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2009年4月14日 (火)

落ち着かない気分の春の日

 昨日は過ごしやすい春の日という感じで、夫がカーリー・パセリとイタリアン・パセリと土を買ってきてくれただけでなく、植え替えをしてくれました。

 ラベンダーは茎なんだか幹なのかわからないくらいの成長ぶりなのですが、よく見ると、花が開ききっていないので、しばらくは見守ります。

 わたしくらいの年齢になってくると、夫婦で土いじりというのは似合っている気がします。まあベランダでわずかの土をいじる程度ですけれど。いろいろある夫婦であっても、空とか鳥とか植えたばかりの初々しいパセリなんかを指差しての会話、何か若い頃にはなかった滋味が出てきたような……。

 評論をホームページに収録してしまおうと思いつつも、ついつい外に目が行き、作業をサボりたくなりました。『女弟子』のトップ画像を替えたり、リンクページの自分のサイトに説明を書き加えたりとそんなことをしただけ。

 そういえば、入った協会の文学賞の一次に通っていました。丁度入会の手続きをする頃に文学賞の募集があっていたので、ついでに(といってはナンですが)応募していたのです。

 もう文学賞応募はやめようと思いながら、悪癖のように出してしまいました。あちこちで名を見かけたつわものを数人見つけました。もうすぐ休刊になる同人雑誌の仲間の名もありました。彼は、協会の別の賞の最終候補にも名が挙がっていました。

 昨夜、協会の雑誌に掲載されている小説を2編読みました。『三*文学』に掲載される小説と似ているなあ。いずれも現在の社会状況を絶妙に捉えた作品で、思わず読み耽ってしまいましたが、一編の終わり方はあれは何なのでしょう? 呆気にとられる終わり方でした。

 技巧なのか、人生哲学の表現なのか判然としませんが、ちょっと中途半端ですね。もう一編は丁寧に書かれた好感度の高い作品でした。が、読み終わってみると、物足りない感じがしました。

 わたしもできれば、次の次(7月末)くらいの締め切りには出したいと思っていますが(会員は原稿用紙45枚までなら無料なので、40~45枚の短編を)、没になることも多そう。裁判もあるし。10月末の締め切りに間に合わなければ、その次は締め切りも雑誌の発行も来年になってしまいます。現段階では、会員継続するかどうかはわかりません。

 会費のことを考えると気が逸りますけれど、自身の作品のことをまずは考え、応募だの投稿などのことは考えず、枚数制限も課さずに、例の神秘主義的作品を仕上げたいと思っています。

 土曜日息子から電話がありました。社会人としての新生活に文字通り、揉まれている様子。駅員さんにぎゅうぎゅう押し込められる満員の東京メトロで、何と早くもスーツの背中の縫い目が破れてしまったとか。

 ビリビリと音がして、自分の服が何かに引っかかり、引っ張られて破れていくのはわかったけれど、身動きが全然できない状態で、なすすべがなかったとのことでした。たまたま2日前、寮の近所のスーパーに行ったときに、服の破れなんかを修繕するという広告を見ていたそうで、そこへ持って行ったようです。

 自転車を購入して会社まで行ってみたとのことですが、片道で30分はかかり、自転車通勤は諦めたとか。寮の食事は、家庭料理風ということです。ただ、メニューに偏りがあるとか。

 おかずが足りない夕食があったかと思うと、すき焼とウナギが一緒に出た夕食もあったそうです。昼食は、会社で弁当が売られていて、外食に出ることもでき、お昼代が500円出るというのは、ありがたい話です。

 全体での研修は連休前まで。同じ部署に配属される5人のうち、息子以外に同じ寮に2人いるそうです。1人はドクターを出ているので、おじさんな感じとか。もう1人はマスター出の感じのよさそうな人だそう。

 会社では大学でしてきたような研究を続けることは無理なので、できれば来春からでも、可能であれば、社会人ドクターとして元いた研究室に戻りたいとの息子の希望です。働きながら研究室に籍を置くとなると、大変ではないでしょうか。

 息子のいた研究室には社会人ドクターがいたそうで、その人はかなり忙しい会社に身を置いていたそうですが、3ヶ月に1度のペースで来ていたとのこと。

 息子の入った会社は有給休暇を消化することを奨励しているため、最低でも2ヶ月に1度は有給休暇をとることになるので、必要なだけ研究室に顔を出すことは可能だろうとの話です。

 まあまだ研修中ですし、仕事を優先することは息子にとっても当然のことのようですから、先のことはどうなるのかはわかりません。息子なりにいろいろと考えてきていることは確かで、マスターからそのままドクターに行くことは金銭的に考えられなかったので、卒業、入社を果たしました。いつ行くかの課題はあるにしても、ドクターに行くことは計画のうちであるようです。

 研究室で身につけたことが錆びついてしまうのは耐え難いみたいで、書く道具さえあればいつどこででも好きな創作を続けられるわたしは、息子にとって羨ましいとか。息子が好きなことをするためには、研究室にある沢山のコンピュータたちが必要なのでしょう。

 マスター時代が研究室での仕事、自炊、バイトとフルに忙しかったためか、食事つきで決まった時間に帰宅できる今のほうがある意味では楽な様子。本格的に仕事に入れば、大変になるのでしょうけれど。秋には、基本情報技術者の試験も待っています。

 春に受けたかったようですが、論文、卒業、引っ越し、入社で学習の時間がとれなかったとか。

 わたしはこれから泌尿器科。そのあと、休日の娘と待ち合わせて遅いランチをする予定です。

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