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2009年3月 1日 (日)

今後の課題

 体調悪く、手抜き気味の家事だけで精一杯という感じ。衰えた体に鞭を打っても、反応が鈍い。次回の口頭弁論には日帰りを考えていたけれど、1泊したほうがよさそうだ。

 今以上にしんどければ、診断書を提出して延期して貰うことも考えなければならないが、わたしの病気は時間を置けば治るというものではないので、それこそ文字通り這ってでも行ったほうがいいかも。弁護士は雇えない、雇いたくない。

 期間中に下手をすれば、倒れるとかいってしまうとかいうこともありうる。その場合は裁判所に連絡してくれるように夫と娘に頼んだ。

 このまま細く長く生きられそうな気もするが、案外早くいってしまう場合のことを想像すると、一番心配なのは、娘のことだ。夫のことは何の心配もしていない(それだけの理由がある)。その場合の対策は、娘とたまに話す。わたしの健康状態から考えれば、そう大袈裟なことではない。

 父夫婦の今後だが、ここに引っ越してきて間もない頃に、土地の件で電話があった。そのときに相談に乗ってくれた「市民相談室」の女性担当者の言葉が指標になると思う。彼女は行政に任せたらいい――といった。

 現実はホームドラマのようにはいかない。現実をシビアに見据えなければ、自分だけではなく、周囲の人間をも巻き込んで困った事態を招きかねない(いや、既にそうなっている)。今書いている準備書面に「原告の精神鑑定を検討している」とまで書くかどうかは、迷うところだ。

 この先、父夫婦を精神科で診て貰うことができたとしても、入院になった場合は保証人の問題が出てくるだろう。退院後の問題も出てくる。下手に引き受けてしまうと、責任がかかってくる。今のわたしに、その責任を負うのは無理だ。

 父の再婚前には父との同居を考えていた妹も、今は恐怖心が先に立つようだ。下手な感傷を起こして引き受けることは避けなければならない。

 父は妹夫婦と同居するつもりで、財産のほとんどを妹に行くようにしていたようだ。わたしの息子に通帳を作ってくれたりもしていたと妹から聞いた。再婚後に父は、奥さんの要求で、前掲の土地の件を除けば、すべて彼女のものとなるように変更したらしい(だからといって、骨肉の争いをした覚えはない。全て父があれこれしたにすぎない)。

 わたしたち姉妹はいろいろいわれてきたけれど、奥さんの若さ、曖昧模糊とした過去と合わせて考えれば、わたしたちが父の財産を狙っているというより、彼女のほうに結婚詐欺を疑うのが自然ではないだろうか。実際、当時わたしたちはその心配もいくらかしていた。が、やはり結婚当初から、どこかしら彼女には異常を感じさせるものがあったために、その懸念を発展させなかったのだった。

 昨日、夫とこの件を話していたとき、「一目見たときから、俺には奥さんがおかしいとわかったけれど、それをNにいったら、嗜めたじゃないか。Nは奥さんに本当に好意的だったよ」といった。彼女に、わたしのかけがえのない友人である詩人[文芸部の女性の先輩で統合失調症患者]の面影を見ていたのかもしれない。こうなった今も、奥さんを嫌いにはなれない。裁判では敵対せずにはいられないが、一方では彼女のよりよい今後を願っているのだ。

 治療を受ければ、彼女も詩人のように、とときどき入院しながらではあっても、父と睦まじく暮していくことができるだろうとわたしは期待していた。しかし、こうなった今となってはお手上げだ。裁判に、赤の他人まで巻き込んで迷惑をかけてしまった。銀行や公共機関にまで迷惑をかけるようになった。

 裁判に勝ち、精神科で診察を受けさせ、行政にうまく託す。それしかないと思う。それがわたしの今後の課題で、それを成し遂げることができたら、いってしまってもいい。

 話は前に戻るが、土地の名義について、母の若い頃からの相談相手だった眼科医夫人と母が話すのを、わたしは偶然聴いていた。

 「あなたが死んだあとのことを考えてごらんなさい。土地の名義だけは、あなたにしておいたほうがお嬢さんたちのためですよ。男の人は、どうしてしまうか、わかりませんからね」と母に話していた。

 母の退職金は、両親が建てたこの2軒目の家に注ぎ込まれたのだから、母にはその権利があったと思う。

 わたしはそのことを忘れてしまっていたのだが、父が土地のことをいってきたとき、思い出した。母と眼科医夫人が話していたのは、このことだったのだなと思った。売っても大した額にはなりそうにない土地の、その1/4にすぎない価値は、わたしにとっては亡き2人の女性の懸念が籠もった形見としての価値といってよかった。

 名義変更に応じるには、父夫婦との信頼関係が損なわれすぎていると判断した。また、わたしと妹は父夫婦に怯えながらも、土地を売ってふたりがどこかへ行ってしまうことを懼れた。父は老人なのだ。心身共に崩壊しかけた今、古くからの顔見知りのいるこの土地の見守りの中で暮していてほしかった。

 それに、ふたりしてどこかへ行ったあとで、奥さんが父を捨ててドロンしたらどうなるのだ? 老耄して気の触れた父がボロを纏い、シェークスピア劇に登場する悲劇の父親さながら、人々に馬鹿にされながら見知らぬ街を彷徨う場面が想像された。

 今父の要求に応えるのは危険だと思ったが、場合によっては応じることも考えておかなければならなかった。いずれにしても、そのとき、父夫婦に自分たちで会うのは怖いと思う段階にわたしたちはいた。また、彼らとこの先わたしたち姉妹はどこまで関わらなければならないのか、土地の件と合わせて確認したいと思い、わたしは『市民相談室』へ電話をかけた。そのときの記録が日記にある。

2004年4月11日
 土曜日、実家がある市の*不動産から[妹宅へ]電話があり、父から土地を売却したいと言ってきたという。私と妹の承諾がほしいそうだ。すぐには返事ができないと[わたしたち姉妹は*不動産に]答えた。土地は母名義で、わたしたち姉妹にも1/4ずつ権利がある。家は父名義。
 父の要求に応じなければならないのか、父の妻*さんの扶養の義務が私たち姉妹にあるのか、土地の売却の仲介を専門家に頼む場合の適任者、の3点について「市民相談室」に問い合わせた。
 だいたいは法律相談ということで弁護士さんに相談すべく予約をとるつもりだったのだが、電話に出た相談員は、このケースは、弁護士さんに相談するような性質のものではないということだった。土地・家屋の売却に関しては、土地に私たち姉妹の権利があるので、父の勝手にはできない、ということ(私たちの承諾がない限り父は売却できない)。
*さん[奥さん]の扶養については、私たちと養子縁組していない限り、赤の他人だということだった。
 土地の売却で仲介者を頼むのであれば、親戚などの信頼できる人か司法書士がいいとのこと(弁護士は高いし、私たちが弁護士に依頼するケースでもない)。*さん[奥さん]に精神障害を心配するのであれば(本来私たちが心配する必要はないのだが、迷惑が及びそうな場合)、毎週行われているその種の相談室へ行けば、本人を連れていかなくても話を聞いて助言してくれるのだそうだ。
 ついでに言えば、父に関してさえも、面倒をみるみないは感情論にすぎないのだとか(相談員はそう断言した)。「一人暮らしをなさっている方も多いですよ」とのこと。親子なので、遺産に関する法律問題は発生するが。以上だ。

 引用した日記の断片は、わたしたち姉妹が受身できたことの証拠になると思うので、提出を考えている。このときの話を参考に、妹が父の住む市へ福祉相談に出かけてくれ、父夫婦を行政に見守っていただいているというわけだ。

 一昨日、詩人から電話があったときに父夫婦のことを話した。福岡市であれば、よい精神科や高名な医師を知っているといって、一応教えてくれたが、遠すぎる。彼女が最初に病院にかかったときのことを聞いた。家族に「どっか行こう」といわれて着いた先が、精神科だったそうだ。

「逃げたり、抵抗したりしなかったの?」とわたし。「あっとは思ったけれど、抵抗はしませんでしたね。注射を打たれて、気づいたら、病室だったの」と彼女。

 ドクターによって、患者との相性、治療法、投薬はいろいろだそうだ。

 父夫婦のことや裁判の重圧に圧し拉がれているわたしに、彼女はしずかに、温かくいった。「宗教は、その人が担える以上のものは背負わされないといいますでしょう、どうかそう思ってしっかり……」まるで、女神さまの言葉のように聴こえた。

 本当に……神智学でも、そういう。詩人は、そう思って長年病気とつき合ってきたのだろうか。彼女の用件は年に一度会う約束のことだった。「裁判のことが落ち着いてから、会うことにしましょうか」と遠慮してくれたが、5月の裁判の行きか帰りに会うことにした。このところ、調子がいいそうだ。

 娘が彼女のファンで、「目がね、バルザックの目にそっくりで、何もかも見透かされてる気がしたといっていましたよ」というと、「そんなに有名な人に似ているだなんて、わあ嬉しい!」と笑った。娘は彼女に「すごく緊張するけれど、お会いしたい」そうだ。

 娘が、彼女の童話をパソコンで清書して挿絵を描いているというと、喜びながら、「あの童話がわたしの地でしょうね」といった。娘はその童話を『おしっこ猫』と呼んでいる。何かというと、シャーとおしっこをする猫が登場する童話だからだ。彼女の詩はこちら。左サイドバーのカテゴリーにあります。友人の詩/行織沢子小詩集 http://elder.tea-nifty.com/blog/cat20484287/index.html

 いくら父がおかしくなっているとはいえ、準備書面にわたしたち姉妹が母を共謀して殺したと書いている下りには情けなさと悔しさのあまり、涙が出た。そうなると刑事事件じゃないか。いや、どれもこれも事実とするなら、父夫婦の提出した訴状と準備書面に書かれていることは、ほとんどが刑事事件に該当するようなものばかりだ。実際に、父夫婦はこの件あの件で14回も検察庁や県警に足を運んで相手にされなかったようだが。

 実母殺しと濡れ衣を着せられたわたしのそれに対する否認は下書き中だが、感情が先走りがちでペンが止まる。

 昭和55年、母親が腎臓障害と脳障害のため重体に陥ったとき、被告Nは内定していた就職を犠牲にしてまで3カ月間病院に缶詰めとなって献身的に尽くした。この件のときは乳飲み子を抱え母親を頼っていた状況下にあり、その状況下で母親の死を願うはずがあろうか。原告は夫として、妻のことが心配なら、仕事を替わるなどして傍にいることもできたはずである。不在中の不可抗力な出来事の責任まで全て子供たちに負わせようとする原告の父親としての無責任、身勝手をこそ問いたい……

 無責任、身勝手、冷酷、非情、卑劣、男根主義、女性蔑視、アホ、バカ、まぬけ、とんま……と、どこまでも続けそうになる。再婚した癖に、いつまでも亡き妻を最愛の人のように錯覚するのは止めろ。今の妻を愛しぬけばいいじゃないか。もし、その方向性でいけていたら、奥さんをお医者に連れて行っていただろう。そして自分も狂わずに済んだかもしれなかった。だから忠告したのに。こうなってはもう遅い。お前の人生は失敗だった。それにわたしたち姉妹を巻き込むな。

 こんな声は父の耳には届かない。壁に当たって、わたしに返ってくるだけ。痛いじゃないか、バカ。

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