとあったのです。

 現実に帰り、これは小学校低学年向けの童話にできるのではないかと思いました。せっかくだから、賞に応募し、落選してもそれはその賞の価値観からリジェクトされたにすぎないので、そのあとはブログで発表したり、ブログサービスで書籍化するのも楽しいわね……と計算高く考えました。

 幼稚園児向きのは今のわたしにはつらくても、少し年齢を上げればいけるかもしれません。小学校低学年によさそうな内容なのです。

 いやはや、ナンという節操のなさでしょうか?

 わたしの場合、賞は鬼門で、それを意識したら、インスピレーションが全然降下してくれなくなるのですね。昨日のふてくされかたといったら、我ながら笑えます!

 そこを意識が離れたとたん、というのはいつものパターン。

 しかし、賞を狙うために考えたり、勉強したりして、インスピレーションが降りて来られるだけのしっかりした器を形成していたことが大きいようにも思います。

 インスピレーションにはミューズが関わっていらっしゃるのですから、これは賞に応募するしないに関わらず(そのような世俗的なことにミューズが関わられることはないでしょう。たぶん、どうしようと、それは人間の勝手です)、作品は完成させなくてはなりません。

 久しぶりに、ミューズの鮮烈な存在感を身に受けました。Pを書いていたとき以来でした。ミューズなしの日々は、書いていても、ずっと灰色でした。まるで光源氏を待ちわびる女君のよう……なんちゃってね。

 そういえば、裕徳稲荷神社で、ある思いがけない出来事がありました。気持ちの綺麗なときに書きたいと思っているうちに、時間が経過してしまっています。

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2012年1月15日 (日)

買いたかった3冊「バルザック―語りの技法とその進化」「シモーヌ・ヴェイユ―詩をもつこと (現代詩手帖特集版)」「ピュタゴラスの音楽」

 昨日ジュンク堂で買いたかった本をメモしておこう。幼年童話にもほしい本があったが、ありがたいことに、その場で全内容が確認できてしまった……。

 上の過去記事の中で、わたしは以下のようなことを書いていた。

“この年齢になったからなのか、多くの人々がいうヴェイユの極端さ自体青春の特徴であって、まさに彼女は青春の精みたいに思える。黒好みなところ(うちの息子も黒しか着ない……わたしはブルーしか着なかった)、詩のような哲学論文、ヒロイズム、生活臭のなさ、不摂生からくる不健康。ヴェイユの場合、勤勉のあまりの不摂生だが。

 逆からいえば、亡くなったときは青春を過ぎた年齢だったはずなのに、青春から一歩も出なかったところに、彼女の限界があったようにも思える。フランスに留まることを望みながら素直に両親について行ったあたり、両親の庇護下にあるお嬢さんという印象なのだ。兵士として戦争に出かけたり、劣悪な環境下にある工場に入ったり、といったあのヒロイズムも(みずみずしい、気高いヒロイズムだが)、そのような自身の限界――脆弱――に気づいていてこそではあるまいか。”

 下線を引いた箇所に注目していただきたい。わたしは大学時代にヴェイユの論文を初めて読んだときから詩的要素に気づかざるを得なかったが、その点に着目した研究はあまりなされていなかったように思う。それが、以下の雑誌では大々的に採り上げられている。

 「現代詩手帳特集版」ということで、納得(?)。パラパラと読んだところでは、自身の考察を確認できそうというメリット以外の特に新奇な内容を期待できるというわけではないようだが、お金があれば、買いたかった。

 以下の本も買いたかった。ピュタゴラスに関しては過去記事でも触れてきたが、ワタクシ的には、神秘主義とは切っても切り離せない人物として注目し続けざるをえない。

キティ ファーガソン
白水社
発売日:2011-09-09

 以下の本は以前購入して、まだ読んでいない。面白そうでないからではなく、読み応えがありそうだからこそ、時間のあるときに……と思い、読むときを待ってとっているのだ。

 バルザックの創作術を垣間見ることができそうな、以下の本も買いたかった。図書館で検索してみようと思う。

 

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どら焼きとやぶれ饅頭(鈴懸)

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 これからお見えになるお客様は、どら焼きが好物。昨日博多駅で見たときに、鈴懸のどら焼きがうっとりするくらい、綺麗な焼き色をしていたので、買ってみました。

 苺大福も買いましたが、それは賞味期限が昨日まででしたので、家族用にしました。

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柿安「黒毛和牛 牛めし」

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 昨日、博多駅で買ったお弁当。わたしと娘にはこれを、夫にはこれに幕の内のおかずをつけたものをチョイス。

 牛肉の味付けが、自分で料理したときの牛肉を甘辛く煮た味付けにそっくり。娘も、そっくりといいました。美味しかったのですが、似ているといったあとでこういうと、何だか自画自賛しているような奇妙な気分。

 牛肉ののっているご飯が、時間が経って冷めていてもふっくらした感じがあり、少しずつ添えられたモヤシのナムル、茹でたほうれん草、炒り卵、柴漬けがどれも美味で、牛めしをよく引き立てていました。

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2012年1月14日 (土)

娘の連れ帰ったベンジャミン

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 娘が輸入雑貨店「レイメイ」で購入した、ぬいぐるみのベンジャミンです。緑色の帽子をかぶったウサギなのですが、スタイルが「長靴をはいた猫」を連想させます。尤も、肝心の長靴は履いていませんけれど。

 「吉徳」の製品らしい丁寧な作りです。対象年齢6歳以上と表示されています。

 博多は冷えました。そのせいか、わたしはおなかを壊しちゃいました。

 赤坂から大名、天神、そして駅にあるデパート二つ「博多阪急」「東急ハンズ博多店」を歩き回りました。バーゲンをやっていたので、あれこれ見ましたが、たぶんお金があっても買わなかったでしょう。

 「丸善 博多店」も見ましたが、だだっ広くて疲れました。馴れたジュンク堂のほうがわたしは利用しやすいかな。「りすのスージー」はありませんでした。

 博多駅に美味しいお弁当屋さんが増えたので、夕飯をどれにするか、迷いました。それに、明日の来客は和菓子好きなかたなので、お茶菓子に和菓子を買いました。

 わたしは普段和菓子には興味がないのですが、これが、とっても美味しそうで、自分と家族のぶんも買いました(おなかを壊している癖に、食い意地張ってますわね)。忘れなかったら、写真をアップします。

 帰宅したら、童話が待っています。締め切りが明日なので、間に合わせるのは無理かも。消印有効なので、ぎりぎりまで粘るつもりですが、何せ来客があるし……。

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我慢しましょ

ほしい本があった。ピタゴラス、シモーヌ・ヴェイユ、バルザック関係。
童話で、神沢さんのあひるのバーバちゃんシリーズ。
ミリアム・ヤングの『りすのスージー』。これは大日本図書の《ゆかいなゆかいなおはなし》シリーズの中の1冊。このシリーズは小学1〜2年向きとあったと思うが、おすすめ。

ピタゴラス、シモーヌ・ヴェイユ、バルザック関係は、高いので、買いたいけれど、我慢。見たのはジュンク堂だが、娘が丸善にも行きたいというので、もし『りすのスージー』が丸善にあったら買うかもしれない。

まだ何も買っていない。他に買うとしたら、夕飯にする駅弁三つくらいかな。

それにしても、神沢さんは巧みだなあ。やはり、日本人の児童文学作家の中では(故人の宮沢賢治を除けば)、一番好きだ。

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わあい、サンドイッチだ!

わあい、サンドイッチだ!

娘が朝ごはんもおごってくれました。お昼はワリカン。いただきます。

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おはようございます

博多へ向かう電車の中です。遊びに出かける人々でいっぱい。皆、お握りやサンドイッチを頬張ったりして、楽しそう!

昨日、手紙を書いていて寝ていません。幼年童話もできていないわ。これから、お話を考えます。では、では。

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2012年1月13日 (金)

明日、博多。占星術。息子と電話でおしゃべり。

 娘が明日、博多の赤坂に用事があるが、ついて来ないかという。お金がないから、ついて行かないというと、旅費は持つけど、どう、という。そんならついて行くといった。お金がなくても、博多で楽しめることって何かあるかしら。

 博多駅の丸善は、もっとよく見たいと思っていた。結局、見たいのは書店か。見るだけだとお金もかからない。1冊だけ、自分に許すかもしれない。

 難しい幼年童話の執筆(まだ「ネコふんじゃった」の段階)が嫌で、博多に逃亡したいのかもしれない。1枚書くだけで、疲労困憊する。何も今、幼年向けのにこだわらなくったっていいじゃないの、と思い始めた。

 占星術的に見ると、天職を示す土星はわたしの場合、射手座にある。

 松村潔氏のサビアン解説、『決定版! サビアン占星術』(学習研究社、2004年)によると、度数は「玩具の馬に乗っている小太りの少年」。太るというのは、射手座的には知性の肥満傾向を表し、この度数は、創作者向きの度数らしい。土星はだいたい56歳から70歳までを管轄するので、そろそろ作家になる兆しが見えてくるのではないかと期待したくなる。

 現在の年齢域は木星が管轄し、これはわたしの場合蠍座にあって、サビアンシンボルは「割れたビンとこぼれた香水」。これは、ウェブサイトで、自身の中身をばらまいている現状を、よくシンボライズしている気がする。ムーディな小説を書くには向いている度数かもしれない。

 この年齢域では、借家が台風で壊れ、いくつかの人間関係が壊れ、頭まで少しだけ割れて(検査のための頭蓋骨の手術)……割れたビンを連想させる。ビンを割る(自我の殻を割る)のも、「他者と心の底からの交流をするためには必要なプロセス」と解説にある。

 別の年齢域でブログを始めていたとしたら、今のような、自己の内面を偽悪的なまでに吐露したものとはならなかったに違いない。ハムスターを何匹も買っていた時期であれば、ペットブログとなっていただろうし、子育ての頃であれば育児ブログとなっていただろう。

 木星の年齢域に入る前に、急に香水に興味を惹かれた。現在は、なぜか急に馬に乗ってみたりして、馬が大好きになった。次の年齢域のサビアンシンボルに『馬』が出て来るからだろうか。尤も、今年で54歳だから、土星の年齢域までには間があるけれど。

 土星は、8歳から15歳の年齢域を司る水星とよい角度を持っているので、これは自己流の解釈だが、児童文学にはよいのではないかと思う(?)。

 水星は水瓶座にあり、サビアンシンボルは「情熱に背を向けて自分の経験により教えている男」。教師には適している度数みたいで、わたしの書くものがエラソーなのは、この度数のせいなのだろうか。ナンにしても、このシンボルも児童と相性の悪いものではないだろう。

 ところが、7歳までの年齢域を示すのは月だ。月は金星、天王星とはよい角度だが、土星とは難があるのだ。幼年童話を楽しんで書けるようになるには、乗り越えるべき課題がありそう(?)。とにかく考えすぎて苦痛なので、幼年童話は書きたくないなあ。わたしには凄く重く感じる。二作同時に進めていて、カタツムリくらいのスピードでしか書けない。

 でも、今では楽しく書ける小学校高学年向きのものだって、最初は全然書けなかった。時間を無駄にしたくないだけに、ジャンルをひろげる試みでは迷いも大きくなる。試行錯誤を畏れず、柔軟に行こう。昨日の決意と今日の決意が違っていたとしても、この難しい状況下では、構いやしない。

 祐徳稲荷神社の記事は今日中に済ませ、萬子媛のエッセーも早く写しておきたいところ。何だか雑用に追われている。時間が作れるだろうか。明後日は来客があって、博多行きの明日、明後日と潰れる。

 そういえば、昨夜、久しぶりに息子に長電話をした。

 大学に戻る時期を模索中の様子。相変わらず、先生とは意思疎通に障害が発生しがちのよう。とても学生思いの先生で、しかし、息子の思いとはずれがち。

 サラリーマンを止めて大学に戻ると、貧乏生活が予想されるので、先生はそれを心配してくださり、本当にそれでいいと思うなら、覚悟のほどを示せ、とおっしゃって、論文を一つ仕上げる課題を出されたとか。

 しかし、息子の事情からすると、修士課程から博士課程にストレートに進むと金銭の困窮が予想されるので、修士卒で一旦就職したのだった。そして、仕事が軌道に乗った時点で社会人ドクターとなった。お金が貯まった今、息子は大学に戻って研究に専念したいのだ。

 覚悟のほどを示せといわれても、仕事しながらでも論文が書けるようなら、息子は会社を辞める必要はない。既に博士課程に籍はあるのだから、大学に戻る戻らぬは息子の自由ではあるのだが、先生の思いやりを無視するのは避けたいというわけで、息子は困惑している様子。

 こうした、微妙にずれる先生とのやりとりは学生時代からのもので、どちらも善良であることがわかるだけに、傍目には落語めいて映り、笑わせる(などというと息子は怒るだろうが)。今年、大学に戻れたら、あと1年で卒業はできる見通しだそうだが、サラリーマン生活で研究の腕が鈍ったから、2年はいるつもりだという。

 (わたしから見れば)高級とりの息子が、一転して無収入の貧乏生活に戻るのだと思うと、我が家の現状から考えて、不安定な生活者ばかりとなる不安があるが、早く研究に戻りたいという息子の気持ちも理解できる。

 息子が、もしものときはいってくれたら、そのぶんのお金は別にしてあるといってくれるのは嬉しいが、博士課程を出たあとは不安定なポスドク生活が待っているのだと思うと、息子の貯金を減らすわけにはいかない。

 後輩の面倒を見るのが好きな息子は、大学の先生になるのに向いていそうだ。ポスドクで実績を積み、いずれは教員の口を求めようとするのではないだろうか。そんな口にありつくのは難しいだろうけど。

 ただ、息子がいうには、うまくポスドクの口が見つからず、企業を受験することになったとしても、サラリーマンを経験したお陰で業界の事情に明るくなり、修士課程のときに、自分の専門を生かすにはどこを受ければよいのかさえわからず、盲滅法に行動したときからすると、企業に戻れる自信もあるという。

 よいお給料を貰っているとはいっても、息子はお金を貯めるために倹約していて、サラリーマン生活を享受するとまではいかない。宙ぶらりんの状態には、つらいものがあるのだろうが、大学にいつ戻ることになるのかは、仕事の調整、先生との意思疎通の問題などあって、はっきりとは示せない現状のようだ。

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2012年1月12日 (木)

カテゴリー「夫の定年」非公開のお知らせ

 都合により、カテゴリー「夫の定年」を非公開とします。期間は未定ですが、再公開するとしても4月以降になるかと思います。⇒再公開しました。

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2012年1月10日 (火)

河津武俊著「耳納(みのう)連山」(鳥影社、2010年) ①過去記事でも紹介した『雲の影』『耳納連山』

 河津さんから、すばらしい小包が届いた。過去記事でも紹介した『雲の影』『耳納連山』を収録した単行本が2010年に出ていたようだ。もう一作『野の花』も収録されている。本のタイトルは「耳納(みのう)連山」(鳥影社、2010年)。『耳納連山』に対する河津さんの思いが察せられる。

 「日田文学」が平成21年5月15日付で発行された57号を最後に休刊になってから、3年が経過した。「耳納(みのう)連山」が上梓されたことを知っていたら、買ったはずなのに。小包の中には、別の一冊「秋の川」もあった。

 「手段を尽くして世に出てください」などと、年賀状で檄を飛ばしたことを受けて送ってくださったのだろう。お返事に「あなたはまだ若いですから、これからです」とあった。わたしは河津さんがおいくつになられるのか、正確には知らなかった。

 本の奥付に著者紹介があり、生年が記されていた。1939年のお生まれだ。今年で73歳。河津さんだって若いじゃないの。わたしと19歳しか違わない(まあ20代の方々にはついていけない話かもしれないが)。若々しいので、団塊の世代かと思っていたほど。

 年賀状では近況を知るにも限界があった。医者の仕事は、まだおそらく続けていらっしゃるのだろう。荒地を購入して公園化……とあると、何だか領主様みたいだわと思った。教育関係の仕事を頼まれ……とあれば、まあ日田のチェーホフ!と思ってしまうが(作風はシュティフター)、文学のほうは?

 マグダラのマリアを、わたしは思想的に東西をつなぐミッシング・リンクだと考えているのだが、河津さんは戦後世代とはいえ日本文学の伝統を受け継いだ貴重な作家の一人で、世に出ていて当然の人だと考えている。河津さんのような作家を文学界が世に出していたら、文学界はここまで荒れず、文学界が日本社会に及ぼす影響もはるかに良質のものであったろうと思う。

 わたしは『耳納連山』の掲載された「日田文学」を、もうお亡くなりになったが、フランス文学者の田辺保先生にお送りしていた。そのときの返信で、田辺先生は河津さんの『耳納連山』を絶賛していらっしゃった。

 河津さんの諸作品に関する100枚程度の評論を書こうと思ったのはまだ同人雑誌が出ていた頃だから、わたしは亀だ。しかし、夫の定年後の就活が難航中で、この先も書き続けられるかどうかさえ、見通しが立たない。

 書き続けられたら、半年くらいかける予定で、いずれ仕上げたいのだが、いつスタートさせるかなど、この時点では具体的なプランの作成とまではいかない。わたしは「日田文学」の後期に加わらせていただいたので、河津さんの未読作品を読む作業から始めなくてはならない。それから、河津さんの評論にあった――河津さんご自身が影響を受けたという――作家たちについても調べなくてはならない。

 まずは、送っていただいた本の紹介だけでもしたいのだが、萬子媛のエッセーをブログにアップし、そのあと童話を仕上げなければならないので、簡単な本の紹介すら来月にならないと書けない。ホントに亀だ(実はリクガメは足が速い。わたしもリクガメくらいに速く書けるときもある)。

『雲の影』『野の花』『耳納連山』が収録されている。『雲の影』『耳納連山』がすばらしい。

『雲の影』は、老齢となった恩師との交わりを丁寧に描いた作品で、美しいとしかいいようのない作品……。
恩師は、《私》が医学生だったときの外科学の先生で、その関係の域を出なかったが、《私》は先生を憧憬し、敬慕していた。
まるでそのときの思いが叶うかのように、恩師の退官後十年を経て、親しく交わる機会が訪れる。先生の人柄や趣味、家庭的な事情なども知るようになる。恩師との交際におけるエピソードが、次々と空を流れる雲のような筆致で書き連ねられていく。師弟を包む情景のため息の出るような美しさ。

『耳納連山』では、山の美しさに人間の心の機微が織り込まれて、リリカルな描かれかたをしている。何て陰影深い、ゆたかな筆遣いなのだろう……! 何枚もの山の絵画を観るようだ。まさに山に捧げる讃歌であり、山にこの作品を書かせて貰った作者は幸せであり、作者にこの作品を書いて貰った山は幸せだと思った。

 

 当ブログにおける関連記事

 ※追記
      2013年10月5日、河津さんの新しい本『森厳』が上梓されました。以下はそれに関する拙記事です。

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由布岳

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 大分市から佐賀県鹿島市にある祐徳稲荷神社に向かう途中車の中から撮った由布岳です。

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 ハッとするほど、美しい山です。
 福岡県に住んでいた頃、大分県にある、何というか、垢抜けした山々の容姿に魅せられて、ときどき訪れました。大分に住むようになってからもその感想は揺るがず、このときも、由布岳の何ともいえない美しさにため息が出ました。
 以下はウィキペディアより。

ウィキペディアの執筆者,2011,「由布岳」『ウィキペディア日本語版』,(2012年1月10日取得,//ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%94%B1%E5%B8%83%E5%B2%B3&oldid=40295717).

由布岳(ゆふだけ)は、大分県由布市にある標高1,583mの活火山。

東峰と最高峰の西峰2つのピークからなる。円錐形をしていることから豊後富士とも称される。

古来より信仰の対象として崇められ、『古事記』や『豊後国風土記』にもその名が記されている。宇奈岐日女神社(式内社)の祭神であり、また、山岳仏教信仰の山としてかつては中腹に佛山寺(湯布院町)の伽藍があった。

阿蘇くじゅう国立公園に指定されており、別府湾からも鶴見岳の後方に美しい姿を望むことができる。山頂からは日本百名山の九重山、祖母山、阿蘇山などが見え、天候がよければ福岡県の英彦山、長崎県の雲仙岳まで見渡すことができる。頂上付近になるにつれて草木はまばらになるが、山頂にはミヤマキリシマも多く山麓の草原にはヒゴダイ、マツムシソウも多い。

周辺には豊富な湧出量を誇る別府温泉(別府八湯)や由布院温泉、全国屈指の酸性泉である塚原温泉を始めとする温泉群が点在し、活火山であることを思わせる。とくに由布院温泉では、温泉が点在する盆地内の多くの場所からその姿を望むことができるため、由布岳はこの地のランドマーク的な存在となっている。

深田久弥が日本百名山に入れなかったことを後悔した山といわれ、近年になって登山家である岩崎元郎が自身の新日本百名山の一座に選定した。また、日本二百名山のひとつにも選ばれている。”

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「夫の定年」の記事を書くのが気詰まりになってきました

 継続雇用を期待させる企業側の行為と、それゆえに予期しなかった継続雇用なしの状況下で、夫と専業主婦のわたしはひじょうな生活不安の中に放り出されることになりました。

 期待させたり、その期待を握りつぶしたりといった企業側の許しがたい行為は、民主政権に替わってからのこの方面での野放し状態に原因があったとわたしは考えています。それまで夫のいた会社は、継続雇用を認める方向に行っていたからです。政府の動きを機敏にキャッチして、たくみに舵取りをしてきた会社でした。

 大企業に勤めていて充分な企業年金があるとか、共稼ぎで夫婦合わせたらかなりの稼ぎがある、その他潤沢な老後の生活資金に恵まれているかたがたには、あまり関係のない話かもしれませんが、退職金が充分でなく、福利厚生がお粗末なために共稼ぎをするにも不自由だった中小企業勤めの人間にとっては、厚生年金しか出ない65歳まで(この厚生年金も引き上げられる途中)、60歳の定年後に継続雇用が認められるかどうかといったことは、死活問題なのです。定年後の職探しは困難を極めるからです。

 最近、政府は遅まきながら厚生年金の引き上げに伴い65歳までは希望者全員の継続雇用を認めようという動きに出ています。夫の勤めていた会社ではその動きを即座にキャッチし、4月1日付で給料を一気に減額するという行為に出た様子。希望者全員を継続雇用にせざるをえない事態に合わせた布石でしょう。

 夫の定年後、同じ状況を迎えざるをえない人々――特に、わたしのような病気持ちで働きに出るのも困難な奥様――の何かの参考になるかもしれないという思いから、「夫の定年」というカテゴリーを設けて記事を綴ってきました。しかし、これが身近にところにもヒットしてしまったようで、ちょっと気詰まりになってまいりました(非公開設定にするかどうかを検討中)。

 当ブログは、物書きとしての観察日記を中心とした多分にプライベートな要素を含むブログです。当ブログの管理人がハンドルネームで当ブログを運営しているという事情を考慮していただければと思います。

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2012年1月 9日 (月)

遊び疲れで、今日はぐったり。

エッセー『萬子媛抄』と、昨日撮った写真のアップを今日中にしておきたいと思っていますが、疲労感が強く、今日中にできなければ、創作を優先させたいので、後回しになるかもしれません。
症状は強い疲労感の他に、背中の痛みと軽い吐き気です(いつものことで、疲れがとれれば、治ると思います)。

もし、お待ちになっていらっしゃるかたがあったとしたら、申し訳ありません。


 ※追記
近頃、ちょくちょく軽いですが、喘息の発作もあります。
一昨日は、メプチンエアーの使用を考えましたが、頻脈性不整脈のあるわたしは、その症状を悪化させる懸念があるということで、なるべく使わないようにいわれています。
このときは、幸い苦しい症状は短時間で治まり、メプチンを使わずに済みました。

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2012年1月 7日 (土)

たっぷりの珈琲、童話、神秘主義。

たっぷりの珈琲、童話、神秘主義。

 最近は倹約のために、インスタントコーヒーを多用しているが、特別に頑張りたいとき、家族との団欒時にはドリップ式コーヒーを入れる。
 前はコーヒー豆を買ってきて、手回しのコーヒーミルでガリガリ挽いて淹れたりしていたけれど、いつからかやらなくなった。

 また復活させたいなあ。やはり自分で挽いて淹れるほうが、格段に美味しい。

 倹約のイデオロギー(?)を全てに及ぼしたのでは、生活が灰色になってしまう。たまには、真珠色とか薔薇色を溶かし込みたい。

 幸い、もうずいぶん前にお亡くなりになった神智学の先生が生前と同じように手紙をくださる。彼の世からの高級な手紙は、エレナ・レーリヒがいうような空間にきらめく紫、青、銀色、金色の点として見える。

 だから、灰色の生活とはいっても、神秘主義的観点から見れば、リッチな暮らしぶりともいえる。宝石よりも美しい贈り物が空間に届く暮らしというのは。

 明日、祐徳稲荷神社に行く予定なので、できればその前に、最近の過去記事でも書いた、わたしが時々感じることのある肉眼では見えない生き物たち――悪戯ものの妖精だか妖怪だか眷族だか知らないが、そんな類のもの――について、神智学の本の用語解説に解説がある。

 神秘主義では、想像もつかないくらい昔から、見えない世界についての研究が行われてきたので、わたしの感じるものが何であるかくらいは、とっくにデータベース化(?)されている。東西のあちらこちらの神秘主義組織でなされたデータベース化を総合して、利用しやすくしたのがブラヴァツキーだった。

 神秘主義は基本的に個人主義的だから、元々、宣伝とか組織作りは不得手だが、使命感に駆られた有志たちの手によって散発的に文献化されることがある。あくまで、ボランティア。

 わたしが創作に興味を惹かれなければ、語学力を身につけて神智学文書の翻訳をやっていただろう。

 創作をやってきたことで後悔したことは一度もないが、この世にとってはどちらがよかっただろうか、と考えるとき、ささやかなボランティアで終わったとしても、翻訳を勉強すべきではなかったかと迷いが出る。

 創作で世に出ることは考えたより、はるかに困難なことだった。違和感のある色した大きな魚たちがウヨウヨしていて、小さな紫色の魚のわたしは出て行くことができず、藻に潜り込んで様子をうかがっている。

 ずいぶん前からわたしのオーラは紫色だ。緑→青→紫と変化した。

 神智学の先生のオーラは、お亡くなりになる何年か前にお目にかかったとき、美麗な白色だった。卵型に放射される白色の光を飾るかのように、すばらしい金色の光がリボンさながら取り巻いていた。

 わたしは、昔書いた中断中の試作品「あけぼの――邪馬台国物語――」に出てくる卑弥呼のモデルに先生を選んだが、それは卑弥呼を霊媒としてではなく、神秘主義的な人物として描いてみたかったからだった。

 文芸の分野で、神秘主義の伝統が最も生きてきたのは児童文学だと思う。だが、日本では違う。日本の児童文学は、宮沢賢治を除けば、全てがとはいわないが、多分にお茶の間劇場だと思う。

 それも悪くはないかもしれないが、いささか淋しいものがある(世俗がかったそんなものでは、真の情操の発達にも、この世だけではなく、彼の世でも通用する価値観としても、いささか役不足だろう)。

 最も神秘主義の伝統を生かしてきたのは、イギリスの児童文学だと思う(ポッター、ナルニアは鬼子だと思うが)。ブラヴァツキーは世界のあちらこちらに足跡を残した人だが(日本にも)、亡くなったのはイギリスだった。

 わたしが神社などでときに存在を感じるものには、いわゆる眷族と呼ばれるものと、その上位に存在する高級霊とがあり、この二つは人間とペットのような違いを感じさせる。眷族は、神智学でいえばエレメンタルに属するものだと思われる。

 エレメンタルと、エレメンタルと関係が深いエレメンタリー(カーマ・ルーパ)について、H・P・ブラヴァツキー『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、竜王文庫、昭和62年)の「用語解説」より以下に抜き書きしておきたい。

[引用 ここから]……
エレメンタル(Elemental)

元素の霊。土水火風という四つの自然界または四大元素の中で進化したもの。カバラ学者は少数の高位の自然霊や四大神とそれらを支配する存在達を除き、エレメンタルをノーム(土)、シルフ(風)、サラマンダー(火)、ウィンデーネ(水)に分類する。エレメンタルは精妙な性質の男女というよりも、むしろ自然の力である。オカルティストに従うものとして、エレメンタルの力はいろいろな結果を生み出すこともできる。しかし、エレメンタルがエレメンタリー(カーマ・ルーパ)に使われると、それは霊媒をとりこにし、人をだます。我々の地球圏の第五、六、七界に生まれた、あらゆる目に見えない低級存在は、エレメンタルと呼ばれる。それらには、ぺリ、デーヴァ、ジン、シルヴァン、サチュロス、フォーン、エルフ、ドワーフ、トロール、ノーン、コボルド、ブラウニー、エクシー、コブリン、ピンキー、パンシー、モス・ピープル、ホワイト・レディ、スプーク、フェアリーなど種々の名称がある。
……[引用 ここまで]

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

[引用 ここから]……
カーマ・ルーパ(Kama-rupa,梵)

 形而上的に言えば、また我々の秘教哲学の観点からすると、物質に関するあらゆる精神的、肉体的欲望と思いによって作られた主観的な形体をいう。この形体は肉体の死後生き残る。死後、七つの本質(または人間の本能と観念作用が順次に働く、感覚と意識の七つの世界と言おう)の中の低級三本質、即ち肉体とそのアストラル原型と生命力は、使用済みとなって地上に残る。それから三つの高級本質は一つの組になってデヴァチャンの状態に入るが、高級自我は新たな化身の時が来るまでデヴァチャン状態にいる。以前の人格我の影は、その新しい住み処であるカーマ・ローカに取り残される。かつて人間であった時のかすかな写しであるこの影は、しばらくの間生き延びるが、その期間は影に残る物質性の要素によって異なり、それは故人の生き方が決定するのである。高級マナス,霊及び肉体感覚器官を奪われているので、この感覚のない殻のままで放置されていれば、それはしだいにしぼんで崩壊してしまう。だが、あとに残された友人達の熱烈な願望や哀訴により、あるいは霊媒行為の中で最も有害なものの一つである降霊術により、無理やり地上に引き戻されると、この「お化け」はその体の本来の寿命をずっと上回る期間生き延びることになるかもしれない。カーマ・ルーパが一たび生きている人間の体に帰る方法を覚えると、それは吸血鬼となり、それと一緒にいたいとしきりに望む人達の生気を奪って生きることになる。インドではこの影をピシャーチャと呼んで非常に恐れる。
……[引用 ここまで]

 同じ「用語解説」から簡単に引用すると、サンスクリット語でいうカーマ・ローカとは「我々には主観的で見えない半物質的世界である。これは古代ギリシア人のハデス、エジプト人のアメンティに相当する沈黙の影の国」であり、チベット語でいうデヴァチャンとは「[「幸福のある所」即ち極楽をいう。]地上の化身と化身の間に通過する状態」のこと。

 そういえば、昔書いた『萬子姫抄』のアップがまだだった。

 祐徳稲荷神社といえば、昔作った下手な俳句がありました。

祐徳稲荷神社 三句

緑陰に尼となりにし万子姫

岩壁に貫きし死や岩清水

夕涼や社(やしろ)を伝ふ裾さばき

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2012年1月 6日 (金)

幼年童話と五感の発達。マリー・ホール・エッツ『わたしと あそんで』(福音館書店)。

  • 4~6歳対象で10枚
  • 幼児から小学1~2年対象で15枚

 という目標を掲げて、まず4~6歳対象の童話にチャレンジしているところだが、難しい。

 子供の発達は目覚しいから、自分の子供たちのことを思い出してみても、4歳児と6歳児では全く違う。幼稚園生で考えると、

  • 年少……3歳~4歳
  • 年中……4歳~5歳
  • 年長……5歳~6歳

 という理解でいいだろうか。

 孫でもいれば、もっと身近に感じられるのだろうが、幸い、子供たちのその頃のことはよく記憶している。
 幼稚園の頃の自身の感覚はこの年齢になっても刻印されていて、幼稚園のお弁当温め機から漂ってくる匂い。薪や炭、雪、お日さまの香り。動物の毛の匂い。月の光をあれほど生々しく肌に感じることも、それ以降はめったにない。

 幼年というのは五感の発達するときで、ここからこうといった線引きはできないにせよ、ぐんぐん頭脳的になっていく小学校からとは違いがある。その五感に添う、わかりやすい、はっきりとしたお話を書きたいのだが、どうしても、小学生以上を対象としたものになってしまう。

 ただ、4歳~6歳が対象の童話といっても、大人が読んであげる場合と、子供が自分で読む場合とでは、これまた違う。そこで、「こどものとも」を何冊も読んでみた。うーん。

 悩んでいても始まらない。何編も書くうちに書けるようになるだろうと期待しつつ、とにかく書いてみることにした。題材は、以前から温めていたもの。どうしても、その題材を生かしたい。時間の流れを、一日単位にするか季節単位にするかで迷う。

 マリー・ホール・エッツはさすがに上手だ。


 同じエッツの『もりのなか』は、わたしは怖い。しかし、たまにどうしても読みたくなり、今度こそ買おうと書店に行くが、読み直すとやはり怖くて買えない。家に置いておくのが怖いのだ。
 なぜだろう。リンドグレーンに対するような、信頼できる怖さとは違う。どこかしら油断できないものを感じてしまう(これはあくまでわたしの特異な感じかたにすぎない)。

マリー・ホール・エッツ
福音館書店
発売日:1963-12-20

 日本人作家では、神沢利子が好き。

 海たまごでラッコをみたとき、『いたずらラッコのロッコ』を思い出した。海たまごのラッコは、プールを行ったり来たりしていたが、ターンするときに必ず観客のほうをチラッと見た。その飄々とした表情に、何だかこちらのほうが見られる動物になった気がした。
 『くまの子ウーフ』は小学2~4年向きとある。内容は案外抽象的で、哲学がかっているところすらあるから、対象としてはそんなものかもしれない。

 ただわたしは、神沢利子の作品では、読んでいて結構、止まってしまう。
 たとえば、めんどりがウーフにたまごを「あんたがもらいにきたらそのたびにうんであげるわ。」という場面。

 これは無精卵と解釈していいのだろうか。昔読んだときに、めんどりがわが子をくまの子に生贄として差し出す場面に想えて怖いと感じて以来、何度読んでもここで止まってしまう。大人になってからは、無精卵だから大丈夫、と自分を納得させようとするけれど、だめだ。『銀のほのおの国』も、ウサギが毛皮の履物を履いて出てきたところで、その不自然さにそこで止まってしまった。

 止まりはするが、奥行きがなく、複雑でもない。気楽に読めるから、好きなのかもしれない。こう書くと、賛美しているのかその逆のことをやっているのかわからなくなってくるが、五感を基本にして頭で考え、工夫して書かれている作品という気がする。ホームメイド的といおうか、親しみがわくのだ。
 リンドグレーンの作品の場合は、気楽に読むこともできるが、深みにはまろうと思えば、いくらでもそうなることが可能だ。その作品のうちに潜む哲学的な深みは、ほとんど霊的といっていいぐらいに、重層的で謎めいている。日本の児童文学作家に、リンドグレーンのような詩情、ユーモア精神、哲学性、霊感を備えた作家はいない。

 リンドグレーンの先輩といってよいスウェーデンの児童文学作家ラーゲンレーヴにも同じ傾向が見出せるが、ラーゲンレーヴには、リンドグレーンのような怖さはない。大人向きに書かれた神秘主義小説『幻の馬車』(角川文庫)はわたしの宝物。根に潜むものがラーゲンレーヴの場合は性善説であり、リンドグレーンの場合には高潔ながらもっと深刻なもの――鋭く人類の愚かさを見据えた怒りと哀感――の存在を感じさせる。

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2012年1月 4日 (水)

初創作は幼年童話でいってみよう

初創作は、幼年童話でいってみようかしら。

小学5・6年向きの作品は、書くコツがつかめたが、それより小さい子向きの作品に関しては、書こうとすると緊張のあまり脳味噌がフリーズする。

三が日過ぎたら、すぐに小学5・6年以上を対象としたい児童文学作品Fにいこうと思っていたが、昨日体調不良から横になっていたときに、いくつか小さい子にどうだろうと思うようなストーリーが夢とも空想ともつかない感じで浮かび、書いてみたくなった。

F以外のもので、書きかけている《たまご》のお話は締め切りが後なので、こちらを先に。

二つの賞を考えて、先に……と思っているわけなのだが、応募できる作品に仕上がるかどうかはわからない。

一つは4〜6歳対象で10枚。もう一つは幼児から小学1〜2年が対象で15枚だ。

わたしは幼年童話も、小学低学年向きの童話も、小学中学年向きの童話も、全部書けるようになりたいのだ。

一流作家の手になるこの種のものを多く読んで勉強し、研究することが必要だろうが、何より書く練習を、「道場」への投稿などのような書く練習のためだけの投稿以外にも、なるべく沢山するよう心がけたい(お金のない身としては、賞の応募に結びつけない練習のためだけの贅沢な書きかたというのは限定される。この表現は、あくまでわたしの特殊事情から来たものとご理解いただきたい)。

最初は小学高学年向きの作品でさえ、脳味噌がフリーズしてだめだったところを、無理に書くようにしてだんだん慣れ、書けるようになってきた。同じやりかたをとりたい。

書けるかしら、それとも投げ出すかな? 何だかわくわくする。

定年退職後、ポリテクに通っている夫は、今日ハローワークに行き、また一つ応募した。これは狭き門だから、あまり期待はできないが、応募しなくては始まらない。

夫婦で応募生活を送るようになるとは思わなかった。しかし、年末年始で中断していた創作を再開すると、気持ちが明るく前向きになるのが不思議だ。書いてないと、それこそ底なしに不安感や恐怖心を募らせて落ち込むのに。

仮に、新しいタイプの創作へのチャレンジで脳味噌がフリーズしたとしても、わたしはわたしの創作力に対する絶対的な信頼と自信がある。

これは自負からきたものだけではなく、複数の専門家から「とっくにプロになっていてもおかしくない」といわれた、いわば実績(?)から来ているものでもあるのだ(勿論、児童文学に関しては初心者だから、そういわれたことはない。別のジャンルでの話)。

書いてさえいると、それがこの世的なメリットを生もうが生むまいが、もうどうでもよくなって、幸福感でいっぱいになる。

8日は夫も、書店勤務の娘も休みなので、祐徳稲荷神社に行くつもり。

この初詣は、童話のための取材も兼ねている。15枚の童話が書けるかもしれないと思う根拠は、ここにある。わたしはどこかへ出かけると、必ずといっていいように産気づき、卵いや作品をうんでしまうわけなのだ。逆にうまないと苦しくて、下手をすると、それが肉体的な不調につながることすらあるほどだ。

そういえば、非公開設定にしていた2作品を再公開したら、検索ワードにそれらの作品名を打ち込んで、複数回お見えになるかたがチラホラ。読んでいただけているのかもしれない。

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2012年1月 3日 (火)

初ニトロペン

初ニトロペン

新年から冴えない記事。

ニトロを舌下したから、気持ちよくなってきた。いつも、もっと早く使えばよかったと思うのだけれど、軽い圧迫感くらいだと、様子をみているうちによくなることがあるから。

だが、結局は使う羽目になることが多い。今日も、疲労感→軽い胸の圧迫感→強い締めつけ、となったので、使用を決意。胸痛があれば、最初から使う。痛いのは嫌いだから。

ニトロを使うと、わたしの場合、2日ほどは注意がいる。もう1錠か2錠使う羽目になり、それで落ち着くことが多い。

今も、胸の中が涼しくて圧迫感はとれてきたが、いくらかは残っている。使いすぎも、耐性の心配があるから、様子見。

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初疲れ

なんにもしていないのに、今日は年末・年始の疲れが出て、病人ぽい。横になりがち。

生理があった。2ヶ月ぶりで、その前は10ヶ月なかった。ヨロヨロとながら女性としての生理機能はまだ働いているということだろうか。

夫の定年退職後の就活が予想以上に難航し(とにかく職がない。これは政治の問題だ)、うまくいかなければわたしが出るしかないのだが、やはり体がついていきそうにないなあと不安を覚える。

これは、精神論で何とかなるレベルではない。

これまでにも、体質改善の必要を覚えていろいろとやってみたものの、全て沈没、かえって体にはマイナスとなった。

その代表的なものが、ハーブや漢方薬を使った体質改善の試みで、ハーブはきちんとしたお店で、説明を受けて購入。エルダーフラワー、ローズヒップなど。これがわたしの体に悪かったという証拠はない。

漢方薬は漢方外来で処方して貰ったが、このときのは湿疹が悪化したりしたから怪しい。

薬剤性肝炎になり、何が原因かは特定できなかったが(不可能ではないようだが、時間もお金もかかるし、何より体に負担になる――致命的ダメージを与える危険性もあるそうで――ということで、原因を特定する検査は見送りになった)、医大の肝臓の先生からは一切のハーブ、漢方薬を禁じられた(何でもかんでも口に入れるんじゃない、処方は極力かかりつけの循環器クリニックにお願いするように……と繰り返し、注意された)。

料理にも使うハーブや漢方薬まで全て絶つことはわたしには無理だけれど、体質改善のための積極的な使用はもうできない。

このあいだ循環器クリニックを受診し、処置室で体重・血圧測定、採血をして貰ったとき、看護師さんの一人とそのときの話になり、30代でも肝炎になったことがあり、そのときも原因がわからなかった……ただどちらのときも夏で、胃腸薬を使用していたと思うというと、胃腸薬に当たった可能性もあるが、体力が低下したときに肝臓に異常が出やすいタイプだと思ったほうがいいといわれた。

わたしもそんな気がしている。胃腸の具合は、いつも悪いわけではないから、肝臓の異常が胃腸に影響を与えていたということも考えられると思う。ちなみに今は胃腸の具合は良好。胃腸薬は何も使っていない。胃腸と湿疹は、わたしの場合、肝臓の赤ランプと考えたほうがいいのかもしれない。

肝臓に何となく不安があり、頻脈性の不整脈を薬でコントロールしていながら、ウォーキングというのは循環器クリニックの先生に反対されるまでもなく、非常識なことだと思いつつも、昨年、試みたところ、体調が滅茶苦茶な状態となって、これもあえなく沈没。

体のあちこちがむくみ――特に足。手やおなかも――、どういうわけか尿がうまく出なくなったのだ。脱水症かもしれないが、血痰――これは? 心臓の苦しさ――これも、いつもの感じとは違った。

ナンにしても、ウォーキングによる体質改善には完膚なきまでに挫折した。どうすればいいのだろう? 高校時代はバレー部にいたのに。そんな昔のことを根拠に、わたしは本来、健康体のはず、と主張しても始まらないか……。

しかし、このままじゃ、仮に働き口が決まったとしても、職場に迷惑をかけるのは時間の問題だ。

ここまで書いてくると、さすがにしんどい。情けないが、今は、とりあえず体を休めて……

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2012年1月 2日 (月)

女友達の首がキリンになったそうだ

 同じ市に住む大学時代からの女友達と会ったときに、年に1回ではなく、2回は会おうという話になり、次回はわたしのほうから連絡をする約束をした。

 ところが、その後、体調不良だの、夫にもたらされたアクシデントだの、何やかやが重なって、連絡できなかった。ところが、現在も、夫の定年退職後の経済不安から、対策を打つまでは会える心境にない。

 もうちょっと、キリンになっていて貰わなくてはならないようだ。

 お詫びに、キリンの出てくる童話を書いてあげるから……なんてことやってる間に、すぐに会える距離なのだから、会えばいいのだけれどね。彼女がサバンナでキリンなら、わたしは北極で白熊をやってなきゃならないわけなのだ。魚をとらなくちゃ、サバンナに行けない……心理的な話なのだが。

 もう一人、夫のかつての仕事仲間の奥様で、ママ友時代からの女友達からも、話がどんどん溜まっていくばかりのようなことが書かれていた。こちらも、会えないのはわたしの側に原因がある。

 友達にも大まかにいって二通りあり、何かあったときにすぐに話を聞いてほしい友達と、楽しい気分で会いたい友達とがあるのだ。会えない友達というのは、後者のカテゴリーに属する。わたしにはどちらも必要不可欠な人々なのだが、ただ、なかには、互いの間で、カテゴリーに食い違いを生じている場合もあるだろう。

 神智学関係の知り合いの男性には本を出したら送るつもりだったのに(これまでに3冊貰っている。2冊は、彼がまとめた神智学関係のもので、1冊は彼の著した文化に関する本だった。年賀状にはファンタジックな龍のイラストが書かれていた)、本を出すどころか、その代わりの取材旅行にも行けていない。「本はできましたか?」と年賀状にあった。ああ、まるで、わたしゃほら吹きだ。

 ずいぶん前に自身のホロスコープを詳細に見ていったとき、45~54歳の域は、交友関係が縮小し、人間嫌いにさえなりそうだと予測したが、本当にそうなった。だが、キリンになりそうな女友達も、話に埋もれそうなママ友時代からの女友達も、安心していてほしい。

 ホロスコープによると、55歳からは、昔のわたしのように極めて交友関係が活発化するみたいだから。あと1年強で55歳だ。他にも会いたい、あるいは会わなければならない友人や知人があるのだけれど、どうか、それまで、わたしを忘れないで。

 さあ、魚をとらなくちゃ。オーロラが昨日も綺麗だったよ。←あくまで、わたしの心象風景。

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2012年1月 1日 (日)

お雑煮にはかつを菜

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 わが家……というより、わたしの実家が……というより、わたしの母がしょうゆ仕立てのお雑煮にはかつを菜を欠かさなかったので、わたしも欠かさないことが習慣化した次第。婚家は白菜です。

 初めて白みそ仕立てのお雑煮を作ったときは珍しさから写真をアップしましたが、今年は原点(?)に帰りました。

 このかつを菜、売り切れていることも多々あるので、買えたら新しい年はラッキーな年になるはずです、ハイ。

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 これは、過去記事で書いた炊飯器で作った温泉卵。コースを選択し、68℃、40分に設定し、炊飯ボタンを押すだけで、簡単にできます。初めて作りましたが、綺麗な温泉卵ができました。

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 作ったのはこの子。4個作りました。余った1個は、年越し蕎麦を担当してくれた夫に、ご褒美としてあげました。夏頃からお昼に素麺をゆでてくれるようになったので、蕎麦もやって貰いました。乾麺ではなかったのがかえってやりにくかったのか、ゆですぎた、としきりにいっていました。

 息子にもお雑煮やぜんざいや肉団子を食べさせたいのですが、息子は正月休みを利用して、友人に会ったり、大学のある街に滞在したりするようです。

 息子は数年前に夫を勘当したので、帰省しません。普通と逆ですけれど、当ブログに以前からお越しのかたはうっすらと事情をご存じでしょう(正直いって、わたしは既に新婚の頃に大変な男と結婚してしまったと思い、30年間、そう思い続けています)。

 それで、わたしと娘が息子と家族旅行するというかたちで団欒をとってきましたが、今は旅行どころではないところがつらいわ。

 息子には心配をかけっぱなしなので、今回のこと(夫の定年退職後に起きた経済的な問題)は自分たちで解決したいと踏ん張っているところです。

 三が日が過ぎれば、創作に邁進したいと考えています。

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