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2011年2月の42件の記事

2011年2月28日 (月)

ANNA SUI特製ビッグ巾着トート(宝島社)

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税込1,200円とは思えない、しっかりとしたANNA SUI特製ビッグ巾着トート(宝島社)。

お得感ありますよ(たぶん)。

巾着式なので、かさばったお買い物になってもオーケー。

実は、娘のを見てわたしもほしくなり、恥ずかしながら買ってしまいました(このトート持って、楽しくお買い物に出かけるの……)。娘は譲ってくれようとしましたが、悪いでしょ。

雑誌も楽しいです。物語のヒロインにどれを着せようかなあ?

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右肩がブリキのロボット

朝、ポプラ社「百年文庫」の『女』の読書ノートをパソコンで打つとき、五十肩の右肩が『オズの魔法使い』に出てくる錆びたロボットになったみたいに軋んだ。
ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、
あうっ、
(>_<)
ギギ、ギ、ギ、ギギ、
うぎゃっ、
(T^T)

五十肩に障る角度に動かさなくては、パソコンが打てない(この記事は携帯からなので楽)。

両膝にある骨腫瘍の経過観察で整形外科に行くのは、4月。
わざわざ予約を変えて貰ったところで湿布を貰って帰ってくるだけだろうから、その気にはなれないが、参りますわ!
湿布買ってこなくちゃあ。
『灯』も読了したので、続けてパソコンで感想を書くつもりだったが、諦めた。

それにしても、百年文庫、ホントに佳いですわ。
活字が美しく、目に優しいので、読まず嫌いだった作者の作品もつい読んでしまう。
芝木好子は、わたしは駄目だったが(ファンのかたは前の記事、スルーしてくださいませね)、病人臭さがぷんと臭うような気がして(このブログも? ほほほ……)有名な俳句のマエストロであらせられるにも拘わらず、読まず嫌いだった正岡子規も、いつのまにか、読まされてしまい、しかも魅了された……!

これから休日の娘と中心街に出るので、書店で岩波文庫を見てみようと思う。
では、では。

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レビュー 041/女/百年文庫(ポプラ社)

外部リンク⇒百年文庫|ポプラ社
http://www.poplar.co.jp/hyakunen-bunko/index.html

当ブログにおけるカテゴリー⇒Notes:百年文庫(ポプラ社)
http://elder.tea-nifty.com/blog/cat22581490/index.html

  • ポプラ社「百年文庫」が素晴らしいので、読書ノートを作り、気ままにメモしていこうと思います。
  • まだ読んでいない作品については、未読と表示しています。
  • 一々「ネタバレあり」とは書きませんので、ご注意ください。



パラダイス

 1941年に発表した『青果の市』で第14回芥川賞受賞するが、その後長い停滞に苦しんだ彼女は1954年に発表した『洲崎パラダイス』でスランプを脱したという。
 『州崎パラダイス』に出てくる蔦枝という女性は鳩の町と呼ばれる赤線地帯にいた娼婦で、それ以前には州崎の特飲街にいたという。特飲街とは特殊飲食店街の略称で、赤線地帯とほぼ同義とのこと。
 そうした女と若い男が切れそうで切れない縁を持て余しながら落ちぶれていく姿を哀感こめて描いた小説……ということになるのだろうが、なるほどねとわたしは思った。

 視点がころころ変わる洗練とはほど遠い技法といい、優等生が真面目に取材をして書いた作文さながらにぎこちなさのある文体にステレオタイプの人物像といい、習作みたいな作品で、彼女がスランプに陥ったというのもわかる気がした。   
 このような素質のなさは、どうしようもないところがあるような気がしてしまうのだが、それがこの作品でスランプを脱したというのなら、それは単に商業的――特に殿方――に受けてヒットしたというだけの話ではなかったかと想像せざるを得ない。

 よく取材はされているのだろう。丹念に描かれているのはわかる。しかし、例えば、彼女がわたしNを描いたとしたら、あくまで主婦という括りの中で描くに違いない。その他大勢の主婦の中の一人である主婦Nとして。主婦Nという描きかたはわたしNの一面を捉えてはいて、それが間違っているとはいえないにせよ、そのような描きかたは文学的ではない。

 林芙美子の小説にも春をひさぐ風の女達が登場するが、その女達との違いを思う。その女性達は美空ひばりの演歌のように格好良すぎて、そのまま現実の姿とも思えない、夢の味わいがある。林芙美子に女達は大切なものを与えられて、豊かに息づいているのだ。人物造形という点で、『州崎パラダイス』はお粗末ということになろう。
 それにおそらく、イデオロギーという意味の思想ではないが、林にはそれがあり、芝木にはない。芝木は女達を観察してネタになると思い、ただ書いただけに違いない。それが小説の底の浅さから知れる。

 林の小説では、どの登場人物にもよく注意が行き届き、肉づきができていて、時間の自然な流れが感じられ、大局的な観点から、事件が挟まれている。物語に少しもぎくしゃくしたところがないのだ。芝木のこの小説を読んで改めて、わたしはそれに気づいた。

 坂口安吾のマドンナ矢田津世子の評伝、近藤富枝『花陰の人――矢田津世子の生涯』(講談社、昭和53年)に、興味深いエピソードが語られている。以下に引用する。

 別に「二十日会」というグループがあり、岡田禎子、小寺菊子、今井邦子、吉屋信子、高橋鈴子、矢田津世子、別格として野上弥生子が参加し、吉屋、今井、小寺の家を会場として文学研究をするはずだったが、結局遊びの集まりになった。
 あるとき、一同で吉原に登楼したことがある。一人一人にあいかたをつけてもらい、身の上話をきいた。勘定は吉屋信子が持ったというが、津世子がどんな表情で登楼したかと思うとおもしろい。娼婦を書いて『女人芸術』にデビューした彼女も、実は娼婦に知人があるわけでもなく、頭の中でこうもあろうと想像の羽をはばたかせたのにすぎないからだ。しかしこののちに津世子に娼婦のものはないから、吉原の女に歯が立たなかったのかもしれない。

 書けないと悟ったものには手を出さないだけの潔さが矢田津世子の小説からは感じられ、芝木からは逆のものを感じる。

 日本社会が貧乏になってきて、『州崎パラダイス』の社会との隔たりはあまり感じられない。その社会の底辺といってよい場所で、一組の男女が苦境をどう生きたかを知りたいという期待を持って読み始めただけに、失望は大きかった。当時の週刊誌を読んだような気がした。そこから読みとれるのは世相だけで、なまの人間のリアリティは読みとれない。

 以下は、赤線について。ウィキペディアより引用。

赤線(あかせん)

日本で1958年以前に公認で売春が行われていた地域の俗称。(非公認で売春が行われていた地域の俗称は「青線」である。)

 ちなみに、わたしは1958年生まれ。田舎では、夜這いの風習の名残があった。


西條八十『黒縮緬の女』

 大女掏摸(すり)という正体も知らず、濃艶な黒縮緬の女と寝てしまう青年の毒のないお話。真昼の夢、という感じだ。こうも爽やかに終わって、いいものかしらん。


平林たい子『行く雲』

 夫が別の女性との間につくった同種の子供の話では、『鬼子母神』のほうが面白いが、読めばほろりとなり、元気が出る。下記の関連記事を参照されたい。


関連記事:

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2011年2月27日 (日)

メールフォーム(携帯からも可)

下記にアクセスください。
http://form1.fc2.com/form/?id=637096

|

2011年2月26日 (土)

メールフォームについて

 メール、コメントの不具合でご迷惑をおかけし、申し訳ありません。

 左サイドバーのメールアドレスの表示の下に、メールフォームを設置してみました。ご連絡にご利用ください。

携帯からも可能です。以下にアクセスしてください。カテゴリーに「☆メールフォーム」があります。
  http://form1.fc2.com/form/?id=637096

 コメントできなかったというお問い合わせが時々あります。迷惑コメント対策のため、記事によって受付を可にしたり不可にしたりしているせいでしょうか。コメント欄の出ている記事はコメント可です。

 メールアドレスは、(at mark)の部分を@に変更してください。セキュリティの関係から、時々まともなメールまで迷惑メール扱いになっていることがあるので、なるべくこまめにチェックするようにはしているのですが……。

 わたしのサイトで、メールアドレスの表示以外に連絡の手段を設けているサイトを以下にお知らせしておきます。

 今後共、「マダムNの覚書」と、その他のサイトたちをどうぞよろしくお願い致します。 

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2011年2月25日 (金)

『すみれ色の帽子』の素材

○水族館「うみたまご」。
○高崎山。
○秋芳洞。
○芸術会館の聖母子像。

自作児童文学作品『すみれ色の帽子』に、上記素材でお話を追加したい。

秋芳洞、芸術会館での出来事は、出版を計画している『不思議な接着剤』と微妙にリンクしていくものでなくてはならない。

|

昨日買ったポプラ社「百年文庫」の中の「41 女」

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昨日買ったのは「41 女」。
女、には、芝木好子『州崎パラダイス』、西條八十『黒縮緬の女』、平林たい子『行く雲』が収録されています。

平林たい子は大好きで、鯛焼きを見ると、プロレタリア作家と呼ぶにはスケールの大きすぎた、たい子を連想してしまうくらいです(たい子と親友だった円地文子も好きです)。

うちにあるのは文庫本3冊ですが、昔図書館から借りて、ピーナッツを食べ出したら止まらない勢いに似たのめり込みかたで次々と読みました。

たい子のダイナミック、ユーモアにはバルザックを想わせるところがあります。彼女を含め、同じ時期に活躍した作家たちはフランス文学の影響を強く受けているようです。尤も、ロシアなど、他の国々の作品も驚くほど広く訳されていて、影響はフランス文学に限らないようですけれど、バルザックはよく出てきます。

坂口安吾のマドンナだった、矢田津世子の全集中の書簡などにも、バルザックのことが書かれていたりします。

「16 妖」に坂口安吾『夜長姫と耳男』、矢田津世子の作品『茶粥の記』が「49 膳」に入っているのは、嬉しいことです。

津世子は繊細かつ鋭い仕事をした人で、人が世間体から隠しておきたいこと(例えば、不倫による妊娠沙汰など)に、無色透明な光を隅々まで怜悧に当て得た作家だと思います。

メロドラマ風に流れてしまっている作品もあるのですが、それらにも品性が備わっていて、「百年文庫」に採られた『茶粥の記』は萩焼を連想させるような品格のある純文学作品に仕上がっています。

昔は、津世子のような理智的な女性作家が女性の内面を丹念に調べあげ、女の生態について深く研究していたのだ、と感慨深いものがあります。

現代の女性作家が描きがちな、男性の目を意識してそれに調子を合わせたように奥行きのない、鼻持ちならない女性像、小便臭いような女性観との隔たりを思わずにはいられませんわね。

平林たい子のおおらかさ、猛々しさは、矢田津世子とも共通する基盤から立ち上がったものです。たい子の作品を読めば、彼女の人間味が魂に刻印され、忘れがたい作家となるでしょう。

西條八十の詩には、中学から高校にかけて、北原白秋、サトウハチローといった人々の作品と一緒に読み、魅了されました。大学になってから、《ふるさと》にかんする詞が九州芸術祭のコンクールで選ばれ、曲をつけていただき、演奏会まで開かれたことがありましたが、このとき書いた詞は自分も書いてみたくなって試みたものでした。

その西條八十が小説を書いていたとは、恥ずかしながら知りませんでした。どんな小説でしょうか、楽しみです。

ところで、「41 女」の帯に書かれた文章を娘に読んで聞かせると、娘は「小説でまで読むの?」とさらりといいました。えっ?

帯には《ああ駄目な男! でも……「女ごころ」は果てしなく》とありますが……

そういえば、拙作『侵入者』の続編を書こうと思いながら書いていませんでした。面白い発見があったので、それを生かしてぜひ書いておきたいのですが。あまりわたしのような視点で書いた作品は見かけません。大抵の人は、それ以前に観察をやめてしまうのでしょうね。

昨日、「31 灯」のラフカディオ・ハーン『きみ子』を読みかけていました。豆腐のように柔らかで、優しみのある、しかし幾何学的な西欧的知性を感じさせる文体。

ハーンがギリシャ生まれだったとは。父親はアイルランド系イギリス軍医だったそう。ハーンは19歳でアメリカ、その後松江へ。そして、日本に帰化。

この深夜に読み終えてしまうのがもったいない気がします。今から読みます。

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2011年2月24日 (木)

ドトール~!

ドトール♪

普段は大抵、朝昼抜き。夕飯作りには体力がいるので、その前におやつ。片づけその他終わって一人遅い夕飯……という不健康な食生活を送っているわたしですが、家族の休みには普通の食習慣が戻ります。

わたしも、子供たちが高校生のときまでは三食きちんととっていました。おなかにはそのほうがいいですね。ただ、今のわたしは何か食べると、創作関係の作業が全くといってよいくらい、できなくなるのです。どっと眠気と疲れに襲われ……

今日は娘とお昼ごはん。朝から出かけていた娘が、ドトールから買ってきてくれました。

卵とスモークベーコンのは娘。チェダーチーズとシーチキンのはわたし。

そういえば、昨日の夕飯の記事をパソコンからアップしようと思いつつ、まだでした。これは携帯から。

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2011年2月23日 (水)

少し気になっていること

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胸の圧迫感はニトロ舌下で改善。

むしろ肝機能のほうが気になっている。根拠は尿の色、白眼の色、痒み。

尤も、茶色っぽく見える尿の色は膀胱に溜めている時間で違ってくるだろうし、うっすら黄色く見える白眼は軽く充血しているだけかもしれない。

そんなにだるいわけではなく、おなかの具合も(薬を使っていないわりには)、悪くない(まあよくはないが)。気にしすぎかも。

右の五十肩は困る度合いが強くなった。以前、重症といわれた左ほどではないが、じわじわと。パソコンを打つのも響くし、スーパーの袋を持つと痛い。左でまとめて持とうとすると、左までおかしくなる(家族が一緒だと持って貰える)。上着の脱ぎ着が案外大変。


創作のほうは、ブログ書籍化のための校正と資料の整理という地味な作業が坦々と続いている。線路は続くよ、どこまでも~♪

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2011年2月22日 (火)

半年ぶりの作句。誕生日に買って貰った「百年文庫」の数冊。

誕生日迎へし窓の春の色

窓枠を額縁とせり春の丘

鳩夫婦吾を見てゐる二月かな

 恥ずかしながら、半年ぶりに作句した次第。以下のブログには黴が生えかけていました。


 俳句に対する想いには熱いものがあるのですが、俳句は頭の中では作れないため、事物に、特に自然に触れて感動する必要があって、そのための時間を意識的に作るか、よほどの感動が起きるかしなければ、わたしの場合、俳句ができません。

 誕生日や母の日に、子供たちがよく花を贈ってくれるのですが、花の香りを嗅ぐと、さすがに俳句心が刺激されて作りたくなります。一応季語と文法を確認してブログにアップ……となりますが、気まぐれに気分を出して作ってみたところで、あんまり俳句になってませんわね。

 これまでに作ったものの中では、日田文学に載せていただいたこれらは、まあまあ俳句になっていると思っています。



 昨日は家族で中心街に出かけ、モロゾフの桜のケーキを買いました。美味でした。モロゾフのケーキって大好き。モロゾフで一番好きなのはプリンですけれど。

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 娘のケーキはリサのお皿に。娘さんおいくつですか、とは訊かないでください。

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 わたしと娘、特にわたしが家計をいくらか犠牲にして必死で買い集めているポプラ社の「百年文庫」を夫が誕生日のプレゼントとして何冊か買ってやろうかというので、大きく頷いたわたしでした。

 以下は、ポプラ社「百年文庫」の購入済みナンバー。

2*3*6*8*
13*18*
21*23*26*
31*32*33*37*
40*44*45*50*
51*55*56*57
62*64

 買って貰ったうちの「31 灯」から、昨夜、夏目漱石『琴のそら音』を読みました。

 わたしは漱石の漢文調と学識のひけらかしを感じさせる、ごつごつ、ごろごろした石混じりみたいな文体がそれほど好きではないのですが、場の作りかた、盛り上げかたなど、さすが文豪だけのことはあって、お上手ですわ。これ、以前に読んだ気がしたけれど。

 昔の人は古典と漢籍の教養があって、文章が上手ですね。何か心に染み通ってくるようなものがあります。好きな吉屋信子を読んでいても、さりげなさのうちにそれが感じられ、泉鏡花なんかになると、これはもう錦を文体に織り込んだ名人芸でしょう。

 漱石の作品をある観点から読むと、神秘主義者のわたしは物足りないのです。ですが、この作品で優れているのは、不安の描写でしょうね。不安が不安を呼び、とめどもなく膨れ上がっていくさまが克明に描写されています。※以下、ネタバレあり。


 他から弱みを刺激されてとめどもなく膨れ上がる、このような不安というものの魔性といってよいような作用に絡め捕られた経験はわたしも何度か記憶にあります。こんな独り相撲の場合は大抵、現実面はそれとは無関係な湖面の静けさを湛えているもので、事もなく終わることが多いですね。

 自分の創作もあるため、このシリーズに浸ってばかりもいられません……今後も、読んだときにはノートしていきたいと思っています。

 「百年文庫」に収録された作品を読んで思うのは、文学作品が本来持っている力です。そして、対象年齢の広さです。
 現代の日本では、作家とも呼べないような贋作家の作品群が蔓延っていて、寄生虫かバンパイアのように人間の力を吸いとっています。少年少女には与えられないようなものも多く、それらを読むと、頭が悪くなって情操は麻痺、品性の低下を招き、日本語はおかしなものとなるばかり。これが日本文化の危機でなくて、何でしょうか?


○外部リンク⇒百年文庫|ポプラ社
 http://www.poplar.co.jp/hyakunen-bunko/index.html

○当ブログにおけるカテゴリー⇒百年文庫(ポプラ社)・ノート
 http://elder.tea-nifty.com/blog/cat22581490/index.html 


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2011年2月21日 (月)

誕生日

 (決して大声でいえることではありませんが)今日で53歳になりました。

 50歳を過ぎてから、誕生日の来るのが嬉しいのか怖ろしいのかわからなくなってきましたが、肉体の衰えは隠せなくなってきたと思うと怖ろしく、しかし若い頃から謎だったことが長い時間が経過したあとでわかってくる、それは嬉しいことです。

 例えば、文学界の出来事で謎だったこと。純文学の質がなぜここまで落ちたのか、ハリー・ポッターと村上春樹の本はなぜ馬鹿売れしたのか、大手出版社の児童文学部門はなぜここまで……といったことの原因を形成してきたパーツともいえるものがここ数年でちらほらわかりかけてきました。

 今ここでそれをまとめてお話しすることはできませんが(いずれ、まとめる予定)、そのための資料となりそうなわたしのブログは以下。

 と誕生日にも文学のことばかりを考えて日が暮れそうですけれど、朝、メールボックスを見たら以前から当ブログをご訪問くださっているかたからバースデーメールが届いていて、いくらか若返りました。

 昼前に、東京にいる息子から花束が届いて、またいくらか若返り、今日で45歳、といっていいくらいになったと思います。

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 花束を解く前に、娘が携帯で撮りました。

 この年に児童文学作品『不思議な接着剤』を上梓するのは無理かもしれませんが、54歳では可能となるように、今後はあまり気を散らさずに作品を完成させたいと思っています。

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2011年2月19日 (土)

村上春樹の本をアメリカ一売った書店チェーン、ボーダーズの経営破綻

米書店2位が経営破綻 電子書籍に押される(日テレNEWS24)

< 2011年2月17日 13:47 >

 経営難に陥っていたアメリカの書店チェーン第2位の「ボーダーズ」が16日、経営破綻した。

 ボーダーズは71年に創業し、全米で巨大店舗を展開するなど急成長してきた。しかし、アメリカで爆発的に普及している電子書籍やインターネットによる書籍販売に押され、ここ数年は大きく業績が悪化していた。

 今後は、全体の3割にあたる200店舗を閉鎖するなど大規模なリストラを実施し、経営の立て直しを図る。

 娘は書店勤めなので、上に紹介したような書店の倒産のニュース、しかもそれがチェーン型の書店のとなると、対岸の火事では済まされない怖さを覚える。

 娘は同僚とも、その話題になったという。同僚の男性はまず、日本とアメリカにおける出版流通の違いを指摘したとか。

 日本の出版流通の特徴として、出版社が定価を決定し小売書店などに定価販売を義務づけることのできる再販制度と、出版社が取次店を通じて書店に返品条件付で本の販売を委託する委託販売が挙げられるようだ。

 アメリカは再販制度を採用していない。ちなみにウィキペディアによると、

 再販制度が採用されていない国は、アメリカ(1975年廃止)、カナダ、イギリス、アイルランド、イタリア、ベルギー、ルクセンブルク、スウェーデン(1970年廃止)、フィンランド、オーストラリア、ニュージーランド、韓国。

 再販行為を容認している主要国は、フランス(書籍=時限再販2年、値幅再販5%)、ドイツ(書籍・雑誌・新聞=時限再販)、ノルウェー(書籍)、オランダ(書籍・雑誌)、デンマーク(書籍・雑誌)、オーストリア(書籍・雑誌・新聞)、日本(書籍・雑誌・新聞・音楽)。

 ボーダーズがどんな書店であったかがわかる記事を発見した。以下がアドレス。

 この記事に、ボーダーズが「アメリカでいちばん多く村上春樹を売った書店チェーン」とあった。

 記事によると、ボーダーズも、第1位のバーンズ&ノーブルも、「大学街の生協みたいな本屋さんから出発した」のだそうだ。ボーダーズはそのムードを残した店作りをしていたという。以下は記事からの抜粋。

本にしても長年のファンがいるような作家のハードカバーよりは、翻訳ものを含めたちょっとマイナーな作家のトレード・ペーパーバックを中心に(アメリカでいちばん多く村上春樹を売ったのはバーンズ&ノーブルじゃなくてボーダーズ)。そして近年は、マンガの棚がいちばん面白くて充実していたのも実はボーダーズだった。

 この記事を読めば、ボーダーズがどんな書店だったかが伝わってくる。

 また、取次店にかんする興味深い記事のアドレスを以下に紹介しておきたい。

 出版流通について少し調べてみただけでも複雑で、そこから浮かび上がってくる問題点もわたしが理解するには難しいが、最近、ポプラ社から出ている「百年文庫」に夢中になって改めてわかったことは、紙でできた本の魅力だった。

 本の前途にどうかミューズの加護がありますように、と祈らずにはいられない。 

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2011年2月18日 (金)

柴舟小出『ふくさ』、浅草むぎとろ『味付とろろ』

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 昨日、百貨店の「全国有名駅弁とうまいもの大会」へ娘と出かけました。娘がフラフラと近寄って買ったのは、この抹茶色をした和菓子。

 でも、わたしには何だか海綿動物に見え……、

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 お皿に移しても、まだ何だか海綿動物のように見え……、一寸失礼をば。

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 これでわかりました! 上品な和菓子をひっくり返したりして、申し訳ありませんでした。抹茶風味のどら焼きに似た生地に粒餡が包まれています。餡の甘さが控え目で、美味しいお菓子でした。あまり和菓子を食べない夫にも好評でした。
 1個・税込み157円。

柴舟小出
 http://www.shibafunekoide.co.jp/

 石川県金沢市横川7丁目2-4
 TEL.076-241-1454/FAX.076-244-5248

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 浅草むぎとろ……美空ひばりの番組で、彼女が愛したお店として紹介されていたような気がしてお店の人に伺ったところ、そうです、ということでした。子供の頃から美空ひばりの歌には勇気づけられていましたが、晩年のノーブルに輝いていたひばりには本当に魅せられました。

 彼女の供養のために(?)、700g×4袋の味付とろろを買いました。税込み1,260円。

浅草むぎとろ
 http://www.mugitoro.co.jp/honten/index.html 

 ちなみに、You Tubeから動画をお借りした美空ひばりにかんする記事を以下にアップしています。

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レビュー 026/窓/百年文庫(ポプラ社)

外部リンク⇒百年文庫|ポプラ社
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http://elder.tea-nifty.com/blog/cat22581490/index.html

  • ポプラ社「百年文庫」が素晴らしいので、読書ノートを作り、気ままにメモしていこうと思います。
  • まだ読んでいない作品については、未読と表示しています。
  • 一々「ネタバレあり」とは書きませんので、ご注意ください。



遠藤周作『シラノ・ド・ベルジュラック』

「そんなものは宗教がやってくれる」とウイ先生がいうのは、告解のことだろう。

 確かにウイ先生の言葉は、的を射ている。下手をすれば、私小説はただの告解になってしまう。ウイ先生は文学は修辞学というが、前掲の言葉からすれば、心理学でいうところの昇華作用が文学には不可欠だと先生は考えていたのではないだろうか?

 そんな先生に比べ、「私」はゴシップを欲しているような嫌らしさがある。
 そして、シラノの手記か贋作かわからない古文書まで出しているわりには、この小説はつまらないところで終わっている。

 ウイ先生はいわゆるコキュで、古文書に描かれたような醜い感情を克服すべく、規則正しい生活と修辞学で身を処していたのだろう。
 そのウイ先生が妻の自殺で初めて、彼が家庭教師を勤める生徒である「私」に弱みを見せた。

 ウイ先生と「私」との人間的なふれあい――すなわち文学――がここから始まろうとしていると考えてもおかしくないと思うが、ゴシップ好みの「私」は、ウイ先生の弱みを嗅ぎつけて満足し、厭世的な言葉で小説の最後を飾っているのだ。
 そんな終わりかたが、作者と語り手「私」との距離のなさをあかし立てている。ウイ先生に秀逸な私小説批判をさせているわりには、遠藤周作のつまらなさがはっきりと出た作品になっているとわたしは思う。


ピランデルロ『よその家のあかり』crown

 戦慄が全身を走った。文学作品からこれほどの衝撃を受けるとは。何という作品だろう、ありがたいことに同じ作者の作品がもう一編入っている。

 底本を見ると、ハヤカワ文庫に入っていた作品ではないか。ここには宝石のような作品が紛れ込んでいることがあるので、時々チェックしてきたものだが(ジョージ・マクドナルド『北風のうしろの国』がここに紛れ込んでいたりした)、ピランデルロ……全く知らなかった!

 ルイージ・ピランデルロ。1867年にイタリアのシチリアに生まれ、1936年に亡くなっている。

 ずいぶんと大変な生涯だったようだが、詩で出発し、短編、戯曲……と精力的な執筆活動を行い、1934年には演劇における功績でノーベル文学賞を授与されている。

 ノーベル文学賞作家だったのか、全く知らなかった!

 何て、何て、すばらしい一編なのだろう! 結末に至るまで目を離せない人間模様。しかし主人公はあかりだ。いや、闇かもしれない。クライマックスを以下にご紹介。

 かれはテーブルのうしろの小さなソファーに腰をおろしていた。大きくない部屋に次第に色こくひろがって行く暗がりにむけて、かれはぱっちりとひらいた眼を、なにを見るともなく、ただまんぜんとただよわせていた。夕闇になる一歩てまえのさいごのうすあかりが、これ以上の悲しみはないといった様子で、ガラス窓から消え果てようとしていた。
 ぱっちりと眼をひらき、ものも考えず、かれをすでにつつんでいた黒々としたあたりの色にも気がつかずに、どれほどの時間かれはそのようにしていただろうか。
 とつぜんかれは見た。
 呆然として、かれは周囲に眼をやった。大きくない部屋が、急にあかるくなった。なにか不思議な風がそっと一吹きするように、静かで、やわらかなあかりが部屋をてらしたのだ。
 なんだろう。なにがおこったのだろう。
 ああ、なるほど……。よその家のあかりだったのだ。正面の家に、たったいまともされたあかりだったのだ。暗闇を、空白を、砂漠のようなかれの存在をほのぼのとした光でてらすために、しのびこんできたどこか別世界の生命のいぶきだったのだ。

 暗闇、窓、あかり……というイメージは今後、ピランデルロのこの短い作品と切り離せないものとなりそうだ。


ピランデルロ『訪問者』

 この作品はあまりに神秘的、抽象的にすぎて、わたしの好みには合わなかった。わたしは自称神秘主義者であるに拘わらず(だからこそ、というべきか)、神秘的な表現にはこの上なく気難しいのだ。

 正確さ、適切さを何より重視する傾向にある。それからすると、この作品では神秘的な表現が過剰で、放恣に流れているとさえ感じさせる。

 よく考えると、先に読んだ『よその家のあかり』にわたしがあれほど夢中になったのは、作品のうちに湛えられた神秘主義的傾向ゆえだったろう。表現は抑制が利いていた。

 それが『訪問者』では剥き出しにされ、下からは欲情の火で炙られているとあって、ここへ来て、まるで、先に読んだ絶品『よその家のあかり』が豚みたいに丸焼きにされたみたいな気さえした。

 とはいえ、『よその家のあかり』は完璧ともいえるほどのまさに珠玉の作品で、それと同じ完成度を求めるほうが無理なことかもしれない。

 それに、この『訪問者』でピランデルロの神秘主義的側面が確認できたので、ワタクシ的には別の満足感を覚えることができた……いや、つい、自分の好みに惹き寄せて《神秘主義》を連発してしまったのだが、この作品に関してはシュールレアリスム的という見方もできよう。


神西清『恢復期』virgo

 海の見える家で、療養中の少女が薬包紙に綴った日記、というスタイルをとる作品。

 日記から感じとれる明晰さは、少女のものらしくない。思考の緻密さ、計算されたようなデリカシーも。「百年文庫」の「1 憧」に太宰治の『女生徒』が来ているが、それと共通するものがある気がする。だが、彼らの作為は大層心地よい別世界を創り出す。

 父からの手紙で、少女の境遇がわかる仕掛けとなっている。画家の父は、妻の死と娘の発病(原因不明の熱病)から逃れて、旅に出たのだった。少女のいる家は熱海にある。付添婦の百合は少女の様子を、彼が泊まる宿々に書き送る。
 少女が恢復するにつれ、旅先の父も内的な恢復を意識し、自分が再生するように感じるのだった。

 少女の日記は恢復録であり、絵画的思索のノートでもある。父と共に暮らすようになった少女は、画家になりたいと打ち明ける。父はアングル随想録を贈る。

 ふと思い出したのだが、外国航路の船員だった父は、細い厳つい字で頻繁に手紙を書いてきた。わたしはかなり大きくなるまで、その字が読めなかった。母が読んでくれたが、子供心に父の独り善がりな感傷を手紙から感じとり、恥ずかしかった。返事は、宿題と思って書いた。

 太宰の『女生徒』からも、この作品からも、わたしは父の手紙と同類の男の感傷(ロマンというべきか?)をいくらか感じとって、やはり気恥ずかしさを覚える。彼らの作品に盛られた観照の高さからすれば、それは作品を飾るリボンのようなものだろうけれど。

 わたしの父は陸の人になったかに思えたが、今も荒れ狂う海の彼方を彷徨っているようだ。奥さんと二人、自分たち専用の船に乗って。ある日、訳のわからない手紙が届き、わたしと妹は宿題にとり組むように裁判官宛ての準備書面を書かなくてはならなかった。

 父は船員だったとき、船のクリーム色の個室で動物を飼い、慰めとしていた。栗鼠は懐かず、猿は悪戯ばかりして父を困らせた。今の父はパートナーから困らされてもいるようだから、総じて、わたしたちの関係は昔と変化ないという気もする。

 わたし自身も父の子らしく、陸になかなか辿り着けない。うまく港に入れたときも、上陸は許されなかった。それで、ネットの大海原に、小瓶に入れた創作物を投じ続ける。お父さん、わたしたちは海で死ぬ運命にあるのでしょうね……わたしは父の結末を見たくない。それはたぶん、わたし自身の結末を物語るものだと思うから。

 感想がいつのまにか、独り善がりなエッセーとなってしまった。『恢復期』は、そんな自省と感傷に浸らせてくれる作品。

 ネタバレを歓迎する方々のために、軽井沢に移ってからの少女について、触れておこう。少女は、画家の卵としての観察を深めていく。そして、少女は以下のように描写するものをこの世に見出す。

私は明るく光るものの姿を見た。愛? それは外光によるものではなく、それは色彩をもたなかった。私にはそれが全くわからなかった。同時に私にはそれがよくわかった。

 少女が《明るく光るものの姿》を見る前に目撃したものは身を寄せ合う男女で、男は父、女は付添婦の百合だった。少女の父は、男やもめになって日が浅いはずだ。

 二人の間にあるものが少女の描写するほどのものとは俗なわたしには信じ難く、作者のロマンチシズムと思ってしまうのだが、中学から高校の生徒にはぜひ読んでほしい作品だという気がする。

 作者神西清は、わたしには何よりチェーホフ『桜の園』の訳者だった。小説もお書きになっていたとは。もともとは建築家志望でいらしたそうだ。

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2011年2月17日 (木)

朝、石のようだった……

朝、石のようだったわたしの胸……というと、ちょっと詩みたいですが、実態は単に薬の飲み忘れのために、胸が石になったみたいに感じられたというだけのことです。

というのも、昨日はポプラ社「百年文庫」に入っていたピランデルロで明け暮れました。

もう一編は夕食後の楽しみに残しておこうと思い、昨夜はデザートなしでしたが(林檎がありましたが、剥くのが面倒になりました)、わたしにはピランデルロというデザートがあったわけでした。

夕食後には大抵、すぐに薬を飲むのですが、昨夜は皿を洗ってから、炬燵で……と思ってしまったのでした。

ピランデルロを思って心が弾んでいたので、皿洗いは速やかに終わりました。

そして炬燵で、薬を薬袋から出す前に、ちょっとしたお味見として、ピランデルロのもう一編『訪問』の出だしの部分をちらっと読み、期待に違わぬ魅力的な出だしに興奮して、満足のあまり寝そべってしまいました。

何と朝まで。

炬燵は人肌の温かさでした。が、夕食後に飲むはずだったインデラル、ヘルベッサー、アイトロール、シグマートのうちでも特に、インデラルを飲み忘れると、わたしは寝ていても頻脈が起きるため、マラソンをしているみたいに胸が灼けてきたりします。

それが続くと、寝ていても胸が石になったように感じられ、あるいは狭心症の発作が起きかけていたのかもしれませんが、とにかく、朝、気分が悪くなって目覚め、胸の中が大変でした。

すぐに薬を飲み、石のように感じられた圧迫感がよくなってきて、今のところはニトロは使わずに済んでいます。

こんなうっかりをすると、調子が狂って、わたしの心臓は狭心症の発作を起こしがちなので、今日一日は要警戒です(といっても、外出するのですけれどね)。

いよいよピランデルロのもう一編を、これから読みます。ああもう、読むのがもったいないわ!

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2011年2月16日 (水)

いわしのしょうが煮(土井善晴先生レシピ)、なすのトマトとクミン風味(宮内好江著「世界43か国のサラダレシピ114」)

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 宮内好江著「世界43か国のサラダレシピ114」(グラフ社、2010年)の中の『なすのトマトとクミン風味』が家族に受けてから、時々作るようになりました。レシピをご紹介します。

[材料・2人分]

  • なす……200g
  • にんにくのみじん切り1片分
  • クミンシード……小さじ1/4
  • A{トマトピューレ……大さじ1/2
        砂糖……小さじ1/4
        塩・こしょう……各少々}
  • パセリ……少々
  • サラダ油……大さじ2と1/2

[作り方]

  1. なすは一口大に細長く切ります。
  2. フライパンに油を熱し、にんにく、クミンを炒めます。香りが出たらなすを入れ、柔らかくなるまでさらに炒めます。
  3. 2にAと水100mlを加え、弱火で水分がなくなるまで炒め煮にします。器に盛り、パセリの葉をちぎって散らします。

 トマトピューレがないときはケチャップで作ります。そのときは砂糖は入れません。

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 こちらもよく作るサイドディッシュ、土井善晴先生レシピ『きゅうりとハムのからし酢あえ』。レシピではハムのブロックが使われていますが、うちではめったにブロックは買わないので、大抵は薄切りで作ります。ハムの代わりに、焼き豚でも美味しいですよ。レシピは既にご紹介済みです(以下)。

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 これは昨日の夕飯。何日か前の朝日新聞の朝刊に、カレイの卵をとりだしておいて別々に煮るやりかたが載っていました。とりだすときに卵が少しバラけてしまいましたが、身も卵もふっくらと仕上がりました。

 そういえば、節分イワシ……節分の夕飯に作った、土井善晴先生のレシピ『いわしのしょうが煮』のご紹介がまだでした。『週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.4』(デアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。

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[材料・4人分]

  • いわし(大羽)……4尾(1尾約130g)
  • しょうが……60g
  • 煮汁
    {水……1カップ
    酒……1/3カップ
    みりん、砂糖、酢……各大さじ2
    しょうゆ……大さじ5~6}
  • しょうゆ……適量

[作り方]

  1. いわしは頭を落とし、腹を切って内臓を除き、水洗いをする。水けはよくふき取る。
  2. しょうがは皮つきのまま、せん切りにする。さっと洗って水けを絞る。
  3. 鍋に煮汁の材料をすべて合わせ、中火にかける。煮汁が煮立ったら、2尾が向き合って一対に見えるように「ひと並べ」に入れていく。
  4. 再び煮立ったら、アクを取り、しょうがを全体に散らす。落しぶたをし、中弱火にかけけ、煮汁が1/3~1/4量になるまで煮る。
  5. 鍋肌からしょうゆを回しかけ、火を止め、器に盛る。

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 冬になるとよく作るボルシチ。先週も作りました。サイドバーにもつけていますが、雪の日なんかに作ると最高の味わいだと思います(この街ではめったに雪が降りません)。ビーツ缶さえあれば、いつでも作れるので、うちでは常備しています。材料は以下。

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 ボルシチと一緒に作った今年初めてのグリンピースごはん。

 グリンピースごはんは、新婚の頃に買った江戸崎愛先生の「野菜の基本料理」で見たレシピの味が好きです。

 その「野菜の基本料理」(江戸崎愛、家の光協会、昭和56年)から4人分の材料をご紹介しますと、米2と1/2カップ、もち米1/2カップ、グリンピース1カップ、酒大さじ2、塩小さじ1~1と1/3、砂糖小さじ1。

「もち米がないときは、普通のお米で作ってもかまいません」とあります。わたしはもち米なしのほうが好きなので、普通のお米で作っています。

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2011年2月15日 (火)

NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』第6回「光秀の天下」

 第6回はちゃんと観たものの、感想はもういいか、わたしなんかが書かなくたって星の数ほどアップされているのだから……とこの『江』関連、ほとんど風に吹かれようとしていたのだが、アクセス解析を見ると、検索で引っかかるらしく、沢山来ていただいているようだ。で、第6回も遅ればせながら一応アップ。とはいえ、早くもドラマの内容を忘れかけているため、その辺りはご勘弁のほどを。

 本能寺の変の後、市たちは伊勢上野城から尾張清洲城へ避難する。その引越しの模様が現代的なタッチで描かれていた。

 ここまでのるのであればいっそ、江がのちに大奥の創設者となることを考え、こうした台所事情を中心に描いても面白いのではないかと思った。だとすれば、ここには江を配置しておきたいものだ。彼女の目で、引っ越しという俗事をよく観察させておきたい気がする。

 しかし、作者はそんなことは考えず、江は空家となった上野城で野武士に襲われ、捕らえられて、安土城の明智光秀の元へ。ここで江は、また彼女お得意の質疑応答を繰り広げるのだった。

「なぜ、伯父上を殺したのですか? 謀反を起こしたのですか? 天下がほしかったのですか?」

 信長ほどには、江の質問に理路整然と答えられない光秀。実は光秀は、一足違いで届いた織田信長からの手紙により、信長が光秀を後継者に考えていたことがわかり、信長の真意を知って、今や自分がわからなくなっていたのだった。

「わかりませぬ。親方様にぎりぎりまで追い詰められておりました。今年で55歳になります。もはや後がなかったのです」

 そんな反省と後悔の塊となった光秀を鞭打つ江。「伯父上は天下泰平をもたらすつもりでした。明智様はその伯父上の願いを打ち砕いたのです」

 信長が天下泰平をもたらすつもりだったのなら、光秀だってそうだったのかもしれない、などとは、このドラマが描く江の単純な頭では考えられないようだ。

 期待した協力が得られなかった光秀は山崎の戦いで敗れるのだが、前回のドラマで人の道に背いた信長を天に代わって成敗したはずの光秀は、その動機をケロリと忘れ、領民のことなど思い出しもしない風で、あっさりと負け戦。敗走の途中、落ち武者狩りに襲われて矢が刺さる。切腹する前に光秀の脳裏に浮かんだのは、神々しい江の顔。江に詫びて死んでいく……という風に、ドラマは強引に江に引き寄せて描いていた。光秀の死を惜しむ江。このとき10歳くらい。

 ここでは、明智光秀の才智に長けた側面、策謀の達人とされた側面、優れた文化人としての側面、領民を愛し愛され善政を布いたとされる側面は、微塵も描かれていない。

 江は大奥を創設するが、実質的に大奥の制度を整備したのは春日局(斉藤福)だった。春日局は江が生んだ江戸幕府三代将軍家光の乳母で、江と春日局は対立していたともされる。

 そして、この春日局の父は、明智光秀の家老、斉藤利三なのだ。彼女の父は、本能寺の変、山崎の戦いのあと、捕らえられ、処刑された。このとき幼かったはずの春日局は、その後、母と各地を転々としたという。

 大奥形成者としての江を描くつもりであれば、春日局という人物は無視できない要素であって、明智光秀はもっと丁寧に描かれて然るべきだった。

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美容師さんから届いたエアメール

 昨日、エアメールが届きました。娘とわたしが担当していただいている美容師さんからでした。何と、ミラノから!

 初海外旅行でenjoyしているとあり、ドルチェも美味しいそうで、これからベネチアに行くとありました。日本に戻ったとき、いろいろとお話ししましょう……とあり、彼女の弾む心が伝わってくるよう。

 業務上のお便りなのか、個人的な色彩の強いものなのかはわかりませんが、嬉しくて何回も読み返しました。

 年齢は娘より少し上くらい。娘と同じ蠍座だそうです。クールな大人びたところと、人懐こいところとが混じった個性的な人で、わたしには娘のように可愛らしく思えて、美容室ではついいろいろと話しかけてしまうのが常です。

 この街に引っ越してきて6年くらいですが、担当をお願いするようになって5年目くらいでしょうか。娘は時々別の美容室に浮気(?)をしますが、わたしはここ一筋。

 ただ、年に2回くらいしか行きませんし、昨年なんかは薬剤性肝炎のお蔭で頭に湿疹ができて悪化し、美容室へ行くどころではありませんでした。10月になって肝炎がわかり、それが治るにつれて頭皮の状態がよくなったところで、1年ぶりくらいにようやく美容室にでかけたのでした。

 行った回数のわりには、話題をあれこれ拡げて、ずいぶんたっぷりおしゃべりしてきた気がします。その間、わたしの健康状態は上がったり下がったりして、ご迷惑をおかけしたりもしました。

 喘息の発作が起きたときは水を持ってきてくださり、心臓の発作のときは強張った表情でさようならをして心配させ、頭蓋骨腫瘍を摘出した痕で驚かせ、湿疹がまだ少し残っていた過日は、この程度ならパーマもカラーもいけるといってくださり、本当に大丈夫でした。

 情けないオバサンの肉体的トラブルにつき合わせてきた恰好ですが、そのたびに思い遣り深く接してくださって、感謝しています。エアメールでも、体のことを気遣ってくださっていました。すみません!

 今度美容室に行ったときにはぜひ、海外旅行のお話を聞かせていただかなくては。彼女の髪に対するセンスのよさは審美眼として旅行でも発揮されるようで、独特のお話が期待できるのですね。彼女の土産話を参考にして、前の記事で紹介したような面白いお話がわたしにも書けるかもしれませんよ。

 今度行ったときは、彼女、どんな髪、目かしら? 髪は色も形もお目にかかるたびに違っていて、目は眼鏡のときもあれば、カラーコンタクトのこともありますが、毎回別人かと思ってしまいます。屈託ない笑顔で、すぐに彼女だとわかるのですけれどね! 

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レビュー 050/都/百年文庫(ポプラ社)

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  • ポプラ社「百年文庫」が素晴らしいので、読書ノートを作り、気ままにメモしていこうと思います。
  • まだ読んでいない作品については、未読と表示しています。
  • 一々「ネタバレあり」とは書きませんので、ご注意ください。


ジョージ・ギッシング『くすり指』

 ローマのホテルで知り合った男女。
 男性の目を通して「彼女の年齢は三十くらいらしく、彼女の習性(顔つき、口調、考え方の、であるが)が、そろそろ地方の狭い閉鎖的社会の独身女性のそれになりかかっているような気配が感じられた。だが、それと同時に、長い旅をしたことで若さを取り戻したという好影響が出ていることも見るからに明らかだ」と描写された女性は、ローマ滞在中に、誰もが彼女を美人と思うほどの女性となり、その後元通りの女性となって、男性がろくに気づかないでいる間に同行者の伯父と共にローマを去る。
 と、こう書けば、ローマで女性に何が起きたのか、想像がつくだろうと思う。ローマのコロセオが効果的に使われている。

 『ヘンリ・ライクロフトの私記』が有名なギッシング。ギッシングが大好きで、この作品が採られた岩波文庫の『ギッシング短篇集』は既に読んでいたが、「百年文庫」の洒落たムードで読むと、味わいも格別だ。ギッシングの作品からは、人生には幸福の種も不幸の種もいろいろとあるけれど(あるからこそ)、滋味のあるものなのだ……と教わる心地がする。


ヘンリー・セントクレア・ホワイトヘッド『お茶の葉

 前の作品を読んだ後でこれを読むと、まるで遊園地に来てジェットコースターにでも乗った気分になる。
 《都》では、どれも花盛りを過ぎた女性にスポットライトが当たっている。これは、もう盛りを過ぎたどころではなくなったわたしをも、元気にさせてくれた。
 ロンドン、紅茶占い、アンティークとアイテムが重なりすぎる嫌いがあり、そうした面も含めて如何にもアメリカ的。


イーデス・ウォートンローマ

 この作品は、前の二作品に登場した女性たちより、さらに年を重ねた――わたしの年くらい?――女性二人の物語。
 そんな年齢になって初めて明らかとなる友情の真相。
 そろそろ結婚を考えてやらなくてはならない年頃の娘がふたりにはいた。その娘たちにもかかわってくる、恐るべき結末。女同士の陰湿な応酬劇。女の決闘はこんなスタイルをとるのかもしれないが、話に不自然なところがあって、疑問がわく。
 これも如何にもアメリカ的な作品で、スリリングな楽しみをもたらしてくれる一編ではあるにせよ、全体に些か雑な感じを否めず、解説にヘンリー・ジェイムズの助言に従ったとあるわりには……と思ってしまった。

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 何とか「百年文庫」のための場所を確保しました!

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バレイタインのチョコ

バレイタインのチョコ

夫に贈ったモロゾフのチョコレート。彼、今食べています。くまさんは娘が貰いました。

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2011年2月13日 (日)

レビュー 044/汝/百年文庫(ポプラ社)

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  • ポプラ社「百年文庫」が素晴らしいので、読書ノートを作り、気ままにメモしていこうと思います。
  • まだ読んでいない作品については、未読と表示しています。
  • 一々「ネタバレあり」とは書きませんので、ご注意ください。


吉屋信子『もう一人の私』virgo



 生まれおちると同時に亡くなった双子の片割れの幽霊か、あるいはドッペルゲンガーか?
 少女から大人の女性になる過程でそれが出現し、クライマックスが初夜に置かれていたことを考えると、二次性徴に伴う葛藤の外的表われと見ることもできよう。
 初潮を迎える頃の若い女性たちにぜひ読んでほしい。不安を共有することで、問題点を意識化し、この頃に訪れる内面的な危機をうまく乗り越えていただきたい。
 流麗な文章が乙女の遭遇した怪異を引き立て、人生の機微に触れさせてくれる。

 そういえば、大学時代、文芸部の男子がわたしを大学前のバス停で見たといって譲らなかったことがあった。その時寮にいたはずのわたしは、バス停から天神行きのバスに乗ったそうだ。彼があまりにいい張り、嘘つきを見るような目でわたしを見るのが薄気味悪かった。また、のちに幼馴染みから聞いた話だが、彼女はわたしと瓜二つな若い女性と交遊した一時期を持ったという。いずれも同じ時期の話で、わたしはその頃に処女を喪失した。
 中年になってこの街に暮らし出してからも、デパートの椅子に座っていたときに、見知らぬ上品な老婦人から違う名で呼びかけられたので、否定すると、その老婦人は「ああ……○○さんに似ている」とわたしを凝視してつぶやきながら、恐怖に駆られたように後退りしたのだ。その頃、わたしは夫からある危機意識をもたされていて、更年期障害なども意識されてくる頃だった……


山本有三『チョコレート』

 就職難の世相が描かれる。
 友人のためにコネを潔く払いのけたつもりが空回り。お坊ちゃまの独り善がりを嘲笑うかのような結末の小道具が見事。


石川達三『自由詩人』

 文芸作家であれ、画家であれ、音楽家であれ、芸術家であろうとする者はムーサ(ミューズ)の信奉者だろうから、世俗とは相容れないところがあって当然で、この作品に描かれる語り手の友人である詩人は、吉屋信子の作品のタイトルを借りて、作者の「もう一人の私」といってよいかもしれない。
 また、文学作品は大なり小なり哲学作品としての一面をもっているものだが、作者は詩人の人生をなぞることで芸術論を展開したのかとも思う。でなければ、謹厳な河童のような容貌で、女のような話しかたをし、時折ふらりと現われて巧妙に金品を無心する友人を詩人に設定しはしないだろう。

 しかし、わたしにはここで描かれる詩人が偽詩人に思えた。ムーサの徒というよりはディオニュソス(バッコス)の徒に思えたのだ。挙げられた何編かの詩が作者の作品かどうかはわからないが、それらにムーサ由来を感じさせる聖らかさ、透明感はない。加えて、生活態度はあまりにだらしなさすぎるし、いたいけなわが子を殺めた挙げ句は変な理屈をこねて死んでいくところなど、そうとしか思えない。
 本の帯にも紹介されている「信仰と無知とは同じかもしれない。毒を飲ませた父にむかって、この子は救いを求めたのです」という詩人の言葉は信仰というものの一面を衝いているにしても、大仰にソクラテスまで匂わせて、社会派作家・石川達三がこの作品で結局は何がいいたかったのか、わたしにはよくわからなかった。

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わくわくさせられるポプラ社「百年文庫」……中学生からお年寄りまで読める佳品揃い!

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ポプラ社「百年文庫」が素晴らしい

 ポプラ社「百年文庫」。
 2010年10月創刊、2011年10月に100巻完結予定だとか。
 「日本と世界の文豪が、なんと150人。一冊で三人の作家と出会える、傑作名短篇のアンソロジー!」とあります。

 漢字一文字に三人三色の短編が結集させられている、という印象です。

 漢字一文字に随筆を集めた作品社「日本の名随筆」を連想しましたが、あれも素敵なシリーズでした。図書館から借りて読んでいましたが、別巻の漢字二文字『珈琲』『嫁姑』はどうしてもほしくなり、買いました。

 「百年文庫」は既に娘と合わせて7冊も買ってしまいました。ああもう、どうしましょう!

 ざっと「百年文庫」のパンフレットを見たところでは、知っている作家もそうでない作家もあり、知っている作品もそうでない作品もありますが、知らないもののほうが多く、とにかく、あちらこちらから粒選りが集められたゴージャスなムードが漂っています。

 装丁は帯に至るまで美しく、快い手触り。程よくコンパクトで(大きめの新書という感じ)、軽く、近眼・老眼にも優しい文字サイズ。

 本を手にとる悦び、開いてみる悦び、読む悦びを心底覚えたのは、中学以来ではないかと思います。

 児童文学好きのわたしが興奮を覚えることには、児童文学作家としても知られる作家たちの作品が絶妙にセレクトされている点です。

 アンデルセン、獅子文六、モンゴメリー、ホフマン、ルナアル、マーク・トウェイン、ラム、坪田譲治、吉屋信子、アンデルセン、ラーゲンレーヴ、チャペック……

 昔の作家の作品が多いようですが、ああ昔、文学作品はこんなにも丹念に書かれていたのだ、と改めて感動せざるをえません。

 読むごとに感想を書けるかどうかはわかりませんが、たぶん書きたくなるに違いありません。

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2011年2月12日 (土)

西村賢太『苦役列車』(第144回芥川賞)が面白い

 西村賢太に対する評価には、間違っているところがある。彼が私小説作家と見做されているところだ。

 自らの体験を淡々と語るといった作品の体裁からすれば、一見私小説作家に見えるが、違う。

 体験を有効活用しているだろうが、彼は、バルザックの言葉を借りるなら、紛れもなく《人間喜劇》の世界を創出しているのだ(※ギリシア古典では、神々の物語を悲劇、人間の物語を喜劇という。バルザックはこの意で自らの小説群に人間喜劇と冠したと思われる)。これは才能というしかない。まだその世界は誕生したばかりで、初々しく危ういが。

 私小説作家に括られなかったとしても、実質、私小説的書き方から抜け出せる物書きは、プロ・アマ含めてめったにいないと思われる。

 他人の体験をも自分のものとして採り入れることのできる物書きだけが、創造の悦びを享受できるのだ。

 例えば、村上春樹の作品は私小説の体裁をとっていないが、自らの体験枠を出ていない。どんな舞台を設け、どんな登場人物を置いたところで、役者はいつも春樹。単一の世界。それに厭きるか、安心感を抱くかで、春樹の読者になれるかどうかが決まるのだろう。

 同時受賞した朝吹真理子の『きことわ』があまりにつまらなかったので、わたしは西村賢太の『苦役列車』をうっかりスルーしてしまうところだった。

 西村賢太の経歴には、同人誌作家だった一時期がある。当然ながらわたしの興味は、どんな手を使って下積み生活から抜け出したのかしらね、同じ穴の狢だったんでしょ?……という点にあった。しかし、第二章に入ってから、まるで雲が払われたように、彼の才能が輝いてわたしを照らし、どんな手を使って……というようなことはどうでもよくなったのだった。

 今の文学界に彼の才能を見い出す力があるとはとても思えないので、彼の経歴が世相に受けるとして買われたのではないかと想像するしかないが、何にしても、出られてよかった。

 今ここでストーリーの紹介をする時間的余裕がないが、第二章に相棒が登場するまでの主人公の生い立ちを語る部分は、同人誌作家にありがちな古色蒼然とした書き方だ。

 私小説然としていてもいいだろうが、生彩を欠くこの導入部は、もう少し何とかならないだろうか? それ以降とのつながりが悪い気がする。それ以降では逆に、導入部とのバランスのためにも、丁寧な仕上げを心がけたほうがいいと思う。

 日雇いの相棒を登場させてから、作品はにわかに活気づく。死んだふりをしていた獣が暴れ出したみたいですらある。

 作者には友人がないらしいが、彼は芯から人間が好きなのに違いない。そうでなければ、他人を描いても自分になってしまうだろうし、他人を描くことで別の世界が重なってきたりもしないはずだ。

 四十代の作者が19歳の自分を描いているかに読める小説。中学しか出ていない作者に、専門学校生日下部を完璧に書けるはずがないのだ。体験したことのない他人を描ききる技術などない。しかし、日下部は現に、肉体の温もりと確たる存在感を備えている。

 おそらく作者は共感という霊感の一種で、一旦日下部になってしまい、日下部を完全に自分のものにしたのだろうと想像する。

 主人公貫多によって成り立っていた単一の世界に、日下部の世界が紗のように重なりかかる美しさ。

 まだ作品にはかなりの斑があり、この先、彼がありふれたところに堕ちてしまいそうな不安も感じさせられないではないが、今後の執筆活動を注目したい。

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2011年2月11日 (金)

朝吹真理子『きことわ』(第144回芥川賞)における日本語のおかしさ

[材料]
お好みのサガンの文庫本1冊。
どんぶり。
熱湯。

[作り方]
お好みのサガンの本を、どんぶりに入れます。
熱湯を注いで待ちます。
充分にふやかしたら、『きことわ』の出来上がり。

 いや、冗談ですよ、冗談。言葉に対する好奇心についてサガンが語っていた断片を思い出したもので……。最初から最後まで真面目に、『きことわ』の感想を書くつもりだったのが、どうしたことかしらん。

 言葉に対する好奇心という点では、朝吹さんにも旺盛なものがあるようですが、『きことわ』には、言葉の使い方のおかしなところが随所に見受けられます。

 かくいうわたしも、日本語の正しい使い方となると、自信がないのですが。

 例えば、「生きることはとどまりようがないから心音は新しい脈拍を打ちつづけ、余韻を残さない」という文章。
 生きることにとどまりようがなければ、皆仙人でしょうが、人間が生きているのは心臓が打っている結果であって、この言い方はおかしいと思います。

「春子が『私が死んでもまた朝が来る』ととつぜん言ったときの声の名残が立つ」という文章で、「声の名残が立つ」という使い方が妙なら、それに続く「春子が急逝した翌日、たしかに死者にも朝が来ると貴子は思った」という貴子の認識の仕方にも、ずれがあるのではないでしょうか。
 春子は、諸行無常ということをいいたかった(たとえわたしには朝が来なくなったとしても、そんなことには関係なく、生きている人々には朝が来るという恨み節が感じられる)のに対し、貴子のほうでは、そんな春子の気持ちには寄り添わず、朝という自然現象に視点を移してしまっていて、自然礼賛の感じがあります。

「本は湿気て頁がふくらんでいる」は「頁」が余計。湿気った本は頁数が増えて、短編も長編になるような印象を与えかねません。

「一文字の記憶も思い出せない」は「一文字も思い出せない」か「一文字も記憶にない」でしょう。

「テレビからきりなく花火がうちあげられていた」というと、テレビが花火を打ち上げる装置みたいですよ。「テレビでは」でしょう。

「何本かの切歯の痕が赤みを帯びてへこむ」「切歯」が何だかわかりませんでしたが、直前に子供たちが甘噛みし合う場面があるので、切歯の痕というのは歯形のことでしょうね。「痕がへこむ」というと歯形がさらに地盤沈下を起こすみたいです。(Wikipediaで調べたところ、切歯とは、人間の場合、前歯を構成する歯をいうようです。非常な怒りを表す切歯扼腕という四字熟語があるとか。)

「乳を出すためにもつれあいからがりあう器官」というのは乳腺のことかしら?

「かつての幼い自分のことまでもが懐かしく胸にこみあがる」は「こみあげる」にしませんか?

「欠けのでた食器」というのは「欠けた食器」でよいのでは?

「自分の脈管の流れが速くなるのを感じ」というのは「動悸を覚えて」ではいけませんか?

 春子という人は頻繁に狭心症の発作を起こして倒れますが、止められていた煙草を隠れて吸います。「心臓に巻き付いて走る脈をすこやかにしておけば少々の喫煙は問題ないのだと、薄い唇から煙をいきおいよく吐いては喫い、二枚の肺をふくらませた」わたしも狭心症ですが、春子の言葉は意味不明です。

 作者が物や現象に重きを置いているのはわかりますが、こうした言い回しは不自然で、読者にとってはそれがストレスとなります。技巧的と呼ぶには、あまりに稚拙な印象です。

 加えて、作品全体に漂う幼いといいたくなるような意識と、描写力のなさからして、この作品が初歩的な段階にあることは明白だと思われます。また、構成を学ぶ以前に、崩すことを覚えてしまっているような危うさが見受けられます。

 この、まだ文学作品と呼べるだけのレベルに達していない猫踏んじゃったを、おべんちゃらな大人たちが褒めそやす……本気で褒めているのだとしたら、空怖ろしいことですわ。

 時間、夢、宇宙といった壮大なテーマに挑みたい気持ちはわかりますが、その前に、文章の書き方を学びましょう、といいたいです。このかたは帰国子女なのでしょうか。

 夢といえば、シネマ『インセプション』はなかなかでした! 設定がきっちりとしていて、人物描写、背景もしっかりしていました。
 『きことわ』の場合は恣意的で、科学への憧憬は感じられますが、むしろ非科学的な印象を受けます。

 最後に。
 睫毛が貴子の目によく入って困っているみたいですが、それは単に睫毛が長いからではなくて、逆さ睫毛だからだと思いますよ。わたしがそうです。麻婆豆腐にウイスキーを振りかけるレシピって、本当にあるのですか?
 『苦役列車』を読む気力がなくなりました。〔後日:読みました。こちら
本当は、ポプラ社から出ている百年文庫が素晴らしい感触だったので、3冊買おうとしたのでした。が、芥川賞受賞の2作品を読まなければと思い、仕方なく、そちらは2冊にして……百年文庫にすりゃよかったわ。百年文庫については改めて。〔こちらに書き始めました。〕

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2011年2月10日 (木)

ムターが博多に来るそうで。校正苦。

新聞の広告を見た娘が「ムターが博多にくるよ」といった。

5月6日、福岡シンフォニーホール。

体調さえよければ、日帰りで行ける。女王様のようなアンネ=ゾフィー・ムターは拝んでみたいし、あのねっとりとしたヴァイオリンの音色はなまで聴いてみたい。

ふところ……寒いのが問題。

昨夜から午前中にかけて、So-netブログがやけに重かった。ブログの書籍化サービスで早く本にしたいと焦るあまり、それを無理に校正していたら、馬鹿に疲れた。上限のページぎりぎりまで詰め込みたいので、まだ最初辺りの校正しかできていない現状からすると、想像した以上に時間がかかりそうだ。

が、こんな形で製本化及び保存しておかないと、原石状態のエッセーも、貴重なマイ資料も、そのうちブログと共に消え去ってしまうだろう。

ブログ閲覧の便のために空けていた行間を詰め、一編のエッセーとして読めるために必要な削除と加筆を行う。これも大事な創作作業の一つだ。

ブログ開設のメリット・デメリットはいろいろとあるが、開設していなければ、エッセーを書くレッスンをこれほどしはしなかっただろう。

春樹関係では、叩かれたり褒められたりして、結構鍛えられた。同じ文章が全く異なる反応を惹き起こす。独り合点から抜け出るためには、レッスンしかない。今後も。

その中には明らかに、贔屓目かもしれないが、佳品も混じっている。玉石混淆なのだ。

今回の書籍化で、玉の輝きを放つ記事を拾い上げ、とりあえずのエッセーのスタイルを持たせておきたい。

早く、創作に突入しなければと焦る気持ちは大きいが。

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昨日の夕飯

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2011年2月 9日 (水)

森永いちごキャラメル~!

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2011年2月 8日 (火)

山岸凉子の新連載『ケサラン・パサラン』がスタート!

 雑誌「ダ・ヴィンチ」3月号から、山岸凉子先生の新連載『ケサラン・パサラン』がスタートした。

 読みながら、わくわくする気持ちと、どんな作風なのかを探る気持ちとが交錯する。家を買うという事情が描かれる初回。冒頭の場面のあの文章の魔法(※ネタバレになるので、あえて字を薄くしておこう)という言葉からすると、これはもしかしたら『妖精王』の系譜か?

 軽みのある心地よいムードが漂っているから、どオカルト系ではなさそうな感じがするが、軽やかなムードが暗転するスリリングな展開も多いから、まだわからない。ただ、『テレプシコーラ』のような求道物ではなさそうだ。

 『テレプシコーラ』といえば、2月号で『テレプシコーラ』第2部完結記念インタビューと銘打たれた山岸先生へのロングインタビューが掲載されていた。

 その内容は、山岸先生のような輝かしいプロ中のプロと、わたしのような浮かばれないアマチュアの物書きという違いはあっても、同じ創作する人間として、共感をそそられ、勉強になる言葉が散りばめられた、お買い得な号だった。その中から以下に抜粋。

「六花ちゃんが一番脆弱な性格なのは結局、作者のわたしの性格です。情けない(苦笑)。バレリーナというのは本当は勝ち続けていくのが使命なので、勝ち続けること=ギスギスすることだとは思わないのです。どちらかというと負けた人の方がギスギスになっちゃうものなんです。これでいいんだろうかと振り返るのは負けた人で、勝ち続けている人は一度も振り返らない。そこが凄いというか大変なところで、そういう世界では六花ちゃんのような子は一見勝ち目はないように見える。でもネガティブな人間こそがものを創るのです。落ち込んだ時こそ人はものを発想するといいます。……」

「六花ちゃんには何もないところからものを作り出せるという武器があった。だから誰かと競い合って勝ち抜いていく必要がないのです、本当は。そして、そういう人が一番強い」 

 これはまさに創作の奥義だ。何て、たおやか、かつ力強い言葉なのだろう。これは老子哲学に通じる珠玉の言葉だ。

 それにしても、六花ちゃんが山岸先生だとは知らなかった! むしろ、それとは対極に位置するようなクールな御方かと思っていた。何だか嬉しくなってしまうと共に、ああでもそうでなければ、あのおいらかで、しなやかな六花を誕生させることはできなかっただろう……と深々と納得した。ならば、先生は六花に最高の想いを籠められたのに違いない。

 さらに嬉しいことには、『テレプシコーラ』第3部が期待できそうなお話まで飛び出しているではないか!

 『ケサラン・パサラン』を楽しませていただきながら、『テレプシコーラ』第3部のスタートを、それとなく待ちたい。

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NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』第5回「本能寺の変」

 第4回は観損なった。第5回は観たものの、ちゃんとした感想を書く気分にはなれないのだが、豊川悦司ファンの一人としては、彼の信長様が今回死んでしまったので、信長様の供養のために、ざっと触れておこう。

 天正10年(1582年)の本能寺の変がテーマだった第5回。江はこのとき10歳くらいで、京で信長に会うことになった家康に招待されていた。

 本能寺の変とは、織田信長の家臣であった明智光秀が起こしたクーデター。京都の本能寺に滞在中だった信長は自害に追い込まれた。

 ドラマでは、信長が光秀に、領地を召し上げる代わりに毛利から分捕った領地を与えると無理難題を突きつける。さらに、謀反をおこしてみるかと挑発も行う。千宗易も、天下をとってみるくらいの気構えで……とそそのかすような顔つきで光秀を諭していた。

 が、実は、信長は後継者として光秀を第一候補と考えており、無理難題も、そそのかしも、スパルタ式教育の一環だった……という解釈。

 スパルタ教育についていけない(信長の心のうちが読みとれない)光秀は、ずっと手がわなわなと震えていてノイローゼ気味だったけれど、あれこれ人の道に背いた信長を天に代わって成敗してやろう――謀反を起こそう――と決意したとたんに手の震えが止んだ。そして「敵は本能寺にあり!」と相成ったのだった。

 クーデターを起こした明智光秀の動機については諸説あるが、以下にウィキペディアに挙げられた説を紹介しておく。

ウィキペディアの執筆者,2011,「本能寺の変」『ウィキペディア日本語版』,(2011年2月8日取得,http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9C%AC%E8%83%BD%E5%AF%BA%E3%81%AE%E5%A4%89&oldid=36230267).

  1. 野望説
  2. 怨恨説
  3. 四国「征伐」回避説
  4. 焦慮説
  5. 発作説
  6. 黒幕説
    6.1 足利義昭説
    6.2 朝廷説
    6.3 イエズス会説
    6.4 羽柴秀吉説
    6.5 徳川家康説
  7. 信長の野望阻止説 
    7.1 信長征夷大将軍就任の野望阻止 
    7.2 徳川家討伐と土岐明智家滅亡の危機回避 
    7.3 その他の黒幕説
    7.4 黒幕否定説

 ドラマでは2、4、7あたりを組み合わせてあったようだが、とってつけたような描きかたと何が何でも信長に江を絡ませる設定は、これまでの回と共通していた。

 登場人物が全員、どうしようもないまでに薄っぺらに映る。作者は、スポ根物の頭でこの歴史的事件を捉えているようだ。最期の信長の前に、江の幻が現れる。座敷童子のようなムードを湛えていた上野樹里。生きているのに死神役かと思いきや、それは江の夢のようでもあった。

 しかし、単なる夢ではなかったようで、本能寺の変直後の危険地帯から家康と共に脱するときに、乗馬が下手で、野武士に囲まれた江は、背後に忽然と現われて寄り添い指導する信長に救われるのだ。それは信長の幻(幽霊?)だった。

 江は大泣きして馬を走らせながら、家康に信長が亡くなったことを告げて、第5回は終わった。

 今回の豊川悦司は、織田信長というより、テニスのスポ根少女漫画『エースをねらえ!』の宗方コーチを連想させた。「前に進め。そちは生きよ」なあんて……いいわねえ。あんな風に、おばさんだって、温かく見守られてみとうござんす。

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2011年2月 7日 (月)

ココア~!

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デパ地下のよく行くカフェ。
体調はまあまあ……かな。

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牛肉と野菜のソテー - 「毎日のお惣菜シリーズ4 肉料理」(婦人之友社、1986年)

体調がパッとしなかった日に、冷凍しておいた牛肉を使い、野菜の整理を兼ねて作ったのが、「毎日のお惣菜シリーズ4 肉料理」(婦人之友社、1986年)の中の『牛肉と野菜のソテー』。

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具沢山のチンジャオロースーのような味わいでした。美味しかったので、レシピをご紹介します。

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[材料・4人分]

  • 牛肉薄切り肉……200g
    {醤油……大匙1杯
    にんにく(みじん切り)……1片}
  • じゃが芋……300g
  • ピーマン……4個
  • 人参……80g
  • 玉葱……50g
  • にんにく……2片
  • サラダ油……大匙2杯位
  • 塩……少々
  • 醤油……小匙1杯

[作り方]

  1. 牛肉は細切りにして下味をつけておきます。
  2. 野菜も全てせん切りにし、じゃが芋だけは水にさらして、あくをぬいておきます。
  3. 鍋に油を入れて弱火にかけ、にんにくのかたまりをころがして香りを出し、火を強めて肉を炒めます。
  4. 色が変わったら、野菜を火の通りにくい順に入れて炒めます。
  5. じゃが芋がすき通ってきたら、塩を加え、醤油をまわし入れればでき上がりです。

お弁当にもよさそうですし、ご飯の上にのせて丼風にしてもいけると思います。

スープは、これも冷凍しておいたベーコンを切っていため、水5カップ、鶏がらスープ大さじ1、薄口しょうゆ小さじ1、塩小さじ1、白葱を入れると、たちまち美味しいスープの出来上がり!

ベーコンは、冷凍するときにサランラップに包んだ上からさらにアルミホイルでくるんでおくと、変色を防げるとお肉屋さんで教わりました。

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深夜の日記

このところ、咳も鼻水もなしの風邪のような症状が続いています。

肝炎の再燃か単なる風邪かが問題だと思っていましたが、昨日から、背中の痛みが加わり、うつぶせになって寝てばかり……にも拘わらず、すぐに目が覚め、お陰で目がしぱしぱします。本を読むのも嫌で、音楽も聴きたくありません。

背中の真ん中より上の辺りから、だるさが泉の水のように湧いてくる感じです。

昨夜は、デパ地下の弁当を娘に頼みました。わたしはお握りと男爵コロッケ。おかかのが、またしても生臭く感じられました。

今日はこうしてもいられず、外出強行。といっても、中心街に行くだけですよ。外出してみれば、そんなに体調が悪くないとわかったりもしますからね。

寮を移ることになった息子は、移る先に指定された寮が気に入らず(物凄く狭いとか)、アパートを探しに行き、決めてきたと土曜に報告してきました。

学生が借りるようなアパートのようで(俺も学生だからね、と息子)、築20年、バス・トイレ・ミニキッチン・押し入れ付で家賃は安く、手入れは悪くないそうです。エアコンと冷蔵庫は新しいとか。

息子は会社からの帰宅が遅くなるので、自炊するつもりはなく、充分な収納力と交通の便を中心に決めたようです。

難点は浴室の狭さだそう。トイレとバスを無理に分けたかのように同じ広さで、浴槽がなんと長方形ではなく、真四角に近いとか。「小柄でよかったよ。大柄な人は浴槽に入らないだろうね」と息子。

一緒に探しに行った職場の同僚は、もう少しましなマンションを希望していて、まだ決まっていないとか。社会人ドクターの息子は、大学に戻って研究に専念するための資金作り中なので、なるべく出費を少なくしたいのでしょう。

仮にデラックスなところを借りたとしても、すぐに散らかるでしょうしね。

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2011年2月 5日 (土)

使いました

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前の記事で書いたように、ニトロ舌下錠を使いました。胸のなかが気持ちよくなりました!

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体調悪いときの料理

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今日も相変わらず体調が悪くて、このねばりつくようなだるさは肝炎臭いですわね。

とすると、自己免疫性でもウィルスでもない薬剤性肝炎であるはずのわたしには思い当たる原因が何もないというフシギにぶち当たります。

治療といっても、いくらかでも怪しげな物質があれば、その摂取を極力控えて、なるべく静かにしている他はなく、下手をすれば、何ヶ月も体調不良が続く……。いや、年単位で続くこともあるそう。やだわー!

まあ、まだ単なる風邪症状に乏しい「風邪」ということもありえるわけで、それだと近々、体調が戻る期待もできます。

お昼に、おかかご飯を食べたのですが、削り節が物凄く生臭く感じられて吐き気がしました。しょうゆまで、何だか生臭かったほど(動物性のものは入っていないはずなのに)。

自分が食べられるかどうかは疑問ですが、夕飯作りはしなくちゃ。

幸いうちは家族の帰宅が遅いので、今からゆっくりしても間に合います。

娘は今日は遅いから買い物は無理でしょう。

冷凍していた牛肉の切り落としは、ビーフストロガノフなんかにするには量的に少ないので、野菜の整理を兼ねて、牛肉と野菜のソテーにしましょう。

じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、キャベツ、白ねぎ、しょうが、にんにくは、切らさないように気をつけています。これらがあれば、何かしら作れますよ。

今日はさらに、きゅうり、ピーマン、かぼちゃと、野菜は豊富にあります。

メインが「牛肉と野菜のソテー」。サイドディッシュは、「かぼちゃの甘辛煮」に、これも冷凍しておいたベーコンを少量使って、「キャベツとベーコンのサラダ」といきましょう。

アーモンドスライスとくるみがあれば重宝するのですが、どちらも切らしていました。

アーモンドスライスがあればサイドディッシュは、「かぼちゃのシナモンソテー」に、「きゅうりのサラダ」で組み合わせるところですが。

いよいよ体力的につらければ、すぐに出せる豆腐をスーパーから夫に買ってきて貰うか、今はコンビニにもあるので娘に頼むかして、サイドディッシュ作りを一品減らすという手もあります。

あとは味噌汁かスープ。これはインスタントから手の込んだものまで、体力次第ですわ!

写真は、節分イワシです。この日も既に体調が悪かったので、わたしは食べませんでしたが、皮のままでせん切りしたしょうがと酢を使って生臭さを消した、土井善晴先生のレシピ『いわしのしょうが煮』はいずれご紹介するつもりです。

確か、お父様の土井勝先生のレシピ『いわしの梅干し煮』は既にご紹介済みだったと思います。携帯からなので、リンクできませんけれど、過去記事検索で出てくると思います(もしかしたら、サイドバーにくっつけていたかしら)。

携帯打っているうちに、寒くなってきたせいか、胸が少し苦しくなってきました。景気づけ(?)にニトロ舌下して料理に入りましょうかね。では。

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またこんな時間に目覚め…

 昼間寝ると、夜中に目が覚めていけない。尤も、夜中も同じように寝ていて、昼間も寝ては起きる。こんな睡眠のとりかたでやりくりしても、普段はこんなには疲れない。

 昨日は、夕飯を作るのが途中で嫌になった。立っているのがつらかった。インスタントのグリーンカレーを作っただけなのに。伊予柑2個剥くのに、馬鹿に時間をくった……。

 それに、このところ、肉も魚も受け付けないのはおかしい。食べるつもりで盛ると捨てなくてはいけなくなるので、家族のお皿にわたしのぶんも盛る。

 目がしぱしぱする。

 とはいえ全部が、決定的なものではなく(?)気分的なものかもしれない。

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2011年2月 4日 (金)

お宝!

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税込で1,575円。スペシャル デュオゴディバ。

一粒で、このお値段でっせ。

白の上に赤いハートが垂れた(?)印象的なデザインです。

予約注文された商品で、実はこれは娘が職場の同僚の女性から頼まれてデパートからとってきた預かりものです。

昨年、彼女が弟にこれをあげたときに一かけら(切ったのかな)食べたところ、とても美味しかったそうで、今年は自分のために注文したのだとか。

その彼女には、カレシがいるそうです。でも、これまでの経験から、贈り物をしてもいっさいお返しがないことがわかっているので、カレシには何も贈らないことにしたのだとか。

割り切っていて、いいですね!

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2011年2月 3日 (木)

ブログ書籍化の件

ブログ出版局の書籍化サービスで、創作ノートでありエッセーの私的宝庫でもある『Notes:不思議な接着剤』と、So-netブログ『マダムNのエッセー』の三分の二くらいを、それぞれ書籍化しようという件。

エッセー集のタイトルを「エッセー集①庭園」。創作ノートのタイトルを「不思議な接着剤・ノート①」に決定。月並みかしらん。他によいタイトルを思いついたら、変えるかもしれません。

他の候補としては、

  • エッセー集①薔薇色の雲
  • エッセー集①冬の小鳥たち
  • エッセー集①百年前の子供たち

百年前の子供たち』というのは、わたしが気に入っているエッセーのタイトルです。家族に受けたのは、「庭園」「百年前の子供たち」。

小説集も出したいのですが、原稿からパソコンで打ち出さなければならない作品が何編もあり、その手間のかかる作業が遅々として進まず、目下、暗礁に乗り上げている状態。そんなことをしているより、創作に時間を割きたいと思ってしまいます。

「エッセー集①庭園」には、当ブログから生まれた評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』はじめ、『卑弥呼をめぐる私的考察』、手記『枕許からのレポート』といったかつて同人雑誌に発表済みのものも収録予定です。

Notes:アストリッド・リンドグレーン』、山岸凉子の『テレプシコーラ』に関するもの、フジ子・ヘミングに関するもの、文学界批判など、生粋の当ブログ生まれの作品は勿論収録。

フォントを《8》か《9》にし、ブログ閲覧のために空けた行間を詰めましたら、480ページにずいぶん沢山収まるのですね。前掲の春樹の作品に関する評論だけで、原稿用紙100枚くらいですから。

こんな本、自分でなくては誰が出してくれるでしょう? 2部かせいぜい3部の限定豪華版(豪華というのは、作品数が多いという意味)。

手元に届いてみるまでは、どんな風に出来上がってくるのかはわかりませんが。わたしの場合、一番の目的が作品の保存ですから、まあそれに叶えば、計画は成功とします。メモリーに保存しただけでは、不安なのです。作品集にしておかないと。それに、ブログ生まれの作品たちに校正を施して、一人前にしてやりたい母心もありまして。

何より、本や雑誌のかたちにしてみないと、自作のレベルが今ひとつわかりづらいということがわたしにはあるのです。そうした理由で、同人雑誌に入っていたのでした。

ブログの書籍化に伴うこうした作業で創作がまたいくらか遅れますが、これはこれで無意味な時間の過ごしかたではないと考えています。

当ブログを全部書籍化しようと思えば、何巻になるでしょうね?(そんな贅沢なことは考えていませんけれど)。 

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息子の引っ越し

 息子の入っている寮は会社が借りているのですが、会社が借りる寮を統合するとかで、別の寮に移ることになったとか。

 これまで入っていた寮に比べて、そこは部屋が狭く、ベットを置くと、もう1台ベッドを置くスペースしかないくらいの狭さだそうです。息子は同僚とアパートを探してみるみたいです。

 大学にもマンツーマンで講義を受けに行かねばならず、忙しそう。研究室の教授とは違う別の教授から受ける講義で、その教授は熱血漢で有名だとか。講義に力の籠もるあまり、黒板に字を書くときにチョークが何本も折れるそうです。

 息子は早ければ今年中にでも、大学に戻るつもりでいる様子。せっかくお給料のよい、福利厚生もばっちりの会社に入れたのに……ともったいない気がしますが、息子はストレートで博士課程に進む金銭的余裕がなかったために、一旦就職し、昨春、社会人ドクターになったのでした。

 ぎりぎりの線でしょうが、2年分の学費・生活費は貯まったようです。ただ、わたしたち家族の金銭状態が気になるようで。夫の退職後のことは不安ですが、息子の行く手を阻みたくはありません。わたしには、母親の看病のために就職を諦めざるをえなかった、つらい経験がありますから。 

 研究室勤務あるいは大学勤務が将来的な息子の希望で、研究はわたしの創作と同じことだそうです。博士課程を出て、一旦ポスドクになることを考えれば、年齢のこともあり、あまりぐずくずしていたくもないでしょう。

 何にしても、登山のような人生を送ることでは母子共通しています(尤も、わたしの場合は傍からはグータラ主婦にしか見えないでしょうが)。 

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2011年2月 2日 (水)

内分泌内科(大学病院)受診

大学病院の受診、終わりました……!

わたしには何だか長かったのですが、きっちりと検査・診察していただいたという好印象が残りました。

腹部CTで、わたしの副腎はほとんど見えないくらい。それは、腫れていないからだそうです。幸い、疑われたようなものはなさそうでした。

肝嚢胞、右の腎結石がはっきりと写っていましたが、これは経過を見るしかないそうで、結石は嵌頓を起こさない限り、大丈夫だろうとのこと。

昨年の10月だったか、肝臓をエコーで診て貰ったときも、腎結石の煌めくのが見えました。

わたしの腎臓は相変わらず、結石の製造に余念がないようで、下腹部や腰が時々痛いのは、そのせいでしょうね。

おなかにのっている脂肪もはっきりと見え、思わず、「わあ、恥ずかしい!」と両手で目を覆うと、先生はとても真面目に「ごく自然な、女性らしいつきかたですよ。お年相応といってよい……ただ、内臓脂肪のほうは、いくらかついているかもしれない」とのこと。

何だか、自信がつきました! おなかがよくふくらんでいるとはいえ、胃腸の調子のよいときは普通に見えるので、まるごと脂肪のせいとは思えなかったのですが、悩みでした。

胃腸を良好に保てば、万事よしとわかりました。それが案外難しいことなのですが。

全てすっきりしたというわけではありませんが(くすぶっているといわれた肝臓には今後も注意が必要ですし、ホルモンも何かに引っ張られがちとわかりました)、まあ満足です。

話は全く違いますが、雑誌「ダ・ヴィンチ」で山岸凉子先生の新連載が始まるそうですね。2月号には『テレプシコーラ』第2部完結記念インタビューが載っているそうで。近頃、山岸先生でアクセスの馬鹿に多かった理由がわかりました。

バスを中心街で降りたついでに、これから書店に行って2月号を探してみます。

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大学病院のスタバにて

大学病院のスタバにて

念のための検査と思うと、気が楽で、最初の怯えはどこへやら。とはいえ、来たい場所ではありませんね。

副腎腫瘍がないか診ていただくための腹部CTはあっという間に終わりましたが、この手の検査では大抵、両手を万歳するように指示されます。

両肩とも五十肩のわたしには、短時間でも、それが難儀でした。特に今痛い右肩が。

診察まで時間があるので、受付の看護師さんに離れることを断って、スタバへ。
朝から何も食べていなかったので、ハムとチーズを挟んだホットサンドを頼みました。これくらいなら、フランスパンを買ってきて、家で簡単に作れますね。

このところ、ブログの書籍化の準備に時間をとられています。

ブログ出版局の書籍化サービスが設定の自由度が高いので、それで創作ノートでありエッセーの私的宝庫でもある『Notes:不思議な接着剤』と、So-netブログ『マダムNのエッセー』の三分の二くらいを、それぞれ書籍化してみようと思います。それでも1万円しなーい!

フォントサイズをにし、上限のページ数ぎりぎりまで詰め込むと、かなりの作品を収録できます。

が、近眼・老眼のわたしにはきついので、にしようかしらね。

娘が、お金を払うから自分にも1冊ちょうだいといいました。自分のを作ればといいましたが、家族ってありがたいですね。

今、お店の人から、小さく切ったお試しのサンドイッチをいただきました。ライ麦パンのサンドイッチかな?

書籍化する作業は楽しいですけれど、本業(今手がけている作品を完成させること)も忘れないで、と娘は注意するのも忘れませんでした。登場人物の一人、瞳が娘のお気に入りなのです。

そういえば、友人や知人には結構元気であることをアピールしておかないと、(新興)宗教書なんかがプレゼントされて大変。

何か、皆どんな生活送ってきたのかと心配になりますわ。お返しに文学書を送ったことがありましたが(お子さんに)、心配と好意が感じられるだけに困惑しています。

そのことを書つもりだったのでした。教祖に縋って何とかなるのなら、文学なんていらないわねえ……もう行かなくちゃ。

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2011年2月 1日 (火)

ショック療法?

 午前中、パソコンに向かっていたわたしの背後で、衆院予算委員会質疑の中継があっていた(テレビが背後にある)。午後もあるはずだ。

 昨日も国会中継があっているはずと思い、テレビをつけたところ、あっていず、午後にずれこんで始まった。そして、その最中に、民主党の小沢元代表が強制起訴されたというテロップが流れた。

 えっ、起訴ではなくて強制起訴? 国会中継が終わったあとのニュースで、小沢元代表は市民によって強制起訴されたようなことをいっていた。わたしはますます混乱した。市民が起訴? 起訴するのは検察官じゃなかったっけ?

恥ずかしいことに、わたしは、検察による起訴とは区別される、市民の判断で起訴する制度が裁判員制度と同じ2009年5月から始まったことを知らなかった。

 検察審査会(くじで選ばれた11人の市民)が起訴議決すると、検察が再調査。それでも起訴がなければ、2回目の審査。再度の起訴議決で起訴となり、検察役は裁判所が指定した弁護士が務める。議決には2回とも、11人中8人以上の賛成が必要。また2回目の審査には法的なアドバイスをする審査補助の弁護士が参加しなければならない。――という仕組み。

 検察審査会自体は戦後すぐにできた制度らしいが、強制力がなかったという。

 このニュー・フェースともいえる制度によって、小沢元代表は強制起訴となったわけだ。昨日のニュースで彼は無罪を主張し、離党しない意思を示していた。

 そのあとの地方版のニュースで、パルコの閉館を伝えていた。パルコはこの街に1977年に開館し、売り上げのピークは1991年だったという。中心街から長崎屋→ジャスコ→ダイエー→サティの順で撤退してゆき、そして今度のパルコの撤退となった。

 地方都市のドーナツ化現象をわたしが小説『地味な人』(当ブログに収録中。まだ出だしだけ)に採り上げたのは、平成12年だった。10年以上前のことで、その頃から地方都市のドーナツ化現象が深刻な問題となってきていた。この街にとって、パルコの撤退は大きいようで、心配だ。

 菅首相の間の抜けたような顔を見ていると、地方に重すぎる財政的負担を強いておきながら、その大変さがいくらかでも理解できているのだろうかと疑ってしまう。

 反政府デモが拡大したエジプトも心配だ。ニュースで、無法地帯となった市街地の模様や博物館の投げ出されたようなミイラが映し出された。

 尾篭な話で申し訳ないが、わたしにはそれらの映像がショック療法となったらしく、下してしまい、結果的に便秘が解消した。

 30年間も続いた強権政権に対し、ついに民衆の怒りが爆発したのだ。しかし、アラブ一人口の多いエジプトで、親米欧のムバラク政権が倒れ、もしイスラム主義の政権が誕生することにでもなれば、アラブは……。 

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昨日の夕飯

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