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2010年9月17日 (金)

おすすめバルザック ②素敵な爺さん、ちょっとしたシーンの魅力

INDEX aquarius

①わあ、東京創元社・バルザック全集の在庫がある~!
 
http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/08/post-0738.html
②素敵な爺さん、ちょっとしたシーンの魅力
 
http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/09/2-5813.html

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 アクセス解析を見ると、検索ワードに《バルザック全集》と打ち込んで当ブログにお見えになるかたがたが結構あるので、東京創元社のホームページ[http://www.tsogen.co.jp/np/index.html]を訪ねてみた。

 すると、を書いてから1月半も経たないうちに、在庫なしが出ているではないか。在庫なしになっていたのは、以下の2巻。

  • バルザック全集〈1巻〉
    ふくろう党 Z・マルカス
  • バルザック全集〈14巻〉
    浮かれ女盛衰記〈下〉 ガンバラ マッシミルラ・ドーニ

 あわわ、これはいけない。バルザックファンとしては、版元の在庫なしという表示ほどせつないものはない。

 現在とり組んでいる自作童話が仕上がった暁には、ゆっくりバルザック全集を一巻、一巻読み直し、未読のものは勿論読んで、レビューを書こうなどと思っていたのだが、甘かった。

 今はレビューを書いている余裕がないが、取り急ぎ、中規模の作品のなかから、引き締まった傑作3作品をおすすめしておきたい。

 『シャベール大佐』『ラブイユーズ』『人生の門出』がおすすめ作品!

 このうちのどれかに、読み始めたときにはしょうもない爺さんと思え、読み進むうちに魅力的に思え出し、ついには惚れ惚れしてくるという人物が出てきたと思うのだが……。

 「ロジーヌ」と、老人は優しい声で続けた。「わたしは、もうあんたをうらんではいないよ。何もかも忘れることにしよう」と、常に美しい魂の反映である柔和な微笑を浮かべながら、彼は付け加えた。「わたしは、もう自分を愛していない女に、愛の真似事を求めるほど野暮ではないよ」

 『シャベール大佐』からの抜粋だが、うーん、この爺さんだったかしらん、わたしの求める爺さんは。

cherryblossom 『シャベール大佐』は文庫版でも出ています。

 何しろ、バルザックの作品群には爺さんがぎっしり詰まっているので、作品名を忘れてしまうと、再び目当ての爺さんにお目にかかるのは至難の技だ。バルザックの作品では、ちょい役にも魅力を発散している人物が沢山いるので、本当に1度はぐれたら大変。

 以下の『ウジェニー・グランデ』からの抜粋なども、吝嗇家グランデの年輪を想わせるナンともいえない一節なのだが、これを書いたとき、バルザックは34歳だったというのだから、あっぱれではないか。この抜粋は、読みなれた角川文庫版の竹村猛訳。

グランデは時折こう考える――この哀れな女はどんな悦ばせの言葉も身に受けたことはないし、女が男に与える甘い気持ちもついぞ知らず、結局処女マリアその人よりも清浄の身のままで神の庭に立てるのかもしれない、と。そうして、グランデは憐れみにかられると、じっと彼女を見つめては、「可哀そうに、ナノン」というのだ。するときまってこの老女中は、何ともいえない眼差を彼に注ぐのだった。

 ヘラクレスのような大女ナノンは、味のある人物で、以下のちょっとしたシーンなども忘れられない。ナノンが客人シャルルの部屋着を貰うシーン。

 ナノンは、金色の花をあしらった古代模様の緑の絹の部屋着をみると、すっかり感心してしまった。
「これを着ておやすみになるんですかね」と、彼女は言った。
「そうだよ」
「なんとまあ。教会の祭壇のお飾りがこれでつくれますよ。ねえ、これは教会に差しあげなさいまし。そうすれば魂が救われます。さもないと魂に罰があたりましょうに。でも、ほんとに、そうしていらっしゃると、なんてお似合いになるんでしょう。お嬢さまにも見て貰うように、ちょっといって呼んでまいりますね」
「ねえ、ナノン、ナノンといったね、君は。おだまりよ。僕を寝かせておくれよ。荷物は明日かたづけるよ。僕の部屋着がそんなに気に入ったのなら、それで君の魂を救ったらいいさ。僕はお人好しだから、歸る時には君にあげないわけにはいくまい。君のすきなように使ったらいいさ」
 ナノンは、この言葉を信じることができず、釘づけになったようにつっ立ったまま、シャルルの顔を眺めていた。
「わたしにこんなきれいな衣裳をくださるなんて」と、彼女は部屋を出ながら言った。「もう夢でも見ておいでだね、こちらさまは。――では、おやすみなさいまし」
「おやすみ、ナノン」

 わたしもナノンと一緒に美しい部屋着を見、それを着たシャルルの伊達男ぶりを想像して、うっとりとなってしまった。このでかのナノンは後に幸福な結婚をする。

 『ウジェニー・グランデ』はバルザックの初期の代表作といってよい傑作なので、いろいろといいたいことがあるのだが、今は余裕がない。

 一つだけいうなら、受け継がれる習慣、遺伝といった人間の意志ではいかんともしがたい不可抗力の作用ともいうべきものがどう人格形成を手伝ったかを、バルザックほど描き出せた作家はいないだろう。バルザック独特のユーモアもふんだんに発揮された作品で、冷酷と面白さと……おすすめせずにはいられない。

 バルザック全集では『ウジャニー・グランデ』は5巻に収録されている。

バルザック全集〈5巻〉
ウジェニー・グランデ 現代史の裏面
水野亮 訳
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488019051

 ちょっとしたシーンといえば、『村の司祭』における以下のシーンもなぜか印象に残る。

彼は、ちょうど今一番下の見晴らし台の角で葡萄蔓に蔽われた東屋に腰を下している司教を、さがしているのだった。司教は、そこにきて、夕暮時の快い美しさに浸りながら、食後の果物を味わっているのだった。

 この描写から、司教が受けている待遇、教養の度合い、年齢域まで読みとれる気がする。デザートのシーンの優雅さからは、キリスト教会の権威が迸らんばかり。その後、司教はある報告を受けて動揺を覚える。

 これらの言葉に動揺を覚えた司教は、葡萄の房を手に持ってつまんでいたのを荒削りの木の卓に置くと、指を拭って、二人の司教代理に腰を下すよう、合図をした。 

 そして、司教のそばに若い僧侶が座り、葡萄を食べるシーンが描かれるが、それは司教の品格との違いを際立たせる。

 魅力的な容貌を持つこの若い男は、卓の上に右肘をつき、陪食者の、或いは寵愛を受けている者の気楽さとなれなれしさを見せながら、その真白い手を無頓着に葡萄の房の上に落としては、房の中から一番熟した焦茶色の粒を選びとっていた。

 何気ないけれど、バルザックの巧みな観察を感じさせるシーンが作品には散りばめられていて、尽きせぬ魅力となっている。

バルザック全集〈21巻〉
村の司祭 ルイ・ランベール 海辺の悲劇
加藤尚宏/水野亮 訳
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488019211

 バルザックを読むと、子供から老人まで、様々な年齢域にある男女の特徴や魅力に改めて気づかされ、教わる気がする。『村の司祭』は殺人事件を抱き込んだ異様なところのある物語だが、主人公ルイの哲学的思索を展開する『ルイ・ルンベール』は難解でありながらもミルクのような豊潤な味わいのある作品で、これもおすすめ。

 ちなみに、沢山あるバルザック作品のあらすじを教えてくれる藤原書店から出ている以下の本は、わたしには必需品です。便利ですよ。

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