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2011年1月の53件の記事

2011年1月30日 (日)

ブログ製本サービスについて。ペコちゃんの本が届きました。

 過去記事で書きましたが、児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作メモ……当ブログのカテゴリー「Notes:不思議な接着剤」を資料として使う目的で、ソネットブログに移しました。

 が、ブログのままでは使い勝手が悪いと感じ、ブログ製本サービスを利用して本の形にしたいと思ったのですね。

 ブログ製本サービスについて、以下のサイト様が丁寧に比較してくださっています。

ブログ製本サービスの比較まとめサイト
http://book.digi-goods.info/

 見積もり、仕上がり見本(PDFファイル)の作成は無料なので、とりあえず、ソネットブログの管理画面から行けるブログ製本サービス、MyBooks.jpでPDFファイルを作成してみました。なかなか綺麗で、このままデジブックとしていけそうですらあります。

 (まだ追加すべき記事がありますが)、標準サイズで316ページになりました。モノクロ印刷で文庫(A6サイズ)・標準(B6サイズ)の場合、基本料1冊 650円、印刷料金 5円/頁、送料 525円(2冊目以降は1冊あたり50円)とあります。

 送料を別にすれば、基本料金650円+1580円=2230円。記事をコピー、プリントアウトし、クリアファイルを買って挟む手間と料金を考えれば、高くはありません。

 美しい体裁ですが、このサービスでは引用、リストなどの設定が外されるので、資料としては使いにくいと感じました。

 ブログ出版局で試してみました。こちらですと、設定の選択幅がひろがります。カテゴリーだけの選択もできるのは便利。当ブログもカテゴリーだけ取り出して試してみましたが、製本専用のブログを作ったほうが、仕上がりが綺麗でしょうね。

 ブログ出版局でPDFファイルを作成する際に、「連続する改行を除去する」、「段落内の改行を抑制する」にチェックを入れたら、 標準タイプで、181ページになりました。引用もきちんと反映されて、資料としての使い勝手はよさそう。この場合、おおまかな見積もりが2,288円。

 これくらいでできるのであれば、エッセー集、小説集などを、保存用として別に作りたくなります。期間で区切って、当ブログを丸ごと、ココログの管理画面から行けるブログ製本サービスで本にしてみたい気さえしてきました。

 何だか、ブログ・ライフ(?)が楽しくなりそうですわ。しばらくとっていなかった当ブログのバックアップも取れ、何だか充実した一日でした。

 これも過去記事でちょっとご紹介したペコちゃんの闘病記。今日届いたので、改めて感想を記事にしたいと思っています。 

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2011年1月29日 (土)

循環器クリニック受診

わたしの今日の主要テーマは、まあまあいい子でいてくれている心臓ではなく、胃腸!

ガスター20を貰わねばと思っていました。

が、先生は、これまでにガスターを出してくれた他の先生がた同様に、カルテ、お薬手帳を確認なさりながら、出したくなさそうなムード。

そして、「胃潰瘍だったっけ?」と先生。「胃潰瘍ではありません。胃炎とはいわれましたが」とわたし。先生は慌てたような感じで「止めとこう!」

わたしはえっと思い、恥も外聞もなくねだりました。「出なくなるんです!」「じゃ、ガスター10にしとこう」と先生。

不満なわたしは、「副作用があるのでしょうか?」と質問しました。「萎縮性胃炎になることがあるから、長期投与では減量することになっている」と先生。

初めて納得したわたしでした(萎縮性胃炎でググッてみてください)。20の半分の量の錠剤を出していただきましたが、極力使うまいと思っています。やむを得ず使ったときは、ブログに記録しましょう。

「それで調子が悪ければ、いってくれればいいよ。対応策を考えるから」と先生。ありがとうございます。

話が前後しますが、大学病院消化器内科のS先生からお預かりしたお手紙と、内分泌内科で受けた血液検査、骨密度の結果は、受付で提出していました。

わたしはS先生から受けた注意を先生に伝え、内分泌内科での検査は念のためのものであることをいいました。

すると先生はその結果をざっとご覧になりながら、「これ、コピーさせてくれる?」とおっしゃったので、差し上げるために持ってきたものであるといい、持ってきてよかったと思いました。

いつもの脈拍、胸の聴診、貧血の診察。いつもながら、この一連の診察は、慎重で、丁寧な感じです。心臓の発作の回数を訊かれ、「特に強い発作は起きてないね?」と先生。「はい。それほど強い発作は起きていません」とわたし。「じゃ、舌下錠を10錠あげとこう」とおっしゃいました。

それから、喘息にかんする問診。呼吸器クリニックでのように、パルスオキシメーターで酸素飽和度を測って貰えないのは物足りない気がしましたが、喘息のほうは調子がいいので、必要ない気もしました。

〔心臓〕
インデラル錠10㎎、シグマート錠5㎎……1日3回。
ヘルベッサーRカプセル100㎎、アイトロール錠20㎎……1日2回。
ニトロペン舌下錠0.3㎎(10錠)……胸痛発作時。

〔消化器〕
ガスターD錠10mg……1日2回。

〔呼吸器〕
フルタイド200ディスカス(1個)

看護師さんたちが「Nさん、肝臓よくなってよかったなあ」と口々にいってくださり、何だかホームグラウンドに帰ったような(?)安らぎを覚えました。メンタル面へのこうした効果、大きい気がします。ホームドクターのありがたさを感じました。

またうっかり忘れそうになりますが、まだ念のための大学病院内分泌内科での副腎のCT検査が残っていました(これはまた明日でいいや、というわけにはいきませんから、忘れないようにしなくてはなりません。スタバにも最後の記念に入りましょう)。

寒い一日で、 雪がちらついたりしました。若い人には、夏服みたいな薄着の人もいました。
歩道の横を鳩が歩いていたので、車に轢かれるのではないかと気が気ではありませんでしたが、器用に白い線内をよちよち、よちよち……と結構な距離を歩き、あわやと思ったとき、鮮やかに羽ばたいて車の上に飛び、空に消えました。
お隣のドバトは今日もいつもの場所にいて、わたしを見ました。すっかり飼い鳩めいた、ふっくらとした顔つきになっています。冬の間は温和しいから、わたしたちは仲良しだけれどねえ……。

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2011年1月28日 (金)

やはり風邪?

家族に好評だったおかず、わたしは受けつけませんでした。

食欲がないわけではなく、納豆ごはん(ごはんはお茶碗半分くらい)とロールパン1個、いちごを食べました。

変な組み合わせですが、あまり食べたくないなあと思って納豆ごはんを食べた後、パンが食べたくなったのです。

遊びすぎかと思っていましたが、我ながら動作が鈍く、魚も肉も受けつけなかったとなると、やはり風邪かなあと思ったりしています。

鼻水なし、咳なし、喉の痛みさえ、なくなったのですけれど。治ったはずの湿疹がほんの少しだけれど、痒いのは、なぜ?

明日は病院だから、まあナンだっていいか。

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体調よくなりました♪

遊び疲れだったのか、寝ていたらよくなりました(さすがに急に動いたら、めまいが……)。

それでも、家事を全部は無理な感じでしたが、連休中の夫が皿洗いをしてくれたので、夕飯作り、遅くなりそうでも、いけそうです。

娘に買い物を頼んでいますが、作ってある刺身を買って来て貰えれば、大根と豚薄切り肉を梅と昆布で煮、豆腐のお味噌汁に、あと果物があれば、上等!

これも、よくご訪問くださるだぐまま様のアドバイスのお陰です、感謝しています……!

ブログの記事の朗読もよかったかもしれません。小説は大抵、朗読して聞かせてきましたが、ブログは初めてでした。

手伝って貰うと体力的に助かるのは勿論ですが、気持ち的に違いますね。

わたしは犬年なので、親切にして貰うと、恩に報いたくなりますし、これがさらに尊敬できるとなると、煌めくような高揚した気分で頑張れるのです。

よい作品だって、ラクラク書き上げられそうなエネルギーが湧いてきます。

そういえば、わたしは酔っ払うようになったので、飲まなくなりましたが、風邪気味かなと思うときに卵酒を飲むと、よく効きますね。

作り方、アップしていたかしら? アップしていたら、過去記事検索で出てくるはずですが、携帯からなのでちょっとわかりません。尤も、ググッたら、卵酒のレシピは沢山出てくるでしょう。

西洋風に、サケノッグとも呼ぶんですってね。

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予定総崩れ

昨日、循環器クリニックを受診するつもりだったが、今日にずらすことにして、家族でWタウンに遊びにいった。

今月中バーゲンをやっているので。ダウンジャケットに味をしめたというのもあるが、そのときは自分のにかまけていて夫のを見忘れたー!

夫のダウンジャケットはまだ大丈夫だが、今冬のためというより、次の冬のためにセーターを補充しておきたかった。

夫(を大人しくさせておくため)の映画代を差し引いても、バーゲンのお陰で安くついた。夫は『アンストッパブル』を観たそうだ。

帰宅後、頭が痛くなった。遊び(買い物)疲れなのか風邪なのかわからなかったが、今朝になってみると、風邪のひきはじめの感じだ。

インフルではなさそうなので、今日1日温かくして静かにしていれば、治ることも考えられる。治らなかったら、本格化したということで、薬を出していただく必要が出てくる。

今日受診しても、「風邪気味なんですけれど」「そう、用心しておいてね」で終わりそうだ。それに、出かければ、治るかもしれないものも悪化するかもしれない。

薬は、明日のぶんまで処方されていて、明日行けば大丈夫。

本当をいうと、かき集めれば、前々からのぶんが1週間ぶんくらいはストックされている。もし明日行かなかったら、きちんとチェックなさる先生の信頼を損なうだろうから、明日は何がなんでも行かなくてはならないが。

受診は明日に延ばすことにした(予約制でないと、わたしのようなルーズな患者は受診を先に延ばしがち)。

体調は、現時点では微妙な感じ。頭痛は昨夜ほどしないが、体が不自然にほかほかしている(後で熱を測ろう)。喉は少しだけ痛い程度。咳なし、よって喘息も大丈夫。心臓はすこおしお疲れで、ちょこっと重いかな。

土曜日の診察は午前中だから(今日もクリニックは手術日で、診察は午前中だけだった)、早めに出かけなくては。

では、今日は安静にしておきますので、明日までこれにて。

(といっても、最低限しなくては回っていかない家事があるわね。今日の夕飯は作れるかどうか、夕方まで様子見……そういえば、最近夕飯の記事をアップしていないなあ)。

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2011年1月27日 (木)

木陰の聖母子像 - 大分県立芸術会館にて

過去記事と重複する部分がありますが、すばらしい聖母子像との出合いを改めてご紹介したいと思います。

2011年1月21日

大分県立芸術会館で開催中の「アンコールワット展」を観た帰り、会館を出かけて、ふと視界に入った木陰のブロンズ像。

帰宅を急いでいたのですが、ブロンズ像には近づいてみたくなる雰囲気がありました。

20110121170740c_2

近寄り、少し顔を上げて、まじまじと鑑賞しました。力強い、理智的な表情の女性と、何とも立派な子供。女性の格好はシスターを連想させました。威風堂々たるブロンズ像です。

聖母子像だろうかと思い、解説を求めて台座のプレートを見ますと、

20110121170710c_4 

「聖母子像 1921 エミール=アントワーヌ・ブールデル」とありました!

ブールデルですって?

あのブールデル? ロダンに師事したフランスの彫刻家の?

半信半疑で帰宅し、ネットで調べてみると、エミール=アントワーヌ・ブールデルは、『弓をひくヘラクレス』とか『瀕死のケンタウロス』とか『両手のベートーヴェン』などで有名なあのブールデルに間違いないようです。

あまりにさりげなく置かれていたため、プレートを見るまではとても本物とは信じられず、有名な作品の複製かと思ってしまいました。

思わず近寄りたくなるだけの吸引力を持っているところは、さすがブールデルだけのことはありました。二つの美術展を観たような気さえしています。

「アンコールワット展」もよかったけれど、木陰で秘かに開催されていた「ブールデル単品展」(?)もすばらしかったと思いました。

2011年1月25日

木陰の聖母子像について知りたくて芸術会館に電話をかけたところ、学芸員のかたが親切に応じてくださいました。

学芸員のかたのお話では、あの作品は、最終的に6メートルにもなる記念碑「聖母子」を制作するために、いくつもの試作品が制作された、そのうちの一体だそうです。

そして、2007年発行の「所蔵名品図録」からブールデルの『聖母子』について解説されたページを、ファクスでお送りくださいました。許可を得ましたので、以下に写させていただきます。

アントワーヌ・ブールデル
Antoine BOURDELLE
1861~1929

━━━━━━━━━━━━

せいぼし
聖母子
Virgin and child
1921

ブロンズ

Bronze
250.0×70.0×87.0㎝
平成元年度購入

 

 ブールデルはフランス・モントーバンの生まれ。1876年トゥールーズの美術学校に入学し、彫刻を学ぶ。1884年にパリのエコール・デ・ボザール(国立美術学校)の奨学生となり、翌年からサロンへの出品を始めた。1886年に同校を退学し、1893年以後15年間ロダンの助手、協同制作者を務めた。1900年頃よりロダンの作風を離れ、1910年のサロン出品作「弓をひくヘラクレス」によって、ロダンの後継者、また改革者としての地位を確立した。さらに1914年のヴェネチア・ビエンナーレにて国際的な名声を得た。とりわけ記念碑的彫刻に多くの傑作を生み出し、ロダン以後の近代彫刻の展開に多大な影響を及ぼした。
 「聖母子」は、フランス・アルザス地方のニーデル・ブリュックの丘に建つ、高さ6メートルもの記念碑の習作として制作されたことから「アルザスの聖母」、あるいは幼子イエスを高く持ち上げる様子から「捧げものの聖母」とも呼ばれる作品。聖母の厳しい表情や堅牢なモデリング、深い襞を幾重にも重ねた着衣の様子などには、厳格な秩序と建築的な強さを志向したブールデルの特徴がよく現れている。縦長のS字曲線を描く聖母の姿勢は、崇高さと優雅さを兼ね備えており、両手を水平に広げた幼子イエスの様子は、後に十字架を背負うという運命を暗示するかのようである。

(大分県立芸術会館『所蔵名品図録』)

大分県立芸術会館
〒870-0152 大分県大分市牧緑町1-61
TEL.097-552-0077

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可愛いノート~!

可愛いノート〜!

可愛いノートを見かけると、買いたくなります。

向かって左の2冊、ポニーとウサギのは、ロフトで買いました。

大分パルコ閉館に伴い、ロフトが閉店するのは残念。

数日前にロフトにカット鋏を買いに出かけた娘は、閉店セールで食い尽くされたあとみたいに、めぼしい商品は残っていなかったといいました。

閉店までには出かけたいと思っていましたが、断念しました。

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寒さが応えるみたいだ、パトラッシュには

寒さが応えるみたいだ、パトラッシュには

3日前に胸に鈍いような鋭いような独特の痛みを覚えたが、それ以上はひどくならずに済んだ。

昨日の朝、喉に稲妻が走るみたいな痛みがあり、ははん、冠攣縮性狭心症の発作の前兆だなと思いつつも様子見。

午後からは左腕が重く、だるくなった。夕方にはうっすらと胸が苦しくなった。

前兆があっても、予防薬だけでいけることがあるので、どこまでいけるか様子を見ていたわけだが、強めの胸痛が出、やはり使ってしまった。

明日は循環器クリニック。寒いと行きたくなくなるなあ。

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2011年1月26日 (水)

1枚、足りないわ!

明日、明けて初に循環器クリニックを受診しようと思い、先生にお渡ししなければならないお手紙(大学病院消化器内科S先生からの)と、これは個人的にお渡ししたいと思っている、大学病院内分泌内科での検査結果を揃えていた。

夏休みが終わって、提出しなければならない宿題を揃えている小学生の気分になったが、内分泌内科で検査結果をいただくときに、「かかりつけの循環器クリニックの先生にも差し上げたいので、もう1部いただけないでしょうか」とお願いし、先生が頷かれて、2部貰ってきたのだが、そのうちの1枚が足りない。

すぐに確認すべきだった。間違って捨ててしまったのかしら。コピーすれば済む話だけれど。

ここで、ふと迷う。

大学病院消化器内科の受診は循環器の先生が紹介してくださったもので、その受診の結果は詳しくお伝えすることになっている。

が、内分泌内科にはその消化器内科から回された、いわばオマケの受診みたいなものだから、口頭で簡単にお伝えする程度でいいのではないだろうか?

それでなくとも、循環器クリニックの先生には喘息も診ていただいてきて、今後は肝機能の経過観察もお願いすることになるわけだ。

膀胱炎その他の治療もなるべく、わたしの薬剤性肝炎の経過にお詳しい循環器の先生に診ていただくように……万一、他で投薬治療を受けた場合は、必ずその旨を循環器の先生にお伝えして2週間後に肝機能をチェックしていただきなさい……と、大学病院消化器内科のS先生に、それは厳しく叩き込まれた。

循環器クリニックの先生にはこれだけのことをお願いしなくてはならないのに、灰色っぽいだけのホルモン検査の結果までお渡しするのは、あんまりではないだろうか?

そういえば、(うっかり忘れそうになるが)まだ内分泌内科では副腎のCT検査も残っていた(検査結果もその日のうちに聴けるように設定してくださったので、それで異常がなければ、次回で大学病院には行かなくてもよくなる)。

こんなにあれこれなければ、本格化してきた右の五十肩に湿布を出していただきたいところなのだけれど。

ガスター20はほしいわ。

物凄く努力しないとおなかが風船になってしまう日常というのは、ストレスが募っちゃって。

美空ひばりは肝硬変だったはずなのに、晩年どうしてあんなに綺麗だったのだろう? 出るべきものは出ていたの? 時期によっては、顔色の悪い映像もあるけれど、あれは奇跡的なケースではないかと素人感覚では思ってしまう。

周囲のすすめで怪しげな食事療法に手を出し、激痩せした時期もあったという。美空ひばりの場合、それが醜ではなく美に結びついたのは、内的な輝きとミューズの加護あってのものなのか?

一凡人のわたしとしては、病気の期間が長くなり、年もとってくると、まあわたしなりに作品を完成させたいという思いはあっても、これ以上醜くなりたくないという思いから、生に対する執着は薄くなってきた気がする。

昨年、(治ってみると、肝炎のせいだったとしか思えないが)頭皮が湿疹だらけになったときなんか、いつ死んでもいいと思ったほど(一方では、綺麗になってから死にたいとも思ったけど、綺麗になったら、そりゃ死ぬより生きていたいわね)。

胃腸の話題に戻すと、わたしはモンキーバナナ(普通のバナナだと、おなかがいっぱいになりすぎたり、飽きたりする)とかヨーグルトとかで努力はしている。その努力の結果が数日に1回の石ころみたいなのかと思うと、情けなくなっちゃって。

便秘は肝臓に負担をかけるみたいだから解消の必要があると思うのだけれど、S先生は、どうしても必要な心臓の薬以外の薬は極力飲まないようにとおっしゃっただけで、胃腸が不調だというわたしのアピールは無視されてしまったのだった。

漫然とガスターを飲み続けるというのはよくないのだろうけれど、サプリも禁止されていて、どうすればいいのかわからなくなる。ごはんをお粥にでもしますかね。

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2011年1月25日 (火)

いくらか見えてきたマリーの顔

 前の記事で、芸術会館の敷地内にある聖母子像が、学芸員のかたにお尋ねした結果、本物であることがわかったと書いたが、聖母子像と出合ったとき、わたしは木陰から呼びかけられた気さえした。

 学芸員のかたがおっしゃるには、以前はバス停が正門のすぐ傍にあったので、バスを降りた訪問者が正門から入るときに聖母子像を見ることができたという。

 樹木も今ほどには茂っていなかったそうだ。

 ところで、エジプトで発見されたパピルス写本『マリアによる福音書』があまりにも印象的で、女性の姿として造形化してみたいと思い、わたしの児童文学作品『不思議な接着剤』の中では洞窟に囚われた女性マリーとして姿を見せたわけだが、なかなか顔が見えて来ず、作品は遅々として進まなかった。

 そこへ、木陰の聖母子からヒント、というよりいっそう高級な、霊感に近いものを賜った気がする。

 わたしは一目で、ブロンズ像の力強い聖母のお顔が好きになった。不思議にも、若い頃の詩人(とわたしが呼ぶ女友達。文芸部の先輩)に似たお顔。

 彼女はかつてカトリックの世界で何かしら傷を負ったようだが、そこで身につけたものなのか生来のものなのか、哲学的な志向性と透明感のある詩情を備えていて、統合失調症というコントロールの難しい病気と長年闘いながらもわたしを魅了してきた。

 『不思議な接着剤』には、そんな交友歴も反映している。

 話を聖母子像に戻すと、聖母子像には母マリアとイエスを組み合わせたものだけではなく、マグダラのマリアとその子供のものがあるのではないかとわたしは考えてきた。黒い聖母子像がそうかどうかはわからないが。

 パピルス写本『マリアによる福音書』の内容から見る限り、マリアがイエスから教わったその教えは仏教でいえば、大乗的なものではなく小乗的なものといってよく、人は知的であることを求められ、自ら救いを得る者でなければならない。

 ブールデルのあの聖母のような凛々しい、力強いお顔は『マリアによる福音書』の内容に似つかわしい。

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わお、本物だった!

先日、芸術会館で開催されていた「アンコールワット展」に出かけたときから、本物かレプリカかが気になっていたブールデルの聖母子像。

敷地内の木陰にあまりに何気なく置かれたあのすばらしい作品が、美術品としての位置づけとして、仮にレプリカであったとしても賛美する気持ちが揺らぐことはないだろうと思い、訊く必要もないかなと昨日の時点では思っていた。

しかし、あれがレプリカという位置づけであるとすると、美術品の価値をめぐってわたしは今後あまりにも混沌としてしまう気がした。

やはり電話をして、尋ねてみることにした。

学芸員のかたが親切に応じてくださった。「本物です」というお話だった。

最終的に6メートルにもなる記念碑「聖母子」を制作するために、いくつもの試作品が制作された、そのうちの一つだそうだ。

習作ということかとお尋ねすると、『習作』という名の作品もあるので、習作かどうかということは気にしなくていいそうだ。また一つ教わった。

あの木陰の作品について解説を記載したものがないかをお尋ねすると、一般公開はしていないが、2007年発行の所蔵名品図録に掲載があるということで、ファクスで送ってくださった。

おまけに、ブログで、図録の解説の引用を含む記事を公開する許可もくださった。私的な日記を含む、ちょっと恥ずかしいところのあるブログであることを、わたしは念のためにお伝えした(ホームページか他の無難なブログで紹介するほうが失礼に当たらないだろうし、わたしとしても体裁がよいのだが、閑古鳥が鳴きがちなそれらに比べると、何といっても当ブログが一番アクセスが多い。『マダムNのエッセー』でも公開したいと思っている)。

学芸員のかたに、一県民の要望として、作品名、制作年、作者名のみ記載したプレートだけではなく、解説を記載したプレートもあればいいと思うということ、会館内に一般向けの作品紹介のパンフレットも置いていただけたらなおいい……といったことをお伝えした。

聖母子像については、改めて、きちんとご紹介したい。

ちょっとバタバタしているので、記事の公開には数日かかるかもしれないが。

 関連記事:

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2011年1月24日 (月)

夫が寄越してくれた、当ブログの番人

 夫が寄越してくれた番人のご紹介。

 ブログ用に圧縮処理した画像ですが、元は夫が本を見ながら作ったCGです。かなりの迫力ですよ。

 もうすぐ節分ですが、この子は当ブログの番人ですから、普通の鬼と間違われて追い払われないように気遣わなくては。

 普段はこの子、左サイドバーから行けるウェブページに、ハムスターのエクリールと一緒に住んでいますので。

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訃報。印象に残る闘病記。

 21日に、閲覧させていただいていたブログの管理人・ペコちゃんがお亡くなりになったそうです。ご主人のポコさんが昨日の記事で、「一昨日2011年1月21日、ペコは、その長い闘病生活を終え、天国へと旅立ちました」とご報告されていて、衝撃を受けました。

 そのブログ名とアドレスです。

 どんなきっかけで訪問するようになったのかは覚えていませんが、ペコちゃんの素人離れした文章力と、ご自身の病状を含む現状を冷静に認識し、問題点を的確に捉える手腕とに感心していました。ピンクリボン、ドラッグラグといった社会問題にも真摯に取り組んでいらっしゃいました。

 ライン以下に、おすすめ闘病記を公開しますが、冒頭に挙げたのは、わたしも読んでみたいと思っているペコちゃんのご本……彼女が命をかけて温め、産み落としていかれた卵です。北海道新聞社、また楽天でも、購入できるようです。

 謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

若年性乳がんになっちゃった!ペコの闘病日記
藤谷ペコ(著)
北海道新聞社
2011/01


死への準備」日記

千葉 敦子 (著)
文藝春秋(文春文庫)
1991/05
ジャーナリストの千葉敦子さんがアメリカの先進的な医療を受けるがん患者として、日本との違いをリポートし、意識改革を訴える本を次々に出されていた当時は、ぴんと来ないところもあったのだが、現在、日本の医療は千葉さんがお書きになっていたアメリカに、ある部分でかなり似てきている気がする。
入院期間は長く、治療は医師から賜るものといった感があったのが、入院期間は短くなり、 病院も医師も治療も、患者の側で選択可能なものとなりつつある。それだけ患者には、情報収集力と賢い選択能力が求められることになった。千葉さんは、その道のパイオニアだったといってよいのではないだろうか。ペコちゃんは、千葉さんのよき後継者だったという気がする。


死に方目下研究中。―医学者と文学者の彼岸さがし対談

田辺 保 (著), 岩田 誠 (著)
恒星出版
2005/01
シモーヌ・ヴェイユの作品の訳者として知られたフランス文学者の田辺保先生と名医との含蓄ある言葉のやりとりが心地よく、ためになる。






『ガン病棟のピーターラビット」に先行する作品、『アマゾネスのように』(ポプラ文庫、2008/10)を単行本で読んだのは、がんが疑われたときだった。幸いがんではなかったが、率直でユーモラスな筆致からはバイタリティーを与えられてきた。
意識を失う直前まで書き続けられたという『転移』(朝日新聞出版、2009/11)は未読だが、読んでみたいと思っている。


チェーホフ伝

アンリ・トロワイヤ (著), 村上 香住子 (翻訳)
中央公論社(中公文庫)
1992/01
若い頃から肺結核を患ったチェーホフのこの伝記には、豊富に書簡が織り込まれていて、その書簡の内容から闘病記を読んでいるかのような印象を与えられる。チェーホフはどう病み、どう考え、どう書き、どう逝ったのか。
彼の作品にある透徹した観察眼と物優しい憂愁の色は、病と切り離せないものであるような気がする。






この本を闘病記に入れるのは、少しも変ではない。人間は生まれたときから死を目的地として歩いている旅人のようなものであって、この本はその旅の達人が他の旅人のために描いてくれた地図だと思うからだ。「いったい真に哲学にたずさわる人々は、ただひたすら死ぬこと、死を全うすることを目指しているのだが、ほかの人々はおそらく、これに気づかないのであろう」とソクラテスはいう。
それにしても、美しい地図……。 

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NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』第3回「信長の秘密」

 タイトルだけ、真面目ですみません。簡単な感想しか書いていない記事です。

 今回の質疑応答のテーマは、天正7年(1579年)の築山殿事件。信長が家康に命じて、家康の正妻・築山殿と息子の信康を殺させた事件の真相を、6歳の江は知りたくなったのだ(という設定)。

 昔話の主人公のように、答えを求めてあちこち訪ね歩く江。まだ6歳。

 自分しか信じないといいながら、訊かれることには何でも姪に話して聞かせる信長。相変わらず講師風。「信長の秘密」とは弟を殺した件? そのことも、話していたが。

 信長のすぐに人を殴る、あの殴りかたはドリフターズを連想させるから、やめてほしい。信長がよく舞ったとされる幸若舞『敦盛』も下手に見えた。豊川悦司は好きだけれど。

 何でもかんでも信長への恋に持っていこうとするのも、やめてほしい。おねや千宗易まで使って、6歳に早期性(愛)教育はいただけませんわ。

『蒼穹の昴』にしても、この『江』にしても、登場人物に歴史解釈・解説を兼ねた会話のやりとりをさせることで、話を進めようとしている。この手法、静的というより、怠惰に映る。


関連記事:

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2011年1月23日 (日)

リサとガスパールのお皿~!

20110123195037_4

アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社発売の『リサとガスパール テーブルウェア コレクションvol.1』。

写真のお皿と、レシピやゲームやイラスト集などが載ったマガジンもついています。お子様が喜びそうですが、大人もほしくなるコレクションですね。

充分すぎるほど大人な娘は、このお皿でケーキを食べるつもりでしょう、たぶん。

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2011年1月22日 (土)

ブロンズ像について、少しだけお勉強

 わたしは素人感覚で美術が好きなのですが、専門的なこと……例えば本物とレプリカの扱いについてどんな規定があるのかなどということになると、何も知りません。

 で、例えば、ブロンズ像の台座のプレートに誰それの、いつ作られた、何という作品、などと書いてあれば、ああそうか、と思うだけでしたし、これまでそれで特に疑問を覚えたことすらなかったのでした。

 そんな無知なわたしが昨日初めて、疑問を覚えたのですね。

 美術展が開催されていた会館へ出かけ、そこを出ようとしたときに、敷地内の木陰で、ブロンズ像を見かけたのでした。

 それは一目で、有名な作品に関係したものなのだろうと思わされるようなブロンズ像でした。わたしは即座に、それをレプリカだと思いました。

 そうでないにしては、それはあまりに何気なく、無造作に置かれていたからで、といって有名でない作品にしては威風堂々とした趣を備えていたからです。何にしても、はっとさせられるような魅力を湛えたブロンズ像でした。

 台座のプレートには、作品名、日付、名前が記されていました。記されていたのは、あっと驚くほどに有名な名前。

 他に解説のようなものがどこかにあったのを、急いでいたわたしはもしかしたら見落としたのかもしれません。

 わたしは呆気にとられながら帰宅し、一体あれは何なのだろう、と悶々とした夜を過ごしました。

 正直いって、例えばこれがロダンの『考える人』などであれば、本物とは思わなかったでしょう。が、そこに置かれていたのは、ロダンと同じくらいに有名な彫刻家の作品ではあったのですが、わたしがたまたま知らない作品だったのす。

 場所が美術展が開催中である会館の敷地内であっただけに、何というか、幻惑されてしまい、わたしの頭の中では、本物なのかレプリカなのかをめぐって、渦巻きが起こりました。

 疑問をそのままにしておけないわたしは、朝になるのを待ち、会館に電話をかけて訊いてみました。ところが土曜日だったため、電話に出た人は、美術館内の作品のことであればわかるが、外のことに関しては月曜日に職員に問い合わせて貰わないと答えられないということでした。

 台座のプレートにあった名でネット検索してみますと、わたしが幻惑されたブロンズ像とそっくりに見える、あるいは似て見える写真を載せた複数の記事に出くわしました。

 一層わけがわからなくなってきたのでしたが、考えてみれば、版画とかブロンズ像とかは、本物とレプリカの区別が難しいところがあるような気がしてきます。そこで、無知なわたしは少しお勉強してみることにしたのでした。ネット検索で、わかりやすい解説に出合いました。

 「当ホームページはリンクフリーですので、ご自由にリンクを貼っていただいて構いません」とあったので、彫刻について、下記のサイト様のページにリンクを貼り、抜粋、紹介させていただきます。

美術品取り扱い一覧
http://www.art-yakata.jp/art/japanese/carving.html

「彫刻」

彫刻とは、美術的な鑑賞を目的として、様々な素材を用いて制作された立体作品を意味します。 一般的に鑑賞を目的として制作されたものであり、生活用具に用いられる工芸品や陶芸品など、 実用性あるものは除かれることが多いようです。

彫刻に使われる素材は、石、木、土(粘土、テラコッタ)、繊維、紙、氷といった自然のものから、 石膏、金属(鉄、銅など)、樹脂(合成樹脂)、ガラス、蝋などの人工物も含まれ、複数の素材を組み合わせる作品も多々あります。

彫刻の中でも、ブロンズ彫刻と呼ばれるものは、彫刻家の製作は石膏でできた「石膏原型」までで、 それ以降のブロンズ化は「鋳造師」と呼ばれる職人の仕事となります。

そのため石膏原型があれば複製が可能であるため、彫刻家が存命のうちにその承認の下に鋳造された作品を「生前鋳造」、 没後(死後)に鋳造された作品を「没後(死後)鋳造」として厳密に区別されます。

「生前鋳造」こそが本物であり、例えばロダン作の「考える人」は、現在数多くの美術館で見ることができますが、 ロダン美術館によって真正品と認定されているのは世界に21体しかありません。

またオブジェ とは、主に美術用語として用いられ、自然物、工業製品、廃品、日用品など、またはそれを使用して作られた作品を意味します。

現在では、彫刻と呼ぶべき作品があまりに多様化しているため、「彫刻」という用語にそぐわないケースも多く、 単に「立体」「立体アート」と呼ぶこともあるほか、設置空間全体へ拡散し「空間表現」「インスタレーション」と化したものもあり、表現手段も多様化しています。

 ところで、わたしが見た像の台座のプレートには、「聖母子像 1921 エミール=アントワーヌ・ブールデル」とありました。ブールデルは、ロダンに師事したフランスの彫刻家です。

 「千葉県立美術館」のデジタルミュージアム《アート・コレクション》解説のページに、わたしが見た像に似た(明らかに違ったところがあります)ブロンズ像の写真があり、石崎千津子氏によって以下のように解説されています。

この《聖母子》は、『捧げものの聖母』または、『アルザスの聖母像』とも呼ばれている。1919年に第一次世界大戦の戦没者のための記念像が依頼され、アルザス州のニーデル・ブリュックの丘に1922年、6mに及ぶ石造の彫像が建立された。このため、4年にわったて、石膏、ブロンズ、大理石で大小様々な習作がつくられた。この作品は、そのうちの一つである。  聖母は幼子を捧げるかのように高く肩までさし上げている。幼子は、両手を左右に広げ片方の手を聖母に握られ、もう片方を聖母の頭上に置き、物思わしげな表情で見下ろしている。幼子は十字架のイメージであり、顔を傾けた聖母は自分が担う神の重さを予感しているかのようである。足元から上へと続く衣の襞は、聖母の体の動きに沿って緩やかな曲線を描き頭の衣へと続き、像をよりいっそう高く見せている。また、衣の膨らみは、像全体に安定感を与え幼子イエスを支える聖母の強さを感じさせる。
(石崎千津子)

 いやはや、ますます混沌としてきたような……。でも、大変勉強になりました!

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22日の予定

未収録の創作メモをSo-netブログ「不思議な接着剤・ノート」に入れるだけで、精一杯かな。

「不思議な接着剤・ノート」は、ブックサービスを利用して、これまでのぶんを本の形にしたいと思っているので、今月中に準備を終えたい。ブログの形では資料として使いにくいので、ものは試し……。

お話も少し進められたらと思うが、上の作業が先。

歳時記など参考にしながら、児童文学作品『すみれ色の帽子』に、お話を計画的に追加していきたいとも思っている。気分に任せていては、痩せすぎが解消できない(作者が痩せ、作品が太るようでないと)。週1の割合ではどうか?

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2011年1月21日 (金)

アンコールワット展

アンコールワット展

芸術会館で開催中の『アンコールワット展』に行きました。

カンボジアというと、どうしてもポル・ポト政権時代の暗いイメージがつきまとい、正直いって気分が乗らなかったのでしたが、アンコートワット展……やはり観ておかなくてはと思い、出かけた次第。

行ってよかったと思いました。

クメールの微笑というだけのことはある、澄んだ湖面を想わせる仏像の静謐な優しい微笑は、他では観られないものでしょう。

クメール文化の成熟度、その核にあった思想的な深みが感じとれました。

仏像の容貌から、わたしは何となく、ミャンマーのスー・チーさんを連想したりしました。ああいった面立ちの仏像が多かったのです。鬼神のユーモラスさは、独特な味わい。

金箔が残っている仏像もあり、当時の煌びやかさを想像させられました。アンコールワットの壮大さも。

図録を、帰宅したらゆっくり見たいと思います。

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幸せな買い物デーでした

幸せな買い物デーでした

昨日は結局、家族でWタウンへ。写真は夕飯だった鍋焼きうどん。お餅が入っていて、ボリュームがありました。

夫はシネマ『トロン』へ。

わたしも見たかったのですが、一昨日の博多で満足な買い物ができなかった娘につき合うことにしました。

が、何と自分のほうがしっかり買ってしまいました!

実は、何年か前からダウンジャケットがほしかったのですが、気に入ったものには手が出ず、手が出そうなものはもう一つ気に入らないという風。

一昨日行った博多のデパートにも地下街のお店にも、お得なダウンジャケットが溢れていましたけれど、どのダウンジャケットとも目が合いませんでした。

いや、ダウンジャケットは、ペットやぬいぐるみではないのですから、本当に彼らに目があるわけではないのですが、意気投合するダウンジャケットに出合わなかったということなのですね。

博多で出合わなかったのに、こちらで出合う期待はしていませんでした。

ところが、目が合ったダウンジャケットがあったのでした。

McGREGORとかラルフローレンとかは好きなのですが、わたしには高い、バーゲン時でも高いのです。

ですから、いいわねー、と思いつつ通り過ぎるのが常でした。

今日もそうやってMcGREGORの前を通り過ぎかけたのでしたが、ん、安いわ、えっ? 

どうも撤退するみたいで、閉店セールをやっていたのでした。

目が合ったのは、90パーセントの優秀な子。その上にこの子ったら、軽さを誇っていたのでした。体のラインに沿った作りながら、腕を曲げるのにもスムーズで、何も着ていないみたいな軽さ!

お値段は半額以下。ぎりぎりまで下がらなかった商品だそう。

他のダウンジャケットも試着してみましたが、この子以外は考えられませんでした。

これだと薄着でもいけそうですわ。

わたしは普段気軽に着れそうな防寒着を持っていず、あまりに寒ければコート、それ以外は重ね着をしてしのいでいました。

ごわごわする冬が本当に嫌でした。

夫は痩せているので、コートだけというわけにはいかず、普段の防寒着の買い替え時かなという時期にニューヨーカーのダウンジャケットを買い、それは幸い夫の気に入りました。

わたしは温かそうな夫のダウンジャケットが羨ましかったのですが、もう羨ましくありません。

軽い温かな子に身を包まれていると、何か、スポーツがしたくなりました。

この市は、少人数制のバレーボールが全国でも大変強いほうに入るそうです。その少人数制のバレーボールのルールには詳しくないのですが、そのバレーボールであれば、わたしのような小柄でもハンディにはならないとか。

わたしはその話を、2年前にレッドクロスを退院したときに乗ったタクシーの運転手さんから聞いたのですが、入院中、同室になった女性(よく湿布を貼って、といって来た美顔術を施した可愛らしい人)からも同じ話を聞きました。彼女はそのバレーボールで活躍しているみたいでした。

もう昔話になりますが、わたしは病気にならなかったら、創作に加えてパートとバレーボールを始める予定でした。

パートは塾を探していました。バレーボールは下の階に住むママ友の一人とチームを立ち上げる話すらしているところだったのです。

彼女は現在熊本市に住んでいて、今年も年賀状をくれました。

あのときから、わたしの本当の時間は止まったままという気がしています。あのあと、心臓に異変を覚えて人生が変わってしまいました。恐ろしいくらいに。

閉店セールで値下げになっていたダウンジャケットを買ったくらいで、何を興奮しているのかしらと我ながらおかしくなりますが、この子が何だか元気をくれそうですよ。

スポーツは無理でも、よい作品が書けそうです。

娘も、気に入ったものが買え、母娘の幸せな買い物でした。娘は本も買いました。ル・クレジオの『地上の見知らぬ少年』。

最近は、書くことがないことを自慢するおかしな作家が増えています。

自分のことを天才肌、詩人肌と思い違いしての失言ではないかと思われますが、ル・クレジオくらいのものが書けるんならともかく、そうでないなら、恥ずかしい内部事情は隠していたほうが賢明ではないでしょうか。

夫から、嬉しいニュースも入りました。デップ様のパイレーツが5月にあるんですって!

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2011年1月20日 (木)

スタンバイを解きたくなってきましたが

20110120064027_2

もしものときの入院道具。

邪魔なので、そろそろ、スタンバイを解きたくなってきましたが、準備万端にしておくと、逆にそんな事態にはならずに済みそうな気がします。

で、何でこんな時間からこんなものを撮しているかというと、さっき、胸がほんの少しですが、不気味に痛んだので、ニトロを目の前に置いて警戒していたのですね。使わずに済みそうで、暇だから撮したりしました。

今日は夫は休み、娘も連休中。家にじっとしていたいのが本音ですが、一緒に出かけていないと、どこへも行けなくなりそう。アンコールワット展に行きたいね、などと昨夜話しました。

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2011年1月19日 (水)

NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」第2回『父の仇』

 第2回の感想を記事にしていなかったので、ざっと。

 天正7年(1579年)、市が浅井三姉妹と共に、伊勢上野城の織田信包のもとに身を寄せていたときのお話。

天正元年(1573年)生まれの江は、6歳であることに注意。このときの浅井三姉妹を宮沢りえ、水川あさみ、上野樹里が演じたのだから、お笑いめいた回とならざるをえなかった。丈の短い着物は、子供らしさの表現だったのだろうか?

 三姉妹は海で遊んだり、織田信長の安土城へ天守閣を見物に出かけたりする。

 天守閣では、森兄弟が三姉妹の案内役を務めてくれた。森兄弟のイケメンぶりにオバサンはうっとりしてしまったが、初も相当にうっとりしていた。

 謁見の間には、織田家の重臣たちが顔を揃えていた。徳川家康、柴田勝家もいた。信長が登場し、市はわざとらしく信長不信をあらわにする(なぜ、見物にきたのかな?)が、このときはまだ信長が父の仇とは知らない江は、無邪気に信長にうっとり。

 そこへ秀吉が戦の途中で戻って来た。そのことが信長の怒りに触れ、信長は秀吉を殴る(ただの暴力っぽい殴りかた)。市がいることに気づいた秀吉は長政を追い詰めたことを謝罪。

 そのあと、江は、母の市から父長政の死の真相を聴かされる。初は、比叡山焼き討ちの件や髑髏盃のことまで話す。その夜、姉妹は修学旅行のようなムードで一室に就寝。

 部屋を抜け出した江は、家康と秀吉がお酒を飲んでいるところへ忍び寄り、秀吉を殴る、殴る……。家康は、討つか討たれるかが戦だと諭す。江は天守閣にいる信長に一人で会いに行く。

 槍が突き出て出迎えるが、江の問いかけに対して、信長は講師のように説明する。江の父長政を追い詰めたのは、それが戦だから。が、長政は「たぐいまれな武将であった」、信長のほうが自害していてもおかしくなかったそうで……。比叡山焼き討ちの理由も解説。そして、彼は、己しか信じないという。

 さらに、髑髏盃についても江は尋ね、信長はそれに対して丁寧に解説。「長政殿のしゃれこうべを、わしははくだみにさせた。しかし、それは亡くなりし者への礼節としてじゃ」だそう。

 ちなみに、はくだみとは、ウィキペディアによると、薄濃のことで、漆塗りに金粉を施すこととあった。信長の解説に、深く納得する江。金色に装飾されたピッカピカの髑髏が三つ、並んでいた。

 江は信長が許せないと主張。その江の心根を褒める信長。そこへ、白装束に身をかためた茶々と初が現われ、父の仇、と短刀を構える。次いで市が「何の騒ぎじゃ」とおいらかに登場。

 信長が三姉妹を面白い娘たちだと褒めると、市は、娘たちに見処があるとしたら、それは長政の娘ゆえでしょうという。納得する信長。そのあと市が、女にとっての戦論をぶつ。

 ああ疲れたっ! こんなストーリーってあり? 信じられない。

 作者は当世風に物事を解釈して、すっきりしたのかもしれないが、それに狂言回しとして使われた歴史的人物こそ、いい迷惑だっただろう。ストーリーが稚拙だと、役者まで間が抜けて見える。学芸会みたいだった。もう第3回は観ないかも……。j.


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2011年1月18日 (火)

ジャン=ポール・エヴァンの喫茶店

ジャン=ポール・エヴァンの喫茶店

ショコラが飲める喫茶店に入りました。場所は岩田屋本店B2です。

ショコラとマカロンがセットになったデュオを頼みました。

わたしは甘みを一番抑えたというショコラに、コーヒー風味と青りんご風味のマカロンを選びました。コーヒー風味のマカロンが美味でした。

特に目的もなく行ったため、バーゲンの波に悪戯に洗われるだけで、お買い得そうな洋服などは沢山ありましたが、どうしても買いたいと思うものはありませんでした。

ジュンク堂に行きたかったのですが、行きそびれ、何となく冴えない博多行きでした。

元気で楽しめただけでも、よかったかな。

外出用の薬箱にガスター20が2錠入っていたので、使いました。そのお蔭か、おなかの調子も悪くありませんでした。 

何か電車酔いしてきました。

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「釜めし ビクトリア」のめんたい釜めし

「釜めしビクトリア」のめんたい釜めし

やっぱりまた娘との意見の一致を見、新天町の「釜めし ビクトリア」へ。

写真は、娘の頼んだ『めんたい釜めし』。

少しやりあいっこして、わたしも味わいましたが、上等の辛子明太子がたっぷり。大葉が爽やかさを添えていました。

わたしは一番好きな、えび釜めし。これはイチ押しです。ごはんにえびの旨味がしみて、何ともいえない美味しさですよ。いつもは娘もこれ。

20110118155847

串かつは一本ずつ分けました。串かつがのっていたお皿、わが家で使っているものとそっくり。

遅い昼食か、早い夕食か、わかりませんが、おなかがいっぱい。

新天町の「レイメイ」は残念ながら店休日。そうかなと予感はしましたが。

仕方がないので、ウィンドウに貼りついて、開いていたら買ったに違いない紫色のウサギを眺めました。

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今日の別府湾

今日の別府湾

帰宅は博多を夜8時の予定。

また、ぬいぐるみが増えたらどうしましょう?

昨夜、息子から電話があり長話。

大学のマスター時代の友人も東京には何人かいるようですが、研究所勤めが多いので地方に散りがち。

最近、高校1年のときに仲のよかった友人2人が近くにいることがわかったそうで、楽しそうです。

息子は根っからの理系で、文系の友人を重宝がるところがあるのですが、2年時には文系と理系に分かれ、なかなか行動を共にできなかっただけに、嬉しいようです。

そのうちの1人は東京外大のフランス語を出て、政府関係の職場に入ったのですが、息子から見ても、いい男だとか。

社会人ドクターとなったからには息子も英語が上達しなければならないようですが、以前ほど苦手ではないにしても、英語は得意にはなれないみたいで、「マジで、彼に習えるものなら英語を習いたい」といっていました。

正月に有給休暇をとって研究室に詰めたとき、留学生のRさんにもマジで「英語教えて」といったら、息子の英語力を知る彼はうーんと頭を抱えたとか。

Rさんはインドネシアからの留学生で、見るからに毛並みのよい、彼もまたいい男だとか。英語は勿論ペラペラ、日本語も上手だそう。「よい男じゃないと英語は上達しないのかも。俺みたいなのは、いっそ、留学するしかないかな」なんていっていました。

英語で論文を読み書きする能力だけでなく、日常会話もできる必要があると感じてきたとのこと。

必要を感じてきたのなら、それは上達への階段を一段上ったといっていいのかも。

わたしの父は、今は一体どこの世界の住人(?)という感じですが[※カテゴリー「父の問題」参照]、船員だったので、英語はペラペラでした。休暇中は結構高度な内容のカセットテープを繰り返し鳴らして、独学したりもしていた記憶があります。

語学なんて、慣れでしょうけれど、必要を感じないと上達しませんね。わたしなんか英語どころか、博多弁も大分弁もうろ覚えで、一向に上達しませんわ。標準語って、ありがたいですね(しみじみ)。

話は戻りますが、中学時代からの幼なじみといってよい友人も、息子の寮から一駅しか違わないところに住んでいることがわかったとか。

彼も文系の友人で、よく恋をし、よく失恋もする新陳代謝のよい青年であるようですが、金融関係に勤めているそうです。

彼のお父さんには、台風被害のときにお世話になりました。

ああ、ここまで書いてもまだ博多には着きません。次でようやく小倉よ。つまらないおしゃべりにおつきあいくださり、ありがとうございました。

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2011年1月17日 (月)

第144回芥川賞・直木賞が決定

 第144回芥川賞・直木賞が決定したという。

 芥川賞

  • 朝吹真理子(26)……『きことわ』(「新潮」9月号)
  • 西村賢太(43)『苦役列車』(「新潮」12月号)

 直木賞

  • 木内昇(43)……『漂砂のうたう』(集英社)
  • 道尾秀介(35)……『月と蟹』(文芸春秋)

 以前は強い関心があった芥川賞も、ここ5年くらいは義務意識(?)でチェックする程度になってしまった。それでも、ブログ「文学界にかんする考察[http://blog.livedoor.jp/du105miel-vivre/]」を開設したせいもあり、芥川賞に関しては読まなくてはという気持ちにはなっている。

 朝吹真理子の父は詩人で仏文学者の朝吹亮二、大叔母はサガンの翻訳で知られる朝吹登水子というネットニュースの一文に目がとまった。

 父親については知らないが、大叔母の朝吹登水子なら知っている。サガン、ボーヴォワールの翻訳者ではないか。

 わたしの学生時代は新潮文庫から出たサガンの本と切り離せないほど、あの赤い色合いの本は書店の書棚の一部分をずっと占めていた(現在でもそうかもしれないが)。

 ウィキぺディアを見ると、サガンの『悲しみよこんにちは』が新潮文庫で出たのが1955年。『愛の中のひとり』が新潮社(のち新潮文庫)から出たのが1986年。わたしは1958年生まれだから、生まれる前から28歳になるまで、新しいサガンの作品が出され続けたわけだ。

 ちなみに、現代日本文学界の大御所、瀬戸内寂聴がサガンの大ファンなのだそうだ。

 サガンの影響の大きさは、過去記事「シネマ『サガン―悲しみよ こんにちは―』を観て」[続きを読むのライン以下に抜粋]で簡単に触れたが、受賞したのは翻訳者本人ではないから、ここでは繰り返さない。

 と、ここまで書いたとき、NHKのニュースで両賞の発表があり、朝吹真理子と道尾秀介へのインタビューも行われた。

 その朝吹真理子へのインタビュー内容で判断する限り、このところの芥川賞に選ばれた諸作家の流れを汲む人物という印象。ニュースを見なければ、タイトルの意味がわからなかっただろう。

 明日、博多に娘と遊びに行き、ジュンク堂にも行くだろうから、芥川賞・直木賞のコーナーを覗いてみよう。本は出ていなかったり、品切れだったりするかもしれない。

関連記事:

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我ながら変に思える昨年の9月頃

 先日、大学時代の友人と電話で話したときに、互いの変化が電話ではわからないという話になったので、このところ撮った写真の中から、近況のわかる写真を送ろうと思い(彼女からも同様の写真が送られてくるのを期待して)、デジカメで撮ったファイルを保存した「マイピクチャ」を見てみたら、一番新しい写真は昨年9月21、22日に娘と博多旅行したときのものでした。

 ところが、このときの自分の写真がものすごく変で、とても送られたシロモノではありませんでした……! 

 顔は明らかに少しむくんで見え、目つきはうつろな感じ。長く美容院に行っていなかったため、白髪混じりの髪が顔のまわりに乱れています。

 この頃はたぶん、薬剤性肝炎が一番ひどかった頃だと思われます。当ブログの記事を見ても、旅行の頃がピークだったのか、座ったら立てないくらいの異常な疲れを覚え、また、冠攣縮性狭心症の発作を連発してニトロを使いまくっているようです。

 わたしは、自分では充分病んで感じられる普段、ドクターからは「元気溌溂と見える」といわれ、他の人々にも病人には見えないようなのですが、この旅行中は、娘とお店に入って何か買うと、わたしが買ったにも拘らず、お店の人がわたしを見て一瞬躊躇し、娘に品物を渡すのです。

 そんなことが数回あり、「なぜ?」と憤慨したものでしたが、今改めて写真を見て納得。どう見ても病人っぽく、老けて見えます。第一目が、どれもこれも焦点が合っていないかに見えるのですね。

 あまりのことに気持ちが悪くなり、1枚だけ、今後肝炎がぶり返した際の悪化の目安にするために残し、あとは全て削除してしまいました。

 その前に撮ったものは、梅雨どきに宇佐神宮に行ったときのものでした。このときから既におかしい感じがします。不健康に見えます。残念ながら、昨年の写真で、それを遡るものはありませんでした。一昨年のときのものと比べながら、昨年の写真で見る限り、もう梅雨どきには肝炎に罹っていたのではないかと思われます。

 検査で発覚したのは10月……。

 友人に送る写真は、昨年のものからは選べませんでした。一昨年のものとなると、近況を伝えるという目的からはずれてしまうので、新しいものを撮ってからにしようかどうしようかと迷っています。今撮れば、元気そうな写真が撮れるはず。またいつどうなってしまうかわからないので、いっそアノときのも撮っておくべきでしょうか。

 就活の証明用のは、それ以前のものでは一番新しいものなのですが、これもざんばら髪だし、おかしいので、よく撮れたものがあれば取り換えたいところですが、写真自体、旅行にでも出なければ撮りません。尤も、就活の表示自体、昨年はろくな呼び込みとなりませんでした。無意味に感じられてきたので、削除を検討中。

 年配のかたには、定期的に自分の写真を撮ることをおすすめします。健康のバロメーターにするのにいいですよ。年をとってくると、自分の写真を撮ることが嫌になってきたりしますが(わたしはそうです)、思い出作りのためだけでなく、日記感覚で、時々撮るようにしたいものです。

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2011年1月16日 (日)

ガスターなしでは……

大学病院消化器内科で薬剤性肝炎の治療が終わり(今後は循環器クリニックで経過観察していただくようにとのこと)、ついでのような形で出していただいていたガスター20の処方もなかった。

わたしはガスターを出していただきたかったので、ガスターがないとまた胃の具合が悪くなるかもしれないというようなことをアピールしてみたりもしたが、S先生からは、極力薬を飲まないほうへ持って行きたいという方向性が感じられたので、わたしもあまり強くはおねだりできなかった。

ガスターなしでもやっていけるかもしれないという思いがわたしにもあり、それに、処方が重なったりして家にはまだガスターがあったから。

そのガスターがいよいよ切れ(もしものときのために? 2錠だけ残してある)、一昨日からガスターなしの生活が始まった。

やはり調子はよくない。胃腸の動きが悪くなったためか、またガスが出ていきにくくなり、おなかが膨れて苦しい。

普通のおなかに戻っていたのに、風船になったみたいな気がする。

こんな状態を何とかしようとして、かかりつけの循環器クリニック、漢方クリニック、レッドクロスの消化器内科で、漢方薬、パリエット、ガスモチンを飲み、そのうちのどれかが当たった可能性があるのだった。

長期服用はおすすめでないにしても、S先生がわたしに安全だと保証できるとおっしゃったのはガスターだけ。

このままよくならないようなら、循環器クリニックで処方をお願いしてみよう。何にしても、おなかパンパンで早くも苦しくて、何日このままいけるやら。

ところで、今BS2でNHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』を観ているけれど、のだめ、いや上野樹里が本格的に登場する2回目はというと、何か観るに耐えんなー! 現代劇風すぎますわ。いや、ストーリーのひどさとダブル効果で、学芸会のレベルだわね、これは。

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まだ多少は雪景色

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窓の外が明るく、煙るように見えたので、ベランダに出てみたら、風に雪が舞い、見下ろした駐車場も白くなっていました。

携帯で撮ってみましたが、わかりにくいですね。この街に雪が積もることは珍しいのです。

雪といえば、条件反射のように、レミ・ドゥ・グルモンの『雪』を連想するわたしですが(過去記事でご紹介しました)、日本の雪を描いた詩の絶品は三好達治の『雪』ではないでしょうか。

娘に学校で習ったことがあるかと尋ねると、ノンだそう。この名詩を知らないとは!

以下にご紹介しておきます。


   雪                        
                                       三好達治

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。



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2011年1月15日 (土)

息苦しい(>_<)

寒いせいか、夜の薬で動悸が鎮まりきれず、我慢できないほどではないけれど、息苦しい。

一昨日は、両膝に何個かある骨腫瘍のあたりが痛く(圧迫痛?)、「この連中、まさか悪性では?」と不安になるほどだった。

何かあれば整形外科を受診していいことになっているので、ひどくなったら予約をとらなくてはと思い、様子を見ていたが、一昨日ほど疼くことはないので、寒さのせいだろう(?)。

寒いと、何か空気が薄くなるようで、嫌だなあ。

今日明日はセンター試験だそうで、受験生は大変だ。

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長話

大学時代に同じ寮だった友人がこの街にひとりいて、会う約束を保留している状態だが、やはり寮で一緒だった人で、小倉に住む友人とも年に1〜2度は電話でおしゃべりする。

彼女は仕事をしていて、いつも忙しそうなので、わたしからかけることは少ないが、1年間電話がないと、わたしからかける。

今回は、1年ぶりに彼女からかかってきた。積もる話を互いにするため、大抵3時間くらいにはなる。今日も、丁度それくらい。寮の時代とムードは全く同じ。

でも、互いに、外観はしっかりおばさんになっているはずだ。彼女も同じことを思ったらしく、体重、体形、皺、シミをめぐる、真剣な(?)やりとりがあった。相手の変化を、そのやりとりから掴もうとする。

話はあちらこちらに飛び、いつしか外が暗くなったというわけ。

長い付き合いになるママ友ともそうだが、こうなると、何だか友人というより、親戚の人みたいな気がしてくるなあ。

豆柴が元気かどうか、訊くのを忘れた。

彼女も同じ街に住む友人も水瓶座だけれど、タイプが違う。わたしは魚座。

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2011年1月14日 (金)

息子が描いたウサギ

息子が描いたウサギ

息子から娘(息子からすると姉)に遅い年賀状が届き、案外かわゆいウサギの絵が。

「尚、申すまでも無き事乍ら老父母を宜しくいたわるべく存じます (※元々「老」は敬意を現わします。念のため。)」と結ばれていた。

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2011年1月13日 (木)

NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」のお江に見る育児問題

 携帯からです。記事を改めて、このテーマでいずれきちんと書きたいと思っていますが、ちょっとだけ。

 今日は昨日の外出疲れで使い物にならず、最低限の家事以外は寝ていたのですが、頭に去来する想いはNHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』に触発されて少し調べてみた、江の嫡男・家光と三男・忠長の相剋にかんして。

 家光が乳母・福(春日局)に育てられたのに対し、忠長は二代将軍・徳川秀忠の正室・江が手元に置いて育てた子供でした。

 江の血筋と福の血筋や、ふたりの性格の違いからして興味深いものがあります。

 性格といっても想像の域を出ませんが、わたしに印象的だったのは、江の夫であった秀忠がほとんど浮気をしなかったという事実で、現代感覚だけで考えるわけにはいかないはずのこのことにかんし、原因を江の性格に帰している研究書が多いようです。

 肯定的なものでは江が魅力的であったからとし、否定的なものでは江が嫉妬深かったからとしていて、双方を折中させたものもありました。

 この件にかんしてわたしの頭に浮かんだのは別のことで、息子たち家光、忠長に見られる男色の習慣でした。第二代将軍・秀忠はそちらのほうはどうだったのかしらん?(わたしが調べた限りでは、そちらの趣味はなかったようですが)。

 そこのところはともかくとして、円満に描かれる夫婦仲が子供たちをめぐって次第に暗転の色を帯び始め、妻に対する秀忠の思いには次第に変節が加わっていったように感じられます。

 福(春日局)は教養が深く、それが大奥形成に大きく作用したのではないかと思いますが、もう一つ彼女に特徴的なことは信心深さですね。

 仏教を深く信仰するところはあったでしょうが、祈願に命がけになるところなどはむしろ道教的カラーですわね。

 この傾向から、祈願に望みを賭けるしかないほどに不自由な世界に彼女が生きていたという一面が読みとれるように思います。

 ところで、わたしの妹は、仕事をしていた母よりも子守の小母さんに(ミルクで)育てられ、そちらに懐いていたので、乳をあげて育てる乳母と実母の関係がどんな要素を孕むのかが想像できます。

 資料を読んでも隔靴掻痒の感があるので、上に書いたようなことを容れながら、ドラマが終わる前にはわたしなりの江に絡んだ、育児問題を主要テーマとしたエッセーを書き上げたいと思っています。

 娘が吉屋信子の『徳川秀忠の妻』(河出文庫)を持っていたので、横になったままざっと読みました。

吉屋 信子
河出書房新社
発売日:2010-10-05

 資料から適切に取捨選択がなされ、バランスのよい歴史小説に仕上がっていると思いました。

 文章の美しさはさすがですね。

 昨日書店で相当に立ち読みしてしまいましたが(2冊買ったから許して!)、どの資料を読んでも、どの歴史小説を読んでも食い足りない感が残ります。

 満足するには自分で書くしかありませんが、異端カタリ派に着想を得た児童文学作品『不思議な接着剤』→卑弥呼モノ→聖徳太子モノ→江モノ……と、回ってくるまでには相当年月がかかりそうですわ。

 ただこの江モノですと、調べものにはそれほど時間をかけなくて済みそうですし、150枚くらいの小品にできそう。順番を入れ換えて、『接着剤』の次に持ってくるのもいいかもね。

 ナンにしても、エッセーはドラマが終わる前までに書いておきたいと思っています。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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眠いのにひどいじゃないか、パトラッシュ

眠いのにひどいじゃないか、パトラッシュ

悪かったよ、おまえのこと、忘れていて。昨日、遊びすぎたわね。

昨日辺りから、冠攣縮性狭心症の前兆と思われる歯痛(虫歯はない)、頭痛、かるい胸の苦しさがあり、深夜になってからは背中が板になったみたいに痛かった。

舌下錠で、胸からお臍の辺りまで涼しさがひろがり、次いで首から頭にかけても涼しくなった。今、頭がどんどん涼しくなっている、不思議なくらい。

背中の痛みも軽くなった。腰は関係ないのか、まだ痛い。

※パトラッシュというのは、わたしの心臓の名。ウィーダ『フランダースの犬』に出てくる老犬の名を拝借しました。

眠いわ……お休みなさい。

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2011年1月12日 (水)

アフタヌーンティーにて

アフタヌーンティーにて

今はもう家に戻っていますが、勤め帰りの娘と待ち合わせて、アフタヌーンティーでごはんにしました。夫にも外食してきてくれるよう頼みました(※最近夫は2回、皿洗いを手伝ってくれました。一部分ですが、嬉しかったわ!)

温野菜、フォカッチャに、温かいチーズをかけて食べるようになっています。

まだ念のための検査はありますが、来月に入ってからですし、とりあえず解放感!

17日から娘が連休なので、日帰りで博多へ遊びに行くことにしました(また、ぬいぐるみが増えたら、どうしましょう?)。

今日はパスタ鍋を見るつもりが、書店で《お江》関係の本を見て時間を潰してしまいました(2冊、買いました……)。

さあ、明日からは児童文学作品『不思議な接着剤』を書きますよ!

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内分泌内科(大学病院)受診

デカドロンを使った再度の血液検査で、クッシング症候群は否定された(といってよいそうだ)。

ホルモンというのは、体の調子をよくするための調整機能があるから、それ自体に原因がなくても、引っ張られて異常な数値が出ることがあるという。

わたしのホルモン検査の結果ではパラパラと異常値があるが、おそらく引っ張られているケースで、少なくとも現段階ではホルモン自体が病気を引き起こしているということはないとの先生の判断。

ただ解釈の難しさがあるそうで、わたしは何しろ灰色人間(?)。

血圧などの話から、念のために、来月2日に副腎のCTを撮ることになった。

造影剤を使う方がよりわかるが、人によってはアレルギー反応が出る可能性などあって、承諾書が必要となるから、今回は使わないとのこと。

これで異常が出るようなら、使って撮る必要が出てくるそうだ。

レッドクロスでは副甲状腺を調べるために首を撮ったが、今回は副腎だから腹部。肝臓でも撮ったから、素人感覚では被曝がちょっと心配。

ほおらね、わたしの予想通り、灰色っぽい白という結論が出た!

これから、パスタ鍋を見に行こう。

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スタバにて

スタバにて

大学病院に来ています。白だと、ここも今日限り。

肝炎の完治という目的は果たせませんでしたが、普段受けない検査を色々と受けられたことはよかったと思います。

バスで来たのですが、すれ違ったバスで、車体全体にコーヒー豆(の絵)を散りばめたのを見ました。

コーヒー会社の広告に染まったバスだったのですね。

撮影しようと携帯を出しているうちに、残念ながら走り去ってしまいました。

帰りはバスで中心街まで行って、デパートでパスタ鍋を見ようかしら。

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「あっさり味のおかず」(主婦の友社)から、ごはんの進むおかずを二品ご紹介

 タイトル通り、あっさりとしたおかずを厳選した料理の本、「あっさり味のおかず」(主婦の友社、平成19年)は購入して以来、重宝してきましたが、最近初めて作って美味しいと思った『いんげんとほたての煮浸し』と、以前から何度か作っている『ピーマンとささ身、えのきだけのナムル』をご紹介します。どちらも、ごはんが進みますよ!

『いんげんとほたての煮浸し』

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[材料・2人分]

  • さやいんげん……200g
  • ほたて缶……小缶(80g)
  • だし……1.5カップ
  • 酒……大さじ2
  • しょうゆ……小さじ1/2
  • 塩……小さじ1/4

[作り方]

  1. さやいんげんはへたのところを少し切り落とす。
  2. ほたて缶は貝柱をほぐして缶じるごとフライパンに入れ、だし、酒、しょうゆ、塩を加えて火にかける。
  3. 煮立ったらさやいんげんを入れて3~4分煮る。いんげんがしんなりしたらでき上がり。

『ピーマンとささ身、えのきだけのナムル』

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[材料・2人分]

  • ピーマン……4個
  • 鶏ささ身……1本
  • えのきだけ……1/2袋
  • A
    [鶏ガラスープのもと……小さじ1/4
    塩……小さじ1/4
    いり白ごま……大さじ1.5
    一味とうがらし……少々]
  • ごま油……大さじ1

[作り方]

  1. ささ身はなべに入れて、かぶるくらいの水を加え、煮立ったら弱火にして3~4分ゆでる。冷めたら細く裂く。
  2. ピーマンは縦半分に切ってへたと種を除き、横に細切りにする。えのきだけは根元を少し切り落とし、半分に切ってほぐす。
  3. フライパンにごま油を熱し、ピーマンとえのきだけを入れて1分炒め、ささ身を加え、Aを入れてまぜる。

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2011年1月11日 (火)

NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」第1回『湖国の姫』

 NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」のテレビガイドには、以下のように解説されている。

戦国の世の苦しみを知りぬいた江は、天下太平を願い、江戸城に大奥をつくりあげます。それは、以後二百数十年にも及ぶ、平和と繁栄の時代を築く礎となったのです…。
 大奥の潔い終焉を描き「篤姫ブーム」を全国に巻き起こした田渕久美子が、丹念に歴史を取材し、大奥の始まりに至る道のりを、鮮やかに華やかにオリジナルでドラマに仕上げます。

 ドラマのヒロインである江は、徳川二代将軍秀忠夫人、三代将軍家光の生母であり、大奥を創設した女性。上野樹里が演じる。

 第1回「湖国の姫」では、冒頭に、饅頭を頬張り、馬と姉の口にも押し込んだりする江姫の乙女時代の一場面が出てくる。信長に憧れていたという設定のようで、馬に乗る姿は、なるほど信長風……。上野樹里の中性的な魅力全開、といった場面だった。

 わたしには、『のだめカンタービレ』のイメージが強い上野だが、あのドラマで、脳天気に描かれるのだめの彼女がふいに見せた、凄みがあるまでにシリアスな、孤独に光っていた表情が忘れられない。

 複雑な内面性と多彩な演技力を感じさせる女優さんだ。もっと演技を見たいと思っていたので、彼女を主演とする大河ドラマが始まって楽しみが増えた。期待した「蒼穹の昴」がすっかりお茶の間劇場と化してしまってつまらなくなっただけに、だ。

 ただ、この第1回を楽しませて貰いながらも、早くも違和感が生じたことは否めない。

 大奥で働いた経歴があると、その経歴はステータスをつくり、縁談が殺到したという(勿論、将軍の寵愛を受けた者は江戸城から出ることはなかった)。

 礼儀作法の厳しさが嫌でも想像されるが、その大奥の創設者であるはずの江の乙女時代とはいえ、自由奔放というより、無作法な冒頭の場面が大奥のイメージと結びつかないのだ。

 さらにいえば、もし江が天下太平を願って大奥を作ったのだとすれば、息子(その乳母である春日局)との確執のエピソードは何なのか? 

 その天下太平の願いが、自分(及び自分の好む者)さえよければいいという江のエゴイズムのなせる技にしかなりようのなかったものなのか、高潔な理念に貫かれたものとなりえたものなのかを検証する必要があるだろうと思う。

 しかしドラマは、そんな検証とは無関係に、エネルギッシュに進行していくことが予想される。

以下はキャスト。

  • 江=上野樹里
  • 茶々(淀)=宮沢りえ
  • 初=水川あさみ
  • 浅井長政=時任三郎
  • 市=鈴木保奈美
  • 織田信長=豊川悦司
  • 森蘭丸=瀬戸康史
  • 森坊丸・力丸=染谷将太・阪本奨悟
  • 豊臣秀吉=岸谷五朗
  • おね(北政所)=大竹しのぶ
  • なか(大政所)=奈良岡朋子
  • 石田三成=萩原聖人
  • 豊臣秀次=北村有起哉
  • 豊臣秀長=袴田吉彦
  • 黒田官兵衛=柴俊夫
  • 京極高次=斎藤工
  • 京極龍子(松の丸殿)=鈴木砂羽
  • 千宗易(千利休)=石坂浩二
  • 柴田勝家=大地康雄
  • 明智光秀=市村正親
  • 徳川秀忠=向井理
  • 徳川家康=北大路欣也

 第1回は冒頭の場面から時を遡り、浅井長政・市の夫妻愛を軸として慌しく展開する。市は、兄の織田信長によって夫の浅井長政が自害に追い込まれるという苦杯を嘗めなければならなかった。

 そのときはまだ赤ん坊だった江の立場からすると、伯父によって父が殺されたわけである。それにも拘らず、成長した江は信長に惹かれていくようだ。

 この辺りの描きかたは、後年の江が病弱で吃音であった嫡男の家光より容姿端麗、才気煥発であった三男の忠長を寵愛したという[ウィキペディアに見る]歴史的エピソードにオーバーラップする面白さがある。三男は容姿が信長に似ていたともいわれるのだ。

 まだ幼稚園児くらいの茶々が、堕胎しようとした母の市に対し、妹に短刀を突きつけて抗議する場面はあまりに不自然で、いただけなかった。また、わたしは信長役の豊川悦司が好きなのだけれど、あの髪型と恰好はあまり似合わないと思った。

 ところで、ドラマの楽しさとは別に、江という女性を考えるとき、自分の好みに忠実な、どちらかというと頭はあまりよくない平凡な人物像が浮かんできてしまう。

 三男を偏愛した背景には、男たちの政治的な派閥闘争があったともいわれるが、そうだとすれば尚更、江の行動には、巨視的視点に立ったものとは思われないまずさがある気がする。

 それに比べたら、江と確執のあったとされる、家光の乳母であり、大奥を実質的につくりあげた春日局のほうが知的で、バランスのとれた人物ではなかったろうか。

 彼女には、乳母職にとどまらなかっただけの様々な能力があったことは確かで、腹黒かったともいわれるが、腹黒いだけでは大奥という特殊な世界をつくりあげ、機能させていくことはできなかっただろう。

 それは64歳で亡くなった彼女の辞世の句「西に入る 月を誘い 法をへて 今日ぞ火宅を逃れけるかな」を見てもわかる気がする。尤も、実際の人柄については、江にしろ春日局にしろ、ほとんど何もわかっていないといってよいのだろうが。

 この機会に、積読になっていた吉屋信子『徳川の夫人たち』(朝日文庫)を読んでみようかしらん。

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2011年1月 8日 (土)

児童文学作品『不思議な接着剤』のマスコット

児童文学作品『不思議な接着剤』のマスコット

遅い年賀書きが終わって、わたしにもようやく年が明けました。

昨年は薬剤性肝炎騒動(その伴奏となったのが忌まわしい湿疹。もう治らないかとすら思いました)で、わたしにとってはひじょうに不快な年であり、形となった作品は零に等しい不作な年でしたが、今では湿疹はほとんど治って、不作だった畑はよく耕されているではありませんか!

誰が耕したかといいますとね、驚いたことに、このわたしなんですよ。

これで新しい年に対して希望が湧かないなんて人は、化石になった原人だけでしょう。

なぜハイになっているのかとお疑いかもしれませんが、それは長編児童文学作品のための創作ノート「Notes:不思議な接着剤」を読んでいたからなのですね。

我ながら、よく耕したものだと会心の笑みがこぼれました。

ハイになっているもう一つの理由は、アクセス解析を見て、映画の公開によって増えていた村上春樹関係のアクセスが下火になり、文学好きの方々からのアクセスがわたしの目によく止まるようになったからでした。

勿論、村上春樹関係でアクセスいただくことも嬉しいのですが、それによって普段の10倍ものアクセスがあると、アクセス解析を見ようという気分自体が失せてしまうのです。

突然のイベント的混雑を見せた、湖の畔に建つこぢんまりとした私設図書館が、いつもの静かで居心地のよい図書館に戻ったという感じでしょうか(なぜ湖が出て来たかというと、それは単なる効果です)。

ところで、写真は、娘が昨年の大掃除中に見つけた小さなぬいぐるみで、娘は真っ黒に汚れていたそれを洗い、室内物干しに洗濯バサミで吊り下げていました。

娘がいうには、息子が小さかったときに大事にしていたぬいぐるみだそうですが……変な服を来ているわねえ……まさか、わたしが作ってやったなんてことは……息子が作ったのかしらん?

よく見ると、恐竜のぬいぐるみだったので、わたしが貰うことにしました。『不思議な接着剤』のマスコットにします。

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2011年1月 7日 (金)

ああ…時間が

年賀状を早いうちから買っておきながら、今頃になって書いています。

今日までに出さないと消印が捺されてしまうので、死に物狂いで書かなくては!

一番に一番失礼を働いたかたに、茶色いウサギさんのテンプレートをお借りして書きました。

一人一人のお顔を思い浮かべ、素材屋さんから違うテンプレートをお借りする、この贅沢さ。でも、時間はあまりかけられません。

今日はこれが終わるまで、記事の更新はできないでしょうね。

近くのポストは何時まで集めに来るのか、見てきます。それ以降は中央郵便局に出しに行かなくちゃ。何だか、賞の応募を思い出しますよ。

ここまで遅れることは珍しいのですが、入院かも、脳腫瘍かも、なんて先生におどかされて、暗い気持ちになり、そんな気持ちで葉書に向かいたくなかったのです。

でも、そのおどかした先生は先日の診察ではそのことを忘れたみたいな感じで、なあんだ、オーバーアクションだったのね、その心配はあまりなさそう……という感触でした。

で、普通の気持ちに戻り、年賀状に向かう気持ちになれました。

新年早々、こんな風に、気分に左右されてちゃいけませんわねー。とにかく本日中に済ませたいと思います。

では。

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Notes:不思議な接着剤 #70 二つの裁判制度の共通点を子供たちは話し合う

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#70
2011/1/7(Fri) 二つの裁判制度の共通点を子供たちは話し合う 

 #40を読むと、異端審問の中には当初から魔女裁判、魔女狩りの要素が含まれていたことがわかる。

 それは、簡略してはならないものが簡略化された手続きの中に潜んでいるのだ。

 未来の日本から来た子供のうちの大きな子たち、紘平と瞳は、裁判制度の違いと共通点について話し合う。

 紘平は、ボケた祖父に訴えられて理不尽な民事裁判に関わった話を、母親が開いている算数教室で働いている助手の江崎から聴いていた(※ここには嫌でもわたしの体験が反映されよう)。

 子供たちは、2つの裁判には共通点があると思う。一方は正統派キリスト教的真理を保護するために、他方は資本主義下における民主主義的人権保護のために、裁判が動いている。

 被告にとって迷惑なことには、一方では手続きの簡略化、他方では裁判官の怠慢があった。

 どちらも、裁判官に大きすぎる権限の与えられているところに共通点がある。

 日本の場合、特定の刑事裁判への市民の参加で、大きすぎる権限の抑えられる効果が期待できるのかもしれない。

「建て前は、あきらかに違っているんだけれどなあ。今のわたしたちの国では疑わしきは罰せず、でしょ。ここでは、疑わしきは罰する、よ」と瞳。

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新しいブログ「出版に向けてカウントダウン」「不思議な接着剤・ノート」開設のお知らせ

 以下の2つのブログを開設しました。

  • 出版に向けてカウントダウン
    http://notes1.exblog.jp/
    児童文学作品『不思議な接着剤』の出版を当面の目的とした日々に生じる、あれやこれやを記録していこうと思います。
  • 不思議な接着剤・ノート
    http://marvel.blog.so-net.ne.jp/
    児童文学作品『不思議な接着剤』の創作ノートです。

 なんでまた、お子ちゃまができてしまったのか、とお思いでしょうね? 

 話せば長くなるのですが、実は、当ブログでも公開してきたカテゴリー「Notes:不思議な接着剤」だけを独立させたものを、忍者ブログでつくっていました。

 モチーフを作品化するには欠かせない資料ですので、私用としてご報告もせず使ってきましたが、過去記事でも書いたように、これは独自の考察とオリジナルな仮説とが詰まったワタクシ的に重要文書(?)でもあるのですね。

 利用しやすくするためと保存を考え、プリントアウトもしてきました。その作業は面倒なだけでなく、クリアファイルで保存しようとすると、案外嵩張るのです。1冊がすぐにいっぱいになってしまいます。書棚には収まりが悪いですしね。

 で、ブログサービスと提携している書籍化サービスで、2冊ずつくらい本にして保存していくのはどうだろう、と考えました。ソフトカバー、モノクロだと、そう高くないようです。児童文学作品も仕上がったら、一旦、書籍化サービスで本の形にしてみるのもいいかもしれません。

 忍者にはそのサービスがありませんでした。提携していなくても、利用できる書籍化サービスはあるのですが、提携しているところに引越すことにしました。

 複数のブログが持てるSeesaaには、あっという間に引越しができました。ところが、携帯での閲覧に不満が出てきました。わたしは携帯で閲覧することも多いのです。そこで、やはり複数のブログが持てるlivedoorへ。ここは、おそらく、ひと記事の字数制限をオーバーしたせいだと思いますが、インポートが完了しませんでした。

 新しく作ったexciteもだめ。分割してエクスポート・インポートの作業をすればいいだけの話なのですが、面倒に感じました。So-netは携帯での閲覧にやや不満があるのですけれど、案外長文の記事に耐えてくれます。96枚弱の拙作、評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』がひと記事に収まります(当ブログでも、ひと記事に収まっています)。

 既に2つのブログを作っていました。ここなら、引越しがうまくいくかもしれない、もう1つ作ってみようと思い、新しいブログを作って引っ越し作業をしてみたら、バッチリでした! それが、新しいブログのうちの1つというわけです。

 ところで、「Notes:不思議な接着剤」は隠れた人気カテゴリーなのですね。歴史ミステリーに興味のあるかたがたの検索に引っかかるのでしょう。それで、今回の新装を期に、ご紹介することにしたのでした(引っ越したばかりで、行間のおかしなところなどあり、修正 の必要がありますし、まだ収録できていない記事もいくつかありますけれど)。

 そして、新しく作ったexciteですが、カラのまま放置しておくのはもったいないので(主婦的感覚かしら?)、作品を出版したいという自らの意欲を掻き立て、実現に至る過程での問題点や注意点を整理する場として活用することにした次第です。単なる備忘録ですから、アピールするわけではありません。まあ、物好きなかたはどうぞ。

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2011年1月 6日 (木)

ワッフル~!

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苺ショコラ。

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肝炎……骨……

夫の話によれば、義妹はC型肝炎だったが、薬(インターフェロン?)により、完治したらしい。

その話が頭にあったためか、わたしも大学病院での完治を期待していた。が、結局のところ、おそらくは薬剤性だろうということくらいしかわからなかったし、完治もしなかった。

すっきりしないまま、のしを付けて紹介者である循環器クリニックの先生に返された格好だが、体調がよくなったのは事実だから、それだけでも儲けものだし、わたしの肝臓が薬剤(漢方薬、サプリ、ハーブを含めた)に極めて反応しやすいという認識を持たせていただいたことは、画期的なことではあった。

湿疹が出てきたとき、胃腸の不快な症状に悩まされたときは、何かが当たって肝炎の症状が出ていることを疑おうと思う。

骨の問題……これは一体、何だろう?

いくらカルシウムを摂取しても、それを利用するホルモンの側に問題があれば、取り込めないため、無意味な摂取に終わると内分泌内科の先生はおっしゃった。

だが、来週、その答えが出るとは、あまり期待しないほうがいいかもしれない。

何だか、わたし一人で医学の闇を濃くしているみたいだ。

辛抱強くおつき合いいただいているこれまでの先生がたに、感謝の気持ちが芽生えた。

しかし、参っちゃう。今回の受診でもまた経過観察すべき箇所が増えた。肝臓と骨……。骨は、自分で調べて貰うようにしなくてはならない。

副甲状腺の経過観察をしていただいているレッドクロスのU先生に、今後もそれが続けられればの話だが、骨密度測定の件をお願いしてみよう。

4月の受診日には、忘れないように、大学病院の内分泌内科で受けた検査結果(ホルモン検査と骨密度検査の結果)のコピーをU先生にお渡しすること。

もはや、奇病というより、奇体だわ。わたしが王様なら、国中に御触れを出して、この謎が解けた者に褒美を遣わすけれど。

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2011年1月 5日 (水)

大学病院受診 - 2 (消化器内科、内分泌内科受診)

今日いつになくパワフルだったのは、昨夜検査のために服用したステロイドのせいかしらん?

一日仕事だったわりには元気でしたが、午後の診察を待っている頃から軽い咳が出だし、急に疲れが出てきました。

今朝した血液検査でホルモンの値はまだ出ていませんが、コレステロールの値が跳ね上がっていて、内分泌内科の先生はこれもそのステロイドのせいではないかとおっしゃっていました。もしくは、正月にもの凄いご馳走を食べたかのどちらかだそうで。うーん。

先に診察を受けた消化器内科の話に戻すと、「肝臓はよくなってるよ。やはり単純なものだったね。卒業です」とS先生。

先生の苦笑めいたお顔が気になりながらも、体調がよくなったことが素直に嬉しいわたしは、「そうですか、ありがとうございました! 酷かった湿疹がよくなりましたし、胃もかなりよくなりました。これは肝炎のせいだったんですね!」というと、先生は何かいいたげになさりながらも、しばし無言。

そして、わたしの言葉には応答なしで、皮肉っぽい表情で「まだ、くすぶってはいるけれどね」と、おっしゃいました。

実は、診察を受ける前に、C型肝炎という見るからにきつそうなおばあさんに、病名を訊かれ、薬剤性肝炎というと、「今が最中なら、今が勝負だわね。覚えといてよ。くすぶったらいかんわ。絶対にいかん。治してしまわんとな」と諭されたばかりだったのですね。

ですから、くすぶりつつ卒業というのは、あまり嬉しくない気がしました。

今後は、事情をご存知であるかかりつけの循環器クリニックで、経過を診て貰うようにとのことでした。そして、もし、現在服用中の薬以外のものを服用した場合は、循環器クリニックの先生にその旨お話し、2週間後に必ず血液検査を受けるように、とおっしゃいました。

漢方薬、サプリ、ハーブの類には、今後は決して手を出さないように、との厳重な注意も受けました。ハーブに関しては、守れる自信ないわ……。

「何かあれば、いってください。いつでも診てあげます」だそうです。

すっきりしない《卒業》でした。再び、循環器クリニックの先生宛のお手紙をお預かりしました。

おそらくS先生は、わたしの肝臓に関しては長い観察が必要だと予測する一方では、今日までに肝臓に関する全ての数値が基準値内に戻ることを期待なさっていたのでしょう。

その期待を、わたしは見事に裏切ったのでした。だから、わたしがすっきりしなかった以上に、先生もすっきりなさらなかったのに違いありません。

内分泌内科で受けた骨密度測定の結果は、「お年にしては脆いかな……骨がね。骨は全体で見るんですよ。骨腫瘍の話なども考えると、骨に何らかの病変が出やすい体質なのかもしれない」とのことでした。

現在の状態では、年に1回の骨密度測定を受ければ充分だそうですが、閉経後は注意が必要だそうで、80%を切るようであれば、半年に1度の骨密度測定と投薬治療が必要となってくるかもしれないそうです。

また、わたしの骨の状態が以前からこの傾向にあるのか、このところこうなったのかでも、判断が違ってくるそうです。

関節関連は、整形外科の分野で、内分泌内科では扱わないとか。

これも、何かすっきりしない結果でした。

クッシングの疑いについて、先生は白か黒しかないとおっしゃいましたが、わたしに限っては灰色っぽい白なのではないかしらね? たぶん、そうでしょうよ。賭けてもよい気がしてきました。

そのホルモン検査の結果は、12日に聞きに行くことになりました。

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Wタウンは遠かった…

Wタウンまでのバスはありませんでした。車でだと、すぐに行けるのですが。

タクシーだと片道2,000円もかかるそうですし、バスだと乗り換えて行くことになり、一番便利なのは駅前で折り返すことだそうです。

駅より手前に、わたしの住むマンションはあります。そこを2回通り過ぎ、遠征してWタウンに行くことになり、バカバカしいので、やめました。

白い背広姿でロビーに立っている案内のおじさんに訊いてみたら、近くのデパート系スーパーを教えてくれました。大学の図書館は正月休みだろうということでした。

スーパーを含めて、付近を散歩してみましたが、寒いだけで、あまり面白いことはありませんでした。

あと1時間半もあるわ
(-_-)
文庫本を持って来ていますが、何となく読書する気分になれず……どう潰そうかしらん。

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大学病院受診 - 1 (採血・骨密度測定、終了)

大学病院受診 - 1<br />
 (採血・骨密度測定、終了)

採血と骨密度測定が終わり、エルモとスタバにいます。8:30に着き、ロビーに行くと、すでに人でいっぱいでした。

採血室もいっぱいでしたが、8つのボックスから次々に名を呼ばれるので、さほど時間はかかりませんでした。

採血が終わったとき、何だか答案用紙を提出し終えたような気分でした。これで、入院になるかどうかが決まるのですから。

でも、一つ反省したことは、だぐまま様がコメントで忠告してくださったにも拘わらず、怖いもの見たさ(?)から、ネットサーフィンしてしまったことでした。

今回の血液検査は、クッシング症候群かどうかの鑑別のためです。ここで引っかかると、入院というわけです(大学病院ですから、緊急でないケースはおそらく待たされるのでしょうが)。

クッシング症候群の原因は良性の副腎腫瘍か脳下垂体腺腫か、まれに悪性腫瘍で、投薬による治療もあるようですが、手術で副腎腫瘍の場合は腫瘍のある副腎ごと、下垂体腺腫の場合は鼻の穴からのアプローチか開頭手術によって腺腫を摘出する場合が多いようです。

で、クッシング症候群だと想定してネットサーフィンしてみると、副腎摘出した場合は術後の副腎皮質ホルモンの管理が難しそうですし、下垂体腺腫の場合は手術の後遺症を残す場合があり、一時的な尿崩症は普通のことで、鼻から手術した場合はその鼻の穴がひと月ほど1.5倍になるとか(治るそうです)。

不運な場合は、失明したり、言語障害、その他の脳に重大な障害を残す場合もあるようで……まれなケースでしょうが。

そんなまれなケースばかり閲覧し(前に書いた怖いもの見たさから)、縮みあがってしまったバカなわたしでした。

こうしたリスクは、入院が決まってから確認すればいいことでした(その間に年賀状を書くほうがよほど利口でした)。

ホルモン値は一日中変動しているそうですから、前回の血液検査では異常値が沢山ありましたけれど、全て一時的なものかもしれないと、先生はおっしゃったのでした。

ネットサーフィンも、悪くすると、取り越し苦労の素ですわね。

だぐまま様は当ブログと『マダムNの体調日記』にためになるコメントを色々と書き込んでくださっていますが、緊急救命室で心停止から除細動器により蘇生、回復後は心疾患を抱えながら普通に仕事を続けるというツワモノでいらっしゃいます。

わたしよりお若いのに教わるばかりで、恥ずかしいやら、ありがたいやらです。どうか、お体にお気をつけて……これからも、気が向かれたときは、よろしくお願いしますね。

話は検査に戻ります。

骨密度測定は、腰椎のレントゲン撮影で、短時間で終わりました。

ここまでゆっくり記事を書いても、まだまだ午後2時までには時間があるので、Wタウンに行こうかしら。内科外来には既に外出する許可を得ています。戻ったらまた外来にその旨、報告しなくてはなりません。

家ではくよくよ考えてしまいましたが、ここにいるとかえって気持ちが安定します。うまくいけば、こことも次回でお別れですわね。

今ここで入院になるかどうかで、今年のわたしの創作プランは大きく変わってきます。できれば、Notesをもとに年内に作品を完成させたいのです。

入院になれば、それは難しくなるかもしれません。せずに済めば、可能かもしれません。

テーマのこれ以上の深追いはやめ、ここで、これまでの成果をぐっと集約させ、成形(パンみたいな表現になりますが)に持って行きたいと考えています。

受診記録が創作備忘録になっちゃったわ!

では、Wタウンに行ってきます(^-^)/~~

追記:
参考までに、ざっと売店とレストランと自販機を確認しました。
売店は入院に必要なものなら、だいたい揃っています。ウィッグ(3〜4万円台のもの)も男性用を含めていくつかあり、パンフレットも置かれていました。子供の玩具もちょっとしたものですが、いくつかありました。
自販機の中には10円でカップ水を買えるものがあり、外来中に薬を服用する場合は便利です。

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2011年1月 4日 (火)

奇想天外な夢。体調のこと。

奇想天外な夢を見た………というと大袈裟になるが、前の記事を書いたあとで寝てしまっていた。

明日受ける検査の結果がどうであれ、この疲れやすさは異常だ。

もし疑われている症候群だとすると、これはやはりひどく疲れやすい病気であるようだ。

過去にネット検索した中でも、横綱級の疲れやすさではないだろうか? 骨粗鬆症にもなりやすいらしい。

もうずいぶん前なので、当てにはならないが、1度だけ骨密度測定をしたことがあって、そのときは年齢よりわたしの骨は硬かった。

しかし、ここ数年、五十肩はともかく、膝や脚の付け根が寒くなると痛むというトラブルを抱えているし、疲れやすさは年々ひどくなる一方で、自分でも異常な気がしている。

膨らんだおなかも、どう考えても変だ。

が、それが疑われている症候群から来ているとは限らず、他の原因ということもありうるのだが。例えば、ベースに頻脈のある疲れやすさとかね。

肝炎からくる粘りつくような重力的(?)疲れは、ほとんどなくなった。肝炎からくる疲れは特徴的だ。肝炎がよくなってくると共に、悩まされた湿疹と胃の不調もほぼよくなった。

ただ、胃はガスターのお陰かもしれない。そう考えると、やはりパリエットとガスモチンは怪しい気もするが、それらを飲まなければならなかった胃腸の不調が先にあったわけだ。うーん。

肝炎の疲れがとれるときに、全ての疲れもとれるのかと思いきや、それは甘かった。

ナンにしても、こんなに疲れやすくては、まともな日常生活を営めない。

で、夢の話に戻ると、初夢を記憶しなかったぶん、三が日を過ぎて壮大な夢を見た(子供じみた夢ともいえる)。

広大な原野に、恐竜の形をした、それはそれは巨大な岩が点在している。

岩は、恐竜を彫刻でもしたかのように恐竜そっくりだ。顔もちゃんとある。

岩であるのに、それらは生物でもあるらしく、中年の女性生物学者が遠隔地にあるカプセル状の監視塔からハイテクを駆使して、岩の恐竜たちを管理・観察している。

彼女はアルバイトを雇いたいのだが、ホームページで募っても来ないと愚痴を零す。

いずれ彼女の下で働くことになるのか、高校生くらいの男女が現れる。どちらも賢そうで、雰囲気は欧米人。女子は、ポニーテールの髪型をしている。……

以上がわたしの実質的初夢で、何か、取り組んできた自作児童文学作品『不思議な接着剤』をソースとしていそうな夢の内容に、微笑ましさを覚える。さあ、家事と年賀状だ。

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もう今から緊張度↑

明日の血液検査のために、夜11時にデカドロン2錠を飲むことになっているのですが、もう今から緊張度が高まっています。

というのも、その結果で異常値が出れば、入院といわれたからです。

そして、入院だとしたら、その内容はレッドクロスでの入院に比べると、かなり憂鬱なものになるだろうと想像されるのですね。

また、入院案内を見ると、電気製品(パソコン、DVD、ラジカセ)の持ち込み禁止とあり、それだけでも浮かない気分を誘います。大学の図書館を利用できるところは嬉しいけれど、そんな余裕があるんだかどうか。

勿論、白と出る可能性もあって、これまでにもドクターにおどかされた(?)ことは何度もあるのだから、心配しすぎるのは損だという気もします。

そんなこんなで、今日のわたしの気分は、まるでジェットコースターに乗っているかのようです。只で、あのスリルを味わえるお得な体験ともいえますわね。

結果は、明日の検査から1週間後。

明日は、採血のあと、放射線科で骨密度の測定(レントゲン)。午後、消化器内科と内分泌内科の受診があります。

内分泌内科の先生が、「時間を有効に使えるように」一旦は午前中に設定した診察を午後にしてくださったのですが、帰るには時間かかるしなあ。

先生は、わたしが帰宅してゆっくりと《おうちごはん》しているところを想定なさったようですが……。まあ車ならね。バスだと待ち時間が要るし、家からバス停まで歩くのも面倒。

バスで、比較的近いWタウンにでも行こうかと思います。

もし白だったら、お祝いします……。

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2011年1月 2日 (日)

後日談

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 昨夜のことが尾を引き、夫はむっつりして帰宅した。わたしは案外脳天気に忘れてしまうほうなのだが、今後のことを考えるとこれではいけないと思い、わざと炬燵に寝そべったままだったのだが(夫は当然ムッとする)、携帯でアクセスし、昨日当ブログに投稿した自分の記事を朗読し始めた。

 夫はわたしがブログに何を書こうが、実はあまり気にしていない。というのも、彼の周囲の人々は、ネット自体をほとんどしないから、彼らに閲覧される心配もないというわけなのだ。普通程度にパソコンをする夫は、パソコン通と思われている。

「具合の悪いときは助けてちょうだい。普段から、気にかけてほしいの」といった。

 夫は気のない声で「うん」という。そして、鍋にできていたぜんざいを見つけた夫は、「食べていい?」と訊いてきた。

「だめよ。約束してくれるまでは。これからは、妻を労わります。昨日のような場合は、皿洗いを手伝います、と誓約しなさい」とわたし。

 ぜんざいを食べたい一心の夫は、誓約の言葉をいった。すぐに忘れるに決まっているが、わたしの目的は、誓約させることによる脳への刷り込みなのだ。

 夫はわたしに教わって、自分でトースター用の網で餅を焼き、ぜんざいにありついた。上のぜんざいはその記念写真。

 体調ブログにだぐまま様が、コメントで、普段からさせてはと貴重なアドバイスをくださった。

 ごみ出しが、現在の夫の担当ではあるが、むらがありすぎて、マスターには遠い。たまの買い物は嫌がらなくなった。皿洗いは、普段からというのは、とてつもなく難しいが(わたしもつい、悪いと思ってしまう)、マスターして貰うことは必要だから、対策を練らなくてはならないと思っている。老後のためにも……。

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元旦は、後半部がブーでした。

深夜に初詣を済ませたあと、ふた眠りくらいしてから起きると、年とってきたせいか早起きになった夫は一眠りして起き、喫茶店のある、行きつけの書店を冷やかして来たという。

娘が起きるのを待って、皆でお屠蘇を飲もうとしていると、息子から娘に電話。

不思議にお屠蘇を飲む時間は毎年ばらばらなのに、夫に反発して帰省しなくなった息子は、新年のこの儀式に自分も参加するかのようなタイミングで電話をかけてくる。

わたしと娘は勿論嬉しい。夫は複雑な表情。娘は弟と楽しげに長電話をする。

お屠蘇を飲み、夕方までは和やかに過ぎた。

が、その頃になると、日頃寝たり起きたりのわたしには大晦日前からのオーバーワークからくる疲れが出始め、夕飯の支度まで、一眠り。

疲れはとれず、動けない。あれこれ食べたはずの夫だが、夕飯は必ずきちんとしたものをとる人間で、熊のようにうろうろし始めた。

わたしは一眠りの前に、テーブルに餅を出しておいて、トースターですぐに焼けるように、別購入したトースター用の網をセットしておいた。

わたしは夫にその餅、次いでパン(ミルクジャム)に注意を向けさせたが、反応なし。冷蔵庫の中のハム、チーズ、食品ストッカーのお菓子にも興味を示さなかった。

わたしが用意しさえすれば、どれであれ、夫は満足して食べただろう。というより、大晦日から元旦の昼までは元気そうだったわたしが新年早々、病人のムードを漂わせ始めたことが夫には面白くないに違いなかった。

わたしは、もう少し体を休めていたかった。濃い味付けのおせちを食べたからか、やたらと喉が渇き、膀胱炎気味。腰も痛い。心臓の調子はまずまずだが、すっかり、寝たり起きたりのいつものわたしになっていた。

娘は寝ていたので、わたしは夫に皿洗いへの協力をほのめかした。夫は「はっきり、云やー、いいやん!」と怒鳴って、ガチャガチャと皿を洗い出した。

はっきりいおうと、ほのめかそうと、家事への協力を夫は嫌悪する。ただ買い物は上手になった。

もしわたしが入院になれば、前の入院のときのように、全ての家事の負担が娘にかかってくる。せめて、皿洗いくらいは夫にできるようになって貰いたいので、夫の皿洗いを見守っていたのだが、ガチャガチャの音は高くなった。

要するに、わたしを怒らせたいのだ。その手にのってはだめだと思いながらも、叫んでしまった。「やめてよ、お皿が割れるでしょ!」

わたしは起きて、キッチンへ。食器乾燥機の中はいっぱい。わたしはまず、それを出してから皿洗いにかからなければならないと指導しようとしたが、「頼むんなら、ケチをつけるな」という。

そこから口論になり、なぜかテーマはごみ処理施設にまで及び、初喧嘩しつつ、正月用の食器以外の無難なものを洗って貰うに留め、夫には引き揚げて貰った。

夫が未だに食器洗いさえ、洗濯さえ、まともにできないのは、途中でこうして喧嘩になるからだった。

わたしはぼーっとした頭で、公文教室ではやる気のない子や問題児をどう指導してたっけ、と考える。そんな子は大抵、教室側の努力にも拘わらず、そのうち自分から辞めていった。

ママ友の一人は夫の会社の同僚の奥さんで、家事もこなす優しいご主人に恵まれていて、その協力の下に子供たちの手が離れるのを待って働き始めた。

仕事は大変だろうが、充実した家庭生活だろうと思っていたら、3人いるうちの成人した末っ子が問題児(我が儘な青年)になっているそうで、夫に似ていた。同じ蟹座。

蟹座は本来は家庭的な星であるだけに、星の位相がよくないと、非家庭的な性格を強調したような傾向をもたらしたりする。

夫は、不器用で、我が儘な手に負えないところのある男ではあるけれど、こちらが強く輝いているときは、部下にも下男にもアッシーくんにもなってくれる男ではあることを、忘れないようにしたい。わたしに、うまく使いこなせていないだけだ。

もしわたしが作家になれたら、案外協力してくれるのではないだろうか(希望的観測かもしれないけれど)。

東京の従姉が書いてきた。「行商には、来たの? 連絡待っていたけれど……もしまだだったら、ホテルがわりにしてネ。」

行商というのは出版社回り、売り込みのことだ。こんなもたもたした状況にあり、作品がまだ当分仕上がりそうにないことを書こうかどうしようか。

文学仲間からも年賀状をいただき、ありがたかった。Kさんの創作状況はどうだろう?
Oさんのことがあって縁が切れたと諦めていたFさんも、「またお茶を飲みましょう」と書いてくださった。そして……、

☆Kくん、申し訳ありません! お返事が、そのままになっていました。あまりにきちんとした美しい文面が眩しくて。さすがは作家ですね! いただいたメールは、宝物として大事にします。

今度会うときはわたしのほうから連絡をすることになっていた、同じ街に住む友人……すっぽかしたまま。文面に少し、怒りあり?

レッドクロスに入院したときに同室だったMさん、Kさんからも頂戴してしまった……。

放置状態の交友関係に青ざめる。年賀状のそこ、ここからなつかしい顔、顔、顔……。

☆ごめんなさい皆様。年賀状、実はまだ1枚も書いていないのです。寒中見舞いにならないうちに、必ず書き終えます。

皮1枚で交友関係をつないでくれている年賀状。大事にしなくては。

ああもう少し元気になって、あの顔、この顔に会いたい。元気になりたい。

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初夫婦喧嘩後に作ったお雑煮。

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昨年は西京みそを使ったお雑煮にチャレンジしてみましたが、今年はいつものしょうゆ仕立てに戻しました。

昆布と鰹節でだしをとり、しょうゆとみりんで味つけ。具材は、かつを菜、かまぼこ、餅。あっさりしているので、餅を沢山入れても、いつのまにか食べてしまいますよ。

餅は気分により、焼いたり、焼かなかったりですが、これはトースターで焼いています。うちのしょうゆは減塩しょうゆ。

亡き母がつくってくれていたお雑煮は、だしに鶏が入っていました。具材は同じ。

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服部先生のレシピ『山いもとまぐろのわさびじょうゆ』を参考にしたものです。わたしは長いもで作りました。山いもで作るより、あっさりしています。刻み海苔を散らすつもりで用意しておきながら、どういうわけかパセリを飾っています。

濃い味つけのおせち料理で喉がしきりに渇くので、バナナジュースも作りました。 

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2011年1月 1日 (土)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願い致します。
よいお年でありますようお祈り申し上げます。

 昨夜、年越しの前に息子に電話したら、東京にいるはずの息子は南下してきていて、大学の近くのビジネスホテルに滞在していました。カップラーメンを作っていたところだったとか(ラーメンがのびるので、電話を一旦中断させました)。

 何でも、高校時代の仲よしグループで集まったとかで、前日は日田市に1泊し、ホテルに着いて間もないということでした。ここで東京に戻るのは二度手間と思い、予定を繰り上げて大学の研究室に詰めることにしたとか。

 九州に来たのに、うちには寄らなかったのね……と娘はむくれていました。仲良しグループの子たち(もう大人ですから、子というのもナンですが)の中にはよく遊びに来てくれた子も数人いるので、彼らの近況を聞くのは楽しいことでした。

 こちらでは雪はほんの少しちらついた程度でしたが、日田市は積もっていたとか。同じ県内でも、西にある日田市は夏は暑くて冬は寒い土地柄で有名です。東にあるこの街は日田市よりは穏やかな気候で、わたしには過ごしやすく感じられます。

 息子との会話の途中で新年になったので、おめでとうを交わしました。電話を切ったあとで、初詣に出かけました。着ぶくれて、夫の車で行ったので、それほど寒さは感じませんでした(冠攣縮性狭心症の発作が起きると困るので、ニトロ専用ペンダントをつけていきました)。

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 お御籤を引くと、小吉でしたが、納得のいく文面で、「気を散らさずに本業に専心せよ」みたいなことが書かれていました。商売に「売るは、吉」とあったので、作品を完成させ、しっかり売り込みたいと思います。

 病は、「医者を選べ、治る」だとか。お医者様を選ぶのって難しいんですよね。御神籤に入っていたのはこれ。福禄寿。

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 道教からきた神様で、福(幸福)、禄(富貴)、寿(長寿)の意を持ちます。南極老人星(南半球にある竜骨座のカノープス)の化身、あるいは老子の化身ともいわれています。

 『老子』(小川環樹訳、中公文庫、1973年)の格調の高さ、美しさには恍惚となり、わたしは中断中の歴史ロマン『あけぼの―邪馬台国物語―』で、『老子』にアプローチしてみたほどでした。ですから、福禄寿が入っていて、嬉しく思いました。

 で、今の状況下では、わたしの健康にはもう神頼みが一番だろうと思い(?)、お守りも買いました。そのうち行く予定の宇佐神宮でも、また買うかも(入院、やだ!)。でも、仮に入院になったとしても、勿論、お守りがいけなかったせいだとは思いませんよ。体を治すための入院と思い、大人しく入院するでしょう。

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 娘と童心に帰って、こんなものも買いました。

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 りんご飴。りんごと飴のコラボだなんて、すばらしい……と昔から思っていたのですが、一度も食べたことがありませんでした。子供たちには、お祭に行くたびに買ってやっていましたが。まだ食べていません。楽しみだわ。

 ところで、大晦日のメニューは以下のようなものでした。

2010年12月30日 (木)
カウントダウンレシピ2010~イギリス風ティーサンド、その他。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/12/2010-1be5.html

 が、初詣から帰ってからの夜食にするつもりだったサンドイッチを最初に皆で平らげてしまい、続けて年越しそば(きつねそばになりました)も食べ(年越しの前に食べないといけないそうですから)、おなかが膨らんだところで、初詣に出かけた次第。『山いもとまぐろのわさびじょうゆ』は作りませんでした。今夜、作ろうかしら。

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 サンドイッチ。

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 アボカドのデザート。

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 年越しそば。

 まだ年賀状が済んでいません。

 昨年、学生時代の知り合いが当ブログを通路として何人も訪問してくれたのに、それはどれもこれも、純粋にわたしをなつかしがってくれての接近ではなく、利害を感じさせる、露骨にわたしを利用してやろうというものでした。

 割り切っておつき合いすればいいのかもしれませんが、文学はわたしをそのようには育てませんでした。個人的なおつき合いをするのであれば、相手を尊重する気持ちがベースになければ、受け入れたくありませんし、わたしもそうした気持ちが働かなければ、他人に接近したくはありません。

 この人間関係の軽い失望感(現在進行形でおつき合いしている人々でなかったことは幸いでした)が、何となく、年賀状を書こうというみずみずしい衝動を堰き止めてしまった感があります。

 でも、当「マダムNの覚書」は今年も元気に運営していきますので、どうぞよろしく。

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