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2010年3月28日 (日)

模様替えに挫折しました&ランボーの詩『わが放浪』をご紹介

 模様替えしたいと思い、数日間、テンプレートをとっかえひっかえした揚句、挫折しました。

 2日ほど、グレーのシンプルなテンプレートに設定してみて、デザイン的には気に入ったのですが、投稿時刻の表示ができないのは、決定的でした。

 決定的というとオーバーですが、体調の記録もつけているので、例えば冠攣縮性狭心症の発作の起きた時間を本文に書き忘れていても(大抵書き忘れます)、時刻が表示されるテンプレートだと、ワタクシ的にひじょうに便利なのです(そうでないと、困るのです)。

 結局、以前のテンプレートに戻してしまいました。

 このテンプレートで気に入っているところは、ゆったりとしているところ。文芸中心のわたしのブログに、本のデザインは合っていると感じさせるところ。

 あまり気に入っていないところは、リンクが太字で表示されるところ。列挙リストと順序リストを利用すると、文字が茶色になるところ。

 そもそも、わたしに茶色って、あまり合わないのですよね。服の色で映りがよいといわれるのは、レッド、グレー、ブルー、ピンク。

 ワインレッドをポイント的に使った、グレーのシンプルなテンプレートがいい。

 わがままですよね。

 この模様替えのときに、息子が電話して来たので、「ママに、文学は合っていないかもしれないという気がしてきた」といったら、「ええーっ……、50歳を過ぎて、そういわれても」と途惑っていました。

 もちろん、文学はすばらしいものだという思いに、変わりはありません。文学を含む芸術作品のうち、真にその名に値するものは、神秘主義的観点から観察すると、霊に深い、芳しい影響を及ぼし、オーラの色合いを変え、人間そのものを変容させます。

 そして、芸術を騙った偽の芸術作品は、その逆の影響を及ぼします。

 わたしに文学を語ったり、創作したりする資格があるのだろうかという思いをこれまで以上に抱えながら、今後もミューズ(ムーサ女神たち)にあこがれ、怯えながら、衣の裾にしがみついていくことと思います(しがみつけているのだろうか?)。

 その美貌と吟唱の技にかけて人にすぐれていたタミュリスはムーサ女神たちと歌の競い合いをした。その条件は、もし彼が勝利を得れば彼女らをすべてわがものとする、これに反して破れた場合には彼女たちの欲するものをなんなりと奪われるというのであった。ムーサたちが勝利を得て、彼の両眼とその吟唱の技とを奪った。

『アポロドーロス ギリシア神話』(高津春繁訳、岩波文庫、1953年)

 ランボーのみずみずしい詩もご紹介したくなりました。

   わが放浪
                 (ファンタジー)


破れたかくしにげんこをつっこみ、ぼくは出かけて行ったのさ、
ぼくの着ている外套も、もう名ばかりの代物だった、
空のしたをぼくは歩いた、ああミューズ! ぼくはおまえの忠僕だった、
まあなんという輝く愛を、ぼくはいろいろ夢みたことか!

ひとつっきりのズボンには、ぽっかり穴があいていた。
――まるで夢みる親指太郎さ、歩きながらもぶつぶつぼくは、
詩の韻なんぞひねくっていた。ぼくの宿は大熊座だ。
――空に輝く星たちはひそひそやさしく語りかけ、

道ばたに腰をおろして、ぼくは話をきいていた、
あの九月のすてきな夜々、元気づけの酒みたいに、
額にしたたる夜露の味を、ぼくは味わっていたものさ、

物の怪めいたかげたちに囲まれながら韻を踏み、
片脚を胸もとにまで持ちあげて、堅琴みたいに、
破れた靴のゴム紐を、引っぱっていたものさ!

『世界詩人全集 9 ランボー詩集』(粟津則雄訳、新潮社、昭和43年)

当ブログにおける関連記事:
百合に寄せて☆ランボーの詩『オフェリヤ』のご紹介
パンの詩2篇をご紹介~アルチュール・ランボー『びっくりした子供たち』(粟津則雄訳)/ガブリエラ・ミストラル『パン』(田村さと子訳)

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