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2009年9月の131件の記事

2009年9月30日 (水)

現在の体調と今後の創作予定

 旅行中の真夏のような暑さが、かえってわたしの体調にはよかったと思う。初日に泊まった湯田温泉の湯が本当にすばらしかったので、そのお蔭かもしれない。さすがは、白狐が傷を癒しただけのことはある……と思わせるような温泉だった。

 秋芳洞の冒険コースのような、整形外科の主治医が目を剥きそうな運動にチャレンジしても、直後は両膝がガクガクなってうまく歩けなかったが、何とか大丈夫だった。

 とはいえ、自身の体のことで、旅行中だからこそ、おかしな点も際立った。1日1食で足りていたのが、3食だと始終おなかが膨れっぱなしで苦しくて、見かけはまさに妊婦状態。トイレを見れば行っていた。

 今度の旅行中の写真を、2年前の初夏に博多へ行ったときの写真と比べてみると、胸のすぐ下からおなかが突き出している今の写真はやはり異様だ。真夏の暑さのため、おなかがうまく隠せなかった。

 2年前も中年太りでおなかが出たと思っていたのだが、写真で見ると、そのときは下腹部に自然に脂がのっていた(魚の話みたいだが)。そして、胸の下辺りはすっきりと見える。

 体重は2年前と同じくらいか、むしろ減っているはずなのに、今は突き出たおなかのせいで、太って見える(というより、妊娠しているようにしか見えない。実際に妊婦と間違えられたことがあった。51歳の妊婦……絶句)。

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 ほら、ワンちゃんも驚いて固まっている。これは旅行中、食事前に撮った、どちらかというと空腹時の写真の断片。食事後はぽこんの全体が胸の真下に行くかたちでぱんぱんに膨らむ。

 ちなみに、この写真は一応夫の検閲を経てアップ。

 この服装、この写真の切りとりかただと、腹部以外の線はわからないから無難だろうということで。「でも、それだと腹部以外の部分が痩せていることもわからないね」と夫。でも、少なくとも、おなかの出具合はわかるはず。

 当ブログに、「疲れるとおなかが出る」「おなかが異常に出る」といった検索ワードでお見えになるかたが結構いらして、わたしは仲間がいるような複雑な気持ちになるが、あなた様のおなかと比べて如何?  

 帰宅後は1日1食に近い状態に戻したので、おなかが張って苦しいこともなくなったし、腹部の見かけも旅行中ほどではないと思うが、この状態はおかしいのはおかしい。

 ただ、この腹部に関しては、見かけを我慢すれば、それほど異常なことは起きないので、どこかにある良性腫瘍か何かがおなかを膨らませているのではないかとどうしても想像してしまう。現に、肝嚢胞で足元が見えないくらいにおなかが出ることがあるという記事をネットで見た。

 わたしの肝臓には嚢胞が沢山ある。小さいものなので、見かけに影響を与えるとは思えないが、肝臓でないにしても、どこかに絶対に何かあるとわたしは思っている。内科で定期健診を受けているから、先生には自己観察したことを伝えていきたいと思う。

 旅行中、瞼と足が腫れぼったく、最終日に靴を履くときは、破れるのではないかとおもったほど。小用も、ずっとやたらと近かった。膀胱炎気味だったのではないだろうか。

 今もその傾向。瞼の腫れは、帰宅後に左目が真っ赤になったので、そのことと関係があったのかもしれない。娘に結膜炎用の目薬を買ってきて貰い、注している。赤味が薄くなってきた。

 いくらか喘息気味の日があった。胸の圧迫感と軽い胸痛を覚えたことはあったが、ニトロ舌下錠は使わなかった(使わずに済んだ)。

 帰宅した翌日は、ヨロヨロしていて、洗濯くらいがやっとだった。ブログだけは根性で、精力的に更新した。創作に役立ちそうな写真や情報は、忘れないうちに記事にしておきたかったので。昨日も洗濯と簡単な掃除以外はほとんど横になっていて、弁当が2日続いたが、今日から家事に復帰。

 で、創作だが、秋芳洞での収穫は大きかった。児童文学作品『不思議な接着剤』に本格的にとりかかろうと思う。

 また、鍾乳洞に中世の世界が入り込むという設定から、中世のことをもう少し知る必要があることと関係して、中世に関心を持ったユイスマンスのほうも研究を続けることになるだろう。

 中原中也に関して旅行中に得たことは、今後、大きなものとなりそう(中也に関する記事:09.9.22 24 25 26 10.2)。山口県立萩美術館・浦上記念館で鑑賞した『海のシルクロードの出発点 福建』でも、多くを得た。いつか鍋島藩秘窯の里大川内山を舞台に歴史小説を書きたいわたしにとっては、絶対に見逃せない催し物といえたのだ。 

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父夫婦は福岡へ行ったそうな

 28日に妹からメール、父夫婦に関する続報あり。

 それによると、午前中、実家は原型をとどめていたそうだが、帰る頃にはクレーン車で二階が派手に壊されていたとか。

 業者さんに訊いても何も知らなかったので、隣人に訊いたところ、23日に2人で挨拶に来て、福岡へ行くといったらしい……その後、大型の運送トラックで荷物を運んだそうだが、幼稚園に寄付するとかで父が趣味で作った船工芸品もいくつか運んでいたという。隣人も急なことに驚いていたとのことだった。

 うーん、福岡へ行ったか。奥さんが自分だけの土地と家をほしがっていたから、家を買ったんじゃないかな。父夫婦に吹っかけられた裁判中(カテゴリー:父の問題、参照)、父が案外お金持ちであることが判明したから、それも無理なことではないと思う。

 しかし、2度の裁判沙汰を軸に、これまでのことを振り返ってみると、娘の癖に父がお金持ちであることも知らなかったわたしは、頭のおかしくなった父夫婦から財産狙いと訴えられ、勿論濡れ衣だったから裁判には勝ったが、財産狙いは奥さんのほうだったとしか思えない。

 父のお金、父の人生だ。どう使おうと父の自由だし、どう生きようと父の勝手と思いたいが、昔のまともな父ではなく、高齢であることも心配だ。あの奥さんが得体の知れないところも、漠然とした不安をそそる。

 今のところは、被害妄想という点を除けば、きちんと暮していっているようだし、福岡のようにまあまあ便利なところだと暮しやすくはあるだろうと思う。ただ、母の遺骨の件もあり、ずっとこのままでいいとは思っていない。 

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ノーベル賞授賞者に供される紅茶

ノーベル賞授賞者に供される紅茶

 萩市土原にある「長屋門珈琲 カフェ・ティカル」で、コーヒーバッグとノーベル賞授賞式で供されるという紅茶を買いました。

 紅茶は、北欧紅茶『セーデルブレンド』で、ストックホルム市庁舎ノーベル賞晩餐会で供される紅茶なんだそうです。スウェーデン王室でも愛飲されているとか。

 フレーバーティーで、ブレンド成分はセイロン紅茶、中国茶、マリーゴールド、ヤグルマギク、オレンジピール、バラなど。

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シルクロード柄のハンカチ

シルクロード柄のハンカチ

 『海のシルクロードの出発点 福建』が開催されていた、山口県立萩美術館・浦上記念館で買いました。

 ハンカチのコレクションが趣味のわたし(というほどは、集まっていませんけれど)。つい2枚買ってしまいました。日本製ですが、柄が気に入りました。下になっているハンカチの青色は、携帯ではぼけてしまいましたが、紫に近い鮮明な青色で、とても綺麗です。もったいなくて使えませんね。

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コンパクトな資料集Ⅱ

コンパクトにまとまった資料集Ⅱ

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コンパクトな資料集Ⅰ

コンパクトにまとまった資料集Ⅰ

 山口旅行の土産物のなかで、娘には萩焼(割れちゃったけど)、息子には豆子郎、夫にはかわはぎ七味ロールふぐ煎餅がそれぞれヒットしたようですが、わたしに一番ヒットしたものは、これ。

 『海のシルクロードの出発点 福建』が開催されていた山口県立萩美術館・浦上記念館で買いました。

 1枚だけの資料なのですが、詳細でわかりやすく、写真や絵も豊富なのです。100円。「中国歴代帝王系譜」「中国考古発掘遺跡」「中国の少数民族」の3枚がセットになっています。こんなのって、ありそうでありません。

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萩焼のコーヒーカップ

萩焼のコーヒーカップ

 城跡辺りにあるお店「萩焼いとう」の本店と支店に行き、支店のほうで、コーヒーカップと夫が焼酎のお湯割りを呑むのによさそうなフリーカップを買いました。2割安くして貰い、どちらも3,000円台。

 娘もコーヒーカップを買ったのですが、帰宅途中に早々と割ってしまいました。娘のも3,000円台でしたが、三つのなかでは一番高かったのです。

 磁器と違って、割れやすいですね。手入れもちょっと面倒臭そうで……。

 でも、登り窯で、しかもガスや電気でではなく、薪で焼かれたものとあって、娘は見ただけで愛着がわいていたらしく、接着剤でくっつけて使うといっています。きれいな割れかたなので、うまくくっつきそうではあります。

 直らなかったら、わたしのコーヒーカップをやります。娘は、使い込むうちにどう器の色やコーヒーの味が変わるかを使う前から楽しみにしていた模様。

 こんなところは、娘はわたしの亡くなった母に似ています。母はよいものが好きで、やきものを特に好んでいました。お茶は必ず、萩焼の湯のみで飲んでいましたっけ。

 わたしはこの年齢になって、ようやくやきものの魅力に目覚め、いつか鍋島藩秘窯の里大川内山を舞台に歴史小説を書きたいとまで思うようになりましたが、それは美術的、歴史的興味が先行するもので、じかに手にとって眺めたり、手入れをしたりして濃やかな愛情をかけて深い関係になるよりは、遠くから眺めていたいほうです。何だか恋愛論みたいですね。

 母が生きていて元気だったら、さぞ娘と気が合って、一緒にあちこち行ったんじゃないかしら。

 写真は、わたしの買ったコーヒーカップ。粘土だけでできています。娘のコーヒーカップは砂を混ぜたもので、軽いです。

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2009年9月29日 (火)

カルスト展望台から

カルスト展望台から

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2009年9月28日 (月)

秋芳洞 No.38

秋芳洞 No.38

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秋芳洞 No.37

秋芳洞 No.37

 秋芳洞内の造形物で最も有名といってよい、黄金柱です。

 見上げてため息が出ました。惚れ惚れするような天然の柱です。

 黄金柱のある場所は広い部屋のようになっていて、休憩できる空間となっていました。

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秋芳洞 No.36

秋芳洞 No.35

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秋芳洞 No.35

秋芳洞 No.34

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秋芳洞 No.34

秋芳洞 No.34

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秋芳洞 No.33

秋芳洞 No.33

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秋芳洞 No.32

秋芳洞 No.32

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秋芳洞 No.31

秋芳洞 No.31

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秋芳洞 No.30

秋芳洞 No.30

 My恐竜。

 小さく見えるかもしれませんが、巨大な岩です。

 想像力を働かせれば、地底湖に棲む恐竜の背中が覗いたところのように見えません?

 自作の児童文学作品『不思議な接着剤』に登場する予定の恐竜のモデルに決定!

 №15№23も、いい線行っていると思いました。

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秋芳洞 No.29

秋芳洞 No.29

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秋芳洞 No.28

秋芳洞 No.28

 大黒柱にしては細い気もしましたが、よくできているというか、自然の造形力に驚かされました。

 相当にピンぼけしたのが残念ですが、『大黒柱』はあちこちのサイトで紹介されています。

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秋芳洞 No.27

秋芳洞 No.27

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秋芳洞 No.26

秋芳洞 No.26

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秋芳洞 No.25

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 息子がデジカメで撮ったもの。

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秋芳洞 No.24

秋芳洞 No.24

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秋芳洞 No.23

秋芳洞 No.23

 通路から見上げた感じが丁度、恐竜展で巨大な恐竜(の骨格)を見上げた感じに似ていました。

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秋芳洞 No.22

秋芳洞 No.22

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秋芳洞 No.21

秋芳洞 No.21

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秋芳洞 No.20

秋芳洞 No.20

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秋芳洞 No.19

秋芳洞 No.19

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秋芳洞 No.18

秋芳洞 No.18

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秋芳洞 No.17

秋芳洞 No.17

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秋芳洞 No.16

秋芳洞 No.16

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秋芳洞 No.15

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 息子がデジカメで撮ったもの。秋芳洞内部のダイナミックさがいくらかでも伝わるでしょうか。上から垂れ下がっている岩が、上から首を差し伸べた恐竜の頭に見えません?

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秋芳洞 No.14

秋芳洞 No.14

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秋芳洞 No.13

秋芳洞 No.13

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秋芳洞 No.12

秋芳洞 No.12

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秋芳洞 No.11

秋芳洞 No.11

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2009年9月27日 (日)

秋芳洞 No.10

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 これは息子がデジカメで撮ったもの。

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秋芳洞 No.9

秋芳洞 No.9

 百枚皿。リムストーンと呼ばれるものです。お皿の一枚一枚が澄んだ水を湛えています。

斜面を水が緩やかに流れる場合、流れの遅い場所に石灰岩がたまり、次第にいくつもの水たまりを形成することもある。このように水中に仕切りのように発達するものをリムストーン、それによって仕切られて生じた水たまりをリムストーンプールという。山の斜面の棚田のような見かけのものである。小さいものは掌大から、数十mの差し渡しを持つものまである。

   ――フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より――   

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秋芳洞 No.8

秋芳洞 No.8

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秋芳洞 No.7

秋芳洞 No.7

冒険コースの頂上辺りから、右下方に位置する入口付近を撮った写真です。

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秋芳洞 No.6

秋芳洞 No.6

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秋芳洞 No.5

秋芳洞 No.5

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秋芳洞 No.4

秋芳洞 No.4

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秋芳洞 No.3

秋芳洞 No.2

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秋芳洞 No.2

秋芳洞 No.2

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秋芳洞 No.1

 自作の児童文学作品『不思議な接着剤』の舞台のモデルとするために、秋芳洞(あきよしどう)を取材しました。

 中が暗いために、わたしのデジカメではほとんど写らず、携帯で辛うじて……といったところでしたが、創作資料とするためにアップしておこうと思います。

 ちなみに、この№1の写真は息子がデジカメで撮ったものです。洞内でも、何枚かは何とかデジカメで撮れた写真があります。

 秋芳洞入口から入り、黒谷口から出ました。途中、冒険コースにチャレンジしました。

 「秋吉台・秋芳洞観光サイトhttp://karusuto.com/」 の中の
『秋芳洞http://karusuto.com/html/02-learn/02-akiyoshido.html』 に、秋芳洞に関するわかりやすい解説がありましたので、以下に抜粋、ご紹介しておきます。

秋吉台の地下100m、その南麓に開口する東洋屈指の大鍾乳洞「秋芳洞」は大正15年昭和天皇が皇太子の御時、本洞を御探勝になり、この名前を賜ったものです。
ひんやりと肌をさす冷気漂う杉木立を通り抜けると、秋芳洞の入口です。洞内からの水は三段の滝となり、飛沫を舞い上げながらコバルトブルーの川面へと流れ落ちています。
洞内の観光コースは約1km(総延長10km)、温度は四季を通じて17℃で一定し、夏涼しく冬は温かく、老人、子どもも快適に探勝できます。
時間が凍結したような不思議な自然の造形の数々は変化に富み、私たちの心に大きな感動を呼び起こさせてくれます。

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 秋芳洞を訪れた日は真夏のような暑さで、ハンカチをしきりに額や首筋に当てなければならないような状態でしたが、秋芳洞入口から杉木立の道へ入ったとたん、ひんやりとした空気に包まれ、一気に汗が乾きました。

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 洞内は、エアコンが効いたような涼しさでした。

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 カテゴリーに「秋芳洞http://elder.tea-nifty.com/blog/cat21574783/index.html」を追加しました。

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山口県立萩美術館・浦上記念館

山口県立萩美術館・浦上記念館

 楽しかった3泊4日の旅行は、アッという間でした。

 カフェ・ティカルに行く前に「山口県立萩美術館・浦上記念館」に行き、『海のシルクロードの出発点 福建』を観ました。

 有田焼に強い影響を与えたとされる、景徳鎮の数々を見ることができました。

 沈没した貿易船から出たやきものが沢山陳列されていて、《沈没船資料》と分類されていました。

 不運な海難事故も、後世に貴重な資料を提供することがあるのだと思い、歴史の不思議さに打たれました。

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長屋門珈琲 カフェ・ティカル №6

長屋門珈琲カフェ・ティカル6

 オリジナルブレンド。

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長屋門珈琲 カフェ・ティカル №5

長屋門珈琲カフェ・ティカル5

 カプチーノ。

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長屋門珈琲 カフェ・ティカル №4

長屋門珈琲カフェ・ティカル4

 コーヒーで有名なお店なだけあって、壁際には、無造作にコーヒー豆の袋が置かれています。

 紅茶もあり、ノーベル賞授賞式で供される紅茶というのがありました。
 葉を買ったので、帰宅後に記事にします。ハーブティーの類のようですよ。

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長屋門珈琲 カフェ・ティカル №3

長屋門珈琲カフェ・ティカル3

 コーヒーのメニューが多すぎて選べないので、お店のオリジナルブレンドにしました。

 写真の男性はお店のマスター。許可を貰って撮りましたよ。

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長屋門珈琲 カフェ・ティカル №2

長屋門珈琲カフェ・ティカル2

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長屋門珈琲 カフェ・ティカル №1

長屋門珈琲カフェ・ティカル1

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旅行最終日の朝

旅行最終日の朝

 雁嶋別荘は居心地のよいホテルなので帰りたくありませんが、体もヨロヨロしてきたので、帰り時かも……。

 ただ真夏のような暑さで、かえって体調はよく過ごせました。一昨日から「歩幅が広くなるように、荷物を持ってあげる」と、息子に世話をかけている程度です。

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実家の解体……父夫婦がまた

 妹が民生委員さんから得た情報では、実家が解体されているのだそうです。

 父夫婦は既に引っ越しているのでしょう。

 実はお盆の初めに、わたしは夢か現かわからないながら、懐かしい、可愛らしい母がふと側にいるような気がしました。

 母が何か伝えたいのだろうかと思っていたところ、妹からお盆の終わりに電話がありました。

 たまたま実家のある街に用事で行ったので、母のお詣りにお寺へ行ったのだそうです。

 すると、母の遺骨は父夫婦が引き取ったと住職さんが告げたというのです。

 移転するからだとか。それ以上のことは住職さんもご存知なく、本当は父夫婦が移転することも口止めされたのだそうです。住職さんも驚いていらしたとか。

 わたしたち姉妹は驚きましたが、何しろ父夫婦には怖くて近寄れないので(カテゴリー「父の問題」参照)、民生委員さんの続報を待つしかありませんでした。

 それがこの旅行中、旅行ガイドで、ザビエル記念聖堂は焼失して再建されただとか、中也の実家はカイズカイブキを残して焼失しただとかいう解説を読んだとき、胸騒ぎを覚えたのです。

 そして、妹からの電話は一昨日、秋芳洞見学を終えた夜、23時頃のことでした。

 新しい情報が入る可能性もあるので、わたしたちはしばらく事態を静観することにしました。

 家は壊せても、亡き母名義の土地はわたしたち姉妹の承諾がなければ、父は売れないはずです。今や、土地という1本の糸だけで辛うじて父と繋がっている状態です。

 思い出の詰まった実家がなくなると思うと、故郷を喪失したような気持ちになります。大切なものも持ち出せないままに。

 いずれ、 母の遺骨だけは必ず取り戻します。今は歯を食いしばって耐え、作品の完成に力を注ぐのみです。

 聴いたのが旅行中の秋芳洞取材後でよかった……こんなときに子供たちが2人とも側にいてくれて、わたしは幸せです。

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雁嶋別荘 Ⅳ

雁嶋別荘その4

 テラスから、夕陽を見ました。

 目の前に松本川。そのすぐ先は海で、両岸には白い小型の漁船が沢山泊まっています。

 尤も、この頃では漁に出る持ち主は減り、釣り客相手の釣り船として利用されるケースが多いそうです。

 萩の商店街も廃れて、シャッターを閉めているお店が増えたとホテルの人はおっしゃっていました。多くの人々は、郊外型の集合商業施設に行くのだとか。

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雁嶋別荘 Ⅲ

雁嶋別荘その3

 二階があるせいか、二階のある借家で子供たちと暮らしていた頃のことを思い出します。

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雁嶋別荘 Ⅱ

雁嶋別荘その

 この写真は、ロフトのようになった二階から撮りました。二階には、ベッドが2台あります。

 和室には布団が3組敷けます。3~5人部屋なのです。

 わたしたちは「1週間くらい滞在したいねえ」といって、3人で贅沢に使っています。明日のチェックアウトの時間が、来なければいいのに。

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雁嶋別荘 Ⅰ

雁嶋別荘 そのⅠ

 旧厚狭毛利家萩屋敷長屋、萩焼の窯元などにも行きました。

 詰所だった屋敷長屋は本当に長い建物。白と黒だけの整然とした建物でした。

 窯元で、銘々皿を作っているところを見学しました。その外には猫たちが何匹かいて、呑気そうに寝そべっていました。やきものを焼くときの温かさを好んでか、よく猫が棲み着くそうです。

 あちこち観て、疲れたわたしたちは宿に行きました。部屋が整うまで待たされた部屋です。

 夏みかんジュースとおしぼりのサービス。

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東光寺

東光寺

 毛利家の菩提寺。わたしはバテて歩けなくなったので、待っていました。

 石灯籠がどこまでも続くかのような、気持ちの悪い場所だったとか。

 お墓ですからね、肝試しにはもってこいの場所かも。ただし、ここは17時まで。

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松陰幽囚の旧宅

松陰幽囚の旧宅

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松下村塾

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 松陰神社境内にある松下村塾。本当に小さな建物です。

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松陰神社 Ⅱ

松陰神社そのⅡ

 1日のお勤めを終えた巫女さんでしょうか?  敬虔にお辞儀する姿が印象的でした。

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松陰神社 Ⅰ

松陰神社そのⅠ

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野山獄跡

野山獄跡

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指月山

指月山

 萩城があった指月山。

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萩焼資料館

萩焼資料館

 初期の萩焼を見ました。

 やきものの技術的なことはわかりませんが、江戸時代の造形力はすばらしいですね。

 1688~1703年、元禄時代に作られた逆獅子置物などは、何て格好しているの!といいたくなるユニークさ。

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2009年9月26日 (土)

萩城跡の松

萩城跡の松

 今日は暑いせいか、蚊が多いです。

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パウゼのパエリアランチ

パウゼのパエリアランチ

 パエリアも美味しいですけど、オートミールスープがすばらしかった!

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欧風家庭料理パウゼ

欧風家庭料理パウゼ

 萩にいます。秋吉台からバスで40分。川沿いにある旅館(ホテルかな?)、雁嶋別荘に荷物を預けてランチしています。

 フロントの人のアドバイスで、タクシーで来ました。込み入っているので、辿り着けないだろうということで……。

 ああ大変なところに来てしまった! 循環バスを使いたくても、バス停までタクシーで行くはめになりそう。信号機がほとんどないそうです。

 おまけに萩では、2時すぎるとお昼にありつけなくなると脅されました~! わたしは普段食べないから構わないのですが。

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冒険コースで

冒険コースで

 秋芳洞内部の冒険コースの一番上辺りから撮りました。

 ひどく滑りますので、脚に不安のあるかた、高所恐怖症のかたにはおすすめできません。

 カテゴリーに「秋芳洞」があります。⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/cat21574783/index.html

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秋芳洞冒険コースにチャレンジ

秋芳洞冒険コースにチャレンジ

 秋芳洞の写真は、中が暗いためにあまり撮れませんでした。それもデジカメよりは、携帯のほうでが撮れました。あとでアップします。

 杖を忘れたことが幸いして、冒険コースにチャレンジしようという気になり、プチ・ロッククライミングして、天井近くまで行き、鍾乳洞とスキンシップしました。

 わたしの背後に、『不思議な接着剤』に出てくる瞳くらいの少女がパパに助けられながら、チャレンジしていました。

 わたしは汗と冷や汗でぐっしょりなり、下りで右関節が痛み出しましたが、息子がずっとサポートしてくれました。

 降りてからは両膝がガクガク。でも、ここを作品の舞台のモデルにしたいわたしには、大きな収穫がありました。

 これから萩に向かいます。

カテゴリーに「秋芳洞」があります。⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/cat21574783/index.html

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中也関係のメモ

中也関係のメモ

 昨日は、湯田温泉からタクシーで秋吉台へ。タクシー代は6,070円でした。途中、台風19号による土砂崩れのため、旧道を通らねばなりませんでした。

 タクシーの運転手さんの話では、山口は台風被害なんて、これまではめったになく、平和ボケしていたほどだそうです。

 ここで話が遡りますが、松田屋旅館を出るとき、中原中也に詳しかった仲居さんが道路まで見送ってくれました。

 そして、道路を渡ったところにある古くからの酒屋さんに、中也のことをよくご存知の女性がいらっしゃると教わりました。

 そのうち、取材で伺うことになるかもしれませんね。それほど興味がなかったのに、しきりに中也が語りかけているのを感じましたから。

 わたしは仲居さんに、盛り場のある通りはレトロとメルヘンのムードに包まれているが、それは中也が有名になってからのことかどうか、尋ねてみました。

 すると、「いいえ、この辺は昔っからこんなですよ。変わりません。ほら、あのお店の屋根の辺りね、中也さんがいらした頃からあんなだと思いますよ」とのこと。

 仲居さんのお歳を伺っておけばよかったな、と思いました。おそらく60代でしょう。

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 湯田温泉の街全体に古くからの白狐伝説と維新の誇りが、独特の瀟洒な感覚を伴って息づいている忘れがたい街。街が中也を生んだのです。

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 中原中也記念館の内部も瀟洒でした。

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 常設外のコーナーでは、この期間中、メルヘン運動という観点から中也の作品を捉らえる試みがなされていて、自身の児童文学との関わりからも、興味深い企画でした。

 この国の停滞し、退化した児童文学の世界は(というより、文学全体が)今、新しい運動を必要としている気がします。

 話題は変わりますが、実は昨夜、妹から重大ニュースがもたらされました。予兆と予感はあったのでしたが……。このことも、またあとで。  

 写真は、湯田温泉の盛り場のあちこちに置かれた白狐のモニュメント。どのお店の前に置かれているかで、手にしている物が違ったりします。

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2009年9月25日 (金)

西郷・木戸・大久保会見所

西郷・木戸・大久保会見所

 既に秋吉台にいるのですが、松田屋ホテルを出る前に再度庭園に出、撮りました。中原中也記念館のことは、またあとで。

 これからいよいよ、秋芳洞の取材に出かけます。

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美しい鯉たち

美しい鯉たち

 昨夜、怖いくらいに見えた松田屋ホテルの庭園は、昼間見たら綺麗なお庭でした。が、やはり庭の奥のほうは鬱蒼としています。

 闇の中で、しきりに水音がしていたのは、大きな美しい鯉たちの仕業でした。

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おはようございます

おはようございます

 秋吉台への便は、かなり悪いみたいです。10時台の次は12時台。うーん。

 バスは1,130円(3人で3,390円)、タクシーだと6,000円。

タクシーにすると高くつきますが、それでもタクシーにする人が多いようです。バスを降りてからも難儀するのかもしれません。

 幸い体調はいいのですが(夜間、喘息の小発作が起きた程度)、荷物や膝のことを考えると、タクシーにしようかしらと思います。

 あー、交通費でスッカラカンになりそう。萩には、どこまで乗っても100円という『萩循環まぁーるバス』というのがあるそうなので、それでモトをとりますわ。

 ちなみに、過去記事で書いた乗合タクシーでの湯田温泉からの山口市観光は 、1,000円コース(1時間)と2,000コース(2時間)があるそうです。タクシーの運転手さんのガイド付だそうで、交通費のことを考えると、お得ですね。

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虫籠に……

虫籠に……

 夕食。前菜は虫籠に入ってきました。小さな土鍋で煮るハモ鍋が美味しいと思いました。

 息子は教授と5時間も話し込んだとかで、遅れましたが、何とかありつくことができました。

 教授は、息子の社会人ドクター希望を喜んでくださったそうで、来年から月1回くらいの割合で東京から通うことになりそうです。

 今後の研究の話で、あっという間に5時間が過ぎたとか。岡山に住む大学時代からの友人とも、楽しい時間を過ごしたようです。

 その友人はマスター時代崩れていて、息子は心配したり、叱咤激励したりしていました。お母さんは心配のあまり、一時期鬱になられていたようです。

 でも彼は立ち直り、卒業は遅れましたが、見事就職も決まりました。

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既視感のある通り

既視感のある通り

 過去の世界に、タイムスリップしたかのようでした。なつかしさを感じさせる通りは、実は盛り場。

 中原中也の記念館は、この通りにあります。つまり、彼の生家は盛り場の入り口といった場所にあったわけです。

 昔はどうだったのかは知りませんが、今、盛り場にある飲食店の多くは、古めかしさとメルヘンっぽさを印象づけます。

 お好み焼き屋さんのガラス窓から見える、いろいろな酒瓶。店名の下に、大きな木のスプーンを貼りつけた酒場。

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湯田温泉の白狐伝説

湯田温泉の白狐伝説

 湯田温泉を発見したのは白狐という伝説があるそうで(痛めた脚を湯に浸して治していた)、街のあちこちで狐のモニュメントに出くわします。

 写真はわかりにくいかもしれませんが、高田公園内の足湯を見守るかのような狐のモニュメント。

 ここは井上馨の生家跡に作られた公園だそうで、井上馨の銅像があります。

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維新の志士たちが使った食器

維新の志士たちが使った食器

 ホテルの資料室に展示されていた、維新の志士たちが使った食器。

 これでご飯やお酒を……。立派な食器です。

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この奥に

この奥に

 江戸中期に作庭されたという立派な庭園の奥に、「西郷・木戸・大久保会見所」があります。

 22時まで見学できるので、夜行ったら、庭そのものが一個の生き物みたいで、怖かったわ!

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 庭園でなんか密談して、密談になるのかしらと疑問でしたが、鬱蒼とした、小さな滝まである庭園の奥に、半分壁がない、あずまや風の部屋を見たとき、「なるほど、ここなら」と納得しました。

 街中に山奥の一部を移植したかのような、不思議な空間でした。

 テーブルと椅子が現代風に感じられたのでホテルの人に伺ったところ、そられは当時のままだそうです。細くなって弱った部屋の柱を換えたくらいだとか。

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2009年9月24日 (木)

維新の湯

維新の湯

 維新の志士たちが入浴時に使用したのが、写真の浴槽。

 当時のままの浴槽だそうです。壁や天井は新しくしたものだとか。

 今から、その浴槽の湯に浸かってきます。いざ!

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中也も見たカイズカイブキ

中也も見たカイズカイブキ

 仲居さんから、貴重な話を伺いました。彼女のお祖母さんが中也のお母さんをご存知で、小さかった中也のこともご存知だったとか。

 中也は広い敷地を持つ軍医の長男で、田舎では桁違いといった感じのお金持ち、よいところのお坊ちゃまだったそうです。

 山口高校(当時の中学でしょうか)というよい高校に入ったのに、文学にのめり込んで、駆け落ちなんかして、実家からはどんどんお金を送って、挙げ句に早死に……小さな可愛らしいお母さんは、ずいぶん嘆いていらしたそうです。

 中也の有名なマントは、彼が小柄だったために、京都のお店で作らせたものだったとか。

 現在、記念館になっている中也の実家は漏電で焼失したそうですが、庭のカイズカイブキだけが残り、それが上の写真というわけです。

 中也の弟さんは、ハーモニカ奏者だったんですって。

 何だか生々しい話が聞けて、呆然としてしまいました。仲居さんは中也のことを、未だに嘆いている口振りなのですよ。

 明日の午前中は山口市の観光とどちらにしようかと迷っていましたけれど、ええい、仕方がない、中原中也記念館で決まりです。

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湯田温泉街

湯田温泉街

 部屋から写した湯田温泉街です。

 白い建物が中原中也記念館。ホテルの目の前なのですが、仲居さんのお話では、今日は休館日とのこと。

 秋吉台までのバスはホテルの前を通るそうですが、本数が少なく、8時の次は10時とのこと。

 明日、秋吉台に向かうまでに、記念館へ行きたいと思っていますが、ホテルに頼めば、1時間で山口市の名所、山口ザビエル記念聖堂(焼失後に再建されたもの)、瑠璃光寺などを回ってくれる乗合タクシーを呼んでくださるそうで、それもいいなあと迷いが生じます。

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松田屋ホテル

松田屋ホテル

 湯田温泉にいます。

 維新の志士たちが密談したという、ここ松田屋ホテルは如何にも由緒ある旅館(ホテルというより)という感じです。

 設備の点でも、申し分ありません。

 新山口駅周辺はホテル以外になにもないという感じで、大変なところに来てしまったと思いましたが、そこからバスで20分、湯田温泉は起源が室町時代とあって、歴史を感じさせる街です。

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夫の親友からお電話

 23日の23時過ぎに、夫から電話があり、「UがNと話したいそうだから替わるよ」といった。夫は、親友U氏の家にお邪魔して旧交を温めている様子だった。

 なつかしい感じを起こさせる、U氏の声。真面目で、物柔らかい。

「奥さん、全部Nくんから聴きました」とU氏。

 いろいろとお話ししたが、「実は、これまでにUさんにご相談したいと思ったことが何度かありました。今回のことでは特にそうで、夫にUさんというお友達がいてくださるから、今回のことでは踏みとどまれたと思います」とわたしはいった。

 それは本当で、夫が何か事件をもたらすたびに、わたしにはいくつかの夫の友人の顔が浮かぶ。相談したいと思う。

 夫の友人だから、夫は勿論彼らを信頼しているだろうが、わたしにとってもその人達は信頼できると思われ、そんな人達が夫の周りに存在するという事実は大きい。

 夫のもう一つの人格であるかのように、その人達が夫の人格の欠けた部分を優しくカバーしてくれているかの如くなのだ。

 が、いざ相談しようと思うと、浮かんだ顔が次々と消えていき、結局、夫の友人達の中でもU氏の顔だけが最後まで残るのだった。

 夫の昔からの親友だということ、話しやすい雰囲気があるということ、夫とは違う仕事だということも大きい。

 彼は5浪の宅浪の末に九大を諦め(夫の世代では宅浪は珍しいものではなかった。

 仕事一筋の苦労人で、夫が坊ちゃんタイプの甘えん坊であるのとは対照的なのだが、U氏にとって大学は九大しかなかったことからもわかるように、よくも悪くも偏りがあり、そこが夫と似ている。

 今回のことでは、もし最悪のときが来たら、決断を下す前にU氏に相談しようと思っていた。

 そして、「まだ大丈夫……まだ頑張れそう」と思いながら、彼の存在を励みに、子供達の助けもあって乗り切れた(まだ経過を見守る必要があるが)。

 ところで、U氏は離婚しているが、不倫の事実がないのに奥さんにそう疑われて離婚に至ったのだと、以前夫から聞かされたことがあった。

 ただ、それ以前からコミュニケーション不足であったようだから、それが離婚の真の原因なのかもしれない。

「Nくんに、今回のことで修羅場はあった? と訊いたら、いやなかったと聞いて羨ましいなと思った。一緒に沢山話をされるようで、いいなと思う」とU氏。

 わたしは性格的に泣いたり喚いたりできないということもあるが(ひとりではよく泣く)、何が起きたのか、事件の全貌を捉えようとするのに忙しくて、その余裕がないということがあった。

 特に今回のことでは、下手をすればあちこちに影響の及ぶ事件に発展しかねなかったから、最善の策を練ることが急務だった。

 それに、夫のもたらすハプニングの性質が、手に負えなくなった問題をこちらにまわすといった風なので、宿題を前にした生徒のようになってしまわざるをえないのだ。

 夫を責めている暇もないくらい、こちらも崖っぷちに立たされるのだった。

 確かに、わたしたちはよくしゃべる。それは、単におしゃべりなだけだ。

 万一夫がまた何か仕出かしたら、わたしはU氏のお宅に家出することにした。「独り暮らしなので、散らかっていますが」とU氏。

 これまでは家出をしたくても行くところがなかった。頼る実家のない寂しさが、わたしにはいつもあった。U氏の雰囲気は、何だか故郷の兄さんという感じ。

 U氏はハンサムだし、おうちもあって真面目だ。U氏に鞍替えしようかしら。でも、わたしはおしゃべりだから、おしゃべりできる相手がいる。仕方がないから、夫が今度何か仕出かすまでは、夫で我慢しよう。

 ……冗談混じりにいろいろと書いてきたが、夫の親友と心底話せてよかった。この不思議な開放感は、山頂で深呼吸した感じに似ている。

 さて、児童文学作品『不思議な接着剤』の取材は、気合いを入れてがんばるぞ!

 文学一筋のわたしは、夫の目には案外、U氏と似て映っているのかもしれない。また、プライドの高い恥ずかしがり屋の夫が今回のことをU氏に話したということは、それが夫流の懺悔でもあるのだろうと思った。

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2009年9月23日 (水)

エルモは早くもスタンバイ

エルモは早くもスタンバイ

 明日は湯田温泉に着くのが午後3時なので、近辺の散策で精一杯でしょうね。

 昨日書いたように、まず中原中也記念館に行きたいと思っています。それから、おおすみ歴史美術館。豆子郎という外郎(ういろう)をアレンジしたお菓子が美味しいそうなので、豆子郎 湯田店にも行きたいです。夫は、山口地ビールのほうを喜ぶでしょうけど。

 秋芳洞見学をメインにするとして、最終日の萩が観光スポットを絞りきれていません。わたし、明治維新にはあまり興味がないので、よけいにそう。

 それでも一応行っておきたいと思う観光名所を拾っていったら、一刻の休憩も許されないような予定になってしまいました。欲張りすぎると後が大変なので、うんと絞らなくてはと思います。

 萩で一番行ってみたい名所は、外国船からの来襲に備えるために住民たちが自ら築いたという土塀、菊ヶ浜土塁(女台場)

 吉田松陰が投じられ、そこで囚人たちに孟子の講義をしたという野山獄跡にも行きたいわね。そりゃ松陰神社には必ず行きます。

 それに、浮世絵と東洋陶磁器のコレクションで知られる『山口県立萩美術館・浦上記念館』は外せません。ああ北斎! 中国・朝鮮の陶磁器も、いつか鍋島藩秘窯の里大川内山を舞台に歴史小説を書きたいわたしには興味があります。萩焼の窯元にも行ってみたいのですが、時間的に無理かもしれません。

 コーヒーで有名という長屋門珈琲カフェ・ティカルにも行かなくては。

 わたし一人で行くわけではないので、予定が全く違うものになる可能性もあります。

 息子は、今日は岡山の友人に会いに行き、そこへ泊めて貰うとか。そして明日、研究のことで教授に会いに行き、わたしと娘に合流するのは夜になりそうです。

 明日が休みの夫は、今日から北九州の親友宅へ。もう一人加えて、中学時代からの仲良しトリオなのです。

 その中で離婚していないのは夫だけ。尤も、うちも常に危ないけれど。トリオのメンバーは皆、どこか似ていて、気のいい人達。他人として接すると、本当に好ましい人達ですが、考えや行動に偏りがありそうな危うげなところもそっくりなの!

 明日、夫は実家に寄るそうで(これはこれで心配。以前から当ブログにお越しのかたはお察しくださるでしょうが)、明後日は仕事です。

 わたしは3泊4日もするのが心配です。小さなところは戸締まりのことから。

 戸締まりと火の元に関してはうるさくいって留守にするのですが、あるとき戻ると、玄関はしっかり締まっていたものの、大きな窓が全部全開していて、愕然としたことがありました。

 あんまり沢山注意しても逆効果でして、夫は「3つ以上になると、頭からこぼれる」といいます。でも、3つだけに絞るのって、案外難しいのです。

 自分のほうも、デジカメ、杖、薬を忘れないようにしなくては。年とるって、嫌なことね。といっても、わたしの周囲に、この年齢で杖やニトロを携帯している人は、自分以外に知りませんけれど。

 旅行前に、連載中のタロット占いの記事「意外なカード」の続きをアップしておきたいのですが、間に合わないかもしれません。

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2009年9月22日 (火)

中原中也を久しぶりに

 木曜日に泊まる湯田温泉の宿の近くに中原中也記念館があると知り、行ってみたいと思っている。

 ネット検索してみて驚いたが、中也は今の若者にも人気があるらしい。

 わたしは学生時代、歌謡曲を好む感じで、中也の詩を愛読した。口ずさみやすい。

 文芸部の同学年の間で、先輩の一人を顧問のような立場に据え、『土曜会』という文学研究会のようなものを結成していたのだが、その会では作家や詩人の中から月に一人選び、集中的に研究することにしていた。

 中原中也はそれに選ばれ、そのせいで、わたしが持っている中原中也詩集にはあちこちに書き込みがあり、読みすぎて嫌になったほどだ。

 そもそも、わたしは中原中也の変なヴェルレーヌ臭さが嫌いだった。中也が影響を受けたとされるヴェルレーヌの透徹した詩の性質と、体臭や市井がプンで匂ってくる気がする中也の詩の性質が似ているとは到底、思えなかったのである。

 ヴェルレーヌの詩で悪酔いすることはないが(ヴェルレーヌ自身の人生は悪酔い人生だったのかもしれないが)、中也の詩では悪酔いする。芸術性という点からいえば、幾分純度が低いからなのだろうが、ただ中也の場合は、自分であらかじめ、純度を低く設定して詩作に挑んでいるようなところがあり、それが彼のスタイルといってよいのだろう。

 中也には、対象の本質、構造を見抜いてしまう鋭い観察眼があり、日本人には珍しい哲学性を秘めてもいる。それを形而上的に結晶させるよりは、センチメンタリズムや日常性に溶かし込む道を選んだのだ。日本に、前者の土壌がなかったからだと思う(今もない)。

 そこに、中也の芸術家としての不幸があったのではないだろうか。

 わたしが読むたびにいつも一種の衝撃を与えられる作品を「中原中也詩集」(河上徹太郎編、角川文庫、昭和43年)から、以下にご紹介しておきたい。

 一編は、『春と赤ン坊』というよく知られた詩。もう一編は、編者の解説によってわたしの注意が向き、以来忘れられなくなった『曇つた秋』という作品のうちの2である。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。

   春と赤ン坊

菜の花畑で眠つてゐるのは……
菜の花畑で吹かれてゐるのは……
赤ン坊ではないでせうか?

いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠つてゐるのは、赤ン坊ですけど

走つてゆくのは、自転車々々々
向ふの道を、走つてゆくのは
薄桃色の、風を切つて……

薄桃色の、風を切つて……
走つてゆくのは菜の花畑や空や白雲(しろくも)
――赤ン坊を畑に置いて

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

   曇つた秋

   

猫が鳴いてゐた、みんなが寝静まると、
隣の空地で、そこの暗がりで、
まことに緊密でゆつたりと細い声で、
ゆつたりと細い声で闇(やみ)の中で鳴ゐていた。

あのやうにゆつたりと今宵一夜(こよひひとよ)を
鳴いて明(あか)さうといふのであれば
さぞや緊密な心を抱いて
猫は生存してゐるのであろう……

あのやうに悲しげに憧(あこが)れに充(み)ちて
今宵ああして鳴いてゐるのであれば
なんだか私の生きてゐるといふことも
まんざら無意味ではなささうに思へる……

猫は空地の雑草の蔭で、
多分は石ころを足に感じ
その冷たさを足に感じ
霧の降る夜を鳴いてゐた……

※9月24日から25日にかけて、中也の街を訪ねました。以下は、そのときの記事。

2009年9月24日
湯田温泉街
http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/09/post-31f6.html

2009年9月24日
中也も見たカイズカイブキ
http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/09/post-f28c.html

2009年9月25日
既視感のある通り
http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/09/post-763c.html

2009年9月26日
中也関係のメモ
http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/09/post-63bc.html

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ニトロ舌下

ニトロ舌下

 このところ、調子が悪かった。原因は変わりやすい天候だろう。

 肌寒いかと思えば暑くなり、蒸し暑かったり、冷えたりと、こんな変化にわたしの心臓はビビる。

 今朝も心臓がドクドク打って目覚め、変な打ちかたをしたり、フラついたり、胸苦しかったり……。

 仕事といえば、家事しかしないわたしだが、その家事、殊に大好きなはずの料理がつらかった。立ち続けての作業がつらい。

 若い頃、デパートの出張所でしたような立ち仕事は、とてもじゃないけど、できないだろう。ほんの数時間の家事で音を上げるのだもの。その点、頭は疲れるけれど、座ってやれる創作は楽だと思う。動くと、何しろ疲れる。

 少し膀胱炎気味でもあった。意識して水を飲むようにすれば、よくなり、気を抜くと、すぐにまたなる。

 ニトロが効いて、胸から腹部まで気持ちがいい。胸苦しさが嘘のよう。

 このところ調子が悪かったということは、旅行中は大丈夫ということだろう。体調には波があるから。

 初日に泊まる旅館から、中原中也記念館が近いみたいだ。中也か。昔、愛誦しすぎて嫌になったが(歌謡曲みたいなところがあるから)、旅行までに数篇、書き写してみたい。出発は、木曜日のお昼過ぎ。

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2009年9月21日 (月)

シリン・ネザマフィ『白い紙/サラム』(第141回芥川賞候補作)をざっと読んで

 一昨日、ジュンク堂に行ったときに、イラン人女性が日本語で書いたというので話題になったシリン・ネザマフィ『白い紙/サラム』(文藝春秋)が目に入ったので、立ち読みした。

 『白い紙』は第108回文學界新人賞を受賞。2009年7月、第141回芥川賞候補となっている。

 立ち読みした程度なので、これは自分のためにメモしておくにすぎない雑感。

 イラン人女性が書いたという先入観から、作品にエキゾチックな視点を想像していたわたしは、最近の文芸雑誌でよく見かけるような女性作家の作品と見分けがつかなかった。これはよほど編集者の手が入っているか、糞真面目に最近のわが国の文芸雑誌を勉強しすぎたかのどちらかだろう、と思ってしまった。

 イラン・イラク戦争下の市井を舞台に、若い男女の恋愛と別れを淡々と描いたスケッチ風の作品で、美しく仕上げられた作文という感じ。そこに描かれている以上のものは何もないだろう、と思わされる。

 あくまで素直に書かれていて、一般人(一般企業に勤めるシステムエンジニアだそうだ)が仕事の片手間に書いた習作といった印象。

 イラン人女性が日本語で書いたと思えば、凄いなあ、わが国の読者にも違和感のない作品が書けて――と感心するが、では逆に、これが彼女の母国語で書かれて邦訳されたら、と考えてみると、そんな手間をかけるにはいささか頼りない作品では、と感じられてしまう。オルハン・パムクと比べるわけではないが。

 イラン人女性といえば、夏頃に、『子供の情景』という映画を見た。監督ハナ・マフマルバフは、イランの映画一家に育った女性で、映画制作当時は19歳だったという。

 アフガニスタン中部のバーミヤン――タリバンによる大仏破壊が行われた周辺――を舞台とし、バクタイという6歳の女の子の視点で長い長い昼間を描き尽くしたスケッチ風の作品だった。

 描写力はすばらしかったものの、制作者側の教養、思索力といった点で不足を感じさせる作品で、中途半端な印象を受けたのだが、それも監督の年齢の若さを思えば納得できた。しかしシリン・ネザマフィは『白い紙』を書いたとき、そんなに若くはなかった。成熟、研鑽された視点を感じさせてもいいと思うのだ。水面下に、もう少し重厚なものがほしい。

 何語で何人によって書かれようと、文学的に評価できるかどうかは、内容があるかどうかにかかっているのだから。 

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2009年9月20日 (日)

最近の夕飯から

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 エンダイブは初めてでした。ネット検索してみると、苦味のある癖のある野菜だとあり、よく水につけておいて、レモン汁などを振りかけると美味しく食べられるということでした。

 そこで、ドレッシングにレモン汁を用いた【味の素KKレシピ】大百科『エンダイブのカリカリベーコンサラダ』 〔⇒こちら〕を参考にさせていただきました。

 この日のメインはハンバーグだったのですが、エンダイブのほのかな苦味が爽やかに感じられました。ボリュームのある肉料理なんかと合うのではないかしら。

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 同じ日にした、さつまいものミルクスープ。鍋に、水2カップ、固形スープ1個、輪切りにしたさつまいも大1本を入れ、さつまいもが柔らかくなるまで煮ます。柔らかくなったら裏ごしして、牛乳2カップを加えます。塩ひとつまみ入れて、味を調え、器に注いでシナモンを振ります。 

 シナモンがよく合いますよ。

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デアゴスティーニのDVDオペラコレクション

デアゴスティーニのDVD<br />
 オペラコレクション

 娘が買ってきた、デアゴスティーニの隔週刊DVDオペラコレクションNo.2『椿姫』を今から夜更かしして観ます。1,990円で、家にいながらにしてオペラが楽しめるなんて!

 娘はNo.1『カルメン』も買ってきたので、既に観ました。これが何と演出は、フランコ・ゼッフィレッリですよ。しかも、創刊号は990円……。

 『カルメン』『椿姫』を生で鑑賞したときのことを思い出します。

 どちらも金返せ!とまではいいませんが(あの値段であれだけの舞台は、贅沢だったとは思いますが)、わたしの芸術的満足感に打ち震えたい心にとっては満足のいくものではありませんでした。

 特に演出に疑問が残ったのでしたが、さすがゼッフィレッリの演出はきちんとした中にも新鮮さを感じさせ、すばらしいと思いました。舞台に立つ出演者たちは、絵画の中で動いているかのようでした。

 カルメン役のオブラスツォワがもう少し若ければ、と思わないでもありませんでしたが、あの年齢といくらかふくよかであればこそ、あれだけの円熟味のある声が出せるのでしょうね。ホセも、エスカミーリョも聴かせてくれます。

 またカルロス・クライバーの気品のある指揮姿に、うっとりとなってしまいました。

 さて、これから鑑賞する『椿姫』はどうでしょうか。

 と、既に始まっているのですが、椿姫役のゲオルギューは若くて綺麗です。が、カルメン役をしたオブラスツォワに比べると、声量のなさは歴然としています。全体にウィーン国立歌劇場の『カルメン』に比べれば、このコヴェント・ガーデン王立歌劇場の『椿姫』は迫力に欠けます。

 ……。

 ああっ、主役同士がかぶりつき合った! いや、接吻か……。技術と才能が足りないと、演出も偏らざるをえないのでしょうか? ちょっと我慢できないな、この『椿姫』。オペラを披露するって、大変なことなんだわ! でも、1,990円でこの文句は間違っていますよね。ごめんなさい。

 マリア・カラスの『椿姫』を聴き直して、寝ます。同じ硬質でも、カラスのあの声量……あれが恋しくなりました。

 一緒に鑑賞していた娘は、とうに爆睡状態。では、お休みなさい。よいシルバーウイークを!

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2009年9月17日 (木)

昨日の夕飯(服部幸應先生レシピ『しらす干し入りスクランブルエッグ』)

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 やや小ぶりのアジの干物が、石窯スチームオーブンレンジでですと、グリル設定で4枚一度に焼けます(夫に2枚)。焼きあがりも、とっても綺麗です。上・中・下段の使い分けに、ようやく熟達? してきました~。

 石窯ではトーストが難しいとあって、一緒に安いオーブントースターを買いましたが、これがまた昔に比べたら性能がよくなっていて、よく焼けます。厚揚げ、椎茸などは、もっぱらこれで焼いています。

 ところで、定休日前日のデパ地下の食品売り場には、ぜひとも行かなくてはなりません。びっくりするくらいに安かったり、おまけがついたりするので。アジ4枚で500円でしたが、サンマの丸干しを2尾おまけして貰いました。サンマの干物は初めてです。冷凍室にいます。

 釜揚げちりめん(しらす干し)も半額になっていました。野菜売り場がまた嬉しい。値下げになっている上に、売り場にいるおじさんに半額のシールを貼って貰えるのです。

 一度食べてみたいと思っていたエンダイブ、サツマイモのミルクスープによさそうな大きなサツマイモ……もうあれもれこれも、半額シールをぺたぺた貼って貰って、安く買いました。果物も安いので買いたかったのですが、今回は野菜売り場で力尽きました。

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 その釜揚げちりめんを使って作った、服部先生レシピ『しらす干し入りスクランブルエッグ』。ピーマンは買わなかったので、代わりに白ねぎを入れました。ふんわりした卵に、優しい味わいのしらす干しはよく合います。あっという間にできて、お子様にもお年寄りにもよさそうなレシピ……おすすめです!

 「週刊 服部幸應のしあわせクッキング60号」(デアゴスティーニ・ジャパン)からレシピをご紹介します。

[材料・4人分]
しらす干し50g,卵5個,ピーマン1個.塩,こしょう,バター.

[作り方]

  1. 卵はよく割りほぐし、塩とこしょう各少々で調味する。ピーマンは5㎜幅で2㎝長さの細切りにする。
  2. フライパンを熱してバター大さじ2を溶かし、ピーマンを軽く炒める。強火にして溶き卵を流し入れ、大きく混ぜて半熟状にする。
  3. フライパンを火からはずし、しらす干しを加えて手早く混ぜ、器に盛る。

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 冷凍していたベーコンをカリカリに炒め、ごぼうの細切り、きゅうりを加えて、サラダにしました。参考にしたドレッシングも服部先生のレシピで、マヨネーズ1/4カップ、白みそ大さじ1、白練りごま大さじ1。癖になりそうな美味しさでした。 

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2009年9月16日 (水)

15日に、呼吸器クリニック受診

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 酸素飽和度=96,脈拍数=76,血圧=120-80.

 聴診器では胸がゼイゼイいっていたようですが、喘鳴は自分ではわかりませんでした。酸素も96と、いつもと同じ。他の数値も良好でした。

 必要なときには、すぐにフルタイドを増やすように、と先生。風邪の兆候があったときも、フルタイドを……。

 先生によると、新型インフルエンザは急に悪化するなどといわれているが、普通のインフルと同じと考えてよいそうで、ただ勿論細心の注意は必要とのこと。

 10月までに爆発的な広がりがなく、ワクチンが間に合えばいいが、そうでない場合は大流行の可能性があるとの先生の予測。

 政権が民主に替わったので、今後ワクチン接種の順番などの指示が下るだろうが、受けられるようになれば、すぐに受けたほうがよいとのこと。

 ちなみに新型が席巻している今の状態では、他のインフルにかかる心配はあまりないと思うが、新型が下火になれば、他のインフルが出てくるだろうとのことです。

 また、これは看護師さんから伺ったことですが、新型インフルを疑った場合も、このクリニックを、マスクをして普通に受診してよいそうです。

 フルタイド嫌いのわたしですが、しばらくフルタイドを増やして使用したいと思っています。旅行もあることですし。

 胃腸関係の薬は、お腹がしくしく痛くなるので、飲みたくないというと、
「そうですね。それでは、食事に消化のよいものをとるなどして気をつけてください」といって、消化のよい食べ物を教えてくださいました。

 ところで、わたしには漢方専門医を受診する計画があったはずですが、どうなったのかしら……我ながら意志薄弱。踏ん切りがつかないのです。

 写真は薬局でいただいたエコバッグ。薬袋についているウサちゃんが、バッグにも。コンパクトにでき、便利です。

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アフタヌーンティーで

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 昨日、アフヌーンティーで。撮影は娘。

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2009年9月15日 (火)

昨日の夕飯

昨日の夕飯

 服部先生のレシピ『豚肉のしょうが焼き ごまソースかけ』は、お肉と野菜が沢山食べられます。ごまソースが贅沢な風味を醸しますよ~。

 レシピは既にご紹介済みです。⇒こちら

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一昨日の夕飯

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 イカが旬ですね。いつもより100円安い!

 《いかバター》で検索すると、すぐに出てくるケンタロウさんの記事を参考にして、作っています。「うーんイカが柔らかで甘い」「バターの香りがたまらないねえ」と、家族も絶賛した夕飯でした。

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2009年9月14日 (月)

タイトル未定短編小説のために #8

 自分なりにユイスマンスを料理しないことには、タイトル未定短編小説が満足には仕上がらないことがはっきりしたので、図書館から借りてきたのだが、気が重い〔カテゴリーにNotes:ユイスマンス(Joris-Karl Huysmans) を追加〕。

 ユイスマンスに深く関らずに、死者と生者の見えざる対決を舞台劇風なタッチで仕上げられると思っていた。描写に徹すれば、死者のユイスマンス観が自ずと出るのではないかと。事情がわからないながらも何かを察知している生者は手探りで、死者の行動の謎を追究していく。

 だが、それではユイスマンスの紹介者によくあるような愚をわたしも冒すことになりかねないと気づいた。死者にも生者にも与しすぎない書きかたをするには、わたしは死者が拘った(という設定の)ユイスマンスについて、もう少し知っておかなくてはならないと思ったのだった。

 実は、わたしはユイスマンスをよく知りもしないうちから、彼を好ましく思っていなかった。

 というのも、ユイスマンスが書いたことを鵜呑みにして解説したり、紹介したりしている文章をこれまでに目にしてきたからだった。以下は『腐爛の華』(田辺貞之助訳、国書刊行会、1948年)の訳者後記からの引用であるが、ユイスマンスの信奉者は少なくないらしく、この類の文章をしばしば見る。

 この意味で、『彼方』(1891)の世界も一種の潮解現象である。この作は中世のヴァンデ地方の藩侯ジル・ド・レの一代記を軸として、その高度な文化的奢侈、錬金術への激しい執念、賢者の石を魔王から授かるための罪悪、そして最後に宗教裁判へと進展する。この研究の途中、主人公デュルタルは呪詛による殺人の秘訣、魔王礼賛の黒ミサ、淫夢女精と男性夢魔、鳥占および鐘楽など、いうところのオキュルティスムの世界に並々ならぬ関心を示す。善と悪、美と醜、貞潔と淫欲、洗練と野卑などがひとつに融け、渾然一体となして、彼我の区別さえつきかねる混沌の世界、それが彼方である。彼の持前の幻想趣味は十分にみたされた。〔略〕

 ユイスマンスの改宗は「鬼が急に泣き出したように」一世を驚倒させ、種々の論議を巻き起こした。〔略〕

 彼自身晩年舌癌にかかって、長い無言の忍苦の末、ベネディクト会修道士の服を着て神のもとに旅立った。彼はこうして現代の邪悪と卑猥とにけがれきった魂も神に帰一できることを、身をもって立証したのであった。

 引用を省略しすぎたかもしれないが、とにかくユイスマンスに与したこの書きかたを鵜呑みにすると、錬金術とは賢者の石を魔王から授かるための術ということになる。錬金術も賢者の石も、そのレベルのものということになるわけだ。

 そんな幼稚な戯画的記述には唖然となるほかないが、あたかも錬金術がそんなもので、ユイスマンスは、そこから脱出した英雄のような描かれかたではないか。

 一方わたしはブラヴァツキーの著作を通じて、錬金術がそんな荒唐無稽な馬鹿げた代物ではないだろうと感じている。彼女の著作には、錬金術と関係の深いパラケルスス、ヤコブ・ベーメ、またバラ十字やフリーメーソンなどがよく出てくるからだ。以下に『アイシス・アンヴェールドIsis Unveiled』(田中恵美子訳)から抜粋した文章は、その一例である。

 古くはヘルメスの時代まで、銀と緑は互いに連想され合った。ルナ(月の女神)とアスターテ(ヘルメス学派の銀)は、薔薇十字達の二つの主な象徴のうちの一つである。「色の栄光と、その多様性の原因は、自然の様々な親和関係の深みにあり、色と音との間には、特殊な神秘的協調がある」というのがヘルメス学派の原理である。カバラ学者達は、自分達のいう「中央の性質」を月と直接に関連させる。そして緑色の光線は他の光線の間の中央点を占め、スペクトラムの中央に置かれる。エジプト人はセラピスに捧げる賛歌として七つの母音を唱え、出ている陽の第七番目の光線が照らすと、ノムノンの巨像は反応してそれに触れた。最近の発見ではプリズムのスペクトラムの第七番目の光線である青紫色の光の不思議な特性を証明した。これは最も化学力のあるもので、音階の一番高い音に照応する。「全宇宙は楽器である」という薔薇十字の説は、ピタゴラス派のいう「天体の音楽」の教義と同じである。音と色は皆、霊的な数である。七つのプリズムの色の光線は点の一点から発するように、自然の七つの色はそれぞれ、一つの数で統一される。即ち、中央の霊的太陽の放射物なのである。「霊的な数を理解して、その影響を知覚した人は幸せかな!」とプラトンはいう。そして諸力の相互関係の謎道を辿る時、それらを目に見えぬ太陽まで辿ることを無視しない人は幸せかな、と私達はつけ加えよう。

 神秘主義といえば、まぎらわしいが(ブラヴァツキーはよくオカルト科学Occult Scienceという用語を使うが、これまた現代では誤解を招きそうな言葉だ)、神秘主義の本質が――神秘主義者によってそういわれるように――科学であるならば、知識の共有は当然のことだろう。高等数学の著作の書き手が違っていても、似た内容が表現されるのと同じだ。そして、神秘主義の文献はわたしには高度な感じを与え、難解であることが多い。

 だから、魔王から云々などというのは、そんな高度な知識をまるで必要としない、むしろあってはできない――これはわたしの類推にすぎないが――降霊術の類だったのではないだろうか。いや、しかしブラヴァツキーは『神智学の鍵The key to Theosophy』(神智学協会ニッポンロッジ、平成7年改版)で、黒魔術を次のように解説する。


 黒魔術とは本当はどんなものですか?


 サイキック能力の悪用及び自然の秘密についての知識の悪用ということです。つまり、オカルティズムの力を利己的で罪深い目的に適用するということです。

 訳者が、神秘主義にも造詣が深ければ、中立的な立場から錬金術のために一言書き添えることもできたのではないだろうか――とわが国の知識人(に限らないのかもしれないが)の不親切といおうか不勉強といおうか、そうした偏った解説に情けない思いがする。

 また、『彼方』(田辺貞之助訳、創元推理文庫、1975年)で訳者は、ユイスマンスの終焉を次のように讃えている。

ユイスマンスは舌癌の苦しみをながく敢然とたえしのんで、聖女リドヴィナのように、聖者の死をとげた。

 では、そのユイスマンスの死ぬときの様子を『ユイスマンス伝』(岡谷公二訳、学習研究社、1996年)から拾ってみよう。

カルダンが主人について語っているユク夫人宛の最後の手紙は、臨終が長引き、辛いものになるのではないか、と彼女を心配させた。「腫れが声門へ向かっています。そうなればひどい喘鳴が起きるでしょう」。しかし幸いユイスマンスは、この最後の責め苦からは免れ、五月十二日の日曜の晩、デカーヴが「指に煙草を挟み、優しげな疲れたような様子をした」彼を残して帰ったあと、息絶えた。

 このあと、ユイスマンスはキリスト者として普通に弔われている。癌治療が進んでいなかった昔のことだから、闘病生活は過酷を極めるものであったようだが、至って平凡な死といってよいものではないだろうか。

 といっても、まだわたしは著作の全体像を捉えるために拾い読みをした程度だから、ここに書いたことは仮定としておきたい。

 もう一つの仮定、というより、拾い読みの最中に浮かんだ連想に、ゴッホがあった。

 高いものに到達しようとして執拗に色を塗り重ねたゴッホの姿がどこか、彫り物をするように執拗に言葉を重ねて腐爛の聖女や教会建築を描写するユイスマンスの姿にオーバーラップするのだった。

 色を重ねれば重ねるほど、言葉を重ねれば重ねるほど、届かない思い。ゴッホの重ねられた一筆一筆の色が、ユイスマンスの重ねられた一つ一つの言葉が、地上から天を目指してかけられた梯子の段々のように想えてくる。ゴッホはオランダ生まれの画家、ユイスマンスはフランドルの画家の家に生まれた。

 そして、ユイスマンスがどう讃えられようが、キリスト者ではない自称神秘主義者であり、また一主婦にすぎないわたしには、死の間際まで聖体拝領に拘り続けた彼の死はあがきを感じさせる人間らしい死と映る。

 その感じかたが、今後の読書でどう変化していくのか……緊張しながらの読書となりそうだ。

 旅行まではユイスマンスに関する読書を続け、旅行後は児童文学作品に取り組むことになるだろうから、タイトル未定短編小説の完成がいつになるのか、今の時点では見当もつかない。

 が、ストーリーは既に出来上がっている。あとは独自のユイスマンス観を育むなどして内容を深め、洗練させていくだけだから(それが難問だが)、時間はかかっても必ず完成に漕ぎつけられると確信している。

当ブログにおける参考記事:卑弥呼をめぐる私的考察〔道教の錬金術的側面を若干ながら紹介しています。〕  

 以下に、ご参考までに前掲の『神智学の鍵』から、錬金術についての用語解説を抜粋しておきます。

錬金術(Alchemy)
 アラビア語でal-kemiyaというが、名称が示唆するように、これは自然界の化学である。 だが、実際には、ギリシア語で植物から抽出された「液」という意味の「クモース」から派生したギリシア語の「ケメーア」から来た言葉で、アラビア語化したものである。アルケミーは自然の精妙な諸力と、それらのエネルギーが働いている物質の様々な状態とを扱う。イニシエーションを受けていない利己的な世間の人々が手に入れても危険のない程度に大神秘を伝えようとしてアルケミストは、多少人工的な言葉で地水火風という四大元素の基本となる等質の質料の中には、ある種の普遍的溶液が存在することをアルケミーの第一原理として仮定する。この等質の質料をアルケミストは純金、即ち最高の物質(マテリア)と言う。普遍的溶媒とも言われるこの溶剤には、人体からあらゆる病気の種を取り除き、若さを取り戻し、長寿にする力がある。これが哲人の石である。錬金術は8世紀にアラビアの聖者であり哲学者であるジーベルによって、はじめてヨーロッパに浸透した。だが、錬金術中国やエジプトではそのずっと以前に知られており、行われていた。錬金術についての無数のパピルスの写本や、王や僧侶のお気に入りの学問であったという他の証拠書類が発掘され、ヘルメス文書という包括的な名称で保存されている(『エメラルド・タブレット』を参照)。アルケミーを学ぶには三つの異なる面、即ち宇宙的面、人間的面、俗世的面があるが、それにはいろいろな解釈が可能である。
 この三つの面は、硫黄、水銀、塩という三つの錬金術的特性によって代表されていた。著者によっては、その三つには各々3、7、10、12のプロセスがあるなどと言うが、アルケミーはただ一つの目的があるという点で、著者達は一致している。それは卑金属を貴金属に変質させることである。しかし、その純金とは実際は何かということについて正しく理解している人は非常に少ない。同じプロセスが大地の奥深くで起こっていることが論理的にわかっているから、大自然では、卑金属が貴金属に変質することが確かにある。だが、これはアルケミーの一つの面にすぎなく、つまり、俗世での純粋に物質的面である。錬金術にはこの解釈の他に、純粋に心理的で霊的な象徴的意味がある。カバリストの錬金術師は、物質的錬金術の実現を追求する。一方、オカルティストの錬金術師は、地に属する金を軽蔑して、低級四つ組を人間の神聖な高級三つ組に変質させるあらゆる注意を向け、努力を尽くす。低級四つ組と高級三つ組がついに融合すると両者は一つとなる。人間存在の霊的、知的、サイキック的、肉体階層は、アルケミーでは火、風、水、地の四つの元素にたとえられ、この「四大」はそれぞれ、不動的、変動的、活動的という三つの面を表すことができる。哲学のこの古い部門の起源について、世界はほとんど知らない。だが確実なことは、その起源は現在知られているどの黄道帯の12宮図が作られた時よりも古く、また人格化された自然力を扱うものとして、おそらく世界のどの神話よりも古い。また、物質界での変質の本当の秘密は太古の時代には知られていたが、いわゆる歴史時代のあけぼの以前に失われてしまったことは疑いない。現代化学はその最大の基本的発見を錬金術に負っている。しかし、宇宙にはただ一つの元素しかないという錬金術の否定し難い公理にもかかわらず、化学は金属類を元素の類に入れてしまい、今やっとその大間違いを知り始めている。アルケミー的な変質に関るほとんどのことがまやかしで妄想であると仮定しても、ある百科全書編集者達は次のように認めざるを得ないのである。
「あるものは証明に裏づけられ、その真実性には可能性がある。電池を使ってアルカリ元素にさえも金属的成分があることが発見された。従って、一つの金属を他の金属に変質させる可能性……は未決定のままにしておくしかない。また、すべての錬金術師がペテン師であると考えるべきではない。多くの錬金術師達は目的を達成するという確信のもとに、不屈の忍耐と清い心で働いたが、その態度は彼等の仕事が成功するための最も重要な必要条件として強く勧められているのである」(『ポピュラー・エンサイクロペディア』より)。

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連載中の記事『意外なカード』の遅れに関するお侘び

 連載になってしまった『意外なカード』が④で止まっていて、申し訳ありません。忘れているわけではありませんので――創作に気をとられていますが――、もう少しお待ちくださいね。

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2009年9月13日 (日)

杖を買いました

杖を買いました

 両膝と両股関節のトラブルがいつも起きるわけではありませんが、起きるとつらいので、下旬の旅行に備えて杖を購入しました。

 娘は、わたしが夫と杖を買う話をしていたときにショックを隠しきれないという様子を見せましたが、フォローしてくれる器具としてメガネなんかと同じに考えてくれたらいいと思います。

 わたしが急におばあさんになるみたいで嫌なんでしょうが、仕方ありませんね。

 トルコ石のついたバルザックのステッキは有名です。チェーホフも、ステッキをついた写真を残しています。だからどう、というわけではありませんが、何となく慰められるものがありまして。でも、ステッキついた女性作家の写真は知らないなあ。

 バルザックが51歳で、チェーホフが44歳で亡くなったことを思うと、早死にだったことに驚かされます。あれだけの作品を残したゆえの過労死ともいえるでしょう。

 バルザックの死んだ歳とついに同じになってしまったわたしは、これから老年期にかけて芽を出し花を咲かさねばなりませんので、杖でも何でもついて頑張りますわ。

 夫は、旅行に持っていくのなら折り畳めるものがいいだろうといって、写真のようなものを買ってきてくれました。

 なかなか、よくできていますよ。5段階の調節が可能です。使い心地を含めて、詳細はまたそのうちリポートします。

 使わずに済めば一番いいのですが、これなら折り畳み傘(より、ややかさばる)感覚で携帯できそう。

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トマトの花

トマトの花

 プランターで元気に育っているミニトマトの花です。可愛らしい黄色の花。

 カーリーパセリも元気に育っています。パセリの鉢の近くに茄子のプランターがあるのですが、茄子の大きな葉っぱ達が、直射日光からパセリを守ってくれています。

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昨日の夕飯(服部幸應先生レシピ『五目炊き込みご飯』)

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 昨日の夕飯は、 服部幸應先生レシピ『五目炊き込みご飯』『ひよこ豆と銀だらの煮込み』と冷やっこ(風に吹かれて豆腐屋ジョニー)でした。

 秋の味覚『五目炊き込みご飯』を、「週刊 服部幸應のしあわせクッキング34号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。

[材料・4人分]
米3カップ,鶏もも肉1/2枚,生しいたけ3個,しめじ・えのきだけ各1/2パック,ごぼう1/3本,にんじん1/4本,こんにゃく1/3枚,油揚げ1枚,三つ葉5g,A《だし3カップ,酒大さじ,しょうゆ大さじ4,塩小さじ1/2,砂糖大さじ2.

[作り方]

  1. しいたけは石づきをとって薄切りにし、しめじは根もとを切り落としてほぐす。えのきだけは根もとを落とし、長さを半分に切る。
  2. ごぼうはささがきにして水にさらし、アクをとる。にんじんはせん切りにする。
  3. こんにゃくは厚みを半分にして縦半分に切り、小口から薄切りにして、下ゆでする。油揚げは縦半分に切り、小口から1cm幅に切る。
  4. 鶏肉は一口大に切り、包丁の刃で軽くたたく。熱湯でさっとゆで、冷水にとって水けをきる。
  5. 炊飯器の内釜にAを入れて混ぜ、米と①~④の材料すべてを入れ、炊き上げる。炊き上がったら蒸らし、器に盛って2cm長さに切った三つ葉をのせる。

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 『ひよこ豆と銀だらの煮込み』は贅沢な味わいで、家族に好評です。レシピは既にご紹介済みです(こちら)。

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くろうさぎ氏の絵…

 プロの絵みたいに見えます。専門的なことはわからないけれど、線がしっかりしていて……くろうさぎ氏以外には描けない絵ですね。

 絵だけを一度に見られるカテゴリーを作ってほしいです。

 

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2009年9月12日 (土)

タイトル未定短編小説のために #7

 ユイスマンスの伝記を読むと、彼がちょっと可哀想になる。ユイスマンスは、かなりの被害妄想ではあるまいか。うちの父みたい。

 真相はどうであれ、悪魔の攻撃を受け続けているという心理状態は病的だ。相手はそれをあっさり否定したり、平穏に社会生活を営んでいたりする。カトリックを信仰して、エスカレートしたみたいだ。

 神秘主義に興味を持てば黒魔術に走り(勿論それは神秘主義の名に値しない知識の誤用だ)、カトリシズムに行けばいよいよ悪魔がうようよして見えるとは、救いようのない男だ。

 といっても、まだ伝記を軽く拾い読みしただけで、わたしは間違ったことを書いているのかもしれない。読了後に、きちんとしたユイスマンス小論を書きたい。

 それにしても、カトリシズムは、科学が進むにつれ、西洋の価値観が相対化するにつれ、どんどん古びていくのを否めない(異教徒が大勢を占める日本にいるから、そう思えるだけかもしれないが)。それに比べて、プラトンの真新しさはどうだろう。わたしが神秘主義者だから、そう感じるのだろうか。

 どうしてそう感じるのかを分析する必要がある。新旧といった感覚及び価値観は、ある時期にそっくり入れ替わるものだから。

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発作の季節に突入

発作の季節に突入&ユイスマンスに関し

 昨夜2回軽い胸痛と頭痛が起きたが、放っておいたら、1:30頃、やや強い胸痛。←ニトロ舌下。

 いよいよ狭心症の発作・関節痛の季節の到来か?

 秋刀魚や梨が並び出したと喜んでいたら、その秋に便乗して痛みのお魚がやってきたり、発作の実が落ちてきたりするわけだ。食えないやつばっか……。

 めげずにユイスマンスを読破するぞ、旅行までに。杖だって、タロットカードの隠者みたいだと思えば、素敵に見えるさ。

 そういえば昼間、古い日記の中からある記録を探していたら、それは見つからずじまいだったけれど、まだ福岡県に住んでいて社会保険病院に通っていた頃の日記に「Dr.Kから、また胸がゼイゼイいっているといわれた」という記述があってびっくり! そんな昔から喘息があったんだっけ? しかも喘鳴だって? どうして、そんな病歴を忘却できたのか、わからない。他にも、同様の記述があった。

 若い頃は本当に健康に無頓着なお馬鹿で、体調の悪さに憤慨してそのことを書きつけたりはしても、健康管理のための記録や記憶が必要だとの自覚がなかったのだ。

 そういえば、『日記から拾った過去の健康の記録』が②で止まっていた。やはり過去の記録は拾い出しておいたほうがよさそう。

 健康管理に無頓着すぎたから、今では病気のアパートみたいになってしまったのだ。自業自得だ。 

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2009年9月11日 (金)

股関節が…

 買い物の帰り、忘れていた股関節の鈍い痛みが起きました。両脚が出しにくいこと!

 一昨日は、両膝がシクシク痛みました。

 時間帯によっては結構冷えるようになったのが、原因でしょう。夏の間はトラブル知らずでしたから。

 両膝は過形成のために、形が変わってしまいました。でも、ロッキングの原因は膝の中にあるようで……検査の結果、半月板損傷ではありませんでしたが、捻れたりしてそうなることがあるそうです。

 甚だしく困る場合は手術もできるそうですが、受けずに済まされればと思いますし、 過形成のほうが、この先どうなるのかと思うと、もっと気になるところ。ミニが履けなくなったら、どうしよう(嘘です、履きません)。早く原因を見つけて、何とかしてほしいです。

 下旬の旅行では精力的に歩き回りたいと思っているのですが、うーん困ったな……何か対策を考えなければと思います。

 といったって、杖くらいしか思いつきません。サポーターは鬱血するからおススメじゃない、と先生がおっしゃったし、股関節のことを考えても……。でも、まだ杖なんて。

 前回迷ったときは、迷っているうちに夏になって、調子がよくなったからよかったのですが、今回はそうはいきませんね。

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2009年9月10日 (木)

タイトル未定短編小説のために #6

タイトル未定短編小説のために#<br />
 6

 夫に「図書館にお使いに行ってくれたら、夕飯はめんたいスパしてあげてもいい」というと、快く行ってくれた。

 最近になってめんたいスパを試みて以来、夫も娘もめんたいスパに目がない。

 お使いに出た夫は、『さかしま』の代わりに『彼方』を借りてきてしまった。「初めてのお使いですから」などと、反省の色が見えないが、お使いに行ってくれてありがたかった。自分で外出すると、寝込んで1日は潰れるので。

 全部ユイスマンス。短編小説の資料だが、むしろ児童文学作品『不思議な接着剤』のために役立つかもしれない。

 ユイスマンスは19世紀の人であるが(1848-1907)、著作には中世の臭いが混じっているから。

 『腐爛の華スヒーダムの聖女リドヴィナ』(国書刊行会)では、『ルルドの群集』などでもそうだが、肉体の腐敗の様が彫り物をするような克明な描かれかたで(父親は石版画及び細密画の画家だったそうだ)、趣味的というのか執念というのか、肉体をとことん問い詰めざるをえないタイプの宗教者の特異さを感じさせる。

 あんな聖女が誕生したのは、肉体を腐敗させる伝染病が流行っていたことと無関係とは思えない。

 腐乱を極めた死後に肉体が超常的に修復され、芳香まで放つとなれば、これ以上の希望はないかもしれない(肉体組織の信仰による錬金術的変性、とでもいいたくなる現象だ)。いや、これ以上の絶望はないともいえる。あの信仰で貫かれた腐乱死が、お手本となる死にかたとは。

 魔女裁判を怖れながらも、持てる知識を振り絞って伝染病から人々を救おうとした1人の錬金術師のいるほうが、あんな腐爛の華が1,000人いるより、よほど有意義で希望が持てる気がするが、所詮は異教徒の考えかただろう。

 それにしても、『大恐竜展』での恐竜の骨には感動した。あの大きさ、あのゆるやかなカーブ。洞窟に捕らわれていたのは、錬金術師の娘だけではなく、恐竜もそうだったに違いない。ドラゴンと間違えられて。

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息子の論文完成

 昨夜息子が嬉しそうに電話をかけてきて、教授から論文完成とのメールがあったといった。

 息子の論文を担当教官が完成させ、他の研究者のチェックなどを経て、雑誌に掲載されるという流れらしい。

 Journal of Chemical Physicsという雑誌に掲載されるのではないかという。

 科学雑誌のことはわからないが、誰でも知っているほどに権威のあるNature、Scienceなどからすれば、水があくが、化学物理学の分野ではよく知られている雑誌だそうだ。たぶん、と息子はいったから別の雑誌ということも考えられるのだろう。

 今月下旬の旅行中か、その前後に大学に寄り、教授に会いたいと息子は思っているようだ。3泊4日のうち1日は行動を共にできないかもしれないが、息子のそうした方面のことは心から応援しているので、むしろ嬉しいくらいだ。

 旅行から帰った翌日は、会社の用事があるという。例の息子が入るはずだった潰れた部署の残党? の人たちがセミナーを開くので、それに行くのだそうだ。

 わたしも今回の旅行は、児童文学作品『不思議な接着剤』の取材が主たる目的。娘は萩の街の散策を楽しみにしている。夫はわたしたちの旅行中に休日が挟まるので、友人宅に泊まりに行くそうだ。実家にも寄るという。

 夫の実家では、麻布を出た新米獣医の甥が舅姑と一緒に暮している。その家から近所の大きな動物病院へ通勤しているのだが、給料は安く、仕事は大変だそうだ。が、甥が老いた舅姑の側にいると思うと、こちらも安心できる。

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昨日の夕飯(服部幸應先生レシピ『ぶりの柚庵焼き』)

P8260024_220090909235744_6 ゆずの香りが素敵なぶりの柚庵焼きを「週刊 服部幸應のしあわせクッキング 50号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)から、ご紹介します。

[作り方・4人分]

  1. ぶりの切り身4切れは、それぞれ2~3枚に切る。ゆず1/3個は薄い輪切りにする。
  2. れんこん1節は皮をむいて半月に切る。酢1と1/2カップ、砂糖大さじ8、塩小さじ2を合わせて一度沸騰させた汁に、れんこんを30~40分ほど漬ける。
  3. ボールにしょうゆ、酒、みりん各1/2カップを合わせ、ゆずとぶりを入れて30分ほど漬け込む。
  4. ③のぶりの汁気をふき、魚焼きグリルで焼く。器に盛り、②の甘酢漬けのれんこんを添える。

 れんこんがもう少し安くなったら、またぶりの柚庵焼きを作り、れんこんの甘酢漬けも作りたいと思います。

P8250017_3  一昨日作ったごま豆腐丼は、簡単で栄養たっぷり……おすすめです。レシピはこちら

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2009年9月 9日 (水)

7日に循環器クリニック受診

 血圧、脈拍は異常なし。体重は前回受診時より2.5kg減っていた。「痩せましたね。ごはん、食べられない?」と看護師さん。食欲がなくなったわけではないので、どう答えていいか戸惑う。

 家族がいるときは一緒に食べるが、そうでない日は1日1食で定着している。そのこと自体には自分では問題を感じない。体が軽くなって、むしろ快適。これが働きに出ているとか、育児や介護の最中であったとしたら問題が出てくるかもしれないが、現在は省エネでやっていける状況下にある。

 ただ、なぜ1日1食で定着したかの理由については先生に聞いていただきたいと思っていた。

 この日は家族が休みで、夫がDVDを借りに行ったついでにマックから電話してきたので、わたしもポテトとコーラを頼み、食べたあとでクリニックに出かけた。

 食べていなかったら、前回より3kg減となっていたはずだった。妙に体重が増えていた時期からすると(肥っていたのか浮腫んでいたのか自分でもよくわからないが、足がむくんで靴を履くのに苦労したり、まぶたがよく腫れていたりした時期)、5kg.近く減った。小柄で、おなかが出たとはいえ、肥っているといわれたことはない元々の体型からすれば、この体重の増減は私的にはいささか不気味だ。

 それに、パンツがブカブカになり、バンドをしなければ落ちてくるほどになったのに、相変わらずおなかがパンパンになることがあり、そうなると、本当に奇妙な体型になる。パンツの買い替えにも迷う。そのパンパンになるときというのは、決まって左上腹部が痛くなる。圧迫痛という感じで、我慢できないような痛みではないけれど、長時間続く。触ると、横に細長い形に腫れているように思える。

 でも、中年太りに悩んでいらっしゃるらしい循環器クリニックの先生は、わたしが元気そうなので、医師としての懸念より、痩せるコツを知りたいという好奇心のほうが前面に出ていらした。

 なぜ痩せたのかわかるかと訊かれ、わたしはいった。「食事の回数を減らしたんです」

 痩せた原因もわかったとなると、先生の懸念はこの時点でほぼ解消されたといったムード。3食とるとおなかがパンパンになって苦しくなり、夕飯だけだと、そうなってもあとは寝るだけだし、寝ているうちに治っているので、1食に定着したとお話しした。

 そして、パンパンになったときに腫れていると感じる場所を指すと、「そこは肋骨だからね」と先生。「そのすぐ下です」というと、腸しかないから問題ないと思う、と先生は以前の言葉を繰り返された。「内科でもガスだろう、といわれました」とわたし。

 レッドクロスの内科では、わたしが示した場所にある臓器は脾臓といわれた。いずれにしても、そのときは、肝嚢胞を調べるために造影CTを撮ったあとの受診で、肝臓に沢山と左腎に(新たに?)2個嚢胞があることが確認されただけで、他の異常はなかった。U先生はガスだろう、とおっしゃったのだった。

 わたしがレッドクロスの内科とはいわず、内科で――とだけいうと、「内科って、Mくんのところ?」と循環器クリニックの先生。Mくんのところというのは、呼吸器クリニックのことで、先生のお友達だ。この市へ引っ越してきたばかりのときに喘息の発作を起こして飛び込んだ呼吸器クリニックのM先生から、今かかっている循環器クリニックを紹介されたのだった。

 県立出身の先生とは他系列に属する病院を受診した話をすると、とたんに白けたような、心臓以外は知らないというムードになられることはわかっていたが、嘘はいいたくなかった。それに、わたしの体は一つなので、心臓に直結しないことであっても、体に関する新たな情報はカルテに書き込んで参考にしてほしいと思ってしまう。

 車を運転しなくなったわたしが県立を受診するにはバスを使っていかなくてはならず、五十肩になったとき、どの整形外科がいいのか見当がつかなかったので、自転車や徒歩でも行けるレッドクロスを受診したのだった。

 そのときは、まさかそこから脳神経外科、内科と回されるはめになるとは思わず、ましてや入院までするとは想像もしていなかった。わかっていれば、最初の時点で循環器クリニックの先生に紹介状を書いて貰っていただろう。とはいえ、患者がどこを受診しようと、それは患者の自由だという思いがわたしにはある。

 実は、これまでブログに書けなかったことがあるので、それを書いてしまいたい。

 昨年レッドクロスに入院したときのことだ。その時点ではいろいろなことが疑われていて、副甲状腺の手術を受ける可能性もあったため、入院前にわたしは循環器クリニックを受診し、そのことをお話しした。循環器クリニックの先生から、レッドクロスでの内科の主治医U先生に連絡をとり、わたしの症状と服用している薬について報告していただきたいという希望があったのだった。

 そのときに先生が「手術をするようなら、電話連絡するように」とおっしゃたので、入院後の経過のなかで頭蓋骨腫瘍生検術を受けることになったとき、電話でご報告した。だが、わたしが期待したようなことは何も起きなかった。一方、レッドクロスのU先生からは心臓に関する詳しい情報を求められたので、U先生から循環器クリニックの先生にコンタクトをとっていただけないかとお願いしたところ、すぐにとってくださった。

 驚いたことに、循環器クリニックの先生はそのとき、別の患者の情報を伝えられた。出身地も病名も全くの別人だった。わたしがそういうと、几帳面な内科のU先生はわけがわからないといった風だった。

 それ以上コンタクトをとっていただくことは無理だと思ったので、わたしは自分でこれまでの経緯をU先生にお話し、U先生はレッドクロス内の循環器科を受診するようにいわれた〔そのときの受診の模様はこちら〕。

 退院後に循環器クリニックを受診したときにわたしはその取り違えの件を話題にしたが、わたしの言葉が長崎弁に似ているから患者を間違ったといわれただけで、気まずいムードになり、先生から謝罪の言葉は出なかった。

 わたしの性格では、普通なら、その時点で循環器クリニックの先生とは縁が切れていただろう。だが、教科書的ではないわたしの心臓に関して、新しい先生にわかって貰うのは大変だ。今の先生のお蔭で、普段は苦しいこともなく、快適に暮していけているありがたみも身に沁みてわかっているので、そう簡単には縁は切れない。

 そうした意味では結婚と似ているが、違うところは縁を切って困るのはわたしだけで、先生にとっては面倒な患者の厄介払いができて、むしろありがたいだろうというところだ。

 過去――かかった医師によっては、頻脈のコントロールがうまくいかず、その結果、血圧が馬鹿高くなったり、心臓が腫れているといわれたり、風邪を始終ひくようになって肺炎になったり、肝機能が低下しているだの膵炎だの痛風かも……といわれたりと収拾がつかない事態になったこともあった。

 どんな人間にも欠点はあるだろうし、わたしのほうにも説明不足やムラのオキテ? がわかっていないところがあるようだから、心臓の治療以外のことでは期待せず、何とか循環器クリニックの先生との関係を続けていきたいと思ってきたのだった。

 一方、レッドクロスのU先生は、入院中の検査についての驚くほど詳しい報告を循環器クリニックに郵送されていた。退院後のいつだったか、循環器クリニックを受診したときにそのことを知ったのだった。こうした点では、内科のU先生は本当に信頼できる先生だと思う。

 ここ数年で、いろいろな先生に診ていただくようになった。腕のよさについては、どの先生がどうとは、素人のわたしにはあまりわからない。そして、どの先生にも個性やオキテ? があって、わたしにはまだそれらが呑み込めていない。ただ患者としてのわたしのほうにもオキテ? は存在し、先生がたを秤にかけながら、よりよき治療と体調の改善を求めている。

 話がすっかり横道に逸れた。心臓の調子は40日間、かなりよかったので、舌下錠の追加はなかった。服用する薬はいつもの通り。

インデラル錠10mg ⇒ 1日3回、毎食後、40日分
ヘルベッサーRカプセル100mg. ⇒ 1日2回、朝・夕食後、40日分
アイトロール錠20mg ⇒ 1日2回、朝・夕食後、40日分
シグマート錠5mg ⇒ 1日3回、毎食後、40日分

 ところで昨夜、夕飯後に片づけをしながら眠くてたまらず、薬を飲み忘れて眠ってしまった。すると、朝、ひどい頻脈になっていて驚いた。心臓がドクドクいい、軋むような痛みが胸全体にあり、ナンだか心臓が今にも壊れそうで、薬に手を伸ばすのも大変だった。インデラルの飲み忘れが頻脈の原因だろうが、忘れることはたまにあり、だからといって、いつもそうなるとは限らない。 

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2009年9月 8日 (火)

タイトル未定短編小説のために #5

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 見切り発車をして、出だしの部分を書いてみた。快調な滑り出しだ。

 最初はこんな具合にノート使用。大学ノートの右のページに小説の下書き。左のページはラフなメモ帳として使用。構成を練り直したり、登場人物の年齢を計算したり、資料から重要事項を抜書きしたり……また、ひらめいたことは何でもこの左のページにメモ。メモの大事な部分はマーカーで囲む。雑記帳は別にあるのだが、下書きしている最中にひらめくことが多いから、すぐメモできるように同じノートに空白が沢山あると便利。そして、下書きとして書いたぶんだけ、下書きの続きを書く前にワードで書いて保存していくというパターン。非表示にしたブログに書いてみることも。

 主人公の男性が語り手。出だしの部分に、主人公自身の経歴をごく軽く、相手の女性の経歴をくどくならないくらいに丁寧に書き込んだ。

 起承転結形式も考えたが、序破急形式でいきたい。破で、内容にかなりの揺さぶりをかけ、行きつ戻りつすることになるので、序にはそれに耐えられるだけの不動の現実感を与えなくてはならない。

 一種の謎解き小説の体裁を持たせるために、小道具(ユイスマンスの小説)を有効に使いたい。

 華(恋愛要素)はなくてはならないが、《破》を経て《急》に至ったときに、これがどうなるかについてはまだ迷いがある。

 主人公が火葬場で死んだ女性の骨を拾う(克明に描き込んだ)骨あげの場面で《序》は終わる。《序》には何の謎も神秘もなく、人生はゆったりと流れるといった趣を出すこと。

 とりあえず、そこまで進めてみよう。

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セザリーヌ~!

セザリーヌ〜!

 また、新しいぬいぐるみの仲間が加わりました。『ペネロペ』の友達の幼稚園児で、白熊のセザリーヌです。

 アンヨが可愛いわ~。青い目がすてき。『リサとガスパール』の作者と同じというだけあって、似ていますね。

 パークプレイスへ行くたびに、娘がぬいぐるみを連れ帰って困ります。
 最初は「ママ~!」などと、ぬいぐるみに代わって声を出してみせて、わたしに買わせようとしますが、知らない振りをしていると、そのうち「うちに来る?」とぬいぐるみに訊いて、買ってしまうのです。

 まあ確かにセザリーヌは、お店に残していくには可愛らしすぎましたけれど。

 ぬいぐるみのお店のあと、ペットショップへ行き、猫とウサギとハムスターを集中的に見ました。

 以前、長いことハムスターを飼っていたので、娘もわたしもペットを飼いたくてたまらないのですね。今住んでいるところでは飼えないので、見るだけですけれど。

 では、ぬいぐるみが飼いたくても飼えないペットの代わりかというと、それとはまた別かなあ。別の世界の出来事という感じです。

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2009年9月 7日 (月)

パステルのプリンアイス~!

パステルのプリンアイス〜!

 家族でパークプレイスに来ています。

 その前に循環器クリックに行き、「痩せちゃったね~! 手首なんか、細いっ!」と先生を驚かせ、かつ羨ましがらせました。

 ダイエットじゃないんだってば。それに手首は同じ太さです。腕時計しているから、わかります。でも先生、その反応って……細くなりすぎて、死んだって知らないからね。あー、プリンアイスが美味しいなあ。

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記事数が2,018になりました

 記事数が2,018になりました。2,000になったときにご報告するつもりでいながら、遅くなりました!

 2006年4月に当ブログを開設して、3年5ヶ月になります。その当時から、ご訪問くださっているかたがあるようです。どう感謝の言葉をお伝えしたらよいのかわかりません。

 3年5ヶ月の間には、父の問題や家庭の問題に呻吟したり、入院したり……といろいろなことがありました。嬉しいことも沢山あったはずで、それもこのブログで逐一ご報告してきたはずでした。

 ブログの開設当時は、作家になれない不平不満でいっぱいだったような気がします。一人でこつこつと作品を書き続けて、賞に落選し続ける――といった日々に耐えられず、心身とも崩壊の寸前にありました。

 それが、次第に創作意欲が回復して、一旦は作品の完成を諦めた自作童話『不思議な接着剤』の取材にこの秋出かける計画を立てるほどになりました。その童話は、早くも子供まで生みました(自作童話『すみれ色の帽子』)。

 仮に運よくヘボ作家になれていたところで、わたしの書くものが、このブログを閲覧していただくほどに読んでいただけたか疑問です。

 このブログから生まれた代表作は、評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』です。

 自作小説『侵入者』も、創作の経過をここでご報告することを励みとして完成にこぎつけた作品でした。この作品は、「文学界」7月号(文藝春秋、平成20年)・同人雑誌評蘭で、今月のベスト5のうちの1編に選ばれることができました。

 料理は昔から嫌いではありませんでしたが、このブログに写真を公開することで、上達したと思います。娘がそう申します。それに、美味しいなあと思ったレシピをご紹介することで、よきレシピの布教者になったような陶酔も覚えます。

 映画や音楽や本のご紹介も、第一に自分自身が楽しいのです。

 このブログはこうしたいろいろなものを生んだだけでなく、ホームページと他のブログも生みました。タロットカードでいえば、女帝にあたるような豊饒なブログですね。

 これも、このブログをご訪問くださる皆様そしてココログ様のお蔭です。ありがとうございました。身も心も不安定になりがちなわたしは、あっちに揺れ、こっちに揺れし続けることと思いますが、どうかこれからもよろしくお願い致します。

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昨日の夕飯(服部幸應先生レシピ『鶏手羽の簡単山椒煮』)

昨日の夕飯

 昨日作ってみて、とても美味しかった鶏手羽の簡単山椒煮を「週刊 服部幸應のしあわせクッキング 99号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)から、ご紹介します。

[材料・4人分]
鶏手羽先12本,粉山椒大さじ1,ししとう12本,A《だし2カップ,みりん大さじ2,しょうゆ大さじ3》,酢.

[作り方]
①Aを鍋に入れて沸騰させ、鶏手羽先を入れて煮る。
②①が再び煮立ったら、酢大さじ2を加え、弱火にして手羽がやわらかくなるまで20~30分ほど煮込む。最後に山椒を入れて一煮立ちさせる。
③ししとうはさっとゆでて、②の煮汁にからめる。
④②の鶏手羽先を器に盛り、③を添える。

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意外なカード④

 の続きです。〔①当記事トップ頁

 先月の31日に、わたしは以下のことをタロット占いしてみました。

  1. 民主政治によって、わが家の家計に何がもたらされるか?
  2. 民主党の政治はどんなものになるか?
  3. 自民党は今後どうなるか?

 では、これから2.を占った結果を見ていくことにしましょう。ケルト十字法で占い、解釈に関する主な参考書はマルシア・マシーノ著『タロット教科書』(栄チャンドラー訳、魔女の家BOOKS)です。ただし、これはあくまで素人の遊びです。

20090901150641

2. 民主党の政治はどんなものになるか?

①のポジション―現在の状況……
 民主党自体を占ったので、このカードは民主の本質を表していると見てよいと思います。使用したライダー・ウエイトのタロットでは、は、白いローブ姿の女性がライオンを撫でている絵柄となっています。民主は現在、博愛、人類愛といった気高い理想に駆り立てられていると見ていいでしょう。
 実は、このカードはわたしには意外でした。次に占った結果が物語るような疑念があったからかもしれません。

②のポジション―助けてくれる力または障害……ソードの7
 自分自身を陥れることを表す、よくないカードが出ているので、障害と解釈します。ソードの7は、ずるそうな顔の男がソードを盗み出そうとしている絵柄です。
 民主の気高い理想のうちに、自己欺瞞が潜んでいる可能性があるのではないでしょうか。ある自己の体験をもとに、そのことを無くそうと訴えていた若い人たちが目につきましたが、裏返せば、その人たちは、自己の体験しか見えていない、自己の体験を重大視ししすぎている可能性があります。それは利己主義と紙一重です。
 例えば、わたしは自分にダイレクトに関係してくるので、民主の政策のなかで、一方では「子ども手当」の支給、他方では「配偶者控除」の廃止――飴玉と鞭――というバランスの悪さが真っ先に視野に入り、呆然となりましたが、他の面でも、こうしたごまかしが随所に潜んでいそうな不安を覚えさせられます。そのことが、民主自身の首を絞めないよう、気をつけてほしいものです。

③のポジション―過去……月の逆位置
 月のカードは、小道が両側に塔のあるなかを通って彼方の山頂にまでにまで続き、空には、憂い顔の月がかかり、その月に向かってオオカミとイヌが吠えている絵柄です。サソリも出てきています。危険、不安定、変化などを意味するカードですが、それが逆位置で出ていますから、予期しない変化が期待以上の結果をもたらし、計画が実現するというよい意味となります。
 民主の圧勝に結びついた、過去の状況の変化をカードは物語っているのでしょう。

④のポジション―最近の出来事……ワンドの10
 ワンドの10は、持ちきれないほどのワンドを抱えた男がこちらに背を向けて歩んでいる絵柄です。仕事と責任の重圧を表すカードです。
 ここは過ぎ去ったばかりの出来事を示しますから、カードは選挙戦での民主の頑張りを表しているのではないでしょうか。

⑤のポジション―起こりうる未来……ソードの2
 ソードの2は、水面を背に、目隠しをされた女性が2本のソードを胸元で交差させて持ち、椅子に腰かけている絵柄です。均衡、調和を表すカードです。
 民主は調整のために、しばし、一種の硬直状態に陥るかもしれません。

⑥のポジション―近い未来……ペンタクルスの8
 ペンタクルスの8は、真剣な表情で、職業訓練に励む若者の絵柄です。
 民主は、小沢チルドレンと呼ばれる若い議員を多数誕生させました。このカードは、そんな彼らの姿と見ていいかもしれません。あるいは、試行錯誤が予想される民主主導のこれからの政治の実態を物語るものかもしれません。

⑦のポジション―質問者の態度……世界
 民主党自体を占ったので、このカードは民主の態度を表します。
 世界のカードは宇宙を表しているといわれます。花輪のなかで、両性具有に見える人物が2本のワンドを手に紗を纏い、優美に踊る絵柄です。愚者のカードから始まる人生遍歴がここで完成します。花輪は無限記号を半分隠しているといわれ、終わり即ち始まりなのです。
 社会の頂点に立った、民主の士気の昂揚を表すカードでしょう。テキストには、このカードが仕事に関しては管理職・管理部門の仕事を意味するとありますので、まさにこの国の管理の仕事を任された民主の意識を物語るものと見てよいと思います。

⑧のポジション―環境……ワンドのエースの逆位置
 ワンドのエースは、雲の中から突き出た右手が新芽をつけた一本のワンドを握り締めている絵柄です。スタートを表すカードで、誕生、創造、創業などを意味する喜ばしいカードですが、それが逆位置で出ていますから、経済状態の悪化、企業の経営不振、倒産、失業者数の増加、出生数の減少など、民主を取り巻く厳しい巷の現状を物語っているのではないでしょうか。

⑨のポジション―質問者の期待と懼れ……ソードの4
 
民主党自体を占ったので、このカードは民主の期待と懼れを表します。
 ソードの4は、休息のために横たわる騎士の絵柄です。彼の側には1本のソードが横たえてあり、壁には3本のソードが立ててあります。頂点に立ったばかりの民主は内心、しばしの休息を欲しているでしょうか。もしくは、政治に空白期間ができることを懼れているとも考えられます。

⑩のポジション―最終結果……ペンタクルスの5
 ペンタクルスの5は、雪のなか、貧しい服装をした2人の人物――一人はショールを纏った女性、もう一人は両手で杖をついた男性――が如何にもうらぶれた様子で、閉ざされた教会の窓の下を通りかかる絵柄です。
 民主党の政治はどんなものになるか? というわたしの質問に対してカードが下した最終結論は、厳しいものでした。ペンタクルスの5が、でも述べたように、端的に貧困を表すカードだからです。
 1.の結果と合わせて考えると、民主の意識には高いものがあり、その政治姿勢は真剣ですが、不慣れからくる不手際があって、一時的に家計が潤うような対策はほどこされるものの、経済状態の一層の悪化は避けられないのかもしれません。そうなれば、国民の心身にも、疲れが見えることになるのでしょう。⇒

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2009年9月 6日 (日)

膀胱炎っぽい

 涼しくなって、あまり水を飲まなくなったせいか、昨日の夕方から膀胱炎っぽい。これくらいなら水のがぶ飲みで何とかなりそうなので、実行中。

 月曜日は循環器クリックを受診の予定。心臓の調子はよいけれど、今月下旬には旅行の予定なので、しっかり診察を受けたい。

 前回は、診察していただいたような、していただかなかったようなヘンな具合だったし。看護師さんに「また痩せましたね」といわれるかも……3㎏ほどだけれど。

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2009年9月 5日 (土)

タイトル未定短編小説のために #4 

  1. J.K.ユイスマンス『さかしま』(渋澤 龍彦 訳、河出文庫、2002年))
  2. J.K.ユイスマンス『大伽藍―神秘と崇厳の聖堂讃歌』 (出口 裕弘訳、平凡社ライブラリー、1995年)
  3. ロバート バルディック『ユイスマンス伝』 (岡谷 公二 訳、学習研究社、1996年)

 一応、読むべきか? 図書館にあたってみよう。

 3.について、以下の引用はAmazon.co.jpより。

商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)
奇書『さかしま』を経て、錬金術、薔薇十字、悪魔礼拝に傾斜。その後カトリックに回心、『出発』『大伽藍』へと至った19世紀末の仏作家ユイスマンス「謎の人生」を、膨大な「書簡・日記」を駆使して再現した、世界初の画期的評伝。

内容(「MARC」データベースより)
三島由紀夫や渋沢竜彦が愛したフランス19世紀末の幻想作家ユイスマンスの世界初の評伝。

 2冊読んだだけでも明らかなユイスマンスの単純そうな思考回路からすると、彼の人生は別に謎でも何でもないだろうという気がするが、チェックしておくべき著作。渋沢の楽しみかたはまだしも、三島由紀夫はこんなものを真面目に読むから、脳が腐り、晩年霊媒にまでなり下がって、時代錯誤的な死にかたをするはめになったのだ。馬鹿な男だ。

 それにしても、錬金術、薔薇十字、悪魔礼拝と並べられると、あたかも、これらが一続きの道であるかのような誤解を与えるではないか。まあこのあとにカトリックと続くのだから、ユイスマンスの辿り着いた黒魔術の極地がカトリックであった……とも見える……?

 そこを探ろうではないか。ユイスマンスに代わって。 

 一編の短編を書くために、彷徨いたくもない資料の森を彷徨わなければならないとは。しかしユイスマンスの思考傾向は彼固有のものというわけではなく、典型的西洋的思考傾向に加えて当時の独特のムードを湛えたサークル文化が影響したものなのだから、きちんと分析しておく必要がある。

 日本人でありながらそんなユイスマンス的思考傾向に与し、その癖、神を待ちもせず、死後、コソ泥さながら主人公の書斎に現れて何かを探ろうとした人物――を男性に設定していたが、主人公を男性に変えたので、女性にした。格調高い人柄でありながら、致命的な欠点をも持ち合わせた人物を造形しなくてはならない。彼女が影響された西洋文化の光と闇、そして日本的リアリズムとリリシズムを映したような人物に……。

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昨日の夕飯(土井善晴先生レシピ『豆腐の油焼き』)

昨日の夕飯

P8210268_3  まぐろの塊を見ると、食べたくなる服部先生のレシピ『山いもとまぐろのわさびじょうゆ』。レシピは既にご紹介済みです。こちら⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2008/12/post-2bcc.html

 今日ご紹介したいのは、手前に来ている土井善晴先生のレシピ『豆腐の油焼き』。いわゆる豆腐ステーキだと思いますが、見た感じが綺麗ですので(お味も上品)、お客様にもよいのではないでしょうか。

 直前にかけようと思い、七味唐辛子としょうゆはまだの状態です。

「週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.4」(デアゴスティーニ・ジャパン)から豆腐の油焼きをご紹介します。

[材料・2人分]
木綿豆腐1丁,小麦粉適量,長ねぎ1本,しょうが50g,削りがつお適量,サラダ油大さじ2~3,七味唐辛子・しょうゆ各適量.

[作り方〕
①豆腐は軽く水けをきる。ねぎは粗く刻み、しょうがは皮をむいてせん切りにする。削りがつおはからいりにしてパラリとさせる。
②①の豆腐は2~3cm厚さに切り、表面の水けをふいてから小麦粉をまぶす。
③フライパンに油を熱して②を入れ、両面をこんがり焼き上げる。
④③を器に盛って①の薬味をたっぷりのせ、七味唐辛子としょうゆをふりかけていただく。

 わたしは豆腐ステーキを作るときは、焼くいくらか前に、切った豆腐を油切りパットに並べておきます。すると、焼く頃には豆腐から余分な水分が抜けて、下に溜まった状態になります。あとは、その豆腐をキッチンペーパーで軽く拭く程度でOKですよ。

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カッテージチーズ作り

カッテージチーズ作り

 東芝加熱水蒸気オーブンレンジのcooking bookに、カッテージチーズの作りかたが載っていました。

[材料]
牛乳300㏄,レモン汁30㏄

[作りかた]
①耐熱容器に牛乳を入れて庫内中央に置き、お好み温度を押して40~45度にセットし、スタートを押して加熱する。
②加熱後、レモン汁を加え、よく混ぜ合わせ、しばらく置く。
③布巾でこす。

 今日になってネット検索してみたら、これに関する記事がいろいろ出てきました。

 牛乳の温めかたについては、All Aboutのレシピでは、「電子レンジの強に2分間かけ、50~60℃に温める」とありました。

 また、酢やレモンで作るカッテージチーズの酸味が気になる場合は、水で軽く洗ったりもするようです。

 わたしはレモンの酸味が爽やかで、むしろあったほうがいいくらい。

 ちなみに、わたしは布巾は使わずに裏ごし器でこし、できたカッテージチーズをスプーンですくってタッパーに移し、冷蔵庫に入れました。

 昨日、わたしのカッテージチーズ作りに興味を示した娘が、ネット検索して、「分離して出来た水分はホエーと呼ばれる栄養たっぷりの乳清だから、捨てちゃもったいないよ」といって、そのホエーをいくらかの牛乳で割り、シロップを入れ、氷を浮かべて、美味しい飲み物を作ってくれました。ヨーグルト風の味でした(娘も、前掲のAll Aboutのレシピで見たのではないかしら)。

 冷えたカッテージチーズを小皿にとり、はちみつをかけて試食してみると、美味しいこと!

 手作りは水分の調節が自由にできるので、いいですね。買ったものは、わたしの好みからすると、少しかたすぎるのです。

 サラダに混ぜ込むにはよいかたさだけれど、添えたりのせたりして食べるにはもう少し柔らかいほうがいいな……と常々思っていたのです。分量も、うちには多すぎましたし。

 手作りのカッテージチーズは、希望通りのかたさで、優しい味わい。夕飯に作る予定の服部先生レシピ『じゃがいものアンチョビ炒め』に添えるには、ぴったりの出来映えです。

 クラッカー、トーストにのせても美味しそう……!

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2009年9月 4日 (金)

昨日の夕飯

昨日の夕飯

 秋にぴったり、きのこのリゾット! 

 既にご紹介済みの服部先生のレシピです(こちら)。アンダンテ(米の中央に少し芯がある状態)になったところで、スープをつぎ足すのをやめたら、レシピよりかなり少ない水の分量で仕上がってしまいました。結果よし、としました。

 

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2009年9月 3日 (木)

地震〜!

 22:30頃、地震がありました。震源は薩摩沖みたいです。震度は大したことなかったのでしょうが(こちらのはテレビに出なかったくらいですから)、上の階なので、揺れを感じやすいのです。

 同じ階の奥さんがた、だいたい、玄関からびっくりした顔をのぞかせました。

 いつものもっと小さな揺れですと、顔を出すのは、一方のお隣りのおばさんとわたしくらい。

 着物が抜群にお似合いのおばさん(日本舞踊の師匠)は、着物姿のときは凜とした表情ですが、わたしと同じ地震嫌いなのか、揺れに怯えてエプロン姿なんかで飛び出すおばさんは、ちょっと怖がっている顔をしています。

 わたしを見ると、はっとしたような優しいお顔になり、そのお顔にわたしはなぜか安心しちゃう。

 めまいがします。動悸のせいかしら。

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タイトル未定短編小説のために #3/『続・侵入者』のために#1/『不思議な接着剤』ノート  

タイトル未定短編小説のために #3

 資料として購入したユイスマンス『彼方』(田辺貞之助、創元推理文庫、1975年)。

 白か黒かしかないユイスマンス。別の宗教色濃厚な研究書風の作品から想像した通り、緻密だが、思考回路は単純な造りと想わせる。足りないものがある。西洋人の思考法――体質というべきか――にありがちな。

 そんな思考法に日本人がなぜ与せるのかがわからない。そこを探りたくて読むわけだが……。

 人間観察、分析がなぜああも一通りで済むのだろう? ユイスマンスの視線が人間の内面構造のどの辺りまで届いているのか、見究める必要がある。

 グロテスクな作風で、わたしの糧となりそうなものは何もないのだが、資料として読まないわけにはいかない。苦痛!

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

 わたしの短編『侵入者』のそこそこのヒットに気をよくするわけではないが、続編が書きたくなった。もう題名も決まっている。

 独立した一編として読め、長編の一部としても読める書きかたを試しているところでもあるから、失敗したところで、破れば済むだけの話だ。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

 書きかけの児童文学作品『不思議な接着剤』の取材後はそちらにかかりきりになるだろうから、タイトル未定短編小説を1/3は書いておきたいところだ。

 『接着剤』の資料集めの一環として、恐竜展に行ったことはよかった。

 本物の骨とレプリカからは受ける感じが全く違い、本物からは温もりというか、丸みというか、生き物が――骨になってさえ――持つ威厳というか、未だ褪せない躍動感とでもいおうか、そうしたものが感じられ、心を打たれた。

 ストーリーを変えるかもしれない。いずれにせよ、恐竜が主役に近い存在感で作品の均衡を破る寸前まで行くだろう。ああ恐竜にラブラブしちまった!

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2009年9月 2日 (水)

意外なカード③

 の続きです。〔①当記事トップ頁

 わたしは31日に、以下のことをタロット占いしてみました。あくまでお遊びでしたが、なぜそんな遊びが必要だったかというと、民主政治に対する不安が嵩じて、硬直した未来像しか描けなくなったからでした。

  1. 民主政治によって、わが家の家計に何がもたらされるか?
  2. 民主党の政治はどんなものになるか?
  3. 自民党は今後どうなるか?

 さて、2.の結果を見ていく前に、つけ加えておきたいことがあります。

 1.を占ったときに、6のポジション「近い未来」には、3回占って3回ともペンタクルスのエースのようなよいカードが出たといいました。ですが、ペンタクルスのエースは、どちらかといえば、未来に向けた永続性のある意味合いを持つラッキーカードです。

 現状では、例えば、民主が力を入れるであろう「子ども手当」ですが、わが家にはその対象者がいないので、それによってわが家が受けるものは何もないどころか、むしろ、それへ充てるための配偶者控除の廃止という増税が待っているだけだという気がします。

 ただ、わたしはできれば3~4年内には、児童文学作品で世に出たいと思っています。

 これまで、子供はあまりにも商業主義のターゲットとされてきました。子供目当ての商品は巷に溢れていますが、こうした風潮は子どもを損なうだけのもので、子供を大事にしようというムードとはほど遠いものです。

 民主の「子ども手当」がもし純粋に子供のためを思ってのものであれば、そのやりかたが適切なものであるかどうかは別としても、社会のムードは変化していくでしょう。そして、子どもに良書を――という機運が高まることだって考えられます。そして、わたしは真に児童文学作品と呼べるような作品を書こうと頑張っています。

 現在、子供に向けた出版物の何割くらいに、過去記事:新聞記事『少女漫画の過激な性表現は問題?』で触れたような、福田清人氏のような配慮がなされているでしょうか。

 もし「子ども手当」に力を入れようとする民主の動機が投票集めのためではなく、よきビジョンに基づいたものであったとしたら、少なくともこの国の子どもに対する姿勢が変わるでしょう。商業のありかたもその影響を受けるでしょう。

 その機運に乗じて、わたしが童話作家としてデビューできないとも限りません。ペンタクルスのエースというカードは、どらかというと、そうした未来に向けたビジネス的根づきを意味するカードなのですね。公的な金銭的救済であれば、ペンタクルスの6などが端的にそうしたことを表すカードです。

 また、わが家の家計ということから考えると、娘の経済は、わたしたち夫婦の経済とは別です。とはいえ一緒に暮していますから、運命共同体のようなもので、配偶者控除の廃止でわが家の家計が痛手を被ったとしても、仮に契約社員の娘に民主の経済対策が及んで娘の経済が潤えば、わが家の家計にも何となくそのありがたい影響が及ぶということになるでしょう。

 このようにわが家の家計の潤いかたにも様々なかたちが考えられるのですが、いずれにしても、6のポジション「近い未来」に出たカードは、民主政治によってわが家の家計が潤うといいます。

 そして、それが一転して翳る、結果的に家計はダメージを受ける――ということの意味を探るためにも、これから2.を占って出た結果を丁寧に見ていきましょう。その結果からは、民主の本質と未来像が探れるはずです。⇒

 ナンだか、すっかり連載形式となってしまいましたが、続きはまた。 

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ブログランキングについて

 以前、ブログランキングの「にほんブログ村」と「FC2ブログランキング」に登録しました。アクセスアップにつながるような気がしたり、このマイナーなブログではほとんどつながらないような気もしたりして、サイドバーにリンクを貼ったものの、登録したことすらすっかり忘れていました。

 最近になって、ふと思い出し、これまでやったことがなかったけれど、記事にリンクを貼ってみようと思い、試してみたところです。でも、正直いって貼るのが面倒ですね。コピーするだけなのですが……はがすのも面倒なので、貼ったものはそのままにしておきます。

 今後は、以前のようにサイドバーにのみ、ブログランキングへのリンクを表示することにしました。クリックくだされば、ランキングの順位が上がり、アクセスアップにつながるという通説? です。で、クリックくだされば、嬉しいです。クリックは1日1回のみです。気が向いたら、よろしく。向かなかったら、目障りかもしれませんが、無視してくださいね。

 

 

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プチトマト

プチトマト

 プチトマトは収穫するそばから新しいのが出て来てくれて、頼もしい限りです。

 茄子も、茎が太く、葉も大きくなって、逞しく育っています。

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カーリーパセリ

カーリーパセリ

 病気になって、枯れてしまったカーリーパセリ。2度失敗しました。涼しくなってきたので、鉢も土も新しくして、再チャレンジし、根付いたところです。

 パセリのある暮らしに慣れてしまうと、スーパーで買うのが嫌になります。また病気にならないか心配です。昨年は、病気知らずで、ほったらかしでも育つという感じだったのに……なぜ? 今度は元気に、美味しく?育ってほしい。

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杉田久女の秋の秀句をご紹介

 気候の変調がはっきりと感じられる今年ですので(日本はこれまでとは別の気候を持つようになったと考えるべきなのかもしれませんが)、お店に秋刀魚や葡萄が並び出したのを見ると、ホッとします。

 そして、杉田久女の秋の句が次々と思い出されます。わたしの頭のなかで、久女の句が咲き競うのですね。すばらしい句が多すぎて、とても紹介しきれないので、よく頭に浮かぶ句を『杉田久女全集第一巻』(立風書房、1987年)から拾っていってみましょう。

秋来ぬとサファイア色の小鯵買ふ
白豚や秋日に透いて耳血色
西日して薄紫の干鰯
朝顔や濁り初めたる市の空
露草や飯(いひ)噴くまでの門歩き
好晴や壷に開いて濃竜胆
甕たのし葡萄の美酒がわき澄める
紫陽花に秋冷いたる信濃かな
ジム紅茶すゝり冷えたる夜長かな
板の如き帯にさゝれぬ秋扇
白妙の菊の枕をぬひ上げし
谺して山ほととぎすほしいまゝ

 これまでにご紹介した句ばかりになってしまいました。他に、ぜひ全部ご紹介したい一連の鶴の句があります。秋が終わる前には、と考えています。

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2009年9月 1日 (火)

但馬屋で

但馬屋で

 最初に御冷やが出るのですが、それが美味しいんです。

 抹茶あんみつ630円。

 おぐらかんてん、白玉、抹茶アイスクリーム、抹茶みつ、オレンジ色のは完熟きんかんです。贅沢ですね!

 お茶も嬉しい。

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意外なカード②

意外なカード②

 の続きです。昨日、わたしはお遊びで以下を占ってみました。

  1. 民主政治によって、わが家の家計に何がもたらされるか?
  2. 民主党の政治はどんなものになるか?
  3. 自民党は今後どうなるか?

 ①の写真は、3.を占ったものでした。上の写真は、2.を占ったものです。1.に関しては写真もメモも残しそびれました。あまりよい結果ではなかったからです。

 でも、意外な面もあり、2.を占ったときにそれがより明確に出ていたので、案外この占いの結果はわたしの雑駁な考えが反映したものではないかもしれないと思い、記録しておくことにしました。とはいえ、素人のお遊びです。ですから、そのレベルのものとお考えくださいね。

 ケルト十字法で占い、解釈に関する主な参考書はマルシア・マシーノ著『タロット教科書』(栄チャンドラー訳、魔女の家BOOKS)です。

  1. 民主政治によって、わが家の家計に何がもたらされるか?

 3回占いました。6と10のポジション以外に出たカードが何だったかは、1日経って忘れてしまいました。6のポジション「近い未来」に出たのは、3回とも違うカードでしたが、ペンタクルスのエースのような、よいカードばかりでした。

 これはわたしには意外でした。配偶者控除がなくなることははっきりしているようなので、わが家の家計にとってはそのぶん課税されるも同然の事態がまず起きるはずだからです。でも、家計を占ってよいカードが出るということは、民主政治によってわが家が金銭的に潤うとカードは告げているようです。

 ところが、10のポジション「最終結果」に、その悦びを覆すような太陽の逆位置が3回占って3回とも出ました。金銭を占って、最も端的に貧困を表すカードはペンタクルスの5です。金銭の損失を暗示するカードは他にもいろいろあります。

 ですが、出たのは太陽の逆位置。なぜこれが出たのか? 

 一時的に潤ったわが家の家計が一転して翳ることは間違いないようですが、いろいろと金銭の損失を意味するカードのあるなかで特にこのカードが出たということは、重要なポイントだと思います。カードは民主政治によって一時的に潤ったわが家の家計がなぜ一転して翳ることになるのか、その原因まで告げているかのようです。

 この事態の変化を解く鍵は、2.の質問の答え(占いの結果)にあると思います。⇒

 すみません。これから、ようやく用意のできた娘と出かけます。小刻みでナンですが、続きはまた。

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 魚焼きグリルで作っていた焼き茄子を、初めてオープントースターで作ってみました。

 簡単にできて、便利ですね。縦に何本か切れ目を入れておくと、いいです。

 「カリカリベーコンのせ」は、家族のリクエスト。ベーコンの芳ばしさと生の玉ねぎが、豆腐にちょっと豪華な味わいをもたらします。

 ボリュームがあって、わたしはこれだけでおなかがいっぱいになります。ベーコンは冷凍室のレギュラーメンバーです。サランラップに一枚ずつ包んで、まとめてアルミホイルにくるんでおけば、色褪せず、使うときに便利です。

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