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2009年5月10日 (日)

あれこれ

 昨日は暑さのせいか、体調悪くて、胸は重く、おなかもパンパンに近かったのですが、今朝は快適なせいか(日中はわかりませんが)、胸は軽く、おなかもいくらか張っている程度で、体重は昨日より1.5キロも減りました。

 考えてみると、昨日のような体調の悪い日に循環器クリニックを受診すべきだったのでしょうが、瞼は鬱陶しく腫れていたし、胸からおなかにかけて苦しく、出かける支度をする気になれませんでした。日によって、体調が全然違います。

 今日は元気なので、エアコンの掃除をしようと思います。

 昨日、詩人(学生時代の文芸部の女性先輩をそう呼んでいます)から、夜、うろたえたような電話。

「わたし、昨夜遅くに電話しました? そして、そのとき、もう二度と電話しない……なんていったかしら?」と彼女。

「そんなこと、なさいませんでしたよ。なぜ?」とわたし。「夜の薬を飲んだあとに、自分がわからなくなって、夢遊病みたいに電話することがあるんですよ」と彼女。

昨夜、遅くに、誰かに電話をかけ、もう電話しないと語気鋭くいった記憶だけが残っているというのです。

 その後、話しているうちに彼女は陽気になりましたが、わたしはそろそろ彼女といくらか距離を置こうと考え出しました。

 というのも、昨日の彼女の電話からは甘える感じが窺え、話しているうちに遠慮のない口ぶりとなり、統合失調症という病気がなければ、そんな打ち解けた関係も楽しいのですが、彼女の場合は親密すぎる関係が出来上がってしまうと、暗転現象を起こすことがあるのです。

 身近で支えて来られたご家族や元夫で親友の男性は、いわば彼女の手持ちのカードとなってしまっていて、自他の区別がつかない存在となることがあります。

 いくらか常に距離を起き、彼女が溶解しえない堅固な他者でいようとしてきたわたしの手法は、彼女にはそのような存在が必要だとの直感から生まれたものです。

 彼女の症状に怯えたり疲労したりして距離を置くのではなく、サポートのために車間距離をとろうとするのですから、このことで彼女に真の孤独を味わわせることはないと思いますが、さりげなく車間距離をとるには結構技術が要ります。

 こんな具合に、30年近く経っても、試行錯誤の友人付き合いです。

 彼女と昨年、博多のツンドラというロシア料理店で、娘も一緒に会いましたが、わたしがトイレに立ったとき、彼女が娘に「お母様のお蔭で、これまで生き延びて来られました」いったそうです。

 そのときわたしは、今後も程よい車間距離をとっていこうと思ったのです。

 昨年彼女に内緒で入院したことは失敗で、車間距離のとりすぎでした。ただの検査入院だから話すほどのことでもないと思ったのは間違いで、長い留守は彼女を困惑させ、失意に陥れたようでした。

 知的な人ですから、入院であれ、裁判であれ、他の込み入った事情であれ、彼女に話して理解できないことは凡そないといってよいくらいなのですから、きちんと話しておくべきことはそうすべきでした。

 物事の核心を話せる貴重さからいっても、魂の渇きを潤してくれる精神性の高さからいっても、わたしにこそ彼女は必要不可欠な存在といってよく、この世から彼女がいなくなることは考えるのも恐ろしいことです。

 互いが生き延びるために、これからもない知恵を絞らなくてはなりません。

 息子は、東京にもだいぶん慣れたみたいです。人事部による全体研修は連休前までで終わり、専門に分かれての技術研修が始まったとか。各部署への配属、勤務地が東京と大阪のどちらになるかは、夏にならないとわからないようです。

 ところで、驚いたことに、息子が入ることを予想し、期待もしていた部署は、何となくなってしまったそうです。それを全くやらなくなったわけではないようですが、4年後ぐらいに再び立ち上げる計画はあるものの、今のところはなく、息子にとっては寂しいものがありそう。それでも、計算科学がやれることは間違いないそうなので、この時勢では、こんなことも仕方のないことでしょう。 

 でも、これで、勤務地がどちらになるのか、全くわからなくなりました。どちらも同じくらいの人数がいるそうですし。

 息子の社会人ドクター計画は変わらないようで、できれば来春から会社勤めをしながら研究室に籍を置きたいとか。いずれにしても、論文のことで、教授とは連絡をとる必要がある様子。

 会社では、技術研修でアメリカ、カナダなど海外に行かされることがあるそうで、ドクターコースへの進学計画を考えても、英語は必要らしく、勉強を始めたとか。

 大学受験では英語がネックでしたが(まあそれで教授に出会えたというトリックスター的なところはありましたが)、その頃に比べると、使う機会も増えて、そんなに苦手ではなくなったようです。それでも、英語をするよりは歴史の本を読んでいたいでしょうね。

 今息子が読んでいる歴史の本の戦後史に、三島由紀夫が兵役逃れの例として採り上げられているそうです。

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