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2009年11月の46件の記事

2009年11月30日 (月)

昨日の夕飯

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 牛角が安かったので買っていたのですが、使い切りたいサワークリームもあったので、ボルシチにしました。以前は生のビーツを置いていたスーパーに見かけなくなったので、もっぱら缶詰を利用していますが、手軽で、仕上がり具合も悪くありません。

 ボルシチと白いごはんは合わない気がしていたので、パンにしてみました。ライ麦パンが合うそうなので、娘に頼んだのですが、バスが遅れたとかで、いつも行くパン屋さんに間に合わず、アフタヌーンティーから買ってきてくれました。

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 肉は塩コショウして炒め、白ワインを振って、水を入れ、月桂樹の葉を加えて(昨日は、甘い香りのするディルも入れてみました)、弱火でやわらかくなるまで煮ます。千切りにしたセロリ、にんにく、玉ねぎ、にんじん、ビーツを炒めて鍋に加えて煮、さらに千切りにし炒めたキャベツとじゃがいもを加えて煮(使い切りたいトマトペーストがあったので、昨日はこれも加えました)、塩・こしょうで味を調えます。 

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 缶詰のビーツを少しとっておいて、サラダに添えました。ワインレッドが野菜の緑や卵の黄色に映えます。

 ドレッシングの材料は、「NHK「きょうの料理」ポケットシリーズ〈カラー版〉25 サラダ」(日本放送協会、昭和54年)を参考にしたものをよく作りますが、昨日もそれにしました。さっぱりしていて、大抵のサラダに合いますよ。

 塩小さじ1/2,こしょう少々,ワインビネガー大さじ2,サラダ油約カップ1/2(大さじ6強).

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きのこの山 口どけミルクキャラメル~!

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 書店で、レジ業務を中心にお菓子のコーナーの仕入れなども担当している娘から、「これ、仕入れるかどうかで迷っている……」と、渡されたわたし。いつものように、試食するモルモットになりました。

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「これは……仕入れるべきだわね」とわたし。明治製菓の『きのこの山 口どけミルクキャラメル』は、キャラメルの甘さをビスケットがしっかりと受けとめている感じで、心躍る美味しさなのです。

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2009年11月29日 (日)

友人とおしゃべり&戦略

 大学時代の友人の一人にある用件で電話をした。その用件について話し合ったあとで、彼女が4年前から童話や絵本の創作を始めたことについて話した。

 彼女は、創作を再開して初めての作品を、悪名高き自費出版系の出版社が主催する賞に応募し、うまくいいくるめられて絵本を出した。

 そのことを前もって知っていれば止めたのに、とわたしは思ったが、あとの祭りだった。

 そのときのことを改めて話した。

 ソフトカバーの薄いパンフレットのような装丁で、500部作らされ、128万円だったという。1年間書店に並んだあと(本当に並んだかは不明。書店勤めの娘が、本当に書店に並んだかどうかを調べられるというので、調べて貰うことにした)、処分するか引きとるか訊かれ、引きとったという。大きなダンボール箱3つで、置き場がないそうだ。

 その出版社は味をしめたのか、昨年も今年も声をかけてきたそうだ。関係を断ってしまわないと身ぐるみはがされるわよ、とわたしは警告したが、彼女は半ば中毒になったようで、フラフラと誘いに乗ってしまいそうになるそうだ。書き手をよい気分にさせる甘い言葉を使うのだろう。校正の手も全く入っていないのかと思ってしまったくらいのものだった(一応あったらしい)。

 そもそもなぜ彼女が創作を再開したのか、わたしは不思議に思っていたので、訊いた。

 彼女は学校事務の仕事をしているが、当時、子育てに悩みがあり、就職してから何でも相談してきた上司であり友人でもあった人物の死があり、また、生き甲斐とはなりえない仕事の物足りなさや子供と接する機会のある職場環境――といったことがあって、それらが混じり合って、彼女の創作意欲を刺激したらしかった。

 彼女はわたしと同じ法学部卒だが、転職を考えたともいう。司法書士と行政書士の資格をとってそちらに鞍替えをするか、童話作家になるか、二者択一を考えたそうだ。

 彼女は上のお子さんが大学4年、下が高校生で、教師である夫との夫婦仲は円満な環境にある。一戸建ての家があり、金銭的にはゆとりのある暮らしだそうで、子育ての悩みも今は一応の終息を見た由。わたしなどから見ると、安定した羨ましい環境と思えるが、それでも彼女は生き甲斐という点で、何かしら物足りなさがあるようだった。

 わたしは、今の仕事をしながら創作を続けてはどうかとすすめた。尤も、同じ素人がいっても説得力に欠ける。いや、長く書いているのにプロにもなれない人間は、それ以下のおバカと看做されがちなのだ。勿論、芸術的な闘いを続けていると思ってくれる人など皆無。唯一それを信じてくれた自身からさえ見放されそうで、心細い限り……。 

 父夫婦からもたらされた件〔カテゴリー:父の問題参照〕から、法曹界にある幻滅を覚えた話も彼女にした。司法書士の試験となると、通るのがまず大変だし(その点は、わたしより勉強家だった彼女も承知している)、事務所を開くにあたっては地盤の問題なども出てくるだろう。

 要するに、何かにチャレンジしたい気持ちが彼女にはあるのだろうとわたしは思った。長年の勤務が彼女に退屈を招くほどのしっかりとした安定感をもたらしたのだ。そうしたよさを知らないわたしの中では、逆に、ただ生き甲斐のみが屹立している。

 どちらも、長年の努力で得られたもので、お話にある、いわば彼女は平穏な暮しが物足りなくなった田舎のネズミ。わたしは(現実には田舎暮らしだが、心理的には)創作の醍醐味というご馳走の味を知っているが、安定を知らない都会のネズミ。

 彼女は、肩書きがほしいわけではない。宮沢賢治みたいに死後に認められるということだけでもいいが、本は出したい(なるべく安く、よい装丁で)……などと子供のようなことをいう。悪徳出版社のカモにうってつけの考えかただ。

 彼女の創作活動には危うい感じがあるが、彼女が創作を再開したことについては、わたしは祝福したい。大学時代に彼女が書いた童話がわたしは好きで、以前、それを個人誌に掲載させて貰った。彼女の最良のものが出たよい作品だ。悪徳出版社から出た作品も、荒削りで説教臭いところはあるが、綺麗な調べが感じとれる。

 彼女には本を出す金銭力があり、努力家でもあるので、童話作家になることも夢ではないだろう。わたしは、(ハードカバーで出すとなると安くはないだろうが)良心的と思われる、自費出版も手がけている児童書専門の出版社を教えた。

 しかし、不思議なことに、悪徳出版社から自費出版する気にはなっても、わたしが教えたような出版社に話を持っていくことを彼女は躊躇する。敷居が高そう……面倒そう……と彼女は考えたようだった。

 いっそ出版社を介さず、印刷屋さんにお願いして本を作ってもいいのではないかと思われたが、彼女にとっては、出版社から本を出すということに意味があるらしかった。

 長い作品を書く力はまだ彼女にはないので、短い作品を募集していて、参加者全員にご褒美をくれるはずの某賞を一昨年だったか、彼女に教えていたが、彼女は昨年に続いて今年も応募し、いずれも落選したという。

「まともな賞では、そんなものよ。応募総数を考えて御覧なさい、落ちるほうが正常な事態だとわからない? 応募するたびに受賞できる、大勢の受賞者が出るなんて賞はね、それを餌に自費出版を持ちかける手段にしている悪徳出版社が主催する賞だけなのよ」とわたし。

 ただ、悪かったことに、わたしが教えた賞はご褒美を出さなくなっていたようだ。受賞者の作品集が送られてきただけだったという。わたしは最近、賞から遠ざかっていて、情報が古びてしまっているようだ。

 電話を切ったあとで、大学時代に書かれた彼女の作品を捜した。生原稿は昔の手紙の束のどこかにあるはずだったが、捜すのは大変なので、とりあえず、個人誌に掲載させて貰った作品のコピーを送ることにした。その作品は、彼女の創作の原点なのだ。自分で保管するのが筋だと思う。

 わたしは『不思議な接着剤』が完成したら、可能であれば、この人と思っているある人に絵をつけて貰い(一旦まとまりかけた話が物別れに終わったが、何度占ってもタロットカードはコンビを組めると告げる。調子がよければ、描ける人だとはっきりした。時期を見、再度話をしてみて、無理であれば、挿し絵なしの文章だけで行くしかない)、彼女に教えた出版社を含む数軒の出版社に原稿を持ち込んでみたいと考えている。以下で、そのおさらいをしてみる。

  1. 賞応募と持ち込みの線で考えている出版社……K社(東京)。
    サイトで個人的に発表した作品も受け付けるということだったが、これも古びた情報になってきたので再確認の必要がある。それに、わたしも現在ではサイトが増え、ホームページも持つようになったし(そこには載せないようにすべきか)。
  2. 持ち込みを考えている出版社……P社、K社、I社、R社(東京)、A社、S社(福岡)。
  3. 投稿を考えている出版社……F社(東京)。
    F社は持ち込みを禁止し、郵送による投稿のみ受け付けている。 

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2009年11月28日 (土)

昨日の夕飯(ぶりとミニトマトのアクアパッツァ風)

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 サイト、ELLE Cookingレシピの『かりかり豚バラ肉と塩ねぎの混ぜごはん』を参考とさせていただきました。

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 レシピではレモンが添えられていましたが、わたしは梅1個の果肉を叩いて細かくしたものを混ぜ込みました。豚肉のこくと梅のさっぱり感が絶妙なハーモニーを奏でます。お弁当にもいいでしょうね。

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 サイト、レタスクラブネットの『もやしと大豆と昆布のサラダ』を閲覧させていただきました。最近、こういったものを作っていなかったと思い、糸昆布がなかったのですが、勤務帰りの娘に頼んで買ってきて貰い、作りました。大豆が入っていますが、さっぱりした味わいです。上の混ぜごはんとよく合いました。

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 わたしはメインのこれを食べなかったのですが、家族には好評でした。上二つとこのイタリアンの組み合わせは変かなと思ったのですが、違和感がなかったとのことでホッとしました。どれも、重+軽の組み合わせで自己完結(?)したもののトリオだからかしら。

 その『 ぶりとミニトマトのアクアパッツァ風』を「あっさり味のおかず」(主婦の友社、平成19年)からご紹介します。

[材料・2人分]
ぶり2切れ(100g),塩小さじ1/3弱(ぶりの重量の約1%),小麦粉適量,ミニトマト10個,にんにく1かけ,白ワイン1/4カップ,パセリの茎1本,塩小さじ1/4,こしょう・オリーブ油各適量,イタリアンパセリ(パセリでも)少々.

[作り方]

  1. ぶりは、あればうろこをとり、塩を両面に振って約15分おく。水けをふいて小麦粉を薄くまぶす。
  2. ミニトマトはへたをとって半分に切る。ブロッコリーは小房に分けてゆでる。にんにくは縦半分に切って芯を除く。
  3. 深めのフライパン(ぶりが並んで入って少しゆとりがあるくらいの大きさがよい)を熱し、オリーブ油を入れて広げる。ぶりを並べ入れて中火で焼く。薄く焼き色がついたら上下を返す。1分ほど焼いたら白ワインを加え、にんにくとパセリの茎を加えて煮詰める。汁けが底に少し残る程度まで煮詰めたら、水1/2カップ、トマト、塩、こしょうを加えてふたをする。
  4. 2~3分煮て、トマトが煮くずれてきたらブロッコリーを加えてあたため、器に盛ってイタリアンパセリをちぎって散らす。

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2009年11月26日 (木)

循環器クリニック受診

 先日起きた、胸にミシンをかけられたような、脈をとると消えたり出たりした不整脈は、期外収縮で、単発で出る場合は全く心配要らないそうです。

 脈をとったときに消えて感じられても、本当に消えるわけではなく、早く収縮するため、そう感じられるだけだとか。

 確かに、その間、意識が遠くなるようなこともなかったので、そうかなとは思っていたのですが、先生にいって納得のいく答えが返ってくると、安心します。

「リーゼは使ってみた?」と先生。わたしは答えに詰まりました。眠剤を使わなかったのに、使ったとはいえないわたし。先生はじっとわたしの目を見つめられました。

「あの……よく眠るようにしたら、めまいは少なくなりました。それでも、めまいが起きることはあるんです」とわたし。先生は、微かに頷いて、真剣なお顔。じっと見つめたまま。

「寝ようと思えば、眠れるので、リーゼはもういいです」と小さくつけ加えると、先生は苦笑いなさいました。そして、「頭はどうなった?」と、明るい表情になって、わたしの手術痕の窪みに触れられました。

 これは、わたしとの間に齟齬が生じたときによく先生がとられる行動で、問診・診察というよりは、患者とのスキンシップの手段だと思います。

 たまたまそのとき、過去記事で書いた、鉗子分娩で頭に窪みのある看護師さんがついていらしたので、その話で盛り上がりました。

 先生に不信感を覚えたり、不信感を抱かせたりと、先生との間に不穏な動きのあった今年でしたが、頻脈の苦しさや発作の恐怖を和らげていただいていることは感謝しても感謝しきれません。 

 話が前後しますが、「Nさん、どこか別の病院で血液検査を受けられています?」と、検査室で看護師さんの一人に訊かれました。「副甲状腺に関しては調べて貰っていますが」と、わたし。

「そうしたものではなくて、総合的なものです」といわれ、「いいえ、総合的なものは……」と曖昧なわたし。

「何と、ですね。Nさんは、遥か昔しか血液検査、していませんよ。2年前のデータしかありません」と看護師さんに強くいわれ、思わず、「そう?」とわたし。

 血液検査が患者から願い出るものだったとは、知りませんでした……。そういえば、この日も「血液検査をしてほしい」と、受付で注文する人が、わたしがいた間にも1人ではありませんでした。

 最近になって、呼吸器クリニックでは希望したら血液検査をして貰えることに気づいたのでしたが、循環器クリニックでもそのようです。尤も、診断に必要な場合は、先生から指示があるのでしょうが、定期的な血液検査は患者側で心がけなければならないようです。

「次回の診察時でいいですから、血液検査を受けましょう! 朝食は抜いてきてください」と、厳命するようにいわれ、はい、といいました。新年早々に血液検査です。

 薬はいつも通り、インデラル、ヘルベッサー、アイトロール、シグマートを40日分。舌下錠はまだありましたが、「正月が挟まるから、舌下錠もあげておこうか」と、先生。ニトロペン10錠。

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ナンとか作った昨日の夕飯

ナンとか作った昨日の夕飯

 体調がパッとしなかったので、簡単なものにしようと思ったのですが、冷蔵庫を開けると、使いきりたい三つ葉が目に入ったり、昨日買った紅玉が微笑みかけてきたりもしましたので、結局いつものようなメニューに。

 明太子パスタ。
 りんご・胡桃・レタス・キャベツのサラダ。ドレッシングは、マヨネーズと牛乳を混ぜたもの。
 三つ葉とエリンギのスープ。水カップ5、鶏ガラスープ大さじ1、塩・薄口しょうゆ各小さじ1。

 昨日はパソコンを開かずに、一日が終わりました。この記事も携帯からです。

 行儀悪くも、寝たままで読み始めたルネ・ネッリの『異端カタリ派の哲学』がすばらしいです。訳者、柴田和雄氏が「類書は皆無に近く、今後ともこれほど深い論究は容易には現われ得ないであろう」と書かれているように!

 で、もっと読みたいし、映画の感想も書きたいのですが、明日は病院なので、昨日は寝てばかりでしたが、また寝ます。お休みなさい。

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2009年11月25日 (水)

ただいま起床しました

 もう夕方。この時間まで起き上がれず。まだ、ヘンにだるいのです。昼の薬、飲まなかったからかも。今から飲みますが、次がずれるなあ。この記事、依然として携帯から。

 父の出て来る珍妙な夢をいろいろ見ては、ちょくちょく目を覚まていました。一貫して、父がテーマでした。やはり父のことが気になっているのでしょう。

 こんな時間からできることって、限られていますワ。

 まるく掃除機をかけ、洗濯をして室内に干し(今日は昨日に比べて、よい天気だったみたいです)、簡単にできる夕飯を作ること。

 わたしにはホントにつまらなかった映画の感想は忘れないうちに、と思いますが……娘が買ったパンフレットでは(娘も疑問を感じて買った由)、巨匠渾身の名作と寄稿諸氏に讃えられる映画を、わたしは何でつまらなく感じたのか、短い文章でもきちんと分析しておかないといけません。

 さあ、起きた!

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昨日のパッとしなかった体調

 朝、心臓の具合がよくなかったが、午後になってよくなり、映画に出かけた昨日。

 やはり家にいるべき日だったのか、ひどく疲れた。めまいがしたが、昨日のは不整脈からだったと思う。

 それなのに欲深にも、映画のあとで、買い物をし、ジュンク堂書店へも行った。

 へとへとになって通路に座り込んでしまい、立ち上がるのに難儀した。右脚の股関節と膝が痛んだ。「傘が杖に見える……」と娘がいった。

 椅子がなかったら、倒れていたかも。書店を休憩所にしては悪いと思い、手帳を2冊買った(買うつもりではあったが)。

 タクシーで帰りたくなったが、娘がいつものように、野菜の沢山入った重い買い物袋やら何やら、荷物の大半を持ってくれたので、ナンとか歩いて帰った。

 今日もまだ疲れがひどくて(昨日からフルタイドを増やしているが、軽い喘息症状もあり)、この記事は携帯から。

 でも、もうちゃんと起きて、昨日観た(わたしにはつまらなかった)映画の感想を記録したり、家事に勤しんだりしたいと思う。

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2009年11月24日 (火)

これから映画!

  今日は循環器クリニックに行く予定でしたが、朝方、心臓の調子が不安定で、こんなときこそ受診すべきと思いながらも、支度を始めると発作が起きそうで、じっとしているうちに時間が過ぎるばかり。結局、午前中には行けませんでした。

 診察は午後もありますが、なるべくなら午前中に行きたいと思っています。薬は木曜日までに行けば大丈夫なので、木曜日に行くことにしました。

 午後になり、調子が戻ったので、これから休日の娘と映画を観に行きます。エルマンノ・オルミ監督作品『ポー川のひかり』。オルミ監督はイタリア映画の巨匠で、名作『木靴の樹』の監督です。

 大学時代に観た『木靴の樹』の透明感は、51歳になった今でも忘れられません。楽しみです。行ってきます。

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昨日の夕飯(カリフラワーとブロッコリーのソテー)

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 昨日の夕飯のメインディッシュは、脇雅世先生のレシピ『豚の梅しょうが焼き』を参考に作りました〔わたしの外部サイトになりますが、レシピはこちら。⇒http://noix-n.blogspot.com/2009/04/blog-post_6338.html

 さっぱりした美味しさです。味がしっかりとつくので、お弁当にもいいと思いますよ。

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 最近、焼きナスはもっぱらオーブントースターで作っています。手軽ですし、ご覧のように焦げ目もついて満足のいく仕上がり具合。包丁で上から下まで等間隔に4本切れ目を入れておくと、皮をはがしやすいですね。味噌汁の実は、厚揚げと三つ葉です。 

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 本日ご紹介したいのは、これ↑。「おうちでシェフ味 おいしい基本のイタリアン」(世界文化社、2004年)を見て作った『カリフラワーとブロッコリーのソテー』です。炒めて、にんにくと赤唐辛子、塩で味つけしただけなのに、何て美味しいんだろうと思いました。夫も、うーん、と満足の声を出していました。

 前掲の本から、レシピをご紹介します。

[材料・2人分]
カリフラワー・ブロッコリー各1/2株,にんにく(つぶす)1~2片,赤唐辛子(種を除く)1本,EX・ヴァージン・オリーブ油大さじ3,塩適量.

[作り方]

  1. カリフラワーとブロッコリーは小房に分ける。たっぷりの湯に塩(分量外)を入れてゆで、水気を切る。
  2. フライパンにEX・ヴァージン・オリーブ油とにんにくを入れて弱火で温め、赤唐辛子を加えて香りと辛みを移す。1を加えて手早く炒め合わせ、塩で味をととのえる。

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2009年11月23日 (月)

Notes:不思議な接着剤 #30/カタリ派について#3

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#30
2009/11/23(Mon) カタリ派について#3/資料#1

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 昨夜、カタリ派信仰を持つ女性がヒロインで、そのモデルはかの実存主義系フランスの女性哲学者シモーヌ・ヴェイユというミステリー、笠井潔著『サマー・アポカリプス』(創元推理文庫、1996年)を読んだ……とはいえないお粗末な読みかたで、20分くらいで拾い読みしただけだが、全体のあらましは掴めたと思う。

 で、かのシモーヌ・ヴェイユにはトンデモ役が二重に振られていて、ミステリーとはいえ、驚いてしまった! ヴェイユは美形だから、人気があるようだが、こんな使われかたをしていたとは。カタリ派に触れたヴェイユの論文まで引用されていた。作品のムード、事件の追跡の仕方はダ・ヴィンチ・コードなどの系統だろうが、歴史の謎解きを絡める主要な線では残念ながら不成功で、どちらかというと単なる人殺しに終わっていた。ここから、ヴェイユの思想、異端カタリ派、グノーシス、原始キリスト教などに入れば、一興かもしれないが……。

 県立図書館の蔵書検索で、カタリ派、グノーシス、原始キリスト教で検索してみたら、以下の著書がヒットした。

○カタリ派

  1. 異端カタリ派と転生   図書 原田武/著 人文書院 1991.9
  2. 異端カタリ派の哲学 叢書・ウニベルシタス 図書 ルネ・ネッリ/〔著〕 法政大学出版局 1996.11
  3. ヨーロッパ異端の源流 カタリ派とボゴミール派   図書 ユーリー・ストヤノフ/著 平凡社 2001.11

○グノーシス

  1. 荒井献著作集 6 グノーシス主義   図書 荒井 献/著 岩波書店 2001.7
  2. 荒井献著作集 別巻 <訳注>使徒行伝 ナグ・ハマディ文書   図書 荒井 献/著 岩波書店 2002.6
  3. 霊魂離脱(エクスタシス)とグノーシス   図書 ヨアン・P.クリアーノ/〔著〕 岩波書店 2009.5
  4. 禁じられた福音書 ナグ・ハマディ文書の解明   図書 エレーヌ・ペイゲルス/著 青土社 2005.3
  5. グノーシス 古代キリスト教の<異端思想> 講談社選書メチエ 図書 筒井 賢治/著 講談社 2004.10
  6. グノーシス 古代末期の一宗教の本質と歴史   図書 クルト・ルドルフ/〔著〕 岩波書店 2001.12
  7. グノーシス異端と近代   図書 大貫 隆/〔ほか〕編 岩波書店 2001.11
  8. グノーシス陰の精神史   図書 大貫 隆/〔ほか〕編 岩波書店 2001.9
  9. グノーシスとはなにか   図書 マドレーヌ・スコペロ/著 せりか書房 1997.9
  10. グノーシス「妬み」の政治学   図書 大貫 隆/著 岩波書店 2008.7
  11. グノーシスの宗教 異邦の神の福音とキリスト教の端緒   図書 ハンス・ヨナス/著 人文書院 1986.11
  12. グノーシスの神話   図書 大貫 隆/訳・著 岩波書店 1999.1
  13. グノーシス考   図書 大貫 隆/著 岩波書店 2000.1
  14. 自己認識への道 禅とキリスト教   図書 可藤 豊文/著 法蔵館 2001.4
  15. ダ・ヴィンチの謎ニュートンの奇跡 「神の原理」はいかに解明されてきたか 祥伝社新書 図書 三田 誠広/〔著〕 祥伝社 2007.3
  16. ナグ・ハマディ写本 初期キリスト教の正統と異端   図書 エレーヌ・ペイゲルス/〔著〕 白水社 1996.6
  17. ナグ・ハマディ文書 4 黙示録   図書 荒井 献/〔ほか〕訳 岩波書店 1998.9
  18. ナグ・ハマディ文書 1 救済神話   図書 荒井 献/〔ほか〕訳 岩波書店 1997.11
  19. ナグ・ハマディ文書 2 福音書   図書 荒井 献/〔ほか〕訳 岩波書店 1998.1
  20. ナグ・ハマディ文書 3 説教・書簡   図書 荒井 献/〔ほか〕訳 岩波書店 1998.5

○原始キリスト教

  1. 荒井献著作集 4 原始キリスト教   図書 荒井 献/著 岩波書店 2001.6
  2. 荒井献著作集 5 初期キリスト教史   図書 荒井 献/著 岩波書店 2001.9
  3. 石原謙著作集 第3巻 初期キリスト教研究   図書   岩波書店 1979.1
  4. 神々にあふれる世界 上 古代ローマ宗教史探訪   図書 キース・ホプキンズ/〔著〕 岩波書店 2003.11
  5. 神々にあふれる世界 下 古代ローマ宗教史探訪   図書 キース・ホプキンズ/〔著〕 岩波書店 2003.11
  6. キリストと時 原始キリスト教の時間観及び歴史観 岩波現代叢書 図書 O.クルマン/著 岩波書店 1954.5
  7. キリスト教の誕生 「知の再発見」双書 図書 ピエール=マリー・ボード/著 創元社 1997.9
  8. キリスト教史 第1巻 初代教会   図書 上智大学中世思想研究所/編訳 講談社 1980.10
  9. 禁じられた福音書 ナグ・ハマディ文書の解明   図書 エレーヌ・ペイゲルス/著 青土社 2005.3
  10. 原始キリスト教の社会学   図書 G.タイセン/著 ヨルダン社 1991.9
  11. 原始キリスト教史   図書 H.コンツェルマン/著 日本基督教団出版局 1985.3
  12. 古代教会史   図書 N.ブロックス/著 教文館 1999.6
  13. 砂漠の師父の言葉 ミーニュ・ギリシア教父全集より   図書 谷 隆一郎/訳 知泉書館 2004.4
  14. 使徒行伝と原始キリスト教史 聖書の研究シリーズ 図書 M.ヘンゲル/著 教文館 1994.6
  15. 宗教の倒錯 ユダヤ教・イエス・キリスト教   図書 上村 静/著 岩波書店 2008.9
  16. 初期キリスト教の霊性 宣教・女性・異端   図書 荒井 献/著 岩波書店 2009.4
  17. 新約聖書の世界 原始キリスト教の発足と展開   図書 小嶋 潤/著 刀水書房 1997.5
  18. 『新約聖書』の誕生 講談社選書メチエ 図書 加藤 隆/著 講談社 1999.8
  19. ナグ・ハマディ写本 初期キリスト教の正統と異端   図書 エレーヌ・ペイゲルス/〔著〕 白水社 1996.6
  20. 悲劇と福音 原始キリスト教における悲劇的なるもの Century books 図書 佐藤 研/著 清水書院 2001.3

 1回の貸し出しで借りられるのは10冊までなので、選ぶのに迷ったが、今日が休みだった夫に借りに行って貰った。自分で行ければ一番いいのだが、図書館疲れで寝込み、2日は無駄にするはめになるので。メモする際に間違って、持っているハンナ・ヨナスの『グノーシスの宗教』まで指定してしまっていた。借りたいもので、貸し出し中のものが2冊あった。

 研究書だけではなく、創作の参考にするために小説も借りたいと思い、2冊借りることにした。また、ネット検索で関心がわいた『モンタイユー 上』も借りることにした。この著書は、カタリ派異端審問官を勤めたジャック・フルニエの記録を資料とした研究書。訳者の一人が渡邊昌美であることも興味を誘った。うちにある『異端者の群れ』(八坂書房、2008年)の著者で、好著だと思ったからだった。

 今回借りたのは、うっかりした前掲の著書を除けば、次の9冊。

○小説

  1. オクシタニア   図書 佐藤 賢一/著 集英社 2003.7
  2. 路上の人   図書 堀田善衛/著 新潮社 1985.4

○研究書

  1. 異端カタリ派の哲学 叢書・ウニベルシタス 図書 ルネ・ネッリ/〔著〕 法政大学出版局 1996.11
  2. グノーシス 古代末期の一宗教の本質と歴史   図書 クルト・ルドルフ/〔著〕 岩波書店 2001.12
  3. 神々にあふれる世界 上 古代ローマ宗教史探訪   図書 キース・ホプキンズ/〔著〕 岩波書店 2003.11
  4. 神々にあふれる世界 下 古代ローマ宗教史探訪   図書 キース・ホプキンズ/〔著〕 岩波書店 2003.11
  5. 禁じられた福音書 ナグ・ハマディ文書の解明   図書 エレーヌ・ペイゲルス/著 青土社 2005.3
  6. ナグ・ハマディ写本 初期キリスト教の正統と異端   図書 エレーヌ・ペイゲルス/〔著〕 白水社 1996.6
  7. モンタイユー 上 ピレネーの村1294~1324 刀水歴史全書 図書 エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ/著 刀水書房 1990.6

○借りたかったが、貸し出し中だった研究書

  1. ヨーロッパ異端の源流 カタリ派とボゴミール派   図書 ユーリー・ストヤノフ/著 平凡社 2001.1
  2. 霊魂離脱(エクスタシス)とグノーシス   図書 ヨアン・P.クリアーノ/〔著〕 岩波書店 2009.5

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けったいな不整脈

 朝、ヘンな不整脈が起きました。胸にトトトトトトッとミシンをかけられるような感じ(?)。

 気持ちが悪いと思い、脈をとったところ、ドクドクする箇所に当てた指の下から、そのドクドクがフッと消えます。あれ、わからなくなったわと思い、探り直してドクドクに指を当てると、また少ししてフッと消えました。そんなことの繰り返しで、苛立ち、わたしは血圧の測りかたも下手だけれど、脈を測るのも下手なんだ……とふて腐れてまた寝てしまいました。

 起きてから、脈探しの件を思い出し、測ってみると、ちゃんと測れました。全然フッと消えたりしません。あの朝の時間帯に、一定時間、不整脈が起きていたのでしょう。

 明日、循環器クリニックを受診する予定なので、一応先生にはお話ししますが、そのときに起きていなければわからないことでしょうし、あれくらいの不整脈は心臓系の薬を飲んでいる関係上起こりがちなことなのかも。

 わたしは頻脈性の不整脈は慣れっこですし、まあ典型的に感じられる期外収縮には慣れていますが(あれも期外収縮の一種なのかも)、ちょっと変わって感じられる不整脈はナントモ気持ちが悪く感じられるのです。まあ誰でもそうでしょうけれど、不整脈って。

 そういえば、前に先生からちゃんとした脈の測りかたを教わったはずでした……明日、もう一度学習してきます。

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2009年11月22日 (日)

Notes:不思議な接着剤 #29/カタリ派は人気者?

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#29
2009/11/22(Sun) カタリ派は人気者?

 カタリ派は現代日本では、案外ポピュラーな存在らしい。ネット検索してみたところ、はまっている人も多いようで、驚いた。

 堀田善衛『路上の人』(徳間書店スタジオジブリ事業本部)、佐藤賢一『オクシタニア』(集英社)など、小説の題材にもなっているようだ。

 ナンと、笠井潔『サマー・アポリカリプス』(東京創元社)では、カタリ派信仰を持つ女性がヒロイン、しかもモデルはかのシモーヌ・ヴェイユというのだから、二度驚いた。

 海外ものでも、ミステリーの素材に使われているものなど、いろいろとあるようだ。ヘッセの『デミアン』がグノーシス主義を織り込んだものだったとは知らなかった。本当だろうか?  昔読んで、ヘンな小説だと思った記憶があるが、再読してみよう。』〔後日の記事:ヘッセはおバカだ

 尤も、ヘッセは東洋と縁のある環境だったようだし、親交のあったユングはグノーシスの思想とは切り離せない人物だから、不思議なことでも何でもないかもしれない。読み応えのあるハンス・ヨナス著『グノーシスの宗教』(秋山さと子&入江良平訳、人文書院、1986年)はグノーシスについて知りたい人にはおすすめだが、訳者の秋山さと子氏はユング派の心理学者として知られている。

 グノーシス主義の哲学体系に深く触れた文献の一つは、ブラヴァツキーの著書だろう。こんなときには頼りになる。そのブラヴァツキーの文献、ガーダムの著書、前掲のハンス・ヨナスの著書など参照しながら、グノーシス主義の思想について調べているところだ。

 それにしても、グノーシス主義がどういった経緯で、中世カタリ派の中に流れ込んだのだろうか。もう一つ、はっきりしない。

 グノーシス主義を調べることは、原始キリスト教について調査することでもある。原始キリスト教が発生した辺りはその時代、諸思想の雑居状態とでもいおうか、混交状態とでもいおうか、思想的に新陳代謝が活発な魅力的な時代だったはずだ。

 正統、などといって籠の中に閉じ込められた思想は可哀想だ。カトリック学派、カタリ学派として通用する時代でなかった中世ヨーロッパ……カトリシズムが絶対的な権力を持っていた時代にあって、カタリ派は気炎を吐いた。

 カタリ派は錬金術と関係づけられることもあるようで、わたしとしてみれば、このあたりの仮説を読むのは楽しい。

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2009年11月21日 (土)

Notes:不思議な接着剤 #28/カタリ派(Cathares)について#2

Notes:不思議な接着剤は、執筆中の自作の児童文学作品『不思議な接着剤』のための創作ノート。

#28
2009/11/21(Sat) カタリ派(Cathares)について#2

 現代フランスを代表するアナール学派の中世史家ジャック・ル・ゴフによる『子どもたちに語るヨーロッパ史』(前田耕作監訳、川崎万理訳、ちくま学芸文庫、2009年)に興味がわき、購入した。

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 訳者あとがきに、

 前半の「子どもたちに語るヨーロッパ」は、統一へと向かう流れを示すヨーロッパの歴史です。後半の「子どもたちに語る中世」は子どもの質問に答えるという形式で、中世を象徴する物ごとについて語っています。人びとの日常的な考え方や感覚という「心性(メンタリティ)の歴史に注目するアナール学派の特徴が、あますところなく発揮されています。

 とあるように、後半で中世ヨーロッパが語られている。ざっと目を通したところでは、子ども向きのものにしては、彫りの深い容貌をした歴史書。

 フランスの子どもたちに語られたものなので、もしかしたら、中世の南フランス(尤も、当時はまだフランスではなかったが)を舞台とするアルビジョア十字軍の派遣やカタリ派について触れられているかもしれないと思ったのだが、果たして触れられていた。以下はその部分の引用。

 異端はヨーロッパ中にいたのですか。

 そうですが、13世紀から14世紀のドイツ、フランス南部、北イタリアでとくに多かったのです。これらの地域ではたびたび異端として有罪判決が下され、火刑が頻発しました。最も有名なのは〈カタリ派〉で、みなさんも耳にしたことがあるでしょう。〈カタリ〉とは〈清浄なもの〉という意味です。カタリ派はフランス南西部のトゥールーズ地方、アルビなどに共同体をつくりました。彼らは自分たちだけが罪を免れており、〈不浄なもの〉である一般信徒の罪は教会では清められないと考えていました。教会はフランス南部の異端にたいし、13世紀はじめにアルビジョア十字軍を送りました(カタリ派のモンセギュール城は陥落し、城を防衛した者たちは火刑に処されましたが、城は残って有名になっています)。

 日本でカタリ派のことを日常的な場面で耳にすることなど考えられないが、さすがにフランスでは大事件であったという認識があるのだろう。しかし、当世風の中世史家のコメントにして、このお粗末さなのだ。フランスの子どもたちは、カタリ派とは選民思想の人々であったと思ってしまうだろう。これではカタリ派も浮かばれまい。

 カトリック教徒の殉教とカタリ派信者の殉教とでは、宗教が原因の一つとなった死であるにしても、この二つの死に様は性質が異なる。カタリ派には殉教によって天国というご褒美が与えられるというお約束事などはなかった。

 だから、彼らは冷厳な現実を自覚し、彼らが真理と考えるものに対する想いゆえに殉じたのだ。尤も、カタリ派の完全者(聖職者)は殺してはならず、裁いてはならなかった。誓ってはならず、また嘘をついてはならなかった。それらは完全者が遵守すべき戒律なのだった。以下は、原田武著『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991年)からの抜粋。

 嘘をつかず、誓わないでいるためには、常日ごろの言動に細心の注意を払わなければならない。完全者はつとめて慎重に言葉を選び、ステレオタイプな慣用語に頼ったり、「と思う」だとか「もし神が望めば」といった不確実さや制限・留保を加えながら話を進めたといわれる。そしていったん逮捕されると、なかなかのソフィストぶりを発揮し、うまく審問官をまどわすこともできるのであった。
〔略〕
 ベルナール・ギーといえば映画にもなったウンベルト・エーコーの小説『薔薇の名前』に登場する高名な異端審問官であるが、その著書『審問官必携』は反対側にカタリ派信者にその誤りを認めされるには「あらゆる手段」と「きわめて巧妙にして経験豊富な人の奉仕」が必要だといいながらも、「彼らは見破られ、もう誤りを隠すことができなくなると、これを擁護し、主張し、審問官の前で公然と説いて聞かせる」のだと述べている。

 信仰に粛々として殉じる姿よりも、こうしたカタリ派完全者の臨機応変さにこそ、わたしは魅力を覚える。知性と人間らしさのミックスされた馨しさを覚えるのだ。それはカタリ派の教義に対する興味深さにもつながる。

 カタリ派完全者の禁欲生活は徹底していたという。性交・肉食は禁止されていた。また正統キリスト教徒を自任する彼らにとって、完全者になるということは、『主の祈り』を唱える資格が与えられるということであって、彼らは日常的にこれを唱える義務があった。ただ前掲の『異端カタリ派と転生』によると、『主の祈り』の中の「私たちの日々のパンを、きょうもお与えください」は「私たちの物質を超えたパンを、きょうもお与えください」という語に置き代えられていたというから面食らう。彼らの徹底ぶりを感じさせる。

 殉教せざるをえなかったカタリ派にしてみれば、彼らが主張したように、悪魔がつくったこの世で、悪魔につくられた体ゆえに、悪魔が司る宗教に殺されたのだった。異教徒のわたしなどは彼らに、「あなたがたの主張は多かれ少なかれ当たっていたことを、あなたがたの裁かれかた、殺されかたが証明しましたね」といってやりたい。

 いや、悪ふざけがすぎた。カタリ派の教義はこんな冗談にしてしまえるほど単純でも、程度の低いものでもなさそうので、わたしは調べものに時間をとられているわけなのだった。

 彼らこそ中世に咲いた花だった、とわたしは感じ出した。わたしの作品に出てくる子どもたちは異郷のその地にタイムスリップして、花の香を嗅ぐだろう。

 自分はカタリ派の生まれ変わりだといったガーダムは、誕生と死について以下のように語る。そこにはカタリ派の教義がグノーシス主義の影響を受けているとされる説を裏書するような哲学体系が認められる。アーサー・ガーダム著『二つの世界を生きて――精神科医の心霊的自叙伝』(大野龍一訳、コスモス・ライブラリー、2001年)からの抜粋。

われわれは中心の焦点から、アイオーン[至高存在より流れ出し、宇宙運行の様々な機能を果たしていると考えられる力・存在]のように放射された。人間の魂の地上への落下という宇宙的な大災厄は、われわれ個人の出生にこだましている。私は[宇宙の]闇の中を通って落下する夢の中で、そのことを感じた。光は私を追って、もはや一つの星も見えなくなるまで背後につき従った。人間の地上への落下[誕生]は、物理的過程における再反響である。物質はアイオーンが遅鈍化し、凝結して、いわゆる無生命にまで不活性化したものである。その降下が原初の落下であれ、個々人の出生であれ、われわれは死後再び宇宙を上昇する。肉体による幽閉から解放されたとき、われわれは霊の誘引力に対してもっと敏感になる。それはわれわれを引き戻し、七つの世界と七つの意識レベルを経過して、ついにはわれわれを、われわれ自身のちっぽけな写し絵として観念された人格化された神にではなく、とてつもなく広大な一つの静寂の中に合流させる。何故なら、それこそがわれわれ自身の神性の拡大された究極の姿だからである。われわれは感覚のレベルよりも高い意識のレベルで、その真の安らぎを得る。

 私は死後に、合理主義の霧から逃れようとする多くの人々を惹きつける、ガーデン・パーティーの永遠の楽園は期待しない。次の世界では、われわれはもっと身軽に生きられるようになるだろうが、なお[この世界との]接触は残っている。われわれはすぐには自分の過去の過ちによる責任や、愛着の記憶から解放されることはないだろう。進化は困難なプロセスであって、われわれはこの世界から一足飛びに、好天のつねならぬ天福の恩寵に満たされた、いつ果てるとも知れない村の祝祭へと入り込むわけではない。死んでそうした段階を通り過ぎた人々は賢明で、その語るところは警告的である。彼らの語るところでは、次の段階ではわれわれにはなおも努力が必要とされている。

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昨日の夕飯(コーンチャウダー、ポテトサラダ)

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 昨日のメインディッシュはホタテのガーリックソテーでしたが、我流でしたので(軽く振りかけたタイムとエストラゴンが生きていました)、今日は簡単にできて美味しいコーンチャウダーを橋本可名子「スープレシピ」(グラフ社、平成20年)から、ひと手間かけて美味しいポテトサラダを「NHK「きょうの料理」ポケットシリーズ〈カラー版〉25 サラダ」(日本放送協会、昭和54年)からご紹介します。

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 たっぷり入っているはずの実が沈んでしまって見えにくいのですが、コーンを使ったほんのり甘いスープで、お子様にも好まれそう。前掲の「スープレシピ」からご紹介します。

[材料・2人分]
玉ねぎ1/2個,にんじん1/3本,ベーコン2枚,ホールコーン(缶詰)1カップ(200ml),白ワイン(または酒)大さじ2,水200ml,ローリエ1枚,固形スープの素1個,牛乳200ml,塩・こしょう各少々,生クリーム少々,バター大さじ1.

[作り方]

  1. 玉ねぎ、にんじんは1cm角に切り、ベーコンは1cm幅に切ります。コーンは缶汁をきります。
  2. 鍋にバターを溶かし、玉ねぎ、にんじん、ベーコンの順にいため、全体にバターがなじんだら白ワインを加えて軽く混ぜ、分量の水、ローリエを加えます。沸騰したらスープの素を加えて溶かし、アクを取りながら具が柔らかくなるまで煮ます。
  3. コーンと牛乳を加え、煮立たせない程度の火加減で混ぜながら2~3分煮、塩、こしょうで味を調えて生クリームを加えます。

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  ポテトサラダを前掲の「NHK「きょうの料理」ポケットシリーズ〈カラー版〉25 サラダ」からご紹介します。

[材料・4人分]
じゃがいも4個,たまねぎ1個,マヨネーズ大さじ3,溶きがらし小さじ2,パセリ(みじん切り)少々,フレンチドレッシング,塩.

[作り方]

  1. たまねぎは薄切りにして塩少々をまぶし、10~15分おいて、しんなりしたらふきんに包んで、流水で絞り、ボールに入れる。
  2. じゃがいもは皮つきのまま丸ごと蒸すか、ゆでるかして、熱いうちに皮をむいて四つ割りにし、5~6mm厚さの小口切りにする。
  3. たまねぎの上にあつあつのじゃがいもをのせ、フレンチドレッシング(サラダ油大さじ3、酢大さじ2、塩小さじ1/3、こしょう少々を合わせる)をかけてあえ、完全にさます。
  4. 完全に冷えたら、マヨネーズに溶きがらしを加え、③のドレッシングであえたじゃがいもとたまねぎをあえ、パセリのみじん切りを加え、塩味で調味する。

 わたしは、みじん切りにしたピクルス2本も加えました。さっぱりとした感じになります。

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2009年11月20日 (金)

Notes:不思議な接着剤 #27 まとまりの悪い日々の中で、なつかしさに触れる

#27
2009/11/20(Fri) まとまりの悪い日々の中で、なつかしさに触れる

  巷ではインフル騒ぎで大変だが、幸いまだインフルにはかからずに済んでいる。ただ、このところ、何となく風邪気味であるのに加え、ニトロ舌下錠を使うほどではないまでも、心臓の調子が不安定で、体力も気力も不足がちといったところ。そのせいもあって、家事雑用で精一杯で、なかなか創作の時間がとれない。

 それでも、自作童話『不思議な接着剤』に関する下調べは続行している。まだ作品の子供たちと冒険の旅には出ていない状態。もう少し下準備が必要だ。

 鍾乳洞に入り込む中世ヨーロッパ風の世界に、カトリック教会による粛清で壊滅したカタリ派のエピソードをいくらかとり入れたい。

 もう少しカタリ派の教義に関してもメモしておきたいと思い、カタリ派についてⅡを書きかけていた()。

 といっても、カタリ派側の文書はほぼ失われているため(『二原理論』という書が残されている)、粛清した側の偏見に充ちた資料によって彼らについて知る他はないといわれている。カタリ派の生まれ変わりというガーダムの著書は、彼がそうであれどうであれカタリ派の教義に迫った研究書として優れていると思う。

 カタリ派の教義がグノーシス主義の影響を受けていることは確かで、わたしは大学時代に魅せられたことがある。1~4世紀に広まったグノーシス主義は、ギリシア哲学、東洋思想、中近東の宗教思想のシンクロティズム的ムードを持っている。

 フランスの女性哲学者シモーヌ・ヴェイユはカタリ派に魅せられた一人だった。また実存主義哲学とグノーシス主義は共通点があるともいわれている。なるほど似ていると思うところはある。だが、グノーシス主義の思想には、実存主義にはない統一感、ダイナミズム、純度の高さ、輝きがある。

 グノーシス主義は、貴種流離譚の母胎ではないだろうか。そう考えると、児童文学とも関係が深い。神智学の文献にもたびたび出てくる。

 昨夜、グノーシス主義の研究書ハンス・ヨナス『グノーシスの宗教』(秋山さと子&入江良平訳、人文書院、1986年)を再読し、その中で紹介されている《真珠の歌》という詩の美しさ、なつかしさに恍惚となってしまった。この詩は、新約外典『使徒トマスの行伝』にあるという。 

 まさに貴種流離譚の形式を持った詩で、魂の〈自分探しの〉旅をシンボライズしたものだろう。これに関してはまた記事を改めて触れたい。

 やまとのあやⅡも途中なのだ。メモしておきたいこと、調べておきたいことが次々に湧き出てきて、中断してしまった。これも、もう少しまとまりをつけて公開しておきたいところだ。でないと、心置きなく自作童話に没頭できない。

 それにしても、卑弥呼関係の調査と自作童話に必要な調査とはどこかでつながっている気がしていたが、卑弥呼の生きた時代はグノーシスが広まった時期にすっぽり包み込まれているわけだ。 

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昨日の夕飯(『三色ごはん』のレシピをご紹介)

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 昨日の夕飯は三色ごはんでした。大好きな三色ごはんは、これまでにいろいろなレシピを見て作ってみたり、オリジナルのチャレンジをしてみたりしましたが、一番わたしに馴染のあるのは亡くなった母から貰った「十二か月シリーズ9 肉のおかず十二か月」(昭和41年、女子栄養大学出版部)を見て作る、これ。家族もこれが一番といいます。

 材料は同じでも、調味料の分量(味つけ)がレシピによって、かなり違うのですね。それで、これまでにも調味料の分量を含めた材料だけはご紹介してきましたが、昨夜改めて美味しいわ、と思ったので、今回は作り方もご紹介します。

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[材料・4人分]
さくらめし《米カップ4,水4と1/2,酒大さじ3,塩小さじ1》,
a《とりひき肉200g,しょうゆ大さじ3,砂糖大さじ1,みりん大さじ1》,
卵3個,
b《塩小さじ3/5,砂糖大さじ1,酒大さじ1/2》,
紅しょうが少量,さやえんどう200g.

[作り方]

  1. 米は分量の水と調味料を入れてたく。
  2. ひき肉とaをまぜ合わせて中火にかけ、はしでまぜながら汁がなくなるまでいる。
  3. 卵とbを合わせ、裏ごしに通し、五、六本のはしでまぜながら、弱火でときどき火からおろして細かいいり卵を作る。さやえんどうはすじを取り、ななめのせん切りにし、ゆでて、みりん、化学調味料をふる。
  4. ごはんを盛り、②③④としょうがを盛る。

 いり卵は、うちでは家族の好みに合わせて、大きめのふわふわに作ります。また、さやえんどうは塩少々を加えた湯でゆで、水にとってさまし、せん切りにします。今気づきましたが、結構アレンジを加えていました……。

 サラダは、時間のない中で急いで作りましたが、こんなときにはオリーブの実が重宝します。地味な野菜サラダが、見た目も味もお洒落なサラダに変身するのです。

 黒と緑では味が違います。わたしはどちらかの種なしを常備していて、サラダ、スープ、洋風卵焼きにとよく使っています。そのまま、酒の肴にもいいですよ。味噌汁の実は、油揚げ、ごぼう、万能ねぎです。

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2009年11月19日 (木)

昨日の夕飯(厚揚げのチンジャオロースー風)

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 頂き物のお皿に、さわらの焼きびたしをのせてみました。なかなかお洒落。いろいろなものがのせられそうで、嬉しいです。

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 さわらの焼きびたしは、さわらの切り身を焼いて、酒、みりん、砂糖、しょうゆに漬け込んだものですが、一緒にナスとしし唐を焼いて漬ければよかったなと思いました。漬け汁に酢を加えても美味しいし、急ぐときには市販のめんつゆに漬けても。

 黄色いものは、北海道展で買ったじゃがいも――インカ――のマヨネーズ炒め。過日コロッケに使ったキタアカリは常温保存でよいそうですが、インカは勢いがよくて常温保存だと芽が出やすいため、冷蔵庫で保存したほうがよいとか。

 最初の写真の手前、向かって左側のお皿にのっているものは、厚揚げのチンジャオロースー風です。デジカメで写真を撮り損ないました。お弁当にもよさそうですし、ご飯にのせて丼物にしてもいいと思います。

 参考にした「あっさり味のおかず」(主婦の友社、平成19年)からレシピをご紹介します。

[材料・2人分]
厚揚げ1枚,塩・こしょう各少々,小麦粉大さじ1,ピーマン4個,ゆでたけのこ50g,ねぎ1/2本,
合わせ調味料《オイスターソース小さじ1,しょうゆ大さじ1,酒大さじ1》,
おろしにんにく小さじ1,おろししょうが小さじ1,ごま油大さじ2.

[作り方]

  1. ピーマンは上下を少し切り落とし、縦に切り込みを入れて広げ、種を除く。内側の白い筋を包丁で薄くそいでおくと、歯ざわりがよくなる。
  2. ピーマンとたけのこは長さをそろえてせん切りにし、ねぎは斜め薄切りにする。
  3. 厚揚げは縦半分に切り、端から5~6mm厚さに切って、長方形にする。
  4. 炒める直前に厚揚げに塩、こしょう、小麦粉をまぶしておく。
  5. オイスターソース、しょうゆ、酒はまぜ合わせておく。別々に加えると、味が均一に材料にからまないので、まぜておくことがたいせつ。
  6. 熱したフライパンにごま油を入れ、たけのこ、ピーマン、ねぎ、おろしにんにくとおろししょうがを入れ、中火でいためる。ねぎがしんなりしてきたら片側に寄せ、あいたところに厚揚げを入れ、強火で炒め合わせる。
  7. 合わせ調味料を入れ、全体によくからめればでき上がり。 

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2009年11月18日 (水)

インフルワクチン騒動

 何でも、新型インフルエンザのワクチンが相当に足りていないという。そればかりか、季節性インフルワクチンも足りていず、ほとんどパニック状態に近い地域もあるらしい。

  わが県ではどうだろうと思い、新型インフルについてネット検索してみた。ニュースによると、わが県は全県で警報基準を超したらしい。

 次に県のホームページに行ってみた。ワクチン配布について、11日付の記事があり、それによると第3回目の配布分のワクチン接種が16日から始まったようだ。

 対象者は、(1)医療従事者(2)妊婦(3)基礎疾患を有する1歳から中学校3年生(4)最優先基礎疾患の成人入院患者(5)最優先基礎疾患の成人通院患者(透析患者など)。

 しかし、ワクチン量が限られているため、今回配布分でこれら対象者すべてに接種することはできないようだ。ただ、インフルエンザウイルス薬のタミフルとリレンザは十分な量を確保できていて、重症化して入院治療が必要となった場合の医療体制は整っているという。

 10日に呼吸器クリニックを受診したとき、「11月中旬に、基礎疾患のある人が新型インフルのワクチンを受けられるようになると思います。そのときは、来てください」と先生がおしゃったのは、この第3回目の配布分のワクチン接種を意味していたのだろう。

 わたしはワクチンが足りるようになるまで、受けるつもりはない。そのために、新型インフルにかかって喘息が悪化し、呼吸困難になった場合の備えとして、気管支拡張剤メプチンエアーを貰ってきたのだった。

 2年前にかかった季節性インフルで、わたしの体は昔とは違って呼吸器官にダメージを受けやすくなっていることがわかったので、注意したいと思っている。

 あのときは、咳が止まらず、そのせいで、恥ずかしながら尿がとめどもなく漏れ、大人用のオムツがいるかと思うくらいだった(生理用ナプキンを使った)。次いで、喘息自体の悪化からか、フルタイドやメプチンの使いすぎによる副作用からかはわからないが、喉の奥がぴたりと貼りついたようになって、思うように息ができなくなった。吸った息を吐けなかった恐怖の記憶が脳裏にこびりついている。

 どうやってあの状態を切り抜けたのかはどうしても思い出せないが、危なかったと思う。もし、またそんなことになった場合は、お漏らし状態になる以前の段階で、迷わず救急外来――ひどくなるのは夜間だろうから――を受診するつもりだ。

 タミフルが劇的に効いた。その備えが県にあるらしいことは嬉しい。かかって悪化したとしても、何とかなるだろうと思う。

 わたしは自分より、家族がかかるほうが困る。普段でも、買い物など、日常生活面で家族に頼っていて、看病する自身の体力に不安があるからだ。

 で、わが家では予防の一貫として、各人にうがい薬を備えた。わたしは、手洗いとうがいをうるさくいっている。ついに、夫の会社でも、従業員のお子さんがインフルにかかったということもあって――

 ○厚生労働省ホームページ http://www.mhlw.go.jp/
    新型インフルエンザ対策関連情報
   http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/index.html) 

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2009年11月17日 (火)

アフタヌーンティーにて

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 娘が頼んだカフェ・オ・レとケーキ。ショトケーキには、ジンジャー片が入っています。

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 わたしが頼んだ、グランベリーアップルティー。

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娘の誕生日に

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 キャラックエミーという胡蝶蘭。娘の誕生日が14日でしたが、その娘(姉)に息子(弟)から贈られた花です。

 個性的な花で、シャープな柄の包み紙ととてもマッチしています。この花が息子にとっての姉のイメージ?

 その息子から昨日電話があり、担当教官の指導で完成した論文がJournal of Chemical Physicsという米国物理学協会が発行している学術雑誌に掲載が決まったとか。

 息子にとっては、来春の博士課程進学に向けて一段落、といったところでしょうか。

 初めての出張も先日経験したようです。出張先が大阪、夜は大学時代の友人に会ったそうで、その友人というのは女性なのですが、結婚に結びつきそうな相手ではなく、友人なのだそうです。

 娘にも男性の友人はいますが、やはり友人のようで、2人ともそちらのほうは奥手なのか好みが複雑なのか。わたしたち両親の結婚生活を見て、シンプルな結婚観が持てなくなった……? 

 娘の場合は、わたしたち両親にお金があれば、見合い写真をばら撒くという手もありますが、ないので、見守るしかありません。娘が大学を卒業した年は小泉政権下で就職が難航した年であり、その影響もあるのか、娘の友人達の中で結婚した人はわずかです。

 その娘の友人達の中に、専門学校を卒業後、東京で契約社員をしている人がいて、昨年からノイローゼ気味でした。一時実家に静養に帰っていたこともあって娘も心配していましたが、調子が戻ったようで、今は東京にいるお兄さんと暮している由、その話を娘から聞いたわたしもホッとしました。

 「東京暮らしはストレスが溜まるよ」とは息子の弁。環境的には、大学時代に暮していた街が恋しい様子。緑が恋しいようです。

 そういえば、4年ほど前に東京へ行ったとき、泊まったホテルから一塊の緑が見え、ボーイさんがその緑を自慢しました。わたしは、緑に飢えている男を摘まみ上げて大分の山の中に落としてやりたくなりました。

 また東京に行きたいのですが、金欠病なので、いつ行けるかなあ。娘は年末年始は出勤に決まったし……。いずれにしても、自作童話が完成したら、持ち込むために行かなくてはなりませんが……。  

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2009年11月16日 (月)

Notes:不思議な接着剤 #26/カタリ(Cathares)派について#1

#26
2009/11/16(Mon) カタリ派(Cathares)について#1

 自作童話『不思議な接着剤』のための創作ノート、Notes:不思議な接着剤では、カタリ派に執心したところで中断していた。どこかで書いた気がするが、児童文学の世界は神秘主義と深い関わりのある世界といってよい。それは、現代にも存在する神秘主義の扉なのだ。

 カタリ派は神秘主義的な一派だった。彼らの活動は、中世ヨーロッパで起きた神秘主義運動ともいえる側面を持ち、それはわが国の教科書にも載るような大事件を招いた。アルビジョア十字軍の派遣である。傍観的表現をとれば、アルビジョア十字軍とはカトリック教会による血の粛清であり、異端とされたカタリ派はそれによって壊滅させられたのだった。

 子供たちが冒険に出かける先の鍾乳洞には、中世ヨーロッパ的世界が入り込んでいるという設定。わたしはその中世ヨーロッパ的な世界の目安を、#24で書いたように、1244年に異端カタリ派がモンセギュールの陥落によって壊滅的ダメージを被ったあとに置きたいと思っている。

 カタリ派は、調べれば調べるほど魅力的な一派だ。都市部での活動を断たれ、農村に生き延びたカタリ派だったが、その終焉を描いた原田武著『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991年)の中の以下のような箇所を読むと、悲しい。

 ルネ・ネリは、最終段階でのカタリ派信仰は農民のなかでもとりわけ女性によって担われ、彼女たちの社会への不平不満と結びつく一方で、妖術的なものへの傾斜を深めがちであったと述べる。
〔略〕
 1412年8月3日、イタリアのトリノの近くで15人のカタリ派信者の墓が暴かれ、死骸が火刑にされるという事件があった。これがおそらくヨーロッパ全体での、異端カタリ派についての最後の消息である。

 カタリ派は追い詰められて本来の知的な性格を失い、迷信的になり、遂には途絶えたのだろう。 

 が、彼らの思想がプロテスタンティズムや、もっと濃厚には神秘主義的秘密結社を組織したバラ十字派の思想などに流れ込んだのだとすると、それはバラ十字派の一員となったフランスの文豪バルザックに一つの見事な結実を見たわけだ。

 バルザックのあの底抜けの明るさが思想の純度の高さを証明している……! 

 カタリ派は二元論と転生を説き、遅かれ早かれ全ての魂が救われるといった。この世は悪魔の創造物だと説いた。前掲の著書に、実際に次のように説教した例があるのには驚く。

 それに、カタリ派は地上のすべての営みに神が介入することはないとする宗教であるから、恵み深き神が花を咲かせ、実を実らせるのだという考えも成り立たなくなる。末期の説教で、作物が実るのはほかでもなく汚い肥料のおかげなのだ、と説いた記録があるという。

 さらに、前掲の著書は述べる。

 「科学的」といえば、カタリ派は「奇跡」なるものもまた排除した。聖フランチェスコもほかの誰も、奇跡など行っていないというのである。神がこんな形で人間を助けることはないのである。当時のカトリック世界で奇跡、とりわけ聖遺物による奇跡がどれほど待望され、またどれほど実際に生起したかを考えれば、このような見方が時代の大勢とおよそ相反する立場であったことがわかる。
 カタリ派信仰は転生のような神秘的部分を含みながらも、自然あるいは物質が神格化されるのとは逆の宗教意識から成り立つ。

 こうして見ていくと、カタリ派の教義は一見、単純明快というか、逆にいえば、味も素っ気もない教義のように映るが、教義の要約からは微妙なニュアンスや雰囲気といったものは除外されてしまうことや、またカタリ派の教義には神秘主義らしい一面があって、一般向けのものとPerfecti(パルフェクティ。完全者あるいは完徳者と邦訳されている。資格を得たカタリ派聖職者)向けの秘教的なものとがあったことを考慮する必要がある。

 アーサー・ガーダム著『二つの世界を生きて――精神科医の心霊的自叙伝』(大野龍一訳、コスモス・ライブラリー、2001年)から以下に断片的に引用する馥郁とした言葉を吟味すれば、二元論、この世は悪魔の創造物であるという公式的な教義のイメージは一変する。

 カタリ派にとって、かたちあるものと物質の妨害的な慣性は、悪魔によって創造されたものであった。それはたんなる形態から見えざるものへの移行一般の問題ではなかった。カタリ派では、すべてのかたちあるものは霊的な同等物をもっているということが、われわれを取り囲む精霊の世界が存在するということが含意されている。

 カタリ派にとってすべての生命は、動物のそれも含めて、神聖なものであった。

 大地に湿り気を与える古代の球根によってかたちづくられたざらざらして乾いた石灰質の荒地には魔法があった。その土壌には生きた生命が宿っていた。ローズマリーとラベンダーの香りはそこから発出される精霊である。

 これはブラヴァツキー著『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学紹介ニッポン・ロッジ、平成元年)の付録――議事録――で交わされた次の質疑応答を連想させる。

 しかし、これは、植物界の数えきれぬ種(シュ)をどう説明できますか?

 植物などの様々な種は、一条の光線が分裂して生まれた光線です。光線は七つの世界を通る時に、各世界で弱められ、何千も何百万もの光線になり、そうした光線はそれぞれ、自分の世界で一つの有知者になります。だから、各植物には有知者があり、あるいは、いわば、生命の目的があり、ある程度の自由意志があるということがわかります。とにかく私はそのように理解しています。植物には感受性の強いものも弱いものもありますが、例外なく、どの植物もものを感じるし、それ自体の意識があります。その上、オカルトの教えによると、巨木から最小のシダや草の葉に到るまで、どの植物にもエレメンタル実在がおり、目に見える植物は物質界でのその実在の外的な装いです。だから、カバリストと中世のバラ十字派はいつもエレメンタル即ち四大元素の霊の話をするのが好きでした。彼等によれば、すべてのものにはエレメンタルの精がいます。 

 ガーダムはこうもいう。

 二元論者の自然と宇宙に対する態度は明らかにポジティブなものであり、それは医師としての私には大きな助けとなった。善と悪、霊と肉〔精神と肉体〕、天体と季節の影響、植物と鉱物が発する作用、これらすべては神秘的であると同様、科学的なアプローチの一部をなすものである。二元論者にとって、神秘と科学は互いに敵対するものではない。現代ヨーロッパにおける科学と宗教的体験の分離は、われわれの霊的、科学的貧困の徴である。われわれは神学を宗教と、テクノロジーを科学と取り違えている。私は二元論者であるがゆえに、星や月が患者の精神状態に影響を及ぼすということをたやすく受け入れることができた。そして、地球のヴァイブレーションに影響を受けやすいそれらの患者たちにあって、病気のパターンがいかにして季節に関係づけられているのかを理解した。

 いずれにしても、カタリ派の教義は重層的な構成を持つ、神秘主義的な教義であることが察せられるのだ。

 ところで、カタリ派の生まれ変わりと称し、カタリ派について多くを書いたアーサー・ガーダム(1905―1992年)は、人物紹介によると、オックスフォード大卒の医学博士で、英国サマセット州バースで大病院の精神科医長を30余年にわたって勤めた人物であるが、50歳頃から精神医学から宗教、小説にわたるまで旺盛な執筆活動を開始した。

 過去におけるカタリ派との関係の再現は、メニエール症候群の発作をきっかけとしていた。

  私は、自分が巻き込まれている音の網目が、時間の外部から立ち現れたヴァイブレーションなのだということを知らなかった。この病気が私を襲ったのは1954年のことであった。私は何世紀も前に打ち鳴らされた音楽の調べが、自分がそれを病気の兆候と見てそのメッセージを拒否してしまったがために、不協和音としてしか聞こえないのだということに気づかなかった。カタリ派が呼んでいるのだということを、わたしは知らずにいた。

 ガーダムは他の転生についても書いているのだが、13世紀のファンジョー県ラングドックに転生していた当時の彼は、パルフェクティになるための訓練を受けていたところだったらしい。パルフェになるための訓練のメニューには、瞑想の基礎、ヒーリング・薬草に関することといった医学的知識の習得なども含まれていたようだ。

 カタリ派としての転生で、わたしはギラベール・ド・カストルのお気に入りの弟子の一人であったように思われる。彼のもとで、私は瞑想を学んだ。その人生で、私はかなりの程度の覚醒を達成し、それが20世紀の人生において私が瞑想に立ち戻ることを不要にした。それを試みると私は病気になったが、それは私が運命から逸脱することを意味したからである。一カタリ派として私はヒーリングに魅せられたが、その訓練を受けたことはなかった。今度の転生で、私は医者となった。私は前世での哲学的研究から、時間の性質についての関心を持ち越したが、それは私が心理療法を行う上ではかり知れない価値を持つものとなるはずだった。

 文中のギラベール・ド・カストルという人物は、1240年頃に亡くなったとされるカタリ派の司教である。カストルの弟子だった当時のガーダムは異端のかどで逮捕され、カルカッソンヌ獄舎で死亡した。死因は肺病だったという。ガーダムはカタリ派の一員としての過去が自身のうちで甦るのと並行するように、同じように過去世でカタリ派だったらしき人々と出会うようになる。

 その中の一人であるスミス夫人は、火刑に処されたときの生々しい記憶を持っていた。前掲の原田武著『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991年)から、恋人同士だったガーダム(カタリ派だった当時はロジェ・イザール)との関係に触れた箇所と合わせてご紹介しておきたい。

 夫人の前世での素性は、貧しい農家の娘で、恋人から 「プエリリア」と呼ばれていたこと以外、本名もわからないままで終わる。だが恋人(つまり今の博士)については、やがて身元がはっきりつかめる。彼はベック・ド・ファンジョーの息子、ロジェ・イザールであって、「完全者」になることなく終ったけれど、終始熱心な帰依者として活躍し、拷問のあげくおそらく結核で獄死した人物である。女性完全者として有名だったその姉アイリス(エリス)が1243年8月5日、異端審問所で行った供述には彼のこともふれられ、その存在は決して疑うことができない。
 恋人の死後、彼女もまた逮捕される。トゥールーズのサンテチエンヌ聖堂の地下礼拝所で拷問を受け、彼女もまた完全者ではなかったけれど、その強固な異端信仰のゆえに最後は火刑台で息を引きとるのである。
 〔略〕 なかでも、最後に火刑台に上ったスミス夫人=プエリリアの感じ方は、体験した者しかけっして知りようのない、なまなましさをそなえているといえよう。火あぶりになるときには熱気で血が乾いてしまうと思いこんでいたのに、実際には多量に出血することに彼女は気づく。「炎のなかで血がしたたり、しゅっしゅっと音を立てていたのです。わたしは炎を消せるだけの血があればよいのにと思いました。もっともひどかったのは目です。(中略)瞼を閉じようとしても、どうしても閉じることができませんでした。瞼は完全に焼け落ちてしまっていたのに違いありません」。 

 ガーダムは、壊滅させられたモンセギュールについて以下のようにいう。難解な表現であるが、この厳密さ、匂やかさ、そして宇宙的といってよいスケールの大きさこそが、中世ヨーロッパで花開き、それに惹きつけられた人々を堪能させたカタリ派の教義の特徴だったのではあるまいか。 

私はモンセギュールが古い思想の実現であり、新たな夢の誕生であるのを知っている。それは記憶の受肉であり、生きられるべき人生のパターンの小高い石の山である。別の世界で、それはわれわれの思想の中身から再創造されるだろう。肉体から解放されて、それを別の目で、地球的な形態の尺度を超えて見るとき、われわれはそれをもっと明確に見、感じることができるのである。われわれはその美を、来るべき次の世界ではヴァイブレーションのシステムの中に見るのだ。

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2009年11月15日 (日)

風邪か?ニトロ舌下

風邪か?ニトロ舌下

 このところ、動悸、めまい、軽い胸の圧迫感に悩まされていたが、夜になって風邪症状。

 元気をつけようと、夕飯は豚キムチ丼。娘が淹れてくれたコーヒーを飲み、本を読んでいたが、軽い胸の圧迫感で集中できず、読んだり、横になったりしていた。

 胸の圧迫感が酷くなったので、ニトロ舌下。血圧が下がってめまいが酷くなると嫌だと思い、我慢していたのだった。

 胸に清涼感が広がる。めまいは大丈夫みたいだ。

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2009年11月14日 (土)

昨日の夕飯(服部先生レシピ『かきのクリームグラタン』)

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 このところずっとかきのグラタンを食べたいと思っていたので、昨日作りました。

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 服部先生の『かきのクリームグラタン』は昨年の12月にもご紹介しましたが、簡単で美味しいので、再度、「週刊 服部幸應のしあわせクッキング第43号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。

[材料・4人分]
生がき300g,玉ねぎのみじん切り1/4個分,ほうれんそう1束,にんにく2かけ,生クリーム1カップ,牛乳1/2カップ,卵黄1個分,パセリのみじん切り適量.
塩,こしょう,小麦粉,バター,パン粉.

[作り方]

  1. かきは海水程度の濃さの塩水の中でていねいに振り洗いし、ペーパータオルの上にとって水気をふきとる。
  2. ①のかきに塩、こしょう各少々で下味をつけて小麦粉を薄くはたく。バター50gを熱したフライパンでソテーし、両面に軽く焼き色がついたらとり出しておく。
  3. ②のフライパンに玉ねぎを入れ、フライパンに残ったかきの旨味をこそげとるようにして色づくまで炒める。ほうれんそうを加え、にんにく1かけを刺したフォークで炒め合わせる。
  4. 生クリームに牛乳、卵黄を混ぜ、③に加えて、沸騰させないように気をつけながら軽く煮詰める。②のかきを戻し入れて、塩・こしょう各少々で味をととのえる。
  5. 耐熱容器にバター少々を塗ってにんにく1かけの切り口をこすりつけ、④を入れる。パセリを混ぜ合わせたパン粉適量を振りかけ、高温に熱したオーブントースターで表面に焼き色をつける。

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2009年11月12日 (木)

昨日の夕飯

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 石窯オーブンスチームレンジにも慣れ、魚を焼いたり蒸したりはもっぱら石窯で。イワシのみりん干しは、うちの魚焼きグリルでは身が崩れやすいので、フライパンで焼いていましたが、これも石窯で綺麗に焼けます。写真のイワシのみりん干しはグリル設定で、途中でひっくり返し、5枚一度に焼きました。

 豆腐は湯豆腐にしました。明太子は、北海道展で買った「完熟」。過日、明太子パスタにした残りを冷凍していました。冷凍したまま、必要なだけ切り、お皿にのせておいたら、料理ができる頃には解凍が完了していました。あっさりした味つけで癖がなく、食べやすい辛子明太子でした。 

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 「毎日のお惣菜シリーズ2 野菜料理(Ⅱ)」(婦人之友社、1985年)の中のレシピ『玉葱と牛挽肉の炒めもの』。ごはんにのせて、丼物にしてもよさそうでした。

 レシピを簡単にご紹介します。

[材料・4人分]
牛挽肉150g,A《酒大さじ1/2,こしょう少々,サラダ油大さじ1,しょうゆ1/2,片栗粉小さじ1》,玉葱2個,B《しょうゆ大さじ3~4,砂糖大さじ1/2~1,酒大さじ1/2,水1/2カップ,片栗粉小さじ1》

[作り方]
①牛挽肉はAの材料と混ぜ、充分練っておきます。
②玉葱は薄切りにし、Bの調味料を合わせます。
③中華鍋にサラダ油大さじ2を熱し、牛挽肉を炒めます。すっかり色が変わったら、器に移します。
④サラダ油を少し足して、玉葱を炒め、八分通り炒めたらBを加えます。

 春雨を入れてもいいとありました。

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帰化人について、押えておく必要性

 書きかけていた『やまとのあやⅡ』だが、古代史を研究するにあたり、帰化人について押えておく必要性を、今更ながら強く感じ出した。

 以下の本は、その参考書として秀逸。

 平野邦雄著『帰化人と古代国家』(吉川弘司文館、2007年)

 その中で、東漢氏と呼ばれる帰化人に関しては、個人的な事情から最近になって興味がわくようになったが、秦氏については卑弥呼の研究を始めた比較的早い時期から注目していた。それは、前掲の著書に述べてあるようなことからだった。

このように、秦氏は帰化氏族としては不可解なほど、神祗信仰と密着している。宇佐にはじまる八幡信仰も、豊前に分布する秦氏とふかいかかわりがある。

 また、前掲の著書に、秦氏と漢氏の特徴を次のように端的に表した一文があるので、メモをとっておきたい。

 秦氏の氏族構成が、山城の宗族を中心に、全国に分布する、ピラミッド型の土豪としての典型を示すのに対し、漢氏・文氏は、官人貴族として、大和・河内に集中し、同族同氏の併立型を示し、前者は、在地的、後者は都市的と言いかえることも可能であることはすでに述べた。

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2009年11月11日 (水)

10日に呼吸器クリニックを受診

 昨日の朝は喘息気味(風邪気味?)の感じで、調子が悪かったのですが、午後になったらいつもの体調になったので、呼吸器クリニックを受診しました。

 体調がよくなってから受診するというのも変ですが、いつもそうなってしまいます。

 受付表を見ると、季節性インフルエンザのワクチンを希望している人が多かったので、わたしも一昨年季節性インフルでひどい目に遭ったことを思い出し、希望しました。

 熱はなく(36.5℃)、血圧・酸素飽和度、共に正常でした。

 診察室。ワクチン希望を見て、わたしの胸の音を聴いた先生、「本当に風邪気味じゃない?」と、苦笑いしながらおっしゃいました。「はい(朝はちょっぴり……でしたが)」とわたし。喘鳴が聴こえたのかしら。

「大丈夫かなあ。心臓のほうは近頃はどう?」と先生。夜明け頃に冷え込んだときなど、発作が起きることがあるといいました。

「疲れたときなんかはどう?」と先生。「そうですね、そういうときも起きることがあります」とわたし。飲んでいる薬はなんだったっけ?」と先生。「インデラル、ヘルベッサー……」といい、あとが出てこなかったので、お薬手帳を見ました。「シグマート、アイトロールです」とわたし。

「ヘルベッサー、 アイトロール……ええっと、それから……」と先生。「えっ?」と混乱したわたし。またお薬手帳を見て、「シグマートです。これがなぜか、いつも出てこなくって」というと、「β遮断剤は何だったかな?」と再度、先生。「インデラルです」とわたし。そして、しばらく、先生もわたしもぼんやり。

 医師、患者共に、健忘症気味の診察室のムードでした。先生はお疲れなのでしょうか。

「湿気があって、雨が降ったでしょう。このあと、冷え込むかもしれないから、気をつけてください」と先生。季節性インフルのワクチンを打ってくださいました。

「11月中旬に、基礎疾患のある人が新型インフルのワクチンを受けられるようになると思います。そのときは、来てください」と先生。「先生、わたし迷っているんです。子供たちのぶんを自分が取り上げるような気がして」とわたしはいってしまいました。

 季節性インフルのワクチンは自由に受けられますが、新型はそうではありません。そういうのって、何だか困りますよね。

 先生も看護師さんも、しっかりとわたしの顔を見つめられ、一瞬間がありました。先生は、「そんなこと、いっているときりがないよ。そのうち、アフリカにはワクチンもインフルの判定も治療も何も受けられない子供たちがいる……なんていい出すことになるから。実際に、そういった患者さんがいました」と、苦笑しておっしゃいました。

「そうですね。ホント、きりがありませんよね」とわたし。新型インフルにかかって悪化し、入院することにでもなれば、子供たちから治療の機会もベッドも奪いかねませんものね。いや、この解釈って、先生がおっしゃりたかったことから、明らかにずれています。

 一昨年の季節性インフルのとき、循環器クリニックの先生から呼吸困難時に吸入する気管支拡張剤メプチンエアーを出して貰ったことを話すと、いつものフルタイド200ディスカスに加えて、それも出してくださいました。

 循環器クリニックの先生は、わたしのようにただでさえ頻脈のある患者は心臓に負担がかかるので、本当に必要なときに限り、注意して使うようにとおっしゃったので、念のために「わたしも使って構いませんよね」と尋ねると、「ええ大丈夫です。でも、おそらく、使わずに済むと思いますよ」と、微笑んで先生。フルタイドで予防をしっかりということですね。

 実は一昨年の季節性インフルのときは、苦しさのあまり使いすぎました。

 薬局で、メプチンエアーを使いすぎた場合に、気道が腫れることがあるのかと質問しましたら、そういうこともあるそうです。わたしは使いすぎて気道が腫れ、何回か閉塞してしまいそうになり、本当に怖い思いをしました。苦しいからといって、使用量を守らないと、とんだ目に遭いかねません。気をつけたいと思います。

 軽い喘息なので、普段は、喘息予防薬フルタイド(吸入ステロイド)だけでやっていけます。でも、風邪のときには気管支拡張剤もないと不安でしたので、いただけてよかったと思いました。

 昨日の夜からまた、いくらか喘息気味で、ゼイゼイする感じがあるのですが、冬場にはこんな日も増えるのでしょうね。わたしは心臓の発作もそうですが、喘息の発作も睡眠中に起こることが結構あるので、冬になると、寝るのが怖くなります。といっても、今日も温かくって、立冬を過ぎたとはとても思えません。 

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2009年11月10日 (火)

体力不足と創作

 睡眠中に喘息の発作が起きて、喉に痰が絡み、苦しくてたまらなかった。

 普段ならすぐに目が覚め、咳をして、それで何ということもないのだが、体の疲れからか、夢の中でもがくばかりで、なかなか覚醒できなかった。

 目が覚めてみると、やはり喉が腫れている。今日は呼吸器クリニックを受診する予定だが、先生にいえば、フルタイドの吸入を増やすようにとおっしゃるに違いない。それがわたしは苦手。

 創作に没頭すると、体が疲れきって、あちこちおかしくなってくる。体力的に、創作は無理になってきているのだろうか。循環器クリニックでは、よく注意されるし……。

 といっても、創作はやめられない。つくづくコントロールが難しい。体力、生活とのバランスをとることが年々大変になってくる。

 しかし、これからがわたしの創作にとっては実りのときのはず。

 ようやく創作の技法が身についたという実感があるのだ。霊感を受容する力、観察力、経験度、哲学性、高度の分析力、文章力、外と内からのスケッチ力、構築力、センス……どれもバランスよく育った。体力、集中力が大きく削がれたなかでこれらを使いこなすには、よほどの工夫がいる。

 これらを使いこなしてテーマに高度なチャレンジをしようというのは、重装備して高い山に登るようなものだから、体力、集中力が昔より遥かに要求されるわけなのだ。不注意は死を招く。

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2009年11月 9日 (月)

眠くて、眠くて…

 今日は夫が休日で、勤めの終わった娘を迎えに行ってくれたのですが、わたしはその娘にスーパーでの買い物をあれこれ頼んでいながら、あまりの眠気にごはんが作れませんでした。

 少し眠れば、とも思いますが、胸も苦しいし、無理に作ったらダウンしそうで、お弁当を頼みました。買い物に出る明日もお弁当になるかも。罪滅ぼしに北海道展で美味しいお弁当を買うと、お金が飛ぶわ。

 自作童話に早く入りたいために、『やまとのあやⅡ』に追加しておきたいメモをまとめようと、日本書紀を読みすぎた結果です。集中しすぎると、年だからか、すぐに眠くなったり、病気のせいか胸が苦しくなったりして……。

 家族に悪いと思いますが、創作のためにはこういうこと、断行してきました。とりあえず少し眠って、また日本書紀に取り組みます。歴史の謎を短時間で解けるわけはないし、作品にどの程度役立つかもわかりませんが、自分で納得できるところまではノートをとっておきたい。

 数日前から、自作童話の子供たち……紘平、翔太、瞳の生き生きとした声が聴こえるくらいなのです。鍾乳洞に入りたがっているのでしょうね。怖い世界が拡がっているとも知らずに。でも、子供たちにはすばらしい出会いがまっているでしょうし、怖い世界に小さな光を投じてくれるかもしれません。

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キタアカリのコロッケ坊や

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 北海道展で買ったじゃがいも、キタアカリで作ったコロッケ。黄色い色をしていて、短時間で柔らかに茹で上がりました。

 キタアカリで作ったコロッケのほっこりして美味しいことといったら! 

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来月辺り、また小旅行かしら?

 来月辺り、父夫婦がもたらした一件で、また小旅行の必要がありそう。

 父を訪ねて三千里……仮に歩いたところで、昔のまともな父には会えないでしょうね。

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2009年11月 7日 (土)

電話日和

 今日は電話日和で、詩人(とわたしが呼んでいる大学時代の文芸部の先輩)、里の友人、新しい文学仲間Oさんとおしゃべりをした。〔詩人の詩はこちら⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/cat20484287/index.html

 詩人は元気そうだった。統合失調症の彼女は秋が苦手なのだが、新しいボーイフレンドができたお蔭で乗り切れたようだ。秋に彼女に会いに行くつもりだったが、山口旅行でお金がなくなってしまい、行けなかった。でも、この分だと様子を見に行く必要はなさそうだ。

 彼女は昨年、長年かかってきた医師から自らの希望で離れ、そのせいもあって不安定だった。医師をかわって、結果的によかったと彼女はいう。

 長年同じ医師にかかっていると、その医師が自分の全てを知ってくれているような錯覚を患者は覚えてしまったりするが、それは幻想であることが多く、過信しないほうがよいという意見でわたしたちは一致した。勿論、信頼できそうなときは前向きの姿勢で、信頼すべきだと思う。

 彼女は萩市出身なので、山口旅行の話をした。萩のこと、また湯田温泉のこともいろいろと話した。彼女は、湯は萩よりも湯田のほうがいいという。わたしも湯田の湯はすばらしいと思うといった。

 里の友人に、実家がなくなった話をすると、「えーっ!」と驚いた。わたしがもう里には帰らないと思うというと、「そがんこといわんでよかやかね」と彼女。彼女は、わたしの実家がどうなっているか見に行ってみるそうだ。

 まる1年分を圧縮して互いに話したが、「よーいろいろとあるねえ」と驚いていた。そんな彼女も、入退院を繰り返している身内の老人が3人いて、大変そうだ。介護施設の仕事もしている。

 彼女は、数日前からわたしに電話しようと思っていたそうだ。前回は、わたしが何となく彼女にかけようかなと思っていたときに電話があった。以心伝心? こんな話をするときは、神秘主義者のわたしはなぜか、ごく普通の人っぽいおしゃべりをする。

 ついでに(?)もう1人、いや2人と思って大学時代の友人に電話をすると、片方は留守で、電話に出たのはお嬢ちゃん。可愛い声だった。何か話しかけようかと思ったけれど、緊張して言葉が出ず、伝言だけ頼んで切った。もう片方も留守だった。

 1年に1回の割合で、誰彼に電話をかけたくなることがある。今日はそんな日だった。

 最後に、文学賞の結果が気にかかり、Oさんに電話をかけた。1月に1回というわたしの希望したペース(車間距離)を守ってくれていて、ありがたいが、こんなときは困る。結果が気になり出すと、何も手につかないほどだ。

 別に、応援しているわけでも何でもないのに、知りたくて気が急いた。それで、電話をした。

「賞の結果なんか聞きたくないとおっしゃっていたから、お電話しませんでした」とOさん。「通ったの?」とわたし。「駄目でした。ワッハッハ……」と彼。中間発表は、2日に地方新聞に小さく出ていたそうだ。「ふーん」とわたし。

 凹んでいるかと思ったら、それほど応えていないようで(ボクシングをしていただけのことはある)、次の作品を書いていると柔和な声音。逆に激励された。

 わたしの作品で『台風』『侵入者』が迫力があっていいと思うが(世に出したいとまでいってくれる)、時間が経ってみると、一番いいと思っていた『侵入者』ではなく、『台風』の印象のほうがよくなったという。

 細かなことは全て忘れてしまい、ただ『台風』という作品の存在感だけが残って、それが日増しに強まるのだそうだ。『侵入者』の印象は、『台風』の背後に遠のいたという。

 作者のわたしは、どちらももう、ほぼ忘れている。『侵入者』の続編を書く気持ちはあるけれど。彼は『侵入者』の問題点を指摘してくれた。的を射たものだった。

 Oさんは10年間出版社をやっていただけあって、編集者としての目も持ち合わせているようだ。持ち込みにいいと思う出版社も教えてくれた。

 Oさんはまだ創作の技法を身につける段階だとわたしには思えるが、彼が抱えているテーマには、長い間あたためて来たものが感じられる。よく割ったり落としたりせずに、抱いていられたものだと感心する。そんな人は、めったにいない気がする。

 賞にはプラス面もあるが、ペースを乱すマイナス面があるから、そこに気をつけたほうがいいとわたしは忠告した。

 年下の人に話すように話したが、彼はわたしより7つも上なのだった。創作に真摯なOさんと話すと、創作に真摯な別の顔が思い浮かぶ。

 Kさんの創作状況はどうだろうか。が、児童文学作品がペースに乗るまでは、連絡できない。厳しい創作姿勢を身につけた静謐な人だから、無意味な連絡をして、創作の邪魔はできないと思うのだ。  

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お誕生日おめでとうございます

Mさん、お誕生日おめでとうございます。

すてきな60歳になりますように……。

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完熟卵の辛子明太子でパスタ

完熟卵の辛子明太子でパスタ

 デパートの北海道展で、完熟卵で作った辛子明太子を買いました。大きいわ!

 その足で地下の食品街に行くと、明太子が激安になっていて、上で買ってしまったことを後悔しましたが、完熟卵の明太子を一度味わってみたかったので、まあいいでしょ。

 でも、覚えておきましょう。○○展で出ているのと同じ食品は、(対抗するためか)物凄く安くなっていることがある……ということを。食費を安くあげるコツは、いろいろとありますね。

 完熟卵の明太子は、粒がはっきりしている感じがあり、美味。味付けが九州のものとは違って、あっさりしています。

 娘は、どちらかというといつもの九州風の味付けが好みのようですが、わたしはあっさりした北海道風が気に入りました。

 完熟卵を気に入ったのか、味付けをなのかは、九州風に味付けした完熟卵の辛子明太子も食べてみなくてはわかりませんが。

 明太子パスタが大好きになった夫は、わたしが作った明太子パスタであれば「美味しい、美味しい」といって食べてくれて、明太子をごはんと食べるより、パスタのほうがいいみたいです。

 ボールに、明太子、酒、こしょう、オリーブオイル、しょうゆ、レモン汁、バターを入れておき、茹でたパスタを入れて混ぜるだけ。

 それを皿に盛り、大葉、万能ネギ、刻み海苔をかけます。

 パスタは、ディ・チェコのNo.11(太さ1.6㎜)が合うように思います。今は、スーパーでも手軽にイタリアのパスタが買えてありがたいですね。

 イタリアのものはしっかりしていて、鍋の中に沢山投入しても(湯の温度がかなり下がっても)、中でくっつき合って団子になったりしません。いつも安定したよい茹で上がりで、さすがはパスタの国のパスタだけのことはあります。

 パスタ料理がすっかり楽しくなりました。

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2009年11月 6日 (金)

ロイズの板チョコレート・クリーミーミルク

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 デパートの北海道展で買いたいものはいろいろとありましたが、ロイズのチョコレートはそのうちの一つでした。

 チョコの中でも、特にこれ、板チョコレート『クリーミーミルク』。ミルクチョコ好きのかたにはおすすめです。一度口にすると、忘れられないと思いますよ。

 ポテトチップチョコレートも買いました。マシュマロ好きのかたは、マシュマロ入りのチョコは外せないかも。

ROYCE’オンラインショッピングサイト
 ⇒http://www.e-royce.com/index.php

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2009年11月 5日 (木)

パンのレストランにて

パンのレストランにて

 家族で来ています。わたしはサラダ、季節のシチュー、パン、コーヒーのコースにしました。

 本日のパンの種類はパンプキン、カカオナッツ、ミルク、高菜パン。高菜パンは初めてだったので、選んでみました。

 シチューの野菜が、ほっこりした、優しい柔らかさ。

 北海道展で、コロッケをしようとキタアカリを買いました。シチューもいいですね。

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入院仲間にばったり!

入院仲間にばったり!

 デパートの北海道展に行った帰り、入院仲間だったOさんにばったり会いました。

 薬物アレルギーによる肝障害と肩の痛みで入院していた、わたしより若い女性です。美顔術を施していて、洗顔してもアイシャドウが消えない……社交的で、見舞い客の絶えなかった……よく湿布を貼って、といってきた可愛らしい人。

 うーん病名は出てきません。彼女もわたしのことをリューマチだったっけ、なんていいました。尤もわたしは検査入院だったし、未だに検査中のため、あそこで新しくついた病名はありませんが。

 彼女は病院に不満で転院しました。が、転院先でもブロック注射でお金を使っただけで、改善せずに退院し、結局針治療でよくなったそうです。漢方の名医も、彼女から聞いたのでした。

 互いに相手が元気かどうか、つくづくと観察し合いました。もう入院は嫌よね、元気でいようね、と笑いながら話しました。

 Oさんはとても元気そうでしたが、入院中より痩せたかな。わたしも入院中は太りました。

 長々と立ち話をし、何だか古い知り合いみたいで、不思議でした。彼女は、そのとき、まだ仕事中だということでした。職場を教えてくれました。

 そういえば、同じ入院仲間だったKさんとおばあちゃまは、お元気かしら。

 今日は呼吸器クリニックに行く予定で行きそびれましたが、Oさんの顔を見たせいか、漢方の名医のところへ行ってみようかなと考えたりします。このまま年齢以上に老化したり弱るのは、嫌だわ。

 漢方の先生は、毎土曜日は東京へ勉強に行かれるので、別の先生だとか。漢方って、奥が深いんでしょうね。Oさんが薬物アレルギーで肝障害になったのは、先生がいらっしゃらない日に別の病院で――肩の痛みの治療のために――普通の薬を使ったためだったそうです。

 薬物アレルギーの彼女はそれまで――子供のときから――漢方の先生がかかりつけ医で、薬は漢方しか使ったことがなかったということでした。

 わたしは、今は体調がよいせいか、漢方の先生のところへ行ってみようという気持ちが今一つ高まりません。本当に悪くなってからでは漢方では間に合わないと思うので、試してみるなら今ぐらいに全体的に安定しているとき……とは思うのですが。

 試すといっても、他の通院をやめるわけではありません。それに、その漢方の先生は以前、レッドクロスの部長をしていらしたそうで、看板は内科(内科・消化器内科・循環器内科・漢方内科)です。

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借りてしまった4 冊

借りてしまった4<br />
 冊

 PHPの本
 風の陣【天命篇】高橋克彦箸
 女帝をたぶらかし、政治の実権を握った怪僧・道鏡。魔の手は陸奥に及ぶのか。動乱の兆しを感じ取った蝦夷たちの戦いが、いま幕を開ける!

 という広告につられて読みたくなり、夫に図書館から借りて来て貰いました。

 このシリーズには、やまとのあや出の坂上刈田麻呂・田村麻呂父子が登場するようです。

 昨夜は、講談社学術文庫の井上光貞箸『飛鳥の朝廷』に読み耽ってしまって……。

 いっそ洞窟の先を中世ヨーロッパではなく、日本の飛鳥時代にくっつけようかしら?

 てな予定変更はしませんが、いつか自作童話『不思議な接着剤』のシリーズのどこかで、この興味、生かすことができるかもね。歴史物と児童物とで、2度美味しい? いや、歴史エッセーとで、3度美味しいかも。

 いい加減児童物に戻るためにも、『やまとのあやⅡ』には少しつけ加えてNotes:卑弥呼に容れておくつもりですが、その少しにぐつついているわたしです。

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和風サラダに、服部先生のドレッシング

和風サラダに、服部先生のドレッシング

 和風サラダに合う服部先生のドレッシング。材料をご紹介します。

酢1/4カップ,サラダ油3/4カップ,しょうゆ大さじ3,おろし玉ねぎ大さじ5,塩少々.

 和風サラダがとても美味しくなりますよ、お試しください。

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2009年11月 4日 (水)

落ち着かない気分&サイトに関するお知らせ

 わたしは賞アレルギーになってしまったので、現在、応募をやめてしまっていますが、周囲には熱くなっている人々がいて、その熱気がこちらにまで伝わってくるかのようです。

 特に、そろそろ中間発表がわかるはずのK芸術祭文学賞には、休刊中の同人雑誌で知り合った人々とか、そこから派生(?)して知り合った人々が応募しているようで、つい気になり、新聞のホームページに行ってみたりしています。

 大学時代に同じ法学部だった友人も、ここ数年、童話コンクールに熱くなっているようです。

 おおかたは昔いくらか書いていたことがあって、長年やめていたけれど、最近になって書き始めたという人々です。

 わたしたちの世代は、今、そんな季節なのでしょうか。

 わたしが賞応募の虚しさをこのブログで語れば語るほど、賞に熱くなっている人々の欲望をそそるということがあるようです。勿論、そんなつもりはなかったのだけれど、人間の心理を考えれば、それはそうでしょうね。

 悪いけれど、わたしは巻き込まれないようにしながら、地味に書いていきます。でも、世に出るための模索までやめたわけではありませんよ。

 話題は変わりますが、昨日買い物に出たときに、クリスマスケーキを頼みました。

 ケーキのパンフレットを見ながら、昨年書いた児童文学作品『すみれ色の帽子』の中の《その5/サンタさんの弟子にはなれないわ!》を思い出し、もう1年経ってしまったのだと思いました。

 今年はスタンダードなケーキが多くて、冒険をしているケーキは少ないと思いましたが、モンブランのクリスマスケーキは、昨年は見なかったような気がします。

 また話題は変わって、サイト情報です。

 新しいホームページ「マダムN図書館http://dulait.jimdo.com/」に、
Google カスタムhttp://www.google.co.jp/cse/
を利用させていただいてサイト内検索、
Add Clipshttp://www.addclips.org/を利用させていただいて、ブックマーク&RSSボタンをつけました。これで、また少し便利になったと思います。

 「バルザックの女弟子になりたい!http://book.geocities.jp/du3lait/」のエッセーによくアクセスしていただくのですが、なかなか収録が進みまず、申し訳なく思っていました。

 「図書館」のほうが手軽に収録できるので、こちらのほうが収録済みのエッセー数は勝ってきました。《閲覧室》⇒《コラム・エッセー・評論》の順にクリックしていただくと、左サイドバーにタイトル一覧が出ます。エッセーをお探しでしたら、一度「図書館」にも足をお運びくださいませ。

 さて、「やまとのあやⅡ」の下書きに戻りますか。そろそろ夕飯の準備もしなければなりませんが。 

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2009年11月 3日 (火)

メッセージ

 過去記事『今後の創作プラン&不完全ながらNotes:卑弥呼』から卑弥呼関係のノートだけをとり出して『やまとのあやⅡ』という記事にしていましたが、つけ加えたいことが出てきたので、現在下書き中にしています。

 今日はバタバタしていて時間がとれないかもしれませんが、明日には表示したいと思っています。なかなか自作童話に入れませんが、創作の資料になりそうな、気になることはノートしておいたほうがいいでしょうから。

 今日は冷えますが(といっても11月にしては温かい)、明日は夏日になるそうで……。うーん、ここは本当に日本? 体調を崩しやすい気温の変化ですので、あなた様もどうかご自愛くださいませ。

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素敵なブログパーツ時計

 こちらの時計がどれも素敵で、見とれました。
  ⇒CLOCK WIDGETS-時計のブログパーツ
   
http://www.clock-widgets.net/

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2009年11月 2日 (月)

今後の創作プラン&不完全なNotes:卑弥呼

 以下は、題未定小説の書き出しの部分。

 知り合ったとき、彼女は40代後半で、わたしとは親子ほどの年齢の隔たりがあったが、魅力的な女性であった。
 当時わたしは二流の私大生。
 
 以前、彼女は女子大でフランス文学を教えていたそうだが、脳梗塞で倒れた夫の介護に専念するために教職を退いた。2年後に彼女は未亡人となった。
 大学ではユイスマンスを研究していたそうで、今も自宅で彼の研究を続けているということだった。その一方で、彼女はオリジナルな小説を書いてみたいという願望を持っていた。そしてカルチャーセンターの短編小説コースの受講を希望したのだった。そこにわたしとの接点ができた。

 死者と生者が思想問題で心理的一戦を交える舞台劇風のこの作品(男性の視点で書いてみたいと思っている)に本格的に入るのは来年、下手をすれば再来年。その頃には書きたい気持ちが失せていることもありうる。

 でも、自作童話『不思議な接着剤』を仕上げるまでは、入れない。

 卑弥呼の小説となると、題未定小説が仕上がった、さらに先のことになる。研究ノートは、他の作品を手がけている合間に、とり続けるつもりなので、ある程度まとまったら、エッセー『卑弥呼をめぐる私的考察』と合わせて小冊子にするのもいいかもしれないと思っている。

 調べていくうちに考えかたが変わることも多々あるが、また過去の考えに戻る可能性もあるので、過去の考えを反古としてしまうわけにはいかない。いずれにしても、ある時点でまとまったものにしておく必要がある。

 鍋島藩秘窯の里を舞台とした小説となると、いつ取りかかれるのやら、見当もつかない。

 しかし、卑弥呼のことを書くようにせっつかれているような気持ちと同様、鍋島藩秘窯の里のこともそんな気持ちがあって、東漢(やまとのあや)氏のことや祖母の実家のことなんか考えていると、ご先祖様の何らかの気持ちがわたしに反映しているのではないかと思えてしまう。

 わたしは輪廻を感覚的にあると思っているので(霊として完成の域に達するまで、この世という教室で繰り返し学ばなくてはならない……という風に)、ご先祖様のことなど考えたこともないほうだったのに、何だかこの頃因縁ということを考えてしまう。

 ご先祖様に代わって贖罪を求められているのか? 尤も、そのご先祖様の中に、過去世の自分がいた可能性だってある(?)。

 東漢氏は、おそらく後漢―呉―百済、宗教的には仏教と親和性があり、魏、宗教的には道教と親和性のある卑弥呼とは、明らかに別の系譜に属する。彼らの行動……。

 尤も、東漢氏の先祖が帯方郡から来た後漢の亡命貴族であったという伝説、坂上刈田麻呂(征夷大将軍として有名な田村麻呂の父)が桓武天皇に対する上表文で、彼らの先祖である阿智使主が後漢・霊帝の子孫であったと述べたという内容を真実と見るか、また渡来した応神天皇20年を西暦に直した289年と考えるか、古事記に従い4世紀半と考えるかで話が違ってくる。

 要するに、応神時代の話に、ありえないことだが、両時代の話が混在しているのだ。

 応神天皇の在位は日本書記に従えば、270年2月8日―310年3月31日で、在位中の時代は弥生時代になるという。古事記に従えば、4世紀半になるそうだ。

 日本書記を読むと、おかしなことにぶつかる。百済は346年―660年に存在した国だが、この国が出てくるかと思うと、呉は222―280年に存在した国だが、これも出てきて、この2つの国のうちのどちらかがまるでタイムスリップでもしたかのように、同時期に存在したとしか思えない書かれかたなのだ。

 ちなみに、 卑弥呼が初めて難升米らを中国の魏に派遣したのは、魏の大尉・司馬懿によって公孫氏が撃たれた翌年の239年のことだった。何というタイミングのよさだろう!

 帯方郡は、204年、後漢の遼東太守・公孫氏によって創設された。呉と通じた公孫淵が撃たれたのちは魏の直轄地となり、その運営は313年まで続いた。 

 もし、東漢氏の祖先が帯方郡にいたとすると、公孫氏政権や卑弥呼と絡んでくる可能性だってあるのだから、大きな問題なのだが――

 漢王朝の亡命貴族が朝鮮半島の帯方郡に、あるいは、さらにそこから百済に逃れたという話には信憑性があるようだが、東漢氏がそれに当たる人々であるのかどうかとなると、どうとでも考えられるわけだ。流浪の民ではなく、朝鮮半島土着の人々だったことだって考えられる。

 ただ彼らがどこから来ようと、先進技術を身につけた優秀な人々だったことは確かで、例えば、今、わたしたち一家が、親類と共にどこか未開な国へ移住したとしても、そこに現代日本の文明を根付かせることができるかどうかというと、たぶん無理だろう。少なくとも、東漢氏が、ポートピープルになって当時の日本に来た朝鮮半島土着の庶民だったわけではあるまい。

 いずれにしても、その後、東漢氏は本拠地を飛鳥とし、蘇我氏に協力した。東漢駒(やまとのあやのこま)は、蘇我馬子の命令で崇峻天皇を暗殺した(その後、東漢駒は別件で処刑されている)。

  聖徳太子の活躍と死。

 天武天皇の発意により、舎人親王らの撰で、奈良時代の養老4年(720年)に完成した日本書紀はわが国最古の歴史書とされているが、それ以前に、聖徳太子にらよって編纂された『国記』、『天皇記』があった。それは大部分、蘇我蝦夷と共に炎上したが、焼け残ったものは天智天皇に献上されたという。

 なぜ蝦夷は『国記』『天皇記』を道連れに自殺しようとしたのか、不思議だ。『国記』『天皇記』が失われたのは、惜しいことだと思う。それは、どんなものだったのだろうか? 記紀とはカラーが違ったはずだ。

 ところで、東漢氏は蘇我氏の没落と共に衰微したが、壬申の乱で大海人皇子(天武天皇)側について返り咲く。

 その後、平安時代に東漢氏出の坂上田村麻呂が、征夷大将軍として活躍することになるが、その父、前出の坂上苅田麻呂は、奈良時代、宇佐神宮の神託で有名な弓削道鏡事件で、道鏡の動きを封じ込めることに力を尽くしたりした。

 ……。

創作プランだけ記録しておくつもりが、卑弥呼関係のメモを続けて書いてしまい、ごっちゃになってしまいました。ちょっと今、読み返している時間がないので、あちこちに間違いがあるかもしれません。あとで、別の記事にしたいと思います。

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2009年11月 1日 (日)

モロゾフのオムレット〜!

モロゾフのオムレット〜!

 娘が買ってきてくれました。

 今日は冴えない一日でしたが、ふんわり軽いオムレットを食べて、心も軽やか。

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眠い

 舌下錠を使ったせいか、底なし沼に沈み込むように眠いのです。繰り返し、眠気が襲ってきます。

 今日の予定が台無しだわ!


 と上の行まで打ったところで、あまりの眠気に保存を押して寝てしまい、今起きたら、1時間が消えていました。いろいろと夢を見ていました。

 昼の薬を飲んでいないせいか、胸が板になったような感じです。これから飲みますが、また眠くなるんじゃないかしら。

 計画では、今頃は家事のおおかたを済ませて、卑弥呼関係のノートに取りかかっていたはずでした。家事すら今からですわ、虚しいことったら、ほほほ……

 とりあえず、薬! 家事! では。

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また起きました

また起きました

 胸の圧迫感。

 昨日と、同じような時間です。室内がかなり冷えていているのも、同じ。

 昨日、時計のブログパーツを見ていたせいか、細かなかけらになっていた時計が、決まった時間になると、パズルみたいに合わさって時間を告げるという時計の夢を見ていました。決まった時間になると、いくつかに分かれてはまた合わさって時間を告げる時計が、循環器クリニックにありましたっけ。

 ちょっと舌下錠の効きが悪いなあと思いながら携帯を打っていましたが、どこかで支えていたかのように、今頃になってふいに胸一面に清涼感が流れ、圧迫感が消えました。と思ったけど、まだ少し圧迫感が残っています。様子を見ます。

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