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2011年11月の28件の記事

2011年11月28日 (月)

絶望と好奇心の間で

 ココログのアクセス解析を見たら、

  • 累計アクセス数: 487794
  • 1日当たりの平均: 241.36

 と出ていました。2006年4月に当ブログを始めてからのアクセス数ですね。左サイドバーにログバートという無料カウンターをつけていますが、これは自分がブログを開いたときにアクセスしている人が何人いるのかを知りたくて、あとからつけたものでした。またカウントの仕方も違うでしょうから、この二つでは累計数が違います。

 アクセス解析のお蔭で、当ブログがどんな利用のされかたをしているのか、また、どんな事柄が人々の注意を惹きつけているのかがわかり、本当に重宝しています。

 最近、自作の小説にアクセスしてくださるかたが増えてきて、不思議に思っています。

 賞狙いを始めたために、作品を新しく収録するどころか、非公開にしてしまうことも出てきだしてからこうなるとは、嬉しいながらも皮肉な現象だと思わずにいられません。

 実はこのところ、ブログを閉じてしまおうか、と思うことが何度かありました。賞狙いをやり出すと、作品そのものはアップしていなくても、ブログを創作ノートとしても活用してきたために、ねたを散りばめているという事実は否めません。

 簡単な対策としては、ブログ記事を非公開にしてしまうか、いっそブログを削除してしまうことでしょう。

 現在は児童文学作品に応募を限っているので、そこまではしなくてもいいかしら、と考え直したところです。Note:不思議な接着剤については、近々非公開設定にするかもしれません。ブログを主に自己確認と孤独解消の場として活用してきたわたしとしては、この賞応募の強いる沈黙が負担で、ナンにしても頭の痛くなる問題です。

 しかし、応募を始めたばかりでいうことではありませんが、わたしの応募生活はそう長くは続かないと思います。第一、心身がその負担に耐えられません。まあ生活不安から応募を再開したわけですが、仮に運よく受賞できたところで、そのことが生活の向上に役立つとは思ってはいず、不安を忘れるための手段としているだけだということもあります。

 それに、なまけごころを鞭打つにはよい手段ですしね。来年の半ばにはギブ・アップしているんじゃないかしらね。そうしたら、非公開設定にした記事を公開設定に戻しますね。早くそうしたい。映画や料理の記事をアップする時間すら思うようにとれない今のブログ生活は決して幸せなものではありません。

 そうはいっても、このあたりで本を出したい、プロになりたいという思いには強いものがあります。このままでは、自分の人生が閉じていくばかりであるような焦燥感に駆られるのですね。

 ただ、プロになるのは不可能ごとに近いなあ、と思わずにはいられません。純文学ではギブ・アップしましたけれど、児童文学でも、応募を始めたばかりの段階で既にそれ気味です。

 というのも、日本では、大人の純文学系商業雑誌は、名のみ残して内実はほとんどが娯楽系になってしまっている――いや、純文系とも娯楽系ともいえない何か独特の変なものになってしまっている――現実があり、児童文学のほうでも娯楽系が主流であると感じられるからです。

 わたしは岩波少年文庫に収録されているような純文系の書きかたをしていきたいのですが、最近の児童文学賞を射止めた作品を読んでみると、娯楽系の書き方が多いと感じます。タイトルからしてそうです。純文系の作品を求めていない賞に応募したところで、受賞できるとは到底思えません。

 ですから、別にわたしは悲観的な気分から作家にはなれそうにもない――と思っているわけではなく、リサーチをもとにした推測から、作家にはならない自分の将来像が浮かび上がってくるというわけなのです。娯楽系に方向転換できそうにないし、それに、そんなこと、したくもないからですわ。無名のまま書き続けるほうがわたしには似合っているのかもしれません。そのほうが気楽でもありましょう。

 問題は、ブログ作家(?)としてやっていく決断をどの時点でするかですね。そう決断したら、ブログとホームページを表現の場として本格的に運営していきたいと考えています。来年のどの時点かで決断できるのかどうか……わたしが懼れるのは、どっちつかずの気もちでほとんどの作品を非公開にしたりブログを閉鎖したりして、本当に誰にも作品を読んで貰えないままになってしまうことです。

 それを考えさせられたのは、真摯に活発に創作し、賞狙いしていた方々のブログやホームページがある時点でまるで力尽きたように放置されたまま、ネット上を漂流しているのを多く目撃してしまったときでした。明日は我が身かと泣けました。

 それはそれとして、一方では好奇心も湧いてきました。娯楽系が主流という感じを受けるといっても、あくまで傍観的にそう感じたにすぎない日本の児童文学がどういう状況にあるのか、きちんと知りたくなったのです。純文学の世界のことはすっかりわかってしまったのですが、児童文学の世界については何となくしかわかっていないことに気づいたというわけです。

 で、リサーチの結果、他にもあるのかもしれませんが、以下の雑誌が有名であることがわかりました。これらを読めば、日本の児童文学がどんな状況下にあるかがはっきりするにちがいありません。

  • 日本児童文学者協会「日本児童文学」
  • 日本児童文芸家協会「児童文芸」
  • 児童文学の冒険「飛ぶ教室」
  • 全国児童文学同人誌連絡会機関誌「季節風」
  • 「鬼ヶ島通信」

 このなかの2誌は既読。そして昨日、「鬼ヶ島通信」の購読申し込みをしたところです。「鬼ヶ島通信」の編集委員のなかに、編集者時代に『魔法使いのリーキーさん』を担当なさったという末吉暁子氏(ネット検索で偶然知りました)のお名前があり、また、(やはりネットで閲覧して)共感を覚えた『私とファンタジー』の作者、堀切リエ氏のお名前も『鬼ヶ島通信』の最新号紹介のなかに見つけ、興味が湧いたのでした。

 とりあえずは賞の応募を続けます。来月から本腰入れて児童文学作品Yに取り組みたいと思っています。時間を見つけて、料理の記事などもアップしますね。 

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2011年11月25日 (金)

児童文学作品Pを休眠させる前に訂正する。夫の定年メモ。

 夫の定年メモですが、今のところ、夫は変わりなくポリテクに通っており、取り立ててメモしておくべきことは見当たりません。求人情報は勿論見ていますが、なかなか思うようにありません。ただ、警備の仕事であれば、比較的あるようです。夫は、それ以外で何かないかと探しているのですけれど……。

 児童文学作品Yに入る前に、持ち込むことにした児童文学作品Sの校正をしたり、10月末に応募した児童文学作品Pを改めて読み直し、訂正したりしていました。

 応募後1月近く経つと、かなり客観性が戻って来るので、その目で自作の評価をしておく必要がありますから。

 やや冗漫に感じられる箇所が何箇所かありましたが、やはりよい出来だとは思いました。この先書き続けたとしても、おそろくわたしの代表作の一つとなるでしょう。

 これが落選するとなると、他に同じくらいの枚数、傾向でいける賞は見当たらないので、どうしようかしら? 持ち込むとなると、自信作とはいえ、スタンダードな純文系児童文学作品なので、難しいと思われます。

 一方、Sを持ち込むことにしたのは、そもそもSにぴったりくるような賞が見当たらず、スパイスの効いた一風変わったところがあるいは……と思ったからでした。持ち込む以外の戦略が思いつけなかったのでした。

 Pは冗漫と感じられた部分のうち、どうしても削りたいと思った箇所だけ削り、幾つかの表現を、もっと適切と思えたものに書き直しました。あとは、当分眠らせておくことになるでしょう。賞の結果がわかるのは来年です。

 で、現在のところ、こうなります。

  • 児童文学作品P=応募中。保存用の原稿は再校正。
  • 児童文学作品S=持ち込み中(郵送)。添え状で、Sと関係する別の作品についても触れた。
  • 児童文学作品Y=中断中だった歴史ロマン『あけぼの』を児童向きに改作する。予定枚数は210枚前後(220枚以内)。予定している賞に間に合うかどうかは書き始めてみないとわからないが、この枚数に仕上げれば使いでがありそう。

 そういえば、最近、児童文学作品の持ち込みや技法に関する情報を求めて、当ブログにお見えになるかたが増えました。

 わたしも児童文学については初心者ですのでアドヴァイスはしかねますが、昔とは違って、持ち込もうにも怪しい自費出版系などありますから、用心が必要ですよね。現にわたしの友人で、騙された人がいます。わたしは、書店やネットでリサーチしたり、電話で確認をとったりして、持ち込み先を決めることにしていますが、以下のサイト様は参考になると思います。

 わたしは児童文学作品の他に、大人向きの純文学作品で、どうしようかなと考えている作品があります。書き直しての再応募を考えているということです。そのままにしておくか、どうするか。この作品、モチーフには秀逸なものがあると自負できますが、作品としては某賞用に圧縮したためか、如何にも無理のある作品なのです。もったいないので何とかしたいのですが、うーん。

 実は、この作品のせいで、児童文学作品Yに入る前で足踏みしているというわけなのです。

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2011年11月23日 (水)

創作の近況。中学生におすすめしたいトンケ・ドラフト『王への手紙(上・下)』(岩波少年文庫)。

 数日、ブログを更新できませんでしたが、元気です。

 さて、児童文学作品S。
 ……賞応募を始めてから、ブログが何やら暗号含みの怪しいものになってきました。

 Sを眠らせておくのはもったいないので、どこかへ持ち込みたいと思いましたが、持ち込める児童文学の出版社はぐっと減っている模様。7~8年前はもっと沢山ありました。その頃、児童文学にとり組んでいればよかったわ……と今さら後悔しても後の祭りです。
 そうしようと思い、持ち込めるところが何社あるか、リサーチまでしておきながら、「日田文学」からお誘いを受けたこともあって、また大人の純文学に戻ってしまったのでした。

 現在ホームページで持ち込み可と明記してある児童文学の出版社はわたしがリサーチした限りでは2社で、いずれも郵送のみ可となっています。

 ネット散策してわかったところでは、そのうちの1社は2週間で印刷された断り状が届き、もう1社は梨の礫というのが普通らしい、ということです。

 さあどうしますかね、眠りの森のSを。断り状の出版社、梨の礫の出版社の順に送ってみることにしました。その間にもう1社、電話をかけて、見ていただけるということであれば、送ってみたい出版社があります(が、ここは到底……)。

 で、ここ数日、原稿の見直しと添え状を書くのに時間が費えたというわけでした。

 Sにぴったりの賞が見つからず、眠らせておくしかないとなると、送ってみるのもいいかなと思ったのですね。とはいえ、断り状や梨の礫って、結構痛いに違いありません。こんなものだとわかっていても、どうしたって痛く感じられるはず。ガマの油みたいなものでも何でもいいから、落選とか断り状とかでできた傷に効く塗り薬でもあればね。

 でもね、こんな風に作品を見直してしっかりとしたものにし、添え状なども残しておけば、後になって遺族が本を出してくれようとする場合なんかにも役立つのではないでしょうか? 冗談ではなく、本気でそこまで考えてやっております、ええ、ホント。

 リサーチしていてわかりましたが、満身創痍で純粋に賞応募や持ち込みに頑張っていらっしゃる書き手は多いですね。もしそういうかたが当ブログをご訪問くださったとしたら、左サイドバーにゲストブックを設置しておりますので、自作の宣伝などにご利用ください。

 このゲストブック、設置以来閑散としておりますが、創作以外にも、ご自身のアピールや情報交換の場として広くご利用いただければと思っています。

 児童文学作品Yは、文体の決定がまだです。そこのところで、作業がとまっております。本格始動は来月に入ってからでいいと呑気に構えているところがあります。どのみち間に合わない気がしていて、別の賞に応募してもいいと思っているのです。

 文体研究のために、翻訳もすばらしいオランダの女性作家トンケ・ドラフト『王への手紙』を読み、感服。最近、読書感想文という検索ワードで当ブログをご訪問になるかたも多いので、中学生におすすめしたいです。イギリスの女性作家ローズマリ・サトクリフ『第九軍団のワシ』は読んでいる最中ですが、これも中学生におすすめしたい本です。大人が読んでも、すごく面白いですよ。

 岩波少年文庫のコーナーには、書店に出かけたときは必ず行くので、背表紙だけは見ていたのですが、手にとったことはありませんでした。どちらも男性と思っていました。ローズマリ・サトクリフのほうは、背表紙にフルネームがあれば女性とわかったでしょうが、「サトクリフ作」とあるだけでしたので、てっきり。尤も、内容からしても、男性作家の手になると思い込むほうが自然なくらいではあります。

 サトクリフの作品は、筋金入りの歴史小説です。『第九軍団のワシ』は、サトクリフのローマン・ブリテン4部作として知られるうちの1作だそうです。時代考証のしっかりした、骨太の歴史小説だと思います。「訳者のことば」に「イギリスでは、『第九軍団のワシ』は、子どものための作品の書き方のモデルとされているそうです」とあります。

 歴史小説としての風格を漂わて、サトクリフの作風はマッチョな感じがあります。それに比べると、トンケ・ドラフトの作風には優しみがあります。

 実は今、ドラフトとサトクリフの作品を、図書館から根こそぎ借りてきています。どちらも図書館に多めに置かれているとはいえ、子供の本をいつまでも独占しているわけにはいかないので、今後の勉強のためにも、ドラフトの作品は購入することにしました。今、うちはお金がないけれど、1人のときはおなかが空かないので1日1食だし、他に倹約もしているので、許されるかなと。

 ドラフトの無駄が一切ない筋運び、簡潔な文体(翻訳文)。そうした特徴を備えた上でなお潤いを感じさせる作品というのは、少ないと思います。『王への手紙』は架空の国々を舞台とする冒険小説ですが、主人公である見習い騎士ティウリの高潔さ、立ち居振る舞いの清々しさには、騎士道精神とはこんな風なものなのか……と感じさせるものがあります。

 しかし、騎士道といえば、わたしはどうしても中世南仏のトゥルバドゥール(吟遊詩人)を、またトゥルバドゥールと同じ時代、同じ土壌で生まれたカタリ派のことを連想してしまいます。

 『王への手紙(下)」の「訳者あとがき」によると、オランダには「石筆賞」という児童文学の重要な賞があるそうです。2004年に「石筆賞の中の石筆賞」(過去50年間で第1位の作品)が選ばれ、「王への手紙」がその賞を受賞したのだとか。それにふさわしい作品だと思いました。過去記事で触れた『ジーンズの少年十字軍』を著わしたテア・ベックマンも、オランダの作家でした。

 オランダやイギリスの子供たちは、優れた児童文学作家を持って幸せですね。どれだけリサーチしてみたところで、わが国にトンケ・ドラフトのような作家は見つかりません。日本の出版界には優れた作家を生み出そうという気概も感じられず、われわれ作家の卵は耐えるのみの現状です。

トンケ・ドラフト
岩波書店
発売日:2005-11-17

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2011年11月19日 (土)

冷酷な処遇――臓腑の煮えくり返りしこと

ポリテクに通っている夫だが、つい昨日、ポリテクに通っていてよかった……と思う出来事があった。

ポリテクに合格しなければ、5ヶ月で雇用保険が切れる。12月まででそうなるところだった。

しかし、ポリテクに通う間は雇用保険を受けられるから、来年の3月まで期間が延びる。

正直いって、ポリテクで学んだことが定年後の職探しにどれくらい有効なものか疑問なところもあるのだが、夫は次の利点をいう。

ポリテクで毎日、求人情報に触れられる。ポリテクに通ってくる仲間から情報が得られる。求人情報からだけではわからない裏事情を得ることができるということだ。

日当700円、交通費が支給されるのもありがたい。体がなまらないのもいい、と夫はつけ加えた。

定年後の職探しの厳しさはこの4ヶ月で身にしみたところだから、とにかく、来年3月まで期間が延びるのはありがたいのだ。

実は、12月から夫が古巣にアルバイトで戻れることをわたしたち夫婦は期待していた。実現を目前にしてその希望は――昨日の夕方――潰えた。

期待した(期待させるプリントが配られりした)継続雇用がだめになったが、ほとぼりが覚めた頃にアルバイトで雇って貰えるケースも(少なくとも以前は)あったことから、某ホームセンターに勤務していた夫にかつての店長仲間から「うちに来て貰えるとありがたい。朝方の作業を仕切って貰えないだろうか」という話があったときは、定年後の職探しの厳しさがわかりかけていたときだけに、それにすがりついた。

いや、正確にいうと、わたしと娘は懸念があったのだが、夫は信頼しきっていた。それも無理からぬことで、話を持ってきてくれた店長さんは信頼できる人物だったのだ。

夫から、アルバイトを採用する場合は現場に任されていると聞かされ、現に、夫は現役時代、そうやって現場でアルバイトを採用してきた。とはいえ、最終判断は人事部が行う。わたしと娘の懸念材料はそこにあったのだ。

アルバイトとしては、この辺りとしては破格の時間給が示され、ほとぼりが冷めるまで、4ヶ月間待ってくれといわれた。

息子が「冷たく切るような会社には何も期待しないほうがいいよ」と忠告してくれ、あの会社の冷たさ――会社が大きくなるにつれ、そう感じられることが多くなった――は台風被害に遭ったあとに起きた出来事からもわかってはいた。

2004年に台風で借家が損壊したとき、屋根にブルーシートを敷いた黴だらけの家でしばらく暮らし、引っ越した。それからひと月もしないうちに、転勤の辞令がおりた。

以前は転勤できない事情があった場合、考慮して貰えたものだったから、今転勤するのは厳しい旨を夫は申し出たが、人事部の蛸男(人間なのにタコそっくりなのだ)に聞き入れられず、転勤した。

損壊した借家から別の借家に引っ越したのが10月14日、転勤で今住んでいる街に引っ越したのが12月1日のことだった。

娘はそのとき就職活動中で、小泉不況で就職事情の思わしくないなか、まだ決まっていなかった。損壊した借家で暮らしていたときにわたしは心不全の症状となり、転勤のための引っ越し作業をしている最中に喘息を発症して運送屋さんを驚かせたりした。

2人の大学生を抱えて、わが家はとにかくお金のないときだったが、行政からはもちろん、会社からも台風被害の見舞いなどは何もなかった。

それどころか、転勤の件でも、継続雇用、またアルバイトに関しても願いは聞き入れられなかった。長年、薄給――失業中の身にはナンだか高給だったように感じられるけれど――で、朝から夜遅くまで身を粉にして尽くしてきた報いがこれなのだった。

先日、夫は、アルバイトの話を持ってきてくれた古巣(夫が店長をしていた中型店舗とは別の大型店舗)へ面接に行った。12月の頭から来てくれということだった。そこでは夫が12月から入ることを従業員の皆が知っていて、温かい言葉をかけてくれたそうだ。夫は朝方の作業を仕切ることになり、受け持つ売り場も聞かされていた。

夫から悦ばしい報告を聞き、わたしは新しい生活に向けて家計を細かく見ていきながらも、不安だった。夢見がよくなかったからだ。

夫が面接に行った日、うたた寝していたわたしは、何かの毛が床一面に散っている凶夢を見た。毛が落ちている夢は凶夢であることが多く、1本落ちている夢でさえ不吉なのに、沢山散乱している夢だった。このところ、蛇やネズミの夢もやたらと見ていた。蛇やネズミの夢は金銭に関係することが多い。

案の定、昨日の夕方、アルバイト不採用の連絡があった。人事部からハネられたのだ。

東京の息子は、娘から夫のアルバイトが決まったと聞いて、安心している様子だった。わたしは12月になって、実際に夫が働き始めるのを確認してから息子に電話をするつもりだった。

だが、よくない報告をしなければならなくなった。悪い報告は早いほうがいいと思い、夜9時ごろ電話をすると、息子はまだ会社だった。

かけ直すというと、短時間なら話せるというので、話した。わたしは、わたしたち夫婦の甘さを叱られると覚悟していた。でも、息子の言葉は優しかった。

そればかりか、もしものときは……円くらいはあるから、いってほしいといってくれた。その金額は、継続雇用がだめになったとき、息子も一緒に行くはずだった海外旅行の中止を告げ、「いくらくらいかかるの?」と訊かれたときに答えた金額と同じだった。

もしかしたら、旅行費用を出してくれるつもりだったのかもしれないが、息子は返事に窮した。想像したより高額だったからだろう。

あの金額だわ……と思い、息子の優しさが嬉しかった。わたしたちはそんなことにならないよう、頑張らねばならない。

といっても、わたしの健康状態は外で働くのには向いていない。求職活動は夫に任せて、書くのみ。

天の果実はこの世では実りにくい。だから、芸術家は苦労をするようにできているのだ。芸術家として棘の道を歩いているというとおこがましいけれど、わたしの創作に家族を巻き込み、貧困への不安をつくったのはわたしだ。

共稼ぎをしていれば、息子はストレートに博士課程に進めただろうし、娘の就職活動の資金も潤沢だったろう(娘は市立大、息子は国立大だったからやれた。息子は修士課程をほぼ自力で出て、就職し、現在は働きながら博士課程に籍を置いている)。家だって持てたに違いない。その家で、馬は無理でも、犬くらいは飼えただろう。現に、共稼ぎしているかつての夫の同僚はそんな暮らしをしている。

わたしだって稼ぎたい。稼ぎたい。身を粉にして書いてきた。そして、稼ぎ出せるはずの作品を、この年齢になってようやく……ようやく1編だけ生み出せた。これこそ、血と涙の結晶だ。児童文学作品Pがそうだが、現在の賞の傾向からすると、通る見込みは限りなく薄い。

それでもわたしは、アレクサンドリア木星王さんの言葉を励みに、ミューズの加護を祈りつつ、頑張ろう。

……何だか、長編の「夫の定年メモ」になってしまった。お粗末様。

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2011年11月18日 (金)

児童文学作品Y 1)まだ全体をあれこれ考えている段階

昔、試みに書いた『あけぼの』を参考にしながら新しい児童文学作品を書くというのは、想像した以上に難しい。

古代の国を舞台とするために必要な歴史観が『あけぼの』執筆当時と大きく変わったわけではないが、『あけぼの』は綿密な構成なしに書き進めていった初期試作品であるので、行き当たりばったりの感があり、現在中断中であるが、放置しておいても気にならない無計画性だった。

ただ、インスピレーションを受け入れながら悦びの中で書き進めた作品だったから(それは初体験に相当した)、初々しさといおうか、みずみずしさがあり、語り手の性質とマッチした作風となりえて、当時読んでくれた人々が夢中になってくれたのは、そういった点でだったろう。

そのよさは残したいが、無計画性から来た紆余曲折やわかりにくさ、作品としてのまとまりに欠ける点などは、正さなくてはならない。

資金不足から取材がままならず、物語を中断せざるをえなかったというところからして、今のわたしからすれば考えられない無計画性だ。

よく執筆に入れたものだと思うが、中断は、取材不足からというより、その無計画性が招いたもので、わたしは無計画性からくる混乱に翻弄されたために『あけぼの』を完成させることができなかったのだと思う。

この度、児童文学作品にするにあたっては、手持ちの材料を最高度に生かし(手持ちの材料で書ける作品を書くのだ)、骨格のしっかりした作品にしたい。

で、まだ全体をあれこれ考えている段階。文体でも、迷いがある。今月中にプロットができれば、上出来といったところだろうか。

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2011年11月17日 (木)

今朝は寒い!

今朝は寒い!

起きたときから圧迫感があった。朝の薬でおさまるかと思ったが、うまくおさまらず、胸痛も出たのでニトロ舌下。

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2011年11月15日 (火)

娘を驚かせたラーメン屋さんの看板

仕事帰りの娘が、比較的最近できたラーメン屋さんの前を通ると、「スープの出来が悪いので、休業します」というような文面の看板が出ていたそうです。

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ぜひ観たい映画

 こちらに来るのは2月です。待ち遠しいわ。

映画『ブリューゲルの動く絵』公式サイト
http://www.bruegel-ugokue.com/index.html

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2011年11月13日 (日)

あーあ、どじょう首相、ついにTPP協議入り

 国会中継を視聴してきたが、日本がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に加盟した場合のメリット・デメリットに関する質疑で、野田首相は型にはまった抽象的な応答を繰り返すだけで、不安は深まるばかりだった。

 それが、ニュースによると、ついに野田首相は、TPP交渉参加へ向けて関係国との協議を始める旨をオバマ大統領に伝えたという。画面に見るオバマ大統領は、さすがに嬉しさを隠しきれない様子だった。首相は会談で、米国産牛肉の輸入規制緩和手続きを始めたとも述べたらしい。

 市場原理に支配を委ねる新自由主義という化け物の哄笑が聴こえた気がした。

 震災からの復興が順調に進んでいるとはいえない現状であるところへ、自ら新しい災害を招いたような印象をさえ受ける。日本という国ががらりと変わってしまうのではないだろうか。

 製造業にはプラスに働くとの見方だが、農業は壊滅、国民皆保険制度は崩壊するといわれている。

 以下は、ウィキペディアより抜粋。

環太平洋戦略的経済連携

ウィキペディアの執筆者,2011,「環太平洋戦略的経済連携協定」『ウィキペディア日本語版』,(2011年11月13日取得,//ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%92%B0%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%88%A6%E7%95%A5%E7%9A%84%E7%B5%8C%E6%B8%88%E9%80%A3%E6%90%BA%E5%8D%94%E5%AE%9A&oldid=40002538).

環太平洋戦略的経済連携協定(かんたいへいようせんりゃくてきけいざいれんけいきょうてい、TPP、Trans-Pacific Partnership、またはTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)は、経済連携協定 (EPA) の一つ。 加盟国の間で工業品、農業品を含む全品目の関税を撤廃し、政府調達(国や自治体による公共事業や物品・サービスの購入など)、知的財産権、労働規制、金融、医療サービスなどにおけるすべての非関税障壁を撤廃し自由化する協定。2006年5月にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国が域外への経済的影響力を向上させることを戦略的な目的として発効し、運用している。環太平洋経済協定、環太平洋連携協定、環太平洋パートナーシップ協定ともいう。

概要
TPPの発足時の目的は、「小国同士の戦略的提携によってマーケットにおけるプレゼンスを上げること」であった。

2006年5月に4か国加盟で発効した経済連携協定であったが、2010年10月よりアメリカ主導の下に急速に推し進められることとなり、TPPの転換点と見られ加盟国・交渉国間で協議を行い2011年のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)までの妥結を目標にしている。

また、加盟国・交渉国に日本を加えた10か国のGDP(国内総生産)を比較すると、その91%を日本とアメリカの2か国が占めるため、実質は日米FTAだとの見方もある。

2015年までに加盟国間の貿易において、工業品、農業品、知的財産権、労働規制、金融、医療サービスなどをはじめ、全品目の関税を10年以内に原則全面撤廃することにより、貿易自由化の実現を目指すFTA(自由貿易協定)を包括するEPA(経済連携協定)を目標としている。実質的に相互の関税自主権の放棄である。

金融分野において、現時点の郵政改革関連法案は金融の非関税障壁となっており改正の必要があると米国が見なしているという報道がある。これに対し郵政・金融担当相の自見庄三郎は、報道などが先走っており、仮に日本がTPP交渉参加を表明した場合でも米国がいかなる要望をしてくるかは現段階で不明である、と会見で説明している。

このほか、これまでのような外国企業の日本への進出・投資の規制や外国人労働者の受け入れ制限が条件交渉次第で難しくなるといった指摘もある。”

 鳩山政権の頃、不安を覚えて――それでも戯れに――タロット占いをしたところ、民主政権は日本に極貧状態を招くと出たことを思い出した。 

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2011年11月11日 (金)

おすすめ年賀状テンプレート・イラスト2012

 最近、過去記事「おすすめ年賀…」にアクセスなさるかたが多くなりましたので、早めに「おすすめ年賀…」の2012版をアップしてみました。いくつもの個展に出かけたような満足感を覚えました。

 例年より早かったせいか、まだ準備中のサイト様もあるようです。したがって、今後、この記事には変更の加わる可能性がありますことを、どうかご了承くださいますよう。

年賀状わんパグ
 
http://www.wanpagu.com/

 幸福モードにしてくれる、わんパグ様の年賀状サイト。
 印刷してみると、わんパグ様の力量が一層わかります。ピュアな色合い、筆遣いの確かさ。
 親しみがあって、かわゆくて、物語性を備えたイラストレーションは見事です。
 どんな年齢層にも合う多様なデザイン、また、テンプレートの他に、写真フレーム素材、イラスト、賀詞――と用途に合わせて使える便利さは、年賀状の印刷にはここだけで間に合うと思わされるほどです。

individual locker
   
http://www.individuallocker.com/

 スタイリッシュなサイト。
 大胆で、ハイ・センスな龍づかいはさすがですね。

花のポストカードやさん
 
http://postcard.saloon.jp/

 『タツノオトシゴ・消印』『タツノオトシゴ・パズル』がユニーク。
 着物地や和紙のスキャン素材を使った年賀状テンプレートは、本当に素敵です。

年賀状素材スープ
 
http://pepero-nenga.com/

 「和風年賀状」は端正、「イラスト年賀状」は可愛らしさがこぼれんばかり。

赤ずきんちゃんのかわいい☆無料年賀状
   http://nengaakazukin.web.fc2.com/

 年賀状というスタイルで、メルヘンの世界を届けることを可能にしてくれる、希少なサイトです。

干支の年賀状 十二支
   http://www.nenga-juunisi.net

 賀詞選びのマナーなども解説された、親切なサイト。
 辰のモノクロ年賀状『玉龍』がシンプルで迫力があり、魅了されました。

 夢幻華様の姉妹サイト「年賀状のイラスト屋さん」も必見! 
 ここの縁起物年賀状テンプレートが格調高く、わたしは『歌舞伎・鏡獅子』をお借りしたことがありました。

年賀状そざい苑
   http://bluedaisy.rojo.jp/nengaen/

 「和風 華やか系」「和風 古典系」「ホップ系」「シンプル系」と色々なタイプの年賀状テンプレートがあります。全体にとても華やかです。
 別館も充実しています。

mihoの年賀状
   http://www.mihosozai.net/index.html

 躍動感のある龍たち。
 スポーツ、音楽シリーズがあるのも嬉しいですね。

AKの年賀状テンプレート
   http://www.art-kaede.com/

 上品で繊細な「デザイン賀詞」シリーズは、送る相手を選びません。

年賀状イラスト【睦び月(むすびづき)】
   
http://mt.first-moon.com/

 幻想的なムードにつつまれたサイト。
 前にわたしは「梅と天女」シリーズに悩殺されて、お借りしたことがありましたが(あなた様も2012年のお年賀に如何?)、千支年賀では、「東洋流と和の華」シリーズに圧倒されます。力作です。

郵便年賀.jp
 
http://yubin-nenga.jp

 ご存知、郵便事業株式会社の年賀サイト。

 2013版
   http://elder.tea-nifty.com/blog/2012/12/2013-ad40.html

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2011年11月 9日 (水)

今後のブログ運営について迷う

 当ブログを開設したのが2006年4月だった。5年7ヶ月が経過したことになる。その間、ブログを書く意味合いが微妙に変化してきたように思う。

 2006年4月当時、わたしは純文学の分野で賞狙いを続けた結果、心身を損なったと感じていて、ブログをリハビリの場として活用しようと思いついた。それが開設の動機となった。

 賞狙いをやめたからといって作家志望、もっと広くいえば――オコガマシイけれど――芸術家として茨の道を歩きたい、という思いまで棄てたわけではなかったから、エッセーを書くことで書く能力を保っていこう、腕を磨こうと考えたのだった。また、日記としての役割もブログに持たせたかった。純文学的に書くということには常に自己観察が伴い、自身の体験であっても他人事、一サンプルと見なすことが必要だから、日記といっても、その観点からの日記ということだ。

 当初は訪問者も少なく、新入りをからかう傾向はブログの世界にもあるのか、悪質なコメント、メールに悩まされたりもした。反面、楽しいコメント、メールを頂戴することも多かった。この時期を当ブログの第一期と名づけるとすれば、第二期は、リハビリ、日記から一歩進んだ深化の時期とでもいおうか。

 賞狙いの弊害についてだが、周囲には、わたし以上に心身を損なった人がいて、他人事ではなかった。文学賞には、ギャンブル臭があった。真摯に賞狙いを続ければ続けるほど、

  • 一般の応募者は、賞を華やかなものとするためのサクラとして利用されているだけではないか?
    もしくは、
  • まともに読んで貰えたとしても、文学観が違う場合、よいものを書こうとすればするほど、賞から遠ざかることになりはしないか?

 という疑いが芽生えたものだが、この二点を検証していきたいと思ったことから第二期は始まったともいえる。

 賞に合わせた書き変えでまともな作品はあまりなかったが、自作の展示をスタートさせた。また料理の記事から派生するかたちでデパートの物産展の記事、映画、コンサートの記事などを書くようになり、期せずして地域情報を発信してしまうようになった。

 この時期に頂戴したコメント、メールには論駁調の激しいものが多かった。一方、わたしにエールを送ってくれている内容のメールも沢山頂戴し、また情報の遣り取り的なメールを交わす機会も増えた。ブログをどんどん増やし、ホームページを開設した第二期は当ブログの発展、繁栄の時期だったとでもいおうか。季節でいえば第一期は春、第二期は夏に相当するだろう。

 ならば、現在は第三期に当たる。

 リハビリという当初の目的はほぼ達成され、新たなチャレンジを始めたところだ。

 創作の初心に帰り、一番好きな児童文学作品を書き始めたのだった。そして、本格的に世に出たいと思い始めた。第一期の絶望感から出たやけっぱち的なものではない。今回は自信に裏打ちされている。

 しかし、世に出る手段を探れば、やはり賞狙いしかないという結論に辿り着いてしまった。同じ失敗を繰り返す危険性を孕みながらの再挑戦となったわけだが、この結果がどうなるのか、あと3~5年経ってみなければわからない。5年経っても同じ状況であれば、再考することになるのだろう。何にせよ、新しい試みの結果が出るまでには、3~5年はかかると思っている。

 第三期、秋の現象としては、創作ノートに比重を置くようになったことに伴ってカテゴリーに置いた、Notes類(研究メモ)が案外好評だ。まだわずかのノートしか置いていないNotesもあるが、これらは当ブログの果樹園だと思っている。ブログを開設しなければ、いや、それ以前にブログサービスがなければ生まれなかった秋の実りなのだ。

 また、一般公開してきたとはいえ、第二期までは、訪問者数も少なく、リンクしたりされたりも少なかった。この第三期の特徴として、普段の訪問者数はわずかずつ増えながらも、ほぼ一定しているといってよいのだが、何かをきっかけとして急増することがあるということだ。

 リンクにしても、「WEB RONZA/関連情報ブログ&コラム一覧」からのリンクのような、

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 オオヤケ中のオオヤケ的性格を持つサイトからのリンクには、正直いってビビった。「作品発表広場http://www.sakuhin.jp/」からのお誘いがあった。神智学関係の検索が増えたこと、あるいは「夫の定年」の地域的ヒット(?)といった現象には、嬉しいという以上に何となく居心地の悪さを覚えるといおうか、むしろ困惑している。

 神智学については、当ブログの管理人がたまたま現在会員(それも集会には参加できていない)というだけのことなので、きちんとした情報をお求めの向きには、左サイドバーにもリンクのある神智学協会ニッポン・ロッジのホームページをご訪問いただきたい。

 当ブログの日記としての側面と情報誌(?)としての側面が齟齬を起こし出したのを感じている。ブログの性格が私的なものからオオヤケ的なものに推移しつつあるといえるだろう。日記としての側面は閉鎖か緊縮の必要があると感じている。どうすべきか、現在、検討中だ。

 当ブログに第四期、すなわち冬が到来するとしたら、わたしが作家になれたときだろうか。そのとき、このブログは開設の目的を完全に果たして、新刊情報を主とするオフィシャルサイトへと移行するかもしれない。まあ、現段階ではそんなことは夢物語にすぎない。

 当ブログに最初の頃から来てくださっている方々には、本当に感謝しております。コメント、メールをくださらなくても、読んでいただいていることは感じています。

 今後共、「マダムNの覚書」とその子供のサイトたちを、どうぞよろしくお願い致します。

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2011年11月 8日 (火)

立冬の憂い

 昨日、放置気味のブログ「マダムNの俳句紹介」を更新するときに、翌日(すなわち今日)が立冬であることに気づいた。まだ昼間は夏っぽかったりするのに、暦の上では冬だという。一番好きな秋は……天高く馬肥ゆる秋は……どこへ。夕飯に秋刀魚を何回かグリルで焼いたときも、感じが出なかった。

 しかし、こうも季節感が崩れると、季語をキーワードとして絶妙な世界観を形成してきた俳句はどうなるのか? 五七五に囚われない自由律俳句とか、季語なしの俳句などもありはするが、定型俳句あってこその自由律、季語なしだという気がする。

 定型俳句は、限りのある、定めもあるこの世に如何に生きうるかの試金石ともなりうるものだと思う。

 当ブログと「俳句紹介」で採り上げている、杉田久女、川端茅舎、三橋鷹女、松本たかし――の冬の句から、好きなものを以下に拾ってみた。 

足袋つぐやノラともならず教師妻 (久女)

月光に深雪の創のかくれなし (茅舎)

暖炉灼く夫よタンゴを踊ろうか (鷹女)

火の山の雪の浄衣(え)や嶺嶺の上 (たかし)

 
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 今週中にプロットとストーリーをしっかりしたものに……と思っているのだが、今日はじっとしていても、マラソンのときみたいに、胸が焼け気味。幸い、ずっとではない。ウォーキングのとき、そうなって驚いたが、昔、頻脈の治療を受ける前がそうだったことを思い出した。尤も、そのときはもっと酷かった。

 ナンにしても困る。医療費も馬鹿にならないので、血液検査などもあまり受けたくないのだが、先日循環器で次回受けるようにいわれ、成績をよくするために(?)ウォーキングを再開したのが、逆効果だったかなあ。右耳の後ろに湿疹が出てきて拡がり出したのも嫌な感じだ。

 しかし、こんな体調不安も、いざ本格的な創作モードになれば、精神力でカバーできると思う。まだ創作モードになっていない。なるのを嫌がっている自分がいる。いざ、そうなったら、完成するまで逃げられないから。 

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ペガサス

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 夫がCG制作中のペガサス。圧縮画像にしたものです。前に番人をよこしてくれましたが、怖すぎたので、番人にはさようならをし、早々とこのペガサスに来て貰いました。まだ作り始めたばかりらしく、あまりペガサスらしくありませんが、この段階でも、わたしは前の番人よりは気に入りました。

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2011年11月 7日 (月)

Mさん、お誕生日おめでとうございます

Mさん、お誕生日おめでとうございます。

すてきなお歳となりますように。

わたしはようやく会心の作といえる作品(児童文学作品)が一編だけできました。
このレベル以上の作品をとりあえず、あと二編仕上げたいと思っています。

Mさんにおかれましても、文運盛んなることを念じあげます。よき文学の世界を拡げていってくださいますよう。

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2011年11月 6日 (日)

土井善晴先生レシピ「花にらと豚肉の炒め物」。栗原はるみさんレシピ「かきのチリソース」。

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 にら嫌いのわたしに、「花にら、料理教室で使ってみたら、すごく美味しかったよ。ママでも大丈夫だと思う」と娘に教わって以来、花にらを使うようになり、今ではすっかり花にらファン。いつのまにか、にらも好きになっていました~。

 その花にらを使った土井善晴先生の「花にらと豚肉の炒め物」がとても美味しいので、『週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.64』(デアゴスティーニ・ジャパン)からレシピをご紹介します。

 うちは現在倹約の必要があるので、豚肩ロース薄切り肉の代わりに合い挽き肉や豚ミンチで作ったりもしますが、豚肩ロース薄切り肉を刻み、たたいて作ったほうが格段に美味しいです。

[材料・4人分]

  • 花にら……1束(100g)
  • 豚肩ロース薄切り肉……120g
  • 下味
    しょうゆ……大さじ1
    こしょう……少量
    サラダ油……大さじ2
    塩……小さじ1/2

[作り方]

  1. 花にらは食べやすく切る。
  2. 豚肉は細かく刻んで、さらにたたき、しょうゆ、こしょうで下味をつける。
  3. フライパンにサラダ油大さじ1を熱して花にらを炒め、塩をして、いったん取り出す。
  4. ③のフライパンに残りのサラダ油を足して②の豚肉を炒め、焼き色をしっかりとつけたら、③の花にらを戻して炒め合わせる。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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 栗原はるみ著「もう一度、ごちそうさまがききたくて。」(文化出版局、1994年)の第44刷を2005年に購入してから6年使っているのですが、そのなかの『かきのチリソース』 は先日初めて作りました。

 かきの生臭みが全く感じられず、これは本当に美味しい! おすすめです。前掲の本から、レシピをご紹介します。

材料

  • 生がき……300g
  • 卵……3個
  • 香味野菜(にんにく、しょうがのみじん切り各小さじ1、ねぎのみじん切り大さじ1)
  • A(トマトケチャップ大さじ5、しょうゆ大さじ1と1/2弱、酢小さじ1、砂糖少々、顆粒鶏ガラスープ小さじ1/2+湯1/2カップ)
  • 豆板醤……小さじ1/2
  • サラダ油……大さじ4
  • 片栗粉……大さじ1/2(水大さじ1で溶く)
  • 酒大さじ2
  • 塩、こしょう……各少々

作り方■

  1. かきは酒を加えた熱湯に入れ、ひと煮立ちしたら火を止め、ふたをして10分蒸らしたあと、水気を切る。
  2. 卵はといて塩、こしょう少々をふり、サラダ油大さじ3を熱した中華鍋に流し入れ、ふわりと焼いて取り出す。
  3. 中華鍋にあらためてサラダ油大さじ1を熱して香味野菜と豆板醤を炒め、Aを加える。煮立ったら、水溶き片栗粉を加えてとろみをつけ、①のかきを入れてひと煮し、卵を混ぜる。あれば香菜を。

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2011年11月 5日 (土)

何とか作った夕飯

健康のために再開したウォーキングでダウン。

何とか夕飯を作ったので、記念撮影。

土井善晴先生のレシピで『花にらと豚肉の炒め物』『なすのごま酢』、おぼろ豆腐、卵・しいたけ・ねぎのスープ。

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ウォーキング途中で買った豆の力屋『おぼろ豆腐』はデパ地下でも買ったことがありましたが、この『おぼろ豆腐』は本当になめらかで、最高でした!

さて、ウォーキングは今後、どうするかな。

創作は、まだプロット作りまでは行かない段階です。創作から離れたところで、ちょっと読みたい本が数冊あったりもしまして。

来週中にはストーリー、プロットをしっかりしたものにし、再来週からは執筆に入りたいところです。

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追加

追加

軽い胸痛が繰り返し起き、無視できない強めが起きたので、またニトロペン舌下。

結局、まだシャワーも夕飯作りも実現?していません。

思いの他のダメージ。遅くなっても、ナンとか夕飯は作りたいところです。材料があるし、ウォーキング中に買ったおぼろ豆腐もありますから。

まだ胸痛がのこっており、3錠目を考慮中。先生が危惧されたように、これは発作が強いというより、ニトロが効きにくくなっているのかも。

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ウォーキング疲れ

ウォーキング疲れ?

あーだめだ、こりゃ! という感じです。

休日の夫が声をかけたので、目を覚ますと、この時間……。

ウォーキングから帰宅後、シャワーを浴びるには疲れすぎていたので、時間を置くことにしました。

前の記事を書く前に、味見用に買った豆乳パンを夫とふたりで分けました。

そのあと、夫が冷や麦をしてくれ、それが本格的なお昼ごはん。

ごはんのあと、少し児童文学作品のことを考え……そのあと寝てしまいました。起きたら、胸の圧迫感を覚えたので、ニトロペンを舌下しました。

ウォーキングでへとへとに疲れきり、体調にまで響くとなると……ナンか前回のウォーキング時より体力ないなあ。慣れていないだけでしょうか。それとも、先生のお許しが出なかったのも当然といい加減さとるべきでしょうか?

ウォーキングの前に、家事のあらかたは済ませていたので、救われました。

創作の「そ」の字もできずに寝っぱなしでは、ウォーキングが健康にいいだなんて……ほほほ……。

これから、さっとシャワーを浴びます。ウォーキングのあと浴びようと思っていたシャワーも浴びないままでした。シャワー疲れでまた発作が出たりしてね。よしとくれ。

そのあと、夕飯の支度をします。夫は、普段はバス通勤の娘を迎えに行きました。

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今日のウォーキング。豆の力屋分家「おぼろ豆腐」「豆乳パン」。

今日のウォーキング。豆の力屋分家「おぼろ豆腐」「豆乳パン」。

歩行履歴 5309歩
歩行距離 3.7㎞
消費カロリー 140kcal
脂肪燃焼量 10g
いきいき歩数 4365歩
いきいき歩行 40分
活動量 3.0EX
いきいき活動量 2.6EX

ウォーキングした道沿いにある「豆の力屋分家」に入りました。

出来立ての豆腐をメインに、惣菜、デザート、パン、新鮮な野菜などがあります。

プルンプルンの『おぼろ豆腐』と『豆腐パン』を買いました。豆腐パンは味見用に1個だけ買ってみたのですが、そのままで、とっても美味しいパンでした。食感はフワフワ、もちもち。自然な甘さで、香りもよいのです。

ウォーキングのほうは、うーん……前回以上にパッとしない感じでした。

半分すぎたころからウォーキングのリズムを思い出し、体が軽く、リラックスして歩幅はひろくなりましたが、すぐに胸の中がマラソン中と同じに熱く苦しくなったので(歩いているだけで、こんな風になったのは、初めてでした)、歩く速度を蝸牛並みに緩めました。

それでも回復できないまま、真夏の犬並みにあえいで本日のウォーキングを終わりました。マラソンをしたと思えばいいですね。軽い胸痛も起きましたが、ニトロは使いませんでした。

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久しぶりのウォーキング

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久しぶりにウォーキングに出ます。掃除など、午前中の家事を済ませてから。

早朝は臭いがしたり、カラスがいたりして苦手で、遅いくらいのほうがわたしはいいのですね。本当は夜がいいのですが、夜道は怖い。

循環器の先生はわたしのウォーキングには賛成してくださいませんでしたし、前回は暑さもあって体調を崩してやめました。

今回は、創作中なので、それに差し支えないかどうかが一番のわたくし的問題となります。ずっーと座りっぱなしの生活が体によくないことは確かなので、再開してみたのですが、ベースに頻脈があって、心臓に負担のかかりやすいところが困ります。

ここまでは、家で書き、ここからがウォーキング中のメモ。

久しぶりだったせいか、めまい、胸の中が熱いなど、まるでマラソン並みの身体反応です。市営グラウンド前です。

休んでいると、めまいが治まるので、休み休み帰ります。

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2011年11月 4日 (金)

お書きください、nea37 ……氏!

再度のメールをくださいましたが、わたしの考えは前の記事に書いた通りです。

今のこの世の考えかたの流れ――この場合は、わたしの考えというべきかもしれませんが――を変えたいというのであれば、自身で力強い論文なり、神功皇后をヒロインにした歴史小説なりを書いてみるのが一番だと思います。

その発表については(貴方が素人と仮定していうのですが)、わたしがやっているようにブログで公開するという手もあれば(よい作品であれば、ささやかな素人ブログではありますが、このブログでも紹介なりリンクなりをさせていただきます)、『九州さが大衆文学賞』のような推理小説、歴史・時代小説を募集している賞に応募なさるのも手でしょう。ここは、歴史・時代小説の場合、400字詰原稿用紙換算70枚以内で、大賞は100万ですよ。いつかわたしも応募してみたいと思う賞です(受賞経験皆無、賞アレルギー気味のわたしがすすめるのもナンですが)。

歴史サークルもネットでなら、いろいろ見つかるでしょう。古代史に興味を持つ人は多いようです(特に中高年に)。

以前、古代史を探るために山歩きをしているという男性と電車の中で話したことがあります。

卑弥呼の件ではわたしも少しばかりは歩きましたが(もっと歩かねばならないのですが、資金不足で中断中です)、そのかたはかなり危険な山の奥深いところへも野宿などして行き、歴史探訪に命を賭けているそうですが、実に楽しそうでした。

神功皇后にアプローチするとなると、九州から朝鮮半島辺りも調査する必要があるでしょうね。

卑弥呼、神功皇后についての謎が解明されることを期待している人は、わたしを含め、大勢いると思います。貴方も(貴方が研究家でないと仮定していうのですが)、在野の研究家の一人となられては如何でしょうか。

一握りの華々しい活躍をしているプロの歴史作家を支えているのは、そうした在野の研究家たちではないかとわたしは考えています。もっとも、在野の一人であっても、そのうちに脚光を浴びることだってありえます。

研究家になって、もっと高くお飛びなさい、nea37……氏!

この件に関しては、これで終わらせていただきます。

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『三銃士』に出てきた白黒斑の馬。nea37……氏からのメール。

前の記事を書いたあと、『三銃士』を観た。飛行船がありえない活躍をするエンターテイメント作品で、三銃士より、そちらが主役格だった。

2Dと3Dのどちらにするかで迷ったが、『アバター』と同レベルの映像を期待することはできないとこれまでに観た3D映画から推測できたので、迷わず2Dにした。3Dだと、夫婦割引が利かないし。夫婦のどちらかが50歳以上の場合、安くなる。うちはどちらも条件を満たしている。

続編を感じさせる終わりかただった。ナンにしても、わたしは馬ばかり見ていた。白黒ぶちのバターカップという名の馬が、綺麗だった。他にも、よさそうな馬が豪華出演していて、わたくし的には人間が邪魔くさいくらいだった。

帰宅してメールボックスを確認したところ、ヘンなメールが届いていた。わたしのエッセー『卑弥呼をめぐる私的考察』を閲覧したnea37……というアドレスからのメールだった。

「神功皇后は実在説があります。卑弥呼のほうが架空だという説もあります。はっきり言って貴方の記述は不快です。訂正してください。」という全文。

この文面はどこかおかしいが、おかしさの原因を探るために、卑弥呼と神功皇后を入れ替えてみよう。
「卑弥呼は実在説があります。神功皇后のほうが架空だという説もあります。はっきり言って貴方の記述は不快です。訂正してください。」

こうなると、なおおかしい。卑弥呼については中国の歴史書に記述があり、神功皇后については記紀に記述がある。記紀は神話および歴史書の性格を持つ。記紀は歴史書というだけではなく、神話の性格をも持つがゆえに、実在が疑われたりもするのだ。

前掲のメールのあと、次いで「Wikipediaを見てくれ、実在説も有るから」という全文のメールも届いていた。

実在説がある、という表現自体が、(現代では)むしろ実在説のほうが少数派で、認知度も低いことを示しているように思われる。Wikipediaを見てくれ、と注意を呼びかけなければならないほどに。

神功皇后はスーパーウーマンであるが、戦前には戦前の思想のありかたの中で実在していた。意識改革のなされたこの戦後に、神功皇后の実在を明快に主張する論文があるのであれば、わたしは読んでみたい。

nea37……氏は、神功皇后に関する論文をお書きになってみては如何だろう? それとも既にお書きになっているのだろうか?

四百字詰原稿用紙30枚以上の読みごたえのある論文であれば、拝読したいので、お送りいただければと思う。創作で忙しいので、感想の返信はできないかもしれないが。

わたしのエッセーは何年も前に同人誌に掲載された作品なので、誰にどういわれようが、今更本文を書き改めることは考えていない。

今後、時代錯誤として無視するわけにはいかないような神功皇后実在説があらわれれば、追記として、それについて紹介するかもしれないが、時間が経てば、歴史認識が変化してしまうことも珍しくないので、卑弥呼について今後何か書くとすれば、昔書いたエッセーを書き直すよりは、新しいエッセーとして書くだろう。

『卑弥呼をめぐる私的考察』は、「邪馬台国」という雑誌を発行している出版社の、当時の女社長さんが気に入ってくださり、雑誌に載せようとしてくださったが、編集者の編集方針と合わなかったため実現を見ず、残念だったことを思い出した。

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2011年11月 3日 (木)

Cafe comme caのいちじくタルト

Cafe comme caのいちじくタルト

家族で映画『三銃士』を観に来て、カフェにいます。

先日、アフタヌーンティーでパスタ、ハーフサイズのケーキ、ドリンクがセットになったハイティーセットを注文したばかりだったので、警戒して半分娘にやったところ、甘さを抑えた大変さっぱりしたお味で、ちょっと後悔したほどです。

娘はフルーツモンブラン。

また明日から、引きこもりの過酷な執筆の日々が続くので、今日はのびのびしています。

早朝ウォーキングを始めようかなあ。循環器の先生からはお許しいただけなかったので、微妙ですが。執筆に差し支えても困るので、迷うところです。

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児童文学作品A 2)沢山の断片。おおまかなストーリー。

 Aを主人公にするはめになったが、さっぱりお話が頭に浮かばないので、この案は放っておいて、別のお話を考えようと思いながら、入浴した。

 ところが、頭にシャワーを浴びていると、ふいにある映像が浮かんだ(シャワー効果?)。何か宿題をしていた少女が鉛筆を放り投げ、ベッドに身を横たえる場面だった。彼女が何の宿題をしているのか、わたしは見ようとした。なるほど。わたしが観察していると、彼女はベッドに横になったまま、携帯に取り込んだ画像を眺めている。

 NASA赤外線衛星が撮影したアンドロメダ銀河の写真だった。しばらくして、もう1枚。テニス中の男子の写真。

 わたしは前に書いた児童文学作品Pのように、小学校5年生くらいの少女を想定していたのだが、映像は中学1年生、いや2年生。どちらだろう。どちらでもあり、どちらでもなさそう。1年生と2年生では全く違う。たぶん1年生を3分の2くらいは終えた頃ではないだろうか。

 この映像(想像した場面)がきっかけとなって次々に断片があらわれ、当然のように主題が据わった。

 といっても、まだ本当におぼつかない段階だ。しかし、なぜ、ギリシア神話に登場するAを選ばされたのかがはっきりとわかった。この作品は『不思議な接着剤』とリンクする。その前編といってもよい作品になりそう。スタイルは全く違うけれど。『不思議』には、前世の「ぜ」の字も出て来ない。

 なぜラングドッグにいけなかったのかもわかった。まず、この作品を書かなければならなかったからだ。わたしは輪廻するAの魂を追わねばならない。彼女はかつてはエチオピアの王女だった。

 幸いなことに、この作品では海外くんだりまで取材に出かける必要はない。彼女の前世の記憶が思春期の成長過程で断片的にあらわれてくれるからだ。

 作者のわたしには、年とった修行者として死んだこと、彼の世のえもいわれぬ光と空気の記憶、この世に降りてくるときの憂鬱さ(宿題が重荷だったし、この世の雑な光と空気と環境が耐え難いだろうことがわかっていた)――の記憶があるだけだが(脳は生まれ変わるごとに新しくなるので、脳の記憶ではない)、主人公の少女にもそのような記憶があり、それはもっと鮮明でゆたかな記憶だと思う。

 ギリシア神話や新約聖書の世界と混在したかたちで、その記憶は甦る。この夏、大人向けの小説で描こうとしたテーマを再度ここでくり返すことになりそうだ。この新しい児童文学作品Aとその小説に出てくるヒロインの名前が妙に似ているとは思っていたけれど。

 『不思議な接着剤』と合わせると、壮大な子供のための歴史ロマンとなりそう。大人にも読み応えのある作品に仕上がると思う(うまく書ければだけれど)。

 今日は午後3時過ぎくらいから映画に行くが、休暇は2日しかなかった。断片が浮かんだ瞬間から「お仕事」の始まりで、終わるまで解放されることはない。少女が前世の記憶から今生の課題を読み取り、ひとりの女性として見事に脱皮することを願いつつ、執筆をすすめたい。中学生向きの作品になるだろう。

 1月末までには無理かなあ。書き始めてみなくてはわからない。200枚前後の賞は他にもあるし、最終的には賞など、どうでもよくなる可能性もある。

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2011年11月 2日 (水)

循環器クリニック受診。生理。

尿が出にくかった件について、水分をとらないまま、長時間の執筆を行い、脱水症状を起こしていたのではないか、との先生の推理。

それはありうる。ふと気づいたら、途中1―2回トイレへ行き、洗濯物を干して取り込んだだけで、12時間座りっぱなしだった……ということも珍しくないから。

昔、賞狙いをしていたときは子供たちは学校、夫は現役だったから、比重は家事、育児に圧倒的にかかっていて、今みたいに長時間パソコンに向かいっ放しというのは不可能だった。

膀胱炎や結石になりやすいことからしても、水分のとりかたが足りないということはありうる。

だが、解せないなあ。水分が足りないどころかダブついている感じで、手も脚もおなかも明らかに腫れぼったかったよ。そのとき、胸もヘンに苦しかったことは報告した。

脈拍をみ、丁寧な聴診のあと、血液検査を受けるように、と先生。受けたばかりだというと、先生はカルテを見て、「7月2日だったね。そういえば、結局、薬剤性肝炎の原因もはっきりしなかったよね」とおっしゃる。

ホント、何もかもはっきりしない。整形外科では、五十肩の治りが遅いのは糖尿病などの内科的な原因のある可能性がある、といわれたりもしたし。体重がまた1キロ増えていた。ウォーキングしていた頃からすると、3キロも増加! 

だが、体重が少なかったときのほうが、中性脂肪が馬鹿高かったり(絶食による検査でそうだった)、コレステロールがはみ出したりしていた。今は基準値内の中間域を理想的にキープしている。ただ、副甲状腺関係や大学病院で受けたホルモンの詳しい検査などではパラパラと異常値が出る。検査項目が循環器と他科では違うのだ(基本的な項目は重なる)。

先生の指示なので、次回受診したときには忘れないように採血をして貰おう。

前にかかっていた総合病院ではよく慢性心不全の症状が出ているといわれたけれど、今かかっている先生はそれについてはおっしゃらない。

時も相当に経過したし、今の先生に替わって薬が増え、症状が変化したということもあるだろうが、わたしの体に対する見方やアプローチが根本的に違うような気のするときがある。

でも、理解して貰っていないと思ったら、圧倒的な包み込むような理解力でわかって貰えていたんだ……と感動したことが、これまでに何回かあった。

書きすぎるのが問題であることは確かだが、こればかりはね。命が縮んだとしてもやめられない。

「ニトロ、もうないだろう? 10錠で足りるかな」と先生。利尿作用を期待してニトロを使用するのは、問題があるようだ。

というのも、ニトロには耐性があり、肝心の心臓の発作時に効きにくくなることがあるらしい。これは、メディトランステープのような、ニトログリセリン貼付剤でも同様とのこと。

それは怖いので、使いすぎを避けるため、10錠にして貰った。まだ家にストックもある。

40日に一度の受診。受診すると安心するので、楽しい気分で帰途を辿りながら、次の受診までには何もないだろうと思うが、結構体調の変化はあるもので、大抵何か訴えるべきことが出て来る。幸い、重大というようなことはまだないけれど。

内科と整形外科の定期検診では数ヶ月の間が開くので、次の受診時までには、受賞するとか確かな筋からお声がかかるとかで(?)、作家になる足掛かりができていたらいいな、と夢想しつつ帰途を辿るものだが、先生がたもわたしも年取るばかり。

お世話になっているお礼に(単なる自己満足かもしれないが)、先生がたと家族に初版本を献呈するのが夢なのだけれど。あの世でしか叶わぬ夢?

そういえば、なくなったと思っていた生理が、本格的なものとはいえないとはいえ、あった。10ヶ月ぶり。最後の生理から一年間ないと、閉経というらしい。またこれで、閉経年齢が1年延びたわね。

来年になったら、そろそろ脳神経外科を受診しよう。2年に一度の経過観察でよくなっている。コブ(骨腫瘍)たちの成長ぶりを診ていただくわけだ。

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児童文学作品A 1) カオス状態

 まだ応募先は未定だが、とりあえず「つばさ賞」に応募できるよう、220枚内で書いてみたい。ライン以下に、200枚前後で応募できる賞をメモ。

 児童文学作品Pの続編としても、独立した作品としても読めるように書きたい。

 ギリシア神話と絡むので、古代ギリシア、エーゲ文明のリサーチは当然必要だが、神話の登場人物Aにかんして調べると、エチオピアが出てきて、エチオピアを調べると、ソロモンとのつながりが出てくる。エジプトなんかも当然のごとく。

 そうなると、中断中の『不思議な接着剤』とも無関係なテーマではなくなってくる。考えてみれば、古代における地中海周辺域全般の出来事がギリシア神話には散らばっているだろうから、驚くほうがおかしいのかもしれないが、『接着剤』で取り組むことになったマグダラのマリアにしても、Aにしても、古代イスラエルをリサーチするはめになるのはどうしてか?

 子供の頃から、ギリシア神話を物語、それもどちらかというと、ファンタジーとして読んできたため、史実との関連が生々しく浮かび上がってくるだけで一々驚いてしまうところがある。古事記と同じだと思えば、驚くことでもないのだけれど。

 Pは幻想的な家族物という感じの作品。Aは手法が『接着剤』に似てきそうだ。子供のための歴史ロマン的なものになりそう。どちらも神話を触媒とする。

 ヨセフスの『ユダヤ古代誌』『ユダヤ戦記』なんも、ちゃんと読もう。エーゲ文明をリサーチしていると、アトランティス伝説に想いを馳せたくなる。エーゲ文明の衰退には地震などの自然災害の影響が考えられるようだ。弱ったところを攻められた可能性があるらしい。モーセは、火山が爆発したときにエジプトを脱出したとの説がある。

 ところで、実をいえば、インド神話の絡んだ物語を書きたい気もしているのだ。あのエキゾチックな、濃厚な世界、一度浸ってみたい。

 まだ、Aがどんなものになるやら、見当もつかない。プロット設定に入れるのは、いつになるかなあ。

 「つばさ賞」に応募するとしたら、作品の公開も削除を前提に許されるようだが、まだ応募先を確定したわけではないので、作品の公開はできないし、ノートにも、この程度のことしか書けない。Pのときと同じように、書いた枚数と快進撃中か停滞中かといった簡単なことのみしるすことになる。本当は全部おしゃべりしたいし、作品も読んでいただきたいのだけれど。賞に応募し始めると、何だかつまらない。まあ応募にも、そのうち厭きるだろう。 

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2011年11月 1日 (火)

危ない、危ない、また賞狙いの罠に……。

危ない、危ない、また賞狙いの罠に……。

娘から、児童文学作品『不思議な接着剤』を賞用に書き直すのはよしたほうがいいといわれ、我にかえった。

ああ純文のときの二の舞になるところだった。

こんな風に作品を賞に合わせて変えていき、台無しにした挙げ句、賞には落ちて自信を喪失し、残るはずの作品は残らない……ということになって、賞狙いに懲りたはずだったのに。

ああ馬鹿は死ななきゃ治らない(死んだところで治るものか)。

新しく書こう。出来上がったものはそのままにしておくようにしよう。娘に『接着剤』を読ませておいてよかった。瞳のファンなので、作品が変なことになってほしくないらしい。すこやかに完成に漕ぎ着けてほしいという。時間はかかっても。

そうしよう(三歩歩いたら忘れるところが困る)。

新しい児童文学作品を書こう。220枚の。でも、新しい作品であれば、別に「つばさ賞」でなくてもいいわけだ。200枚くらいの児童文学賞は三つくらいはあった気がする。

いずれにしても、仕上げたばかりの児童文学作品Pの続編を書きたいと思っていたので、それを書こうかな。Pも、新しい作品Aも、もちろん独立して読める作品となるはず。

今日デパートでたまたま子供服が目に入り、これ、あの子に着せたいと思った。女の子なのだ。Pの主人公は少年で、Aの主人公はその妹。

評論はどうしよう?

30枚じゃまとまりそうにない。C・S・ルイスの功罪は検証しておきたいし、英語なので、どうしても確認の必要な事柄が出て来たときにも便利(英語は苦手だけど、辞書引きゃなんとかなる。ブラヴァツキーより難しいってことはないだろう)。

しかし、ジョージ・マクドナルドの再評価に関係したのがC・S・ルイスというのは、マクドナルドの不運だったなあ。ルイスは、神秘主義者の最後の砦である児童文学の世界(いや、クラシック音楽があった。今こちらも調べ始めている。音楽家にはわたしが想像した以上に、神秘主義者が多いらしい。これについては、記事を改める。そのうち。)をめちゃくちゃにしてくれた。神秘主義の象徴言語を無意味なものにしてくれたのだ。キリスト教のイデオロギーのために。

ルイスについての評伝を読むと、マクドナルドの不運がわたしの勘ぐりでなかったことがよくわかる。

もちろん神秘主義者の私怨で論を展開するつもりはない。文学的な問題があると思うからこそ、考察の必要を覚えるのだ。わたしの評論は「医者が患部を指摘しているみたいだ」と、これまでに5人くらいからいわれた。そういわれると、ヘンな気がするが、ケチをつけているだけといわれるよりありがたい。

ただ、やっぱり30枚じゃ難しい。どうしようか。

創作プランはまだ揺れに揺れている。児童文学作品Aを書くことだけはっきりして、それをどこに応募するのか、評論を書くのかは未定。

明日は今日行きそびれた循環器へ。明後日は家族と映画へ(三銃士)。今週中にはプランをしっかりしたものにしよう。

あ、10枚の童話はたぶん書きません。気が向けば、明日書きます。
それから、『不思議な接着剤』で賞を狙うのはよしにしましたので、カテゴリー「Notes:不思議な接着剤」は公開を続けます。ご利用くださっている方々には、お騒がせしたお詫びを申し上げます。

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創作プランの変更(?)

昨日応募した作品の最後のほうをまだ読んでいなかった娘が、何か必死という雰囲気で(登場人物、動物がどうなるかハラハラしていたみたいだ)読んでいるのを見、わたしは満足感に浸った。

うん、愛読者がわたしを含め、2人はいる、と思った。

身近に愛読者がいるというのは心強い。アバタもエクボの心配がいくらかは減るから。

娘は、書店員としての経験が、商業的な戦略に騙されない見方に磨きをかけ(もちろん書店員としては柔軟に対応している)、なかなかシビアな批評眼を身につけるに至っている。その娘に気に入られると、素直に嬉しい。

わたしは初の、ミューズへの捧げものができたと思っている。意外なほど、うつくしい作品になった。賞に落ちても、この作品は大事にしていきたい。

で、今後のプランだが、『不思議な接着剤』を賞応募を前提に、とりあえず仕上げようかと考えた。何度もゆらいできて、数日検討してみようと思っている。

ラングドッグに取材に行ければ一番いいが、当面、行ける可能性はほとんどないので、このまま作品が風化してしまうことを畏れるのだ。

この作品をもとに続編を続々書いて拡げたい世界があるのに(要するにシリーズものにしたい)、これではいつまでも拡がらない。

取材に行けないため、作品に制限が加わるが、仮に取材に行って書けたとしても、現実的な見方をすれば、持ち込みで本にして貰える可能性は、ゼロに近いのではないだろうか。

となると、結局は賞に応募することになってしまうだろう。募集に合わせた枚数にして。それなら、いくらか不本意でも、今仕上げてみるのもいいのではないかと思えたのだ。

ところで、Webに公開した作品であっても応募できるというところは少ない。

電話で問い合わせて、他にも見つかりはしたが(そこのは短編)、きちんと明記してあるところは「つばさ賞」くらいではないだろうか。営利目的でない個人のWeb上の掲載は可とのこと。

締切は1月末なので、3ヶ月近くあり(10枚の童話と評論は今回はパスすることになる)、何とかなるのではないか。

規定枚数は220枚以内なのだが、冒険に入る前の段階で120枚になってしまっているのは、削るしかない。当初の計画からすると、コンパクトな作品にならざるをえないのが痛いところで、一番迷っていた理由だった。

「Web上の作品は応募後削除のこと」とあり、作品は既に引っ込めているが、ノートのほうも、資料の使いやすさのためにブログの書籍化サービスで本にしたあと、引っ込めることになる。ノートはわたしのブログでは閲覧者が多いので、申し訳ないが。尤も落ちたら再公開するだろうから、それまでの辛抱?(引っ込めるときは、改めてお知らせします)。

応募を決めるとなると、資料化のための、「Notes:不思議な接着剤」の整理からとりかかることになる。たっぶりひと月はかかりそう。この作業が進むというだけでも、応募の意味があるかなあ。

でも、でも、プラン変更についてはまだ迷いの中。結論が出るまでに数日かかりそうだ。

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