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2010年7月 9日 (金)

夢に出てきた野上弥生子。息子からの電話。

 昨日の外出疲れ、発作疲れに、五十肩になりそうな右肩を庇う消極的な気分が重なったためか、今日は午前中に少し家事をしたきり、お昼まで寝、パンを食べ薬を飲んだあと、また午後4時半まで寝ていました。

 息子からの電話で目が覚めたのです。

 息子は、今日は会社を早退し、慈恵大関連クリニックの皮膚科へ行った由。息子がそこを受診するのは2回目で、この先暑くなると自力で治すのは難しいと思い、受診を思い立ったようです。

 息子もステロイドが剣の刃であることは知っているので、考えた末の決断だったのでしょう。ステロイド、抗生剤、抗ヒスタミン剤の内服と、湿疹の度合いにより何種類かのステロイドが出され、湿疹を内と外から一気に抑え込もうという戦法であるようでした。

 それから1週間後の今日は見たところはすっかり綺麗になっていたので、内服は抗ヒスタミンのみとなり、受診は1月後とのこと。これでぶり返すかどうかでしょうね。息子も警戒は怠っていないようです。わたしは漢方軟膏のことを話しました。

 漢方軟膏を使う前は、眠りの中でも湿疹の強烈な痒みを感じて目が覚めていたのですが、今日もそれで覚めることはありませんでした。

 漢方軟膏を試し始めてから、5日目。痒みの波がやって来たときに、主に紫雲膏を塗っています。紫雲膏に使われている紫の根と、相性がよい気がしています。

 わたしは子供の頃に湿疹の出た記憶があるのは、1回だけでした。それから、大学に入って、一度に沢山のお酒を飲んだときに1回。出産して少し体質が変わり、病気になってからは完全に体質が変わりました。それでも、アレルギー検査では、アレルギー度はほぼゼロなのです。

 夫はむしろ、結婚後に湿疹がよくなりました。以前はよく背中をせかせか掻いたりしていたのですが、徐々にそうした場面を目撃することが少なくなり、昔はひどく悩まされていた感のあった蓄膿症のほうも、それほどではない様子……タバコをやめれば、鼻の悩みはさらに軽くなるのでは?とわたしには思えるのですが。湿疹に薬を使わなかったことが、夫の場合はよかったのかもしれません。

 漢方軟膏は、ステロイド軟膏が現れる以前の日本では、よく使われていたのでしょうね。

 ところで、野上弥生子の旅行記『欧米の旅』を再読していたためか、野上弥生子と語り合うという、畏れ多い夢を長々と見ていました。

 お昼に起きたあと、また寝たら、再び野上弥生子の夢。〔※野上弥生子⇒1885年(明治18年)―1985年(昭和60年)〕

 そういえば、大分に住んでいるというのに、臼杵市の記念館にまだ行ってませんでした。詣でよ、というミューズの御達しかしら。

 大分に来てからはずっとフンドーキンの醤油を使っていて、買うときにはいつも野上弥生子を思い出します。彼女の生家は、フンドーキン醤油の創業家でした。

 わたしは野上弥生子の小説は正直いって単調に感じるのですが、旅行記は最高に面白いと思います。

野上 弥生子
岩波書店
発売日:2001-08

 多彩な教養と多面的な観察眼が縦横に発揮されていて、歴史観、政治認識は、したたかなばかり。どこかしらユーモラスなところもあって、滋味あふれる第一級の文学作品となっています。

 文化を含む文明というスケールの大きな視点で語られていたかと思うと、ぐっと事物に接近して、レストランのお皿の中身が細々と描写され、そのうちの一つ、例えばマカロニなんかがクローズアップされて、またそこから文化が、文明が考察されるといった具合。

 何となくバルザックを連想させられますが、大正から昭和にかけて活躍した作家で、バルザックの洗礼を受けている日本人作家は多いんですよね。また、古典の教養が土台にあって、古き佳き日本を感じさせられます。

 以下に『欧米の旅(上)』(岩波文庫、2001年)から一部を抜粋、ご紹介しておきます。この一文からだけでも、野上弥生子の旅行記の魅力の一端が窺えるのではないでしょうか。

 クオ・ヴァディス寺は、こうした通りの角になった小さい寺である。クリストの足跡なるものが、会席膳くらいの四角な大理石にちゃんと両足残って、鉄の格子で蔽われて大事に飾られている。その時分の大理石は、搗きたての餅のように柔らかであったらしい、と云ってしまえばそれまでであるが、ローマから逃げだしたピエトロが呼び留められるには、地理的に丁度自然な位置である。ヨーロッパの宗教画によく描かれている通り、白衣のクリストがほんとうに現れたかどうかは別として、「どこへ行くのだ[クオ・ヴァディス]」の一言を、こころの危機に際して耳にしたピエトロはなんと仕合せであったろう。そうしてまたなんといい言葉だろう。ピエトロ一人に聞かせたのは勿体ない。これは地球のあたまの上で、毎日いっぺんラヂオ体操の掛け声のようにどなって貰うだけの値打ちがある、とへんな感心の仕方をしながら歩いたのは、この数日の新聞記事の影響らしい。ヒトラーの行動を核として、ヨーロッパに新しい黒雲がかぶさっていた。


 旅行記といえば、これは最近購入したものですが、ヴィクトリア朝の作家、ディケンズの『イタリアのおもかげ』(伊藤弘之・下笠徳次・隈元貞広訳、岩波文庫、2010年)も、さすがだと思わせる名著。〔※チャールズ・ディケンズ Charles John Huffam Dickens⇒1812年―1870年〕

 ローマで、デイケンズは処刑の見学を思い立ちます。その一部始終のリポートには、戦慄させられないではいられません。この人の神経と観察眼は、尋常ではありません。 
 
 しかし、克明に描写された当時の処刑の様子は、時代は異なりますが、魔女裁判が一種のお祭りでもあったような、別の本で読んだ記述と重なるものがあり、彼がアヴィニョンで異端審問の部屋や地下牢などを見学した際の描写と共に、児童文学作品『不思議な接着剤』を執筆するときの参考になります。

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