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2011年3月の52件の記事

2011年3月31日 (木)

新プラトン派最後の女性哲学者ヒュパティアを描いたシネマ『アレクサンドリア』を観たい

 ヒュパティアは古代アレクサンドリアに生きた新プラトン主義最後の女性哲学者で、輝かしい知性と美貌で名高く、アレクサンドリア市民に愛されたといわれるが、狂信的なキリスト教徒によって惨殺された。

 415年、アレクサンドリアの新プラトン派は絶えた。それは単に哲学の分野に留まらない大規模な出来事――キリスト教が惹き起こしたまさしく人災――であって、これ以降、真の学問も、それを土壌として花開く芸術さえも、どこか形骸的にならざるをえなくなったことを想うと、ヒュパティアの死は象徴的な意味合いを持つ。

 その死は、紀元前3世紀から国際都市アレクサンドリアの中心的存在だった学術研究センター・ムーゼイオンと大図書館の終焉を意味するものでもあった。

 紀元前48年、シーザーの侵攻に伴う火災により王立図書館は焼失したといわれるが、姉妹図書館は無傷だったし、他にも焼失を免れた色々な図書館があった。ローマ支配の下でムーゼイオンと図書館は発展を続ける。しかし、3世紀になると、翳りが見え出した。 

 その後の状況を、モスタファ・エル=アバディ『古代アレクサンドリア図書館』(松本慎二訳、中公新書、1991年)は以下のように描く。

 “四、五世紀はムーゼイオンの安定と安全が絶えず脅かされ、したがって学者たちの研究活動にも大きな支障を来した多事多難の世紀であった。ところが驚くべきことに、それでもなおアレクサンドリアは地中海世界の他の学問の中心地に伍して遜色なかった。”

 その終焉を以下のように描く。

 “ムーゼイオンは同時にミューズたちの神殿であったから、他の異教神殿に認められている限りにおいてはムーゼイオンもその神聖不可侵を認められていた。四世紀後半、ヒパティアの下で学んだキレーネのシネジウスはムーゼイオンとその中で研究を続ける哲学者たちのありさまを述べている。しかし五世紀になるとその存在に触れた資料は見出せない。女流学者ヒパティアの父、著名な数学者テオンが記録に残る最後のムーゼイオン・メンバーである(三八〇年頃)ことから考えて、三九一年の、町じゅうのすべての異教神殿を破壊せよというてテオドシウス帝の勅令以後、ムーゼイオンは長くは存続しなかったであろうと思われる。”

 ただ、あれほどの流れが簡単に途絶えるわけはないのであって、それは地下に潜ったのだとわたしはいいたい。

 それにしても、スペイン映画らしいが、ヒュパティアが映画になるとは驚きだ。わたしがマイナーだと想っていたヒュパティア、カタリ派などが大衆的な人気を集めている世相に、不思議な気がしている。西欧及びキリスト教の力が衰えてきたからだろうか。

 ところで、今ちょうど、古代におけるユダヤ人迫害の実態を告発したフィロン『フラックスへの反論 ガイウスへの使節』(秦剛平訳、京都大学学術出版会、2000年)を読もうとしていたところだった。上に書いた流れと無関係ではないので、これについてもいずれメモしておきたい。イアンブリコス『ピュタゴラス伝』(国文社)はどうしてもほしいと思っていたけれど、品切れ……。

 ご参考までに、ライン以下の続きにヒュパティアについてウィキペディアから抜粋したが、その中に「彼女の哲学はより学術的で、その関心のためか科学的で神秘主義を廃し」という不用意な解説がなされている箇所があるので、補足しておきたい。

 新プラトン派と神秘主義は切り離せないのだが、神秘主義にも色々とあって、新プラトン派の神秘主義は、科学的であるためには廃さなければならないようなタイプの神秘主義ではなかったからだ。《神秘主義》は、意味合いにばらつきのある誤解を招きやすい用語といってよい。ヒュパティアが廃した神秘主義とは似非神秘主義なのではないだろうか?  

 『世界の名著 続2 プロティノス ポルピュリオス プロクロス』(田中美知太郎=責任編集、中央公論社、昭和51年)の中の解説「新プラトン主義の成立と展開」にあるように、新プラトン派と神秘主義は切り離せない。

 新プラトン派はプロティノスの哲学体験から「流れ出した」といわれるほどプロティノスとは切り離せないものがあるのだが、以下に抜粋、紹介するように[76頁]、プロティノスは神秘主義者と呼ばれた。まあ以下の解説の中にも、意味合いにばらつきがあって誤解を招きやすい《神》という用語が使われているが……。

 “神秘主義

 善なるものとの合一について語ること、そしてみずからそれを体験したと伝えられることによって、プロティノスは神秘主義者と呼ばれる。神秘主義とはむろん、われわれが現世において神と直接的に会うことができるとする思想である。プラトンがすでに神秘主義者であったと見る人々もあるけれども、プラトンを除外すれば、西洋の哲学者のうちでは、プロティノスが最初の明瞭な神秘主義者であり、その後代への影響も大きい。もっとも、「ヌゥメニオスは、魂が自己の諸始元と合一し、まったく区別のない同一のものとなることを肯定しているように見える」(イアンブリコス)と伝えられているので、ヌゥメニオスの哲学にも神秘主義的傾向はあったと見ることが可能であろう。またプロティノスの神秘主義が、少なくとも部分的には、その師アンモニオスから受け継がれたものであることは、きわめてありそうなことである。
 プロティノスの哲学にはオリエントの思想、特にウパニシャッドやバガヴァッド・ギータのそれが影響していると見る研究者が、ときどきある。その場合に問題とされる点の一つは、やはり自己と神の同一性とか、神の合一に関するプロティノスの思想である。しかし大多数の研究者は、彼の思想がギリシア哲学の発展として理解できると見ているようである。それにしてもプロティノスは、ペルシアやインドの思想家に出会うことを求めてゴルディアヌス帝の軍隊に加わったりしたのであるから(『伝3』)、彼自身が自己の思想とオリエント思想の何らかの親近性を自覚していたのではないかと思われる。”

 ついでに、《神秘主義》について、わかりやすい解説のなされたアンリ・セルーヤ『改訳 神秘主義』(深谷哲訳、白水社、1975年)から神秘主義の概念と定義[9-11頁]を抜粋、紹介しておこう。

 “1 神秘主義の概念

 まず第一に、神秘主義についてのさまざまなまちがった考えを、頭の中から取り除かなければならない。「神秘主義」というこの言葉さえも、あまり芳しくない意味を持つようになってしまったのである。神秘家といってもピンからキリまである。われわれはためらわないで、えせ神秘家たちを信用しない人たちに道理ありとしよう。偽ディオニュソスは「神秘主義」を大いなる闇、すなわち「隠蔽された」もの、秘密であるものと呼んでいた。非常に多くの、不安定な心の持ち主たちは、モーリス・ブロンデル[フランスの哲学者、心理学者。一八六一~一九四九]の適切な表現によれば、パトスとパルテモスであるもの、すなわち本能の逆上する熱気、あらゆる種類の感情の錯乱が、肉体の恍惚と地獄の歓喜にまで達することを神秘主義であるとした。神秘主義が制御され得ない力の作用であるとするこうした概念は、まじめな知性には容認されがたいものである。神秘主義は交霊術とはいかなる関係も持たない。えせ神秘家たちはこの最高の叡智を横領し、それを濫用するのであるが、その害を告発するためにこそ理性は批判的に働かなければならないのである。それによって贋物、まやかしに基づく錯覚、矛盾などを取り除き、そして一言で言えば、真の神秘家とえせ神秘家とを識別しなければならない。哲学の本義であるこの理性によって、神秘家の一般的な態度をよく観察し、人間的な尊大さと、ただそれだけが特に神秘である神性の真実の昂揚とを混同しないようにしなければならない。もとより真の神秘家なるものは、すでに述べたとおり《究極においては》合理的精神に欠けるものではないのである。

 2 定義

 神秘主義とは何を意味するのであろうか? 本来は、密儀[ミステール]と秘密の祭礼とに関係のあるギリシア語のμ…(奥義に通じさせる)という言葉に由来するものである。今日では、神秘主義という語は二とおりの意味で用いられる。広義には、理性を超絶しているように思われる何か崇高なものを漠然と暗示している。思想家たちにとっては、その中に「直接的」「直観的」な接触の感覚、自己と自己よりはるかに偉大な、世界の魂と呼ばれるもの、すなわち絶対者との結合が現われる内面的な状態が神秘主義である。換言すれば、それは人間精神と実在の根元との内密な、直接的な結合、すなわち、神性の直接的な把握なのである。”

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2011年3月30日 (水)

福島第一原発で続行中の玉突き作業。由々しきプルトニウムの検出。タロットで「世界」が出た訳。

 にっちもさっちもいかなくなった福島第一原発。

 冷却のためとはいえ、あんなに海水をジャブジャブ入れていいのかしらん? 入れても入れても容器がいっぱいにならないなんて、蒸発ぶんを差し引いたって、そんなことは考えられない。考えられることといえば……と、子供でも覚える懸念通り、建物外へ漏れ出ていたようだ。

 入れた量が半端でないため、漏れ出た量も半端ではない様子。1〜3号機のタービン建屋地下にたまった高い放射線量を示す汚染水は、建屋外にある「トレンチ」という凹形状トンネルにたまっている汚染水の供給源と見られている。
 「トレンチ」の容量は総計1万3,300トンで、トレンチには海水ポンプの配管、電線などが通っており、通常は水のないここへ、1万トン前後の汚染水がたまっている可能性があるという。

 1号機のタービン建屋では、汚染水を「復水器」(容量1,600トン)に移す作業が行われていたが、満水になったため中断。

 1号機のタービン建屋外にある「トレンチ」の汚染水を「廃棄物処理施設」(容量2万5,000トン以上)に移す作業を検討中とのこと。

 2、3号機の場合も、それぞれ復水器(容量3,000トン)に移す予定だったが、これらが別の水でおなかいっぱい状態だったため、この水を「復水貯蔵タンク」へ、復水貯蔵タンクの水を「サージタンク」に移すという玉突き作業が続行中とのことだ。

 水が漏れるからといって冷やさないわけにはいかないのが難しいところ。1〜3号機では、原子炉に入れる海水が真水に切り替えられている。

 また、21、22日に採取された敷地内の土壌から微量の放射性物質プルトニウムが検出されたことは由々しき事態だ。今回検出されたのは、プルトニウム238、239、240の3種類。原子炉の核燃料が損傷して漏れ出た可能性が高いそうだ。
 プルトニウムは重い元素であるため遠くには飛びにくいが、毒性が強い。半減期は、

  • プルトニウム238……88年
  • プルトニウム239……24,000年
  • プルトニウム240……6,600年

 
 東京電力の会長は、30日の初めての記者会見で、福島第一原発の1号機から4号機については廃炉にせざるをえないという考えを明らかにした。

 明るい話題もないわけではない。震災後すぐに外部電源が復旧した5、6号機を含めて、1~4号機まで全ての中央制御室の照明が点灯した。

 そして何よりありがたいことには、世界各国からの支援が相次いでいる。わたしは以下の記事で、福島第一原発を占ったら、最終カードに「世界」が出たと書いた。

2011年3月23日 (水)
何てこった、乳児の水が……。3号機からまた黒煙。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/03/3-7b7c.html

 そのときはカードが何を意味しているのかがさっぱりわからなかったが、世界の国々からの――力強さを増してきた――支援により、この難局を打開できるということなのかもしれない。

 今回の原発事故は世界の国々をも大いに青褪めさせたことだろう。はっきりいって、もうこの福島第一原発の事態はわが国だけではどうにもならないところまで来ていると思う。わが国はこれまで海外支援に力を注いできた。この際、声を限りにヘルプ・ミーと叫ぼうではないか。

 ああそういえば、以下で民主政治を占って最終カードに貧困のカードが出たことなども思い出される。

2009年9月7日(月)
意外なカード④
http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/09/post-c2d6.html

 ところで、原発の怖ろしさが身に沁みた今回の事故。ウィキペディアで発電法にはどんなものがあるかを調べてみた。

ウィキペディアの執筆者,2011,「発電所」『ウィキペディア日本語版』,(2011年3月30日取得,http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80&oldid=36855549).

発電方法

火力発電(石油、LNG、石炭、混燃)
廃棄物発電
原子力発電
水力発電
揚水発電
風力発電
地熱発電
太陽光発電
太陽熱発電
波力発電
潮力発電
海洋温度差発電
炉頂圧発電
冷熱発電
水素発電

 どの方法にも、メリット、デメリットがある。太陽光発電は最も魅力的。コスト面など問題はあるけれど、何にせよ、少しずつでも脱原発していくしかあるまい。

 ここまで書いたとき、またまた思わしくないニュース。今度は、福島第二原発1号機のタービン建屋1階の分電盤の付近から一時煙が出ていたという!

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わかめと鶏肉の煮もの。卵とザーサイの混ぜご飯。(朝日クッキングサークル)

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 わかめと鶏肉……という組み合わせが珍しい気がして作ってみましたが、上品な和風のメインディッシュに仕上がり、気に入りました。

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 参考にしたレシピ『わかめと鶏肉の煮もの』を「朝日クッキングサークル2002.3」(朝日新聞社)からご紹介します。

[材料・4人分]

  • わかめ(塩蔵)……70㌘(または生わかめ……210㌘)
  • 鶏もも肉……2枚(500㌘)
  • さやいんげん……100㌘
  • 塩……少々
  • サラダ油……大さじ1/2
  • 酒……大さじ2
  • A{しょうがの薄切り……3枚、出し汁……1カップ}
  • B{みりん……大さじ2、砂糖……大さじ1/2、薄口しょうゆ……大さじ3

[作り方]

  1. 塩蔵わかめは水洗いをし、たっぷりの水に10分ほどつけてもどす。水けを絞り、3㌢幅に切る。
  2. 鶏肉は余分な脂肪を取り除き、4㌢角に切る。いんげんはへたを除き、塩を入れた熱湯でゆでて水につけて冷まし、水けをきって長さを半分に切る。
  3. なべにサラダ油を中火で熱し、2の鶏肉を入れていためる。鶏肉の色が変わったら、酒を振り、Aを加えて強火にする。煮立ったら弱火にしてあくを取り、Bを加えてふたをし、10~15分煮る。
  4. 3に2のいんげんを加えて2分ほど煮、1のわかめを加えてひと煮する。

P2260830

 簡単にできて美味しいレシピ『卵とザーサイの混ぜご飯』を「朝日クッキングサークル2003.9」からご紹介します。

[材料・4人分]

  • 温かいご飯……茶わん4杯分(600㌘)
  • 卵……3個
  • ザーサイ(瓶詰)……50㌘
  • 塩……少々
  • サラダ油……大さじ1/2
  • 白いりごま……大さじ3

[作り方]

  1. ザーサイは汁けをきり、1㌢幅に切る。
  2. ボウルに卵を溶きほぐし、塩を加えて混ぜる。
  3. フライパンにサラダ油を中火で熱し、2の卵液を一度に流し入れる。卵が半熟状になるまで、菜ばしで混ぜながらいる。
  4. 大きめのボウルにご飯、1のザーサイ、3のいり卵、ごまを入れてさっくりと混ぜ、器に盛る。 

 

 

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2011年3月28日 (月)

フランスの原子力機関が日本語で情報を発信しています

フランス原子力機関、日本語で放射能情報発信:地球のココロ

フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)・日本語情報ページhttp://www.irsn.fr/EN/news/Pages/201103_seism-in-japan.aspx

以下は、3月23日発信。

IRSN による3 月22 日迄に福島第一原子力発電所から放出された放射能の見積もり評価発表
22/03/2011

福島第一原発事故による空気汚染のレベルを評価するためにIRSNでは3月12日-22日間に事故のあった3つの原子炉から放出されたであろう放射能量の評価を優先的に行いました。この評価は、日本政府、又はIAEAから送られてくる情報の解釈と現場での測定結果を合理的に過大評価した上で、現実に近い放射線放出量の見積もりを与えるものです。

評価は現時点で得られている以下の情報に基づいて行われました。

  • 問題のある3つの原子炉の状態の評価(状況、冷却システムの状態の理解)
  • 冷却不十分な燃料の挙動についてのIRSNの研究に基づく知識
  • 日本当局から提供された過圧による原子炉格納容器の劣化を防ぐために意図的に実施された蒸気開放に関する情報

評価結論の信頼度は拡散モデルで計算された大気放射能汚染量と日本国内で測定された放射能との比較から裏づけられています。

また、ETSON(欧州安全組織機構)加盟機関、及びUS/NRC(米原子力安全機関、STUK(フィンランド原子力安全機関)との意見交換もされています。

圧力開放にともなう放射能放出は、燃料棒の大きな損傷に伴い最も早く放出される放射性元素(希ガス、ヨウ素、セシウム、テルル等)です。この段階では計算の簡略化のために、通常使用済みの燃料にみられる核種比率を適用し、より重大な放射線の影響の及ぼす放射性元素のみを対象としました。放射能評価値は以下の通りです。(第一号機の炉心内燃料棒数:400本、第二号機と第三号機:548本)

  • 希ガス 2E18 ベクレル
  • ヨウ素 2 E 17 ベクレル
  • セシウム 3 E 16 ベクレル
  • テルル 9 E 16 ベクレル

参考として、上記の放射性元素の値はチェルノブイリの事故の推定放出量の約10%に相当します。ただし、

  • これは 2011 年3 月22 日現在のデータに基づく最初の評価であり、
  • 放射性元素の推定放出量(ベクレル値)だけでは放射線の影響は評価できません。これは気象状況に大きく依存するからです。(放出の一部は太平洋上に拡散されました)。

発電所境界で測定された放射線強度のピークの推移を基に放出された放射能の経時変化を定め、それをIRSNによる地域規模大気中拡散モデルとフランス気象庁による北半球規模大気中拡散モデルの入力データとしました。”

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福島第一原発で、被曝した3人が着ていた防護服と作業の実態

 福島第一原発3号機のタービン建屋地下1階で作業していた3人は、3月26日付朝日新聞朝刊によると、防護服を着ていた。

 その防護服とは化学繊維の服、紙のカッパの上に完全防水性のビニールのカッパ。全面マスク(放射性ヨウ素の防護服)。2人は短い靴、1人は長靴。

 掘江邦夫が1979年に発表したルポルタージュ『原発ジプシー』を読み、原発に危惧を覚えてきたということはあったが、福島第一原発がこんなことになって初めて、放射線や原子炉について、さらには防護服のことまで調べることとなった。

 そして調べてみてわかったことは、放射線には色々な種類があって、そうした放射線を完全に防ぐことのできる防護服など、この世には存在しないということだった。哀しき防護服だ。

 そもそも原発で安全に働ける防護服の開発ができていないのに、原発をつくるという行動に踏み切った異常さ。その行動には、計画の段階から人的犠牲が当然のように組み込まれていたということになる。

 せめて、その犠牲をいくらかでも少ないものに留めようという努力がなされてきたかどうかといえば、『原発ジプシー』が発表されてからですら30年以上が経過したというのに、今回明らかとなった3人の被曝から推測できることは、努力の片鱗も見られないといってよいことではないだろうか。

 少なくとも、このサイト[⇒こちら]で見る限り、3人が着ていた防護服よりはましなものがありそうではないか。

 第一、過去記事で紹介したフランスから届けられたはずの「核分裂を抑える作業員が放射線から身を守るために必要な防護服1万1,000着、手袋4万組、マスク300個」があったはずだ。

 その後、アメリカからも「放射線を遮断するDemronという素材を使用した放射能防護スーツ200着」が寄付されて、先週中に届いただろう。

 だが、前掲の新聞に東電の作業実態に詳しい原子力技術者の下記のような告白が紹介されていることから考えれば、フランスやアメリカからの放射線防護服が彼らに届かなかったとしても不思議ではない。

  • 東電の原発では以前から安全管理がずさんだった。
  • (※かなり前の話)下請け企業の作業員は放射線計のアラームが鳴っても止め、そのまま作業を続けることはこれまでにもあった。
  • 下請けにはノルマがあり、時間通りに終えないと、契約額の減額などのペナルティーが科せられることなどが背景にある。
  • 作業は複数でするのが原則。1人が放射線を測り、基準値に達したら作業を止める。だが、東電の原発内では以前から、作業員1人だけで仕事をすることもあると、下請けの作業員から聞いていた。

 いや、それどころか3月27日付朝日新聞朝刊の下記の記事を読むと、3人の被曝は東電による犯罪の様相すら帯びてくる。

“3号機のタービン建屋内で起きた作業員3人の被曝で、3人が作業に入る6日前の18日、2号機のタービン建屋地下で、通常時に比べて異常に高い放射線量を確認しながら、東電は作業員に注意喚起をしていなかったことがわかった。東電は「情報共有が早ければ被曝を防げた可能性がある」と認め、謝罪した。”

 謝罪というには、被曝による障害がこの先いつ出るのかわからない3人の一生を見るということでなければならないはずだが、そんなことができるのか? 

 わが国を襲った地震、津波、原発事故は自然の恐ろしさを嫌というほど見せつけてくれた。しかし、非人道的な思想が絡む今回の3人の被曝は人災以外の何ものでもない。

「福島第一原発関連」はカテゴリーにあります。[⇒こちら

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2011年3月26日 (土)

福島第一原発で、くるぶしぐらいまでの靴を履いた作業員2人が足に被曝、内部被曝も。

 福島第一原発3号機のタービン建屋地下1階でケーブルを敷く作業中だった東京電力の協力会社の作業員3人が、24日12時10分頃、被曝した。20~30代の男性たちという。

 彼らのうち、くるぶしぐらいまでの靴を履き、深さ30センチの水に浸かっておよそ2時間、作業をしていた2人は、靴の中に水が入って足に被曝したことがわかり、福島市内の病院で手当てを受けたあと、千葉市の放射線医学総合研究所に搬送され、詳しい検査を受けた。

 局所的に2,000~6,000ミリシーベルトという強い放射線を受けたと推定され、現在2人の皮膚に異常は見られないが、今後3週間までに障害が生じるおそれがあるという。火傷と同じような治療を行うことになるという見通し。また尿などから放射性物質が検出され、内部被曝も確認された。

 あとの1人は長靴を履いていたお蔭で、足の被曝はなく、内部被曝もなかった。

 研究所の明石真言緊急被ばく医療研究センター長によると、「2人は食欲もあり、日常生活は全く不自由ない。3人とも週明けまでには退院できると思う」という。

 何とも異様な事件ではないか!

 いうのも、わたしは25日のニュースで、アナウンサーが、陸上自衛隊が放射性物質から身を守る防護服やマスクの調達を急いでいるというのを聴いた。

 福島県内で「避難」や「屋内退避」の指示が出ている地域で活動している隊員は3,000人に上り、化学防護服1万5,000着と化学防護マスク7万5,000枚が用意されていたのだが、これらは一度使用されると廃棄されるため、活動が長期化した場合には足りなくなるおそれが出てきたというわけだ。そこで、陸上自衛隊は全国各地のメーカーに依頼し、防護服とマスクの調達を急いでいるということだった。

 また、19日のニュースでは、東京電力の要請を受けてフランスの原子力大手「アレバ」とフランス電力公社は、核分裂を抑える作業員が放射線から身を守るために必要な防護服1万1,000着、手袋4万組、マスク300個、それに空気中の放射線の量を測定する線量計100個を航空貨物で送ったと報じていた。それらは19日午後に日本に到着する見通しだということだった。ちなみに、「アレバ」はホウ酸90トンなども送ったほか、無人のショベルカーの提供も検討しているとあった。

 「避難」や「屋内退避」の指示が出ている地域というのは、原発のタービン建屋地下1階よりも放射線的に危険なのだろうか?

 協力会社の作業員3人が宇宙服のような化学防護服と手袋とマスクをつけた重装備でありながら、例外的に足だけが長靴とかくるぶしぐらいまでの靴といった軽装だったとは考えにくい。彼らは信じられないくらいの軽装で危険極まる場所に送り出され、2時間もの長い間、作業を続けていたのに違いない。

 同じ場所で作業をしていたにも拘らず、長靴を履いていたり、くるぶしぐらいまでの靴を履いていたりといった統一のなさは、服装が彼らの自由に任されていたということだろうか?

 フランスから送られたものはどこへ行ったのだろう? 防護服1万1,000着、手袋4万組、マスク300個は。それらは、彼らにこそ送られたものではないのだろうか? 24日の作業までには届いていたはずだ。

 それに、週明けにはもう退院だというが、現在障害が出ていないからといって、長期に亘る経過観察が必要なことは確かだ。 

 「毎日jp」の下記のような記事を読むと、どれほど大量の防護服があっても足りないのかもしれないと思うが、しかし、足に被曝した2人の靴と2時間もの作業時間はあんまりだろう。

 海外のメデイアが作業に従事する人々を‘Fukushima Fifty’と呼んで称賛していることをネットニュースで見たが、下記のブログで紹介されている記事は本当だろうか……気が変になりそう。

 原発に関して参考になるサイト

当ブログにおける関連記事

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2011年3月24日 (木)

新自由主義政策のツケ

「屋内退避」の指示が出ている区域には独り暮らしの高齢者など、1~2万人が暮らしていて、支援が届きにくく、深刻な状況にあるという。いわき市包括支援センターの職員によると、ガソリンがないため、歩いて届けられる範囲内など、できるだけのことをやるしかないそうだ。南相馬市然り。職員がガソリン不足で巡回できないという。背負いきれない大荷物を背負わされている職員の方々。

今回の震災で気になるのは、地域により対応能力にずいぶん差があるように見えるということだ。

東京都の赤ちゃんにペット水が配られるというニュース、次いで茨城県についてのニュースを見ると、他の地域の赤ちゃんのことがどうしても心配になる。

小泉政権以来、ハイピッチで推し進められてきた小さな政府化、新自由主義的地方分権化……のツケが、今回の震災では透けて見える。

福島県双葉町の町長さんが役場ごと、移転を希望する1,100人余りの住人たちと共に「さいたまスーパーアリーナ」に向けて出発するニュースを見たとき、町長さんがわたしには何だかモーセのように見えた。

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2011年3月23日 (水)

何てこった、乳児の水が……。3号機からまた黒煙。

東京都葛飾区飾区にある浄水場の水道水から、放射性ヨウ素131が検出されたそうです。
22日午前9時に採水・検査⇒1リットル当たり210ベクトル。
23日午前9時に採水・検査⇒1リットル当たり190ベクトル。

これは大人が摂取できる上限・1リットル当たり300ベクトル内には収まっているそうですが、乳児が摂取できる上限・1リットル当たり100ベクトルの2倍となっています。

そのため、東京都は、東京23区の全て、武蔵野市、三鷹市、町田市、多摩市、稲城市の全域で、乳児に限って水道水の摂取を控えるようにということです。

長期摂取でない場合は、差し支えないとのこと。

福島第一原発の問題が長引いています。

21日に3号機から黒くなったり灰色になったりする煙が上がっていましたが、収まったということで、22日には1号機から4号機まで外部電源が復旧し、3号機制御室が点灯。

明るいニュースに、これで事態は収束に向かうだろうと安心していました。現実は、なかなかそうはいかないようです。

今日また午後4時20分頃、3号機から黒煙。煙の量は減りつつあるようではありますが、原因は明らかになっていません。

一昨日でしたか、毎日毎日福島第一原発に注意を向ける生活にほとほと疲れ、タロット占いをしたところ、問題は長引き、近い将来……占ったわたしの現在の心情を暗示するものではないかと思いますが、ハートが3本の剣に貫かれている絶望を意味する絵柄が出ました。
自然の恵みを意味する女帝が逆さまに出ましたし、水辺に座る美しいカップの女王も逆さまに出ました(カップの女王は母性愛を意味するものでもあります。乳児の水のことで心を痛める母親をシンボライスしているかのよう)。
しかし、最終カードには『世界』が出ましたので、いずれ(いつ?)予想したよりは(チェルノブイリよりは?)まるく収束はするのでしょう。海水、水道水、農作物、土壌に対する影響が深刻になってきた現時点ではとてもそうは思えない、どす黒い気分にならざるをえませんが。

また例の試みをしようと思います。何もしないよりははるかにましなはずです(たぶん)。

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2011年3月22日 (火)

Notes:不思議な接着剤 #75 ピュタゴラスの最期。プトレマイオス王とエウメネス王の蔵書競争。

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#75
2011/3/22(Tue) ピュタゴラスの最期。プトレマイオス王とエウメネス王の蔵書競争。

図書館から借りてきた本を返却しなければならないので(また借りるつもりだが)、以下にざっとメモ。

○ゲルショム・ショーレム『カバラとその象徴的表現』(法政大学出版局)

27頁

“12世紀の末、ラングドッグの地に最初のカバラ思想家たちがユダヤ教の歴史舞台に登場した頃”

とあり、ここではっきりとラングドッグの地名が出てくる。

原田武『異端カタリ派と転生』(人文書院)によると、ラングドッグで栄えたカタリ派の信者200人あまりがモンセギュールの麓で火刑に処せられたのは1244年で、このときに組織として事実上の壊滅した。カタリ派について“十一世紀初頭ぐらいから西欧に広まるキリスト教の異端思想である。”
箱崎総一『カバラ』(青土社)に、“ナルボンヌには5世紀頃からユダヤ人居住区があった。”とある。
これまで見てきたように(ヨセフス『ユダヤ戦記』『ユダヤ古代誌』)、イエスがエッセネ派に接触した可能性は充分あり、エッセネ派とカバラは関係がある。エッセネ派、グノーシス、カバラが切り離せないことからしても、カタリ派の教義が無関係とは到底思えない。

○デイヴィッド・ビアール『カバラーと反歴史 評伝ゲルショム・ショーレム』(晶文社)

53頁

“クロホマルはまた、ショーレムに先んじて、彼が明らかにもうひとつの正当な思弁的哲学と考えていた、グノーシス主義とカバラーの顕著な類似性を明示してもいる。両者は、隠れたる神や神の属性の原質化のような観念を共有していた。ショーレムがこれらの示唆された類似性を、ユダヤ教グノーシス主義の持続した形態として一貫したカバラー理論へと敷衍したことを、われわれは見ていくつもりである。”

ブラヴァツキーはエッセネ派はピュタゴラス派であり、死海の畔に居を構えていた仏教徒(プルニウス『博物誌』)の影響を受けたという。エッセネ派が仏教的であり、グノーシス文書に見るマグダラのマリアがイエスから受けたとされる教えが仏教的であり、カタリ派の教義が西欧の仏教といわれたことを考えてみると、原始キリスト教が仏教的な色彩を帯びていたとしても不思議ではない。

そもそも、ピュタゴラスの思想があまりにも東洋的なのだ。ブラヴァツキーは“口伝によればオルフェウスはインドから彼の教義を持ってきた人であり、最古のマギ派の宗教を信奉した者”という。
イアンブリコス『ピュタゴラス伝』よると、ピュタゴラスの死後、ピュタゴラス派は口伝衆と学科衆に分かれた。学科衆を受け継いだのはプラトンとその弟子たちだ。プラトンの描くソクラテスには、口伝衆の面影がある。
前掲著『ピュタゴラス伝』を読むと、ピュタゴラス派とオルフェウスは無関係ではありえない。以下は注より。

“紀元前七世紀に黒海とギリシアとの交易が開かれたため、スキュティア、トラキアでギリシア人はシャーマニズムに接触し、そのさいオルペウスもシャーマンとしてギリシア世界に紹介された。しかし、オルペウスがギリシア化される過程で、シャーマン的性格は剥奪され、合理化された。”
“オルペウスの教義でもっとも有名な魂の転生は、古典期には確証されていない。しかし、魂は前世での罪ゆえに、現世で肉体という牢獄に閉じ込められ、罰せられている、ということから転生は容易に推論できる。これらとピュタゴラス派の教義の一致は偶然ではない。南イタリアにオルペウス文書を奉ずるオルペウス教がすでに根を張っているところに、ピュタゴラス派が入ってきたからである。”

何にしても、イアンブリコス『ピュタゴラス伝』には驚くほどいろいろなことが書かれているので、丁寧に読んでいく必要がある。

○イアンブリコス『ピュタゴラス伝』(国文社)

できればこの本はほしい。4,500円+税。何回も図書館から借りてくることになるだろうから。資料的価値としてもすばらしいし、面白さに取り憑かれる。天球の音楽、懐妊期間の算出法など、あまりにも印象的だ。この本には補遺として、ポルピュリオス『ピュタゴラス伝』まで収録されているという贅沢さなのだ。

ピュタゴラスの最期について。注より。

“(略)ピュタゴラス派への権力の集中、高踏的な態度への反発から、紀元前六世紀と五世紀の境目あたりで、キュロンを中心とする反乱が起こった。ピュタゴラス派の指導者たちが殺され、ピュタゴラスもメタポンティオンに逃れて、ムーサの神殿に退避し、そこで餓死した(ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』第八巻四○、ポルピュリオス『ピュタゴラス伝』五七)といわれている。” 

○プリニウス『博物誌』

全訳は、県立図書館で読まなくてはならない。借りられるのは植物篇、植物薬剤篇のみの訳だが、これにも既に取り憑かれた。

植物にかんする興味深い記述もさることながら、歴史的エピソードが絢爛豪華に散りばめられているのだ。

例えば「パピルス紙の発明」に、“プトレマイオス王とエウメネス王の蔵書をめぐる競争のために、プトレマイオスが紙の輸出を止めたので、ベルガモンの羊皮紙が発明された。”というようなあっと驚くエピソードが何気なく挿入されている。

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影響が拡がり始めた原発事故。息子から個人指導を受けました②

 相変わらず、予断を許さない福島第一原発。

 21日午後3時55分頃、3号機から黒くなったり灰色になったりする煙が出て、それは2時間くらいして収まりました。

 午後6時20分過ぎ、今度は2号機から白い煙。この2号機には、20日午後3時過ぎから2時間くらいかけて使用済み核燃料プールに40トンの海水を注入する作業が行われていました。

 正門付近の放射線量は、午後5時40分には1時間当たり494マイクロシーベルト、午後6時半には1932マイクロシーベルトと上昇。その後値は下がり始め、午後10時には380マイクロシーベルトになったとか。

 保安院は放射線量の値の上昇に2号機から出た白い煙が関係しているのではないかと見ています。燃料棒が壊れて、プールに放射性物質が漏れ出している可能性があるということです。

 原発事故による放射線の影響が拡がり始めたようで心配ですね。

 21日、茨城・栃木・群馬・福島県のホウレンソウ、カキナと、福島県の原乳について、出荷規制の指示が出ました。また、海水からも放射性物質が確認されたとのこと。

 放射線に対する恐怖。正体がはっきりしないと、余計に怖い気がするので、ネット検索をしてみたところ、放射線に対する理解に混乱が見られる記事も多いように思えました。

 放射線、放射能、放射性物質の捉えかたにバラつきがあります。かくいうわたしも混乱していたわけですが、①のときに、息子から「放射線を出す能力が放射能で、放射能を持った物質が放射性物質。放射能を持った粒子が単独でチリとなっている、元々ただのチリなのだが粒子が付着していることはあるが、“元々ただのチリ”が変質して放射能を持つ、ことはないよ」と説明を受けて、かなりすっきり。

 さらに、「放射線と原子炉について」というわかりやすい図解をppt形式で送ってくれました。わたしの頭に合わせて解説されているので、大変わかりやすく、プリントアウトして夫と娘にも見せました。一家で息子を講師に放射線と原子炉のお勉強……。

20110321214431_2

 引っ越し先にほとんどの荷物を運んだあとの空っぽに近い部屋で、量子化学の教科書どころか1冊の本もなく書いたそうで、「間違いがあるかもしれない。でも、そんなに間違ってはいないと思う」とメッセージがありました。

 わたしは児童文学の本を出したいと思っているのですが、息子がこの手のわかりやすい科学の本を書くほうが、商業出版して貰える確率はずっと高いのではないかと思いました。

 ところで、まだ福島第一原発のことは心配ですが、原発のことばかり考えていたのでは身がもたないし、創作の計画が大幅に遅れたので、昨日から創作と読書が中心の生活に幾分戻っています。

 2週間でざっと目を通すつもりで借りてきた、(前にもご紹介した)八坂書房版プリニウス『博物誌』、カバラ神秘主義及びカバラ学の権威ゲルショム・ショーレム『カバラとその象徴的表現』(法政大学出版局)、イアンブリコス『ピュタゴラス伝』(国文社)が放置状態でした。昨日、パラパラとめくってみて、至福の心地!

 偶然開いたところに目下のテーマにとって重要なことが書かれている、ということがわたしにはよくあります。昨日もそうでした。

 また借りたいと思っていますが、返却しなければならないので、次の記事ででも、メモをとっておくことにします。

 それから、ジュンク堂で、岩波文庫の前から動こうとしないわたしに呆れて、夫が上巻を、娘が「綺麗!」と共感してくれて下巻を買ってくれたリョンロット『フィンランド叙事詩 カレワラ』。ブラヴァツキーの論文に引用があり、参考までに手にしてみるだけのつもりだったのです。

 これもまあ、綺麗なこと、綺麗なこと! 小泉保訳も優れているのでしょうね。ここからも断片をご紹介できればと思っています。この叙事詩に、シベリウスが曲にした『トゥオネラの白鳥』が出てきます。 

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整形外科の予約日が変更に

午後4時頃、レッドクロス整形外科からお電話があり、診療体系が変わったため、予約日が28日から20日に変更になったとのことだった。時間は前と同じく11時。

早くなって嬉しい。五十肩の悪化で、右腕が水平からやや上くらいまでしか上がらない。時々無理に上げてしまい、痛い!

循環器クリニックで出していただいたロキソニンの湿布は、かぶれるのであまり貼っていない。貼っても痛みはあまり変わらず、表面にしか作用しない気がする。

物を右手で持つと痛いので、まとめて左手で持つと、そちらまでおかしくなってくる。

被災した人々が後片付けしているのを見ると、この中には五十肩の人だっているに違いなく、困っているだろうなあと想像してしまう。

午前中は右膝の骨腫瘍の圧迫痛か関節の痛みかはわからなかったが、疼いたので、ロキソニンの湿布を貼ろうかどうしようかと迷いつつ、貼らなかった。今はそうでもない。この痛みの正体については未だはっきりしない。

28日には内科受診があるが、副甲状腺の検査値よりも肝機能の値がどう推移したかを知りたい。

被災地で薬がない、受診できないと訴えている人々をテレビで見た……

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2011年3月20日 (日)

携帯でのブログ更新に便利な『リンクタグ作成』サービス

ずっとパソコンは開いていず、携帯からばかり記事を更新しています。

リンクしたいときは、自動リンクタグ作成機を利用させていただいています。

サイト「mobile space」の中に下記の『リンクタグ作成』無料サービスがあります。
リンクタグ作成

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3号機の圧力……

何とか安定したみたいです。あー、水入ったら入ったで、問題が起き……問題多発。

昨日から、地震雲掲示板まで気になって。下記のサイトの中に地震雲掲示板があります。
地震情報サイトJISモバイル

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2011年3月19日 (土)

福島第一原発3号機への連続放水は順調。原乳・ほうれん草6検体から……。

14時10分頃から3号機の冷却目的で、東京消防庁ハイパーレスキュー隊が、海→遠距離大量送水車→(22メートルまで伸びる)屈折放水塔車の順で海水を汲み上げ、放水を開始しました。1分間3トン。
順調に進んでいるそうで、7時間連続の予定。

1・2・3・4号機の上空の温度はいずれも100度を下回っており、放水による一定の効果があったと見られています。

地震のあとも唯一動いていた6号機の非常用発電機に頼っていた5・6号機は、電源が充分でないことから、使用済み核燃料の保管プールの水温が上昇していましたが、5号機の冷却用ポンプ1台が起動したことにより、プールの水温は徐々に下がり始めているそうです。6号機の冷却系も19日中に起動させる予定とのこと。
また、1・2号機で起きたような爆発を防ぐために、5・6号機の建屋の屋根に穴が開けられたとのことです。

2号機については、19日中に電気を流せるようにしたいとのことです。
20日には4号機でも手前まで電源ケーブルがつながる見通し。東電は、1〜6号機まで、全てに外部の電源をつなぐ作業に全力を上げる意向。

福島県内の原乳(乳牛から搾乳したばかりの牛乳)、茨城県内のほうれん草6検体から、食品衛生法の暫定基準値を超える放射線量が検出されたとか。食べたからといって、直ちに健康に害があるといった値ではないそうですが。
「一定地域の摂取制限や出荷規制などの対応が必要かどうか、早急に検討してまいりたい」と枝野官房長官。
「食べ物にも影響が出るということは、福島第一原発事故の影響がじわりじわりと拡がりつつあることの一つの事実でしょうね」と解説委員。
「放射性ヨウ素は葉物につきやすいが、よく洗うことで影響を抑えることができる」と専門家。

努力が続けられているものの、依然として予断を許さない福島第一原発。ヘリや消防車が登場した辺りから気が緩み、もっぱら家事に気をとられていましたが、深夜からでもまた下記の仕事に没頭してみたいと思っています。

(前々回の記事にも書いたことですし、ここからは神秘主義者としての考えなので、スルーしていただいて結構ですが)想像上の純白の妙なる光を、満身創痍の福島原発に向けて強力に放射していただけたらと思います。何もしないよりははるかにましなはずです(たぶん)。
放射線が肉眼には見えないように、オーラや想念形態も肉眼には見えませんが、大雑把にいうと、神秘主義者の目には万物(物や思いも含めて)は光でできているので、純度の高い想念の光は使える、対象が何であれ、影響を及ぼしうるという考えです。

また、原発から遠くないかたは外部的に必要な予防を施した上で(花粉対策に似ています)、自身を黄身に見立て、純白の妙なる光が白身のように自身を包んでいるところを想像していただきたいものです。
純度の高い精神力を使うのは案外難しく、疲れることでもありますが(わたしがそれを本格的に試みたのは6年ほども前です。そのときは自分に対してではありませんでしたが)、そうするだけでも、オーラに好ましい変化があらわれますので、肉体的にも有益です(わたしはオーラが見えることがあるので、これは自分で確認済みです)。

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息子から個人指導を受けました①

福島第一原発の事故で、放射線がクローズアップされたわけですが、ニュースで視聴したことをメモしながらも、わたしにはちんぷんかんぷんでした。

で、息子から個人指導を受け、ようやく、放射線というものがいくらかわかってきました。息子の専門は量子物理学ではありませんが、物理化学なので、訊いたら、いろいろと教えてくれました。

それをそのまま書けたらいいのですが、間違ったらいけないので書きません。

サワリだけ書いてみますと、放射線は不安定な原子が壊れるときに飛び出し、それにはいくつかの種類があって、放射線は、物を通るときにそれを原子レベルで変質させる作用を持つそうです。放射線の種類にもよるそうですが、通しにくいものは鉛、純金はさらに。半減期について。チェルノブイリの何が問題だったか……福島第一原発との違い。核廃棄物について。核爆発と原発事故との違い。外部被曝と内部被曝……等々、わたしの頭脳に合わせていろいろと教えて貰いました。が、これを書いている今は、おおかた忘れてしまいましたわ。

前の記事で呼びかけたようなことは、恥ずかしくて息子には話せませんでした。あれは、わたしなりの体験と観察を経たものですけれど。

ただ、わたしが神秘主義的に考えていること(例えば物も思考も含めて万物の本質は光で、肉眼に見える物は、その光の性質の物質的表現だと思う……というようなことをですが)には、いくらか物理学の理論を連想させるところがあるようです。

物理学と神秘主義には接近しているところがあるみたいだと、わたしの稚拙な話とは別の例から、息子はそう感じたことがあったみたいでした。

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2011年3月18日 (金)

福島第一原発3号機への放水と、待ち遠しい外部電源の回復。

福島第一原発3、4号機は使用済み核燃料保管プールを冷却できない状態が続いており、このままでは大量の放射性物質が漏れ出すおそれがありました。

その対策として、昨日、3号機へ自衛隊による空と地上からの放水作業が行われましたが、依然としてプールの水位の低い状態が続いているようです。

そこで、今日も自衛隊による放水が行われることになり、全国の航空基地から集められた特殊な消防車6台が、午後2時前から午後2時38分までに数十トンを放水。

水蒸気が出ているので、使用済み核燃料に水が当たって水蒸気が出ていると考えられ、ある程度の冷却効果はあったのではないかと見られています。しかし、逆をいえば、プールの水はかなり減っているのではないかと考えられます。

続いて、東京電力の協力会社社員が米軍の車両を使って放水し、午後2時45分に終了。

このあと、東京消防庁の車両が放水の予定とのこと。

また、午前中のニュースでは、この第一原発への根本対策として、電線を引き込み、電源を確保し、冷却装置を使って原子炉を冷やしたいといっていました。

これはどうなったのかと思っていたところ、夕方のニュースでは、今日中にも外部電源を回復させようとしているといいましたので、未だ作業中ということでしょう。

消防車が何台も勢揃いしたところを見ると、安心したくなりますが、雄々しい放水作業によっても、「水が届いたと思う」という次元の報告を視聴すると、焼け石に水……状態から抜け出すために、外部電源の回復をジリジリとして待たずにはいられません。

まだ予断を許さない状態であるようですね。

わたしは昨夜から風邪のひきかけの感じがあって、寝たり起きたりしていましたが、回復。


(前回の記事にも書いたことですし、ここからは神秘主義者としての考えなので、スルーしていただいて結構ですが)想像上の純白の妙なる光を、満身創痍の福島原発に向けて強力に放射していただけたらと思います。何もしないよりははるかにましなはずです(たぶん)。
放射線が肉眼には見えないように、オーラや想念形態も肉眼には見えませんが、大雑把にいうと、神秘主義者の目には万物(物や思いも含めて)は光でできているので、純度の高い想念の光は使える、対象が何であれ、影響を及ぼしうるという考えです。

また、原発から遠くないかたは外部的に必要な予防を施した上で(花粉対策に似ています)、自身を黄身に見立て、純白の妙なる光が白身のように自身を包んでいるところを想像していただきたいものです。
純度の高い精神力を使うのは案外難しく、疲れることでもありますが(わたしがそれを本格的に試みたのは6年ほども前です。そのときは自分に対してではありませんでしたが)、そうするだけでも、オーラに好ましい変化があらわれますので、肉体的にも有益です(わたしはオーラが見えることがあるので、これは自分で確認済みです)。

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2011年3月17日 (木)

9時48分、福島第一原発3号機に自衛隊ヘリから水が投下

福島第一原発3、4号機では、使用済み核燃料保管プールを冷却できない状態が続いており、この状態が続けば、燃料が溶け、放射性物質が外部に漏れ出すおそれがあるため、空からの放水と地上からの高圧注水が実施されることになりました。

1回目の空からの放水(海水)が9時48分に3号機へ。

2回目の空からの放水が9時52分に3号機へ。

3回目の空からの放水が9時54分に4号機へ。これはかなり拡散。

4回目の空からの放水が10時に3号機へ。

1号、2号機は特に変化なし。海水の注水を行っているそうです。

5号機は圧力の高まりが見られるので、1〜4号機のようにならないように使用済み核燃料保管プールの健全性を保つよう、しっかり見ていくとのこと。

地上からの態勢も整ってきたようです。

ここまでくればもう大丈夫と楽観的になりますが、緊急性の高い3、4号機(特に3号機のプールの蒸発が速い)も、それ以外のものも、まだ予断を許さない状態にあるようです。

3、4号機は大量の水を必要としているため、空と地上からの放水は長期戦になりそう。ヘリコプターがかわゆく、かつ頼もしく見えました……!

被災者の方々を心配していますが、原発事故は健康的にも国際的にもわが国を将来的な困難に晒しかねない出来事なので、主にこの問題に絞って記事にしてきました。わたしの住む県では県民からの物資の提供を受け付けているようなので、クリーニング済みの衣料、タオルなどを考えているところです(どちらもだめでした)。
※県のホームページに、救援物資の種類と受け入れ場所が示されていました。受け付ける・受け付けない、義援金などについては、県によって違うようです。まずは、ホームページを見なくてはなりません。


福島原発のことで少し安心したせいか、めまいがします。寝不足からだと思うので、今から昼寝します。放水がうまくいきますように。


(前回の記事にも書いたことですし、ここからは神秘主義者としての考えなので、スルーしていただいて結構ですが)想像上の純白の妙なる光を、満身創痍の福島原発に向けて強力に放射していただけたらと思います。何もしないよりははるかにましなはずです(たぶん)。
放射線が肉眼には見えないように、オーラや想念形態も肉眼には見えませんが、大雑把にいうと、神秘主義者の目には万物(物や思いも含めて)は光でできているので、純度の高い想念の光は使える、対象が何であれ、影響を及ぼしうるという考えです。
また、原発から遠くないかたは外部的に必要な予防を施した上で(花粉対策に似ています)、自身を黄身に見立て、純白の妙なる光が白身のように自身を包んでいるところを想像していただきたいものです。
純度の高い精神力を使うのは案外難しく、疲れることでもありますが(わたしがそれを本格的に試みたのは6年ほども前です。そのときは自分に対してではありませんでしたが)、そうするだけでも、オーラに好ましい変化があらわれますので、肉体的にも有益です(わたしはオーラが見えることがあるので、これは自分で確認済みです)。

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3号機は大きな損傷はなし? 4号機には明日地上から放水。

3号機については、大きな損傷はないのではないか……少なくとも、今日は大きな損傷はなかったのではないか、ということです。「正門前の放射線の数値が小さくなってくるということは、いずれにしても説明がつかない」と、保安院。専門家は、一時高くなったのは2号機が原因ではないか、との見方をしているようです。

現在、緊急性のあるのは4号機で、燃料プールを満たすことがその後の対策にもつながるため、地上から警視庁が保有する高圧放水車で放水の予定とのこと。早ければ、17日の早朝から。

温度管理中の5、6号機もまだ……


ああ、今日は3号機に注意を向けすぎて、もうへとへと。少し、気分が悪くなりました。朝まで何も大きなことが起こりませんように。


(前回の記事にも書いたことですし、ここからは神秘主義者としての考えなので、スルーしていただいて結構ですが)想像上の純白の妙なる光を、満身創痍の福島原発に向けて強力に放射していただけたらと思います。何もしないよりははるかにましなはずです(たぶん)。
放射線が肉眼には見えないように、オーラや想念形態も肉眼には見えませんが、大雑把にいうと、神秘主義者の目には万物(物や思いも含めて)は光でできているので、純度の高い想念の光は使える、対象が何であれ、影響を及ぼしうるという考えです。
また、原発から遠くないかたは外部的に必要な予防を施した上で(花粉対策に似ています)、自身を黄身に見立て、純白の妙なる光が白身のように自身を包んでいるところを想像していただきたいものです。
純度の高い精神力を使うのは案外難しく、疲れることでもありますが(わたしがそれを本格的に試みたのは6年ほども前です。そのときは自分に対してではありませんでしたが)、そうするだけでも、オーラに好ましい変化があらわれますので、肉体的にも有益です(わたしはオーラが見えることがあるので、これは自分で確認済みです)。

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2011年3月16日 (水)

ヘリによる水の投下は、今日は断念

福島第一原発の3号機、4号機は、使用済み核燃料保管プールを冷却できない状態となっています。

3号機は一昨日水素爆発を起こし、上が開いているので、自衛隊のヘリコプターによる水の投下が計画されていましたが、今日の作業は断念されたとのこと。上空の放射線量が規定の上限を大幅に超えているため、作業ができないようです。

地上からの放水も計画されており、準備中だそうです。

(前回の記事にも書いたことですし、ここからは神秘主義者としての考えなので、スルーしていただいて結構ですが)想像上の純白の妙なる光を、満身創痍の福島原発に向けて強力に放射していただけたらと思います。何もしないよりははるかにましなはずです(たぶん)。
放射線が肉眼には見えないように、オーラや想念形態も肉眼には見えませんが、大雑把にいうと、神秘主義者の目には万物(物や思いも含めて)は光でできているので、純度の高い想念の光は使える、対象が何であれ、影響を及ぼしうるという考えです。

原発から遠くないかたは外部的に必要な予防を施した上で(花粉対策に似ています)、自身を黄身に見立て、純白の妙なる光が白身のように自身を包んでいるところを想像していただきたいものです。
純度の高い精神力を使うのは案外難しく、疲れることでもありますが(わたしがそれを本格的に試みたのは6年ほども前です。そのときは自分に対してではありませんでしたが)、そうするだけでも、オーラに好ましい変化があらわれますので、肉体的にも有益です(わたしはオーラが見えることがあるので、これは自分で確認済みです)。

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福島第一原発の白煙については、未だ確認できず

16日午前8時半頃から、第一原発辺りから白煙が上がっていました。

それについては、この記事を書いている午後3時になっても詳しいことはわかっていません。近寄れない状態ということでした。

この白煙について、枝野官房長官は3号機の格納容器の一部から、放射線を帯びた水蒸気が放出されている可能性があるといいました
(※午後3時過ぎ現在、3号機に自衛隊がヘリコプターによる上空からの注水を準備中との最新ニュース。山火事を消す要領で行うとのこと)。

保安院は正午過ぎの会見で、白煙についてはわからないが、第一原発の正門辺りで放射線の値が上がり、その後下がったのは、3号機ではなく2号機の影響ではないかということです。

2号機は、サプレッションプール(圧力抑制室)に破損が見つかっています。その破損部分から、放射性物質が漏れ出ているのではないかという推測です。

4号機は、昨日出火が確認され、その後炎が見えなくなりましたが、鎮火の確認はありませんでした。今日また炎が見え、その後炎は見えなくなったそうで、しかし今回も鎮火の確認はできていないとのことです。


(前々回の記事にも書いたことですし、ここからは神秘主義者としての考えなので、スルーしていただいて結構ですが)想像上の純白の妙なる光を、満身創痍の福島原発に向けて強力に放射していただけたらと思います。何もしないよりははるかにましなはずです(たぶん)。放射線が肉眼には見えないように、オーラや想念の光も肉眼には見えませんけれど。

また、原発から遠くないかたは外部的に必要な予防を施した上で(花粉対策に似ています)、自身を黄身に見立て、純白の妙なる光が白身のように自身を包んでいるところを想像していただきたいものです。
純度の高い精神力を使うのは案外難しく、疲れることでもありますが(わたしがそれを本格的に試みたのは6年ほども前です。そのときは自分に対してではありませんでしたが)、そうするだけでも、オーラに好ましい変化があらわれますので、肉体的にも有益です(わたしはオーラが見えることがあるので、これは自分で確認済みです)。

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ヘリでの注水は困難とのこと

福島第一原発4号機では、使用済み核燃料保管プールの水が少なくなり、燃料棒が頭を出している状態。それで、建屋の穴が空いているところからヘリコプターを使った注水が考えられていましたが、それは無理だとわかったらしいです。

菅首相に「あなたたちしかいない。覚悟を決めてください」と恫喝されていた人たちは、現場で作業に当たる人たちで、《原発ジプシー》といわれる人たちなのでしょうか? 好きで、原発の下請け仕事をする人がいるとは思えません。

何だか戦時下にあるような錯覚を覚えました。わたしなら、菅のような総司令官の下では死ねません。

また、チェルノブイリの棺桶職人だったというお爺さんが楽観的なことをおっしゃっていたので、放射性物質が花粉か何かに想えてくるくらい安心しきっていましたが、あのお爺さんが原発推進派か反対派かと考えたとき、事態が本当に終息するまでは、気を抜くべきではないと考えました。

今回の事故を思うと、原発をなくせないなら、せめて国営にすべきだと思いましたし、自然災害の爪痕の凄まじさを見ると、箱モノも大事だと思わざるをえませんでした。


一眠りしたら、また前の記事で書いた例の仕事に励むことにします。

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2011年3月15日 (火)

現時点における福島第一原発

福島第一原発1・2・3号機は海水注入継続とのこと。消防車をつないで、注水機能は保たれているそうです。

4号機の火災は11時頃、炎は見えなくなった(鎮火の確認はなし)。


(前々回の記事にも書いたことですし、ここからは神秘主義者としての弁なので、無視なさって結構ですが)想像上の純白の妙なる光を福島原発に向けて強力に放射して貰えたらと思います。何もしないよりははるかにましなはずです(たぶん)。放射線は肉眼には見えず、オーラや想念の光も肉眼には見えませんけれど。

また、原発から遠くないかたは外部的に必要な予防を施した上で、自身を黄身に見立て、純白の妙なる光が白身のように自身を包んでいるところを想像していただきたいものです。
純度の高い精神力を使うのは案外難しく、疲れることでもありますが(わたしがそれを本格的に試みたのは6年ほども前です。そのときは自分に対してではありませんでしたが)、そうするだけでも、オーラに好ましい変化があらわれますので、肉体的にも有益です(わたしはオーラが見えることがあるので、これは自分で確認済みです)。

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こちらのサイトは便利です

ガジェット通信(東京産業新聞社)
http://getnews.jp/

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あわわ、福島第一原発2 号機の圧力抑制室損傷、3号機、4号機にも……

福島第一原発2号機で爆発音、格納容器の下の方にあるサプレッションプール(=圧力抑制室。放射性物質を閉じ込める最後の砦である格納容器の壁の一部を作っている)が損傷したことが明らかになったそうです。作業に携わっていない職員の安全な場所への一時避難が始まりました。

さらに、3号機の建物上部に蒸気のようなものが見え、4号機の建物の屋根に損傷が見つかったそうです。


さて、どうなりますことやら。これは悠長に祈ってちゃ間に合いませんわ。
(ここからは神秘主義者としての弁なので、無視なさって結構ですが)想像上の純白の妙なる光を福島原発に向けて強力に放射して貰えたらと思います。何もしないよりははるかにましなはずです(たぶん)。
放射線は肉眼には見えず、オーラや想念の光も肉眼には見えませんけれど。
原発から遠くないかたは外部的に必要な予防を施した上で、自身を黄身に見立て、純白の妙なる光が白身のように自身を包んでいるところを想像していただきたいものです。
純度の高い精神力を使うのは案外難しく、疲れることでもありますが(わたしがそれを本格的に試みたのは6年ほども前です。そのときは自分に対してではありませんでしたが)、そうするだけでも、オーラに好ましい変化があらわれますので、肉体的にも有益です(わたしはオーラが見えることがあるので、これは自分で確認済みです)。

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2011年3月14日 (月)

福島第一原発2号機、がんばれ!

 本日午後1時半過ぎに、原子炉を冷却するすべての機能が失われたとして国に対し、法律に基づいて「緊急事態」を知らせる「第15条通報」を行った福島第一原発2号機は、原子炉の水位が下がり燃料棒が露出したため、海水を入れる作業を行っていました。

 しかし、燃料切れでポンプが動かなくなり、燃料棒が一時全て露出し、炉心が溶けた可能性も否定できないそうです。その後、炉心に海水が入り始め、現在は空焚きにはなっていないとのこと。

 水素爆発を起こして建屋が崩壊した1号機、3号機も未だ苦戦中で、充分なだけの水位が確保できず、予断を許さない状態が続いているようです。

 また、福島第二原発にしても、1号機、2号機、4号機で、津波の影響でポンプがよく働かず、充分な冷却機能が確保できなくなっていましたが、ポンプのモーターを交換するなどして健闘中。

 この記事を書いている今、NHKニュースが、第一原発2号機の水位が徐々に上がってきていると伝えました。燃料棒の半分は水に浸かっている状態だそうです。2号機、がんばれ!

 原子力発電所にしてこの程度の設備なのかという素人の疑問はありますが、とっさの判断で海水を入れるという思いつき、絶妙だと思います。日本人は昔から工夫に富む国民性、さすがです。

 とはいえ、海水を入れるということは、うまく死んでくださいというようなものでしょうが、チェルノブイリのようになることを避けるためには背に腹は代えられません。

 ぞっとするようなこの危機ですが、何とか乗り切れるのかもしれません。いや、乗り切らないことにはこの国の未来は……。文字通り命を賭けて頑張ってくださっている職員のかたがたに、遠くからエールを送ります。地震、津波の被害に遭われた皆様も本当に大変でしょうが、どうか頑張ってくださいますように。

 以下はウィキペディアを参考にしました。

福島第一原子力発電所

  • 1号機=(運転開始年)1971年、(出力)46.0万キロワット 危ない
  • 2号機=1974年、78.4万キロワット 危ない
  • 3号機=1976年、78.4万キロワット 危ない
  • 4号機=1978年、78.4万キロワット
  • 5号機=1978年、78.4万キロワット
  • 6号機 =1979年、110万キロワット
  • 7号機=計画中で、2013年10月予定、138万キロワット
  • 8号機=計画中で、2014年10月予定、138万キロワット

福島第二原子力発電所

  • 1号機=1982年、110.0万キロワット まだ危ない
  • 2号機=1984年、110.0万キロワット まだ危ない
  • 3号機=1985年、110.0万キロワット
  • 4号機=1987年、110.0万キロワット まだ危ない

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2011年3月13日 (日)

スマトラ島沖地震にほぼ匹敵するM9.0だった

 気象庁が観測データを詳しく分析した結果、11日に東北の太平洋沿岸で起きた巨大地震は、M9.0だったとわかったそうです。[※M=マグニチュードは地震の規模を示す。]

 これは、2004年のスマトラ島沖地震にほぼ匹敵する規模だとか。

 M9.0以上の巨大地震は1900年以降、4回観測されています。

  1. チリ地震(1960年/9.5)
  2. 米アラスカ地震(1964年/9.2)
  3. スマトラ島沖地震(2004年/9.1)
  4. カムチャツカ地震(1952年/9.0)。

 地震活動は極めて活発な状態が続いており、今後3日以内にM7以上の余震が起きる確率は70%以上と推定されるそうです。ところによって震度6強や震度6弱の激しい揺れが起きるおそれがあるとして、気象庁は余震及び津波に対する厳重な警戒を呼びかけています。

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3号機も緊急事態

 午前6時前に、福島第一原発3号機について、東京電力は、国に「緊急事態」を知らせる通報を行いました。「緊急事態」の通報は、これで6基目です。

 午前8時頃に行われた枝野官房長官の会見によると、3号機はバッテリー切れで給水機能が停止。圧力容器から圧力を減ずるために空気を抜く作業が行われているそうです。それには身体には影響を及ぼさない程度の放射能が含まれています。1号機でも昨日同じことが行われ、その結果、被曝した人が出てきました。

 原子力安全・保安院は、第一原発から半径20キロ以内にある双葉町からバスで避難した住民9人が被曝したと発表しました。この被曝は、直ちに健康に影響があるレベルではないとか。

 枝野官房長官によると、第一原発1号機では海水を圧力容器の中に注入する作業が進み、現時点では、炉の内側――圧力容器――は海水で満たされ、冷却機能は確保されているということでした。

 
 それにしても、この福島原発はこの先、どうなるのでしょう? 1号機には大量の海水を注入するという苦肉の策がとられました。水がなければ海水をというその発想には感心しました。しかし、これは最後の手段。これをやってしまうと、もう原子炉は使えなくなり、廃炉となってしまうのですから。3号機がどうなるのか、今日もハラハラしながらニュースを観ることになりそうです。

 この記事を書き始めた9時頃、テレビでまた枝野官房長官のお顔を見ましたが、なあんとなく、お痩せになったみたいな……。

 自身が台風被害に遭ったときのことを考えると、家が損壊したときの恐怖に続いて、後片付け及び当座の生活の場の確保、その後の引っ越し、という心労が来ました。長々と続いたその過程で、わたしはすっかり体調を崩してしまいました。被害に遭われた方々に無理なさらずに、といっても無意味に響くかもしれませんが、一旦体を損なうとなかなか元には戻りませんので、極力無理なさらないようにと願わずにはいられません。

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息子から電話

 昨日引っ越しをした息子から電話があった。職場、寮、引っ越し先のアパートの三箇所は離れた別々の場所にあるが、地震の被害はそれほど見られないとのこと。

 昨日同僚4人と大きなワゴン車を借りて引っ越したときには液状化現象が表われた埋立地を通り、道路が凸凹になっているところがあって驚いたとか。

 まだ余震はときどき感じるそう。息子が長期出張していた先の企業の社員に、地震で亡くなった人があったらしい。息子と同じ会社からそこに常駐している人もいるが、その人は幸い無事だったようだ。

 息子には気をつけるように、無理しないようにといった。

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息子に驚かされた

東京の息子が気になって、電話をした。驚くほどすぐにつながった。

どうしているか確かめ、安心できたら、福島第一原発についても訊いてみたかった。

放送局によって、違って聞こえることがあり、それが時間差による違いなのか、強調点による違いなのか、科学音痴のわたしにはわからない。

が、疲れているからまた明日、と息子にすげなくされてしまった。

地震騒動でかと思ったら、引っ越し疲れだという。延ばしたのだとばかり思っていた。

職場の同僚と軽トラを借り、自分たちで今週末くらいに引っ越すとは前に聞いていたが、月末までに引っ越しをすればいいともいっていたので、延ばしたのだとばかり思っていたのだった。

予想しなかったわけではなかったとはいえ、何だか、どっと疲れてしまった。

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2011年3月12日 (土)

朗報!福島第一原発1号機の格納容器は破損せず。 

 枝野官房長官の会見内容を結論からいえば、日本は――あくまで現時点ではですが――命拾いしたということです。原子炉を海水で冷やすという異例の措置が採られました。これは世界初の試みだとか。

 原子炉の仕組みをわたしなりの理解でメモしてみると、まず圧力容器があって、その中に中心的な燃料があります(図解されたこの部分は、卵でいえば、黄身のように見えました)。

 その圧力容器を守っている鋼鉄製の格納容器があります。(卵の殻)。

 さらに、その格納容器を守る鉄筋コンクリートの建屋があります(卵を入れるパック)。

 午後3時36分に福島第一原発第1号機では、炉心の水が足りなくなって、発生した水蒸気が格納容器と建屋の間に漏れ出し、その水蒸気が水素になり爆発、建屋が崩落してしまいました。しかし、格納容器は破損しなかったとのことです。

 その論拠は、爆発の後、しだいに放射線量の値が下がったからだそうです。

 つまり卵を入れたパックが壊れただけで、卵は綺麗なままだということですね。

 現在は、圧力容器と格納容器の双方に海水を注入して、冷やしているところだそうです。また、海水と一緒に中性子を吸収するホウ酸を入れて、核分裂を抑えこんでいるのだとか。

この方法を採れば、原子炉はもう使えなくなるそうですが、安全第一の策を採ったということのようです。

 もう、今日一日、生きた心地がしませんでしたが、ホッとしました。地震の被害に続いて、チェルノブイリのようなことにでもなれば、もう日本は終わりだと思えました。

 まだ続報を見守る必要がありますが。海水の注入で、うまく冷却できますように……。

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第二原発も、避難指示が3キロから10キロ圏内に拡大。その後、第一はさらに20キロ圏内に拡大。

 前の記事を書いたあと、NHKニュースで、枝野官房長官、次いで保安院の会見が中継されましたが、爆発音と白煙がして骨組みだけになった(外壁がない)福島第一原発一号機についての核心的な情報は何も得られませんでした。

 「原子炉そのものがそうかどうかはわからないが、何らかの爆発的事象があった」「放射能の測定はきちんと行われている」ということくらいでした。

 そして、枝野官房長官は、念のために第二原発も避難対象をこれまでの半径3キロから10キロ圏内に拡大するといいました。第二原発がどんな状態にあるのかについては触れられませんでした。

 と、ここまで書いたとき、NHKニュースでまた避難指示が拡大されたことが伝えられました。午後6時前、総理大臣官邸からの指示で、第一原発の避難指示を半径20キロ圏内へと拡大するとのことです。第二は10キロ圏内のままだそうです。

 民放のニュースに切り換えたら、わたしが観そびれた、午後3時36分に第一原発で起きたという迫力のある「爆発的事象」が映し出されているではありませんか……!

 枝野官房長官は、メディアに対して度の過ぎた報道の自粛と、国民全員に対して節電を呼びかけていました。

 記事を書いている間にも、新しいニュースが入ってきます。この記事はここまでにしておきます。

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福島第一原発で炉心を冷やす作業始まる。午後4時頃、爆発音と煙。

 厚生省の原子力安全保安院の発表・会見によると、福島第一原子力発電所(福島県双葉郡大熊町および双葉町にまたがる東京電力の原子力発電所)の一号機周辺で、放射性物質セシューム、ヨウ素が検出されました。

 炉心にある核燃料の一部が溶け出たと見られています。

 そのため、第一原発から半径10キロ内に退去・避難の指示が出されました。

 本日14時頃から、炉心を冷やす作業が始まりましたが、水漏れのため、充分に冷やせていない懸念があるそうです。

 1号機の営業運転が開始されたのは、1971年。

 福島原発というと、どうしても思い出してしまうのは、フリーライター堀江邦夫によるルポルタージュ『原発ジプシー』です。堀江は、美浜、福島、敦賀の原発で下請労働者として働いた実体験をもとに、原発における下請労働の実態を告発しました。

 原発が集中的に存在する地域を採り上げて原発の問題点に触れた箇所は強烈な印象を残し、以来、わたしは折に触れて原発のことが気にかかっていました。

 チェルノブイリ原発事故は、広島に投下された原子爆弾リトルボーイ約500発分もの放射性物質が撒き散らされた事故として、全世界を震撼させた事故です。

 この事故では、炉心が溶け、爆発したとされています。

 たった今、NHKニュースが、16時頃、第一原発周辺でドンという爆発音がして、煙のようなものを目撃したという情報が原発にいる人から寄せられたため、情報の確認を進めていると伝えました。

 怪我をした作業員もいるらしいです。これは大事ですわ!

 ニュースを見守り、祈るのみです。

 作業の一環として、意図的に小さな爆発を起こさせた可能性もあるということを、今いっていました。その少し後、建屋の天井崩落の続報。それに伴い、被曝に対する注意がなされているところです。この記事はここまでにします。今後のニュースに注目する必要があります。

 以下はご参考までに原発ジプシーについて、ウィキぺディアより。

“原発ジプシー
典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ウィキペディアの執筆者. “原発ジプシー”. ウィキペディア日本語版. 2010-04-01. http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%82%B8%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%BC&oldid=31340393, (参照 2011-03-12).

原発ジプシー(げんぱつジプシー)とは日本のフリーライターである堀江邦夫が1979年に発表したノンフィクションである。

○解説
日本において原子力発電所(以下「原発」という)の定期点検時には、原発を運転する電力会社の社員ではなく、関電プラントなど原発の保全業務を担当する会社の下請け企業に一時的に雇用された労働者が、点検業務にあたる。

堀江は美浜原発(関西電力)、 福島第一原発(東京電力)、敦賀原発(日本原子力発電)で就労した経験をもとに彼らをジプシーになぞらえて「原発ジプシー」と呼んだ。1984年には文庫版の発刊に伴い加筆が行われた。

○著者の問題提起

堀江は本書によって、当時の臨時雇用の原発労働者に関し、以下のような問題提起を行った。

給与のピンハネ
1人の労働者に対し元請け企業から日当15,000円が下請け企業に支払われていると推定されるものの、労働者自身には5,500円しか渡らず、9,500円を下請けがピンハネしていると考えられる事例が紹介される。

労働災害
電力会社が労働災害を嫌う事例が紹介されている。筆者が作業中に3週間の怪我を負った際には、雇用した下請け会社の安全管理者より、治療費を会社で負担し休養中の給与も補償するとの申し出を受けている。 また、労働者が会社に労災を認めさせたものの、会社から原発構内以外の場所で負傷したことにするよう求められた事例が紹介される。

労働者の被曝
労働者の放射線被曝を防ぐ意識が低かった頃は、人手が足りなければ放射線管理教育もせずに放射線管理区域に労働者を入れて被曝させた例があったとされる。

労働者の中には、自分の被曝が原因となって生まれてくる子供が障害を持つことを心配する人もいる。 原発で働く前に生まれた子供は健常であったが原発就労後に生まれた子供に指がなかったため転職した事例が紹介される。就労者の子供が奇形をもって生まれた例を見聞きしたことも紹介される。ただしこれらが放射線障害に起因した現象とは限らないとされる。

外国人労働者との格差
なお、ゼネラル・エレクトリックの労働者が日本に来て福島原発の修理をしたり、敦賀原発など他の原発でも就労している事例が紹介される。こうした外国人労働者には日本人労働者より高い数値にセットしたアラームを与えられ、1日に700ミリレムを被曝するものの数日で交代する例もあった。給料は非常に高額であったが、彼らの出身はスラム街であったり、刑務所を出た者であったりしたとされる。計画線量が日本人労働者の10倍の1,000ミリレムであった事例もあった。”

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2011年3月11日 (金)

便利なGoogleの地震情報まとめサイト「Google Crisis Response 」

今回の地震情報をまとめたグーグルのサイトが便利です。

Google Crisis Response
東北地方太平洋沖地震
http://www.google.co.jp/intl/ja/crisisresponse/japanquake2011.html

災害に関する情報や被害状況をリアルタイムで更新するほか、警報・注意報、下記の災害用伝言ダイヤル171情報ほか、災害用伝言板(NTT docomo、KDDI、SoftBank)、運行状況、停電情報へのリンクがまとめられています。

“緊急用ダイアル:
171 + 1 + 自宅の電話番号(市外局番からダイヤル)で伝言吹きこみ
171 + 2 + 自宅の電話番号(市外局番からダイヤル)で伝言再生”

息子が会社の固定電話からかけてきました。携帯はつながらないそうです。会社の人たちはぼちぼち帰ったりもしているようですが、テレビでもいっていたように二次災害が心配です。帰宅途中のトイレ、水分補給の問題もあるようです。といっても、息子の会社は東京のお台場にあって、安全な場所にあるわけではないのですが。そして、寮も安全な場所にあるわけではなく、寒さの問題もあり……心配は尽きません。

明日の引越しの心配をしている息子に呆れました。同僚何人かと1台のトラックを借りて引っ越すなんていっていたのです。明日はそれは無理よ、といいました。とにかく、まだ余震の心配があるのだから、無茶をしてほしくないとハラハラさせられます。

息子に気をつけてほしのは勿論のこと、皆様もどうかお気をつけて。

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首都圏の全ての列車の運転は、今日いっぱい取り止め

JR東日本によると、首都圏の全ての列車の運転を、今日いっぱい取り止めるとのことです。

NHKで安否情報を受付中です。
全国の被害を受けた地域にお住まいの方々は、安否に関する情報を放送するので、ご自身ご家族の状況やメッセージを下記の電話番号にお寄せくださいとのこと。
℡ 03-5452-8800
  050-3369-9680

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気象庁はM8.8に修正。大分市でも津波警報に伴い避難勧告。

津波警報に伴い、大分市でも避難勧告が発令されました。

津波は繰り返し押し寄せることがあるので、津波警報が解除されるまでは注意が必要とのことです。

うちはかろうじて入っていませんが、やわなわたしの心臓はニュースにびびり、17時前に早くも発作、ニトロ舌下で情けない話です。

全国は地震、津波、火災、停電などで、大変な状況にあります。余震が続いているようです。

気象庁は今回の地震をマグニチュード8.8に修正しました。明治から観測が始まって以来の国内最大規模とのこと。

皆様、くれぐれもご注意ください。

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地震、大丈夫でしょうか?

午後3時26分頃。東京でも、かなり揺れている様子が映り、お台場辺りのビルから煙が上がっていた。

娘が職場から、弟を心配して電話をかけてきた。息子の職場に近いので、電話をしたら、3回目でつながり、息子が出た。まだゆれていて、煙が上がっていたビルも近いという。エレベーターも止まっているんじゃないと訊くと、そうだろうねと息子。余震もあるだろうから注意して、といって電話を切った。

テレビでは津波も高いのが映っている。

皆様、くれぐれも注意してください。

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2011年3月10日 (木)

トマトカフェ&商店街で出くわしたおみ足

トマトカフェ

パルコが閉館したのは淋しいけれど、フォーラスがグレードアップしたのは楽しいです。

トマトカフェを出て商店街を歩いていたところ、マンモスみたいなおみ足をした若い女性に出くわしました。

マンモスといっては失礼かもしれませんが、細くはないしっかりしたおみ足に毛足の長いファーレッグフォーマーかファーロングブーツ。ショートパンツをはいた太股はむき出しで、片方に薔薇の刺青(絵かもしれません)がありました。

上着は革ジャンだったような気がしますが、毛を靡かせたおみ足に気をとられて、よくは覚えていません。

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参院予算委で、TPPの問題

 テレビをつけたとき、参院予算委の中継中で、TPPの問題点を「たちあがれ日本・新党改革」の片山虎之助が問い質していた。

TPP
=環太平洋戦力的連携協定。2006年5月にチリ、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイの4ヶ国で始まった。その後アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが参加への意思表明。”

 太平洋周辺の広い地域で自由貿易圏を作ろうというTPPへの参加に菅政権は積極的だが、あまりに問題が多いようだ。

 1991年の牛肉オレンジの自由化のときですら、どんな騒動をもたらしたことか。農家への打撃は予想以上で、後に起きた狂牛病に伴う国による意識の違いなどの問題の発生は予想もしなかったものだった。

 TPPなんかに参加したら、日本は一体どうなるのだろうとぞっとさせられる。 

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9日に、循環器クリック受診

20110309173141

心臓のほうは、調子がよかったので、いつものインデラル、ヘルベッサー、アイトロール、シグマート。舌下錠のニトロペンは、ちょっと迷いましたが、貰いませんでした。足りなければ、いつでも貰いに行けますから。

今回の受診で、わたしが何となく迷ってしまったのは、右の五十肩の湿布薬と胃のお薬です。

市販の湿布薬で喘息が出たことをご報告すると、やはりそれは使わないほうがよいとのことでした。

思い返すと、以前、左の五十肩にレッドクロスの整形外科で湿布薬を出していただいていた頃、よく喘息の発作が起きていた気がします。そのときはまさか湿布薬のせいだとは思いませんでした。

消炎鎮痛効果のある薬は、喘息を起こす可能性があるそうです。

わたしは食べ物や花粉ではアレルギーが出ませんが、薬剤性肝炎になったことからしても、薬剤に弱いところがあるのかもしれません。

ロキソニンパップ100㎎を28枚出していただきました。かぶれやすいので、ロキソニンの飲み薬にしていただこうかとも思いましたが、「大丈夫だと思うけど、もし喘息が出たら、やめといて。それは○○くんから、よく効くと教えて貰ったんだよ」という先生のお言葉に釣られました。

なつかしい呼吸器クリックの先生のお名前でした。物知りの先生でした。現在は、小康状態でいらっしゃるとか。

ガスター20はどうだったかと訊かれ、あまり使わないほうがよいと先生がおっしゃったので、我慢して使いませんでしたといいましたら、気の毒そうになさり、プロテカジンというのを出してくださいました。

副作用は少ないそうです。でも、帰宅してネットで検索したら、これもいろいろと副作用があって、肝障害の可能性もあるようです。胃腸薬はもう何だか怖いなあ。今はまあまあだし。

湿布は最初はよく効きましたが、すぐに痒くなりました。夜間がつらいですわ。深夜に起きて記事の更新なんかしているのは、クリ二ックから帰ったとたん、ドッと寝たからです。しかし、やはり夜間は五十肩が疼いて、やわな神経に応えます。
コメントでだぐまま様がアドバイスくださったので、カイロも買ってきました。試してみますね。いつも、ありがとうございます。

他にクリ二ックで出していただいたのは、喘息の予防薬フルタイド。

整形外科に行くかどうかで、迷っています。あるいはクリニックにロキソニンの飲み薬を貰いに行くかどうかで。このまま何日も痛いのは我慢できそうにありません。心臓の調子はいいのに、うかない気分です。

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2011年3月 9日 (水)

Notes:不思議な接着剤 #74 ②プリニウスの『博物誌』

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#74
2011/3/9(Wed) ②プリニウスの『博物誌』

プリニウス,中野 定雄,中野 里美,中野 美代
雄山閣出版
発売日:1986-06

 今日夫に頼んで図書館から借りてきたのは下の「植物篇」、及び「植物薬剤篇」のみ邦訳した原典訳。上のはローブ版英訳からの重訳だが、全訳だから、次の休みにはこれを借りてきて貰おうと思っている。

 ちょっと内容を確認するつもりだったのに、あまりの面白さに本から離れることができない。ヨセフスの『ユダヤ戦記』『ユダヤ古代誌』も、悲惨な内容を含んでいるのに、描写が生き生きしていて、著者の博識を感じさせるだけでなく、どこか優雅なところがあって、とても面白いと思うが、これはまた。世の中にこれほど面白い本があったのかと思うほどだ。

 プリニウスの『博物誌』について以下にウィキぺディアより抜粋。

“プリニウスの博物誌

ウィキペディアの執筆者. “博物誌”. ウィキペディア日本語版. 2011-02-11. http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8D%9A%E7%89%A9%E8%AA%8C&oldid=36304039, (参照 2011-03-09).

『博物誌』(Naturalis Historia)は、1世紀ローマの博物学者、政治家プリニウス(22 / 23 - 79)が著した書。全37巻。地理学、天文学、動植物や鉱物などあらゆる知識に関して記述している。数多くの先行書を参照しており、必ずしも本人が見聞、検証した事柄だけではない。怪獣、巨人、狼人間など今日から見れば荒唐無稽な内容も含まれるし、学問的に体系的な書とは言い難い。

古くから知られていたが、特にルネサンス期の15世紀に活版印刷で刊行されて以来、ヨーロッパの知識人たちに愛読され、引用されてきた。科学史・技術史上の貴重な記述を含むほか、芸術作品についての記述は古代ローマ芸術についての資料として美術史上も珍重された。また、幻想文学にも影響を与えた。

プリニウスが記した『博物誌』には、実在する生物に混ざって、ペガサス、ユニコーン、スフィンクス、マンティコア、サラマンダーといった有名なものから、コロコッタ、アンフィスバエナ、カトブレパスなど、あまり知られていないものまで、多数の怪物が記されている。”

 以下は同じくウィキぺディアより構成。

“ 主な内容

第1巻 序文
第2巻 天文
第3 - 6巻 地理
第7巻 人間
第8 - 10巻 動物
第11巻 昆虫
第12 - 19巻 植物
第20 - 27巻 薬草
第28 - 32巻 動物性薬品
第33巻 鉱物
第34巻 彫刻
第35巻 絵画
第36巻 建築
第37巻 宝石 ”

 とにかく、ありとあらゆることが書かれている。この大部のローマ時代の百科事典のどこに、前の記事で書いた、仏教徒の伝道師たちが彼の時代よりずっと前に死海の畔に住み着いていたということが書かれているのか、見つけ出すのは大変だが、下手をしたら時間を忘れて読み耽ってしまいそう。

 今読んでいたところには、インドから帰還したアレクサンドロスの兵士たちがインドの海中の木について伝えた箇所。水中では葉が緑色だったのに、引き上げて日光に当てるとすぐに乾燥して塩になってしまうものとは、何だろう? アレクサンドロスの兵士たちは好奇心いっぱいで、ありとあらゆるものに目を留め、それらを伝えたようだ。

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Notes:不思議な接着剤 #73 エッセネ派

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#73
2011/3/9(Wed) エッセネ派

20110309081508_2_2

 昨日『レンヌ=ル=シャトーの謎』の著者3人のうちの2人の著者による『死海文書の謎』(マイケル・ベイジェント リチャード・リー共著、高尾利数訳、柏書房)を買った。まだパラパラとめくってみた段階だが、この中にはブラヴァツキーを通した世間への神智学の影響についても書かれている。

 ブラヴァツキーの影響そのままというより(彼女の論文は博学すぎて直接の影響を受けることは案外難しい。彼女の論文を読みもしないであれこれ神智学のことをいう部外者がいるが、大抵デタラメ)、やや空想寄りの神智学者の影響であるようだ。

 神智学者といえる人でさえ、ブラヴァツキーの論文を正しく反映させえた人は殆どいないように感じられてからは、わたしはブラヴァツキー以外の神智学者の著作が読めなくなってしまった。神智学協会は完全な民主主義制をとっていて、会長も選挙で決まり(わたしにも選挙用紙が来た)、一人一人が自己責任において独立した研究者の立場なのだ。

 話が横道にそれた。この『死海…』を読み終えたらまた考えが変わるかもしれないが、死海文書とエッセネ派が結びつけられているようで、もしそうなら、やっぱりそうかと思わざるをえない。

 死海文書の出現を待たなくても、イエスと同時代に生きていたヨセフスの『ユダヤ古代誌』『ユダヤ戦記』を読めば、イエスがエッセネ派のような団体を背景にしていることは明らかで、イエスはそこで得たものを生かして説教したり、新しい団体作りをしたのではないかと想像できるからだ。

 あまりに似ているのだ。

 これは『死海…』を読み終えず、あの時代の知識も乏しいわたしの単なる想像にすぎないが、エッセネ派で秘密の教えとされたものの一部をイエスは大衆に伝えようとしたのではないだろうか。だから、「神の国は近づいた」のだ。イエスのその動機としては、ユダヤ人が置かれた当時の状況の過酷さだ。

 そして、本当に高度な秘密の教えはそれを受ける資格のあるマグダラのマリアだけに伝えた……そのことがペテロの嫉妬を買った。わたしには、グノーシス文書『マリアによる福音書』からはそう読める。

 そしてもし、ブラヴァツキーのリサーチの結果が正しかったとしたらだが、エッセネ派はピタゴラス派といってよいくらいの集団で、また「熱烈な伝道者アショカ王以来の」仏教の影響が考えられる(ここで、中世の異端カタリ派が西欧の仏教徒と呼ばれることを思い出しておきたい)。そもそも、ピタゴラスからしてインドの影響がいわれている。

 東西の思想的分裂は、キリスト教というよりパウロ教の御伽噺があらわれるまではなかったのかもしれない。少なくとも、今のような形では。

 しかし、ブラヴァツキーのいう……エッセネ派のピタゴラス色は、仏教徒の伝道師たちによって思想体系が完成されるというより、むしろ崩れていった、というのは何を意味するのだろう? プリニウスによると、仏教徒の伝道師たちは彼の時代(プリニウスは23 -75 年頃)よりずっと前に死海の畔に住み着いていたそうだ。

 しかもブラヴァツキーは、イエスは厳密にはエッセネ派とはいえないという。イエスの実像は『コーザル・ナザレウス』の中のグノーシス派のキリスト教哲学者バルデサネス派の不当な非難の中に見い出せるかもしれないという言葉は、謎のように響くが、要するにイエスは改革者だったということだろう。

 確かに、新約聖書には、急進的に見えるところもある。エルサレムに着いたイエスの神殿でのちょっと粗暴といえるような振る舞いなど読むと。

 プリニウスの『博物誌』を、夫が図書館から借りてきてくれるそうだ。

 昨日書店で娘が京都大学学術出版会のパンフレット「西洋古典叢書」を手に取り、「これ、もらっといたら?」といった。

 おお、ブラヴァツキーが引用していたポリュビオス『歴史』が入っている。それに、今取り組んでいるテーマとは関係ないが、神智学徒としてはピロストラトス『テュアナのアポロニオス伝』は、どうしてもほしいなあ。図書館検索でなければ、娘にこの『アポロニオス伝』買って貰おうかしら。誕生日の贈り物を保留しているので。娘が買ってくれるといっているアクセサリーよりは安いし。3,885円。百年文庫と今回の『死海…』の出費で、手が出ないから。まあ、図書館検索が先だ。

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2011年3月 8日 (火)

Notes:不思議な接着剤 #72 ①プリニウスの『博物誌』

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#72
2011/3/8(Tue) ①プリニウスの『博物誌』

 児童文学作品『不思議な接着剤』を書いているうちに、イエスの時代について自分で自覚した以上のお勉強になったみたいで、このあたりのことを書いたブラヴァツキーの『アイシス…』がすらすら読めるのは嬉しい!(勿論、奇特な会員のかたが邦訳してくださっているものを)

 昨夜、久々に『神智学の鍵』を紐解いてみたが、以前集中して読んだときには、テーマの背景となっている思想史については、ぼんやりとしかわからなかった。昨夜はそれが、まあ理解度はともかく、本が生きているみたいに感じられる悦びがあった。

 ヨセフスの『ユダヤ古代誌』は目から鱗だった。購入してよかった(しみじみ)。何しろヨセフスはイエスと同時代のユダヤ人で、ローマに投降した。イエスが説教に回った辺りも彼の行動範囲内だった。

 ブラヴァツキーはイエスの時代を分析するのに、このヨセフス、プリニウス『博物誌』に結構頼っている。

 女巨人ですらそうなんだ! 何たる喜悦。プリニウスの『博物誌』、図書館にあるかしら。ざっとでも、目を通さなくてはならない。そうしたら、女巨人にまた一歩近づける。

 旧約聖書、カバラの知識は必要だが、旧約はともかく、カバラはわたしには難しくてちんぷんかんぷんだ。カバラには相当にいろんなもの……多彩な古代思想のエッセンスといってよいから、いつか、しっかり取り組む必要はあるけれど。

 ギリシア悲劇は大学時代に読んでいてよかった。イエスの時代を知るには、バッカス、オルフェウスの宗教なども知っておく必要があったわけだ。ムード的なものを捉えるのに役立つ。

 ブラヴァツキーのリサーチによれば、ナザレ派もナザールたち(預言者たち)も、反バッカス階級を成していたという。思想史は流れている川のようなものであることを忘れ、バッカスやオルフェウスの信仰といったものはギリシアのあの時代だけのことのようについ思ってしまう。グノーシスだって、いきなり出てくるはずがないのに、2、3世紀頃に突然変異的に出て来たように思ってしまう(アカデミックな世界は案外そんなことをいうが)。

 ざっと見ただけでも、この時代を鳥瞰するのにブラヴァツキーは資料として、前掲のヨセフス『古代誌』、プリニウス『博物誌』、ユダヤ教の聖典『タルムード』、イギリスの神学者ライトフットの著書、『創世記』、『士師記』、プロティノスの弟子ポルピュリオス『ピタゴラス伝』、『エズラ記』、ゾロアスター教の聖典『アヴェスタ』、アーリア民族の『ヴェーダ』、『民数記』、『出エジプト記』、『ミカ書』、『詩篇』、『セプトゥラギンタ(七十人訳聖書)』、『マタイ伝』、グノーシス派のキリスト教哲学者バルデサネスを創始者とする一派であるバルデサネス派の著書『コーデス・ナザレウス』、『ホセア書』、『ヨハネ伝』、『民数記』、『ルカ伝』、カトリック教会の学僧でラテン語聖書の完成者である聖ジェローム『ソード』、ブレラーの著書、ダンラップ『ソード・密儀等』、ヨセフス『ユダヤ戦記』、、『使徒行伝』、『ヨハネの黙示緑』、ポルビュオス『歴史』、『列王紀上下』、ジェローム『書簡集』、キング『グノーシス派』、ムンク『パレスチナ』……

 が、これ以上の深入りは時間を食い過ぎる。今のわたしの頭脳じゃ、女巨人の足跡をほんの少し辿るだけで精一杯(それだけでも嬉しい)。ほどほどにして作品を進めよう。

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小蕪のスープ煮 - 「毎日のお惣菜シリーズ2 野菜料理 (Ⅱ)」(婦人之友社)

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 寒さがぶり返して、蕪のスープを作りたくなりました。『小蕪のスープ煮』というスープのレシピが気に入っています。冷製スープのレシピですが、温かいままでも美味しいのです。今回わたしは温かいスープにしましたが、夏は冷製にします。また、買ってきたのは小蕪ではありませんでしたが、小蕪ですと、もっと可愛らしい仕上がりになるかもしれないと思いました。

 蕪をスープで煮ただけでも美味しいですが、このレシピには特製サワークリームソースの作り方が含まれていて、そのソースがあるのとないのとでは大違いなのです。味も見かけもお洒落なので、お客様にもいいと思いますよ。

 ビーツとか蕪とか、こういった種類はサワークリームと相性がいいですね。「毎日のお惣菜シリーズ2 野菜料理(Ⅱ)」(婦人之友社、1986年)からレシピをご紹介します。

“[つくり方]

  1. 蕪は皮をむいて形を揃え、さっと湯通しをしてから、かぶる位のスープでことことと煮ます。
  2. べっこう色にすき通ったら煮上がっていますので、とり出して器に並べ、冷蔵庫で冷やします。
  3. レモン汁大匙1~2杯で1/2カップのサワークリームをのばした中に、玉葱のみじん切り大匙1杯、ケッパー(叉はらっきょう甘酢漬け)みじん切り大匙2杯を加えてまぜたソースを添え、上からかけていただきます。”

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 メインディッシュはトマトと豚肉の煮込みでしたが、仕上げにウィスキーを振りかけました。大人の味わいになります。

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 これはべつの日にしたカレイの煮つけ。わたしは白葱を一緒に煮て添えるのが好きですが、ワカメとも合いますね。

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2011年3月 7日 (月)

五十肩……

今日循環器クリニックに湿布を貰いに行くつもりだった(何でも科扱いして申し訳ない)が、パソコンで書いた前の記事が長文で(これは携帯から)、クリニックに行き損なっただけでなく、右腕が……。

痛いし、動かしにくい。試しにバンザイしかけて諦めた。何となくオランウータンになった気がする。

数日前から書きたい料理の記事があり、パソコン使ってしなくてはならない創作の予定もいろいろとあるのだが……右が五十肩になると、不便。

あーあ、家事がこんなときは嫌だが、まだ残っている。

明日はクリニックに行かなくちゃ。何しろ寝るときに五十肩が疼いてかなわない。心臓のほうは元気! 昨日、寒かったせいか、ほんの少し圧迫感が出たけれど。

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「講談社の新社長」「青い鳥文庫」にかんする新聞記事

 昨日の話。「講談社の社長が交代するみたいだね。新聞に載っているよ」と勤め先の書店から帰宅した娘。

 へえーと思い、朝日新聞朝刊を見ると、「4月に7代目社長になる 講談社副社長 野間省伸さん(42)」という見出しが目に入った。

 お坊ちゃまの典型例みたいなご容貌にハイ・センスなムードが漂う写真。経営戦略に終始した内容。「慶應大学卒業した1991年、旧三菱銀行に入行。99年に退職し、講談社入社。取締役、常務を経て2004年から現職。日本電子書籍出版社協会の代表理事も務めている」とあった。

 講談社といえば、すぐに記事にするつもりで日付を残さずに切り抜いた朝日新聞朝刊の記事があったのを思い出した。「児童文庫 活況」という見出しに思わず微笑んで読み始め、驚きと共に読み終わった記事だった。最近、出版界には戦慄させられることばかりだ。以下は記事のプロローグ。

“ 本が売れない時代、小中学生向けの「児童文庫」が堅調だ。世界の名作をそろえた岩波少年文庫だけではない。講談社青い鳥文庫が現代の子ども向けに新たなベストセラーを育てたのを機に、近年、児童文庫を創刊する出版社が相次いでいる。好調を支えるのは小学生。学校での「朝読」が子どもたちを読書好きにしている。(中村真理子)”

 本文では、「ここ数年の創刊ラッシュに火を付けたのは講談社青い鳥文庫のヒットだ。世界の名作を紹介してきた岩波少年文庫に対し、現代の子どもにあった物語を作ることを目指した」とあり、「青い鳥文庫も創刊当初は名作が中心だった」そうだが、1994年に始まった『名探偵夢水清志郎事件ノート』のヒットから流れが変わったらしい。記事の内容からすると、売り上げを伸ばすために純文学系からエンター系へと出版傾向を変えたということのようだ。

 しかし、わたしが驚いたのは以下に抜粋する箇所だった。

“ 青い鳥文庫にはファンクラブがあり、中には年に400冊以上読む子もいる。ファンクラブの子どもから半年ごとに100人を「ジュニア編集者」に選び、本になる前のゲラを読んでもらう。これで今の子にわかりにくい表現を変えたり、作者が書き直したりする。時にはラストシーンが変わることもあるそうだ。
 児童文学評論家の赤木かん子さんは「今の小学生にとって、携帯電話が登場しない時代の物語はもう古典」と言う。「現代の言葉で新訳したり、表紙をはやりのイラストにしたりするのは大事。あんたたちの本だよ、という目印なのですから」”

 ジュニア編集者にラストシーンを書き変えさせられる作者の気持ちというのは、どんなものなのだろう? プロであれアマチュアであれ、物書きであれば、作品のラストシーンがどれほど大事なものかがわかっているはずだ。こんな状況では、作者としての矜持は踏み躙られている。

 児童文学作品を書く上で、子供の感じかたは参考になるものだろうが、大人の感じかたが十人十色であるなら、子供もまたそうなのだ。作者には、自身の裁量で参考にする子供を選ぶ権利があるはずであり、また参考にするやりかたもこんなものであっていいはずがない。

 いっそ、子供に書かせればいいではないか。

 編集も子供に。小学生のときに、学級新聞を作ったことを思い出す。記者になって市役所に取材に行き、記事を書いた。あれは楽しかったなあ。中学生のときに、文芸クラブで書いた童話を顧問の先生が活字にしてくれたのは、とても嬉しかった。そう、子供にやらせればいい。校正、割付……一から指導してやって。推薦の言葉も子供に書かせよう。本になったら、営業も担当させてみればいい。そして、自分たちが出した本が社会にどのような影響を及ぼしているかまで、調査、考察させよう。

 子供には、大人が考えているよりずっと多くのことができるのだ。児童文学の名作は、そのことを教えてくれる。

 尤も、青い鳥文庫のやりかたは、嗜好品で子供を釣ろうとするのと変わりない。酒と煙草のことをよく知っている大人を選ぶようなやりかたで、子供たちの嗜好品に詳しい子供を選び、その好みにそった本を出しているわけだ。

 児童にとっての読書は、血となり肉となるものだ。情操を育み、人格形成に作用し、幸福の質を決定する。そして、国民の読書傾向は、社会の質を決定するといっても過言ではない。

 わたしは昔講談社から出た児童文学全集を貴重に思い、リストアップしてみた。

“2010年8月14日 (土)
「世界の名作図書館」全52巻(講談社、1966-70) - 収録作品一覧
http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/08/521966-70-fe50.html ”

 数ヶ月に1人くらいアクセスしてくれるかしらと期待していたところ、毎日のようにアクセスがある。また、「マダムN 推薦図書」といった検索ワードを打ち込んで見えるかたも少なくない(書きかけで申し訳ありません)。

 良書を、また良書選びの指標を求めている人々は案外多いのではないかと思う。

 記事で一言している児童文学評論家は、自分のいっていることがわかっているのだろうか? 古典は価値がないとしかとれないようなニュアンスだが、エジプトの洞窟に隠された壷の中で二世紀から眠っていた古文書の内容に感涙するわたしには全くもって意味不明な言葉だ。児童文学作品の目利きであるはずの評論家が、本を大根かバナナみたいに賞味期限のある生鮮食品扱いしているのには驚く。文学作品のよさを知らない可哀想な人だとすら思える。

 いわさきちひろの挿絵を初めて見たのは幼稚園でだった。そのときの情景も、絵自体も、昨日のことのように鮮明に覚えている。児童文学作品の挿絵は美術品を鑑賞することへの架け橋ともなることを、記事の児童文学評論家は知らないのだろうか。本来なら、読者ではなく、本の内容が挿絵を選ぶはずだ。

 ところで、わたしが中学一年生のとき、母がジュニア版の文学全集を注文したといった。わたしはその頃、図書室で見つけた偕成社の「少女ロマン・ブックス 全16巻」に夢中になっていた。

  1. 赤毛のアン(モンゴメリー) 
  2. アンの青春(モンゴメリー) 
  3. アンの愛情(モンゴメリー) 
  4. アンの友達(モンゴメリー) 
  5. アンの夢の家(モンゴメリー) 
  6. 果樹園のセレナーデ(モンゴメリー) 
  7. スウ姉さん(E=ポーター)
  8. そばかすの青春(E=ポーター)
  9. リンバロストの乙女(E=ポーター)
  10. ジェニーの肖像(R=ネーサン)
  11. 少女レベッカ(K=ウィギン)
  12. レベッカの青春(K=ウィギン)
  13. 金髪のグーリヤ(イリーナ)
  14. すてきな夏休み(オギルピー)
  15. 羽ばたくころ(ベルナージュ)
  16. アンネは美しく(B=ブラッド)

 わたしは母がそれを注文したのだと早とちりして大喜びしたのだったが、届いたのは、岩崎書店の「ジュニア版 世界の文学(全三十五巻)」だった。わたしは悲しくて、悔しくて、「そんなもの、いらない!」と地団太踏み、泣いた。勿論、母からは叱られた。なぜ、あのとき、あんなに泣いたのか、わからない。「少女ロマン・ブックス」に心の拠り所を求めていたのかもしれない。

 たぶんお小遣いで買ったのだろう。『アンネは美しく』だけが今も手元にあり、他は図書室から借りて読んだ。他の出版社から出ていた同系統の全集も読んだ。それらの本は、今読んでも美しい内容だと思うが、あの時点では母が岩崎書店の「ジュニア版 世界の文学」を買ってくれて正解だった。

 お金があったとしても、自分では絶対に買いそうになかった全集だと思うから。わたしはしばらく拗ねていた。とっつきにくそう、暗そう、大人っぽすぎる、むさくるしそうな人がいっぱい出てくる感じ……などと思いながら、そのうち、シュトルムの『みずうみ』とかフェルスターの『アルト・ハイデルベルク』といった近寄りやすそうなものから手を出すようになり、仕舞いには、寝る間も惜しんで読むようになっていた。

 読み終えたとき、世界が一変していた。全集に収録された作品にはどれも力強さがあった。深さがあった。世界は広大だと感じさせた。

 全集を読んでいた間というもの、わたしには膀胱神経症という癒えない悩みがあり、母は腎臓病で1年間もの入院生活を送るなど、面白くない毎日が続いたが、全集にはつらい境遇の人が沢山出てきて、それなのに彼らは何か崇高な、人間的な輝きを帯びて感じられた。作者の内的な光が彼らにそのような輝きを与えているということには気づかなかったが、とにかく、読んでわたしは彼らとの連帯感を味わったのだ。嫌なことの多かったはずのあの日々が幸福な日々として甦ってくる。

 わたしにはあの頃、「少女ロマン・ブックス」のような思春期の心の襞を美しく描いたシリーズも必要だったと思う。そうした清純な、夢のあるシリーズも、今はあまり出ていない気がする。ポプラ社の「百年文庫」『18 森』にモンゴメリーが入っているのは嬉しい。ジャルジュ・サンド、インドの大詩人タゴールとの組み合わせという豪華さだ。

 以下は「ジュニア版 世界の文学(全三十五)」(編集/白木茂・山本和夫、岩崎書店、昭和42~45年)。

  1. ジェーン・エア(C・ブロンテ)
  2. レ・ミゼラブル(ユーゴー)
  3. 猟人日記(ツルゲーネフ)
  4. 赤い子馬(スタインベック)
  5. ジキル博士とハイド氏(スティーブンソン)
  6. 女の一生(モーパッサン)
  7. 月と6ペンス(モーム)
  8. 三国志(羅貫中)
  9. 罪と罰(ドストエフスキイ)
  10. シラノ・ド・ベルジュラック(ロスタン)
  11. 白鯨(メルビル)
  12. 阿Q正伝(魯迅)
  13. 初恋(バルザック)
  14. 即興詩人(アンデルセン)
  15. 血と砂(イバニエス)
  16. 静かなドン(上)(ショーロフ)
  17. 静かなドン(下)(ショーロフ)
  18. ジャン・クリストフ(上)(ロラン)
  19. ジャン・クリストフ(下)(ロラン)
  20. 若きウェルテルの悩み(ゲーテ)
  21. 春の嵐(ヘッセ)
  22. 椿姫(デュマ)
  23. 母(ゴーリキイ)
  24. 息子と恋人(ローレンス)
  25. アルト・ハイデルベルク(フェルスター)
  26. アッシャー家の没落(ポー)
  27. 武器よさらば(ヘミングウェイ)
  28. せまき門(ジイド)
  29. タラス・ブーリバ(ゴーゴリ)
  30. はじめての舞踏会(マンスフィールド)
  31. 緑の館(ハドソン)
  32. 戦争と平和(上)(トルストイ)
  33. 戦争と平和(下)(トルストイ)
  34. みずうみ(シュトルム)
  35. 世界名詩集(山本和夫編)

 

○管理人の関連ブログ

 文学界にかんする考察
 http://blog.livedoor.jp/du105miel-vivre/

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2011年3月 5日 (土)

Notes:不思議な接着剤 #71 グノーシス文書の地位回復

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#71
2011/3/5(Sat) グノーシス文書の地位回復

 児童文学作品『不思議な接着剤』と微妙な関連性をもたせるために、『すみれ色の帽子』に瞳が秋芳洞を訪ねるお話を考えていた。

 時期としては、紘平が夜見た夢という結末になる以後のことで、この時点で瞳に異世界での冒険の記憶は失われている。

 しかし、名残はあるのだ。彼女は洞窟内の部屋のようになった空間で我知らず、マリーの面影を探し求める。「わたしはこの黄金柱と呼ばれる壮麗な柱のある部屋に、美しい貴婦人を置いてみたい気がしました」と瞳は綴る。

 マリーというのは、わたしの『不思議な接着剤』に登場する囚われの女性で、『マリアによる福音書』『ピスティス・ソフィア』などのエッセンスを造形化した女性(という試み)。それら哲学的なグノーシス文献に頻繁に登場するのはマグダラのマリアだから、マリーという名にしたのだった。

 また瞳は、灯りを浴びて、緑色に輝く竜のように見える巨大な岩を見ると、竜の背中をなでるところを想像してしまうが、『不思議な接着剤』の中で、実際に彼女は緑色のオーラを発する本物の竜をなでたのだった。竜の苔の色を反映していたかのような緑色のオーラは、終局部では美麗な真珠色となり、太古の動物はついに神獣として目覚めるのだ。

 マグダラのマリアのことを考え、グノーシス派についてもっと知りたいと思い、また竜が古代何をシンボライズしたものだったかを考え出すと、やはり頼りになるのはブラヴァツキーの文献しかない。

 そして、調べただけのことはあった。

 蛇と竜に関する象徴的な意味は夥しく存在するが、『不思議な接着剤』の竜に適切な意味を見い出して紙のノートに写した。

 その意味との関連から『不思議な接着剤』の中で、竜がなついていた老人がどんな存在であったかも、はっきりさせることができた。

 ところで、『ダ・ヴィンチ・コード』の商業的ヒットによる影響は大きいが、グノーシス文書におけるマグダラのマリアがフェミニズム的関心を集めたことなどもあって、一般的なブームともなり、グノーシス文書はようやく日の目を見たような感じを受ける。

 それまでは、翻訳書に頼るしかないわたしは一般のものとしては、ユング系の精神分析学との関連で触れられたものしか知らなかった。

 グノーシス主義に対するアカデミックな関心は、エレーヌ・ペイゲルスの研究発表が行われた1972年から高まったようだから、アカデミックな世界においてさえ、グノーシス文書にまともな地位が与えられたのは比較的最近のことといってよい出来事だ。

 しかし、神秘主義の世界ではグノーシス派の文書は、ずっと昔から正当な地位を与えられてきた。ブラヴァツキーは、「アレクサンドリアのグノーシス派の記録」について、それが秘伝の秘密を十分に明かしたものだと述べる。

 ブラヴァツキーは「キリスト教の最初の二、三世紀に書かれた『ピスティス・ソフィア』」からの引用を散りばめているが、彼女が引用できるグノーシス派の文献は乏しかっただろう。その頃はまだナグ・ハマディ文書は素焼きの壷の中で熟睡していたし、『マリアによる福音書』(ベルリン写本)も1896年に認定は受けたものの公刊は遅れ、1955年になってやっとというくらいだから。

 だが、ブラヴァツキーの言葉やグノーシス文書におけるマグダラのマリアの扱われかたから見て、マリアはやはりイエスから、公にされたものとは異なる秘密の教えを受けたのではないかと想像できる。その秘められた内容がグノーシス文書として残されたとしても不自然なことではない。

 ブラヴァツキーは1831年に生まれ、1891年に没しているが、それまで秘教とされてきた東西における諸哲学の集大成であり、精緻な研究書でもある『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子 ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成元年)の中で、次のようにいっている。

“ コンスタンティヌス時代は歴史の転換期であった。つまり、西洋が古い宗教を絞め殺し、その死体の上に築かれた新しい宗教を支持することに終わった最大の斗争の時代であった。その時から、後世の者達が大洪水やエデンの園よりもっとさかのぼって、太古を覗くことは、公正、不公正なあらゆる手段をつくして、強制的に容赦なく禁じられはじめたのである。あらゆる発行物は妨げられ、手に入れることができる記録はすべて破り棄てられた。だがこのようなずたずたにされた記録の中にさえ、源となる教えが実際にあるということを示すに足る証拠が残っている。いくつかの断片が、その物語を語るための地質的、政治的な大変動に耐えて生き残って来たのである。そして生き残った断片はみな、今の秘密の智慧が、かつては唯一の源泉、絶えることなく流れ出る永遠の源泉であり、そこから流れ出る小川、つまりあらゆる国民の後世の宗教の最初のものから最終のものまですべてに水を与えるもとの泉であることを示している。仏陀とピタゴラスにはじまり、新プラトン派とグノーシス派に終わるこの時代は、頑迷と狂信の黒雲によって曇らされることなく、過ぎ去った幾時代もの昔から流れ出た輝かしい光線が最後に集まって現れた、歴史の中に残された唯一の焦点である。”

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2011年3月 4日 (金)

これから観てみたい映画

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昨日、ナルニアを観に行ったが、海を舞台とした作りが少しパイレーツみたいで、わたしはパイレーツのほうが三倍くらいよかった(デップ様!)。

ナルニアは、ダークだったポッターよりは子供向けに仕上がっていて、後味の悪さはなかった(パイレーツは子供向けではないだろう)。

わたしは児童文学作品の定番扱いされることすらあるナルニアをそれほど評価できないながら(その根拠についてはまたいつか)、3Dに惹かれて行ったが、あれは2Dでもよかったと思った。

これまで観た3Dのうち、どうしても3Dと思ったのはアバターだけ。

そのアバターのジェームズ・キャメロンによる『サンクタム』という巨大な洞窟を舞台としたアドベンチャー大作が来る。4月22日全国ロードショー。

『ブラック・スワン』という心理劇風のバレエ映画も、ちょっと観てみたい。5月13日。

変に現代科学を持ち込んだところが逆にスケールを小さくしている気がしたものだったが、手塚治虫のコミック『ブッダ』の映画が来るとなると、やっぱり観たい。5月28日。

ニュージーランド地震も生々しいが、ストーリーを読んで観たくなった『唐山大地震』。以下はチラシからの抜粋。

“1976年7月22日、中国・唐山市を未曽有の地震が襲った。倒壊する建物の中で夫を失った母は、残された二人の子供の行方を捜す。翌朝、母の元に瓦礫の下で姉弟が奇跡的に息をしている事が伝えられるが、同時にどちらか一人しか助けられないというあまりに残酷な状況が告げられる。「息子を…」泣き崩れる母親。だが、その消え入るような声は瓦礫の下の姉の耳にも届いていた。時は流れ、娘の死を想い続けながら母親は生きていた。そして奇跡的に生き延びた娘も養父母の元、成長していた。――今、32年の時を経て、親子の運命が大きく動き出す。”

台風被害に遭って以来、災害トラウマのわたしは、最後まで観ることができるかどうかわからない(台風時には動悸……明らかに精神的なもの。地震は震度1を感知して家族を驚かす)。しかし、この続きを知りたい。3月26日。

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2011年3月 3日 (木)

整形外科にふられたわ……

右の五十肩が耐え難くなってきたので、循環器クリックで湿布を出して貰うより、かかりつけの整形外科で診て貰おうと思った。

骨腫瘍の経過観察で次回受診するのは4月28日と遥か先なので、外来に電話して予約変更の希望を告げた。

ところが、5月まではまったく動かせないらしい。

そうかなとは思っていた。前に外来の窓口近くに座っていたとき、受診希望者が半年先まで詰まっているといわれていたのを小耳に挟んだことがあったのだ。

何かあればいつでも電話するように、とはいわれているが、それは骨腫瘍に関したことであって、五十肩くらいでは直接先生にお電話するというのも……

で、看護師さん曰く。「とりあえず、一般で受診してください。そしたら、どなたか当番の先生が診てくれますから。そして、次回は予約日に、その件も一緒に(主治医の)K先生に診て貰うということで……」

何曜日が患者さんが少ないか尋ねたところ、「うーん」と唸る看護師さん。これは、仮に今日受診したとしても、明日か明後日まで待つ覚悟が要りそうだわ!

どうしよう。昨夜なんか、右腕が得体の知れない物体に変わって、恐怖と痛みのあまり、夢の中で悲鳴を上げて目が覚めた。

睡眠中、腕を動かして痛かったみたいだ。それが悪夢に……。

とりあえず、(今日は家族で映画に行くので)明日か月曜日かに循環器クリックで湿布を出して貰おうと思う。

できれば整形外科で一応レントゲンを撮って貰い(これも混んでいるのかも)、指導を受けたいと思っていたのだが。

五十肩は安静にしておかなければならない期間と、動かしたほうがよい期間があるのだ。素人にはその見極めが難しい。動かすにしても、時期によって適切なストレッチというものがある。

明後日まで待つ覚悟でかかりつけのレッドクロスの整形外科を受診するか、他の整形外科に行くか、循環器クリックで湿布を出していただいてそれで我慢するか……うーん。

パソコンを打つときは前に出して、上腕を体からなるべく離さないようにして打てば、痛みが少ない。今みたいに携帯から打てば、もっと楽。

よりによって、ブログ書籍化のために校正に拍車がかかってきた今になって、五十肩とはね。左肩ほどではないと思っていたが、わからなくなってきた。早くも湿布で皮膚が赤く腫れている。軟弱な皮膚だこと、全く。

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2011年3月 2日 (水)

映画を通して考察された、村上春樹に関する秀逸な論文を拝読して

 昨日、下記サイトの管理人S.HIROENIMUS様からメールを頂戴しました。

アリアドネの部屋
http://blogs.yahoo.co.jp/takata_hiroshi_320

 サイトにお邪魔しました。

 建築美を感じさせる文体、思考法ですね。一本の論文が一戸の建築物みたいで、拝読することはその建物の中に入って行くみたいな体験でした。言葉の一つ一つが、煉瓦か何かのように手で触ってみることができそうで、わたしが日頃、読み慣れた文章とは異質の感じがするため、最初はむしろ読みづらかったのすが、次第に魅了され、昨夜から今日にかけて読み耽ってしまいました。

 テーマに対する姿勢は真摯で純粋で、一本一本の論文は花のようでもありました。そのどれもがみずみずしさを発散していて、それを拝読することは、開いている花に顔を近づけて覗いてみるような幸福な体験でした。

 学究的な、高度なことが書かれているので、わたしには難解なところがありながらも、あちこち少しずつ齧らせていただいたわけでした。齧っただけでも、はっとさせられる箇所が一つの論文中、必ず一つはありました。ただ、文章美に酔わされてしまう危険も覚え、はっとさせられた箇所はあとでよく検討してみたいとも思ったのでした。

 わたしは、村上春樹には男巫あるいは霊媒的なところがあると思ってきました。そうしたタイプが独特のカリスマ性を発揮し、大衆の人気を集めることはよくあることで、極端ないいかたをすれば、村上春樹現象をわたしは文学の名を借りた新興宗教的現象と見てきました。

 そうした意味で、作者の自覚を超え、60年代という時代を『ノルウェイの森』は霊媒的によく映し出しているのではないでしょうか。華の部分も恥部も。その時代、わたしは子供でしたから、本当にそうなのかどうかわかりませんでしたが、村上春樹と同世代でいらっしゃるS.HIROENIMUS様の下記の2本の論文を拝読したとき、やはりそうだったのだという確信を与えられた思いでした。

 このように格調高く、哲学的に考察された村上春樹論を、わたしは初めて読みました。以下、引用させていただきます。

村上自身は意識していないかもしれないが、なにゆえ60年代の政治と風俗を時代背景として選んだのか。それはキヅキや直子の余りに純粋すぎるゆえの死と、政治的時代の終焉が重なっていたためではなかろうか。映画の中で青春の純なるものの象徴としてのキズキの死と政治的季節の死は、村上の中で重なり合うような土壌があったのでであろう。映画の中で直子が、恋人が自分よりも死を選択したことの不可解さに傷つきながら、生と死の両極に引き裂かれ、対象そのものの実存を見失ったとたんに、”どう生きていいのか分からなくなったの”と狂気のように泣き叫ぶ場面があるが、これは決して滑稽な場面ではない。虚妄であるにせよないにせよ人をして何事かを信じるという姿勢は敬意を払うに値する出来事なのである。

 ここではひじょうに美しい思考が展開されていて、映画を観ていないわたしには何もいえないのですが、ただ、映画と原作は、別個のものとして見なければならないのではないかと思うのです。原作をモチーフとした、それ自体で自律した作品が映画ではないでしょうか。

 もう一つ気になったことは、「虚妄であるにせよないにせよ人をして何事かを信じるという姿勢は敬意を払うに値する出来事なのである」という一文です。ここまでいいきってよいものだろうかというとまどいが、わたしにはあるのです。

 同じテーマが、下記小論文でも繰り返され、他のキリスト教に触れた論文などでも繰り返されていますね。

 以下、引用させていただきます。

映画”ノルウェイの森”は最初の三分の一ほどまでは退屈でした。俳優が素人っぽくて、それにドラマの設定自体も素人っぽくて、予想していた通りだったのですね。そしてこの手の映画にありがちな、絶叫等の口調と過剰演技が続くのですが、本来ならここで興ざめしてしまうところが、ところがそれが少し違っていたのですね。ツヅキ君の純粋さが理解できました。純粋な死という青春の無償さに直面したとき、自分が生きてることがわからなくなるという直子の絶望感がまざまざと目の前に浮かんできました。ある種の精神的な純度の高い出来事に出会うと、ひとは自分が生きていること自体が解らなくなるってことはあります。直子はこの精神の呪縛から逃れることが出来ずに狂気の世界に殉じることになるのですが、直子とはこの映画に描かれた60年代への隠喩であることが分かってからは、この映画でおきた世界が自分のことのように、するすると理解できるようになったのです。

 映画では、キヅキが、映画制作者の視点で人間としての厚みを与えられていたということでしょうね。

 村上春樹の原作では、キヅキに関してはほとんど何も描かれていません。キヅキの人間像は直子を通して解釈するしかなく、そうすると、キヅキは直子に死の思想を植え付けることしかできなかった……彼を信頼という以上に信仰しきっていた直子という信者に対して、何の生きる指針も与えないまま死んでしまった無責任な教祖がキヅキということになります。

 それくらいキヅキが自身のテーマに絡めとられていて他を顧みる余裕さえなかったのだとしたら、それを若さゆえの青さと想像することも可能ですが、しかしここでイコール純粋とか純度が高い……と結論づけることはできないと思うのです。

 ソクラテスのように死を強制されたというような特殊な場合は別ですが、むしろこの世の俗っぽい何か、この世的な価値観に絡めとられてしまうからこそ、自分から死ぬのではないかと思うのですが。俗っぽさに太刀打ちできなかった、ほのかな、貧弱といってよい程度の純粋さを、S.HIROENIMUS様が思いを籠められているような意味の純粋、純度が高いものだとはわたしには想像できません。

 直子にしても、あそこまで自身の生を他者に絡めとられながら、そのことを疑問に思わない、ある種の知性の欠如が感じられてなりません。それを若さ、青さゆえの美といえないこともありませんが、青いまま地に落ちて腐ってしまったキヅキと直子という二個の果実を見せつけられるばかりでは、わたしは途方に暮れてしまうだけなのです。寒々とした虚しさが拡がるばかりです。

 二つの果実が枝にあったとき、二つの果実はそれぞれ何を思い、またどんな雨風に弄られて落ちてしまったのか、そこのところを丹念に描くのが文学の仕事だとわたしは考えています。村上春樹はその仕事には全く手をつけていません(映画のほうでは、再話的に、そこのところがよく描かれていたわけでしょうか)。

 須賀敦子にも、同様のところがあるように思うのですが。夫ペッピーノの活動がどのようなものであったかが書かれるべきではなかったでしょうか。S.HIROENIMUS様がお書きになっていたようなキリスト教の背景は、わたしのような無知な主婦には、教えて貰わないと、何もわからないのです。ご馳走の匂いだけ嗅がされて、食べさせては貰えないような憾みが残っていて、わたしにとっては何とも苛々させてくれる作家なのですね。勿論、惹かれるところがあったからこそ読んだのです。

愛と性は一致すべきかどうか。この難問を巡って若い登場人物の幾人かは死と狂気の世界に追いやられていく。失礼だが村上春樹には愛と性は一致すべきだとでも言うようなストイックな確信があるようだ。それは古風な理想と云っても良い。全体を通じて過剰なセックス描写が多用されているが、これもまた性を描くことがタブー視された時代があって、タブーに挑戦することが同時に歴史への鋭い批評でもありえたようなヴィクトリア朝後期の古風な文士的な姿勢、”失われた世代”風の甘いノスタルジックな郷愁を無批判に引きづってきているかのようである。主人公であるワタナベ君が古風であることは必ずしも小説作法上の欠陥にはならないが、作者自身がこの点について無自覚であるというのでは少し困ることになりはしまいか。

 これは、まことに貴重な指摘だと思います。

 慌しく読み齧っただけで、いろいろと書いてしまい申し訳ありません。今後もサイトにお邪魔させてください。

 何にしても、これら映画を通した村上春樹論は秀逸で、これが日本人の手によって書かれてよかったとさえ、思いました。でなければ、日本が生んだ村上春樹という作家を当の日本人にはまともに批評できない、それだけの知性を欠いた国民ということになりましょうから。多くの人々に読んでほしいものです。今後、気が向かれたときにでも、サイドバーの「文学専用ゲストブック」を活用していただけたらと思います。

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2011年3月 1日 (火)

タラとじゃがいものセコンド(ベリッシモ・フランチェスコ)

 最近作ってみて美味しいと思ったお魚料理。ベリッシモ・フランチェスコ「おうちでイタリアごはん」(ぶんか社、2010年)の中のレシピ『タラとじゃがいものセコンド』をご紹介します。

 ベリッシモ・フランチェスコ先生って、お若くってハンサムだこと!  

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[材料・2人分]

  • タラ……2切れ
  • じゃがいも……2個
  • イタリアンパセリ(生)……適量
  • ガーリックパウダー……小さじ2
  • 塩……適量
  • ブラックペッパー……適量
  • オリーブオイルEX……大さじ3
  • 水……適量

[作りかた]

  1. ひと口大に切ったじゃがいもを水にさらして、アク抜きをしておく。
  2. 鍋にじゃがいも、オリーブオイルEX大さじ1、水、ガリーリックパウダー、塩、ブラックペッパーを加え、30分煮込む。
  3. タラを入れて火が通ったら、残りのオリーブオイルEX大さじ2、みじん切りにしたイタリアンパセリをかける。

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 使い切りたい牛乳、豆腐半分、ウインナーが冷蔵庫にありました。牛乳と味噌汁で、牛乳味噌汁。食べる前は夫が抵抗を示しましたが、食べたら美味しかったみたいで「へえー!」と感心していました。優しい味わいです。

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 ウインナーは、さっぱりとしたマリネに。

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湿布で喘息?

ある日突然来て、激痛を覚え、痛みと不自由な期間が長かった左肩(重症との診断で、場合によっては手術も……といわれたほど)とは違い、右肩は徐々に進行してきたという感じだったが、ここに至って、ついに本格化したという感じだ。

昨日マツキヨ(うちではマッさんと呼ぶ)から、鎮痛消炎薬ジクロテクトテープを購入。

その際喘息の既往症を確認され、警告された。上記左の五十肩では、レッドクロスでかなりの量の湿布を出していただいたので、あまり気にせず(というか何も考えず)、貼り、痛みが和らいだことに満足して眠りについた……

ところが、喘息の発作で目が覚めた。メプチンエアーの使用で迷ったが、わたしの頻脈にはよくないといわれているので、自然に治まるのを待った(使用を待てる程度の症状ではあった)。

治まらなければ、湿布を剥がしさえすればいいわけだろうし……

すぐに剥がさなかったのは、わたしのケチのなせる技。24時間効くタイプだし、お値段も病院で出して貰うのに比べたら、お高いと感じる。

幸い喘息が治まったので、また寝た。しかし、就寝中に喘息の発作が起きると、対応が遅れ(身を起こすだけでも違うのに)、半覚醒状態で苦しむことになるので、怖い。

寝るときは、貼らないようにしよう。尤も、寝るときこそ、貼りたいのだけれど。

今は貼っている。喉の奥がいくらかゼロゼロな感じで、時々咳が出る。明らかに湿布のせいだ。でも、疼く右肩が気持ちがいいので、剥がしたくない。

循環器クリックを若干早めに……木曜日に受診し、先生に湿布のことをお尋ねしてみよう(通院していた呼吸器クリックが閉院してからは、喘息の主治医も兼ねていただいている。薬剤性肝炎のほうも……)。

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百合、可憐

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 百合の気品に打たれるとき、いつもブラヴァツキーの言葉を思い出さずにはいられません。

 前にも引用した気がしますが、『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成元年)中、議事録にある以下の言葉です。

 植物などの様々な種は、一条の光線が分裂して生まれた光線です。光線は七つの世界を通る時に、各世界で弱められ、何千も何百万もの光線になり、そうした光線はそれぞれ、自分の世界で一つの有知者になります。だから、各植物には有知者があり、いわば、生命の目的があり、ある程度の自由意志があるということがわかります。とにかく私はそのように理解しています。植物には感受性の強いものも弱いものもありますが、例外なく、どの植物もものを感じるし、それ自体の意識があります。その上、オカルトの教えによると、巨木から最小のシダや草の葉に到るまで、どの植物にもエレメンタル実在がおり、目に見える植物は物質界でのその外的な装いです。だから、カバリストと中世のバラ十字派はいつもエレメンタル即ち四大元素の霊の話をするのが好きでした。彼等によれば、すべてのものにはエレメンタルの精がいます。

 百合があまりに綺麗で、物思いに耽っている貴婦人のようにしか見えないことがあって、こちらがその美しさを楽しんでいる間はいいのですが、次第に枯れてくると、切ないものです。

 また、百合を見ていると児童文学作品の断片も思い出します。これも前に引用したかもしれませんが、ワルデマル・ボンゼルス『みつばちマーヤの冒険』(高橋健二訳、国土社、2004年)の中の以下の部分です。マーヤが外の世界で体験したこと、妖精のことを語ったときの女王の反応を描くボンゼルスの表現は、秀逸です。

「ああ、ほんとに、」と、女王さまはいいました。「妖精がどんなに愛らしいかを、だれが考えたろうか。」
 そして女王さまは、悲しげに、あこがれをこめて、うっとりほほえみました。それは、美をもとめる人のほほえみでした。

 あと蕾が五つあります。部屋の中が百合の香りに満ちています。昼間はちょっと疲れた風に見えますが、夜は本当に生き生きとしていて、百合の精が見えてきそうな気がするくらい。

 

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