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2010年5月21日 (金)

Notes:不思議な接着剤 #57 つながった! 見えた!

#57
2010/5/21(Fri) つながった! 見えた!/タルムード。ラビ。秘儀的クムラン宗団(=エッセネ派←イエス→マグダラのマリア) 

  つながった! イエスは、エッセネびと(ヨセフスの記述)と考えられている秘儀的クムラン宗団と関係があったに違いない。なぜなら、エッセネびとは白い服を着ていたことが特徴的で、イエスの墓にいたのは白い服を着た人だったから。

 何とカバラ神秘思想の起源は彼らだったかもしれないのだ。そして、そのなかの中心人物こそ、正統なユダヤ王の復権と思想の刷新を目指したイエスだったのだとしたら……!

 フィロンの記述によると、彼らはヨガそっくりの瞑想法を実行していたらしい。マグダラのマリアがイエスから教わったのは、それだったに違いない。イエスの観点からすれば、マリアだけが、弟子たちのなかで、それを伝授される段階に達していたのだろう。そのことが、ペテロたちの嫉妬を買ったのだ。

 内部抗争によるものか政治亡命なのか、他の理由によるものかはわからないが、何にしても、ぼろ船に乗せられたマリアたちは嵐に遭いながらも南フランスに漂着した。そのときマリアが生きていたのかどうかもわからないが、彼ら一行はマリアがイエスから教わった秘儀的な教えを南フランスに広めようとしたに違いない。後にその地で活発に布教したカタリ派が西欧の仏教と呼ばれたことを考えると、まるで地下水脈が流れているかのように一本の糸でつながるものがあるではないか!

 もう少し、丁寧に見ておこう。

 イエスはしばしばラビと呼ばれた。

 ラビについて調べていたら、昔読んだ箱崎総一著『カバラ ユダヤ神秘思想の系譜』(青土社、1988年)に、わかりやすく書かれていた。若いときに丹念に読んだ形跡があるが、当時は消化できなかった。今これを読むと、ユダヤ文化の精華に関しての理解を深めることができるばかりか、新約聖書の謎に光を当てることが可能となる。

 以下は、ラビという称号の由来から、『マリアによる福音書』でマグダラのマリアがイエスから受けたという教えを連想させるフィロンの記述までを含む、そこからのノート。

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 13世紀ごろスペイン在住のユダヤ人たちによって集大成された『光輝の書(ゾハル)』。現存するカバラ思想関係の資料としては最も完璧なものだという。

 ユダヤ人には二つの大きなグループがある。

  • アシュケナジム……東欧系ユダヤ人。ドイツ語とヘブライ語の混合したイデッシュ語を用いる。
  • セファルディム……スペイン・ポルトガル系ユダヤ人で、現在北アフリカ、地中海地方、オランダ、英国などに住む。古典的ヘブライ語の他、スペイン語化したヘブライ語ラディノなどを用いる。

 タルムード(3世紀~5世紀に成立。旧約聖書モーゼの五書に関する註解書。ミシュナを基本とする)

  • パレスチナ・タルムード
  • バビロニヤ・タルムード(現在使用されている)

 ユダヤ学院

  • パレスチナ地方のティベリアス、セホリス、カエサリアの各都市
  • バビロニア地方のネハルディア、スーラ、プンペディタの各都市

「これらの学院における研究目的はミシュナの文章の意味を論考し、簡潔な表現とすること、旧約聖書の原典との照合作業、現実に発生した事件例に関して律法がどのように適用されうるかの判例研究、さらに新しい原則の設立のための研究などが含まれていた。そして、これらの研究を担当した学者たちは、ゲマラあるいはアモラと呼ばれることになったのである。パレスチナ地方におけるアモラにはその称号として“ラビ”が、バビロニア地方では“ラブ”あるいは“マル”という称号が与えられた。」

 哲学者フィロン[前20頃-40頃]

「フィロンの著作集は、その大部分が流暢なギリシア語で書かれ、その思想的背景はユダヤ教であった。彼が学んだとされるストア学派からの影響も色濃く認められる。フィロンの思想は現代ユダヤ教においては承認されていない。その理由として考えられることは、ユダヤ教パリサイ派ではギリシャ哲学が排斥されていたからであろう。〔略〕フィロンの著作集は初期キリスト教会において広く読まれ、教父達によって現在まで手厚く保存されることになり、このため後世フイロンをキリスト教者と誤認することが多くなった。
 フィロンの著作集は旧約聖書『モーゼの五書』に関する評釈書という形式を採用して記述され、質疑問答の形をとっている。フイロンの解釈は常に聖書の章句を寓意[アレゴリー]として解釈する傾向を示している。ことにこの傾向は『比喩の原義』において顕著であり、『創世記』における最初の人間アダム(原始の人間[アダム・カドモン])は、フィロンにおいては人間の霊魂が発達する象徴と考えられている。これらの象徴的解釈方法が後世のユダヤ神秘思想体系カバラに濃厚な影響を与えることになる。」

「フィロンがアレクサンドリアで活躍していた頃、パレスチナ地方死海のほとりに禁欲的な瞑想的生活を続けている一群のユダヤ人たちがいた。〔略〕現代の研究者は彼らを“クムラン宗団”または“死海宗団”と命名している。
 『死海の書』に関する研究が進むにつれて新たに脚光を浴びてきた事実があった。死海宗団はユダヤ神秘思想とくにカバラ思想の原型とも見なすことのできる神的霊知に関するかなり発達した秘儀体系をもっていたことが判明した。〔略〕
 こうした秘儀宗団が共通して抱いていたユダヤ神秘思想の背景には、さらに古代ギリシャで発達した神秘思想との関連も認められる。とくにネオ・ピタゴラス学派からの影響が濃厚であるこの学派は、今日では数学者として知られているピタゴラスに端を発する神秘主義教団であった。平面幾何学におけるピタゴラスの定理(三平方の定理)の発見者ピタゴラスは、紀元前6世紀の人物である。
 ピタゴラスによれば数は万物の根本であり、原型である。この基本数の関係にしたがって宇宙は秩序ある体系として創りあげられた。“限りあるもの”は奇数で、“限りなきもの”は偶数であるとされ、このニ種類の数によって宇宙は構成される。数的調和関係は天体運動にも、和音を発生させる琴の弦の長さにも存在すると考えられた。
 ネオ・ピタゴラス学派では、数学は霊魂浄化手段と見なされた。魂を鎮める音楽と、普遍的真理を探求する数学研究を通じて、霊魂の不滅と輪廻思想・死後の応報思想が解明されるものとされ、それが彼らの宗教信条となった。同学派の数的象徴はつぎのようなものである。天体数は神聖数である10、霊魂の数は6、結婚は5、正義は4、などと規定された。この発想形式は前述したフィロンの数的象徴にも認められ、後世のカバラ神秘思想のゲマトリアのなかに更に発達した形で組みこまれていくことになる。
 フィロンの記述による瞑想的生活および死海宗団の禁欲的瞑想生活の実際はどんなものであったろうか。それはユダヤ神秘思想家の間で師伝の形をとって数千年来連綿と継承されてきたものだが、具体的瞑想手段については現在でも極めて厳重な秘密のベールにつつまれている。さらに口伝の形をとっているために文書化された文献も存在しない。わずかな資料を総合してみると、秘儀実行の際には聖歌が合唱され精神の集中度が高められてゆく。意識の焦点を頭と膝の中間部分に集中させながら瞑想をつづけていくことで、めくるめく恍惚感によって全身がとらえられるという。〔略〕」

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 カタリ派が壊滅させられた時期に、カバラ思想の代表的な著作が完成した。何ということだろう。谷あり、山ありだ。神秘主義という観点から見れば、中世のヨーロッパは新陳代謝の盛んな時代だったといえる。

 もし本当にイエスがエッセネ派(クムラン宗団)と関係があったのだとすれば、キリスト教は形骸だけを守ってきたことになる。肝心の秘儀を運ぶ使者はマグダラのマリアこそであったのに、彼女は極めて不当な扱いを受けてきたのだから。

 マグダラのマリアは、真の意味合いにおいて、東西を結ぶ平和の使者と成り得た人物であったに違いない。しかし彼女はおそらく、豚に真珠を投げるというあやまちを犯したのだ。

 自作童話『不思議な接着剤』のなかで、洞窟に囚われたマリーの姿が今度こそ見えた。紘平、翔太、瞳……と一緒にわたしもいよいよ洞窟へ入ることになる。

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