« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月の59件の記事

2009年5月31日 (日)

この体調では無理と諦めた

この体調じゃ無理だ〜!

 昨夜から、少し左腕が痺れていた。体を動かすとしんどかったが、それでも普通に家事を済ませて寝た。

 朝、薬を飲んでも、胸が重くてしんどかった。おなかもパンパン。メディトランステープを貼ったら、いくらかましになり、家事ができるようになった。

 が、昼過ぎ、左腕がひどく痺れたので、狭心症の発作の前触れに違いないと思い、すぐにニトロペン舌下。

 お蔭で発作は起こさずに済んだが、何も大したことはしていないのに、疲労が募った感じになって寝てしまった。

 同人雑誌の合評会・懇親会に行きたくて、ぎりぎりまで迷っていた。これでは無理だな。

 今のわたしにはH市は遠く、交通の便が悪すぎる。たぶん、気が張ってそのときは大丈夫だろうが、帰宅後にどっと出るだろう。

 今年中に秋芳洞に取材に出かけて、児童文学作品『不思議な接着剤』には完成の目処をつけたい。取材に出かけるまでに、生者と死者が出て来る舞台劇風の短編小説を仕上げたい。

 ご老体と大して違わない体調であることを自覚して、この状況が(思いがけない治療とかで)好転しない限りは、真っ直ぐに前だけを見て進もう。行軍のように……。

 自分の作品以外のことに気をとられすぎて、うっかり死んでしまったりしたら、それこそこの世とあの世の狭間で後悔しなければならない(わたしの書きたいのは、まさにその領域におけるドラマなのだ)。

 死なない人間はいない。わたしの神秘主義的(決して霊媒的ではない)作品が評価されるときはいつか来ると思う。だから、よいものを書いておかなくては。

|

2009年5月30日 (土)

同人雑誌の中の作品に感涙……

同人雑誌の中の作品に感涙……
 
 昨日、同人雑誌が届いた。休刊になる直前の号にふさわしい、充実した内容のものだと思う。

 何といっても、『雲の影』がすばらしかった。老齢となった恩師との交わりを丁寧に描いた作品で、美しいとしかいいようのない作品……。

 恩師は、『私』が医学生だったときの外科学の先生で、その関係の域を出なかったが、『私』は先生を憧憬し、敬慕していた。

 まるでそのときの思いが叶うかのように、恩師の退官後十年を経て、親しく交わる機会が訪れる。先生の人柄や趣味、家庭的な事情なども知るようになる。恩師との交際におけるエピソードが、次々と空を流れる雲のような筆致で書き連ねられていく。師弟を包む情景のため息の出るような美しさ。

 この作品の美しさとしっかりとした技法が古びることは決してないだろう。なぜ、Kさんは地方文士、地方名士の待遇に甘んじなければならないのだろう? なぜ、この人がわが国で著名な作家ではないのだろうか? 改めて考え込んでしまった。

 そうした辺りを探りたかったからこそ、評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を書き、掲載していただいたわけだが、活字になってみると、このわたしの作品ではやっつけ仕事の粗が目立つ。

 過去記事でも書いたように、この作品を300枚の評論に脱皮させる計画があり、それには時間がかかるだろうから、満足のいくものではないが、とりあえず同人雑誌に載せていただいたこれを、当ブログ及びホームページで公開したいと思っている。

 合評会・親睦会には、体調のこともあり、行かないつもりだったが、Kさんの作品を読んで、行きたくなってしまった。明日までに出欠の葉書を投函しなくてはならない。体調のことを考えると、不安。困った。

 よい作品には無条件に、それが磁石であるかのように、引きつけられてしまう。前にもKさんの『耳納連山』(53号)に引きつけられたのだった。

 それに、Kさんは、休刊に寄せた一文の中で、「休刊を期に、きっぱり文学をやめることを、私は決心した」なんてことを書いていらっしゃる。そんな馬鹿な……。

 唯一、これまでのKさんの作品を読み、わたしが物足りなさを覚えたものがあったとしたら、登場人物の平板さだった。その人物ならではのものを感じさせるまでには意図的にか、無意識的にか描きこまれていなかった。

 『耳納連山』では、一番の登場人物である妻が、あたかも自然の中に溶け込んだかのような濃密な存在感を醸していたが、この妻や他の登場人物の個々の人物描写という点では、従来の作品同様描きこまれていなかった。

 合評会で、わたしはそんなことをいったようないわなかったような気がする。でも、お手紙では確かに書いたと思う。

 それが、この『雲の影』では、魂を宿しているかのような自然を背景に、人が人として成立する条件的なものが、物心両面から細かく描かれていて、奥深い個性を形づくることに成功している。『私』の恩師はとても魅力的に描かれているが、それはKさんの精進の賜物だと思う。

 この作品を読み、真の意味で戦前と戦後をつなぐ架け橋となれるのが、Kさんではないかとわたしは感じた。

 世の評価が遅れることはよくあることだ。命ある限り、投げないでほしい。呼吸器科の医師として患者を生かすことに尽力してきたように、文学でもそうあってほしい。

|

ホタテの刺身

ホタテの刺身
 昨日の夕飯のメインは、デパートの北海道展で買った冷凍のホタテを自然解凍したものです。

 刺身じょうゆに、おろしショウガとわさびをたっぷり溶かしてつけて食べるのが、わたしは好きです。茂っているパセリを飾りに。

 なかなか、プチにレシピ付記事をアップする時間が持てません。

| | コメント (0)

2009年5月29日 (金)

結局、これで解決?

結局、これで解決?

 昨日、メディトランス・テープを貼ってから体調がよくなり、下腹部や腰の痛みまで消えました。

 ということは、結局心臓が原因だったのでしょうか? 遊び疲れのため、(いつか先生がおっしゃっていたように)自分では気づかないような小さな冠動脈の痙攣が時々起きて、あちこちに影響が及んでいたのかもしれません。

 テープを貼ったら、胸だけでなく、腰や腹部もほんのり涼しくなったのです。

 そのまま貼っておけばよかったのですが、貼ったところが痒くなったので剥がし、朝までは普通に過ごしましたが、お昼過ぎ、飲み薬を飲んだにも拘わらず、胸痛が起きたので、ニトロペン舌下。

 映画に行った日、帰宅途中でへばった時点で、ニトロペンを使ったらよかったのかもしれません。

 循環器クリニックの先生は、こちらが何を訴えても冠攣縮狭心症の発作と結びつけられ、何かあったらニトロペンを使ってみるようにとおっしゃるのが秘かに疑問で、この先生は他の心疾患の人たちには名医でも(心臓にかけてはこの県で1番か2番という評判です)、わたしにはヤブかも……と思ったりしていたのですが、先生は正しいのかもしれないと考えました。

 これからはもっと早めに、積極的にニトロペンを使うようにしてみたいと思います。

 それでも……わたしの希望としては半年に1度は胸のレントゲンと心電図、血液検査も半年に1度はしてほしいです(血液検査は、今は内科で3ヶ月に1度受けているのでいいのですが)。

 もっとも先生は診察がとても丁寧で時間をかけられ、脈は必ず(かなり長くとっていられることも)、聴診器も胸や首など何箇所も……、目も押しひろげたり眼球を上向かせたり。

 これだけやって貰えれば、短時間の心電図以上の検査かな……という気もしますけれど。

 体に増えだした腫瘤は、いくらなんでも狭心症とは無関係で、それがある部位に該当する科にかかるしかないのでしょうね……。

 健康上のトラブルはあっても、宇佐神宮と秋芳洞へは早く行ってしまいたい。

 昨年、秋芳洞に出かけようとしたら検査入院になってしまって、1年間も児童文学作品『不思議な接着剤』が滞ったままです。

 できれば6月に行きたいのですが、お金がないので、7月になりそう。取材なしで書ければいいのですが、『接着剤』には必要だと考えています。

 ところで、昨年の退院のときにちょっとしたハプニングがありました。

 スタッフステーションの手前にある細い手すりに、どんな拍子でか、薄手のジャケットの裾が絡まり、なかなか取れなかったのです。一緒にいた看護師さんと見送りに来てくれたKさんが、「あっ!」と声を上げました。

 手すりと格闘しているわたしにKさんが「Nさん、この病棟に好かれたな」といい、看護師さんは気の毒そうにしました。

 それに、一番若くて綺麗で優しい(静脈注射だけは絶望的に下手)看護師さんがあるとき、突然、予言者のような目をして「Nさん、またここへ来るよ」といったのです。

「よしてよ。何でそんな不吉なことをいうの?」というと、「だって、退院しても大抵舞い戻って来るんだもん」と真剣な表情で答えて病室を出て行きましたが、その後は退院までいつもの屈託ない優しい彼女でした。

 わたしが検査入院だったことは彼女も知っているはずで、慢性病で入院したのならともかく、第一、看護師さんがあんなことをいうものでしょうか。

 決して意地悪な人ではないだけに気になり、他の患者さんも彼女から同じことをいわれるのではないかとそれとなく注意していましたが、そんなことはあの1回だけでした。

 夏さえ無事に過ぎれば、迷信? から解放され、安心できそうです。入院して体の不都合(特に腫瘤)が原因まで含めてさっぱりなくなるのであれば、喜んで入院しますが、そうでなければもう嫌ですね。ああ早く秋芳洞へ行ってしまいたい。

|

ハムライス

ハムライス

 江戸崎愛先生のレシピで、ハムライス。サイト内検索で、レシピ紹介付過去記事が出て来ると思います。

 写真は娘のぶん。わたしは本調子でなかったので、白いごはんにしておくつもりでしたが、家族が美味しそうに食べているので、控えめによそって美味しく……。

 片栗粉でほんのりとろみをつけた、優しい味わいのかき玉汁が食べたくて、作りました。もう一品、ブロッコリーと厚揚げを煮ました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月28日 (木)

まだ調子わるく、携帯から。煙草のことなど。

 動くと、心臓が悲鳴を上げて動悸、圧迫感を覚え、軋むように痛んできて、下腹から腰全体が痛みます。

 いつもと違って、寝ているほうが心臓はつらくありません……ということは、今回の問題は心臓ではなく、体が弱っているため、動くと心臓に負担がかかるということでしょうね。

 腰の痛みは強くはなく、何というか抜けるような、気だるさの極まった? ような痛みというより〈つらさ〉です。

 どうも下腹部が問題の発生源のような気がしますが、婦人科的な問題なのか、消化器的な問題なのか、よくわかりません。

 下したりもしましたが(尾籠な話で失礼)、何も食べていないところへいきなり、イタリアントマトのボリュームたっぷりのケーキを食べたせいだと思います(ケーキさん、こんな変ないいかたになりましたが、あなたのせいではありません)。ケーキは20%offだったとか。

 幸い今日は娘が休みで、洗濯と掃除は引き受けてくれました。もう少し休んだら、シャワーを浴び、それから頑張って料理しましょうかね。

 今日は娘のリクエストで、江戸崎先生のハムライスです。

 動くと悲鳴をあげるやわな心臓は、メディトランステープでサポートしようと思います。かぶれるので嫌なのですが。シミになったところもあるのです(普通の人は、こうはならないと思いますよ)。

 料理教室に行ってから娘は料理が上手になり、わたしの入院中も活躍してくれたのに、誘いかけてもさり気なくスルー……。

○後日談

 娘がわたしの昨年の入院中に料理を頑張ったのは、「弁当だけだと、野菜不足で体が悲鳴をあげたからだよ。それに、パパがますます痩せては困ると思ってさ」と娘。

 なるほど。必要に迫られたというわけです。ただ、夫が痩せているのは、昔からです。禁煙したとたんに、ぶくぶく――本当にぶくぶくという感じで見る見る――肥り始めたことがありました。禁煙は続きませんでしたが、本来は肥りやすい体質なのかもしれません。

 結婚するときに姑が「ちゃんと食べさせているのに、Hちゃんは痩せていて……」とわたしに言い訳のようにいったことがありましたが、わたしもつい夫と接する人に同じようなことをいいたくなることがあります。

 ただ、わたしは大学時代ヘビースモーカーだったから身をもってわかりますが、煙草は体を疲れさせるし、胃にもよくありませんね。神経を鎮めるようで逆に苛々させ、周囲のことに鈍感になる気がします。顔色も悪くなって、げっそりと見えますよね。夫が禁煙したときは、色艶がよくなって惚れ惚れとしましたっけ。

 もしこの世に煙草というものがなかったら、わたしは痩せた顔色の悪い男とではなく、丸々とした輝くような色艶の男と結婚生活を送っていたかもしれません。

 わたしが現在心疾患で悩まされているのは、自業自得だと思っています。わたしの場合、元々心疾患になりやすい体質であったところへ、若気の至りで煙草なんか吸ってしまい、その煙草が初めての発作を誘発したに違いありません。

 そういえば、新聞の集金に来ていた(本業は製麺だそうで)男性の奥さんはひどい喘息で入院を重ねているという話でしたが、1日6箱吸っていた男性が煙草をやめたら快方に向かい、見違えるようで、入院しなくて済むようになったそうです。くすんでいたその男性の顔色も、よくなりました。奥さんをせっせと温泉に連れて行ったのもよかったと思うとか。

 夫には、昔子供たちが小児喘息とわかった時点で、家では吸わないようにして貰いましたが、禁煙を、わたしが彼に代わってしてあげることはできません。彼が家で吸わなくても、服や車に籠もった煙草の煙でわたしは喘息が出ることがあり、やめてくれたらなあと思うことはよくあります。煙草ほどにも愛されていないのでしょうね、どうせわたしは。

 子供たちは、スイミングで喘息が出なくなりました。わたしにもスイミングはいいかもしれないと思います。

|

遊びすぎた罰?

 具合の悪い夜中を過ごして、朝が来ると、ホッとしますね。

 心臓は何ともないし、喘息も出ていないので、単なる(遊びすぎから来た)疲れだったのではないかと思いますが、昨日は結局一日潰れました。夕飯も夫に弁当を頼みました。

 何だかわかりませんが、微熱っぽく、腰が痛くて、吐き気も出、頭痛もしました。ただ風邪にしては、喉は何ともありません。しんどくて、ほとんど寝ていました。

 一昨日、娘と目一杯遊んで(途中呼吸器クリニックへ行きましたが)、帰宅する途中、へばって歩道にあるベンチで休んだのです。

 遊び回った罰のように、両膝が強張り、左股関節も痛み、そのとき既に腰全体が痛くなっていました。

 まだ腰から臀部にかけて痛く、下腹まで痛い気がするのですが、だいぶん楽になったので、今日は家事ができそう。

 溜まると怖いので、洗濯だけはして室内物干しに干したのですが、畳む気力はなく、掃除もしなかったので、家の中が乱れています。主婦が一日寝ているだけで、こうですからね。尤も、寝ていると、自分が最大のゴミに思えてきますけれど。

|

2009年5月27日 (水)

洗ってやるはずだったこの子

洗ってやるはずだったこの子

 まだ気分が悪く、横になったまま携帯からです。

 一つ前の記事に書いた、今日洗ってやるつもりだったこの子。でも天気も悪くなり、雷が鳴ったりしたので、延期してよかったかも。

 このイヌのぬいぐるみは、枕にもクッションにもなる、洗えるタイプです。下と横にあるクッションも、まる洗いできます。

 昔アレルギーの息子に買ったものですが、今は自分のほうがアレルギーと喘息になってしまって、愛用しています。

 少し前に買った長い枕2つはアレルギーでだめとわかり、それは今は夫が使っていて、彼のベッドは枕過剰です。邪魔なら捨てようか、というと、ベッドで読書するぶんには快適だから置いとくとのこと。

 横になると苦しいときには、洗えるクッションたちでは役不足なので、夫に譲ったようなしっかりした長い枕かクッションで、しかもアレルゲンとならないものが2つほしいのですが、まだ見つかりません。

 このあと夕方近くまで寝て元気を回復し、掃除と料理をしたいと思っています。

 映画はよかったので、感想を書くつもりでしたが、おあずけ。創作もおあずけ……ワンワン。

|

中島梓(栗本薫)さん死去

 昨日の遊びすぎで今日は微熱っぽく、腰が痛くて、家族が出かけたあとは寝ていたが、先程、昼休みらしい娘からメールがあり、中島梓さんの死を知った。

 ネットニュースで確かめてみると、26日に亡くなったとのこと。

 あっけらかんとした、それでいて繊細な癌闘病記が好きだった。ネット日記も数ヶ月前から閲覧させていただいていて、4月28日で止まっていたため、心配していた。

 御冥福をお祈り致します。

|

そろそろ洗いどき……

そろそろ洗いどき……

 この子、枕にもクッションにもなるぬいぐるみなのですが、簡単に洗えるので、そろそろ入浴させてあげなくちゃあ……

| | コメント (0)

2009年5月26日 (火)

呼吸器クリニック受診

呼吸器クリニック受診
 写真は記事の内容とは無関係の、娘が購入した『靴下にゃんこ 2』です。

 映画を観た後で、呼吸器クリニックを受診しました。

 血圧は低め、酸素飽和度96、脈拍71。酸素は95までは大丈夫だそうですから、まだ余裕ではありますが、一度体調のよくないときに測って貰いたいと思いつつも、よいときに受診してしまいます。

 気になっているおなかのこともいいませんでした。内科でもあるので、大抵のことはお話ししてきたのですが、来月レッドクロスで肝嚢胞の検査を受けるときにでも、お話ししたいと思っています。

 でも、先生はわたしが体に増えた腫瘤を気にしていることを気遣ってくださり、先生にも結構あるという凸を触らせてくださいました。お言葉に甘えて、子供みたいに触ってしまいました。

 なるほど、膝と耳の凸はわたしの凸にそっくりで、ちょっと安心しましたが、ただ先生のは生まれつきあるそうで、左右対称……うーん、微妙に不安が募った気もします。 

 アレルギーのちゃんとした検査を受けたことがないので、次回の受診時に受けることにしました。33項目のアレルゲンの原因が一度の血液検査でわかります。検査料は5,000円強だそうです。

 薬はフルタイド200ディスカス。基本的には1回1BL 夜1回ですが、調子が悪いときは自由に増やしてよいことになっています。

| | コメント (0)

シネマ『天使と悪魔』を観て:追記

シネマ『天使と悪魔』を観て

  実は、『シークレット・ドクトリン』の宇宙発生論で扱われた概念は、わたしたち日本人には比較的肌に馴染みやすいものです。

 というのも、この論文は『ジヤーンの書Book of Dzyan』と呼ばれるキウ・ティ=シリーズ〔※『チベット大蔵経』のカンギュル(仏の教説の部門)の中のタントラの部分――H・P『・ブラヴァツキー著『実践的オカルティズム』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成7年)用語解説より〕の最初の巻の一つをもとに書かれているからです。スタンザ形式の詩に注釈をつけるかたちで書かれています。

 注釈には古今東西の科学・宗教・哲学・文学といった分野からの引用が絢爛豪華になされていますが、日本の宇宙発生論として記紀からの引用があったり、わたしの大好きなバルザックの文学作品からの引用もあったりして、興味が尽きません。

 ただわたしには難しすぎて、普段は『シークレット・ドクトリン』というすばらしい書物の存在すら忘れている始末です。何かの折にふと思い出しては紐解いてみて、その圧倒的なスケールと豊かな内容にひととき浸らせて貰っては、浮世の垢をすすぐといった風です。

 で、宇宙の進化COSMIC EVOLUTIONという『ジヤーンの書』から英訳された七つのスタンザがあまりにも美しいので、午前中、恥ずかしながら、ほんの最初の部分だけ、わたしも訳してみました。

1.決して見えないローブにくるまった不滅の親空間は、七つの永遠のあいだ、再びまどろんでいました。
2.時間はありませんでした。継続期間の無限の深みで熟睡していたからです。
3.宇宙魂はありませんでした。それを容れるア・ヒはいなかったからです。
4.至福に至る七つの道はありませんでした。不幸の大いなる原因はありませんでした。それらを生み出し、それに陥る者は一人もいなかったからです。
5.ただ闇だけが一切合切を満たしていました。父と母と息子が再び一つとなったからで、しかも息子は新しい車輪の車を運転しての巡礼の旅にまだ目覚めていなかったからでした。

 せめて9まであるスタンザ1を訳してしまうつもりでしたが、今日のところは5までで時間切れ……。英語力がほぼないも等しい上に、原文が異様に美しい、異様な事態を描いているからということもあるでしょうね。

 実は、午後からまた、過去記事で書いた映画の一つに娘と行きます。『ダウト』。メリル・ストリープ主演。

 では、わたしのお粗末な訳を忘れていただくために、H・P・ブラヴァツキー著『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成元年)からスタンザ1の訳を以下にご紹介します。 

    宇宙の進化

『ジヤーンの書』から翻訳された七つのスタンザ

     スタンザ1

(1)永遠の親は常に目に見えぬ彼女の衣に包まれ、七つの永遠の間、再び深い眠りにおちていた。
(2)時間はなかった。継続の無限のふところで、熟睡していたからである。
(3)宇宙マインドはなかった。宇宙マインドを内に含むア・ヒはいなかったからである。
(4)至福に至る七つの道はなかった。不幸の大原因はなかった。それらを生み出し、それに陥る者は一人もいなかったからである。
(5)暗黒だけが無際限の一切を満たしていた。父と母と息子が、再び一体となったからである。息子は新しい車輪とその車で自分の巡礼の旅にまだ目覚めていなかった。
(6)七人の荘厳な主等と七つの真理は存在するのをやめていた。宇宙即ち必然の息子は、有るが無いそれに吐き出されるため、パラニシュパンナの中に浸されていた。何もなかった。
(7)存在の原因は除かれていた。かつて見えたもので、今は見えぬものが、永遠なる非存在、即ち唯一なるそれの中で休息していた。
(8)存在の唯一の形体だけが、果てしなく無限で、原因なく、夢のない眠りの中に広がっていた。そして宇宙空間の中では、ダン・マの開かれた眼によって感じられる偏在するものにくまなく、生命が無意識に脈打っていた。
(9)しかし、宇宙のアラヤがパラマルータの中におり、大車輪がアヌパパーダカであった時、ダン・マはどこにいたのか?

|

2009年5月25日 (月)

黄色の旗指物

 初めて『魏志倭人伝』を読んだときに、その短いリポートの中で強い印象を受けた箇所は何箇所もあるが、その一つが、正始6年(245年)、魏帝より、詔書と黄幢(黄色の旗指物)が倭国にもたらされようとして帯方郡までは届いていたのに、帯方郡に起きた戦闘のために倭国までは届かず、正始8年になって、倭国と狗奴国との間の戦闘が激したさなか、ようやく、それが倭国にもたらされたという記述だった。その際には両国が和解するようにという檄文も下されている。

 わたしは、戦いの中で風に翻る鮮やかな黄色い旗指物を想像した。

 その後、宇佐八幡宮に興味を持ち出したときに、八幡という言葉が引っかかった。何かしら、思い出せないものがある感じだったが、それが何だったかわからなかった。

 それが今頃になって思い出せたのだ。そう、宇佐八幡宮の八幡はあの黄色の旗指物を連想させるのだった。

 以下は、以前宇佐神宮からもらってきた『宇佐神宮由緒記』からの引用である。

     ◎八幡大神の神威
 また、八幡(やはた)とは天降った八つの幡(はた)を祭つたという。これは、のぼり、旗(はた)、また幣帛、織物をもいうので、武神とか工芸神の神徳もあらわれたのである。〔略〕

|

ジャガイモの酢のもの

ジャガイモの酢の物
 昨日の夕飯は、三色ごはん、ジャガイモの酢のもの、豆腐と白葱の味噌汁でした。

 写真では向こう側に行ってしまっていますが、このジャガイモの酢のもの、おススメです!

 もうずいぶん前に、朝日新聞の朝刊で見たものですが、以来よく作ります。

 ジャガイモ200グラムを千切りにし、合わせ酢の材料は、だし大さじ4、酢大さじ3、しょうゆ大さじ2、砂糖小さじ1、酒大さじ1です。砂糖は三温糖にすると美味しいですよ。

 プチへの料理記事のアップは、もう少しお待ちくださいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月24日 (日)

シネマ『天使と悪魔』を観て

 以下、とりとめない書きかただが、ネタバレあり。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

 カトリック教は、それ以前の貴重な歴史的資料を焚書にしたり禁書にしたりした。神秘主義者のわたしが『天使と悪魔』のような映画を見ると、どうしてもカトリック教によって損なわれた人類の知的遺産に思いを馳せずにはいられなかった。

 さすがに時代の要請からか、1966年にローマカトリックの禁書目録は廃止された。その目録には(ウィキペディアによれば)デカルトもカントも、わたしの大好きなバルザックも入っていた。エラスムス、キボン、コペルニクスもそう。尤も、カトリック教徒でない者の著作は、審査以前の問題とされたとか。

 時間が中世で止まったままであれば、まだしもだろうが、禁書にすべき書物は増える一方だっただろうから、対応が追いつかなくなったのだろう。

 映画に出て来たヴァチカン市国やローマは、何か壮大な骨董市のように見え、美しいのか不気味なのかわからないぐらいだったが、そうした景観を楽しませてくれるだけでも映画の価値はあると思った。

 イルミナティは、フリーメーソンと関係のあるラジカルな一派だと思っていた。モーツァルトがイルミナティではなかったか。イルミナティはフランス革命に関係したともいわれている。拾い読みしただけだが、映画の原作ダン・ブラウンの『天使と悪魔』(角川文庫、越前敏弥訳)には、わたしの知らなかったことがいろいろと書かれているようだ。

 『科学の祭壇』に生贄を捧げるという、映画では猟奇的に描かれた、あまりに非科学的で大時代がかった発想には気が萎えた。カトリック教の力が衰えた今、あのイルミナティであれば、そこまでしなければならない理由がどこにあるのだろう? イルミナティを使って科学に迎合する司祭たちを血祭りにあげた前教皇侍従カメルレンゴは、キリスト教の問題点を戯画化したような人物ではあった。原作の彼が前教皇の試験管ベビーというのは、ちょっと作りすぎでは……。

 カバラも、バラ十字も、フリーメーソンも、そして神智学も、同じカラーに彩られ、同じようなことをいっているように思えるのは、それが科学だからであり、地下に潜ったり潜らなかったりして(必要でなければモグラじゃあるまいし、潜ったりしないだろうが、時代によっては火あぶりだから)連綿と血脈を保ってきたのも、やはりいわゆる科学的な体質ゆえだろう。 実験結果は引継がれるものだから。

 そして、納得の行くまで実験が繰り返される中で正しさが確かめられては、新たな発見がなされてゆく。『天使と悪魔』に出てくるあのイルミナティのような悪い動機からだけ地下を生き抜くとは限らないのだ。名前を替えたりしながら、神秘主義の本質が科学である限り、人類と同じ長さだけ続いて行くのではないだろうか。

 映画からは話題が逸れるかもしれないが、火は古代から神秘主義者たちにとっては神聖な概念で、彼らは火について語ることを好んだようだ。そして、異端と断じられた彼らは、火によって処刑されたりした。神秘主義者は基本的に折衷主義者で合理主義者のはずだから、殉教と喜びはしなかったに違いない……。

 わたしを魅了する神智学の本にも、そうした犠牲を経て伝えられたものが散りばめられているのだろうと思う。

 古代、色の表現は数が少なかったように、火も、多くの意味を含んだ言葉だった。近代神智学の創始者ブラヴァツキーが書いた『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子&ジャフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成元年)では古代よりは現代のわたしたちにも理解しやすい類の語彙が豊富となり、本編の後に議事録が収められている。その――一太陽プララヤ(※休息期)後の地球惑星体系とそのまわりの目に見えるものの(宇宙発生論)だけが扱われた――論文に関する集会での質疑応答から、火に関係した断片を以下にご紹介してみたい。

 様々なコスモスの階層に於ける“火”という用語の色々な意味を教えてください。
 火は五大元素の最も神秘的で、最も神聖なものです。〔略〕オカルト的な意味の火はアイテルであり、アイテルは運動から生じ、運動は永遠の目に見えない暗い火です。光は最高の根源的なアイテルから空間の中の最小の原子に到るまで、自然の中のすべての原動力となり、すべてを支配します。運動自体は永遠であり、顕現世界ではそれは、この世界での電気、直流電気、磁気、肉体的及び精神的な感覚、想念、生命のアルファであり、オメガです。だから私達の世界に於いて、火は単に運動又は生命の現れにしかすぎません。
 バラ十字団のメンバーはあらゆる宇宙的な現象を“生きている幾何学”と呼びました。すべての極性のある作用は元素の極性の繰り返しにすぎないと中世の火の哲学者たちは言いました。というのは、運動は熱を生み出し、運動中のアイテルは熱です。それは速度が減じると寒気が生じます。なぜなら、“寒気とは潜在状態のアイテルである”からです。こうして自然の根本的な状態は三つの陽性のものと三つの陰性のものであり、その六つは原初の光によって総合されます。三つの陰性の状態は〔1〕暗黒と〔2〕寒気と〔3〕真空あるいは虚空です。三つの陽性の状態は〔1〕光(私達の世界の)と〔2〕熱と〔3〕全自然です。こうして火は宇宙の統一体と言えます。いわば燃料のない純粋で宇宙的な火はその普遍性において神です。なぜなら宇宙的な火、あるいはそれを呼び起こす熱は、顕現した自然の物質の各原子にあります。潜在的な火を含まない物、あるいは粒子は宇宙の中に一つもありません。

 〔略〕電気はどういう意味で“実在”と呼ぶことができるでしょうか?
 電気をその原初の力であるフォーハットと呼ぶ時だけです。実際は一つの力しかありませんが、顕現世界では、それは何億もの形で私達の前に現れます。先に言った通り、すべては一つの原初の普遍的な火から発しており、私達の世界では電気はこの火の最も広範な局面の一つです。人を刺すアザミから、人を殺す稲妻にいたるまで、小石の中の火花から体内の血にいたるまで、すべては電気を含み、すべては電気です。しかし、たとえば電燈の中に見られる電気はフォーハットと全く違うものです。電気は物質宇宙の分子的な運動の原因であり、地上界でもその役割を果たします。電気は物質の“本質”の一つです。というのは、ものの均衡が乱れる毎に電気が生じるので、そのものの中のカーマ(欲望)的な要素となります。だから何億もの相で現れる力の元々の原因として、またあまねく及ぶ宇宙的な電気の総計として、フォーハットは一つの“実在”です。
 しかし、実在という用語で何を示しておられるのですか? 電気も一つの実在ではないのですか?
 私は電気を実在とは言いません。実在(entity)という言葉はラテン語のesse“存在する”の語源である“存在”から来ています。だから、一粒の砂から一柱の神に到るまで、他のものから独立したものは何でも実在です。しかし普通の科学的な意味の“電気”は相対的な意味しかありませんので、この場合、フォーハットだけが実在と言えます。

 この集会は、1889年のロンドンで持たれたものだ。日本はこのとき明治時代で、帝国憲法が発布された年。もしブラヴァツキーが現代『シークレット・ドクトリン』を書くとすれば、クオークや反物質といった新しい科学用語も適切な箇所で用いたに違いない。

 健全な? 神秘主義者同士であれば、中世にもこのような会話を、古代の言葉に当時の最新? の用語を交えながら穏やかに、また熱心に話していたに違いない。しかし、そんな楽しいひとときを持つことは異端行為とされ、発覚すれば、魔法使いや魔女として火あぶりにされたりしたのだろう。

|

2009年5月23日 (土)

お帰りなさい

お帰りなさい

 退院してきたばかりのパソコンです。

 実は、依頼した箇所は壊れていなかったそうで(冷却ファンの回転音を故障と勘違いしたみたいです)、気づいていなかったDVDデッキが壊れていました。そして、これはこちらの過失でしたが、キーボードが1箇所壊れていました。キーボードはそのままでも使えましたが、その修理もお願いしました。

 従って、内容は何も消えていませんでした。この記事を携帯で書きながら、久しぶりに自分(と娘の)パソコンからブログにアクセスして新鮮です。

 パソコンから
 ここからはパソコンからです。本当に何だか新鮮……。

|

2009年5月22日 (金)

今日の夕飯は軽めでした

今日の夕飯は軽めでした
 昨日の夕飯はトンカツ屋さんでボリュームたっぷりでしたので、今日は鮭の塩焼き、マカロニサラダ、キャベツの豆板醤あえ、油揚げ・生しいたけ・いんげんの味噌汁と軽めにしました。

 キャベツの豆板醤あえは、土井善晴先生のレシピです。蒸し煮ですので、キャベツを沢山食べられますよ。

 パソコンが修理できたと電器店から電話があり、明日夫が取りに行ってくれることになっています。

 白紙状態で戻ってくるでしょうから、パソコンでのブログ更新はすぐには無理かもしれませんが、可能になったらプチのほうでレシピをご紹介しますね。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

気になる左上腹部

 昨日、帰宅時からおなかがパンパンで(これは明らかに食べ過ぎによるもの)、腹痛までしてきたのですが、痛みの発生源をよく観察してみると、前から気になって循環器クリニックと呼吸器クリニックで時々訴えてきた左上腹部……というより左乳房の真下辺りに限定された痛みで、痛みの種類は圧迫痛です。

 触ると、そこが横に指3本分くらい腫れています。

 娘に見せると、ギョッとしたみたいで、「腫れてるよ。診て貰ったほうがいいよ」といいます。
 前から時々痛みがあったのですが、我慢できない痛みではなく、先生がたも「左なら心配要らない」とおっしゃるばかりなので、気にしないようにしていたのですが、腫れてくるとなると、気になります。もしかしたら以前から腫れていたのを、気づかなかっただけかもしれません。

 7月に肝嚢胞の検診を受けるので、そのときに内科のU先生にいってみるつもりですが……。

 と気になったことを書いてしまいましたが、今日はその痛みもなく、引き続き快調です。

 家事の合間に昨日観た映画と児童文学作品『ジーンズの少年十字軍』(テア・ベックマン)の感想を書きたいと思っています。

 小説も少しは形にしたいなあ。

| | コメント (0)

2009年5月21日 (木)

浜勝〜!

浜勝〜!
 映画のあと、「浜勝」に来ています。全員、『梅しそ巻とヒレ膳』を頼みました。

 ポップコーンを食べたあとに軽く……ほほほ……。

 ああ、おなかが裂けるわ。でも美味しかった〜!

 体調がよいって、楽しいー、ハッピー♪ 暗い人間になってしまった気がしていたけれど、体調の悪いときが多いせいとわかりました。

 コーヒーが来ました。

| | コメント (0)

映画の前に

 夫が散髪に行き、白髪染めに時間がかかったので、15時台は間に合わず。次は17時台。映画後に食事して帰るには、丁度よい時間帯かもしれない。

 でも、今日行くパークプレイスにある映画館はポップコーンが美味しい(キャラメルが特に。塩も勿論いける)。あれは食べなければならない。

 夫に映画館でキャラメルにするか塩にするか訊くと、恥ずかしがって「いらない!」といい、いう通りに買わなくても、本当はほしいのだろうと思い買っても怒るので、家で訊いておく。今日は「塩がいいな」と楽しそうに夫。こんな素直なときの彼は、本当に可愛らしい。

 ただ、こんな時間にポップコーンを食べると、食事が入らなくなるかも。軽い夕飯となると、栄養の点で問題だが、食費はいくらか浮く? と近頃遊びすぎの主婦の頭にあるのは、こんなみみっちい金勘定ばかり。

 因みに、わさだタウンにある映画館は、ポテトが美味しい。この情報は、昨年の入院中に得た。

|

豚ヒレ肉とじゃがいものコロコロサラタ

豚ヒレ肉とじゃがいものコロコロサラタ
 暑さを感じ出すと食べたくなる服部先生の『豚ヒレ肉とじゃがいものコロコロサラダ』。

 サイト内検索で、レシピ紹介付過去記事が出てくると思います。

| | コメント (0)

2009年5月20日 (水)

フロスト×ニクソン( ブッシュ? )/観たい映画

 昨日観た映画『フロスト×ニクソン』のニクソンは、どう観てもニクソンというよりブッシュだった。

 とはいえ、フィクションとしては楽しめた。また、舞台劇風の作品を書こうとしているわたしには、参考にもなった。政治におけるテレビの効果、介入について改めて考えさせられた。

 シネマ5で、観たい映画が夏にかけて目白押しだ。

○ダウト〜あるカトリック学校で〜
○ロルナの祈り
○我が至上の愛〜アストレとセラドン〜
○懺悔
○ホルテンさんのはじめての冒険
○子供の情景
○リリィ、はちみつ色の秘密
○マリア・カラスの真実

「ペレストロイカの象徴となったソビエト連邦崩壊前夜の伝説的映画」というグルジア映画『懺悔』、アフガニスタンのバーミヤンを舞台にした「戦争も銃弾も登場しないのに、戦争の悲劇や、大人が子供に与える影響の重大さを強く胸に訴えかける」という『子供の情景』、ドキュメンタリー『マリア・カラスの真実』はどうしても観たい。

『懺悔』はイラン映画界の新星ハナ・マフマルバフ、19歳の監督だそうだ。父親が名作『カンダハール』を監督したモフセン・マフマルバフ監督というが、わたしは観たことがない。フランスのプレミエール誌が「童話とドキュメンタリーの要素をあわせもち、その美しさは観る者の度肝を抜く」と讃えた。

 まずは『ダウト』か『ロルナの祈り』のどちらかだ。

『ダウト』にはメリル・ストリープが出る。演劇界の名匠シャンリィが監督・脚本という。

『ロルナの祈り』は世界の名匠ダルデンヌ兄弟が監督だそうだ。

 わくわくしながら、迷う。とりあえずは明日、パークプレイスにある映画館で『天使と悪魔』を楽しもう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

遊び過ぎは続く

 もうお昼を過ぎてしまったが、体が重くて、洗濯物を干しただけ。昨日映画に行き、そのあとも遊んでいた。そのせいで、くたびれたため。

 でも明日も映画に行く予定。夫と娘の休みは週に1日重なるが、休みといってもそれぞれ予定やしたいことがあるので、その調整から明日映画に行くことになった。

 体力的に無理であれば、わたしは主婦らしく家にいればよいだけの話で、無理をしてまで行くことはない映画……やっぱり行きたい!

 水をがぶ飲みしているお蔭で、膀胱炎らしい痛みはうっすらの段階に止まってくれている。体調のよいときは出ない痰がしきりに出るのは要注意ではあるが、心臓の調子は悪くない。

 体調のよいときは、遊ばにゃ損だ。

 昨日歩き回ったツケで、左股関節がうっすら痛く、右膝がぎこちない(ロッキングは昨日も今日もなし)。宇佐神宮へは日を置いて行くが、あの石段のことを考えると……杖を買うことにした。

 整形外科の先生は杖より手すりのほうが頼れるとおっしゃるが、その手すりがどこにもかしこにもあるわけではない。杖があれば、そのぶん関節の負担を軽くできるのではないだろうか? お遍路さんだって、よく杖を持っているではないか。物は試しだ。

|

2009年5月19日 (火)

最近の息子

 入社式は4月バカの日だったなあ……と何となく思っていたところ、その日に息子の入るはずだった部署が潰れ、翌日息子はそのことを知ったとか。息子は当然ショックだったようだ。

 息子の歩く道はいつもすんなり行かないが、今度もそうかと気の毒に思った。が、一見挫折に見えるハプニングがトリックスター的役割を果たすことも、息子にはよくあるパターンだ。

 わたしは息子の話を聞いたあと、タロット占いをしてみた。近未来の位置には、しばらくは混迷と重圧の日々が続くことを暗示するリバースの《棒の10》が出たが、結論の位置に“the most favourable of all cards”と呼ばれるという《金貨のエース》が出た。今の会社で幸福(よい方向性へ)の基礎が築かれると考えてよいのではないかと感じた。

 わたしは物事の判断にワン・クッション置きたいときに、占いをする。こんなときによくないカードが出るとがっかりするけれど、占いをするときというのは大抵物事の行き詰まりを感じたときなので、それはそれで自身のうちに理解者を見出したような気持ちになったりして、いずれにしても気持ちの整理には役立ってきた。まあわたしの立場としては、見守る以外にない。

 で、近況はどうかと思い、電話してみたところ、夏までは研修という息子は、同期の5人でお昼ごはんや夜ごはんを食べに行っているという。

 マスター時代、研究室には同期の人間がいなかった息子にはそれが新鮮に感じられるようで、何だか楽しそうだった。

 息子が入るはずだった部署の先輩がたを誘ってお昼ごはんを食べに行き、話を聞いたりもしたそうだ。

 部署はなくなっても先輩がたは同じ仕事を続けていて、某大学と共同研究もしているという。この分野の開発に関わることで、煮詰まりかけている何かがあり、それが煮詰まってしまえば突破口が開けるかもしれないとか。開けないかもしれないとか。その開ける開けないが、部署の復活に関わっているのだろうか。

 息子が出身大学名をいうと、「ああ、*先生ね」と返ってきたそうだ。

 同期の他の4名は、ドクター卒や東大マスター卒など、皆息子より学歴が立派なので、ついていけるか心配したが、研究に関しては「うちほどのことは、どこもやってないんじゃない?」と出た研究室を《うち》という息子。だからこそ、勤めながら研究室に戻ることを考えているのだろう。そのことが会社のメリットにもなるという息子の読みだ。来春から社会人ドクターになりたいという希望に、会社のOKが出るだろうか。

 師事する先生を持つ息子が羨ましい。わたしが師事した田中恵美子先生は、お亡くなりになってしまった。そして文学の世界には、1人も師事したいと思った作家はいない。亡くなった作家にはいるけれど。でもよき友人はいる。詩人(とわたしが呼んでいる学生時代の先輩)だ。

|

2009年5月18日 (月)

大根と卵の含め煮

大根と卵の含め煮
 うちのパセリが使い切れないくらい茂ってきたので、刺身に多めに飾りました。

『大根と卵の含め煮』は土井善晴先生のレシピです。パソコンが退院してきたらプチのほうでご紹介したいと考えていますが、写真が溜まりすぎて……。これは携帯で撮ったものですが、習慣? でデジカメでも撮ってしまいます。

 この県はしいたけで有名なだけあって、肉厚なしいたけが安いので、よく買ってきてオーブンで焼きます。昨日は塩とバターで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

映画に行きたいから、水を飲もう

 明日娘と映画『フロスト×ニクソン』を見に行く予定。夫はこれはパス。

 来週は、夫も一緒にダ・ヴィンチ・コードシリーズ第2弾『天使と悪魔』を観に行く予定。第1弾を観たあとで何か批判的なことをブログに書いた気がするけれど、結構楽しめた記憶があるので行きたい。

 そのまた次の週は宇佐神宮へ。これは温めている作品の取材を兼ねて。

 だから膀胱炎になんてなりたくないのだが、どうも危ない。うっすら痛みが出だした。飲みたくないけれど、水を飲もう。最近は別に、疲れることは何もしていないのに。水分は、喉が渇かないので、あまりとっていなかった。それがまずかったかな。

 娘との間でグインのアニメが受けている。不謹慎な楽しみかたで、作者には失礼な話だけれど。原作は感じが違うのだろうか。

 逆光に照らされた豹頭のグインはなかなか素敵で、それがまた笑いを誘う。アニメのグインの中のセリフと、なぜか2人共連想してしまうコミックス『王家の紋章』の中のセリフをごちゃ混ぜにして娘と何度も熱演? して、小1時間は楽しんでしまった。

|

ドライカレー

ドライカレー
 昨日の夕飯は、ドライカレーでした。

 ゆで卵をドライカレーに載せるか、サラダに載せるかを家族にチョイスして貰いました。夫はサラダに、娘とわたしはドライカレーに。

 「うまい! 俺的にはカレーよりドライカレーかな」と夫。「美味しいねえ」と娘。わたしも大好きなのですが、なぜか、それほど作りません。また近いうちに作ろうかな。

 サイト内検索で、レシピ付過去記事が出て来ると思います。

| | コメント (0)

2009年5月17日 (日)

裁判沙汰への占星術的アプローチ

 過去記事で、父夫婦のホロスコープを見ていると書いたが、2人共、意外にも太陽が弱い。奥さんのノー・アスペクトの天体の多さから見ても(水星、金星、土星がノー・アスペクト)、しっかりした指揮をとってくれる人が必要だろう。残念だが、父では役不足だと思う。父も指揮者を必要とするタイプだからだ(父と暮らした経験からしても、占星術的に見ても)。2人きりの暮らしは、盲目が盲目の手を引いているようなものだろう。

 幸い2人共、社会を意味する木星、福祉を意味する海王星はイージー・アスペクトを作っているので、わたしがそれほど心配しなくても、孤独のうちに放置されるようなことはないと思う。

 むちゃをしているようで、2人共決定的な目に遭っていないのは、相手を選んでむちゃをいっているからであり、手に負えないようでありながら、どこか素直で、甘え上手だからだと思う。

 奥さんは、海王星と冥王星が複数のイージー・アスペクトを作っており、魚座のわたしや蠍座の父妹からは善意を引き出せているのではないだろうか。

 奥さんの攻撃力を意味する火星が、法を意味する木星とトライン、海王星とセクスタイルで、今回の裁判は奥さん主導で父がついていっている印象だったが、なるほどと思う。攻撃を楽しめる羨ましい配置だ。

 それに比べて、わたしと妹は火星に弱点がある。ノー・アスペクトなのだ。攻撃力をどう使ってよいかわからず、他人から迷惑をかけられたり、セクシュアル・ハラスメントに遭いやすい(妹も奥さん同様、ノー・アスペクトの天体が多く、火星以外にも木星、天王星がそうだ。妹が状況や寄り添う相手によって人間が変わるように見えるのは、このためだろう)。

 ただ木星は増殖も意味し、奥さんの木星は、異常性をも意味する天王星とスクエアだ。それに、この天王星は幻想・妄想を意味することもある海王星ともスクエア。

 エキセントリックな妄想がとめどもなく拡散する傾向があり、父たちの準備書面や書証が膨れ上がった裁判での光景は、これら天体の影響を戯画化したかのようだ。

 父は天王星の年齢域にあるが、この天王星は木星とセクスタイルで、この時期に父が裁判を起こしたのも頷ける。

 法を意味する木星のサビアンシンボルを調べていて、笑ってしまった。

 松村潔『決定版!! サビアン占星術』(学習研究社、2004年)から引用させていただくと、父の木星は双子座15度で、サビアンシンボルは《会話をしている二人のオランダの子供》。交流するために盛んに議論する子供たちが、父の法的立場、傾向をシンボライズしている。

 奥さんは牡羊座13度で、《成功しなかった爆弾の爆破》。

 わたしは蠍座2度で、《割れたビンとこぼれた香水》。1度が観光バスなのだが、そのバスが事故に遭い、極限状態に陥った仲間の本心が……奥底にある気持ちが、こぼれた香水のように現れてくる状況なども意味するそうだ。

 奥さんの爆弾でわたしたち被告の精神状態は、まさにそのような状態にあった。でも皆、素敵な人たちと改めてわかり、わたしはよい香りを嗅いだ。

 わたしはこの木星の年齢域に入ってから借家が台風で壊れ、夫に心のビンを割られ、外科手術で頭蓋骨を抉られ、裁判で上記の状態に陥った。この年齢域はあと4年は続く。

 身が持たないので、早く次の土星の域に入ってほしいと思うけれど、この時期はノスタルジックな情感を刺激する創作には向いているようだ。その気になれば、カリスマ性も発揮できるかも。

 わたしの土星は射手座25度で、《玩具の馬に乗っている小太りの少年》。

 土星は天職を意味する天体でもあるから、作家にぴったりといわれるサビアンシンボルを持つ土星の域に入ったとき、わたしは作家になっているだろうと楽天的に想像している。太るとは、射手座では教養の過剰を意味する。何にせよ、今の木星の域には疲れた……。

 妹の木星は山羊座30度で、《秘密のビジネス会議》。妹も木星の年齢域にいる。

 本には「サビアンシンボルでは、すべてのサインで30度はどこか漫画的なバカバカしさを持っています。というのも、これまで長く親しんできたサインへの執着から離れるには、サインの価値への自己同一化からの突き放しが行われるからです」「山羊座ではフリーメーソンの秘密会議のような胡散臭いイメージが与えられます」とあるが、妹の木星が父たちの起こした訴訟をシンボライスしているとするなら、何てぴったりなのだろう! この裁判沙汰は、バカバカしく滑稽だから。

 4人のサビアンシンボルは、父夫婦を原告とする今回の裁判をよく物語っているように思える。

|

定年後のアルコール依存症

 朝、NHKの地域番組で、定年後に陥る人の増えたアルコール依存症を特集していた。

 仕事一途だった人は、定年後にぽっかり空いた穴を埋めようとしてアルコール依存症になりやすいという。その依存対象はアルコールだけとは限らず、ギャンブル、出会い系サイトなど。

 治りたいという本人の自覚が大事らしい。ぽっかり空いた穴を埋めるには趣味ではなかなかそうすることは難しく(長続きしない)、ヒントは日常生活にあるという。料理や掃除などの家事にチャレンジしてみることは、回復への突破口になるという。日常生活の中にある豊さを知り、味わうことが再起への糸口になるそうだ。

 夫は依存症タイプだと思う。学生時代はそれなりに自由で刺激的なことも多いが、社会に出、結婚すると、そうもいかない。

 が、見方を変えれば、別の刺激と出合うともいえる。家庭的なことをよい刺激と感じ、喜べる男性は幸福だ。そんな男性と結婚した女性も幸福だ。

 わたしは結婚して、夫の実家があまりにも男尊女卑的であることに驚き、家事能力といった技術的なことはさておき、家庭的なことにあまりに無知で、普通の男性であれば自然にか必要に迫られるかして知るようになる家庭的なこと、テレビ番組の言葉を借りていえば、日常生活の豊かさに開眼しない不安があった。

 わたしの働きかけで少しは変わってきた気もするが、この先に期待できるだろうか。

 ブログ散策していると、女性の中にも依存症タイプは多そうだ。仕事が隠れ蓑となっていることが多い。

 わたしも日常生活の豊かさを知ったのは結婚してからで、案外仕事を持っていたら、仕事中毒の家庭知らずの人間になったかもしれない。

 だが、本当によい仕事は、日常生活の豊かさに立脚しているものだという気がする。日常生活と切り離した人間の生は考えられず、多くの仕事は日常生活を快適にすることと関係しているからだ。

|

さっぱり、『かじきの薬味づけ』

さっぱり、『かじきの薬味づけ』
 「あっさり味のおかず」(主婦の友社、2007年)には、食欲のないときにも作ってみようかなと思わせるレシピが沢山載っています。

 『かじきの薬味づけ』もその一つ。みょうががよい働きをしています。

 服部先生の『豆の中華風スープ 大豆とあさりで』も、美味しくて家族に好評。

 あさりは前日の夕方買って、野菜室に置いておきましたら、作るときまで元気でいてくれました。そのあと食べちゃって、ごめんね。

 どちらも、サイト内検索で、レシピを紹介した過去記事が出て来ると思います。

 オーブンで焼いただけの厚揚げには、わたしは柚子胡椒とポン酢をかけました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月16日 (土)

やっぱり心臓に悪かった特別送達

やっぱり心臓に悪かった特別送達
 昼間、地裁経由で届いた、父夫婦の準備書面です。

 普通の顔で配達してくれる郵便配達人もいるのですが、裁判所からの手紙は特殊な印象を与えるらしく、今日の人は「一体、何やらかしたんだ、この人?」という顔をしていました。元々、そんな顔つきなのかもしれませんが……。

 前回出した膨大な書証でさすがの父も力尽きたのか、今回出た準備書面と書証は盛大な打ち上げ花火のあとの余りのような地味なものでした。

 この裁判が終わった後、どうなるのだろうと思います。

 奥さんから離したら、父は元に戻りそうな気がしますが、離れないでしょうし、自分たちで精神科を受診したりはしないでしょう。

 15時過ぎにこの記事をアップしようとして保存にしたままだったところ、18時頃に前の記事で書いた狭心症の発作が起きました。たまたまでしょうが、何かトラウマになりそう。

 一休憩して、うっかり寝てしまったときに発作が起きたのですが、実は寝る前に、以前ネットの無料サービスを利用して作成だけしていた父夫婦のホロスコープを見ていたのです。

 奥さんのホロスコープ、天体同士の角度があまりにも乏しい……水星、金星、土星がノー・アスペクトです。尤も生まれた時間がわからないので、月の位置と上昇宮はわかりませんが。詩人(とわたしが呼んでいる学生時代の女性先輩)の天体同士が過剰に角度を持っているのと対照的です。

 松村潔著『完全マスター西洋占星術』(説話社、2004年)によると、メジャー・アスペクトを作らない天体は、天体としての意味を失っていると考えてよいようです。

「結果的に、人によってはその天体を示す面で引っ込み思案になったり、あるいは反対に発展性を人為的に『過剰補償』するところから出すぎた作用になる、という両極端の効果を持ちやすいのです」とあります。

 まだ見ている途中なので、今日のところはこれで。

| | コメント (0)

また起きた胸痛に、舌下錠

また起きた胸痛に、舌下錠
 また錐を突き刺されたような痛みが、胸の真ん中で起きました。

 夕飯後に飲む薬がまだでしたが、舌下錠を先に使いました。

 前回舌下錠を使ったあと、すぐにメディトランステープを貼っていたら防げたかもしれません。かぶれるので、わたしはつい敬遠しがちになりますけれど。

 このところ狭心症の発作が起こりがちですが、おなかパンパンの症状を伴ったものではないので、発作の痛みさえ鎮まれば普通に動けます。

 でも、何度体験しても体がフリーズしてしまう嫌な痛みです。

 そういえば、2回の発作が起きる前に前兆だったと思われる歯痛がありました(虫歯はありません)。

|

午後6時頃、舌下

午後6時頃、舌下
 夕方、もう夕飯の支度にかからなくちゃと思いながら、一休憩と思い横になって、寝てしまいました。

 何か夢を見ていて、いきなり胸の真ん中に錐を突き刺されたような痛みが。寝ぼけていて、なかなかニトロを取り出せず、焦りました。

 もう7時近く。遅くなったけれど、これからごはんを作ります。娘から今「コンビニにいるけど、アイスクリームいる?」と誘惑の電話。

 まだ痛みが完全には消えません。追加を迷うところ。

| | コメント (0)

2009年5月15日 (金)

循環器クリニック受診、追記

 先日の循環器クリニック受診の際に、新型インフルエンザの騒ぎのことがあるので、念のために看護師さんに尋ねてみた。

「風邪症状があって受診したい場合は、保健所に電話して、指定された病院に行かなくちゃならないんでしょうか? ここへ直接来るのはまずいんでしょうね」とわたし。
「あらあ、直接いらして構いませんよ。皆さん、熱があったり、咳が出ていたりしても、いらしてます。検査してみないと、インフルエンザかどうかもわかりませんから。周囲に、海外で新型インフルエンザの多発している国に行ったという方でもいらしたら別ですが、そういうことでもなければ、普通に受診なさってください。マスクをかけてね」と看護師さん。

 普通に行けるらしい。よかった。インフルエンザに罹って、喘息発作が出、呼吸が何度も止まりそうになったときのことが忘れられない。あのときはタミフルが劇的に効いた。

 処方していただいたのは循環器クリニックでだったけれど、あとで呼吸器クリニックでそのときのことをご報告したら、わたしのようなタイプはタミフルなしでは命にかかわるといわれた。

 悠長にまずは保健所……などとやっていたら、死んでしまう。

 新型はタミフルとリレンザが効くらしいからいいが、そうでないものが来たら怖い。効いても、在庫がなくて処方して貰えないとなると、わたしのようなタイプは人生を諦めたほうがよさそうだ。

 喘息になるまでは、風邪やインフルエンザで病院に行ったことはないくらいだったのに。今じゃ年中びくびくしている。

|

久しぶりのアボカドスープ

久しぶりのアボカドスープ
 久しぶりに、服部先生のレシピで『アボカドスープ』をしました。本当に美味しい!

 『きゅうりのナムル』も服部先生のレシピを参考にしたもので、どちらも《サイト内検索》でレシピの紹介記事が出てくると思います。

 メインは、脇雅世先生の『ポークソテー きのこのクリームソース』のレシピを見て作りました。いずれ、プチにてご紹介したいと思っています。

 スープに浮いているのは、前の記事に出てきたうちのイタリアンパセリ。ポークソテーにかかっているのも、うちのカーリーパセリです。重宝しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月14日 (木)

すくすくイタリアンパセリ

すくすくイタリアンパセリ
 夫が植えてくれたイタリアンパセリ。そろそろ使えそうになってきました。

 お隣のカーリーパセリと仲良しです。

| | コメント (0)

前兆にテープ次いで舌下錠

前兆にテープ次いで舌下錠
 今朝は、起きてしばらくしたら軽い吐き気、左腕のだるさ・痺れ、背中から左肩にかけてのひどい凝りがあり、これは疑うまでもなく狭心症の前兆だなと思いました。ただ、しきりに痰の出る症状もありました。腹部の膨らみ・張りは感じませんでした。

 狭心症の前兆を覚えても、軽ければ、いつもの朝の薬を飲むだけでよくなることがあるので、服用しましたが、よくならず。これが、前の記事を投稿した9時過ぎのこと。

 それではと、次のソフトな対処法として、沢山在庫があるメディトランステープを貼りました。それでも吐き気、肩の凝りはひどくなるばかり。11時半頃になって仕方なくニトロペンを舌下。効きました。

 やっぱりこのわかりやすい狭心症の症状と、動悸がしておなかが膨らむ症状とは別物という気がするなあ。別々に双方が存在していて、ときには混合して起きている場合もある気がします。

 不思議なことに今の先生は心不全を否定され、前にかかっていた先生方のほとんどは狭心症を否定され(若いからという理由で。冠攣縮性狭心症なら若くても起きるのに)ていました。

 わたしが不思議でならないのは、インデラルの副作用として心不全と狭心症のどちらもが起きる可能性があるというのに、どうして他方を簡単に否定できるのかということです。

 副作用を警戒して定期的に心臓のレントゲンと心電図を撮ってくれたのは、わたしの不整脈をホルターで発見してくれたC先生だけでした。

 膵炎の治療を受けたのもこのC先生からで、そのときはいろいろな検査を受けました。便に脂が出ていないかということまで調べてくれたのはこの先生だけで、そのときは脂が出ていたのです。

 患者のいうことを頭から否定しなかったのは本当にこの先生だけで、安心感がありました。開業されるときに「ついてくる? ちょっと遠いかな?」といってくださったのは、今思えば、わたしの病気がわかりにくいものだったからではないでしょうか。ついて行けばよかった……地の果てまでも。

 その前もその後も、教科書的でないと、ろくに検査もせずに訴えを否定されることばかり。今の先生は、よいほうです。でも名医なのは一般的な心臓病患者にとってであって、わたしにとってもそうだとは思えません。わたしはやはり、不整脈専門医にかかるべきだったのではないでしょうか。今からでも遅くはありませんけれど。

 C先生は不整脈専門医ではありませんでしたが、友人が専門医で、連携して治療に当たってくださっていました。そのありがたみが今頃になってわかるなんて、わたしも相当な馬鹿ですね。

 ただ狭心症の症状に関していえば、大学時代からあったのです。ヘビスモーカーだった時期があり、その頃に何度か胸痛がありました。若かったのであまり気にしませんでしたが、あの痛みは忘れられるものではありません。

 結婚後は子供がほしかったので、煙草を止めました。

 頻脈を初めて自覚したときのことは、はっきりと覚えています。息子をベビーカーに乗せて、娘を幼稚園に迎えに行ったときでした。疲れやすくはなっていましたが、そのときは強い動悸のために体が揺れていると感じるほどで、娘が出てきても、すぐには歩き出すことができませんでした。

 こうしたことから考えると、冠攣縮性狭心症はインデラルの副作用で初めて出て来たわけではなく、それ以前から存在したのであって、インデラルのために発作が起きやすくなったといえるのではないでしょうか。頻脈が出て来たのは、2人目を産んだ3年後くらいからです。

 今の先生は、狭心症のコントロールはベテランのようですから、その点では本当にありがたいです。

 わたしの体は謎だらけではあります。ベテランの先生方を困らせる厄介者です。コブも不整脈も何もかも、全部が一続きとなって存在する新しい病気なのではありませんかね? わたしがドクターなら、自らを徹底して研究して論文を沢山書き、一個の学説を形成して『マダムN病』と命名するのに……(?)

|

いわしのカレー揚げ

いわしのカレー揚げ
 昨日の夕飯に、土井勝先生のレシピで『いわしのカレー揚げ』を作りました。

 カレー粉でいわしの臭みが消え、お子さまにも喜ばれそう。パソコンが直ったら、プチのほうでもご紹介したいと思っています。

 ここでは衣の材料と天つゆの作り方だけ、『土井勝 日本のおかず500選』(テレビ朝日コンテンツ事業部)からご紹介します。

○衣
小麦粉1カップ,卵1個と冷水4/5,カレー粉小さじ2

○天つゆ
しょうゆ・みりん各1,水3,削りがつお少々の割合で合わせ、ひと煮してこす。

 天つゆは、勿論どんな天ぷらにも。美味しい天つゆでしたよ。昨日使ったいわしは大きく、貫禄がありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月13日 (水)

12日に、循環器クリニック受診

 また夫のパソコンから記事の更新です。お気に入りに少し入れさせて貰ったりして、完全に寄生状態です。それなりに住み心地がよくなってしまいましたが、それでも何となく落ち着きません。早くパソコン、退院してこないかなあ。

 今日は朝から体調がよく、ベストコンディションのときからすると、体重は1キロ増。おなかは少しふっくらしている程度で、パンツも普通にファスナーが上がり、問題なく出かけました。

 本当は、おなかがパンパンの妊婦状態で、体重は2キロ増、尿がいくらか出にくく、動悸がして腹部から心臓にかけて苦しいようなときに先生に診ていただきたかったと思いながら、そのときのことをお話ししたところ、「珍しい症状だと思うけれど、狭心症の症状にはいろいろとあるからね。それは、狭心症の症状だったと思うよ。ニトロは狭心症にしか効かないから。おなかがパンパンって、ガスが溜まっていたようなことはない?」と先生。

 以前かかっていた福岡県の市立病院の先生であれば、これは心不全の症状とおっしゃったところでしょうが、今のかかりつけの先生は狭心症路線を貫かれます。わたしは患者なので、どちらが正しいのか、よくわかりません。

 ただ、今の先生にかかり始めた頃におなかの具合の悪い時期が続き、そのときにおなかがパンパンになることがよくありました。そのときは当然、ガスを疑い、消化器科まで受診したのですが、今はおなかの具合は悪くないのです。便通も普通にあり、ガスが溜まっている不快感はありません。わたしは先生にそういいました。

「筋肉ってことはない?」と沈鬱な表情で先生。先生はたぶん、脂肪とおっしゃりたかったのをオバサン心に遠慮して筋肉とおっしゃったのでしょう。

「中年太りで、脂肪は結構ついているとは思いますが、先生、脂肪はそんなに頻繁についたり落ちたりするものでしょうか? 家族も、妊婦のようだといいます。今日はパンツは楽に入りましたが、調子が悪くておなかがパンパンのときは……ちょっと失礼しますね」といって、わたしは上着をまくり、パンツのホックをはずしてファスナーを下ろし、それを両手で開いてみせました。「そのときは、ファスナーがここくらいまでしかあがらないんです」

 先生はぎょっとなさいましたが、わたしは本当にパンツのファスナーが上がらず、情けない外出を余儀なくされるときがあることを示したかったのでした。相手がドクターで、既に何度も、胸もおなかも見せた関係ですから、わたしは恥ずかしくも何ともないのですが、むしろ先生のほうが恥ずかしそうになさいました。

 さらに、「心不全の症状が出ていたという可能性はありませんか?」とわたし。「それはありうる」と先生。「しかし、どうだろう、違うと思うよ。そのときに診てみなければわからないから、そうなったときに受診して貰えればと思うが……そのときは出かけることは無理だわな」と先生。そう、そのときは出かける支度をしようという気が全く起きないのです。

 わたしは、以前かかっていた病院では心不全についてよく注意を促され、心臓の大きさについていわれたことも話しました。3回目くらいかしら。

 だいたいわたしは外では元気に見えすぎるみたいです。家で具合悪くぐったりしている図は、想像して貰いにくいと思います。娘も「ママは外では生き生きと見えるよ」といいます。専業主婦の特権で、よほど必要に迫られたとき以外は、体調のよいときしか外出しないせいもありますが、子供の頃からいわゆる「元気なよい子」を演じる癖がついているということもあります。

 わたしは、おなかパンパンの図が嫌ですし、原因をはっきりさせたいという思いが強く、先生とお話しした結果、調子のよいときの例として、そのときの胸のレントゲン写真と心電図を撮っていただくことになりました。

「普通の大きさのよい心臓だよ」と先生。

 普通の大きさというのが、わたしはどうしても引っかかり、小さいといわれたときのことを繰り返してお話ししてしまいました。その証拠となるレントゲン写真を以前かかっていた病院から貰ってきたかったけれど、捨てられてしまっていたことも。

 先生は、「患者の記録の保存は5年間でいいからね。今であれば、こうやってパソコンに取り込んで保存もできるから、いくらだって記録をとっておけるんだけれど」といって、机の下の箱を見せてくださいました。そこにデータが保管されているようでした。

 真相はわかりませんが、これで、まあまあのときの心臓の写真は保存されたことになります。やはり、一度、おなかがパンパンのときに受診して、先生に診ていただくてはならないと思いました(そのときは這ってでも行こう……と体調のよいときは思います)。そしてもし心臓が原因でないとすると、レッドクロスでかかっている内科のU先生にお話ししてみなければなりません。

 今回の受診では、おなかパンパンの謎は謎にとどまりましたが(先生がおっしゃるように狭心症の症状なのかもしれませんが)、いずれにしても、おなかパンパンになるときも、胸痛が起きるときも、動悸が止まらないときも、気候の変化とオーバーワークが重なるときに起きやすいということを先生は会話の中ではっきりさせてくださいました。従って、それに注意するようにということでした。

 薬はいつもと同じで、インデラル、ヘルベッサー、アイトロール、シグマートを40日分。それに、切れかかっていたニトロ舌下錠を10錠出していただきました。

|

2009年5月12日 (火)

井上薫著『裁判官の横着』( 中央公論新書)

井上薫著『裁判官の横着』

 書店勤務の娘が、このような本が出ているというので、読んでみたいと思い、買ってきて貰いました。

 中公新書ラクレ 292『裁判官の横着 サボる「法の番人」たち』(井上薫、中央公論新社、2008年)

 著者は、判事職を経た弁護士。

 これは私事ですが、肉親の目では、何らかの精神疾患を疑わざるを得ない父夫婦だけれど、生活がきちんとなされているために、人権保護の観点から病院に連れて行くこともままならず、遠巻きに見守ってきて10年。

 その父夫婦にあらぬ訴えを起こされて一昨年に調停(不成立)、そして現在、同じようなあらぬ訴えを起こされて地裁で裁判中。

 初めての裁判は、驚きと疑問の連続でした(興味がおありのかたは左サイドバーからカテゴリー「父の問題」へどうぞ)。

 交替する前の裁判官が、どう見ても訴状を読んでいないとしか思えなかったことが、その一つでした。

 ネット検索をしてみると、実際にそのような裁判官はいるようでしたが、前掲の著書にも「第二章 訴訟記録を読まない――弁護士に怒られる裁判官」とあります。

 目次をご紹介してしまいますと、

まえがき

第一章 和解を勧める――当事者のため? 自分のため?

第二章 訴訟記録を読まない――弁護士に怒られる裁判官

第三章 法廷での内職――似顔絵、別の事件の起案、居眠り……

第四章 現地検証をしない――想像で判決を書く危うさ

第五章 蛇足判決を書く――長く書けば書くほど楽

第六章 判例に服従する――自分の頭で考えなくなった

第七章 控訴審での一審判決引用――読む人の苦労をまったく考えない

第八章 最高裁判決の三行半――これぞ究極の「横着」

 世の中に藪医者と呼ばれる医者がいることは知っていましたが、藪裁判官がいるかもしれないなどとは考えたことがありませんでした。恐ろしい話です。またこれが恐怖映画の中の出来事ではなく、わが国の現実であるとすると、恐ろしい話では済まさせない重大問題です。

|

夫のパソコンから。小沢代表辞任のニュース。

 わたしと娘が画面を分けて使っているパソコンが故障して入院中なので、携帯からの更新が主になっています。

 携帯画面ですと、全体像が見えにくいので、夫のパソコンを借りて深夜、彼の寝息を聴きながらサイトやメールボックスの手入れ――というと庭みたいで変ですが――をしています。

 手入れと思わず書いてしまいましたけれど、サイトやメールボックスをしばらく放置しておくと、あたかも雑草が生えるみたいに、迷惑なあれこれが来ていて、それらを削除していると、ネット上の家の庭を綺麗にしている気分になります。

 民主党の小沢代表辞任のニュースには驚きました。小沢代表の発言はときどき変でしたが、辞任に至る過程も変でした。としか、いいようがありません。

 

|

2009年5月11日 (月)

整形外科受診

整形外科受診

  ※写真は記事の内容とは無関係の、ゆり。

 過日撮ったCTと今日の一般撮影では、過形成だか腫瘤だかわからない凸は大きくなったように見えましたが、それらが膝に悪さをしているようには見えないとのこと。

 やはり両膝のトラブルは、半月板からだろうとのことでした。階段では杖より、手すりを頼ったほうがよいそうです。

 先生が左脚、次いで右脚を掴んで、膝を曲げたり延ばしたり。痛くはなかったのですが、今にもロッキングしてしまいそうで、思わず「やめてください」といってしまいました。

 右と左とどちらが痛いかと訊かれ、どちらかというと右だが、左も右同様よく曲がらなくなって痛くなることがあると答えました。

「膝の表面が痛い? 中?」と訊かれ、全体が痛い気がしたのですが、どちらかというと「中だと思います」と答えました。

 6月8日の14:00からMRI検査を受けることになりました(30分前には受付を済ますこと)。

 診察は7月16日の12:00から。内科受診のあとに入れてくださいました。

 手すりに掴まっていては、博多駅での乗り換えに間に合いません。乗り換え時間を遅らせないと。裁判が終わってくれればいいけれど。

|

2009年5月10日 (日)

ゆり

ゆり

 母の日に娘が贈ってくれたゆりです。携帯での撮影は娘。モロゾフのプリンも貰いました。

 ゆりのよい香りがします。

|

動悸+胸痛+ニトロ舌下錠=0

動悸+胸痛+ニトロ舌下錠=0
 夕方から具合が悪かったのですが、夕飯後にいつもの薬を飲んでも動悸が治まらず、苦しくて、横になったり起きたりしていたのですが、そのうち胸痛も起きたので、舌下錠を使いました。

 それから1時間くらい経ちますが、よくなり、快適です。

 テレビでグインが始まりました。

 作戦会議が始まるのかと思ったら、奇跡に期待をかけるグイン。いつ戦いが始まるのかと思えば、俺が決めたときとグイン。……

|

あれこれ

 昨日は暑さのせいか、体調悪くて、胸は重く、おなかもパンパンに近かったのですが、今朝は快適なせいか(日中はわかりませんが)、胸は軽く、おなかもいくらか張っている程度で、体重は昨日より1.5キロも減りました。

 考えてみると、昨日のような体調の悪い日に循環器クリニックを受診すべきだったのでしょうが、瞼は鬱陶しく腫れていたし、胸からおなかにかけて苦しく、出かける支度をする気になれませんでした。日によって、体調が全然違います。

 今日は元気なので、エアコンの掃除をしようと思います。

 昨日、詩人(学生時代の文芸部の女性先輩をそう呼んでいます)から、夜、うろたえたような電話。

「わたし、昨夜遅くに電話しました? そして、そのとき、もう二度と電話しない……なんていったかしら?」と彼女。

「そんなこと、なさいませんでしたよ。なぜ?」とわたし。「夜の薬を飲んだあとに、自分がわからなくなって、夢遊病みたいに電話することがあるんですよ」と彼女。

昨夜、遅くに、誰かに電話をかけ、もう電話しないと語気鋭くいった記憶だけが残っているというのです。

 その後、話しているうちに彼女は陽気になりましたが、わたしはそろそろ彼女といくらか距離を置こうと考え出しました。

 というのも、昨日の彼女の電話からは甘える感じが窺え、話しているうちに遠慮のない口ぶりとなり、統合失調症という病気がなければ、そんな打ち解けた関係も楽しいのですが、彼女の場合は親密すぎる関係が出来上がってしまうと、暗転現象を起こすことがあるのです。

 身近で支えて来られたご家族や元夫で親友の男性は、いわば彼女の手持ちのカードとなってしまっていて、自他の区別がつかない存在となることがあります。

 いくらか常に距離を起き、彼女が溶解しえない堅固な他者でいようとしてきたわたしの手法は、彼女にはそのような存在が必要だとの直感から生まれたものです。

 彼女の症状に怯えたり疲労したりして距離を置くのではなく、サポートのために車間距離をとろうとするのですから、このことで彼女に真の孤独を味わわせることはないと思いますが、さりげなく車間距離をとるには結構技術が要ります。

 こんな具合に、30年近く経っても、試行錯誤の友人付き合いです。

 彼女と昨年、博多のツンドラというロシア料理店で、娘も一緒に会いましたが、わたしがトイレに立ったとき、彼女が娘に「お母様のお蔭で、これまで生き延びて来られました」いったそうです。

 そのときわたしは、今後も程よい車間距離をとっていこうと思ったのです。

 昨年彼女に内緒で入院したことは失敗で、車間距離のとりすぎでした。ただの検査入院だから話すほどのことでもないと思ったのは間違いで、長い留守は彼女を困惑させ、失意に陥れたようでした。

 知的な人ですから、入院であれ、裁判であれ、他の込み入った事情であれ、彼女に話して理解できないことは凡そないといってよいくらいなのですから、きちんと話しておくべきことはそうすべきでした。

 物事の核心を話せる貴重さからいっても、魂の渇きを潤してくれる精神性の高さからいっても、わたしにこそ彼女は必要不可欠な存在といってよく、この世から彼女がいなくなることは考えるのも恐ろしいことです。

 互いが生き延びるために、これからもない知恵を絞らなくてはなりません。

 息子は、東京にもだいぶん慣れたみたいです。人事部による全体研修は連休前までで終わり、専門に分かれての技術研修が始まったとか。各部署への配属、勤務地が東京と大阪のどちらになるかは、夏にならないとわからないようです。

 ところで、驚いたことに、息子が入ることを予想し、期待もしていた部署は、何となくなってしまったそうです。それを全くやらなくなったわけではないようですが、4年後ぐらいに再び立ち上げる計画はあるものの、今のところはなく、息子にとっては寂しいものがありそう。それでも、計算科学がやれることは間違いないそうなので、この時勢では、こんなことも仕方のないことでしょう。 

 でも、これで、勤務地がどちらになるのか、全くわからなくなりました。どちらも同じくらいの人数がいるそうですし。

 息子の社会人ドクター計画は変わらないようで、できれば来春から会社勤めをしながら研究室に籍を置きたいとか。いずれにしても、論文のことで、教授とは連絡をとる必要がある様子。

 会社では、技術研修でアメリカ、カナダなど海外に行かされることがあるそうで、ドクターコースへの進学計画を考えても、英語は必要らしく、勉強を始めたとか。

 大学受験では英語がネックでしたが(まあそれで教授に出会えたというトリックスター的なところはありましたが)、その頃に比べると、使う機会も増えて、そんなに苦手ではなくなったようです。それでも、英語をするよりは歴史の本を読んでいたいでしょうね。

 今息子が読んでいる歴史の本の戦後史に、三島由紀夫が兵役逃れの例として採り上げられているそうです。

|

2009年5月 9日 (土)

わあ、テレプのファイルだ〜!

わあ、テレプのファイルだ〜!
 娘が『ダ・ヴィンチ』を買い、付録の『テレプシコーラ』オリジナルクリアファイルをくれました。

 何挟もうかな〜(わくわく)。51歳でも、嬉しいものは嬉しいのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

瞼が腫れて憂鬱。遺跡のこと。

 昨晩は珍しく、朝まで目が覚めず、起きたら、瞼が腫れていました。

 循環器クリニックへ行くつもりだったのですけれど、鏡を見て憂鬱になり、やめました。

 めったに目が腫れることはなかったのに、なぜか今年の春くらいからよく腫れるようになりました。

 アレルギーのせいでしょうか。呼吸器クリニックの受診は2ヶ月に一度なので、まだ先ですけれど、呼吸器クリニックはアレルギーの専門でもあるので、訊いてみようと思います。

 前回の受診時に、鼻炎っぽいときは、フルタイドを吸い込むときに、鼻のほうにまで行くような吸い込みかたをすれば、そちらにもいくらか効果があると教わりました。弱いとはいっても、ステロイドですもの、そりゃ効果はあるだろうなという気はします。

 循環器クリニックへは、12日までに行けば、薬は大丈夫。11日……月曜日の午前中がレッドクロスの整形外科なので、ついでに? そのあと、循環器クリニックへ行こうかな。

 今月は地裁に行かずに済むので、宇佐神宮と映画に行きたいね……と家族で話しています。

 ただ神社へ行くとなると、ロッキングする膝が問題です。整形外科で先生に訊いてみようと思います。

 宇佐神宮へ行こうとしたら、地裁から、初めての特別送達が届いて(1月21日)、それどころではありませんでした。

 娘、息子とは岡山で吉備津神社へ行きましたが、宇佐神宮へ行かないとすっきりしません。

 宇佐神宮の後継者問題がニュースで採り上げられていましたけれど、あれはどうなったのでしょうか。

 宇佐神宮は中国と関係が深いのではないかと思っていたら、それを裏付けるような資料に出合ったのに加えて、わたしの母方の祖母の家系がやまとのあやと関係がありそうだ(つまり中国と関係がありそうだ)とわかり、興味は深まるばかりです。

 卑弥呼の時代、両地域は同じ文化圏に属していたと考えられているからです。

 祖母の家系が中国からの渡来系であったとしても、年代の問題があり、そこまで遡るのは無理があるのかもしれませんが、いずれにしても、両地域は時期を同じくしてかずれてだか、中国との関わりが直接的な形であったことが考えられ、そこに卑弥呼の時代を解く鍵がある気がしています。

 祖母の実家が所有していた時期があったのではないかと想像する土地にある遺跡に、そんなことは全然思っても見なかった頃(昭和61年)に出かけ、強い印象を受けたわたしはそれをエッセー風の小品にしました。その断片をご紹介します。

[環濠内をめぐる。塵一つ落ちていない。「まむしに注意」の立て札が立ち入り禁止区域のあちらこちらにあった。復元された物見やぐらを仰ぎ、高倉倉庫を見、堅穴式住居に入ってみた。炉跡やベッド状遺構といったものを眺める。此処が布や壺や花で飾られていたとしても、わびしいものだ。弥生人の心境になって雨の音を聴く。ガイド・ブックには、この住居跡は弥生時代後期のものとあった。卑弥呼は弥生時代後期に活躍した。うーむ、「ぎ志『倭人伝』」に描かれているゆたかな文化と今わたしがその時代の人として味わっている文化が重ならないではないか。所在ない気分となって、わたしは堅穴式住居から出た。]
[雨の中、墳丘墓展示館がほの明るい。六基のかめ棺が穴の中で浮かびあがっていた。幾層にも土をつき固めた墳丘深く、崩壊したかめ棺があり、かめの中に半ば埋もれたかたちで(レプリカだろうが)銅剣とライト・ブルーの管玉が見える。土肌のなめらかな白さが、豪華だ。かめの内の闇に翠色の光が溶け込んでいる。深々と覗き込んでいたわたしは、ふと思った。かめの中の闇があかしの闇であることを。この闇が失われたものの闇であることを。]
[わたしは改めて、かめの内部を見た。半ば埋もれた、銅剣と管玉を見た。「わたしは高貴に生きたのです」と、闇が語ったのではなかったか。そんな気配をかめ棺の中の品性にわたしは感じ、求めた。求めずにはいられなかった。]

 携帯で書くのは一苦労ですね! なぜか(三国志に出てくる例の)『ぎ』が漢字に変換できませんでした。

 で、あのときわたしは本当に闇が語りかけてきた気がしたのです。気品のある闇……そのときまで、そんな闇をわたしは知りませんでした。これも、いわばmissing linkですね。

 父夫婦の起こした裁判で一緒に被告にされた従兄は、役所に勤めていますが、以前、あの遺跡のお蔭でイベントなど増え、忙しくなったとぼやいていました。

 わたしの母方ばかりか父方もあの土地に関わっていることが、不思議です。尤も、父母は遠縁であった可能性もあり、それほど不思議ではないのかもしれませんが。それでも、精神疾患の疑われる父の集めた書証の中に母方の祖父母の戸籍まであるなんて、偶然というには出来すぎています。

 わたしはいくつもの偶然(実は因縁かも)に導かれるようにして、卑弥呼の時代をリサーチするようになりました。

 その思いの核にあるものは、当ブログでも公開しているエッセー『卑弥呼をめぐる私的考察』にも書いたように、老子哲学の粋が、卑弥呼の時代にはわが国に伝わっていたのではないかというインスピレーションでした。

 生命の尽きるぎりぎりのときまで、アクティブに遊び、現実的な成果をあげることにチャレンジし続ける姿勢が賞賛され、いくらかでもそのための時間を延ばそうとする知的技術ばかりが求められているかのように見える現代日本。

 アメリカ的というべきか、現世利益思想でも本家の中国的というべきか、千葉敦子さん辺りの影響が案外強く、日本人の死生観を変えたのかもしれませんが、いずれにしても日本人の価値観は大きく変化し、得たものもあった代わりに失ったものも大きいという気がしてなりません。そんな中で、卑弥呼の時代の思想的背景を探ることは、わたしには意味のあることに思えるのです。

 気ままな長文になりましたが、卑弥呼関係の記事にはサイドバーから行けます。

|

2009年5月 8日 (金)

スイカバーと彼女の童話

スイカバーと彼女の童話
 
  暑いので、娘に買ってきて貰い、ロッテのスイカバーを食べました。

 今夜も詩人(学生時代の女性先輩をそう呼んでいます)から、電話があるかしら。

 どうも統合失調症の病状がよくないみたいで、「落ち着かないみたいですねー、居ても立ってもいられないという感じなんでしょ?」というと、「そうなの!」と彼女。

 昨夜は、送って貰った、猿とウルトラマンとタイガーマスクとお地蔵さんが出て来る童話を話題に出しました。タイガーマスクは孤児院のおかあさん。

「1章と、皆でダンスを踊る大円団の2章の間にもう1章要りますね。話の移り変わりが唐突すぎますよ。でも、随所に出て来る冴えた描写はさすがですね」とわたしがいうと、彼女の反応が鮮明に。

 いくら彼女が悪ふざけして書いても、天才肌のアンヨが見えてるんです。

 そういえば、読んだことはなかったのですが、テレビでグイン・サーガを観ました。これにもタイガーマスクが出て来たのでびっくりしましたが、あれがグインなのですね。

|

ひさしぶりに筑前煮を作りました

ひさしぶりに筑前煮を作りました
 昨日の夕飯に、土井勝先生のレシピを見ながら、久しぶりに『筑前煮』を作りました。

 亡くなった母は土井勝先生の料理の本から多くを学んでいたと思われ、本を購入してから既にいくつか作りましたが、その味は、なつかしい母の味と重なります。

 書店勤務の娘から教えられてわたしが購入した本は、息子さんである同じ料理研究家の土井善晴先生が監修された『土井勝 日本のおかず500選』(テレビ朝日コンテンツ事業部、1995年)です。

 本体価格2,427円。この値段で、わが国の家庭料理の原点にふれることができ、基本をマスターできるのですから、本当に安いと感じます。

 頁をめくっていくだけで、何とも大きな、温かで、ゆるぎないものに抱擁されているような安らぎを覚えます。わたしが料理の本に感動することは珍しくありませんが、涙まで出てきたのは初めてで、自分でも驚きました。

 本の帯には「親から子へと語り継ぎたい日本の味。家庭の味にこだわりつづけた料理研究家土井勝の日本のおかずの集大成」とあります。また、息子さんの「“家庭料理は、ご飯と一緒に食べておいしい味にするように” 父が残した“日本の家庭料理の原点” 時代が変わっても変わらないよさが日本のおかずにはあるのです」という言葉が、一輪の花のように添えられています。

 本の中の一品『きゅうりとたこの酢の物』を作ったときに、茹でだこに酢を振りかけて酢洗いするようにとあり、そうだった、このこまやかさ、丁寧さこそ、わたしが求め、そして忘れかけていたものだったと思いました。

 この記事は携帯からですが、修理に出しているパソコンが戻ってきたら、プチのほうで、土井勝先生の筑前煮のレシピをご紹介しますね。

| | コメント (0)

近藤くんへ

約一名のおばさんから伝言を承りましたので、公開書簡とさせていただきます。

「これからも応援していますね。マダムNさん? はて、どなた?」

| | コメント (0)

2009年5月 7日 (木)

パソコンを本日入院させました

パソコンを本日入院させました

 休日の夫に、パソコンを買った電器店に持っていって貰いました。

 その電器店の修理部門では無理で、やはりメーカーに出すことに。

 ファンが壊れているか、あるいはOSの不具合ということも考えられるそうです。10日程かかるだろうとのこと。

 めったに外出することもないわたしですので、ブログの更新も、その間は夫のパソコンを借りる以外は携帯が頼りです。寂しいなあ。

 ところで、先日電器店で見ていたら、今は新品でも結構安いパソコンがありますね。

 今は娘と共用なので、それぞれのパソコンを持ってもいいねと話したりしました。互いに、相手のほうが購入してくれないかなあと探りを入れる感じで……。

| | コメント (0)

料理の記事をアップしました

 当ブログのサポートブログ「プチ・マダムNの覚書」で、このところ雑誌を見て作った中から、特に美味しいと思ったレシピをご紹介しています。

ほうれん草のクルトンがけ
http://noix-n.blogspot.com/2009/05/blog-post_3768.html

豚肉とれんこんのごま酢焼き
http://noix-n.blogspot.com/2009/05/blog-post_07.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 6日 (水)

元気に育っているパセリです

元気に育っているパセリです

 写真は夕飯の一品だった魚の塩焼きですが、飾りにパセリを使いました。植え替えてから、初使用です。

 イタリアンパセリも、元気に育っていますよ。

| | コメント (0)

続・騙し騙し。ホフマンの『スキュデリー嬢』。

 明日、連休中も騙し騙し使ってきたパソコンを修理に出します。どれくらいで帰宅できるかしら。

 この記事もパソコンで騙し騙し書いていて、普通に使用できてしまうのですが、オーバーワークかなと心配になる頃に案の定、ジーという音がし出すので、修理に出したほうがいいみたいです。

 5年間の保障契約の期間中でもあり、まだ引退には早いと思うので、無事復帰して? 頑張って貰いたいと思っています。

 わたしの心臓もこの連休中はもう一つで、調子が悪いとふくらみがちなおなかも、ふくらんだままです。家族は普通に仕事だし、別に何処へ行くわけでもなかったので、それでもよかったのですが、本当のところ、心臓の不調と腹部のふくらみが関係あるのかどうか、自分ではわかりません。

 前回の循環器クリニック受診の際に、そのことを先生にいってみたのですが、先生はとても念入りに聴診器を当てられて、何か考えていらしたのですが、それについてのお言葉はなく、薬は同じでした。

 昨日は買い物に出かけたのですが、おなかがふくらんでいて、パンツのファスナーが上まで上がりませんでした。調子がよいときは楽々上がることを考えてみると、やっぱり変です。普通に太ってこうなったとは思えません。胸の高さと腹部の高さが同じくらいにまでなっていました。

 ファスナーが上がらなくても、一応落ちてくる心配はなく、上着でごまかせるので出かけましたが、ファッションがこんな壊滅的有様だと買い物も冴えませんでした。

 すっきりとしたおなかのことを書いたのは、先月の17日のことでした。その記事がなければ、本当にわたしのおなかが出ていないことがあるなどとは思えないくらいです。今は、どう見ても妊婦状態ですものね。

 あまり自覚はないのですが、軽い胸の重さ(苦しさ)は慢性的にあり、横になるとよけいに苦しいので、寝るときは頭のほうをかなり高くします。目覚めると、胸は石を入れたみたいですし、肩から両腕まで何だか痛い。

 前の記事のニトロ舌下錠の写真は、それで朝使ったものです。狭心症の発作という感じではなくて、切羽詰った症状はありませんでしたが、具合が悪くなったときは舌下錠を――と前に先生がおっしゃったことを実行。

 1錠では楽にならなかったので、もう1錠。胸の辺りが涼しくはなりましたが、元気いっぱいという感じにはならず、まあ贅沢をいっても仕方がないかという感じです。まだ小旅行の疲れがとれていないのかしらね。

 パソコンが戻ってくる頃には、元気いっぱいになっていたいものです。

 午後、BS2で観た『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』は、結構面白かったです。

 読もうとして放置状態だった偉才ホフマンの『スキュデリー嬢』(吉田六郎訳、岩波文庫)を、再び読み始めたところですが、ホフマンは面白いですね!

 ホフマンの『クルミわりとネズミの王さま』を子供の頃に読み、めくるめくばかりの煌びやかな作風、手に汗握る展開に、子供ながら呆然とした記憶があります。その『クルミわり』が岩波少年文庫から上田真而子訳で2000年に出て、手元に置いておきたいと思い、購入して数年になります。

 ホフマンは1776年生まれのドイツ・ロマン派の作家として知られているばかりか、画家、音楽家、脚本家でもありましたが、本来は法曹界の人で、ちくま文庫から出ているホフマンの『悪魔の冷酒』(深田甫訳)の解説によると、彼が法律を学んだケーニヒスベルク大学は当時、カントが牙城としていたとか。

新入生にはその哲学や論理学が必須科目となっていたが、ホフマンには関心のもてない講義のようであった。

 ホフマンは閉じこもって自習に励んでいたようで、カント哲学の思想的位置づけはともかくとして、何だかもったいないような話ですね。こんなものかもしれませんが。『クルミわり』の訳者あとがきによると、ホフマンは、

本職の裁判官としても、非常に有能な、しかも権力に屈しない公平な裁きをした人であったようです。

 ところで、今年に入ってから、わたしは精神疾患の疑われる父夫婦から、身に覚えのないことで訴えられました。〔興味を惹かれた方は、左サイドバーにあるカテゴリー《父の問題》をクリックしてご閲覧ください。〕

 ろくに読めもしないような訴状が民事裁判所に受け付けられたこと自体、衝撃的な出来事ではありましたが、それでも、あっというまに裁判は終わるだろうと高をくくっていました。

 それが意に反して、そうはならず、裁判官次第ではどんな運命に落とされるかもしれないという恐怖の体験をすることになりました。そして、まだ裁判中です。でも、裁判官が交替して、雰囲気がずいぶん――よいほうへ――変わったのです。

 これは今の日本における出来事であり、そこにはいろいろな問題が隠れていそうな気がしていますが、ホフマンが描いた世界における裁判といえば……。

 『スキュデリー嬢』はルイ14世統治下のパリが舞台で、火刑裁判所が出てきます。全く、ぞっとさせられる裁判所です。

 スキュデリー嬢は「平素は気品たかく、そのうえ、老人に似ず愛らしさ、上品さ、そのものであった」「品のよい詩と、ルイ14世やマントノン夫人の知遇で知られた人」と作品では描写されていますが、どうも実在した《当世風作家》だったようで、ホフマンはどういうわけで実在した人物をモデルに選んだのでしょうか。

 実在した人物をモデルにしたフィクションと見てよいのでしょうが、そのスキュデリーがどんな事件に巻き込まれ、どんな行動をとることになるのか、今後の展開が楽しみです。 

|

騙し騙し

騙し騙し

| | コメント (0)

2009年5月 5日 (火)

友人とちょっと重いおしゃべり

 詩人(とわたしが呼んでいる学生時代の先輩)が最近落ち着かず、何だか支離滅裂なことばかりいうし、しきりにわたしに助けを求めてきた。

 わたしは昔から、彼女にとって、藁よりはいくらかましな木片なのだ。

 彼女が藁にも縋るほど心乱れていて、妄想に蹂躙されているときでも、そこまでなる主要な原因が必ずある。これまではそうだった。

 彼女の統合失調症の波から逃げないで、じっくり相手にならなければと思いながらも、わたしはそうすることを避けていた。

 そうなると、彼女は手をほしがる子供と同じだ。

 一昨日の午前中電話があり、出そびれたが、詩人だろうと思った。

 2時間後にまた電話があり、留守電に入れる彼女の声がしたが、わたしは迷いつつも出なかった。彼女らしい礼儀正しい話し方だが、うつろな感じで底知れない陰気さを伴っている。

 彼女はよく聞き取れない声で愚痴をこぼし、次いで忙しいわたしの心配をし、電話してくれといって切った。

 電話してくれといっている、もう逃げられないぞ、勘弁してくれ……相手にならなかったら彼女は自殺するかもしれない(昨年2度未遂があった)。ああご自由に。そこまで知るもんか。わたしのせいじゃない。父たちだって知るもんか。疲れているんだ、わたしは。何だってわたしの周りには、キチガイとかそれに近い人間ばかりいるんだろう。わたしの末路もそこへ行き着くんだろうな……と思った。

 裁判官が替わったことで、今年の2月から専念せざるをえなかった件の解決は近いと思われたが、父たちのことが解決するわけではない。そんな鬱々とした自身の悩みや体調の悪さもあり、詩人の病状がよくないことはわかっていながらも、このところしきりにかかってくる電話が億劫で、わたしは忙しさを口実に無難に応じていた。

 そして、留守電のときは出たくなかったのだ。それが夕方まで続いた。彼女をずっと支えて来られたご家族のお顔が浮かんだ。とりわけ、お母様のお顔が。そのお顔は、わたしの記憶の中では、昔お目にかかったときのままだ。

 夜になり、夕飯の支度が一段落したところで、よし、取り組もうと思い、電話をかけた。木片になる覚悟を決め、一緒に漂ってやるさと思う。

「お待ちしていました」と彼女。

 彼女は敏感な人なので、受け入れ態勢? の整ったわたしの雰囲気を感じとったらしく、やや明るいムード。

「で、彼と会って怖かったんですって? どうしたんですか?」と単刀直入に、興味深げに訊いた。聴く態勢さえ整えば、作家の卵のわたしには興味深くないことなど、およそこの世にない。

 こんなわたしの態度は、彼女を喜ばせる。妄想混じりの彼女の話ではあったが、ポイントを押さえるのに時間はかからなかった。それが、今回の彼女の不安と混乱の核心だろうと思われた。

 だが、その彼女の悩みは彼女に特有な悩みというより、多くの女性に共通する悩みといってよいものだ。それは、男に関する悩みだった。

わたしは毎日それに類したことを考えていると彼女に伝えた。別の男に逃避しようと考えたこともあるが、近頃はどの男も同じに見えてきたと我ながらトボけた口振りでいうと、彼女は噴き出した。

「結婚してからも、別の男性にときめくことがおありになりますの?」と、離婚歴があり、その離婚した男性と交際を続けている彼女は、貴族のような言葉遣いで少女のように訊いてきた。月一の割合であちこちの男にときめいてきたというと、彼女は爆笑し、わたしも噴き出した。

 元々がユーモアに満ちたセンスのよい会話をする人なので、こうなると楽しい。体調のよいとき、彼女は爽やかで素敵な人だが、妄想なのか悪戯なのかわからない会話が混じったりするのも、いくらか刺激的ではある。

 彼女は英語が上手で、近所の子供たちに教えていたが、わたしにある単語をいって、本来はないはずの意味を教えて面白がることがある。他にもわたしの記憶や能力を試されていると感じることが、普段でもよくある。子供みたいに茶目っ気があるのだが、これを書いている今でも、あの単語のことはからかいにしても、八百屋さんの話や秘密裏に行われたという同窓会の話は腑に落ちず、からかわれたのか彼女の妄想から出た話なのか判然としない始末。

 入浴していた娘があがってきた。娘は詩人のファンなので、電話を替わると楽しそうに話していた。

 あとで、「詩人さんの調子が悪いといっていたのに、ずいぶん爆笑していたね」と娘がいった。そう、楽しい会話となって、昨日は電話がなかったから、今回の嵐は過ぎ去ったと思う。

 こんな調子で30年近くやってきた。彼女には病気の波があるが、わたしにも気分の波があり、同情だけでは付き合えない。が、不思議にも赤ん坊が憎めないように、彼女本来の魅力に加えて、病気がもたらしたとしか思えない憎めなさがある。

 同様の何かしら憎めなさが父夫婦にもある。いや、わたしは憎んでもいるのだろうが……。

|

2009年5月 4日 (月)

再びラジコン〜!

再びラジコン〜!

 夫も操作になれてきたみたいで、滞空時間がいくらか延び、小さなヘリが部屋の中の空(そら)を自在に飛び回ります。

 本当に可愛いんですけど、この子はミサイル積んだ戦闘ヘリです。

| | コメント (0)

2009年5月 3日 (日)

タイトル未定短編小説のために #1

 同じこの世を生きていても、彼の世を視野に入れて生きる人と、この世でうまく生きることだけを考えて生きる人とでは、生き方がずいぶん違ってくることだろう。

 そのいずれの場合にも、段階が細かくあって、生き方は多種多様だ。同じ人間に見えているだけで、全く異なる生物がこの世を闊歩していると見たほうがいいくらいだろう。

 昨年の夏、レッドクロスに入院中、70歳くらいになる同室の患者さんが、当たり前のような口ぶりで、亡くなった彼女の夫が死後、火葬も何もかも終わったあとで、明らかに彼と感じさせる物音を家の中でたびたび立てた話をした。

 高齢の人々と話していると、こんなことは珍しくない。この世における政治・哲学・宗教・芸術などの流行がどうであれ、人間には本音と建前があるものらしく、大部屋での入院のような寝起きを共にする生活をしていると、建前に本音が溶け込んできて、思いがけない話が聴けるものだ。

 わたしは、人が死んだあと、彼の世に行くまでに、この世のことに整理をつけるための時間が――万人にかどうかは知らない――与えられることは確かだと感じている。

 その期間に起きたことを作品にしたものは少なくない。

 ニルスを書いたセルマ・ラーゲンレーフの『幻の馬車』(石丸静雄訳、角川文庫、昭和34年)はこの系列の佳品だが、おおかたの作品がわたしには嘘臭く感じられる。この世の建前がそんな作品にものさばっていて、つまらない。想像だけで作ると、そうなるのだろう。

 だから、わたしはこの期間に起きたことを題材とした自分にしか書けない作品を書きたい。 これこそmissing link――失われた環――だと思うから。現実以上にスリリングで美しいものは、この世にはないと思う。確かな感受力と描き出す知力・精神力さえあれば、現実は珠となるはずだ。

 第一段階としては、あまりいろんなことを考えず、とりあえずは手持ちの札を確かめることにしたい。知っていることを書いてみよう。料理でいえば、冷蔵庫の中にある食材を確認する作業だ。

|

2009年5月 1日 (金)

外付ハードディスク、現在の健康状態、同人雑誌、友人……

 BUFFALOの容量500GB、8,980円の外付ハードディスクを買い、無事バックアップが終わりました。妹は、何と2つも付けているんですって。

 パソコンは今は普通に使えるのですが、使っているうちにまた異常が出てくるでしょうから、連休後にやはり修理に出そうと思っています。

 体調は疲れがまだ残っているためか、何しろおなかが膨らんでいて苦しいです。少し何か食べてもパンパンになってしまって。これって、おかしいですよね、やっぱり。心臓は当然というべきか、不安定です。

 でも、わたし以上に詩人(文芸部の女性先輩をわたしはそう呼んでいます。彼女の詩はこちら)の健康状態は悪いみたいで、よく電話があり、作品も送ってくれますが、うーん、支離滅裂。ご家族がしっかり支えていらして、それゆえに今は電話も制限中みたいで、時間になると彼女は慌てて切りますが、本当にご家族は忍耐強い、すばらしい人たちです。彼女には糖尿病もありますから、会うときには、食事やお茶の内容には気をつけなければと思います。

 豚インフル、えらい騒ぎですね。幸いタミフルとリレンザは効くみたいですから、少し騒ぎすぎという気もしますが、どうなるのでしょう。わたしは前にかかったインフルエンザでは、タミフルで命拾いしました。

 午前中、同人雑誌の編集人からお電話があり、わたしの評論の中の「つんぼ桟敷」という言葉が差別語に当たる可能性があるから別の言葉に替えたいということで、替えていただくようお願いしました。

 今はこうやって自分(と娘)のパソコンから記事の更新をしていて、とても楽しいですが、フルには使えないので、この辺で。連休が終わるまでは、様子を見ながら、またパソコンから更新するかもしれません。ではでは。 

|

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »