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2009年6月の42件の記事

2009年6月30日 (火)

本日観る予定の2本の映画と先日観た『懺悔』。『ジーンズの少年十字軍』について。

今日はココログがメンテナンスで、その時間が過ぎても記事が反映せず、朝書いた記事を昼間外出中に携帯から投稿していたのですが、結局帰宅後(午後10時)、再投稿しました。で、これを書いている今は、映画2本を既に観ています。それについては、記事を改めて、また。

 いつも年2回(春と秋に1回ずつ)行く予定にしているコンサート・オペラ・バレエ・能楽(などから選択)。春にアルゲリッチを聴きたいと思いつつ行けなかったのですが、それを埋め合わせてくれるかのようにシネマ5で名作の目白押しです。

 『フロスト×ニクソン』『ダウト』『懺悔』を既に観ました。

 『懺悔』はグルジア映画。重厚な作品でした。大学の頃に『ピロスマニ』というグルジア映画を観て圧倒されたことがありましたが、グルジアはよい映画を作る土壌として有名だとか。確かに、そうした伝統の薫りを感じさせられます。

 煮た魚を食べているだけのシーンをあれほど気持ち悪く描けるとは……魚はキリスト(ハリストス)の象徴とされていますが、そうした象徴でしょうか。食べていたのは、神父になりすました悪魔でしたから。悪魔は、スターリン主義による市民弾圧を暗示しているようでもあり、映像の世界を、ロシア正教を核とした文化が裏でがっちりささえていました。おどろおどろしい、それでいて滑稽であり、時折はっとさせる美しさのある映画でした。

 空中に人形の浮かぶ場面では、シャガールの絵画を連想しました。

 全てがヒロインの白昼夢ともとれる極めて観念的、哲学的な、人間という存在の根本にあるものが何であるかを執拗に問いかけてくる世界は、ドストエフスキーの文学を髣髴させました。あの映画が何を意味していたかということより、映画を通じてグルジアの何といいましょうか、こくのある優雅なところのある、とても個性的な文化に触れられたことが新鮮で、観てよかったと思いました。

 テオ・アンゲロプロスのギリシア映画『エレニの旅』とどこかしら似た雰囲気が漂っていたのは、同じ正教の薫りがあるからでしょうか。

 今日観る予定の映画は、アフガニスタンのバーミヤンを舞台とした『子供の情景』とアメリカのベストセラー小説を映画化した『リリィ、はちみつ色の秘密』です。

 どちらにするか娘と迷いましたが、わたしの体調もよいので、どちらも観ることに。ノルウェー映画『ホルテンさんのはじめての冒険』は見損ないました。娘と職場が同じで、大学も同じ市立大だった青年は観たそうで、よかったとか。このあと、『マリア・カラスの真実』を観ることができたら、それで今回の私的映画ブームは終息します。

 テア・ベックマンの『ジーンズの少年十字軍』は歴史の闇に踏み込んだ手応えのある児童文学作品で、なまじな感想では済ませたくない気がしてきました。歴史学者、阿部謹也著の『ハーメルンの笛吹き男』で描かれた世界とは13世紀ドイツという背景柄、重なる部分があり、再読しているところです。

 『ハーメルンの笛吹き男』によると、伝説のもととなった、ハーメルン市で子供たち130人の失踪が起こったのは1284年6月26日〔ヨハネとパウロの日〕とされています。最古の記録は教会のガラス絵に残されていた次の文面。「ヨハネとパウロの日(すなわち6月26日)にハーメルン市内で130人の者がカルワリオ山の方向(すなわち東方)へ向かい、引率者のもとで多くの危険を冒してコッペンまで連れてゆかれ、そこで消え失せた」〔関連記事:http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/09/post_8645.html

 『ジーンズの少年十字軍』で、20世紀のオランダ生まれの15歳の少年ドルフが、タイムマシーンで、ドイツのシュピールスという都市の郊外に降り立ったのは、1212年の洗礼者聖ヨハネの日で、両者には70年以上の開きがあるのですが、両者に描かれた問題には共通する部分があるのです。

 ハーメルン市における子供たちの失踪については諸説あり、それには植民説、少年十字軍という説が含まれています。少年十字軍というと、どうしても口べらしというような苦しい生活事情とか、あるいは奴隷売買という大人の犯罪行為が想像されてしまいますが、『ジーンズの少年十字軍』は奴隷売買という観点から書かれています。

 両著書で、サンタクロースのモデルとして知られる聖人の遺骸が小アジアからイタリアに移された出来事が出てきますが、『ジーンズ』ではそれが効果的に使われていて、わたしは思わず「うまい!」とベックマンに拍手してしまいました。

 『ジーンズ』については、しばらくはメモをとることが続きそうで、感想を書き終えるには時間がかかるでしょう。生者と死者が出てくる舞台劇風の自作小説も進めなくてはなりません。

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スパゲッティミートソース

スパゲッティミートソース

 昨日の夕飯は、スパゲッティミートソースときゅうりのサラダ(北欧風)でした。

 イタリアンの本にミートソースタリアテッレという本格的なミートソースのレシピがあったので、それを作ろうかとも思ったのですが、お肉の分量に怖れをなして、昔作っていたミートソースもとても美味しかったことを思い出し、そのレシピで作りました。ちなみにタリアテッレというのは、麺の種類みたいです。平べったい麺。

 子供たちが高校生くらいまでは、お昼によくパスタをしました。すぐにできて美味しいカルボナーラなんかをよく……。

 それがなぜかパッタリ作らなくなったのですが、先日久しぶりにパスタ料理を作ったら家族が喜んだので、また作ったら、大喜び。

 今までに作ったことのなかったパスタ料理にも、今後チャレンジしていこうと思います。

 今日使った麺は、ガロファロ社の表面がざらついた1.7㎜のもの。ミートソースに合うとあったので。何となく蕎麦っぽい味?

 実はわたし、平べったい麺もだごを連想してしまい、だご汁も蕎麦も娘は大好きで、わたしはそれらがそれほど……別に嫌いというほどではないのですが、昔からあるマ・マースパゲッティが一番好きかもしれません(困ったオバサンです、我ながら)。

 でも、好みや偏見に囚われず、いろいろとチャレンジしてみますよ。

 写真が溜まったら、プチで、参考にしたレシピをご紹介します。

 きゅうりのサラダ(北欧風)のレシピは、サイト内検索で出てくると思います。白ワインを使った、油なしのさわやかなサラダです。

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2009年6月28日 (日)

左サイドバーの私的リンク集に、ブクログの「マダムNの本棚」 

 左サイドバーに設けている私的リンク集《こちらへもどうぞ》に、ブクログの「マダムNの本棚」を加えました。⇒http://booklog.jp/users/2021

 読んだ本をどんどん本棚に並べていこうと思います。なるべく感想も……。

 

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2009年6月27日 (土)

湿っぽい日のつぶやき

 昨日今日と体調がよかったので、テア・ベックマンの児童文学作品『ジーンズの少年十字軍』(西村由美訳、岩波少年文庫)の感想を記事にするつもりだったが、体調がよいならよいで、つい雑用に目が行き、結局それで時間が潰れた。

 先日、循環器クリニックのあとで行ったB調剤薬局で、薬剤師さんに体調が不安定なことを話し、先の不安に駆られて落ち込むといった。

 B調剤薬局の薬剤師さんは何人もいらして、薬に限定された相談以外の話も聞いていただけるのがありがたい。

 薬剤師さんには勿論、不安の内容まではお話ししなかったが、専業主婦であるわたしの一番の悩みというか負い目は、金銭的なことだ。只では死ねないという思いがより一層死への恐怖を掻き立てる。

 考えてもどうしようもないので、先のことはあまり考えないようにしている……というより、考えられないのだが、今後、わたしは治療でどの程度お金を使うのだろうかと考えると、暗澹たるものがある。

 幸い今のところは、あちこちの科にかかっている割には、経過観察が多いためか、時々検査にかかるくらいで、循環器クリニックで処方される薬代がいくらか気になる程度だ。

 昨年の入院も検査入院で、夫の付録である妻型の保険金が思ったより降りたため、入院にかかった費用を引いてもお釣がくるくらいだった。が、入院にはそれ以外のお金がいろいろとかかるし、何より、その検査入院は問題の解決にはつながらなかった。

 それで無罪放免とはならないだけの灰色を帯びたところがわたしの症状にはあり、今後どうなるのか予測不能であることが混沌とした不安を生む。夫の定年後の生活が予測不能である不安ものしかかる。

 体調が悪いと、こうした諸々がわっとばかりに押し寄せてきて、もう何も考えられなくなってからようやく創作に集中できるという風。逆に、体調がいいと、ハイに、楽天的になりすぎ、無駄なことにエネルギーを消費しがちとなる。

 薬剤師さんはわたしに力強く助言してくれた。「体調が悪いときには、また必ず体調がよくなると、確信を持って自分に言い聞かせてください」

 そういえば、宇佐神宮の御神籤にも、病について「気をしっかり持てばよし」とあったっけ。

 気をしっかり持てない原因の一つには、医師が合わないということがあるのかもしれない。名医との評判も高く、人間的にも好感を持ちながら、循環器クリニックの先生をわたしは医師として信頼していない。

 呼吸器クリニックの先生はわたしの喘息を発見してくれた恩人だけれど、喘息の薬フルタイド(吸入ステロイド)は、わたしにはどうしても合わない気がしてしまう。薬を替えたいということはフルタイド主義者の先生を替えたいということだ。

 フルタイドを少し多めに使うと鼻が腫れる。声も以前とは変わってしまって、高音域を出そうとすると掠れる。

 循環器クリニックも呼吸器クリニックも内科でもあるので、たびたび左乳房の下の痛みについては伝えてきたのに、その部分の触診すらない。左側だと何の心配も要らないというのが、わたしには理解できない。

 検査を受けた上でそういわれるのであれば納得できるのだが……。ネットで調べると、その辺りにある臓器は膵臓みたいだが、それ風の消化器症状はないので、昔いわれた慢性膵炎ではない気がする。

 昨日も娘に見て貰い、触っても貰ったが、左乳房の真下が腫れているようだ。食事をとるとその部分が圧迫痛という感じで数時間痛むので(我慢できないような痛みではないが)、このところはずっと1日1食にしている。夕飯をしっかりとっているので、いくらか痩せはしたが、体調は悪くない。痛みも、1日1回になり、楽になった。

 このことについては、来月の内科受診の際にU先生にお話しするつもりだが、その前に肝嚢胞の造影CTを受けることになっていて、それで異常がなければ、先生もやれやれというところだろうに、そこへまた左乳房の下が痛むなどとは如何にもいい出しにくい。

 が、どうしてもわたしは気にかかる。いわなければ。額の腫瘤がすこやかに育っているのも気にかかる。見た目にはわからないが、触るとしっかりしてきた。硬い骨腫だとすれば、ここも手術をすれば、陥没するのだろうか。膝と股関節の不安定さは、何だろう? MRIで何も異常が写っていなければ、このまま過ごさなければならないのだろうか? 

 体はこんな調子だが、文学的には充実している。

 当面は推移を見守るしかない諸々の事柄に気をとられ過ぎて、そのための貴重な時間を削ぐことはやめよう。このつぶやきの記事を書き上げたら、ベックマンの作品に戻りたい。

 『ジーンズの少年十字軍』という名の本を手にしたわたしは、少年十字軍という歴史上最も、といってもいいような愚行をどう解釈し、それをどう児童物に仕立てられるのか、皆目見当がつかず、眉をひそめてしまった。軽々しく採り上げられたのだとしたら許せないという気がした。

 そして期待もせずに読み始めたのだった。子供たちにそこまでは無理だろうと思われる箇所にはたびたび出くわしたが、いや、すばらしかった。それは、少年十字軍のルートの調査、資料調べのすばらしさでもあった。ベックマンの創作には、よい意味で、児童物だからという手加減が一切ない。

 『ジーンズの少年十字軍』を読みながら、阿部謹也著『ハーメルンの笛吹き男』(ちくま文庫)を連想した。どちらも13世紀のドイツに照明を当てている。

 奴隷売買、魔女裁判という重苦しい歴史上の実際の事件がベックマンの作品には題材として取り込まれている。子供たちを一体、そこでどう生かすのか、どう生かせるのか……ベックマンはわたしの問いに見事に答えてみせた。

 ※予告をすると書かずに終わりそうなので、お約束はしませんが、『ジーンズの少年十字軍』について記事にしたいと考えています。

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昨日の夕飯

昨日の夕飯

 昨日の夕飯のメインディッシュは、つくねとがんもの含め煮でした。

 家族に大ヒット! また写真が溜まった頃に、まとめてプチでレシピをご紹介する予定です。

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2009年6月26日 (金)

エルモのぬいぐるみ~!

200906251902000_2 エルモのぬいぐるみ。200906251918000_8

 昨日、職場の友人たちと遊びに出かけた娘が、ぬいぐるみと目が合ったといって(また)連れ帰ったのです。

 娘はそうやって連れ帰ったぬいぐるみを大抵、わたしにくれるのですが(ぬいぐるみといえど、それなりに世話が要りますから)、エルモは大好きなのでつい抱き締めてしまって……。

 このエルモは赤ちゃんタイプかしらね? エルモは永遠の3歳ということですから、どちらかなと思いますが、顔つきがより幼い気がします。胸で抱っこするのによい大きさです。

 抱っこといえば、先日循環器クリニックを受診したあとに行った調剤薬局に、赤ちゃんを抱っこしたお母さんがいました。ふと見ると、背中にもう一人赤ちゃんが……。どちらも丸々としていましたから、体格のよい若いお母さんで幸いだと思いました。

 華奢なお母さん、あるいは年のいったお母さんだと、あんな芸当は無理でしょう。双生児で、8ヶ月ということでした。抱っこされていたのは男の子で、中耳炎なのだそうです(循環器クリニックの下の階が耳鼻科です)。元気がありませんでした。背中でご機嫌だったのは女の子だそうで。

 エルモのぬいぐるみの話題に戻りますが、両脇に手を差し入れて向かい合うと、笑顔がまるで菩薩? みたいで、憂いも何も忘れてしまいました。

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2009年6月25日 (木)

23日に、循環器クリニック受診

 23日に循環器クリニックを受診した。

 腹部の異常(変にふくらむ、左乳房の下が痛い)については、来月の内科受診の際に話すことにしているので、体調には相変わらず波があることをお伝えしたにとどまった。

 卓上カレンダーに目が行ってしまい、話題がそちらに飛んだということもあった。ほぼ毎日のように何キロと書きつけてあるのが興味深くて、思わず先生にお尋ねした。

「先生、それ、マラソン記録ですか?」とわたし。「そうだよ」と、ちょっと得意げな先生。ご苦労なことに、ほぼ毎日のように別府まで早朝マラソンをなさっているのだそう。ハーフ以来、病みつきになられたようだ。今年はフルに挑戦なさる予定だとか。17キロというキロ数が多く、22キロというのが今月の最高だった。

「別府まで用事があっても、ガソリン代が要らないなんていいですね」とからかうと、「冗談じゃないよー、もうヨレヨレでさ。自力で帰ることができなくなって、拾いに来て貰ったこともあるくらいだよ」と先生。

 という調子で、マラソンの話題に終始した診察日となった。わたしも元気なときはジョギングしたりしていたのになあ。体調が悪くて寝ている日も多い癖に、たまに快調のときがあり、そんなときは健康体になった錯覚を覚えることがある。

 いや、薬剤師さんによると、人間の体はロボットではないから、波があって当然なのだそうだ。最近、薬剤師さんと長くお話することが多い。何だか、ドクターとは雑談、症状の訴えや薬に関する質問は薬剤師さんに……と最近こんな風。

 薬はいつもと同じでインデラルとシグマートが1日3回、ヘルベッサーとアイトロールが1日2回。40日分。「ニトロ舌下錠はある?」と先生に訊かれ、まだありますと答えた。

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2009年6月23日 (火)

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』に対する仲間うちでの評価

 当ブログに収録している『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』に対する仲間うちでの評判は、まずまずだ。

 同人雑誌の合評会には体調の関係で出席できなかったが、同じ市に住むSさんは褒めてくれたし、今日いただいた発行人Kさんのお手紙には、「Nさんの評論、評判よかったですよ」とあった。

 またSさんが講師を勤めている創作教室の生徒と名乗るかた――団塊世代に近い夫と同じお歳の男性だから、わたしより7歳年上――から一昨日お電話があり、身に余る絶賛を頂戴した。

「世界中探しても、あなたほど適切に村上春樹に関して批評が下せる人はいませんよ。わたしは十何年も前から、村上春樹の作品とマスコミの扱いに関しては不信感を持っていました。読後、彼の作品は倦怠感を誘うが、その原因がわからなかったところを、あなたの評論でわかったような気がしたのです。あなたの評論は広く読まれるべきです。彼の作品は病原菌や公害に似たところがあるとわたしは思っています。よくこれだけ深く掘り下げられたものだと感心しました。非常に冷静に分析を進められていて、しかも女性でしょう、驚きました」

 お電話をいただく前は具合が悪くて横になっていたので、頭がボーッとしてすぐには文学の話題に応じられず、褒められていることがぴんとこなかった。それでいった。

「ありがとうございます。人それぞれで、わたしの批評を村上春樹の作品に対する誹謗中傷と解釈なさるかたもありますよ。わたしが女性で、しかもオバさんだから、作品の正体を見抜けるんじゃないでしょうか。もう少し若ければ、おそらく書けなかったでしょうし、もっと歳をとれば、きっとわたしは意地悪婆さんになるんでしょうね」

 すると、「いいえ、ただオバさん化していくだけの人は多いですが、あなたのような歳のとりかたをする人がいることを思うと、これは一つの希望です」との驚くべきお言葉。

 書いても報われないことばかりが常なので、盆と正月が……というより正月とクリスマスが一緒に来たようだったが、ただ、彼の作品を批評してほしいという申し出はお断りした。その余裕も自信もない。お目にかかりたいともいってくださったので、そのうちSさん行きつけの喫茶店で皆でお会いしましょうといった。

 Sさん行きつけの喫茶店の常連メンバーと聞いているOさんからも、丁寧なお葉書をいただいた。八十路を目の前に……と文面にあったが、Sさんから、Oさんがひじょうに上品な紳士と伺っていた。同人雑誌が休刊になるが、頑張ってくださいという激励の言葉に、わたしがOさんの作品について「静かな湖面にも似た創作姿勢と馥郁とした筆力」と書いたことに対するお礼の言葉が書かれていた。

 わたしの言葉なんかを喜んでくださるOさん、そしてKさん。まだまだ未熟で報われなくて当然のわたしとは異なり、高い評価を受けて当然と思われるこの先輩がたが、創作活動を淡々と送り続けて来られた長い年月を思うと、ナンだか涙が出てしまう。

 昨年の入院中一緒だった読書家らしいMさんに、同人雑誌をお送りしたところ(小説『侵入者』の掲載された号と、今度の評論が掲載された休刊直前の号とを)、すぐにお電話をくださり、わたしの作品を一気に読んだとのこと。お世辞でも嬉しかった。わたしの作品とKさんの作品が印象に残ったそうだ。彼女の友人たちにわたしのことを自慢したそうで、キャリアウーマンで社会的にも活発な活動をしているというそのかたたちにも雑誌を回してくださるとのありがたい言葉だった。

 ところで、70歳近いとはとても思えない、青年のように若々しい雰囲気を持つKさんだが、医業の傍ら俳句に打ち込んでいらっしゃるご様子。

 何と短期間に600句も作ったそうだが、小説からしばし離れ、俳句に新鮮な悦びを見出して作りに作っている最中……といった段階なのだろうか。彫琢は、今しばらくその境地に遊んだあとで、といったところなのかもしれない。Kさんのタイプを思うと、水原秋櫻子の句が連想されるが、わたしは、せっかく確立されたかに見える小説の技法が錆びないうちに戻って、書いてほしい気がしてしまう。若々しいとはいっても、70歳という年齢を思えば、他人事ながら気が急く。

 そして、もし本当に個人誌に加えていただけるとしたら、わたしはKさんの新しい小説と、それ以前に書かれたものの中から珠玉のような作品を選んで小論を書き、それを掲載してほしいと考えている。Kさんの作品にふさわしい評論が書けるだろうか。

 娘はKさんの『雲の影』を一気に読んだ。息子は、ドストエフスキーのことを舞踊家だっけ? というくらい文学音痴なのだが、感性はわたしに似ていて、「詩人」とわたしが呼んでいる学生時代の先輩の詩のよさもわかるところがある。『雲の影』は年老いた恩師との交際を描いた作品で、実はその恩師の特徴が息子の所属していた研究室の先生にいくらか似ていたので、1冊送っていた。 〔『雲の影』の関連記事⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/06/post-9585.html

 息子はそれを放置していたそうだが、たまたま先生に電話をかけたあとで思い出し、読んだそうだ。息子も一気に読んだといった。「次々に言葉が目に飛び込んで来た。本当に似たところがあるね。涙が出た」といった。息子の先生には作品の中の恩師のような哀愁は漂っていないのではないかと思うが(わたしに近い年齢で作品の恩師よりはずっとお若いし、ユニークなかたのようなので)、そう、本当に泣かせる作品だ。

 恩師の人間像と作者の視線の温かさがいつまでも印象に残る。悲劇に終わる作品といってもよいが、恩師を含む数人の登場人物と語り手である「私」のそれぞれの心の綾が妙なる旋律を奏でて、四季の自然もそれに負けじと参加し、まるで文章で演奏される交響曲のよう。悲哀も含めて、これは賛歌だ。

 そういえば、嬉しいことは重なるもので、前掲の「詩人」とわたしが呼んでいる学生時代の先輩〔彼女の作品はこちら〕にまだ書きかけではあるが、童話『不思議な接着剤』と『すみれ色の帽子』を送ったところ、電話をいただいた。

 電話の向こうからこちらをまっすぐに見ているかのような彼女の澄んだ視線が雰囲気的に感じとれる中で、「母親としての体験が生きていると思いました。一つ一つの場面が浮かんできて、アニメにできそうね。横書きなのは……なぜ?」と彼女。

 わたしは下書きの段階であることを改めて断った。彼女はいつもより言葉少なだったが、好感触を得た。初めて、対等に見てくれたのではないだろうか。それから彼女は洞窟の話題から、フランシス・ベーコンの洞窟のイドラの話などをした。登場はまだだが、プランでは造形ができている錬金術師の娘は彼女がモデルなのだ。それを以前にいったが、覚えているだろうか。

 洞窟に囚われている錬金術師の娘は、統合失調症との長い闘いの中で苦しみながら成熟してきた彼女がモデルで、錬金術師の娘は誰の体にも存在するはずの良心(セオソフィー的に表現するなら高級マナス)をシンボライズしたものなのだ。

 秋芳洞は山口県にあるが、山口県の萩が彼女の生まれた土地だ。わたしはその二つを訪ねて、『不思議な接着剤』の続きを書きたい。

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2009年6月20日 (土)

料理ブログ「プチ・マダムNの覚書」を更新しました

豚のみそしょうが焼き
http://noix-n.blogspot.com/2009/06/blog-post_4308.html

キャベツの豆板醤あえ
http://noix-n.blogspot.com/2009/06/blog-post_8354.html

豆の中華風スープ 大豆とあさりで
http://noix-n.blogspot.com/2009/06/blog-post_3849.html

ポークソテー きのこクリームソース
http://noix-n.blogspot.com/2009/06/blog-post_126.html

いわしのカレー揚げ
http://noix-n.blogspot.com/2009/06/blog-post_1844.html

ジャガイモの酢の物
http://noix-n.blogspot.com/2009/06/blog-post_3897.html

筑前煮
http://noix-n.blogspot.com/2009/06/blog-post_3182.html

小アジの南蛮漬け
http://noix-n.blogspot.com/2009/06/blog-post_3414.html

ドライカレー
http://noix-n.blogspot.com/2009/06/blog-post_20.html

3色ピーマンのペンネ
http://noix-n.blogspot.com/2009/06/blog-post_19.html

クラムチャウダー
http://noix-n.blogspot.com/2009/06/300g12121080g112112-30g.html

過去記事でお約束していた、土井勝先生の『筑前煮』のレシピもご紹介しています。遅くなってごめんなさい。
当ブログで既にご紹介しているレシピも混じっています。

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2009年6月18日 (木)

パステルから

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 実は病院へは行きませんでした。前の記事を投稿したあと、支度疲れが出て気分が悪くなり、横になってしまったのです。

 それでも予約制であればムリを押してでも行ったでしょうが、薬は月曜日までに行けばいいので、予定変更。

 そして映画は夫が観たいターミネーターがメインで、マッチョが苦手な娘とわたしは同じ時間帯の別のを観るつもりでしたが、今一つ好みのものがなかったので、待ち時間を使ってショッピングすることにしました。

 パークプレイスをゆっくり楽しみたいと思いながら、映画で来ることが多いため、案外その機会がありませんでした。

 久しぶりの間食。別にダイエットしているわけではなくて、おなかにモノ(勿論食べ物に決まっていますが)を入れすぎるとお腹がふくらみ、左胸の下が圧迫されて(?)痛くなるので、このところ1日一食にしていたのです。体重は2キロ減ってしまいましたが、おなかはふくらんだまま。楽に入っていたパンツのファスナーが上がらないというのは、恐ろしい……。

 この腹部症状はかなり前からありますが、見た目にもひどくふくらんで見えるようになったのは、今年になってから……?

 先日、昨年の入院中一緒だったMさんからお電話があったときにこの悩みを話すと、「それはおかしいわね。あなた、おなかなんか出ていなかったじゃない」といいました。

 いえ、そのときも中年太りでしっかり出てはいましたが、甚だしくバランスを欠くほどではありませんでした。今は本当に妊婦状態です。

 考えれば考えるほど、ヘンな症状です。こうなるともはやこれは狭心症とは無関係としか思えませんが、腹部の圧迫感が負担となって、ときどき狭心症の発作が起きているということはあると思います。

 来月、U先生にお話ししてみて……何かはっきりとしたことがわかればいいのだけれど。

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おにぎり〜!

おにぎり〜!

 昨日は一応ごはんも炊いたのですが、食べなかったので、おにぎりにしました。

 韓国海苔を巻いたのと、ごまを混ぜたおにぎりを作りました。

 休日が重なった夫と娘はまだ寝ていましたが、「おにぎりができたわよ〜!」というと、おにぎり好きのふたりはすぐに起きてきました。

 さて病院、病院!

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クラムチャウダーにペンネ

クラムチャウダーにペンネ

 ミルキーなクラムチャウダーは、簡単にできて美味しいですね!

 ウィキペディアによると、クラムチャウダーの発祥地はアメリカ東海岸のニューイングランドとのこと。ニューイングランド風は白いクリームスープ、マンハッタン風(ニューヨーク風)は赤いトマトスープだそう。

 昨日わたしが作った服部先生のクラムチャウダーは、ニューイングランド風というわけですね。

 携帯からの投稿なので、リンクできませんが、サイト内検索でレシピが出てくると思います。

 クラムチャウダーに組み合わせたのは、イタリアンなペンネでしたが、悪くありませんでした。

 パスタは外食で……と決めていたわたしですが、家庭で作ったものにはまた別の美味しさがあるものだと思いました。

 何というか優しい味わいで、家族に大好評! リクエストに応えて、これからはちょくちょくパスタにチャレンジしてみようと思いました。

 エビとジャンボピーマンとホールトマトに、赤とうがらしを使ってキリッと仕上げた服部先生のレシピは、プチでご紹介しなくてはね……。

 今日はこれからわたしは病院ですが、午後からは家族で映画に行く予定です。

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2009年6月17日 (水)

HP「バルザックの女弟子…」に評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を収録

 HP「バルザックの女弟子になりたい!」に評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を収録しました。

 当ブログでもお読みになれますが、ホームページのほうは字が大きいので、眼のお悪いかた、くつろいでお読みになりたいかたには、おすすめです。

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またこれだ

またこれだ

 今回ニトロを舌下するまで、抜群に調子のよい日が何日続いたんだか……。

 おなかがふくらみがちなのは、相変わらず。

 胃腸は良好なのだけど、食事をとるとおなかが張って苦しいので、3日ほど夕飯1食だけににしてみたが、1食でも3食でも変わらなかった。1食でもしっかり食べれば、パンパンになるのは同じ。左乳房の真下が決まって痛くなる。この辺りに、 何かがあるような気がするけれど、気のせいかもしれない。とにかく、来月の内科受診で先生にいってみよう。明日、循環器クリックを受診する予定だが、そこではもういわない。ニトロペンを使ってみるようにとおっしゃるだけだもの。

 でも、心臓の調子さえよければ元気。今日は朝から、その心臓がご機嫌斜めなのだけど。

 ジオシティーズで作ったホームページに、評論を入れかけていた。

 なぜかこのところ、いろんな人から電話がかかった。

 体調のせいか、今はぶつ切りにしたような言葉しか出て来ない。幸い発作は治まった。ではまた。

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2009年6月16日 (火)

サボテンがまた子供を産みました

サボテンがまた子供を産みました

 サボテンがまた子供を産みました。

 治療中のパセリたちは、重症のカーリーのほうが思わしくありません。

 治療を始めてすぐに薬の効果があり、新しい綺麗な葉がポツポツ出てきたので、楽観視していたのですが、そのあと天気が悪くなると同時にカーリーも悪くなって……。

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豚キムチ丼

20090613235953_4 いつしても、家族が喜ぶ豚キムチ丼。

 使うキムチによって味が違うので、しばらくは試行錯誤が続きました。今では、これでなければ……というわが家ならではの豚キムチ丼に欠かせないキムチが定まっています。

 この日のサイドディッシュはサラダでしたが、やはりわが家の豚キムチ丼には、小松菜のくるみあえが合います。レシピはこちら

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2009年6月13日 (土)

Notes:不思議な接着剤 その15・紘平の父親が勤める会社の名を何にするか?

 紘平の父親が勤める会社の名を何にするか? 

 『不思議な接着剤』では、その会社は潜在的に存在しているだけなので、どうしても今考えなければならないというものではないが、そろそろ決めておきたい。

 ***グループは、太陽系を代表する企業連合の一つで、紘平の父親が勤める***商事は、その***グループの中核とされるうちの1社だ。『接着剤』に出てくるアルケミー株式会社も、その***グループに属する1社。雄大なグループ名がいいなあ。あるいは逆にごくシンプルな。紘平の父親が勤める***商事会社には、そのグループ名が入る。

※『不思議な接着剤』は長編となる予定の児童文学作品で、シリーズ物にしたいと考えています。『接着剤』はそのシリーズの最初の巻となるはずのもので、中世西欧風の世界が融けんだ鍾乳洞における子供たちと錬金術師の娘の冒険譚です。背後に、時空を超えて商売の手を拡げる商社の存在がありますが、この作品ではほんのり姿を感じさせる程度。 『Notes:不思議な接着剤』は創作ノートですが、こちらでご覧になれます。

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オニオンドレッシング

オニオンドレッシング

 昨日のメインは、デパ地下で買った、いわしのしょうが煮でした。味見したら、とても美味しかったので。

 さやいんげん、きゅうり、ブラックペッパーウインナー、卵のサラダには、江戸崎愛先生のレシピでオニオンドレッシングを。

 溶きがらし・おろしたまねぎ・塩各小さじ2/3,こしょう少々,砂糖小さじ2/3,サラダ油大さじ3,酢大さじ2.

 さっぱりとしたオニオンドレッシングは、鬱陶しい梅雨時には嬉しいドレッシングです。

 冷やっこにかけたごまダレは、ラー油やにんにくを使ったこくのあるタレで、冷やっこが重厚な一品に。レシピはこちら

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ごまダレ

ごまダレ

 NHK「きょうの料理」ポケットシリーズ『サラダ』(日本放送出版協会、昭和54年)は、新婚の頃から持っている本ですが(昭和57年の結婚で……)、まだチャレンジしていないドレッシングがいっぱい。

 レタス・キャベツ・わかめ・トマトのサラダを美味しいごまダレで食べたいなあと思い探していて、この本のものが目にとまりました。

 いやー、このドレッシングはおススメです。

 すりごま・しょうゆ各大さじ3,酢小さじ2,砂糖・ごま油各小さじ1,塩小さじ1/2.

 固形スープ1個を水4カップの水に溶かし、塩で味つけしただけのスープにナンプラーを垂らしてみたら、ぐっと味わい深くなりました。これには、前日の小あじの南蛮漬けに使い切れなくて冷凍していた、せん切りのにんじんとたまねぎをたっぷり。それに卵をふんわりと。

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2009年6月12日 (金)

送っていただいたお人形をご紹介

P5290202

 大学時代の文芸部の先輩が送ってくださった、奥様が制作されたお人形です。

 奥様、ありがとうございました!

 時々お写真は送っていただいていたのですが、実物のお人形を見ることができて大満足です。

 大きさは掌にすっぽり収まるくらいで、軽いです。生地が絶妙に活用されていることに、驚きました。牛のお人形には黒地に白い水玉模様の生地が使用されているのですが、その水玉が牛の斑になったり、頭から角にかけた部分を担ったりしているのです。

 細かな部分までよく作られていて、牛の鼻の穴、牛の耳と尻尾、梟の尻尾と足など、見ていると楽しくなってきます。ほのぼのとした感じが漂っていて、どのお人形にも表情があり、存在感があります。

P5290210

 今にも語りかけてきそう……。

 それに何と、リクエストしていいんですって!

 ライオン、ラクダ、カンガルー、イルカ、……いろいろと浮かびますが、恐竜なんてのは? 無茶な注文でしょうか。何せ、わたしは裁縫しない人なので、すんなり呑んでいただけそうな注文も、途方もない無理な注文も、区別がつかないのです。

 恐竜のお人形なんて出現したら、わたしの児童文学作品『不思議な接着剤』に出てくる三人の子供たちが、喜ぶでしょうね、きっと。

 よし、駄目元で、先輩にわがままな注文をメールしてみようっと。

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2009年6月11日 (木)

何てチャーミングな……

何てチャーミングな……

 狛犬のお尻があまりにもチャーミングなので、ついパチリ。

 おみくじを引きました。わたしは末吉……娘は大吉!

 病は「気をしっかり持てばよし」だそうです。病気に対して、近頃、何となく気弱なわたしですので、よいアドバイスでした。恋愛は、今は駄目ですと。そりゃそうだわね。

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待合室で

待合室で

 東京にいる息子が厄年なので、厄除祈願をお願いしました。

 一項目7,000円でした。写真は待合室で撮ったものです。

 神社によっては録音テープのところもありますが、生演奏で、太鼓と鈴が盛んに打ち鳴らされて……ドンドン、シャンシャン……さしもの厄も退散しそうな迫力がありました。

 そして打って変わって、若い巫女さんの舞による典雅な趣のお神楽。

 膝が不安で、変な座りかたになってしまいましたが、心身とも引き締まる、すてきなひとときでした。

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二之御殿

二之御殿

 二之御殿は、今日も閉まっていました。

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御許山

御許山

 宇佐神宮発祥の聖地です。

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もう着いちゃった

もう着いちゃった

 あれ、こんなに近かったっけ? 楽勝でした。

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鬱蒼とした森

鬱蒼とした森

 ……の感じが出せません。

 さあ上りだー、膝は既におかしいです。

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宇佐神宮に来ています

宇佐神宮に来ています

 橋に佇む男性一人……夫です

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2009年6月10日 (水)

只今、治療中

只今、治療中

 同じ病気と思われるカーリー・パセリとイタリアン・パセリを、これで治療中です。スプレー式になっています。

 心配だわ〜! 梅雨入りしたし……。

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舞茸とほうれん草のおひたし

舞茸とほうれん草のおひたし
 昨日の夕飯は、小あじの南蛮漬け、舞茸とほうれん草のおひたし、トマトのサラダ、わかめと油揚げの味噌汁でした。

 土井勝先生の『舞茸とほうれん草のおひたし』が上品な味わいでしたので、『土井勝 日本のおかず500選』(テレビ朝日コンテンツ事業部、1995年)から簡単にご紹介します。材料は4人分です。

舞茸100g,A〔酒大さじ2,塩少々〕,ほうれん草200g,B〔だし汁大さじ4,しょうゆ大さじ2〕,削りがつお少々。

石づきを切り、薄い塩水で洗った舞茸をAを加えた鍋で炒る。
軸をとったほうれん草は、水1/2カップとともに鍋に入れ蒸しゆでにし、水気をしぼって4長さに切る。
ボウルにBを合わせる。
器に舞茸とほうれん草を盛り、をかけ、削りがつおを天盛りにする。

 トマトはスライスして、オリーブの実を刻んで散らし、乾燥パセリを振りました。

 そして、トマトに合うドレッシングを、飯田深雪先生のレシピを参考にして作りました。

 ドレッシングの材料をご紹介しますと、〔ワインビネガー大さじ1,サラダ油大さじ3と1/2,塩・砂糖各小さじ1/2〕です。

 パセリは自家製を使いたかったのですが、カーリーもイタリアンも病気になってしまい、治療中です(/_;)

 元気になってくれればいいのですが……。

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2009年6月 9日 (火)

水をがぶ飲みしながら料理しよう

水をがぶ飲みしながら料理しよう
 5日くらい前から、バカに腰が痛かったり、だるかったりしていたので、腎臓結石が旅に出たのではないかと考えていたのですが、昨日くらいから右脇腹が頻繁に痛みます。

 石なら、まごまごせずに、早く広い世界へ出て行ってくれと思わずにいられません。膀胱炎っぽくもあるので、わたしは水のがぶ飲みに努めるのみです。

 生憎と今日は涼しくて、あまり喉が渇きませんが。

 昨日、小あじが綺麗だったので買ってきました。冷たい、味がよくしみた南蛮漬けを夕飯に食べられるように、明るいうちに作ってしまおうと思います。

 パソコンは昨日から開いていません。この記事は携帯からです。

 ところで、先日、90枚の評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を当ブログで公開したのですが、メモ帳にコピーした作品を、試しに新規記事の作成欄に一気にコピーしてみたら、トラブルも起こさずにでき、投稿と記事へのアクセスも問題なくできました。

 もっとずっと短いものでも、ブログサービスによってはトラブルことがあるので、驚きました。

 こんなことができると知っていれば、ホームページを作ろうとは思わなかったかもしれません。

 作ってしまった今となっては、あれはあれで必要だと思いますけれど。

 これを期に、こちらにも自作小説を本格的にアップしていこうかなと考えたりもしています。

 いずれにしても、パソコンに保存していない作品のほうが多いので、一字一字打ち込む作業が必要で、それが遅々として収録が進まない理由なのですが、どうか気長にお待ちくださいますよう。

※評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、左サイドバーの《おすすめ記事》にリンクがあります。

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2009年6月 8日 (月)

今度はこれ

今度はこれ
 膝が治ったと思ったら、今度は胸痛でまた椅子へ。

 ニトロペンで治りましたが、一体わたし何しにここへ来たのでしょうか。

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追記:膝がガクガク

 椅子に座って前の記事を書いていたときはわからなかったのですが、歩き出そうとすると、両膝共強張ってガクガクとなり、また座ってしまいました。

 病院からデパートまで歩いてくるときは何も感じなかったのですが、時間が経って膝に検査疲れが出たのでしょうか?

 困りましたよ、これは。まあ慌てずに様子を見ながら歩くようにすれば、大丈夫だと思いますが。

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整形外科の先生とバッタリ

 MRIの検査が終わりました。両膝でしたので、純粋に検査だけで50分かかりました。

 最初に右、次に左と脚を台とベルトで固定して行うのですが、体のどこを動かしても影響があるといわれたので、わたしは検査技師さんに喘息が出ることがあるといいました。

 出たときは仕方がないが、なるべく体を動かさないようにとのことでした。何かあったときは、手に持たされたブザーを鳴らすようにとのことでした。

 右膝は何事もなく、撮影が終わりました。検査室がひんやりしていることが気がかりでしたが、左膝も何とかいけそうだと思い、一定時間毎に変化する騒音を子守歌代わりにウトウトしかけてはハッとなることを繰り返していました。

 ところが時間が経つにつれて寒くなり、喉がヒクヒクし出して、咳を堪えきれなくなり、もうどうにでもなれと思い、ブザーを鳴らしつつ喘息の発作を起こしていました。

 検査技師さんが飛んできました。「どうしました?!」わたしは大いに咳込みながら、咳のために涙を浮かべて「すみません、喘息の発作が出てしまいました」といいました。

 叱られるかと思いましたが、「終わりがけだったので、大丈夫ですよ」と優しくいってくださいました。やり直しでなくて、ホッとしました。

 皆さんも、MRI検査を受けられるときは、体を動かせないので、体調を整えて行ったほうがいいですよ。

 わたしはフルタイドを多めに使って予防したつもりでしたが、発作が出てしまいました。手術のときも、造影CTのときも、シンチのときも出ました。喘息を予防する薬を点滴して貰っても、効果なし。

 手術室や検査室は寒いのです。わたしはそれに刺激を受けやすく、手術中にはそれを察知した先生が冷房を切ってくださいましたが、皆さん暑かったでしょうね。

 喘息の発作も治まり、検査だけだったので会計を済ませて帰ろうとすると、遠目にドクターが見えました。

 わたしのコンタクトレンズより先生の遠近両用(たぶん)メガネのほうが優秀だったらしく、「おっ、調子はどがんね?」と整形外科の先生のほうから、相変わらずの佐世保弁で声をかけてくださいました。

 わたしは膝のMRI検査を済ませたところだとご報告し、テレビの『みんなの体操』で膝と股関節が痛くなったことをお話ししました。

「原因がしっかり写っていればいいんですけれど」というと、先生は微妙なお顔。そりゃ何も異常が写らないほうがいいのでしょうが、このまま膝のおかしさの原因もはっきりせず、改善の手段もなしというのは、困るのです。

「大して心配せんでよかて、思うとばってんね」と、安心させるように先生。診察室では怖くて変わった印象の先生ですが、こうして外で接すると、優しい、普通の感じの先生でした。

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今日は膝のMRI

今日は膝のMRI
 写真は、中心街にある歩道です。打ち水されて、まだ乾ききれない歩道は、模様ができたみたいに見えます。

 ……とおバカなわたしは、そこを通るたびに思っていたのです。

 さずがにあるとき、気づきました。それが打ち水されたのではなく、元からの模様であることに。

 今日はこれから、両膝のMRIです。膝の撮影は安定が悪くて、動かしそうになるので嫌だなあ。

 話は変わりますが、このところよく詩人(とわたしが呼んでいる学生時代の女性の先輩)から電話があります。

 統合失調症の彼女は季節の変わり目が苦手で、症状が悪化しがちなのですが、何とか乗り切って、今回は入院にしなくて済んだみたいです。

 調子がよいと、話していてこれほど楽しく、充実感を与えてくれる相手はめったにありません。

 互いに都合が悪くて5月には会えませんでしたが、9月に会いましょうかと彼女がいいました。9月も季節の変わり目ですが……その時期の浅い頃に会って、秋を乗り切るエネルギーに変えたいようです。

 その頃、様子を見ながら、都合が悪ければ時期をずらして、とにかく会おうねと約束しました。
 同じ街に住む学生時代の友人と会う約束はこちらが延期したままですけれど、勿論忘れたわけではありません。

 そういえば、昨年の入院中に一緒だったMさんは読書家で、社交辞令かもしれませんが、わたしの作品を読みたいと年賀にも書いてくださっていたので、同人雑誌をお送りしてみました。

 するとお電話があり、なつかしくて、長電話になってしまいました。昨年は、顔面の半分が感覚がない原因を探るために検査入院し、はっきりしないまま、膠原病かもしれないといいながら退院していかれました。

 幸い、膠原病ではなかったそうです。が結局原因はわからず、感覚は戻らないままだとか。

 ただそれ以外は、とても健康的な毎日だとのこと。バナナ・ダイエットが流行りましたが、彼女はそれでスリムになったそうです。

 68歳とのことですが、団塊の世代くらいにしか見えません。明るく華やかなかたで、お話ししていると、何だかパワフルになってきます。

 では、検査に行ってきまーす(^-^)/~~

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2009年6月 7日 (日)

豚のみそしょうが焼き

豚のみそしょうが焼き

 みそ漬けにした豚肉を網焼きにすると、美味しいですよね。

 以前よく作りましたが、脇先生のレシピにあるように、フライパンで焼いた後みそだれをからめるという簡単、スピーディーなやりかたでもとっても美味しいと知りました。

 脇雅世著『しょうが焼きからステーキまで。』(小学館、2009年)から簡単にレシピをご紹介しますと、豚肉には塩・こしょうをしておきます。

 あとはフライパンにサラダ油を熱して豚肉を焼き、たれを回しかけてからめるだけです。

 たれの材料は2人分豚ロース肉200gに対して、せん切りにしたしょうが1かけ、みそ大さじ1〜1と1/2、酒大さじ3、しょうゆ小さじ1、砂糖大さじ1/2。

 長いものわさび和えも作ったのですが、豚のみそしょうが焼きとよく合いました。

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2009年6月 6日 (土)

薬味をいろいろと

薬味をいろいろと

 昨日の夕飯に、刺身用の茹でたイカとイカそうめんを買っていたのですが、薬味をいろいろと用意しましたら、家族に受けました。

 夫は、しょうゆに擦ったニンニクとショウガを溶かし、それにイカを浸して、ちょっとだけ梅の果肉を載せておいたごはんと一緒に食べると美味しいといいました。

 娘は、イカを卵の黄身とショウガじょうゆに浸していました。

 写真には写っていませんが、酢じょうゆもあり、わたしはそれに梅の果肉とワサビを溶かし、それでイカを食べたらいけました。

 刻んだ大葉と小口切りにした小ネギも用意すればよかったな。

 イカには、器具を使って細切りにした大根をたっぷり添えました。

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2009年6月 5日 (金)

村上春樹の新作『1Q84 』に合わせて

 村上春樹の新作『1Q84』をざっとでも確認しておこうとジュンク堂へ出かけた。第1巻は品切れで、第2巻しかなかった。『ハリー・ポッター』騒ぎを連想させる現象だ。

 その第2巻を書店で大雑把に見たところでは、作者の創作姿勢、作品のムードといったものにさしたる変化はなさそうだった。

 今日は、同人雑誌に発表した『村上春樹と近年のノーベル賞作家たち』を当ブログにアップしようと思い、若干の加筆・訂正を行っていた。〔アップしました。http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/06/post-40a4.html。〕

 過去記事と重複する部分も多いが、纏まりをつけた評論として読んでいただきたく、準備中というわけで……しばし、お待ちを。

 ベックマンの児童文学作品『ジーンズの少年十字軍』の感想もまだ書いていない。

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2009年6月 4日 (木)

このプレッツェル、美味しいです

このプレッツェル、美味しいです

 書店勤めの娘が仕入れたという、グリコの季節限定『えんどうまめPRETZ』。書店だけれど、お菓子のコーナーがあるのです。

 わたしはそれを実験動物に試食させるみたいに、ときどき食べさせられますが、これにはハマりそう。

 えんどうまめ好きにはこたえられない、《えんどうまめ》を強く感じさせる風味。

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2009年6月 3日 (水)

ほたて貝の梅肉和え

ほたて貝の梅肉和え

 プチに料理記事をアップする時間がとれないので、ここへ簡単にご紹介。

「土井勝 日本のおかず500選」(テレビ朝日コンテンツ事業部、1995年)に『ほたて貝の梅肉和え』というのが載っていました。

 ゆり根がありませんでしたが、冷凍ほたてを自然解凍して作ってみたら、ごはんが進む美味しさでした。酒の肴にもよさそう。

 4人分4個のほたてをさいの目に切り塩と酒を振って炒りつけておき、ゆり根小1個は一枚ずつがして堅ゆでし、塩少々を振っておきます。

 それらを梅衣〔種をとって裏ごしした梅干し大2個分,しょうゆ小さじ1,砂糖大さじ1/2,みりん・酒各大さじ1/2〕で和えます。

 飾りにしたのは、うちのイタリアンパセリですが、和風の顔つきをしてくれているでしょ?

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やっぱり変

 朝、NHKの『みんなの体操』をやってみた。すると、膝の関節を使う運動ではその部分が痛み、終わった後に右股関節が疼いた。

 お年寄りでもするような体操でこうなるのは、やはりおかしいと思う。来週、膝のMRIを受けるが、それで膝のほうははっきりするのだろうか? 今後の対応次第では、過去記事で書いた病院へ行ってみることも考えている。

 昨日、郵便局などへ用事があったため、休日だった娘も一緒に中心街へ出かけた。あまり体調がよくなくて、例によって疲れると膨らむおなかが膨らんでいた。帰宅時にはそれが更に膨らみ、妊婦状態でおなかが重かった。

 夫にデパ地下で弁当を買い、娘とうどん屋さんで夕飯を済ませたが、調子がよかったとき、パンのレストランでたらふく食べてもそれほどおなかが出ることもなく、すっきりしていて身が軽かったことを考えると、この現象も本当に変だ。

 体重はその体調がよかったときからすると、2.5kg.増。

 心臓の元気度を測る自己流のバロメータとして、ニトロ専用ペンダントが重く感じられるかどうかで判断することにしているのだが、おなかがすっきりしていたときは、ペンダントをつけることに負担を覚えなかった。

 ところが、昨日から今日にかけては心臓の具合が悪いという自覚がないにも拘わらず、ペンダントをつけていられない。このところ、ずっとそう。

 こんなときこそつけているべきなのだが、重く感じられて嫌なのだ。それで、家にいるときは、居間のテーブルの上と横、寝室のテーブルと寝るときは枕元、トイレにはジャムの空き瓶に2錠、ニトロペンを備えている。

 過去記事でも書いたように、わたしは心臓が本来小さくて、そのことをわかっておくようにいわれたことがあったが、そのときのレントゲン写真からすると、今の先生に初診時とわたしがお願いして過日撮っていただいたレントゲン写真の心臓は大きく見える。

 心臓が普通の大きさだから大丈夫といわれて頻脈の放置が続いた過去のことを考えると(ホルター検査で治療が必要とわかり、治療前後のレントゲン検査で、治療前は心臓が大きくなっていたと判明した)、今もそのときと同じ状況ではないかと思う。

 治療は受けているが、心臓は疲れていて、あのときみたいにいくらか大きくなっているに違いないとわたしは考えている。今の先生に診て貰った当初から大きくなっていたのであれば、真相はわかりにくい。

 もっと悪くなってもっと大きくなるか、逆に改善されて小さくなるかでなければ、普通の大きさということになってしまう。

 これも過去記事で書いたことだが、整脈専門病院に行ってみようかとも考えている。

 ところで、おなかが出ることに関してネットで調べたら、肝嚢胞のためにそうなることがあるという。立ったときに足元が見えないくらいになることも、あるそうだ。普通の服が着られなくなることもあるそうで……。

 わたしも肝嚢胞があり、来月造影CTを受けることになっているのだが、昨年、他病院で検査を受けたときは、小さなものが沢山あるということで、そのためにおなかが出ているとはいわれなかった。

 そのときは、今のようにおなかが膨らむ現象はなかったか、気づかない程度だったが、いずれにしても肝嚢胞が原因であれば、ずっと出っぱなしなのではあるまいか?

 それでも来月の内科受診の際に、おなかのことは、先生に話してみるつもり。

 体の不調のせいで、執筆も読書も断片的になりがちだ。まずは短編小説だが、その前にベックマンの児童文学作品『ジーンズの少年十字軍』の感想を今日明日で書いておきたい。

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2009年6月 2日 (火)

アナスイの豚さん~!

娘の可愛い豚さん〜!<br />
 !

 娘が購入した『アナスイ』の豚さんのネックレスです。まつげがとってもチャーミング。豚さんの癖にお洒落だし……。

 アジャスターがついていて、取り外し可能。キーホルダーとして使えるのは勿論、他のキーホルダーと交換して使える優れものです。

 玉があれこれついているのも、楽しいですね。わたしもほしいな~!

 アナスイのアクセサリーは遊び心たっぷりで、凝っていて、見ているだけでも夢見心地に誘われます。

 疣(いぼ)蛙さんのネックレスも綺麗でした。体の色はシャーベット・グリーン、涼しげな色合いのガラスの疣が美しく、くるくる回るミラー・ボールがついているところがにくい。

 星座をモチーフとしたネックレスもどれも素敵で、見とれてしまいました。

 とくに印象的だったのは、獅子座の厳めしい表情をした、たてがみが色とりどりのガラス玉で華麗に飾られたライオンさんのネックレス。山羊座の、躍動感のあるふっくりした体の線に見とれてしまう、碧眼をした白いヤギさんのネックレス。

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2009年6月 1日 (月)

同人のおふたりと、電話で、重厚かつ軽いおしゃべり

 同人雑誌の合評会・懇親会には欠席することにしたが、『雲の影』の感想は伝えたいと思った。

 手紙にしようかとも考えたが、相手の現状を確認しながら感想を伝えるには電話でなければと思い、お電話した。お医者さんって、日曜日もお忙しいのだろうか、と思いつつ。

 当人が出られたので、名を告げ、忙しいようだったらかけ直すというと、「構いませんよ、いや、わたしもあなたにかけようかと思っていた」とのこと。

 それではいよいよ創作の世界から身を消すつもりなのかと緊張し、それを阻止したい思いで感想を滔々と――というより軽薄にペラペラと――捲くし立てた。どういうわけか、重大な場面ではわたしは軽くなってしまう性癖があるのだ。

 勿論いっていることは一応は考えぬいたことなのだが、口調が不真面目な感じになるというか軽くなってしまう。一つには、Kさんの雰囲気が極めてソフトだからかもしれない。

 尤も、過去に出席した親睦会では、わたしよりかなり年上の人が多かったにも拘らず、あまり年齢差を意識しなかった。創作は作者に若々しさを作り出す気がする。Kさんも、団塊の世代くらいにしか見えなかった。

 それでも、礼儀知らずはいけないと思い、気をつけるようにはしているのだが、失礼があるかもしれない。

 感想をいろいろと述べたが、どうやら、わたしが思っていることをそっくりKさんも思っているらしいことがわかった。書き上げた作品の位置づけに関しては自覚がおありで、『雲の影』は、戦前と戦後をつなぐ本邦初の作品という見方で一致した。

 戦前からの自然主義的な私小説の流れをくんで見事な作品群を物してこられたKさんの作風は、流麗でありながら決して美文調ではなく、お医者さんらしい周到な観察眼を感じさせる骨格のしっかりとした、完成度の高いものばかりであった。

 しかし、過去記事でも書いたように、《戦争を知らない子供たち》の一人であり、翻訳文学で育ったわたしのような者からすると、人物が背景のように描かれてしまうことに物足りなさがあった。ただ、これは意図的なものかもしれないとも思われた。

 個人主義、市民意識が西洋物には浸透していて、人物が確かな存在感を放ち、躍動している。作品の方向性としては、分析的、探求的だ。日本の私小説は視点が《私》であっても、シテはあくまで自然を含む環境的なものであって、人物はワキ的存在でしかない。作品の方向性は観賞的とでもいおうか。動と静の文学で、どちらがいい悪いではないと思うが、静だけの文学はもはや古臭いという感じがしてしまう。

 わたしはその点を、過去に舌足らずながら意見し、レオン・サーメリアンの『小説の技法』(西前孝監訳、旺史社、1989年)をお送りするという失礼にまで打って出た。敬服しているからこそ、わたしの考える完璧であってほしいといういささか身勝手な思いからだった。

 それが『雲の影』では完膚なきまでに、人物描写がなされていた。さすがだと感動の震えが起きたほどだった。書こうと思えばこれだけ書ける人であることを考えると、やはりこれまで人物に生彩が欠けているかに思われていたのは、むしろ技法であって、自然がシテで人物がワキだったからだろう。

 その区別が『雲の影』にはなく、これは何といえばいいのだろう、フーガのような作風だった。何という美しさであることか。神秘主義的にいえば、東洋と西洋の結婚だ。わが国の戦前と戦後の結婚だ。

「戦前と戦後をつなぐ作家は出ていませんでした。戦後、日本は浮き草のようになってしまい、文学はアメリカのものを大胆に吸収しましたが、放縦に流れて……文学は国のハートであり、頭脳に関係し、知的情操を担うものですから、もうこの国はめちゃくちゃになってしまっています。脳なんて、ほとんど溶けかけているんじゃないかしら」というと、Kさんは深く同調された。

「それが、『雲の影』でつながったんですよ。評価に時間はかかるかもしれませんが、この国の文学史に残る作品だと思います。ミューズの吐息がかかった作品ですから、必ず生き残りますよ。勿論、これがKさんの努力の賜物であることは承知していますけど」とわたしはいった。

「だから、やめないで。日本文学のために、もう少し基盤を作ってほしいのです。それに、Kさんの文学はここから新たな段階に入ったというのに、今やめるなんて惜しすぎます。わたしが後世の人間であるとしたら、『雲の影』以降の作品を読みたかったと思うでしょう。ご精進がこれまでどれほど大変だったかはお察ししますが、この国が救われるかどうかがかかっています。お仕事が、死後にしか評価されない可能性はあると思いますが、どうか」と、嘆願するようにわたしはいった。わたしは大袈裟なつもりは全くなかった。事実と希望を述べたにすぎないと思っている。

 Kさんはときどき、「ええ、そうですね」と相槌を打ちながら、わたしの言葉を物柔らかに受け止めていた。わかっていただけたようで、ホッとした。

 そして、「ところで、そのうち俳句の個人誌を出そうと考えているのですが、そのときはあなたにも呼びかけようと思っていた。お電話しようかとも思ったのだけど、懇親会のときにお話するつもりだったんです」と意外なことをおっしゃるではないか。

 なあんだ、何もかもやめるというわけではないのですね、驚かさないでください……と力が抜けた。でも、Kさんが小説を続けるという確証は掴めなかった。なぜ俳句? いや、短歌とおっしゃったんだったけ?

 ただ、こちらからお送りする作品は小説でもいいようだ。気に入らなければ、どんどん没にするという話だった。さっぱり呑み込めない話ではあったが、わたしは深入りを避けた。いつかKさんの個人誌に呼ばれるという言葉を今は希望としていたかった。

 Kさんはお医者さんらしく、「それで、あなたの体の具合は?」と訊いてきた。「あの街は遠いでしょ、ちょっと体調的に無理なんです」とわたし。

「1時間半だけどね。声は元気だ。お目にかかりたかったな」といってくださる。「もう少し元気になったら、文学論を交わしに行きますよ」とわたし。「呼ばれれば、こちらから、いつでも行きます」ともいってくださったが、社交辞令と受け止めた。診察の仕事もおありなのに、それは無理だろう。わたしのような若輩者にも対等に接してくださる心遣いが嬉しかった。

 で、わたしの評論『村上春樹と近代のノーベル文学賞作家たち』はなかなかよかったそうだ。「途中までは長々と引用ばっかりで、これは一体どがんなるやろかと思うとったら、最後にはきちんと纏まりがついていた」と、Kさんの方言交じりのユニークな口ぶりの底から匕首が光るような指摘。

「粗い作品であることは承知しています。これを、300枚くらいに膨らませたいんです」とわたし。ただ、内容が結構気に入られたことは感じとれたので、思わず口が滑ってしまった。「実はね、いずれK……論を書きたいと思っているんです」衝撃を覚えたようなKさんの沈黙。ありがたいことに、それは迷惑という感じの沈黙ではなかった。評論の腕を磨いた暁には、本当に書きたい。

 わたしのエールは伝わっただろうか。合評会・懇親会に出かけたとしても、これだけのことを伝えられるとは限らない。勧められたら、つい飲みたくなってしまうお酒……何をしゃべったかも記憶していられなかったかも……。他の同人のかたがたとお目にかかれないのは残念だが。

 ところで、同人雑誌が届くと必ずこの街での小さな合評会にお誘いくださるSさんから、そろそろお電話があるのではないかと思っていたら、お昼を回った頃にあった。

 あちこちの文学賞において百戦練磨のSさんの『鈴石』は、前日に読み込んでいた。

 こういってはナンだが、KさんとSさんの作風は対照的で、ウマが合わないようだ。わたしは同人雑誌でおふたりの作品を同時に読めた旨味を話した。時流に媚びず、そのために作家になれないところも、おふたりは似ているといった。

 高校の先生をしたあとカルチャーセンターで創作の講座を持っているSさんだが、生徒の中から賞をとる人が出てきたらしい。そのうちの一人と会う予定だそうで、「なかなか書ける人ですよ。出て来られませんか?」とおっしゃる。

「1週間は前にいっていただかないと、わたしは無理なんです。何しろ出るのに、時間がかかるんで」とわたし。「えー、同じ市内なのに?」と、お誘いのたびに同じ会話を繰り返している。行きつけの喫茶店がまた変わったようなので、教えて貰った。男性は学生みたいにフットワークが軽くていいなあと思う。まあわたしは特別行動が鈍くなっているのだが……。

 わたしの評論は評価を受けるのではないかといってくださる。「よく勉強されてるなあと思った。今は、評論を書ける人は少ないですよ。群像辺りに出してみては?」とSさん。「賞アレルギーなんです」とわたし。「そんなあ。出したからって、損はしませんよ」とSさん。そりゃ百戦百勝に近いSさんにとっては、そうだろう。わたしの作品は駄目だ。

 Sさんは文学界の裏側もかなりご存知だ。彼の反骨精神が作家デビューを妨げていることは間違いないようだが、そこのところはわたしもスケールは小さいとはいえ、同じ部類に属しているから、こうして電話をくださるのだろう。

 Sさんにいわせれば、わたしの作品は相当に個性的で、変わっているそうだ。そして、「男っぽい粗さがあるからなあ」と、今度はSさんの匕首がきらりと光った。それは認めざるをえないが、完璧な作風を物するおふたりから見れば、そりゃそう見えるだろうと自らをなぐさめた。

「やっぱり、そう見えますか、わたしの作品は。男性的で、荒っぽい?」と改めて訊くと、「顔を見ると、違うのにね」という答え。わたしはSさんにも、評論を300枚に脱皮させる計画について話した。「あなたの作品はすごく個性的だから、個性的な編集者に発見されないと駄目ですね。一旦好いたらどこまでも、という編集者はいると思う」

 出会っていないだけかもしれないと思えば、希望がわく。出会えないのも、作品がもう一つだからだろうと思っている。おふたりの作品の完成度の高さに学ばなくてはならない。

 そにしても、人の好みは違うもので、わたしの小説ではKさんには『侵入者』が意外にも好まれ、Sさんには、これも意外なことに『台風』が好まれているようだった。Kさんは『牡丹』がお嫌いで、Sさんはお好きだ。それを考えれば、自分が思うところの作品を手がけるほうが後悔が少ないという気がする。

 今回のSさんの『鈴石』は、何とも泥臭い、粘っこい、生と性の暗さを追求したような重苦しい、悲惨な、暗澹とさせられる作品だった。ここまでこの方面の追求ができる書き手は貴重だと思われた。

 が、これでは希望がない。ここまで希望がないのは、人物描写が深くないからではないだろうか。境遇の掘り下げと釣り合うだけの人物の掘り下げがなされていないと思った。

 どんなに悲惨なことが描かれていても、バルザックの作品に希望が満ちているのは作者の登場人物に対する理解の深さゆえではないかと考えられる。どんな登場人物も道具として扱われることが決してない。その違いではないかと思うのだ。村上春樹の作品が読後に気だるさを誘うのも、同じ理由からではないかと思う。

 わたしはうまく言葉が見つからないままに、人物描写に不足を感じるということを曖昧に述べた。勿論これは原稿枚数の問題ではない。また、「それにしても、この作品の世界にはリアリティがありますけど、どこまでが資料に添ったものなのだろうかと思ってしまいました」とわたし。彼の創作の秘密が知りたいと以前から思っていた。

「あ、ほとんどが創作です。あんなことがあるはずはないでしょ。勿論、前段階として調べたりはしますけど」とSさん。ああ、そうなんだと拍子抜けした。今回のストーリーでは、しゃれこうべに生えた骨茸という茸が出てきて、それは生前のその人の姿を現わすという言い伝えのある茸なのだ。

 ストーリーテラーSさんの作品にはよく骨が出てくる。骨腫に悩まされているわたしには、よけいに生々しく感じられる。

 作風は全く違うが、作品の完成度の高さ、登場人物の魅力が今一つという点で、KさんとSさんの作品に共通点があった。その点で登場人物の魅力も加えた今回のKさんの作品は、Sさんの作品に1歩先んじたとわたしは思った。

 大きな賞に輝いたKくんの作風はSさんと同じ系譜ですね、というと、「そうですよ。そう思います」という答えが返って来た。SさんはKくんの作品が好きで、応援されているようだ。

 同人雑誌は休刊になるけれど、こうして文学の話のできる仲間ができたことはありがたいことだとしみじみ思った。

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