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2010年10月22日 (金)

『ERⅩⅤ』にヨブ記が……

 『ERⅩⅤ』を観ている。NHKドラマ『祝女』も観たいのだが、ERがファイナルシーズンだと思うと、こちらを観ざるをえない。

 すばらしい医療ドラマなのだ。一刻を争う救命室での出来事に絡むように時事問題、個人の人生で起きてくる様々な問題がメスで抉るように描かれていく。

 それに真っ向から挑む登場人物たちは、清々しい。

 今回は、スタッフの一人アビーがERを去る日。

 アビーにはアルコール中毒と闘ってきた過去があり、弱さが招いた一夜の過ちとその行為が招いた夫婦の危機があった。

 危機を乗り越えた夫婦は、幼い息子と共にボストンへ引っ越して再出発をする計画だ。

 今回の冒頭で、アビーは古巣を懐かしむまなざしで歩き回り、詩らしきものをつぶやいていた。

なぜ、苦しむ者に光が与えられ、
心の痛んだ者にいのちが与えられるのだろう。
死を待ち望んでも、死は来ない。
それを掘り求めても、
隠された宝を掘り求めるのにすぎないとは。
彼らは墓を見つけると、
なぜ、歓声をあげて喜び、楽しむのだろう。
神が囲いに閉じ込めて、自分の道が隠されている人に、
なぜ、光が与えられるのだろう。 

 (訳が違うようだが、わたしの持っている訳で再現)

 とても馴染みのある詩だと思いながら、たっぷり10分間は思い出せなかった。

 もしかしたら、フランスの女性哲学者シモーヌ・ヴェイユの言葉だったかしら?

 いや、違う。うーん、思い出せない。あ、そうだ、あれはヨブ記だ!

 旧約聖書の『ヨブ記』だった。アビーはその後もつぶやいた。以下はそのつぶやきを書き留めたもの。

あなたは海の底を見たことがあるか。
あなたは死の門を見たことがあるか。
光は道を知っているか。
暗黒の住処はどこなのか。
大地のひろがりを隅々まで調べたことがあるか。
知っているなら、言ってみよ。

 ERでの最後の勤務を終えたアビーを、夫のルカが迎えに来ていた。

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