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2011年2月 8日 (火)

NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』第5回「本能寺の変」

 第4回は観損なった。第5回は観たものの、ちゃんとした感想を書く気分にはなれないのだが、豊川悦司ファンの一人としては、彼の信長様が今回死んでしまったので、信長様の供養のために、ざっと触れておこう。

 天正10年(1582年)の本能寺の変がテーマだった第5回。江はこのとき10歳くらいで、京で信長に会うことになった家康に招待されていた。

 本能寺の変とは、織田信長の家臣であった明智光秀が起こしたクーデター。京都の本能寺に滞在中だった信長は自害に追い込まれた。

 ドラマでは、信長が光秀に、領地を召し上げる代わりに毛利から分捕った領地を与えると無理難題を突きつける。さらに、謀反をおこしてみるかと挑発も行う。千宗易も、天下をとってみるくらいの気構えで……とそそのかすような顔つきで光秀を諭していた。

 が、実は、信長は後継者として光秀を第一候補と考えており、無理難題も、そそのかしも、スパルタ式教育の一環だった……という解釈。

 スパルタ教育についていけない(信長の心のうちが読みとれない)光秀は、ずっと手がわなわなと震えていてノイローゼ気味だったけれど、あれこれ人の道に背いた信長を天に代わって成敗してやろう――謀反を起こそう――と決意したとたんに手の震えが止んだ。そして「敵は本能寺にあり!」と相成ったのだった。

 クーデターを起こした明智光秀の動機については諸説あるが、以下にウィキペディアに挙げられた説を紹介しておく。

ウィキペディアの執筆者,2011,「本能寺の変」『ウィキペディア日本語版』,(2011年2月8日取得,http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9C%AC%E8%83%BD%E5%AF%BA%E3%81%AE%E5%A4%89&oldid=36230267).

  1. 野望説
  2. 怨恨説
  3. 四国「征伐」回避説
  4. 焦慮説
  5. 発作説
  6. 黒幕説
    6.1 足利義昭説
    6.2 朝廷説
    6.3 イエズス会説
    6.4 羽柴秀吉説
    6.5 徳川家康説
  7. 信長の野望阻止説 
    7.1 信長征夷大将軍就任の野望阻止 
    7.2 徳川家討伐と土岐明智家滅亡の危機回避 
    7.3 その他の黒幕説
    7.4 黒幕否定説

 ドラマでは2、4、7あたりを組み合わせてあったようだが、とってつけたような描きかたと何が何でも信長に江を絡ませる設定は、これまでの回と共通していた。

 登場人物が全員、どうしようもないまでに薄っぺらに映る。作者は、スポ根物の頭でこの歴史的事件を捉えているようだ。最期の信長の前に、江の幻が現れる。座敷童子のようなムードを湛えていた上野樹里。生きているのに死神役かと思いきや、それは江の夢のようでもあった。

 しかし、単なる夢ではなかったようで、本能寺の変直後の危険地帯から家康と共に脱するときに、乗馬が下手で、野武士に囲まれた江は、背後に忽然と現われて寄り添い指導する信長に救われるのだ。それは信長の幻(幽霊?)だった。

 江は大泣きして馬を走らせながら、家康に信長が亡くなったことを告げて、第5回は終わった。

 今回の豊川悦司は、織田信長というより、テニスのスポ根少女漫画『エースをねらえ!』の宗方コーチを連想させた。「前に進め。そちは生きよ」なあんて……いいわねえ。あんな風に、おばさんだって、温かく見守られてみとうござんす。

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» 光のさす方へ 〜江・本能寺の変〜 [早乙女乱子とSPIRITのありふれた日常]
時は今 天が下しる 五月かな 明智光秀が本能寺の変を起こす前に愛宕神社に奉納したという句。 時、つまり明智の祖先である土岐源氏の意味。 天が下しる、の意味には諸説あって、『天下をとる』とも、『...... [続きを読む]

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