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2010年6月 7日 (月)

スランプを脱した息子

 社会人ドクターとして大学院の博士課程に在籍しながら会社に勤めている息子は、最近スランプのようだった。

 会社の仕事がハードかと思わせたが、話を聴いていると、会社の仕事と研究との板挟みになっているというよりは、スランプの原因は、どちらかというと研究のほうから来ているのではないかと感じられた。

 息子にとっての研究は、わたしにとっての創作に該当するもので、仕事(わたしの場合は主婦業)が生活を支えるパンであるとすれば、研究は人生における恵みの水なのだ。仕事が団子なら、研究は華。

 二重生活の利点というものはあるにせよ、それは時間的にも、精神的にもつらい。

 専業主婦を看板としてきたわたしだが、本当は家事が専業であったことはなく、むしろ創作というワークのほうが主たる仕事だった。家にいながらにして不在という主婦ぶり、母親ぶりで、仕事をしている女性と酷似した――それでいてお金は一銭も入れない――暮らしを続けてきており、家族には密かにすまないと思ってきた。

 息子にとっても、わたしにとっても、パンと水を同じところで得られる一重生活が理想なのだが、それには時間が必要であるようだ。わたしは作家になりたい。息子は、ゆくゆくは独立した一研究者となるのが目標だろう。

 5月に一緒に別府旅行したときから、何となく焦燥が感じられた。直前に大学に寄った息子は教授と研究の話を詰めたかったようだが、教授は旧知の呑み友達が訪ねたように歓迎してくださったらしい。

 ドクターコースに進学したばかりの息子を気遣ってくださってのことだったかもしれないとわたしは思ったが、時間を遣り繰りして大学に出向いた息子には物足りない訪問と終わった様子だった。

 テーマはあるらしかったが、何となく研究にうまく入りこめないまま、会社の仕事で一日が暮れる生活。わたしは息子の焦りがピークに達しているのを感じ、やばいと思っていた。

 石橋を叩いて渡る息子のことだから、会社の仕事と研究との両立ができないような選択はするはずがなかった。大変になることは承知での進学だったはずで、そう簡単に音を上げるはずがないとわたしは考えていた。

 研究のほうがうまくいかないのかしら、と思いつつ、わたしもスランプというか、創作のゆっくりとした進行に焦りを覚えていた。

 シリーズ物にできるだけの作品には丹念な下準備が絶対に必要だとの確信がありながらも、それ自体が一つの研究であるかのような、当初に計画した以上の膨らみを持ってしまい、望外の悦びと苦痛をもたらしていた。

 が、お話の続きを書いた時点で確かな手応えが感じられ、わたしは一つのスランプを脱した感触を得た。息子も昨夜の電話からすると、一つのスランプを脱した様子だった。

 息子の場合は、急遽、論文を書かなければならなくなったようだが、それが負担どころか、「全く、こんな急に……」と愚痴を装いながらも隠しきれない、とろけるような嬉しそうな声。

 研究に入るためのウオーミングアップには、ぴったりのワークであるようだった。

 一度お電話をいただいたことがあるので、お目にかかったことはないながらも、教授のお人柄はそのときに充分に伝わってきた。理系の優秀な研究者にありがちなことなのかどうなのかはわからないが、人間としてのたぐい稀な純粋さとある種の不器用さが同居して感じられた。

 研究者を目指す学生にとって、担当教官は頭上に燦然と輝く導きの星であり、一方では生殺与奪の権を握る権力者とも感じられるのではないだろうか。

 修士課程の間は大学に入り浸れたので、話の通じにくい教授とのコミュニケーションも比較的とりやすく、研究関連の情報も入手しやすかったのが、遠く離れていると、それが思うようにいかず、研究の停滞や気分の低下につながることがあるようだ。この点が、今後の課題でもあるだろう。

 念のために、息子に訊いてみた。「転職を考えるくらい、会社の仕事が大変そうだけれど、今、論文なんて大丈夫なの?」とわたし。すると、息子はこともなげにいった。「ああ会社の仕事?  別に。もう慣れたよ」

 研究者としての独り立ちを目指す限り、芸術家を目指すのと同じような困難に、今後も幾度も見舞われるのだろう。同じ茨の道を歩く者として、粘りという点では負けないわよ。幸か不幸か、その遺伝子がおまえにも伝わっているのだろうね。

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