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2011年12月の39件の記事

2011年12月30日 (金)

神社に安らぎを求めて

 生活不安は大きいのですが、せっかくやって来るお正月。

 節約を感じさせない買い物に、頭を絞りました。尤も、夫がまだ古巣に戻れると思っていた時点でお節は頼んでいましたから、来客もないわが家、節約しようにもお節で既に最大の出費は済んでいたことになります。

 だいたい宇佐神宮に初詣に行っていましたが、どうやらひと月前のネットニュースによると、宮司問題が解決していない模様。第二審も宮司任命権をめぐり、神社本庁と対立していた世襲家の女性らが敗訴とか。

 卑弥呼に関心を持ち始めた15年以上前から、ちょくちょく宇佐神宮に詣でるようになりました。

 白馬がいた頃は気に乱れを感じることもなかったのですが、その後、何か乱れを感じるなあと思ったことがあり、行くたびにその気配が鎮まらず、ますます乱れるものを感じていました。宮司問題が長引いていることを知り、納得。

 で、去年は夫の厄払いを宇佐神宮でしていただきましたが、今年はわたしの実家があった祐徳稲荷神社に行こうかと考えています。

 以前、この神社に馬鹿に興味が湧き、調べたことがありましたが、母方の祖母の家系が鍋島家の家臣だったとすると、京都から嫁した萬子姫によって創建された祐徳稲荷神社は、吉野ヶ里遺跡のある辺りから嫁いだ祖母にとっては、親しみの湧く、特別の神社だったのかもしれません。あそこで暮らしていた頃は、母が何もいわないので、何も知りませんでした。子守のおばさんからは萬子姫について物語のように聞かされましたが。

 萬子姫は人格者として知られる立派なお姫様だったようで(信仰生活に入ってから19年後のその死は、即身成仏的なものだったとか。明治の神仏分離令までは、神仏習合は普通でした)、町興しの一貫として、何でも萬子姫饅頭なるものができたそうで……。

 今、そういえば昔、萬子姫について個人誌に書いたことがあるはず、と思い、探してみたら、ありました。短編小説『茜の帳』の付録として、『萬子姫抄』というエッセーを書いています。何と、平成4年1月31日発行ではありませんか! ずいぶん昔だわ。

 長いものではありませんが、書き写すには時間がかかりそう。でも、記事にしておきたいと思います。

 アマゾンのキンドルストアから、萬子媛に関するエッセイを短編小説と合わせて収録した電子書籍『茜の帳』を販売中です。2013年9月23日

 伊万里焼について馬鹿に書かなければならない気がしているのも、それが鍋島藩の秘窯で生まれたものだからでしょうか。だとしたら、これも祖母つながりですし、祖母の家系が傍系にせよ、やまとのあやと関係があるのだとすれば、卑弥呼に対する関心も祖母つながりの贖罪的なものなのかもしれません。

 卑弥呼に関しても、伊万里焼に関しても、何を書かなくてはならないのかは、現時点ではさっぱりわかりません。ただ、吉野ヶ里遺跡で(そこへ行ったときは、母方の家系のことなど、何も知りませんでした)、「わたしたちはもっと高貴に生きていた」という言葉をどこか高い階層から、音声ではなく、薫り高い、なめらかな光のような暗示として感じた、そのことがヒントとなるような気がしています。わたしたちは、あの時代の人々を原始的に想い描きすぎているのかもしれません。

 大分県の日田市に引っ越したばかりの頃、悪戯ものの妖精だか、妖怪だか、眷族だか知りませんが、しきりに悪戯されるのを感じたことがありました。それで、大原八幡宮に詣でて苦情をいうと(勿論、心のなかでですよ)、大空の高いところで、大騒ぎが起きるのを感じました。

 悪戯ものの眷族が、高い階層の存在からお叱りを食ったのでしょうか。

 祐徳稲荷神社でも、そうした眷族や眷族の上位にある存在(人間とペットのような違いを感じます)を感じたことがありましたが、何も感じないこともあります。

 神社に行きたくなるなんて……人間界の残酷さに疲れ、見えない領域に安らぎを求めたくなったのかもしれません。この窮地を乗り切れるでしょうか? 

 ここに書いたようなことは、家族には話しますが、他人にはほとんど話したことがないので(頭の螺子が飛んでいると思われちゃう)、わたしのブログを見て驚いている方々もいらっしゃるでしょうね。

 一般的な人々は、自分本位、人間本位に生きているので(わたしも普段はそうです)、見えない世界がこの世に分かちがたく溶け合っていることを意識すらしません。

 しかし、上下関係からいえば、見えない世界が主で、この世が従です。その根拠は、この世からは見えない世界が見えにくいけれど、見えない世界からはこの世がよく見えているというところにあります。

 わたしにしても、見えない世界の観点から――オーラや心の声に重きを置いて――自分や他人や動物を見るほうが、その姿がはっきりします。

 まあ、見えない世界が人間だとしたら、この世はペットですね。ヨガでは肉体が乗り物に譬えられます。

 普段はわたしも全く即物的に生きていますが、嫌な、痛い、つらい体験をすると、見えない世界の存在を思い出します。そこから来て、いずれは帰っていくことになるあの豊かな世界のことを。

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2011年12月29日 (木)

軽いめまいと胸の圧迫感

 軽い胸の圧迫感があり、それをニトロを使わずに放置していたら、今度は軽いめまいが起きた。

 今後のためにも、めまいの原因を突き止めたいと考え、この時点であえて胸の圧迫感にニトロを使わずに様子を見ている。

 昨夜の睡眠は足りていたと思う。一昨日はよく眠れなかった。

 圧迫感の原因が寒さのせいか、大掃除のせいかは、わからない。

 以前から、胸の圧迫感とめまいは関係ある気がしていた。関係のあることがはっきりすれば、ニトロを早めに使うことで、めまいの起きるのを防げると思う。

 家の掃除くらいで音を上げる体、先生にウォーキングも賛成して貰えない体で3月から就活なんて、どう考えても非常識だ。

 でも、今の日本には、働けない体で働いている人々が大勢いらっしゃるのではないかと思う。

 唯一、比較的ましにやれると考えるのが創作だが、この雲を掴むような労働行為は、なかなかお金にはならない。だからといって、それがこの世に必要でないかというと、何より神秘主義者の観点からして、絶対にそうではないし、わたしが創作に適性があるかどうかを知るのはミューズだけだ。

“ああ、ミューズ! ぼくはおまえの忠僕だった、まあなんという輝く愛を、ぼくはいろいろ夢みたことか!”

 これは、アルチュール・ランボー、栗津則雄訳。

 こんなときに読むランボーは、まぶしいくらい。

上記、ランボーの詩は過去記事で紹介しています。
  ⇒
http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/03/post-901a.html

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慌てて掃除のわが家。1時間ぶんの友人の物語。

波瀾万丈の今年でしたが、昨日中に何とか注連縄を飾り、今日は夫と手わけして大(いや中くらい……)掃除。

年賀状が後回しになります。夜書きます。

大学時代の友人からの葉書でお母様がお亡くなりになっていたと知り、ショック。

他にも、近況が詳しく綴られており、学校関係の仕事の傍ら童話を書いている人なので、電話をかけたいのですが、何か気持ちの余裕がないわ。あちらも主婦で、忙しいだろうし。いつ電話しましょうか?

昨日、心臓に圧迫感がありましたが、ニトロは使わずにすみました。3月からの就活に備えて(これは、ドクターには内緒で進めます。事後報告になるでしょう)、体調の調整は今のうちから心がけなくては。

パン作りのバイトなんか、やってみたいわ。体力が持たないかな? 牧場で動物の世話を募集していて、やってみたいと思いましたが、交通の便がネック。スーパー、デパート、塾は過去にやって飽きたから、それ以外のものがいいんだけれど、夫より若いとはいえ、雇って貰えるかどうかです。

でも、わたしは若くて、元気溌剌と見られやすいから、何とかなると楽観しているのです。いよいよなければ、清掃にはつけるのではないかと。

正直いって、仮に仕事につけたとしても、いつまで頑張れるものやら、想像もつきませんが、やってみるしかないでしょう。現状では、そうするしかない見通しです。

そして、2月までの貴重な時間は、創作との蜜月期間に……!

非公開の記事の再公開は、もう少し、お待ちくださいね。


※追記
友人には電話しました。
ほぼ30年ぶんの人生話が積もっているそうで、今日のところは概略と、比較的最近起きた出来事に、大学時代からの彼女のテーマ(悩み)を絡め、1時間ぶんの興味深い物語にして聴かせてくれました。これ、書けばいいのに……と、わたしはいいました。彼女は笑いました。
童話は、彼女独特の理由から中断中とのこと。ここには、児童文学に関する貴重な問題意識が含まれていると思われるので、改めて記事にしたいと考えています(お掃除でツカレタッ!)。

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2011年12月28日 (水)

作品の再公開・非公開のお知らせ

2月までしか書けないとしたら、やはりマグダラのマリアにアプローチした児童文学作品Fをいくらかでも完成に近づけたいと思います。

あれを書き上げるまでは、死ぬに死ねない気がするのですね。

来年初めには、たまごのお話二つを完成させて「鬼ヶ島通信」の道場に送り、それ以降は、書けるところまでFを書きたいと考えています。賞狙いより、書きたい気持ちを優先させることにします。

というわけで、計画の変更により、非公開設定にした執筆中断中の『あけぼの――邪馬台国物語――』は、明日にでも再公開します。

その代わりにというのもナンですが、近いうちにカテゴリー「Notes:不思議な接着剤」を非公開設定にさせていただくことになるかと思います。

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ご破算で願いましては

昼休みいっぱい携帯で夫と話し合い、結局、夫は辞退しました(まだ雇用契約書は交わしていなかったので)。

試用期間が3ヶ月あり、その間は社会保険をつけないというのは、明らかに違法行為ですが、定年退職後に入れるのはこんなところばかりかな……とも思われて、昼休みいっぱい話し合っていたわけでした。

先に受けた宿直の仕事の場合も3ヶ月の試用期間があり、その間は社会保険がつかないというものだったと夫はいいますが(わたしは聴いた記憶がありません)、同じつかないといっても、室内での宿直の仕事と厳寒の季節に道路に立ちっぱなしというのでは会社側の悪質度が違います。そんな人間の使い潰しをやってきた会社と思われます。

雇用保険の切れるのが3ヶ月後です。3ヶ月後に警備会社をやめるとして、給与+厚生年金−防寒対策用下着などの出費として計算したら、雇用保険と比較しても大した稼ぎにはなりませんし、やめる時点で体を壊している公算が高いと思うのです。

というより、体を壊さないとしたら、奇跡ではないでしょうか? そうなると、取り返しがつきません。昨日、その不安が繰り返し襲い、眠れませんでした。

ちなみに、帰宅した夫に確かめたところ、夫が大学時代にした交通誘導のアルバイトはたったの1週間だったとか。

夜間、2人ひと組で立っていたそうですが、幸い交通量が少なかったため、替わりばんこに立ち、1人は車で寝ていたそうです。管理のゆるい会社だったため、教育がなかった代わりにそんな自由もあったとか。

交替するために起こされて、手袋をはめようとしたら、うっすら凍りついていたというのです。これは、福岡市は12月の話。12月でそうなら、2月の夜間などは想像を絶する事態ですわね。

若いときに1週間でギブアップしておきながら、なぜ同じ仕事を続けられると思えたのか、わたしにはわかりません。

何月だったかは覚えていませんが、わたしは真冬に子供会の交通当番で2時間ほど旗を持って立っていたことがありましたが、あれだけでも結構かじかみましたもの。

3ヶ月耐え抜いて、恵まれた体力及び不屈の精神で常駐を勝ち取れた人だけが生き残っていくのでしょう。そんな常駐の人ばかりが一緒に講習を受けていたとか(定期的に受けることになっているようです)。何というサバイバルの世界であることよ!

2月までは創作をしたいので、それに没頭しますが、その頃までに夫の就活が思わしくないようであれば、わたしも3月から就活を開始します。

体を壊すくらいなら、就職には結びつかなくとも、ポリテクでCADを学ぶほうがはるかにましではないでしょうか。で、ブラック警備会社を蹴り、夫はポリテク通いの続行と相成りました。

正直いって、もはや神頼みしかないと思っていますわ。

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著しく気になる点

昨日決めてきた警備会社の講習に出席中の夫。

昨日、夫が何気なくいったことをわたしは聞き違いかと思っていましたが、どうしても気にかかり、既に警備会社に向かっているか着いたかのはずの夫の携帯に電話を入れました。

「わたしの聞き間違いかもしれないけど、もしかしたら、試用期間中は……って、いわなかった?」と。

ナンと夫は肯定し、わたしは戦慄しました。「何ですって? あなた、自分が店長までしていたというのに、それが違法行為であることに気づかなかったの!」とわたし。

もう警備会社にいると思われる夫は(講習が始まるのを待っているところだったのではないでしょうか)、声を潜めて、「え、そうなん?」と囁き返しました。

「そうよ、絵に描いたような違法行為よ。それが聞き間違いでないとしたら、そこはブラック企業だと思うから、やめて帰ってきなさいよ」とわたしはいいました。

今、ネットで調べてみたら、こうしたケースは既に社会問題化しているようです。知りませんでした。

もし……が本当なら、ブラック企業の典型例ですわ。この手の企業はハローワークの常連ですってね。

オソロシイのは定年退職後に勤められるような会社がこんなところばかりか、こんなブラック企業に仕事を奪われっ放しのろくに仕事のない会社かのどちらかしかないのではないか、という予感がすることです。

夫婦して、鮫のウヨウヨする海を泳いでいくような恐怖感すら覚えます。

まだ確認のとれたことではないので、この件に関してはまた後ほど。

バルザックでしたら、こうした社会現象を素材にして、すばらしい小説を書くでしょうね。まあ、わたしもそのうち何かは書くでしょう。児童文学作品Pで、既にいくらかは書いていますがね。

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心配で眠れません

警備の仕事を決めてきた夫ですが、この寒空にそんな仕事、妻として嬉しいわけがありません。

厚生年金しか出ないのに、少ない退職金、継続雇用なしで放り出されて、この先やっていけるのか、不安でいっぱいです。厚生年金だけでも出るからありがたいと思わなくてはならないのでしょうか……。

麻生政権が続いていたら、夫は継続雇用になっていたと思います。娘も、正社員になれていたに違いありません。麻生政権はそんな方向に持って行こうとしていました。雇用対策に力を入れようとしていたところだったのに。

現に、民主政権になるまでは、夫の会社は継続雇用の方向に行っていたのですから。

麻生はいろいろといわれるけれど、小泉政権のしでかした過ちを、修正しようとしていたのに。

民主政権になってからというもの、企業は増長するばかり。自民以上にひどい。

求人情報を見ていると、求職者の足元を見透かしたような、買い叩くような、低い賃金に、つける条件のほうは鹿馬鹿しいくらいに高望みです。

厚生年金や退職金のある定年後の人間ですら暮らせないような額なのに、若者がそれっぽちでどう独立し、子供を産み、人間らしく生きていけるというのでしょうか?

夫みたいに妥協できる人は少なく、皆さん、「こんなはずはない、いくらなんでも、もう少しマトモな口があるはずだ」と、粘っていらっしゃいますが、決まらないままポリテクを卒業していく人のおおいこと!

雇用保険が切れたあと、どうやって暮らしていくのですか? 有り余るほどに貯金があれば、ポリテクなんかに行かないでしょう?

うちだって、まさか、もう少しは職があると思っていました。ここまで、妥協を迫られるとは想像していませんでした。

ひどい、本当にひどい日本になってしまいました!

絶望感でいっぱいです。

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2011年12月27日 (火)

決まりました

定年退職後、ポリテクに通っていた夫ですが(年内は今日までで、午前中の授業でした)、警備会社に決まりました。こうすぐに決まるとは思わなかったので、慌てています(まだ雇用契約書は交わしていません)。

仕事の内容は交通誘導です。常駐はなかなか空きが出ないとか。また常駐の場合、賃金にかなりのバラつきがあるそうですが、希望すれば、空きが出たときは教えて貰えるそうで。

明日が講習、それから3日間でしたか、実地指導があり、そのあと勤務となるようです。

警備会社も乱立しており、良し悪しは、入ってみなくてはわかりませんが、これまで警備関係の求人を見てきたところでは、求人票の書き方がきちんとしている印象でした。

ポリテクに、派遣会社を勤め上げたあと、来ている男性がいて、その人はさすがに情報通らしく、夫が決めた警備会社は大きいけれど、仕事がきついかもしれないといっていたとか。

夫が面接で説明を受けたところによると、人によっては指名を受けてすごく忙しくなる人がいるそうです。ただ、忙しすぎると思えば、自分でコントロールすることはできるとか。また、1年中、仕事はあるそうで。

夫は大学時代に警備員のアルバイトをしたことがあり、何の指導も受けなかったのに閉口したといいます。わたしも、潰れる寸前のスーパーで、何も教わらないのに、いきなり2階全部を担当させられて困ったことがあったので、夫の気持ちはよくわかりました。

ネット検索してみると、今でも、指導も訓練もなしにいきなり現場に行かせる警備会社は結構あるようです。夫が最初に電話してみたところは、そんな感じだったといいます。

しかし、指導があると書いてある警備会社があったと夫はいい、そこへ電話をかけてみたというわけでした。

最初にきちんとやり方を身につけておけば、同じ仕事での転職も怖くありませんからね。夫は資格もできたらとりたいといいますが、そこでそれが可能かどうかはわかりません。

防寒用の下着は、ヒートテックのに、デパートにある温かそうなのに、股引、腹巻きに、毛皮付のチョッキに……とわたしがメモしていたら、夫が「北極にいくわけじゃないんだから、必要なものは実際にやってみてから、揃えればいいよ」といいました。

でも、初日から風邪ひいたらどうするの、寒がりの癖に? とにかく、明日、防寒対策の下着は一通り買いに行くつもりです。

お弁当箱は、昔使っていたような三段重ねのジャータイプがいいかしら、と訊くと、これも待った、をかけられました。

まずは明日、講習に行ってみなくてはわかりませんものね、何もかも。

今、夫は、ポリテクで親しくなった人々と忘年会中です。お別れ会になるとはね。

今日は年賀状を書くつもりでしたが、急な展開に、頭がぼーっとしてしまって。

夫に釣られたわけではありませんが、娘も転職を考え始め、書類は通り、来月博多で筆記試験です。狭き門ですが……。

数年前に娘が転職を考えたときは契約かアルバイトの求人しか見つかりませんでしたが、時期的なものなのか、正社員の求人は今のほうが目につきます。

ただ、薄給で長時間の勤務を固定化したいがための「正社員」待遇だろうか、と疑いたくなるケースも増えた気がします。

夫も一応、正社員です。働いてみて、これは……と思えば、やめればいいし、他によさそうなところはないか、わたしも気をつけていくつもりです。

夫の友人の「定年後は、きつい、汚い仕事しかないよ」という話は本当でした。その話を聴いていなければ、もっと楽観できたでしょうけれど、とりあえず、夫婦で話してこの警備の仕事に決めた次第です。

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2011年12月26日 (月)

定年退職後の厳しい風

記録しそびれていたが、夫の受験した流通業関係の企業は、駄目だった。先週、不採用通知が届いた。この業種でのリベンジならず、まことに残念。

わたしもハローワークの求人情報を見ているけれど、比較的あるように思えるのは、夫の年齢では、警備員しかない。

外だと、体を壊さないかが心配で……。状況によってはわたしも働かなくてはならないので、その観点からも求人情報を見ていると、デパートなんかもあったりする。

デパートの出張所と食品部で働いた経験があるので、業務内容の想像はつくし、通りさえすれば、できるんじゃないかと思う。健康が許せば……。倒れるまで、どれくらい粘れるかだなあ……。

ただ、この年齢だと、通りにくいみたいだ(60歳にはまだだいぶん間があるのに)。小倉に住む大学時代からの女友達は、前に50回面接に行ったといっていた。

どこでもいいという受けかたをする人ではないから、詳しいことを訊かなくてはわからない。簿記の資格を持っている彼女は、正社員の事務職を狙ったんじゃないかと思う。わたしの場合、片っ端から、応募することになるのかしらね。文学賞以上だ。

でも、まずは夫に頑張って貰おう。わたしはぎりぎりまで書こうと思う。

そういえば、持ち込み(といっても郵送)した作品の返事はまだない。2週間程度で、不採用通知の来るのが普通という話だけれど。わたしの霊感(?)では、あれはまだ誰も読んでいないと感じる。

来年になれば、2月半ばくらいから、ぼちぼち文学賞応募の結果がわかり出す。ほとんどが児童文学作品対象で、なかにはネーミングや商品企画といったものも。どれか当たると嬉しいなあ(その程度の期待感)。

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2011年12月25日 (日)

夢見心地にさせてくれる、『おとぎ話の幻想挿絵』(解説・監修=海野弘、パイ インターナショナル)

海野 弘
パイインターナショナル
発売日:2011-09-21

 うっとりとさせられる、イラスト選集です。

 昔、夫がアーサー・ラッカムとかカイ・ニールセンといった、細密画やクリムトを連想させる画家たちの挿絵集を何冊か見せてくれて、ため息が出たものですが、ジュンク堂書店のワゴンに、前掲のイラスト選集がありました。

 夫に話すと、夫も見に行き、ふたり共魅せられて購入することに。わたしたちが自分たちに贈るクリスマスプレゼントになりました。

 画家は、アーサー・ラッカム、エドマンド・デュラック、カイ・ニールセン、ウォルター・クレイン、ハリー・クラーク、アラステア、ジョン・オースティン。

 夫の持っている挿絵集に比べると、いくらか紙質、色合いの鮮明さという点で劣るような気がしますが、2,800円+税といった安価で、これだけ豪華な挿絵を沢山見られるなんて、贅沢な話です。

 選ばれた挿絵のすばらしさもさることながら、解説もしっかりしていて、イラストレーションの歴史や、外国語音痴にはどんなお話につけられた挿絵なのかもわからなかったのがよくわかり、二重、三重の悦びの波に見舞われました!

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クリスマス・イブのケーキとパン

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 このところ、クリスマスケーキはモロゾフにしていますが、モロゾフのバタークリームケーキは美味しいので、「クリスマスチョコレートトルテ」にしてみました。直径12㎝、1,260円。

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 以前、服部先生のレシピで作った「鶏手羽元とえびのフリカッセ」が美味しかったので、それを作りました。ちょっと煮詰めすぎました。生クリームの代わりにエバミルクを使ったのも、失敗だったかな。幸い、家族は美味しいといってくれましたが。フリカッセのレシピは以下。

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 娘が女友達の結婚披露宴でもらってきたパン。クリスマス・イブにいただきました。トマトピューレを使ったアサリのスープと一緒に。

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 フリカッセに使うのに、娘にエビを頼んだら、車エビを買って来ました。500円だったとのこと。ワインは、高いものではありませんが、イタリア展で買って、とっておいたものです。それの肴に、フリカッセ用のエビを拝借。塩焼きにしたら美味しかったです。チーズは、5種類を詰め合わせた800円くらいのもの。緑色のはワサビ入りチーズ。

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 缶詰を使って、パイナップル・コールスローを作るつもりでしたが、力つきて、やめました。直前まで創作していて、へとへとだったから。

 お財布に優しく……を心がけたクリスマス・イブの晩餐でした。

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2011年12月24日 (土)

娘の女友達から届いたマジック・クリスマスツリー

娘の女友達から届いたマジック・クリスマスツリー

12時間で、この可愛いツリーが育つというのです。

テレビ台の隅っこに置けるくらいのサイズ。付いていたマジック・ウォーターをトレイに入れ、待っているところです。

ユニークな贈り物を送ってくれたのは、高校時代からの娘の女友達。

クリスマスツリーを飾らなかった、今年のわが家のクリスマス・イブに飛び込んできた、魔法の(?)ツリーでした!

その後

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またその後(約1時間後)

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 夫の推理によれば、このマジックというのは化学薬品による結晶作用だそう。
 
 1時間後の写真では、明らかに育っていますわね。これを書いている現在は、もっと育っています! わあっ、綺麗。

寝る前に見たツリー

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今朝(25日)のツリー

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 完全に育っています。娘が添付の金粉を振りかけたようです。

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2011年12月23日 (金)

娘は女友達の結婚披露宴へ

今日になったら、腰の痛みが軽くなり、パソコンの前に座って書くことができるようになりました(この記事は携帯からですが)。

ただそれだけのことが、何か贅沢なことみたいに嬉しいなんて!

腰痛がひどかった間は、例の一個目のたまごのお話を寝ながら考えたりしていましたが、パソコンの前の椅子に座って、きちんとした文章にしてみたくてたまりませんでした。

寝ながら考えていたように、語り手を第三者から登場人物の一人に替えてみました。やっぱり、このお話にはそのほうが合うみたいです。

話は変わりますが、連休中の娘は、大学時代の女友達の結婚披露宴に出席するため、小倉へ出かけました。

早起きして美容院へセットして貰いに行き、ドレスなのですが、着物にも合いそうな、高く結い上げた複雑な髪型になって帰宅しました。

久しぶりの華やいだ招待、友人達との再会に娘はウキウキしているようで、いつもより念入りのメイク。それを横で見ていたら、わたしも何かしなければという気分になり、ついリップクリームを厚塗りしてしまいました。

ポリテクが休日の夫が、車で娘を小倉まで送って行くと出たまではよかったものの、ナビで到着時間を訊くと間に合いそうになかったといい、娘は結局電車を使うはめに。

娘の女友達は、中・高校時代からの友達を含めても、結婚した人は少ないです。

今日結婚式を挙げる友達は市立大の法学部から国立大の法科院に進みましたが、法律関係ではなく、税関係の仕事に就きました。職場結婚。

その友達ともう一人と娘の三人が、同じ法学部の仲良しでした。もう一人と娘が招かれたわけですが、どちらもまだ結婚する気配がないので、誰かよさそうな人がいたら見逃さないようにね……といってみました。

そういえば、「姉貴を、あまりにも大事に大事に育てすぎた」と息子から叱られたことがあります。

学校の先生からも純粋培養したみたいだといわれたり、また、よく、お嬢様という感じだ、なんていわれるのですが、そういわれても、うちは何も買ってあげられず、花嫁修業などさせたくてもさせてあげられない貧乏暮らしで、学校はずっと男女共学だし、アパートで独り暮らしの経験もあるのだし、娘にお嬢様っぽいところがあるのだとすれば、それはわたしの育て方というより、本人の特性なのではないかと思うのです。

電車の中から娘がメールしてきました。東京の息子(娘にとっては弟)にメールをしたら、息子も今日、友人の結婚披露宴に出るそうで、神戸に行くと返信が来たとか。

息子はやたらと結婚披露宴に出ています。高校・大学・マスター時代の友達、会社の友達……と、息子の周囲では華やいだ男が多いようなのです。

結婚する男女は減ったのかと思っていましたが、環境によっても違うのでしょう。

娘の友人達は小泉不況で就職の冷え込んだ年に就活し、特に女性に厳しい状況だったため、娘を含めて、契約、薄給、少ない休み……といった不安定な立場に置かれた人が多く、結婚以前に恋愛をする環境がととのわないようです。

息子の友人達はきちんと就職できた人がほとんどで、マスターまで行った友人達には育った家庭が裕福な人も多いため、結婚しやすい環境にあるのでしょう。

姉の心配をしたり、結婚披露宴で忙しげな息子はどうかと訊けば、ドクター出なきゃならない不安定な状況下では、まだ結婚できないといいます。食べさせて貰うという手もあるでしょうけれどね。

さあ、食べさせて貰ってきたわたしは、食べさせられるようになるために作家にならねば。

でも、児童文学で食べていくというのは難しいようですよ。裕福な奥様方が本を出したり、作家をしているというケースが結構あるようです。

それでもわたしは書きますし、よい作品が書けるようになって、作家になりたいと思っています。昨夜、バルザックを読んで、元気になりました。バルザックは、わたしには、ポパイのほうれん草に匹敵するみたいです。

ところで、いつも娘とふたりで占領している炬燵に夫が来て、猫のように大人しくしています。本を読んでいるようです。あら、大欠伸したわ。

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2011年12月22日 (木)

サボテンのぽわぽわ坊や~!

サボテンのぽわぽわ坊や〜!

サボテンのおかあさん本体はめんよう……といいたいぐらいに、うねうねと曲がりくねり、絡まり、訳のわからない姿となっていますが、これが子沢山なおかあさんで、よく子供をうみます。

ふと見たら、ぽわぽわの坊やが……。

ところで、12月のこの時期になると、いつもであれば、気が急いてくるものですが、今年は少し腰を傷めていることもあって、何をする気も起きません。

一昨日、夕飯の支度中、ただ立っていただけのときに、腰の左側にズーンと痺れるような変な痛みが走りました。

それほど強い痛みではなかったので、用心しながら家事を続けました。昨日の朝は一人では起き上がれず、家族に手を引っ張って貰って起き上がる始末。

一旦上体を立てれば、普通に動けました。

デパ地下はまだ来ていないはずのクリスマスを通り越して、既にお正月のムード。

野菜売り場には、かつを菜が出ており、普段使いには立派すぎる野菜たちに座を譲ろうとしていました。

もっと露骨には、二つでいくらかの安い蒲鉾が買える売り場は既に高い蒲鉾らに占拠されているではありませんか、ああー遅かった!

気をつけないと、不安定な腰を捻りそうで、用心しながらも歩き回った昨日。

枕の下にクッションを置き、右と左にもクッションを置いて腰の辺りを安定させて、就寝。子供会のイベントで大忙しの夢から覚めたら、腰が……米俵になったみたいに重いの!

ひっくり返った亀みたいになって、しばらく途方に暮れていました。でも、やってみたら腹這いになることができたので、クッションを抱いたり、クッションに縋ったりしながら、起き上がるのに成功しました。

少しでも長く立ったり座ったりしていると、腰が重く痛くなってくるので、横になるのですが、そうすると、起き上がるのが大変。

冴えないなあ、創作するにも、何か力が入らなくて。

明日は、よくなっていると、いいけれど。

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2011年12月21日 (水)

キム・ジョンイル総書記の死、雀たちの死

 北朝鮮のキム・ジョンイル(金正日)総書記が17日に心筋梗塞で亡くなった。69歳。
 今やすっかり有名となった女性アナが超厳粛に、力強く、その死を報じていた。

 キム・ジョンイル総書記の死を嘆き悲しむ人々の過剰な身振りと表情に、わたしは目を見張り、画面に釘付けとなった。演劇を見るようで、つい、それが見たさにニュースを見てしまう。

 あなたがたから、糧と自由を取り上げた男ではないか。その死を祝うのが筋であろう。超凡庸なキム・ジョンイルが、何かいいことを一つでもしてくれたというのか?

 彼は、毛沢東のお粗末な産業政策及び農業政策を猿真似することしかできなかった。
 軍備増強のために重工業ばかり重視して軽工業を軽視し、自然のありかたを無視した農業政策により、国土の荒廃と飢えを進行させたのだ。

 北朝鮮では、稲とトウモロコシに注目されてきたという。
 稲は、苗の密植と生態系を無視した駆除(雀が大量に殺処分された)によって、害虫が大量に発生してだめになり、大飢饉を招く結果となった。
 「全土段々畑計画」を掲げ、木を伐り、山を削って、根の浅いトウモロコシを大量に植えたことが、砂漠化現象や洪水の原因をつくった。

 何ら有効な手段も打たれないまま、食糧配給もストップ。

 大仰に嘆き悲しむ一般人の本当の気持ちを知りたいと思うが、独裁体制の下、密告を恐れるならば、大いに嘆いてみせなくてはならないのだろう。洗脳されて、麗しい指導者に映っていた向きもあるのだろうか。命がけで嘆きのポーズを取っているのだと思えば、オソロシイ光景にも見えてくる。

 でも、日本だって、他人事ではない。エネルギー問題、TPP問題を抱え、下手をすれば……いや、その前に、定年制と引き上げ途中にある年金、就職難――といった制度の間隙に落っこちたわが家は、夫の定年退職後、不安にさらされていて、先のことなど、ほとんど何も考えられない状況に陥っている。無能無策にしか見えない野田首相の生気のない顔を見るたび、暗い気持ちにならざるをえない。

 あー、腰が痛い。立っていただけなのに、どういうわけか腰を傷めてしまったらしく、昨日から痛い。外出しなくちゃならないのになあー! 明日には、たまご料理(童話)を仕上げる予定です。まだ1個目。

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2011年12月19日 (月)

たまご1個目、料理中(創作の話)

1個目は玉子焼き、2個目はシンプルに目玉焼きといきたいと思います。

で、1個目を料理中なんですが、早くもこがしそう。

今回のテーマには「幼年童話」とは指定されていないので、わたしは読者の年齢層を小学3、4年以上に設定してみたのですが、これでいいのかなあ。

5枚書いたところで、創作の呼吸が中編向きになっていて、まずいと思いました。

それに、子供のものに、あだっぽい女性を出すのはまずい?

いえね、母のお友達のなかに、子供ごころにも、あだっぽいと感じられるおばさんがいらしたのです。

上から目線というか、高圧的と子供のわたしには感じられるおばさんの多いなかで、同じ目線で話しかけ、儀礼的ではなく、笑いかけてくれた――子供ごころにも可愛らしい笑顔だと思いました――貴重なおばさんでした。

すっきりとした容貌で、品のよい色気があって、着物姿が粋でした。普通の家庭の奥様だったと思いますが、雰囲気的に一人だけ違っていたなあ。単に上品というのとは、違っていました。

昔――母が亡くなったとき、その人はお悔やみはいわず、潤んだ綺麗な目でじっとこちらを見つめて、「○○ちゃん……」と一言わたしの名を呼んだだけ。かえって、それが嬉しく感じられました。

喪服はその人が着せてくれ、帯をぎゅうっと、強く締めてくれました。気持ち的に崩れずにいられたのは、その帯のおかげでした。

でも、その人も、それから数年後に舌癌であっけなく逝ってしまわれました。

この短い童話で、あのおばさんをモデルにした女性を出したくなったのはなぜ? 作品に登場する子供たちが彼女を呼んだのか………。

とりあえず、書いてみようと思います。仕上がった作品を読んで、もう一つだわ……と思えば、また別に書けばいいんだしね。

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2011年12月18日 (日)

こんな料理の記事にアクセスが増えてきました

 このところ、おすすめ年賀状テンプレートにアクセスが集中気味ですが(わたしはまだ1枚も書いてません~!)、以下の記事へのアクセスも増えてきました。

 小蕪のスープ煮に触れた最近の記事で、これはクリスマスのディナーなどにサイドディッシュとして映えると思うと書きましたので、レシピを紹介した過去記事にリンクを張っておきますね。

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 また、上にリンクを張っている記事「カウントダウン・お正月に、こんなレシピは如何?」でも紹介している肉だんごを久しぶりに作りました。

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 これは中華風の品のよい味付けですし、冷めても美味しいので、普段の夕飯には勿論、お正月の献立や弁当などにもよくて、本当に重宝します。母から貰った料理の本にあるレシピですので、この肉だんごを作ると母の料理を思い出します。

 
肉だんごの揚げ煮(5人分)
『十二か月シリーズ9 肉のおかず十二か月』(女子栄養大学出版部、昭和40年)より。

豚ひき肉400g、a{卵1個、しょうゆ・ごま油・酒各大さじ1・おろししょうが少量}、かたくり粉大さじ2、とうがらしのみじん切り2本分、b{しょうゆ・酢・砂糖大さじ2、スープ大さじ4、化学調味料少量}

①ひき肉にaをよくまぜ、かたくり粉の半量を入れ、さらによくまぜる。
②たっぷりの揚げ油に①のひき肉を親指くらいの大きさにつみ入れ、こがね色に揚げる。
③なべでbを合わせた調味料、とうがらし、揚げだんごを入れて煮たて、水どきかたくり粉でとろみをつける。”

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児童文学の雑誌が届きました

 前号から購読を始めた「鬼ヶ島通信50+8」が届きました。

 購読会員は「鬼の創作道場」に作品の応募ができ、優れた作品は掲載、全作品に選考委員による誌上講評が行われるようです。

 年2回発行で、第八回「鬼の創作道場」の締め切りは2012年3月31日となっています。自由部門と課題部門があり、応募作品は1人2点まで。自由部門の文字数は2000字~12000字以内。課題部門は今回は、テーマは「たまご」(タイトルは自由)。文字数は8000字以内となっています。投稿方法など募集要項について、詳しくは「鬼ヶ島通信」のホームページへ。
http://onigashima-press.com/

 まだ絵本にしたいお話はできていませんが、たまごをテーマにしたお話も考え始めました。昨夜から今日にかけてざっと五つほどストーリーができました。このうちの二つを作品にしてみようと考えています。締め切りまでには間があるので、他に考えつくかもしれません。

 絵本にしたいお話にしろ、たまごをテーマにしたお話にしろ、こういった感じの創作は不慣れで、戦々恐々といったところです。わたしにとっては、お話と呼べるものになるかどうかといったレベル。

 でも、賞応募後に郵便局を出ながら、送り出した作品を本当に読んで貰えるのだろうかという寒々とした疑念にとり憑かれがちなわたしとしては、全応募作品について選考委員による講評を受けられるというだけでも、ひじょうにありがたい、恵まれたことだと思われます。

 絵本にしたいお話を仕上げたあと、たまごにチャレンジし、それから例の古代を舞台にした児童小説にとりかかりたいと考えています。何だか、またプランが変わってきましたが、自分で立てたプランなので、そこはこだわりません。

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2011年12月17日 (土)

もうすぐクリスマス

もうすぐクリスマス

買い物に出たのはいいけれど、めまい、消耗感と、やはり本調子ではありません。
夫とどこかでご飯すませて、帰ります。

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携帯で長文を打ち。凄味のあるリンドグレーンの作品群。

相変わらず体調が優れず、寝たまま携帯からです。

風邪症状は感じませんが、風邪が抜けていないのかもしれません(風邪にかかっていたのかどうかもはっきりしませんが……)。

昨日と似た症状です。

昨日は、昼過ぎても用心していたら、だんだん家事くらいはできるようになり、夕飯も作れたのですが、作ったあと、後片付けをしているときに軽いめまい、消耗感を覚えて就寝。

今朝になると、気分の悪さがぶり返していました。症状は、軽い吐き気、寒気、頭の重さ、腰痛です。

今日のお昼は、ポリテクが休みの夫がお湯を張った素麺をしてくれたので、それを食べました。美味しかったのですが、やはりいつもと違うのは素麺くらいでも胃にもたれるところでしょうか。

昨日の夕飯のメインは今が旬のブリを使い、エスニック風の照り焼きにしたものでしたが、これは食べられそうになかったので、自分のぶんは作りませんでした。

サイドディッシュの小蕪のスープ煮とサラダは食べました。

小蕪のスープ煮は、婦人之友社「毎日のお惣菜シリーズ 2 野菜料理(Ⅱ)」(1985年)を参考にしたものですが、これは、見かけも味わいも大変お洒落なので、クリスマスのディナーに如何でしょう。

蕪をスープでべっこう色に透き通るまで煮、それにソース(サワークリームにレモン汁、玉ねぎのみじん切り、ケッパーをまぜる)をかけたものです。チキンの側にあっても映える一品だと思います。

以前、レシピを紹介した記憶があります……当ブログの過去記事検索で出てくるはずです。

蕪の葉はもったいないので、刻み、冷凍しているちりめんじゃこ、すりごまを加えて油で炒め、しょうゆで味つけしました。ごはんにかけると、大変美味しいですよ。いつもは、蕪の葉ではなく、小松菜で作っています。

体調は朝に比べると、よくなってきていて、この記事を書き終えたら完全に起きようと思っています。夕方1分だけ(とご当人のお言葉)来客の予定で、そのあと、買い物に出たいのです。

娘が今夜は会社の友人達と食事に行くそうなので、夫と二人外食でもしようかしら。お金がないから、外食といってもファミレスですけれどね。

長崎ちゃんぽんの○○は昔からお気に入りなのですが、家から一番近い○○は料理人の腕が悪すぎます。○○とも思えませんでした。

野菜はくたくた、その癖、エビは火の通りが悪かったわ。あんなに水分のある皿うどん、初めて食べました(怒)。

具材の炒めかたを教えてやりたくなったほどでしたが、料理をしていた男の子(ってことはないですよね。大人の男性のはずですから。最近、30代までの男性は坊やみたいに見えてしまう……)がお勘定のときにレジで屈託なく微笑みかけてくれたときには、その怒りも萎えてしまいました。

夕方1分だけ見えるお客というのは、保険関係の手続きのためで、見えるのは担当の人ではなく、用件は本人であるかどうかの確認です。

夫の生命保険は妻型で、見直しの時期にあたっているのですが、病人の妻(わたし)がくっついているために、夫の保険を設計するにも自由度がなく、またこのままでは、夫がもしもの場合、わたしの保険もなくなってしまいます。

今のうちだと、わたしの医療保険だけ夫の保険から取り出して別個にできるとか。色々と病気のあるわたしの場合、ここの会社の保険で、わたしが新規に作ることはできないそうで(ここでなくとも無理だわね)。

がん保険には入っていますが(それは夫がもしもの場合でも、わたしの保険は残るそうです)、あれはがん以外には出ないし……金額的には小さくても、全体をカバーしてくれる保険がなくなるのは困るので、取り出して貰うことにしました。

あれこれ工夫をして貰い、夫の保証は小さくなるところも大きくなるところもありますが、担当の人のおすすめプランが妥当かな、といった感じ。

わたしが先に死んだ場合に葬式代も出ないのは困るので、それはしっかり残して貰いました。そして、今受け取れる積立金は、家計の苦しいときなので受け取りたい気もしましたが、担当の人のおすすめに従い、その積立金を活用し、わたしの保険を医療保険付年金保険にしてわたしのぶんの保険料を4年分一括して支払ってしまうことに。

年金保険にすることで、そのぶん保険料は高くなりますが、4年後にまた保険料の支払いが始まるときに払えないようであれば、今回のように医療保険だけ取り出すこともできるそうです。その際に、積立金は入れたままにしておくことも、受け取ることもできるそうなので、そうすることに決めました。

結果的に、月々の保険料の合計はこれまでより軽くなり、家計の苦しいときだけに助かります。

今日も創作は無理だと思いますが、先日図書館から借りてきたリンドグレーンの『よろこびの木』(短編集『小さいきょうだい』所収の『ボダイジュがかなでるとき』と同じ)には、深く考え込んでしまいました。また『赤い鳥の国へ』についても。

この2作品は『ミオよ わたしのミオ』『はるかな国の兄弟』と同系統に属する、リンドグレーンの内面性が色濃く表現された、リンドグレーンの哲学を物語る作品といってもよいと思います。

リンドグレーンは社会運動家としても活動したアクティブな人で、女性としても未婚の母となるなど情熱的です(お金がなく、息子を里親に預けなくてはなりませんでした)。

リンドグレーンは決して無難な生き方をした人ではなく、作品もまたそうです。でも日本では無難に褒め称えるのがよいこととされているかのよう。勿論、一般の読者であればそれで充分でしょうが、評論家までそれというのでは情けない気がします。

リンドグレーンはどんな作品を執筆するにも全力投球を感じさせますが、前掲の諸作品では特にそれが感じられます。

今から年末までにリンドグレーンの作品について30枚書くのは無理かなあ。ちょっと考えてみます。もし書く場合は、当ブログのNotes:リンドグレーンの記事は非公開にさせていただくことになると思います。やっぱり無理かな、今からじゃ。

どうでもいい話ですが、娘は誕生日がリンドグレーンと同じ日です。父がその前日で、最初はその日がリンドグレーンの誕生日と勘違いしていたのですが、娘と同じでした。

娘もリンドグレーンのファンで、絵本『よろこびの木』『赤い目のドラゴン』を買うそうです。わたしはクリスマスにぴったりの『こうしはそりにのって』が気に入りましたが、これは入手できそうにありません。

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2011年12月16日 (金)

夫の定年メモなど

今日、夫はポリテクに欠席届を提出し、受験に行きました。

60歳以上は年齢的に対象外となっている求人が多く、そうでないところは、履歴書の提出と面接で決まるというのが普通であるようです。

だから、今日、夫が受けに行ったようなところは二重に珍しいと思いました。

流通業関係の募集だったのですが、流通業では新入社員以外の募集は、短時間のアルバイトがほとんどで、中途採用の募集は珍しいです。

夫が問い合わせたところ、年齢的な制限はないということでしたが、建て前上、そうなっているところも多いようなので、夫もわたしも書類選考で落とされると想像していました。

ところが、それに通り、今日の受験となりました。

適性検査、ペーパーテスト、作文、面接があり、みっちり3時間。夫は試験の案内が届くと、それなりの準備が必要と判断し、ポリテク受験にも使った例の問題集で黙々と勉強していました。

年齢のこと、またキャリアがプラス、マイナス、どちらに働くかといった心配などありますが、受けなくては合格することもないのは、文学賞の応募と同じですものね。

夫は退職し、ポリテクに通い始めてから、カラーが変わりました。仕事が人間に及ぼす影響って、大きいのですね。バルザックは遺伝や環境が人間に及ぼす影響など、様々な観察を行いましたが、仕事が及ぼす影響の大きさについても作品で描いています。

好奇心旺盛で、アクの強い、アクティブな人間から、真面目で素朴な職人気質の人間となった最近の夫。

夫のラフで陰翳の強い性格は、弱肉強食の論理で動いている企業に身を置いているせいもあるのではないかとある時期から思っていましたが、それが証明されたかたちです(当然、その影響力はわたしにも及んでいたはず)。

今日受験した企業は同じ流通業といっても、またカラーが違うようです。


一方、わたしは今日も体調が悪かったので横になっていましたが、リンドグレーンの作品のことや、絵本にしたいお話について考えていました。

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くらくら変わる体調

午前中、喉がギンギンに痛くて、昨日から体もひどくだるかったので、先日クリニックに出かけたばかりだけど、風邪薬貰いに行こうかしら……と思いながら、また寝ました。

そして、内容はほとんど覚えていませんが、何かしら爽やかな夢を見ていました。

いつもと違う展開。大抵、体調のよくないなかで眠ると、心臓か喘息の発作で不快極まる目覚めかたをしがちなのですけれど。

そのあともしばらく横になったままで過ごし、用心しながら家事を少しずつ済ませ、夕飯も作りました。サイトディッシュに作った、さつまいもの甘煮が好評でした。

夕飯作りで消耗し(精神的には満足し)、この時間になっても、まだわたしは食べていませんが、不思議にも風邪はなりを潜めています。

まるで、風邪がわたしに取り憑きかけたところで、急にその気をなくして、どこかへ行ってしまったかのよう。でも、まだ油断はできません。喉の痛みはなくなってはいませんから(梅エキスの飴とマスクが効果的ではあります)。

創作は二の次のこの頃。夏以来、とにかく体力がなくて、猫の目のように体調が変わりやすくなってしまったので、用心することにしているのです。

賞ねらいをすることで、自身に精神的な悪影響が出るのではないかと心配でしたが、そんな心配はどうやら不要なよう。こう体力がなくては、狙いたいものも狙えないからです。まあ、いいわ。自分のペースでやります。

明日くらいには、創作に戻りたいものです。

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2011年12月14日 (水)

風邪気味です

風邪気味なので、用心しています。
症状は頭痛、くしゃみ、とまりにくい咳(喘息ともいう)です。

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2011年12月13日 (火)

図書館からわが家へお招きした、リンドグレーンの絵本たち

ポリテクから帰宅した夫が車で娘を迎えに行くというので(普段は娘はバス通勤です。夫は電車通学)、図書館に寄ってリンドグレーンの絵本を借りてきてくれるように頼みました。

子供の本を借りるのは気がひけますが、数冊ずつあるものを選びます。

『ふしぎなお人形ミラベル』『赤い目のドラゴン』『ゆうれいフェルピンの話』を、どうしても読みたかったのです。他にも借りてきてもらいました。独創的な作品たち……個性的なお客さまばかりで、圧倒されます。

まだ上の三冊を読みかけたところですが、どれも衝撃的です。どういうんでしょう、絵本によくあるような、子供こどもした、つまらなさがありません。わたしは子供の頃から、その類の本には無関心でした。

リンドグレーンの絵本は子供の頃には読んだことがなかったので、子供のときに読んでいたらどう感じたかはわかりませんし、絵本作家としてのリンドグレーンの位置づけがどんなものかは知りませんが、わたしは大人というより、「おばあさん」と呼ばれてもおかしくない年齢になっていながら、子供にかえって読んでいました。

『ゆうれいフェルピンの話』は怖すぎて、まだ読破できていません。息が切れ出したときに、ページをめくったら、白いところに(子供の?)鼻○○がついていたので、わあ、と思いながら、ティッシュでこびりついたそれをとり去り、ウェットティッシュでその部分を破れないように綺麗に拭いて、乾かしました。

またあとで『ゆうれいフェルピンの話』は読みます。

『赤い目のドラゴン』は、僭越ですが、自分が書いた児童文学作品Pを思い出してしまいました。そのわたしの作品に出てくるのはドラゴンではなく、タイプも全く違いますが、飼うところとか、結末が似ているので。Pを書く前にこれを読まなくてよかったと思いました。読んでいたら、あるいは違う作品になっていたかもしれません。

『ふしぎなお人形ミラベル』は、絵の女の子が痩せていて……山岸凉子先生の『テレプシコーラ』に出てくる空美ちゃんを連想してしまったほど! 対照的にお人形はふっくらとしていて、種から育ち、根っこまであって……。

娘がいいました。
「今の日本の絵本は、単純な感情しか書いてないよね。リンドグレーンのは違う」
わたしは子供の頃、子供こどもした本に無関心だったと書きましたが、そのような作品には娘の言葉に通ずるような、何かぺたんとした、平板な感じがありました。

また改めて、今日借りたリンドグレーンの絵本については全部に触れた記事を書きたいと思います。

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メモ一つ

これから、したい仕事が三つ。

①肉だんご作り
豚ミンチが安かったので、多めに買った。一部を冷凍にまわし、残りで中華風の肉だんごを作りたい。
だんごをこねるのに時間がかかるので、早めに始めなければ。

②ある雑誌に掲載されていた小説の添削を検証したい
時間食いそう……。

③絵本にしたいお話の執筆
これは、メモを整理しながらパソコンに打ち込む作業から。
児童文学作品Yに早く入りたいが、絵本にしたいお話は今後の自らの可能性を探るためにも、どんないびつなものになったとしても、絶対に仕上げたい。
わたしにはまだこうした作品の書きかたがわからない。だからこそ、書いてみることが大事だと考える。
高学年向きの児童文学作品も、最初はどうやって着想を得るのかでさえわからなかった。Pを書いているときにようやく、コツが呑み込めたのだ。絵本にしたいお話も、書いていくうちにひらめくところがあるかもしれない。

③はゆっくりとした時間帯でないとできない。深夜になるだろう。
②は、コンパクトな論の展開でも3時間はかかる。しっかりとしたものに仕上げようと思えば、数日は必要だ。そんな時間、当分とれないなあ。仕方がないので以下にメモだけ。

②にかんするメモ
ある雑誌に掲載されていた小説の添削で気づいたことがあり、これについて検証したい。
この指導傾向は、文藝春秋『文学界』における新人小説月評などにも通ずる、今の日本の文学界で主流をなす文学観を露呈していると思われる。
今や、作品添削、作品評論は、金太郎飴製造マシーンとなってしまっている。
作品に表現された個性や微妙なかけがえのないニュアンスが、指導する側、あるいは評論する側の固定観念、硬直した価値観、みずみずしさに欠ける、それ自体が植え付けられた思想によって、無視され、摘み取られていく。
指導、評論の名のもとにパターン化、思考の停止、作品(および作者)の可能性の切断が無自覚的に奨励される。
どんな小品といえど、一個の思想体系を宇宙――生きる環境――とする有機体なのだが、そんな敬意が払われることはない。自らの宇宙を覗き込んで、主となる思想がどこから来たのかを分析し、新しいものの見方を学ぶことによって、自らの宇宙を作品環境としてのより優れた場にするためのアドバイスや励ましは一切なされない。
指導する側、評論する側の奨励するパターンに嵌っているかどうかが問題なのだ。目的は芸術ではなく、お定りの評価に嵌り、目標となる売上高を弾き出せる製品を生産することなのだから。売り手の商業主義に指導する側、評論する側も染まってしまっている。規格外のものはお呼びではないというわけだ。しかし、その規格設定にしても、あまりにもお粗末で、売れないのが実態。
こんな作品殺し、可能性潰しが平然と行われてきた。
……

さて、これから洗濯物を取り込んで、美味しい肉だんご作りといきましょう。

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2011年12月12日 (月)

循環器クリニック受診

クリニックが何やら、慌ただしい雰囲気……緊急な患者さんでどうとかいう緊迫した感じはなく、もしかしたら午後から模様替え? と思わされるようなタイプの慌ただしさでした。

紹介状のある症状の重そうな患者さん(認知症もあることを看護師さんが付き添いのご家族に確認していました。物静かな患者さんでした)や奥で点滴を受けている患者さんもいて、もしかしたら午後、緊急手術とかかもしれませんが(先生は、開業前は心臓血管外科医として有名なかたで、現在は下肢静脈瘤、内シャントの手術に限定してなさっています)。

昨日は吐き気がして気分が悪かったので、めまいは感じなかったのですが、あとから出てくるかもしれない、そうしたら点滴していただこう……と思っていたのですが、ただの疲れからだったらしく、残念ながら今朝はよくなっていました。

いえね、残念ながらというのはわたしのめまいのうち、頭位性タイプのものは点滴で治ると前に先生がおっしゃったので、本当に治るかどうか、試してみたい気がしていたのです。

尤も、まだ吐き気があり、めまいも加わっていたとしたら、症状がおさまるまでは受診を控えたでしょう(めまいの最中に、皆さんどうやって支度したり、外出したりできるのかが不思議ですわ)。でも、あの慌ただしさだったので、吐き気がおさまっていてよかったと思いました。

採血と尿検査を済ませ、先生から「胸のほうはどう?」と前回の症状がどうなったか訊かれたので、創作を控えていたらよくなったと答えました。

先生はホッとしたような、拍子抜けしたような表情をなさり、「胸診させて」と、丁寧な聴診。お騒がせしました……。

40日間、ニトロも少ししか使わなかったので、出していただかず、今回のお薬はいつもの四人組(ジェネリックに替えていただいてから、名前が出てきません)と喘息の予防薬フルタイドです。

インフルエンザの予防接種で迷い、痛いからなあ……とやめることにし、薬局でインフル情報を訊いたら、県内でひろがりつつある地域があるようです。「効果がでるまでに3週間かかるので、受けるのなら早いほうがいいですよ」とのこと。そうよねえ……うーん。最近、採血すらやだ。ましてや、筋肉注射など……うーぶるぶる。

昨日はめまいが改善するとかいう点滴を受けたいと思ったくせに、この矛盾。さすがに体調悪いと、そんな気にもなるんですよね。

インフルになったら喘息が出て、それが悪化し、ひどいことになりそうなことくらいは体験学習(?)できているんですが、時間が経つとその恐怖心も薄れてしまって……。インフルにはタミフルが効くし……迷うところです。

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2011年12月11日 (日)

はかどらず

明け方まで創作し、お昼近くまで寝ていたのですが、起きてから不調。

吐き気がするのです。この時間までに、だいぶんよくなったものの、体が疲れ切っていて、他の家事だけで限界。体力の要る夕飯作りはサボります。

でないと、明日、クリニックに行けなくなりますから。血液検査もあることだし。万全の態勢で臨むだなんて……そのつもりなら、夜中に創作しちゃいけなかったのですが、つい書きたくなって。

大きな声ではいえませんが、数年前から、どこへ行こうと、外出した日は夕飯作れず。だから明日もたぶん、弁当ですわ。

ぼやいても仕方がありませんが、少しの創作でこんなに消耗していてはホント困ります。

走り書きした部分を解読してパソコンに入れておきたいのですが、今日は無理だわ。

締め切りは来年なので、急ぐ必要はないのですけれど、できればもう1編仕上げたいし、児童文学作品Yに入るために、早いとこ仕上げてしまいたいわけです。

メモから書き写してみなくては、作品と呼べるだけのものであるかどうかもわかりません。絵本のためのお話づくりは初体験ですから。

ここまで書いているうちに、また吐き気がしてきました。少しでも疲れると最近こう。おばさん、しっかりしてください!

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読めれば……ね

読めれば……ね

絵本にしたいお話、できました。
読めれば……ね。

別に、自動筆記やっていたわけではありませんが、川沿いに(プロットに従い)、気ままに馬を走らせていると(頭に浮かんだ場面を言葉で追いかけていると)、こんな字になっちゃう。

一眠りしたら、解読にかからねば。それから、刈り込み。
乗馬がいつしか庭師の剪定の仕事に変わる創作の不思議さ……。

この文字のもじゃもじゃが、作品として使い物になるかどうかはまだわからないなあ。
ひとまず、おやすみなさい。

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2011年12月10日 (土)

新しい炊飯器の使い心地。NHK「ゆうどきネットワーク」の美味しいレシピ『そぼろ鶏すき丼』。

 以下の記事で、新しく買った炊飯器のことを書きました。

2011年12月 9日 (金)
新しい炊飯器
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/12/post-4d64.html

 で、その使い心地の報告です。炊飯コースは「熟うま」を選択してみました。

 熟うま、ふつう、かため、やわらか、甘み、高速、おかゆ、炊込・おこわ、すし・カレー、お弁当、エコ炊飯――のなかから選べます。
 可変圧力炊飯(おどり炊き)、高圧炊飯、常圧炊飯があり、「熟うま」は可変圧力炊飯(おどり炊き)です。

 昨日は丼物でしたので、その前に出来立てのごはんを少し、三つの小皿によそって家族で食べてみたのですが、全員の口から感嘆の声が洩れました。同じ米で炊いたはずですが、別の高級な米で炊いたかのようです。

 うーん、本当に美味しい……delicious

 一粒一粒が自律しているかのよう。それでいて、見事な口あたりのまろやかさです。もちもち感のあるところはもち米の味わいに似ていますが、もち米のしつこさがなく、白米にもち米の長所だけを溶かし込んだかのよう。

 腹持ちがよく、それでいてもたれず、気持ちまでおなかのなかから安定するような感じを覚えました。

 余ったごはんをタッパーに入れておき、あとで冷めたごはんを食べてみて、またびっくり! 何という甘さ。冷めてからのほうが甘さが際立ちます。「甘み」を選択したら、さらに甘いのかしら? これまで、冷めたごはんはどうしても美味しくなくなるというイメージでしたけれど、別の美味しさを表現しているではありませんか。

 あっぱれです!

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 ちなみに、これが昨日の夕飯でした。以下のレシピを参考に作りました。

NHK「ゆうどきネットワーク」
http://www.nhk.or.jp/you-doki/
2011年12月6日(火) 老舗の味 トロトロ卵の鶏すき丼
レシピ:毎日食べた~い 絶品!まかない飯 「そぼろ鶏すき丼」 ”

 焼き豆腐がなかったので、代わりに木綿豆腐を使いました。お財布に優しく、美味して、おなかがいっぱいになる、大満足のレシピでした。おススメです!

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9日に、浅田真央選手の母堂死去のニュース

 フィギュアスケートの浅田真央選手のお母様が9日早朝、お亡くなりになったとか。
 真央ちゃんは8日、グランプリ(GP)ファイナルを欠場すると発表し、帰国の途に就いていたということですが、間に合わなかったそうです。
 お母様は48歳、肝硬変だったとか。

 最近の真央ちゃんを見て、何だか痩せたみたいだなあと気になっていましたが、お母様のことなどで心労もあったのでしょうね。

 うちの母が亡くなったのも同じ48歳でした。亡くなるには早いですよね。でも、彼の世から舞さん、真央ちゃん姉妹を見守ってくださることでしょう。

 コーチがタチアナ・タラソワから佐藤信夫に替わり、振付も、「仮面舞踏会」「鐘」で重厚かつ演じるには難かしそうな、高い芸術性を印象づけたタチアナではなく、ローリー・ニコルによる「愛の夢」。無難な印象でしたが……。

 ところで、このことでネット検索していて知りましたが、フィギュアスケートを続けるには、物凄くお金がかかるのですね。かかるだろうとは思っていましたが、想像以上でした。

 お金が続かなくて断念する選手も大勢いることだろうと想像します。選手を支える身内の負担も相当なものなのでしょう。真央ちゃんのお母様はバレエの心得があり、真央ちゃんにつききりで指導、助言を続けてきたそうです。

 寒いリンクサイドは病身にはこたえますわね。しかし、真央ちゃんの輝かしい成長は、そんな苦痛をはるかに凌駕する悦びだったでしょう。蕾がふくらみ、花開くまでをプロデュースし、見届けて……。

 荒川静香選手にしても、安藤美姫選手にしても、肉体が少女から大人の女性へと変化していく過程で、試練に遭ったような印象があります。お母様は、真央ちゃんが女性としてもスケートの点でも安定するまで、せめてあと数年、ほしかったのではないでしょうか。

 今後、真央ちゃんのスケートはどう変化していくのでしょうか。一ファンとしてハラハラする気持ちです。

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2011年12月 9日 (金)

絵本のために

 古代を舞台とした児童文学作品Yを「つばさ賞」に応募するつもりでしたが、それはもう間に合わないと思います。まだ本格的に着手さえしていません。

 この初動の遅れ(?)は、実は意図的であります。

 体調の話になりますが、前回、11月2日に循環器クリニックを受診したときには絶不調を抜けきっておらず、夏に血液検査を受けたばかりだというのに、また受けるようにいわれてしまいました。絶不調の原因を探るためでしょう。

 ワタクシ的には、絶不調の原因が創作にありそうな感触でしたが、本当にそうかどうかは、それから離れてみないとわかりません。そのため、このひと月というもの、意識的に体を休めるようにしていたのですね。

 それに、お金のない現在、血液検査の値が悪く出たりしたら大変ですからね。原因を突き止めることができ、血液検査の数値もよくすることができれば一石二鳥だと考えました。本当は、「つばさ」には応募しておきたかったのですけれど……。

 児童文学作品Pを書いていたときは、昼も夜もありませんでした。文字通り寝食忘れて執筆していたところ、足や手やまぶたなんかが異様に腫れてきて、胸は苦しくなり、血痰は出るわ、おしっこも満足に出なくなるという事態を招きました。

 そんな過激な症状をニトロと自己に課した数日間の絶対安静(というとオーバーで、要するに、最小限の家事をするだけで寝ていただけですが)で乗り切りました。その一応の回復に漕ぎつけた時点での前回の受診でした。先生には体調が悪かったときのことをお話しし、それで血液検査、となったわけでした。受診後のひと月体を休めてみると、あの絶不調が嘘みたいです。

 やはり、あの絶不調はオーバーワークが心臓の過労を招いた、その結果だったのではないかと考えています。すっかり回復した今では、血液検査など必要ないと思うのですが、月曜日に受診した際には先生の指示通り、受けなくてはならないでしょう。尤も、先生のほうも、わたしの症状が創作によるオーバーワークによるものだと見当をつけていらしたのではないかしら。そんな表情でしたもの。

 月曜日の血液検査には、前日から気をつけて万全の体勢で臨むつもりなので(夕飯を軽めに済ませ、睡眠を充分にとるだけですが)、先生には年末に立派な成績表を渡してあげられると思います。というのも、先生には患者の血液検査の結果を自分の成績表と思っていらっしゃるような節がおありなのです。あちこち数値が悪かったときなんか、捨てたみたいにテーブルに放り出されていたときすら、ありましたっけ。

 そして、月曜日の採血が終われば、創作にまっしぐらです! また同じ状態に陥っても、ひと月も大事をとればすっかり回復することがわかりましたから、飛ばせるだけ飛ばします。だから、もしかしたら「つばさ」に間に合わないとも限りません。ただ、応募を焦るあまりの粗い作品にはしたくないので、賞にはあまり拘らずに、作品のことだけを考えて書きたいと思います。

 月曜日までには間があるので、絵本にしたいお話にチャレンジしてみようと思いました。初チャレンジなので、難しいと感じます。まずはお試し、という感じかな。

 お話としても、詩としても読めるような、わかりやすい、リズム感のある文章力が必要でしょう。原稿用紙10枚というのは、長いような短いような……。今日はともかく、イメージを膨らませるだけ膨らませてみました。

 しかし、いざこれを形にするとなると、まず、自分のなかにが完成されていなくてはならず、それを背後で支える沢山の知識が要ります。

 この資料集めが案外面倒くさい。いざ始めると楽しいのですが、この過程は如何にもお仕事という感じで億劫感を誘います。しかし、資料の裏づけなしでは、ぼんやりとした、下手をすると間違ったことを書いて読者に被害を及ぼします。例えば、擬人化するにしても、動物を出す場合であれば、その動物のことをよく知っておかなくてはなりません。

 ストーリーと骨組みができたら、実際に執筆を開始。ストーリーに沿って、骨組みにイマジネーションで肉づけしていき、さらには完成度を高めるために、言葉で陰影(リズム)をつけていく緻密な作業が必要でしょう。できるかしらね?

 とりあえずは、日曜日までに1編、仕上げる予定。「鬼ヶ島」が届いたら、創作道場に応募するための童話も書いてみたいので、それをいつまでに完成させるのか、スケジュールの調整が要ります。

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新しい炊飯器

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 新婚時代に使っていた炊飯器が、子供がふたりになると、小さいと感じられるようになり、買い替え……それからずっと、20年以上、象印の炊飯器を使い続けていました。機能は単純でしたが、その間炊き上がりは変わらず、まあまあだったと思います。

 電器店で炊飯器を見、一部の電気製品ほどの目覚しい進化は感じませんでしたが、実際に炊いて食べてみなくてはわかりません。

 店員さんに勧められたのは、パナソニックの圧力IHジャー炊飯器で、「おどり炊き」で有名だとか。

 サンヨーの下澤理如氏が、圧力IHジャー炊飯器「匠(たくみ)純銅おどり炊き」を開発。下澤氏はそのヒットで、炊飯器の神様と呼ばれるようになったそうです。その後、サンヨーはパナソニックの完全子会社となり、サンヨーの圧力IHジャー炊飯器がパナソニックブランドで継承されたものが「SR-PX」シリーズ。わたしが購入したのは、それの下位機種「SR-PA」シリーズです。

 内釜が違いますね。「SR-PX」シリーズは純銅仕込み5層厚釜ですが、「SR-PA」シリーズは銅コート5層厚釜です。純銅がいいな、と思いましたが、何しろ、お金がないときですから、下位機種ですら高いと感じられました。

 でも、毎日食べるごはんですし、物持ちはいいほうなので、SR-PAにしました。

 内釜のフッ素皮膜が傷まないかが心配です。店員さんに尋ねると、なるべく傷まない使いかたをしてほしいが、仮にいくらか傷んだとしても、衛生上は問題ないそうですし、説明書に変形、摩滅などの場合はパナソニックの家電製品直販サイト「パナセンス」で購入できるとあるのは安心材料です。

 壊れた炊飯器は、炊き込みご飯になると、炊き上がりがもう一つでした。今度の炊飯器はどうでしょう? コース選択に「お弁当」なんかもあり、これは冷めても美味しいということかしらね。

 定年退職後、ポリテクに通いながら就活中の夫。仕事によっては、弁当を作ることになるでしょう。そのときは、このコースを試してみようと思います。彼が「お昼くらい、会社を離れて喫茶店で過ごしたいから、もう弁当は作らなくてもいいよ」といったのは、いつでしたっけ?

 その後、子供たちの弁当を作っていると、夫は自分も弁当を持って行きたそうな顔でおかずを覗いたりしましたが、作ってやらなかったなあ。その頃、彼がわたしを怒らせることをやらかしたこともあって。

 それって、ナンでしたっけ? そんなことがあれこれとありすぎて、忘れちゃいました。始終、夫に何か泣いて訴えている夢を見るんですけれど(こんなのは夢日記には書きませんよ)、いつ頃からか、時間の無駄と感じられ(あるいは感性が枯渇し)、現実には泣かなくなりました。

 珍しく、大人しいと思ったら、継続雇用なしの再就職で難航か……絶句。

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2011年12月 8日 (木)

クリスマスにおすすめの本 2011

 美味しそうな、1本のにんじん。
 食物を探しにくい雪の日に登場する動物たち。
 彼らの友人を思う気持ちと行動が円環をつくり出します。
 動物たちはリアルで可愛らしく、彼らの部屋の中をのぞける楽しさも味わえますよ。
 平仮名の読めるお子さんであれば、自分で読めるでしょう。

 グリーン・ノウ物語は全6巻ですが、各巻が独立した作品として読めるようになっています。
 そのなかの第1巻『グリーン・ノウの子どもたち』は、クリスマスに読むにはぴったりの作品です。作者であるボストン夫人の息子さんが手がけた挿絵も、凝った典雅な趣のあるもので、贈り物にもいいでしょうね。

 大おばあさんの元へ休みを過ごすために出かけた、寄宿舎に入っている孤独な少年。
 母親は亡くなっており、父親は再婚していて、少年は二度目のおかあさんにうちとけることができませんでした。
 そんな暗い事情が読者に明かされる、汽車のなかの場面から始まるのですが、古い城のような家に住む大おばあさんと少年が顔を合わせる場面の一部分をご紹介してみましょうか。

“へやには、たくさんのガラスのろうそく立てに、ろうそくがいっぱいともされていた。そして大おばあさんがトーズランドに手をさしだしたとき、指輪にもろうそくの光がうつった。「とうとう、かえってきたわね!」
 大おばあさんは、少年が前にすすむと、ほほえんでいった。”

 大おばあさんと一緒だと、少年は屈託なくて、雪の香りもよいものだと感じさせます。
 そして、大おばあさんの家での暮らしは幻想と古い歴史が織り合わった、謎と奇怪さと美にみちたものでした。
 さて、少年はどんなクリスマスを迎えるでしょうか?

シュティフター
岩波書店
発売日:1993-11-16
 作者の哲学的強度を感じさせる作品4編を収めた、まるで宝石箱のような短編集。
 最初の作品『水晶』を、わたしは子供の頃に児童文学全集で読みました。

 大自然のふところで生きる村人たち。
 クリスマスの祝祭のリポートから作品が始まります。
 ネタバレでいってしまうと、これは二人の子供の遭難と救出の物語なのです。
 兄の言葉に従うときの妹の「そうよ、コンラート」という口癖が、作品を読み終えても長く耳について離れません。

 大人になってもそうだったので、岩波文庫に『水晶』入りのシュティフターの本を見つけたときは嬉しかったです。
 岩波文庫には他に『森の小道・二人の姉妹』、ちくま文庫には長編『晩夏』が入っています。

マービン マイヤー,エスター・A. デ・ブール
日経ナショナル ジオグラフィック社
発売日:2006-11-30

 マグダラのマリアをめぐる古文書からの断章集。
 キリスト教の素顔に迫る原典の紹介に、一般人にもわかりやすい解説が添えられています。
 初期キリスト教のエッセンスを集め、マグダラのマリアと名づけた香水のよう。
 クリスマスの意味合いを一変させるほどの衝撃的かつ格調高い内容を秘めた著作です。

 表紙絵と日本語のタイトルが内容と合っていない気もしますが、
原題はThe Gospels of Mary(マリアの福音書)。

xmas2010版はこちら⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/12/post-79b5.html

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2011年12月 7日 (水)

夫の定年メモ。神秘主義的メモ。

昨日、いつ買ったか忘れてしまったくらい古い炊飯器が壊れてしまった。

炊飯器がないと困るので、買いに行かなくてはならないが、お金がないときの予期せぬ出費は、痛い。

お金がないと、本当に心細いし、不自由極まりない。

この状態に厭きてきたが、わたしはやはり体調不安があるので、外で働きたくないし、内職が足しにもならないのは経験済み。

あとは夫の再就職に期待をかけるしかない。これが、なかなかねー!

もう警備員しかない、というところまで来ているのだけれど、この警備員すら、館内勤務でお給料いいと、定年があったりする。先日、夫が電話で問い合わせたところなんか、40代までという。

受かりそうなところは疑問符がついたりする。

例えば、NPO法人のなんとか塾とかいう、企業向けの教育をしているところの下請け(?)みたいな会社は仕事内容も職場の体制も、何か混沌としていた。お給料のよすぎるところが逆に怖かった。

また、ある運送会社の宿直は、拘束時間が12時間と長いわりには(だから社員扱い)薄給で、わたしがネット検索をかけたところ、その会社の社長さんが会長をしている協会で過去に不祥事のあったことがわかり(社長さんは尻拭いという損な役割を引き受けているのだろうが)、ボロが出た格好だ。

それでも夫は、乗り気だった。社長さんの言葉通り仕事内容は薄く、ドライバーのアルコールチェック(宿直人自らも出勤したときと帰宅するときに受けなくてはならない)と戸締まりと日誌をつけることだけで、それさえきちんと果たせば、あとは仮眠をとるなり、読書をするなり、自由だというところが夫の気に入るところだった。

社長さんの人柄も悪くは見えず、ドライバーたちも好青年に見えたという。

募集年齢も60~64歳までで、稀少価値がありそうに感じられたらしい。

だが、わたしは、夕方出かけて朝帰りする夫との暮らしがうまく想い描けなかった。例えば夕飯。これをどこへ位置させるかでまず迷う。宿直室では炊事ができるそうだが、勤務中の外出は禁止だそう。

わたしは食材を抱えて出勤する夫を空想したりした。だが、たぶん、わたしの作った弁当か店屋物をとるかコンビニ弁当かで軽く夕飯を済ませ、帰宅後の朝、ドカ食いをすることになっただろう。

と過去形なのは、面接の結果がわかる前に夫が断ってしまったからだった。

というのも、出勤の時間帯は超ラッシュで、空いているときであれば20分でいける距離を、1時間半もかかることが判明したというのだ。交通費はなし。

さすがの夫も、通勤時間を含めた拘束時間の長さに嫌気がさしたようだった。

もう本当に、路上警備員くらいしかなさそうだが、この仕事のネックは、忙しいときと暇なときの差がありすぎることのよう。

3月以降、夏までは仕事が減るらしい。逆に今くらいの時期は、月に休みが4日くらいしかとれない。

定年退職後の就活は、あまりにも、あまりにも、厳しい。

夫はポリテクでは10月生だが、7月生は、就活に拍車をかけるように先生方から発破をかけられているという。

わたしは国にいいたいが、ポリテクのこんなやりかたでは就職できない、いや、できにくい。

なぜなら、この授業内容では選択した分野の一通りの知識が得られるだけで、実践的ではなく、これで何らかの資格に結びつくとか企業にパイプがあるとかでなければ、普通に就活するのと変わりないからだ。税金注ぎ込んで、何やっているのだろうと思う。

しかし、わたしのほうはもっと冴えない。文学賞に応募したところで、結果が出るまでには時間がかかるし、仮に賞がとれたところで、それが生活の足しになるような何かに結びつくとはあまり思えない。

家にいて何もしないよりはいいから書いているだけ、という惰性に堕ちそうだ。公募ガイドとはすっかりお友達になり、最近では文学とは無関係のネーミングとか企画とかの公募にも注目するようになった。

が、これも前に経験済み。応募先には気をつけないと、いい鴨にされかねない。

家にこもってひたすら書くストイックな生活は、わたしには案外快適で、どんどんストイックになり、そのうち断食したくなったりしそうだ(しないが)。これは、おそらく前世帰り(?)だろう。

過去記事で書いてきたが、わたしには、前世のうちのひとつのごく僅かな記憶、彼の世の光と空気がどんなものであったかの鮮明な記憶、この世に降りてくるときの気分の生々しい記憶があり(1回ごとに脳は新しくなるので、脳の記憶ではない)、前世では荒行を物ともしない筋金入りの男性の修行者だったので、ストイックな暮らしになってくると、前世の自分が目覚めてくるのだ。

しかし、それでは進歩がない。ストイックな修行者では不足していた経験(弱い立場の生活者としての様々な経験によって精神性に多彩さと深みを獲得すること)が得られなくなる。

本当は文学なんかやるより、オーラ、瞑想、テレパシーの原理、紫外線の役割、見えざる生き物たち(妖精、妖怪、眷族の類)、人間の死後7日間に起こること、わたしにわかる範囲での彼の世の仕組み……などについて、自己の体験にブラヴァツキーの神智学文献からの裏付けをとりながら執筆するほうが、金銭的メリットに結びつくと思うのだ(紫外線の役割についての考察はわたしの独創)。

だが、たぶん、それに似たようなことは前世で、どこかの国の偉そうな顔をした僧侶として存分にやったことで(それはそれで無価値だったとは思えないが)、同じことを繰り返したのでは進歩がないのだ。

出家したために欠いていた家庭人としての経験に加えて、もっと困難で、高級な執筆の仕事をするためにわたしは降りて来たのではないかと思う(文学がそう)が、この世にうみ落とされる時のショックで詳細は失念してしまった。

ただ、死ぬ前には、今生のまとめとして、洗いざらい書きたいと考えている。そのときのペンネームは丹波哲子にするだろうと思う。

下らないことばかり書いていないで、さあ、児童文学作品Yを書こう。

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2011年12月 5日 (月)

春眠暁を……ん?/Xmasにおすすめの本

春眠暁を……とつぶやきかけて、ハッとする。
今は一応冬。
なのに、今日は異常に眠かった。床にのめり込みそうな眠気。
昼間は、血圧が相当に低くなっていたのではないだろうか。

心臓が力不足な感じで、貧血(には一度もなったことがないが)みたいな感じで、そのまま意識が遠のくというか、眠気の大波に攫われそうになるというか、精神力だけでは対抗できないほどだった。

昼間変に温かかったりすると、こんな風になりがちだ。

その代わり……というと変だが、右の五十肩がガチガチで水平方向までしか上がらなかったのが、ふいに、斜め上まで上がるようになったのだ。

五十肩にはこんな劇的なドラマが起こり得る。嬉しい。凄く不自由だったから。

一回きりの体験講習で馬に乗ったとき、レッスンの一つに、左手だけで手綱を持ち、上体を捻って後ろを向き、右手を伸ばして馬のお尻に触るというものがあったのだが、右の五十肩でガチガチガチだったため、指先で触れるのが精一杯だった。

怖がっていると思われたようだったが、右手が不自由なのに申告なしで乗っていることがバレるよりはましだった。今であれば、お尻に触るくらいのことはできたに違いない。

そのあとのレッスンは、馬を軽く走らせ(勿論インストラクターがひき馬してくれている)、馬上で自分のお尻を上げ下げするもので、急に上手くなったと褒められた。

2人いるインストラクターが途中で交替して、指導がよくなったということもあっただろうが、一番の理由は、股関節が幸い五十股(?)ではなかったということにあった。

ああジャスくん、今は老いたとはいえ、サラブレッドに生まれついた元レース馬だった君の美しいお尻に、馬上でしっかり触りたかったよ!

馬……馬のことが忘れられない。NHKドラマ『坂の上の雲』はなかなか豪華な、丁寧な作りで、面白いが、前回は戦闘シーンで出て来る馬ばかり観ていた。馬のことばかりいって、娘に呆れられた。

児童文学作品Pを書いたときに、馬のことを執拗なまでに調べたので、かなり詳しくなった。あれは別に、馬物語というわけではなかったが。

児童文学作品Yは、体調不良や雑用で、まだプロットの段階だが、「つばさ」狙いでなければ、急ぐ必要はない。よいものを仕上げるのが肝心だ。

ところで、日本の児童文学は今、お手軽な魔女ものばかりでうんざりする(などと放言すれば、顰蹙を買うだろうか?)。

魔女の起源というか、成立過程を織り込んだ子供のための歴史物を書いてみたい気がする。『不思議な接着剤』とかぶるかもしれないが、作品のスタイルが異なる。

わたしは魔女の起源こそ、真のキリスト教徒たちだったマグダラのマリアの一派だと考えている。何て歪められてしまったことか! これについては、賞ねらいの都合上、所々非公開にしてしまっているが、Notes:不思議な接着剤を参照されたい。

そういえば、クリスマスに読みたい本を探して当ブログにお見えの方が増えた。別個に記事にするつもりだけれど(⇒こちら)、忘れるといけないから、携帯からメモしておこう。

○絵本=ポール・フランソワ『ゆきのひのおくりもの』(パロル舎)

○小学4・5年以上におすすめ=L・M・ボストン『グリーン・ノウの子どもたち』(評論社)

○岩波文庫に収録されているが、わたしは子供のときに児童文学全集で読んだ。大人・子供どちらにもよいきよらかな作品=シュティフター『水晶』(岩波文庫)

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2011年12月 3日 (土)

シュガーポットの代わりに

シュガーポットの代わりに

午後、お見えになるお客様に珈琲をお出ししようと思い(紅茶になるかもしれないが)、シュガーポットを用意しようとして、ちょっと古いなあと思う。

買い替えようと思いつつ、使えないわけではないので、そのままになっていた。

その代わりに、ケーキを買ったときにムースか何かが入っていた容器に砂糖を入れてみた。

赤いのと白いので迷うが、色彩的にカップに合うのは赤かな。

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薬の飲み忘れから、ひどい頭痛

薬の飲み忘れから、ひどい頭痛

前の記事を書いているときから、割れるような頭痛がして、休み休み書いたほど。

こんなに派手な頭痛は久しぶり。胸も苦しくなってきて……。

何だろう、この頭痛と苦しさ……と思いつつ、朝の薬を飲もうとして、どうやら原因が判明。

昨夜、夜の薬を飲んだつもりが飲んだ形跡なし。たまにあります、こんなこと。

飲み忘れても、何も感じないこともあれば、今回のように即体調に反映することもありますが、こんな薬の飲み忘れから発作を招くこともあるので、 要注意です。

薬の飲み忘れって、体調のよいときに起こりがちです。そして、せっかくの快調を暗転させることになったりします。

幸い、朝の薬でしだいに頭痛が消え、胸の苦しさも和らぎ始めましたが、もう一つ力不足なので、ニトロに援軍を頼んだ次第。

あー気持ちいい。ニトロ様々です。

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虎模様の卵から鬼の子が……!

購読を希望していた「鬼ヶ島通信」が届きました。虎模様の卵からうまれてくる鬼の子の表紙絵には、インパクトがあります。

購読会員は「鬼の創作道場」に作品の応募ができ、優れた作品は掲載、全作品に選考委員による誌上講評が行われるようです。

年2回発行で、前回の締め切りは9月30日となっています。自由部門と課題部門があり、応募作品は1人2点まで。自由部門の文字数は2000字~12000字以内。課題部門はこのとき、幼年童話でテーマは「かぎ」(タイトルは自由)、文字数は8000字以内となっています。

よい機会なので、次回の締め切り日までに自由部門と課題部門に出せるような作品を仕上げて応募したいと考えています。

うーん、書けるかしら?

テーマがあると、俄然チャレンジしたくなりますが、次回も課題が幼年童話だとすると、書いたことがないので、わたしの場合、作品になるかどうかのレベルでしょうね。

このところ、賞狙い生活の弊害が早くも出ていて、賞とは関係のないところで純粋に創作に打ち込んでいるつもりでも、ギャンブラーめいた精神の起伏に悩まされています。

作品を完成させたときの天にものぼる高揚感が1日経つと――まだ応募したばかりで結果もわからないうちから――、ひどい落ち込みに転じるのです。

前回、純文学で賞狙いしていたときはなぜか(あまり根拠のない)絶対的な自信にみち、落選の結果がわかっても容易には信じられなかったものですが、今回は、何にせよ、ひたすら落ち込むのです。

作品のために徹夜したりして体力を消耗し、それが精神状態に反映するだけなのかもしれませんが……(お金がないので、病気にはなれないわ。といっても既に病気ではあるけれど)。

小学校高学年から中学生を読者対象にした歴史物は、まだプロットの段階……というより、数日雑事に振り回され、パソコンの前に座ることができませんでした。本日も午後から来客あり。

創作道場に応募するかどうかは別として、台風被害体験をもとにした童話(あのときは本当に風がまるで……この先は企業秘密? なので、書けません)を書いてみたい。建物を主人公とした童話も、いずれ……。

大人のものでも、書きたい小説があるし、書きたいものだらけです。

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2011年12月 1日 (木)

書くことは、いろいろと難しい

昨夜、作品を脱稿したばかりで興奮状態にあり、軽すぎる記事を書いてしまった。

沈静化した今朝になり、嫌悪感を覚え、削除。

今月から本格的に児童文学作品Yに入るが、小学校高学年から中学生を対象とした古代歴史物となると、いろいろと難しい。

古代の2人の女王にスポットを当て、前後編としても、独立した2作品としても読める作品にしたい。今回書くのは、最初の女王だ。

主人公は女王ではなく、側近の女性にしたいのだが、対象とする読者の年齢層を考えると、少女から大人になりかける頃までを厚みを持たせて書きたい……となると、下地として使う試作品とは設定に違いが出てきそうだ。

いっそ、一から書いたほうがいい気もする。しかし、最初の女王と主人公のイメージが強く焼き付いているため、それはかえって難しいだろう。

このところ、大人向きのいくらかミステリータッチの歴史短編を書いていた。これは本当にまだ試作品という感じだった。今の日本的純文学の呪縛から解き放たれた快適さがあった。実際には純文学風の筆致になっていると思うが、意識の上でずいぶん違った。

無意識的に、神秘主義を匂わせたら損だとか、性描写を適度に入れなくては予選が通過しにくいといった、わたしのなかに形成されていたタブーから自由になり(変なタブーだ)、のびのびと書けた。

今後、児童文学作品と交互に、この種のもの――歴史上の神秘的な事件や人物を採り上げて、大人向きの作品にしていこう。

これから書こうとしている作品は、岩波少年文庫に入っているような、しっかりとした構成と文体を持った作品にしたい。――という気負いが気分を重くさせ、創作に入ることから尻込みしている自分がいる。

もう逃げられないのだぞ! 1月末締め切りの賞には難しいと見ているのだが、プロットを設定してみないと、書くのにどれくらいかかるのか、さっぱり見当がつかない。プロットは先月までに設定しておくはずだったが、急に前掲の大人の小説を書きたくなったため、まだこれからだ。

どうもわたしには子供のものばかりとか、大人のものばかり、といった書き方はつらいようだ。交互に書くと、釣り合いがとれるみたい……。

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