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2010年4月15日 (木)

Notes:不思議な接着剤 #53 『ル=レンヌ=シャトーの謎』が描くイエスの出自と結婚

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#53
2010/4/14(Wed) 『ル=レンヌ=シャトーの謎』が描くイエスの出自と結婚

 私事だが、大学時代、わたしは聖書に読み耽り、数々の疑問を覚えた。イエスの奇跡譚に関しては、神秘主義的な文献――ヨガを含む――を同時に沢山読んでいて、ヨギたちの起こす奇跡譚のほうがむしろ凄いくらいだったから、イエス奇跡譚が御伽噺であったのか、事実であったのかの検証は必要だろうが、確定できることでもないだろうと思い、それに関しては立ち止まることなく、通り過ぎた。〔参考までに。⇒#34

 神秘主義では、奇跡は(秘教)科学技術の熟達、あるいは乱用にすぎないものとされており、厳密にいえば、神秘主義の辞書に奇跡という言葉はない。全ては科学的現象だとされている。

 わたしが新約聖書を読んで理解に苦しんだのは、もっとさりげないが、意識に引っかかる記述が随所にあるという点だった。

 そもそもイエスの出自について、四福音書にはばらつきがある。

 マタイでは、ダビデ王の子孫という王家の血筋。マルコでは出自についての記述はないが、イエスは大工で、マリアの子、またヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟とある。ルカでは、マリアの夫ヨセフがダビデ家とその血筋に属していたとある(イエスは処女マリアから生まれたことになっている)。ヨハネでは、出自についての記述はない。

 他に、引っかかる記述を思いつくままに挙げると……。

 熱心党のシモン[マルコ福音書。以下、福音書を略]。熱心党とは?

 カナの婚礼で、イエスの母はお節介にもワインの心配をして、その補充のために奇跡を起こせとまでいう[ヨハネ]。誰の婚礼なのか。

 繰り返し強調されるメシア、油注がれた者。ラビ。ユダヤ人の王。神の子。

 非常に高価な純粋のナルドの香油をイエスの足に塗り、髪で拭くといったマリアという女性の行動は、一体何だろう? なぜイエスは、そのマリア、マルタ、ラザロといった兄弟を愛していたのか? イエスの愛した弟子とは誰か?[ヨハネ]

 バラバとは? イエスの十字架を背負わされたシモンとは?  

 マルコにおける、墓にいた真っ白な長い衣の若者は、天使にしては実体がありすぎるし、ルカでは明らかに人となっている。しかし、マタイでは主の使い、ヨハネでは天使となっている。まばゆいばかりの衣と描写されたルカを除けば、白い衣をまとっているところが共通しているこの存在は、果たして人間か天使か? 人間だとすれば、イエスと密接な関りがあるはずだ。

 イエスの遺体を引き取った、富豪アリマタヤのヨセフ。十字架刑のあった場所に園があり、新しい墓まであったという[ヨハネ]が、そこは遺体を引き取ったアリマタヤのヨセフと関係のある場所か?  

 新約聖書には説明不足の断片が、無造作に散らかされているように感じられたのだった。

 当時、ユダヤの秘教哲学であるカバラにも触れたため、わたしには難しすぎてわからなかったにせよ、それが非常に高度で洗練された哲学体系であるということはわかり、このような輝かしいまでの哲学体系を生んだ民族から、みずみずしい、わかりやすい言葉で深みのある哲学を語るイエスが出て来たのもわかる、と頷けた。

 その目で新約聖書を読むと、ユダヤ人がひどく戯画化されているように感じられた。ユダヤの民は混乱した愚かな人々で、ローマは支配するべく支配しているといった風に読めたのだ。ダビデ王、ソロモン王なども、伝説としか想えない雰囲気がある。

 当時――30年も前だ――は、『ル=レンヌ=シャトーの謎』のように、イエスの生きた時代のパレスチナについて、詳細を語ってくれた著書を見つけることはできなかった。また1世紀に書かれた、イエスと同時代の記述を含むユダヤ人の歴史を描いた壮大な『ユダヤ古代誌』、ユダヤとローマ帝国の戦争を詳述した『ユダヤ戦記』も知らなかった。

 『ル=レンヌ=シャトーの謎』によれば、わたしが引っかかったカナの婚礼は多くの情報を秘めているらしい。

 まず注目すべきは、イエスが母にいわれて水をワインに変えた量で、それがボトルにすると、どれくらいの本数になるかということだ。

 それは、石の水がめが6つで、1つが2~3メトレテス入り。ヨハネの註に、2~3メトレテス=80~120リットルとある。ということは、480~720リットル。

 600リットルはボトルにすると800本になるそうだ。それほどまでに大量のワインが、追加分として客たちにふるまわれたというわけなのだ。この話をすると、娘が「わぁ、ワイン製造業者みたい」といった。

 そこからだけ見ても、カナの婚礼が大規模のもので、高貴な家柄か貴族階級の贅沢な儀式であることを表しており、そこにイエスと彼の母が出席していたことから、彼らも同じ階級の人間と考えられるという。日本では町ぐるみのイベント以外考えられないため、昔読んだとき、わたしにはこの場面の聖母マリアから、炊き出しのおばさんが連想されて仕方がなかった。

  カナの婚礼はイエス自身の結婚式だったのではないか、と前掲書はいう。そうであれば、聖母マリアがワインの心配をするのもわかるわけである。《そう推理する根拠として、ヨハネからの引用あり。今は時間がないので、抜粋をのちほど挿入します。》

 福音書のなかでイエスはしばしばラビと呼ばれるが、このことからも、彼がラビ教育を受けられる階級に属していたことがわかるだけでなく、イエスがラビであったとすると、そこからは別の重要な情報が引き出せるらしい。

 ラビは結婚した男でないとなれなかった(ユダヤのミシュナー法)。

 ラビが結婚しているのは当然なので、あえて福音書が既婚の事実に触れなかったともいえることになる。独身でありながら伝道するということのほうが当時のユダヤ社会では異常なことで、もしそうであれば、むしろ彼の独身について明記してあったに違いないという説も成り立つわけなのだ。

 イエスが結婚していたとすると、その相手はマグダラのマリア以外には考えられない〔Notesの過去記事参照〕。以下はイエスに関する前掲書からの抜粋。

 イエスがマグダラと結婚していたならば、その結婚にはなにか特定の目的があったのだろうか。つまり、普通の結婚以外になにか重要な意味があったのだろうか。王朝的なつながりや、政治的な意味合いや影響があったのだろうか。この結婚によって続く家系が、「王家の血筋」を完全に保証したのだろうか。
 マタイ福音書には、イエスはソロモン王やダビデの直系で、純粋の王家の血筋を引く人物であると明確に述べられている。これが本当ならば、イエスは統一パレスチナの正統継承者、しかも唯一の正当な継承者と主張することができる。そして、イエスの十字架の銘[INRI、つまり「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」]は単なる残虐や嘲笑のためではなく、まさに「ユダヤ人の王」を意味している。イエスの地位は、さまざまな面で1745年のボニー・チャーリー王子の立場とよく似たものであった。つまり、イエスこそがユダヤの国と人を束ねられる祭司王の資格をもつ人物で、この資格のために敵対者のヘロデやローマにとって深刻な脅威と考えられたのだろう。

 イエスがそうした人物であったとすれば、マグダラも同じ階級の人間であったと考えるほうが自然で、伝説では、彼女は王家の血筋といわれ、別の伝説ではベニヤミン族の出身ということになっているらしい。

 ベニヤミン族からは、イスラエル最初の王サウルが出た。王位は、ユダ族のダビデに奪われた。以下は前掲書からの抜粋。

 ここまでくると、政治的な匂いのする一貫した歴史的な筋書が浮かび上がってくる。イエスは正統の王位継承権をもつダビデ直系の祭司王であった。彼は象徴的に重要な意味をもつ王朝間の結婚によってその地位を確固たるものにした。イエスは国の安定を保つため、土地を統一し、自分を支える人民を動員し、敵対者を追いだし、下賎な傀儡王を退位させることで、ソロモン王の栄光に満ちた君主制を復活させようと考えた。このような人物こそ、まさに「ユダヤ人の王」である。

 昔、福音書を読んだときに、あまりにも預言と結びつけた言葉が多いことに驚いた。イエスは預言を演出し、預言のいうメシアであろうとすることに全身全霊を傾けていると感じられたのだ。

 その悲願の強さに打たれ、わたしは当時、『入京』という下手な詩を作ったほどだった〔続きを読む、に折り畳んでいます〕。

 そのように、イエスとユダヤ教、ユダヤ民族との結びつきは異常なくらいに強いように見えるのだが、一方でキリスト教は、イエスを彼本来の願いと民族的伝統から、極力引き剥がそうとしてきたようにしか想えなかった。

 イエスがローマ化、大衆化されたことは明らかで、それによって表面的なグローバル化は可能となったのかもしれないが、損なわれたものも大きかったのではないだろうか。死海文書、『マリヤによる福音書』を含むナグ・ハマディ文書などは、そうした過程で闇に葬られようとした記録といえるだろう。

 損なわれることがなければ、東西を分裂させずに済む本当のグローバリゼーションが可能となったのかもしれなかった。否、それは今からでも遅くはないのではないだろうか? 

 わたしの疑問は『ル=レンヌ=シャトーの謎』の著者たちが抱いた疑問の一部に当たっていて、彼らはそれらについて丹念に調査している。

 例えば、白い服だが、エッセネ派はイエス当時の聖地では珍しい白い服を着ていたそうだ。白い麻の衣服は重要な儀式を意味していたという。そうだとすれば、イエスとエッセネ派にはつながりがあることがわかる。

 メモになるが、前掲書によると、イエスの愛した弟子とはラザロ。バラバとはイエスの子ではないかという推理。イエスの十字架刑が行われた場所はローマ管理下の公開処刑場ではなく、アリマタヤのヨセフの私有地だった。十字架につけられた人物がイエスであったという通説に対して、前掲書では疑問を呈している。

 《これから外出の予定で、今日のところは時間切れです。このあと、『ル=レンヌ=シャトーの謎』からイエスが生きた時代のパレスチナについて抜粋し、聖母子像についての私的疑問を書くつもりでしたが、記事を改めることにします。この記事も、まだ書きかけと思ってください。》

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

[自作詩]

入京

エルサレムの白いひろがりが
たたずむ仔ろばの足をひたす

仔ろばは耳を澄ますようにして立っていた
灰真珠色の外套に包まれて
主がほのかに座していらっしゃるからだ

至純の思念が沁みついた外套を
いくつもの手が触った

翼のない苦しみには
この外套がいくつあっても不足だ
縫い目のない下着を剥ぎ取っても
まだ不足だ

ひそやかな流血の予兆が
たたずむ仔ろばの足を冷たくする

「主の名によって来られる王に祝福があるように。
天には平和、
いと高き所には栄光」☆

主は都のうつくしさに泣かれた

☆「新訳聖書」フランシスコ会聖書研究所訳、中央出版社、1980年

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