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2011年10月14日 (金)

九州、いや日本は、これからどうなるのだろう。夫の定年メモ。 

 九電のやらせメール問題が連日報じられている。本日付朝日新聞朝刊によると、12月の頭には、九州の原発の全6基が全て止まることになるという。

 そりゃ日本から原発がなくなるのに越したことはないが、原発は怪獣ではないから、退治して、それでめでたしというわけにはいかないようだ。止まってからも、長い長い管理が必要になることを考えると……。

 九電の経営能力が甚だしく低下すれば、一般企業や家庭生活がダメージを受けるだけではなく、原発の管理そのものへの不安も増すという皮肉な現象が起きることになる。これは九電だけの問題ではなく、このまま事態が推移すると、電気事業を国営にするしかなくなるのではないか? 

 玄海原発のある佐賀県は元々所得が低い。佐賀市の郊外に複数の大型商業施設ができたこともあるようだが、それにしたって県庁所在地のある中心街のさびれぶりには、数年前に訪れたとき、息を呑むものがあった。

 福島の原発事故の影響を受けて九州に生産拠点を移そうという企業もあったようだが、電力不足が懸念されるとなると、その動きも止まるだろう。

 群集心理が生んだラジカルな脱原発の大合唱が、多かれ少なかれ自然エネルギーへの期待にのっかったものであったことを思うと、10月2日に北海道稚内市にある風力発電の1機が4時間も燃え続けたなんてニュースは、その幻想性を象徴するかのようだ。

 新聞には「原発が3基停止していた今夏、九電は代替の火力発電の燃料費が例年と比べて1日約9億円増えた。全6基が止まると、さらに燃料費がかさんで九電の経費が苦しくなる」とあった。

 原発に頼れない場合、いくら自然エネルギー幻想を膨らませたところで、火力発電に頼るしかないぎりぎりの状態にある現実をニュース記事から突きつけられる思いがする。

 火力発電に頼りきる不安については、過去記事で述べた。

2011年6月15日 (水)
村上春樹:カタルーニャ国際賞授賞式スピーチにおける論理のすり替え
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/06/post-5244.html

 ところで、厚労省が2日に発表したところでは、6月時点で生活保護受給者が204万人1592人。終戦後の過去最多に近づいたそうだが、これからすると日本経済の落ち込みが相当に深刻であることは間違いない。

 厚生年金の支給を68~70歳程度に引き上げる案まで浮上していることを考えると、ぞっとしてくる。

 13日付朝日新聞朝刊では、『年金受給の空白期 仕事は』というタイトルで、継続雇用制度の問題が採り上げられていた。継続雇用制度の導入企業のうち、希望者全員を対象としているのは43%で、5年前の39%からあまり増えていないという。「現行の高年齢者雇用安定法(高齢法)では、労使協定を結ぶことで再雇用の対象者を限定することが可能なため」だそうだ。

 高齢法とは、65歳未満の定年を定める企業に対し、①定年の廃止②定年の引き上げ③継続雇用制度の導入――のいずれかの策をとるよう義務づけた制度。06年施行。

 43%という数字は大企業が中心だろう。中小に勤める人間は、定年後には厳しい現実が待っていることが多いと思う。わが家はまさにその一例で、夫は現在雇用保険の支給を受け、ポリテクで訓練を受けている(ほとぼりがさめて古巣に戻れることを期待しながら)。

 しかし、夫の会社でも昨年の夏くらいまでは継続雇用の認められるケースのほうが多かったので、わが家は安心していたのだった。今年に入ってからは何となく嫌な感じがし出したが、それでも何とかなると期待していた。期待せざるをえなかったのだ。

 夫の場合、基礎年金の支給は65歳からしか受けられないが、雇用保険の支給を受けなければ、特別老齢年金の支給を受けられる。しかし老齢年金は、支給開始年齢の引き上げ途中にある。その上、前掲のような老馬に鞭打つが如き案まで浮上しているのだから、継続雇用の選択権が企業にある今のままでは(企業が継続雇用するかもしれない、しないかもしれない制度のままでは)、大変な事態を招くことは目に見えている。

 夫の定年メモを書き出してから、カテゴリー「夫の定年」にアクセスしてくださる方も多い。定年後の不安を抱える人も多いのだろう。 

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