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2009年9月24日 (木)

夫の親友からお電話

 23日の23時過ぎに、夫から電話があり、「UがNと話したいそうだから替わるよ」といった。夫は、親友U氏の家にお邪魔して旧交を温めている様子だった。

 なつかしい感じを起こさせる、U氏の声。真面目で、物柔らかい。

「奥さん、全部Nくんから聴きました」とU氏。

 いろいろとお話ししたが、「実は、これまでにUさんにご相談したいと思ったことが何度かありました。今回のことでは特にそうで、夫にUさんというお友達がいてくださるから、今回のことでは踏みとどまれたと思います」とわたしはいった。

 それは本当で、夫が何か事件をもたらすたびに、わたしにはいくつかの夫の友人の顔が浮かぶ。相談したいと思う。

 夫の友人だから、夫は勿論彼らを信頼しているだろうが、わたしにとってもその人達は信頼できると思われ、そんな人達が夫の周りに存在するという事実は大きい。

 夫のもう一つの人格であるかのように、その人達が夫の人格の欠けた部分を優しくカバーしてくれているかの如くなのだ。

 が、いざ相談しようと思うと、浮かんだ顔が次々と消えていき、結局、夫の友人達の中でもU氏の顔だけが最後まで残るのだった。

 夫の昔からの親友だということ、話しやすい雰囲気があるということ、夫とは違う仕事だということも大きい。

 彼は5浪の宅浪の末に九大を諦め(夫の世代では宅浪は珍しいものではなかった。

 仕事一筋の苦労人で、夫が坊ちゃんタイプの甘えん坊であるのとは対照的なのだが、U氏にとって大学は九大しかなかったことからもわかるように、よくも悪くも偏りがあり、そこが夫と似ている。

 今回のことでは、もし最悪のときが来たら、決断を下す前にU氏に相談しようと思っていた。

 そして、「まだ大丈夫……まだ頑張れそう」と思いながら、彼の存在を励みに、子供達の助けもあって乗り切れた(まだ経過を見守る必要があるが)。

 ところで、U氏は離婚しているが、不倫の事実がないのに奥さんにそう疑われて離婚に至ったのだと、以前夫から聞かされたことがあった。

 ただ、それ以前からコミュニケーション不足であったようだから、それが離婚の真の原因なのかもしれない。

「Nくんに、今回のことで修羅場はあった? と訊いたら、いやなかったと聞いて羨ましいなと思った。一緒に沢山話をされるようで、いいなと思う」とU氏。

 わたしは性格的に泣いたり喚いたりできないということもあるが(ひとりではよく泣く)、何が起きたのか、事件の全貌を捉えようとするのに忙しくて、その余裕がないということがあった。

 特に今回のことでは、下手をすればあちこちに影響の及ぶ事件に発展しかねなかったから、最善の策を練ることが急務だった。

 それに、夫のもたらすハプニングの性質が、手に負えなくなった問題をこちらにまわすといった風なので、宿題を前にした生徒のようになってしまわざるをえないのだ。

 夫を責めている暇もないくらい、こちらも崖っぷちに立たされるのだった。

 確かに、わたしたちはよくしゃべる。それは、単におしゃべりなだけだ。

 万一夫がまた何か仕出かしたら、わたしはU氏のお宅に家出することにした。「独り暮らしなので、散らかっていますが」とU氏。

 これまでは家出をしたくても行くところがなかった。頼る実家のない寂しさが、わたしにはいつもあった。U氏の雰囲気は、何だか故郷の兄さんという感じ。

 U氏はハンサムだし、おうちもあって真面目だ。U氏に鞍替えしようかしら。でも、わたしはおしゃべりだから、おしゃべりできる相手がいる。仕方がないから、夫が今度何か仕出かすまでは、夫で我慢しよう。

 ……冗談混じりにいろいろと書いてきたが、夫の親友と心底話せてよかった。この不思議な開放感は、山頂で深呼吸した感じに似ている。

 さて、児童文学作品『不思議な接着剤』の取材は、気合いを入れてがんばるぞ!

 文学一筋のわたしは、夫の目には案外、U氏と似て映っているのかもしれない。また、プライドの高い恥ずかしがり屋の夫が今回のことをU氏に話したということは、それが夫流の懺悔でもあるのだろうと思った。

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