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2010年4月 5日 (月)

Notes:不思議な接着剤 #51 二つの嵐とマグダラのマリアの安否

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#51
2010/4/5(Mon) 二つの嵐とマグダラのマリアの安否/『黄金伝説』を読む #2

ざっと調べたい作家

  • ラ・フォンテーヌ
  • シャルル・ノディエ
  • ヴィクトル・ユゴー
  • ジャン・コクトー。

 『レンヌ=ル=シャトーの謎』に、意味深に出て来るから……。

『黄金伝説』《マグダラの聖女マリア》の章、『フランスにやって来たキリストの弟子たち』についての私的疑問

 『黄金伝説』訳注に「十字架とどくろをもっていることもある(苦行の象徴)。」とあるが、苦行の象徴がどくろだなんて、信じられない。マグダラのマリアとどくろは、切り離せないところがあるようだ。なぜだろう?

 『黄金伝説』にも、『弟子たち』にも、異様としか想えない箇所がある。

 サント=ボームの洞窟、「ここでマリアはつねに、俯せに、もしくは下腹を下にしてすごしていたといわれます。」
 「マリーはたえず、泣いてすごしていたともされています。」
 「一説に、マドレーヌは、ここへ登ってくる前、ヌヴォーヌの谷ですべての衣服を脱ぎ捨てて、もはや「恥じらいの覆い」は一枚もつけないでいられる状態になっていたとも伝えられます。」

 マリーもマドレーヌもマグダラのマリアのことだが、まる裸でいられるのは狂った人か、もしかしたら悟った人もそうなのかもしれないが、いずれにせよ、そんな境地にある人間が30年間も洞窟でメソメソ泣いていられるとは、信じられない。

 いつも俯せに?

 こうした状態からわたしが連想するのは、愛を観想する人間ではなく、どこかが病気か、幽閉されているか、死んだ人間かだ。

 『黄金伝説』にも、領主夫妻と子供に関して、異様な記述があちこちにある。

 岩礁=岩の島に、子供が「よく浜辺に出ては、無心に砂や石遊びをしている」とあるような浜辺があるのは変で、その子供も3歳くらいかと思う描写のすぐあとで、母の乳房を吸っていたりする。

 しかし、この子供は父が2年前に岩礁に置き去りにしたときも、「母の乳房をもとめては泣き叫んだ」のだ。

 2年後のこととして描かれているのは、すぐあとのことではなかったのか? 岩礁ではないどこかの浜辺で遊んでいる子供のことは、何年もあとのことでは? 

 岩礁には洞穴があり、そこに領主は妻の遺体を運んだとあるが、この洞穴はサント=ボームの洞窟と重なる。

 もしかしたらマリアは死んだか病気になったか幽閉されたかで、子供を育てられなかったため、領主夫妻が引き取って育てたのでは?

 というのも田辺先生の『弟子たち』に、勿論伝説として紹介されているのだが、

実は、マグダラは、イエスの妻であって、二人の間には少なくともひとり以上の子どもがあったといわれます。南フランスのユダヤ人共同体にまぎれこんでマグダラは子供を育て上げ、その子孫が5世紀には、北方から進出してきたフランク族の王族と結ばれて、メロヴィング朝(フランス最初の王朝)を創始したのだそうです。

 とあるからで、あるいは砂浜で遊んでいる子供と母の乳房を求めた赤ん坊は別人なのかもしれない。

 この岩礁(岩の島)の赤ん坊、浜辺の子供については、時間的な置換がなされているか、二人の子供に関する出来事を一つにしてしまっているとしか思えない。

 マグダラのマリアたちは、何らかの犯罪に巻き込まれて海に流された。

 もしかしたら、マリアと赤ん坊は亡くなってしまい、もう1人いた男の子を領主夫妻が引き取ったのかもしれない。

 マリアも元気だったと思いたいが、『黄金伝説』に描かれた二つの船旅(マリア一行の船旅、領主夫妻の船旅)はどちらも嵐に襲われるのだ。これも、一つの船旅を二つに分けたからではないだろうか?

 マリアの死を隠蔽するために、領主の妻の死を創出する必要上――。そうでなければ、なぜ伝説は領主の妻の死などを長々と描写するのだろう? そのあとで、復活までさせなくてはならなかった。また、その子供なども長々と描写するのだ。

 漂着後に領主一家との関りがあった後は、マリアの名が出て来る話としては、次はもうサント=ボームの洞窟へ隠棲した話が来るだけだ。

 マリアが南フランスで永く暮らし、精力的に宣教して隠棲したのだとしたら、隠棲前のもっといろいろな話が伝わっていてもよさそうなものではないか。

 漂着後すぐに領主夫妻に子宝をさずけ、復活させた奇跡譚があるだけで、あとは洞窟で俯せになって30年間メソメソ……いや愛を観想していたという話にしかつながらないのは、どう考えても不自然だ。

 第一、人に子宝をさずけ、復活させるほどのことができる聖女でありながら、洞窟に籠もる必要があるのだろうかと素朴な疑問がわいてしまう。

 マリア一行が南フランスにペテロとは異なるキリスト教を広め、それが中世に異端カタリ派が発生するための土壌となったことは確かだろう。

 その異端カタリ派は西欧の仏教といわれ、そのことは、『マリアによる福音書』で、マリアがイエスから個人的に教わったという内容とは響き合うものがある。

 マグダラのマリアその人の運命がどんなものだったかは、「神のみぞ知る」だが。 

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