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2009年8月の51件の記事

2009年8月31日 (月)

意外なカード①

意外なカード①

 先のことを悲観してばかりでも仕方がないので、創作に戻ろうと思いましたが、どうしても政権交代で今後の日本がどうなるかが気にかかり、集中できません。

 そこで、以下について占ってみました。意外な結果が出ました。

①民主政治によって、わが家の家計に何がもたらされるか?
②民主党の政治はどんなものになるか?
③自民党は今後どうなるか?

 といっても、これは一素人の単なるお遊びです。硬直した未来しか想い描けない自身の想像力に風を吹き込ませるためのお遊び――。遊びと思ってくださらないかたは、閲覧しないでくださいね。

 続きは早ければ今夜。遅ければ明後日。明日は出かける予定なので。ちなみに、写真は①か②か③のどれかを占った意外な結果です。

 時間的にどれくらい先のことが出ていると見るかで解釈が違ってきますが、いずれにしても、わたしには意外な結果でした。⇒

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民主圧勝=大量のチルドレン(新人議員)の発生…あのときとどう違うのかな?

 民主が圧勝した。鳩山(小沢)劇場こそなかったが、無責任なマスコミの演出はあのときと同じだし、鳩山の勝利の言葉を聴いていても、小さな政府だの、国民主導だのと、一瞬小泉の言葉かと思うほど似通っている。

 新自由主義に、自民も民主も侵されているのであれば、政権交代をしてどれくらいの違いがあるのか疑問だ。

 お金のばら撒きをして一時的なごまかしをしたとしても、小さな政府を推し進めるということは、どうしたってセーフティネットの縮小を招くのだ。

 小泉チルドレンの多くは落ちたかもしれないが、それより大量のチルドレン(新人議員)が今回の選挙で生まれたことは間違いない。 早くも小沢チルドレンという新語が生まれたようだ――追記。

 小泉圧勝のときに最悪だと思ったけれど、それ以上の事態が起きるとは。小泉劇場に喝采して投票した大量の人々は、今回は、そっくり民主支持に回ったのだろうな。

 国政の熟練者が沢山落ちた。国会はチルドレンでいっぱいになる。子供の遊び場さながらになる。あーこの国はもう終わりだ。鳩山の論文騒ぎを考えても、外交にも不安感が付き纏う。下手をすれば、この国は劣等国に成り下がる。

 小泉が首相だったとき、国会議事堂に落雷したことがあったが、民主圧勝の今は台風が来ようとしている。政変が起きるとき、何かが起きる。

 自民はもう立ち直れまい。自民主導の政治を通して受け継がれてきた日本的伝統のある側面が、失われた。ある意味で日本は死んだ。

 親子だけあって、今回の選挙に対するわたしと息子の考えはだいたいの一致を見た。以下は、息子からのメール(一応許可を得てコピー)。

これだから小選挙区制は嫌なんだ。大量に素人を当選させても仕方がない。民主にとっても良いことではない。しかし、自民はひどいな。閣僚、領袖クラスがバタバタ討ち死にすることは、尋常ではない。例えば、前回選挙の民主だって、四割近く議席を減らしたが、幹部は誰も落選していない。今回の自民は違う。幹部クラスから壊滅というのは、六十年前の社会党以来ではないか。こうなっては再起不能かもしれん。二大政党政を目指している小沢も、むしろ顔をしかめているんじゃあないか。

あそこまで民主が議席を増やせば、かえって党が割れるかもしれんな。
…かつて、自民党は結党以来、小選挙区制導入を悲願としていた。その方が議席を増やせ、憲法改正発議を狙えるからだ。しかし、実際に導入されたときには、憲法改正の執念は消えていた。代わりに、派閥が崩れ、小泉の台頭を許した。そして、独裁により国政を混乱させ、挙げ句の果て、小選挙区制のため、極端な壊滅に陥った。…かつて小選挙区制を悲願とした自民党の実力者はこの事態を予測できただろうか?

 そのあとで息子から電話もあり、日本の政治家にとって、理念的拠り所が新自由主義しかなくなっていることの問題点を話した。

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2009年8月30日 (日)

『ガラスの仮面 44』を読んで

「ガラスの仮面 44<br />
 」を読んで

 花とゆめCOMICS『ガラスの仮面 44』(美内すずえ著、白泉社)を、一昨日娘が買ってきました。

 わあ、と喜びながらも、一昨日は読みませんでした。当の娘も。

「今日はだめ、受け付けない」と、わたしたちはいい、揃って次の日の夜に読んだのでした。

 面白いことは読む前からわかりきったことですが、絵柄も内容も濃いので、わたしたちには心の準備が必要だったのです。

 で、昨夜読んだ44は、そのうち、こういうことが起きるのでは……とわたしが想像したような展開となっていました。ドラマが動いたということですね。

 ネタバレになるので、それ以上は書きませんが、どうでもいい疑問を一つ。

 美内先生からは医学的知識が欠落しているのでは?

 なぜって、しきりに血を吐く月影先生は肺結核かと思いきや心臓病だったし、それに……。

 ただ、このアバウトさが美内先生の魅力の一つともいえますね。

 昔、「はるかなる風と光」を読んだときの、身内を走り抜けた清冽な感動は忘れられません。何て雄大な物語なのだろう、と思いました。

 美内先生の作品では、物語のなかでどんなに暗い悲惨なことが進行していようとも、常に健康感の充溢があります。病人のわたしには、この上なく良質のパワーをいただけるといった感じです。

 わたしは「テレプシコーラ」の山岸凉子先生の大ファンでもありますが、スケールという点では、両者、比較できない大きさを持ち、山岸先生の作風は周到、緻密で、純文学的な深みと洗練を感じさせ、美内先生の作風は霊感的な高揚感を伴う、大河ドラマのような起伏を感じさせます。

 ガラスの仮面、次巻が待ち遠しい限りです。

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森永の白いチョコボール~!

森永の白いチョコボール〜!

 朝、出勤前の娘と投票に行った帰り、娘が「早く出過ぎた」というので一緒にコンビニへ行きました。

 娘は書店勤めで、レジを中心として様々な仕事をこなしています。お菓子コーナーの管理もその一つ。

 新商品の情報をいち早くキャッチする娘から、わたしは実験動物のように、いろいろなお菓子を食べさせられます。

 わたしの協力のおかげ? か、娘の仕入れるお菓子はよく売れるそうです。書店ですから主たる商品は当然本なのですが、それそっちのけで、お菓子を買い漁っていくお客さんも少なくないとか。

 ところで、体調のおかしさから、1日1食(夕飯のみ)がナンとなく定着してしまったわたし。そんなに痩せないのは、この試食のせい(おかげ?)かも。

 ただ、よく着用するパンツはとっくにブカブカで……でも、時々おなかが妊婦みたいにパンパンになるので(体調のおかしさから)、ウエストのサイズを小さなものに買い替えるにも躊躇しており、本当に困っています。

 このおなかの件、ドクターに何とかしてほしくて時々訴えるのですが、原因がはっきりせず、放置状態。まあ命に差し触るトラブルではありませんけれど、何だかねえ……。

 話が逸れました。写真の白いキョロちゃん(クリームチーズ味)と、行ったコンビニにはなかった黒いキョロちゃん(エスプレッソ味)を同時に食べると○○○○○味になることは、娘から聞いて既に知っていました。

 キョロちゃん、久しぶりに買いましたが、相変わらずの可愛らしさ。黒いキョロちゃんも、ほしくなりました。

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 昨日の夕飯はイカの刺身、アスパラガスと炒り卵のサラダ、さつまいものバターきんぴら、小松菜と豆腐の味噌汁でした。

 アスパラガスと炒り卵のサラダ、さつまいものバターきんぴらは、キッコーマンのサイト「ホームクッキング」を参考にさせていただきました。

 どちらも美味しかったですよ。おすすめです。

 さて、今日は投票日。朝のうちに済ませて来ようと思います。

 夫は昨日、市役所で期日前投票を済ませたのですが、「ギリギリの時間に行ったのに、人がいっぱいで驚いた!」といっていました。

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2009年8月28日 (金)

ランタン~!

ランタン〜!

 大分全日空ホテル2階に飾られていたランタンです。

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父親と息子

父親と息子

 夜中に目が覚めて書いています。ホテル1階のロビーラウンジにある個室で持った昨日の会合が成功したかどうかはわかりませんが、最善を尽くしたといったところでしょうか。

 息子と娘の助けがあって、できたことでした。息子には特に感謝しています。わが息子ながら、物事の全体を捉え、整理し、秩序づける能力には、舌を巻きます。

 その過程では、真剣になるあまり、怖かったりしますけれど。わたしは夫に対する監督不行き届きのかどで、よく叱られます。

 夫も子供ではありませんから、四六時中目を光らせているわけにもいかず、そのあたりのバランスのとりかたが難しいところです。結婚生活が恐怖政治になってしまっては、何のための結婚だかわかりませんから。程よい自由と楽しさが感じられるようでなければ、結婚した意味がないでしょう。

 今回のことでは、夫も深く感謝しているようです。これに懲りて、考えのあまい行動は慎んでほしいものですが、過去のあれこれを振り返ると、これからも彼と暮らす限りは、気を抜くわけにはいかないでしょうね。そのことに、今回はほとほと疲れてしまったわたしです。

 今回の事件は、2年前に解決したはずの過去の夫の軽率な行動が引き寄せたことで、それに対する彼の対処のまずさが問題を再燃させたのでした。

 今回の事件については、必要とあらば、法的手続きにスムーズに入れるような手筈を整えました。そうせずに済めばと願いますが、いずれにしても、成り行きを見守る必要があります。何だか、5年前の台風(このときのことを題材にした小説はこちら)のときから、父の問題、今回のことと、こんなことばっかり。

 まだ夫を許すわけにはいかないらしい息子は、今、写真の全日空ホテルに泊まっています。

 昼間、今回のことで夫に会うと息子がいったときは、どうなることかと思いました。ところが、息子は手厳しさの中にもほのかな優しさと時折子供に帰ったようなあどけなさを感じさせる姿勢で、夫も慎みと繊細さを感じさせる姿勢で、向き合っていました。あの情景は、父親と息子にしか醸せないものでしょう。

 夫に息子が絶縁状を叩きつける前の父子関係について、わたしは夫が陰で息子を虐めているのではないかとさえ、疑ったことがありました。最近息子に確かめたところでは、それはわたしの卑しい疑いにすぎなかったようで、そのことを恥ずかしく思いました。

「俺が子供の頃の親父は、子供には無関心という感じだったけれど、高校くらいになってからはむしろ、俺には常に規範となろうとしていたというか、よいところを見せたがっていたと思うな」と息子。確かに夫は、高校生の息子に職場のことを話すのが好きで、教訓めいた口振りを好んだりもしました。

「でも、じゃあなぜ、パパと過ごすとき、時々ひどく傷ついた顔をしていたの?」というと、
「えっ? それはたぶん、よいところを見せたがっていた親父の無理と……それに、ほら親父って子供との接しかたが不器用なほうじゃない。そのことが互いに息苦しかったんだと思う」と息子。

「あら、そうなの? 紛らわしい子やね」と、呆れたわたし。夫と過ごす息子が押しつぶされたような変な顔をするものだから、彼の実家での嫁いびりを思い出して、彼らと夫が同類だとわたしは思い込んでいたのでした。

 そのことについて、息子は「親父の実家の連中は明らかに虐めが好きというタイプだけれど、親父は自分から直接手を下すタイプじゃないよ。見ている側というか……親父にも、陰湿な面はあるかもしれないけれど」といいました。

 わたしにはどちらも同じと思われ、ふとした拍子に陰湿な夫が全面に出るとき、わたしは戦慄を覚え、心底彼から離れたくなるのでした。でも、いつだったか夫に、陰で息子に底意地の悪い態度をとることがあるのではないか、と問い詰めたとき黙ったあれは「違う」という意味だったのですね。

 どうして、きちんと説明してくれないのかしら。わたしの質問に虚を衝かれ、うまく返事ができなかったのかもしれません。

 そして、父親と息子という肉親関係には、わたしには理解しにくいナイーヴといいますか、複雑なところがあるようです。ナンにしても、彼らの複雑な思惑から、よく八つ当たりをされるわたしは、時々自分を彼らに都合のよいように使われる弁慶のように感じてしまうことがあります……。 

 息子が夫に絶縁状を叩きつけたのは、大学院に進学する頃でしたから、2年8ヶ月ぶりの帰省でした。その間は、仕方がないので、わたしと娘のほうで息子に会いに行きました。学費、アパート代、生活費、就活費の一切を奨学金とバイト代で遣り繰りしての苦学的なマスター時代でした。

 その頃が大変だったからか、仕事は遊びみたいに楽と息子はいい、痩せていたあの頃に比べたら、入社して5ヶ月足らずで少しふっくらしていました。その楽なことを続ければいいのに、来春からは会社の仕事と並行してドクターコースへ進む計画の息子。

 そして、何年先のことなのかはわかりませんが、ゆくゆくはアカデミックな世界に戻りたいと考えているようです。楽な道からまた茨(研究)の道へ戻りたいと思っている息子の気持ちは、51歳になっても作家の卵を続けているわたしにはわからないではありませんが、だからこそ複雑な気持ちにもなります。

 息子は、2時間足らずを家で過ごしただけでした。懐かしそうにキョロキョロして「ぬいぐるみが増えたねえ」といって、スティッチの背中をポンポンと軽く叩き、またキョロキョロして「本が増えたねえ」といいました。

 そして出かける前のひとときを、子供の頃の情景そのままに、娘と息子(姉弟)が恐竜の本――『BBC BOOKS よみがえる恐竜・古生物【超ビジュアルCG版】』(ソフトバンククリエイティブ、2006年)に頭を並べて見入っている様は、母親のわたしにはかけがえのない一幅の絵のように感じられたのでした。

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2009年8月26日 (水)

迫る明日

 明日、大事な用事があることは過去記事に書きました。準備はほぼ済みました。月曜日に、会合のために予約したホテルのロビーラウンジにある個室も見て来ました。

 個室はラウンジの奥にあり、ドアがあります。

 「プライベートでの座談会からビジネスの打ち合わせまで、あらゆるシーンに」と案内にあった通り、きちんとした、それでいて格式ばらない、クールな個室でした。4人掛けのテーブルが2つありました。くっつければ、8人がテーブルを囲めるようになっています。

 テーブルも椅子も、木製のしっかりとしたものです。部屋の隅にポールハンガーがあり、バッグ、帽子、上着などを掛けることができるようになっていました。

 個室から出たラウンジには、ホテルの泊まり客なのか、ちらほらと人がいました。団塊の世代くらいの黒い服を着た中年女性が、ひどくアンニュイな表情で、コーヒーを前に煙草を吸っていました。

 ああ、持ちたくもない会合を持ち、下見までするなんて、くだらない! あの女の人をモデルに、小説を書いているほうがずっといいと思いました。

 何の会合なのか、書いてしまいたい。今度の事件の発端から準備段階までに、わたしの興味をそそることが、詰まらないことながら、あったわけです。でも、少なくとも今はよしましょう。

 ここ数日忙しかったにも拘らず、体調は抜群によくて、過去記事をいじったりしたほどでした。

 ただ、今日の午後になってから、急に背中からおなかにかけて痛みが出だしました。生理の前触れか腎臓結石かわかりませんが、ずっと痛いわけではなく、不規則に間を置いて起き、痛み出すと突っ伏したくなるくらいなので、石? まだ、どちらかわからないので、水分をよくとるようにしようと思います。

 夫に、一昨日と昨日、夕食後の皿洗いをさせました。こんなことは、結婚して数回しかありませんでした。以前の皿洗いの出来は、赤点もいいところでした。渋々やっていることがわかるような乱暴さで……。

 ところが、さすがに夫は今度の事件にはいくらか反省しているのか、一昨日こそ、食器乾燥機に器をなぜか「乾いてくれるな」といわんばかりに仰け反らせて並べて、わたしの注意を受けたものの、昨日は完璧でした。布巾の熱湯消毒、生ゴミの処理もきちんと済ませていました。テーブルも拭いてありました。

 花まるをつけたいくらいでした(公文教室で働いていたとき、小さな子供によく花まるをつけてやりましたっけ)。

 なんだ、結構できるじゃないの、と呆れました。やる気があるのとないのとでは、これほど違うのですね。これくらいできれば上出来です。食事の支度より面倒なのは、こうした後片付けですから、彼の定年後、わたしが童話作家になっても、彼がキッチンの後片づけを担当してくれれば、やっていけるでしょう。

 だって、事件続きのわが家はお金が減るばかりで、夫は中小企業勤めですし、定年後に今の会社に残れたところで、給料は半減。わたしがプロにでもならなければ、満足に食べていけませんもの。皿洗いの腕がこれくらいあれば、他の家事にも応用が利くはずです。要は彼のやる気。そして、為せば成る――かもしれない――わたしの創作と売り込み。

 変な希望が湧いた、昨夜の夫の皿洗いでした。

 

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迫る衆議院議員総選挙

 投票日が迫ってきた。何とも気が重い。

 自民党がこのままでいい訳はないが、では民主党が……と考えたとき、漠然とした不安がとめどもなく拡がる。

 自民、民主のより抜きと国民新党とで新しい党を立ち上げて政権をとってくれればいいのにね――などと息子と話した。

 尤も、息子は民主に対しては、わたしほど悲観的な見方はしていない。小泉以来、政権の座によこしまな居座りかたをし続ける自民に対する怒りが何より勝るようだ。

 わたしも自民のよこしまさに対する思いは同じだが、麻生はそれほど悪いとは思えなかった。そもそも根本が間違っているのだから、といえば、それまでなのだが、テレビの国会中継を観ていた限りでは、誠実で頭もよさそうな対応に好感が持てた。一緒にテレビを見た娘も、同じ感想を持った。マスコミは揚げ足をとりすぎる。

 麻生は、小泉とは別種の人間に思えた。小泉は国会でよく寝ていたし、どんな質問を受けようが、それとは無関係の持論を繰り広げるだけで、思考回路が壊れているとしか思えない異様さだった。わが国を壊したのは、小泉なのだ。そのツケで麻生は苦慮せざるをえなかった。よこしまな首相の座を好んで受け継いでしまった麻生は、不運な政治家だと思わざるをえない。

  尤も、政治音痴のわたしに比べて、政治に関して情報通の息子は、小泉に――よくも悪くも――それほどのことはやれていないという。そして息子は、麻生を全く買っていない。それは、麻生の政治姿勢で生じた不信感というだけではなく、民主の小沢人脈の凄さをいう息子には、そうした点でも麻生を買えないのだろう。

 かつて小泉に拍手喝采した人々は、ひどい目に遭わされて目が覚めたのか、民主に鞍替えしようとしているようだ。が、民主が政権をとれば、過去に社会党が連立政権を組んだときのようにめちゃくちゃになるのではないか、という不安をわたしは覚える。

 あのときは、まだ日本に余力があったからよかったけれど、今度は……。そういうと、息子は「えっ……それは困る。しかし大丈夫じゃないか。まだ日本は官僚がしっかりしているから」といった。それに国際関係はどうなるのか。民主にうまくやれるのだろうか。「うーん……」と息子。

 いずれにしても、国民新党に絡んでほしいという思いは母子一致している。老朽化と少所帯が心配な国民新党だが、経験豊かな良識派の揃う国民新党が政権に加わってくれれば、ぐっと安心感が出てくるのだが――

 そういえば、8月14日付の号外「国民新党ニュース」が自宅のポストに入っていた。

 郵政解散、第44回衆議院議員総選挙のときに、郵政民営化の問題点を懇切丁寧に説いてくれたのは、国民新党を立ち上げた綿貫代表だった。綿貫代表のホームページでは、民営化した海外の国々の現状とアメリカ側からの要求が詳細に報告されていたのだった。

当ブログにおける関連記事:エッセー「映画『ヒトラー最期の12日間』を観て
                 第44回総選挙のときに見た不吉な兆し

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 普段は高い、西京漬のメロ(銀ムツ)の切り身が三切れで1,000円でした。

 脂ののった大きな切り身で、このサイズですと、うちの魚焼きグリルでは一切れずつ焼かなければなりませんが、石窯スチームオーブンレンジでは一度に焼けました。

 いつもですと、魚の下に野菜を敷いてホイル焼きにするところですが、昨日は普通に焼いて食べたくなりました。

 一缶は買い置きしておくコンビーフを使って、うっかり服部先生のレシピ『コンビーフとピーマンの炒め物』を作りましたが、これにも味噌を使うのでした。でも、娘が大好きで、喜びました。

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2009年8月25日 (火)

新カテゴリー追加のお知らせ

 思想関係については、「文化・芸術」「神秘主義」「評論」「コラム」「歴史」で長くやってきました。最近になって「占星術・タロット」を追加しましたが、どうも手狭に感じると申しますか、こうしたカテゴリーだけでは不足だと感じることが多くなりました。

 そこで、新カテゴリー「思想」「Theosophy(神智学)」、また当ブログで比較的よく採り上げる女性哲学者「シモーヌ・ヴェイユ」を加えました。

 なかなか過去記事の整理までは追いつかないので、記事が増えるごとに使い勝手の悪いブログとなるばかりで、申し訳ありませんが、このブログに対するわたしの愛着も増すばかりではあります。

 ところで、「Theosophy(神智学)」というカテゴリーをご覧になって、ご存知ないかたは何だろう、とお思いになるかもしれません。わたしがこのカテゴリーを用いる場合は、近代神智学運動の母と呼ばれるH・P・ブラブァツキー〔1831-1891〕の思想を意味しているとお考えになっていいと思います。

 わたしは神智学協会の不勉強な一会員にすぎませが、わたしの暮らしにはTheosophyが、プラトンや女性哲学者シモーヌ・ヴェイユの思想などと同じように学生時代からすっかり溶け込んでいて、切り離すことができません。それで記録の意味を持つわたしのサイトでは、個人的に触れる必要を覚えたときにのみ神智学に触れてきましたが、これからもそうすることでしょう。

 わが国では人口に膾炙しているとはいい難いブラヴァツキーですが、彼女の著作を紐解きもせずに、怪しい紹介をした著作や文章は、しばしば目にします。そうした安易な行動に走る前に、彼女の著作に触れていただきたいものです。

 ブラヴァツキーの代表的な著作『シークレット・ドクトリン THE SECRET DOCTRINE』の副題が「総合的科学、宗教、哲学 THE SYNTHSIS SCIENCE,RELIGION,AND PHILOSOPHY」となっているように、彼女の著作はそれらの宝庫です。

 邦訳版『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)」(神智学協会ニッポン・ロッジ、平成元年)には、仏教学者として著名であった中村元先生の推薦の言葉があり、それには、この大作がアジアの人々には、「自分たちの宗教的、文化的伝統の導きを自覚させ、アジアの精神的復興に大きく貢献した」とあります。

 ブラヴァツキーの生きた時代、アジアがどんな状況に置かれていたかを考えてみると、彼女の果たした役割の重要さ、大きさが想像できるというものです。 

 ちなみに神智学とは何かという質問に対するブラヴァツキーの答えが、H・P・ブラブァツキー『神智学の鍵 The Key to Theosophy』(神智学協会ニッポン・ロッジ、昭和62年)にありますので、平成7年の改版から、以下に抜粋・ご紹介しておきます。


 神智学(Theosophy)とその教義はよく、新しい宗教だと言われますが、そうなのですか?


 神智学は宗教ではありません。神聖な知識または神聖な科学です。


 神智学という言葉の本当の意味はどういうことですか?


 「神聖な智慧」、テオソフィア(Theosophia)即ち神々の智慧です。テオス(Theos)という言葉はギリシア語で神という意味ですが、神聖な存在のことであって、普通私達が言っているような意味での「神」ではありません。ですからある人が翻訳しているように「神の智慧」ではなく、神々が持っているような神聖な智慧のことです。神智学という言葉は何千年も昔からありました。


 その名称はどこから出たのですか?


 アレクサンドリア哲学者中、真理愛好者と言われているフィラリーテイアン派(Philaletheian)から来ています。フィル(phil)は愛すること、アレーテイア(aletheia)は真理という意味です。神智学という名称は三世紀に折衷神智学を創始したアンモニオス・サッカスとその弟子達から始まったものです。


 その学派の目的は何だったのですか?


 第一の目的はその弟子達や「真理を愛好する人達」すべてに、ある偉大な道徳的真理を教え込むことでした。今、神智学協会が用いている「真理に勝る宗教なし」というモットーもここから出ています。折衷神智学派の創始者達の主な目的はこの学派の現代の継承者である神智学協会の三つの目的の一つでした。即ち、永遠の真理に基づいた共通の倫理体系のもとに、あらゆる宗教、宗派、国民を調和させることでした。


 そのことが不可能な夢ではないこと、世界のあらゆる宗教はただ一つの同じ真理に基づいていることを、何によって証明するのですか?


 宗派の比較研究と分析によります。昔は「智慧の宗教」はどれも同じでした。かつて秘儀はどこにもありましたが、その秘儀でイニシエート達によって伝えられた教えがどこでも同じだったという事実は、太古の宗教哲学がすべて同じだったことを立証しています。「古い宗教はすべて、それよりも前に神智学と言えるただ一つの体系があったということを示している。一つの宗教の扉を開く鍵はすべての宗教の扉を開くはずである。そうでなければ正しい鍵ではありえない」とワイルダー博士は言っています(アレクザンダー・ワイルダー著『新プラトニズムとアルケミー』11頁)。


 アンモニオスの時代には数種の大宗教があり、エジプトやパレスチナだけでも宗派がたくさんありました。どうしてこのような宗教や宗派を調和させることができたのですか?


 今、私達がしようとしているのと同じ方法によりました。新プラトン派は大きな団体でいろいろな宗教哲学者達が属していました。私達神智学徒もそうです。当時はアリストプロスというユダヤ人が、アリストテレスの倫理学はモーセの秘儀を表したものであると断定しました。またフィロン・ユダエオスはピタゴラスの哲学とプラトン哲学をモーセの五書と調和させようと努力しました。ヨセフスは、カルメルのエッセネ派はエジプトの治療家(Therapeutae)の模倣者であり、信者にすぎないと証明しました。現在もそうです。私達はキリスト教のあらゆる宗派をいちばん小さなものまで、その系統を示すことができます。小さな枝は大きな枝の小枝ですが、小枝も大枝も智慧の宗教という同じ大きな幹から出たものです。これを証明するのがアンモニウスの目的でした。彼は異教徒とキリスト教、ユダヤ人と偶像礼拝者に、自分達はみな、様々な法衣をまとってはいるが、同じ真理をもち共通の母の子供達にすぎないことを思い出させて、彼等の争いをやめさせようと努力しました。これは神智学の目的でもあります。

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2009年8月24日 (月)

不毛な会話

 今回の事態を招いた夫の過去の行動について、「こんなことをすれば、いずれ、困った事態を招くことになるかもしれないという懸念を覚えなかったの?」と訊いてみた。

 それに対する彼の答え。「深くは考えなかった」

 虚脱感に襲われた。

 ああ、つける薬が見つからない。

 わたしの児童文学作品にそのうち登場させる予定の錬金術師にでも調合を頼まない限りは……。

※新カテゴリー「家庭の問題」を追加しました。

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前記事の訂正とお詫び

 前記事「わたしの神秘的な宝物」で、H・P・ブラヴァツキー著『神智学の鍵 THE KEY to Teosophy』(神智学協会ニッポン・ロッジ、昭和62年)の用語解説から、エゴとカルマに関する解説をご紹介しましたが、あとで読み返したところ、冷や汗の出るような写し間違いがありました。

 謹んでお詫び申し上げます。

 また、その部分を訂正したときに――それは昭和62年の初版からご紹介したものでしたが――、平成7年の改版と照らし合わせてみましたら、翻訳の違いがいくつか見受けられましたので、改版からご紹介し直すことに致しました。

 

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2009年8月23日 (日)

わたしの神秘的な宝物

 父と夫には引っ掻き回されっぱなしであるが、ふと冷静になったとき、彼らの問題は現在のわたし――というよりは、わたしがいつの過去世かで抱えていた問題の2つのサンプルだろうと思われてくる。

 父も夫も、当然わたしより年上であるにも拘らず、わたしは子供の頃から父の魂は若くて向こう見ずであると感じられていたし、夫の魂は父の魂よりは老けているだろうけれど、それでもわたしの魂よりは若いと感じることがある。

 自分がどれくらいの数の過去世を持っているのかはわからないが、すぐ前の過去世と想われるものの記憶だけは微かにあって――といっても、大人になった今ではそのときの生々しい感じは忘れてしまっている。子供の頃の記憶を辿って、なんとかそこへ辿りつくといった風だ――わたしはその過去世においては修行者で、死期を悟った老人のわたしは意識を保ったままで彼の世に赴くことを欲し、いわゆる即身成仏的な死に方をしたと想われる。

 その過去世の習慣の名残なのか、わたしは子供の頃、ひとりになれる場所で、よく厳格な瞑想を自身に課していた。一方ではごく普通の子供でもあって、それが一般的なことだと思っていた。つまり、皆がこの世は修行の場と自覚しており、前世と彼の世の記憶も少しは保持していながらも、ある含羞から、そのことを隠す決まりになっていると思い込んでいたのだ。瞑想なども、皆が隠れてこっそりとやっているのだと思っていた。

 そうではなそさうだな、と本格的に気づいたのは中学生になってからで、わたしは友人たちに片っ端から、自分の秘密の記憶や習慣を打ち明けてみた。友人たちは笑い、わたしが冗談をいったと思ったようだった。

 多くの人がわたしとは違っていたとしても、幸いわたしの共感をそそるようなことが書かれた書物は哲学や宗教の分野に存在するし、これはこれで自然に任せておけばいいと思っている。

 すぐ前の過去世のわたしは何となく、自分では立派な修行者と思っていた節があるが、結構独りよがりな人間だったのではなかったか。修行によって偏った人格を矯正するために、魂が生まれ変わるにあたって新しい肉体と環境を今のわたしのようなものに求めたとすれば、魂の慧眼はさすがだなと感心せざるをえない。

 一主婦として全うすることこそ、魂の望んだ修行だったのかもしれないと近頃になって思う。

 すぐ前の過去世のわたしは、相当に強靭かつ敏捷な肉体と知能を備えていたのではないだろうか。そんな感じの老人のムードが子供のわたしの記憶にはあった。その老人はたぶん心は温かではあったが、デリカシーには欠けがちで、他人を傷つけても気づかなかった。独りよがりな出家だの即身成仏だのをやらかして、身内を泣かせたりもしたに違いない。

 といっても、得たものもあったようで、たまにオーラの見えることがあったり、一種のテレパシー的感受性が働いたりとか、すぐ前の過去世の記憶と彼の世の微かな記憶を保持できたりしたのも、そのときの修行の賜物だろう。これこそ、わたしの宝物だ。もちろんこれらは、脳をはじめとする肉体の能力ではあるまい。肉体は生まれ変わるたびに、古い着物のように捨てられ、消滅するのだから。

 子供の頃の変に達観していた意識が、この頃、わたしに時折オーバーラップする。この生は、一つの生にすぎないとしきりに自覚される。だから死期が近いとは思っていないが、息子と「もしママに何かあったら」という会話を交わした。わたしは契約社員を続けている娘のことが一番心配なのだ。息子は縁起でもないと思ったらしく、「ママは80歳まで生きると思うな」といった。

 そうだとしたら、それはぞっとすることだが、大変ありがたいことでもあるだろう。長命を保てるのだとしたら、これまでのように四苦八苦しながらも、精一杯、感謝して生きて行こう。生まれ変わって、新しい肉体と環境に馴染もうとすることは、魂にとっては相当な苦労のようだから。

 父の現在の病的な状態は除いたとしても、昔から父と夫からは問題をもたらされることが多く、今生で彼らの問題がなくなることはないだろうと感じながらも、わたしは彼らと半ば問題を共有するしかない。それはカルマに関ることであって、いつのときかの過去世の自分に寄り添う体験だろうと思う。しかし、それはあくまで、できる範囲内での共有であって、必要以上の危険で愚かしい共有は御免だ。 〔関連記事:息子の夢と前世のわたし

 以下に、ご参考までにH・P・ブラヴァツキー著『神智学の鍵 THE KEY to Teosophy』(神智学協会ニッポン・ロッジ、昭和62年)の改版(平成7年)における用語解説から、エゴとカルマに関する解説をご紹介します。

エゴ(Ego,羅)
 「自我」の意。人間における「私は私である」という意識、つまり私は存在するという意識を言う。秘教哲学は人間に二つのエゴがあると教える。死すべきものである人格我と高次の神聖な非人格我で、前者をpersonalityと呼び、後者をindividualityと呼ぶ。

カルマ(Karma/Kalman,梵)
 肉体的には行為を言い、形而上的には応報の法則をいう。原因と結果の法則、即ち倫理的な因果律である。復讐の女神ネメシスに相当するのは、悪カルマの意味でだけである。正統派仏教でいう十二縁起の法の11番目のジャーティ即ち生にあたる。しかもそれは道徳的行為の結果であり、あらゆるものをコントロールする力でもあり、形而上学的サンスカーラ即ち個人的欲望を満たすために行われる行為の道徳的影響である。善行のカルマも悪行のカルマもあるが、カルマ自体はけっして報償を与えないし、罰しもしない。カルマとは、それぞれの原因の常軌に従い、ある結果を生み出すあらゆる他の法則を誤りなく、いわば盲目的に動かす唯一の普遍的法則である。「カルマはいかなる存在にとっても道徳的中核であり、それのみが死を超えて生き、輪廻する」、あるいは再生すると仏教でいう時、それはただ次のような意味である。それぞれの人格我が去った後には何も残らない。しかし、人格によって作られた原因は、それが正当な結果を生み出すまではなくならない。つまり、原因がその結果に取り替えられるまではこの宇宙から除去されること、いわば消し去られることはない。そして、そのような原因は、それを作り出した当人が生涯の間にこれに見合うだけの結果を生み出すことによって償わない限り、その後化身する自我(エゴ)について回る。そこでまた原因と結果の間の調和が完全に打ち建てられないと、その後々の輪廻につきまとうのである。人格我とは物質原子と本能的、心理的特性の塊にすぎないが、それは言うまでもなく純粋霊の世界にそのままで存続することはできない。本性において不死であるもの、本質において神聖なものである自我だけが永遠に存続することができる。各デヴァチャン期を過ぎてから、生命を吹き込む人格我を選ぶのは自我であり、過去世で作られたカルマ的原因の結果をこれらの人格我を通して受けとるのは自我であるから、自我が前述した「道徳的中核」であり、具現化したカルマ自体であり、これのみが死後も存続するのである。

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2009年8月22日 (土)

場所探し

 小説を進めたいと思っているのだが、書きたい情熱もストーリーの流れも、予想外の用事で寸断される。うちは、いろいろと変わったこと? が起きるので、父が起こした裁判のときもそうだったけれど、わたしはあまり人がしなくてよい経験やお勉強をするはめになりがちだ。 

 来週の木曜日は、夫がもたらしたそんな変わったことの一つのために、小会合を持たなくてはならない。どんな会合かはいえないが、そのための場所選びに、案外迷いに迷った。喫茶店だと軽すぎる。公共施設の小会議室を借りるには、1回きりになりそう(希望的観測かもしれない)。

 あれこれネット検索していたら、あるホテルのロビーラウンジにプライベートな座談会とかビジネスの打ち合わせといったあらゆるシーンに利用できる個室があるというのを見つけた。

 ドリンク付で、1時間8,000円、2時間10,000円というのは高いのか安いのかわからないが、料亭の個室とか離れとか? 借りるのに比べれば、はるかに安上がりだという気もする。で、予約した。リポートします、と書きたいところだけれど、当日はそれどころではないかも……。

 

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2009年8月21日 (金)

昨日の夕飯(麻婆豆腐スープ)

昨日の夕飯(麻婆豆腐スープ)

 昨日の夕飯は、鰆の香味焼き、舞茸とほうれん草のおひたし、ナスのマヨたらこ焼き、麻婆豆腐スープでした。

 ナスのマヨたらこ焼きは、TBS「はなまるマーケット」のサイトで閲覧したレシピを参考にしました。家族に好評でした。

 鰆料理も好評でしたが、わたしが昨日の夕飯でぜひご紹介したいと思ったのは、麻婆豆腐スープのレシピです。

 暑いときにも寒いときにも食べたくなる、そして食べると元気になれるスープなのですね。

 橋本加名子著「スープレシピ」(グラフ社)のレシピを参考にしましたが、同じ本から過去記事でご紹介した『豆腐チゲ』も元気になれるスープでした。

 レシピをご紹介します。

[材料:2人分]
豆腐1/4丁,豚ひき肉100g,A《しょうが少々,にんにく1/2片,長ねぎ5㎝》,B《酒・砂糖各小さじ1,豆板醤大さじ1》,水400ml,鶏ガラスープの素小さじ1,しょうゆ大さじ1,片くり粉大さじ1弱,ごま油大さじ1,粉ざんしょう適量.

[作り方]

  1. 豆腐は2㎝角に切り、Aはみじん切りにします。
  2. 鍋にごま油を熱してAを炒め、香りが出たら、ひき肉を加えて炒めます。Bを加えてさらに炒め、分量の水を注いで煮立てます。
  3. スープの素、豆腐を加えて豆腐に火を通し、しょうゆを加え、同量よりやや多めの水で溶いた片くり粉でとろみをつけます。
  4. 器に注いで、粉ざんしょうをふります。

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プランターのトマト

プランターのトマト

 色づいてきました。

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プランターの茄子の花

プランターの茄子の花

 今日も可憐に咲きました。

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2009年8月20日 (木)

締めつけられるような喉の痛み

締めつけられるような喉の痛み

 喉が急に、締めつけられるように痛んだ。突然に扁桃腺が腫れ上がったかのような痛みだったのだが、狭心症の発作の前兆だろうと思い、ニトロ舌下。

 まだ痛みが残っていて、はっきりしない。

 滞っていた小説が流れ出し、コワいもの知らずという精神状態にあるが、体はそうもいかないようだ。

 これまでに書かれたことのなかったようなタイプの小説を書こうとしているという思いが、気分を高揚させる。発表するあてもないというのに、そんなことはとるに足りないこととすら感じられる。

 荘重な哲学的トーン、時に葛藤が嵐のように起こり、また軽やかな憧れが紗のように漂う極上の人間味、人が寿命を全うしたときにわたしの作品を思い出してくれるような彼の世へのよき扉であるような小説にしたい。

 急がずにゆっくりと進めよう。

 ここまで書いているうちに、喉の痛みは治った。といっても体調はよくない状態が続いているのだから、油断は禁物。

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昨日の夕飯(洋風卵蒸し)

昨日の夕飯(洋風卵蒸し)

 茶碗蒸しを作るつもりでしたが、気が変わり、洋風卵蒸しにしました。
 余った液と具をココット型にも入れてみました。蓋の代わりに小皿を使って。

 バターと牛乳を使うので、こくのある、茶碗蒸しとはまた味わいの異なる美味しさでした。新婚の頃からもう27年も使っている「毎日の基本おかず400選」(主婦の友社)から、レシピをご紹介します。

[材料・4人前]
鶏肉100g,生じいたけ4枚,ほうれんそう適宜,卵大3個,牛乳2カップ,スープ3/5,月桂樹の葉1/2.

[作り方]

  1. 蒸し器を火にかけ、小型キャセロールか蒸し茶わんの内側にバター少々ぬる。
  2. ほうれんそうはゆでて冷水にとり、水気をしぼって、4~5㎝長さに切る。
  3. 鶏肉は一口大に切って塩、こしょうする。生じいたけは軸をとって四つ割りにする。
  4. 鶏肉を大さじ1/2のバターでいため、生じいたけを加えてさっといためておく。
  5. なべに分量のスープと牛乳、塩小さじ1、こしょうと化学調味料少々、月桂樹の葉を入れて少しあたためる。月桂樹の葉はとり出す。
  6. といた卵に⑤を徐々に入れてまぜ、こす。
  7. ①の器に④と⑥を入れ、蒸し器に入れる。最初は強火で2分、あとはごく弱火にして約15分蒸す。ほうれんそうは蒸し上がる4~5分前に入れて仕上げる。

 わたしは、石窯オーブンの適温スチーム・自動メニューで作りました。

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タイトル未定短編小説のために #2

 来週の木曜日に大事な用事を控えているが、そのための準備はだいたい終わったので、小説のことが頭に浮かんだ。例の死者と生者の思惑が交錯する舞台劇風の題未定小説だ。

 体調がもう一つなので、横になりながら考えていた。ふと、語り手を女性ではなく、男性にしてみてはどうだろうという案が頭をよぎった。これまでに男性を主人公にした作品は当ブログにも収録している掌編『牡丹』はじめ複数あるが、男性を語り手にしたもので完成に至った作品というと、『露草』だけだ。

 『露草』は男性が、別の男性の告白を読者に伝えるという設定だった。わたしは女性なので、男性を語り手にするとなると、自信がないが、Teosophy的観点からすれば、高級マナスに雄雌の区別はないはずだ……チャレンジしてみたいと思う。

 というのも、モデルとして自然にわたしの頭に浮かんだ男性を語り手に仮設定して(その男性になったつもりでやって)みたところ、怖いぐらいにすらすらと話が出て来たのだ。ストーリー的には煮詰まっていたので、あとは書くだけだと思いながら、どうしても筆が進まなかったのに、不思議なことだ。

 スタイルも、自然に告白調をとっていた。バンザイ! ようやく滞っていた小説が流れ出した。乗りついでに、この小説には男性名をペンネームとして使うのも面白いかもしれない。

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2009年8月19日 (水)

大事な用事を控えています

 体調よくありませんでした。来週の木曜日に大事な用事で外出しなければならないので、それまでには体調を調えておかなくてはなりません。

 下手をすれば、決して損なわれてはならないものが損なわれかねません。わたしたち夫婦もまた、大きな損失を受けかねません。

 これをなすべきは本来は夫ですが、彼には無理です。これまでの経験から明らかです。だからこそ、彼は自分に欠けたものを補うようにして、わたしのようなタイプの人間を伴侶として選んだのでしょうが、選ばれてよかったかどうかはさっぱりわかりません。わたしたちはおそらく、カルマの清算のために互いが必要なのでしょう(Theosophy的言葉が出てしまいました)。

 失敗は、許されません。怖ろしさで心が震えます。でも、臆病なわたしを助けるために息子が東京から駆けつけてくれますし、娘も助けてくれています。

 一般に公開しているブログで多くを語るわけにはいきませんが、このブログの管理人はこれから難しいテストに直面しようとしているとご理解ください。

 私的試練に次々と襲われますが、数学のテストなんかを考えてみても、問題は解き進むほど難しくなりますでしょう?

 全部解けたら彼の世に行けるのでしょうが、それはいつ? ずいぶん先に感じられます。わたしは前世の記憶をごくおぼろに保持しており、彼の世の空気のえもいえぬ細やかさ、柔らかな明るさを覚えています。この世の太陽の光の暗さ、きめの粗さが苦痛に感じられ、彼の世に帰りたいと思い続けていた子供時代でした。

 でも、彼の世の空気は問題が解けてしまったときのご褒美なのでしょう。これまでにずいぶん解き間違えた気がするので、今度の大きな問題の一つは間違えたくありません……。

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2009年8月17日 (月)

大恐竜展

大恐竜展

 恐竜展で感動するとは、思いませんでした。

 実物とレプリカとがありましたが、ニワトリを想わせる小さなものから、豹くらいのもの、象やキリンくらいのもの、巨大な頭部から途方もない大きさだろうと溜め息がでたものまで、様々な恐竜を堪能しました。

 ステゴザウルスの実物もレプリカもありませんでしたが、似たものはいました。

 プロトケラトプスの化石は忘れがたいものでした。小型の肉食の恐竜に襲われた草食のプロトケラトプスが、それを押しつぶそうとしたかのような態勢で反撃し、互いに組み合ったままの姿で化石になっていたのです。説明には、プロトケラトプスが巣を襲われたのだろうとありました。

 今回、ある事件の原因をつくった夫と、まるで何事もなかったかのように恐竜展を楽しんでしまったわたしは、正真正銘の馬鹿です。

 以前のわたしであれば、こんな脳天気な行動と精神状態はありえなかったでしょう。

 肉食の恐竜になって、彼のお尻をガブッとやれたらスカッとするだろうな、とは思いましたけれど。

 何にせよ、大恐竜展からパワーを貰ったわたし。不思議なくらいに、体調がよくなりました。ちょっと普通ではないのかもしれませんが。

 さて、一仕事も二仕事もしますか。

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13:00に、ニトロ舌下

13:00に、ニトロ舌下

 携帯からです。左腕の痺れがひどくなり、胸の圧迫感が起きたので、ニトロ舌下。

 吐き気は、軽くはなったものの続いており、フラつかずに歩けるかどうかはこれから試してみます。

 だるい外出ですが、14:00には出かけなくては。大恐竜展はじめ、あちこちに用事があります。

 ニトロ専用ペンダントを、今日はしっかりつけていきます。3錠も入るのですよ。

 いつもジタバタした、落ち着きに乏しいブログでごめんなさいね。では、また。

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私的事件勃発

 昨日、立て続けに2件、私的事件が起きました。一件は父夫婦に関すること、もう一件は夫が惹き起こしたこと。

 どちらも大したことではないともいえますが、こうしたハプニングに今のわたしの健康状態はついていけず、昨夜からひどく気分が悪い。

 でも今日行く予定だった大恐竜展には出かけます。児童文学作品『不思議な接着剤』の続きを書くために、行きたいと思っていました。今日が最終日なのです。

 昔から父と夫には、よくハプニングをもたらされてきました。父は今はサポートが必要な状態ですから批判はできませんが、昔の父を考えても、夫とは共通点があります。

 ただもうわたしは、作品を優先することにしたのです。振り回されていては、体力と創作能力を消耗し、何も達成できないからです。

 頭痛、めまい、動悸、吐き気が治まればよいのですが……。

 今週か来週、息子が来てくれるそうです。仕事を優先してくれるようにはいいましたが、心強いです。夫が何か惹き起こすたびに(その都度違ったことがもたらされることが多いのです。いわば中毒体質で、ある種の病気でしょう)、小さかった子供たちを抱き締めたものでしたが、今では娘と息子が逆にわたしを抱擁してくれます。

 結婚生活の嵐の中で書いてきたわたしを、今では作品が風雨から身を守る巌となってくれるかのようです。

 そして、今回も前もって感じられた彼の世からの見守り。これも2回。いずれお話しします。

 体調が悪いせいで、事件の見えかたも、受け止めかたもオーバーになっているのかもしれません。

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2009年8月16日 (日)

ニトロ舌下

ニトロ舌下
 
 胸の圧迫感、背中の痛みもあり、ニトロ舌下錠を使いました。

 このところ、心臓の調子は比較的よかったのですが、一昨日辺りからおなかがふくらみがちで、左上腹部が腫れているように感じます。昨夜は、その腫れている部分に痛みもあったし。U先生はこれでも「別に腫れてませんよ」とおっしゃるのかなあ。

 まあ我慢できないような痛みではなく、おなかのふくらみもガスかもしれないので、次回の内科受診まで観察を続け、どうしてもおかしいと確信したら、再度先生にお話ししたいと思います。

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2009年8月15日 (土)

わあ、恐竜のぬいぐるみだ~!

 文芸部時代の先輩から、宅急便。品名に「ぬいぐるみ」とあったので、もしや……とわくわくしながら開けると、出てきました!  恐竜のぬいぐるみが。

 過去記事で、先輩の奥様が作ってくださった動物のぬいぐるみをご紹介しましたが、リクエストしてよいということで、恐竜のぬいぐるみ――などという無理なお願いをしてしまったのでした。

 本当に作ってくださるなんて……誕生日がまた来たみたいです。子供の頃、わたしは親にほしいものをいって、それが望み通りに与えられる――という喜びはあまり経験したことがなかったので、何だか先輩ご夫妻がパパとママに想えてくるほどです。

 ステゴザウルスとトリケラトプスだそうで、デザインは先輩、制作は奥様とのこと。ありがとうございました! 大事にします。

 執筆中の児童文学作品『不思議な接着剤』に登場する子供たちも、喜んでくれることでしょう。作品の中で、主人公の紘平が工作の宿題で作ろうとしていたのは、ステゴザウルスでした。

P7310168 P7310170

 ステゴザウルスもトリケラトプスも草食恐竜らしい優しい顔をしていますが、このステゴザウルスは本当に優しそう。

 赤い盾が素敵です。尾のスパイクもよくできていますね。

 考古学によると、背の盾は薄かったそうで、飾りのようなものだと考えられているようです。身を守る武器となったのは、尾のスパイクではないかということです。

 トリケラトプスで特徴的なフリルが、またよくできていて感心しました。写真では、このフリルにほどこされた凹凸はわかりにくいと思いますが。
 P7310177 P7310153               
 このトリケラトプスは、利口そうに見えます。表情が、とってもユニークですし。

 どちらも、布の柄が恐竜に個性を与えていて、ぬいぐるみの温かさを感じさせます。

 前にいただいた牛とフクロウのぬいぐるみたちもそうでしたが、この恐竜たちも生き生きとしていて、じっと見ていると彼らの世界に惹き込まれてしまいそう。

 牛とフクロウを見ていて、思わず小品を書いてしまいましたが、恐竜のぬいぐるみたちは、『不思議な接着剤』の守護恐竜になってくれそうですよ。

P7310192_5

 アルミホイルの塊は、原始時代の岩のつもり。貧弱な舞台装置でごめんなさい。何しろ、工作が下手な紘平の作者なもので……。

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昨日、アフタヌーンティーで

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 アイスティーのなかに、フルーツが入っています。さわやかな気分になれたティータイムでした。

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2009年8月14日 (金)

タロット日記 1.

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 マルシア・マシーノ著『タロット教科書』(栄チャンドラー訳、魔女の家BOOKS)に、身の回りで起こった出来事を、日記の代わりにタロットカードを使って表現してみましょうとあったので、面白い……と思い、さっそく実行。

 哲学・教訓が表現されているという大アルカナ、日々の出来事が表現されているという小アルカナ。従って、生活のほとんど全ては1枚か2枚のカードで表現できるという著者の主張であるが、本当だろうか。

 初タロット日記では、創作に関するこの10年を、タロット的に振り返ってみることにした。

 30~40代、わたしの創作状況は賞応募というワンドの5(過当競争)に明け暮れ、ソードの5(傷つけたり傷つけられたり)といった類のものであった。

 節制の逆位置(落選)の原因には、ペンタクルスの8(修業中)から来る未熟さ、作風の法王の逆位置(オーソドックスでないところ)だけにあるのではなかった。賞応募につきまとう正義の逆位置(アンフェア)な、(偽りと予期せぬ変化が繰り返し起きる)という主に大手出版社が作り出す異常な状況というものがあって、それは彼らのペンタクルスの4(損得勘定)に端を発するものだ。純文学界の悪魔(低俗)な雰囲気はわたしの心身とも星の逆位置(むしばんだ)。

 ソードの10(失意にあえぎ)、力の逆位置(自己中心的となって否定的な感情に負ける)日々。賞獲得の戦場からはソードの6(退却)。それでも心の奥では、ミューズへのカップのエース(至純の愛)が燃えていて、カップの4の逆位置(創作を再開)した。
 
 小説を棄てはしないが、かつて……中学から高校にかけて熱中した分野の創作を審判(再び手がけたくなった)。それはカップの6・ワンドのエース(子供時代に関係する・創造)、すなわち児童文学作品の執筆である。法王(オーソドックスな)児童文学の本質は実は女教皇(神秘主義)であり、隠者(秘められた叡智の探求)なのだ。だからこそ、児童文学作品ではあんなにも愚者(無垢な人物の冒険)が描かれるのだ。わたしがこれまでに育んできた思想とカップの女王(母親として主婦としてのキャリア)を、これほど太陽(生かし)、皇帝(理想を具体化)できる分野は他にはないと思える。

 わたしは書き始めたが、取材の必要が生じ、ソードの4(休止)せざるをえなかった。が、ペンタクルスのナイト(社会人となった息子)のサポートもあり、秋に取材に出かける計画が実現しそうだ。よき出版社をペンタクルスのエース(富ませ)、ワンドの3(永続的な協力関係を結ぶ)ことができるような、そんな作品を、戦車(欠点を克服)し、女帝(温めて来たアイディアや計画を開花)させて、魔術師ペンタクルスの3(現実化、すなわち執筆)したいと思う。

 何だか暗号文を書いているみたいで、疲れた! 象徴言語を用いて表現すると、陳腐なわたしの賞トラウマ体験も、別物の感がある。 

 小アルカナはトランプの原型ともいわれる。ワンド(棒)はクラブ、カップ(聖杯)はハート、ソード(剣)はスペード、ペンタクルス(金貨)はダイヤ。

 『タロット教科書』にも使われているウェイト版は、数あるタロットカードのなかでも、圧倒的な人気を誇る。

 そのウェイト版は、神秘主義の秘密結社『黄金の夜明け団』と関わりの深かったアーサー・エドワード・ウェイトによって制作されたといわれている(絵はパメラ・コールマン・スミス)。ちなみにノーベル文学賞を受賞したアイルランドの詩人・劇作家として知られているイェイツは、『黄金の夜明け団』のメンバーだった。

 『黄金の夜明け団』が、カバラ、薔薇十字、神智学といった神秘主義哲学の影響を強く受けていることを考えると、ウェイト版タロットカードは、自己探求、瞑想の道具として制作されたものではないかと思う。

 神秘主義では、自己探求の必要性が自覚され、輪廻思想はそのなかでは当然のように出合うものなのだが、われわれ東洋人と違い、一般の西洋人にとってはそれは馴染みのない感触を伴う思想であったことだろう。タロットカードは、神秘主義を知らない人々がそれに親しむ知育絵本とか知育玩具のような役割を果たしたに違いない。

続きを読む "タロット日記 1."

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2009年8月13日 (木)

キノコのかたちのシュークリーム

キノコのかたちのシュークリーム

 娘がモロゾフから、キノコのかたちをしたシュークリームを買ってきました。

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昨日の夕飯(オクラのスープ)

昨日の夕飯

 石窯オーブンのダイヤルメニューにある「ハンバーグ」設定で、初のハンバーグ作り。

 「これは、いつものフライパンで焼くハンバーグとは別物と考えたほうがいいね~」と娘。そう、小型ミートローフと呼べば、ワタクシ的にはぴったり来ます。途中で、ハンバーグの横に半分に切った椎茸を並べましたが、これは美味しい仕上がりでした。

 ハンバーグに関しては、わが家ではフライパンで焼くハンバーグに軍配が上がったようです。

 フライパンで、外側をカリッ!に近いくらいに芳ばしく焼いたハンバーグを割ったとき、澄んだ肉汁がジュワッと出てくるあの感じ、美味しさは、確かに格別ですものね。オーブンで焼くと肉汁が沢山出てしまい、その中には旨味も溶け込んでいるに違いありません。でも、あっさりとヘルシーなハンバーグが食べたいときには石窯オーブンのほうがいいでしょう。

 写真では隠れてしまっていますが、「NHK『きょうの料理』ポケットシリーズ〈カラー版〉洋風・中国風スープ」(日本放送協会、昭和53年)を見て作ったオクラスープが洒落た味わいでしたので、本からレシピをご紹介します。材料は4人前です。

材料
オクラ…8コ、たまねぎ・トマト…各80g、ブイヨン…カップ4(固形スープの素2コを溶く)、コーンスターチ小サジ1、マデイラ酒(日本酒、ぶどう酒でもよい)…大サジ1、調味料…塩、こしょう

作りかた

  1. オクラはヘタを取り、塩少々加えた熱湯で2~3分ゆで、冷水に取って薄い輪切りにし、たまねぎは小さい色紙切りにし、トマトは小さいさいのめに切る。
  2. たまねぎとトマトをブイヨンで煮、柔らかくなったらオクラを加え、塩、こしょう各少々で味を調え、同量の水で溶いたコーンスターチを加えて全体を混ぜ、ごく薄く濃度をつけ、火を止めマデイラ酒を加える。

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2009年8月11日 (火)

花火に三句(自作)

花火に一句

 昨夜、マンションの通路から花火を見ました。

 以前住んでいた日田市の花火からすると、迫力に欠ける気がしましたが、可憐な趣がありました。両お隣さんも見ていました。

 携帯ではうまく写真が撮れなかったので、三句。

沈黙を生んで上がるや遠花火

花火見のサマードレスに夜風あり

双輪の花火に白む夜空かな

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おなかパンパンな感じ。地震のニュース。

 朝6時過ぎ、おなかパンパンな感じで目が覚めた。おなかがふくらみ、硬く張っていて、とめどもなく水っぽい痰が出る。胸の圧迫感があったが、この程度ならニトロを舌下しなくても、朝の飲み薬でよくなるだろうと思い、いつものインデラル、ヘルベッサー、アイトロール、シグマートを服用。

 サイト「おくすり110番」によると、インデラルはβ遮断薬(ベータブロッカー)。ヘルベッサーはカルシウム拮抗薬。アイトロールはニトロと呼ばれる硝酸薬の仲間。シグマートは、硝酸エステルのニコチン酸誘導体で、硝酸薬(ニトロ)に近いお薬。

 おなかパンパンの原因ははっきりとせず、循環器クリニックの先生は「ガスじゃない?」とおっしゃったり、「ニトロ舌下錠はある?」とおっしゃったりするが、ニトロを使ってみることは悪くないとお考えの様子。

 水っぽい痰はティッシュに吐いたり、洗面所で吐いたり。こんなことがあるので、先日、耳鼻咽喉科を受診してみたのだけれど、「鼻の中は完璧に綺麗で、蓄膿症の影もない」との先生の診断。わたしの誇張ではなく、先生の言葉をそのまま写した。

 ナンなんだか、さっぱりわからないが、思ったように、胸の圧迫感は朝の飲み薬でしだいに治まった。おなかパンパンな感じもましに。

 一段落してテレビをつけると、「静岡で地震」のニュース。 

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2009年8月10日 (月)

台風9号

 台風9号の北上に伴い、近畿から東北にかけて激しい雨を降らせているようですが、あなた様がお住まいになっている地域は大丈夫ですか?

 わたしは2004年9月7日に台風被害に遭い、5年も経つというのに、そのときの恐怖が未だにこびりついています。小説にもしました。⇒自作小説『台風

 民家に住んでいる場合、危ないと思ったら、早い時期に躊躇せず、避難すべきです。風雨が強まったら、避難しようと思ってもできなくなるからです。避難場所としては、地区指定の学校、自分で予約してホテルなど、堅牢な建物を選択。

 避難しない場合は、外にある物干し竿を地面に下ろし、観葉植物などを室内や無難な場所に移動させ、雨戸がない場合は、窓ガラスが破れたときに備えて補強をしておくといいと思いますが、網戸、カーテン、ブラインドなど、何でもいいから窓に蔽えるものがあれば、蔽っておくと違います。窓ガラスは、暴風雨下では最も凶器になりえます。

 懐中電灯、ロウソク(ライター・マッチ)、携帯電話(携帯電話機用充電器)、電池式ラジオは、必需品です。断水に備えて風呂桶・薬缶・鍋などに水を溜めておけば安心。

 ヘルメット、フード付レインコートがあれば、助かります。危ないとなったら、家の中にいても危ないし、室内にいても風雨に晒されることになりかねないのですから。

 ペットボトル入りの飲料水とカロリーメイト・乾パンなどの保存食が身の近くにあれば、安心できます。

 昨日わたしはめまいに悩まされましたが、台風の接近を感知して肉体が反応したのかもしれないと思ったりしています。

 東京に住む息子には、雨量が多いときは地下に下りないほうがいいが、どうしても必要な場合は、まずは細心の注意を払って様子を窺うようにといいました。こちらは晴れているのですが、台風トラウマのわたしは、台風の影響下にある方々と同じ心理状態にあります。とにかく、用心してくださいね。

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2009年8月 9日 (日)

宿が決まる。読み応えのある本2冊(鳥居民『昭和二十年』、マルシア・マシーノ『タロット教科書 第1巻』)

 夕方まで寝ていたら、めまいが治まり、体調もよくなったのだが、夕飯作りをすると、ぶり返しそうな気がするので、娘に弁当を頼んだ。

 そして、にも触れた鳥居民著『昭和二十年 第一部=1 重臣たちの動き』(草思社、1985年)を読んでいた。

 資料を駆使した臨場感に充ちた描写で、わたしの知らない昭和20年というわが国にとってこの上なく重大な出来事の相次いだ年が血肉化されていくかのようだ。読後、感想を記事にしたいと考えている。

 息子は、昨年出た『第一部=12 木戸幸一の選択』を先に読み、昨日丸善に『第一部=11 本土決戦への特攻戦備』を受け取りにいったという。息子はこれまでに出た巻を全て揃えたことになる。絶版になっている巻もあるそうだから、出ているぶん全部をわたしは揃えられないかもしれないが、第一部の1巻を齧っただけでもその心配をしたくなるほどの本なのだ。

 息子の就活を通して、化学、鉄鋼、非鉄金属といったメーカーに関心が拡がったこともあって、戦争の具体化には欠かせないそうした業界のことや、工場への空襲の記述などが生々しく感じられる。

 空襲の記述一つとっても、ただ空襲があった、というような書きかたではなく、それが米軍のどんな意図による空襲だったかがわかるような記述である。敗戦に至る戦争の構造をくっきりと見せてくれそうな書というのが、まだこのシリーズを読み始めたばかりのわたしの印象だ。

 ジャンルは異なるが、マルシア・マシーノ著『タロット教科書 第1巻 タロット・ワークブック』(栄チャンドラー訳、魔女の家BOOKS)も読み応えのある本だ。

 ワークブックとあって、レッスンごとにテストが挟まっている。レッスンでは、高度な内容がわかりやすく解説されている。わたしにとっては、これまでタロットの解釈に関して疑問を抱いたり、あやふやだったりした部分を強化してくれるような本だ。

 話は変わるが、息子から、秋の旅行で泊まる宿を予約したと連絡があった。わたしたちの希望した宿が取れたそうで、嬉しい。湯田温泉の松田屋ホテル、秋吉台の秋芳ロイヤルホテル秋芳館、萩の雁嶋別荘に1泊ずつ。

 第一の目的は、勿論、児童文学作品『不思議な接着剤』のための取材。本になるような作品に仕上げたい。

 そのために、もう少し体の状態を改善しておかなくてはと思う。涼しくなれば、何もしなくても元気を取り戻せるとは思うが、早めに漢方専門医を受診しよう。あちこち歩き回ると想像すれば、膝も心配になってくる。

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また、めまい

 携帯から。

 また、めまいがして、横にならざるをえなかった。頭を動かさないようにして、じっと横になっていたら落ち着いた。

 先日受診した耳鼻咽喉科の看護師さんに、めまいは症状が出たときでないと検査できないといわれたが、危なくて、出かけるのは無理。第一、今日は日曜日だ。

 脳神経外科のほうがいいかもしれないともいわれたが、腫瘤の経過観察に関連した脳のレントゲンでは「脳は綺麗」といわれた。

 昨日は日中も夜間も暑くて、例によってやたらと眠くなったり、心臓が変な打ちかたをして気持ちが悪かった。夕飯は作ったが、いつもは好きな鮭とサラミの匂いで食欲がなくなり、茄子でごはんを食べた。夏バテなんだろうな。

 メディトランステープを貼ってみようかとも思うが、過日貼ったところがかぶれて今も痒く、気が進まない。ああ、ここまで書く間にも吐きそう。

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 石窯メニューにある「焼き魚(切り身)」で、塩鮭を焼いてみました。ジューシーな仕上がりで、家族に好評でした。

 レタス、玉ねぎ、サラミソーセージ、プチトマト、ゆで卵のサラダに、早く使ってしまいたいクリームチーズをナイフで掬って加えたら、お洒落な感じになりました。ドレッシングは、おろしニンニク、酢、サラダ油、塩、こしょう。

 なすの田舎煮は土井勝先生のレシピ。ごはんの進むサイドディッシュです。

 4人分6個の下拵えをした(切り、薄い塩水につける)なすの水気を切り、サラダ油で強火で炒め、砂糖大さじ1と1/2と赤唐辛子小2本を加え、落とし蓋をし、中火で4〜5分。しょうゆ大さじ3と1/2を加え、煮汁が1/3になるまで煮ます。

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2009年8月 8日 (土)

秋茄子の句(自作)

茄子の花

 暦の上では、もう秋です。昨日、7日が立秋でした。束の間だった夏を惜しむかのように、茄子の花が咲きました。

 《茄子の花》《茄子》は夏の季語ですが、《秋茄子》という秋の季語があります。秋になる茄子のこと。

 まだ子供たちが小さかった頃、秋茄子の美しさに魅せられて、句を作ったことがありました。

秋茄子の黒く照り合ひ列なせり

秋茄子や花うす色に地の湿り

秋茄子のむらさき分けて花やさし

 茄子の花のやさしい色を見ていると、夏の名残に1句、作りたくなってきました。

 今日は亡き母の誕生日です。母が生きていれば、75歳。可愛らしい老女になって、4人の孫たちの成長をどんなにか喜んでくれたことでしょう。

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2009年8月 7日 (金)

仲間入りしたプチトマトと秋ナス

仲間入りしたプチトマトと秋ナス

 今朝ベランダに出て、びっくり。

 プチトマトと秋ナスを植えたプランターが、仲間入りしていました。夫の仕業です。

 プチトマトは、以前、失敗したことがありました。皮が物凄く厚くて、全く甘くないプチトマトに育ってしまったのです。

 ナスは初めてです。

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2009年8月 6日 (木)

栗ぜんざい

栗ぜんざい

 休みの娘と待ち合わせて、デパ地下にある但馬屋へ。お茶中。

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耳鼻咽喉科受診

 ぶっきらぼうな先生でしたが、一気にいろいろ調べて貰えました。ただ、わたしが一番知りたかったことは声のかすれがフルタイドによるものかどうかで、それについてはわからないままです。

 声のかすれが病的なものでないということははっきりしたけれど、病的……というのは、ポリープがある状態を意味していたようです。

 フルタイドの副作用でポリープができるなどといった記事はさすがに閲覧したことがなく、わたしもその心配は最初からしていませんでした。

 一応順序を追って記録しておくと、問診表をチェックしながら、「めまいに関しては、症状が出たときでないと検査できないんですよ。耳だれと、喉のほうへ鼻水が下りてくる症状と、声がかすれる症状について診ていただきましょうか?」と看護師さん。

 わたしは「はい」といい、声のかすれはフルタイドを使うようになってから出て来たことをお話ししました。ところで、めまいがあるときは、ほとんど立てません。そんなときに受診するしかないとしたら、救急車で行かなければなりませんが……困りますね。

 喉と顔のレントゲン、ファイバースコープ。蓄膿症の有無、ポリープの有無が調べられたようです。

 わたしの鼻のなかは完璧に綺麗だそうで、蓄膿症の影もないとか。

「ただ乾燥しやすいみたいだから、気持ちが悪いのだろうね」と先生。

 鼻水が喉のほうへ下りてくるのは、病的な原因でそうなるわけではないから、気にしなくていいようです。大量に出ることのある痰も、鼻の病気が原因ではありませんでした。

 夫はわたしの鼻がお気に入りなので、鼻の病気ではなかったことを知らせると、喜びました。高くもない小さなわたしの鼻ですが、「格好がいい」といってくれるのです。

 ひそかに鼻の病気があるかもしれないと思っていたので、ないとわかり、ホッとしました。

 左耳は外耳炎で、「真っ赤になっているわよ」と看護師さん。沢山できていた瘡蓋を、一心に先生はガリガリ。

 ステロイド軟膏を2本と書かれた処方箋が出されました。薬と引き換えるかどうかは、わかりません。

 結局、喉のかすれについてはポリープがないということしかわかりませんでした。フルタイドを使い出してから、わたしの声が変わったことは間違いありません。わたしの場合は声が変わったからといって、久しぶりに電話をしてきた知り合いにびっくりされるくらいのものですが、歌が好きな人、殊に歌手志望者にとっては、深刻な問題となりうると思います。

 ネットで調べた限りでは、うがいをしていても声がかすれる人は結構いらっしゃるようです。わたしも、うがいはきちんとしています。といっても、ここに書いたことは、あくまで素人の書いた、間違ったことかもしれないということは、お断りしておきます。 

 何はともあれ、これで漢方専門医を受診する用意が調いました。

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Oさんの言葉

 耳鼻咽喉科を受診するかどうかで迷っている。喉の状態を診て貰いたいのだが、受診科が増え、望まない形でちんたら受診を続ける……という事態になったりするよりは、まっすぐに漢方専門家のもとへ向かう方がいいのでは……と思ったりもする。

 そこで体の不調が治ってしまえば、耳鼻科に行く必要もなくなるではないかと虫のよいことを空想したりもするが、漢方の効果はすぐには出ないことが多いと聞く。わたしの声がひどく変わったので、家族は耳鼻咽喉科で診て貰ったほうがいいのでは……という。

 あれこれ悩まされている体の不調を根本的に改善したいと思った動機には、書き仲間Oさんからのよき刺激……真摯さと忠告があった。

 彼との文学談話については、記事にしようと思いながらできないままだが、中年になって創作を始めた理由と語られた半生には心打たれるものがあった。

 彼には、経済ルポライターをしていたという(話からすると燻し銀のような)人物が恩師とも父親代わりともいえる支えかたをしてくれていたということだが、昨年亡くなり、彼は恩師によくなってほしい一心で初めて小説を書いたという。小説を書きたいOさんの願望を見抜いて、「小説を書け」と恩師はいい続けていたからだった。

 話せば長くなるので、やはり記事を改めたいが、その恩師の代わりとまでは期待されていないだろうが、Oさんはわたしに見守ってほしいという。また、わたしは彼が小さい頃に憧れていた小母さんに瓜二つなのだそうだ。彼はわたしより7つも上なのに、わたしを見るときは少年の目になるのだ。

 実は、そんな浪花節調の話が自分に降りかかってくることはわたしは苦手で、自分のことが第一だから見守るのは無理だと思うが、経験でわかる文学上の悩みにはアドバイスするといった。

 既婚者で病人だから、例え動機が純粋でも、一対一で会うことは例外的な場合を除いてできず、いずれにしても2ヶ月間という車間距離をとってほしいともいい、文学的なことでどうしても訊きたいことがあればそのときはどうぞ、と付け加えた。

 Oさんはそれを守ってくれているが、会ったときに澄んだ両眼でわたしをじっと見つめて、心に沁みるような口調でいった。「とにかく、あなたは体を治さなくてはならない。そして書かなくてはならない。ただあなたは、小説というジャンルには留まっていられない人かもしれない」

 娘はわたしがその話をすると、「ママってよく、マザー・てれしゃになるよね」といった。そうマザー・てれしゃになって、Oさんや、今は俳句の世界に遊んでいらっしゃるKさん、昨日電話をくれた詩人とわたしが呼ぶ女友達を見守るためにも、もう少し元気になりたい。何より自分が書くために。

 さて、耳鼻咽喉科の受診、どうしよう?

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2009年8月 5日 (水)

今日の夕飯

今日の夕飯

今日中に記事のアップが間に合うかな?

コロッケ坊やの中身はポピュラーな、みじん切りにした玉ねぎと合い挽き肉をバターで炒め、つぶしたじゃがいもに混ぜたものです。

 そう坊やのフルネームは、ポテトコロッケ!

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4日に呼吸器クリニック受診(アレルギー検査結果)&今後の喘息治療について、私的に考えていること

 昨日、アレルギー検査の結果を聞くために呼吸器クリニックを受診しました。

 アレルギー結果報告書にあるアレルゲン名は、以下の33項目です。

コナヒョウダニ、ハウスダスト1、ネコ皮屑、イヌ皮屑、オオアワガエリ、ハルガヤ、カモガヤ、ブタクサ混合物1、ヨモギ、スギ、ヒノキ、ハンノキ、シラカンバ、ペニシリウム、クラドスポリウム、カンジタ、アルテルナリア、アラペルギルス、ラテックス、ソバ、小麦、ピーナッツ、大豆、米、マグロ、サケ、エビ、カニ、チェダーチーズ、ミルク、牛肉、鶏肉、卵白。

 このうちわたしはミルクと牛肉がいずれも1だっただけで、他はすべて0でした。ミルクと牛肉の1は気にしなくていいということです。

 娘も一緒に検査を受けました。花粉症の時期になると目の腫れや充血、ひどくなると鼻水に悩まされるからです。果たして、この辺りでは2月から5月にかけて飛ぶらしいスギとヒノキが高い数値でした。娘はネコを飼えませんし、食べ物は気にしなくてもよいということでしたが、エビとカニはあまり料理に使わないようにしようと思いました(「エビ好きだよ~。ナンともないんだから、今更気にしなくていいよ~」と娘はいいますけれど)。

 子供たちは小児喘息でした。当時受けたアレルギー検査では、喘息症状のひどかった息子よりも、少しある程度だった娘のほうが値が高く、今もアレルギー体質であるようです。2人とも、喘息はスイミングに行き始めて治りましたが、娘は皮膚のトラブルに悩まされがちです。

 大学時代にアパートで一人暮らしをしていた頃、皮膚科から貰ったステロイドとプロトピックをせっせと塗り続けてひどいことになったのですが、漢方専門医に通ってから綺麗になりました。

 この街に引っ越してきてからは通うのが大変になったということもあり、漢方専門医との縁が切れてしまった恰好です。昨年わたしは入院中に、この街で開業中の漢方専門医に関する情報を得ました。漢方では有名な先生だそうで、過去にレッドクロスで内科部長を勤められたかただとか。

 娘はそのような先生と縁をつくっておいたほうがよいと思い、そんなわたしのすすめもあって、昨年彼女はインフルエンザの予防接種をそのO内科クリニックで受けました。わたしも玄関まで偵察? に行き、古めかしい病院然とした建物に驚きましたが、娘は診察室で好印象を得たようでした。尤も、娘がそこで会ったのは、O先生ではなく、別の先生だったようです。

 呼吸器クリニックの先生は、娘が花粉症の症状に悩まされているようであれば、予防もできるとおっしゃってくださいましたが、わたしは娘が予防のために通うなら、O内科クリニックのほうがいいと思います。娘も、同じ考えであるようです。

 先生がおっしゃるには、1月前には予防を始めたほうがよいそうです。花粉症は20歳ぐらいから40歳までがピークで、花粉症の老人はいないとか。年をとったら治るそうですよ。

 いろいろと教えてくださる捨てがたい魅力があるにも拘らず、わたしは近々、その呼吸器クリニックではなく、O内科クリニックを受診するつもりでいます。以前から考えていたことではありました。といっても、まだO内科クリニックを喘息発作時のかかりつけにできるかどうかはわからないので、今の呼吸器クリニックにも並行して通うつもりではいます。

 ここでちょっとアレルギーの話題に戻りますが、わたしは、喘息はアレルギー体質から起きるものだと勘違いしていました。子供たちが小児喘息だったので、当時、喘息についてはいろいろな情報が入ってきました。アレルギー体質と結びつけて語られることが多かったせいか、わたしはそんな風に思い込んでいたのでした。

 しかしながら、先生によると、喘息とアレルギーとは別個のものと考えるべきだそうです。人によってはこの2つが重なる場合もあるが、そうでない場合もあるとのことでした。また、33項目のアレルギー検査では多くのアレルゲンの中からランダムに33項目選びとったにすぎないため、それ以外のものについてはわからないそうですし、検査結果には出なくても、実際にはアレルギーがある場合もあるそうです。逆に検査結果には出ていても、さほど気にしなくてもいい場合もあるとか。

 そういえば、先生はわたしの喘息について、アレルギー体質が原因とおっしゃったことは一度もありませんでした。アレルギー検査を受けたいといったときも、「何かアレルギーがあるのですか?」とおっしゃいましたっけ。そして、わたしの喘息の原因はおそらく頻脈を抑える目的で飲んでいるインデラルの副作用だろうとおっしゃいました。

 また、わたしの話をもとに、煙草の煙や香水の匂い、寒冷といった刺激に敏感に反応するタイプだろうとおっしゃいました。そして一般論として、動物は飼わないように、ハウスダストには気をつけるように、と注意をなさいました。

 先生がフルタイド主義者でさえなければ、わたしは文句がないのですけれど、フルタイド、どう考えてもわたしには合わない気がします。合う人のほうが一般的なのかもしれませんが、ネット検索してみると、合わないと書かれた記事も多く目にします。フルタイドの副作用で声帯が萎縮してしまい、前の声が戻らないことがあるとネットに出ていました。そして薬を替えて貰う人もいるようですが、わたしの場合は無理だと思います。

 あるとき――確か冬でした――ひどい咳をしていた女性が先生に、フルタイドを増やすようにいわれて増やしたが一向に効かないとひび割れたような声で訴えているのを耳にしたことがありました。その女性は、もっとフルタイドを増やすようにといわれていました。わたしはそのとき、今ほどフルタイドが自分に合わないと感じていたわけではありませんでしたが、ぞっとしてしまいました。

 壁には、フルタイドの治験例が貼られています。それはグラフで示されています。娘は、「あれを見ただけでも、フルタイドを別の薬に替えて貰うことが難しいことぐらいわかるよ」といいました。

 風邪をひいたとき、先生の指示通りにフルタイドを増やしてきましたが、むしろ喉が塞がる恐怖が募り、気管支拡張剤のメプチンエアーを使って窒息の恐怖から免れたことが何度かありました。そのメプチンエアーは、呼吸器クリニックではなく、循環器クリニックで出して貰ったものなのです。

 風邪の季節に入る秋から冬にかけて、わたしにはフルタイドしかないことを思うと、不安でいっぱいになります。前から漢方専門医にかかってみたいと思っていたこととこうした不安が重なって、前掲のO内科クリニックに行ってみようと思ったのでした。

 その準備として、レッドクロスの耳鼻咽喉科を受診し、喉の具合を見て貰おうと考えています。他にも、訴えたいことはあります。外耳炎っぽい左耳のこと。フルタイドを増やすと、鼻のなかが腫れ、鼻孔近くにおできができたりすること。鼻炎、副鼻腔炎はないか。原因のはっきりしていない、めまいの発作のこと。右耳の後ろに出来た凸については、脳神経外科で診て貰っているので、機会があれば……。

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これで元気回復

これで元気回復

 前の記事を書いたあとで胸の圧迫感が起き、左腕が痺れてきたので、ニトロ舌下。

 ニトロの穏やかで安定した効果を得るにはテープが一番なので、メディトランステープも貼りました。お陰で、胸の中がいい気持ちです。腕も涼しくなりました。

 テープは、わたしの場合かぶれるのが難点ですが、それを除けばいつも最高の使い心地なので、場所を替えながらしばらく途切れなく貼ってみようと思います。

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もう14時!

 このところ馬鹿に眠気に襲われているのですが、昨日はそれも薄らぎ、元気だったので、外出しました。

 今日はまたガクッと眠くなりがち……。先ほど夫が「地震大丈夫だった?」と電話してきたので、ああまた眠っていたと慌てたところです。

 地震は知っていました。飛び起きて玄関の戸を開けましたが、大したことはなかったので、ホッとして横になり……。

 この暑さに体が(というより心臓が)音を上げているのでしょうね。昨日、呼吸器クリニックで血圧を測りましたが、低いどころか、むしろ高めでした。低いせいで、眠いと思っていました。尤も、今日の値はどんなものかわかりませんけれど。

 ついでにアレルギー体質でもありませんでした。アレルギーに対する知識不足から、喘息はアレルギー体質から起きるものだと勘違いしていました。この2つが重なる場合もあれば、そうでない場合もあるそうです。

 ところで、実は前から呼吸器科を変わろうかと考えていまして、やはり徐々にそうしていきたいと考えました。理由はフルタイドに対して、というより治療方針に対する不信感といったところでしょうか。

 それを実現できるかどうかはわかりませんが、とりあえず実行あるのみです。風邪の季節に入る前に、受診に関する新しい関係を作れたらいいのですが。それまでは今の受診を続けますし、うまくいかなければ舞い戻るだけです。

 ずるい考えですが、納得できないのですから、この方法をとるしかありません。

 詳しくはパソコンから、次の記事で。なんていってまた寝たりして。

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2009年8月 4日 (火)

アフタヌーンティーにて

アフタヌーンティーにて

 娘とアフタヌーンティーへ来ています。

 カレー、フォカッチャ、サラダの季節メニュー。サラダには、パイナップルが入っています。

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2009年8月 3日 (月)

マックポテトで元気回復……したい

マックポテトで元気回復

 朝、発作にニトロ舌下錠を使ってよくなったあとも、心臓は依然不安定。何をしていてもガクッと眠くなり、いつのまにか、とろとろ、とろとろ眠ってしまいます。

 午前中はそんな風に過ぎましたが、休日の夫が破れた網戸を張り替えるといって買いに出かけ、その帰りにマックから電話してきたので、ポテトとカフェオレを頼みました(マックのアイスコーヒーにがい)。

 血圧が下がりすぎて、眠いのでしょうか。昨夏も確か、博多の美術館のロビーで、眠り込んだのか失神したのかわからないうちに1時間が過ぎたことがありました。あのときは新しい心臓の薬を使い始めたところだったので、そのせいと思っていたのですが……。

 おなかの調子もよくありません。胃腸薬を服用しても、おなかが痛くなるだけなので、むしろ1日1食にしたほうがいいです。

 それでマックは微妙なのですが、食欲が落ちたわけではないので(食べると、あとでおなかが変に膨れて苦しいだけ)、ポテトは美味しいわ~。

 間もなく午後3時ですけど、ここまで書くにも眠くて眠くて……数日前から小説を進めたいと思っているのですが、それどころではないくらい眠いのです。もしブログの更新が途切れたら、そのときは、夏眠したと思ってくださいね。

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朝ニトロ舌下

朝ニトロ舌下

 胸の締めつけがどんどん増していくのに、なぜかアルミ包装がなかなか破れず、焦りました。

 舌下後、しばらくしたら嘘のように楽になりました。

 7時過ぎの今は、発作の影も形もありません。発作が起きたのは、6時半頃。前の記事をアップしたあとでした。

 昨日からひどく疲れやすく、日中何度か急に寝てしまったりして変でした。心臓が疲れている気がしていました。

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2009年8月 2日 (日)

息子おすすめ鳥居民著「昭和二十年」シリーズ。浜田廣介童話集。Oさんと女友達から電話。

 雑多に、文学の話題。

 息子がすすめる鳥居民著「昭和二十年」シリーズ(草思社)。

 息子の話を聞いて読みたくなってしまったのだが、ネットで検索したところでは、知る人ぞ知るシリーズらしい。まだ刊行が続いている長大なシリーズのようなので、図書館から借りてこようかとも思ったが、外出がしんどいので、とりあえず最初の巻だけ娘に頼む(娘は書店勤務)。

 息子の話によれば、どこからあれほどの資料を集めてくるのだろうと思うほどの圧倒的な資料量、そして卓抜な資料遣い、論証の鋭さ・ゆるぎなさ、当時の状況をドキュメンタリータッチで生き生きと描き出す筆力など、わが国の歴史物にありがちな資料を無難に綴り合わせただけのものとか、変に空想に走ったものといった作品群とは一線を画するものがあるらしい。ただ論述はときに、ぐるぐるめぐることがあるそうだ。

 著者のプロフィールとして「東京に生まれ、横浜で育つ」ということだけしか公開されていないことがまた、好奇心をそそる。同じ著者の『日米開戦の謎』もおすすめだそうだが、こちらは、そちらの方面に関するある程度の基礎知識を必要とするという。

 以下に、草思社のホームページから、鳥居民著「昭和二十年」シリーズの案内をご紹介。

第一部=Ⅰ 重臣たちの動き
1月、米軍はフィリピンを進撃中であり、本土はB29の空襲にさらされるようになり、日本の運命は風前の灯火にあった。近衛、木戸、東条はこの正月をどのように迎え、戦況をどう考えたのか

第一部=2 崩壊の兆し
三菱の名古屋航空機工場への空襲と工場疎開、何年ぶりかの豪雪に苦しめられる北海道、東北からの石炭輸送。本土決戦に向けて会議をつづける陸軍。社会各層で徐々に忍び寄る崩壊の兆しを描く。

第一部=3 小磯内閣の崩壊
謎の中国人繆斌は本当に平和を求めて日本にきたのか、それとも国民党の特務なのか。内閣はこの中国人をめぐって対立、倒閣へと向かう。戦争終結構想、マルクス主義者の動向、硫黄島の戦い、岸信介の暗躍など、転機の3月4月を描く。

第一部=4 鈴木内閣の成立
だれもが徳川家の滅亡と徳川慶喜の運命を、今の自分たちの運命と重ね合わせるのだった。開戦時の海軍の弱腰はなぜだったのか。組閣人事で奔走する要人たちと、4月5日から7日の状況を描く。

第一部=5 女学生の勤労動員と学童疎開
工場や疎開地での悲喜交々の毎日?。戦争末期の勤労動員で親元を離れて軍需工場で働く生徒や疎開先の児童の日常生活をいききと描いた巻。また、風船爆弾や熱線追尾爆弾などの特殊兵器の開発の詳細にも触れる。

第一部=6 首都防空戦と新兵器の開発
前半は若き航空隊員たちの奮戦ぶりを描き、後半ではドイツからの技術援助の経緯と、絶望的な状況のなかでの電波兵器、ロケット兵器、人造石油、松根油等の新兵器開発の状況を描く。

第一部=7 東京の焼尽
5月24日、25日の最後の東京への大空襲で町は灰塵に帰した。ベルリンが陥落して孤立した日本はソ連への和平仲介を求めるしかないのか。政府・軍部に秘策はあるのか。

第一部=8 横浜の壊滅
5月29日、東京につづく横浜への昼間大空襲で街は灰燼に帰した。刑務所内には横浜事件の被告たちがいたが、この事件の真相はどうだったのか。清沢洌の死や木戸幸一追放劇の画策などを描く。

第一部=9 国力の現状と民心の動向
米も塩も石炭もない。海上輸送は壊滅状態となり、航空機の生産は水増しして発表される。新官僚たちがつくった「国力の現状」の報告書を中心に絶望的な状況に陥った6月初旬の日本を描く。

第一部=10 天皇は決意する
天皇は何を考えているのか。その日常と言動、さらには態度決定の仕組みなど、戦争終結へ向かうまでの核心部分にせまった天皇論。沖縄では絶望的な戦いまだがつづいている。

第一部=11 本土決戦への特攻準備
敗戦を描く大作の最新刊。6月上旬、梅津、長谷川、木戸らの言上により、天皇は、戦う方途はもうこれ以上ないと悟る。どのように行動をはじめるのか。他に桜花などの特攻兵器の開発の現状を描く。

以下続刊。

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 ジュンク堂で、ハルキ文庫から出ている「浜田廣介童話集」から『むく鳥のゆめ』、「新美南吉童話集」から『手袋を買いに』を立読みしてなつかしさでいっぱいになり、買い求めた。

 両著者の童話は子供の頃にも幾編か読んだが、わたしが情景描写の美しさ、感情表現の繊細さの虜となったのは、むしろ子育て時代のことだった。

 子供たちと一緒によく絵本を読んだものだったが、子供たちもわたしも前掲の2作品には特に魅せられた記憶がある。絵本を読んで聞かせるとき、幼い息子はなぜか、絵本の絵とわたしの顔を交互に、同じぐらいに熱心に眺めたものだった。

 これは余談になるが、台風被害に遭い、そのときの絵本の多くが駄目になったことは悲しかった⇒そのときのことを題材にした自作小説『台風』はこちらでお読みになれます。

 現在、素人芸ながら自分も童話を書く人間として両著者の作品を読んでみると、対象と一体化するまでの観察の濃やかさ、描写の丁寧さに改めて驚かされる。一例として、廣介の『五ひきのやもり』から、板をのぼって父やもりに会いにくる子供やもりを描いた一場面を引用しておく。

 ちなみに『五ひきのやもり』は、あら壁と板の間に住むやもり一家を描いた作品。父やもりは、不運な事故で板に釘で串刺しにされ、一命をとりとめて元気を回復したものの、身動きできない。

 くぎにかた手をかけながら、上半身をすこしねじってとうさんやもりは、子どもやもりのいるほうへ、きゅうくつそうにあたまのさきをむけました。その目は大きく見ひらいて、きらきらひかって、もえているかと思われました。三びきの小さなやもりは、まだ小さくて、かべから板にとびつくことができません。かべをつたって下までおりていきました。とうさんやもりは、よろこんで、からだを板のほうへよせ、はらと足を板におしつけ、三びきがのぼってくるのを待っていました。すると、たいらな板の世界に一ぴきの小さな頭が見えてきました。つづいて一ぴき、もう一ぴき、どれも似たような、かわいい足をうごかしながら、ちらちらとすすんできます。とうさんやもりは、どんなに、うれしかったでしょう。目には、なみだが、わきました。

  ――「浜田廣介童話集」(ハルキ文庫、2006年)――

 父やもりの悲惨な状態にギョッとさせられるが、明るい結末の用意された『五ひきのやもり』を収録した「浜田廣介童話集」、また「新美南吉童話集」を未読のかたにはおすすめしたい。大人になってから読めば、一層描写の美しさが身に沁み、日本人の心のふるさとに触れえる思いがする珠玉の作品集だと思う。

 新美南吉といえば、思い出されるのが、童話・童謡の分野で起きた文学革命――赤い鳥運動。雑誌「赤い鳥」は大正7年、鈴木三重吉によって創刊された。

 赤い鳥運動と縁の深い北原白秋の作品にわたしが夢中になったのは、大学時代だった。どうしてあれほどまでに、と今になると思えるほどだが、日本人の心の調べともいうべき言葉の旋律の美しさに開眼させられたからだろう。

 学生の身分では高価に思えた3,800円の「評伝 北原白秋」(薮田義雄著、玉川大学出版部、昭和53年)を買い求め、白秋の町・柳川を何度か訪ねた。

 当時触れた白秋の作品の中で、一番思い出すのは以下にご紹介する『カステラ』。カステラを食べるたびに思い出し、一層カラテラが美味しくなる。短い、一見おセンチな作品ながら、情景が鮮やかに浮かび上がる、白秋節を心憎く効かせた一編だと思う。

     カステラ

カステラの縁の渋さよな。
褐色(かばいろ)の渋さよな。
粉のこぼれが手について、手についてね、
ほろほろとほろほろと、たよりない眼が泣かるる。
ほんに、何とせう、
赤い夕日に、うしろ向いて
ひとり植ゑた石竹。

 ――「白秋詩集」(角川文庫、昭和37年)――

 ところで、赤い鳥運動の一環として「赤い鳥」創刊に先立ち配布されたプリントについて坪田譲治が紹介した三重吉の文章には、今のわたしが読んでハッとさせられるものがある。以下にその一部分を引用してみる。

 実際どなたも、お子さん方の読物には随分困っておいでになるようです。私たちも只今世間に行われている少年少女の読物や雑誌の大部分は、その俗悪な表紙を見たばかりでも、決して子供に買って与える気にはなれません。こういう本や雑誌の内容は飽くまで功利とセンセイショナルな刺激と変な哀傷とに充ちた下品なものだらけである上に、その書き表わし方も甚だ下卑ていて、こんなものが直ぐに子供の品性や趣味や文章なりに影響するのかと思うと、まことに、にがにがしい感じがいたします。西洋人とちがって、われわれ日本人は哀れにも未だ嘗ってただ一人も子供のための芸術家を持ったことがありません。私どもは、自分たちが子供のときに、どんなものを読んで来たかを回想したたげでも、われわれの子供のためには、立派な読物を作ってやりたくなります。

 ――「赤い鳥傑作集」(新潮社、昭和30年)――

 ありがたいことに、わたしの子供の頃は文学的に恵まれた環境にあり、児童文学の分野においても意識の高さが感じられた。

 が、今はどうだろうか。

 優れた作品も書かれているのだろうが、一方では、いつの間にか蔓延ってしまった俗悪なファンタジー物。古今東西の名作が手に入るのは喜ばしいことにしても、統一のとれない、何でもありの書店の児童書コーナー。童話コンクールも数多いが、概ね、文章がちょっと得意なママさんたちのお手軽な賞金ゲットの手段と化している感がある。

 わが国では、今一度、赤い鳥運動が必要なのかもしれない。⇒当ブログにおける関連記事:新聞記事『少女漫画の過激な性表現は問題?』について

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 新しい書き仲間Oさんのことには過去記事で触れたが、過日お目にかかり、内容の濃い文学話ができたので、記事にしようとしているのだが、書きかけて中断していた。それが丁度、この記事を書いている最中に電話がかかり、今日明日にでも記事にしてしまおうと思った。

 0さんは、わたしが貸したレオン・サーメリアン著『小説の技法』(西前孝監訳、旺史社、1989年)をうちのマンションのポストに返しに来て、そのあと電話をくださったのだった。

 0さんがこの先、純文学系に進むのかエンター系に進むのかはわからないが(応募する賞が違ってくる)、どちらの方向に進むにも役立つ本だと思い、会うときに見せようと持っていき、そのまま貸していたのだった。

 彼は本から一部コピーし、注文中だとのことで、気に入って貰えた様子。

 一対一でお目にかかるとあって、既婚者同士であるから、わたしはそれなりの工夫をした。その辺りの面白可笑しいエピソードも含めて、記事にしてみたいと考えている。

 わたしが詩人と呼んでいる文芸部時代の女性先輩のことに関しても、過去記事で何度も触れたが、昨日電話をいただいた。このところ彼女の統合失調症の病状は落ち着いている様子で、爽やかな彼女と会話を楽しんだ。⇒当ブログで紹介している彼女の詩はこちら

 が、春頃は調子が悪かったようで、わたしにもそれは感じられたが、そのときに童話を2編送った気がするが、どんなものだったか記憶になく、題名すら覚えていなくて、原稿といえば、わたしに送ったものだけだそうだ。それで、それを送り返してほしいということだった。

 元原稿は作者自らが持っておくべきで、人に送るのはコピーにしたほうがよいと一応注意し、彼女も同感して詫びたが、そのときの状況が状況だけに、それが無理だったのだろう。

 こんなことは過去に何回か繰り返され、わたしは彼女の作品の保管庫になっている風でもある。台風被害に遭ったり、病気が増えたりしてからは、わたしもどこまで他人の作品を管理できるかわからない不安がある。

 そういえば、前掲のOさんから伺った話だが、知り合いのセミプロといっていい書き仲間に、原稿を銀行の貸し金庫に預けている人がいるそうだ。なるほどね、と感心した。

 話が逸れたが、彼女の記憶にないわたしに送られた童話は確かに2編で、その他にもエッセーが送られている。

 童話は、2編とも、彼女の作品にしては破天荒なもので、わたしは唖然とさせられた。それでいて、綺麗さと洒落たものを失わない、魅力的な作品なのだ。とりあえずは保管が必要だろう。彼女に返したら、却って危ない。失われる危険性が高くなる。

 わたしは彼女に許可をとり、コピーをとってから送り返すことにした。わたしに送られた彼女の作品の中で、よいと思った作品だけでもパソコンで清書してメモリーに保存しておいてやりたいが、わたしは自分の作品すら、そうした作業ができていない。

 ホームページも2つ作ったものの、パソコンで打ち直す作業が面倒臭い。やたらと時間を食う。その時間を、新しい作品を書くことに使いたいと思ったりもする。素人には、作品の保管という問題が付き纏う。保管してナンになるのか、という悲しい葛藤も付き纏う。

 素人でありながら作品の発表の場をもたせていただけるネットサービスには、本当に感謝している。 

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 過日作った石窯オーブンレシピの『ヨーグルトチキン』が美味しかったので、またそれを作るつもりでしたが、「毎日のお総菜シリーズ 肉料理」(婦人之友社、1986年)の『フライドチキン〈3〉』を見て気が変わり、双方をとり入れたかたちとなりました。

 『フライドチキン〈3〉』の作り方を本からご紹介しますと、とりの骨つきぶつ切り、又は手羽元に塩、胡椒、ガーリックパウダー、タイム、オールスパイス、チリパウダーなど、好みのスパイスと小麦粉をまぶしつけます。

 天板にオイルをぬってとり肉を並べ、200℃のオーブンで20~25分、焼き目がついたら肉を返し、更に10~15分焼きます。

 焼き方は、わたしは石窯オーブンレシピに従いましたが、途中返して長めに焼きました。鶏肉と一緒に、輪切りにしてヨーグルトに漬けたサツマイモに塩を振り、焼きました。このチキンとサツマイモも、家族に好評でした。

 使い切りたい水菜、ほうれん草、みょうががあったので、レタスのサラダに水菜を加え、みょうがのせん切りを散らしました。ドレッシングは服部先生のレシピで、マヨネーズ大さじ4、ごま油小さじ1、しょうゆ小さじ2です。

 水菜と油揚げのスープ。茹でたほうれん草には卵の黄身を落とし、しょうゆをかけました。

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