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2011年8月の35件の記事

2011年8月30日 (火)

だいたい書き上がりました

昨日は、その前日に迷いが生じた箇所を、迷いがなくなるまで書き続け、そのあと続きを書き、だいたい書き上がったところです。

続きを書く前に、前の部分を丹念に校正する習慣なので、それほどの書き直しは必要ないと思っていますが、もう少し描写したい箇所があります。

水曜日、久しぶりに家族で映画に行く予定です。少し休んだら、児童文学作品の新しい中編を書いてみたいと思っています。『不思議な接着剤』は、簡単には仕上がらないので、並行してやっていくことになるでしょう。

短編小説を完成させるには、もう3時間くらい時間が必要。一部描写を付け足す以外は校正作業ですから、幾分気楽です。頭、痛ッ! 寝不足からです。寝てからやります。

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2011年8月29日 (月)

モロゾフの復刻カスタードプリン

モロゾフの復刻カスタードプリン

深夜のおやつ。

どうも作品が進まない昨日でした。迷う箇所が連続して出て来て、決定打が出せないまま、すっかり沈滞してしまいました。

無理に処理して先へ進みます。遅れを取り戻そうとすれば、今夜は寝ていられませんが、眠くなると、頭が働かなくなるので……どうなることやら。

バルザックの仕事ぶりを思い、頑張ろうと思います。
左目が先に眠くなるのはなぜ? 先に落ちてくるのです、左の瞼が。左目の乾燥のせいなのか……眼科的なことが原因でしょうが。両目とも、いくぶんいつも充血気味。

さあて、始めなきゃあ。

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2011年8月27日 (土)

じにぞうだわ!

書いて寝て、書いて寝て、合間に家事もちゃんとやってますが、よれよれですぅ。小説は予定通りに進行中。このまま、うまくゴールインしたいものです。

夫の見学した職業訓練校のことや、一昨日だったか、溜めに溜めているBS時代劇「テンペスト」の録画のうち一番新しいものだけ観たら、ストーリーは予定調和的で(ライプニッツ哲学の壮大な予定調和論から言葉だけ借りてくるのはいけませんが。しかも否定的な使い方で)、相変わらず芸がないと思ったけれど、それを演じている仲間由紀恵は芸がないどころか、琉球舞踊のすばらしかったこと! 何でも師匠級だそうで。

昨夜、詩人と呼んでいる女友達から電話がありました。秋の初めは彼女は大抵不調です。話しているうちに落ち着いたといってくれましたが。

ああネム。半時間だけ寝て、夕飯作ります。久しぶりにハンバーグにします(毎日でもいいくらいハンバーグが好き。むしろ、あまりしませんが)。娘は今日は残業だそうです。では、では。

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2011年8月24日 (水)

夫の定年メモ。創作状況。

夫の定年メモ。創作状況。

 今日夫はハローワークの説明会に行きました。ハローワークの利用の仕方が70名程度を対象に説明されたとか。

 夫の話では70名のうち、7割が女性。女性のうち若い人と年輩者の割合は半々くらい。男性は7割が年輩者で、若い男性は少なく、その若い男性の中には服装の感心しない人が多かったらしいです。

 もっとも定年前の夫は自分が面接をする側で、ネクタイをしていない男性ははねていたとか(このあたりは会社によるでしょうが)。

 明日は職業訓練校の見学です。参加者は70名定員のところ現在71名の申し込みがあるとのこと。「定員オーバーになりますが、今からでも希望者があればどうぞ」と呼びかけていたそうなので、もう少し増えるかもしれません。

 わたしの作品はいよいよ山場。途中乱れに乱れましたが、何とか予定通りです。老いらくの恋ごころを掻き立てるような、若い女性を登場させるので、アナスイのブランドムック本を娘から借りて、着せる服を考えていたところです。これは、とっても楽しいわ……! この憎き(書いているうちに憎くなりました)老人の恋がどうなるかはわたし次第。ほほほ……

 限界ぎりぎりの体調でやってます。このまま走り続けて無事ゴールインしたいものです。

 ああぐっすり寝たい。外出したい。9月の半ばになったらウォーキングを再開して、児童文学作品を進めたいと思っています。

 写真は、娘が買ってきてくれたキャラメルマキアート。

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2011年8月23日 (火)

高校生の読書感想文におすすめの本~ 1日あれば大丈夫(短編部門・ベスト3)

最新版はこちら
高校生の読書感想文におすすめの本 2013年
 http://elder.tea-nifty.com/blog/2013/07/2013-3172.html 

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

(1)ヴァーグナー『ベートーヴェンまいり』(百年文庫13 響)

ヴァーグナー,ホフマン,ダウスン
ポプラ社
発売日:2010-10-13

(2)夏目漱石『琴のそら音』(百年文庫31 灯)

夏目漱石,ラフカディオ・ハーン,正岡子規
ポプラ社
発売日:2010-10-13

(3)ピランデルロ『よその家のあかり』(百年文庫26 窓)

遠藤周作,ピランデルロ,神西 清
ポプラ社
発売日:2010-10-13
ピランデルロ「よその家のあかり」は絶品。神西清「恢復期」も、乙女の日記にしては明晰すぎる気がするが、爽やかでいい。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

短編部門・ベスト3(ポプラ社「百年文庫」から)
(1)ヴァーグナー『ベートーヴェンまいり』(百年文庫13 響)
(2)夏目漱石『琴のそら音』(百年文庫31 灯)
(3)ピランデルロ『よその家のあかり』(百年文庫26 窓)

中編部門・ベスト1
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-286a.html
(1)トーマス・マン『トーニオ・クレーガー』(河出文庫)

長編部門・ベスト5
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-ad1a.html
(1)ロマン・ローラン『ジャン・クリストフ』(岩波文庫)
(2)トルストイ『戦争と平和』(新潮文庫)
(3)ドストエフスキー『罪と罰』(新潮文庫)
(4)マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』(新潮文庫)
(5)円地文子訳『源氏物語』(新潮文庫)

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創作三昧。夫の定年メモ。

 月末までというと、今日をいれて9日しかない。9日もあるともいえる。バルザックのような人にとっては。

 このところのパソコンにへばりついたわたしの日々は働き詰め、これを仕事と認めない向きには趣味三昧と映るだろう。

 インスピレーションから来た興奮があり、それを具体化する過程での幻滅や飽きが続き、ようやく書くことから落ち着いた悦びを得られるまでになった。

 作品はまだようやく序破急の序を過ぎたところなので、完成は来月にかかるかもしれないが、作品の全体像がミューズに見せられたときのまま、わたしの意識に映るようになったので、これまでのような茫漠とした苦しみはないと思う。

 このモチーフでは、人生のこの段階でなくては書けない気がするので、書いておかなくては。

 相変わらず、一定量の思考をしたり書いたりしたあとは脳が疲れて凄く眠くなる。

 寝たら、起きたときには砂漠に放り出されたように心許ない。寝る前のテンションを取り戻すのに時間がかかる。下手をすれば、もう一度眠くなったり、家事雑事に手をとられたりで、パソコンの前へなかなか帰還できなかったりもする。

 気分作りには、ポプラ社「百年文庫」の短編が一役買ってくれる。今書いている作品とモチーフが競合するような作品ではなく、気晴らしに充てられて、かつ品格で高揚させてくれるようなものがよい。

 いずれ感想を書きたいものにウェルズ「鍵」、キロガ「流されて」、ツルゲーネフ「ベージンの野」。

 ところで、過去記事「高校生の読書感想文におすすめの本(一押し)」にアクセスが集中しているようだ。

 本を読み慣れない高校生にとって、今からでは、上の短めの作品でもきついかもしれない。

 次の記事で、タイトル「高校生の読書感想文におすすめの作品〜1日あれば大丈夫」、ポプラ社「百年文庫」から選んだベスト3を公開しようと思う。

 夫の定年メモだが、昨日は前の会社の店長仲間から電話がかかってきて会いに出かけた。具体的な提案をしてくれている人とは別の人で、以前のような雑談といった趣のよう。数学の問題集は昨日で終え、何と自発的に復習に入っている。
 ハローワークの説明会に出かける予定。その翌日25日は職業訓練校へリフォーム(CAD他6科目)見学に行く予定。

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2011年8月22日 (月)

うまく仕上がるかしら

インスピレーションがすばらしく、しかも稲妻に照らされたみたいに全体像が見えたので、高を括り、プロットで手抜きをしたら、早くもおかしなところが出てきて慌ててしまった。

うまく仕上がるかどうか、心許ない。ミューズから極上のインスピレーションをいただきながら、受け皿ができていなくて、台無しにしかねない。申し訳ない。

プロットがちゃんとしていないということは、登場人物を制御できないということで、案の定、てんでに動き始めた。

主人公があまりにサバサバしていて、落ち込まなければならないはずのところをそうなってくれないどころか、気にもしてくれない。これは、土台自体がひび割れる事態だ。

昼間、投げ出そうかと3回は思った。夫がお昼に目玉焼(壊れていたが美味しかった)とバターを落としたトーストを食べさせてくれたので、書き続け、残業から帰宅した娘が、まだ登場すらさせていない若い女性の名を〈ちゃん〉づけで呼び、どうなったか訊いてきたので、深夜の今も書こうとしている。

読み返したら、そうひどくはなかった。まあまあという気もする。ゴールインできるかどうか。体力的にいけるかしら。

焦る必要はないのだが、今月中に仕上げて、児童文学作品に戻りたいのだ。今書いている短編小説はその副産物で、児童文学作品に出てくる子供たちが目の前をちらちらするから。

わたしはあの子たちが大好きだけれど、今書いている小説の登場人物は、どいつもこいつも嫌いだ。

悪い人たちというのではないが、馴染めないタイプばかり。早く彼らとさよならしたいから、仕上げてしまいたい。

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2011年8月20日 (土)

もうこんな時間

ちょうど正午だった。

夫がコソコソとした感じで自分の部屋を出てキッチンを横切り、開けたドアのところにうなだれたように立ったかと思うと、やおら振り返り、おっかなそうに「図書館に行ってくる」という。手に小さな荷物を持っている。

「別にいいけど、もうお昼よ」とわたしはいった。

夫がいうには、わたしが小説に没頭しているので、物音を立てたら悪い気がするから、一段落するまで外で過ごすということだった。

そういわれると、朝娘を見送ってからの記憶がない。途中何度か朝の薬を飲まなくちゃと思いつつ、ずっと書いたり調べたりしていた。

プロットが大雑把すぎたツケがまわってきていて、一歩進んで二歩下がる現象が起きていた。特に、年齢や時代といった時間的なことに矛盾が生じていた。

わたしは起承転結でいくか序破急でいくかから決め、枚数を定めて物語を区分けする。

また、いつもなら登場人物の略歴を細かく設定するのに、短編だから頭の中のメモで大丈夫と思い、ざっとしたものしか作らなかった。

ところがそれでは駄目だとわかり、主要人物3人の略歴を設定した。こうした部分はいくら設定しておいても、物語の進行につれて違ってきてしまうものだが、あるのとないのとでは違う。

やはりプロットは大事だと改めて思った。

いくら材料がよくても、設計図に手抜きがあれば、まともな家が建たないように。

こうした作業に集中しているときは、何も気にならない。夫に振り回されるのは、作品に入っていないときだ。だから、夫がどれだけ物音を立てようと構わなかった。そういったが、夫は「でも、行ってくる。帰ってから、素麺を茹でてあげる」といって出かけていった。小さな荷物は数字の問題集という。

2時間ほどして、夫は帰宅した。図書館は、宿題をする小中学生に占拠されていたそうだ。テーブルも背もたれもない椅子しか空いていなかったので、本を読んでいたとのこと。

約束通り素麺を湯掻いてくれた。夫は素麺を湯掻くのだけは、上手になった。わたしが茹でたまごを作り、遅いお昼を済ませた。わたし一人であれば、食べずに済ませただろう。

薬を朝はとうとう飲み損ない、胸に圧迫感が起きていた。頭痛も始まっていた。我慢できなくなったので、素麺を食べる前に薬を飲んだ。

しばらく寝よう。すぐに眠くなるのが困る。ここで無理に進めてようとしても、頭が働かなくなっているので、地べたに座り込んだみたいに作品は動かないだろう。

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2011年8月19日 (金)

夫の定年メモ。創作状況。

健康保険料の口座振替手続き。
循環器クリニックに新しい保険証番号を連絡。

今日、夫は昼間、用事で出かけていたので、今数学をしています。

わたしの小説は進みましたが、大幅な訂正、削除で、結果的にこの3日で10枚しか。構成にも改変あり。登場人物が増えましたし。

書くことが面白いので、書き出したらとめどがありません。頭がついていけないだけ。

次々に書くべきことがやって来るのに、脳がすぐに疲れ、一定量を書いたら凄く眠くなってしまいます。一旦寝たら、続きを書く体勢作りに時間がかかります。病人のハンディーですわね。でも、病人になってからの利点もないわけではなく、緻密さ、細心さは病人になって(それまでより)備わりました。

これまでのぶんを娘に見せたら、「出だしから壮大やねー!」とのお言葉。長編にもできる題材なのですが、とりあえず一幕物の象徴劇のような雰囲気の短編に仕上げたいと思っているのですね。

心配でしたが、娘が面白いといってくれたので嬉しいです。娘はつまらないと顔に出ましてね。面白いと、生き生きとなって顔を輝かせ、作品に身を乗り出すという感じになるのです。

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2011年8月18日 (木)

夫の定年メモ。創作のノルマがこなせていない。

夫とわたしの健康保険証が届いた。

健康保険任意継続保険料納付について…
・初回保険料の納付期限は今月末で、期限を過ぎると資格取消となる――とあったので(←脅しみたいで、怖いわ!)、即座にコンビニエンスストアで納付した。
・今後の保険料について
9月分以降の保険料はその月の10日(10日が土曜、日曜、祝日の場合は翌営業日)が納付期限。
納付書は毎月初めに届くように発送されるので、届かないときは納付期限の10日になる前に(4日頃までに)連絡のこと。
「納付期限を1日でも遅れると、資格を喪失する」(←ホント、怖いわ!)
口座振替にするつもりだが、「口座振替開始までお申し込みから2〜3ヵ月かかります。それまでの保険料は納付書で納付してください」だそうで。

循環器クリニックに新しい保険証番号を電話連絡し、日赤には窓口に新しい保険証を見せに行かなくてはならない。


退職一時金が振り込まれたので、ローンを一括返済して借金から解放されたのはいいが、 一時金は寂しくなった。


夫は今日も数字のノルマをこなした。数字のノルマをこなしたあとにカルピスを作って飲むのが嬉しいらしい。
わたしは昨日も今日もこなせていない。ここ数日、混雑のためかネットにつながりにくいのが、ネック。
構想・ストーリー・最初の下書きはノート、次に非公開設定のブログで作品化していき、それを20×20設定のワード文書にするという流れなので、ストーリーをかためながら細かい肉づけをするなど作品化の段階を慣れた非公開ブログでできないのはつらいわ。ブログのテンプレートがムードを引き立ててくれているので。
作品が完成するまで家から出たくないが、さすがにそろそろ自分で買い物に行かなくてはならない。今日は夫が刺身など、頼んだものを買ってきてくれた。

昨日から朝にかけて、また足がかなり腫れていたが、今は治っている。ここ数日、ひとりの時間はエアコンを切っていた。入れたり切ったりがかえってよくなかったのかもしれない。執筆の疲労もあるだろうか。健康保険証が届いたからといって、ここで体調を崩すわけにはいかないので注意しなくては。

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空振りの昨日。羊のような鶏の夢。

さあ書こうと思っていた昨日は、よくあるように、そうはならなかった。

夫がわたしのパソコンに入っているソフトが必要になったのだった。

わたしのパソコンと書いたが、正確には娘とわたしがそれぞれプライベート設定で使っているパソコンで、一応夫のプライベートルームも設けてある。

というのも、夫には新品に注目する癖があり、もう古くなったが、当初は新しかったノートパソコンに興味を示し、うるさいので、わたしがさっさと夫のプライベートルームも作ってやったのだった。

夫はしばらくこのパソコンで遊び、すぐに厭きたので、パソコンはほぼわたしたちのものになった。が、昨日のように、ごくたまに夫がわたしたちのパソコン(の自分のスペース)を使うことがあるわけなのだ。

ちなみに、夫のパソコンはディスクトップで、そのパソコンにはわたしにはわからない様々な付属品が賑やかに付いていて、たまに何かを訊かれてパソコンを操作してみるとき以外はわたしは触ったことがない。さして興味がないから。

そのうちわたしか娘がパソコンを買って、それぞれのパソコンを持ちたい気もするが、仮に自分のパソコンが持てたとしても、それにはやっぱり小さな夫のルームを設けることになるだろう。そう考えると、あまり自分のパソコンがほしいとも思わなくなるのだ。外付ハードディスクがあるから、容量の点ではあまり心配しなくて済むし。

ナンにしても、夫が職業訓練か再就職で家を留守にするようになるまでは、わたしは自分のペースでは創作できないだろう。諦めた。彼のペースに逆らわずに書く時間を見つけるほうがむしろ能率的だと経験上、わたしは知っている。

夫の子供のような好奇心には迷惑を被ってきた反面、飽くことを知らない夫のこの好奇心のお蔭で、わたしは創作上のメリットも得てきた。

やや正確さに欠ける情報誌と暮らしているようなもので、世の流行に触れられるからだ。訊けば、大抵のことは知っているし、できるので(ムラはあるが)、生活に多彩さをもたらしてくれる点では大いに重宝している。

知りたいことがあれば、ちょっとだけ夫の好奇心を刺激してやるだけで、わたしは動かずしてそれにかんする情報が得られるため、たまにその手を使うことがあり、夫は後でわたしに一杯食わされた、使われたと感じることがままあるに違いない。

職業訓練校の受講もどちらかというと、夫の好奇心から出たものだ。また、会社をやめてもあちこちから電話がかかってくるのは、専門的なことばかりではなく、何でも屋の夫がいなくなった不便さからということもあるだろう。

つぶしの利く夫の職探しについてはさほど心配していないのだが、昨日みた夢にはわたしの不安が表れていた。

古びたシューズ、しかも濡れたシューズが出てきたのだ。夢解釈の専門家、梶原まさゆめ氏によると、このような靴はリストラや退職、破綻など、社会的な状況に対する不安を反映するという。収入に対する不安や社会的立場が不安定な状況を表すこともあるようだ。

わたしのシューズだったような気もするので、夫の定年退職でわたし自身の「書くことを長年続けてきて、専門家の域に達しているという自覚があるにも拘わらず、一銭も稼ぎ出せない自分」に対する客観性が強まったことが考えられる。

で、わたしはシューズを鶏のおトイレにしようとしていた。

その鶏は古びた家屋に住むわたしのペットで、姿は鶏なのだが、大きくて、純白で、ふわふわ、モコモコのまるで羊のようだ。

庭に沢山の鶏を買っているようだが、その鶏はひとりでに家の板の間で産まれた。そして、家の中にいたがる。

わたしは「ちゃんとおトイレができたらね」と鶏にいう。すると鶏は「うん、それくらい何でもない」といった。わたしは鶏を抱えておトイレになるものを探し、古いシューズを見つけたりしたわけだった。

シューズをトイレに使うなんて非常識という表情を鶏がしたので、それはやめにした。そのあと、息子が出てきて、わたしは息子に「あ、この鶏は他の鶏とは違うから家の中で飼うことにしたの」と説明している。

あの鶏が夢的には何を意味するのかはよくわからないが、卵を産むとしたら、さぞかしおっきな美しい卵を産むことだろう。

鶏が羊に似ていたのは、娘がビアガーデンでジンギスカンを食べたというところから来たのかもしれないし、寝る前に読んだポプラ社「百年文庫70 野」の中のツルゲーネフ『ベージンの野』を読んだからかもしれない。

ロシアの大自然を素晴らしい筆致で描き出した、清涼感に満ちた作品だった。夜、馬番をしながら焚き火のまわりで百姓の子供たちが怪談話に興じる。その話の中におしゃべりする小羊が出てきたのだった。

だからといって、それがあえて夢に、しかも鶏として出てきてのには、やはり何らかの意味があるに違いない。

今日も、書けるだけ書くだけですわ。夫と、休日の娘のペースに逆らわず……

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2011年8月17日 (水)

一日でようやく8枚。夫の定年メモ。午後3時に。

 昨日から今日にかけ、パソコンの前の椅子に牡蠣のようにへばりついて小説の執筆を続けていたが、なかなか乗れず、ようやく乗ってきて、次々に書くべきことが溢れてきたこの時間になったら眠くなり、頭が働かなくなってきた。

 結局、一日で原稿用紙8枚くらいしか書けなかった。今日もノルマの5枚は最低書きたい。

 この5という数字、既視感があると思ったら、夫の数学のノルマが5頁だった。夫は、ずっと続けている。

 昨日夫はハローワークに、職業訓練校の受講手続きに出かけた。選考は、学科が100点満点のうち数学が9割だそうだ。面接も100点満点。

 夫は、白紙の状態で数学が9割という説明を聞いていたら、「だめだ、こりゃ」と思い、手続きをやめただろうという。大人向きの中学数学の問題集を買ってやったことで、感謝された。わかりやすいらしく、初回以外は夫が独りで問題をこなしている。

 25日に職業訓練校で説明会があるという。受講できたところで、例の件がうまくいけば途中で受講をやめなければならないし、それ以外にもまあまあの働き口が見つかれば行けなくなるだろうが、とりあえず夫は説明会に行く予定。

 昨日は前の会社の後輩から電話があり、来春出店予定となっているスウェーデン発祥の家具のお店とⅠ…という商業施設にかんする情報。福岡県の話なので、もしそこへということになると、引越ししなければならなくなるが、例の件がだめになった場合はそうしたことも考えなくてはならない。

 わたしは小説でごく小額でも稼げないかと思うが、書いているときは書く面白さに酔うばかり。今書いている小説、ワタクシ的には本当に面白くって。とにかく今日も書こう。でも、今はネム……

午後3時に

 お昼くらいには目が覚めてしまった。寝る前に、脳に押し寄せていた書くべき事柄は、綺麗さっぱり消えてしまいにけり。脳の疲れの回復度はまあまあかな。昨日から朝にかけて書いたぶんをチェックしたところ、思ったより、よく書けていた。読み直すとさっぱり、ということもあるけれど。
 起きたあとでお昼ご飯と家事を済ませた。ちょっと音楽でも聴いて、気分を調えたい。今夜は娘が同僚とビアガーデンに行くそうなので(ジンギスカンだって! わたしジンギスカン食の経験なし)、夫とふたり弁当で済ませることにした。夕飯作りしなくていいとなると、ずいぶん時間がとれる。こんな場合は時間があると思って、かえって無駄に過ごしたりもしがちだから、気を引き締めなくては。ただ、書くばっかりではかえって能率が悪い。休憩と睡眠をうまく挟んでいかなくては。

 以下は本日の夫の定年メモ。

①特別老齢年金申請関係書類および老齢年金停止申請書を年金事務所宛に送る。
②証券会社に口座を開設し、会社本部の持株会宛に持株会脱会申請書を送る。

 ①で停止手続きもしたのは、年金と雇用保険の基本手当の同時受給はできないため。年金の手続きにはわたしの非課税証明書が必要だった。小説のために家を出たくなかったので、下記のサイト様からテンプレートをダウンロードさせていただいて委任状を作成し、夫に手続きして貰った。委任状と代理人本人(夫)の確認ができるもの(運転免許証、健康保険証など)が要ったとのこと。

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2011年8月16日 (火)

高校生の読書感想文におすすめの本~一押し(中編部門・ベスト1)

最新版はこちら
高校生の読書感想文におすすめの本 2013年
 http://elder.tea-nifty.com/blog/2013/07/2013-3172.html 

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 お盆のころから「高校生の読書感想文 おすすめ」といった検索ワードで、嵐の如く当ブログの記事『高校生の読書感想文におすすめの本』にお見えになります。

 この記事でおすすめしたのは長編小説ですので(長いものが不向きな方々のためにポプラ社から出ている「百年文庫」をおすすめしてはいますが)、この時期での切羽詰った読書では、長いものをじっくり読もうという気分にはなれないでしょうね。

 そこで、手頃な長さ、かつ読みごたえのあるみずみずしい青春文学の一冊を上にご紹介した次第です。

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短編部門・ベスト3(ポプラ社「百年文庫」から)
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-8442.html
(1)ヴァーグナー『ベートーヴェンまいり』(百年文庫13 響)
(2)夏目漱石『琴のそら音』(百年文庫31 灯)
(3)ピランデルロ『よその家のあかり』(百年文庫26 窓)

中編部門・ベスト1
(1)トーマス・マン『トーニオ・クレーガー』(河出文庫)

長編部門・ベスト5
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-ad1a.html
(1)ロマン・ローラン『ジャン・クリストフ』(岩波文庫)
(2)トルストイ『戦争と平和』(新潮文庫)
(3)ドストエフスキー『罪と罰』(新潮文庫)
(4)マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』(新潮文庫)
(5)円地文子訳『源氏物語』(新潮文庫)

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小説を書く合間に - モーリアックのダンディーな香り

 今書いている神秘主義小説を久しぶりに某賞に応募しようかと考えたりもしていたけれど、審査員たちがどんな反応を見せるかが出す以前からありありとわかるので……すっかり嫌になる。

 もっと先の別の賞を探す。知らない賞……聴いたこともなかった賞が見つかった。怪しい自費出版系の賞ではなさそう。今のわが家の経済状態を考えれば、ただ書くというのは贅沢すぎることなので、賞を念頭に置くことが義務と感じられる。

 正直いって、定年退職後の夫が家にいると、集中しにくい。彼はじっとしているかと思うと、うろうろして、家を出入りしたりし、ちょっとしたことにも助手としてわたしを必要とする。「あちい」といったり……。

 わたしの心臓の健康維持のために医師がエアコンの節電にドクターストップをかけたので、エアコンは入っているのだが、確かに暑い。マンションの最上階は照り返しのため、下の階より2度は室温が高くなるとテレビでいっていた。

 しかし、会社を辞めてもあちこちから電話がかかり、彼が仕事の具体的な助言などでただ働きしているのを見ると、空疎に過ぎた自分の人生を思い、余分なわたしがここに陣とって、彼の人生を占拠しているワルのようにも感じられてくる。

 小説、これはわたしにとってはもう全くの趣味だというほかはない。仕事にできる可能性のあるのは児童文学のほうだと思う(アレクサンドリア木星王さんのアドバイスでも同じだった)。評論も、そのうち仕事にできるのではないかと考えている。腕を磨くために大きい作品を書きたいが、まずは児童文学作品だと思う。

 が、差し迫って仕上げたいのは、今とり組んでいる短編小説。こんなテーマに本気でとり組んだ作品は知らないから、下手でもどうでも、わたしが書いておきたいのだ。ずいぶん前から考えてきた作品だったが、見え始めたのはごく最近だった。

 上澄み(?)の世界で見た全体像を何とか捉えようと書き殴ったが、それを清書する段階で異常に興奮。書き殴ったものを何とか清書して、今度は細部を思い出すようにして考え、補い――。こんな作業をしていると、気の小さなわたしが浮世の必要事、心配事に対してひどく冷淡になり、何も気にならなくなるのが不思議だ。台風の目に入ったような感じかもしれない。

 小説を書くときに傍に置いているのは、いつ頃からかモーリアックの『愛の砂漠』。小説の技法の高度さ、視点の柔軟さ、内容の小市民的良識から傾斜した底知れない深み……一編の短めの小説を書きたいときには、本当に参考になる。

 男女の心の機微、家族模様、背景の移り変わるさまが丹念に描かれている。幻滅も、これだけの美意識を以って克明に描かれると、幻滅そのものが神秘的なエッセンスのようにすら思えてくる。何て大人っぽい小説であることか。

 男である作者になぜ女の心理が手にとるようにわかるのかと呆れさせられる。スタンダールやフローベールの描く女が、女の皮をかぶった男にしか思えないのは、むしろ男の書き手としては自然なことだろう。

 しかし、このモーリアックやバルザックときたら、男でありながら完全に女でもあるという不可思議さを示す。しかも、『愛の砂漠』ときたら、内部に女を包み込ながら全体としてはこの上もなくダンディーで、上質の強い男の香りがする。この香りなしでは、小説を書く気がしない。フレグランスのような役割をさせているということだろうか。

 夫が「……と、ハローワークに行ってくるね」といって出かけた。……の部分は聴き逃してしまった。2時間くらいかな。さあて、書かなくては。 

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2011年8月14日 (日)

土井善晴先生レシピ「かじきまぐろのソテー 大豆トマトソース」他、服部幸應先生レシピ「青梗菜と豆腐の和風炒め」

 最近作ったレシピの中から、美味しいと思ったものをご紹介します。

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 『かじきまぐろのソテー 大豆トマトソース』。大豆トマトソースをのせると、見栄えのよい、栄養たっぷりの一品になりますね。「週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.40」(デアゴスティーニ・ジャパン)からレシピをご紹介します。

[材料・2人分]

  • ソース
    〔大豆缶…1缶(140g)
      トマト(1㎝程度の角切り)……1個
      パセリ(みじん切り)……適量
      にんにく(みじん切り)……1片
     オリーブ油……大さじ2
      塩……小さじ2/3〕
  • かじきまぐろ1切れ(100g)
  • 小麦粉、塩、こしょう……各少量
  • オリーブ油……大さじ1

[作り方]

  1. ソースを作る。フライパンにオリーブ油を熱し、トマト、にんにくと分量の塩のうち少量を入れ炒め合わせる。
  2. 大豆、残りの塩を加えてよく炒め、パセリも入れる。
  3. かじきまぐろは半分に切り、塩、こしょうをして薄く小麦粉をつけ、オリーブ油で両面を焼く。器に盛り、②のソースをのせる。

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 『青梗菜の混ぜご飯』。青梗菜があれば、手軽にできる混ぜご飯です。あっさりとした美味しさ。「週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.69」(デアゴスティーニ・ジャパン)からレシピをご紹介します。

[材料・2人分]

  • 青梗菜……1株(160g)
  • 温かいご飯……茶碗2杯分
  • 塩……小さじ1/2
  • いり白ごま……適量

[作り方]

  1. 青梗菜は3㎝長さに切り、軸の太いところは食べやすい大きさに切る。
  2. 熱湯でさっとゆでてざるに上げ、水けを絞る。
  3. ボウルに②の青梗菜、塩を入れて混ぜ合わせる。ご飯を加えて混ぜ、器に盛って白ごまをふる。

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 『和風シチュー』。肉じゃが風味のあっさりシチューという感じでした。短時間でできるところがいいですね。「週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.52」(デアゴスティーニ・ジャパン)からレシピをご紹介します。

[材料・4人分]

  • 牛切り落とし肉……200g
  • じゃがいも……2個(300g)
  • 玉ねぎ……小2個(300g)
  • セロリ……2本(160g)
  • にんじん……1本(140g)
  • にんにく……1片
  • サラダ油……大さじ1
  • トマト缶(ホール)……1缶(400g)
  • 赤ワイン……1/2カップ
  • ローリエ……1枚
  • 水……3カップ
  • 砂糖……大さじ3

[作り方]

  1. 牛切り落とし肉はざくざくと包丁を入れ、食べやすい大きさに切る。
  2. じゃがいもは皮をむき、3~4等分の輪切りにする。玉ねぎはくし形に4等分する。セロリは葉を除き、2㎝幅の斜め切りにする。にんじんは皮をむき、2㎝幅の輪切りにする。にんにくはみじん切りにする。
  3. 鍋にサラダ油を入れて中火で熱し、牛肉を少量炒める。焼き色がついたらじゃがいも、にんにくを加えて炒め合わせる。全体に油が回ったら残りの野菜を加える。
  4. ③に残りの牛肉、トマト、赤ワイン、分量の水、ローリエを加え、さらに砂糖、しょうゆ、塩小さじ1/2を加えて強火で煮立て、アクを除く。
  5. 野菜がやわらかくなるまで、弱火で20分ほど煮込む。仕上げに塩で味をととのえ、あらかじめ温めておいた器にシチューを盛る。

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 使いきりたい青梗菜と豆腐があったときに探し当てたレシピ、『青梗菜と豆腐の和風炒め』。これだけでメインになれそうな貫禄、美味しさでした。ご飯にのせて、丼物にしてもいいかも。「週刊 服部幸應のしあわせクッキング55号」(デアゴスティーニ・ジャパン)からレシピをご紹介します。

[材料・4人分]

  • 青梗菜(チンゲンサイ)……4株
  • 木綿豆腐……1丁
  • サラダ油、酒、砂糖、しょうゆ

[作り方]

  1. 青梗菜は茎のほうから1枚ずつはがして、3~4㎝長さに切る。中心の芯は縦半分に切る。
  2. 豆腐は大きめにざく切りにする。フライパンにサラダ油大さじ2を熱して焼き色がつくまで炒め、一度とり出す。
  3. ②にサラダ油大さじ2を足して①を炒める。油がまわったら豆腐を戻し、酒大さじ1、砂糖大さじ2を加えて味をととのえ、器に盛る。

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排出に成功か? 

結石の痛みのために寝苦しいながらも3時以降は眠れたので、それなりの尿量はあるはずの朝一番の排尿時が《勝負》と思い、小便小僧になったつもりで挑んだ。

勢いよく放出できたので、ブツの確認はできなかったが、排出に成功したのではないかと思う。

残尿感はあるが(大抵、残尿感はしばらく残る。尿道の壁が傷つくせいではないだろうか?)、痛みと異物感はなくなった。

何より、ひどいガニ股でしか歩けなかったのが普通に歩ける……ただ、残尿感が強いので、すっきりせず、今度は膀胱炎になったんじゃないかという懸念がある。様子見。

浮き輪みたいに折り畳める恐竜の夢を見た。わたしは、その折り畳み式恐竜の入った透明なバッグをアイスボックスからとり出していた。他にアイスクリームが沢山入っていた。

バッグからとり出すと、恐竜は自然に膨らんで、中型犬くらいの大きさになる。恐竜の容貌はわたしの美意識(?)からすると、漫画っぽすぎた。体の色はスイカのようなグリーンで、黒い水玉模様があった。

他にも、色々な夢を見ていたが、殆ど忘れてしまった。

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2011年8月13日 (土)

頻尿がたまらない

結石(としかわたしには思えない)はまだ留まっている。

頻尿がたまらない。尿道に刺激的な痛み、異物感があり、下腹が軽く突き上げられる感じ。

姿勢によって、刺激の強弱が変化する。

小説を書きたいのに、切れ目のない痛みのために集中できない。

排出されるのを待つしかないのだろうか。持続する痛みというのは軽い拷問みたいだけれど、救急病院に出かけて疲れた思いをした挙げ句、ロキソニンを処方されて帰宅せねばならないのなら(たぶん、そうなるわね)、骨折り損のくたびれもうけ。

勿論、尿が出なくなるほど結石が障害物となったら、出かけるつもり。

痛みのため、熟睡できず、墜ちてくる子供の鴉を両手で受け止める夢を見た。

短編小説のために、児童文学作品『不思議な接着剤』の滞るのが気になっている……Notesを資料として使いやすくするために、ブログの書籍化サービスを使って本にする計画も、あと半分くらい校正が残っている。

昨日、図書館から夫に、マンスフィールドの日記(これとヴァージニア・ウルフの日記を以前別々の人に貸して帰って来ない。マンスフィールドの日記は直訳風だ)、リルケの伝記と日記、ピーター・ブリューゲル物語を借りてきて貰った。

雷が凄い。上空で巨大な銅鑼を叩いているみたいな響き。

明日は娘が日田市の友人たちに会いに行く。天気がよけりゃいいけれど……何せ、県内横断しなければならないから。

横になって携帯を打っていると、気が紛れる。座ると、尿道の結石に当たるのか、痛いし、絶えず尿意を催す。

お昼は夫が冷麦を湯掻いてくれた。夜ご飯は作らなくちゃ。痛くっても!

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高校生の読書感想文におすすめの本(長編部門・ベスト5)

最新版はこちら
高校生の読書感想文におすすめの本 2013年
 
http://elder.tea-nifty.com/blog/2013/07/2013-3172.html

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 重厚な大河小説を読んで、高校生の夏休みを思い出深いものにしましょう。一生、傍に置いておける本ばかりです。 

 長いものはとても読めそうにないというかたには、ポプラ社の「百年文庫」をおすすめします。よりすぐりの短編ばかり三編ずつ収録されていますので、どの一冊を選んでもよいと思いますよ。

 小中学生には、岩波少年文庫の名作の数々を。

全4冊。

全4冊。

ドストエフスキー
新潮社
発売日:1987-06

全2冊。

マーガレット・ミッチェル
新潮社
発売日:1977-06

全4冊。

全6冊。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

短編部門・ベスト3(ポプラ社「百年文庫」から)
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-8442.html
(1)ヴァーグナー『ベートーヴェンまいり』(百年文庫13 響)
(2)夏目漱石『琴のそら音』(百年文庫31 灯)
(3)ピランデルロ『よその家のあかり』(百年文庫26 窓)

中編部門・ベスト1
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-286a.html
(1)トーマス・マン『トーニオ・クレーガー』(河出文庫)

長編部門・ベスト5
(1)ロマン・ローラン『ジャン・クリストフ』(岩波文庫)
(2)トルストイ『戦争と平和』(新潮文庫)
(3)ドストエフスキー『罪と罰』(新潮文庫)
(4)マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』(新潮文庫)
(5)円地文子訳『源氏物語』(新潮文庫) 

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夫の定年メモ。7~12日。

夫が7月末で定年退職しました。以下は、あくまで、個人的なメモです。

  • 7日
    離職票が届く。
  • 8日
    市役所の国民年金課で、わたし(配偶者)の種別変更〔2週間内〕。
  • 10日
    ①健康保険の任意継続被保険者の手続き〔20日以内〕。
      健康保険証の返却は退職日に行うようにとにありました。夫の退職前に、この本、買っときゃよかったと思いました。
     わたしは新しい保険証が届く前に受診する必要が生じ、日赤では一部を一時払いというかたちで入れて預かり証を貰い、次回の受診時にその預り証と新しい保険証を窓口に持参して払い戻しを受けるようにいわれました。クリニックでは、前の番号で処理しておくから、新しい保険証が届いたら月末までに電話で番号を連絡するようにいわれました。何にしても、保険証が手元にないと、病院で診察を受けるときに心細いものです。
    ②ハローワークで手続き。
      求職の申し込みの手続き。基本手当の受給手続き。
  • 11日
    ①確定給付企業年金給付金支払い指示書の返送(退職金関係)。
    ②退職所得の受給に関する申告書を送る。
  • 12日
    求職で1社に電話⇒年齢制限で撃沈(契約社員は60歳で定年とのこと)。
    夫の勤めていた会社では契約社員に60歳定年の規定はありません。会社によって異なるようです。

 夫はハローワークで貰った職業訓練のチラシの内容について詳細を知りたいと思い、それらの訓練がどの程度就職に結びつくものかを尋ねたそうですが、「今どきの就職には、ワードとエクセルくらいのパソコン技術は要りますからねえ」という的外れな言葉が返ってきただけだったとのこと(CGが趣味の夫はワードとエクセルくらいはできます。夫が知りたかったのはチラシにあったCADとリフォームの受講に関してでした)。総じて意識の低さを感じさせるハローワークにおける対応だったようです。就職できなければ食っていけない人間の真剣さがわかっているのでしょうか?

 定年退職後の求職活動には年齢制限という壁が待ち受けています。捨てられても、また拾って貰えるならば、とわたしたち夫婦は思っていて、その件がどうなるかがわかるまではそれに触るような求職活動はできないと考えており、現在の夫の求職活動にはそうした動きにくさも付き纏っています。

 例の数学のノルマはこなしています。

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2011年8月12日 (金)

痛いわー!石じゃないなら、何?

夕飯作りをする前にと思い、「夫の定年メモ」と「高校生の読書感想文におすすめの本」を書きかけていたら(カテゴリー:夫の定年にお見えになる方々があり、また近頃、読書感想文でお見えになる方々が急増ししたため。案外、高校生の読書感想文によい本というのがわからない人が多いらしく、アクセス解析からすると、芥川賞をとったとはいえ日本語のおかしな「きことわ」などを宿題にする指導者もいらっしゃるようで)、結石としか思えない痛みが尿道に走り、悶々と……

火曜日に受診したとき、腎臓には小さな結石が2個あるだけだから、仮に腎臓を出たところで、自然に流れて痛くも何ともないはずといわれたけれど、痛いものは痛いのよ。

ご飯作れないから弁当を夫に買ってきて貰い、ちゃんとした記事を書く気分でなく、今はただ耐えております。

下から下腹にかけて、突き上げられるみたいに痛く、尿は勢いがなく(出てはいます)、こんなこと書くのは何ですが、ペーパーが肌色みたいな、淡い赤色に染まります。

(13日、0:35現在)
まだ結石は尿道に留まっているようで、頻尿、痛みがあり、眠れません。ロキソニンがありますが、わたしはロキソニンを飲むと、めまいと吐き気が起きることがあるので、躊躇しています。

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2011年8月10日 (水)

お腹の張りと胸部圧迫感にニトロ

お腹の張りと胸部圧迫感にニトロ

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循環器クリニック受診 - ニトロの思わぬ効果を教わる。エアコンの節電にドクターストップ(?)。

 受付で、保険証が継続手続き中で手元にないというと、これまでの番号で処理しておくが、新しい保険証が届いたら――なるべく今月中に――番号を電話してほしいとのこと。

 夫が確認したところ、会社での処理がまだだということだった。その処理が終わり、一週間後ということだから、間に合うとは思うが……検査室で看護師さんから、「Nさんー! 昨年の7月以降、心電図も胸部レントゲンも撮っていませんよ。どこか他で検査を受けていらっしゃるんですか? 大学病院とかで」といわれた。

 そうだった、ここは先生が特に必要を覚えて指示されるとき以外は、定期的に自分から検査を願い出るシステムなのだった。わたしは「大学病院のほうの通院は終わりましたし、そこでは心臓は診て貰いませんでした。そうでした、検査をお願いしなければいけなかったのに、忘れていました。でも、今保険証が手元にないので、次回でもいいですか?」と次回廻しにして貰った。

 先月の終わり頃だったか、脚がひどく腫れたことがあったので、撮って貰うべきだったかもしれない。前回、血液検査を促されたときも同じ看護師さんで、お蔭で薬剤性肝炎が見つかったのだった。いつもありがとうございます、と感謝を籠めていった。

 余談だが、受付の看護師さんから「娘さん、あれから風邪の調子は如何ですか?」と訊かれ、親子だと気づいていらしたのねと思った。また、閉院になった呼吸器クリニックの看護師さんが新しく入っていらして、嬉しかった。可愛い、優しい看護師さんなのだ。先方でも、わたしを覚えていてくださった。

 前回、7月2日に願い出て採血していただいた血液検査の結果が出ていた。ウォーキングが順調な頃で、そろそろその成果が出たかもしれないと思い、お願いしたのだった。その後、やりすぎて調子を崩してしまったが、果たして……

 先生はよい答案を貰った子供のように、嬉しそうになさっていた。「凄く、いいよ。肝臓はいいし、善玉コレステロールが増えている!」

 うっかりウォーキングのことを話しそうになった。ウォーキング効果としか思えない。わたしの場合、ベースに頻脈があるので、どうしてもすぐに心臓がオーバーワークになりがちなところが難しいが、その辺りのことを充分に気をつけて行えば、これは健康の改善に大変役立ちそう。秋になって涼しくなったら、気をつけながら再開しようかしら。

 泌尿器科でも7月19日に血液検査を受け、昨日結果を見た。循環器科の検査とは重ならない項目もあるけれど、どちらもなかなか満足のいく結果。まあHがなかったわけではないし、じっと見ていくと、ぎりぎりの数値もちらほらあるとはいえ……

 それはそれとして、先生に尿の減少、脚の腫れ(腹部の張りと胸部圧迫感)がなぜかニトロペンで解消したことはご報告しておくべきだと思った。

 わたしは上のことをご報告し、ニトロを使ったあとで、尿がよく出て腫れが引いたとお話しした。「先生、ニトロに利尿作用なんて、ないでしょう?」

 すると先生は、すっかりこちらに向き直り、目を見開くようにしておっしゃった。「いや、ありうるよ、それは。ニトロは血管を拡張させるから、腎血管が開いて、尿が出ることがありうる。ニトロに利尿作用があるというわけではないけれど、結果的にそのような働きをすることがあるんだよ」

 そうだったのねー、と納得。いつもより長い聴診。ズボンの裾をめくって、脛を押される。先生にはインパクトの大きな靴下だったようで、ぎょっとしたようにして靴下の上から押されたのだが、透明な生地に赤と緑の小さなボンボンをいくつも散らしたあの上から、わかったのかしら。尤も、今日はほとんど腫れていなかったと思う。

 対策として、エアコンの節電にドクターストップがかかる。エアコンの節電に痩せ我慢しすぎたことに加えて、ウォーキングのせいもあったかもしれません、とはやはりいえなかった。

「とにかく、無理はしないことだよ」と先生。

 はい、といいながらも、今月は創作で徹夜をすることになるかもしれないからニトロの追加がほしいというと、「まだ書いているの? 凄い趣味だね」と先生。「趣味でなくしたいから必死で書きたいんです」とわたしはいった。全く当てのない話ですけれどね、と心の中でつぶやいた。

「がんばるねー! 偉いなあ。僕なんて、ただ走ってるだけだものなあ」と先生。いえいえ、沢山の患者さんがいらっしゃるのに、ただ走っているだけなんて……同じ目線でお相手していただけて恐縮に思った。 

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9日、泌尿器科受診

昨日、造影CT検査をする予定だったが、前回採血した血液検査の結果、ホールPTHが基準値内だったため、喘息があるからよそうということになり、ただのCT検査に変更となった。

ホールはずっとHが続いていたので、珍しいが、ただのCT検査で幸いだった。

というのも、現在継続申請中で保険証が手元になく、会計で目の玉が飛び出そうになったからだった。何てお利口な血液だろう!

たまたまなのか、このまま行けるのか、わからないが、このまま行けるようなら副甲状腺の経過観察も必要ではなくなるかもしれない。

CT検査でみても、副甲状腺に腫れはなさそうだという。結石のほうも現在は腎臓に小さなものが2個あるだけだった。

前回受診してから昨日検査する間に石が出た可能性はあるが、そこまではわからないらしい。

尿検査も、Hは比重くらいで、+がタンパク、白血球、シュウ酸Ca結晶。問題ないみたいだ。

会計で、保険証がないと(番号自体が変わるので、コピーがあってもだめだそう)、2万いくらかになるという。これが造影だと、5〜6万といわれて驚愕。

一部を一時払いというかたちで入れ、預かり証を貰い、保険証が届いたら、その保険証と預かり証を窓口に持参して払い戻しを受けることもできるという。

そうして貰った。健康保険のありがたみが身に沁みた。夫の定年退職ショックともいうべき現象に立て続けに襲われている。

記事の内容のカテゴリーが「受診」から、いつの間にか、「夫の定年」に変わってしまった。

定年後の夫は、これから働くとしても、契約かアルバイトしか見つからないだろう。

在職老齢年金の給付があるから、現役のときのような給料は必要ないともいえるが、社会保険完備の契約、アルバイトでないとわが家としては困るわけだ。

雇用保険からの給付金を受けながら、本命を待つのもいいかもしれないとわたしたち夫婦は考えていたが、それはそれとして、夫は職探しに本腰を入れることに。

わたしはウォーキングでさえドクターの許可がいただけない……実際にウォーキングを行ってみて挫折してしまった自身の健康状態について夫に話し、わたしが外に出ることは最後の手段にとっておきたいといった。

夫は目を見張り、「ウォーキングも無理なら、そりゃ外で働くのは無理だわな」と納得してくれた。

無理でも、最後の手段とならざるをえないかもしれないと思うと、体力をつけたくなって、またウォーキングをしたくなるという悪循環に陥っている。

たまたま、ウォーキングの話題になったのだった。夫は、わたしが飽きたのだと思い、それをからかったのだ。

昨日も夫は数学のノルマをこなした。本当に、最初にわたしが教えたあの箇所で躓いていたのかもしれない。夫はあのとき、長年のつかえがとれたかのような表情をしたのだった。

このことだけは、少なくとも、継続雇用が認められていたら、起きなかったハッピーな出来事だろう。公文教室で働いていたときも、同じような表情をする子がたまにあり、そんな子は、嫌いだった勉強が好きになるばかりか他の面でも明るくなったりした。別人のような、輝くばかりの子になったりもするのだ。

それが、あそこで働いていたときの悦びだった。わたしは今度は、それを文学で果たしたいのだ。とはいえ、世に出る手立てはないに等しく、ミューズのご加護を祈るばかり。とりあえず、例の短編小説を完成させよう。

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2011年8月 9日 (火)

一見さん?/原民喜『夏の花』

数日前から娘が風邪で、昨日は休んだ。

娘は小学校6年のときから橋本病で、この街に引っ越してきてからは日本の甲状腺治療の草分けとして有名な野口病院(次に有名なのは東京の伊藤病院)のある別府市に半年に一度通っているが、いわゆるホームドクターを持っていない。

ホームドクターにするつもりで受診しても、もう一つという感じで、まだ見つかっていない。

娘は、わたしが通っている循環器クリニックは一度行って気に入った風だが、心臓が専門だし、名のある先生なので、混む。

しかし、標傍科には内科もあり、現に風邪の季節にはちらほらそれらしい患者さんも見かけるので、昨日はそこへ行くことにした。インフルではなさそうで、食欲もあるが、念のために診て貰うことにしたのだった。

ところが、娘は診察券がないという。「捨てたんじゃないでしょうね?」とわたし。

小学生の頃の話だが、ある日、子供たちに自室の大掃除を言いつけたわたしは、要らない本は捨てるようにいった。すると、娘は真っ先に習い終えたばかりの教科書を捨てようとしたので、慌てたことがあったのだ(正直いって、わたしはこの子が後に市立大学などに行けるとは思わなかった)。

娘は捨てたりなんかしていない、貰わなかった気がするという。「そんなこと、ないんじゃない?」とわたしはいった。前に行ったのはいつだったろう、と考えたけれど、思い出せなかった。

案の定、クリニックは混んでいた様子。先生は今回もわたしの娘であることにお気づきにならなかったとか。「大分の人?」といわれたそうだ。

娘は混んでいたにも拘わらず、クリニックは今回も気に入った様子。が、「診察券はなかったよ」という。そんなはずはない。わたしは持っている。

3年前に嘔吐下痢症で受診した記録のあるカルテはあったそうで、診察券がなくても娘は何の支障もなく受診を終え、風邪薬を貰って帰宅している。

「一見さんには、診察券を作らないんじゃない?」と娘。一見さん……小料理屋じゃあるまいし。通院が確定した患者にのみ、診察券を作ることになっているのだろうか? 腑に落ちなかった。

話題は変わり、夫の定年メモ。昨日、国民年金課でわたしの種別変更を済ませた。退職金にかんしては会社委託のところの確定拠出年金を選択することに。

夫は昨日も黙々と数学のノルマをこなして、わたしを感心させた。皿洗いをして貰うだけで(それも快く!)、わたしは体の疲れかたがずいぶん違う。

今日はわたしは午後3時から、泌尿器科で副甲状腺と腎結石を観察するための造影CT検査。うっかりお昼食べないようにしなくちゃ。循環器クリニックにも木曜日には行かなくては(金曜日の午後から盆休診だわ!)。

何となく慌ただしくて、したいことに思うような時間がとれないが、終戦記念日までには、戦争文学の佳品が集められたポプラ社「百年文庫86 灼」を紹介したい。

これにはヴィーヒェルト『母』、キプリング『メアリ・ポストゲイト』、原民喜の原爆体験を描いた名作『夏の花』が収録されている。

こうした作品に接すると、改めて作家の果たしてきた社会的役割の大きさを思う。原民喜の中ではゆたかな教養、幻想性、画家のような事物の観察眼が渾然一体となっている。

原民喜の他の作品も読んだが、何といっても『夏の花』が傑出している。

フランクルのドイツ強制収容所の体験記録『夜と霧』と原民喜『夏の花』は、ミューズが零した二粒の尊い涙だろう。

戦争の悲惨を描いただけのものではないのだ。読んでいただかなければ、そのすばらしさはわからない。

上に挙げた作品は、高校生の読書感想文にはぴったりだと思う。おすすめしたい。

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2011年8月 8日 (月)

文藝春秋「文學界 平成二十三年八月号」 ‐ 「新人小説月評」に対する私的不信感

 近藤くんの『銀杏神社』を読むために、文藝春秋「文學界 平成二十三年八月号」を購入。

 まだ小説は近藤勲公『銀杏神社』を読み、その前に掲載されていた三輪太郎『海の碧さに』を失礼ながらざっと読み、コラムの雪舟えま『種の暮らし』を読んだくらいだが、「文學界」を読むときはいつもそうするように、まず陣野俊史/大澤聡「新人小説月評」を読んだ。

 この『新人小説月評』に掲載される評論が掲載や新人賞の基準となり、作家志望者の《傾向と対策》となって、作家をつくっていくからだ。その目で読んで、わたしは久しくこのコーナーに不信感を抱いている。

 陣野俊史のタイトル……誠実な態度

 賞応募の傾向と対策のため、チェックすべき箇所を抜書きしてみた。

  • 小説家は小説を書いて、原発に対峙する。古川は、小説と小説ではないものとの間で苦悶する。小説は揺らいでいる。
  • 翻訳と言語の問題を全面に出しながら、後半の詩的なイメージが横溢する文章
  • 時間軸を自由に移動する伊坂の作風
  • 全篇に流れるホラーテイストは◎。妹の「肉」の描写がよい。
  • ……というと割とよくある設定なのだが、最後の数枚で大転換。ここが気持ちよい。
  • 主人公の無気力キャラを大事にして欲しいと願いつつ読んだ
  • それぞれの家庭まできちんと描き込んであって、好感を覚えたが、『きことわ』以後、このタイプはやや書きにくくなったかも。
  • トリッキーな設定
  • 才気を感じた。このテイストの作品をあと十篇くらい並べられれば、かなり面白い。

 新人賞とは、流通業界における新商品を生み出すようなアイディア戦であることがわかる。それも、ひねりを入れた軽薄なものであればあるほどよさそうだ。本当にそれが文学作品に対して一般が求めるものなのだろうか。

 この文芸評論家の頭に浮かぶ詩的、才気というイメージは、おそらくわたしの頭に浮かぶそれらとは全く異質のものだろうという絶望感を覚える。小説で原発に対峙する? あたかも小説家は小説の素材に対立し、敵対しなければならないように読めるが、わたしには意味不明だ。

 わたしにはとても、この評論家が求めるような作品は書けそうにもない。書きたくもない。この月評からは間違っても、文豪といわれる小説家の作品のようなものは浮かんでこない。

  大澤聡のタイトル……「新人」の条件、二重の。

 このタイトルからして、わたしには早くも意味不明だ。内容となると、カラーン(あ、思わず、匙投げちゃった)。それでも、自身を叱咤し、賞応募の傾向と対策のため、チェックすべき箇所を抜書きしてみた。

  • 本欄「新人」の条件は、「芥川賞候補となる可能性を残す」といったところか。実際そうらしい。
  • 以上二作、ジャンルへの無防備な甘えが随所に看取された。
  • どうということもない。だが、どうということもないことを読ませてしまう。それが丹下の一貫した姿勢。語りの位地と時制を中盤まで宙に吊る構造も機能している。
  • 職業設定からラスト(空港!)への動線まで、ドラマ的文法の密輸入を思わす。定型だが、それゆえエンタメとして高水準で成立。
  • 貧乏設定、アフォリズム、並行世界[パラレルワールド]etc。デビュー以来のツールを全て搭載。もはや熟練の境地。
  • 動力に使用言語の非対称性を適用。その時点でご都合主義に嵌るのは不可避。
  • 凡庸な解読を拒む。書くという営為をめぐる自己言及。怪作。
  • 複層的な時空間の堆積=物語たる同作に、さらなる時間(日付)と空間(地図)を挿し込んでゆく。ジャンルの分節など退けてしまう筆圧。
  • 円城・古川と同様、非線的で錯時的な章構成。再縫合は難しくない。
  • 「純文/エンタメ」の対立枠組はとうに瓦解した。残るは各誌の伝統と自画像だけ。「純文学」は異質なアイテムや想像力を周回遅れで誘致し延命してきた。隣接分野からのリクルートは定石。大正期から反復された光景だ。そのつど、新人に期待されるのは、内部のプログラムを秘かに書換えてしまう剰余である。その点、今月は模倣の限界例が多く観測された。出来にかかわらず。もっと逸脱した参入動機を。既存の磁場に回収されぬ圧倒的な不可解さを!

 「純文/エンタメ」の対立枠組とは何だろう? 音楽に置き換えてみれば、この言葉の不可解さがはっきりする。クラシック音楽とポピュラー音楽の対立枠組というと、何のことか、さっぱりわからない。ジャンルが違うだけのことを、一体何をけしかけているのだろうか?

 最後の言葉などは、シュプレヒコールのようにも気が触れた人のわめきのようにも感じられる。

 わたしには、まともな文学作品をまともに読む能力に欠けた人間が、まともでない作品を持ってこさせては、このコーナーで自己満足的な嗜好の世界に浸っているとしか思えない。ここには指標らしきものは存在せず、全ては彼の好みに合うか合わないかで決まるようだ。

 当世風の評論家たちは、作家の卵を何処へ連れて行こうとしているのだろう? ハーメルンの笛吹き男をさえ連想してしまう。

 当世風評論家たちの批評を読んだあとで、近藤くんの『銀杏神社』の頁を開いた。抒情的な銀杏の描写にホッとさせられる。安定した筆力と精緻な描写力。今の純文学界では、それだけでも希少価値と思われた。

 幸いというべきか――それなりのバランス感覚が働くのか、当世風批評家の嗜好に副う、文章も作りも派手に壊れている作品が芥川賞に選出される一方では、従来型――同人雑誌型と言い換えてもいいかもしれない――の比較的日本文学的な作品が時々選出されているように思う。

 比較的日本文学的と書いたのは、文章がそうでも作りはそうでもないからである。戦略としてそうさぜるをえないのか、そんな書きかたしかできないのか、個別に見ていく必要があるだろう。

 ホッとさせられたのも束の間、『銀杏神社』を読み進め、わたしはその美々しく描写された銀杏がアイテムとして使われていることに気づいた。となると、この作品は従来型の日本文学的なものではない。

 ストーリーを追ってみる。

 老女ミサは、神社で銀杏の葉をビニール袋に集めている。逝った夫惣一の遺体にかけるために。遺体は生乾きだ。ミサは死体遺棄罪に問われることを承知で、夫の希望に応えようとしているのだった。夫は「わしが、死んだら、焼かずに、ここの銀杏の落葉の中に、埋めて、くれ……腐るまで」と言ったのだった。

 ひとり息子が湿地帯の銀杏の葉に埋もれた状態で夭折した過去があった。湿地帯は埋められ宅地となり、銀杏の木々も伐採されて神社に群生されるものだけが残る。惣一は銀杏を求めて神社に通う。銀杏の群生が惣一の拠り所となっていった。それが、夫に前掲の言葉を言わせ、ミサが銀杏の葉を集め続ける行為の動機なのだ。

 死ぬ前から惣一の魂は体を離れ、神社にいることがあった。死後も神社を彷徨っている。「もし夫ならば何か未練があって神社をさまよっているのだ。それを認めることが辛かった。自分の真心でその未練を拭ってやりたかった」とミサは思う。この辺り、どうにも解せない。ミサの行為はわたしには、夫の魂をこの世に呪縛するための儀式か何かのように思えてしまう。

 『銀杏神社』では老醜がモチーフかと思われるが、それだけでエンディングまで引っぱっていこうとしたかのような単調さがあり、老醜の先に来る死の扱いにしても、作者の死生観がはっきりしないための場当たり的な印象を拭えない。

 息子が神社で死んだのなら、そしてミサが惣一を神社に埋めるのならまだしも納得がいくだろうか。夫婦の銀杏の葉に対する異常なこだわりにも、もう一つ説得力がない気がする。

 ストーリーの不自然さは、モチーフと思いつきを強引につないだためではないかと思われる。核となるべき観念の形成ができていないのは、その原動力となるべき作者の哲学とか思想といったものが希薄だからではないだろうか。

 明治期から日本文学が手本としてきた西洋文学は、何よりその部分を大事にしてきた。しかし、当世風評論家は、そんなものは腹の足しにならない、技巧と技巧が要求するお手軽な知識さえあれば上等といっているかのようだ。

 端正な筆致に、この小説の展開は似合わない。

 ところで、わたしには長年賞狙いを続けたことからきた弊害があり、「日田文学」の合評会で、河津さんからそのことを指摘されたことがあった。近藤くんのこの作品に、わたしはそれと同じものを感じずにはいられない。しかし、文学的には瑕となるそれも、今のわが国の文学界ではその限りではないようだから、わたしの感想など無意味と思っていただいたほうがよいと思う。

○管理人の関連ブログ

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2011年8月 7日 (日)

夫、快進撃!

 正直いって、昨日はどうなるかと、夫の数学力のあまりのなさに恐怖さえ覚えましたが、今日は快進撃!

 1日5頁のノルマを、割合楽にこなしました。要するに、エンジンがかかっていなかったのでしょうね(安堵)。

 昨夜は、娘が帰宅し、わたしが夕飯の支度を始めても終わりませんでした。それでも、やめはしなかったのがわが夫ながら偉いわ。別に椅子に縛りつけていたわけではありませんよ。

 夫は、わたしにはわかろうとする以前に訊く癖がついているのですが、プライドがあるのか、娘には訊きたくない様子。

 夫はわからないらしく、ウーだのアーだのといい始め、わたしはオムレツ作りに奮闘の最中だったので、娘を呼ぶと、「いいっちゃ。自分でするっちゃ!」と夫。

 夫はわたしだと、自分と同じレベルの頭(えっ!)という気安さがあるのだとか。結果的には、そのプライドが功を奏し、自習の癖がついたらしいのです。一晩で。

 今日は、老眼鏡をかけて背筋を伸ばし、自分から黙々と問題集を解いていました。この現象が50年前に起きていたら、夫は数学者になれたかも。

 思えば、夫がどうしても数学をやり直さなくてはならない事態は、結婚して初めて訪れました。苦手だった数学が少しでもわかると楽しいらしく、皿洗いも鼻歌混じりでやっていました。

 少年時代に案外、昨日音を上げた辺りで躓き、数学嫌いになっていたのかもしれません。だとしたら、これは革命的な事態ですわ。すんなり継続雇用になっていたら、こんな悦びは得られなかったでしょう。

 わたしは公文教室で働いていた経験からいいますが、学習するのに遅いということはなく、わからないということは決して恥ずかしいことではありません(そりゃわたしはどうしたって夫をからかいますけれど、本気で馬鹿にしているわけではないので――同じ目線――彼はむしろ面白がります)。そして、大人であっても、躓いたところから始めるのがコツなんです。

 選んだ問題集は、公文のプリントにいくらか似ています。リラックスして自習できるように、ヒントがさりげなく、シンプルに書かれているのです。

 がんばれ、夫。わたしもがんばらにゃ、いろいろと。

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2011年8月 6日 (土)

夫の定年メモ。夫婦で中学数学のお勉強。月曜日の予定。

 息子が、夫の再就職を心配して昨夜電話してきた。心配の仕方がわたしそっくりなので、わたしは自分を客観している気分になり、高血圧気味だった頭に冷静さが戻ってきた。

 職探しをしながら、職業訓練校のCADかリフォームの受講をしたいと考えている夫。前にもその話は出たので、わたしも賛成だ。ペーパーテストと面接があり、ペーパーテストのレベルは高校入試程度。競争率は不明。中卒程度の学力といっても、満点に近くなければ通らないというのと、半分も解ければ通るというのとでは取り組みかたが違ってくる。

 上に紹介する参考書、問題集は、前に話に出たときにわたしが買ってきたもの。ずれた対策なのかもしれないが。「今、解いてみる中学数学」は大人向きに書かれたもので、リラックスして読める。中年の頭の体操にいいかもしれない。漢字童話は、義務教育で教わる漢字を鳥瞰するのに便利。この漢字童話は中学生用につくられたもののようだ。漢字が苦手な中学生、高校生におすすめ。

 夫は娘に譲って貰った学習机を使っている。そこにパソコンやDVDデッキを置いているが、今は上の書籍も置かれている。「なになに。老眼鏡をかけながら掛け算、割り算をするのもなあ。おお!」と大声。

 わたしは自分のパソコンの前に座っているのだが、夫はだいたい自室をのドアを開けていて、声が聴こえるだけでなく、身を乗り出せば、行動の一部もわかる。それが面白かったり、目障りだったりもする。しばらくして……

「ねえねえ、9+6÷(-1/3)を解いてみて。何となくだったら、わかるんだけれど」と夫。わたしは(え、何となく……って?)と、息を呑む。

 わたしも決して数学は得意ではないが、公文教室で高校一年生くらいまではわからない子に教えていたので、それくらいまでの数学はまあ解ける(かもしれない。ずっとやってないので、自信はない)。解きかたを教えると、夫は「おー! そうだった、そうだった」という。でも、これは小学生の算数の復習ではないだろうか(中学生で習う四則混合計算だった)。

 またしばらくして、「Xが飛び出してくる幻覚を覚える!」という。わたしは夫の傍に。夫は「これ解いてみて。1/4(8X-4)-2/3(6X+9)」という。

 括弧の前に×が隠れていることを教える。完全に公文教室になってしまった。昔はこれくらいならできたという夫に、解きかたを教えて自分でさせる。夫はまた「おおー!」と生まれて初めて解いたとしか思えない歓声を上げ、解いた数式をしみじみ眺めている。彼はユニークな男なので、記念に壁に貼っておいたら、とわたしは勧めた。

 テストは来月。ひと月でいけるかしら。夫に中学数学教えていると、わたしも頭の体操になるし、こんなことも児童文学作品の執筆に役立つかもしれないと思う。ただ、今月中に仕上げる予定の短編小説の進行に差し障りそうなのが心配! 

 でも、これが夫の再就職に結びつくのなら、公文教室で教えるより割のよい報酬を手にすることになる。勿論、本命に雇ってもらえることが一番だとわたしたちは思っているけれど、それがどうなるのかわからないので、わたしたちなりにあれこれ対策を考え、受講もその一つ。求人情報は自分のぶんもチェックしていて、これも対策の一つ。しかし、体に自信がないので、わたしはぎりぎりまで外に出たくない。

 夫は、国語のほうは自信があるというが、熟語をざっとチェックさせておこう。忘れやすい男なので。

 来月、もし夫が落ちたら、自分が賞に応募して落ちたときのショックと、どちらが大きいだろうか? 

 月曜日の予定は、ゆうちょに確定拠出年金について訊きに行き(会社委託のところの確定拠出年金とどちらが得か比べるため)、国民年金課にわたしの種別変更手続きに行き、ハローワークへ。午後、時間があれば循環器クリニックを受診したいが、翌日になるかも。水曜日は泌尿器科で造影CT検査があったんだった(気をつけないと、うっかりしそう!)。

 アップしたい料理の記事、ポプラ社「百年文庫」の感想、文藝春秋「文学界 8月号」についても書きたいことがある。姉妹編には明日までに作品を入れたい。短編小説のためには、なるべく沢山の時間がほしい。うーん、忙しい夏になりそう。 

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2011年8月 5日 (金)

夫の定年メモ。ここ3ヶ月の過ごしかた。

 わたしの国民年金の種別変更手続きに必要なものを、国民年金課に電話で問い合わせる。
①年金手帳
②夫の退職した日付がわかるものがあれば、助かるとのこと。
 夫の離職票はまだ届いていないというと、口頭で伝えるだけでも構わないそうだ。月曜に済ませよう。
 国民年金保険料は加入者一律で月額15,020円。
 保険料支払いについては、前納、口座振替にすると割引となり、また払えそうにない場合は免除申請なども。夫の今後が未定なので、とりあえず普通に支払おう。

以下は昨日のメモ。
①わたしの非課税証明書を申請に(健康保険の任意継続――被扶養者――手続きのために必要)。
②ゆうちょに、退職金にかんするプランを参考までにききにいった。
 終身年金型の説明を受けたが、わが家向きではなかったので、後日、引き続いて別の型の説明を受けることに。
 その別の型と、会社が委託したところの型と比べてどちらかを選ぶことになるだろう。

 夫の再就職についてだが、ほとぼりが醒めた頃を待つというのが第一の選択肢であるので、同業種を見つけるのは避けることに。

 夫婦で話し合って、ほぼ方針が決まった。駄目だった場合の備えをしながら、3ヶ月ほどは休養期間に当てるということになるだろう(ぼちぼち家事は手伝って貰うけれど)。わたしのほうも、手続き的なことが終わったら、腰を据えて書きたい。

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2011年8月 4日 (木)

持ち込みにかんする問い合わせ。姉妹編と短編小説の創作状況。

某出版社に問い合わせ。持ち込み原稿可という。しかし、毎日4〜5点の持ち込みがあり、年にすると1,000点の持ち込みがあるそうだ。

それでも、作品は必ず読み、返事は必ずしてくれるという。怪しい自費出版系でないところで、こんなところ、今時珍しい。

作品が仕上がるまで、持ち込み可が不可となりませんように。

尤も、持ち込みを考えている作品は必ずアポをとって、会って、作品を読んで貰うところまで持っていきたいもの。

家計が不安になると、作品を量産して賞狙いに走る誘惑に勝てないが、それでは昔やって懲りたことの繰り返しだ。

せっかくの稀有な才能をそんなことで磨滅させるのはよそう……まず自分で自分の才能を評価しなければ、誰が評価してくれるだろう? わたしだって母が倒れなければ出版社に営業で入ったはずだし、そこは、そのうち編集部に移れるシステムがあり、わたしには野心があった。

母が倒れなければ、今頃は自分の作品を売り込む側ではなく、逆の立場になっていたことだって、なきにしもあらずだ。そのなきにしもあらずの目で見て、わたしはわたしの才能に早い時期から目をかけているというわけ。自分の中に編集者がいるから。がんばれ、自分(これはもう古いか)。

そういえば、『不思議な接着剤』の姉妹編に入れておかなければならない一話があった。今日はこれから出かけるので無理だが、今週中には短編小説を書く合間に仕上げ、入れておきたい。

アクセス解析で見ると、姉妹編には地味ながら愛読者がついていたようだ。それにも拘わらず、非公開にしてしまい、申し訳ありません。そのうち本になったら、買ってくださいね。いつ、とはお約束できませんが。

短編小説は、名無しの権兵衛だった主人公にようやく名前がついた。母方の祖母の旧姓を借りた(どうか、御利益がありますように)。この短編、なぜか書くのが楽しくてならない。作者がこう楽しんでいいものだろうか。

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2011年8月 3日 (水)

夫の定年メモ。事務的ないろいろ。

昨日二回目の送別会で午前様(3時近かった)だった夫は、おやつの時間まで寝ていました。

以下は、定年退職に伴うことで、今日(夫が)したことの極めて個人的な覚書です。

①団体保険関係への連絡。書類を送付するとのこと。

②健康保険の任意継続の加入手続きのため、会社の本部宛に夫とわたしの保険証を(コピーをとり)、返却。〔申請手続きは20日以内〕

③退職金にかかる税金について、会社に「退職所得の受給に関する申告書」を提出しておくと、会社が源泉徴収についての手続きをしてくれます。その書類を送って貰えるか確認の電話。他の書類と一緒に送るとのことでした。

④ここで、退職金を一時金で受け取るか、一部を一時金で残りを年金で受け取るかで、迷いが生じました。税金面で違うのです。明日、夫婦で金融機関(ゆうちょ)へ相談に行くことにしました。

何だか、定年日記みたいになってきましたが、定年退職した夫よりわたしは七つ下で、まだ(?)53歳です。

さっき会社の人から仕事のことで電話があったりして、夫が定年退職したという実感が薄れます。

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退職・転職に強くなれそうな本。不安全開。

 

 夫が定年退職を迎えるとなると、その前後は様々な手続きで結構大変です。夫に任せきっていたわたしですが、取りこぼしがあるのではないかとふと不安になり、慌ててこの方面のハウツー本を購入したのですが、やはり取りこぼしがありました。もっと早い時期からの準備が必要だったと後悔しても後の祭りです。

 もっと詳しい、わかりやすい本がほしいと思い、昨日購入したのが上の本。定年退職だけでなく、中途退職に関するいろいろを主に知りたい人にもよい本です。制度も世相も猫の眼のように変わるこのごろですから、何より情報の新しさという点で貴重。

 あまり夫のお尻を叩きたくはないのですが、何しろ呑気で楽天的、その癖すぐにつむじを曲げたり、消極的になることもあるという難しい男ですから、ある程度わたしが一心同体でやる必要があるのです。といっても、夫は(夫にしては)、よく勉強していました。一緒にする必要があるとわかっていながら、出遅れる癖のあるわたしのほうが問題なのかもしれません。

 20日ほどで、退職後の当面の手続きは終わるでしょう(逆のいいかたをすると、14日、また20日までにしておかなければならない手続きがあり、怠ると泣きを見そう)。これまでは会社任せでよかったのが、自分でしなければならないことが一気に増えるというわけです。

 悩ましいのは夫の就活についてで、過去記事にも書いたように、彼はほとぼりが覚めるのを待つつもりでいるようです。その理由はわたしにもよくわかるので、条件付賛成といったところ。約束できているとはいえ、口約束だけですし、12月までは待たなくてはなりません。夫はあらゆる角度から分析してみせて、大丈夫と踏んでいるようです。

 でも、わたしは大いに不安です。継続雇用の期待で痛い目を見たのですから。待ちながらも駄目だったときのことを考え、あるいはもっとよい条件の職場を求めて動いていてほしいのです。完全な休養モードには入らずに。何とか夫の65歳まで辿り着かなくてはならないから。

 いざとなったら、わたしが働きに出ることも考えなければなりません。昔の経験を生かすとなるとデパートかスーパーですが、今、体力的に何とかやれそうなのは公文とか学研といった教室の助手くらい。家計の足しくらいにしかならないでしょうが、その足しがものをいうかもしれないので、探してみたいと思っています。この街では進学塾が沢山あるので、教室的なものは小規模にならざるをえないでしょう、となると助手もいらないかな。かといって、主婦業を生かした仕事はどれも体力勝負となるので、わたしには勤まらないでしょうね。ああ、年をとりすぎたわ。体も損ないすぎました。

 夫の再就職が何とかうまくいって、これまでのように書いていけたら……と切望します。12月、わたしたちはどうなっているのやら。タロット占いでは近未来の位置に出たカードは暗いもので、未来には太陽とか審判とかカップの3とかのよいカードが出ました。御神籤でも末広がりの末吉と出ましたっけ。でも、現時点では途方に暮れるだけです。

 まあ、とりあえずは情報を集めつつ、創作を続けるつもりです。この年になってまで作家志望だなんて馬鹿じゃないかしらと自分でも思います。でもね、例えば、児童文学作品が当たれば、本になるだけでなく、映画になったり、グッズになったり、世には希望をもたらしつつ家が建つかも……(と起きながら夢を見るこのごろ)。あ、ゆっくり待つつもりの夫には、ぼちぼち皿洗いと買い物を引き受けて貰うことにしました。それだけでも、創作に専念できる度合いが格段に違いますから。

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お知らせ

 ブログ「マダムNの児童文学作品」を休止いたします。また、『不思議な接着剤』の姉妹編を都合により非公開とさせていただきます。

 唐突に申し訳ありません。

 

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2011年8月 2日 (火)

百合と伊万里焼の花瓶 二句(自作句)/創作について

百合を得て藍の深さや伊万里焼

きこえねどきこえてきけり百合の歌

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

創作について。

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2011年8月 1日 (月)

エルモが並んだ!

エルモが並んだ!

エルモのクリップ1個、税込で105円。

前にアップした赤とピンクは既に任務(紙をとめる任務)についているので、全員でラッキーセブンです。

娘からのプレゼントですが、エルモが創作を見守ってくれるみたいでうれしいわ。資料なんかをちょっと止めたりするのに、よくクリップを使うほうなんです。

定年退職した夫の継続雇用が認められなかったということで、わが家は将来の不安に晒されています(なんだか彼がリストラに遭ったような気分ですわ)。

まあいざとなったら、わたしだって外へ働きに行くくらいのことはできると思いますが、すぐにダウンする可能性大なので、とりあえずは書きます。

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夫の定年退職

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 送別会でいただいた花の中から、百合は写真にと思い、撮りました。

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 可愛らしいので、これだけ別にまとめて。

 昨日でもって夫は定年退職しましたが、引継ぎなど含め、2日ほどは会社に行くとか。

 新婚当初から家族ぐるみでおつきあいのある夫の同僚の奥様から、お電話。今後の不安を含め、いろいろと話し、彼女の近況も聞きました。

 夫の継続雇用が認められなかったことは彼女もショックだったそうですが、彼女のご主人は定年までまだ間があり、彼女も別の企業で正社員で働いているとあって、うちとはだいぶん事情が違います。

 いずれ落ち着いたら家族ぐるみで温泉にでも1泊して……などと約束しましたけれど、いつ落ち着けるのやら。

 こんな状況になると、つくづく思いますが、作家志望を続けてきた無駄飯食いのわたしが相当に家族の足を引っぱっていますわね。

 ただ、わたしは婚約する前に、作家志望を――それもお金や地位のためではなく、文学を通した社会改善のために――貫くこと、あたたかな家庭をつくることが希望だと夫に話し、夫は潤んだ目をして大きく頷いたので、別に契約違反ではないと思っています。

 ですが、茨の道は想像以上で、そのことに家族を巻き込んでしまったという思いはここへ来て大きくなるばかりです。

 このことと創作は別次元で進行しているのか、岩に齧りついてでも仕上げたいいくつかの作品が天の星の如く頭上に輝いています。ミューズのご加護を祈るばかり。

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