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2010年9月の70件の記事

2010年9月30日 (木)

池内淳子死去のニュース

 池内淳子が26日、肺せんがんのため死去とのニュースに驚いた。

 子供の頃にTBSのホームドラマ『ただいま11人』を観て以来、ずっと何となくファンだった。

 和服の似合う女優というと若尾文子が連想されるが、日本的な女優というとわたしには池内淳子が思い浮かんだ。

 日本美という妙なる花の花びらがまたひとひら散ったようで、残念だ。

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息子から届いた科学雑誌

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 息子の論文が掲載された科学雑誌。論文の内容は前回の英語の論文同様ちんぷんかんぷんだが、同じ研究者向けの日本の雑誌で、何となく雰囲気は伝わってくる。

 息子が高校時代までお世話になった公文の先生に――もう引退して海外旅行を楽しんでいらっしゃるけれど――コピーしてお送りしようと思う。

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NHKドラマ『蒼穹の昴』が面白い

 浅田次郎『蒼穹の昴』を原作とする、中国の清朝末期における紫禁城を舞台とした同名のNHKドラマが面白い。NHKと北京華録百納影視有限公司との共同制作だという。全25回。

 西太后に扮する田中裕子は、一見の価値ありだ。

 おしんが西太后に変身したと中国でも話題のよう。日本人が西太后を演じることに中国人の抵抗感はないのだろうかと心配になるところだが、おしん効果が利いているのかもしれない。まあ、清は中国とっては、満洲族という異民族による征服王朝でもあるわけだし……。

 中国三大悪女の一人とされる西太后は、諸外国から狙われる状況下、アヘンに蝕まれた中国に育ち、后試験にパスして18歳で咸豊帝の後宮入りした。

 原作を買って読みたいと思い、書店で少し読んでみたが、エンター系の文章に慣れないためか、頭に入ってこない。まずはドラマを楽しもうと思う。

 ドラマが終わる頃までには、自分でも調べてみたいと思っている。

 

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2010年9月29日 (水)

アボカドのディップ

昨日の夕飯

 きのこのリゾット。アンダンテのよい出来上がり。

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 『きのこのリゾット』は服部先生のレシピです。
  ⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2008/02/2.html

 わたしのぶんはバター落とす前にお皿につぎ、チーズもなしにしました。もうすぐ循環器クリックで、朝食抜き血液検査を受けるので。先生のために!……ん?

 だって、検査結果に対する先生の反応が、答案用紙貰った生徒そっくりですもの。前回初めてコレステロールが高くなっていたのですね。まあ今更じたばたしたところで……ですが。

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 『アボカドのディップ』はネット閲覧させていただいたケンタロウさんのレシピ。
  ⇒http://trc.cocolog-nifty.com/photos/recipe/1_14.html
 
 野菜はドレッシング、マヨネーズ、あるいは塩だけでも充分美味しいですが、これを添えると豊かな感じに。

 わたしはトマト、玉ねぎ、レモン汁を多めに入れ、タバスコは少し。ほのかにスパイシーで、さっぱりとしたディップに仕上がりました。

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2010年9月28日 (火)

Notes:不思議な接着剤 #65 マドレーヌの賞味期限

#65
2010/9/28(Tue) 冒険へ #1 マドレーヌの賞味期限

 涼しくなると、とたんに創作にエンジンがかかる。ようやく、最低限、この児童文学作品に必要なだけの体力が集まったという感じだ。

 ちょうど、創作帳とは別に、頭に浮かんだことを何でも書き殴る『ほぼ日ペーパーズ』の新しいものを下ろした日と重なり、新鮮な気分。

 だが、今日はストーリーをどんどん先へ進めるというわけにはいかなかった。細かな部分が気になり、その調べものに結構時間が費えてしまった。せっかちな操作で何度かパソコンが固まってしまったくらい、気が急いた。

 子供たちが白ネコに誘われて向かう先は、マグダラのマリア、フランス語にするとマリー・マドレーヌがモデルである乙女が囚われた場所。正確にいえば、『マリアによる福音書』をイメージ化した女性ということになる。

 『マリアによる福音書』には、東西の思想を一つにする鍵があるとわたしは考えている。

 子供たちは鍾乳洞の部屋のようになった場所でおやつにするために、お菓子の箱を持って行くのだが、そのお菓子の詰め合わせの中にマドレーヌを潜ませておこうと思う。マドレーヌの賞味期限は1週間から2ヶ月とばらつきがある。

 お菓子と瞳が持って行く綺麗なロウソクは、子供たちが文明圏から来たことの証明となるものだから、味が落ちたり、腐ったりしていてほしくない(わたしの好きなアンリ・シャンパンティエのは14日)。子供たちが中世風の世界に何日いることになるのか、まだはっきりさせていないが、当初予定していたよりも長い滞在となりそう。

 翔太が携帯するライトのことでも迷った。ストラップ型のライトを瞳のリボンで首にぶらげるくらいなら、ネックライトにしたらいいではないかと思ったのだったが、人気のパナソニックのLED防滴ネックライトは2,270円(税込)で、翔太が小遣いで買うには高すぎる気がした。わたし、このネックライトほしい。優れものだそうだ。

 ネックライトはメーカーにこだわらなければ、安いものもあるそうです。よくお気遣いくださる訪問者のお一人から教わりました。いつも、ありがとうshine

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2010年9月27日 (月)

スタバにいます

スタバにいます

 夫の映画の間、結局わたしは書店に入り浸っていました。

 J・M・マッソン、S・マッカーシー『ゾウがすすり泣くとき』(小梨直訳、河出文庫)を読もうとしたら、夫が来ました。

『バイオハザード』は、まあまあだったそう。

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息子と再び、前世の夢の話など

 小旅行疲れがまだとれない感じですが、今日は夫が『バイオハザード』を観たいというので、午後から外出の予定。わたしは特に観たい映画がないので、その間、買い物でもします。木曜日はデパートの『イタリア展』に娘と行く予定。

 こんな風に出かけると、疲れてまた創作に遅れが出るでしょうが、家族と一緒に無理にでも出かけていないと、どこへも行けない体になってしまいそうな不安があります。ここへ引っ越してきたのは2004年12月1日。

 その頃は、もう少し普通に生活できていました。子育てから解放されて、図書館に入り浸れると喜んでいました。県立図書館まで自転車で行くと行き帰りに案外時間がかかりましたが、夕方には図書館を出てスーパーへ回って買い物し、料理して、夜は創作の続きをし……という具合にまずまずの生活が送れていました。

 どう考えても、増えた心臓の薬が体力を削いでいるとしか思えません。今より危険と隣り合わせでしたが、体力はあったという感じでしょうか。その頃からすると、ずいぶん弱りましたよ。今日も心臓に不安定な感じがあり、歩いても、足が地に着いているという実感に乏しいんですわ。仕方がありません、やれるだけのことをやるだけです。

 昨日ブログの更新が朝だけだったのは、午後になって息子から電話があり、3時間も話していたからでした。息子は長期出張中で、週末は東京に戻っていました。

 で、何をそんなに長々と話していたかというと、結婚にまつわる話でした。結婚を考えているような、いないような女性の存在があるというわけです。別にそれにかんする相談というわけではなく、何となく話していました。

 息子の話を整理してみると、つまりこういうことのようです。

 息子は、家庭はほしいが、自由でいたい(大学に戻る可能性を残しておきたい。博士課程に進んだのはその布石)。相手の女性は、子供を早く作りたいが、仕事はやめたくない。彼女は理由はいわなかったそうですが、息子が大学に戻ることには反対したそうです。

 まだまだ自由でいたい息子は、「彼女は友人だよ!」といい張るのです。わたしは「それは友人ではないわよ」といいました。友人とそんな話をするなど、ありえないと思うからです。

 ただ、話を聴いていて、男女が共に総合職に就くことが珍しくない時代となって、結婚は難しいものとなっているなと感じました。別居結婚では、結婚することの意義が大きく削がれてしまいます。

 わたしの両親がよい例です。海外航路の船員だった父不在の母と娘2人の暮らしは不自然なもので、後遺症ともいうべきものをいろいろと残しました。

 息子がどうすればいいのか、わたしにはわかりません。孫、ほしいわ……。が、わたしには、創作をやめて家事だけに専念せよといわれてもできないと思いますので、夢の実現に必要なだけの自由を確保していたいという息子の気持ちもわかります。

 息子の葛藤、契約社員の娘を見ていても、男女の役割が比較的明確だったわたしの頃とは、結婚というものが違ったものになってきていると思わざるをえません。

 ホロスコープから見ると、娘は晩婚型ですが、男らしい配偶者像が浮かびます。また、わたしが自分で占った限りではわかりませんでしたが、他の占いではよく、名誉となるような子宝に恵まれる可能性ありと出ます。それとセットとして、娘は大変厳しい母親となるそうで……娘はおっとりしている反面、神経質になると怖くなるますから、そうなってもおかしくありません。息子は逆玉運ありです。華やかな雰囲気の自立した配偶者像で、一緒に働いて経済的な恩恵を被るような配置。

 なるようになるだろうと、わたしは楽観しています。占星術を根拠に。

 それはそうと、前置きだけで記事を終わるところでした。

 息子と長話した間に、たまたま前世の夢の話になって、その内容をもう少し詳しく聞いたのです。前世の夢の話を過去記事から以下に抜粋します。

2006年8月30日 (水)
昨日の夕飯&息子の夢と前世のわたし
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/08/__e90e.html

 そういえば、まだ高校生だった息子がわたしの夢を見たといって、こんな話をしてくれたことがありました。

 そこは昔のインドか中国かというような土地で、わたしは白い牛に跨り、上半身は裸。どこかへ行こうとしていたそうです。息子は旅の途中の商人だったとか。わたしは白く長い髭を持ち、ひどく痩せていて、頭は剥げた老人。神々しいような目をしていて、修行者らしい傷が両手にあったというのです。

「その剥げたお爺さんがママだなんて、何だってわかるわけ?」と訊くと、「だって、雰囲気がママなんだ。どうしたって、ママなんだ」といいました。そして、そのお爺さんをなつかしむような遠い輝くような目をしました。

 夢が、というより、息子のそんな表情がわたしにはとても起こりそうもない神秘に思えました。その頃、息子は反抗期の只中だったのです。

 実は、本当のことだとは思っていただけないかもしれませんが、前世、修行者として老人になってから死んだというあわい記憶が子供の頃のわたしにはありました。瞑想をする習慣もありました。今となっては、嘘のような子供時代の出来事です。瞑想のやりかたなんて、もう忘れてしまいました。

 ただ具体的なことはわたしには何もわからず、息子の夢がわたしたちの前世に絡んだものなのかどうかは知りようがありません。息子は子供の頃、お金を駒にして遊ぶ癖がありました。商人だった名残なのかしら。

 わたしは修行者らしいというその老人が、上半身は裸だったということから、乞食のような身なりを想像していました。しかし、息子がいうには、大変よい身なりだったということです。そして、息子のほうはそのとき1人ではなく、キャラバンを組んでいたそうです。そのキャラバンもみすぼらしいものではなかったとか。

 わたしが乗っていた動物とキャラバンで使われていた動物は違っていたそうで、西洋馬のように大きなものではなく、ロバとかラバとか、そういった動物に見えたらしいのです。息子たちは敬意を払うかのように、ごく自然な雰囲気で、牛に跨った老人に道をゆずったとか。

 息子と老人がすれ違った場所が山道だったことは、はっきりしているとか。2人は別の国の人間に見えたそうです。

「お互いに、今とどちらがよさそうだった? 境遇的に」と訊くと、息子は「いやー、夢の中では、どちらも生き生きとしていて、少なくとも不幸には見えなかったよ」といいました。「ふーん」とわたし。わたしは1人でどこかへ向かうところだったそうですが、かなりの高齢でありながら堂々としていて、尊大なくらいだったそうで。

 尤も、それが本当に前世の夢だったかどうかは息子にもわからないとか。ただ、目が覚めたときに、そう思ったそうです。長い夢の一場面だったのか、その場面だけが夢に現われたのかも定かではないようです。

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2010年9月26日 (日)

朝の薬を飲むのが遅れ…

朝の薬を飲むのが遅れ…

 朝の薬を飲むのが遅れ、胸痛。

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 アボカドとまぐろって、合いますね。お刺身のお皿に、ブロックで買ったまぐろも加える予定でしたが、気が変わりました。

 ネットで閲覧させていただいた、さっぱりした中華風のドレッシングをかけた一品。家族に大好評でした。

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2010年9月25日 (土)

おお、リーキーさんが来週やってくる!

 講談社「世界の名作図書館」4巻に収録されているホールデン『魔法つかいのリーキーさん』が忘れられず、何とか入手できないかと思い、あれこれ検索してみたのですが、入手できそうにありませんでした。

 最後の手段で妹にいってみますと、あっさりと「別にわたしの物というわけではないから」と送ってくれるそうです。わたしなら、手放せないと思うからありがたいことです。以下の作品が収録されています。

ルイス・キャロル『ふしぎの国のアリス』
オスカー・ワイルド『幸福な王子』
サカリアス・トペリウス『リンダギュル姫と魔法つかい』
ホールデン『魔法つかいのリーキーさん』

 もう嬉しくて。『リーキーさん』に出てくるインド人がバッタにかけるおかしな面白い呪文を、どうしても忘れられないのですね。一日に何度も頭に浮かんでくる始末です。間違っていたらいけないので、ここには書きませんけれど。

 来週本が届いたら、その呪文を教えてやってもいいですよ(えっ、別に 知りたくないって?)。小さなりゅうのポンペーにも再会できます……!チュッ、チュッheart04(ポンぺーに投げキッス)。
 

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2010年9月23日 (木)

左腕が痺れる

左腕が痺れる

 左腕が痺れ、胸の圧迫感が強まり出した。

 

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娘に抱かれた犬

娘に抱かれた犬

 昨日買ってきたぬいぐるみです。

 もう夜ですが、わたしはさっき起きました。それまで、起きられませんでした。連休中の娘が掃除を引き受けてくれ、お弁当を買いに行ってくれました(娘も料理する気分は出ないみたいです)。

 家事は評価されず、それ自身がお金を産み出すということもないけれど、生活の質に直結しますね。

 その家事がうまくできない日が以前より出てきて、怠け者になったかしらと思っていましたが、旅行すると体力が以前と比べてどんなだか、はっきりとわかります。

 なんか、ひどくなる一方だなあ。

 冠攣縮性狭心症や労作性狭心症などを患っている人々のブログへ行っても、ステント入れる手術なんか受けた人の暮らしを閲覧させていただいても、わたしほど体力のない人ってあまり見つかりません。

 発作のないときは普通にお仕事していたり、海外旅行を楽しんでいたり。

 わたしの場合はやはり頻脈という機能性の異常が地味に根深く潜在していて、体力を長年にわたって削いできているのではないかと思えます。脈拍数の多い生き物ほど寿命が短いっていいますが、薬でそれを引き延ばしているのだから、仕方がありません。

 いろいろ考えていると不安で頭が変になりそうになるので、今は完成すべき作品のことだけを考えようと思います。雨だれを集めるように毎日使える時間を集めて、大切に創作に使いたい。

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ただいま、エルモ

ただいま、エルモ

 今回、エルモを連れて行きそびれたのです。体調が悪かったのは、そのせいかも(まあ体調のよいときより悪いときのほうが多いのは、今に始まったことではありませんが)。

 帰宅後2時間くらいは元気でしたが、今は腰から背中にかけて抜けるようにだるい。

 わたしの場合、大抵のことはニトロで解決しますが、最近使いすぎなので、もう少し様子見です。いくらなんでも心臓と腰は無関係に思え……。

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2010年9月22日 (水)

わん!

わん!

 娘と衝動買いしたぬいぐるみ。存在感に惹かれました。

 猫のブローチを買ったお店と同じ輸入雑貨店『レイメイ』で買いましたが、ブローチは地下街にある『レイメイ』で、ぬいぐるみは新天町にある『レイメイ』で。

 新天町にある『レイメイ』は、大学時代から(30年以上前から)よく行くお店。

 このぬいぐるみはウィンドウ内に飾られていました。店内に同じぬいぐるみが置かれていましたけれど、勿論容貌が違いました。

 お店の人にウィンドウのほうのラブラドール・レトリーバーがほしいというと、お店の人は了解してくださり、ウィンドウから出した犬を中にあった犬の横に並べて、「よくご覧になってみてください」と選択の時間を与えてくださいました。

 で、わたしたちが連れ帰ったのは、凛々しく見えたウィンドウの犬。

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帰りの電車から

帰りの電車から

 剥製みたいに見えるかもしれませんが、ぬいぐるみです。

 あーあ、母娘いい年して、またぬいぐるみなんて増やしちゃって。

 帰宅したら、ちゃんとアップします。

 昨年秋芳洞へ行って正解でした。なるべく早く自作童話『不思議な接着剤』を完成させられるよう、頑張るつもりです。

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ニトロ舌下

 前の記事を書いてから投稿しようとしたら、充電器の電池が切れました。

 釜めしのお店を出て、娘の傘を見、2人でぬいぐるみを衝動買いし(2,000円強ずつ出し合いました。)、マツキヨで充電器の電池を買いました。

 娘が最後にジュンク堂へ行こうといってくれたので来ましたが、わたしはもう座っていたいだけ。

 窓際の席は全部埋まっていましたが(まるで図書館)、脚立みたいな椅子が一つだけ空いていたので陣どっています。

 頭がどんよりし、胸が重く、目がかすんできたので、これがニトロの領分かどうかはわかりませんでしたが、使いました。かなりましになり、前の記事を投稿し、これを書いています。

 最近娘と買い物をしていて、わたしが買っても、店員さんが娘に渡すことがあり、気に障ります。買った物も持てないように見えるのかしら? 

 もう少し体調を整えなくては、博多に来たってつまりません。夏バテがなくなれば、もう少しましになるでしょうけれど。

 帰りの電車は19時。

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『釜めしビクトリア』にて

『釜めしビクトリア』にて

 新天町の『釜めし ビクトリア』に来ています。早い夕飯です。

 えび釜めし、赤だし、美味しそうなので2人で焼き鳥を頼みました。

 ここの釜めしは、お持ち帰りできますよ。

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大画面では『トムとジェリー』

大画面では『トムとジェリー』
 
 昨日よりは体調がよくなったので、わあ素敵~とウィンドウショッピングを楽しめますが、椅子を見かけるといけません。

 座って動かないわたしに呆れて、娘はどこかへ行っちゃいました。

 岩田屋に来ています。何だかここへ来るとホッとします。何より椅子があるし!

 娘は婦人服売り場へ降りて、アーノルドパーマーの帽子を買って来た模様。

 さあ、これからちょっくらキッズのお洋服を見ませう。自作童話『不思議な接着剤』に出てくる3人の子供たちの服を描写するのに必要なの。

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昨日買った猫のブローチつけました~!

昨日買った猫のブローチつけました

 猫のブローチをボタン穴につけてみました。

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『珈琲舎のだ』にて 2.

『珈琲舎のだ』にて 2,

 調合後。

 前に来たときも記事にしましたが、大名、ツンドラの近くにあります。
 シックな、落ち着きのある喫茶店です。

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『珈琲舎のだ』にて 1.

『珈琲舎のだ』にて 1,

 アイスカフェオレ。これから調合するところ。

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発作疲れの朝ですが、まあ元気

おはようさん。

モントレ ラ・スールで迎えた朝。前の変な記事でご心配おかけしたとしたら、ごめんなさい。元気ですよ。

ここ、数年前と比べたら、もう一つのような……それでも、ビジネスにしちゃいいと思いますが、もう2,000円出してグランドにすりゃよかったかな。この2軒は近くです。

なんか今回は、小旅行には適さない体調だったみたいです。電車でも酔ったし。チェックアウトが12:00なのは嬉しいわ、ゆっくりしようっと! 何のために来たんだか。

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早く家に帰りたい(/_;)

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2010年9月21日 (火)

猫のブローチ

猫のブローチ

 衝動買いした猫のブローチ。どう? 可愛いらしいでしょ?

 猫がじゃれている玉は、真珠ではありません。2,100円ですもの。

 わたしの年齢で、これを実際に服につけたら、おかしいかもね。

 なんか、またニトロ使いたくなってきました。気分悪いわ。

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おにぎり~!

おにぎり〜!

 ランチが重かったので、夜は「あんまり入りそうにないわね、お蕎麦にでもする?」と、娘と迷いながら歩いていたところ、美味しそうなおにぎり屋さんの前を通りかかり、それに決めました。

 おにぎりを2個ずつ、パルコ1階のilly(だったかな)でアイスカフェラテを買い、そのあと新天町でスティックケーキも買いました。

 夫のお土産にはまだパジャマをかっただけ(これは必需品で、お土産にはなりませんわね)。

 わたしは衝動買いした猫のブローチ2,100円、書籍を文庫と新書とり混ぜて5,000円くらい。

 やっぱり、一番お金を使うのは本なしら。でも、案外書籍の衝動買いはしません。家でしっかり検索して、買うと決めたものを買いました。満足……。

 今回行きたい美術展も催し物もなく、ショッピングも厭きちゃった。ほしいもの、ない。わたしには、住んでいる街のデパートがあればいいみたいです。

 さて、入浴して本読んで寝ようっと! 家事しなくて済むのは楽です。帰って、早く執筆したくなりましたよ。

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やはり使いました

やはり使いました

 午後7時半くらいにジュンク堂で胸痛。

 舌下ですぐに治り、トイレへ行き、手を洗ったあとでハンカチを探していたら、大学生くらいの優しそうな女性が微笑してハンカチをどうぞ、と差し出してくれました。

 すぐにハンカチが見つかったので、ハンカチは借りませんでしたが、こちらも笑顔でお礼をいいました。嬉しかったわ、とっても……。

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ゴディバ

ゴディバ

 天神地下街のゴディバにて。 

 ダークチョコレートデカダンス。

 チョコと氷の粒子が漂っているようなドリンクです。チョコの風味がエレガント。

 パルコも地下街もお姉系の感じで、おばさんにはちょっと……。

 レイメイで猫のブローチ買いましたが。

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ツンドラのランチ 4.

ツンドラのランチ 4.

 ロシアンティ。

 スペシャルランチC1,900円+ロシアンティ160円でした。

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ツンドラのランチ 3.

ツンドラのランチ 3.

 シャシリック、牛肉の串焼き。お皿に描かれたトナカイを見ると、嬉しくなります。

 わたしはこれが大好き。朝から何も食べていなくて正解でした。

 前回は違うメニューでしたが、こんなに美味しいのに完食できませんでしたから。

 博多にくると、ここと釜飯のお店ビクトリアには行きたいと思うのです。

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ツンドラのランチ 2.

ツンドラのランチ 2.

 娘はピロシキをチョイス。

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ツンドラのランチ 1.

ツンドラのランチ 1.

 大名のツンドラに来ています。

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天神~!

天神〜!

 かつての岩田屋がパルコになったのね。

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2010年9月20日 (月)

更新のお知らせ。山本和夫編『ジュニア版 世界の文学 35 世界名詩集』(岩崎書店、昭和44年)より。

 3月以来放置状態だった、トップページ設定の『★当サイトで紹介した作家、思想家一覧』を更新しました。
  ⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/09/post-5dc3.html

 また、検索でアクセスしてくださるかたの多い以下の紹介記事を左サイドバーに設けましたので、ご利用ください。

 山崎栄治によるリルケのフランス詩篇『薔薇』は薫り高い名訳ですが、現在は入手しにくくなっていると思います。紹介せずにはいられませんでした。ほぼ毎日のように訪問者があるのは嬉しいことです。このような詩の読者が増えれば、索莫としたわが国のムードもよい方向へ変わるのではないかしら。

 純文学の匠の技で楽しませてくれるだけでなく、漠然と生きがちなわたしたちに理知的な骨格を与えてくれるバルザック。東京創元社から上梓されたバルザック全集は、バルザックの代表作が網羅された貴重な邦訳版です。版元での在庫切れが出てきているようですので、ほしいかたはお急ぎを!  時間を見つけて、一作ごとにレビューを書きたいと思っています。

 わたしが子供の頃に親しんだ講談社「世界の名作図書館」全52巻。この全集にしか見当たらない『魔法つかいのリーキーさん』のような作品はじめ、全集名でもアクセスが結構あり、驚いています。やはり、よいものは人間の記憶に長く残るのですね。現在、この全集は妹宅にあり、わたしの家には岩崎書店「ジュニア版世界の文学」があります。

 「ジュニア版 世界の文学」収録作品一覧も、なるべく早いうちに表示したいと思っています。ジュニア向きによく編集された全集だと感心します。特に第35巻の山本和夫編『世界名詩集』(昭和44年)には、世界の名詩がよく掬いとられていて貴重だと思います。様々な状況下にある土地、土地で詠われた詩からは、文化が透けて見え、血潮とみずみずしい精神の薫りがします。

母ちゃん、ぼく今朝
ポケットにくるみをどっさりいれて
学校へ行くとき
道でかわいい女の子にあったよ
その子は母ちゃんの焼くお菓子みたいに
とってもかわいかったよ 

 と始まる山室静訳『小さいマイヤ』という可愛らしい詩がわたしは好きでしたが、トペリウスの詩だったことに、たった今読み返して気づきました。マイヤはどうやら春の化身のようです。

 中国、インド、アフリカなどの詩も多く含まれています。

 人種差別問題は今もなくなりませんが、以下にご紹介する『苦しみのとき』を書いたセネガルのディオプは医師だと解説にあります。山室静訳です。

白人はわたしの父を殺した
わたしの父は誇りが高かったから
白人はわたしの母をはずかしめた
わたしの母は美しかったから
白人はわたしの兄を白日のまちの通りでかたわ者にした
わたしの兄は強かったから
しかも白人は黒人の血にそまった
その赤い手をわたしにむけて
主人顔していう
おい、ボーイ、ハンケチと水をもってこい!

 ジュニアのわたしは黒人の立場で読みましたが、今では微妙です。どちらの立場でも読んでしまえるからで、こういう詩を読むと、苦しくなりますが、当時はわあー悲惨と思って軽く通り過ぎてしまい、むしろヴェルレーヌの詩にいたく感激し、上田敏訳『落葉』『都に雨の降るごとく』は暗唱しましたよ。 

都に雨の降るごとく
わが心に涙降る。
心の底ににじみいる
この侘しさは何ならん。

大地に屋根に降りしきる
雨のひびきのしめやかさ。
うらさびわたる心には
おお 雨の音 雨の歌。

かなしみうれうるこの心
いわれもなくて涙ふる。
うらみの思いあらばこそ。
ゆえだもあらぬこのなげき。

恋も憎みもあらずして
いかなるゆえにわが心
かくも悩むか知らぬこそ
悩みのうちのなやみなれ。

 肉体に囚われた詩人の魂が羽ばたこうともがいているかのよう。美しい詩です。

 次の堀口大學訳、ジャン・コクトー『シャボン玉』には驚かされました。よくこんな詩が作れたものです。

シャボン玉の中へは
庭は這入れません
まわりをくるくる廻っています。

 そういわれればそうなのですが、あっという間に消えてしまうシャボン玉を、こんな風に描ききるコクトーという人間の精神の不思議さに打たれました。

 次の詩も忘れがたいですね。海に行くと、必ずこの詩を思い出します。コクトーの詩を読むと、幻想的な空間が際限なく拡がっていくようです。

私の耳は貝のから
海の響をなつかしむ

 酒仙、李白の詩をジュニアのわたしは、ふん、と思っただけでしたが、今は惚れ惚れします。道士の修行をしただけあって、雄大ですわ。李白の詩からは、芳醇な老荘思想の香りがしますわね(わたしは結婚後はほとんどお酒を呑まなくなったせいか、酒呑みは嫌いです。李白みたいな酒呑みって、いませんもの)。

 酒呑みの詩では、大学時代に小川亮作訳のオマル・ハイヤーム『ルバイヤート』に夢中になりましたが、ペルシアの詩人ハイヤームって、大変な学者だったんですよね、酔いも覚めるほどの……。

 『世界名詩集』に収録されている山本和夫訳、李白の7編は、ジュニアにも読みやすいものとなっています。『月下でひとり酒をのむ』は『月下独酌』ですが、以下にご紹介しておきます。

わしのまわりを、
花、花が、ぐるりと、とりまいとるが、
ひとりで飲むとは、
味気ないもの。
盃を、
なめているうちに月が登った。

やッ、わしの影も飲んでるぞ。
わしと、影と、月と。
――これじゃ、わしも、ひとりぼっちじゃないな。
――いや、いや、やっぱり侘しい。
月は飲んじゃいない。
影は、わしの真似をしているだけだ。

ういッ。
――まあ、いいわ。
楽しいといえ! うん、楽しい。
やっぱり春じゃ。
――歌うこととしよう。
はっはっはっ、わしが歌えば、
月め、ほら、よろめいてござる。
見ろッ。影め、おどり出しよった。月もおどり出しよった。
やっぱり、春じゃ。
春じゃのう。

ああ、酔うた、酔うた。
わしはな、わしは、
わしの行きたい所へいくぞ。
あばよ。
――月め、どっかへ消えちまえッ。
わしの影よ。
――おまえも、どっかへ、いっちまえッ。
ういッ。
ねむい。
月よ。
影よ。
こんどは、天の川のむこうあたりで、また、めぐりあって、おどるとするか。  

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2010年9月19日 (日)

挽肉と春雨の炒めもの - 前田侑子先生レシピ,トマトサラダ オレンジ風味 - 宮内好江先生レシピ

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 昼間はまだ暑いけれど、日が落ちると涼しくなったせいか、フライパンや鍋を扱うのが苦痛ではなくなりました。メインディッシュは前田侑子先生のレシピ『挽肉と春雨の炒めもの』を参考にしました。 

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 「毎日のお惣菜シリーズ4 肉料理」(婦人之友社、1986年)からご紹介します。

[材料・4人分]

restaurant 春雨は、中国製の緑豆春雨を使って下さい。

  • 豚挽肉……200g
  • 春雨……50~60g
  • 長葱(みじん切り),生姜(みじん切り),にんにく(みじん切り)……合わせて大匙2杯
  • サラダ油……大匙2~3杯
  • 豆板醤……小匙1杯
  • スープ……3カップ
  • 酒大匙1杯
  • 醤油……大匙2~3杯
  • 片栗粉……大匙1~2杯
    水……大匙2~3杯
  • 胡麻油……少々

[作り方]

  1. 春雨はもどし、切っておきます。
  2. 長葱、生姜、にんにくのみじん切りを香りよく炒め、豆板醤を加えます。
  3. 挽肉を加えて炒め、すっかり色が変わったら、スープを入れます。
  4. 煮立ったらあくをとり、酒、醤油で濃いめに味をつけ、春雨を加えます。
  5. 少し煮こんでから、水とき片栗粉でとろみをつけ、胡麻油をふりかけます。

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 宮内好江著「世界43か国のサラダレシピ114」(グラフ社、2010年)のレシピ『トマトサラダ オレンジ風味 を参考にしたサラダですが、わたしはオレンジの皮を使わず、実を入れてみました。すると、デザート感覚のサラダになりました。フランス、プロヴァンス地方のサラダだそうです。レシピをご紹介します。

[材料2人分]

  • トマト……2個
  • オレンジの皮……1/2個分

    ドレッシング
  • オレンジの果汁……大さじ2
  • レモン汁……大さじ1
  • オリーブ油……大さじ1と1/2
  • 砂糖……小さじ1/4
  • 塩・こしょう……各少々

[作り方]

  1. トマトは皮を湯むきし、縦に8等分に切ります。
  2. オレンジの皮は黄色い部分をせん切りにします。
  3. ボールにドレッシングの材料を入れ、よく混ぜ合わせます。1と2を入れて混ぜ、冷蔵庫で充分に冷やしていただきます。

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 さっと湯でて刻んだオクラに卵の気味をのせました。一味唐辛子としょうゆをかけて。

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2010年9月18日 (土)

米なすと豚肉のごまあえ - 土井善晴先生レシピ

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 土井善晴先生のレシピ『米なすと豚肉のごまあえ』を参考にしたサイドディッシュが、抜群の美味しさでした! 「週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.27」(デアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。

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[材料・2人分]

  • 米なす――1個(300g)
  • 豚細切れ肉――100g
  • 練りごま――大さじ2
  • しょうゆ――大さじ1
  • 酢――大さじ1

[作り方]

  1. 米なすはへたを切って5㎜幅のいちょう切りにする。
  2. 鍋に湯を沸かして酢を入れ、なすと豚肉をそれぞれゆでて冷まし、しっかりと水けをふき取る。
  3. ボウルに練りごまとしょうゆを入れて衣を作り、なすと豚肉を加えてあえる。

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2010年9月17日 (金)

おすすめバルザック ②素敵な爺さん、ちょっとしたシーンの魅力

INDEX aquarius

①わあ、東京創元社・バルザック全集の在庫がある~!
 
http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/08/post-0738.html
②素敵な爺さん、ちょっとしたシーンの魅力
 
http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/09/2-5813.html

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 アクセス解析を見ると、検索ワードに《バルザック全集》と打ち込んで当ブログにお見えになるかたがたが結構あるので、東京創元社のホームページ[http://www.tsogen.co.jp/np/index.html]を訪ねてみた。

 すると、を書いてから1月半も経たないうちに、在庫なしが出ているではないか。在庫なしになっていたのは、以下の2巻。

  • バルザック全集〈1巻〉
    ふくろう党 Z・マルカス
  • バルザック全集〈14巻〉
    浮かれ女盛衰記〈下〉 ガンバラ マッシミルラ・ドーニ

 あわわ、これはいけない。バルザックファンとしては、版元の在庫なしという表示ほどせつないものはない。

 現在とり組んでいる自作童話が仕上がった暁には、ゆっくりバルザック全集を一巻、一巻読み直し、未読のものは勿論読んで、レビューを書こうなどと思っていたのだが、甘かった。

 今はレビューを書いている余裕がないが、取り急ぎ、中規模の作品のなかから、引き締まった傑作3作品をおすすめしておきたい。

 『シャベール大佐』『ラブイユーズ』『人生の門出』がおすすめ作品!

 このうちのどれかに、読み始めたときにはしょうもない爺さんと思え、読み進むうちに魅力的に思え出し、ついには惚れ惚れしてくるという人物が出てきたと思うのだが……。

 「ロジーヌ」と、老人は優しい声で続けた。「わたしは、もうあんたをうらんではいないよ。何もかも忘れることにしよう」と、常に美しい魂の反映である柔和な微笑を浮かべながら、彼は付け加えた。「わたしは、もう自分を愛していない女に、愛の真似事を求めるほど野暮ではないよ」

 『シャベール大佐』からの抜粋だが、うーん、この爺さんだったかしらん、わたしの求める爺さんは。

cherryblossom 『シャベール大佐』は文庫版でも出ています。

 何しろ、バルザックの作品群には爺さんがぎっしり詰まっているので、作品名を忘れてしまうと、再び目当ての爺さんにお目にかかるのは至難の技だ。バルザックの作品では、ちょい役にも魅力を発散している人物が沢山いるので、本当に1度はぐれたら大変。

 以下の『ウジェニー・グランデ』からの抜粋なども、吝嗇家グランデの年輪を想わせるナンともいえない一節なのだが、これを書いたとき、バルザックは34歳だったというのだから、あっぱれではないか。この抜粋は、読みなれた角川文庫版の竹村猛訳。

グランデは時折こう考える――この哀れな女はどんな悦ばせの言葉も身に受けたことはないし、女が男に与える甘い気持ちもついぞ知らず、結局処女マリアその人よりも清浄の身のままで神の庭に立てるのかもしれない、と。そうして、グランデは憐れみにかられると、じっと彼女を見つめては、「可哀そうに、ナノン」というのだ。するときまってこの老女中は、何ともいえない眼差を彼に注ぐのだった。

 ヘラクレスのような大女ナノンは、味のある人物で、以下のちょっとしたシーンなども忘れられない。ナノンが客人シャルルの部屋着を貰うシーン。

 ナノンは、金色の花をあしらった古代模様の緑の絹の部屋着をみると、すっかり感心してしまった。
「これを着ておやすみになるんですかね」と、彼女は言った。
「そうだよ」
「なんとまあ。教会の祭壇のお飾りがこれでつくれますよ。ねえ、これは教会に差しあげなさいまし。そうすれば魂が救われます。さもないと魂に罰があたりましょうに。でも、ほんとに、そうしていらっしゃると、なんてお似合いになるんでしょう。お嬢さまにも見て貰うように、ちょっといって呼んでまいりますね」
「ねえ、ナノン、ナノンといったね、君は。おだまりよ。僕を寝かせておくれよ。荷物は明日かたづけるよ。僕の部屋着がそんなに気に入ったのなら、それで君の魂を救ったらいいさ。僕はお人好しだから、歸る時には君にあげないわけにはいくまい。君のすきなように使ったらいいさ」
 ナノンは、この言葉を信じることができず、釘づけになったようにつっ立ったまま、シャルルの顔を眺めていた。
「わたしにこんなきれいな衣裳をくださるなんて」と、彼女は部屋を出ながら言った。「もう夢でも見ておいでだね、こちらさまは。――では、おやすみなさいまし」
「おやすみ、ナノン」

 わたしもナノンと一緒に美しい部屋着を見、それを着たシャルルの伊達男ぶりを想像して、うっとりとなってしまった。このでかのナノンは後に幸福な結婚をする。

 『ウジェニー・グランデ』はバルザックの初期の代表作といってよい傑作なので、いろいろといいたいことがあるのだが、今は余裕がない。

 一つだけいうなら、受け継がれる習慣、遺伝といった人間の意志ではいかんともしがたい不可抗力の作用ともいうべきものがどう人格形成を手伝ったかを、バルザックほど描き出せた作家はいないだろう。バルザック独特のユーモアもふんだんに発揮された作品で、冷酷と面白さと……おすすめせずにはいられない。

 バルザック全集では『ウジャニー・グランデ』は5巻に収録されている。

バルザック全集〈5巻〉
ウジェニー・グランデ 現代史の裏面
水野亮 訳
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488019051

 ちょっとしたシーンといえば、『村の司祭』における以下のシーンもなぜか印象に残る。

彼は、ちょうど今一番下の見晴らし台の角で葡萄蔓に蔽われた東屋に腰を下している司教を、さがしているのだった。司教は、そこにきて、夕暮時の快い美しさに浸りながら、食後の果物を味わっているのだった。

 この描写から、司教が受けている待遇、教養の度合い、年齢域まで読みとれる気がする。デザートのシーンの優雅さからは、キリスト教会の権威が迸らんばかり。その後、司教はある報告を受けて動揺を覚える。

 これらの言葉に動揺を覚えた司教は、葡萄の房を手に持ってつまんでいたのを荒削りの木の卓に置くと、指を拭って、二人の司教代理に腰を下すよう、合図をした。 

 そして、司教のそばに若い僧侶が座り、葡萄を食べるシーンが描かれるが、それは司教の品格との違いを際立たせる。

 魅力的な容貌を持つこの若い男は、卓の上に右肘をつき、陪食者の、或いは寵愛を受けている者の気楽さとなれなれしさを見せながら、その真白い手を無頓着に葡萄の房の上に落としては、房の中から一番熟した焦茶色の粒を選びとっていた。

 何気ないけれど、バルザックの巧みな観察を感じさせるシーンが作品には散りばめられていて、尽きせぬ魅力となっている。

バルザック全集〈21巻〉
村の司祭 ルイ・ランベール 海辺の悲劇
加藤尚宏/水野亮 訳
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488019211

 バルザックを読むと、子供から老人まで、様々な年齢域にある男女の特徴や魅力に改めて気づかされ、教わる気がする。『村の司祭』は殺人事件を抱き込んだ異様なところのある物語だが、主人公ルイの哲学的思索を展開する『ルイ・ルンベール』は難解でありながらもミルクのような豊潤な味わいのある作品で、これもおすすめ。

 ちなみに、沢山あるバルザック作品のあらすじを教えてくれる藤原書店から出ている以下の本は、わたしには必需品です。便利ですよ。

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今、使ったぶん

今、使ったぶん

 朝の薬まで待てなかった。圧迫感。

 パトラッシュ(わたしの心臓のニックネーム)のやつ、ニトロをドッグフードと間違えてるな。

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昨日、デパートで使ったぶん

昨日、デパートで使ったぶん

 向かって左側のはまだ入っている。

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ニトロでまあ戻った体調。息子からの電話。

 体調ブログみたいになっていますが、あのあとニトロペン舌下でかなり元気になり、贈り物は迷いが出て決められませんでしたが、ワゴンのタオルケットとピロケース、食材も買いました。

 贈り物は博多で買うことになりそう。

 ニトロで戻ったとはいえ、心臓、よほど疲れているのか余力がなさそうなので、帰宅後は横になっていました(また寝ますけれど)。

 週末には長期出張に出かける予定の息子から、電話がありました。

 送ってくれるはずの化学雑誌が届かないので、江戸から飛脚を使ったのかと尋ねたら、息子は笑って、まだ送っていないのだそうで……。

 急ぐものではないだろ、と息子はいうけれど、首を長くして待っているというのに。

 息子が博士課程でやっている研究分野はマイナーで、世界でも研究者が少なく、日本と世界での人数が、ちょうど神智学協会の会員数と同じくらいだったのには苦笑してしまいました。

 わたしは大学院には行っていないので、学会というものを知りませんが、神智学の集会や大会で行われているやりかたは、息子から聞く学会にそっくり。

 神智学の会員には知識人が多いようなので、実際の学会が参考にされていても不思議ではないし、個人の研究を基本としながら、プールされた過去の研究データ・論文を参考にする一方では、それに貢献していくという自ずから生じるシステム上、似てくるのも不思議ではないのかも。

 というより、本来、神智学で扱っているような分野[※比較宗教、比較哲学、比較科学、未だ解明されない自然の法則と人間に潜在する能力を調査研究すること]は本来、学問の王道だったはず。少なくとも、エジプトのアレクサンドリア図書館が機能していた頃までは間違いなく……古代のお話になりますかしら。

 エジプトといえば、最近エジプト関係の本を読みすぎて食傷気味。魔術色が強すぎると感じられるエジプト古代文明が、わたしはあまり好きではないのかも。といっても、その正体はわからなさすぎますが……。

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2010年9月16日 (木)

デパートの椅子はありがたい

 だいたい体調が戻ったと思い、休日の夫に送り迎えを頼んで、中心街に出てきました。

 家賃の振り込み、買い足す必要のあるタオルケット1枚・ピロケース2枚、来週博多で会う予定の女友達にちょっとしたものを贈りたい……といった用事で、元気でさえあれば、半時間もあれば、楽しみながら済ませられるところです。

 でも、1時間は経つのに、駐車場から銀行経由でデパートに来るだけでいっぱいいっぱいになり、椅子で休んでいます。

 歩くと、息切れがし、フラフラしてくるのです。数日家で悩まされた症状と同じですね。左腕が変にだるいのは、冠攣縮性狭心症の前触れでしょう。

 この記終えたら、早めにニトロを舌下します。外出中なので、殻は撮影しませんが。

 ちなみに、なぜ殻を撮影するかというと、先生にニトロを何錠使ったかを報告するときに便利だからです。ブログを開いて体調のカテゴリをクリックし、殻の写真を数えればいいので。このアイディアを思いつく前は、使用の記録漏れが頻繁にありました。

 フラフラする頭で携帯打つのも容易ではありません。疲れてきました。当然今日は料理は無理なので、外食か弁当です。

 こんな体調だと、博多に行くのも億劫になりますが、元気になるのを待っていると、いつになるかわからないし、寒くなればなったで、杖が要ったりしてね。

 さあ、長く休んだんだから(1時間半!) 鞭打って用事を済ませましょう。

 椅子って楽園みたいだわ。寝具売り場のワゴンに安いタオルケットとピロケースが出ていないか、これから見に行くんだけど、展示用のベッドに寝たい気持ちを堪えなければならないのは必至。

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2010年9月15日 (水)

豚肉の青じそはさみ焼き - 「あっさり味のおかず」(主婦の友社)より

今日の夕飯

 前日からこの日の夕方にかけて体調が悪かったせいか、回復してからの料理の楽しかったこと!

 料理って、まさに生きる意志、生きている証し、大自然の恵みだと実感しました。

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 メインディッシュは『豚肉の青じそはさみ焼き』を参考にしました。「あっさり味のおかず」(主婦の友社、平成19年)からレシピをご紹介します。

[材料・2人分]

  • 豚薄切り肉(しょうが焼き用)――8枚
  • 塩・こしょう――各適量
  • 青じそ――4枚
  • なす――2個
  • ズッキーニ――1本
  • オリーブ油――小さじ2
  • あらびき黒こしょう――適量

[作り方]

  1. 豚肉は手のひらのつけ根で軽くたたいて両面に軽く塩、こしょうを振る。青じそは軸を除いて縦半分に切る。豚肉2枚の間に青じそを互い違いに並べてはさむ。
  2. なすとズッキーニはそれぞれ縦に4等分して長さを半分に切る。
  3. フライパンにオリーブ油を熱し、②を炒める。火が通ったら軽く塩、こしょうを振って器に盛る。
  4. そのあとのフライパンに1を並べ入れて両面をソテーする。
  5. 器に盛り、あらびき黒こしょうを振る。

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かぼちゃ~!

かぼちゃ〜!

 何とか回復して、料理以外の家事もこなし、ただいま楽しく料理中♪

 かぼちゃ、できたわ~! メインは豚肉の青じそはさみ焼き。

 まだ家族は帰宅していません。おなか空かせて帰ってきてね。

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いっぱいいっぱい

いっぱいいっぱい

 洗濯をして干し、洗面所とトイレの掃除を終えたら、もういっぱいいっぱいで、ヨロヨロと寝室に来ていました。

 これ以上動いたらまたニトロがいることは間違いないので、休憩。

 しばらくして、自作童話のある場面が浮かんだので、起き上がってメモしました。それだけでドッと疲れ、また寝室へ。

 今日はすずしくて、今のところはエアコンなしで過ごせます。曇り空から射してくる柔らかな光が快いです。

 今日はもう午後ですが、休憩を大きくとりながら、創作と家事を交互に行う予定。

 夕飯の材料にしょうが焼き用の豚の薄切りを買ってありますが、簡単に焼くか、紫蘇の葉をはさんで焼くかで迷いそう。

 そういえば、ハーブの月桃は安全性が高く、優れた消臭・抗菌作用があるそうなので、昨日の秋刀魚のしつこい臭いにシュッシュッてしてみたら、ホント! 

 ペールもレンジも月桃のほのかな匂いだけになりました。これは使えそう。消臭・抗菌専用の月桃水を作っておこうかしら。

 ここまで打ったら、心臓がまた重くなったけれど、ニトロ使わずに休憩だけでよくならないか試します。


 ……と書いた直後に強い圧迫感が起き、結局使いました。

 胸の中はいくらかすずしくなりましたが、心臓から背中にかけてひどく凝ったような感じがとれません。ちょっと泣きたいくらいです。もう1錠使うべきかしらね? 使いすぎて、ニトロ、なくなりそうだわ。

 どうも心臓、お疲れの模様。こんな状態の心臓と20年以上も一緒で、もう厭きちゃった。なんていっちゃいけませんよね。今後も二人三脚で頑張らな。

 エジプトの雑誌の上に、ニトロ専用ペンダントとニトロの殻を置いてみました。

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散々な朝

 何回になるのか、携帯からばかり。

 目が覚めると胸が苦しく(心臓が平べったくなっているイメージ)、家族が出かける寸前だった。

 娘はわたしが起こさなかったせいで寝坊し、朝シャワーもできず、プンプンしていた。夫はテーブルにあったパンを食べたようだが、娘は食べるどころではなかったみたいだ。

 たまに起こしそびれても、うまくいくこともあるのだが、今朝は失敗。

 わたしは具合が悪かったことを家族にいえないし、ニトロを舌下する姿さえ見せたことがないので、ただのグータラ主婦にしかうつらないと思う。

 あまり賢いやりかたではないとわかっているけれど……犬年のせいか、隠しているみたいにして病む。ブログにはなんでも書いてしまうのに。

 でも娘はわたしの入院中は完璧な頑張りを見せ、夫はわたしが振り当てた唯一の担当のゴミ出しさえ、サボって娘にさせていた。

 ゴミ出しは夫に続けて貰っている。同じ状況になったときのための訓練だが、成績は月の半分は赤点で、この状況はずっと変わりそうもないが、ちょっとした買い物や銀行などには嫌がらずに行ってくれるようになった。図書館にも行ってくれて助かる。

 夫の定年後、童話作家になって家計を助けるなんて夢物語だが、今のわたしの体調でできることは家事が何とかと書くことくらいなのだ。まあ創作するのは打算や理屈ではなく、あえていえば習性だけれど。

 今日はニトロ使いたくないが、まだ調子悪い。夜中はつらかった。

 でも、自作童話はこれまでの文体の修正を終え、プリントアウトまでできた。冒険に入るまでで、400字詰換算105枚。枚数の調整は書き終えてからだ。

 児童物だから、文体は特に大事だ。統一できていなかったことがあって、ひどく気になっていた。会話の入る部分。

 起きると疲れるけれど、寝ていても胸が苦しいので、さあ起きてみよう。

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そうなんしそうにねむい

そうなんしそうにねむい

 ご心配なく。効いてきましたから。遭難しそうに眠いの

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これで効かなきゃ

これで効かなきゃ

 ニトロペン舌下した時点では、これで効かなきゃ救急病院に行く……と思っていましたが、効いてきました。

 でもまだ心臓灼けていて苦しいわ。長引く心臓の不調にうんざりです。

 ニトロの殻がのっているのは、CGでファラオのお顔が拝める雑誌。ピラミッド・神殿編もあるんです(これは素敵だった!)。

 まだ灼けてるわ、ぐるしいな、ちくしょう。

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2010年9月14日 (火)

きゅうりとわかめの酢のもの - 土井勝先生レシピ

秋刀魚〜♪

 今秋は高い秋刀魚。秋刀魚が高いのは寂しいですね。いくらか安くなったところを買いました。美味しい、貴重な秋刀魚でした。

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 以下は、土井勝先生の『きゅうりとわかめの酢のもの』を参考にしました。

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 「土井勝 日本のおかず500選」(テレビ朝日コンテンツ事業部、1995年)からレシピをご紹介します。

[材料・4人分]

  • きゅうり1本,塩少々
  • しらす干し30g
  • わかめ(もどしたもの)40g
  • 紅たで少々
  • 三杯酢大さじ3
    1/2カップ分=酢1/2カップ,砂糖大さじ1と1/2,塩小さじ1/2,薄口しょうゆ小さじ1/2
      

[作り方]

  1. きゅうりは薄く輪切りにし、薄い塩水に5~6分つけ、しなやかになったら水気をきり、さらにふきんで包んで軽く水気をとります。
  2. しらす干しはざるに広げ、熱湯をかけてそのままさましておきます。
  3. わかめは水気をきって堅い筋を除き、食べやすく切ります。
  4. ①~③の材料をいただく直前に三杯酢で和え、小鉢に盛って和えた三杯酢を少量かけ、紅たでを天盛りにします。

 わたしは紅たでは省略しました。

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うう、飛ばしすぎた!

うう、飛ばしすぎた!

 体調的に無理を感じながら、ジオシティーズのリンクを外した画面で、メモ帳開いて自作童話の文体修正をやっていたところ、文字化けしてしまいました。

 エンコードの問題だろうと思い、あれこれいじりましたが、うまく直らず、すっかりムキになってしまいました。

 結局文字化け部分を削除し、張り付け直しました。文体修正より、そちらにてこずって、そうこうするうち、胸が苦しくなり、おなかパンパンに。

 お昼にパンとジュースを飲んでなにも口にしていなかったので、これは単なる消化器症状というのではなく冠攣縮性狭心症の発作だろうと思い、ニトロ舌下。

 時間が余れば、ストーリーを進めるつもりだったのに、今は料理さえしんどい状態。作りますけれどね……秋刀魚焼くんです。

 今日は安静を心がけるべきだったのに、飛ばしすぎました。先に進むためにも、文体の修正を早く済ませたくて。また体調、崩れました。

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かなり回復

 午前中の家事を済ませてしまおうと、朝の食器の片付け、洗濯、掃除機かけをしていると、息切れがし、心臓が灼けたので、9時過ぎに終えたあと、寝ました。

 途中何度か目が覚めながらも、お昼まで寝ていました。お昼の薬を飲み損なうと、体調に影響するので、起き、パンとオレンジジュースでお昼ごはんを済ませて薬を飲みました。

 最近になってようやく気づいたのですが、案外、わたしの体調不良は、このお昼の薬の飲み忘れが発端となることが多いようです。

 心臓にかけては腕のよさで評判の先生が、今のわたしにぴったりの薬の種類と量を選んでくださっているということですね。感謝しながら、きちんと服用しなければと思いました。

 薬の飲み忘れに、オーバーワーク(わたしにとってのオーバーワークです。買い物に出かけるくらいのことでも、わたしにとっては大変な負担になり、情けなく思っています)が重なると、覿面、心臓がくたびれて心不全の症状が起きたり、冠攣縮性狭心症の発作が起きたりするというわけです。

 創作に熱中すると、生活が不規則になって疲れがたまったり、薬の飲み忘れが起きがちです。この時点で一旦休養を設ければいいのですが、それでも創作から離れられないと、一気に体調不良状態に突入です。

 朝と夜の薬を飲み忘れることはないのですが、お昼の薬を飲み損なうことはちょくちょくあります。夕方になって胸苦しさを感じて慌てて飲むこともよくあり、そうすると、夜の薬の服用が遅れたりして、体調も乱れます。

 昨日からのめまいと心臓の疲れは暑さが原因だとは思いますが、こうした乱れが先にあったように思います。

 これから、中断していた自作童話の文体の修正をする予定。全部済ませてしまいたいところですが、疲れたら寝ることにします。

 ストーリーを先に進めるには、もう少し体力がいるので(インスピレーションがわくにふさわしい健全な体の状態が必要です)、適度な作業です。夕方の家事までの貴重な時間……。

 NHKをつけているのですが、民主党の代表選が始まるようです。現在、小沢前幹事長のスピーチ。うーん、この危ない代表選、どうなるのかしら。

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マラソンした気分の心臓

マラソンした気分の心臓

 3時半にぽっかり目が覚めたときは心臓の機嫌もよかったのですが(昨日のめまいの名残か、軽い吐き気がありました)、起きているうちに、マラソンでもしているみたいに心臓が灼けます。別に息は荒くありません。

 マラソンをしているわけでもないのに心臓が灼ける気がすることはわたしにはよくあって、そんなとき頻脈が出ていることもあれは、頻脈を感じないこともあります。それでも、いくらか出てるかな……。

 狭心症の発作ではないように思いましたが、心不全(心臓の能力低下)の症状にもニトロは効くはずなので、使いました。何かあったらニトロを使ってみるようにと循環器の先生はおっしゃいますので。

 いくらかましになりました。まだ少し灼けて、息苦しいわ……。

 目が覚めたときは心臓の機嫌がよかったので、娘が買ったベージュ色のフレームをした眼鏡のことや、まだ高いけれどいくらか安くなったので買った秋刀魚のことに絡めて、三橋鷹女の秋刀魚の俳句を紹介するつもりでしたが、起きていると妙に疲れるので、また今度。

 今日も日中暑いと昨夜のニュースでいっていましたっけ。

 今日は自身に多くを望まず、家事と安静につとめたいと思います。

 寝ていても心臓灼けるかもしれませんが、ニトロの連続使用で乗り切ろうと思います。こんなときはテープがよさそうです……肌が弱くさえなければ、使えるのですが。

 勿論調子が戻れば、創作にゴーですよ。

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2010年9月13日 (月)

めまいがします

 家族で中心街に出かけたのはいいけれど、今日は心臓に力がないせいか、めまいがします。携帯も打ちにくい。気を抜くと、地面に寝そう。

 娘の眼鏡選びにつきあい、フレームが決まったところで、先にお店を出、デパートの椅子で休んでいます。歩くと胸が苦しく、めまいがして困ります。

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暑さが応えるわ

暑さが応えるわ
 
 息苦しさにニトロペンを使ってみた。

 昼間も暑さにノックアウトされ、創作の予定が台無しだった。呪いみたいな暑さだ。

 軽い心不全気味なのか(以前、総合病院にかかっているときは、よくその症状が出ているといわれた。心不全といっても段階がいろいろ)、心臓に顎があるとしたら、その顎が出ている感じ。心臓が犬だとしたら、舌がだらんと出ている感じ。

 創作は無理でも、読書はできる。

 注文していた『ユダヤ古代誌』が届いた。返却日を気にせずに、調べたいときに調べることができるのは嬉しい。

 この現代感覚にマッチする著者ヨセフスとイエスが同時代人だと思うと、考えさせられることは多い。

 モーセの一神教とアテン信仰における一神教の性質を照らし合わせてみたいが、わかっていないことが多すぎる。

 エジプト関係の本は目下図書館から8冊借りている。

 その中に、TBS『日立 世界・ふしぎ発見!』でも採り上げられたらしいオンム・サティと呼ばれた女性考古学者(彼女には、エジプトの巫女だった前世の記憶があったそうだ)にかんする本があり、異彩を放っている。

 エジプトの神殿図鑑と神々図鑑も借りているので、照らし合わせてみたい。

 童話の舞台を中世ヨーロッパ風に設定したために、異端カタリ派→グノーシス→原始キリスト教→モーセ→アテン信仰・ゾロアスター教と、下調べがずいぶん遡るはめになったけれど、童話の執筆に必要なだけのリサーチは既に終えたと思っている。

 しかし、わたしの今のコンディションでは創作は厳しいため、こちらの作業を進めているというわけだ。

 ナンにしても、暑さは心臓に応える。21・22日の博多行きまでには、涼しくなってほしいものだ(行けるの?)。

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2010年9月12日 (日)

昨日の夕飯

昨日の夕飯

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2010年9月10日 (金)

山岸凉子『テレプシコーラ』最終回の感想

 danger以下、ネタバレを含みます。 

 テレプシコーラ第2部が、第30回で最終回を迎えた。

 母親がバレエ教室を主宰する家庭に育った六花は、幼い頃から姉の千花と一緒にバレエの練習に励んできた。

 第1部は、自身のコンプレックスと姉の死という二つの人生の山を乗り越えた六花が、コリオグラファー(振付家)に対する適性を自覚したところで終わっていた。第2部は、高校1年――16歳――になった六花がローザンヌ国際バレエコンクールに参加し、風邪のために途中棄権を余儀なくされたにも拘らず、振付奨励賞を受賞、六花にその賞を出したN氏のHバレエ学校へ入学しようとするところで終わった。

 第1部が六花のコリオグラファーへの予感を描いた激動編だったとすれば、第2部はコリオグラファーへの門出を描いた飛翔編だったとでもいおうか……。

 『アラベスク』連載時にロマン主義的だった若き山岸凉子は、年月を経て開始された『テレプシコーラ』連載時には実証主義的となっていて、第1部には時事問題がふんだんに盛られていた。

 その一つが児童ポルノの問題で、須藤空美はその問題と絡んで出てきた少女だった。第2部に登場したローラ・チャンは、中国系アメリカ人ということになっているが、第1部で一家蒸発して姿をくらました空美を連想させる点が多々あった。

 第2部の主役ははたして風邪だろうか――と思えたほど、ローザンヌ国際バレエコンクールへ日本から向かった一行のうち、行動を共にする3人は、茜、六花、管野先生の順に風邪に見舞われた。

 しかし、それが第1部のような悲劇に重なることはなく、ストーリーはさして緩急をつけないまま、もたもたと進行し、そのもたつき加減がどこかユーモラスですらあった。

 結局、第2部では舞台がローザンヌ国際バレエコンクールに限定され、六花のコリオグラファーへの道筋をつけることにのみ目的が絞られていたかのようにして終わった。

 緊張感に満ち、危険を孕んで、読者に息つく間も与えなかった第1部から、第2部へと移行したとたんに、風向きが変わったといいたくなるくらいにムードが一変していたのだ。

 第1部で張られていた様々な伏線は放置され、ローラが須藤空美だったのかどうかさえ、杳として知れないままだった。

 ローラはゴールドメダルを獲得し、パリ・オペラ座バレエ学校への入学を選択する。彼女は将来、振付家となった六花とコンビを組んで活躍するバレリーナとなるだろうことが充分予想されはするのだが、空美か否かという真相は藪の中だ。

 第1部で前面に出て死闘を繰り広げた、強烈な個性と競争力を秘めた登場人物たちは第2部では背景へと退けられ、ユニークでどこかおっとりとした3人――六花、管野先生、茜――にスポットライトが当てられていた。してみると、彼女たちこそが「春の海ひねもすのたりのたりかな」ともいうべきムードを招いていたのだろう。

 なるほど、そのムードはローラの過去を暴き立てることとは相容れない。

 一読直後は、もし『テレプシコーラ』が第2部で完結を見たのだとすれば、竜頭蛇尾の感は否めないと思ったのだが、いくらか時間が経ってみると、第2部のよさが感じられてきた。

 弱肉強食ともいえるような冷厳な世界から、ケ・セラ・セラとでもいいたげな世界へ連れ出されて、この世というものの裏表を見せられたかのようだ。不思議な味わいの第2部だった。

 そして、第2部は、まぎれもなく第1部が産み落とした子供と読める。

 第1部では、ともすれば、自殺した姉の千花と一緒に宿命の渦へと呑み込まれそうだった六花は、試練のなかで力をつけ、自分の人生を支配できるまでに成長していたのだ。他者の思惑の錯綜する混沌とした世界は、六花の柔軟な意識がおいらかに包み込む世界へと変容していたわけなのだった。

 『アラベスク』第1部・第2部、『テレプシコーラ』第1部・第2へと続いてきた山岸凉子のバレエ漫画は、各部それぞれが趣の異なる花を咲かせて見事だったと思う。

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2006年10月19日 (木)
『テレプシコーラ』の千花から連想した『アルゴノオト』の井亀あおい
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2007年11月16日 (金)
いよいよ山岸凉子『テレプシコーラ』第2部が始まった!
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2008年8月10日 (日)
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2006年4月25日 (火)
レニングラード国立バレエ
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/04/post_b8af.html

2010年5月 1日 (土)
シネマ『パリ・オペラ座のすべて』を観て~芸術に関する国家的制度の違いに目から鱗
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2011年2月 8日 (火)
山岸凉子の新連載『ケサラン・パサラン』がスタート!new
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/02/post-ac34.html

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2010年9月 9日 (木)

鶏と栗のサラダ - 宮内好江著「世界43か国のサラダレシピ114」(グラフ社)より

今日の夕飯
 
 お魚は太刀魚の一夜干しなのですが、カレー粉を振って焼いてみました。夫に大受け!

 ジャガイモ大1個、玉ねぎ1/2個、水1カップ、固形スープ1個を鍋に入れて柔らかくなるまで煮、牛乳2カップを入れてミキサーにかけると、3人分にちょうどのスープができます。ミキサーにかけずに、塊を残したままでも美味しいですね。

 サラダは、宮内好江著「世界43か国のサラダレシピ114」(グラフ社、2010年)の『鶏と栗のサラダ』を参考にしましたが、レシピではお野菜がエンダイブ、トレビス、レタスと豪華です。

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 わたしはサラダ菜で。栗もコンビニに売っている甘栗で手軽に。胸肉は皮をとり、鍋に入れ、塩、水を加えて弱火で蒸し煮にし、薄く切ります。栗も薄く切ります。

 ドレッシングは2人分で、サラダ油大さじ2、赤ワインビネガー大さじ2/3、塩・こしょう少々。

 レシピではさらに、細かく割ったくるみを散らしてあります。

 レシピ通りに作ると、記念日やお客さまにもよい洒落たサラダになりそうですが、お手軽な作りかたをしても、とても美味しいですよ。

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ほぼ日ペーパー(ズ)再び

ほぼ日ペーパー(ズ)再び
 
 使いやすいので大好きなメモ張『ほぼ日ペーパー(ズ)』がまた出ていたので、買いました。6冊!

 まだ前のぶんがありますが、創作に、日常のちょっとしたメモに欠かせないので、多めに買いました。

 さあ、書くぞぅー!

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2010年9月 8日 (水)

アイスチャイ

アイスチャイ

 娘とアフタヌーンティーにいます。

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2010年9月 7日 (火)

今日の夕飯

今日の夕飯

 また『アボカドのスープ』を作りました。冷たく冷やして。

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Notes:不思議な接着剤 #64 屠られた仔羊イエス/ゾロアスター教

#64
2010/9/7(Tue) 屠られた仔羊イエス/ゾロアスター教

 『ゾロアスター教』について読むとわかるが、遊牧民族が犠牲式を行うのは、食べるためだ。

 わたしたちは、自分の知らないところで屠殺された動物を平気で食べている。

 インド人とイラン人が分かれる前の原インド・イラン語族は、屠殺という行為を神的な行為にまで 高めなければ、生き物が殺せなかった。食べることなど、できなかった。

 古代、世界中が神々に地のめぐみを供物として捧げてきた。分業が進んでいなかった時代に機能していた敬虔さ、正常な感覚だろう。

 戦争。次いで、人間同士殺し合う行為を犠牲式にする宗教行為が現われた。

 図式的にわかりやすいのはキリスト教だが(イエスは屠られた仔羊以外の何ものでもなかろう)、世界中で――わが日本でも――神に戦死者を捧げる儀式が執り行われるようになる。

 しかし現代。戦争すら分業となり、代替戦争や後方支援などで殺人行為に無感覚な人間がつくり出され、平気で他国人を殺して資源などの地のめぐみを奪ってそれを享受しながら、無垢な人間の如く、平和を声高に訴えたりしている。

 ゾロアスターの宇宙創成論は、先史時代――青銅器文化の時代――の人間が考えついたとはとても思えない高度さだ。

 ブラヴァツキーのいう、古代には人類の教師役を務める神的な存在(自然現象を神格化した神々とは違う。人間のOBとしての神的存在)が人間たちの間を歩いていたというようなことでも想定しなければ、歴史的な位置づけの仕様がないではないか。

 ゾロアスターの教えにある最後の審判(大復活のあとに行われる)について、メモしておかなければ。といっても長すぎるので結論のみ、以下にM・ボイス『ゾロアスター教 三五○○年の歴史』(山本由美子訳、講談社学術文庫、2010年)から。

 ゾロアスターはこのように、個々の審判、天国と地獄、肉体のよみがえり、最後の大審判、最結合された魂と肉体の永遠の生ということを、初めて説いた人であった。これらの教義は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に採り入れられて、人類の宗教の多くにおいてなじみのある項目となった。しかし、これらのことが、充分に論理的一貫性をもっているのは、ゾロアスター教においてだけである。
 というのは、ゾロアスターは、肉体を含む物質的な創造が善であることと、神の正義の揺るぎない公平さとを合わせて主張したからである。彼によれば、個人の救済は、その人の考えや行動の総量によるもので、いかなる神も、同情や悪意によってこれを変えるよう介入することはできない。そのような教義の上に、「審判の日」があると信じることは、充分に畏怖すべき意義をもち、各人は自分の魂の運命について責任をとるだけでなく、世界の運命についての責任も分かたなければならないとされた。ゾロアスターの福音は、このように高尚で努力を要するものであり、受け入れようとする人々に、勇気と覚悟を要求するものであった。

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腹部膨満感の形式をとる発作?

腹部膨満感の形式をとる発作?
 昨日から腹部膨満感に悩まされていたが、物凄いものとなったので、ニトロペン舌下。

 効いた。消化器症状もあって、おなかが(たぶんガスで)膨らんでいるのだが(パリエットとガスモチンの相乗効果があまり期待できなくなったのか?)、それだけでは苦しくはならないみたいだ。

 それとは別に冠攣縮性狭心症の発作が起きると、物凄い腹部膨満感が起きるのだ。それが証拠にニトロでスッとよくなる。

 ところで、このところ頻繁な心臓発作は、どうも暑さと関係がありそうだ。

 というのも暑いと頻脈が起きやすく、それがどうやら冠攣縮性狭心症の発作を惹き起こすみたいだから。わたしに特徴的な症状といえる。

 インデラルの服用が遅れたときに異様な腹部膨満感や心臓の圧迫感が起きることからも、それは裏づけられる。

 ところがインデラルには冠攣縮狭心症の発作を誘発する副作用があるから、この方面からも発作が起きている可能性がある。

 暑さ、寒さの刺激がなければいいけれどね。

 なんにしても、病気が悪くなったわけではないので、わたしの記録で心配くださっているかたはご心配なく。

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Notes:不思議な接着剤 #63 文体の研究と訂正/モーセの謎

#63
2010/9/7(Tue) 文体の研究と訂正中/モーセの謎 

 昨日は文体の研究と訂正をした(途中)。

 ヨセフスの描写する、モーセがテーブルに置いた12個のパンは、どうしたってイエスの12使徒を連想させる。

 預言に自身の行動を重ねようとするイエスは後世の脚色なのか、イエス独自のものなのか。

 フロイトの説で興味があるのは、モーセの創始した宗教と古代エジプト唯一の一神教であったアテン信仰を結びつけた点だが、彼の主張はそれだけではない。

 ジークムント・フロイト『新訳 モーセと一神教』(渡辺哲夫、日本エディタースクール出版部、1998年)を読んでいると、何かしらユダヤ人フロイトの鬼気迫る追究が伝わってくるようだ。

 ところで、モーセの神を火山神とする説がある。

 グレアム・フィリップス『消されたファラオ』(匝瑳玲子訳、朝日新聞社、1999年)によると、モーセたちのエジプト脱出の頃――紀元前14世紀前半――に活火山テラの噴火が発生した可能性があるという。

 確かに、エジプト人に起きたあの災厄は火山噴火の被害を連想させる。

「アテン信仰の唐突な興隆とエジプト脱出を巡る災厄は、どちらもテラの噴火が原因だった」可能性を著者は述べる。

 モーセの謎を追究することは、イエスとマグダラのマリアの運命を透視しようとすることでもある。

 この関連の読書を続けながら、今日は文体の訂正を終え、子供たちが――フクイティタンをモデルとした――竜の光(オーラ)を見る場面まで、ラフ・スケッチでいいから済ませてしまいたい。

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2010年9月 6日 (月)

今日の夕飯

今日の夕飯

 たらこスパゲッティ。

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2010年9月 4日 (土)

今日の夕飯

今日の夕飯

 メインディッシュは、いかのお刺身。上の白いのがいかで、下の白いのは大根です。

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Notes:不思議な接着剤 #62 『黄金伝説』から推理するマグダラのマリアの二つの運命 /ヨセフスの描くモーセ

#62
2010/9/4(Sat) 『黄金伝説』から推理するマグダラのマリアの二つの運命 /ヨセフスの描くモーセ

 一昨日は、これまでの部分の手直し[1]と、子供たちが鍾乳洞へ入る部分のラフ・スケッチ[2]。

 また、『黄金伝説』から推理できるマグダラのマリアの二つの運命、そしてモーセについて気になることがあり(特にフロイトのモーセ、エジプト人説)、調べ始めた。

 田辺保先生の『フランスにやって来たキリストの弟子たち』(教文館、2002年)から、以下に抜粋。

レンヌ=ル=シャトーをめぐる伝説では、この村は、マグダラのマリアがフランスに上陸後、移り住んだところとされています。実は、マグダラは、イエスの妻であって、二人の間には少なくともひとり以上の子どもがあったとされていわれます。南フランスのユダヤ人共同体にまぎれこんでマリアは子どもを育て上げ、その子孫が五世紀には、北方から進出してきたフランク族の王族のある者と結ばれて、メロヴィング朝(フランス最初の王朝)を創始したのだそうです。

 この伝説と、ヤコブス・デ・ウォラギネ『平凡社ライブラリー 578 黄金伝説2』(前田敬作・山口裕訳、平凡社、2006年)におけるマグダラのマリアと領主夫妻の間に起きる長々とした1件を重ね合わせてみると、以下の二つのストーリーが考えられる。

  1. イエスの死後、ちりぢりになった弟子たちのうち、マグダラのマリア派ともいうべき一行は、何らかの陰謀により舵のない船に乗せられた。その件に、ペテロが関係している可能性あり。マリアはイエスの息子である男児を連れ、身重だった。船は嵐に遭う。マリアは航海中に出産する。母子共に死亡か? マリアの遺体は一旦岩の島に安置されたあと、サント=ボームの洞窟へ移された。遺された男児はマルセイユの領主夫妻に引きとられた。
  2. マリアは、イエスの2人の子供たち――男の子と赤ん坊――を連れていた。マリアたち一行はマルセイユに漂着する。領主夫人が出産中に死亡した。胎児と共に。マリアは領主夫人の代わりとなって、その地に溶け込み、子供たちを育て上げた。

 整合性があるのは1だ。2だと、マリアのサント=ボームの洞窟における30年間もの隠遁の説明がつかない。マリアがイエスから受け継いだ高度な教え(カバラの起源となったエッセネ派の教え)は、マリアに同行したイエスの弟子たちが広めたと考えればよい。それが中世に表面に出てきてカタリ派といわれた。これはあくまで仮説、というより単なる想像の段階だが。

 一昨日、図書館から再々度借りてきたフラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌 1』(秦剛平、ちくま学芸文庫)をざっと復習した。

 モーセが描かれているからだが、旧約聖書とはムードが違う。ヨセフスは、聖書外の資料を含む豊富な資料のみならず想像力をも駆使して、膨大な歴史的断片を自在に編集しているのだ。

 訳者によると、「当時のユダヤ人たちは『聖書』を決して固定化された堅苦しい文章とは見なしていなかったこと、モーセ五書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)は別にして、彼らは聖書の物語を自由に読み、さまざまな仕方で解釈したり、想像力を駆使して細部を埋めたりしてそれを再話したこと、そしてその論より証拠がヨセフス」だという。

 その後も、このような風通しのよさがあったからこそ、異端とされる『マリアによる福音書』のような沢山のグノーシス文書も生まれたというわけだ。アレクサンドリア学派のことを考えてみても、学問が盛んであれば、様々な説が生まれるのは当然だろう。

 ヨセフスは、モーセの若い頃のあやまち(エジプト人がユダヤ人を苦役させ、打っているのを見た若きモーセは、エジプト人を打ち殺して砂に隠した)を書いていない。金の子牛の話も出していない。

 ヨセフスの資料の取捨選択には、当時の異教徒たちのモーセ像が、ユダヤ人たちの「聖なる文書」にもとづかない間接的な歪曲されたものであったため、そうした事情が考慮されてのことらしい。

 3歳のモーセがどんなに美しかったか、また魅力的だったかについて、ヨセフスは見てきたように描いている。

 旧約聖書で読むモーセには興味がわかなかったが(遠い時代、遠い国の荒々しい爺さんという印象)、ヨセフスの描くモーセは生き生きとしていて、峻厳美に満ちている。

  モーセが指揮して造営された幕屋の意味ある造形と壮麗さ! 旧約聖書における単調な材料の羅列からは見えてこないものが見えてくる。

 最初の曙光が差し込むように東に向けて立てられた幕屋の聖所内は、宇宙の姿を模してあるそうだ。

聖所全体は聖なる場所と呼ばれ、四本の柱の奥の祭司が入場できない場所は至聖所と呼ばれた。そこに吊された垂れ幕こそはこの上なく美しいもので、地上に咲き誇るあらゆる種類の花で覆われ、また、装飾に役立てば、生き物の形以外のいっさいの意匠が織り込まれていた。

 燭台について。

燭台は、蕾、百合、ざくろ、ともしび皿等、台座から上端にかけて70の部分からつくられていた。それは燭台が太陽と惑星の活動領域の数を構成するようにつくられていたからである。燭台の支柱には等間隔の7本の枝に、惑星の数を想起させる七つの燭がついており、燭台が斜めにおかれていたので、七つの燭は南東を向いていた。

 さらに。

またモーセがテーブルに12個のパンを置いたのは、1年が12か月に分かれていることを示すためである。また、彼が燭台を70の部分と七つの燭でつくりあげたのは、惑星の10度の領域と七つの惑星の軌道から暗示されたことを示している。
 そして4色の糸で織られたものは、自然界の4元素がどのようなものであるかを示す。すなわち、亜麻布の色は大地を――亜麻は大地に自生する――、紫は海を――海は魚の潜血に染まる――、青は大気を、深紅は火を表わしている。 

 この辺りの描写からはエジプト様式が薫るような気がする[3]。秘教の存在を感じさせるものであり、どう考えてもこれはまぎれもないカバラの序曲ではないか。

 神の箱についての描写には息を呑む……。勿論、中に入っているのは最高のお宝、神ご自身の手になる十戒の言葉が五つずつ刻みつけられた2枚の石版だ。

 そしてクライマックス。神が客人として幕屋に滞在されたのだ。神の顕現は雲で表現されている。

すなわち神は彼らのもとへ来て聖所に客人として招待されたが、そのときの神の臨在の模様は次のようなものであった。空が晴れているのに幕屋の聖所だけが闇になり、やがて一団の雲がそれを覆った。だがその雲は、冬の嵐に見られるような濃くて深いものでも、見透せるような薄いものでもなかった。しかし、そこから滴る繊美な露のしずくこそ、神の臨在を願い神の存在を信ずる人びとには、明らかな一つの証しであった。

 それにしてもこの神迎えの形式は、神道の儀式――大嘗祭――を連想させられる[4]。

 ヨセフスのものは、創世記からして旧約とは違う。彼は随所に「モーセの語るところによれば」「モーセは語りはじめる」「モーセはさらにこう語っている」という語り手が誰であるかに注意を向けさせる言葉を挿入するのだ。旧約だけを読むと、それはまるで天から降ってきたといわんばかりの威圧感、古めかしさなのだが。

 エバについて、以下のようなことは聖書には書かれていない。

ヘブル語で女は「エッサ」と呼ばれる。そして、この最初の女は、「すべての生き物の母」を意味するエバという名が与えられた。

 ヨセフスがイエスと同時代の人であることを考えれば、彼の執筆姿勢はあまりにも現代的に思えるが、訳者解説によると、登場人物にスピーチさせて「そのときその場の雰囲気をリアルな仕方で盛り上げる手法は、ヘレニズム・ローマ時代の歴史記述がトゥキューディデースから継承したもの」だそうだ。

 ところで、ヨセフスが浄・不浄の規定に言及した理由について、訳者解説に「当時の世界の人びとが、モーセとその同胞は、エジプト人であったとか、しかも彼らはエジプトの地でレプラに罹り、そのためエジプトを追われたのだと信じていたからである」とあり、ここはフロイトのモーセはエジプト人であったという主張との関連から、ちょっと考えさせられた。

ジークムント フロイト
筑摩書房
発売日:2003-09

 うーん。『不思議な接着剤』を進める一方で、モーセの謎に迫り、古代エジプトの歴史を垣間見なくてはならなくなった。『ゾロアスター教』もまだ完読できていない。

 ヨセフスの『ユダヤ古代誌』は購入することにした。あまりにたびたび図書館から借りるのも悪いので。

 全巻となると、文庫版といっても少々値が張るが、『ユダヤ古代誌』はヨーロッパのキリスト教徒や知識人たちに聖書の次によく読まれ、「小聖書」「書き改められた聖書」と評されるほどの本らしいので、持っておいても損はないだろう。 

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

[1]ボンドが登録商標であることを知ったので、作中のボンドを接着剤に改めた。アルケミーボンド株式会社というメーカー名については、これで問題ないと思う。

[2]白ネコの再出現地点で迷う。白ネコは過去と現在、そしておそらくは未来をも行き来する存在で、子供たちのガイド役となる役割を果たす。電器店の倉庫内で、ちらりと姿を見せ(暗闇で目が光る。子供たちにはネコを探し出せない。「ネコだ。目が光っている。動いた。あっちだ。いない。いつ、入りこんだのだろう?」)、その後鍾乳洞内で道案内をするかのようにまたネコが姿を見せる。

[3]H・P・ブラヴァツキーは『神智学の鍵』(神智学教会ニッポン・ロッジ、昭和62年初版 - 平成7年改版)用語解説で、「エジプト人とカルデア人は最古の占星術の信奉者に数えられる」という。カルデア≒バビロニア。

[4]吉野裕子『天皇の祭り』(講談社学術文庫、2000年)

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2010年9月 3日 (金)

結局心臓?

結局心臓?

 今回ばかりはニトロは効かないだろうと思ったが、効いた。

 異常な膨満感が改善。

 が、夕飯前にしては、おなかが膨らんでいるし、腹部全体が背中までひっくるめて重い。

 消化器症状もあるには違いない。ただ、それだけでは、のたうつような腹部膨満感と胸へかけての圧迫感とはならず、やはり冠攣縮性狭心症の発作が起きて、そうなったのだろう。

 まぎわらしい。じつに、まぎらわしい。おなかだけと思ってニトロ使ってなければ、まだのたうってたのかな?

 こんな苦しさが繰り返し襲ってきて長時間悶々とすることは、たまにあった。これからは消化器と思っても、長く続くときは必ずニトロを使おう。

 のたうちながら、うなじの湿疹を思いっきり掻き毟ってしまった。よくなってきていたのに………
(T^T)

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何だろ、すごい腹部膨満感

 創作ノートを書いてしまいたいが、こんな時間になって、すごい腹部膨満感。

 逆流性食道炎が原因だと思うが、心臓かなあ。

 夕飯はまだ。うちは遅い。家事ができないほどではない……と思いつつ、横になっている。腹部と、腰から臀部にかけて重いような痛み。

 我慢できないので、ニトロ使ってみよう(わからない苦痛が生じたときはニトロ舌下してみるように、循環器の先生はおっしゃった)。

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『ノルウェイの森』公式上映のニュースで、アクセス数が急増

 創作メモを書く前にと思い、アクセス解析を見たら、この時間にしてはアクセス数が多く、それも以下の村上春樹『ノルウェイの森』の記事に集中していた。

2006年5月 3日 (水)
村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ(Ⅰ)
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/05/post_0e40.html

 ググってみた。

第67回ヴェネチア国際映画祭で9月2日(現地時間)夜、コンペティション部門に出品されている『ノルウェイの森』の公式上映が行われた。

 というニュースが出てきた。それで多いのか。

 村上春樹の諸作品及び創作姿勢には批判の気持ちがあるが、映画好きのわたし。観に行くつもりだし、早く観たい。

 観たら、レビューを書く予定。原作との比較、小説及び映画がつくり出す社会現象にも触れてみたい。

 12月11日公開。監督はトラン・アン・ユン監督というベトナム系フランス人だそうで。キャスティングについてもググってみた。

  • ワタナベ→松山ケンイチ
  • 直子→菊地凛子
  • 緑→水原希子
  • キズキ→高良健吾
  • 永沢→玉山鉄二
  • レイコ→霧島れいか

 動画など、見てみた。

 この話題からは離れるが、わたしが直子の友人だったら、ワタナベくんと別れるように忠告し、彼女が《ワタナベ幻想》から離脱できるように、可能な限りサポートするだろう。

 作品の中では直子の病名を書いてあるわけではないので、あくまで想像するしかないが、わたしはどうしても統合失調症と、それを長年患っている女友達を連想してしまうわけなのだ。

 統合失調症は周囲のサポートが必要な病気だが、死ななければならないような病気ではない。

 また話題からは大きくずれるが、わたしは神秘主義者なので(それなりの実体験を経ている)、人間はこの世に――その人が自身に課した――宿題をやり遂げるために生まれてくるのだと考えている。この世の波に揉まれ、洗われて、各人のオーラの色合いをより美しくするために、ここに降りてきたのだと思っている。

 そうした観点から統合失調症の友人を見ると、2年前に博多で会ったときの彼女は、昔に比べると、混乱した自分をコントロールできるだけの統合力を育みつつあるように感じられた。内的な力強さがあった。自覚のある修行僧のように見えた。

 わたしにとっては彼女は得がたい生涯の友人であり、創作姿勢には常に彼女の影響が及んでいる。ひじょうに哲学的な一面を持った人で、審美眼はすばらしい。

 若いときはとても美しかった人だから、直子役がぴったりだったろう。いや、あのストーリー展開では、やはり彼女には合わない。

 互いに年をとってくると、先のことが心配になるが、まあ何とかなるだろう。頭のすばらしくいい人だから、不安も募るようだが、あれこれ対策も立てているようだ。わたしたちは登山仲間のようなものだ。

 年末までに2回博多に行く予定なので、そのうちのどちらかで彼女に会えればと思っている。

 ちなみに、わたしの最近の一押し映画は『インセプション』です。あらゆる意味においてスタイリッシュな映画でした。レビューを書きそびれていますが。次は『アバター』、その次は『アリス・イン・ワンダーランド』かな。カテゴリーに、シネマ・インデックスを用意しています。

※ 申し訳ありませんが、当記事に関するコメント、メールは受け付けておりません。

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うっかり2錠

うっかり2<br />
 錠

 鋭い胸痛。舌下するはずのニトロペンをうっかり飲んでしまったので、もう1錠。

 効きすぎたかな、珍しく頭痛がする。

 昨日から左肩の関節が時々痛いのはナンだろう? 昼間はまだまだ暑いけれど、夜はエアコンが効くようになって、時間帯によっては冷えすぎるからかもしれない。

 もう一つ気になるのは、後頭部の右・下寄りの丸い膨らみ。この膨らみの右端っこが痒くて痒くて、下に何かあるのではないかと思うほどだったが、湿疹が悪化しても腫れることがあるし、元からあった凹凸かもしれないが、湿疹がよくなってきてみると、この膨らみは湿疹とは関係なさそう。

 様子を見て、気になるようであれば、脳神経外科を受診しようと思うが、わたしの場合は仮に何かできても良性と思ってよさそうだから、まあよほど気になればといったところかしら。

 昼間はこれまでの部分の手直しと子供たちが鍾乳洞へ入る部分のラフ・スケッチ。

 また、『黄金伝説』から読みとれるマグダラのマリアにかんする二つの仮説、そしてモーセについて気になることがあり(特にフロイトのモーセ、エジプト人説)、調べ始めた。

 携帯打っている途中で、ざっと図書館から再々度借りてきたヨセフス『ユダヤ古代誌 1』(ちくま学芸文庫)を復習した。

 モーセが描かれているからだが、旧約聖書とはあまりにも違うところがある。

 モーセの若い頃のあやまち(ユダヤ人を苦役させ、打っていたエジプト人を打ち殺して砂に隠した)は書かれていない。

 3歳のモーセがどんなに美しかったか、また魅力的だったかについて、ヨセフスは描いている。

 旧約聖書で読むモーセには興味がわかなかったが(遠い時代、遠い国の荒々しい爺さんという印象)、ヨセフスの描くモーセは生き生きとしていて、峻厳美に満ちている。

 ずいぶん違う。ストーリー的にも自然に読め、映画を観ている錯覚すら覚える。

 モーセが指図して造営された幕屋の意味ある造形と壮麗さ! 旧約聖書における単調な材料の羅列とは全くの別物だ。まるで見えるかのよう。

 最初の曙光が差し込むように東に向けて立てられた幕屋の聖所内は、宇宙の姿を模してあるそうだ。

「聖所全体は聖なる場所と呼ばれ、四本の柱の奥の祭司が入場できない場所は至聖所と呼ばれた。そこに吊された垂れ幕こそはこの上なく美しいもので、地上に咲き誇るあらゆる種類の花で覆われ、また、装飾に役立てば、生き物の形以外のいっさいの意匠が織り込まれていた。」

 燭台についても、「燭台は、蕾、百合、ざくろ、ともしび皿等、台座から上端にかけて70の部分からつくられていた。それは燭台が太陽と惑星の活動領域の数を構成するようにつくられていたからである。燭台の支柱には等間隔の7本の枝に、惑星の数を想起させる七つの燭がついており、燭台が斜めにおかれていたので、七つの燭は南東を向いていた。」

 この辺りの描写からはエジプト様式が薫るような気がする。神の箱についての描写には息を呑む……。

 携帯からだったのを忘れて、つい写してしまった。これは、パソコンを開いたときに『Notes:不思議な接着剤』へ。

 携帯打っているうちに、胸痛、頭痛も嘘のように治った。

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2010年9月 1日 (水)

今日の夕飯

今日の夕飯

 ドライカレー。

 創作モードになってしまうと、料理含めて家事はつらい。

 でも、料理は他の家事と違って間を与えてくれるというか(それだけ時間を奪われるということでもありますが)、切ったり煮込んだりするときに、内容を整理したり、考えを煮詰めたりするにはいいですね。

 頭の中はもはや自作童話一色。書きかけの記事もありますが、ごめんなさい、今はこちらに専念したいと思います。

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昨日のこと

 昨日の深夜からご前中にかけて、今から思えば、少し錯乱していたんじゃないかと思うくらい体調不良だった(ナンか変な記事を連発しちまった。前に書いた泌尿器科検査後のあの記事も、あんまりか。が基本的にこれはわたしの日記なので)。

 でも、たぶん単なる外出疲れだったと思う。外出ったって、病院行って、中心街をウロウロしただけなのだが。

 消化器の問題というより疲れが原因だとは思ったが、昼間ワッフルは怖くて食べられなかった。

 空腹だったので、小型食パン状の葡萄パンを1枚。

 昨日の夕飯は、わたしはイカは少しだけ。枝豆とサラダは翌日に回し、他は食べた。

 家族と同じものはわたしには多いので、大抵一品か二品、翌日のお昼に回す。サラダは、ドレッシングやマヨネーズをかけずにタッパーに入れておけば、まあまあ。

 今は吐き気は全くなく、腹部膨満感も少しある程度。湿疹は昨日の悪化の名残があるが、落ち着いた状態。

 今日は創作に専念したい。パソコン、一昨日から開いていない。もしかしたら、今日もノートとボールペンの作業になって開かずじまいになるかも。ブログは携帯からでも更新すると思う。

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