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2011年6月 6日 (月)

レビュー 037/駅/百年文庫(ポプラ社)

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  • ポプラ社「百年文庫」が素晴らしいので、読書ノートを作り、気ままにメモしていこうと思います。
  • まだ読んでいない作品については、未読と表示しています。
  • 一々「ネタバレあり」とは書きませんので、ご注意ください。
  • 収録作品の順序が入れ替わることがあります。


プーシキン『駅長』

 この作品には矛盾……というか、引っかかるものがある。

 娘は、彼女の父親である駅長が考えていたほど、純真なタイプではなかったのではないか?

 どんな客も如才なくあしらったという点、海千山千といえばいいすぎになるが、むしろすれた感じがするし、同意の上とはいえ、誘拐に近い連れ去られかたをしてから日も浅いというのに、甘い巣での高級娼婦のようなムード。

 3人の子を成し、正妻としての立場が確固たるものとなってからようやく父親を訪ねる辺りも、なかなかしたたかな気がする。

 この作品に、作者プーシキンの失恋が投影されているのだとすれば、話は別で、時遅し……既に亡骸となって瞑る父親の墓で泣き濡れる女性の姿は、プーシキンの切ない願望だろう。

 バルザックは、プーシキンのような嘘は書かなかった。それが、写実に徹した『ゴリオ爺さん』との違いだ。

 ところで、わたしの本棚には開かずの間ならぬ、開かずの作品が2編ある。1編は、プーシキンの『スペードの女王』、もう1編はエウリピデスの『バッコスの信女』だ。どちらも凄みのある傑作なのだが、言霊とはよくいったもので、この2編を読むと何かしら忌まわしいことが起きるのだった。特にエウリピデスの描写は絵画的で、忘れられず、芸術的な関心から読み返したいくらいなのだが……。
 正直いうと、エウリピデスの作品は全作品が怖い。一番怖いのが『バッコスの信女』というわけだ。プーシキンの作品中、怖いのは『スペードの女王』だけだ。忌まわしいことが起きるといっても、それがこれまでわたし自身に起きたわけではなかった。作品の不吉なムードに神経が刺激され、普段は記憶にとめない周辺の事柄にまで敏感になるのかもしれない。

ヨーゼフ・ロート『駅長ファルメライアー』

 プーシキンの『駅長』と同工異曲の作品といえるが、戦争という偶発的な状況が媒体となって可能となった身分違いの恋愛、成熟した女性との間に起きた情事の長期化という成り行きから、こちらのほうが説得力がある。
 帰還した女性の夫ヴァレフスキー伯爵に、主人公ファルメライアーは身分の差から、闘わずして決定的な敗北を喫する。作者は伯爵の描写だけで、それを読者に印象づける。伯爵の妻である女性は、元の飼い主に尻尾を振るが如くだ。

 何ともいえない苦い後味を残す逸品といってよい。

戸板泰二『グリーン車の子供』

 ミステリー仕立ての作品だが、禍々しさとは無縁の作品で、歌舞伎界の人々を登場人物とする粋な作品。老優にもう一花咲かせるために、その関係者が工夫を凝らす。老優に気に入られなかった子役の真価をわかって貰うには、どうすればいいのか? 

 古典芸能を上手に採り入れた作品は快い。下記のような描写も、何気ないが素敵だ。

“ 京都で、私の隣の空席が埋まった。すわったのは、四十ぐらいの和服の女性である。
 身のこなしが、おどりでも習っているようにスッキリした人で、「御免下さい」といって私の前を通って、十のDに腰かけた。”

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

……このような大家の作品とは勿論比べものになりませんが、以下の作品は、能楽に魅了された三十代のわたしが書いた習作です。

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