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2009年7月の36件の記事

2009年7月31日 (金)

30日に循環器クリニック受診

 昨日、循環器クリニックを受診しました。

 こういってはナンですが、不満足な受診内容でした。

 というのも、2年前に見かけた看護師さんがいらして、2年前のそのときは、その看護師さんがわたしの顔がナンとかいう女優さんに似ているだの、先生もわたしのことをその看護師さんに「この人はね、芋たこなんきんなんだ。将来の作家さんだよ」などとおっしゃり、いつもと診察室の雰囲気の異なる中での落ち着かない受診に終わりました。

 その看護師さんは先生の奥様なのではないかと思っていたのですが、昨日の受診で、正解だったとわかりました。他の看護師さんから以前に聞いたところでは、奥様が手術の助手を勤められるとか。普段はめったに見かけません。

 で、まあそういうことはどうでもいいのですが、普段の受診の流れですと、診察前に検査室で、体重・血圧測定⇒看護師さんの問診。
 診察室では、看護師さんの報告を受けた先生が問診⇒軽い雑談が入ったり入らなかったり⇒診察(脈拍を診、胸のあちこち・首筋などの聴診、最後に目を丁寧に診られます)⇒さらなる問診・注意など⇒大抵雑談が入り⇒投薬に関する確認や説明……という具合です。こうした流れのどこかで心電図・血液検査・尿検査など、必要に応じて検査の入ることがあります。

 それが昨日はナンだか、ぐしゃぐしゃになった受診の流れの中で、雑談が夾雑物の印象を与えるものとなり、話したいことも話せないまま、看護師さんの「はい。では、あとはお薬ですね」という裁断する調子の言葉で、受診は唐突に終わりました。先生はあっけにとられた表情で何かいいたそう……わたしもまだ受診の途中の気がしたまま、仕方なく診察室を出ました。

 受診のたびに先生とずいぶん無駄話をしている気がしていましたが、それは単なる雑談ではなく、診察の流れを損なわない、診察の一項目ともいえるもので、先生に対して患者の生活面の情報を与えるものだということが改めてわかりました。

 わたしは受診前に、先生に質問したい事柄を予習していくのが常です。昨日は、次のことをお話しするつもりでした。

  1. めまいのこと。
  2. レッドクロスの内科で受けた腹部造影CTで、肝嚢胞の他に左腎にも新しく嚢胞が2個見つかったが、今のところ問題ないといわれたこと。
  3. 呼吸器クリニックで、おなかがパンパンになる現象に胃腸系の薬ベリチームカプセル・マグラックスを出して貰ったこと。
  4. フルタイドを増やすと、鼻の中が腫れ、鼻孔近くにおできができること。

 めまいのことは、検査室で別の看護師さんにご報告していました。

 診察室で、先生はカルテを見ながら、おなかパンパンの現象について「おなかが膨れる症状はまだある? それにニトロが効くといったよね?」とお尋ねになり、わたしはニトロでよくなることがあるといい、おなかが膨れる症状に呼吸器クリニックで胃腸系の薬が出されたことをご報告しました。

 先生は胃腸系の薬については何もおっしゃらず、考え込みながら、「まだニトロ舌下錠はある?」とおっしゃったので、ニトロはまだありましたが、少なくなってくると心細いので、出していただくことにしました。

 次に、「めまいがしたって?」と先生。わたしは、そのときの状況を詳しくお話ししました。先生が「また根を詰めて執筆していたんじゃない?」とおっしゃったので、外出しなければならない用事が立て込んでいたといいました。

「ちょっと外出しただけで、ひどく疲れるんです」といったあと、雰囲気を和らげるために「先生はまだマラソンを続けていらっしゃいますか」と雑談を入れました。そこへ先生の奥様と思われる看護師さんが「ちっとも痩せないんですよ」と強い口調でおっしゃいました。

 わたしにはそれほど肥っては見えないけれどな、と思いながら「お顔がほっそりなられましたよ」といいました。「顔が大きいんです。ホントに大きくって」と看護師さん。それから3人の言葉が入り乱れる訳のわからない雑談となりました。

 看護師さんは先生に「減量してからマラソンすべきよ」「膝に来たら困ります」「腹が出ている」だの、わたしにはしきりに「あなた、小顔で可愛らしい」とおっしゃり、先生は肥っている、腹ボテ、膝に来る――などといった奥様いえ看護師さんの言葉の盾にでもするかの如く、「この人は執筆なさるんだ」などと、わたしの素人芸を大袈裟に強調なさって(看護師さんの攻撃を別方向に逸らす意図からでしょう)、わたしはそうした言葉に対して何かいい……楽しい雑談というより、五月蝿い雑談となりました。

 そして唐突に看護師さんが「はい。では、あとはお薬ですね」と、きっぱり。うーん、わたしはもしかしたら奥様から見れば、先生にくっつきそうな虫にでも見えたのかしらね。夫婦の仲のよさを見せつけられたのかもしれませんが、わたしは不愉快になりました。結局、2.と4.は先生にご報告できないままでしたし、脈拍も胸の音も目も診て貰えないままだったからでした。あー、お2人とも、そのままで充分に素敵ですから、夫婦喧嘩紛いもラブラブ紛いもおうちでなさってください。

 今回の投薬。

インデラル錠10mg ⇒ 1日3回、毎食後、40日分
ヘルベッサーRカプセル100mg. ⇒ 1日2回、朝・夕食後、40日分
アイトロール錠20mg ⇒ 1日2回、朝・夕食後、40日分
シグマート錠5mg ⇒ 1日3回、毎食後、40日分
ニトロペン舌下錠0.3mg⇒胸痛発作時10回分

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2009年7月29日 (水)

煮詰まった旅行計画

 児童文学作品『不思議な接着剤』のための取材と家族の親睦? を目的とした旅行計画はだいたい煮詰まり、日程と宿泊先が決まりました。

 といっても、予約をとってくれるという息子がJTBに出かけてみないと、希望する宿に空きがあるかどうかはわからないのですが、ネットではまだあるようなので、大丈夫かなとは思っています。

 秋に、湯田温泉の旅館、秋吉台のホテル、萩の旅館に泊まる3泊4日を考えています。

 息子が宿泊代を出してくれるというで、ありがたい話ですが、息子にも社会人ドクターの計画があったりするので、言葉に甘えていいのかしらと考えました。

 でも、結局甘えることになりそうです。

 会社の独身寮暮らしなので、学生時代に比べたら、住居費と食費の心配が少なく、また社会人ドクターの計画にしても、大学とマスター時代の金銭的な大変さが主にそうした生活費の捻出面から来ていたため、2ヶ月に1度の割合で研究室に通うことになるにしても、学費と交通費にはさほど不安はない様子。

 大学は国立だったので、理系であっても学費の心配はそれほど要りませんでしたが、距離的に通学はできなかったため、アパートを借りるなど、何しろ生活費がかかりました。

 返還義務のない奨学金もあったとのことですが、同時に返還義務のある奨学金の希望も出すことはできなかったため、もし返済返還のない奨学金に通らなければ、大変なことになります。それが不安で息子は、返還義務のある奨学金にしか希望が出せなかったといいます。生活の基盤がある今は、むしろそうした返還義務のない奨学金に希望を出すこともできるでしょう。

 息子に旅行のことでメールを送ったときに、前後して研究室の教授から研究に関することでメールが届いたそうで、まだ教授には社会人ドクターの計画については話していないようですが、マスターを卒業したといっても、こうした交流の話をちょくちょく聴くせいか、息子がまだあの研究室にいるような錯覚を起こしてしまいます。

 教授から連絡があると、息子は職場では得られない類の緊張感と昂揚を覚える様子。職場では指導役の上司がつき、まだ研修の続きのような感じなのでしょうが、職場での作業は遊びのようなちょろいものに感じられるようです。

 大変になってくるのはこれからなのかもしれませんが、ある程度はわたしもそうなるだろうなと想像していました。わたしには窺い知れぬ世界のことなので、本当に想像するにすぎませんでしたが、その分野の世界的権威といわれる教授のもとで、研究室の人数は少なく、息子の様子から、求められるレベルには高いものがあるように感じられたのです。

 バイトが欠かせないひとり暮らしの大変さのあるなかで、何とかあの質の高さに対応していっているのだから、就職してからのほうが楽に感じるに違いないとわたしは思っていました。

 就活も異様に大変でした。就職難が一時的に緩和された恵まれた年の就活であったにも拘らず、研究室でしてきたことが、企業の求めを超えたところにあったからです。ドクター卒よりもマスター卒のほうが就職には有利と踏んでいた息子でしたが、企業向きではない研究内容は就活に困難さをもたらしたのでした。

 が、長い目で見れば息子が触れた研究は、現在身を置いている企業にも役立つと、息子は見ているようです。

 息子がマスターコースに進もうとする頃、息子は夫に絶縁状を叩きつけました。ある男性の書き仲間の一人から、男の子はむしろそうであったほうがよい、アットホームの中で育ち、父親から自立できなかった息子ほど悲劇的なものはないと諭されました。

 過激な考えだなあ、でも、もしかしたらそんなものかしらと思ったのは、夫と息子が一つ家にいたときの夫に、雄が他の雄をテリトリー内から追い出しでもするかのような気配をわたしは確かに感じていたからです。そんな風な夫を、わたしは好きにはなれませんけれど。

 不思議と肉親関係に恵まれない人間には、それの代わりとなるような存在が出てくるように思います。研究室の教授はある意味で、父親以上に父親ではないでしょうか。

 息子が里帰りできなければ、こちらから会いに行くまでとわたしは思い、娘も弟には会いたがるので、わたしたち母娘には旅行の機会が増えました。息子とわたしは、知識や情報の交換などで、友人的なつながりの割合が高まってきたように思います。夫は不思議と、わたしたちの旅行に口出しをしません。息子もたまに父親のことを、それとなく案じている風に尋ねたりもします。

 だからこれでよかったという風にはわたしは割り切れませんけれど、こんな家族もありと思うことにしています。 

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2009年7月28日 (火)

娘作アプリコットマフィン&チーズ蒸しパン

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 先週、娘作が作ったアプリコットマフィン。よくできていました! 夫にも、職場の仲間にも、好評だったそう。

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 そして、このチーズ蒸しパンは娘が今日作ったもの。ふわふわのチーズ風味の蒸しパンは、わたしのお気に入りになりそうです。蒸しパンに散りばめられているのは、刻んだピスタチオです。

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 昨日は、夏にぴったりの服部先生レシピ『豚肉ときゅうりのカレー炒め』をしました。レシピはこちら

 きゅうりと赤いジャンボピーマンが、夏の気分を盛り上げます。

 イタリアンなイカのトマト煮も、さっぱりとした味わい。春雨スープは、みじん切りにしたにんにくをキツネ色に炒め、赤唐辛子を加えたスタミナのつきそうなスープでした。この2つのレシピは、いずれプチで。

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2009年7月27日 (月)

23日に、呼吸器クリニック受診

 23日に呼吸器クリニックを受診しました。

 血圧(の数値は覚えていませんが)、正常。酸素飽和度も97で、よい数値でした。

 喘息でかかっている呼吸器クリニックですが、看板には呼吸器・アレルギー内科クリニックと書かれていますし、物識りな先生なので、大抵の体の不調はお話しすることにしています。

 で、食事のたびにおなかがパンパンになって苦しいと訴えてみました。循環器クリニックでも内科でも、ガスだろう、といわれたあの現象についてです。

 腸の動きが悪くなっているのだろうということで、胃腸系の薬べリチームカプセルとマグラックスを出してくださいました。便を出しやすくする薬には、腸を強制的に動かす薬と便を柔らかくする薬とがあるそうで、前者には腹痛が起きることがあるらしく、わたしに出されたのは後者に属するマグラックスです。

 実は、先生にいわれるまで、便秘をしているという自覚がなかったのですが、ガスとなると、便秘が絡んでいないとは考えにくいですよね。

 肝心の呼吸器に関することで、先生にお尋ねしたいことがありました。フルタイド(吸入ステロイド)に関してです。

 1回1BL・夜1回吸入することになっているフルタイドですが、これはわたしのフルタイドに対する漠然とした不安を先生が酌んでくださって、この量に抑えていただいたという経緯がありました。

 そして、必要を感じたときには、吸入をわたしの判断で自由に増やしていいことになっています。

 コンサートに出かけるとき、遠出するとき、人に会うときに喘息の発作が出ては台なしですし、風邪をひいたときには喘息が決まって起きるので、いずれも予防を強化するために増やすことにしていました。

 ところが、フルタイドを増やしたあと、決まって鼻の中が腫れ、鼻孔に近いところにおできがしばしば出来るようになりました。声は、フルタイドのせいかどうかはわかりませんが、とうに枯れたような、高音域が出ない声になってしまっており、フルタイドを増やすと、その喉も不快な状態になります。

 喉の痛みは狭心症の前兆と紛らわしいですし、鼻症状も外出時に何かアレルゲンを吸い込むためかとも思われたので、注意深い観察を今年に入ったくらいから続けてきました。

 その結果、フルタイドを増やすと、やはり、鼻と喉に不快な症状が起きることは間違いないという気がしています(といっても素人判断ですので、間違っているかもしれません)。

 そういえば、最近、紛らわしいことがありました。

 今月の13日に、腹部造影CTを受けたのですが、そのとき検査前の処置として受けた点滴のことです。看護師さんが「予防のために点滴をします」とおっしゃったので、「何の点滴ですか?」と尋ねますと、「生理食塩水です」とのことでした。

 昨年の入院中に頭部・頚部造影CTを受けたときは、わたしの喘息が考慮され、当ブログに投稿したそのときの記事にも、「11時半から頭部・頚部造影CTでした。喘息なので、用心してアレルギー防止の薬を点滴してから造影剤を入れることになりました。」と書いています。アレルギー防止の薬=わたしの場合、喘息予防の薬?=ステロイド?

 何にしても、そのときはアレルギー防止の薬を点滴したにも拘らず、検査中に軽い喘息の発作が出ました。

 そのときと同じ内科の主治医U先生から腹部造影CTを受ける際、造影剤を体に入れる前準備として点滴するのは生理食塩水だけということだったので、今回はアレルギー防止の薬を使わないのだろうか、と心配になりました。

 周到なU先生がわたしの喘息もチェックせずに、造影CTをなさるなんて妙だな、と思ったものの、わたしの喘息は、防止の薬を使おうが使うまいが出るときは出るので、まあいいや、と思いつつ検査していただいたのでした。

 不思議なことに、喘息は出ませんでした。

 ところがその検査を受けたあと、その日のうちだったか翌日だったかは記憶していませんが、鼻の中がかなり腫れて痛くてたまらず、鼻孔の近くにおできもできたのです。変だなと思いました。

 当日、フルタイドは使用していきませんでした。そして、体に入れたのは造影剤と生理食塩水だけだったはず。

 それなのに、まるでフルタイドを使いすぎたみたいに、同じ症状が出ました。ということは、やはりわたしの鼻孔の腫れやおできはフルタイドとは無関係で、外出中に何かのアレルゲンを吸ったことが原因なのだろうかと考え込みました。

 そして、16日は午後に整形外科の診察を受けたのですが、そのときに先生が気懸かりそうに「最近、内科で注射を受けた?」とお尋ねになったのです。「注射……ですか? 腹部造影CTを受けたので、生理食塩水と造影剤の点滴を受けましたけれど?」というと、先生は「え、ああ……。13日ですよ。そのとき、注射を受けたんじゃ?」と、いつもは佐世保弁の先生が標準語で、何だか動揺でもしたように、納得できないムードを漂わせて、しきりにお尋ねになったのです。

 そのときはわけがわからなかったのですが、もしかしたら、生理食塩水だけでなく、喘息予防の薬を点滴されたのかもしれないと考えました。それがステロイドだったとしたら、そのせいで鼻の中が腫れ、おできができたのかもしれません……といっても、全てはわたしの想像にすぎません。

 ただ、内科の先生は「喘息が起きない造影剤を使う」、脳神経外科の先生も「心臓の血管の痙攣が起きない麻酔薬を使う」といったいいかたをなさるので、何の薬が使われたのか、わからないのです。訊けば、教えてくださるのでしょうが。

 この腹部造影CTのときのことはわたしの想像にすぎないので、呼吸器クリニックの先生にはいいませんでしたが、フルタイドを多めに使うと鼻の中が腫れ、おできができることを訴えてみました。

 すると先生は、ステロイドの種類によってはまれにアレルギー反応が出る人もいるが、フルタイドでは聞いたことがないとおっしゃいました。それでも、「様子を見ていてください」とのこと。

 風邪のときには特にフルタイドを増やすようにいわれていますが、増やすと喉も鼻の中もむしろぶよぶよになる気がするのです。喉の塞がる恐怖が増す気がして。わたしは使い始めの頃からフルタイドが嫌いでした。何か体に合わない気がして仕方がないのです。

 わたしの気のせいとか取り違えかもしれないので、フルタイドの使用に関してはこれからも自己観察を続けて先生にご報告したいと思っています。

 33項目のアレルギー検査をお願いしましたが、当然というべきか、その中にステロイドは入っていません。そのアレルギー検査の結果が出たと、土曜日にはクリニックの看護師さんから連絡がありました。「あてずっぽうに選んで検査するだけですから……」と先生はおっしゃいましたが、随分参考にはなるでしょう。

 また、これ以上通院する科を増やしたくはないけれど――何も通院になるとは限らないので――、一度耳鼻咽喉科を受診してみようかなとも考えています。声の掠れはもうよくならないのか、またときどき腫れる鼻の中の状態、それに脳神経外科で経過観察になっているコブの1つ――右耳の後ろのクリクリについても、耳鼻咽喉科の先生の意見を伺ってみたい気もします。

 最後に話題は逸れますが、この呼吸器クリニックを受診した日はよく歩き回ったせいか、膝がおかしくなりました。

 半月板損傷でないことがわかりましたが、整形外科の先生がおっしゃるように半月板が捩れるせいだか、靭帯のせいだか、とにかく膝の中の何かが原因でこうなるのでしょう。夏になってからはましになった気がするのですが、いやはや、膝の件も未解決とは困ったものです。

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2009年7月26日 (日)

昨日の夕飯

昨日の夕飯

 昨日の夕飯のメインディッシュは、豚キムチ丼でした。レシピはこちら

 いつしても家族が喜ぶ豚キムチ丼ですが、夏におすすめのサイドディッシュ『トマトのサラダ』。

 飯田深雪先生のレシピで、ドレッシングをトマトにかけ、パセリとたまねぎのみじん切りをかけます。

 ドレッシングの材料は、ワインビネガー大さじ1、サラダ油大さじ3と1/2、塩・砂糖各小さじ1/2。

 わたしは昨日は、家にあったプチトマトで作りました。

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2009年7月25日 (土)

昨日の夕飯

昨日の夕飯

 石窯オーブンレシピから『ぶりと野菜の焼き浸し』を作ってみました。

 食欲がもう一つのわたしは、食べなかったのですが、家族はご飯の進むおかずだといいました。

 レシピを簡単にご紹介しますと、4人分で、半分に切ったぶりの切身4切、しいたけ4個、赤・緑ピーマン各2個、ねぎ1本を、油をぬった焼網に並べ、オーブン余熱なし250℃、27~32分で焼きます。

 次に、市販のめんつゆ2カップ、赤唐辛子1~2本を鍋に入れて煮立たせ、薄切りにしたレモン1/2個を入れた中に、焼いたぶりと野菜を10分漬けます。

 魚焼きグリル、フライパンでも作れると思います。

 もう1品はわたしも食べましたが、いずれプチでご紹介したいと考えています。

 もやしだけを入れた味噌汁がわたしは好きなのですが、昨日はまたバカに美味しく感じられました。

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2009年7月24日 (金)

めまい、よくなりました

 ニトロを舌下して1時間以上経ちますが、めまいを含む体調の悪さがほぼよくなりました。

 心臓が元気になることで脳の血流もよくなり、めまいがよくなったのでしょうか? 何はともあれ、やれやれです。ニトロ様々です。夕飯、ご馳走を作りますよ〜!

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結局これ

結局これ

 めまいに悩まされて寝ていましたが、15:00頃胸の圧迫感を覚えました。

 ニトロで血圧が下がるとめまいがひどくなるかも……と思いましたが、このところ暑さのせいか心臓が疲れていると感じていましたし、心臓が原因でめまいが起きることもあり、何より使わないと胸が苦しいので、ニトロ舌下。

 胸は涼しくなり、喉の辺りは温かくなって、頭の中は充満した感じ? です。

 フラフラしていた頭がはっきりしてきた気がします? が、気のせいかもしれません。まだ動くとヨロヨロします。

 午前中洗濯機を回しておきながら、動けず、洗濯が終わっても干さないままでした。いくらか臭くなっているでしょう、やり直しです。

 夕飯 、作れるかしらね。昨夜も外食だったので、作りたいのですが。材料も買ってきています。もう少し様子を見て、決めたいと思います。掃除機もこれからです。

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めまい

 携帯からです。
 めまいに悩まされています。トイレへ行くにも、洗濯機を回しに行くにも、泳ぐようにして行かなくてはなりません。頭を固定して横になっていれば、かなりよくなるのですが、動くとよろめいて危険です。家事が溜まっているというのに、困りました。

 昨日は、美容院のあとで人に会い、そのあと呼吸器クリニック、家族と待ち合わせて買い物、食事……とわたしにしてはハードスケジュールだったので、疲れによるものかもしれません。

 呼吸器クリニックで、いつものフルタイドの他に胃腸系の薬を2種類出していただき、飲み始めたのが昨晩からだったので、その薬の副作用かしらと思ったりもしています。

 クリニックでは、血圧は正常、酸素も97と良好でした。

 クリニックでは33項目のアレルギー検査をお願いしました。結果が出るのは1週間後くらいで、出たら電話連絡してくださるそうです。またフルタイドを増やすと、鼻の中が腫れることなど尋ねたので、詳しく書きたいのですが、焦点が合わない感じで、時間をかけてこれだけ書くので精一杯。

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2009年7月22日 (水)

息子の勤務地

 研修中の息子が、火曜日にはたぶん配属になる部署と勤務地が決まるだろうといっていたので、昨日は朝から落ち着かない気分でした。

 東京、大阪、あるいは可能性は少ないけれど名古屋……のうちのどこかへ決まることになるはずでした。息子の希望は東京で、希望する部署もありました。

 でも、大阪だと社会人ドクターになるには研究室へ通いやすくなり、名古屋だと少人数なので借り上げの綺麗なアパートに住めるだろうという、どこへ行ってもまあまあという息子なりの予防線? を張ってはいたようです。

 何にしても、一番の希望が叶えばいいなあと思っていると、緊張感からか疲れて眠くなり、家事が一段落したあとで、眠ってしまいました。

 2時間くらいも寝ていたでしょうか? 夢を見ました。

 息子からカードが届く夢で、それにはテレビ画面のようなものがあり、息子の顔が映っていました。カードの余白部分には3つの吹き出しがあり、それぞれにパソコンのキーにあるDelの文字が書かれていました。

 起きてから、しきりに考えました。Del⇒出る、をわたしは連想し、息子が東京を出る、あるいは今の寮を出るという意味だろうか? でも、3つの吹き出しというのは、どういう意味だろう? いくら考えても、わかりませんでした。第一、夢が息子の勤務地を暗示する夢かどうかもわからないことでした。

 夜、息子から電話があり、話していて夢の意味がわかりました。Del⇒出る、で正解でした。5人中3人が大阪に出ることになり、東京に残るのは2人だったからです。つまり、3つの吹き出しは3人を意味し、Delは3人が出る、という意味だったのですね(本当かしら)。

 息子は東京勤務となり、希望する部署に配属になりました。といっても、息子の入るはずだった部署は入社式の日に潰れてしまったので、現状での最善の選択、という意味における第一希望ということです。

 息子の入るはずだった部署がそのうち復活するかもしれず、その動向を見守るためにも東京のその部署にいたいという思いがあるようでした。

 息子が一緒にお昼を食べにいった先輩の一人は、マスター卒で入社し、会社勤めをしながらドクターコースへ進んでドクターの資格をとったそうで、息子の計画も今の会社では無理なものではないようです。ただ時期的な問題はあるかもしれません。基本情報技術者の資格をとる必要があるといっていましたが、これは息子には必要ないとわかったとのことです。

 同期の5人は仲がよいようで、東京と大阪に分かれるのがいくらか寂しい様子。息子のように希望通りだった人もいれば、希望が叶わなかった人もいたようです。息子は、とりあえず、希望通りの勤務地、部署でホッとしたでしょう。引越しもせずに済みます。わたしもとりあえずホッとしました。

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 昨日の夕飯は夫と2人…のはずでしたが、会社の飲み会に行った娘が「わたしも味見程度には食べる!」と電話してきたので、作る量を増やしました。

 作り方はネット検索をして、あちこちのレシピを参考にさせていただきました。

 明太子、バター、オリーブ油、しょうゆ、レモン汁、黒こしょうを入れたボールへ、茹でたスパゲティを入れて混ぜました。刻んだ大葉、万能ねぎ、海苔を散らして出来上がり!

 夫は食べているうちから、「また作って!」ですって。ハイハイ。飲んで帰宅した娘は、彼女にとっておいた量が少ないと思ったみたいです。

 わたしは出来立てを少し食べ、そのあと洗い物をいくらか済ませてまた食べたのですが、これは出来立てが絶対に美味しいですね。

 出来立てですと、バターが香り立ち、明太子もしっとりした絶妙の味わいでしたが、冷めたらそのせっかくの風味がいくらか損なわれてしまっていました。

 いつも、作り立てを家族と一緒に食べようと思いつつ、片づけに走ってしまって後悔します。

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プリン~! そのⅡ

プリン〜!その2
 
 プリンはやっぱり、冷やしたほうが美味しいですね!

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2009年7月21日 (火)

プリン~!

プリン〜!
 
 石窯オーブンで、プリンを作りました。

 写真は出来上がったばかりのプリンをオーブンから出し、手前の1個にスプーンを突っ込んで、出来具合を確認してみたところです。

 綺麗にできました。ダイヤルメニューにあるので、「プリン」を選択してスタートを押すだけです。

 携帯で写真を撮ったあと、試食してみましたが、お味も満足。残りは冷やします。

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2009年7月20日 (月)

シネマ『マリア・カラスの真実』を観て

 『マリア・カラスの真実』は、私的映画ブームのフィナーレを飾るにぴったりのドキュメンタリー映画だった。もっとよい状態でカラスの歌と映像が残っていれば、映画ももっとよいものになっただろうに、と思わずにはいられなかったけれど。

 マリア・カラスについては、断片的にテレビなどで見聞きしたことがあった以外は、昨日の記事にも書いたようにせいぜい、オペラ演出家・映画監督として著名なフランコ・ゼッフィレッリ著『ゼッフィレッリ自伝』(木村博江訳、創元ライブラリ、1998年)で彼女について書かれた箇所を読み、CD『椿姫』(ジュリーニ指揮、ミラノ・スカラ座管弦楽団及び合唱団、1955年Live)を聴いたことがある程度だった。CDは、2007年10月13日にバーデン市立劇場の『椿姫』を観に行ったあとで、カラスと聞き比べたくなって求めたものだった。

 何日も、映画の感想を書こうと思いながら書けなかった。カラスに圧倒されたため、といってよい。何も本格的なものを書こうとするわけではなく、軽い雑感を書くつもりにすぎないのに、書こうとすると畏怖の念が生じる。

 そう、カラスのことを書こうとすると、『ギリシア神話』に出てくるムーサ女神たち(ミューズ)に見られる気がして怖くなるのだった。

 映画の中でカラスがギリシアの円形野外劇場でリハーサルをする場面が出てくるが、彼女はまさに古代ギリシアの残り香を発散する女性であることをわたしは実感した。『ギリシア神話』に出てくる激烈で個性的な女神たちは、現実に存在したギリシア女性がモデルになっているに違いないが、カラスには、その女神たちを髣髴させるムードがあった。

 娘が映画館でCDとDVDがセットになった『マリア・カラス 永遠のディーヴァ』を買った。DVDのコンサート場面を観ながら、何てゆたかな表情だろうと思う。あの激しさは何なのだろう、そしてあの優しさは……。高みを見つめ続ける精神からしか出てこないものではないだろうか。カラスが愛し、生涯で最も多く歌ったオペラが『ノルマ』であるということは、その例証であるといえる。

 CDに『ノルマ』第一幕からの抜粋曲《清らかな女神》が収録されているので、何度も聴いたが、今もそれを繰り返し聴きながらこの記事を書いている。何度聴いても、戦慄するほどの美しさだ。神聖感があるのである。ムーサ女神たちの息吹が感じられるのだ。高みへ、高みへと昇りゆこうとする精神と同時に憂い――あくまでも清浄感のある憂い――を感じさせる歌声といったらいいだろうか。

 カラスの歌声には、ほとんど人間の声とも思えないところがある。天空に向かって紗をかけたように響き拡がる高音域の声からも、重厚にシックに響く低音域の声からも、そのゆるぎのなさからだろう……パルテノン神殿の柱を連想してしまう。

 CDの曲目解説から『ノルマ』のあらすじを以下に拾ってみよう。

カラスが生涯で最も多く歌ったオペラ《ノルマ》。ローマの支配にあるガリヤの地で、民を率いる神聖なる巫女ノルマが、実はローマ人の武将と愛し合い、子供まで儲けてしまったものの、男の裏切りを経て、最後には人々に全てを告白、燃え盛る炎に身を投じるという物語である。

 《清らかな女神》は、「月光が降り注ぐ中で、儀式に挑むノルマが祈りを捧げる1曲」だそうだ。

 現代に生きる我々にとっては他愛ないただの恋も、民を率いる神聖な巫女にとってのそれは神を欺く忌まわしい所業であり、国賊に値するような犯罪行為でもあるだろう。

 マリア・カラスその人は、神か彼かというほどの高い愛を願い、求めた人であったに違いない。そのお相手が海運王オナシスだったとは皮肉という他はない。ゼッフィレッリは前掲の著書の中で、カラスとオナシスとの関係をよくリポートしている。

 1923年、ギリシアを故国とする両親の元に生を享けたマリア・カラス。本名はカラスではなく、如何にもギリシア的なカロゲロプーロスである。ニューヨークに出た両親が薬局を始める際に改姓したのだった。

 実はわたしは映画の初めのほうを見損なったのだが、映画のパンフレットによると、マリアは、オペラ歌手志望だった母親からオペラの英才教育を受けたようである。それも、公立図書館で音楽資料を聴かされるといった知的な学習が中心だったようだ。カラスが他のオペラ歌手たちとは一風異なる、独自の世界を強く感じさせる基盤がこの頃に作られたと見てよいのではないだろうか。

 マリアがジュニア・ハイスクールを卒業後に、両親は別居、母親は姉とマリアを連れてギリシアのアテネへ移住する。ここでマリアはピアノと歌のレッスンを開始し、楽譜研究に没頭するなどして、そのストレスから太り始めたようである。

 マリアのオペラ歌手としての基礎を作った母親であったが、マリアとの関係は良好とはいえず、金銭をめぐっての確執が続いた。

 イタリア・デビュー後に、マリアは28歳上のヴェローナの実業家メネギーニの愛人となり、彼がマネージャー役となる。やがて結婚。スカラ座のスターとなったときから、彼女はダイエットを始め、100キロ以上あったのが、1年半で40キロのダイエットに成功したというのだから凄い。痩せて、声は硬質になった気がした。

 メネギーネは、マリア・カラスが恋心を傾けるには年寄りすぎた。そこへ狼よろしく現れたのが、アリストテレス・オナシスだった。

 映画を観ると、カラスがオナシスに遭ったが運の尽きであって、ムーサ女神たちの巫女であったカラスには諸刃の剣のような相手であったことがよくわかる。彼女は性的に満たされ、才能はオナシスを得てほんの一時燃え上がったかもしれないが、オナシスによって燃え尽きたのだ。

 カラス自らがそれを望んだともいえよう。人間離れのした技を見せ続けなければならない日々に疲れていたに違いない。そんなカラスの弱みに、オナシスは打ってつけの男だった。ゼッフィレッリは書いている。

引退の理由であるオナシスとの関係が彼女の待ち望んだ幸せをもたらしたのなら、私は彼女をそっとしておいただろう。しかし、そうではないことが次第に見て取れるようになった。二人一緒のときには常に幸せを装い、彼女がまだオナシスに夢中なのは明白だった。悪いことに、彼女が絶望的に愛を捧げれば捧げるほど彼の中の最悪のものが刺激され、彼女にありたけひどい仕打ちをするのだった。彼のサディズムは限度を知らないようだった。彼女を侮辱し、とくに昔馴染の前でそれを見せつけたがり、絶対に結婚の兆しは見せなかった。にもかかわらずマリアは自分のギリシア正教にこだわり、教会での結婚に憧れた。流産したという噂もあった。本当だとすれば彼女にとっては猛烈な打撃だったに違いない。「女神」マリアが子供に対して完璧な母親になれたとは思えないが、自分のキャリアが傾きかけている今、彼女は普通の生活を望んでいたに違いなく、それが与えられなかったのは、痛ましいほどの虚しさを感じただろう。

 映画は、カラスがオナシスとの間に儲けた子を死産した事実に触れていた。ゼッフィレッリは、次いで、こうも書いている。

自らも子供を亡くしたマリアは、ノルマと彼女の手を振り切ろうとする子供たちについて全身全霊で歌うことができた。「トスカ」とはまた異なるマリアの情熱の反面を示すもので、オナシスと関わる以前には決して表現できなかったと思われた。背筋が寒くなるほどの迫力で、彼女は歌の内容と一体化した。

 人間は、どういうわけか、自分に対してひどい仕打ちをする人物に執着するものである。相手を頭の悪い、品性の低い、下等な人間と割り切ることがなかなかできない。あたかも生贄を欲する邪神に囚われたかの如く、自分を理解する能力のない相手に自分をわかってほしいと懇願し、自身の最後の血の一滴までも貢ぎかねない衝動に駆られる。

 しかしカラスに卑劣な振る舞いをしたオナシスは、たぶん、どこかで、ムーサ女神たちに八つ裂きにされたに違いないとわたしは思うのだ。ムーサ女神たちは、崇高であると同時に怖ろしい女神でもある。歌の競い合いをして敗れた男性の両眼をくり抜き、吟唱の技を奪うような神々なのだから。

 カラスの死後、遺品が早々と競売にかけられて四散し、記念館を建てられないという事実も、カラスの恋の無残な結果を物語るかのようであるが、その痛ましさにおいてもスケールが大きい。カラスとオナシスの恋そのものがギリシア神話を想わせもする。

 これは余談になるが、ギリシア悲劇もわたしは怖ろしい。エウリピデスの作品を読み返したいと思いながら、何年も怖くて出来ない。彼の作品には呪いがかかっていると本気で思っている。エウリピデスの作品に神聖さはない。ただ絵画的な美しさが際立っていて、読み返したいとたまに思うのだが、彼の作品を読むと何かしらオゾマシイことが起きるので出来ない。

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 昼過ぎまで、大分市では凄まじい雷鳴が轟いでいました。パークプレイスのほうでは、停電したようです。消防車のサイレンがしきりに鳴っていましたが、あれはどこかへ雷が落ちたのかしら。

 話題が逸れました。昨日のメインディッシュも、石窯レシピからでした。オーブンの使い心地を試している段階なので、しばらくは石窯レシピを参考に作ることが続きそう。

 東芝加熱水蒸気オーブンレンジ取扱説明書・料理集にある『網焼きポーク』は、なかなかの美味しさでした。

 豚ロース肉4枚(うちの場合は3枚)を、しょうゆ大さじ4、酢大さじ3、おろしにんにく2片分、ごま油大さじ1を混ぜ合わせた中に、15分漬けます。余熱なしオーブン250℃で27~32分。

 好みでかけられるように、残った漬け汁を鍋でひと煮立ちさせ、白い器へ。プリンが入っていた容器で、底のほうに少し入っています。

 このレシピはフライパン、魚焼きグリルでも作れますね。

 レシピにあった玉ねぎの他にしいたけも一緒に焼きましたが、本当は長いもとブロッコリーも焼きたかったのです。スペースが足りませんでした。子供たちが食べ盛りの頃にオーブンを購入したとしたら、頑張って2段を求めたかも……。

 スープはまたレンズ豆を使い、服部先生のレシピを参考にした『レンズ豆のミルクスープ』を作ってみました。見かけはコーンスープ、味は雑穀スープ? に似ています。

 服部先生の「しあわせCooking61号」(デアゴスティーニ)によれば、レンズ豆は「紀元前から食用にされていた、最古の栽培植物の一つ」といわれているそうです。「食物繊維、鉄、リン、たんぱく質が豊富で、整調作用や貧血予防に効果的な健康食品として注目」されているとか。

 明太子をいただいたので、最近ちょくちょく食卓に上ります。写真が溜まってきました。そろそろプチへと思っていますが、何かしら時間がとれなくて。

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2009年7月19日 (日)

昨日の夕飯

昨日の夕飯

 石窯オーブンレシピ『一夜干しのハーブ焼き』を参考にしたメインディッシュ、服部先生のレシピ『レンズ豆と野菜のスープ』を見て作ったスープ。刻んだオクラには、おかかとポン酢をかけました。

 ノルウェー産の冷凍ししゃもは、魚焼きグリルで焼いても、フライパンで焼いても身が崩れがちでしたが、ハーブ(タイム・オルガノ・パセリ)・にんにく・赤唐辛子・オリーブ油であえたししゃもをプレートに並べて焼くだけで綺麗に仕上がり、満足でした。

 レンズ豆を入れたスープは……うーん、これは豆とは思えませんよ。でも、これにも満足。

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2009年7月18日 (土)

レンズ豆

レンズ豆

 欧風の豆料理によく使われるというレンズ豆。

 服部先生のレシピに出てくるたびにレンズ豆ってどんなだろうと思い、デパ地下やスーパーの豆と缶詰のコーナーを捜しましたが、見つかりませんでした。

 娘がイタリアの食材のコーナーで見つけて、買ってきました。

 豆というよりオートミールを連想させる、小さな平べったい形をしています。

 綺麗なオレンジ色ですが、これは皮をむいた状態だそうで、むく前のレンズ豆は緑や緑褐色だとか。

 200g入りの袋の中から半分を使い、レンズ豆はこのあとスープになりました。

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夫の誕生日にパープルのカジュアルシャツ

夫の誕生日にパープルのカジュアルシャツ

 昨日……7月17日は、夫の誕生日でした。

 プレゼントには迷いましたが、スコッチハウスに気に入ったカジュアルシャツがあったので、それにしました。

「パープル系というのは、珍しいんです」と店員さん。

 ほんと! パープル系で、しかもこんなに品のよい色合いは珍しいと思いました。

 やはり昨年、スコッチハウスで夫のベージュのサマージャケットを買いましたが、それと似たものが掛かっていたので合わせて貰ってみると、これがハッとするほどの映りのよさ。

 スーツなどにも合わせて貰ってみましたが、想像した以上に組み合わせやすい色で、落ち着きと華やかさを併せ持つ素敵な色です。

 そんな中年男性になってほしいと願い、また、こんな色を気軽に着る……というのは心弾む小さな贅沢だと思い、決めました。

 夫が気に入ったかどうかは、自分でその服を仕舞うかどうかでわかるのですが、やったね!(ちょっと古い言葉でしょうか?)

 夫は、パープルのカジュアルシャツを自分で大事そうにスコッチハウスの袋に仕舞い、それをサマージャケットのハンガーに吊しました。

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2009年7月16日 (木)

内科、整形外科受診

 結論からいえば、すっきりしない検査結果のまま、両科とも、経過観察が続けられそうだ。

 内科。
「肝臓と腎臓の嚢胞はですね……」とU先生。「腎臓? 腎臓にも嚢胞があるんですか」とわたし。「ええ、ありますよ。左腎に」と先生。

 昨年県立にてエコーで診ていただいたときは、腎臓にはないといわれたことを話した。すると、「そうですか。写らなかったのかもしれないな」と先生。

 肝臓には沢山あるようだが、腎臓には2個。黒い円に見えるものがそうらしい。水の溜まった袋だそうで、問題とならないことが多いらしいが、何かあったら困るので、フォローは必要だとか。

 腎臓にもあるのは嫌だな、悪いものではなくても。どんどん増えるのも気持ちが悪い。

 左胸の下のこともいったら、触診では腫れているようには感じられないのだそう。わたしが示したところに位置する臓器は、脾臓だそうだ。

 が、画像上も血液的にも異常は認められず、腹水もないから、「おなかが膨らむのは、ガスじゃないかなあ……気にしなくていいと思いますよ」と先生。

 結局、循環器クリニックの先生が正しかったということになる。狭心症からか、ガスからだろう、とおっしゃったっけ。

 でも、本当に左胸の下が腫れているとしか思えないことは、最近よくあるのだ。おなかパンパンの現象にしても、ガスなのかもしれないけれど、食事を抜かなければならないほどパンパンになるのは変ではないだろうか。

 溌剌とした顔つきと声音でそういっても説得力がなく、嘘に聴こえるみたいだ。まあどちらにしても、自分で思うほどのことはないのだろう、でなきゃとっくに倒れているだろうから。

 血液検査ではカルシウム値はまた正常、副甲状腺ホルモン値は次回の受診時……3ヶ月後の10月22日に聞くことになる。

 整形外科。
 MRI画像上では、目立った半月板損傷の兆候はなかった。

「では先生。膝が引っかかるのは、気のせいなのでしょうか?」とわたし。「そがんじゃなか。原因はやっぱいあっとさ、膝ん中に」と例の佐世保弁で先生。

 損傷はなくても、半月板が歩くときに捻れたり、あるいは靱帯に問題があったりして、わたしのような症状の起きることがあるらしい。生活に支障が出るようであれば、手術をすることもあるという。

 ただ画像上は、今すぐ手を打たなければならないような問題(半月板損傷)はないということだ。

 膝の出っ張り具合を触診。悪さはしていないようだが、これは骨のことなので、特に経過観察が必要らしい。

 仮に悪いものではないにしても、カルシウム沈着から出っ張りが目立ってきて、ぶつけて痛い……その他、生活に支障が出るようになれば、これも手術をして削ることになるそうだ。困ったことには、削ってもまた出っ張ってきたりするという。

 次回受診は内科に合わせてくださり、10月22日。

 廊下でばったり、脳神経外科の先生に出くわした。

 わたしのすっきりしないあちこちの症状は、3人の先生がた……いや5人の先生がたをすっきりしない気持ちにしているようだ。すみませんです……。

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Oさんと文学の話で盛り上がる

 休刊になった同人雑誌の仲間Sさんが主宰されている創作教室の生徒さんと名乗るかたから電話があって、当ブログでも公開しているわたしの評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を褒めていただいたことは過去記事で書いた。

 火曜日、再度そのかたOさんからお電話があり、何と3時間近くも文学の話題で盛り上がってしまった。その日は娘が休日で家にいたのだが、彼女が目を覚まし、一人で遅いブランチを食べ、シャワーを浴びてショッピングに出かける支度を終えるまで、わたしたちの話は続いていた。

 といっても、彼は文学に関しては初心者といった態度を貫いていて、どんな話題にも興味を示し応じる能力があるが、奥ゆかしかった。夫と同じ団塊の世代よりやや下の年齢で、わたしより7歳も上とは思えない若々しさだ。これから書いていきたいという気概を感じさせる。

 自営業で、広告代理店を営んでいるそうだ。文学にはずっと関心があり、二十歳の頃にいくらか書きかけたことはあるが、本格的に書くことはしないまま、仕事以外ではスポーツ三昧だったという。山歩きの本など、出したことがあるそうだ。

 彼の中には、ある怒りがあり、それをどうしても書かざるをえないのだという。怒りから物を書く、ということがわたしにはよくわからないが、書く動機は人それぞれなのだろう。

 最近接近してきたこの男性Oさんは、警戒及び文学的同志になれるのではという期待の半ばするわたしの強い視線の中にあり、しばらくはその状況が続くのかもしれない。あるいは、互いに求めるものが違うことに気づいて、早々とさようなら、ということになる可能性も高い。

 だいたいわたしは、若い頃からずっと書いてきたという人以外は、書き手としてあまり信用しない。書いている人は皆わたしにとってはライバルであるから、どうしも意識してしまい、鋭い注意を向けてしまうが、すぐに視線を逸らしてしまうことがほとんどだ。

 同人雑誌の発行人Kさんは、創作をやめようと思ってもやめられない習性は遺伝子から来ているとおっしゃった。わたしたちは、配偶者にさえも理解されない、また配偶者にとっては迷惑な業を抱えたわたしたちのような書かざるをえない種族がいることを他人事のように話し、次いで互いに沈黙した。

 Oさんによると、Sさんにしても、高校時代から書いて来られたのだそうだ。それは聞かなくても、何となくわかり、Sさんが同種族だとわたしには感じられていた。Oさんのことは、わたしにはまだわからない。文学に何を求めているのかが。

 文学に期待を抱いて、何らかの情報を求めてわたしに近づいてくる人は案外多いが、ミューズを愛する人よりも文学で世俗的なよい思いをしたい人のほうが圧倒的に多い。そして、こちらは忙しい時間を割いて親切に情報を提供してあげた代償として、逆恨みされることもしばしばだ。

 文学に時間をかけてもメリットが少なそうだという冷厳な現実を知って、それがあたかもわたしのせいであるかのように怒り、彼らは去っていく。

 3時間も話したのは、暇つぶしからではない。そんな時間のゆとりはわたしにはない。書ける人かもしれないという期待が芽生えたからだった。「お作、拝読したくなりました」というと、彼は「その言葉をお待ちしていました。その言葉をいっていただくために、いままでずっと話しを続けてきたのです」とおっしゃるではないか。

 わたしはびっくりして、「気が向かないとちゃんと読まないかもしれませんよ。第一、作品の本質を見抜いて貰おうなんて、わたしに期待されても困ります。面白いか面白くないかぐらいしか、いえませんからね」といった。

 同人雑誌は休刊になってしまったが、彼は同人たちの作品を読んでみたい様子だったので、バックナンバーを5冊ほど送ってあげることにした。わたしには彼の作品が送られてくる。

 そのOさんはわたしのブログやホームページは見ないそうだが、姪御さんが閲覧してくださっているそうだ。ありがとうございます。

 喫茶店にもなかなか出かけられない自分の体調について、わたしは訊かれるままに話した。骨腫瘍のことなどはわざとおどろおどろしく……。それだけで、邪な心で接近してくる男性なら撃退できる。Oさんはわたしの病気の話にいくらかびびったようだった。

 電話を切る前にOさんは、「何か用事がおありのときはお申しつけください」などと、御用聞きのようなことをおっしゃるので、「どういう意味ですか?」と笑うと、「自分でもわかりません」だそう。さて、どんな作品だろう?

 そういえば、Kさんはまだ俳句の世界だろうか。もうしばらくして、葉書を出してみようと思う。

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2009年7月15日 (水)

昨日の夕飯

昨日の夕飯

 昨日の夕飯は、石窯オープンレシピから、『焼きソーセージとトマト』にチャレンジしてみました。

 ソーセージというより小型のミートローフという感じの味でしたが、焼けたトマトと一緒に食べると、美味しかったです。

 昨日休日だった娘が買い物に出かけ、紙製のマフィン型とシフォンケーキ型を買ってきました。

 まずアプリコットマフィンを作るつもりらしく、その材料も。シフォンケーキ型は3つ入っていて、わたしに2つくれるそうです。

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2009年7月14日 (火)

昨日の検査疲れ? にメディトランステープ

昨日の検査疲れ? <br />
 にメディトランステープ

 昨日の検査疲れからかどうか、夜中に何となく息苦しくなり、ただの疲れだろうと思いましたが、次第に髪を掻き毟りたい感じに。

 それでもニトロ舌下錠をなぜか使いたくないわたしです。ほぼ確実に楽になりますし、副作用という点でも安心できる薬だと感じますが、ただ使うとガクンと疲れるので。

 こんなときには、作用の優しい狭心症予防薬のメディトランステープがよい働きをしてくれることが多いので、それを貼りました。

 すぐには効きませんでしたが、だんだん胸の中が温かくなり、そのうち涼しくなって、何という気持ちのよさ。

  danger だからといって心臓疾患でない人が貼ったところで、頭痛がするだけですよ。
 
 薬物の個人輸入に関する、ときに違法性のある気持ちの悪い記事をよく目にします。

 心臓病薬の中ではインデラルが人気で、あがり症に素人の自己判断で使おうとする人がいるようです。その気持ちはよくわかりますが、まずはお医者さんに相談しましょう! 

 わたしの場合は心臓疾患にインデラルを処方されましたが、副作用が数えきれないくらいあると、最初に医師からいわれました。実際にそうです。

 心拍数を抑えるこの薬がどれくらいあがり症に効くのかは知りませんが、血圧が下がりすぎたり、下手をすれば鬱血性心不全になることがありますし、脳に入っていくので、悪夢を見ることがあるそうです。わたしの喘息は、インデラルに誘発されたものだろうと呼吸器科の医師にいわれました。他にもいろいろな副作用の起きることがあるようです。インデラルは、医師の管理が必要な薬だと使用経験者としてわたしは実感しています。

医薬品情報サイト イーファーマhttp://www.e-pharma.jp/のインデラル錠10mgに関する薬品情報・添付文書情報・成分一致薬品ページ⇒http://www.e-pharma.jp/allHtml/2123/2123008F1048.htm

 この体は一回きりのかけがえのない体なのですから、それが考え抜かれた賢明な手段かどうかをよく考えましょう。

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2009年7月13日 (月)

午前中に腹部造影CT

 指定された9時半に放射線科に行き、いわれた番号のCT室の前で待っていると、「血液検査の結果は? それでGOサインがでないと、先へは進めませんよ」と検査技師さんからいわれ、慌てました。

 事前の血液検査なんて、いわれた覚えはないなあ、第一それなら予約表に記載があるはず……と首を傾げながら、2階の検査室へ。

 検査室の看護師さんたちが、放射線科や内科と電話でやりとりしていました。しばらくして、U先生のところの(というと変ですが、入院中にお世話になった)看護師さんがやってきて、「GOサインが出ましたからね」とのこと。

 ああ、やっぱり血液検査は必要ないんだと思っていると、「真ん中のベッドが空いていますから、休んでいてください」と検査室の看護師さんにいわれました。

 仕方なく寝たまではいいけれど、放置状態。検査室には、入口から見えるベッドの他に、奥まったところに仕切りのある空間がいくつかあって、それぞれにベッドがありました。しっかりカーテンの閉じられたベッドも。

 結局、採血は必要でした。腹部造影CTの場合、おしっこと一緒に造影剤が排出されるそうで、そのためでしょうか、腎機能を調べられました。

 昔、肺の造影CTを受けたときは、長い時間かかって、ゲホゲホ咳と共に造影剤を口から排出したことを思い出しました。あれは検査そのものも検査後も苦しかった……おしっこと一緒の排出なら楽ですね。

 昨年、頸部造影CTも受けたはずですが、喘息の発作が出た記憶しかありません。

 血液検査はU先生があとから追加オーダーされたことがわかり、わたしが知らなかったのも無理ないことでした。

 放置されたままで心細くなってきた頃、看護師さんが現れ、手の甲から採血。そのあと、同じところから生理食塩水を点滴。血液検査が出るまでには30分かかるそうで、その間点滴しながらベッドで寝て待ちました。

 検査室もCT室も寒いくらいでしたが、幸い喘息は出ませんでした。

CT室で「造影剤が入るときに、血管痛があるかもしれません。入ります」といわれ、待機していると、ワンテンポ遅れてビイィーンと来ました。結構痛いです。そのあと、膀胱辺りから喉元までカアーッと熱くなりました。

 造影剤を入れる前後に2回ずつ、息を吸って止めるを指示され、検査が終了しました。

 生理食塩水は入れてしまいました。点滴台を押して歩いていると、患者の皆さん、ここでは珍しくもないでしょうにジロジロ見ますね。丁度お昼になる頃、全て終わって会計へ。

 保険が利いて、11,620円なり。高いなあと思いましたが、確かシンチはもっと高かった! 体に何か入れながらの撮影は、高くつくようです。

 左胸の下のこと……いえば、またお金が飛ぶかもと思うと、躊躇してしまいます。内科の診察は木曜日。同じ日に、整形外科も診察です。

 膝の異常が写っていないと、複雑な気持ちになるでしょうね。

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待ちに待ったカルヴィーノ著『マルコヴァルドさんの四季』(岩波少年文庫)の刊行

 イタロ・カルヴィーノの『マルコヴァルドさんの四季』が、新訳で岩波少年文庫から刊行されました。関口英子訳です。

 訳者あとがきに「日本では、1968年に安藤美紀夫さんの訳で紹介されましたが、ここ15年ほどは、図書館や古書店でしか会えない状態が続いていました。」とありますが、購入して自分のものにしたいけれど、それが叶わないので図書館で読み、図書館で読むだけでは足りずに一部をコピーまでしたわたしです。コピーしたときから、何年経ったでしょうか。

 旧訳と新訳のどちらが原文により近いのかはわかりませんが、コピーをとってまで愛読してきたせいか、わたしは安藤訳に馴染んでしまっていて、旧訳で読まなければ物足りない気さえしてしまいます。

 わたしがコピーをとったのは、「小さなベンチの別荘」「市役所のハト」「毒入りウサギ」「まちがえた停留所」です。児童文学作品として出合いましたが、勿論、子供にも大人にも読み応えのある作品です。

 わたしは特に「毒入りウサギ」を愛してきました。

 マルコヴァルドさんは、入院した病院に飼われていた実験用のウサギを盗んでしまうのですが、それは病原菌を注射された毒入りウサギでした。ウサギが、いやマルコヴァルドさんが騒動を惹き起こし、それが終息――つまりウサギが捕獲される――までのドタバタ悲喜劇が描かれています。

 ウサギの様子があまりにも生き生きと描き出されているために、自分が毒入りウサギになった気がするくらいです。

 実験用に飼われていたウサギの全生涯を想像させる絶妙な描写力、ウサギの矜持すら薫らせる作者の鋭い、それでいながら温かな視点……忘れがたい味わいを残すこの珠玉の一編の中から、ウサギの描かれた断片を安藤訳からいくつか拾い、以下にご紹介しておきたいと思います。

それは、長い、ふさふさした毛の白ウサギでした。ばら色の小さな三角形をした鼻に、びっくりしたような、まるく、赤い目。耳は、ほとんど毛がなく、からだにぺちゃんとはりついていました。けっしてふとったウサギではありませんでしたが、おりがせまいので、しゃがんだ、たまご形のからだがかなあみをふくらませ、そのあみめから、毛の束がはみだして、かるくふるえて動いていました。テーブルの上に、おりの外に、たべのこしの草と、それに、ニンジンが一本おいてありました。マルコヴァルドさんは、そんなせまいおりにとじこめられ、目のまえのニンジンをみながら、たべることができなくて、ウサギはどんなにかなしい思いをしていることだろうと、考えました。そこで、マルコヴァルドさんはおりの小さな戸をあけてやりました。ウサギはでてきませんでした。中にじっとして、ただ鼻だけをぴくぴくさせていました。ニンジンなんかにすぐとびつくほど、がつがつしてはいないんだということを示すために、わざと、口の中のものをかむようなふりをしている。そんなふうにみえました。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

 ベランダへでると、子どもたちはウサギを走らせようとしました。でも、ウサギは走りませんでした。みんなは、ウサギを屋根のむねにのせて、ネコみたいに歩くかどうか、みてみようとしました。でも、ウサギは、めまいがしそうなのを、じっとがまんしてるみたいでした。子どもたちは、ウサギがうまくからだの平均をとるかどうかと、テレビのアンテナの上にのせてみました。でも、だめ。ウサギはおちてしまいました。おもしろくなくなって、子どもたちは、つなにしていたリボンをひきちぎって、この小さないきものをはなしてやりました。そこは、ちょうど、みとおしがよく、ウサギの目のまえには、ななめになって、角ばった海のように、屋根がどこまでもつづいてみえました。子どもたちはいってしまいました。
 ひとりになると、ウサギは動きだしました。二、三歩あるいてみて、あたりをみまわし、方向をかえて、ひとまわりし、それから小さくぴょんぴょんとんで、屋根のほうへむかいはじめました。このウサギは、おりの中で生まれたウサギでした。それで、自由になりたいというのぞみはあっても、さて自由になってみると、なにをしたらいいのか、よくわかりませんでした。生まれてこのかた、あまりびくびくしないでじっとしていられればしあわせで、そのほかのたのしみなんて、なにもしらなかったのですから。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

 ウサギは、だまってえさがさしだされるという、このけいりゃくに気づいていました。そして、腹はへっていましたが、たべようとはしませんでした。人間がえさをくれて、じぶんをひきよせようとするときは、いつも、なにか、いやな、かなしいことがおこるのをしっていました。肉のあいだに注射器がさしこまれるか、それともメスか、そうでなきゃ、ボタンをかけた上着の中へむりやりおしこまれるか、それとも、首にリボンをかけてひっぱられるか……。そして、このさいなんの思い出は、いま、じぶんのからだのぐあいがわるいこととからまりあって、一つになりました。ウサギは、じぶんのからだの中のあちこちが、ゆっくりとわるくなっていくのに気づいていました。死ぬかもしれないと思っていたのです。それに、とにかく、いまは、おなかもぺこぺこでした。でも、からだの中のほかのくるしみはなおらないにしても、おなかだけはいっぱいにしようと思えば、いつでもできる。それに、あの信用のおけない人間たちだって、ひどくいじめるだけじゃなく、ばあいによってはじぶんをまもってくれることもあるし、家族のようにやさしくしてくれることもある。そんなことを考えたのでしょうか。ウサギは、ここはひとつこうさんして、人間たちのけいりゃくにひっかかってやろうと決心したようでした。こうして、ウサギは、ニンジンのきれっぱしをたべはじめ、ならんでいるきれっぱしを一つずつたべていきました。もちろん、おわりまでたべていけば、ウサギは、ふたたびとりことなり、火あぶりにでもされたことでしょう。でも、ウサギは、一つほおばるごとに、なんども口をもぐもぐやっていました。土のにおいのする、おいしい野菜をあじわってたべるのも、もうこれがさいごだと思っているようでした。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

 ウサギは、銃弾がじぶんのまわりにとびはね、その一ぱつが耳をつらぬいたのを感じました。ウサギは、はっきりとわかりました。これは、宣戦布告です。これで、もう、ウサギと人間たちとのあいだのつながりは、すべてこわれました。ウサギは、人間たちをけいべつし、なんとなく、これは、つめたい恩しらずなしうちだと感じ、いのちがけで、その恩しらずを思いしらせてやろうと決心したかのようでした。
 うすい鉄板でおおわれた屋根は、ななめにさがり、そのさきはからっぽ。なにもない、みとおしのないもやがあるだけ。ウサギは、まず注意ぶかく四本の足でふんばり、それから、どうにでもなれと思いました。こうしてウサギは、からだの中も外も病気にむしばまれて、屋根をすべり、あとは死ぬばかり。屋根のへりで、ほんの一瞬、ウサギはといにひっかかり、それから、からだのつりあいをうしなって、下へ……。
 そして、ウサギは、とうとう、はしごのてっぺんまでのぼってきた消防士の、手ぶくろをはめた手の中におちました。ウサギは、あくまで、動物のさいごをかざるにふさわしい、おおしい態度をとろうとしたので、にげようともせず、そのまま救急車にはこびこまれました。救急車は、フルスピードで病院へとむかいました。車の中には、マルコヴァルドさんにおくさんに、子どもたちものせられていました。からだのようすをみながら、いろいろなワクチン検査をするために、病院へ強制収容することになったからです。

〔イタロ・カルヴィーノ作『マルコヴァルドさんの四季』(安藤美紀夫訳、岩波少年文庫、1977年〕

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2009年7月12日 (日)

嬉しい息子の提案。石窯オーブン疲れ。

 一昨日、石窯オーブンにはしゃぎすぎたせいか、昨日は使いものになりませんでした。薬はちゃんと飲みましたけれど、頻脈をコントロールできず、一日速い脈が続きました。

 暑いせいかと思い、冷房を入れても同じ。疲れたときに頻脈が止まらなくなることはよくあり、その原因には前日の労働? 以外に考えられません。脈が速いと、創作に集中したくても、走りながら複雑な思考をしなければならないようなもので、適した状態とはいえず、結果、不毛な一日に終りました。

 でも、石窯は嬉しくてたまりません。本格的な料理にチャレンジできそうで……。 取り扱い説明書・料理集から作ってみたいと思ったレシピは、『焼きソーセージとトマト』『豚の塩釜焼き』です。本格的な塩釜焼きを、以前TV番組ウルルンで観ました。

 『一夜干しのハーブ焼き』なんてのも簡単で美味しそう。今夜のデザートにプリンを、と思いましたが、バニラエッセンスがありませんでした。娘はマフィンを作りたいそうです。そして互いに密かに再チャレンジしたいと思っているのは、シフォンでしょう。

 初秋にしたい取材旅行は、石窯のために金銭的に苦しくなるところでしたが、実は息子が嬉しい提案をしてくれたのです。息子が旅行費用を出してくれるというのです!

 わたしは嬉しさのあまり、ポワワアアンとなってしまいました。どうせなら三泊四日にしようという話になり、こちらが旅館の希望など伝えれば、息子のほうで予約をしてくれるとか。息子は予算を伝えてくれました。高くなるようであれば、こちらも出せばいいわけです。

 泊まってみたいお宿は4軒あります。取材の必要性から秋吉台にあるホテル。維新の志士たちが入浴したという湯田温泉にある旅館。萩にある庭が美しそうな旅館。日本海を望める、同じく萩にある旅館。

 ただ、息子の休みと娘の休みを合わせられるかどうかが問題です。二人の仕事あってのこの旅行計画ですから。

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2009年7月11日 (土)

石窯オーブンで作った初料理。うちのパセリたち。

20090710222549_5  買い替えたスチームオーブンレンジで、いろいろ作ってみました。

 まだ8年しか(?)経っていなかったターンテーブル式のオーブンレンジが、壊れて2ヶ月になっていました。

 そのレンジは、娘が大学時代にアパートで使っていたものでした。引き上げてきたときにわが家のレンジが不調だったので、それを使い始めました。

 ないならないで料理はできますが、ついに電器店へ。

 売り場へ行ってびっくり! テレビのコマーシャルをあまり見ないせいか、電子レンジの進化を知りませんでした。

 列を違えて、別の種類のレンジが並んでいました。

 うちで使っていたようなターンテーブル式のオーブンレンジが、だいたい2万円台まで。一段のフラット式スチームオーブンレンジが3~4万円台。二段の如何にも本格派という感じのスチームオーブンレンジとなると、飛んで7万円以上しました。

 ただ値段が下がると機能も下がるとは一概にはいえないところがあり、用途によって使い分けするような感じです。

 例えば、スチームオーブンレンジになると、例外を除けば、食パンをうまくトーストできません。大型になるので、熱のまわりが遅く、焼き上がりに時間がかかって、その間に水分が飛んで美味しくなくなるのだそうです。

 二段のスチームオーブンレンジは、本格的に料理しようという人向きですが、逆にいえば、時間・温度を合わせずに自動調理したいという人には向かないでしょう。

P6250109_2

 わたしは、これまでのターンテーブル式はオーブン料理にはいささか力不足であることが不満でしたし、蒸し器を出すのが面倒で、めったにしなくなった蒸し料理ができるということから、スチームオーブンレンジを選びたいと思いました。P6250112

 でも二段のものは、わたしには本格的すぎるという以前に、価格的に無理でした。で結局買ったのは、東芝の一段のスチームオーブンレンジ(石窯オーブン)で34,726円なり。トーストできないのは不便なので、3,000円弱のオーブントースターも買いました。

P6260140 P6260128_3  出費でしたが、使い心地には早くも満足しています。 取り扱い説明書・料理集から、手作り豆腐、ヨーグルトチキン、茶碗蒸しを作ってみました。

 ヨーグルトチキンと一緒に、茶碗蒸しに使ったあとの沢山残ったエビに、塩を振りかけて焼きました。

 これが何とも美味しく、夫は酒の肴に最高とご満悦でした。これまでは、オーブンでこんがり焼きたいと思っても、なかなか焦げ目がつかず、水っぽい仕上がりなので、仕方なくオーブンに入れる前に、フライパンで焦げ目を付けたりしたものでした。それが……感激。

 茶碗蒸しも、よくできました。

P6250116 手作り豆腐は初めての体験でしたが、豆乳ににがりをまぜてダイヤルメニューの「19 手作り豆腐」をチンするだけでした。

 創作そっちのけで、石窯オーブン料理に埋没してしまいそう。思い切って買い替えて正解でした。

 P6250122病気になったパセリたちのことは、ご報告していましたよね?

 残念なことにカーリーは駄目でした。治療の甲斐もなく、枯れてしまいました。写真のカーリーは新しく植え替えたカーリーです。

 イタリアンは一部巨大化してセロリみたいになってしまい、添え木を当てている始末です(この写真では、わかりづらいと思いますが。写真をクリックしていただけば、少しは)。

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2009年7月 9日 (木)

私的シネマブームの最後を飾る『マリア・カラスの真実』を夕方から

 ワタクシ的映画ブームの最後を飾る『マリア・カラスの真実』を、夕方から観る予定です。

 今回、これまでに観た中では、映画としてはどうかなと思いますが、『子供の情景』が最も印象に残っています。

 芸術性という点では、圧倒的に『懺悔』。

 『フロスト×ニクソン』『ダウト~あるカトリック学校で~』『リリィ、はちみつ色の秘密』は、中途半端な感じを受けました。どれもそれなりの見応えはありましたが、食い足りなさが残ったのです。

 『フロスト×ニクソン』のニクソンはニクソンらしくなく(あれはブッシュですね。ニクソンを描くと見せてブッシュを炙り出すのが意図だったのかもしれませんが)、フロストの突っ込みがそれほど鋭いとは感じられませんでした。

 『ダウト』のフリン神父は説教時の真剣な顔と夕食時のどんちゃん騒ぎ? が相容れず、ストリープ演ずるシスター・アロイシス校長が何だか甲斐性のない夫に泣かされる主婦に見えてしまいました。

 アロイシス校長がかつては既婚者だったという設定は、何を意味していたのでしょう? 彼女は宗教的閉鎖社会しか知らない女性ではなく、歓楽やセックスや異性について熟知しているわけです。臭いで、フリン神父の享楽気質を嗅ぎとり、黒人生徒を誘惑したに違いないと感じていたのかもしれません。

 あるいは、学校を明るい開放的なものにし、人種差別をなくしたいというフリン神父の清廉な熱意は本物でありながら、人間的に危ういところのある――本当の悪漢とか変態ではないにしても――癖のある人物として描かれていたのかもしれませんが、そうだとすれば、がっしりした普通のおじさんにしか見えないフリップ・シーモア・ホフマンは演技派ではあっても、役柄的には合っていなかったように思えます。 

 学校の経営状態、組織のピラミッド構造における問題点に興味が逸らされました。学校の閉鎖性をテーマにしていたのだとすれば、アロイシス校長は苦労させられすぎていました。もう少し従業員、いやシスターや下働きの人数が多い学校の校長として描かなかったのは、なぜなのでしょうか? 

 フリン神父が誘惑したかもしれない黒人生徒の母親は、アロイシス校長との対話で、黒人が白人社会の中で生き抜く厳しさを表現して見せましたが、自分の子が生まれつきホモであると確信し、黒人でホモであるということは業病とでも考えているかのような様子は、生徒がまだ小学生くらいの年齢であって、またそうしたことに興味を抱く麻疹のような一時期が大方の人間にはあるだろうことを考えれば、行きすぎにも思えました。

 伏線だらけに思える映画で、伏線が伏線に終わっていたため、すっきりしない感じが残ったばかりか、何かごまかされたような気さえしました。疑惑を描き出すことが目的だったとしても、隠れた真のテーマはあるはずで、それがもう少しこちらに伝わるのでなければ、物足りなさは否めません。

 『リリィ、はちみつ色の秘密』のリリィを演じたダコタ・ファニングは、可愛らしい少女でした。父親と確執のあるリリィを受け入れる黒人三姉妹もそれぞれ魅力的でしたが、彼女たちがどうやってあの成功を手に入れることができたのか、そのあたりのことが描かれていたらよかったのにと残念でした。

 芸術性が高く、徹底度という点でも、『懺悔』は群を抜いていました。グルジア映画の凄さを改めて思い知らされた気がします。それでもわたしは、『子供の情景』に出てきた子供たちが忘れられません。

 さて、今日観る『マリア・カラスの真実』はどうでしょうか? オペラ演出家・映画監督として著名なフランコ・ゼッフィレッリ著『ゼッフィレッリ自伝』(木村博江訳、創元ライブラリ、1998年)には、シャネルの姿が印象的に描かれていましたが、カラスもそうでした。楽しみです。

 話は変わりますが、昨夜、娘が息子と電話で話していて、息子は夏休みが20日とれるらしく、秋芳洞旅行に誘っていました。二人の休みをうまく重ねられればいいなあと思います。息子を伴えば、百科事典を携帯していくようなもので、取材には便利なことこの上もないのですが。

 映画や旅行のことを考えていると、病気のことなど忘れたくなりますが、旅行を楽しくするためにも、体の中で気になるところは、内科受診の際に話してしまえればと思います。そうすると、また検査が増えるでしょうか? U先生も、左なら心配ないとおっしゃるかしらね。自分からお願いした癖に、月曜日の造影CTがもう今から憂鬱です。

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 火曜日、パークプレイスのジャスコに出かけたら、めったに行かないせいか、どの《お買い得品》にも目が行き、ブロックベーコン、れんこん、長いも、アメリカンチェリーなどを買いました。

 久しぶりに『風に吹かれて豆腐屋ジョニー』も買いました。他に『信吾』(漢字はこれだったっけ?)という豆腐もありましたけど……。

 で、昨日は、前にも作った服部先生の『じゃがいもとベーコンの梅煮』、『ブロッコリーとれんこんのじゃこドレッシング』。

 梅煮では、(当然ながら)梅干しがよい働きをしていていました。じゃこドレッシングでは粉山椒がよい働きを。 

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2009年7月 7日 (火)

取材旅行のプランを練る。おねえ様からのお便り。科学雑誌。

 9月下旬に、ジュゲムブログで連載中の『不思議な接着剤』 のための取材旅行に出かけることになりそうです。娘がつき合ってくれるそうなので、彼女の休みに合わせて……。できたら2泊――新山口駅辺りと萩に1泊ずつ――したいと考えていますが、金欠病のわたしたち、お財布と相談して決めます。

 2泊するとしたら、1泊は萩の泊まりたいお宿、もう1泊はコンフォートホテルなんてプランもいいかなと思っています。

 先日、何とか無事? に終わった裁判ですが、複雑な事情下での出来事だとはいえ、吹っかけられ損だったとしか思えないあの裁判で、口頭弁論出席のための小旅行にお金をかけるのはアホらしかったので、とにかく安くあげたいと思いました。

 それで、コンビニとかファーストフード店とかを連想させるタイプのコンフォートやルートインに泊まってみましたが、簡便な、ありがたいホテルだと思いました。特にコンフォートはおススメです。

 値段が下がってくると、どうしても、場所的な問題、清潔さ、客あしらいなどのどこかに欠点が出がちになるのは仕方のない話ですが、コンフォートは安いのに、大抵便利な場所にあり、清潔で、便利品も揃っています。簡単な朝食も付いています。ウエルカム・コーヒーもあります。

 旅情を味わいたいような場合には、こうしたタイプのホテルは不向きです。

 2泊もする余裕はありませんが、1泊だけですと、秋芳洞の場所柄、交通の便が悪いみたいで、車なしで旅行するわたしたち――というより、健康に難点のあるわたし――には強行軍になりそうなのです。

 今年中には無理かもしれませんが、来年中には『不思議な接着剤』を仕上げたいと思っています。そのためにはこの作品の場合、取材旅行は不可欠です。何度も行けないからこそ、じっくり見てきたいと思うと、2泊は必要かなという気がします。

 『不思議な接着剤は、ホームページ『バルザックの女弟子になりたい!』でもご覧になれます⇒こちらKigenさんのすばらしい素材をお借りして、雰囲気のあるページになりました。

 プロットそのものは企業秘密? ですので、公開できませんが、試行錯誤の記録である『不思議な接着剤』ノートは、同じホームページでご覧になれます⇒こちら

 話題は変わりますが、9つ違うA…おねえ様――とちょっとふざけて呼ぶ癖がつきました――からお便りが届きました。創作活動を通じて知り合った女性で、たまたまですが、わたしは同じ時期に、いずれも同じ9つ離れた丑年の女性と知り合いになりました。皆さん、年女ですね。

 いずれも一本筋の通ったかたがたで、それだけに、わたしのこの珍妙な恥さらしブログをどう思われるか心配でした。温かな言葉が連ねてあって、ホッとしました。

 創作を続けている暮らしは、生涯をかけた旅に出ているようなもので、書いてさえいれば、途中はぐれても、またバッタリ出逢ったりする面白さがあります。

 短気な性分に生まれついたわたしですが、創作を通して、辛抱すること、長い目で見る大切さを教わった気がしています。

 純粋と打算、筋を通すことと合理的、といった要素を、状況に合わせてうまく調合していくコツ……は、まだまだ掴みきれていないかな。バルザックは破天荒に見えながら、この調合が絶妙な錬金術師だったと思います〔実際に彼はバラ十字会員だったようです〕。彼、オノレ(・ド・バルザック)は、おのれの根本目的を決して忘れず、物事の真価を見誤りませんでした。

 わたしは30代から心臓疾患などの病気に悩まされてきましたが、これは創作には必ずしもマイナスにはなりません。健康しか知らないお医者さんよりも、病気を体験したことのあるお医者さんのほうが、患者の気持ちになれる場合と、似たところがあります。

 といっても、創作は体力を必要としますので、あまりに病的とかひ弱なのは明らかなマイナス要素ですね。おねえ様が、「病と共存(?でいいのかしら)しつつ、信を曲げずにいらっしゃる年下の友(と呼んでさし支えないでしょうか)の存在は輝いて見えます」と書いてくださり、この手紙は宝物だわと思いました。

 勝手な引用でごめんなさい。あまりメロドラマ風になるのは好まれない、情の濃やかさとさっぱりした軽妙なところが溶け合っていらっしゃるおねえ様ですので、わたしの感激に呆れられたかもしれませんね。お忙しい毎日と拝察しますが、またいつか、おねえ様の小説、拝読したいです。

 また話題が変わりますが、息子の論文が雑誌に掲載されたら1冊送ってくれる約束で、もうしばらくしたら、手にできるのではないかと思います。

 科学雑誌の権威がネイチャーだということは、門外漢のわたしでも何となく知っていましたが、これには自然科学は全部載るのだそうです。ネイチャーに掲載されるのは大変なことのようで、連名で載るのが普通のこの雑誌に、息子の先生は個人の論文として掲載されたことがおありになるとか。連名のものも勿論あり、この分野における世界的権威というのは、その辺りから出てくるものでもあるのでしょうか。

 息子の論文はネイチャー、サイエンスといった権威筋からすると、マイナーな、物理の中でも化学に近いものだけが載る雑誌に載るのだそうですが、それでも嬉しいことのようで、わたしもその雑誌を手にできる日を待ち焦がれています。貰っても、読むというより、眺めるだけでしょうが。

 その論文では、先生は息子の名を筆頭にしてくださっているのだそうで、息子のような立場で、このような扱いは珍しいことだとか。優秀な先生だからこそ、そんな余裕がおありになるのでしょうね。

 ネイチャーに匹敵するような文芸雑誌は見当たりませんが、文学作品の出来不出来を測るのに模範となるものといえば、世界的なものでは今でもノーベル文学賞でしょうが、もし村上春樹がとれば、どうなるのでしょうか。わが国では、文学作品のレベルを測る装置としては、もうとうに芥川賞は壊れてしまっています。

 そのことを息子に話すと、科学の場合は成果が目に見えやすいから、といいました。オリンピックにおける記録といくらか似たところがあるのかもしれません。

 オリンピックでも、競技によっては芸術点などが勝敗を決める要素となったりして、すっきりしない気持ちを残すことがありますが、文学もその芸術点での評価が割合的に大きくて、難しいところがあるのでしょう。

 そうはいっても、過去の文豪クラスの作家たちの作品を読むと、名作と呼ばれるものには、目には見えない基準が厳然と存在する気がします。商業主義という目には見えない怪物がいなくなれば、寂しい限りでしょうが、今のわが国の状況は明らかに狂っている気がします。

 売れる作家のものを売りたいだけ売る、という方法をとられるということは、逆の見方をすれば、それだけ他の作家のものが出なくなるということでもありますから。

 バカ売れしている作家のものがどんなにいいのか、あるいは悪いのか、本当のところ、わたしにはわかりませんが、その作家のものだけがいいということはありえないということだけは確かです。

 わたしのように、これまでの半世紀間に様々なものが読めてきた世代はまだよいのですが、 若い人たちや子供たちが、商業戦略で、偏りのある読書傾向に呑まれていくのは見るに耐えないなあと感じてしまいます。

 ハンバーガーは美味しいけれど、そればかりでは健康に害が出るように、同じ作家の本ばかり読んでいては、様々な本の味わいがわからなくなるし、物事を見る目にも自ずと偏りが生じてくる気がします。ましてや、それがお酒だと、そればかりでは、人生がほどよく甘美になるどころかアル中に、廃人になります。

○当ブログのおすすめ記事:評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』
                  〔ホームページでもお読みになれます⇒こちら

                  新聞記事『少女漫画の過激な性表現は問題?』について

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昨日の夕飯

昨日の夕飯
 
 ヨーグルトやオイスターソース(ナンプラーでもOK)を入れるというところに惹かれ、サイト「j-milk」様(日本酪農乳業協会)http://www.j-milk.jpの《ミルクレシピ》から『卵とひき肉のカレー』を参考に作ってみました。

 ナンプラーを知ってから、その味わい深さの虜となったわたしですので、ナンプラーでもOKとあっては、一も二もなくナンプラーを使いました。

 サイト「j-milk」様へのリンクを、左サイドバーに設けました。興味を惹くレシピが、沢山掲載されています。

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2009年7月 5日 (日)

昨日の夕飯

昨日の夕飯

 昨日の夕飯は、いかと焼き豆腐の煮もの、セロリとえびの和え物、小松菜のおひたし、油揚げとさつまいもの味噌汁でした。

 土井勝先生の『いかと豆腐の煮もの』も美味しかったのですが、婦人之友社・毎日のお惣菜シリーズ2の『セロリとえびの和え物』が絶品でした。中華風の味つけなのですが、しっかり下味をつけたセロリとえびが絶妙な味わいです。

 以前は苦手なセロリでしたが、服部先生のレシピで、料理法によっては食べやすくなると知り、今ではよく利用する食材の一つとなりました。

 小松菜のおひたしが載っている小皿は、娘がファンケルから貰ってきた4枚セットのうちの一枚です。これのもう少し大きいものが2枚あって、ちょくちょく使っています。2枚しかないので、家族に使い、わたしはあぶれて他のお皿になるのが淋しいなあ。完全な円形ではない洒落た形が、気に入っています。

 デジカメで撮った写真が溜まってきたので、そろそろプチにてレシピ付でご紹介しなくては……。

左サイドバーから行けるブクログで、参考にした料理の本をご紹介しています。アフィリはやっていず、自分が気に入った本を気ままに並べているだけです。カテゴリーにあるクッキングをクリックしていただけば、料理の本だけが本棚に並びます。⇒http://booklog.jp/users/2021/front/dm=&jm=&cate=634512

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2009年7月 4日 (土)

米軍によるアフガン南部で掃討作戦のニュースと、火曜日に観た映画『子供の情景』

 昨日のニュースで、 米軍がタリバンの拠点地域――南部ヘルマンド州――で大規模掃討作戦を開始したと伝えていた。

 火曜日に観た映画『子供の情景』は、アフガニスタン中部のバーミヤン――タリバンによる大仏破壊が行われた周辺――を舞台としたものだった。

 名作かどうかの判断ができないままラストシーンとなり、制作者の意図にはめられた……と思った瞬間、それにも拘わらず涙が拭きこぼれ、慌ててハンカチで口を押さえたけれど、嗚咽する声が漏れてしまった。

 場内が明るくなったら、呆れ顔の娘が苦笑してわたしを見ていた。「ママったら、そんなに泣いちゃって。あんな現実があそこにあることくらいは知っていたでしょう?」

 知っていたし、子供がとる自然な行動にことさら意味づけをして、流血シーンなしで戦禍を浮かび上がらせようとする手法は、作為的、ルール違反と思わせたくらいだった。

 しかしながら、あの女の子バクタイのひたむきな目……悪餓鬼どものタリバンごっこのなかでとはいえ、「バクタイ、死ぬんだよ。死ねばあとは放っていてもらえる」という隣の家の男の子のアドバイスにも耳を貸さなかった頑固なバクタイが、ついに彼らから逃れるために、「バクタイ、自由になりたいなら、死ね!」という男の子の叫びに自ら死んでいく(死ぬ真似をする)シーン……そこに冒頭の大仏破壊の爆破シーンが重ねられた結末に、わたしの中の澄まし込んだ分別も一緒に吹っ飛んだのだった。

 尤も、大事な人々と死に別れる中でそうなったのか、子育ての中でそうなったのかはわからないが、めっきり涙もろくなった。子供を見れば、どの子も自分の子に見えてしまう始末。

 映画に出た子供たちは、全員現地の子供たちだということだ。ひと口にアフガニスタン人といっても多民族国家を感じさせる容貌の多様さで、バクタイという女の子は蒙古系の顔立ちだった。意志のしっかりしていそうな、対象物をまっすぐに見つめる可愛らしい子。

 強国の利害に翻弄されてきたアフガニスタンだが、自覚しようとしまいと、あの子供たちの現実に、わたしたち日本人の利害の絡んだ思惑が複雑に関わっていることはいうまでもない。

 パンフレットを読むまでわたしは、タリバンの有名な女性に対する権利の制限が、女性は守られるべきものという信念から派生したものだとは知らなかった。これは「イスラムよりもむしろアフガニスタンの伝統的な家父長制から生まれたものと言われている」とか。

 とはいえ、就学・就労の禁止、親族の男性と一緒でなければ外出禁止などといった権利の制限は女性の人間性を剥奪するに等しい。

 パンフレットの鈴木均氏によると、タリバンは「元々はアフガニスタン南部のデーオバンド系の宗教学校に集められていた戦争孤児が中核となり、荒廃したアフガニスタンの世直しを目指した平和的な運動であった。これに1996年頃からサウジアラビア出身のオサーマ・ビンラーディンらの国際テロ組織が合流したことによって、思想的に一挙に急進化していった」そうだ。 

 『子供の情景』の監督ハナ・マフマルバフは、イランの映画一家に育った女性で、映画制作当時は19歳だったという。写真を見ると、落ち着いた感じの理知的な美人だ。

 大人にとっては短い一日が子供の時間では長い長い一日であることを、若い監督ならではの感性で感じとっていたのだろう。バクタイという6歳の女の子の視点で、長い長い昼間が描き尽くされる。

 バクタイはひたむきに学校へ行こうとする。就学年齢に達しているのに行けないということもあったのだろうが、隣の家に住むアッバス――石窟が彼らの住居――がバクタイを羨ましがらせたことが一番の原因だろう。子供がとりそうな行動が自然に描かれていた。

 その学校へ行きたくてたまらないバクタイを、まず学用品不足が阻む。彼女は、家にあった卵をパンに換え、何とかノートを手に入れる。お母さんの――アフガニスタンの女性にとって大切なものだという――口紅が鉛筆の代わりだ。

 次にバクタイを男女別扱いの規則が阻む。教わった女子校は遠かった。女子校を目指すバクタイを、今度はタリバンごっこに熱中する少年たちが阻む。少年たちは、この年齢の少年たちがそうであるように敏捷で、時に大人以上に執拗で、タリバンになりきっている彼らの目つきは真に怖ろしいものだった。

 タリバンごっこという戦争ごっこの一種は、現地の子供たちの遊びがとり入れられたものだという。

 少年たちによれば、口紅は無神論者の物だそうで、バクタイは石投げの刑を宣告される。ノートは破られて、少年たちは紙飛行機を折るのに夢中になる。こんなところは如何にも子供だ。彼らによると、大仏も紙飛行機爆弾で処刑されたらしい。

 そして、バクタイは捕虜にまでなるが、何とか少年たちを交わし、女子校へと急ぐ。

 老人に道を尋ねると、老人はバクタイのノートを破って、紙の舟を折り、川に浮かべる。紙の舟に導かれるようにして辿り着いた女子校で、バクタイは自分より大きな子供たちのクラスへ入り込み、彼女らに阻まれることになる。

 バクタイは何といっても6歳の子供で、学校の規則が身についていない。教室の中で彼女は、半べそをかきながらも、何とか大きい子供たちの間に身をねじり込ませたのはいいが、リンドグレーンの『長くつ下のピッピ』を連想させるような、したい放題をする。

 口紅で、お化粧遊び。唇も頬も真っ赤に塗りたくり、どの子も見違えるほど綺麗になった。黒板に向かっていたため、背後で起きていることに気づかなかった女教師に、ついに出て行くようにいわれてしまう。帰宅する途中、またもやタリバンごっこの少年たちに捕まるわけであるが、女子校へ行って戻るバクタイの背後には、あのバーミヤン遺跡が存在していた。

 らくだ色をした遺跡。バクタイの緑色の衣装と手にした黄色いノートは、遺跡の色に映える。

 わたしは、昨年5月に出かけた『ガンダーラ美術とバーミヤン遺跡展』を思い出した。悔しいことに、そのときわたしは体調が悪くて、思うように展示物を見られなかったが、記憶には残っている。バーミヤン遺跡展では、破壊される前の写真や図面などを鑑賞できた。

 壁画に描かれた飛天は、何ともエキゾチックなものだった。濃い、生き生きとした表情。それは、ギリシア、ローマの影響を強く感じさせるガンダーラ美術とは、全く印象の異なるもので、ササン朝ペルシア及びインドのグプタ系美術の影響が強いものだというが、なるほどと思った。

 そういえば、ハナ・マフマルバフ監督は、バクタイの隣の家の男の子アッバスにアフガニスタンの国民とブッダをイメージさせようとしたとパンフレットにあった。

最後にいじめっ子たちに囲まれて倒れるのも仏像が倒れる、というイメージで撮りました。あの役をやった男の子は、本当に物覚えが悪かったんですよ! 何度教えても間違ってばかりで、何度も何度もやりなおすんですが、泣き出すわけでもないし、ふてくされるわけでもないし。全然表情は変わらなくって、そんなところも「仏像みたい!」って、すごくおかしかったです。

 うーん。アッパスが小細工されていることはわかり、時々浮く気がしていたが、そんな意味づけがなされていたとは……。よくも悪くも、監督の若さを感じさせる映画ではあった。 

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肉じゃが

昨日の夕飯

 昨日の夕飯のメインは、肉じゃがでした。

 牛薄切り肉を使った肉じゃがが我が家の肉じゃがでしたが、昨日は豚バラ薄切り肉を使う服部先生の肉じゃがにチャレンジしてみました。

 これまでのよりも水分の多い仕上がりだなあと思い、改めてレシピの写真を見ると、だいたいこんなものでいいようです。

 ボリューム感のあるこれまでの肉じゃがも美味しかったのですが、これは何だか懐かしいお味……。写真が溜まったらプチにて、服部先生の肉じゃがもご紹介する予定です。

 ここでは牛薄切り肉を使う肉じゃがを、『365日のおかずと献立』(主婦の友社)から簡単にご紹介します。

材料は4人分で、牛薄切り肉200g、じゃがいも700g、玉ねぎ大1個、にんじん1本、しらたき1玉、煮汁[水2カップ、砂糖大さじ2、しょうゆ大さじ5、みりん大さじ2]。

じゃがいもは大切りして面をとり、水にさらす。サラダ油で玉ねぎの半量と牛肉をいためる。しらたき、じゃがいもを加え、全体に油がまわったら水を加える。アクはすくいとる。調味料は初めから全部加えて煮る。はじめ10分間は落し蓋をして煮る。

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2009年7月 3日 (金)

ニトロ舌下

ニトロ舌下&シネマ『子供の情景』

 心臓の調子がずっとよかったので、またこのまま飲み薬だけでいけそうな気がしていたのですが、そうは問屋が卸しませんね。

 昨夜息苦しさがあり、午前中胸の圧迫感が起きたのですが、外出したせいだろうと思い、飲み薬だけで治まるかもしれないと考えました。

 起きていても疲れがひとかったので、午後、仮眠をとることにしました。

 2時間ほども眠りましたが、胸の圧迫感と腹部膨満感で目覚め、たまらなくなり、ニトロ舌下。10分後にもう1錠。

 2錠目を舌下してから次第に胸の圧迫感がとれてきて、今は発作後30分以上経っていますが、気持ちがよくなりました。横になっていても何ともありません。この記事は携帯で書いています。

 このところ一日1食が定着して問題なく、昨日は休日だった家族と外出して、夜8時半頃外食してからは何も食べていませんでした。

 それでも、おなかがパンパンな感じが起きて、触ると実際には膨らんでいず、柔らかでした。狭心症からきたものだったからでしょうね。

 このおなかがパンパンな感じには、実際におなかが膨らんでかたくなっている場合(大抵左胸の下も腫れて痛む)と、今回のようにイメージだけの場合とがあり、別の原因でそうなっている気がします。両者が混在してまぎらわしい場合も、ちょくちょくあるという自覚症状です。

 前者の症状は、食事をとらないと起きません。だからといってこれが消化器が原因かどうかは、自分ではわかりません。食事をすることで、どこかに負担がかかっておなかがかたく膨らむことは間違いないという気はしますが……。 

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2009年7月 1日 (水)

判決が下りました

20090701162106_2

 そろそろ地裁から何かいってくるはずだけれど、おかしいなあ、問い合わせてみたほうがいいかしら……などと思っていたところ、先ほど(16時)、その地裁から特別送達。届いたのは、平成21年6月30日付の判決言渡原本でした。

 半年かかった裁判の判決が下ったのです。

         主文
1. 原告らの請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

 とあり、ホッとしました。

 アウトラインは以下のようになっています。

平成21年6月30日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官

平成20年(…)第…号 損害賠償請求事件

口頭弁論終結の日 平成21年5月26日

         判決

         主文
1. 原告らの請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

         事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
  1 請求の趣旨
    (1)~(6)
    2 請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
        主文と同旨
第2 当事者の主張
   1 請求原因
    別紙(準備書面(2))のとおり
    2 請求原因に対する否認(原告ら)
    すべて否認ないし争う
第3 判断
  1 原告らの主張する請求原因は、必ずしも明確ではなく、理解し難いところが多々あるものの、要するに、
  ①~⑫
などと主張して、被告らに対し、不法行為(民法709条)による損害賠償をもとめるというもののようである。
  2 そこで、まず、原告B(奥さん)の被告らに対する請求について検討するに、原告らの主張するような事実によって、原告Aの妻である原告B(平成8年…月…日婚姻(甲1))のいかなる権利ないし法律上の利益が侵害されたのか全く明らかでないから、その主張は採用の限りではない。そうすると、原告Bの請求は、その余の判断をなすまでもなく理由がない。なお、前記⑧-1の「無断名義変更に偽装利用」というのは、何を意味するのか不明である。
    なお、原告Bは、被告N(わたし―マダムN)から、精神分裂病であると侮辱されたとも主張するようであるが、確かに、被告Nが原告Bの精神疾患を疑い、原告Aに、専門家に診てもらったらどうかといったことはあるものの、それは家族として心配したためであり(弁論の全趣旨)、これが原告Bを侮辱するようなものであったとはいえない。
  3 次に、原告A(父)の被告らに対する請求について検討するに、原告らの主張は、概ね、被告らとは関係のない事柄を、一方的な思い込みや根拠のない憶測に基づいて、ことさらに被告らと関係付けようとするものであって、以下に述べるとおり、採用し難い。
  (1)①について
~ (12)⑫について
  4 その他、原告らは、縷々主張するが、いずれも被告らの不法行為責任を基礎付けるに足りるようなものはない。
  5 よって、原告らの請求は、いずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、65条を適用して、主文の通り判決する。

  …地方裁判所民事部

              裁判官 …

 人事異動により、裁判官が交替してからは、すみやかに口頭弁論が終結し、今回の判決となりました。

 交替した裁判官は、被告全員の否認内容をきちんと取り入れた判断を示してくれ(一例として、精神分裂病としてわたしに侮辱されたという奥さんの主張に対するわたしの否認内容を取り入れた判断をご紹介しました)、それでいて、裁判官の口頭弁論の終結宣言に異議を唱えた父夫婦を斟酌し、もう1回だけ口頭弁論の機会を設けるといった原告・被告どちらにも公平感を与える裁判を行ってくれました。

 逆のいいかたをすれば、担当する裁判官によってこうも裁判内容が変わってくるものだろうかという怖ろしさも感じました。

 カテゴリー:父の問題http://elder.tea-nifty.com/blog/cat7780353/index.htmlを閲覧していただければわかっていただけると思いますが、これで父夫婦の問題が解決したわけではありませんで、あれこれ考え出すと不安が際限なくふくらんできます。が当面は、これまでのようになるべく遠巻きに見守るといった姿勢を貫きつつ、柔軟に対応していくしかないだろうと考えています。

 調停、今回の裁判と、父夫婦との関係、問題点をご紹介しながらリポートしてきましたが、このカテゴリーに含まれる記事を公開したことについては迷いがあり、削除すべきだろうかと考えたりもしました。

 そんな折、偶然、「マダムN」というタイトルの記事を閲覧しました。ちょこ6180様が公開されている次のような記事でした。

2009.04.27
マダムN      
http://plaza.rakuten.co.jp/namipannachan/diary/200904270000/#comment

昨夜はとても興味深いブログを発見しました。
マダムNという方のブログです。
興味深いのは、実のお父様と後妻様から姉妹で訴えられてるという内容なのですが、
彼女は文学に非常になじみのある女性らしく、家族間での争いのなかにさえ微妙に現れる家族としての情愛が、優しく暖かく、美しく書かれていて、
なおかつ調停の様子等はきちんと描かれているので、ブログであるのに小説のようで、思わず何時間も読んでしまいました。

 嬉しい記事でした。ちょこ様、ありがとうございました。

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