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2009年4月の51件の記事

2009年4月30日 (木)

現在の体調と裁判雑感

 裁判のための小旅行疲れ。昨日は洗濯をした以外はほぼ寝たきりで、記事も寝ながら。

 一昨日の帰りの電車の中から食欲がなく、今朝は尿量も少なく、おなかは妊婦さんみたい。体調がよいと全く出ない痰も頻りに出るが、血痰は出ないし、おなかも最悪のときのパンパンではない。

 心臓は不安定だが、いつものように疲れがとれれば、出たおなかは引っ込み、体重は減り、痰はなくなって、尿も気持ちよく迸るようになり、心臓の調子も戻るに違いない。

 だいたいこんな風だとわかった。できたら今日は掃除は勿論、買い物に出て、料理もしたいが、買い物と料理の両方は無理だろう。無理をすると、心臓が悲鳴を上げて、おなかがパンパンになる。

 裁判の件はまだ片づいていないとはいえ、裁判官が交替したことで前進が見られ、ホッとした。

 それにしても、裁判官の質にむらがありすぎる。前の裁判官はひどかった! 交替がなければ、裁判とは恐怖政治さながらのカフカ的世界だと思い込んだことだろう。

 息子は心配してくれているが(こちらに来るつもりでいた)、裁判官に関するわたしの話は大袈裟だと思ったようだ。が、そうではない。わたしだって、まさかと思ったほどで、こればかりはじかにあの裁判官に接してみないと絶対にわからない。

 裁判というものの密室性が、あのような裁判官の隠れ蓑となっているのだ。許せないことだ。

 わたしたち被告は一般人としては注意深いほうで、知的レベルもたぶん低いほうではなかったから、書記官に促されるままに事件の解決を弁護士に依頼する……などということはしかなったが、交替する前の裁判官と書記官の組み合わせは何にしても恐怖と絶望感をそそったから、借金してまで高額の弁護士に依頼する人々がいたって不思議ではない。庶民にとって、借金するということは大変なことだ。そのことが、家庭崩壊や犯罪をうむことだってないとはいえない。

 父にいわれるまま、何のための署名だかわからずに署名した人々! あの人々は、こういってはなんだが、わたしたちと同じ状況下では、お金がなくとも書記官に勧められるまま弁護士を雇った可能性がある。

 一般人とは無知であって当然なのだから、裁判がその一般人を陥れるものであっては断じていけないと思う。

 また、父夫婦のように、お金と体力があり、生半可な知識を持つ、しかも極めて行動的であるような、狂った人々の扱いの難しさ!

 わたしは知らなかったが、妹がいうには、奥さんはオカルトにはまっていて、その類の本を沢山持っていたという。父は、大衆週刊誌から知識を仕入れるタイプで、事件物が好きだった。

 誰だって狂う可能性があり、狂ったときには普段の趣味が大きく露出すると考えたほうがよい。

 親子関係がもたらすものについて、わたしは子供の頃から考えさせられ(つまり考えざるをえない両親のもとに生を受けた)、創作の主要テーマとなってきたが、ここに至ってついにそれが肥大化して現実を飲み込んだかのようだ。

 この問題は、親と子という小さな問題に留まらないものをはらんでいる。親(組織)と子(個人)の問題として読み変えることも可能だ。国家と国民の問題としても読めるだろう。

 子は親を思わねばならないが、その親にはいろいろあって、いずれにしても、子は親に潰される脆弱なものであってはならないと考える。

 もう父夫婦の問題は、わたしたち姉妹にどうこうできるレベルのものではない。現在の人権保護の法律の下でこそ父夫婦は、いわば、したい放題のことができていることを考えると、この先、父夫婦のことを行政に任せたからといって、わたしたち姉妹に罪はないと思う。

 自分たちの身の安全のために、今後の父夫婦の言動いかんによっては、妹と調停を起こすことになるかもしれない。

 そうしたごたごたの前に、短編小説と児童文学作品を仕上げる時間がほしい。できれば、評論も。

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2009年4月29日 (水)

第3回口頭弁論のご報告

 裁判の朝、ホテルの駐車場まで、妹が彼女の愛車でわたしと娘を迎えに来てくれました。

 指定された法廷の前には既に被告仲間? の伯父、伯父の息子である従兄、叔母が待っていました。同じ被告仲間の小児科のお医者さんと、原告である父夫婦の姿はまだ見えませんでした。

 同じ階にあるトイレへ行って戻ると、叔母と妹が法廷の後ろの入口付近の壁に貼られた予定表を見ながら何か話していましたが、妹がわたしの顔を見るなり、「裁判官の名前が違っていない?」と訊きました。

 えっ? と思い、見ると、本当に裁判官の名前が違っていました。

 万歳、これまでの裁判官は3月までで異動になったんだと思いました。

 そんな淡い期待をしていましたが(何回か占ったタロットでは、そんな暗示が出ていましたから)、それが実現するとは想像していませんでした。

 どんな裁判官でも、あの裁判官よりはましなはずだと思われました。

あの裁判官は怖ろしかった……権力の上に居座った冷酷非情な態度、素人目にもはっきりしていた職務怠慢さ。

 裁判官が皆あんな風だとしたら、わが国の法制度は崩壊すると想われましたし、そうであれば裁判とは、悪い金持ちが貧乏人を追い詰めて楽しむゲームと化してしまうことでしょう。

 現れた裁判官は、福田元首相にそっくりでした!

 容貌だけでなく、飄々とした雰囲気や話し方も似ていました。違いといえば、頭が完璧なバーコード型に撫でつけられていたところくらいでした。

 書記官は同じ人でしたけれど、前の裁判官との組み合わせではオドオドした感じであったのとは対照的な堂々とした印象で、前の裁判官と話すときは目を逸らしたままでしたが、今度の裁判官とは信頼しているような柔和な表情でちゃんと相手の顔を見て話していました。

 淡々としたムードのうちに、前の3件がごく短時間で終わりました。

 わたしたちの番になり、引き立てられる家畜さながら、傍聴席からぞろぞろと出ていくと、裁判官がギョッとしたような様子を示しました。

 裁判が始まりましたが、裁判官は真面目な温厚そうな表情をしていて、その態度には、この事件に関してよく調べ、呑み込めていることを窺わせる偏りのない包括的な感じがありました。

 第2回口頭弁論が終わったあとで、この第3回口頭弁論が始まるまでに出された原告ら(父夫婦)と被告の一人(叔母)から出された準備書面について、裁判官は簡単な確認をとりました。

 そして、「双方の言い分がこれ以上ないということであれば、口頭弁論はこれで終結し、こちらで結論を下したいと思います」といいました。

 すると、父夫婦が不満そうに勝手に主張し始めました。

父は、叔母の準備書面にパスポートのことがあるが、彼女はそれには関係ないにも拘わらず、よけいなことまで書いているといい、奥さんはわたしが失踪好きで、パスポートを偽造して父を失踪させ、彼女も失踪したことにした挙げ句、今もわたしが失踪したままだと、原告席と向かい合わって数メートル先に位置する被告席に座ったわたしの顔を普通の顔で見ながら、主張しました。

 あとで娘が、「あんなことをいわれてムッとしただろうなと思って傍聴席からママの顔を見たら、ママの目、まん丸になっていたねー」といいました。

 だって驚くじゃありませんか。法廷にいるわたしの顔をしっかり見ながら、失踪中といえるなんて。

 わたしが準備書面に、彼女の話を聞いた限りでは、彼女が普通に故郷の青森の家を出たとは思えず、失踪とか家出に近い形で青森の伯母さんの元を離れたのでないかと懸念していると書いたことが気に障ったのでしょうが。

 裁判官は父たちの主張を呆気にとられた様子ながら、じっと耳を傾けていましたが、やがて毅然とした態度で「そうしたことは、こちらで判断を下すことです」といいました。

 そして、まだ何かいいたそうな父夫婦に「では、もう一度だけ機会を設けますから、そのときまでにいいたいことは出し尽くしてください」といい、全員に対して第4回口頭弁論の期日を告げました。

 そのとき従兄が「前にも同じことが繰り返されたわけですよ。そして、口頭弁論の度に、わたしどもはあちこちから諸々の犠牲を払ってここへ集まって来なければならないわけです。いいたいことは出し尽くしたということであれば、次回の欠席を許していただくわけにはいきませんでしょうか。どうか、そこのところ、よろしくお計らいくださいますようお願い致します」と、裁判官にいいました。

 裁判官はフランクさと折り目正しさの合わさったような態度で、穏やかに「あ、それでもよろしいですよ。被告の皆さんがもうこれ以上の反論がないということであれば、次回は欠席なさっても結構です」といいました。

 結論が下るのは、6月の終わり頃になるのでしょうか。

 その結論次第では、わたしたち被告は新たなる対応を迫られることになりますが、今度の人間味と良識を感じさせる裁判官がむちゃくちゃな判断を下すことはないだろうとわたしは想像しています。

 ただ、いずれにしてもこれで父夫婦の問題が片づくわけではありません。

 それについては、今後柔軟に考えていくことにして、まずは例の短編小説を完成させます。それから、娘の夏の連休に合わせて(ありがたいことに、またつきあってくれるそうなので)、秋芳洞に出かけることにしました! 

 勿論これは、ジュゲムブログで連載中の児童文学作品『不思議な接着剤』のための取材旅行です。

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2009年4月28日 (火)

わーい、裁判官が交替した〜!

詳しくは帰宅後に。

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arco joyの靴

arcojoyの靴

 朝からいきなり、足の写真でスミマセン。

 『arco joy』の靴です。元々ウォーキングシューズで有名なメーカーだそうで、膝にトラブルを抱え、病気のせいか、よく足が腫れる(実は今日の朝も腫れていて、窮屈です)わたしの足にも優しいです。

 歩きやすいということを第一にしながら、デザインにも色合いにも気を配られているそうで、なるほど、お出かけ用として悪くありません。

 お洒落なパンプスは、今のわたしの足には無理ですが、ズックじゃ寂しいものがありました。

 デパートの店員さんに訊いて、決めたのですが、正解でした。

関連記事:arco joyの靴、再び
         http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/06/arco-joy-f298.html

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ウェルカム・コーヒー

ウェルカム・コーヒー

コーヒーはエスプレッソ、アメリカン、ブレンドから選べます。カップは小さめ、コーヒーは薄目です。でも、これがあるのは嬉しいですね。

コインランドリー、自動販売機(アルコール・ソフトドリンク・タバコ)、お湯・氷。

ズボンプレッサーが各室階に設置されています。
ロビーに、コインFAX、コインコピー。
パソコンの無線LANサービス、レンタルサービス(ノート、500円/泊)もあります。短時間であれば、ロビーにあるパソコンを使えます。

ここからはいつものワタクシ的な健康の話題です。

ネット検索によると、半月板損傷の手術は腕のよいドクターにかかれば、そう難しいものではないようでもあります。完全に損傷した場合は、人工関節を入れることもあるようです。

通常、これで杖に頼ったりはしないようですが、実はこの小旅行のために、流通業勤務の夫に杖を買ってきて貰うつもりでした。

が、杖の話に夫と娘が絶句してしまい、今回はやめにしました。

でも、わたしは両膝ロッキングすることがあり、駅の階段が一苦労なのです。

昨夜もそうで、曲がらなくなった膝を引きずって階段を降りるとき、娘に「こんなときに杖があれば、どんなにか助かるかと思うのよ」というと、娘も「そうだねー」と納得しました。

裁判が長引くようであれば、ネットでなり、夫に頼むなりして、杖を買おうと思います。

博多駅では新しいエスカレーターがあって、助かりましたけれど。

わたしは、半月板意外にも異常を抱えているので、この膝の問題は微妙です。

それとは別に最近気づいたことで、まだ先生にもお話していないことがあります。

左乳房の下辺りの腫れです。この辺りが、ずいぶん前から痛むことがあるのですね。内科の診察のときまでに治らなければ、話してみようと思います。

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2009年4月27日 (月)

コンフォートホテルのパソコンから

 コンフォートホテル、料金から考えると、不満な点は今ところありません。ビジネスマンにおすすめのホテルです。

 ラーメン屋さんのおにいさん、否おじさんが、イケメンでした。わたしは自分の生まれた県が実はあまり好きではなく、そこに住む人々も人格者であるかどうかは別として、どちらかというと苦手なのですが、ここにしかいないタイプの極上の男女というのに時々出くわし、悩殺されます~。

 さわやかな男っぷり、さわやかな大和撫子。めったにお目にかかりませんが、確かにいます、ここにだけいるようなタイプのすてきな人々が。バルザックが、確か同じようなことを書いていましたっけ。

 さて、そろそろウエルカム・コーヒーを持って部屋に戻ります。階段では、今日は左膝がロッキング。全然曲がりませんでした。心臓はまあまあ。おやすみなさい。

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特急ソニック、発車〜!

特急ソニック、発車〜!

パソコンは、連休明けに出すことにしました。

購入した電器店に訊いたら、夫もいっていましたが、たぶんハードディスクの故障だろうから、バックアップをとって修理に出したほうがよいということでした。

アプライドに、250GB入る外付ハードディスクが8,800円で出ていたので、買い、それにどんどん入れてしまおうと思います。
今日はお弁当買えるかしら。買えなきゃリッツで空腹をごまかして、着いてから、また駅前のラーメン屋さんに入ります。

今日は何だか遊びすぎて、体調はあまり……自業自得ですね。

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きつかった!

膝のCT、終わりました。

精々10〜15分くらいだったと思うのですが、仰向けに寝かされ、両脚の下にバスタオルを入れられ、両脚を太いバンドで軽く固定、軽く両膝を内側に向けたまま……という姿勢がつらい、つらい!
前にレントゲンを撮ったときもつらいと思いましたが、不自然な、不安定な姿勢で静止を命じられると、きついですよ。

でも終わりました! 今日は診察なしなので、駐車場で待ってくれている夫とどっか遊びに行きま〜す。

夕方から憂鬱な裁判のための小旅行に出なければなりませんが、体調いいし、それまで遊びます!

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一旦家に戻り、夫のパソコンで遊ばせて貰っています

 診察時間を間違えましたが、2時間も病院で過ごせないので、休日の夫に車で迎えにきて貰い、わたしのパソコン(正確には娘との共有なので、わたしたちのパソコン)は壊れているので、彼のパソコンでこの記事を書かせて貰っています。

 わたしたちのはノートで、彼のはデスクトップ。画面もキーボードも違い、これだけ打ち込むのに肩が凝りました。

 うーん、でも慣れたらむしろやりやすそう。夫のパソコンに寄生しちゃおうかな。

 

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あー馬鹿だぁ!

予定通り9時前に着いたわ〜何せ検査は時間厳守だから。とホッとして受付機に診察カードを差し込み、
予約科→整形外科、フムフム。
予約時間→11:00〜11:30、なぬ?

あー2時間も時間間違えた!

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パソコンから異常音!

メールをチェックしてから寝ようと思い、パソコンを開いたところ、異常音がしました。昨日もしたのですが、すぐに止んだのです。

今日はさすがにまずいと思い、電源を切り、修理に出すことにしました。治ればいいけれど。連休が始まるので、治るとしても日数がかかるかもしれません。

Gメールに来たメールは携帯でチェックし、そのGメール画面で返信しましたが、パソコンで操作するのとは勝手が違い、ちゃんと届いたかどうか今ひとつ確信が持てません。これを見ていらしたら……もしメールが切れているとか何かありましたら、ご連絡ください。

昨年の入院以来、ブログの更新は携帯でできるようにしていましたが、ホームページの更新、アクセス解析、Gメール以外のメールサービスに来たメールのチェックなどはパソコンにつながないとできません(そういうわけで、失礼があったらごめんなさい)。

夫のパソコンを借りるという手もありますけれど、悪いし、勝手が違いますから、しばらく携帯での更新が中心になりそうです。

同人雑誌の作品を仕上げたあとでよかったと思いました。

そういえば、コンフォートホテルではパソコンができるはず……疲れて、そんな気分にはなれないかもしれませんが。

パソコンに入れている作品(のことだけを考えてしまうわたしです)は、だいたいバックアップをとっていたと思いますが、こんなときのためにも、ホームページとブログを作って作品を入れるようにしているともいえます。

でも、わたしの心臓もそのうちパソコンみたいに壊れ、サイトを更新する主をなくして消えてしまうのでしょうね。ろくに活字になることもないわたしの作品たちは、それでジ・エンド。

とすると、この世に執着するものなんてあるかしら。

とりあえず、裁判から帰宅後にパソコンを入院させます。

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2009年4月26日 (日)

こんなにあるの〜!

こんなにあるの〜!

今回の裁判のために、原告である父夫婦が用意した書証の束です。

また明後日、ごっそり渡されるのかしら。

明日の午前中にレッドクロスで膝のCT。夕方出かけます。ビジネスマンに人気のコンフォートホテル、リポートしますね。やっとこさでウエルカム・コーヒーにありつけます。

体調はぼちぼち。おなかはふっくらと膨らんでいて、体調が絶好調だったときのすっきりしたおなかと最悪のときのパンパンのおなかの中間くらい。

何を訊いても、教科書読んでいるみたいな返事をする書記官だったか、冷淡で威張っている裁判官だったかが、あの一抱えはある書証を口頭弁論のときに持ってくるようにいっていた気がしますが、わたしは持っていきません。

まああれのお陰でわたしの祖母の家のことがわかったということはありますけれどね、証拠物件と呼ぶにはズレたシロモノなんです。

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なんか、目がしょぼしょぼ

なんか、目がしょぼしょぼ
ド近眼+老眼に、校正はつらいです。

眼鏡屋さんがおっしゃるには、そのときどきに応じた眼鏡をかければよいそうですけれど。わたしのは遠近両用眼鏡で、パソコン画面を眺めるぶんには、なんら不自由を感じません。外出時はコンタクトか同じ眼鏡で、これも不自由は感じません。

直筆する場合に最も不便を感じます。眼鏡をかけると、頭を反らす感じになり、外すと紙にへばりつかなければ手元がよく見えず、手元と全体を同時に視野に収めることができません。

こんなときは中近、近近がいるんだっけ。眼鏡の種類、忘れた……

普段、新聞は眼鏡をかけたり外したりして読み、本はだいたい外して読んでいます。

呼吸器科の先生といつだったか、呼吸器とはあまり関係のない老眼の話になり、お得な眼鏡の買い方を教わった記憶がぼんやりとあります。過去記事を探せば、あるでしょうね。

幸い、フロッピーを求められて提出したので、段落が上がっていたり、2倍にしたダッシュが全角になっていたりする他は、ミスがあればそれは印刷屋さんのせいではなく、自分のミスです。

それでも、目がしょぼしょぼしてきました。ああパソコンってありがたいと思いますが、眼鏡屋さんがおっしゃるには、パソコンの画面は明るすぎて、目には大変悪いそうです。

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エミール・アンリのスープ皿

エミール・アンリのスープ皿
同人雑誌に提出する作品の校正中なので、携帯からです。

写真は昨日の夕飯ですが、見ていただきたいのは食器のほう。

過日、デパートのフランスフェアで安くなっていたエミール・アンリのスープ皿を買いました。黄色いお皿です。

それに服部先生レシピのじゃこねぎチャーハンを盛ってみました。スープは勿論、いろいろ盛れそうです。このスープ皿のような微妙な深さを持ったお皿って、案外見つかりませんよね。

これまでにアンリの食器は、小鉢サイズのものとパン皿を買いましたが、使ってみて、非常に満足度の高い食器です。和洋どちらにも自由に使っています。

土井善晴先生のレシピで作ったなすのごま酢は、ファンケルで貰ったお皿に載せました。ちょっとしたものを盛るのに便利なサイズです。

化粧品……病気になってからアレルギー肌になってしまったわたしは、だいたいファンケルを使っています。夏の間は浮く気がするので、茶のしずく。ファンデーションはファンケル以外は怖くて使えませんが、口紅、グロス、アイメイクなどはシャネル。

話題は料理に戻りますが、また写真が溜まってきました。時間ができたらプチにて、先生方のレシピ付でご紹介したいと思っています。

ケーキも作りたいな。ずっと作っていません。ケーキの焼ける匂いっていいですよね。

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2009年4月25日 (土)

左サイドバーに「マダムNのサイト総合案内」を設置

 左サイドバーにウェブページを使って、「マダムNのサイト総合案内」を設けました。

 サイトの数が増えただけでなく、開設及び閉鎖を行うことも珍しくありませんので、現在開設しているサイトの簡単な紹介とリンクをそのページでご案内することにしました。

 そのページからご紹介しますと、マダムNのサイトは現在のところ、以下のようになっています。

 閲覧していただきたい思いと自身の使いやすさを追求してきた結果、ちょっと我がままなサイトの開設と閉鎖を繰り返してきましたが、現在のところはこのように落ち着いている次第です。

 今後共、マダムNのサイトたちをよろしくお願い致します。 

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2009年4月24日 (金)

同人雑誌のゲラが届きました

20090424124220

「この度は、少し無理を申しました」と編集人のお手紙にあり、申し訳ない気持ちになりました。

 勿論無理をいったのはわたしのほうで、ここが休刊になれば、しばらくは自分の作品が活字なることはないだろうと思い、最初からごり押しする決心でした。

 この『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、一応文学評論として読めるだけのまとまりをつけたつもりですが、物凄く書き足りない気持ちです。〔ホームページへの収録はもう少しお待ちください。〕

 そんな折り……昨日のことですが、ブッククラブ会員になっている藤原書店から届いたブックガイドに「河上肇賞」とあるのが目に留まりました。

■審査対象
・12万字~20万字の日本語による未発表の単著論文。
(一部分既発表可。詳細は事務局にお問い合わせください。)
・経済学・文明論・文学評論・時論・思想・歴史の領域で、狭い専門分野にとどまらない広い視野に立ち、今日的な観点に立脚し、散文としても優れた作品。

 とあります。同じブックガイドには、オルハン・パムクの続刊案内もあり、むくむくと意欲が湧いてきました。

 よし、藤原書店主催の河上肇賞を目標にしよう……と思いました。2回ぐらい後の締切を目処に。原稿用紙300枚から500枚というと、わたしの評論にはちょうどよい枚数です。

 その間に新しいノーベル文学賞作家が登場するでしょうから、プランに若干の変更が加わるかもしれませんが、村上春樹、オルハン・パムクに関してもっと書きたいのは勿論、ドリス・レッシング、ル・クレジオ各氏に関して前掲の評論では駆け足でしか触れることができなかったので、思うように掘り下げてみたいと思っています。

 この計画と並行して、当ブログでたびたび触れてきた例の生者と死者が登場する神秘主義的小説と児童文学作品『不思議な接着剤』の完成も目指す考えです。

 実は裁判が終わったら、家計的・体力的に無理をしてでも秋芳洞に出かけるつもりでいます。『接着剤』の計画はそういつまでも引き延ばせません。裁判はもうすぐ終わるのではないかという希望的観測が芽生えてしまっているわけですが、そうならなければ、準備書面と並行して神秘主義的小説を書き進めるだけのことです。

 そして万一裁判が長引くとなると、考えさせられることも増えるでしょうから、そのときはこの裁判に関することを〈一主婦が体験した民事裁判)といった感じのリポート風の作品にしてどこか出版社に持ち込む計画も芽生えてきています。

 こうした計画が全部片づいたら、卑弥呼と伊万里焼に戻ります。そのときまで命があればの話ですけれど。

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受診ノートに追記

ああそうそう、忘れていました。この更新は携帯からですが、前の記事の受診記録に付け加えたいことがありました。

脳神経外科の先生がおっしゃいました。

わたしの頭蓋骨にできた大きな凹みは、再発したときのことを考えて凹ませてあるそうです。

そういえば、そんなこともおっしゃっていましたっけ。

良性の骨腫でも、タケノコみたいに凹みからニョキニョキ伸びてくるところを想像すると、オゾマシイな。

こんなに凹んでいるのは嫌だけれど、こんな場所でタケノコは育ってほしくありません。凹んだままでいいです。

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2009年4月23日 (木)

22日に脳神経外科、内科を受診

・脳神経外科

 耳の後ろの種瘤ですが、これは昨年、頭蓋骨にできた骨腫の摘出手術を受けたときからあったものだそうです。前回の受診ではなかったというお話でしたが、よく見たらあったということでしょうか。

 これも結局は摘出して病理検査に出してみないと確定診断は下せないということですが、ポピュラーな「粉瘤」(アテローム・アテローマ)か良性腫瘍、あるいはリンパ節ということも考えられるそうです。

 いずれにしても、急に大きくなって悪さをするといったタイプのものではなさそうだということで、「これも他のと一緒に経過を診ていきましょう」ということになりました。

 また、昨日書いた額の腫瘤のことですが、これはおそらく頭蓋骨にできた骨腫瘍だと思われ、目立ってきた場合は悪さをしないものであっても手術で取ってほしいとわたしは思っています。

 先生は「わたしたちはどこへ行けということは、いいません」とおっしゃいましたが、先生のおススメは、大分中村病院アルメイダ病院の形成外科ということのようです。だって、他にも形成外科のある大きな病院はありますから。

 大分中村病院のことは、入院したときに同室の人から勧められました。「どうして中村病院に行かないの? 七森先生という膝で有名な先生に診て貰いなさいよ。あなたに必要な循環器科も脳神経外科も全部揃っているから」と彼女はいいました。

 そのときはぴんと来なかったのですが、病院のホームページに次のように書かれた箇所がありました。

大分中村病院は、日本における『障害者スポーツの父』と称され国内外のアスリートたちから今なお親しまれる故・中村裕博士により1966年(昭和41年)12月10日に設立されました。

 額の腫瘤の件は主に美容上の心配というぐらいですが、時々ロックしてしまう両膝のことは気が気ではありません。

 階段がすっかり苦手になり、特に電車の乗り換えで駅の階段を急がなければならないときなど、ロックしてしまった膝をほとんど引き摺るようにして移動しなければならないことがあり、そんなときは杖が必要だと思うくらいで、その後も痛んだりして、泣きたくなります。

 家事をしているときも、膝に鍵がかかったように動かしにくくなることがあります。レッドクロスの整形外科の先生によれば、半月損傷だろうということです。高校時代バレー部でしたたかに両膝を打ちつけましたから、今頃になってそれが出たということでしょう。

 でも、それ以外にも過形成だか腫瘍だかわからない突起が複数あり、見た目にもはっきりとわかるものがあります。現在かかっている先生を信頼していないわけではありませんが、寝た子は起こさずの方針であるようで、悪くなるのを黙って見ているしかないような現状に苛立ちと焦りが募ることがあります。

 裁判の前日――27日に、その膝のCT検査があります。来月11日には一般撮影後に診察があるので、そのときに疑問を覚えるようであれば、大分中村病院に行ってみようかとも考えています。

・内科

 前回の血液検査では、副甲状腺ホルモン値は正常範囲内だったそうです。昨日した血液検査の副甲状腺ホルモン値は次回――3ヵ月後に教えていただくことになりますが、その日わかったカルシウム値も正常値で、このまま様子を診ていきましょうということでした。

 1年前に県立で小さな肝嚢胞がびっしりあると検査技師の人からいわれ、先生からも必ず検診を受けるようにといわれていたことが気になっていました。それをU先生にお話ししたところ、肝嚢胞はポピュラーなもので放置しておいて構わないことが多いということでしたが、造影CT検査の予約を入れてくださいました。

 エコー程度でいいんじゃないかなあと思わないでもありませんでしたが、CTまでやって貰えれば安心ですね。入院中に副甲状腺の腫瘤を造影剤で検査していただいたときは、少し喘息が出てしまいましたが、蕁麻疹もショックも起きなかったので、精神的なものだったのかもしれません。

 7月13日の10:00にその造影CT。朝食抜き。3日後の16日に血液検査の後、診察です。

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2009年4月22日 (水)

ワンコインメニュー〜!

ワンコインメニュー〜!

レッドクロスからの帰りです。脳神経外科と内科を受診しました。

今日は天気がよく、検査結果も特に問題なくて、最高の気分です。おなかがぺこぺこになったのですが、家に帰っても何もないので、おうどんを。

写真は、期間限定ワンコインメニューの「冷やし源平うどん」。500円。

つゆをかけ、唐辛子を振り、生玉子を崩したところで写真撮影。美味しそうでしょ! いただきます。

受診に関しては、別に記事にしますが、ちょっとだけ。

前回の脳神経外科で覚えた疑問が解消しました。今日はその件について、尋ねなければと思っていました。

「先生、前回の受診のときに額を手術する場合は美容整形なんかで…とおっしゃいましたよね? そのお言葉に悩んだひと月でした。形成外科の間違いではないのですか?」と少しオーバーにわたし。
「美容整形の医師は形成外科医でもあるからね。骨だとわたしたち脳神経外科の医師も手術するけれど、なるべく傷を目立たなくしたいのであれば、形成外科医なんかにやって貰ったほうがいいと思うよ」と先生。
(´_ゝ`)「その場合は、紹介状を書いていただけるのでしょうか?」とわたし。
「ご希望があれば、どこへでも紹介状を書きますよ」と先生。
「先生のほうで、オススメ病院へ紹介してくださらないのですか?」とわたし。
「どこへ行けということは、わたしたちはいいません。県内であれば、中村病院かアルメイダだね」と先生。

アルメイダは、昨年の入院時にシンチを撮りに行った病院です。ここのレッドクロスに形成外科はないそうです。

それから摘出手術でできた頭の窪みは……続きは帰宅後に。

1年前、県立でいわれた肝嚢胞の検診は、内科のU先生にやっていただくことになりました。

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裁判のこと。従姉とおしゃべりしたこと。

 娘がお昼休みに会社のネットで、原告である父たちの書証にあった某弁護士のことを検索したら、昨年*県弁護士会の会長をしていたと出たと電話してきたから、ギョッとして改めて準備書面を見てみた。

 そんな人に依頼しているのかと思って。

 でもよく読んだら、どうも逆に不満を訴えている気がしたのだが、何しろ、何を書いているのだか意味がわかりにくい。違うだろうとは思いつつも、そんな人がついているとしたら、どの方面から考えても大問題だわね……と思い、昨日電話したばかりだったにも拘らず、担当の女性書記官に電話して確認をとってみた。

 女性書記官の解釈では、父たちは、別件で依頼した書類がわたしたち被告のせいで戻されたと主張しているとのこと。

 わたしはついでに、原告らに反論しようにも、訴状も準備書面も読めたものではなく困っていると話した。文章の意味が通らないと書きたいというと、彼女は「それは書かれても構いませんが、訴えが多いですからね、全体的なこととして、争います――で構いません」という。

「それは答弁書に書いたことですが。個別に当たっていかなくてもよろしいのでしょうか?」というと、「そうですね、そうしたら、一つ一つ指摘して否認すると書いたらいいと思いますよ」と女性書記官。

 続けて彼女は、準備書面は裁判官から指示が出たときに出す程度でもいいといった。

 今回の裁判官の宿題は、原告らに対して証拠があるなら全部出しなさいということで、被告に向けたものではなかったから、わたしたち被告は準備書面を出さなくてもいいらしい。

 準備書面を出してもいいが、口頭弁論が終結になる可能性もあり、そうなったら無駄になるのだそうだ。

 そういわれると、これで裁判が終わるのかと楽観したくなるけれど、まだ気を抜くわけにはいくまい。

 ただ昨日あれから女性書記官はこの事件に関して読んだのか、昨日よりは事情がわかっている雰囲気だった。それに、書類は「今、上の裁判官のところにありまして」といっていたから、もしかしたら調べに入ったのかもしれない。

 ボイスレコーダーによる証拠集めの件、その他は、来週の口頭弁論に出てから、それが必要かどうかを決めることにした。

 被告仲間? の叔母に電話をして女性書記官の話を伝えると、たった今、準備書面を出してきたところだといった。昨日彼女は、身の潔白を立証するために関係機関に出向いて質問するなどの行動に出たのだった。

 高齢なのに、上品でしっかりとした叔母は本好きで、今も図書館からよく何冊も借りてきて読んでいる。こんな局面でもへばらず、準備書面のような厄介なものを自分で書けるのは、そうした趣味のお蔭ではないだろうか。

 わたしは叔母をねぎらった。

 何年も親戚とは距離を置きがちだったが、父方の親戚とはこの件でぐっと近しくなった。母方の親戚とは子供の頃から中学くらいまで、ひじょうに親密だったけれど。

 その母方の従姉に一昨日、何となく参っていたわたしは甘えたくなり、電話をした。裁判のことを話した。

 わたしはこの裁判のために父の集めた戸籍抄本で母方の祖母(従姉にとってもそうで、彼女の母はその長女、わたしの母はその末娘で、この姉妹は親子ほど齢が離れていた)の旧姓がわかったということと、やまとのあやの話をした。

 従姉は祖母の旧姓を覚えていた。わたし同様、雄大な話が好きなので、わたしたちの祖先が大陸からやってきたかもしれない話に、大いに盛り上がった。

 そんな雄大な話からすると、ぐっと小さい、日本の近代の話に下るが、祖母が大庄屋の出で、お姫様と呼ばれて育ち、輿にのって警官の家にお嫁に来たという話を子供の頃に誰かから聞いた記憶があった。その話が、わたしはどうもぴんと来なかった。

 が、それは本当の話だそうだ。祖母は*藩の重臣の家に育ったらしい。有名な軍人(彼女の母から名を聞いたそうだが、忘れたとか)が仲人だったという

 警官といっても、管理職で、当時の警官というのは権威があったらしい。祖父母の家に、お手伝いさんは3人いたそうだ。末娘の母が子供の頃に祖父母は亡くなり、母は苦労した。祖母の躾はひじょうに厳しく、また優しかったそうで、男女分け隔てなく、子供たち全員に仕事が割り当てられていたという。

 この祖母は心臓病だったと聞く。従姉の母であるわたしの伯母も心臓病で、二人とも、あるとき突然倒れて亡くなった。だから、わたしもそうではないかと想像しているのだが、今、わたしが心臓疾患で苦しんでいるのも、その祖母や伯母と同じ血かと思えば、まあいいかという気もする。

 尤も、父方の祖母も心臓病だったから、わたしが心臓病でないというのは変なくらいなのかもしれない。父方の祖母も大好きだったから、実は心臓病で少し嬉しい気もしている。死ぬなら、両祖母と同じ病気で死にたい。

 従姉の話で、昔の警官は権威があったという話がどうしてもぴんと来ず、歴史に詳しい息子を例によって事典代わり。息子は次のようにメールで書いてきた。

「確かに警官といっても、管理職は位が違う。昔は警察は内務省直轄だから、多分、内務省の官吏なのでは。戦前は警察署長も県知事も内務省の官吏だから。エリートだったろうな。」

 祖父は、よいエリートだったのだろうか。何だか最近、わたしはいやらしいエリートによく出遭う。

 電話を切ろうとすると、「そんな、裁判のような、小さなこせこせしたことに負けちゃ駄目よ、Nちゃん」と従姉は励ましてくれた。 

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2009年4月20日 (月)

ラジコン〜!

20090420200858 20090420195928  夫が衝動買いしたという室内用ラジコン。

 天井近くまでフラフラ飛びますが、物に当たってあっけなく墜落。なかなか操縦が難しいみたいです。

 飛んでいる姿がとっても可愛いの……!

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証拠集めにボイスレコーダー

 体具合が珍しいくらいよかったのに、父夫婦の準備書面を見て具合が悪くなり、心不全の症状が出たためか、またおなかが膨らみ、寝たり起きたりだった。

 健康だった頃のわたし――昔話になってしまうが――でありさえすれば、父たちの準備書面を見たところで今更どうということはないだろうし、今頃はボイスレコーダーを購入して、証拠集めのための小旅行に出ていたところだろう。

 ちょっとしたことで体に響き、寝込んでしまうのは情けないが、いくらか回復したので、鈍いながら行動を開始し、とりあえず担当の女性書記官に以下の3点を問い合わせた。

  1. ボイスレコーダーで証拠となりそうな言葉を録音したものが提出可能か? 可能だとしたら、記録媒体は何が適当か。
  2. 原告らは、被告であるわたしたち姉妹にセカンドハウスありとしており、否認したいが、原告らのその妄想のお蔭で家に押しかけられるなどの被害に遭わずに済んでいる。この場合の対処法を教えてほしい。
  3. 一昨年の調停のときの書記官、調停委員を証人として呼ぶことができるか?

回答は次のようなものだった。

  1. ボイスレコーダー(ICレコーダーなど)で録音したものも証拠品として提出可能。その場合はCD-Rかカセットテープで提出して貰いたい。
  2. セカンドハウスがあることの立証責任は原告にあるから、こちらが採り上げる必要はない。
    ちなみに家に押しかけてくるなどの迷惑をかけられたくなければ、家裁で調停を申し立てることを勧める。
  3. 一昨年の調停のときの書記官や調停委員を証人として呼ぶことは、基本的には裁判所が認めれば自由。

 3.は参考までに訊いてみた。1.は、必要を覚えて尋ねた。

 それというのも、父夫婦は脅迫じみたやりかたで署名させたり、用途を説明せずに署名を集めたりしたようなのだ。それらが証拠として提出されたが、それらは違法に収集された証拠で、証拠として使えないのではないだろうか。

 尤も、それでなくとも、それらが証拠として成立するとは思えないのだが。

 父夫婦は、わたしたちが父の財産を狙って、父がそこに住んでいないことにしようとしているといい、自分がそこに住んでいるという署名を集めた。亡き母の友人からまで!

 そのなかに、妹の友人の両親と、民生委員さんが入っていたので、妹がそのときのことを尋ねたところ、皆、その署名が裁判に使われることを知らされないまま、父がそこに住んでいることは間違いないので、妙な気がしながらサインしてしまったそうだ。

 脅迫じみた署名をさせられたのは父の亡くなった弟の奥さんで、わたしたち姉妹は彼女が父の愛人だという悪質な噂を広めたことになっているという。奥さんが裁判などには関わりたくないと拒んだにも拘らず、父夫婦は彼女を車に連れ込み、強引にサインさせたらしい(何ということを!)。

 彼女は、「亡き夫の兄という関係で、他は一切関係ありません」と書かされている。

 そもそも、わたしたちが父の財産を狙っているという証拠、噂を広めたという証拠を集めなければ意味がないだろうに、父は自作自演のパフォーマンスのために強引に署名を集めた。

 それらが証拠として成立するとは思えないが、被告であるわたしの立場としては、父が違法性のあることをした証拠とするために、そのときの状況を署名した人に語って貰い、録音したものを提出したいと考えている。

 愛人でないと書かされた奥さんはすっかり怯えて電話に出ないことにしているらしいので、葉書を出してみようと思う。そのときのことを話して貰えればと思うが、無理強いはできない。

 それをしたら、父子して彼女にひどいことをすることになる。葉書を書くだけでもひどいことをすることになるのかもしれないが、父のしたことは違法性のある行為で、同じことをさせないためにも、なかったことにはできないと思うのだ。

 女性書記官から質問の回答を引き出すまでには時間がかかった。裁判のスタート時から書記官にはちょっと鈍いところがありそうだと懸念を覚えていたが、その懸念は当たっていたと思う。

 口頭弁論は既に2回終了しているにも拘らず、「ちょっとお尋ねしていいですか?」といって身分関係から訊かれた。各人そのことは準備書面に書いているだけでなく、口頭でも述べたのに。この事件の概要がさっぱり呑み込めていない様子。

 一昨年、全く同じような理由で調停を起こされ、そのときの書記官は訴状を見ても何が何だかさっぱりわからなかったといい、調停委員たちは父夫婦に何らかの精神疾患がありそうだと感想を述べ、不成立に終わった。そのことを女性書記官に何回か話したのに、三歩あるいたら忘れるのか、女性書記官の初めて聴いたような雰囲気は心細い。

 調停のときの男性書記官が、最初から何もかも呑み込んでいるような雰囲気を漂わせていたのとは、あまりにも対照的。

 幸い、女性書記官からは「また何かありましたら、お電話ください」といって貰えたので、今後は時々理由を作って電話し、彼女がこの事件に関してどの程度呑み込めているのか、それとなく確認をとろうと思う。職務怠慢としか思えない怒りっぽい裁判官と彼女の組み合わせで、わたしたちは最悪のコンビに当たったのかもしれない。

 民生委員さんは、父の奥さんが「先生が、こう書いたほうがよいとおっしゃった」というのを聴いている。父夫婦には弁護士が悪知恵をつけているのだろう。訴状や準備書面が正しいスタイルを備え、支離滅裂な内容の中にも妙にまともな言葉や法律用語が混じっているのは、その入れ知恵のせいなのだろう。

 その人が引き受けなければ、今回の裁判は発生しなかったかもしれない。

 調停のときからこの民事裁判まで、地位も権力もお金もありそうな専門家の人々の厭らしさが目につく。わたしたちの本当の敵は、そうした厭らしいものなのかもしれない。

 勝つには、用心と工夫が要りそうだ。

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2009年4月19日 (日)

いくらか、ましに

いくらか、ましに

 午前3時半。眠れないので、ナルニアを見ていました。

 本来は悪の性質を持つわけではない冬を悪の鋳型にはめていたあの物語と違って(ジョージ・マクドナルドの北風の描き方との違い!)、父夫婦の起こした裁判には悪者が誰もいません。

 妄想の中でとはいえ、父たちは自分たちが正しいと思って「戦って」いるわけですし、訴えられた側のわたしたちには訴状の内容すら理解できないくらい身に覚えのないことなのですから。

 だからこそ、徒労感が募り、特に従兄が仕事も大変とあってやつれが目立ちます。

 父夫婦がある人に話したところによると、最初は今の地裁では裁判できないと断られたらしいのです。他の地裁にも話を持っていって断られ、最終的に東京まで行き、そこで裁判可能な訴状と判断され、再び今の地裁で裁判することになったとのこと。

 今の父夫婦の頭がまともとは思えないので、本当のことなのかどうかはわかりませんが……。

 こんなアホらしい裁判で負けたり、途中で死んだりしたら、本当に犬死です。わたしは実は犬年なんです。

 別にこんな裁判に命をかけるわけではありませんが、元々がぎりぎりの体力で日常生活を送っていたわけですから、オーバーワークとならざるを得ず、この先が思いやられます。

 口頭弁論の日以前にこちらの準備書面を提出できるかどうかわかりませんが、父夫婦の証拠集めの段階で、署名した人が父夫婦に半ば強制的に書かされたと聞いたということは、書こうと思います。事実であれば、これは犯罪か犯罪紛いの行為です。

 このことを考えると、果たして、今度の裁判で悪者はいないのだろうかという疑いが生じてきます。父夫婦を頭がおかしいと決めつけずに、真剣に疑ってかかる必要があるかもしれません。少なくとも、全員に裁判能力があると判断されて裁判がスタートしたわけですから。

 準備書面には、文章が意味をなしていないということ、証拠が証拠になっていないことも、具体例を挙げて丁寧に書きたいと思います。

 原告の反論で間違っているところも、コツコツ指摘していかなければなりません。積極的に証拠を求めていきます。

 ですが、果たして担当の裁判官は、ちゃんと読んでくれるでしょうか。読んで貰えなければ、せっかくの苦心も水の泡です。でもこんな戦は文学賞応募で慣れていて、わたしには鍛えぬかれたものがあります。

 父の奥さんの準備書面に次のような一節がありました。
「二階のルームにはレコード類で呪いとかお金があればあるほどよいという内容のものあり、結婚写真のそばには前妻他界の2ヶ月ほど前4月発行の厚い自殺方法記載本があり、雰囲気の悪さには唖然とさせられました」

 こんなことを書かれると、途方に暮れてしまいます。

 長い長い一生懸命書かれたような準備書面で、読みながら何度も天を仰ぎたくなりました。父夫婦の準備書面を読み出すと、胸が苦しくなり、おなかが張ってきます。ニトロ舌下錠を頼みとしながらの作業です。

 これでまた、しばらくの創作の中断です。

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2009年4月18日 (土)

また、おなかがパンパン

また、おなかがパンパン
朝、また地裁から特別送達。

一段と、あらぬことが書かれた父たちの準備書面。

おなかがへっこみ、体重が減って喜んだのも束の間でした。

夫もわたしのボディラインが、健康に近ければ、まあ満足できるものに戻るとわかり、喜んでくれたのに。

裁判のことを考えているうちに、段々苦しくなり、気づいたら、また妊婦状態。

「また、おなか出ちゃった」といったら、夫が「そうやろ〜! 俺もあれっと思った」といいました。

苦しいわ〜! これ以上ひどくなればクリニックの先生にお電話しますが、馴れているから大丈夫でしょう。

父たちのことは、明日書きます。

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30代のM様からいただいたメールをご紹介

20065月3日から7日にかけて当ブログで連載したわたしのエッセー――村上春樹『ノルウェイの森の薄気味の悪さ』――はお陰様で訪問者で賑わい、真摯なコメントも複数頂戴しましたが、現在では迷惑コメント対策のため、コメントの受付を停止しています。

その記事に、最近になって30代のM様からコメントをいただきました。受付停止後ですので、メールをさせていただいたところ、数回のメール交換があり、その中で鋭い指摘をいただいたり、わたしが前掲のエッセーを包含する形で取り組んでいる評論に役立つような参考文献を挙げていただいたり、またハーブに関してもいろいろと教えていただきました。

アクセス解析によりますと、当ブログには、村上春樹の作品に疑問を覚えている方、あるいは心臓疾患の方やハーブに興味のある方が比較的よくお見えになるようです。そこで、M様のメールから一部分ですが、公開の許可をいただきましたので、以下にご紹介します。

私は村上春樹の小説は、資本主義経済によって生み出された化け物だと考えています。

でも近い将来、資本主義社会が終焉を迎え、村上春樹もドン詰まりになるのではないかと。ただしそうなっても 多くの人はその変化を急には受け入れないだろうし、村上春樹のファンだった人たちが覆るとは思えず。。

そういう意味で、なぜ村上春樹はダメなのか?を一般の人から学歴ある方々まで説得する必要がある気がします。

マダムNさんの考察が村上を批判しきれないでいる文学者を圧倒できるといいですね!私はどちらかというと、自分に学歴がないこともから、同じようなレベルの方々を説得できるような論文を書きたいと考えています。しかしなかなか難しいですね。仕上げることができたらご連絡します!

それから さしでがましいようですが、心臓が弱い方はいっさいカフェインを絶ち、ホーソンベリーというハーブがお勧めです。

ハーブティーとして飲用。副作用のない穏やかな効き目があるので、基本的には医師に相談は不要ですが、もし自然療法に理解ある医師でしたら、ぜひ相談してみてくださいね。

一般向けでも良心的な本が少ないけれど存在しますよね。ハーブやアロマはマダム世代の方にお勧めですよ!私は資格を取得、都心のスクールへ通い独学もしましたが、仕事には繋がりませんでした。

以前ラベンダーの話題のブログを見ました。生のハーブもお風呂を沸かす前に花や葉、(茎ごと何本かでも)浮かべると精油成分がでやすく、お手軽です~。

 その後、ハーブに関する補足説明をいただきました。そのまま、紹介させていただきます。

ハーブの作用は紹介した二つは基本的に安全性の高い植物です。

ハーブの中には薬と併用できるものと、できないものがあります。

飲用する場合は注意が必要ですが、ホーソンベリーに関しては私の調べた限りでは、同じ効能、安全性が掲載されています。ラベンダーは、扱いやすい精油としてアロマの中でも、有名ですが、あくまで100%ナチュラルであることが前提となります。生のハーブから抽出される精油は3%未満ですからアロマオイルを使うよりは香りは高くありません。リラクゼーションには十分効果あると思います。

小さなお子さんやペットがいるお宅でのアロマオイルの扱いには注意が必要です。

今回私の紹介したものに関しては、まず、危険性はないです。アロマを含めたハーブ全体の扱いに関しては自己責任で、というのが、この業界の現状です。追加で付け加えていただければ幸いです。『各自、医師と相談するなど自己責任でお願いします。』と。

あと、カフェインに関しては ぶ厚い研究本、薬学博士の本を読み、私も実感してます。心臓に負担がかかるようです。睡眠の質も下げるようです。私は特にドリップしたコーヒー『スタバ』通いも止め、飲み物は なるべく麦茶などにしてます。ホーソンベリーは少々お値段高めですので。私は時々少量購入しています。

効能に関しては個人差もあると思いますが、各自本で確認したり学んでいただければと思います。主な本は 生活の木 というアロマショップで手に入ります。だいたい全国にあると思いますが… 比較的良心的な価格で 広く利用されているお店です。私はよく利用してます。

アロマやハーブを取り入れる際は 通常は予防で利用すると書かれています。しかし、たとえば精神疾患で薬を服用されている方も、アロマの量を通常の半分にして、薬と併用したり、時間をかけて薬の量を減らせることも可能らしいです。

薬を服用している方は急に薬を止めてはいけません。最低でも半年かけて、徐々に減らす、というのは精神疾患の薬に限らずだと私は考えます。

医師に自然療法を尋ねても理解を示すことは少ないでしょう。ですが、私が言いたいことは、強いカフェインが心臓によくない、ということを医者は知らない。だから患者にコーヒーを止めるように言わない。医者は薬を売るのが主な収入源です。だから病気の原因を追求しない。薬は症状をやわらげるが、治療ではないですよね。

ハーブは体質を改善するのに有効で、根本治療を目的としますが時間がかかります。ホーソンベリーの記述は、私の読んだ本には進行した心臓疾患にもはたらきかけると書かれています。著者はドイツの医学博士を含め自然療法の研究者が書いているので私は信頼できると考えます。日本の医者はまだまだ化学療法に傾いているので、おおかたいやな顔をされるでしょう。

 プランターに茂っているラベンダーをどう使っていいのかわかりませんでしたが、そのまま使えるとあったので、さっそく入浴時に湯に浮かべてみました。コーヒーは心臓によくないんですね。生活の木にはよく行くので、ホーソンベリーを試してみたいと思っています。

M様の論文の仕上がりが待ち遠しいです。

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2009年4月17日 (金)

おなかのこと

 ここ数日とても体調がいい。体調がよくなっただけで、体重が2キロも減った。

 と書くと直後に暗転、ということも多々あるので、楽観視しないようにしなければならない。同じようなことをお書きになっている心臓病ブロガーは多い。心臓の調子には波があるからだろう。

 で、書いておきたいのは、おなかのこと。

 いくらか前に調子の悪い時期があったが、そのときは便通は普通にあり、食欲はむしろないのに、おなかがパンパンだった。胸より出ているかもしれなかったくらいで、将来を悲観したほど。あまり自覚はなかったが、今の調子がよい状態と比較すると、そのときは呼吸の苦しさもあったと思う。

 体重も増えていた。

 それが、このところ馬鹿に体調がよく、心臓の調子は最高。昨日は家族で中心街に出かけ、パンの食べ放題のレストランで夕食をとった。体調の悪いときは、ハンバーグ+サラダ+パン+コーヒーの組み合わせは重くて、大抵ピラフにする(皿に軽めによそってある)。

 ハンバーグ+サラダ+パン+コーヒーのコースにするときも、普段であれば、モーニングロールくらいのサイズのパンを2個か多くて3個のことが多い。昨日は、お昼もしっかりとっていたにも拘らず、おなかが空いていて、4個食べた。おなかは当然膨れたけれど、それでもパンパンにはなっていなかった。食事をしたからといって、おなかも体全体も、そう重くは感じない。

 体調のよいときというのは、本来こんな風なのだわ……と思った。調子がよくなってから2~3日で体重が減ってきていて、朝測ると2キロ近く減っていた。でも、食べ過ぎで、体重は増えただろうなと思った。で帰宅後、測ってみると、むしろ減っているくらいで2キロ以上軽くなっていた。朝も体調がよく、測ったら軽いまま。

 今日の夜、帰宅した娘におなかを見て貰うと、すっきりなったという。娘の目にも、パンパンだったときは、胸の下からおなかがせり上がり、妊婦のように見えたらしい。今は腹部に脂肪はついているけれど、自然な感じで、我ながらまあ許せるボディライン。勿論、胸はおなかよりずっと出ている。

 体調がよく、体重も軽くなったのはいいが、逆に考えると、不安になる。

 体調が悪いときのパンパンは、あれは明らかに異常なのだ。間違いない。心臓の調子が悪いとき、おなかがパンパンになることがあるのは、あれは腹水が溜まっているのではないだろうか?

 そんなときは仰向けに寝ると胸が苦しくて、朝、血痰が出ることもある。うーん、調子が崩れたときは要警戒だ。心不全の症状が出ているとしか思えないが、今の先生は心不全ということをあまり口にはされない。狭心症を警戒なさっていることはよくわかるけれど。わたしがクリニック以前にかかっていた総合病院の医師たちからは、たびたび心不全の症状に注意を促されたものだったが……。

 次回の循環器クリニック受診の際、先生にお話ししてみようと思う。

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2009年4月16日 (木)

ジェイ・ルービン『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』(畔柳和代訳、新潮社、2006年)を読んでⅠ

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 村上春樹の作品を世界的なヒットにつなげた男ジェイ・ルービン。翻訳家、元ハーバード大学日本文学教授。

 ジェイ・ルービン『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』(畔柳和代訳、新潮社、2006年)冒頭に、「本書のための調査研究をはじめるにあたり、社会科学研究協議会およびアメリカ学術会議協議会の日本研究のための合同委員会から、全国芸術機構の提供による助成金を受けた」とあった。

 ネット検索したところ、ルービン氏の奥さんは佐賀県の小城出身で、よく佐賀を訪れるという記事が出てきて、びっくり。世界は広いようで、狭い……?

 春樹の生い立ちから作家になるまでの経緯、作品が世界的にヒットするまでの経緯がよくわかる。ルービン氏は日本文学の研究家とあるが、評論能力には不足を感じる。

 とはいえ、この本を読むと、彼が同じ創作スタイルを保っていることが村上春樹の作品を全部読んだわけではないわたしにも、わかる。気分に任せた、自動筆記のような書き方で、そこに主観的な歴史観を注入したような創作法。

大作を構想中だったが、それは恐らく余りにも大作でありすぎたのだ。というのは、それは「不思議な紆余曲折を経てぱっくりとふたつに細胞分裂し、」次の二作の長編『国境の南、太陽の西』(1992)と『ねじまき鳥クロニクル』になったのである。前者は以前の作品で仕残したことの総仕上げとなり、後者は歴史研究の成果を得て、多くの評者たちから村上の傑作と見なされている。

 肝心のルービン氏は二作をどう見ているのか。

 以前の作品で村上春樹が仕残したことの総仕上げという『国境の南、太陽の西』だが、何度読み返しても、ルービン氏のいうセールス・ポイントが作品のどこにあるのか、わたしには呑み込めなかった。

 「資本主義の原理に対して『ノオ』と言った、1980年代後半、70年代初期の反抗的な学生たちの一人でありながら、いまは『より高度な資本主義の原理』に従って機能する世界で生きている」というハジメ。

 バーとジャズ・クラブを経営し、結婚して小さな娘が二人。経済的独立への近道を義父の金によって得たという罪悪感を自覚し、「これはなんだか僕の人生じゃないみたいだな」とふと思ったりするハジメの前に島本さんという幼馴染が現れ、関係を深めていくが、彼女は実在の人物とも幻想の産物ともつかない存在。

 妻に島本さんのことを打ち明けたあとで、「私の考えていることが本当にあなたにわかっていると思う?」と尋ねられ、今度は妻の心へと入っていく。

 ここで購入したばかりの『国境』の最後の辺りを確かめてみると、ハジメを責める妻の言葉は案外生々しい。妻であれば、いいそうな言葉だ。

 ただ、ルービン氏はハジメが妻の心に入っていくと解説しているが、ハジメが妻の心に本当に入っていったようには、わたしには読めない。『ノルウェイの森』のワタナベくんがそうであったように、相変わらずハジメは相手をわかろうとする代わりに、欠落だのたどり着かないだのと自分のことばかり。

 傷ついた妻の言葉の生々しさから判断すると、島本さんのような女性と実際にハジメは浮気をしたのではないだろうか。それにも拘らず、彼はそのことを幻想化して自分をも妻をも欺こうとしたかに思える。わたしにはそうしか読めない。 

 ところで、学生運動世代の村上春樹はどんな大学生活を送ったのだろうか? 以下は、ルービン氏の著作からの引用である。

 翌年、早稲の学生ストライキは、五か月にわたり授業をすべてつぶした。だがバリケードが築かれたあとも、村上は集団行動に惹かれることはなかった。彼はセクトの一員としてではなく、つねに自分自身として行動した。「学園紛争に個人的に興味があったから、出入りがあると石を投げたり、殴り合っていた。ただ、バリケードとかデモとか、組織で何かやるようなことは不純だと考えていたから、参加しなかったなあ」。(デモで)「手を繋ぐことを考えただけでぞっとした」と述べている。やがてライバルの過激派グループ同士が衝突するようになり、村上の心はいっそう離れていった。彼はのちに『ノルウェイの森』でキャンパスの過激派たちを風刺する。そのなかに、二人の活動家が授業を乗っ取る場面がある。

 何とまあ、驚くべきことが書かれているではないか。村上春樹は作家としての自覚以前に大人としての自覚を欠いていると感じていたが、ここでは、子供の意識のままで大人になりかけている彼の青年期の姿が浮き彫りになっている。

 わたしが学生だった頃は学生運動の残照があったというくらいだったが、それでも学生運動に関わり――極左翼だったのだろうと思うが――、成田へ出かけ(三里塚闘争)、火炎瓶を投げて逮捕された人を知っている。長く続いた裁判が相当に応えていたようで、憔悴している姿を見たことがあった。その後は逮捕されないような社会の枠内で、活動を続けていると彼の奥さんから聞いたことがある。「彼の活動にあまり賛成はできないけれど、思想を貫いているところは立派だと感心せざるをえないわね」と奥さんはいっていた。

 村上春樹もどう言い訳しようが、学生運動に関わっていたわけである。逮捕されなかったのは、運がよかっただけの話だ。その自覚がない。当時がそうだったというのであればともかく、 今尚そのような自覚のなさなのだろう。

 ルービン氏は次のようなリポートもしている。

 芦屋市で過ごした中学時代については、教師に殴られた記憶しかないと書いている。村上は教師たちを嫌い、彼らは勉強しない村上を嫌った。神戸高校に進んでからも勉強はしなかった。ほとんど毎日のように(大好きだが下手な)麻雀をして、女の子と遊び、ジャズ喫茶や映画館に入り浸り、煙草を喫み、学校をさぼり、授業中に小説を読んでいたが、落ちこぼれたことはなかった。
 若いころのこうした経験を見るかぎり、彼は大勢のなかで目立たないままでいてもおかしくなかった。格別ストレスをもたらさない、静かな郊外に暮すいい子だった。

 いえいえルービンさん、あなたの認識は間違っています。村上春樹は当時の日本の基準からいえば、立派な不良です。 

 これは重要なことだと思うが、村上春樹には、物事を単純化してレッテルを貼りつける癖がある。オウム事件の暴力も第二次大戦における日本軍の暴力も、あるいはこれは想像の域を出ないが、教師から殴られたという暴力も、春樹の頭の中では一緒くたとなって溶解し合い、同じレッテルが貼られているのではないだろうか。

 暴力沙汰のみならず、何事も、見かけほど単純ではない。原因が複雑に絡んでいることが多く、一緒くたにはできないのだ。文学は本来、単純に見える物事の舞台裏――その複雑な事情――に理智の光を当てるものではなかったか。

 その辺りのことを考えながら、ルービン氏の著作を追って、今度は『ねじまき鳥クロニクル』を見てみたい。〔続〕

関連記事:村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』

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2009年4月14日 (火)

落ち着かない気分の春の日

 昨日は過ごしやすい春の日という感じで、夫がカーリー・パセリとイタリアン・パセリと土を買ってきてくれただけでなく、植え替えをしてくれました。

 ラベンダーは茎なんだか幹なのかわからないくらいの成長ぶりなのですが、よく見ると、花が開ききっていないので、しばらくは見守ります。

 わたしくらいの年齢になってくると、夫婦で土いじりというのは似合っている気がします。まあベランダでわずかの土をいじる程度ですけれど。いろいろある夫婦であっても、空とか鳥とか植えたばかりの初々しいパセリなんかを指差しての会話、何か若い頃にはなかった滋味が出てきたような……。

 評論をホームページに収録してしまおうと思いつつも、ついつい外に目が行き、作業をサボりたくなりました。『女弟子』のトップ画像を替えたり、リンクページの自分のサイトに説明を書き加えたりとそんなことをしただけ。

 そういえば、入った協会の文学賞の一次に通っていました。丁度入会の手続きをする頃に文学賞の募集があっていたので、ついでに(といってはナンですが)応募していたのです。

 もう文学賞応募はやめようと思いながら、悪癖のように出してしまいました。あちこちで名を見かけたつわものを数人見つけました。もうすぐ休刊になる同人雑誌の仲間の名もありました。彼は、協会の別の賞の最終候補にも名が挙がっていました。

 昨夜、協会の雑誌に掲載されている小説を2編読みました。『三*文学』に掲載される小説と似ているなあ。いずれも現在の社会状況を絶妙に捉えた作品で、思わず読み耽ってしまいましたが、一編の終わり方はあれは何なのでしょう? 呆気にとられる終わり方でした。

 技巧なのか、人生哲学の表現なのか判然としませんが、ちょっと中途半端ですね。もう一編は丁寧に書かれた好感度の高い作品でした。が、読み終わってみると、物足りない感じがしました。

 わたしもできれば、次の次(7月末)くらいの締め切りには出したいと思っていますが(会員は原稿用紙45枚までなら無料なので、40~45枚の短編を)、没になることも多そう。裁判もあるし。10月末の締め切りに間に合わなければ、その次は締め切りも雑誌の発行も来年になってしまいます。現段階では、会員継続するかどうかはわかりません。

 会費のことを考えると気が逸りますけれど、自身の作品のことをまずは考え、応募だの投稿などのことは考えず、枚数制限も課さずに、例の神秘主義的作品を仕上げたいと思っています。

 土曜日息子から電話がありました。社会人としての新生活に文字通り、揉まれている様子。駅員さんにぎゅうぎゅう押し込められる満員の東京メトロで、何と早くもスーツの背中の縫い目が破れてしまったとか。

 ビリビリと音がして、自分の服が何かに引っかかり、引っ張られて破れていくのはわかったけれど、身動きが全然できない状態で、なすすべがなかったとのことでした。たまたま2日前、寮の近所のスーパーに行ったときに、服の破れなんかを修繕するという広告を見ていたそうで、そこへ持って行ったようです。

 自転車を購入して会社まで行ってみたとのことですが、片道で30分はかかり、自転車通勤は諦めたとか。寮の食事は、家庭料理風ということです。ただ、メニューに偏りがあるとか。

 おかずが足りない夕食があったかと思うと、すき焼とウナギが一緒に出た夕食もあったそうです。昼食は、会社で弁当が売られていて、外食に出ることもでき、お昼代が500円出るというのは、ありがたい話です。

 全体での研修は連休前まで。同じ部署に配属される5人のうち、息子以外に同じ寮に2人いるそうです。1人はドクターを出ているので、おじさんな感じとか。もう1人はマスター出の感じのよさそうな人だそう。

 会社では大学でしてきたような研究を続けることは無理なので、できれば来春からでも、可能であれば、社会人ドクターとして元いた研究室に戻りたいとの息子の希望です。働きながら研究室に籍を置くとなると、大変ではないでしょうか。

 息子のいた研究室には社会人ドクターがいたそうで、その人はかなり忙しい会社に身を置いていたそうですが、3ヶ月に1度のペースで来ていたとのこと。

 息子の入った会社は有給休暇を消化することを奨励しているため、最低でも2ヶ月に1度は有給休暇をとることになるので、必要なだけ研究室に顔を出すことは可能だろうとの話です。

 まあまだ研修中ですし、仕事を優先することは息子にとっても当然のことのようですから、先のことはどうなるのかはわかりません。息子なりにいろいろと考えてきていることは確かで、マスターからそのままドクターに行くことは金銭的に考えられなかったので、卒業、入社を果たしました。いつ行くかの課題はあるにしても、ドクターに行くことは計画のうちであるようです。

 研究室で身につけたことが錆びついてしまうのは耐え難いみたいで、書く道具さえあればいつどこででも好きな創作を続けられるわたしは、息子にとって羨ましいとか。息子が好きなことをするためには、研究室にある沢山のコンピュータたちが必要なのでしょう。

 マスター時代が研究室での仕事、自炊、バイトとフルに忙しかったためか、食事つきで決まった時間に帰宅できる今のほうがある意味では楽な様子。本格的に仕事に入れば、大変になるのでしょうけれど。秋には、基本情報技術者の試験も待っています。

 春に受けたかったようですが、論文、卒業、引っ越し、入社で学習の時間がとれなかったとか。

 わたしはこれから泌尿器科。そのあと、休日の娘と待ち合わせて遅いランチをする予定です。

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2009年4月12日 (日)

料理の記事をアップしました

 料理の記事が多くなりすぎたので、当ブログのサポートブログ「プチ・マダムNの覚書」に料理の記事をアップしてみました。これからも当ブログにアップしてみたり、プチにアップしたりと、二つのブログを気ままに使用することになりそうです。

プチにアップした料理の記事です。

豚肉と豆の煮込み
http://noix-n.blogspot.com/2009/04/blog-post_12.html

水菜と豚肉のさっと煮
http://noix-n.blogspot.com/2009/04/blog-post_535.html

つくねの焼き葱添え
http://noix-n.blogspot.com/2009/04/blog-post_1646.html

なすのレンジ蒸し
http://noix-n.blogspot.com/2009/04/blog-post_7658.html

サラダ・トマト・ミモザ
http://noix-n.blogspot.com/2009/04/blog-post_9551.html

豚の梅しょうが焼き
http://noix-n.blogspot.com/2009/04/blog-post_6338.html

なすのごま酢
http://noix-n.blogspot.com/2009/04/blog-post_9325.html

魚の煮つけ
http://noix-n.blogspot.com/2009/04/blog-post_8964.html

 100号まで続いた「服部幸應のしあわせクッキング」(デアゴスティーニ・ジャパン)。服部先生の雑誌を娘がせっせとプレゼントしてくれたお蔭で、わたしは料理が上達したと思います。食材や栄養に関する知識も増えました。一生の宝物です。

 そんな折、今度は同じデアゴスティーニから(わたしこれまで申し訳ないことに、ずっと間違って、デアゴスティーニをディアゴスティーニと書いてしまっていました。謹んで訂正させていただきます)、「週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版」が出はじめたではありませんか。娘が試しに2号を買ってきてくれて、知りました。

 もしかしたらあの土井勝先生の息子さんでは、とすぐに思いました。亡くなった母が土井勝先生の料理の本を持っていて、よく絶賛していたのですね。ネットで調べてみると、ウィキペディアに、

家庭料理の第一人者として定評のあった土井勝の次男。スイス・フランスでフランス料理を、大阪の「味吉兆」では日本料理を修業。

 とありました。ああやっぱり、息子さんなんだ、と思い、なぜか胸が熱くなった次第。

 ほしいと思いましたが、娘もさすがにこちらのほうまでは……ですので、家計からときどき購入することになると思います。3号に魚の煮つけが特集されていたので、これはと思い、買いました。

 実は、煮つけにどうしても自信が持てなかったのです。いろんな本を見て作ってみましたが、何か違うと思っていました。結婚後ずっとそうでした。家族に美味しいといって貰えるくらいの煮つけにはなりましたが、亡くなった母の煮つけはもっとふっくらしていて、全然臭みが感じられなかったと思ってしまうのですね。

 母もいろんな料理の本を持っていましたから、魚の煮つけはどれを見て作っていたのか、母の我流だったのかどうかさえ、わからなくなっていました。どういうわけか、土井勝先生の本を探すことを思いつきませんでした。

 母が持っていた土井勝先生の本には如何にも高級そうな、本格的な感じが漂っていたために、新婚当初のわたしのなかでは別格扱いとなってしまい、自分には遠いものとして忘れてしまっていたのでした。

P3280682 魚の煮つけ。3号を買い、さっそく作ってみたところ、ああこれだと思いました。息子さんに受け継がれたものがあるのでしょうね。ふっくらとした、不思議なくらい臭みのない、上品な、美味しい……本当に美味しい煮つけが出来上がりました。家族にも勿論大好評! 魚の煮つけが得意になりたいかたへおすすめします。

P3140565_2P3100686_4 あれも美味しかったなあ! なすのレンジ蒸し。マヨラーでない夫も美味しいを連発していました。水菜と豚肉のさっと煮がまた美味しくてね……。

 他の料理の本からの紹介もあります。プチではレシピの紹介もしていますので、前掲のリンクからどうぞ。 

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2009年4月11日 (土)

サボテンの乱れ伸び

サボテンの乱れ伸び(?)

 ラベンダーも乱れていますが、サボテンも収拾つかなくなってきました。木製のプランター入れに、サボテンの植わった3個の鉢を並べています。

 買った時期は違いますが、どれもはじめは、玩具のような鉢にちょこんと植わったまん丸でした。

 買ってきて何年になるか覚えていないくらいですが、くねくねと伸びて枝分かれしたりしているサボテンは一番古いと思います。少なくとも10年以上にはなります。

 向かって右端のサボテンは、そのくねくねの子供です。あるとき、綿毛がついている……と思ってよく見たら、柔らかな白い棘に包まれた子供でした。今は背丈も伸びて、あの小さなホワホワだったとは信じられません。

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ラベンダーの乱れ咲き

ラベンダーの乱れ咲き
 プランターで育っているラベンダーが収拾つかなくなってきました。伸びすぎた枝や混み合った部分はカットしてあげたほうがいいようです。

 ネットで簡単なポプリの作り方を閲覧しました。ドライフラワーはあまり好きではないので、ポプリにチャレンジしてみようかな。

 パセリはとっても重宝します。今年は、カーリーパセリだけでなく、イタリアンパセリも育ててみようと思っています。

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2009年4月10日 (金)

携帯で撮った写真はプチに

 最近、何かと身辺が慌しくて料理の記事が書けません。自身のためにも書きたいのですが、デジカメで撮った写真をブログにアップしたり、レシピを書いたりする時間がなかなかとれず……。

 そこで、チラホラ携帯でも撮り、当ブログのサポートブログ、プチにアップしています。携帯でアップすることがほとんどなので、レシピは書いていませんが、どの先生のどの雑誌を参考にしたか、ぐらいのことは書いていますので、お暇な方はどうぞ(ちょっといい加減かも……)。

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杉田久女の桜の句をご紹介

 過去記事で予告しました、杉田久女の桜の句を『杉田久女全集第一巻』(杉田久女著、立風書房、1989年)よりご紹介します。三の楊貴妃桜を詠った諸句のうち二番目の句は、名句の多い久女の句の中でも特によく知られた句です。わたしは三の最後を飾る句も好きです。

  桜の句

一 延命寺(小倉郊外) 三句

釣舟の漕ぎ現はれし花の上
花の寺登つて海を見しばかり
花の坂船現はれて海蒼し

二 阿部山五重桜(花衣所載) 四句

傘をうつ牡丹桜の滴かな
うす墨をふくみてさみし雨の花
雨ふくむ淡墨桜みどりがち
花の坂海現はれて凪にけり

三 八幡公会クラブにて 六句

掃きよせてある花屑も貴妃桜
風に落つ貴妃桜房のまゝ
花房の吹かれまろべる露台かな
むれ落ちて貴妃桜房のまゝ
むれ落ちて貴妃桜尚あせず
きざはしを降りる沓なし貴妃桜

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やはり断章は、あったほうがよかった!

 二つの原稿を比べた。

 やはり、挿入を忘れてしまった断章は、断然あったほうがよい。そういう結論に達した。ああ馬鹿をやってしまった。でも、枚数制限を考えると、どちらにしても削ることになっただろうとは思う。悔しい気持ちで……。

 ホームページには、断章を加えた決定版? を収録したい。パムクからの二つの引用のうち削った一つも回復させて収録しようと思う。

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しまった!

 深夜、評論を見直していて、あっと声を上げてしまった。何と、あとで挿入しようと思っていた断章が抜けている。冷や汗が出てしまった。

 焦りながら確かめてみると、やはり抜けている。そのショックでどっと疲れ、寝てしまった。

 ショックのためか、変な夢ばかり見て、それでも元気に目覚め、改めて原稿を確認してみた。

 ポイントとなる大事な断章なのだが、どこに挿入すべきかで迷い、作業を後回しにしてそのままになっていたのだった。

 これは編集人から作品を短くするようにいわれる以前に起きた、わたしのうっかりミスだ。

 深呼吸し、落ち着いてから再度、評論を確認した。その断章が抜けていたからといって、そのことがわかるのはわたしだけだ。適切な挿入箇所を考えれば、〈Ⅵ 最後〉の部分しかしかなく、最後のところでごたつく感じもあり、作品のスタイル上の美しさという点では、むしろないほうがすっきりと整って見え、よいくらいだろう。

 事実、同じようなことを書いている箇所があるから、断章は、その部分を最後になって強調する役割を持つにすぎない。が、わたしの感じ方では、その断章には強い喚起力があり、作品の仕上げに決定権を持つほどの断章ではあるのだ。

 今更、減らした枚数をまた増やさせてくださいなどと、編集人にいえるものではない。指示に従って91枚を76枚に減らしたのに、断章を入れるとなると81枚にはなる。

 割り切れない思いは残るが、提出作品はあのままにしておくしかない。ホームページに入れる場合をどうするかだ。

 午前中、断章を入れた原稿をプリントアウトした。もう少し時間を置いてから、断章抜きの原稿と比較して、どちらを収録するか決めようと思う。

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2009年4月 9日 (木)

つぶやき

こちらでは桜もかなり散ってしまいましたが、桜の時期というと思い出す杉田久女の凄艶な桜の句。

この記事は携帯からですが、気が向けば、あとでその久女の桜の句をまとめてパソコンでアップします……と予告すると、せずに終わりがちなので、お約束はしませんね。

まだ膀胱炎の痛みが排尿時にはあるものの、腰の辺りの重苦しさはとれました。来週、尿が綺麗になったかどうかの確認でまた日赤へ。

膀胱炎にならなければ、昨年県立でびっしりあるから要定期検診といわれた肝嚢胞を日赤で診て貰うつもりでしたが(循環器と呼吸器を県立系の先生方に診ていただいているため、県立にするか日赤にするかで迷います)、またまた別の科に新患として行くのかと思うと、面倒になっちゃいました。暇になったら? 行こうかな。

形成外科にも行きたいと思っていたのだけれど、これもまだ当分はいいやという心理に。

今日は、評論のⅠとⅡを自己資料庫『工房』に入れました。作品の舞台『女弟子』にも、入れたいと思っています。料理の写真が、溜まりすぎました。

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2009年4月 8日 (水)

ペットショップで聞いた話

 膀胱炎の薬が効いてきて、ホッとしています。

 夫が休みだったので、病院に迎えに来て貰い、途中で中心街に寄りました。膀胱炎の痛みもあったし、夫をあまり喫茶店で待たせるのもナンなので、今日は食品の買い物くらいにするつもりでしたが、どうしてもハムスターを見たくなり、ペットショップへ。

 『ハムスター列伝』が滞ったままですけれど、前にハムスターを長いこと飼っていたので、ときどきハムスターを見ないと禁断症状? が出るのですね。

 ペットショップには、ジャンガリアンのオスとメスが2匹ずついました。

 オスはどちらも寝ていて、1匹はまんまるになって眠っており、もう一匹はピンクの両手両足を上にして眠っていました。メスは最初はくっついて眠っていましたが、見ているうちに起きて、それぞれごそごそし始めました。

 最後の頃にうちで飼った2匹――ショコラ(ションちゃん)とフレーズ(フーちゃん)は、この系統のパールホワイトでした。ジャンガリアンの中から偶然生まれた白い毛のハムスターを掛け合わせたのがパールホワイトだそうで、白子とは違うため、普通のシャンガリアンより体が弱いということはないそうです。

 最近、下半身だけが黒い、まるで黒いズボンを履いたように見えるパールホワイトが入り、すぐに売れたのだとか。牛柄のパールホワイトはときどきいて、牛年のせいか人気があるそうです。黒いおズボンのハムスター、見たいなあ。

 それから、ちょっと興味深い話も聞きました。

 血が濃くなりがちなハムスターにはたまに、腕や脚が欠けていたり、消化器官に奇形のあるものがいるそうです。そのペットショップでは、そうしたハムスターをお店には出さないようにしているそうで、入荷して4日くらいは消化器官が正常に働いているかどうかを調べるとか。

 うちで飼っていたハムスターはこの街に引っ越してくる前に別の街の別のペットショップで購入したものでしたが、ゴールデンハムスターの中に、消化器官に欠陥があって長生きできなかったハムスターがいました。コーヒー(コーちゃん)がそうです。

 また、わが家に初めて来たのは、脚が1本欠けていたハムスターだったのです。クッキー(クーちゃん)と名づけましたが、クッキーは別格でした〔写真のハムスターがクッキー〕。

P1000010_1

 そのあとで飼ったハムスターたちもそれぞれ個性的で、頭もよさそうなのが多かったのですけれど、クッキーには他のどのハムスターとも違う何かがありました。

 人間でも、血の濃すぎる家系からは異常児の生まれる割合が高いといいますが、天才なんかもそうした家系から生まれやすいといいますよね。

 クッキーは脚が欠けていたのですが、頭のよいことといったら! わたしと一緒に寝ていたくらいによくなつきました。それに例えば、毛繕いをするのに、野菜についた水滴を用いていました。他のハムスターは自分の唾液で毛繕いをし、水滴をポマードのように用いるクッキーのようなハムスターは、わが家には遂に現れませんでした。

 クッキーを初めて公園へ連れて行ったときのこと。

 ケージから出してやると、広い世界を見た驚き(としか思えない表情で)のけぞったのです。しばらく驚いていました。そして、雑草に対する好奇心はまるで植物学者のようで、死ぬ直前までその好奇心は衰えを知らず、植物をまざまざと観察しては、ちょっと齧ってみたり、考え込んだり(しているようにしか見えない表情をし)、何にせよ、その姿、振る舞いは他のハムスターとは雰囲気が違い、人間そのものを連想させました。

 うちの家族は全員、クッキーは違った、といいます。あの賢さは、血の濃さという背景から出てきたものなのかもしれませんね。

 最近、ハムスターを飼いたくてたまりません。

 このマンションは、初代持ち主を除けば、ペット禁止です。わたしたちがここを借りて入った当初は、犬猫を隠れて飼っている人も案外いましたが、管理が厳しくなり、それを受けた管理人さんがとても厳しくて、犬猫をほとんど見かけなくなりました。

 同じ階の端っこに住む南田洋子に似た女性は、隠れて飼っていた口で、散歩に出る際に管理人室の前を無事に通るために、ワンちゃんをリュックに入れ、背負って行っていたそうですが、管理人さんに見つかり、手放さざるをえなかったのだとか。

 ハムスター、ことにジャンガリアンのように、ほぼケージとか水槽とかの中だけでも飼える小さな大人しいものはあまり問題なさそうではありましたが、厳しいムードの中では心理的に飼いたくなくなり、また、わたしの喘息でドクターストップがかかったということもあって、わが家のハムスターの歴史は閉じました。

 ところが……大層厳しかった管理人さんが定年で辞められ、新しい管理人さんが任務に就かれました。前の管理人さんほどの厳しさは感じられません。まだ本当のところはわかりませんが、気分がリラックスしたためか、またハムスターを飼いたくなってきました。

 まあ喘息の問題はありますが……。夫が飼っている熱帯魚を一緒に可愛がるくらいにしておいたほうが無難かしら。

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膀胱炎でした

日赤の泌尿器科を受診しました。入院中診ていただいた先生。

急性膀胱炎だとのこと。膀胱のレントゲンも撮りましたが、レントゲンに写るような石はないそうで、小さな石はあるかもしれないが、出るだろうから心配ないとのこと。

フロモックスが5日分出ました。帰る前に、もう一度尿検査しました。次回は14日。

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間違いなく石です

小用時に悶絶の痛み、異物感……これは間違いなく石です。

6時半ごろ、評論を入れたエクスパックをポストに投函しに行ったのですが、歩きにくかったです。

水を飲み過ぎておなかがゆるくなってしまいましたが、なかなか出てくれず……尾籠な話で申し訳こざいません。

右膝も痛く……体があちこちで苦情を言っています。

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午前2時半、ようやく評論の完成。でも膀胱炎に…

 午前2時半、ようやく評論が完成しました。朝までエクスパックの封をせずにおこうかとも思いましたが、きりがないので、封をしました。またゲラになってきたときに、直せるでしょうから。

 睡眠不足気味なので、爆睡したいところですが、どうやら膀胱炎みたいで。石かもしれませんが。どちらにしても、眠れそうにありません。これから水をガブ飲みしてみます。

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2009年4月 7日 (火)

九十九島せんべい〜!

九十九島せんべい〜!
 家族全員、九十九島せんべいが大好き。デパートの長崎展が今日までだったので、娘に買ってきて貰いました。

 もうすぐ8日になりますが、実はまだ評論の細かな書き直しをしています。

 夕方郵便局に出しに行くつもりでしたが、最後にするつもりの見直しで、あちこちに訂正の必要な箇所が見つかったのです。一気に15枚の削除はやはりダメージでした。

 エクスパックに入れ、すぐ近くにあるポストに早朝までに投函したいと思っています。

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もう1枚減らすのは無理でした

 同人雑誌に提出した評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を編集人の指示で削ることになり、相変わらずその作業をやっていたのですが、もう1枚減らすのはどうしても無理でした。

 思い出は書きました。

 今回の評論を書くにあたって、予めGoogleサイトで作ったホームページ「マダムNの文学工房」に、当ブログに書いた記事で評論に必要なものを収録しておいたのが、とても役立ちました。

 管理画面ではいろいろなことができるのですか、印刷モードにできるのもその一つで、助かります。Googleサイトのホームページは、主に作業用の自己資料庫として使うことになりそうです(勿論、自由にご閲覧ください)。そして、ジオシティーズで作ったホームページは見ていただくためのホームページとしての役割を続けそう。

 何とか完成した『『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、91枚から76枚になりました。これから郵便局に行ったり買い物、家事と用事があるので、今日中には無理かもしれませんが、ホームページに収録したらお知らせします。

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2009年4月 6日 (月)

学生時代の友人とめいっぱいおしゃべり

 大学時代の友人で寮で一緒だった友人Mちゃんから電話があり、久しぶりにめいっぱい話せた。この街に住む友人Sちゃんと3人は同じグループで、もう2人加えた5人が寮で仲良しグループだった。

 Mちゃんとは寮時代、一番何でも話していた。彼女は実家が小倉なので、通勤に切り替えるために一足先に寮を出てしまったが、ときどき連絡を取り合って今日まで続いている。

 Mちゃんは仕事を持っているし、友人の多い人であるので、こちらから連絡をとることはよほどの場合以外は控えるようにしているのだが、窮地に陥ったときにはわたしを思い出してくれるらしく、驚きの電話をくれることがあり、またそうでないときにもフッとわたしのことを思い出してくれるらしく、電話をくれることがある。

 包容力のある彼女には何でも話せる雰囲気があり、たまに電話をくれたときはまとめて話を聞いて貰うことが多い。何となく、おかあさんの雰囲気がある人だ。

 そういえば、彼女もSちゃんも水瓶座、わたしは魚座だが、水瓶座の要素が強いとあって、べたべたしない、それでいて親密さを失わない関係を作りやすいのかもしれない。

 今日は、これまでのこと――病気のこと、父のことなど――を訊かれるままにあれこれ話し、彼女の話も聞いた。ああおなかがいっぱい。飢えていたのだ、とっても。Sちゃんもいつもの会う時期にメールをくれたのだが、待って貰っている。父のことが一段落しないと、ゆとりがない事情を話して……。

 MちゃんもSちゃんも実家のおかあさんが健在で、Mちゃんはご主人が単身赴任、2人のお嬢ちゃんも就職や進学で家を離れていて、現在はおかあさんと2人暮らし。Sちゃんのおかあさんはすぐ近くに住んでいて、始終行ったり来たりしている。

 わたしは母親には、母が生きていた頃から飢えていたなあ。共稼ぎだったし、母が病気になってからは甘えるどころではなかったから。文学がずっと、おかあさんのようなものだった。どんなに大切な存在であることか……。 

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原稿の枚数を減らすつらさ

 評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を同人雑誌の編集人に送っていたところ、午前中、電話があった。

 戦慄! 下手をすれば、掲載して貰えないことがあるからだ。第一、すんなり載せて貰えるときは電話がない。

「凄いじゃないですか!」とお褒めの言葉。戦慄! 凄いけれど、カラーが違うから載せられないという言葉もありうる。

 それに編集人の言葉には微妙な含みがあった。それはそうだろう。賞の選考委員を勤めていられる編集人がお読みになれば、無視できない不穏な箇所がわたしの評論にはあるだろうから。

 それに、編集人とわたしは元々文学観が違う。違いすぎるくらいだ。

 でも、掲載はしていただけるようだ。ただ、枚数を15~16枚減らせとおっしゃる。91枚という長さで15~16枚も減らすということは、脚か腕の一本を切り落とせといわれるのに等しい。

 こちらの都合からいうと目を剥く事態だが、編集人の都合からいえば、休刊になる前ということで、作品がどんどん集まり、嬉しい悲鳴なのだそうだ。枚数の問題は、まあいわば同人同士の土地争いだ。

 午前中いっぱいかかって、何とか短くした。身を削ぐつらさがあった。アクの強い言葉、挑発的な言葉はどうしても必要というわけではないので、削いだ。評論としてはスマートになったかもしれないが、勝負服を剥ぎとられたようなものだった。

 引用は、論の組み立てに必要なものを除いてはほぼ削った。ル・クレジオの作品からの引用は論に組み込んだものではなかった。彼のよさを端的に紹介できると思い、2作品から1箇所ずつ引用していたのだが、1箇所のみ残した。

 わたしは編集人にお電話した。

「15~16枚減らせとおっしゃったので、何とか15枚減らしましたけれど」というと、「ええ……」と煮え切らないムードの編集人。

「16枚減らさなきゃだめですか?」と仕方なくわたし。「はい、16枚減らしてください。よろしく」と編集人。

 わたしはうっすら怒りが込みあげてきた。この上、もう片方の手か脚を切り落とせというのか? ル・クレジオのあれを削れというのか? もう1枚削るとなると、そうなってしまう。

「15~16枚とおっしゃいましたよね。それは、15枚でもいいということでしょう?」とわたし。編集人は笑って「わかりました。それでいいでしょう」

「思い出はどうしましょうか。枚数がもったいないですから、わたしはよしましょうか」と若干の皮肉をこめていう。

「いえいえ。どんどん集まってきていますから、出してください。Kくんも出してくれていますよ」

 この心境下で書けば、複雑な思い出を書くことになりそう。

 91枚が76枚になった。痛い。これから何度か見直して、もう1枚削れれば削り、削れなければ削らずに(当たり前のことをいっている)、指示通りフロッピーに入れ、編集人に送ろうと思う。フロッピーなんて、使うのは久しぶりだ。

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2009年4月 5日 (日)

北朝鮮、飛翔体発射

 わたしが狭心症の発作を起こして寝ていた間に、北朝鮮の飛翔体が発射され、日本上空を越えたようですね。

 日本に被害がなかったのは何よりでしたが……。

 兵器の輸出が、北朝鮮にとっては、最も外貨を稼げる手段となっているところが一番の問題ですね。

 今回の飛翔体発射の目的の一つに、外国の購入希望者へ向けた宣伝があるといわれていました。

 ロケットだったとすると、弾道ミサイルに応用可能な技術があることをアピールすることが狙いだったのでしょう。

 この問題の裏側に、北朝鮮の悪循環に陥った経済事情とおなかを空かせた沢山の顔、顔、顔が透けて見えるようで……。

 北朝鮮の兵器を買いたがっている国や組織があることを考えれば、この問題が四方八方に根を張ったものであることがわかります。

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午後2時になる頃、また発作

午後2時になる頃、また発作

 朝、強い胸痛を伴う狭心症の発作が起き、ニトロペンを1錠使いました。

 それによって一応発作は治まりましたが、そのあと、貧血でも起こしたような感じで気分が優れませんでした。

 狭心症の発作の前兆として同様の症状が起きることがありますし、また発作後にこうなることもしばしばあり、そのときニトロペンを追加してよくなることがありました。

 ニトロペンを使ったために血圧の低下が起き、それでフラフラして血の気が引いたみたいになっているのであれば、追加して使用しないほうがいいような気がしてしまいます。

 で、使わなかったのですが、起きていられないくらい血の気が引き、失神したように寝てしまいました。

 ひどい胸の圧迫感で目覚め、すぐにニトロペンを使いました。やれやれです。

 ペンダントが重く感じられてつけるのが嫌でしたが、胸の状態が完全に回復したのか、ペンダントをつけてもいいなという気分になりました。←これ、バロメーターになりますね。

 あの貧血みたいな症状は、やはり狭心症から来ていたに違いなく、冠動脈の痙攣のために、脳の血流が悪くなっていたのでしょう。

 外出中に起きていれば、失神していたでしょうね。次回、循環器クリニックを受診するとき、このことをお話しして、わたしの想像が正しいのかどうか確認をとりたいと思います。

 調子がよくなると、ケロリと忘れてしまいそうですけれど。

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久しぶりに中発作(>_<) 前兆あり

久しぶりに中発作(>_<)<br />
 前兆あり
 
 トイレから持ち帰ったニトロペンの殻です。

 8:00になろうとする頃、小用を足そうとトイレのドアに手をかけたとき、いきなり胸痛に見舞われました。

 いつも(自分の中の基準で)中以上の痛みが起きたときは、ただただ凍りいたようになってしまうのですが、容赦なく痛みは強まり、息をするのも容易でなくなりました。

 これは数秒単位で推移する話なのですけれど、いつものように、自分の中では長い時間に感じられます。

 こんなときに限ってニトロ舌下錠専用のペンダントをかけていませんでした。何日も、入浴時以外は首にかけたままだったのに、前の記事を書いた後、ふと重く感じられて外していました。

 この重く感じたという時点で、狭心症発作の前兆と気づくべきでした。頭痛と軽い吐き気、目眩も起きて不快で、無理に眠ろうとしたのを覚えています。

 それにしても、ブログに体調がよいと書いた直後にこれです。

 で、発作時の話に戻りますが、部屋に戻るゆとりはなく、部屋には出勤の支度をしている娘がいましたが、声は出せません。

 前にトイレで発作が起きたときに、ジャムの空き瓶にニトロペンを2錠入れてトイレの床に置いたことを思い出しました。

 トイレへ転がり込み、便座に座ってジャムの空き瓶からニトロを出し、舌下。痛みは強まるばかりでしたが、もう1錠使うのは待ちました。

 次第に楽になり、そのうち胸の痛みも消えました。

 備えあれば憂いなし、ですね。ジャムの空き瓶には1錠追加しておきます。

 ジャムの空き瓶にニトロを入れて置いたのは、いつだったかしら? 自分に感謝したい気持ちになりました。

 循環器クリニックの先生は先日の診察のときに、発作が起きやすい場合をあれこれ想定して注意を促してくださったのに、あのときわたしはなぜか反抗的で……心臓疾患のお蔭で狭まるばかりの自由度に、不安と苛立ちを感じていたのだと思います。ごめんなさい。

 ペンダントも今はまだ何となくつらくて外したままですが、軽くて3錠も入るよいペンダントですから、なるべくつけるようにしたいと思っています。

 わたしの場合、オーバーワークの最中より、それからしばらくしてドンと来ることが多いです。よく寝た後だったのに……安静をとった後も油断はできないということですね。よい教訓になりました。

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2009年4月 3日 (金)

循環器クリニック受診。これから呼吸器クリニックへ

これから呼吸器クリニックへ

循環器クリニックに出かけた後、爆睡。クリニックの待合室でもうとうと。ああもう4時だっ!

先生から温度が低いところに行くときには、冠動脈が痙攣しやすいので、気をつけるようにとのこと。細かく例を挙げてくださいました。
「スーパーの鮮魚コーナーとか用心しないとね。あそこは、いきなり行くと、ヒヤッとするからね」と先生は、まるでスーパーの鮮魚コーナーが怖ろしい場所ででもあるかのような顔をして注意を促してくださいました。
それから銀行は昔と違って……コンピュータがどうの……だから注意が要るんだっけ、要らないんだっけ?

何かわたし、ちゃんと聞いていなかったみたいです。だって、急には行くなといわれても……忍び足で行けばいいんですか?
それとも着込んで?
ニトロのペンダントして行きますね。

発作が起きたうちの一回は旅行中(例の裁判の)というと、穏やかな先生がピリッとして「旅行に行ったの?」といってこちらを注視されたので、「あ、いえ、実家へ行っただけです」と思わず言い訳。前に、旅行はあまり行かないほうがよいといわれましたっけ。
きめ細やかな注意、ありがたいと思いました。

ところで、昨日から困っているのが右膝のロッキングです。杖ほしい。

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もう午前10 時

もう午前10<br />
 時
ようやく原稿が完成。ブログの記事を綴り合わせるだけのはずが、こんなに時間喰うなんて。

原稿用紙91枚になりました。評論なので引用が多くなりますか、評論としては短いほうではありませんね。
パムクの雪やクレジオの黄金の魚、あるいはレッシングの他の作品に触れたかったのですが、やはり今回は時間切れ。

作品にまとめる過程で新たなる発見がいくつかあり、織り込みました。

よれよれ〜だけど、今日は今から循環器クリニック、帰宅して休んで、午後は呼吸器クリニックと買い物です。

写真は、昨日の夕飯です。土井先生のレシピ。

今日は携帯からの更新ですが、次の裁判までは時間ができるので、料理の記事なども書けると思います。

では、また。

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2009年4月 2日 (木)

完成にあと一歩

 何とか評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を仕上げましたが、見直しに夜までかかりそう。

 ブログの自身の過去記事を繋げばいいだけだから簡単、と思っていたのですが、案外手間取りました。

 オルハン・パムクの『わたしの名は紅』を読んでとったノート(9本の記事)をそのまま使うかまとめるかで迷っています。『紅』はミステリー仕立てなので、ノート形式で追っていく風にしたほうがいいような気がしています。

 ノートの紹介後にまとめを付けました。マトリーョシカみたいかも。全体の構成が、

Ⅰ村上春樹現象
Ⅱ小論『村上春樹「ノルウェイの森」の薄気味の悪さ
Ⅲオルハン・パムク『わたしの名は紅』を分析する
Ⅳ乾いた知性、強烈な社会性――ドリス・レッシング
Ⅴル・クレジオの光と風
Ⅵ最後に

 という具合。結構長い評論になりそう。もっとしっかり書き込めば、いいものになりそうですが、時間切れ。パムクとル・クレジオの作品は家にあるぶんはざっとながら読みました。わたしの考えは前と同じですが、つけ加えたいことがあれこれ出てきました。完成したら、ウェブページでアップします。過去記事とダブりますが、いくらか違うところもあります。

 朝クリニックに行くつもりでしたが、もうお昼休みの時間だし、眠くて行けそうにないので、寝ます。

 鏡に寝不足のあまりすっかり青ざめた顔の自分が映りました。そのとき鏡に近づいて気づいたのですが、額の腫瘤が目立ち始めています。うっすら赤いニキビのできかけに見えますが、皮膚の下ではおそらく骨腫瘍がしたたかに根を張り、茎を伸ばしかけたのです。そんな手触りです。あー嫌だなあ。

 今月の内科受診の際に、形成外科に紹介状を書いて貰えないか訊いてみたいと思います。この腫瘤、外骨腫だと削ればよいのですが、摘出したコブ1号と同じ硬質の骨腫だと厄介ですから、早めに診て貰いたいのです。何だか成長が速い……まさか寝不足が速めたなんてことは。

 話題は変わりますが、息子から、昨日も電話がありました。わたしとは少し話した程度ですが、娘と長電話していました。

 通勤ラッシュに驚いたとか。寮の夕飯は、秋刀魚の塩焼き、豚汁、小松菜の和え物だったそうです。ごはんはお代わり自由だそうですが、おかずの量が足りなかったみたいです。会社からは、築地中央市場がすぐで、お台場なんかも近いとか。遊びに行きたいなあ。

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2009年4月 1日 (水)

非売品プチU.F.O.

非売品プチU.F.O.
書店勤めの娘が貰ってきた、『〔立場ない人に立話しの話題に座って読んでも〕たちばな出版』の非売品プチUFO。

これお昼にして、原稿書き、頑張っちゃう。

大したこともしていないのに、時間ばかりかかって嫌ね。足りないのは、時間ではなくて脳味噌かしら。ほほほ……。何にしても、本の一気読みって、頭によくないわねー。

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