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2010年4月の59件の記事

2010年4月30日 (金)

映画は観ました

 感想はのちほど。また吐き気が。

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吐き気は朝のパリエットで改善!

 夜から起き出した吐き気が朝になっていよいよとまらなくなり、困ったと思い、ごまプリンをおなかへ入れてみた。空腹すぎるためかと考えたのだ。

 違和感がありつつも、プリンは胃に収まった。吐き気は治まらず。

 朝のパリエットを飲む時間だったことを思い出して飲んだら、しばらくして吐き気がとまった。

 今は、若干胃に違和感が残るくらいで、不思議なくらい何ともなくなった。

 パリエットは朝1錠だけ飲めばよく、通常はそれで一日いけるらしいが、わたしは生活が不規則なせいもあってか、夜に効果が切れたのではないかと思う。

 もう1錠貰えればなと思うが、薬に頼ることばかり考えずに、胃を労ろう。

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吐き気のぶり返しにめげず、映画へ

 昨日の夜から、また吐き気が始まった。パリエットで治まっていたのに、短い蜜月期間だった。吐き気といっても、幸い例によってカラ吐き気で、内容物を伴わないのは助かる。

 パリエットのせいにせず、胃の調子が戻るまでは、油物を控え、消化のよいものをとるようにしよう。そうすれば、治まるだろう。

 それにしても、消化器内科を受診する1週間前までは、眩暈がするとき以外は吐き気なんて、めったに起きたことがなかったのに、どうしてこうなったのだろう? 急に胃酸の量が増えたのかしら。わけがわからない。

 創作が待っているというのに、少し遊びすぎだが、今日は娘と映画『パリ・オペラ座のすべて』を観に行く予定。ドキュメンタリーで、レビューでは冗長という感想が多いが、観ておきたい。

 

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2010年4月29日 (木)

その後の父夫婦

 父夫婦は福岡の海の見える場所にマンションを購入し、それなりに落ち着いて暮しているらしい。父は昨日、移転前に同じ地区だった不動産屋のご主人を訪ね、船工芸を始めるといっていた由。

 何より。その状態ができるだけ長く続いてくれればと願う。

 父夫婦が放置していった土地の問題が出てきた。まだ母名義のその土地。ほしい人がいるそうだ。わたしたち姉妹は父と共同で処分してしまいたいと考えている。何しろ父は変な裁判沙汰を吹っかけてきたくらいだから、どう見ても昔のような頭のまともな父ではない。移転後に、土地の税金の支払いを拒否したので、わたしたち姉妹に催促が来るようになった。

 土地からのメリットは何もないまま、税金だけ支払わなくてはならない恰好だ。相続の拒否もできるが、とりあえず、わたしたちは係りの人に事情を話し、滞納していた。が、いつまでもこういうことを続けるわけにはいかない。

 わたしたち姉妹は福祉関係者を通じて、父にこうしたことを伝えた。前出の不動産屋のご主人と、父は割合親しくしていたらしい。不動産屋のご主人が、土地をほしがっている人のことを話すと、父は売る気になったようでもあるらしい……わたしたち姉妹がそれにかかる費用を全て払えばというわがままさだが。

 父夫婦のことでは、いずれ裁判が必要となるかもしれないが、とりあえずは土地の件がうまく片づいてくれればと思っている。そしたら、田舎のことなので、大した額にはならないかもしれないが、出版実現に向けてのプチ軍資金にはなるかもしれない。

 何にしても、何も自分のお金がないという今のわたしの状況では、身動きがとれない。

 今どき、素人の作品を最初から商業出版してくれる出版社があるとは思えない。とはいえ、土地の件がうまくいかなければ、仕方がないから、印刷屋さんで冊子にして、それを名刺代わりに営業活動をやってみたいと思っている。

 占星術で、55歳以降はまさに作家という配置になっていなければ(特に海外でヒットする配置)、このご時勢、そんな行動すらとろうという気になれなかったかもしれない。とにかく今は、時間がかかったとしても、勝負できそうなよい作品を完成させたい。

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昨日の夕飯(服部先生レシピ『じゃがいもと肉だんごのサブジ風』『野菜のホットサラダ みそドレッシング』)

昨日の夕飯(野菜のホットサラダ)

 昨日の夕飯は、服部先生のレシピ『じゃがいもと肉だんごのサブジ風』『野菜のホットサラダみそドレッシング』、「やりくりおかずと節約献立」(扶桑社、1999年)のレシピ『豆腐のポタージュ』を参考に作りました。

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 「週刊 服部幸應のしあわせクッキング39号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)から『じゃがいもと肉だんごのサブジ風』のレシピをご紹介します。

[材料・4人分]
じゃがいも2個(300g),にんじん1本(150g),合いびき肉250g,
A〔玉ねぎのみじん切り1/4個分,パン粉3/4カップ,溶き卵1/2個,ターメリック・クミン(粉)各小さじ1/3,塩・こしょう各少々〕,
クミンシード小さじ1/2,グリンピース40g,
B〔ターメリック小さじ1/3,レッドペーパー少々,コリアンダー・クミン(粉)各小さじ3/4〕,
ガラムマサラ小さじ3/4,サラダ油,塩.

[作り方]

  1. じゃがいもは皮をむき、四つ割りにしてしばらく水にさらしてから水気をとる。にんじんは皮をむき、2.5cm角に切る。
  2. ボールにひき肉とAを入れ、粘りが出るまでよく混ぜ合わせ、直径2cmくらいのだんごに丸める。
  3. 鍋にサラダ油40mlとクミンシードを入れ、中火にかける。クミンシードのまわりが泡立ちはじめたら②の肉だんごを入れ、色よく焼く。
  4. ③の中に①とグリンピースを加えて炒める。全体に油がまわったらBと塩小さじ1/2強を加え、混ぜ合わせる。水3/4カップを加え、蓋をして15~20分蒸し焼きにする。
  5. ①にガラムマサラを加えて再び蓋をし、じゃがいもに火が通ったら、塩少々で味をととのえて仕上げる。 

 『豆腐のポタージュ』は既にご紹介済みで、当ブログの過去記事検索で出てくると思います。

 ホットサラダは、レシピではブロッコリー、カリフラワー、にんじん、かぶ、小たまねぎが使われています。

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 小玉ねぎがたまたま沢山出ていたので買い、家にありました。他の野菜もあったもので、ブロッコリー、アスパラガス。

 ホットサラダにかける和風テイストのみそドレッシングが美味しかったので、材料をご紹介します。

 みそ大さじ1強、酢大さじ3、砂糖小さじ2、サラダ油大さじ2です。

 わたしは黒酢を使ったので、ダーク・カラーのドレッシングになりました。

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2010年4月28日 (水)

お腹が張らない快適さ&あれこれ

 胃酸を抑えるパリエットが効いているのではないかと思いますが、起床時から(今思えば)張っていたおなかがすっきり。

 体の軽いことといったら、ありません。心臓疾患と喘息以上に、胃腸の不調が生活の質を落としていたようです。それなのに、わたしは胃腸が悪いという自覚がありませんでした。

 食べても食べなくても苦しいので、1日1食にしながら、家族の休日にはそちらに合わせて食べ、食べるときは、どうにでもなれ、と思って食べていました。

 パリエットを飲んだだけで、こうも胃が軽くなるとは不思議で、眠りに入るときは、この魔法が解けませんように……と祈りたくなります。

 といっても、食べた後はおなかが張り、しばらくは不快な状態になりますが、何しろ度合いが以前とは違い、今は食後に気軽に行動をとることができます。吐き気は全くしなくなりました。

 何と瞼まで、昨日辺りからすっきりして、久しぶりにぱっちりした目になっています。

 胃の薬が瞼の腫れに効いたなどという話は聞いたことがないので、これは呼吸器クリックで出していただいたアレルギーの薬の作用でしょうか?

 細かなアレルギーの検査ではアレルギー度ゼロに近かったのに、アレルギーの薬で瞼の腫れが引いたのだとしたら、瞼の腫れの原因はアレルギーだったということになりますね。

 自分の体のことでありながら、よくわからないことばかりです。

 体調がよくなったので自作童話『不思議な接着剤』に戻らなくてはなりません。

 下準備の一環として調べ始めた中世ヨーロッパ。

 中世の闇に葬られた異端カタリ派から原始キリスト教における問題点に辿り着き、浮き彫りになってきたマグダラのマリアとペテロの対立、四福音書の食い違いとナグ・ハマディ文書……ずいぶん深い森に入り込んでしまいましたが、わたしの物語の洞窟に囚われている女性をくっきりと描き出すためには、今後もこの作業というか私的研究は、童話の執筆と並行して続ける必要があります。

 その前に、シネマ『アリス・イン・ワンダーランド』の感想を書きたいと思い、先ほどから解読不能になったメモをぼんやりと眺めていました。

 中村紘子のピアノ・リサイタルの記事も書きたかったのですが、こちらの記憶のバックアップは難しいかも。

 思い出すままに書いてみると、模範的な弾きかたという印象で、ピアノのレッスンの域を出ない、強いていえばサロン芸術という感じの演奏……。

 あれは英雄だったかな――妙にガンガン乱暴に聴こえたのは。同じ曲をCDで聴いたフジ子のほうは、やけに重苦しかったのですね。

 このことから、両奏者のタッチの質の違いと、彼女たちがいずれも楽譜に忠実な弾きかたをしていることが推測できました。

 楽譜に、強いタッチをするようにとの指示が連続して下されているに違いありません。

 指が太くて重厚な音を出せるフジ子は重くなりすぎ、軽い音になりがちな紘子さんのほうはガンガンうるさく聴こえたのです(声量の乏しい歌手が声を張り上げているような感じ)。

 フジ子の演奏からは、大自然や生活の香りがします。革命における左手の美しさ。激動の革命の内部構造が見え、民衆の息遣いが聴こえてくるようでした。

 フジ子はペダルの使いかたが絶妙だと感じましたが、それはドビュッシーのような抽象性の高い曲では、ひときわ生きていました。紘子さんのドビュッシーは味気ないなあ。

 紘子さんがアンコールで弾いたラフマニノフの鐘(真央ちゃんが滑った曲)を、フジ子で聴いてみたいと思いました。

 ただ、紘子さんは楽譜通りに狂いのない弾きかたができ、音に色がないだけに、オーケストラのほうではやりやすいでしょうね。

 フジ子は過度に敏感でミスもよくありますから、よほど熟練した、フジ子の芸術性を理解できるオケでないと、うまくいかないでしょう。

 あーあ、中途半端に書いてしまいました。

 さて『アリス…』の感想を書き、Notes:不思議な接着剤の放置していた記事に加筆したら、『ユダヤ戦記』と明日返さなくてはならない『ユダヤ古代誌』に目を通して……と考えて時計を見ると、もう夕飯の支度時。

 体調がよくなると、お菓子を作りたくなりますが、書かなければならないもの、読まなければならないものが沢山……当分は無理かな。

 この記事は携帯からで、読み直さないままです。あとで、パソコンで。

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2010年4月27日 (火)

今日の夕飯(南蛮漬け)

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 エミール・アンリにのせた南蛮漬け。アジが居心地ちよさそう。お皿の窪みが気に入っています。

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 南蛮漬けの漬け汁は酒・しょうゆ各1/2カップ、酒大さじ1。千切りにした野菜を並べた上に、小麦粉を薄くまぶして唐揚げした小アジ(か小ダイ)をのせ、沸騰した漬け汁をかけて時間を置きます。

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 バターをのせて、軽く塩こしょうし、オーブントースターで焼いた椎茸はいつも家族に好評。強めに焼いて、しょうゆを垂らすだけでも美味! 大分は椎茸が美味しい土地柄、原木栽培した椎茸の美味しさです、贅沢だなー!

 卵豆腐は市販のものですが、梅の果肉とみじん切りにした大葉を混ぜてのせました。味噌汁の具は、かぼちゃ、白菜、万能葱です。

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村上春樹『1Q84 BOOK3』を書店で立ち読み

 村上春樹の『1Q84 BOOK3』を昨日書店で立ち読みした。

 いつ頃からか、村上春樹の作品はどれを読んでも金太郎飴のように同じに思える。

 金太郎飴は美味しいからいいが、この場合は文学作品として見られていることから考えると問題がある。

 このような行き当たりばったりの書きかたは(シュールレアリズムの書きかたとも違う。あれは過激なまでに文学革命的、意識的だった)、純文学的でないのは勿論、娯楽小説でもないという気がしてしまう。

 読者を楽しませようとする工夫の凝らされているのが、娯楽小説というものだ。

 しかし、村上春樹の小説は何処か寝言のような無自覚的なところと、マスターベーションのような放埓なところがあって、なぜか作者はそれを善しとしている風で、ファンは春樹の作品が、それがどんなものであれ出るたびに喝采し、待ち焦がれ、まるで新興宗教のイベント――がどんなものかは知らないが――さながらの光景が展開されている。

 信者は、作品をゲットしたことを自慢げ、誇らしげにブログで報告し、深読みすることに悦びを見出す。村上春樹教祖のステータスが上昇することを熱望し、一部の熱烈な信者は春樹教祖にアイデンティティーを預けてしまっている。

 『1Q84 BOOK3』では、女性が男性のペニスを無機的に握る場面を含むベッドシーンがエンディングシーンで、それに何かいつもの感じの場当たり的な言葉がくっついて終わっていた。

 娘の勤務する書店では、積み上げられた本の周りを子供がぐるぐる回り、「おかーさん、この本、すごいってね!」といっていたそうだ。

 どうか、高校生以下が読みませんように。単純に風紀的に問題だと思う。高校生が読むのにふさわしい本ではない。大学生にしても、読書量が多ければいいが、他に、ふさわしい本はいくらでもある。

 村上春樹の諸作品は、人生を棄てた中年以上の人間がいるとしたら(棄てることはないと思うが)、その人間にこそふさわしい。

 昨日わたしが行った書店では、どの巻も結構あった。郊外店に勤める娘の書店では、宣伝につられて第一巻を買うお客さんが多いため、第一巻が足りないそうだ。

 高校生によい世界の名作シリーズをこれだけの宣伝で売れば、日本もどんなにか変わるだろうに。

※ 申し訳ありませんが、当記事に関するメールは受け付けておりません。

当ブログにおける関連記事:

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若草色のエミール・アンリのお皿

若草色のエミール・アンリのお皿

 安くなっていたエミール・アンリのお皿を、4枚買いました。

 売り場の人が、一緒に塗りむらのないものを探してくれました。フランスで塗られものなので、どうしても塗りむらがあるそうです。

 細かな手作業は何といっても日本人が優秀で、インポートものではそういうわけにはいかないとか。ちょっぴり雑なところが、温かみを醸し出しているのかもしれませんが、買う場合はより綺麗に塗られたものを買いたくなります。

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おなかが軽い!

 昨日から飲み始めたパリエットの効果としか思えないことには、おなかが信じられないくらいに軽い!

 ああもう嬉しくて、うさぎになってぴょんぴょん、どこまでも跳ねて行きたいくらい。

 これまでがどんなに異常であったかが、よくわかった。

 妊娠8ヶ月くらいのおなかの膨れと重さがあり、一週間前からは吐き気が止まらず、喉に何かできたのかしらと思ったくらい、その辺りから刺激が絶えず伝わり、悪阻のような吐き気。

 パリエットは、かかりつけの循環器クリニックと呼吸器クリニックでは出して貰ったことのない薬。

 どんな胃腸薬を飲んでも、おなかが痛くなるだけだったのに、これはおなかは少しも痛くならずに、おなかがもう20年は味わったことのなかった快適さ。

 とにかく軽い! 心臓に初めて薬が効いたときも軽さに感激したが、その感覚に似ている。

 対して、今日は残念ながら心臓が少し重いが、それでも体全体が軽いと感じられる。

 おなかも空いて、朝は食べた。

 家事をしたあと眠ってしまったのは、呼吸器クリニックで「湿疹の痒みに効く薬がありますよ」といわれ、出された薬タリオンのせいだと思う。

 アレルギー改善薬で(アレルギー検査では、アレルギー度ゼロに近かったのに)、眠気を催すと説明書にあるが、ホント眠い、
(_ _).oO 夜、飲んでいるだけなんだけど。昨夜は眠剤の如くに効き、飲んだ直後に爆睡。

 夜中に湿疹を掻いたかどうかも「記憶にございません」。

 湿疹を掻くと、皮膚に穴が空き、傷が治るまでに2週間はかかるという。白髪染めにドクターストップ。このあとパソコンから書く予定の呼吸器クリニックの受診記事にも、書いておきたいと思う。酸素96。95まではよい。

 わたしは薬が効きやすいが、効果を感じなくなるのも早いほうなので(まるで性格を表しているみたいで嫌だな。長年創作やっているのは私的奇跡)、パリエットに感激しすぎないほうがいいかもしれない。

 仮に、一時的なものにせよ、この快適さをもたらしてくれたパリエットと処方してくださった先生に感謝!

 今から楽しく、家事と料理をするの! 今日は昨日買ってきた小鰺で南蛮漬け。おなかが重く、喉元が支えて料理が苦痛だった昨日までとは、今日は、少なくとも今日はオサラバさ。

 もう胃カメラだの大腸ファイバーだのの必要はゼンゼン感じませんな―。

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2010年4月26日 (月)

疲れに、ジュースが効く!

疲れに、ジュースが効く!

 消化器科と呼吸器クリニックのはしごで、へとへと。

 でも早くも胃酸を抑える薬が効いてるみたい。ジュースで、相乗効果。待ち合わせた娘と買い物をし、休日の夫に迎えに来て貰います。

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消化器内科受診

 吐き気がよくならないので、レッドクロスの消化器内科を受診しました。

「聞いた症状からすると、あなたは薬を沢山飲んでいるし、胃腸の働きが弱って、機能性胃腸障害を起こしているんじゃないかと思う」といって、先生は図解されました。

 大きな楕円形の左右に、はみ出る小円を1つずつ。小円には、過敏性大腸炎、逆流性胃腸炎の文字。

 ガスや吐き気は逆流性胃腸炎の可能性が高いそうです。やっぱりね。心臓の働きを抑える薬は胃腸の働きも抑えるから、当然の事態とはいえます。

「通常はそれに対処するお薬を出すんだけれど、本当はね、癌とか他の病気がないことを全て否定してからのほうが望ましい。さあて、どうするかな。どうしますか?」

 この機会に、お願いすることにしました。胃カメラだけかと思ったら、大腸ファイバーもするのだそうです。

 ビビるわ、あれは。2リットルもの水なんて、飲めるかしら。

 胃腸の調子が悪いというのに。看護師さんによると、『黄金糖』という飴を嘗めながらだと、飲みやすいという某ドクターの説があるそうです。他の飴じゃ駄目なの、と尋ねると、それが一番味が合うとか。へえーやってみようっと。

 早ければ明後日できるそうですが、ビビってしまい、その日といえませんでした。次は、連休後なら、いつでもいいということだったので、12日にしていただくことに。9・10日に、子どもたちと別府に泊まりに行くのです。

 胃酸の分泌を抑えるペリエット錠10ミリグラムを、1日1回、16日分出していただきました。それでよくなったら、検査が余計に億劫になるかもしれません。

 消化器内科受診では、膵炎の治療歴も訊かれました。以下は、そのときお話した膵炎関係の覚書。括弧内は端折りました。

 30代後半から40代半ばにかけて、総合病院でフォイパンに様々な胃腸薬を組み合わせて飲んでいた。膵炎関係の血液検査は頻繁に受けていた。その値から痛風も疑われていた。エコーで膵臓が何とかといわれたが、記憶が欠落(日記を探せば書いているかもしれない)。検便をしたかどうかの記憶はぼやけているが「便に脂が出ている」といわれた。

(4人目だったか、5人目だったかの医師のときにフォイパンをやめた。胃腸薬は飲んだりしていた。その後この街に引っ越してからは継続的な胃腸の治療は受けてこなかった。)

 5年前にこの同じ消化器科で膵炎関係の血液検査を受け、膵炎を否定された。

 膵炎と診断された頃の症状を訊かれたので、腹部膨満感、強い背中の痛み、ひどい下痢に悩まされていたことをお話しした(その頃はとても痩せていた)。

 循環器クリニックの場所を訊かれました。

 わたしよりかなり若い先生です。ネット検索したところでは、防衛医大出身。あそこは難しいっていいますね。

 内科のU先生は、やはりお休みでした。至る所で、待合室でも薬局でも「U先生がお休みだから」という風に、先生のお名前を耳にしました。

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ソネットブログ「マダムNの純文学小説」開設のお知らせ、及び自作小説『地味な人』について

 このところ、自作小説の出だしだけでもと思い、古い原稿から作品をブログに写していました。 

 『地味な人』などは、フロッピーは開けず、感熱紙で打ち出した原稿の文字は消えかかっていて、やばい状態です。インクできちんと印刷している作品は持ちが違いますね。創作なさっているかたには、プリントアウトをおススメします。

 お知らせですが、無料で複数のブログを作れるソネットさんで、「マダムNの純文学小説http://source.blog.so-net.ne.jp/」を作りました。小説だけをお読みになりたいかたは、一度ご訪問になってみてください。こちらに収録したものは、あちらにも収録予定です。

 話に出したついでに、収録し始めた『地味な人』について。

 写しながら読むと、この頃が今の日本を作る分岐点となったんだな、、ということがよくわかります。

 それなりに時代の分析ができていたと改めて確認でき、どうしてこのようなテーマに挑んだもっと優れたプロの作品が出なかったかと残念に思います。わが国がそんな作家を数人もっていれば、今のような日本にはならずに済んだかもしれないのに、と取り返しのつかないものを感じずにはいられません。

 尤も、当時から既に大出版社はアメリカ型商業主義に侵されていたからそんな作家が出なかった、といってしまえないこともありませんけれど。

 作品に出てくるアメリカ型のお店、わたしは好きです。ドーナツのお店のメニューなどは当時とあまり変らず、すっかり日本に溶け込んでいますね。

 ただ、当時はある衝撃があり、また危惧を覚えたことがあって、それはわたし一人の実感ではなかったと思います。それが作品の第一のモチーフとなって、作品の冒頭を一葉のスナップ写真のように飾りました。

 『地味な人』を写しながら、わが国がアメリカ型商業主義というものの性質をきちんと分析し、もっと賢い受容の仕方ができていたら、もう少しましな日本になっていたに違いないのに……と本当に悔しく思いました。

 第一のモチーフに、殺人事件を絡ませた『地味な人』は、実際に起きた事件とは必ずしもリンクしないかもしれませんが、お受験殺人事件と呼ばれたあの事件には、母親の心情に突き刺さってくるものがありました。それが第二のモチーフとなって、自然に第一のモチーフに融合したのでした。

 アメリカ型商業主義については、流通業界において、アメリカに倣え追いつけとばかりに郊外型の店舗展開をひた走りに走ってきた某企業の一戦士である夫にずいぶん取材し、彼は快く協力してくれました。子育て中の迷い、葛藤などは実体験の滲み出たものとして、どうしても残しておきたい作品です。

 客観的に見て、やはり未熟な作品ではありますが、懸命に綴った過去の自作にわたしは元気づけられて思いました。今からでも遅くはないはず。

 日本人は明らかにおかしくなっていますが、今こそ、わたしたちは本来の聡明さと我慢強さを取り戻して、目先のことに惑わされない、様々な重圧に挫けない、自分らしい生きかたを取り戻すときなのではないでしょうか。日本人には、様々な欠点と共に、そのような美点も潜んでいると思うのです。 

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2010年4月25日 (日)

プーさんは力持ち

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2010年4月24日 (土)

「マダムNの文芸作品一覧」に収録中の作品について

マダムNの文芸作品一覧http://elder.tea-nifty.com/blog/cat22027613/index.html

2010/4/24

 記事数が増えるにつれ、自作文芸作品が埋もれてしまいがちとなり、そのことが気がかりでした。

 自作文芸作品の収録は、主にホームページで行うつもりでしたが、ホームページというものは、オリジナルなページ作りの楽しさがある反面、迅速に収録を行う作業にはあまり適していないようで、遅々として進まず、沈滞気味でした。

 その点、ブログサービスはありがたく、ページ作りの煩わしさがありません。また、ココログでは長い小説であっても一気に一記事として収録できることがわかりました。

 収録済みの自作小説『台風』、当ブログから生まれた評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』などは100枚弱の作品ですが、一気に収録を試みたものです。

 『台風』『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は電子書籍にしたため、現在は非公開にしています。申し訳ありません。

 いっそ利用プランを現在のベーシックからプラスに切り換えて、自作文芸作品専用のブログをココログで別に作ろうかと考えたりもしていて、現在、検討中です。

 ただ、ホームページ作りの楽しさにも捨て難いものがあるので、それはそれで継続していければと考えており、増えた他のブログたちの今後も含めて、なかなか結論が出ず、逡巡しております。

 とりあえずは、訪問者の便宜と、気が向いたときに自作文芸作品を収録できるようにしたいとの考えから、「マダムNの文芸作品一覧」を作成した次第です。

 とはいえ、収録作業を考えると尻込みしたくなるのですね。そこで、長いものは始めの部分だけでも写しておこうと思い、昨日から今日にかけて、何編かそうしてみました。

 写していると、作品執筆当時の自分が思い出されますが、昔の自分がまるで別人のようにも想われて、編集者のような視点で自作を再読できたのは一興でした。

 中学3年生のときに書いた『小さなふれあい』という作品は、模倣の段階にあるもので、児童文学作品に類したものです。

 中学1年生のときから盛んに詩やジュニア小説や児童文学作品に類したものを書き散らしていました。この作品は、リンドグレーンの『さすらいの孤児ラスムス』、西部劇『シェーン』の影響を受けて書いたように記憶しています。

 『小さなふれあい』には、子供らしい設定上の重大な欠陥があり、笑ってしまいましたが、当時のわたしは文集になってからそのことに気づいたらしく、ページの余白にそのことをメモしています。

 課外活動ではなく(課外では短期間ですが、バレー部に所属していました。もう少し本格的にバレーをしたのは、高校になってからでした)、授業の一貫として行われていたクラブ活動で文芸部に所属し、そこで創作集を編むことになりました。

 パソコンなんてない時代。担当の女の先生が、実業高校で和文タイプを学んでいる女生徒に頼んでくださって、ガリ刷りではなく、豪華にも活字の文集が出来上がりました。

 文集のトップに来ている作品は、2年生の女生徒Fさんのメルヘンですが、今読み返しても驚くほど完成度の高い作品です。よくこれだけのものを、中学2年生の段階で書けたものだと呆れます。

 文章は、大人も顔負けに洗練された、ふくよかなもので、メルヘンといっても、豊富な知識をもとに周到に下調べがなされていることがわかります。

 当時のわたしは、勿論ショックでした。Fさんは勉強もでき(確か早稲田に行きました)、担当の先生は明らかにそのFさんに夢中でいらっしゃいました。

 そして、わたしの作品に対しては否定的でした。Fさんとは輝くような楽しさでおしゃべりなさるのに、わたしに対しては居心地の悪そうな、寡黙な接しかたでした。悪いことには、その先生は母の同級生でした。

 自分でいうのもナンですが、わたしはどちらかというと先生に贔屓されやすいよい子ちゃんタイプでしたから、そんな扱いもショックでした。

 先生があからさまにおっしゃったわけではありませんでしたが、Fさんの作品に対しては最高級の賛辞のムード。わたしの作品に対しては、曇った顔つきで、納得がいかないというムード。

 具体的にはペーズという地名がおかしいから変えるように、といわれました。

 わたしは先生の顔色を窺いながらも、変えたくありません、といいました。作家の作品に架空の地名が出て来ることはよくあると思えましたし、作品には日本でない別の――外国の――ムードを漂わせたかったのですが、行ったこともない実際の地名を出すのは嫌でした。

 Fさんの作品では、メキシコという実際の地名が出てきます。

 メキシコの草原で育ったコスモスたちが、「おまえたちのおっかさんは、日本にいるんだろう、ね、そうだろう?」「おまえさんたちよりか小さいけど、よく似た形の花を百いや千だったかな? とにかく花をいっぱいつけた大きな木を春行った時見たんだよ。とってもきれいだったぜ。その木に咲く花は、毎年風に吹かれてどこかへ行っちまうんだ。おまえさんたちは、日本からここまで小さい時に飛ばされてきたんじゃないのかい。おいらの考えによると、その大きな木は、おまえさんたちのおっかさんで、小さい花びらは、おまえさんたちの妹や弟になると思うけどどうだろうか?」とそよ風にいわれ、日本に行く気になります。

 ここでは、コスモス――秋桜――がメキシコ原産ということがモチーフとなっていると思われますから、メキシコという地名を出す必要があります。また、コスモスたちが桜を母親と思い込んで向かう先は日本ですから、メキシコの描写は最小限で済ませられるわけです。

 わたしの作品では、そういうわけにはいかなくなります。旅をしている少年が主人公で、彼はペーズという町に向かっているわけですが、実際の地名を出せば、少年のいる町の描写まで正確にしなくてはならなくなります。

 当時のわたしはそのように考え、X市という地名を妥協案として先生に示しましたが、先生は肩をすくめるような素振りをされただけでした。

 この年齢になって当時を振り返って思うのですが、あの先生の態度って何なのでしょう? 母と親しく談笑される姿を目撃したことがあり、母と仲が悪かったからとは考えられませんが、単に作品やわたしが気に入らなかっただけなのだろうか、と今でも不審に思います。

 最終的に先生が折れてくださったようで、町の名はペーズとなっています。わたしはあとで、ペーズを消して「X市」と訂正しています。創作活動を行う上での闘いは、このときから始まっていたというわけですね。

 かんばしくない先生の反応から、わたしは自信喪失してしまいました。が、文集を読んだひとみちゃんが、あなたの作品が一番いい、何といっても内容に深みがある、あなたはすでに作家だと思う――と、真剣な目をしていってくれました。

 ありがとうと感謝しながらも、正直いって褒めすぎだと思いましたが、慰められました。このひとみちゃんは、執筆中の長編児童小説『不思議な接着剤』『すみれ色の帽子』に出てくる瞳の初期のモデルとなりました。

 なぜ、中学生のときに書いた作品を一覧に加えたかというと、そこに出てきた登場人物が今でもわたしのなかで生きているからです。真実のふれあいに生きようとする主人公ジョンの気持ちはわたしの気持ちを結晶させたものであり、そのなまなましい願いは当時も今も変わりません。

 この最初期の作品でわたしが追究したかったのは、人間の内面性だと思います。

 模倣の段階にありながらも、そうした内面性の表現という一点だけは、オリジナル性を伴っていると思われ、棄てきれませんでした。

 『茜の帳』は子供の虐待を、『地味な人』はお受験殺人事件と称された事件を題材にとったものです。子育て中の人間にしか書けないものが表現されていて、貴重だと思っています。

 『茜の帳』には構成上の飛躍があって、最終的に幻想譚となり、周囲の評価のわかれるところでした。『地味な人』は、受験、格差問題を核とし、アメリカ型商業主義、都市のドーナツ化現象などに取材した今に通じる時事問題を織り込んだ社会派めいた作品。3次落ちに、悔しい思いをしました。

 『銀の潮』は、ヒロイン津世に魅力があるようで、流れを端折った粗筋めいた作風にも拘らず、周囲の評価は高いものでした。同じ欠陥と人気が『あけぼの――邪馬台国物語――』にもいえます。

 『露草』は、病気と死を見つめる画家の青年に対して、恋愛に限りなく近い友情を抱いた男性の回想譚。この作品のテーマの一部が発展して、『ブラック・コーヒー――文学賞の舞台裏――』となりました。

 作家志望のヒロインが自分をバイセクシュアルではないかと疑い、実験精神と作品にもなるという打算から性的な冒険を試み、残念ながらノーマルだったと悟る作品ですが、『露草』も『ブラック・コーヒー』も神秘主義的観点から書かれているところは、共通しています。

 文学界に対する批判も込めた『ブラック・コーヒー』は賞を狙った野心作でしたが、結局賞は獲れず、周囲の顰蹙を買って終わりました。

 『白薔薇と鳩』は、手記『枕許からのレポート』とテーマを同じくします。結婚生活の機微をいくらか滑稽なタッチで描き出そうとしたという点では、掌編『風疹』にカラーが似ています。

 一覧にある作品は、その時でなくては到底書けなかった旬の味わいがあるので、それぞれの旬を生きていらっしゃる人々に読んでいただけたらと思っています。収録作業はぼちぼちとですけれど。

 追記
 2013年9月24日現在では、作品の発表の場を主にアマゾンのキンドルストアに求め、セルフパブリッシングのための電子書籍作成に勤しむようになりました。キンドルストアで販売中の電子書籍はアマゾンの以下の著者ページに表示されています。

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プチ・ブラックモンブラン~!

プチ・ブラックモンブラン〜!
 
 『これ、知ってる?』といって、娘が買ってきた竹下のプチ・ブラックモンブラン。

 親(?)のほうと両方買ってきたので、記念撮影。プチのほうは、毬栗坊やという感じ。お味は、しっかりブラックモンブランでした。

 プチ・ブラックモンブランは33円です。

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自作詩『太陽に溶け』

  • 昭和52年佐賀県文学賞詩部門一席。
  • 19歳のときの作品で、当時はロックンロールにぞっこん惚れ込んでいました。

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自作童話『小さなふれあい』

  • 中学校文芸部創作集「われわれ小説家」(1973年2月発行)
    に収録。
  • 当ブログに録中

目次

  1. 浮浪者ボッブとジョンとの出会い
  2. ほし草の中
  3. 小さな恋人
  4. ジョンと詩
  5. ボッブの心づかい
  6. 小さなふれあい
  7. 浮浪者ボッブ

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昨日の夕飯(服部先生レシピ『エスニックチャーハン』)

昨日の夕飯

 服部先生のレシピ『エスニックチャーハン』。

 アクセントになるのはバジルです。ベランダで育てているものを、使いました。もう少しバジルを利かせたかったのですが、バジルを可愛がっている夫がそれ以上とったらダメっていいました。

 百合のカサブランカも、もっぱら夫が担当しています。百合だけは失敗したことがありません。

 ただ、ここ11階は地上とは環境が違うようで、以前は元気のなかったサボテンは、ここでは何もしなくても一年中元気いっぱい。

 ラベンダーも、元気いっぱい。乾燥を好むものが、ここでは育ちやすいのでしょうか。百合が綺麗に咲いてくれたら、また俳句か詩ができるのですが……。

 エスニックチャーハンは既にご紹介済みですが、再度。「週刊 服部幸應のしあわせクッキング第5号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。

[材料・4人分]
えび200g,カシューナッツ60g,卵2個,ねぎのみじん切り1/2本,レタス1/4個,バジル少々,ご飯4カップ,ナンプラー大さじ1,香菜適量.
揚げ油,サラダ油,しょうゆ,塩,こしょう,鶏ガラスープ.

[作り方]

  1. えびは殻をむいて背わたをとり、3~4等分にする。沸騰した湯で表面の色が変わる程度にさっと湯通ししてざるにあけ、水気をきる。
  2. カシューナッツは高温の揚げ油で、少し色がつく程度に揚げ、あらみじん切りにする。
  3. 卵は割りほぐしておく。レタスは太目のせん切り、バジルも太めのせん切りにする。
  4. 中華鍋を熱してサラダ油大さじ4を入れ、卵を流し入れて炒め、かたまってきたらご飯を加えてパラパラになるまで、ほぐしながら炒める。
  5. ④にえびとカシューナッツを加えてさらに炒め、しょうゆ大さじ1/2、塩小さじ1/2、こしょう、鶏ガラスープ各少々で調味して、ナンプラーを加える。ねぎ、レタス、バジルを入れてさっと炒め合わせ、器に盛って香菜を飾る。

 スープも服部先生のレシピ『焼き豚入り中華風卵スープ』を参考にしました。レシピでは、具に焼き豚、水煮缶詰のくわい、卵が使われています。

 焼き豚はありました。くわいはなく、卵はチャーハンに使うので、使いませんでした。代わりに、間違って買いすぎた白ねぎをぶつ切りにして、たっぷり。

 中華スープ4カップを煮立て、具を入れ、オイスターソース小さじ2、塩、こしょう各少々、しょうゆ小さじ2で調味します。〔溶き卵を入れる場合は、ここでまわし入れます。〕

 チャーハンもスープも、家族に好評でした。小皿の赤いものはトマトです。

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2010年4月23日 (金)

児童文学作家・アストリッド・リンドグレーンについて、これまでにとったノート

アストリッド・リンドグレーン
Astrid Lindgren,1907.11.14 -2002.1.28

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

№1
2006/04/15
児童文学作家リンドグレーンが放つ不気味さ、なつかしさpencil

 『長くつ下のピッピ』で有名なスウェーデンの児童文学作家リンドグレーンは、わたしにとって常に近しい、かけがえのない存在だ。

 リンドグレーンは偶然、娘と誕生日が同じだ。その前日は父の誕生日で、その1週間前はわたしにとってとても大切な人の誕生日だ。全員が蠍座生まれということになる。そして、その全員が、わたしにとってはちょっと謎めいた存在となっているのだ。共通する天真爛漫さ、雄大あるいは型破りといってもいいようなスケールの大きな考え方。それと相容れない神経の過敏さ、底深いシビアさ。 一見無邪気なお転婆少女に見える長くつ下のピッピにも、そうした性質を見出すことができる。

 幼い頃に死に別れたママは天国、難破して行方不明になったパパはどこかの島の黒人の王様になっているとピッピは陽気にいう。「ニルソンくん」という小さなサル、馬と共に「ごたごた荘」で一人で暮らすピッピは、まだたったの9つなのだ。彼女は料理が上手で、世界最強といってもいいくらいに力が強く、奇想天外なことばかりやらかすが、すばらしく頭がいいことも見てとれる。おまけに金貨を沢山持っていて、一人で暮らしていくには何も困らないかに見える。行動面だけ見ている限りにおいては、何の憂いもなさそうに見える。

 このピッピに憂愁の影が迫り、孤独をじっと見つめ続けるピッピ自身が、闇に呑み込まれそうになる危険性と隣り合わせにいることを印象づけられる場面がふいにあらわれることがあって、実にぎくりとさせられる。子供の頃の孤独は、この世に強くアプローチする手立ても原因を分析する方法も乏しいだけに、底なしのところがある。大人になると、そうした面を忘れがちなのだが、リンドグレーンは終生忘れず、否子供独特の孤独感を自身が共有していて、それを見事に描き出した作家ではないかとわたしは思う。

 殊に、こうした側面が強くあらわれた『ミオよわたしのミオ』『はるかな国の兄弟』においては、憂愁の帯び方が強烈すぎ、不気味なくらいだ。子供にこれらを与えていいかどうか、迷うほどに。それはリンドグレーン自身の抱え込んだ闇を連想させ、解決不能の死後の問題にまで発展していく力強さと救い難さを持っている。彼女はそうした抜きさしならぬ問題を決してごまかそうとしない強靭さに加え、優美といってもいい注意深い優しさ、また豊かな幻想性と何よりユーモアに恵まれた人物でもある。それらが一つに溶け合って、忘れがたい、なつかしい味わいを残す。

 あれは何年前のことになるだろう? 新聞記事でリンドグレーンの訃報に接したときは、ショックだった。大きな星が落ちたような気がした。彼女は著名な作家になってから、福祉的な様々な社会活動に身を投じた。子供専門病院の設立も、彼女の事業の一つだった。  

№2
2007/09/8
リンドグレーンの作品について書きたいことpencil

 娘が、徳間書店から出ている『こんにちは、長靴下のピッピ』を買ってきた。これは絵本で、イングリッド・ニイマンによって描かれた、本物のピッピの挿絵が使われている。

 やはり娘が、数日前に買ってきた雑誌『MOE』で巻頭特集「リンドグレーン生誕100周年」が組まれていて、それで初めて、わたしは本物のピッピの挿絵に出会ったのだが、わたしと同じように衝撃を受けた娘が絵本を買ったというわけだった。

 いやあ、ワイルド、ワイルド。リンドグレーンはスウェーデン、挿絵画家ニイマンはデンマーク生まれというのに、何かアメリカン的などぎつさのある絵だ。

 でも、娘がいってくれて(MOEに書いてあったらしい)ハッとさせられたのだが、ピッピは弱冠9つなのだ。わたしがこれまでに目にしたピッピはどう見ても12歳にはなっているように見えるものばかりだった。

 が、ニイマンのはちょうど9つぐらいに見えるではないか。この幼さで、サルとウマをのぞけば、たったひとりで「ごたごた荘」という一戸建てに住み、ちゃんとやっていけているキャラというと、ノイマン描くピッピのようなインパクトがあるくらいの女の子でなくてはいけないだろう。

 ニイマンはピッピをよく理解しているといえる。

 ところで、このワイルドで生き生きとした、それでいてキュートな原作のピッピであるが、続編ではワイルドというよりはいっそ凶暴な感じのところがあったり、ひどく暗い感じを漂わせているところがあったりする。

 わたしはピッピが9つということを忘れていて、書きすぎではないかと思っていたけれど、9つということを考えれば、むしろおかしくないような気がしてきた。

 いや、やはり、気にかかる! 

 凶暴、あるいは暗すぎるピッピは、『はるかな国の兄弟』に描かれた、暗い、あまりにも暗すぎる兄弟の置かれた境遇、あの酷な言葉(「お気の毒に、レヨンのおくさん! あんなにずばぬけていたヨナタンのほうがねえ!」)、無間地獄とすらいえるような死後の世界観を連想させるし、読めば読むほどせつなくなる『ミオわたしのミオ』で繰り返し出てくる独特の孤独な言い回し「ええ、そうなのです」を連想させる。

 三瓶恵子著『ピッピの生みの親 アストリッド・リンドグレーン』(岩波書店、 1999年)に、注目すべきことが書かれている。以下。 作家となって作品を書き次ぐほどに、リンドグレーンは暗い寂しい部分を深めていったようにも想える。リンドグレーンにとって、老いとは?

 1944年にリンドグレーンが作家としてデビューしたことはすでに触れたが、その背後には実は夫ステューレの病気や、戦争の不安などが影響していたといわれる。アストリッド・リンドグレーンをインタビューした人々のなかでいちばん彼女の核心に近づくことができたと思われるマルガレータ・ストレームステットによれば、リンドグレーンのファンタジーあふれる児童書は、実は現実逃避と自分自身へのセラピーだともみられるのだそうだ。

 アストリッド・リンドグレーンの作品で扱われるテーマ、すなわち、最初は幸福な子ども時代の思い出、次に子どもとしての自分の心のなかの暗い寂しい部分、最後にそれを越えるファンタジーに発展したという彼女の作品の移り変わりは、作家としての彼女自身の成長を示しているのかもしれない。

 『はるかな国の兄弟』についての覚書

 無間地獄のような死後の世界観。輪廻を連想させるシステム(?)。ただし、仏教の教えなどとは異なり、そこに救いはない。自殺の肯定とすら思える結末。

 スウェーデンの宗教は、情報雑誌『imidas』の付録『アトラス』によると、福音ルーテル派とある。

 酷な言葉を吐くおばさんは、布地やモスリンや小物をもってくると書かれているから、裁縫師である母親の近所に住む仕事仲間か何かだろう。兄弟の境遇の過酷さは、女の細腕で子育てをしている母親がもたらしたものだ。つまり社会的なもので、有名になったのちのリンドグレーンが、オピニオンリーダーとして社会的に発言し続けていた事実と照らし合わせて考える必要がある。

 リンドグレーンがオピニオンリーダーで、大衆の見方だったということは、政府当局から睨まれる立場であったということも考えられる。このことと、彼女がノーベル文学賞を逃したことと関係はないのだろうか。

 同じスウェーデンの先輩格セルマ・ラーゲンレーフは、ノーベル文学賞を1909年に貰っている。彼女は、『ニルスのふしぎな旅』のような児童文学作品ばかりではなく、大人向けの文学作品を沢山書いている。この人にしても、『幻の馬車』という名立たる神秘小説があって、スウェーデン人の神秘主義気質を考えさせられるけれど(スウェーデンの宗教、あるいは神秘主義的思想の歴史について調査の必要)、この人の場合、安定した死生観の持ち主だという気がする。前掲の死神が出てくる『幻の馬車』にしても、馥郁たる幸福感が漂う結末となっている。

 リンドグレーンはそうではない。混乱、恐怖、救いがたい孤独が感じられる。個人的なもの、社会的なもの、思想的なもの……。そういえば、彼女は私生児を産んでいる。男の子だ(のちに引きとっている)。リンドグレーンの恋愛観はどんなものなのか。

 リンドグレーンは不具な子供をよく書く、ことに脚。具体的にどの作品で、どうなのか(調査の必要)。

 リンドグレーンがつくった子供のための病院。

 リンドグレーンが生きた時代の社会的背景(念入りに調査の必要)。

№3
2007/09/11
リンドグレーンに関する資料pencil

 昨夜電話をかけてきた息子に、リンドグレーンが生きた時代のスウェーデンについて簡単に教えてほしいといったら、説明してくれて、下記の追加メールをよこしてくれた。

 北欧の歴史は学校ではあまり教わらないが、それはとても残念なことだと思う。北欧の歴史は、西欧や中国の歴史のような優雅さや雄大さはないが、独特の感性と誇りを感じる。

 北欧四ヶ国(デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド)は中世の間、対立や同盟、合同を繰り返してきたが、近世以降、ノルウェーがデンマークから、フィンランドがスウェーデンから分離したと思えば良いと思う。

 20世紀に入ってからのスウェーデンが一番根幹としたのは中立だった。これを守るため、スウェーデンはかなり辛い思いをしている。特に、第二次大戦の時がそうだった。これはスウェーデンに限らない話で、フィンランドはソビエトに謂れのない戦を仕掛けられ、英雄マンネルハイムを先頭に敢然と絶望的な戦いに立ち向かった。デンマークとノルウェーはドイツの奇襲を受けたが、デンマークはイギリスに見殺しにされ悲哀を噛み締め、ノルウェーは凄惨なレジスタンス戦となった。一方、スウェーデンはどこにも侵略されなかった。しかし、それは戦争に囲まれた中での辛い中立国だった。

 中立と言っても、ただ黙っていれば、それが保証されるわけではない。対戦が勃発すると、スウェーデンは50万の兵員を動員し、中立を守るために壮絶な覚悟を決めていた。50万と言っても、どれだけの無理かピンと来ないかもしれないが、そのうち、10万が婦人部隊にせざるを得なかったと言えば、いかに窮地だったか分かると思う。ドイツからは様々な要求で、自分達に味方するよう脅されていて、これをスウェーデンは忍耐をかさね、ぎりぎりまで受け入れ、またぎりぎりまで拒否し、中立は形骸化されつつも自国の中立を守った。しかし、連合国のイギリスからは中立違反を非難され、ドイツと戦うノルウェーからは兄弟を見捨てるのかと怨まれた。それでも、スウェーデンはドイツが崩壊するまで中立を耐え抜いた。後世、大戦中のスウェーデンについて、「大戦中、利己的に有利な方を助けた」と評判はよくないが、私は独立を守るための瀬戸際の駆け引きだったと思う。

 戦後は、多分この経験が元だと思うが、重武装中立が基本的な理念のようだ。自らの軍事力で自国を守るという思想で、民間防衛機構や国民のほとんどを収容できる避難壕まであると聞く。

 政治的には戦前から社民党の内閣が続いているが、これが、現実的な社会政党で、社会主義自体にはこだわらず、議会主義、王政を認め、福祉を重視した。

 歴史を見ると、スウェーデンは外交、内政、それぞれ、優れたバランス感覚を示して、このバランス感覚が特徴だと思う。

№4
2007/09/17
リンドグレーンにマディケンという親友の存在pencil

 最近購入して読んだ、クリスティーナ・ビヨルク著『遊んで遊んで リンドグレーンの子供時代』(石井登志子訳、岩波書店、2007年)。それによると……

 リンドグレーンの家庭は貧しかった。32頁「アストリッドの最初の担任は、古いタイプの先生でした。貧しい家の子供に対しては、とくに厳しいようでした。アストリッドに対してはやさしかったのですが、それはアストリッドをましな家の子供だと考えていたからです。」

 ところで、貧しいアストリッドの「世界一の友だち」は、裕福な家庭の娘マデイケン(本名はアン‐マリー・インゲストレム)だった。父親は銀行の頭取である。1歳上で、美貌、才智にも恵まれていた。『おもしろ荘の子どもたち』には、マデイケンという名の子供が登場する。

 43頁「マディケンは、リンジェービンで大学受験資格を取り、その後ウプサラ大学で学びました。大学で、ステッラン・フリースと出会い、結婚し、後にストックホルムに移りました。アストリッドとは、マディケンが1991年に亡くなるまで、親しくしていました。」

 80頁 マデイケンは、「アストリッドの原稿校閲係(原稿を読んで、どれを出版するべきかなどを助言する)になりました。」

 マデイケンの存在は、ある意味では誰よりも大きかっただろう。作品にも様々なかたちで投影されているに違いない。

 『長くつ下のピッピ』に出てくる、如何にもいいところのお嬢さんといった感じのアンニカ。尤も、リンドグレーンの孫にアンニカがいるけれど。あるいは、『ミオよわたしのミオ』にやや負のかたちで出てくる恵まれた家庭のベンカなどは、直接的な表現だが、もっと違ったかたちでも出てきているだろう。

№5
2007/09/20
国民作家リンドグレーンpencil

リンドグレーンはいわゆる国民作家だった。彼女のことを調べるまでは、スウェーデンでそれほど大きな存在だとは知らなかった。

 読む以前に、スウェーデンの子供たちは映画や歌を通して、リンドグレーンに馴染むらしい。グッズがあり、テーマパークや病院もある。

 リンドグレーンの生誕100周年記念を特集した月刊誌『MOE 9月記号』(2007年、白泉社)には、次のように書かれている。

 アストリッドは歳をとって目が悪くなって物語を書けなくなってからも長い間ずっと社会のオピニオン・リーダーでした。そしてスウェーデン中の人々が、偉い政治家をやっつける皺だらけの顔をした小さな「物語おばあさん」の快挙に大きな拍手を送ったのでした。

 文壇デビューが比較的遅かったので、人々には「物語おばさん」あるいは「物語おばあさん」としてのイメージが定着していました。「物語おばあさん」はスウェーデンの良識とユーモアの代弁者として絶大な人気者だったのです。

 「物語おばあさん」だなんて、何て素敵な響きなのだろう。国民的祖母といえる存在でもあったのだろう。

 日本人がかつて、このような存在を持ったことがあっただろうか。歌謡曲の分野では幸せなことに、美空ひばりという国民的歌手の存在があった。だが、文学の分野では? 

 紙幣になった夏目漱石、樋口一葉、紫式部は、どうか?

 国民と共に生きるには、夏目漱石は精神的に脆弱すぎた。樋口一葉は早く死にすぎた。紫式部は昔の人すぎる。

 児童文学の分野になると、もっと頼りないことになってしまう。

   赤い鳥運動の中から優れた童話作家や北原白秋のような人も出たが、もう一つだった。宮沢賢治なども、いい線いっていたと思うが、今一歩だったか。この人も早く死にすぎたし。

 わたしは少女の頃、松谷みよ子に期待をかけていたのだが、何かあらぬ方向(などと女史の民話の蒐集やお化けに対するアプローチをいってしまっては、いけないのだろうが)へ行ってしまわれた。

 松谷みよ子にファンレターを書いたのは、中学生のときだったか、高校生のときだったか。童話作家になりたい、とでも書いたのか、自筆で「がんばってください」と書かれたお返事の絵葉書は、実家の押入れに運がよければ(父に捨てられていなければ)今もあるはずだ。

 リンドグレーンの童話は、今の日本の児童文学作品には見出せないような深い闇を孕んでいる。光と影があり、様々な濃淡の影が舞台裏を支えて、豊かな光を前面に押し出している。

 リンドグレーンの童話のうちに偏在する馨しい光は、いわば、トレモンタンが『ヘブル思想の特質』(西村俊昭訳、創文社、昭和38年)の中で、下記のように述べた類のものだ。

 信仰とは心理学の領域に属するところの信念ではない。(略)信仰自体は霊的悟りであり、超自然的認識であって、霊によってわれわれに与えられるものである。

 愛とは感情的愛でもなく、心理学的諸動機または一つの気質によって説明される博愛でもない。それは感情でも情愛でも情熱でもない。それは他の秩序――霊的、超自然的秩序に属している。

 希望は自然的楽観主義、幸運な気質から生まれるところの期待する能力、とは何の共通点もない。それは同様に超自然的な徳である。なぜならそれは霊的であるからである。

 それはあらゆる蹉跌と人間的孤独をこえて存続し続ける。

 わたしは信仰者ではなく、神智学徒なので、信仰者でなくとも、このようなタイプの愛と希望に浴することができると思っているのだが、神智学徒らしい表現に翻訳して、超自然的という言葉をブッディ的、そうでないものをカーマ(欲望)的といい換えたい。

 ご紹介すれば、神智学ではこの区別を、H・P・ブラヴァツキー著『実践的オカルルティズム』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポンロッジ、平成7年)の「用語解説」で、次のように解説している。

 マナス:人間の心、知性、マインド。
 マナスは二重であり、高級マナス即ちブッディ・マナスと、低級マナス即ちカーマ・マナスからなっている。
 高級マナス=高級自我は本質的に宇宙と一体であり、神聖なものである。低級マナス=人格我または低級自我は高級マナスの光線であり、この世で働くものとして動物的及び自己中心的な要素もある。マナスは、第五本質、内なる人間、人間魂ともいう。

 『ハリー・ポッター』シリーズは人気があるが、残念ながらわたしには、ブッディ的要素は見出せなかった。粗悪な印象を受けた。厳密には、芸術作品という意味での児童文学作品とはいえないとわたしは思っている。

 そうした厳密な意味で分類するなら、児童文学作品はこの世にそれほど多いとはいえなくなる。そして、そうした作品のみが糧となりうるとわたしは考えている。それ以外のものは、いい気晴らしにはなるかもしれない。ただ、害になる場合もあるから注意が必要だ。

 児童文学の分野で輝かしいのは、何といってもジョージ・マクドナルドだろう。神秘主義的すぎる嫌いがあるほどだ。リンドグレーンも輝かしい。

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

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2010年4月22日 (木)

ゆふおとめ~!

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 ゆふおとめが出ていたら、買いたくなります。出ていたらしく、娘が買ってきてくれました。

 傷みが少なく、家で洗ったあとも、艶やか。

 他のものだと、大抵何個か傷んだ部分を削らなくてはなりませんが、これは今日も1個も削ったりせずに済み、どれも丸ごとのみずみずしさで、食卓を飾ってくれました。

 苺が好きだったハムスターたちのこと、思い出します。

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朝から

 朝から、ごめん遊ばせ。

 早朝に、昨日書いた受診記録を訂正・加筆していたときから、吐き気に悩まされています。

 カラ吐き気という感じで、内容物を伴うものではないのですが、実は昨日も起床時から3時間ほど続き、家事や出かける用意をするのがつらかったのです。

 まるで悪阻みたいだわ……と昨日も今日も思いました。

 何でしょうか、この症状。さわやかであってほしい朝がこれでは困ります。ほんの少し、熱っぽいような気もします。

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2010年4月21日 (水)

アフタヌーンティーにて

アフタヌーンティーにて

 例によって、勤め帰りの娘と。

 上にかかっているのは、ズッキーニ。

 かかりすぎている気がしたのですが、ズッキーニにはレモン汁がたっぶりかかっていて、あさり入りのクリームソースと混ぜると、ちょうどいいくらい。

 クリーミーでありながら、さっぱりした美味しさでした。

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整形外科受診

 いささかショック。

 これまで、両膝に最低4箇所はある凸は、頭蓋骨にできた骨腫とは異なり、過形成だろう、といわれていた。 

 傷などが過形成の原因になることがあるという話から、高校時代にバレー部で両膝を(まだレシーブ技術が未熟な頃に)散々ぶつけたので、そのせいかしらと思っていた。

 が、今日撮った何枚ものレントゲン写真から、先生は過形成を否定され、頭蓋骨にできた骨腫と同じものだろうといわれた。 

「ネットで、遺伝性多発性外骨腫というのを閲覧しましたが、それとは違うんですよね? それですと、患者さんも多くて……」とわたしは尋ねた。

 患者会もあるようだ。

「ああ、あれは多い……。あいどん、こいは、違うとさ。レポート、読んだやろ?」と、相変わらずの佐世保弁の先生。

「生検術のレポートですか? 読みました」とわたし。
「そしたら、そいさ」と先生。

 一昨年の夏、普通は多発しないはずの骨腫と思われる腫瘤が頭に複数見つかったことから、副甲状腺ホルモンの数値が高かったりしたことも加わって、精密検査となったのだった。

 副甲状腺に関しては微妙な検査結果で、手術は見送られ、一方、わたしから希望して摘出して貰った腫瘤(わたしはコブ1号とネーミング)は、硬質の骨腫であることがはっきりした。

 勿論、膝の凸も摘出して組織検査に出してみなければ確定診断はできないわけだが、慎重な先生がここまではっきりとおっしゃるのだから、そうなのだろう。

 判別できるくらい、コブたちが育っていたというわけだろうか。

 一気にコブ1号の仲間が増えた恰好。両膝の凸は、頭にできた骨腫みたいに、お碗を伏せたような綺麗な形というわけではないので、数がわかりにくいが、数え間違いを懼れずに数えてみると、頭3+両膝4(?)で、コブ7号までいそうな感じ。耳の後ろのやわらかなコブを加えれば、総勢8個!

 他に、できたと感じる場所はないかと訊かれた。

「自分でわかる部分には、ないと思います。先生、この骨腫瘍はどこにでもできる可能性があるのでしょうか?」とわたし。
「骨のあるとこなら、できる可能性はあっさ」と先生。

 わたしは思わず、先生の目を真剣に見てしまった。同じように、真剣な目。どこかに優しさを湛えた目。その優しさは、弱みのようにも見える。

 長くつき合ってみると、この先生がとても優しい先生だとわかる。

 何にしても、悪性でなさそうなところは、ありがたい。多発性外骨腫の場合は、悪性化するケースもまれにあるそうだが、これはそんなことはないのだろうか。多発性骨腫などというものは、症例が少なすぎて、わからないのではあるまいか。

 以下は骨腫に関する、サイト『gooヘルスケア』より抜粋。

真の腫瘍病変というより、正常骨皮質の過形成と考えられます。骨髄骨腫は、骨形成を促す副甲状腺ホルモンに対して局所的に反応が高まったことで発症すると考えられていますが、原因は不明です。

 このような、骨腫=過形成という説明を読むと、「過形成ではなく、骨腫」とおっしゃる先生の言葉の意味がわからなくなってくるが、前のわたしのCT画像に対する読影の先生による2009年4月21日付レポートを読むと、そこに書かれた状態と、今先生が骨腫とおっしゃるわたしのそれの状態は、やはり違うという気がする。

 以下に、その読影の先生のレポートより所見を抜粋。

右膝蓋骨前面上部,やや外側に上方へ向かう軽度の骨形成を認めます.前回(’08/1020),前々回CT(’08/09/02)と比較して変化を認めません.やはり靭帯部の骨化を第一に疑います.

 見た目も、手で触ってみても、両膝からその周辺にかけて、形が変わってしまったというのに(でも、まだミニは履ける。履かないけれど)、上記の診断で、納得がいかなかった。が今回の一転した先生の反応も、また不思議だった。全体にいくらか育った感触はあったとはいえ、前のときとそれほど違いがあるとは思えなかったからだった。

 そして、前掲のサイト『gooヘルスケア』からの抜粋を読むと、私的には、副甲状腺に対する疑わしさが再浮上してくる。尤も、わたしの足にあるのは骨髄骨腫ではなく、傍骨性骨腫だろうけれど。副甲状腺機能亢進症は、腎結石や膵炎を惹き起こしやすいそうだが、どちらも、わたしには馴染のある疾患なのだ。

 いずれにしても、機能障害を起こしてきたり、美容上問題となったりした場合は摘出して貰うことになるのだろうが、骨腫はまさに骨そのものなので、恐ろしく硬い。それに……。

「今、取るということもできるとばってん、取っても、骨には骨折を修復しようとする性質があるとさ。摘出手術した骨は、骨折した骨ということやけんね」と先生。
「せっかく取っても、また盛り上がってくることがあるということですね?」とわたし。

 両股関節の不調もお話ししたため、股関節のレントゲン写真を先生は凝視され、わたしも一緒に見るなかで、「まだ盛り上がったりは、しとらんごたっばってんね」と先生。

 まだ? レントゲン写真では確認できない次元で、股関節に骨腫が生まれ、育っている可能性も否定できないということだろうか。

 半年に一度の経過観察を続けて貰うことになった。

 次回は10月23日。12:00~13:00。

 今日は11:00予約で、15:30までかかった。

骨腫でご訪問になる方々のために、サイト『gooヘルスケア』より、以下の《続きを読む》に骨腫についての解説を折り畳んでおきます。

続きを読む "整形外科受診"

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2010年4月20日 (火)

近頃のハーボット

近頃のハーボット

 ハーボットのウッフは、最近プーさんのはちみつの壷の上に住み着きました。

 ブログに住んでいたウッフは、ハーボットの国でどうしているのかな?

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内科受診日の変更

 明日は内科と整形外科の受診日だったが、たった今、内科外来の看護師さんから電話がかかってきた。

 U先生のご家族が急病で、明日の先生の診察は無理なのだそうだ。血液検査は可能で、代診の先生も見えるがどうしますか、と訊かれた。

 今回から、3ヶ月に一度だった副甲状腺の血液検査が半年に一度になったところで、わたしは今度の血液検査の結果がよければ卒業かも……と予測していた。

 しかし、過去、ちょくちょく異常値が出たりもしたから、今後どうするかの判断は、精密検査のための入院中からずっと診ていただいているU先生でないと下すことが難しいだろうし、代診の先生を受診したところで、結局はU先生の診察を受け直すことになるのではないだろうか。

 で、そうしたことを看護師さんとお話して、診察日を変更していただくことにした。5月でないと、先生の職場復帰は難しいだろうとの看護師さんの予測。

 5月は息子がこちらに来る予定もあるので、17日に予約を替えていただいた。時間帯は同じ。前日に、内科外来へ確認の電話を入れたほうがいいかもしれない。

 先生、大変そうだなあ。そういえば、最近、先生が私服姿で挨拶に見える夢を見て、何となく気になっていたけれど、このことだったのかもしれない。

 1日も早いご家族の回復をお祈りしています。

 明日の受診は整形外科だけとなった。

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アリス・イン・ワンダーランド

 3Dの吹き替え版で観ました。

 メガネの見え具合、掛け心地は、わさだの映画館のほうがよかったわと思いました。

 前の記事を書いていてわさだの丁度よい時間帯に間に合わなくなり、家族の顰蹙を買ってしまいました。

 原作のしなやかなナンセンスの世界に理屈(自分探しの旅)が加わって骨ばってしまった印象……殊にサクセス・ストーリーの序章を想わせるエピローグは蛇足と感じられましたが、アリス的世界はよく作られていましたよ。

 デップ様は目が異様でした。特殊加工でしょうね。

 映画のことをもう少しと、原作のこと、ルイス・キャロルを児童文学界に押し出した彼の友人ジョージ・マクドナルドはわたしが最も好きな児童文学作家なので、関連して書きたいのですが、他に書かなきゃならないものを沢山抱えていて……書けるかどうか(悲鳴)。

 明日は病院、内科(副甲状腺)、整形外科(過形成)受診です。うまく行けば、「大きな変化はないようですから、あとは何かあったときということで、卒業としましょうか」ということになるのではないかしら。

 そうなったとしても、骨腫瘍の観察が2〜3年後になった脳神経外科を含めて、完全にすっきりというわけにはいかませんが、循環器科と呼吸器科だけになれば、健康状況は本来のペースに戻るといった感じになるでしょう。

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2010年4月19日 (月)

日本はもう駄目だ――村上春樹『1Q84』 騒動

 昔、一億人総白痴化という言葉があった。評論家・大宅壮一の言葉だ。
 ウィキペディアを閲覧してみると、「テレビというメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまうという意味」とあった。1957年の発言だ。

 今、テレビと村上春樹を入れ換えてみれば、何てぴったりくるんだろうと思った。

 ファシズムの嵐、というものを体験したことのないわたしには、テレビもネットもたかが春樹の作品一冊にこうも白熱し、同じようなことをいっている状況に空恐ろしいものを覚え、ファシズムのオゾマシイ臭いを嗅いだ気がした。

 実際、今の日本はひじょうに多くの人間がメディアに釣られて右往左往している危うい状況であることが、政治状況からもわかることだ。ファシズムの嵐の一歩手前、崖っぷちにあるのだ。

 いや、大衆とはいつの時代も変わらないもののようだから、よい時代と悪い時代をわけるのは時代の病患を見抜く評論家が存在するかどうかだと思う。

 それが見当たらないので、もう日本は駄目になるという絶望感に囚われてしまう。

 春樹のようないい加減な(彼の引用一つとっても、それが如何にいい加減なものであるかをわたしは評論中で指摘した)小説ばかり読んでいると、日本人の頭はどんどん馬鹿になり、引きこもりと薬物中毒者は増えるばかりだろう。

 何よりも、この現実世界を仮想世界と錯覚させる甘い磁力が、彼の作品には潜んでいるからだ。

 彼は、現実逃避者たちの王だ。いや、金に目の眩んだ者たちの傀儡王だ。
 
 彼を一流の知識人と思い込みたい信奉者は、彼が作中で名を挙げている作家たちを一冊一冊真摯に、自らの魂の存亡を賭けた自己との闘い……苦業と思って(春樹の本ほど容易には読めないだろうが)、いや騙されたと思ってでもいいから、読んでみるがいい。

 そうすれば、彼がどんな山師か、本物とどれくらい違うかがわかり、春樹からの離脱にも成功するかもしれない。

※ 申し訳ありませんが、当記事に関するメールは受け付けておりません。

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 いかと豆腐の煮物もご飯に合いますが、れんこんのベーコン炒めもご飯に合いますね。

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手記『枕許からのレポート』は工事完了

 カテゴリーの変更中に誤って削除してしまった手記『枕許からのレポート』でしたが、工事が完了しましたので、お知らせします。

 わたしは自称・神秘主義者でして、奇異に思われている向きもあるかと思いますが、そう自称する根拠の一つが前掲の手記に潜んでおります。

 ずいぶん昔に書いた青臭い作品ですが、興味がわいたかたはどうぞお読みになってみてください。

手記『枕許からのレポート』
       [ http://elder.tea-nifty.com/blog/2007/09/post_e32f.html

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2010年4月18日 (日)

嬉しいお客様

 SMAC[ http://www.simz.com/ ]の清水様が、ご訪問くださったようです。ありがとうございます。

 タイトルバナーに画像をお借りしたことを、SMACの掲示板でご報告したのですが、ご訪問くださるとは期待していなかったので、嬉しいです……!

 素敵な画像ですので、よいサイトにしなくては、と思います。素材をホームページにもお借りしています。

 左サイドバーのトップにもリンクがあります。あなた様もグラフィックデザイナー、清水様のホームページをご訪問になってみてください。

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カテゴリーの変更中

 ただいま、カテゴリーの変更中です。

 といっても、大した改善は見られないばかりか、うっかり記事『枕許からのレポート』の7とエピローグを消してしまったりも……(工事中のお断りをしています)。

 家事の合間にそれやっていて、疲れたので、お昼寝します。

 Notes:不思議な接着剤の記事は書きかけ、中村紘子ピアノ・リサイタルの記事は手をつけていません。

 文学界を分析した『悪ふざけがすぎたかな?』(タイトルがこれではまずいですね、変えるつもりでいます)に関するメモを一つ消してしまったようで、③④のタイトルがわかりません。忘れてしまいました。

 昨日書いた記事をこれに含めて③としましょう。そして、今の文学界の現状を考えたときに、瀬戸内寂聴の影響の大きさは、いくら強調してもしすぎるということはないとわたしは考えているので、それを分析して④

 それで下書きしてみて、全体をしまりのあるエッセーに完成させられたら、Fさんにご一緒させていただく小冊子用とするつもりです。

 自作童話『不思議な接着剤』も進めたいのですが、月曜日はデップ様のアリスを家族で観に行き、水曜日は半年ぶりの内科・整形外科受診と落ち着きません。次の日曜日までに子供たちを洞窟に入れるシーンまでは書きたいといったところです。

 カテゴリーの話に戻りますと、そのうち自作文芸作品インデックスとエッセー・セレクション・インデックスを作りたいです。

 記事数が増えてしまったせいで、お気に入りのエッセーが自分のブログの中で埋もれてしまっているのを、残念に感じているのです。

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最近の夕飯から No.3

最近の夕飯から No.3

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最近の夕飯から No.2

最近の夕飯から No.2

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最近の夕飯から No.1

最近の夕飯から No.1

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2010年4月17日 (土)

1Q84 BOOK3(村上春樹著)の売り方、そして絵本作家の逆輸入現象から見えてくるもの

 ネットニュースでは、発売を待って長蛇の列が出来ていたそうだが、娘が勤務する書店は地方の郊外店(北海道から九州まであるチェーン型書店)だからか、昨日は10冊ほどの売れ行きだったという。

 娘の勤務する書店でも、平台に山積みだそうだ。

 娘が書店員なので、本に関してもたらされる情報は多い。出版社、取次店で今何が起きているか――といったことなど、一般人にはわからないことがわかったりする。

 例えば、本の絡んだ社会現象が、作られたものか、自然発生的なものか、といったようなことも、娘がもたらしてくれる情報から推測可能で、わが国の文化のある部分が見えてくるようで興味深い。

 村上春樹の『1Q84』シリーズは、福袋を売るような売り方で、ハリーポッターに倣った戦略かと思わせるが、新潮社も体質が変ったものだ。昔は洗練された純文学の新潮というイメージだったけれど、エンター系のイメージに変わりつつある。

 一方、エンター系のイメージだった某出版社からは、格調高い翻訳文学作品が次々と出始めた。

 時代と共に、出版社も変わって当然なのだろう。

 以下は、『増える「逆輸入」絵本作家』と題された2010年4月16日付、朝日新聞記事からの抜粋。

イタリアで毎年開かれる子供の本の見本市「ボローニャ児童図書展」。47回目を迎えた今年も大盛況だったが、同展で才能を見いだされ、海外で絵本作家として認められた後に日本で出版する“逆輸入”型の日本人アーティストが近年増えている。(ボローニャ〈伊北部〉=南島信也) 
〔略〕
ボローニャ児童図書展を毎年取材しているイタリア人ジャーナリストは、大手出版社の出す児童書の質の低下を指摘した。「大手は、翻訳などのコストのかかる外国人作家に目を向けない。イラストや話の内容も貧しくなった」
〔略〕
先月の会場には日本からも大手を含む20社以上の出版社が姿を見せた。彼らにとっても、海外で実績を積んだ作家をそこで“発見”すれば、育てるコストの節約にもなる。ボローニャ発、逆輸入作家の誕生は、今後も続きそうだ。

 かつては新人を育てる児童書専門の出版社として有名だった某出版社は、持込みを受け付けなくなった。その出版社に限らず、中小に属する児童書専門の出版社には、新人を育てる余裕がなくなったように見える。

 しかし、大手の場合は事情が違うと思われる。わたしはツイッターをするまでは(現在はしていない)、大手にも余裕がないからエンター系のものに力を入れている、と思い込んでいた。

 豪華な世界の児童文学全集を編んでいたわが国の大手がそうした類のものを出さなくなって久しく、出版内容が貧しくなったことは確かだからだ。

 その大手のうちの一社からもエンター系の作品ばかりが出ているような気がして不審におもっていたところ、たまたまツイッターで、そこの――かなり責任があるはずの地位の――編集者の暮らしぶりがまる見えになっていたばかりか、担当している作家なのかそうでないのかはわからないが、とにかくその作家に向けて、実に馬鹿馬鹿しい感想を発信していて、愕然とさせられた。

 その人は、先人の業績に胡坐を組み、一流企業人としての生活をのうのうと楽しんでいるように見えた。それだけならわたしの側の貧乏人の僻みですむことなのだが、問題はその人にはエンター系の作品しか読む力がないのではないか、と勘繰りたくなるものがあったことだった。

 小泉不況の年に娘はその出版社を受験して途中まで進んだのだが、落ちてよかった、とわたしはそのとき初めて思った。

 ああなるよりは、大手の出すポルノさながらの少女コミックスを買う少女に胸を痛める書店人としての厳しい暮らしの方がまだしもまともで、人間的に損なわれずに済んでいるという気がしたのだ。

 娘は児童書志望だったが、大手はどこも週刊誌でしか新人を募集していなかった。当時娘が大手の受験対策としてとり組んでいた過去問を見たわたしは、軽薄、珍妙な出題傾向に驚かされたものだった。こんな問題を解いて合格するかコネで入ったかの人材が週刊誌で入り、文芸書や児童書に回っていくとすれば、どういうことになるのだろうとため息が出た。

 その状況は、大手の出版傾向を見る限り、変わっていないのではないだろうか。中小の経営事情の厳しさは、娘の話からも伝わってくる。突然、連絡のつかなくなる出版社も多いという。

 話は村上春樹に戻るが、わたしは『1Q84』シリーズの1と2を書店でざっと確認したくらいで、3はまだ見てもいないのだが、これまでに触れた村上春樹の諸作品には、読者を羊水にも似た混沌への退行に誘うところがあって、それはアルコールや眠剤がもたらす酔いや眠りにも似た子守唄であり、逃避願望、忘却願望を充たしてくれるところがあるように思われる。

 村上春樹は2010年4月11日付、朝日新聞の読書欄「ゼロ世代の50冊」という特集の中で、以下のようにいっている。

 小説を書いているときは、そこに今日的なテーマがあるかどうかというようなことはまず考えません。考えてもよくわからないし。

 ノーベル文学賞を期待されるような作家のこのような言葉を読むと、わたしは脳味噌が腐りそうな気がしてくる。

 このような書き方は何といえばいいのか、霊媒的に時代を映し出すのかもしれないが、靄がかかったようにしか映し出せないだろうし、作者自身も、このような書き方をしていると、時代に抱かれ……利用され……最高級の賛辞を浴びて時代の頂点にまで昇りつめるのかもしれないが、下手をすれば、いつか捨てられるのではないだろうか。『ノルウェイの森』の直子のように。

 わたしがノーベル文学賞という言葉から連想するのは、レオン・サーメリアンが『小説の技法』(西前孝監訳、旺史社、1989年)で書いたような以下のような作品だ。

 優れた物語はすべてその根底に発見あるいは認識(アルストテレスの言う「アナグノリシス」)がある。物語全体が一つの発見あるいは認識の過程となっている場合もあるし、また個々の場面とか更に小さな行動の単位の中に発見や認識があることもあるが、これが状況の中で決定的な変化を生み出したり転換点となっていたりするのである。また物語の流れが次から次へと発見や認識の連続を為していて、結末での最終的な発見へと導いていくという形で行動全体をまとめる場合もある。
 無知から認識へというのが物語の基本的な流れである。

 村上春樹の作品では、サーメリアンのいう物語の基本的な流れが逆流している。

 わたしは村上春樹について考えているとどうしても暗い、浮かばれない気持ちになってしまい、バランスをとるためにバルザックを読みたくなる。これを書いてきた今もそうで、たまたま書簡集を手にして本を開いたところ、以下のようなバルザックの言葉が目に飛び込んで来た。 

 今私達は、知性の時代にたどりついたのです。物質の王、野獣の力は消え去りつつあります。知性の世界があって、そこで、知性の世界のピサロやコルテスやコロンブスといった先覚者に出会えるのです。思想の包括的な王国ができ、そこにも君主が現われるでしょう。このような野心をもっていれば、無気力も、こせこせした心もありえないでしょう。こうしたおろかしいことほど、時をすり減らすものはありません。だから、私が無限と感じているこの円環に、外側から入りこんで行くには、何か偉大なものが必要なのです。それにはただ一つのものしかありません。それは、――無限に対する無限――広大無辺の愛です。

『バルザック全集 第二十六巻』(伊藤幸次・私市保彦訳、東京創元社、昭和51年)

 わたしはあの子供時代へと逆行したくはない。無知へと逆行するのはご免だ。ましてや混沌とした羊水へなぞ――。羊水の所有者が堕胎でもしたら、一巻の終わりなのだ。

 今日、帰宅した娘によると、平台に山積みにされた本の前で、中年女性と若い女性が以下のような会話をしていたという。

「これ、スゴイってね」
「あー、スゴイん?」
「うん、何がスゴイのかが、よくわからんのやけどなー」
「え? 何なんこれ?」
「え、本やろ?」
「あー」 

※ 申し訳ありませんが、当記事に関するメールは受け付けておりません。

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2010年4月16日 (金)

ココフラッシュが変わりましたね

 ココフラッシュが変わりましたね。

 記事を書くと自動的に掲載される仕組みから、ブログ単位での完全登録制に。掲載を希望する、ココログ広場上のカテゴリを選択すれば、そのカテゴリに記事が表示されます。

 参加できるカテゴリは6個まで。

  現在参加中のカテゴリは以下。

  • 日々のつぶやき
  • 映画
  • 家ごはん
  • 評論
  • 児童文学
  • 歴史ミステリー

 これからは、ココフラッシュに合わせて記事のカテゴリを設定する必要がなくなったので、ブログには自分の必要とするカテゴリだけを自由に設定できるわけです。

 カテゴリが煩雑になり、整理整頓の必要があると痛感していたところでした。記事数が増えすぎて、カテゴリを変更するにも大変ですけれど、何とかしなくては……。

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2010年4月15日 (木)

Notes:不思議な接着剤 #53 『ル=レンヌ=シャトーの謎』が描くイエスの出自と結婚

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#53
2010/4/14(Wed) 『ル=レンヌ=シャトーの謎』が描くイエスの出自と結婚

 私事だが、大学時代、わたしは聖書に読み耽り、数々の疑問を覚えた。イエスの奇跡譚に関しては、神秘主義的な文献――ヨガを含む――を同時に沢山読んでいて、ヨギたちの起こす奇跡譚のほうがむしろ凄いくらいだったから、イエス奇跡譚が御伽噺であったのか、事実であったのかの検証は必要だろうが、確定できることでもないだろうと思い、それに関しては立ち止まることなく、通り過ぎた。〔参考までに。⇒#34

 神秘主義では、奇跡は(秘教)科学技術の熟達、あるいは乱用にすぎないものとされており、厳密にいえば、神秘主義の辞書に奇跡という言葉はない。全ては科学的現象だとされている。

 わたしが新約聖書を読んで理解に苦しんだのは、もっとさりげないが、意識に引っかかる記述が随所にあるという点だった。

 そもそもイエスの出自について、四福音書にはばらつきがある。

 マタイでは、ダビデ王の子孫という王家の血筋。マルコでは出自についての記述はないが、イエスは大工で、マリアの子、またヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟とある。ルカでは、マリアの夫ヨセフがダビデ家とその血筋に属していたとある(イエスは処女マリアから生まれたことになっている)。ヨハネでは、出自についての記述はない。

 他に、引っかかる記述を思いつくままに挙げると……。

 熱心党のシモン[マルコ福音書。以下、福音書を略]。熱心党とは?

 カナの婚礼で、イエスの母はお節介にもワインの心配をして、その補充のために奇跡を起こせとまでいう[ヨハネ]。誰の婚礼なのか。

 繰り返し強調されるメシア、油注がれた者。ラビ。ユダヤ人の王。神の子。

 非常に高価な純粋のナルドの香油をイエスの足に塗り、髪で拭くといったマリアという女性の行動は、一体何だろう? なぜイエスは、そのマリア、マルタ、ラザロといった兄弟を愛していたのか? イエスの愛した弟子とは誰か?[ヨハネ]

 バラバとは? イエスの十字架を背負わされたシモンとは?  

 マルコにおける、墓にいた真っ白な長い衣の若者は、天使にしては実体がありすぎるし、ルカでは明らかに人となっている。しかし、マタイでは主の使い、ヨハネでは天使となっている。まばゆいばかりの衣と描写されたルカを除けば、白い衣をまとっているところが共通しているこの存在は、果たして人間か天使か? 人間だとすれば、イエスと密接な関りがあるはずだ。

 イエスの遺体を引き取った、富豪アリマタヤのヨセフ。十字架刑のあった場所に園があり、新しい墓まであったという[ヨハネ]が、そこは遺体を引き取ったアリマタヤのヨセフと関係のある場所か?  

 新約聖書には説明不足の断片が、無造作に散らかされているように感じられたのだった。

 当時、ユダヤの秘教哲学であるカバラにも触れたため、わたしには難しすぎてわからなかったにせよ、それが非常に高度で洗練された哲学体系であるということはわかり、このような輝かしいまでの哲学体系を生んだ民族から、みずみずしい、わかりやすい言葉で深みのある哲学を語るイエスが出て来たのもわかる、と頷けた。

 その目で新約聖書を読むと、ユダヤ人がひどく戯画化されているように感じられた。ユダヤの民は混乱した愚かな人々で、ローマは支配するべく支配しているといった風に読めたのだ。ダビデ王、ソロモン王なども、伝説としか想えない雰囲気がある。

 当時――30年も前だ――は、『ル=レンヌ=シャトーの謎』のように、イエスの生きた時代のパレスチナについて、詳細を語ってくれた著書を見つけることはできなかった。また1世紀に書かれた、イエスと同時代の記述を含むユダヤ人の歴史を描いた壮大な『ユダヤ古代誌』、ユダヤとローマ帝国の戦争を詳述した『ユダヤ戦記』も知らなかった。

 『ル=レンヌ=シャトーの謎』によれば、わたしが引っかかったカナの婚礼は多くの情報を秘めているらしい。

 まず注目すべきは、イエスが母にいわれて水をワインに変えた量で、それがボトルにすると、どれくらいの本数になるかということだ。

 それは、石の水がめが6つで、1つが2~3メトレテス入り。ヨハネの註に、2~3メトレテス=80~120リットルとある。ということは、480~720リットル。

 600リットルはボトルにすると800本になるそうだ。それほどまでに大量のワインが、追加分として客たちにふるまわれたというわけなのだ。この話をすると、娘が「わぁ、ワイン製造業者みたい」といった。

 そこからだけ見ても、カナの婚礼が大規模のもので、高貴な家柄か貴族階級の贅沢な儀式であることを表しており、そこにイエスと彼の母が出席していたことから、彼らも同じ階級の人間と考えられるという。日本では町ぐるみのイベント以外考えられないため、昔読んだとき、わたしにはこの場面の聖母マリアから、炊き出しのおばさんが連想されて仕方がなかった。

  カナの婚礼はイエス自身の結婚式だったのではないか、と前掲書はいう。そうであれば、聖母マリアがワインの心配をするのもわかるわけである。《そう推理する根拠として、ヨハネからの引用あり。今は時間がないので、抜粋をのちほど挿入します。》

 福音書のなかでイエスはしばしばラビと呼ばれるが、このことからも、彼がラビ教育を受けられる階級に属していたことがわかるだけでなく、イエスがラビであったとすると、そこからは別の重要な情報が引き出せるらしい。

 ラビは結婚した男でないとなれなかった(ユダヤのミシュナー法)。

 ラビが結婚しているのは当然なので、あえて福音書が既婚の事実に触れなかったともいえることになる。独身でありながら伝道するということのほうが当時のユダヤ社会では異常なことで、もしそうであれば、むしろ彼の独身について明記してあったに違いないという説も成り立つわけなのだ。

 イエスが結婚していたとすると、その相手はマグダラのマリア以外には考えられない〔Notesの過去記事参照〕。以下はイエスに関する前掲書からの抜粋。

 イエスがマグダラと結婚していたならば、その結婚にはなにか特定の目的があったのだろうか。つまり、普通の結婚以外になにか重要な意味があったのだろうか。王朝的なつながりや、政治的な意味合いや影響があったのだろうか。この結婚によって続く家系が、「王家の血筋」を完全に保証したのだろうか。
 マタイ福音書には、イエスはソロモン王やダビデの直系で、純粋の王家の血筋を引く人物であると明確に述べられている。これが本当ならば、イエスは統一パレスチナの正統継承者、しかも唯一の正当な継承者と主張することができる。そして、イエスの十字架の銘[INRI、つまり「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」]は単なる残虐や嘲笑のためではなく、まさに「ユダヤ人の王」を意味している。イエスの地位は、さまざまな面で1745年のボニー・チャーリー王子の立場とよく似たものであった。つまり、イエスこそがユダヤの国と人を束ねられる祭司王の資格をもつ人物で、この資格のために敵対者のヘロデやローマにとって深刻な脅威と考えられたのだろう。

 イエスがそうした人物であったとすれば、マグダラも同じ階級の人間であったと考えるほうが自然で、伝説では、彼女は王家の血筋といわれ、別の伝説ではベニヤミン族の出身ということになっているらしい。

 ベニヤミン族からは、イスラエル最初の王サウルが出た。王位は、ユダ族のダビデに奪われた。以下は前掲書からの抜粋。

 ここまでくると、政治的な匂いのする一貫した歴史的な筋書が浮かび上がってくる。イエスは正統の王位継承権をもつダビデ直系の祭司王であった。彼は象徴的に重要な意味をもつ王朝間の結婚によってその地位を確固たるものにした。イエスは国の安定を保つため、土地を統一し、自分を支える人民を動員し、敵対者を追いだし、下賎な傀儡王を退位させることで、ソロモン王の栄光に満ちた君主制を復活させようと考えた。このような人物こそ、まさに「ユダヤ人の王」である。

 昔、福音書を読んだときに、あまりにも預言と結びつけた言葉が多いことに驚いた。イエスは預言を演出し、預言のいうメシアであろうとすることに全身全霊を傾けていると感じられたのだ。

 その悲願の強さに打たれ、わたしは当時、『入京』という下手な詩を作ったほどだった〔続きを読む、に折り畳んでいます〕。

 そのように、イエスとユダヤ教、ユダヤ民族との結びつきは異常なくらいに強いように見えるのだが、一方でキリスト教は、イエスを彼本来の願いと民族的伝統から、極力引き剥がそうとしてきたようにしか想えなかった。

 イエスがローマ化、大衆化されたことは明らかで、それによって表面的なグローバル化は可能となったのかもしれないが、損なわれたものも大きかったのではないだろうか。死海文書、『マリヤによる福音書』を含むナグ・ハマディ文書などは、そうした過程で闇に葬られようとした記録といえるだろう。

 損なわれることがなければ、東西を分裂させずに済む本当のグローバリゼーションが可能となったのかもしれなかった。否、それは今からでも遅くはないのではないだろうか? 

 わたしの疑問は『ル=レンヌ=シャトーの謎』の著者たちが抱いた疑問の一部に当たっていて、彼らはそれらについて丹念に調査している。

 例えば、白い服だが、エッセネ派はイエス当時の聖地では珍しい白い服を着ていたそうだ。白い麻の衣服は重要な儀式を意味していたという。そうだとすれば、イエスとエッセネ派にはつながりがあることがわかる。

 メモになるが、前掲書によると、イエスの愛した弟子とはラザロ。バラバとはイエスの子ではないかという推理。イエスの十字架刑が行われた場所はローマ管理下の公開処刑場ではなく、アリマタヤのヨセフの私有地だった。十字架につけられた人物がイエスであったという通説に対して、前掲書では疑問を呈している。

 《これから外出の予定で、今日のところは時間切れです。このあと、『ル=レンヌ=シャトーの謎』からイエスが生きた時代のパレスチナについて抜粋し、聖母子像についての私的疑問を書くつもりでしたが、記事を改めることにします。この記事も、まだ書きかけと思ってください。》

続きを読む "Notes:不思議な接着剤 #53 『ル=レンヌ=シャトーの謎』が描くイエスの出自と結婚"

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2010年4月14日 (水)

休憩中

 Notes:不思議な接着剤に容れておきたい記事を書いていたのですが、血の気が引く感じで、長く座っていられず、横に。横になっていても、血の気が引く感じ。吸い込まれそう(何処へ?)。

 何でしょうか、この症状は。今更の疑問ではありますが。ビオフェルミンは最初の威力がなくなり、また、おなかがふくらんできたのですが、飲まないよりましかしらね。

 今日明日で書いてしまいたい記事が最低2本はあり(Notesのぶん、ピアノ・リサイタルの感想)、進めたい児童文学作品『不思議な接着剤』、手をつけたい聖徳太子をテーマとする歴史小説、手を入れたい歴史ファンタジー風『あけぼの―邪馬台国物語― 』、死者と生者の思想的思惑が交錯する舞台劇風の短編小説、文学状況を分析したエッセー……欲深には、伊万里焼の歴史小説……と数え出したらきりがありません。

 優先すべきはNotes:不思議な接着剤と『不思議な接着剤』ですが、時間が足りないのよ~。

 それなのにもう、台所のテーブルから、自然解凍中のお魚がマダムNを呼んでいますわー!

 血の気が戻るまで(?)、しばしお待ちくださいな。

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昨日、妹から電話

 完全にプライベートな会話内容なので、ここには書けない。

 ならば、ここに思わせぶりなことを書かなければいいだけの話なのだが、わたしの創作活動に影響が及ぶ可能性があるので、記録した次第。

 事態がよいほうに転じるか、厄介なほうに転じるかは、今の時点では予測不可能。様々な意味で硬直状態に陥った事態が動き出す可能性があるが、さてどうなるやら。

 人生にはしばしば、博打のような局面が訪れることがある。

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2010年4月13日 (火)

バジル~!

バジル〜!

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2010年4月12日 (月)

『ノディエ幻想短編集』を読む

 今日は娘の休日。パソコン画面を分けて共有しているわたしたち、普段の昼間と深夜はわたしが独占。

 ですから、娘が家にいるときは、娘が使うということで、共有が成立しています。

 もう一台、中古の安いものを買おうかと考えたりもしますが、今のところはそれほど問題なく、経過しています。

 記事の投稿は携帯からもできるので、普段の昼間、わたしがパソコンを使えるときであっても、早くメモりたいために、パソコンをスタンバイさせるのがもどかしかったり、または具合が悪いようなときに、よく携帯を使っています。

 この記事も携帯からのちょっとしたメモなので、あとで書き直しすると思います。Notes:不思議な接着剤に容れたいメモ。

[メモ]
 『レンヌ=ル=シャトー』に、イエスの血脈に関係した秘密組織プリウレ・ド・シオン団の総長のリストに名があったので、ノディエを読んでいる。

 翻訳の優れた技なのかどうか、わたしにはわからないが、ノディエの作品には時折ハッとさせられるような美しさがある。

 『ノディエ幻想短編集』(篠田知和基訳、岩波文庫、1990年)中、新約聖書外伝を模した風の短編『ベアトリックス尼伝説』と、狂人の幻覚を描いた『夜の一時の幻』を読んだところでは、どこにローマ・カトリック教会と意を異にする異端の響きがあるのか、キリスト者でないわたしにはわからない。

 バルザックの作品は、禁書目録に挙がっていたことで有名だが、カトリシズムか神秘主義思想に詳しくなければ、例えば『谷間の百合』のヒロインである、あの敬虔で気高いモルソフ夫人のどこが異端的なのか、わかりにくいと思う。

 磁気治療、独自のひらめきを見せる霊感だけとってみても、ははん……と思わせるものがあるのだが。

 また、彼女の薫り高さといったら、尋常ではない。カトリックの聖女たちの侍女を連想させる、依存的なムードを漂わせた、素朴な敬虔さに比べたら、独自で屹立した女神的な神々しさがあるという点で、敬虔といっても、明らかなカラーの違いがある。

 ノディエの『ベアトリックス尼伝説』の舞台は、《花咲くさんざしのノートル=ダーム》と呼ばれる教会。

 この短編は罪の女マグダラのマリアを題材にとったものではないだろうか?

 この作品の美しい場面や『レンヌ…』の中のイエスが結婚していたのではないかと著者たちが推理した根拠(わたしも不思議に思っていた箇所だった)など抜粋しておきたいので、改めてパソコンから。

 以下は『レンヌ…』から、純粋に自分のためのメモ。

ラビ。カナの婚礼。ユダヤ人の王。バラバ。ユダヤ人長老最高評議会サンヘドリン。ユダヤ法。ユダヤ貴族の系図を破棄しようとしたヘロデ王。パリサイ派(ローマに抵抗)・サドカイ派(ローマの支配階級と結託)。福音書から欠落した熱心党・エッセネ派(白い麻の衣服)。ローマ法。ローマの十字架刑。私有地ヨセフの園(ペトロ福音書)。『ユダヤ戦記』におけるエリアザルの演説、マサダ要塞の陥落、熱心党が防御していたマサダ。

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2010年4月11日 (日)

外出疲れ&息子から電話(零点をとった話)

 昨日公開した自作童話の続きNo.3で、気になっていた箇所だけは直したのですが、昨日の外出疲れで今日は寝正月……否、寝日曜。

 日曜日となると、流通業は忙しく、昨日も風邪気味だった娘は、夫と出勤しました。

 わたしは昨日、喘息のコントロールにほぼ完璧に成功し、コンサート会場では全く兆候すらありませんでした。

 フルタイドの使いすぎは喉の荒れを招くので、数日かけて慎重に増やしたり減らしたり。

 心臓も快調、おなかもビオフェルミンのお蔭か、かなりよくて、めでたく中村紘子さんのピアノ・リサイタルを充二分に楽しめました。

 充分聴けただけに、渋い感想も出てきて、記事にしておきたいと思いました。

 昔、教育テレビの『ピアノのおけいこ』を熱心に観ていたせいか、紘子さんはわたしにとって、ピアニストというよりピアノの先生。

 で、昨日は尊敬する先生のなま演奏を初体験する小学生の気分でした。

 事前に、興奮と憂鬱な気分の錯綜する恐怖に近い不安を覚えたのは、そのせいでしょう。

 フジコ・ヘミングのなま演奏を3回聴いていたので、対照的なお2人の長短を比較したい思いも出て来ました。
 
 そのため、今日は横になりながらフジコ・ヘミングを聴いていましたが、外出疲れで体力はなし。記事を書くどころか、今からようやく家事に突入という有り様ですわ。

 聖母子像についての私的疑問も、下書きができているだけに、早くブログに写しておかないと、時間が経つにつれ、メモった自分の文字が解読できなくなる不安もあり……。

 話は変わりますが、昨日、コンサート会場の一階ロビーの椅子に娘と座っているとき、息子から電話があって、夜こちらからかけ直しました。

 息子は有休を利用して大学に出かけ、博士課程の履修に必要な諸手続を済ませたとか。

 博士課程になると、研究主体であるため、登録しなくてはならない講義数は少ないそうです。まして社会人ドクターなので、きっちり講義を受けなければならない、ということもあまりないそうですが、それも先生次第だそうで(わたしは未経験なので、息子の話がテキトーにしか聴けていず、間違ったことを書いているかもしれません)、熱心な先生だと、足繁く通うことになることもあるそうで。

 で、担当教官に、ほかにどの先生の講義をとることにするか相談していたところ、担当教官を含めて3人の先生の講義を受けることに決まり、あと1人というときに、息子の苦手とする先生の名が担当教官の口から出て来たとか。

 息子は違う先生にしたいと思い、必死に何かいったそうですが、繊細な教養人でありながら、他人の腹の中が読めないタイプの担当教官。しきりに「彼は、なかなかよいと思うよ」と勧められ、断れなくなった息子は受講するはめになったそう。

 何しろ息子は学部生時代に、その苦手とする先生のテストで零点をとったらしいのです。「だって零点だよ、零点。成績にムラのある俺といえど、零点なんてとったのは初めてだったよ」と息子。ちなみに、追試も零点だったとか。

 その先生とは波長が合わないとしかいえないものがあるそうで、講義の意味も内容もわからなかったばかりか、教科書のどこをやっているかすら最後までわからなかったとか。他の人は、普通に点をとっていたそうです。過去問が出回っていたということも、あったそうですが。

「その過去問、何でやっておかなかったの?」とわたし。「俺は、そんな姑息なことは嫌いだ」と息子。「ふーん」とわたし。幸い、その先生の講義は後期だけで、前期は別の先生のテストで満点近かったことと、他の要素(下駄も?)が加わったことなどで、零点でも何とかなったそうです。

 西郷さんみたいな体格の熱血なタイプで、就職のときに生徒を、希望とは関係なく、あちこちの企業にどんどん押し込む辣腕家ということは、以前息子から聴いていました。

「そんな先生なら、よかったのにね」と就活で苦労していた息子にいったとき、息子は「いやー、俺はその先生は苦手だよ。就職だって、できさえすりゃいいってもんじゃないと思うがね」といっていましたっけ。

「また零点だったら、どうするの」とわたし。「学部生時代とは違うから、そんなことにはならないと思うけど、問題なのは、ドクターにまでなって、自分には必要も興味もない講義を、下手すりゃみっちり受けなくてはならないということなんだ。熱心な先生でさ、3週に1度しか来られないなら、そのときに3回分やりましょう、なんておっしゃるわけよ」と息子。

 さっぱりわからない講義を一気に、90分×3回分=270分か。そりゃバテますわねー。講義なさる先生も大変なのでは。

 そうなると、東京からの日帰りは難しくなるので、旅費・宿泊代も馬鹿にならないでしょう。幸い、給料はいいようですが、それでもね。仕事との兼ね合いという点でも、問題が生じる可能性があるのではないかしら。

 その講義は後期だけらしいので、それまでに何とかすると息子はいいました。研究自体は、自宅のパソコンでできるので問題ないようです。

 久しぶりに大学に行ったら、さすがに知った顔が少なくなっていて寂しかったそうです。後期に足繁く通うことになるとしたら、知った顔も増えるでしょうけれどね。

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2010年4月10日 (土)

ちくでん栗おこわ

ちくでん栗おこわ

 昼夜兼ね、但馬屋で、ちくでん栗おこわを頼みました。

 和菓子デザート付1,260円。

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中村紘子さん、アンコール五回

中村紘子さん、アンコール五回

 アンコールが五回。演出かもと思い、ネット検索してみると、『デビュー50周年記念ピアノ・リサイタル』ということで、やはりそのよう。

 教育テレビ『ピアノのおけいこ』での、厳密でありながら、情に脆い一面も感じさせ、ピアノが好きでたまらない人のイメージが裏切られなかった中村紘子さんのピアノ・リサイタルでした。

 ただわたしは、同じ曲があると、ついフジコ・ヘミングと比べてしまったのでした。

 詳しくは帰宅後に。

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本日、中村紘子ピアノ・リサイタルへ

 昔、教育テレビの『ピアノのおけいこ』をよく観ていた。エッセーも好きで、考えかた、感じかたに共感を覚えてきた。

 が、生で視聴するのは今日が初めて。何だか、今からドキドキする。

 昨日(だったかな?)深夜観た、もう4回は観ているシネマ『ジュリア』について書きたいことがあり、聖母子像についての私的疑問をまとめたいし(これはNotes:不思議な接着剤に収録したい)、深夜書いた童話の続きはもう少し下書きがあるので、進めて、早いとこ子供たちと洞窟に入りたいのだが、中村紘子さんのことがちらついて、今朝は何も手につかない。

 生の中村紘子さんって、どんなだろう? 正直いって、遠くまで出かけてまでは、と思ってしまっていたが、こちらにお見えになるとなると、わあーと思った。ナンだろう、この感情は。よくわからない。

 『ピアノのおけいこ』を観ていたといっても、実技の点で影響というものはあまり受けていないのだが(ピアノは齧った程度なので)、物の考えかたは、相当に影響を受けているのではないかと思う。

 出かけるのが、何だか、怖いくらい。何が怖いのか、これもよくわからないのだけれど。 

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2010年4月 9日 (金)

Notes:不思議な接着剤 #52 紘平のモデルについて

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#52
2010/4/9(Fri) 紘平のモデルについて

 『不思議な接着剤』の主要な登場人物を挙げると、

  • 紘平・翔太の兄弟
  • 幼馴染の瞳
  • 洞窟に囚われている錬金術師の娘。

 他に、登場人物の中で、2人の異端審問官のモデルは動かしがたいものとして決定している。

 錬金術師の娘のモデルとして、初期にモデルとして設定していた――わたしが詩人と呼んでいる、修道女を育成する学校で精神を病んだ過去を持つ――女友達が呼び水(?)となったかのように、ナンとマグダラのマリアが浮上してきた。

 瞳のモデルについては、2007/11/29 (Thu)付ノート、不思議な接着剤 #/お話の続きを考える その2に詳しく書いている。以下に抜粋。

 電器店のシーンでは、まず、幼馴染の瞳をクローズアップさせよう。そして、紘平は彼女に、接着剤の秘密を話してしまう。

 紘平にとって瞳はそのような、信頼に足る人物であることは確かだ。冒険に入る前に、瞳に関しては肉づけをかなり行っておきたい。

 実は、瞳にはモデルがあった。と過去形になるのは、話の進行と共に紘平に肉づけがなされるにつれ、彼と行動を共にするのは、彼女(モデル)ではないということがはっきりするようになった。

 むしろ、紘平と行動を共にするのは、ヒトミちゃんではなく、マチコちゃんだろう。

 冒険は大変なものとなりそうなので、初めに考えていたヒトミちゃんがモデルでは、優しく、おっとりしすぎていて、ストーリーが進行しそうにない。恐るべき邪悪な竜に紘平と立ち向かうにも、役不足だ。

 紘平は男の子にしてはおっとりしていて、ヒトミちゃんと同じタイプなのだ。ヒトミちゃんは、サバイバル向きではない。紘平もサバイバル向きではないのだが、仕方がない。

 不向きであろうがなかろうが、彼には、冒険に入って貰わなくてはならないのだ。この冒険は彼自身が招いたことなのだから。

 新たなモデルとなりそうなマチコちゃんは、一緒にピアノを習っていた利発な子で、母子家庭のひとりっ子だった。

 小学校のうちに転校してしまったが、彼女と文通を続けていた人の話では、マチコちゃんは女医さんになったということだった。ちなみにヒトミちゃんは、初恋の人とめでたく結婚して、夫婦でお店をしている。

 このお話を思いついたときに、瞳は早いうちにわたしの意識に浮上したキャラだった。ポニーテールの女の子が繰り返し、意識に現われるのだ。

 だが、イメージはぼやけていた。そしてわたしは、そのイメージを、ポニーテールにしていたヒトミちゃんに重ねてしまったわけだが、それがお話をストップさせた大きな原因だったと思う。  ポニーテールの子は何とマチコちゃんだったのだ。彼女もポニーテールにしていた。とても可愛らしい子だった。ヒトミちゃんも可愛らしい子だったが、明らかにタイプが違う。

 でも、ヒトミちゃんが最初に出てきてくれなければ、電器店でのシーンが思いつけなかっただろう。長い長い停滞だったが、今では意味のある停滞だったと思える。

 ちなみに、この瞳には、ときどき子供時代の娘もオーバーラップすることがある。邪悪に初期設定していた竜のキャラはすっかり変り、むしろ聖獣となった。しかし、洞窟に入り込んだ中世風の世界は、当初考えていたよりも遥かに危険な世界となった。

 翔太のモデルとしては、息子他、わたしが知っていた複数の男の子が交錯する(現在は皆成人している)。

 紘平のモデルだけが決まらなかったのだ。イメージには割合しっかりしたものがあって、話を進めるぶんには困らなかったのだが、心許なさがあった。

 それが、急に、その紘平のイメージのなかから、今日、お話の続きを書いている最中に、ある人物が浮上したのだった。 

 その人物とは、現在かかっている循環器クリニックのドクター!

 ユニークなキャラだとは感じていたが、なるほど、紘平にはぴったりのキャラかもしれない。先生は優秀なかただが、どことなくおっとりとした、屈託ないところがおあり。

 この場面で紘平はどう考えるのだろう、といったようなときに、小学校高学年だった頃の先生だったら、どうお考えになっただろう、と考えることになりそう。

 瞳のモデルは、女医さんになったマチコちゃんで、先生もこれまた、小児喘息にもめげずにドクターになったかた。

 幼馴染のモデルに設定するには、ある意味、似た者同士ということになり、ちょっとめりはりに欠けるかもしれないが、危険の待ち構えている洞窟に入るには、よいコンビという気もする。ナンにしても、ドクターがモデルとして勝手に(?)浮上してこられたのだから、仕方がない。

 尤も、紘平は現時点ではアナウンサーになりたいと思っていて、いずれにしてもドクターにはならないだろう。

 モデルに設定したとはいっても、まあ全てが、あくまでわたしの想像にすぎないわけだが、人物が金太郎飴みたいになってしまわない工夫として、モデルはやはり必要なのだ。

 この自作童話でわたしが作家になれて、先生とテレビ出演できたらいいですね。なにせ、よくわたしに作家になってね、とか、一緒にテレビ出演したい、などとおっしゃいますので。
 ⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/01/post-ba5e.html

 作家になる基礎づくりの一貫として、これからも治療のほう、よろしくお願いします(まさかこのブログをご覧になったりということはないと思うが、一応ご挨拶)。

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2010年4月 8日 (木)

最近の夕飯から(中川紀子先生レシピ『大根ときゅうりの和風サラダ』)

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 昨日のメインディッシュは、服部先生のレシピで『きのこのリゾット』。もともとリゾット好きの娘ですが、夫も好きになったみたいです。レシピは既にご紹介済みです。⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2008/02/2.html

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 サラダは、キッコーマンのホームクッキングのレシピを閲覧して以来よく作る、『アスパラガスと炒り卵のサラダ』。しょうゆ、酢、みりん、サラダ油にすりおろした玉ねぎで作るドレッシングが美味しいですよ。昨日は、マッシュルームをサラダでも味わってみたかったので、リゾット用のを少しとっておいて入れました。

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 そのサラダに使ったアスパラガスは、バーガンディアスパラとあり、これまでわたしが見たことのなかった色をしていました。丸ごとグリーンではなくて、どことなく茶色っぽく見えました。しっかりとしたアスパラガスで、9本:299円。色が色なので、迷いつつ購入。写真のアスパラは、前日の長崎皿うどんに試してみたので、3本減っています。
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 ネット検索してみて、紫アスパラガスの一種で、今人気だと知り、なるほど紫色にも見えると思いました。ネットで見た紫アスパラは、完璧な紫色でしたが、わたしが購入したものはどことなく……という感じでした。袋に、ポリフェノールの一種アントシアニンがグリーンアスパラに比べて約10倍とありましたが、このあまり紫でない色でもそうなのでしょうか?

 茹ですぎるとグリーンになってしまうそうで、長崎皿うどんのアスパラはそうなってしまいました。しっかりとした体型(?)と色合いから、硬いかと思い、いつもより長く茹でてしまったのです。実際には、硬くありませんでした。それでいて、味は濃く、グリーンアスパラとはいくらか違った味に感じました。

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 暖かくなったので、もうあまり作らないだろうなと思いつつ、ボルシチをしました。我流なので、作りかたというほどではありませんが、材料などはこちら。⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/10/post-093b.html

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 タイトルの『大根ときゅうりの和風サラダ』がようやく登場です。このレシピはぜひ、ご紹介したいと思いました。白みそとレモンを使ったドレッシングがとっても美味しくて、いくらでもお野菜を食べられそうなのです。

 レシピでは鶏ささ身を蒸してあり、さっぱりとしていていいなと思いましたが、面倒だったので、わたしはフライパンで焼きました。蒸すより、若干こくのあるサラダになったのではないでしょうか。

 参考にした「NHK『きょうの料理』ポケットシリーズ〈カラー版〉 サラダ」(日本放送出版協会、昭和54年)からレシピをご紹介します。

[材料・4人前]
大根200g,きゅうり100g,鶏ささ身100g,レモンの汁と皮各少々,白みそ大サジ1~2,サラダ油大サジ5,調味料=塩・酒・酢・砂糖.

[作り方]

  1. 大根は皮をむいて短冊、またはせん切りにして水に放しておく。
  2. きゅうりは塩みがきし、大根と同様にしておく。
  3. 鶏肉は塩、酒各少々をふりかけて蒸し、冷まして細かくほぐしておく。
  4. ボールに白みそ、酢大サジ1と1/2,砂糖小サジ1/2を合わせ、サラダ油を加えてよく混ぜ合わせる。最後にレモン汁を加える。
  5. よく水けをきった①の大根、②のきゅうり、③の鶏肉を軽く混ぜて器に盛り、レモンのせん切りを少し散らし、④のドレッシングを添えてすすめる。 

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2010年4月 7日 (水)

おフランスのクッキー坊や

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 フランスに旅行した、娘の職場仲間からいただいたクッキー。

 このクッキー坊や、胸から太ももにかけて並んだ3個のおっきなボタンが可愛い。でも、お顔は結構怖い。

 ボン……なんとかって書いてあるけれど、印刷された青色の文字は達筆すぎて、読めまへん。

 手作りの味わい。

 ああわたしも、フランス、行きたいなあ。異端カタリ派の最期の拠点に、マグダラのマリアが隠棲したというサント=ボームの洞窟に。

 マグダラのマリアの運命が、気になって気になって仕方がない。

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あれは何時だったかしら?

あれは何時だったかしら?

 うーん、夜更かしをしていた深夜だったことは確かだけれど、左腕がひどく痺れたのでニトロペンを舌下して、そのあと寝てしまったらしい。

 腕が痺れる前には胸の圧迫感もあり、ビオフェルミンのお陰でおなかからの圧迫感がなかったので、心臓が原因とわかりやすかった。

 ビオフェルミンは、昨日仕事帰りの娘に、マッさん(マツキヨ)から買ってきて貰った。

 以前、総合病院にかかっていたときはビオフェルミンをずっと何年も飲んでいたことがあり、効いているのかどうかさっぱりわからなかったが、試してみたくなったのだ。

 便秘している自覚がないのに、空気(漢方の先生は冷たいガスとおっしゃった)が上からも下からも全く出ていかなくなり、おなかがまさに風船状態。

 牛だったら、内臓圧迫で死んでいる。人間でよかった。

 一昨日の夜、苦し紛れに使用期限の切れたビオフェルミンを飲んだら、不思議なくらい効いて、半日かかってかなりの空気が抜けた(本当に風船)。しばらく続けてみよう。

 おなかからの圧迫感がなくなったとたんに、今度は胸からの圧迫感か。偶然にしてはできすぎてる。

 とにかく、湿疹の痒み以外はどこにも不快なところがなくなったため、爆睡したのに違いない。風船って、萎んだら下に落ちるよね、わたしも眠りに落ちたわけ。

 ビオフェルミンのお陰で、昨日からおなかが快調にグルグル、グルグルいいっぱなしで、喧しいの。この喧しさはありがたいのだけれど。

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2010年4月 6日 (火)

お知らせ

 ウェブページで作った記事を、携帯では閲覧できないことに気づきました。

 そこで今日作った『シネマ・インデックス』と、わたしの外部サイトを紹介した『マダムNのサイト総合案内』を普通の記事にし、カテゴリーに加えました。

 またカテゴリーが増えてしまいましたが、これで携帯からも閲覧、アクセスできるようになると思います。

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シネマ・インデックスを左サイドバーに表示

 映画の記事にアクセスされるかたが多いようなので、インデックスを作りたいと思っていましたが、今日、それ風なものをウェブページで作ってみました。

 実際に作ってみると、自分で思っていたほどには映画の記事を書いていなかったことに気づきました。

 内容的にも、映画的断章が他の事柄に混じっているという感じのものが多くて、映画の記事といえるほどに体裁が整っているものは、少ないのですね。

 インデックスを作るほどでもなかったことにあとになって気づいたのでしたが、まあせっかく作りましたので、気が向かれたらご利用くださいませ。

★シネマ・インデックス
  ⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/cinema.html

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2010年4月 5日 (月)

Notes:不思議な接着剤 #51 二つの嵐とマグダラのマリアの安否

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#51
2010/4/5(Mon) 二つの嵐とマグダラのマリアの安否/『黄金伝説』を読む #2

ざっと調べたい作家

  • ラ・フォンテーヌ
  • シャルル・ノディエ
  • ヴィクトル・ユゴー
  • ジャン・コクトー。

 『レンヌ=ル=シャトーの謎』に、意味深に出て来るから……。

『黄金伝説』《マグダラの聖女マリア》の章、『フランスにやって来たキリストの弟子たち』についての私的疑問

 『黄金伝説』訳注に「十字架とどくろをもっていることもある(苦行の象徴)。」とあるが、苦行の象徴がどくろだなんて、信じられない。マグダラのマリアとどくろは、切り離せないところがあるようだ。なぜだろう?

 『黄金伝説』にも、『弟子たち』にも、異様としか想えない箇所がある。

 サント=ボームの洞窟、「ここでマリアはつねに、俯せに、もしくは下腹を下にしてすごしていたといわれます。」
 「マリーはたえず、泣いてすごしていたともされています。」
 「一説に、マドレーヌは、ここへ登ってくる前、ヌヴォーヌの谷ですべての衣服を脱ぎ捨てて、もはや「恥じらいの覆い」は一枚もつけないでいられる状態になっていたとも伝えられます。」

 マリーもマドレーヌもマグダラのマリアのことだが、まる裸でいられるのは狂った人か、もしかしたら悟った人もそうなのかもしれないが、いずれにせよ、そんな境地にある人間が30年間も洞窟でメソメソ泣いていられるとは、信じられない。

 いつも俯せに?

 こうした状態からわたしが連想するのは、愛を観想する人間ではなく、どこかが病気か、幽閉されているか、死んだ人間かだ。

 『黄金伝説』にも、領主夫妻と子供に関して、異様な記述があちこちにある。

 岩礁=岩の島に、子供が「よく浜辺に出ては、無心に砂や石遊びをしている」とあるような浜辺があるのは変で、その子供も3歳くらいかと思う描写のすぐあとで、母の乳房を吸っていたりする。

 しかし、この子供は父が2年前に岩礁に置き去りにしたときも、「母の乳房をもとめては泣き叫んだ」のだ。

 2年後のこととして描かれているのは、すぐあとのことではなかったのか? 岩礁ではないどこかの浜辺で遊んでいる子供のことは、何年もあとのことでは? 

 岩礁には洞穴があり、そこに領主は妻の遺体を運んだとあるが、この洞穴はサント=ボームの洞窟と重なる。

 もしかしたらマリアは死んだか病気になったか幽閉されたかで、子供を育てられなかったため、領主夫妻が引き取って育てたのでは?

 というのも田辺先生の『弟子たち』に、勿論伝説として紹介されているのだが、

実は、マグダラは、イエスの妻であって、二人の間には少なくともひとり以上の子どもがあったといわれます。南フランスのユダヤ人共同体にまぎれこんでマグダラは子供を育て上げ、その子孫が5世紀には、北方から進出してきたフランク族の王族と結ばれて、メロヴィング朝(フランス最初の王朝)を創始したのだそうです。

 とあるからで、あるいは砂浜で遊んでいる子供と母の乳房を求めた赤ん坊は別人なのかもしれない。

 この岩礁(岩の島)の赤ん坊、浜辺の子供については、時間的な置換がなされているか、二人の子供に関する出来事を一つにしてしまっているとしか思えない。

 マグダラのマリアたちは、何らかの犯罪に巻き込まれて海に流された。

 もしかしたら、マリアと赤ん坊は亡くなってしまい、もう1人いた男の子を領主夫妻が引き取ったのかもしれない。

 マリアも元気だったと思いたいが、『黄金伝説』に描かれた二つの船旅(マリア一行の船旅、領主夫妻の船旅)はどちらも嵐に襲われるのだ。これも、一つの船旅を二つに分けたからではないだろうか?

 マリアの死を隠蔽するために、領主の妻の死を創出する必要上――。そうでなければ、なぜ伝説は領主の妻の死などを長々と描写するのだろう? そのあとで、復活までさせなくてはならなかった。また、その子供なども長々と描写するのだ。

 漂着後に領主一家との関りがあった後は、マリアの名が出て来る話としては、次はもうサント=ボームの洞窟へ隠棲した話が来るだけだ。

 マリアが南フランスで永く暮らし、精力的に宣教して隠棲したのだとしたら、隠棲前のもっといろいろな話が伝わっていてもよさそうなものではないか。

 漂着後すぐに領主夫妻に子宝をさずけ、復活させた奇跡譚があるだけで、あとは洞窟で俯せになって30年間メソメソ……いや愛を観想していたという話にしかつながらないのは、どう考えても不自然だ。

 第一、人に子宝をさずけ、復活させるほどのことができる聖女でありながら、洞窟に籠もる必要があるのだろうかと素朴な疑問がわいてしまう。

 マリア一行が南フランスにペテロとは異なるキリスト教を広め、それが中世に異端カタリ派が発生するための土壌となったことは確かだろう。

 その異端カタリ派は西欧の仏教といわれ、そのことは、『マリアによる福音書』で、マリアがイエスから個人的に教わったという内容とは響き合うものがある。

 マグダラのマリアその人の運命がどんなものだったかは、「神のみぞ知る」だが。 

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2010年4月 4日 (日)

ハンガリーのお母さんのジュース

ハンガリーのお母さんのジュース

 キリンビバレッジのジュース《世界のKitchenから》シリーズ。

 これは、ハンガリーのお母さんの智恵『とろとろ桃のフルーニュ』のリニューアル版だそうで……。

 このシリーズのジュースは飲んだことがありませんでしたが、たまたま飲んだ北イタリアのお母さんの『グレープフルーツビネガー&ミルク』がミルキーな酸っぱさで美味しかったので、これも買ってみました。

 桃とヨーグルトという好みの組み合わせ。癖がなくて、甘すぎないところが気に入りました。

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2010年4月 3日 (土)

昨年入った同人雑誌の件。一応模様替え完了。体調の困った二点。

 桜の句を作りきれないうちに、肝心の桜の花が散ってしまいそうだ。買い物に出た木曜日に見た桜は、どれも満開だった。

 そういえば、花見のお誘いがエレベーターの壁に貼られていたけれど、確か明日だった。敷地内にある小さな公園の桜はもう散っているだろうし、この寒さではあんまりお花見というムードではないなあ。

 ブログの模様替えは一応完了。どのテンプレートを選んでみても、どこかしら引っかかるところがあったので、カスタム・テーマを選択し、その制限内で自分好みの設定にしてみた。

 タイトル・バナーに画像を挿入できるのがいい。今は自分で撮った、撮りかたは下手だけれど、百合の感じは気にいっている写真を入れているが、フリー素材屋さんから何か素敵なイラストをお借りして入れても楽しい。

 まあ、それでも落ち着かなければ、また元のテンプレートに戻せばいいわけだ。

 落ち着かないといえば、同人誌のこともそう。

 昨年入った文芸同人誌○○協会が、会員継続の手続きをしなければならない時期に当たっていたのだが、やめるつもりだったので、放置していたところ、新しい雑誌と手続きを促す通知が来てしまった。

 そこで昨日、主宰者にお電話して、脱会したい旨を伝えた。

 これまでに経験した同人誌のなかでは、一番割りが合わないと感じる会だった。というより、傍観して終わったという感じかな。三田文学も継続の手続きをしなかった。どちらも、賛助したいと思うほどのものがない。

 誘っていただいたFさんの個人誌にはご一緒させていただきたいと思っているが、児童文学作品に集中しているため、新しい作品となると当分用意できそうになく、書きかけの文学界を分析したエッセー『悪ふざけがすぎたかな?』は仕上げたいとは思っているが、書いていて楽しい作品ではないから、書くまいとしている自分がいる。

 体調について。瞼の腫れが続いていて、困っている。木曜日は、目に濃いメイクをほどこして、よけいにおかしくなった顔で買い物に出かけた。心臓が原因なら仕方がないのだが。

 おなかも、漢方クリニックに行ったときと同じ状態に戻ってしまった。瞼のことはともかく、おなかのほうは何とかしなくてはならない。呼吸器クリニックで、例のガスを吸収するという薬を出して貰うのがいいだろうか。 

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2010年4月 2日 (金)

わあ、アナスイのトートとポーチだ~!

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 娘が購入した『アナ スイ・ミニ』(宝島社、2010年4月)。付録のマザーズビッグトートとポーチは、結構しっかりしていそう。

 娘はそのトートとポーチ狙いで買ったのでしょうが、わたしは子供の洋服を観て楽しませて貰いました。

 冒険に出かけたい子供たちを待機させたまま(児童文学作品『不思議な接着剤』をストップさせたまま)、資料漁りに熱中していたのですが、子供たちの一人、瞳が着る服を考えていたところだったので、参考になります。 

 瞳は、『すみれ色の帽子』〔当ブログのカテゴリーにもありますが、このリンクをクリックなさいますと、読みやすいわたしの外部サイトへ移動します。〕をお読みいただくとわかると思いますが、おしゃれな少女で、実は第一話に出てくる帽子はアナスイのものなのですね。

 瞳たちは洞窟に入っていくわけですから(そこには平和とはいえない中世風の世界が入り込んでいます)、瞳には男の子と間違えられるのによさそうなバルーンキュロットパンツを着せようかしら。膝くらいまでの思いっきりふくらんだやつ。 

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ただいま、模様替え中

 ココログのデザイン機能が変わったようなので、模様替えに再度チャレンジすることにしました。

 また数日間、ブログ画面が落ち着かないことと思いますが、ご了承くださいませ。

数時間後

 またもや挫折。落ち着かなくて、また前のに戻しました。ココログオリジナル・テーマに一気に加わったアメリカのものにも替えてみましたが、Googleのサービスで作っているブログ(料理ブログ『プチ・マダムNの覚書』がそれ)みたいになりました。素敵なテンプレートもあるけれど、ちょっと大雑把な感じになります。

 まあ、まだしばらくはあれこれ試してみるかもしれませんので、よろしく。

 

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2010年4月 1日 (木)

Notes:不思議な接着剤 #50/マグダラのマリアに育てられた男の子

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#50
2010/4/1(Thu) マグダラのマリアに育てられた男の子/『黄金伝説』を読む #1  

ヤコブス・デ・ウォラギネ
平凡社
発売日:2006-05-10

 
 今日中に図書館に返してしまいたいので(ヨセフスの『ユダヤ戦記』『ユダヤ古代誌』を借りるために)、中世に著わされた聖人伝説集『黄金伝説』にマグダラのマリアがどう描かれたか、メモしておきたい。

 以下はヤコブス・デ・ウォラギネ『平凡社ライブラリー 578 黄金伝説 2』(前田敬作・山口裕訳、平凡社、2006年)の著者紹介から。

ヤコブス・デ・ウォラギネ(1230頃―98)

ジェノヴァ近郊ヴァラッツェの生まれ。
ドミニコ会士。ロンバルディア管区長を経て、ジェノヴァ市第8代大司教(1292―98)。
神話文学としての聖人伝説は、カイサリアの司教エウセビオスの『教会史』(4世紀)を嚆矢とするが、多くの聖人伝作者の手によって、さまざまな異教伝承や土俗信仰を摂取しつつ、福者ヤコブス・デ・ウォラギネが集成した『黄金伝説』においてみごとに結実する。
中世において聖書とならび、もっともひろく読まれた書物として、キリスト教的ヨーロッパの教化に役立ち、造形芸術のもっとも重要な霊感の泉となった。
書名の〈黄金〉は同時代人が冠した美称。
他に『ジェノヴァ市年代記』(1297)、『説教集』、『マリア論』などが知られる。

 以下は、前掲の書「九一 マグダラの聖女マリア」から。

マリア(Maria)とは、〈苦い海〉を意味する。あるいは〈明るく照らすひと〉または〈明るく照らされたひと)という意味である。これによって、マリアが選んだ最良のものが三つあったことがわかる。すなわち、悔悛あるいは痛悔、内面の観想、天国の栄光の三つがそれである。

 マリアが選んだ最良のもの――つまり、マリア特有の性格として挙げられた第一のものは、人口に膾炙したマグダラのマリア像――彼女は娼婦であったとされている――の反映といってよい。注目すべきは、第二の《内面の観想》だろう。

 この《内面の観想》については、訳注がある。以下。
マグダラのマリアは、中世初期には観想生活の象徴とされた。『ルカ』10の39以下の記述から内省的観想的な性格と考えられたのであろう。悔悛者の模範と見なされるようになったのは、中世後期のことである。
 これは驚くべきことである。瞑想者としてのマリア像が、娼婦像としてのマリア像に先んじているのだから。ここで、『マリアによる福音書』を思い出しておきたい。マリアがイエスの教えを語る場面で、彼女は次のように話し出す。以下は、岩波書店版『ナグ・ハマディ文書Ⅱ 福音書』)からの抜粋。
「私は一つの幻のうちに主を見ました。そして私は彼に言いました。『主よ、あなたを今日、一つの幻のうちに見ました。彼は答えて私に言われました。『あなたは祝されたものだ、わたしを見ていても、動じないから。というのは叡知のあるその場所に宝があるのである。
 私は彼に言いました、『主よ、幻を見る人がそれを見ているのは、心魂〈か〉霊(か、どちらを)〈通して〉なのですか』。
 救い主は答えて言われました、『彼が見るのは、心魂を通してでもなければ、霊を通してでもなく、それら二つの真ん中に〔ある〕叡智、幻を見る〔もの〕はそ(の叡知)であり、そ(の叡知)こそが……
 残念ながら、このマリアの会話には欠損が見られるのだが、マリアはここで瞑想の技法を語っているといってよい。後にパウロがイエス体験を、あなた任せ的、盲目的……神秘主義的にいってしまえば、霊媒的にしたのと比較すると、対照的である。

 ブラヴァツキーは人間の本質を七本質に分類する。アストラル体(肉体の原型。プラーナの媒体)、プラーナ(気。生命原理)、カーマ(欲望)、低級マナス(カーマ・マナス。低級自我)、高級マナス(ブッディ・マナス。高級自我)、ブッディ(霊的魂)、オーリック・エッグ。

 マリアの話のなかで、イエスのいう叡知というのは、高級マナスのことではないかと思われる。

 ブラヴァツキーによると、カーマすなわち欲望を全て殺し、これを上向きの清浄な欲求に置きかえることができたら、七重の構成体が変容し、高級三つ組は浄化した低級マナスを受け入れて高級四つ組になるという。死すべき四つ組はカーマが消えるため、低級三つ組となる。これが解脱した人の様子だという。

 ブラヴァツキーは、高級本質で思考を行う人達は少数派といっているが、マリアは、高級本質で観想することの重要さを(おそらくは生前の)イエスから教わったのだろう。そして、マリアという女性は、教わる以前にそれを自ら行いうる優れた弟子だった。マリアの話から推測すると、生前のイエスはマリアに瞑想の指導を行っていたと考えられる。

 ナグ・ハマディ文書が伝えるマリアのこうした志向性は、『黄金伝説』が伝える30年間の隠遁生活(場所は訳註によると、マルセイユ近郊にあるサント=ボームの洞窟)と響き合うものがあるだけでなく、中世初期には、彼女は観想生活の象徴とされていたというのだ。

 それが中世後期には、娼婦の悔悛に置き換えられてしまった。教会の操作が背景にあると考えられるが、訳注1によると、教父たちの聖書解釈が原因らしい。
教父たちの聖書解釈によって『ルカ』7の37以下の〈罪の女〉およびベタニアのマリアと同一視されるようになったためと考えられる。この間違った同一視は、伝説化の恰好の温床となり、10世紀イタリアでエジプトのマリアの伝説から借用した新しい伝承が成立、それがフランスに入り、12世紀プロヴァンス地方で痛悔(あるいは贖罪)する隠修女としての伝説が完成した。本章の物語は、上の同一視にこのプロヴァンスの伝説を結合したものである。〔略〕なお、このような伝説化は、西欧でのみおこなわれ、東方では、早くからイエスに随伴した婦人たちのひとりとして知られているだけである。
 マグダラのマリアは、〈罪の女〉、ベタニアのマリア、エジプトのマリアと一緒くたにされてしまったようだ。

 次に、マグダラのマリアの出自に関するものを『黄金伝説』から抜粋しておきたい。
 マグダラのマリアは、〈マグダラ城〉とあだ名されていた。門地は、たいへんよかった。王族の出だったのである。父の名はシュロス、母はエウカリアといった。弟のラザロ、姉のマルタとともに、ゲネサレト湖から2マイルのところにあるマグダラ城とイェルサレム近郊のベタニア村と、さらにイェルサレム市に大きな地所を所有していた。しかし、全財産を3人で分けたので、マリアはマグダラを所有して、地名が名前ともなり、ラザロはイェルサレムを、マルタはベタニアを所有することになった。 
 マグダラのマリアは王族の出で、マグダラの領主だったという。彼女が、イエスの死後14年目に南フランスに船で漂着した経緯について、以下に抜粋。
 われらの主がご昇天になり、ステパノがユダヤ教徒たちの石打ちによって殉教し、ほかの弟子たちがユダヤの地から追われたあと、主のご受難からかぞえて14年目、弟子たちは、さまざまな国に出かけていって、神の言葉を宣べ伝えていた。そのころ、主の72人の弟子たちのひとりの聖マクシミヌスは、使徒たちと行動をともにしていた。聖ペテロは、マグダラのマリアをこのマクシミヌスの手にゆだねた。ところで、弟子たちがちりぢりになったので、外道のやからは、聖マクシミヌス、マグダラのマリア、弟のラザロ、姉のマルタとその忠実な仕え女マルテイラ、生まれながら見えなかった眼を主に治してもらった聖ケドニウス、そのほか多くのキリスト信徒たちをいっしょに船に乗せ、海上につれだして、舵をとりあげ、ひとりのこらず海の藻くずにしようとした。しかし、神の思召しのおかげで、船は、マッシリア(マルセイユ)に漂着した。
 ペテロがマグダラのマリアをマクシミヌスの手にゆだねた、とはどういうことだろう?  どうも、ペテロとパウロのすることには疑わしい言動が多い。訳注には、マクシミヌスと聖ケドニウスの名前は聖書にはないとあった。

 また、『黄金伝説』で、長々と描かれるマリアとマルセイユの領主夫妻との間に起きる珍妙な出来事は、一体何だろう?

 マグダラのマリアは領主夫妻に子宝をさずけたばかりか、岩の島で死ぬ運命だった子供――男の子だ――はマグダラのマリアに救われ、育てられる。二年間もである。一方では、マリアはマルセイユで説教するなど、宣教にも忙しかったようだが……。

 マリアたちが漂着してすぐに子宝の話が始まるおかしさに加えて、一層おかしなことには、不自然なペテロの介入があるのだ。受け身の描かれかたではあるのだが、怪しい。

 順序立てて紹介すると、偽神に子宝をさずかる願をかけようとしたマルセイユの領主は、マリアにとめられ、キリスト教の信仰を説かれた。領主は、マリアの信仰が真実であるか確かめたいといい出し、マリアはそれに対して、聖ペテロに会うようにと促す。領主は、マリアに男の子をさずけてくれたならそうするという。夫人はみごもる。

 ペテロに会いに行くという領主に、身重の夫人は無理について行く。マリアはお守りの十字架をふたりの肩に縫いつける。一昼夜航海したとき、嵐に遭い、夫人は船の中で男児を産み落とした後で死ぬ。困った領主は、母の乳房を求めて泣く赤ん坊と亡骸を岩礁に置き去りにする。

 ローマのペテロに会いにいった領主は、2年間をペテロと共に過ごす。帰途、赤ん坊と亡骸を置いた岩の島に寄ると、赤ん坊は愛くるしく育っていて、領主が妻のことをマグダラのマリアに祈るうちに、妻はまるで『眠れる森の美女』のように目を開ける。

 この子宝物語は、マグダラのマリアの章のうちの1/3を占める。マリアたちが宣教するにあたって、領主の許可は必要だろうが、これはどう考えても不自然な話ではあるまいか。わたしは思わず、神功皇后の話を連想してしまったくらいだった。

 こんな伝承も、イエスとマグダラのマリアの間に子供があったのではないかという憶測を呼ぶのだろう。万一そうであったとしたら、マリアたちが何者かによって海に流されたのは、イエスの死後、間もない時期であったということになる。

 そして、マリアたちの乗った船は嵐に遭い、イエスの子供をみごもっていたマリアは船のなかで出産した。こう想像していくと、嫌でも、『レンヌ=ル=シャトーの謎』の著者たちがとり組んでいたイエスの血脈というテーマが思い出される。

 イエスの一番弟子を自任していたペテロ。一方、グノーシス文書が伝えるマグダラのマリアは、イエスの一番弟子として愛されていた。

 著者たちが推理したように、もしイエスが宗教の改革者としての側面だけでなく、王位継承権を持つ人物であったとしたら、どうだろう? マリアがイエスの子供をみごもっていたとしたら?

 マリアが30年間も洞窟に隠棲したというのも、いささか不自然な話ではある。修行しながら宣教する道もあったはずだ。しかし、隠棲せざるをえなかったのだとしたら? 

 つまり、流刑のような目に遭い、幽閉されていたのだとしたら? マリアが彼女の側にいたと想われる人々と海に流されたのは、まさにイエスの子供をみごもっていたからだとしたら? また、マリアが娼婦とされたのは、彼女のおなかの子をイエスの子と認めたくない者たちの喧伝によるものだとしたら? 

 『マリアによる福音書』におけるペテロとマリアの対立から見ても、イエスの死後、マリアは敵に等しい弟子仲間と行動を共にしていた。

 仮に、マリアがイエスの子供をみごもり、そう主張したとしても、それを証明することはできなかっただろう。

 マリアが冒涜者であり、風紀を乱すとんでもない女とされて、海に流されるということがあったとしても、おかしくはない。

 いずれにしても、『黄金伝説』に描かれたマグダラのマリア伝説には、何かが隠されている気がする。わたしは童話を書くに当たって、洞窟に幽閉された乙女の姿が浮かんで仕方がなかった。そこから、こんな読書の森に迷い込むことになろうとは、想像もしなかった。

 誰の子であれ、わたしには岩の島で育てられた男の子が忘れられなくなってしまった。ウォラギネの描写力のせいかもしれないが……。

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