« 雁嶋別荘の夕食 | トップページ | ホイジンガとユイスマンスに関するメモ »

2009年10月 2日 (金)

山口旅行エピローグ…秋芳洞余談と大正時代の文学運動について若干

 まだ旅行の余韻が残っていますが、シルバーウイークを外して行って正解だったな、と思っています。一緒に旅行した娘と息子が、そんな休みのとりかたができてラッキーでした。

 地元の宿の人達やタクシーの運転手さんのお話では、シルバーウイーク中は大変な人出だったとか。ゆっくり、気ままに観光できたのは、人が少なかったからでしょう。

 一番の目的だった秋芳洞にしても、シルバーウイーク中に行ったのであれば、満足に見物できなかったかもしれません。

 というのも、秋吉台までの山道は渋滞し、肝心の秋芳洞内では、秋芳洞入口と黒谷口の二手に分かれて入った人達が真ん中で押し競饅頭をする騒ぎだったと聴かされたからです。

 そんな中では、洞内をしみじみ味わうことも、わたしのようにゆっくりとしか進めない人間が、冒険コースにチャレンジするなど、難しかったかもしれません。

 あのコースを行ったことは、長編児童小説『不思議な接着剤』(Notes)の資料とする上で、貴重な体験でした。

 秋芳洞には30年近い昔、行ったことがありましたが、そのときの印象とはいくらか違っていました。長い間に記憶がぼやけ、空想が混じってしまっていたようです。再訪して本当によかった!

 旅行前の受診で、循環器クリニックの先生に秋芳洞に行く話をしたら、「子供の頃に行ったけど、あそこは本当に神秘的で……」と遠くを見る目をなさり、わたしに視線を戻すと、心底羨ましそうな、妬ましそうな目をなさいました。

 わたしは先生にちょっと怒っていることがあるのですが、それはそれとして、秋芳洞の写真を何枚かプリントして差し上げたいと思っています。

 また、旅行中訪ねた、中原中也記念館では特別企画展『月光とメルヘン』、山口県立萩美術館・浦上記念館では『海のシルクロードの出発点 福建』が開催されていて、それぞれ見応えがありました。

 大正デモクラシー(民主主義・自由主義運動)の波を受けた文学運動にはすばらしいものがあり、以前から関心がありましたが、特別企画展『月光とメルヘン』を見て、児童文学という観点からあの運動の大きさを改めて考えさせられました。

 記念館に、明治から昭和初期頃までに出された児童書の完全復刻版が置かれていました。ほるぷ出版が手がけたシリーズです。

 それで見た、明治時代に出された児童書は、児童書といってよいのかどうか途惑うようなもので、わたしはお経の本を連想してしまったくらいでした。

 挿絵はないか、あっても、子供向きとはとても思えない渋いものです。それが、鈴木三重吉の赤い鳥運動を契機として変化が起きたのでしょう。

 その変化を辿るのは、オーブンの中でケーキが膨らんでいくのを見るかのようです。

 本当に、わたしには香ばしく焼きあがったケーキのようにすら見えた2冊がありました。こんなすばらしいケーキには、現代ではお目にかかれません。 

 昭和5年に金襴社から出された『木馬のゆめ』。文、酒井朝彦。絵、初山滋。定価、1円30銭。〔ほるぷ出版の昭和46年復刻版〕

 昭和12年に子供研究社から出された『七階の子供たち」。文、塚原健二郎。絵、深澤省三。1円10銭。〔ほるぷ出版の昭和53年復刻版〕

 わたしは評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』の中で、「過去の文豪にあった大きさ――その源を、われわれは改めて調査すべきではないかと思うのだ」と書きましたが、同じような感慨を中原中也記念館でも覚えました。

 過去、わが国で起きた文学運動の志士達は、自国における文学の現状を分析し、新しい理想を掲げるだけの知性と精神力を持っていました。ついでにいえば、戦前であったからこそ可能であった財力との関係も持っていました。

 ところで、子煩悩であったことで知られる中原中也は、以下のような文章を日記に書きつけています。文也は中也の愛児です。

『遺言的記事』――文也も詩が好きになればいいが。二代がゝりなら可なりなことができよう。俺の蔵書は売らぬこと。それには、色々書き込みがあるし、何かと便利だ。今から五十年あとだつて、俺の蔵書だけを十分読めば詩道修業には十分間に合ふ。迷はぬこと。仏国十九世期後半をよく読むこと。迷ひは、俺がサンザやつたんだ。(「日記」昭和11年7月24日)

 しかし、中也の遺志を継ぐべき文也は、このあと、11月10日に小児結核で亡くなります。

 わたしには、『遺言的記事』という中也の文章と愛児の死が、その後のわが国の文学界に起きたことを象徴するもののように思われてなりませんでした。

  今、この国の文学は、誰が見ても行き詰まっている状態にあると思われますが、中也の遺志を無駄にしないためにも、平成に新しい文学運動を起こす手がかりとするためにも、大正時代の文学運動を再調査することは必要だと感じられます。  

9月24日から25日にかけて、中也の街を訪ねました。以下は、そのときの記事。

2009年9月24日
湯田温泉街
http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/09/post-31f6.html

2009年9月24日
中也も見たカイズカイブキ
http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/09/post-f28c.html

2009年9月25日
既視感のある通り
http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/09/post-763c.html

2009年9月26日
中也関係のメモ
http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/09/post-63bc.html

 アマゾンのキンドルストアで販売中の電子書籍、評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

|

« 雁嶋別荘の夕食 | トップページ | ホイジンガとユイスマンスに関するメモ »

お出かけ」カテゴリの記事

児童文学」カテゴリの記事

思想」カテゴリの記事

文化・芸術」カテゴリの記事

文学 №1(総合・研究) 」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

」カテゴリの記事