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2009年5月 3日 (日)

タイトル未定短編小説のために #1

 同じこの世を生きていても、彼の世を視野に入れて生きる人と、この世でうまく生きることだけを考えて生きる人とでは、生き方がずいぶん違ってくることだろう。

 そのいずれの場合にも、段階が細かくあって、生き方は多種多様だ。同じ人間に見えているだけで、全く異なる生物がこの世を闊歩していると見たほうがいいくらいだろう。

 昨年の夏、レッドクロスに入院中、70歳くらいになる同室の患者さんが、当たり前のような口ぶりで、亡くなった彼女の夫が死後、火葬も何もかも終わったあとで、明らかに彼と感じさせる物音を家の中でたびたび立てた話をした。

 高齢の人々と話していると、こんなことは珍しくない。この世における政治・哲学・宗教・芸術などの流行がどうであれ、人間には本音と建前があるものらしく、大部屋での入院のような寝起きを共にする生活をしていると、建前に本音が溶け込んできて、思いがけない話が聴けるものだ。

 わたしは、人が死んだあと、彼の世に行くまでに、この世のことに整理をつけるための時間が――万人にかどうかは知らない――与えられることは確かだと感じている。

 その期間に起きたことを作品にしたものは少なくない。

 ニルスを書いたセルマ・ラーゲンレーフの『幻の馬車』(石丸静雄訳、角川文庫、昭和34年)はこの系列の佳品だが、おおかたの作品がわたしには嘘臭く感じられる。この世の建前がそんな作品にものさばっていて、つまらない。想像だけで作ると、そうなるのだろう。

 だから、わたしはこの期間に起きたことを題材とした自分にしか書けない作品を書きたい。 これこそmissing link――失われた環――だと思うから。現実以上にスリリングで美しいものは、この世にはないと思う。確かな感受力と描き出す知力・精神力さえあれば、現実は珠となるはずだ。

 第一段階としては、あまりいろんなことを考えず、とりあえずは手持ちの札を確かめることにしたい。知っていることを書いてみよう。料理でいえば、冷蔵庫の中にある食材を確認する作業だ。

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