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2009年1月の41件の記事

2009年1月31日 (土)

最近の夕飯から~(電子レンジで作るカンタン)ポーチドエッグ、チリコンカルネスープ、ブロッコリーと豆腐のスープ

P1040161 鍋でポーチドエッグを作るのは面倒臭くて、あまり楽しくなかった(?)のですけれど、橋本加名子著「スープレシピ」(グラフ社、2006年)に、電子レンジで簡単に作る方法が載っていました。

 あっという間にできて綺麗な仕上がりに感動……以来、ポーチドエッグ作りがすっかり楽しくなり、ちょくちょく作ります。スープにハンバーグにサラダに丼物に、如何ですか?

 前掲の本より、ご紹介します。

  橋本加名子先生のカンタン、《ポーチドエッグ》の作り方

①少し深さのある耐熱容器に卵1個を割り入れ、水大さじ2を加えてラップをかけます。
②500W(強)の電子レンジで約40秒、白身の部分がうっすら白くなるまで加熱します(黄味には火がほとんど通っていないくらいがベスト)。茶こしなどに移して水気をきります。

P1200223_2 同じ本から、エキゾチックな味わいのチリコンカルネスープをご紹介します。材料は2~3人分です。

∥牛ひき肉150g|玉ねぎ1/4個|にんにく1片|キドニービーンズ(水煮缶詰)1/2缶(200g)|トマト(水煮缶詰)1/2缶(200g)|水400ml|ローリエ1枚|固形スープの素1個|白ワイン(または酒)100ml|砂糖大さじ2|チリパウダー大さじ2|トマトケチャップ大さじ2|塩。こしょう各少々|しょうゆ少々|サラダ油大さじ1∥

  1. 玉ねぎとにんにくはみじん切りにします。
  2. 鍋にサラダ油とにんにくを入れて火にかけ、玉ねぎ、牛ひき肉の順に加えて炒めます。肉の色が変わったら分量の水、ローリエを加えて煮立て、アクを取り、スープの素を加えて溶かします。
  3. トマト、キドニービーンズ、白ワイン、砂糖、チリパウダーを加えてトマトをざっとつぶし、10~15分煮て、トマトケチャップ、塩、こしょうで調味します。

P1140246 P1180290  そういえば、前回作ったときにサワークリームなしで済ませたボルシチ、再度作り、今度はたっぷりサワークリームをのせましたよ。

 ヨーグルトと生クリームで作ることもできますが、これは市販のサワークリームです。

 次にご紹介するのは、服部先生のブロッコリーと豆腐のスープです。冬には、実沢山のスープが何よりのご馳走に感じられますね。「週刊 服部幸應のしあわせクッキング100号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥ブロッコリー200g|絹ごし豆腐100g|生しいたけ1~2個(20g)|白いりごま小さじ1|鶏ガラスープの素、しょうゆ、塩、こしょう∥

  1. ブロッコリーは小房に分けて、かためにゆでる。
  2. 豆腐は1cmの角切りにする。
  3. しいたけは薄切りにする。
  4. 鍋に水3カップを入れて熱し、鶏ガラスープの素8gとしいたけを入れる。火が通ったらブロッコリー、豆腐を加え、しょうゆ小さじ1、塩、こしょう各少々で味をととのえる。
  5. 器に盛り、白ごまを振る。

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ユーハイムのケーキ〜!

ユーハイムのケーキ〜!
昨日仕事帰りに娘が買ってきたケーキ、その名はポム。
ポムという名のハムスターを飼ったことがあり、そのポムを思い出しながら、娘とお茶しました。

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2009年1月30日 (金)

つぶやき

 今日の天候は終日重苦しく、わたしの心臓も重かったが、かぶれるためにこの数日貼っていなかったメディトランステープを貼ったところ、かなり調子がよくなり、生き返った心地になった(このニトロ系のテープ、本当に使い勝手がよい。わたしのように皮膚が過敏すぎなければ)。

 そして、家事の合間に国会中継を観ていた。

 以前は全く関心が向かなかった株・為替の情報が気にかかり、iGoogleにタブを追加し、そこで、その関係の情報をキャッチできるようにしている。倒産情報は勿論気にかかり、大企業の赤字やら工場閉鎖やらの情報には辟易するけれど、見ないではいられない。

 政治の変動が激しかった時代のフランスの作家バルザックの作品には、金融に関する事柄が随所に散りばめられていて、それが面白いのだが、この頃では、面白いというより、身に迫って感じられ、読みかたも深刻になってしまう。そのあとの時代のゾラの作品になると、金融が1個のテーマを形成したりする。

 お金のことといえば、『源氏物語』には案外、経済的なことがバルザックに劣らないくらい随所に出てきて、若い頃には光源氏の恋愛を中心に読んだものだが、こうしたところが今は興味深い。経済が出てくるところには、大抵政治に関する出来事も絡んで出てくるから、そうした面白さもある。

 円地文子に、以下の秀逸な指摘がある。

 六条御息所の妄執の中には愛欲ばかりではなく、所有欲もあったと見るのは誤りであろうか。曽て自分が主宰者であった六条の旧邸が、愛人光源氏の手で華麗なものに造り換えられ、その女王の座にわが娘の中宮が座っている間、御息所の霊は安らいでいたが、中宮が去り、他の女君が源氏の正妻として六条の院を主宰することに耐えがたい怒りを感じたのではないか。 〔円地文子『源氏物語私見』新潮文庫、昭和60年〕

 せっかく当ブログに〈Notes:源氏物語〉 を作ったのだから、経済、政治を含めたいくつかのテーマを立ち上げ、各テーマ別に源氏物語を分析してみたいと考えている。これも、ぼちぼちとだが。

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ニトロ舌下後、見た夢

ニトロ舌下後、見た夢
 昨日から今朝にかけて、背中のちょうど心臓のある真下辺りが痛くて、昨夜の料理はその痛みを堪えながらし、夜間は寝返りもできないくらいでした。

 前々日に寝違えたのだろうと思っていたのですが、朝になって突然、前にもこんなことがあって、そのときの背中の痛みは狭心症から来ていたらしく、ニトロ舌下錠がよく効いたことを思い出しました。

 すぐに舌下。

 効かないなあ〜、でも効くまでに時間がかかることもあるから、すぐには追加して使用しないようにと説明書にもあることだし、待ってみようかな。と思いながら、痛みを堪えて何度か寝返りしたり、娘を起こしたりして……記憶があるのはそこまで。起きるつもりだったのに、爆睡してしまったようなのです。

 起きると10時半で、当然、家族は出かけたあと。背中の痛みは完全にではありませんが、ほぼ消えていました。やはり狭心症から来た背中の痛みだったのでしょう。

 ところで、近頃、よく入院している夢を見ます。再入院は嫌だ、と思っているからかもしれません。

 そして、そうした夢の中では決まって3人部屋で、それは処置室のようであったり、病室のようであったりして、U先生の先輩格の知らない医師(U先生は部長ですから、ありえません)が、別々の夢で4度も出てきました。

 今朝の夢では、「そうか。よく夢に出てきた3人部屋ってここのことなんだ」と納得し、場面が変わって別のベッドにいるときに「そうだ。あとで携帯から、入院した報告をブログにしなくちゃ」などと、思っています。硬くて背の高いベッド、ストレッチャーのようなベッドもよく出てきます。

 こんな夢を見たからといって、それが入院を暗示しているとは限りませんが、わたしの場合、3ヶ月から1年ほども前に予知的な夢を見ることが多いので、今後1年間は油断なりません。

 といっても、仮に予知夢であったとしても、どう予防したらいいのか、見当もつきませんが。入院することを予知している夢でなければ、こんなにたびたびの入院するような夢は、何か思うに任せない、人の助けを借りなければならない一時期が訪れることを警告していることが考えられます。

 サイト『眠り男の夢占い』(※左サイトバーのリンク集にあります)の夢お祓い掲示板に、書き込みに行こうかしら。前に1度書き込んで、適切なアドバイスをいただいたことがあります。

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2009年1月29日 (木)

父、そしてコブのこと

昨日の受診疲れで、今日は夕飯作りと洗濯くらいで、寝たり起きたり。
パソコンも開いていません。

こんなことで、父との対決、やれるのでしょうか。元々が底知れぬ体力・気力の持ち主の父。老人となり、一昨年の調停では、さすがに衰えを感じさせましたが、その雰囲気はエネルギッシュで、能の狂物に出てくるシテのようだと感じさせますが、時に狂気を照り返して金光りする目から、能面の中ではむしろ大飛出という面を連想させました。この面は、雷神や蔵王権現などに用いられるということですが。極限を超えて陽気でさえある狂気の人となった父はしかし、始終おかしいわけではなく、正気となることもあるのではないでしょうか。そのときの父のぞっとするような孤独を想像すると、たまりません。

お父さん、あなたは充分、バルザックの人間喜劇の主人公の1人になれますよ(バルザックはギリシア悲劇と喜劇を念頭に置いていたと思われ、前者は神々の物語、後者は人間たちの物語です)。
わたしは子として悩み苦しみ悲しみ、社会人として対策を考え、神秘主義者として過去・現在・未来を検索しようとし、作家の卵として隅々まで観察します(それがわたしの業です)。

この生身では、狂気の父を受け止めるより逃げたい気持ちが勝りますが、ペンでなら(本当はパソコンだけど)しかと受け止めましょう。お父さん、安心して狂いなさい(社会人としてのわたしは、治療を受けさせようとするかもしれませんが)。

ところで、わたしの頭蓋骨に新たにコブのベビーが出現したのではないかと。
左こめかみの上、生え際の近くです。触った感じでは、吹き出物と区別がつかず(わたしは吹き出物に悩まされる年齢ではありません)、鏡で見ても何も見えませんが、嫌な予感がします。
額の生え際に近い場所にある腫瘤も、最初はそうでしたから。これも、まだ見ただけではわかりませんが、手触りではかなりしっかりとしたコブに育ってきました。

仮に良性であったとしても、手術を受けた頭の陥没を考えると、先のことを悲観したくなります。『コブの女』『コブと共に幾年月』『我コブと共に如何に生きしか』『コブ闘病記』なんて、書いてもバカみたいだし。

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2009年1月28日 (水)

内科受診

 採血がありました。

 「カルシウムは、大丈夫ですね。副甲状腺ホルモンは、すぐには出ないんですよ」と、先生。副甲状腺ホルモン値がすぐに出ないことは、承知しております。

 久しぶりに見るU先生、相変わらず同学年とは思えない威厳です。入院中に同室のKさんと「おいくつなんでしょうね?見当もつきませんよね」と噂していたら、看護師さんが調べて教えてくださったのです。

 手術の前に優しく背中を叩いて励ましてくださった先生を、慈父みたいだ、なんて思って失礼しました。

 でも、その入院中にちょっと雑談みたいになったときは同級生とおしゃべりしているような楽しさがありましたから、同学年と知り、なるほどとも思いました。先生は天秤座。

 と、話題が逸れました。赤い数字は異常値だと思いますが、その数値に先生は一瞬鋭いまなざしを注ぐと、それが気に入らないかのように顔を背けられました。そして他の正常値スレスレの数値を、独り言のように繰り返していい、苦笑して、「うーん」と考え込まれたではありませんか。

 いつものわたしであれば、赤とスレスレが何かを伺ったところでしょうが、何せ先生に入院させられた(というような被害者めいた言い方は、何でしょうか)、というトラウマがあるために、ひたすら息を殺していました。熊に出遭った旅人のように。

 「まあ、いいでしょう。次回は3ヶ月後にしましょう。ホルモンの結果はそのときに」と、先生。ホッ……。脅かさないでください、先生。

 わたしはもうよほどでなければ、入院なんてしませんよ。採血ですら、おののいたくらいですから。尤も、カルシウム値さえ高くならなければ、このまま行けるはず。

 次回は4月22日。採血。 

 タクシー乗り場を通って帰りながら、何気なくガラス窓を通して売店のほうに目をやると、「おばあちゃま……!」とつぶやいてしまいました。

 わたしより一足先に退院していったおばあちゃま……Aさんが、例の病衣を着て売店にいるのが見えるではありませんか。

 再会を喜び、というと、状況が状況だけに変ですが、おばあちゃまも入院中で人恋しかったのか、売店前の長椅子に座って1時間ほども話しました。

 4日前に入院し、あと2日ほどで退院予定だそうです。夏の入退院からは、今回の入院までは元気だったそうとか。集中して輸血するための入院であるようです。

 おばあちゃまの病気はリウマチと栄養障害と思っていたのですが、リウマチと血液の病気であるようです。病衣の袖を捲って、青痣だらけの痛々しい腕を見せてくれました。

 おばあちゃまを、病棟へ上がるエレベーターのところまで、送っていきました。「帰りがどちらのほうだったか、忘れてしまうのよ」と、おばあちゃま。

 そういえば、同室だったKさんのことを記事にしようと思いながら、忘れていました。それはまた改めて。

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塩ラーメン〜!

塩ラーメン〜!
内科受診の帰りに、ひとりでラーメンのお昼ごはん。

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2009年1月27日 (火)

父の件

 父の件では、心配をおかけしているようで、心強いメールを頂戴したりして、ありがとうございました。

 答弁書を昨日、地裁に送りました。再度、認知症の疑われる父に訴えられたわたしたちに共通する思いはおそらく、原告(父)および奥さんには精神鑑定が必要だという思いでしょう。

 今回の件では、事前に集まりたいところですが、わたしたち被告は住んでいる場所がバラバラですし、専業主婦であるわたしはともかく、皆、仕事なとで忙しくて、集まるのもなかなか大変。

 先日、従兄が、この件を担当している書記官に会いに行き、そのときに、父に関することは話しただろうと思いますが、とりあえずは第1回口頭弁論に出かけてみないことには、素人のわたしには今後の見通しも何もさっぱりです。

 この裁判で、原告である父の精神鑑定を申請することができるのかどうか、仮にできるとしても、この裁判でそれをするのが適当であるのかどうか、こうしたことについて弁護士に相談するのかどうか……など、わたし1人では決められないことですから、第1回に親族(被告)が顔を合わせたときに今後のことを話し合いたいとわたしは考えています。

 この街に引っ越してきて、それほど経たない頃だったと思いますが、この市の市民相談に電話をかけたことがありました。

 そのときは、父が(奥さんの希望だといいました)、母名義になっている土地の名義変更を認めろと半ば脅迫的に迫ってきたときで、わたしと妹は困りました。

 現在の父がいうような、様々な文書の改竄だのパスポート偽造だのといった荒唐無稽なことに比べれば、その当時の父のいっていることは現実的、実際的なことではありましたが、そのときの様子がおかしいとしか思えず、そんな懸念を覚えさせる父と法律行為を結びつけることに危険を感じたのでした。

 広報に出ていた、市が委嘱した弁護士による、暮らしの中の法律問題についての相談というものを受けたいと考え、それには予約が必要なようでしたから、電話をしました。すると、この場合は高齢者に関する相談に行くのが適当で、ただし父が居住する市に相談に行くのがよいだろうとのアドバイスを受けました。

 それで、わたしがそのことを妹に話し、妹が相談に行ってくれて、そのときから現在まで(思えばもう4年くらい経っているのですね)、父の居住する市の福祉関係のかたがたには見守っていただいているわけです。

 あまり手荒(強制的)なこと、刺激するようなことは極力行いたくない、なるべく遠巻きにこのまま父たちを見守っていきたいと思ってきましたが、さすがのわたしも、このままではいけないという気持ちに傾いてきました。

 出頭までには間があるので、再度、この市の市民相談に電話をかけて、もしアドバイスを受けることが可能であれば、受けてみたいと考えています。

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2009年1月26日 (月)

久しぶりのニトロ舌下錠

久しぶりのニトロ
胸が重く、潰れそう(あくまでイメージです)だったので、久しぶりに舌下錠を使いました。
脈も乱れがちで、パトラッシュ、疲れているのでしょう。
メディトランステープも痒みを堪えながら貼っていたのですが、やはり舌下錠は発作止めだけあって、効きます。
ああ、気持ちがいい……。

寒いので、心臓病の皆様、くれぐれもご用心くださいませ。

わたしは今日、予定していた午後からの買い物は中止にしました。

話は変わりますが、息子が昨夜、研究室から臨時のバイト料が入ったといって、嬉しそうに電話をかけてきました。

また話は変わりますが、来月半ばに地裁に行くので、時刻表を調べてみました。
日帰りで行くつもりなら、朝5時には家を出なくてはならないようです。乗り換えは博多で1回だけなのに、便が悪いなあ〜!
泊まることも考えてホテルを調べたら、夕食どきに(時間制限あり)「女将自慢の」カレーライスを「ロビー」でご馳走してくれるという、変わったビジネスホテルを見つけました。それにしてもホテルなのに、女将という呼びかたにはカルチャーショックを受けました(自分が生まれた県の癖に……)。おまけに朝食もサービスですって。バイキングなのでしょう、ハムやら野菜やら満載の食パン、各種お握り……ちらし寿司まであるというのは、やはり風変わりな気がしてなりません……。サービスよすぎて、怖いくらい。
娘が同行してくれるとなると、勤務後に夜出かけることになるので、博多に泊まるほうが無難かも。
何度も出かけるとなると、ホテル代節約のため、5時行きを決行しなくちゃ〜。

裁判所になんて行きたくありません、秋吉台に行きたいのです。わたしの児童文学作品『不思議な接着剤』に出てくる子供たち……紘平、翔太、瞳も、早く冒険に出かけたがっています。

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脈がへんてこりんな打ちかたを…

一昨日辺りから、薬を飲んでいても頻脈が治まりにくいのですが、1時間前から凄く変な打ちかたを休みながら繰り返して、ようやく治まったようでもあります。
何でしょう、これ?

幸い婦人科系の出血は治まりました。
水曜日に、内科の診察でレッドクロスに行くので、もしまたそれまでに出血したりしたら婦人科も受診しようと思います。

最近、体調が悪かったので家族に買ってきて貰った弁当が何度か挟まりましたが、概ねちゃんと料理していて、写真が溜まりました。
料理の記事を書くのは、楽しいけれど、時間がかりますし、結構疲れますよね。
わたしは創作モードですが、そのうちまた料理の記事、書きます。

ちなみに、当記事は携帯からの更新です。

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2009年1月25日 (日)

オバマ大統領の就任演説内容に募る不安

携帯で閲覧していただく場合、技巧上入れた打ち消し線が表示されないかと思います。その点、ご了承ください。

 このところ、父の問題で頭がいっぱいでした。そのことで妹と連絡を取り合うことも多いのですが、何かの弾みにオバマ大統領の話になり、妹が「カッコよかもんね」といいました。

 初の黒人(の血の混じった)大統領の出現は、アメリカの歴史を考えれば喜ばしい出来事であり、また歴史の必然という感慨を覚えたのですが、わたしはオバマ大統領がカッコいいとは思ったことはありませんでした。なぜか、あのまなざしを見るたびに、暗い気分になってしまうので、カッコいいかどうかという次元にまで考えが及びませんでした。

 単なる好みの違いといえばそれまででしょうけれど、妹とは悉く気が合いません。昔はそうでもなかったのですが。例えば、村上春樹の「ノルウェイの森」に妹は感動したといい(わたしは当ブログで、「ノルウェイの森の薄気味の悪さ」という記事を書いたくらいだから、いうまでもなくアンチ……)、確か妹は小泉元大統領首相にもエールを送っていました(わたしは当ブログで、「『ヒトラー最期の12日間』を読んで」を書き、その中で小泉元首相の新自由主義政策に疑問を呈しました)。

 そしてオバマ大統領には、何かしら不安な感じをこれまでずっと持ち続けてきました。そうです、就任演説をテレビで観ていたときも、不安でたまらなくなったのでした。ひどく幼稚な、矛盾した演説内容に思えて……。

 それは、彼がブッシュ元大統領のやり方を批判しているようでありながら、そうでもないことがわかるような内容であって、過去のアメリカの戦果を讃え、イラクからはこれ以上長居しても得にはならないからか手をひくけれど、血も涙もないようなアフガニスタン政策は続けることを強調していたからかもしれないし、経済政策の一環として、何だか夢のような、そして田中角栄を連想させるどころではない、どえらいあれこれが挙げられていたからかもしれません。

 オバマ大統領は、あの広いアメリカで、道路や橋、通信網や連絡網を作り、医療技術を向上させつつコストを抑えるすばらしい技術(どんな?)を駆使するということです。また、太陽、風、大地を使って自動車を動かしたり、工場を稼動したり……するのだとか。

 現在のアメリカでこうしたことが実行なされるには、どれほどの犠牲を伴い、どれほどのお金がかかるのでしょうか? アメリカがそれに失敗したとき、そのツケが真っ先に回ってくる国は従属国日本であろうし、万一日本がそれを拒むとき、わたしたちには、どんな運命が待ち受けているのでしょう。

 DIAMOND Onlineの23日付記事、「オバマ経済対策に早くも疑問の声 巨額財政赤字の副作用は日本を直撃する」を閲覧して、ますます不安になりました。

 また、報道の乏しいガザについて、広河隆一氏のブログ「DAYSから視る日々http://daysjapanblog.seesaa.net/」をリンクさせていただきます(勝手にすみません)。⇒おすすめ記事:メディアとガザ報道

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2009年1月24日 (土)

従兄の話

 従兄が地裁に問い合わせてくれたところでは、初回は確認といった段階のようだ。
答弁書をきちんと提出しておけば、この初回は、(事前の許可は必要だが)欠席も認められるらしい。

 素人には、いささかわかりにくい答弁書の書き方も、従兄を通して飲み込めた。

 うっかり「話し合いによる解決(和解)を希望します」なんて項目にチェックを入れてしまうと、これはあくまで損害賠償請求事件に関する答弁書であるから、支払いをすることになってしまう。

 必要以外の項目には、決してチェックを入れないようにしなくてはならない。

 地裁のある場所は、家裁と同じ。今回の指定時間は午前中で早く、博多での乗り換えのことなど考えれば、体調のことを考えると、前日から出かけた方が無難だろう。一番寒いときではないか。家裁のときは、一番暑いときだった。

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作品X∥昨日1頁

作品X:昨日1頁
 頭が痛くて、フラフラし、父の問題でいっぱいなはずなのに、いや、だからか無闇に創作が楽しくハイになり、昨夜快調に例の舞台劇風、神秘主義的作品〔仮に作品Xとしておこう〕はスタートした。

 1頁と書いたが、体調がよくなく、横になって携帯メールで書いたから、原稿用紙に換算すると何枚になるだろう? メールで書いては、パソコンに送信した。

 こんなハイな気分には、創作心をそそってくれる作品こそ、お酒で、バルザックの『絶対の探求』なんぞ極上酒。他には、緊迫感をもたらしてくれるもの、厳密さに注意を向けさせてくれるもの、鎮静剤となるもの、空想のふくらみをそそってくれるもの……といった本が傍に必要となる。

 『侵入者』のときから、レギュラーメンバーは決まっている。バルザックは、どの作品も最高の刺激をもたらしてくれる。他に、ローデンバック、ギッシング、ノサック、児童文学作家でもあるマクドナルド、モーリアック、シュティフター、ヘンリー・ジェイムス。ヴァレリー・ラルボーは今回入れてみた。クリスティーもヒントをくれそうだし、ミステリアスかつ楽しい気分にしてくれるから入れてみた。

 あれこれ不調を抱えがちなわたしには、よくも悪くも父くらいの刺激がないとスタートできないのかもしれない。

 まさかファザコンではないと思うが、ただ、これまでわたしのまわりには、父ほど野性的で、タバコと上等のメンズ香水の似合う男は1人も現れなかった。誰も彼も、生臭いか、動物臭いか、あまり匂わない。尤も、知能にひびの入った(というより崩壊に近い)現在の父が、どんな臭気を漂わせているか、出頭時に嗅いで来よう。嫌い怖れているくせに、どうやらわたしは狂った父に会いたくてたまらないらしい……(これは意外)。

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2009年1月23日 (金)

その後Ⅱ

 父が起こしたのは、印紙代(申立手数料)だけで32万円以上かかるような高額裁判です。
何を書いているのかもわからないような訴状を無条件に受け入れ、呼び出しをかけてきた地裁……そうした仕組みに疑問がわきます。

 調停で、父たちのおかしさが浮き彫りになり、不成立ということになったとき、わたしは今後のために、こうした内容の調停だったということを一筆書いて貰えないか、書記官に頼んだのですけれど、それはできないというお話でした。

 こんなことを続けることで追い詰められるのは、誰よりも父たちですから、どこかで歯止めがかからないと大変なことになりかねないと気が気でなりません。

 本来であれば、生活には金銭的に困らないはずで、金銭感覚もノーマル、どちらかというと慎重な父でした。母が亡くなったあと、妹が嫁ぎ、父は独り暮らしになりましたが、わたしたち姉妹がさほど父のことを心配しなかったのは、生活者として信頼がおけたからでした。

 船員生活が長かったためか、一風変わったところはありましたが、料理を含めて家事もわたしなどより、よほどベテラン。社交的で、型破りなところと折り目正しいところが同居した人目を惹く人柄でしたけれど、シャイであり、結婚後のわたしたちとの交際にも気を遣いすぎるくらいでした。

 今の父は、様々な文書の改竄だの、パスポート偽造だのといった、わたしたちには身に覚えのないことを言い立て、法外な賠償額を突きつけてくる得体の知れない人物になってしまいましたが、これら全てをひっくるめて、家裁の看護師さんがおっしゃったような《物盗られ妄想》のふくらんだ形との印象を受けます。

 そしてそれは、普通に原因を探っても概ね無意味な、脳の疾患から来たものではないかと想像する他はありません。

 父夫婦は、悪党や不親切な人間ばかりに囲まれているという妄想の中で絆を堅くし、いわばロミオとジュリエットとなって暮らしています。それが幸せかどうか。どこまで、そのスタイルを貫けるのやら。

 母は、遺されたわたしたちの人間喜劇をあの世でどう思っているのだろう、とときどき考えます。

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その後

父のことを考えているうちに、高血圧性かと思われる頭痛がし、吐き気までしてきたので、とりあえず、眠ろうとしましたがなかなか眠れず、気分は悪くなるばかり。
循環器科の先生に電話しようかと迷っているうちに、いつしか眠っていて、起きた後はまあまあです。
循環器系の薬のお陰で血圧が低いことも多いのですが、本来わたしは高いタイプで、頻脈性不整脈も高血圧性のものではないかといわれていたほどです。
血圧が本当に高くなるときというのは、わたしが普段飲んでいるようなタイプの薬では効きにくく、怖い思いをすることがたまにありましす。

父のことでは慣れているはずなのに、今回のことはなぜか応えました。こんなことがいつまで続くのかと思うと……。
妹と電話で話しましたが、今回のことが終わったとしても、父たちはまた新たな攻略法を考えつき、仕掛けてくるでしょう。
頭のおかしな人間を恨んでも仕方のない話ですし、処置なしです。

ずっと市の福祉関係の方々は遠巻きに見守ってくださっていて、父たちは被害妄想に関すること以外では、比較的普通に小綺麗に暮らしているというお話です。

何しろわたしたち姉妹は近づけないので、その福祉関係の方が、近所の人々に訊いてくださったところでは、地区の行事にも協力的で、迷惑をかけるということはないそうです。
だからこそ福祉も手が出せない、とおっしゃいます。
何とか診察を受けさせたい、とわたしたちは考えていますが、現行法の人権保護の観点からはそれは難しいことなのです。
父は今年80歳、奥さんは58歳になります。この先、どうなることやら。

地裁の件は、とりあえず従兄(父の兄の息子で、かつて父は彼をとても信頼し、頼りにしていました。家裁のとき同様、今回もわたしたち姉妹と一緒に訴えられた一人です)が近日中に、父の訴えを受理した書記官に話をしに行ってくれることになりました。

わたしの体を気遣ってくれる娘は、裁判を傍聴に来るつもりでいます。こんな自分に関わってくることでなければ、一応法学部出身のわたしには裁判に関する興味深いことばかりなのですけれど、残念ながら、今はただ、何とも浮かない気分です。
バルザックであれば、こうしたネタでも上手く扱ったでしょうね。彼は法律の専門家でもありました。
地裁の件が長期戦になるのかどうかはわかりませんが、それはそれとして、小説と評論は少しずつでも進めなくてはと考えています。スパートをかけたい時期と出頭の日が重なるのは痛いです。

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2009年1月22日 (木)

うーん、またやってくれました

 父たちのことはずっと気になっていましたが、また呼び出されました。

 今度は地裁で、訴状は家裁のときと同じ支離滅裂さです。

 地裁も訴えられたら、そのまま受理すると見え、父自筆の長い長い訴状がコピーされて同封されていましたけれど、まるで自分史のような趣(そもそも、妹の生年月日が間違っていて、わたしと同じになっていますが)。
わたしの書くことが好きなところは、父似だと思わざるをえず、そのことが哀しい。

 認めるか争うしか選択肢がありません。

 答弁書を提出せず、かつ、定められた期日に法廷に出てこられないときは、訴状に記載されていることをこちらが認めたものとして、即日、原告の請求通りの判決がされることがあるとか。

 地裁では、弁護士以外の者を代理人とすることはできないそうです。

 今回もわたしたち姉妹と父の実家の者たちが訴えられ、そればかりか他人も入っていて、事態はより深刻です。

 父が、家裁の調停委員のアドバイス(というより、厄介払いのために無責任に発せられたという印象の女性調停委員の言葉:「そんなことをいって貰っては困ると思い、「父たちが本当に検察庁にいったらどうしたらいいのでしょう?」と尋ねたわたしには「いえいえ、どうせあちらは相手にしっこありませんから」という彼女の答えでした)通り検察庁にも足を運んだらしいことが訴状の文面からわかります。13回も……。

 父からすれば若い奥さん、次いで父までおかしいと感じるようになってから長年経過しましたが、どうにもできないまま今日に至りました。

 ボケた人間が起こす裁判沙汰は大変多くなっている、と家裁の書記官がいっていましたし、家裁の看護師さんは、片方に釣られてもう片方もおかしくなるケースはままあるといっていましたけれど、父たちの場合は本当に難しいケースだと感じます。

 何回、足を運ぶことになるのやら。

 1回目は来月中旬。体調を整えておかなくてはなりません。早くも頭痛がしてきましたよ。

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同人雑誌に提出する作品について

 次号までで休刊になる同人雑誌「H文学」の原稿締切が来月末。

 ここにきて、まだぐずくずと例の舞台劇風の神秘主義的作品にするか、評論にするかで迷っている。

 前者は受け入れて貰えそうになく、後者は今書きたくない。

 そう思いつつ、こちらを考え、あちらを考えしながら、スパートをかけるときを狙っている。

 前者の小説の舞台は見えていて、窓から木の枝が入り込むばかりだから、生者Aは2階に住んでいる。が、死者Bはその窓から入ってきたわけではない。

 気づかれないと思っていて、勝手なことを心のなかでつぶやきながら、この世に残された滞在時間を使って、BはAの本棚に何があるのか見にきた。

 だが、生者AにはBの心のなかのつぶやきが断片的に聴こえている。というのも、Aはときどき相手との距離の遠近とは関係なく、他人の心で紡がれる断片をキャッチすることがあり、心というのは、人が生きていようが死んでいようが性質が同じであるため、Bの心のつぶやきもキャッチしてしまったというわけだった。

 Bは、本棚を見て、何だこんなものか、普通じゃないかと思う。そのつぶやきが、Aを怒らせる。Bのその現在のありようが、自分の観察と思想の正しさを立証しているではないかとAは思うのだ。こんなときまで、自分をこの世的鋳型にはめようとしているBを殺したいほど憎らしいと思うが、残念ながら相手は死んでいて、ここにいる……

 今ふとこれを書きながら思ったが、死者を1人ではなく3人にするのもいいかもしれない。神秘主義、仏教、キリスト教に関心のあった3人が順番に出てくるのも面白い。が、そうなるとムード的にはトーンダウンを免れまい。いずれにしても……

 死者を格調高く描く。思慮深さと人間臭さとが混じり合い、独特の魅力を放つようなこの世の目録を夫々の立場、観点から読み尽くそうとした3人の人物(あるいはそれを1人に集約させたBという人物)。生きていた頃のBの目的は、多くの人々がそうであるように、あの世にではなくこの世にあったため、Aからすれば欠けた人間にも偽善者にも見えるが、むしろ特殊なのはAで、この世に生きている癖に目的はあの世にあるため、変った人物に見える。この世というフィルターを通してあの世を見ていた死者たちと、あの世のフィルターを通してこの世を見ているA。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

  この世に生きていながら、あの世の空気を常に思い出すこのAこそ変人で、Aをむしろデフォルメして描くこと。この世ではあの世のことがデフォルメされているように。なぜ、Aが後生大事にあの世の記憶の断片を大事にしているのかは謎のままに、その記憶の断片だけがときにキラリと宝石のような輝きを放つところは筆を尽くして描くように。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

 そして、Aの大事にしているあの世の記憶の断片だが、それはそれほど大事なものなのだろうか、とAが死者を見送ったあとでふと疑惑に捉えられるところを、この世の俗物そのものにユーモラスと哀愁を帯びて描く。人はじたばたしたっていずれ死ぬ生き物だし、あの世はあくまでその死んだ者たちのもので、死んだ彼らにとって、Aのあの世の記憶の断片(宝石)などはすぐに、あの世の石ころの一つにすぎないものとなるだろうから。

 自分にしかわからないようなメモで、一体何を書こうとしているのかと呆れられそうだが、作品にすると、整って美しくなると思う。迷いながらも、こうした路線で短編は進めており、評論に関しても、アクセス数の多い『ノルウェイの森の薄気味の悪さ』〔当ブログ⇒Go!  ホームページ⇒GO!〕 を土台にするつもりで、読書と考察をちんたらとではあるが、進めている。

 ル・クレジオの集英社文庫版『海を見たことがなかった少年』を読んでいるところ。前掲のエッセーに、近年のノーベル文学賞受賞者であるオルハン・パムク、ドリス・レッシング、ル・クリジオに触れた一文を加えたい。

 もし小説を「T文学」に掲載して貰えれば、入ったばかりの協会の文学賞にそのまま出せる。だが、K文学賞に応募するとなると、「T文学」にも協会にもどちらにも出せない。K文学賞はとれないから(断言)、応募するだけ無駄ともいえ、そうなると、ますます小説にするか評論にするかで迷う。 

 今月いっぱいは迷っていよう。来月に入ると、そういうわけにはいかない。

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2009年1月21日 (水)

息子とおしゃべり

 昨夜、息子に電話をかけた。

 息子の夢を見たので。小学生くらいの息子が自分で作ったカレーを食べ、それを口から溢れされせている(戻している?)という場面が気にかかった。

 参考にさせていただいている眠り男さんの夢占いの本では〔眠り男さんのサイトへは、左サイドバーからも行けます〕、カレーには倹約、不健康、生活の見直しという意味があり、戻すということにはそれを未然に防ぐという意味があるようだ。

 極端な倹約でもして体を壊していないか気にかかり、電話してみたという次第。

 息子は、正月のバイトで稼いだため、いくらかは経済的に潤ったといった。それでも、5,000円以上する本は暮れ以降は買っていないそうだ。

 そう、息子は倹約型だが、一つだけ、わたしに似て本の購入癖がある。息子のほしがる本は高価なものが多いから、学生の乏しい経済状態では、それが圧迫を招くこともあるだろう。

 本だけはなるべく我慢をして、ただし普通の生活はあまり切り詰めないようにとアドバイスした。夫も珍しく、入社までの息子の生活(生活費や新生活に伴う服の購入のことなど)を心配しているため、それも告げた。

 会社から指定された健康診断が1万円かかったそうだが、あとで払って貰えるという。給料が振り込まれる銀行口座も、会社に指示されて作ったとか。

 引っ越しに伴う費用と、会社の寮に入った後に必要となってくる生活必需品の購入にかかる費用くらいは、息子の予算で大丈夫ではないかと思ったが、寮に関する詳細は来月にならないとわからないので、それによって変わってくる。

 服を購入する金銭的なゆとりはないだろう。息子の入る会社は、聴くところでは、いくらかユニークで自由な雰囲気があるようで、服装などもそのようだ。就活のときから、そのようにいわれて息子はどんな格好で行くべきか、途惑っていた。

 そのときは結局、普通のリクルートスタイルで行ったようだが、自由だからといって、学生時代そのままにヨレヨレの格好でいいというわけではなく、むしろ適度に洒落ていることが求められているのかもしれない。

 まあ、うちにも金銭的なゆとりは全くといってよいほどあるわけではないが、息子のための通帳は別にして、最小限の援助はできるように一応の体制は整えている(娘のための通帳も別にあり、それに貯めてやるつもりが、逆に借りたりするのは情けない)ので、様子を見ながら、サポートが必要なときはそうするようにしたい。

 1学年下の同じ研究室の女子学生が就活中で、息子なりに情報を提供しているようだ。息子の多く受けた化学系の会社は振るわないところも多いだろう。が、その女子学生の就活は普通に行われている様子。

 息子の就活に伴う困難は、現在研究室でしていることに分野を絞っての研究開発以外の選択を排除したことから来たと本人は分析している。幸い、その女子学生には息子ほどのこだわりはないそうで、そのぶん選択の幅が拡がり、自分よりは就活もやりやすいだろうと息子は見ている。 

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気になる不正出血

 一応19日で産婦人科受診は終わったのだったが、それは一抹の不安・不満を残したものだった。

 実は19日の早朝、微量の不正出血を見、その後、受診時までなかったため、先生にそのことを話すかどうかで迷っていた。昨日も少量あり、今日になると本格化して完全に生理という感じだ。

 19日の受診時に、先生とかぶれの原因を話していて、わたしは生理の乱れも一因だと思うといってみた。昨年、下腹部痛で受診し、それは結石が原因らしかったが、生理の乱れも受診の動機としてあったから、前にもそのことには触れ、先生も生理周期の乱れについてはホルモン療法を考えてもよいと口にされたりもした。

 が、受診のテーマがいつのまにか膣から肛門にかけての痒みに移ってしまい、優しい先生は本筋とはあまり関係のない治療に励んでくださり、わたしは膣炎の治療を受け、ぎょう虫検査まで受けて(虫はいなかった)、掻き傷の炎症を抑える薬と痒み止めを処方され、痒みの症状は改善されたのだった。

 それはそれで、本当にありがたかった。ただ、その間に先生の頭からはわたしの生理の乱れは大したことのない問題の一つとしてどこかに追いやられた風で、わたしが再度採り上げたその問題には「ああ、そうね……」とおっしゃっただけで、受診は終了してしまった。

 子宮体癌検査が、採取された内膜量が足りないということで結果が出なかったことも、不満な一件だった。若い頃に子宮体癌検査でグレーの判定が出たことがあり、そのときに不正出血を見、また膣炎を起こしていたということもあって、今回がそのときと同じだとは思われないけれど、きちんと検査をして、すっきりしたかったのだ。

 ジュゲムブログ「マダムNの体調日記」のカテゴリー『生理ノート』を確認してみると、昨年10月末から生理が乱れ始め(昨年は全体として乱調気味だったといえる)、ざっと見ていくと、次のような具合。

  • 10/30~11/4
  • 11/28~12/3
  • 12/10~17
  • 12/21~26?〔推定。何日まで続いたかは記録が抜けているが、22日に本格的な生理とあるから5日くらいは続いたのではなかったかと思う。〕
  • 1/5~11〔子宮体癌検査後の出血に生理がかぶさったのではないかと思うが、あるいは全部が検査による出血だったのかもしれない。〕
  • 1/19~本日

 わたしは、生理になりすぎて(?)いるのではないだろうか? 生理になると、フラフラしたり、腰痛・下腹部痛があったりするだけでなく、前述したようにかぶれの原因もつくっている気がするのだ。

 先生は、かぶれ対策として、おりものシート・ナプキンといった類のものをなるべくつけないようにし、綿のショーツを小まめに替えるようにと助言してくださったけれど、この状態ではいつ生理になるのかわからないため、絶えずナプキンをつけていたくなってしまうのだった。

 生理中ではあることだし、しばらく様子を見たい。

 そして、受診するとしたら、別の先生を希望したほうがよいだろうか? 初受診時に、外来窓口で希望する先生があるかどうかを訊かれ、指名制度があるなんて美容室みたいだな、と思ったものだった。一応、19日で産婦人科の受診はジ・エンドということになったので、再診に別の先生を希望することも問題なくできるのではないかとは思うが、迷うところだ。

 昨年増えてしまった受診科を、今年は一つずつ減らしていきたいと考えていた。循環器科、呼吸器科、内科(連携の形で泌尿器科)、脳神経外科、整形外科に、産婦人科まで加わったのでは多すぎるので、これだけでも早く受診を終わりにしたいという思いがあったため、わたしは先生に、生理の乱れについて強く訴えることをしなかった。また出血したことで、ちょっと後悔している。

 若い頃に生理周期の乱れで治療を受けたことが2度あり、いずれもホルモン剤の服用ですぐに治った。今回の場合は、更年期障害といえるのかもしれないが、その辺りのことも含めて、ドクターの的を射たサポートがほしい。 

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2009年1月19日 (月)

産婦人科受診

虫はいませんでした。

ぎょう虫がいるかもしれないと思うと、気持ちの悪さは否めませんでしたが、駆除で痒みとおさらばできるかもしれないという期待もありましたから複雑な気持ち……。

肌が、相当に弱いのではないかということでした。
前回の診察時に処方されたアンダーム軟膏はいい薬だそうで(どういいのかは訊きそびれました)、それをしばらく使い続けてみるようにとのことでした。
実際、薬のお陰でしょう……診察で、傷がかなり塞がっているといわれました。薬を止めたあとで、ぶり返さないかが、心配ですが。
おりものシートなどせず、綿のショーツを頻繁に替えるようにするほうが肌には優しいそうです。

産婦人科で、優しそうな女医さんに当たり、痒みの治療までしていただけたことはラッキーでした。
女性のお尻の痒みでしたら、婦人科で訴えてみるのも手ですよ。
カーテンのある内診台で診察して貰うほうが、普通の診察台で診て貰わなければならない皮膚科の場合よりは、恥ずかしくありませんでした。

ここまで書いたとき、病院の狭い携帯コーナーへ、骨折(?)したか何かの子供と両親が転がり込んで来ました。
子供は長椅子に半座りで、状態が悪そう。お父さんらしい男性が、お母さんらしい女性を叱り始めました。
「怪我をしたのは仕方がないが、そのあとのお前の対応がよくない。救急車を呼ばなかったから、こんなところで待たされるんだ」
すなまさそうな顔の女性。
「すぐに診て貰えないのですか?」と女性に訊くと、「次に順番が回ってくると思うのですが」とのこと。

《次》はなかなか回ってこないようで(整形外科では、ひどく待たされることが珍しくありません)、何だか子供は汗をかいて顔色が悪くなり、男性は女性をますます叱りつけ……。
見るに見かねて、目の前の救急外来受付に行き、「子供さんがひどい状態ですよ。来てください!」と騒ぎました。
ショックでも起こしていたら、大変でしょう?

看護師さんが飛び出て来て、すぐさま子供は連れて行かれました。
ああ、驚きました!

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2009年1月17日 (土)

デパートの加賀百万石展で買った喜仙詩(しるこ)/この冬も活躍中のハーブ/夫とダウンジャケット

P1110228_2 デパートの加賀百万石展で、ちょっと珍しいと思って買ってみた山中石川屋喜仙詩(しるこ)〔⇒ホーム〕。壷の形をした最中に見えますが、しるこなのだそうです。

 軽く砕いてお椀に入れ、熱湯を注ぐと、皮の部分が柔らかくふやけて餅のような感触になるのだとか。

P1110235 で、試してみると、向かって左の写真のような具合に。

 う~ん。「最中は、しるこになれるか?」という難問に、この喜仙詩はよく健闘していたとは思いました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

P1110215

 風邪の季節。切れたエルダーフラワーを買いました。湯で割って、寝る前くらいに家族で飲みます。風邪をひきかけたかな、と思ったときにすぐに使えば、結構効果がある気がしています。

 昨日、わたしは風邪のひきかけかと思われる気分の悪さがあったのですが、それが、かなり改善されました。なにせ体力に乏しいので、このままエルダーが、執拗に攻め入ろうとする風邪から、わたしを守りきれるかどうかはわかりませんが、何もしないのとでは違う気がします。

 小さな小瓶は、ユーカリ・ラディアータ(エッセンシャル・オイル)。鼻の悪い夫に、ティッシュペーパーに1~2滴垂らして渡し、嗅いでみるようにすすめると、試した夫は「おお、すっとする!」といいました。

 入浴時に使用するのも効果的ですね。こうしたことを続けることで、鼻の粘膜がだんだん強くなっていくそうです。

 エルダー、ユーカリ、カモマイル、ラベンダーは、もはやわが家の必需品です。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 防寒といえば、痩型の夫を北風から守ってくれる盾ともいうべき、冬物アウターを何か新調しなければ、と昨年から思っていました。コートももう1着ほしいところですが、普段、酷使するブルゾンかジャケットを絶対に追加しなければ、と思いました。

 冬物一掃セールの時期を、昨年から狙っていました。ところが、何やかやと用事が重なり、なかなか夫と買いに行けませんでした。

 夫を、紳士服売り場に連れて行くのは容易なことではありません。でも、体温を調節してくれる服は必要でしょうし、お洒落な服も好きではあるのです。デパートの雰囲気とか、試着とかが、とにかくもう嫌なようです。

 でも、わたしが気に入って買ってきても、夫が気に入らないと駄目だし、冬物アウターはバーゲンを狙ってさえ値段が張るので、失敗は家計に痛い。

 ニューヨーカーに、気に入ったものが3着ありました。レザーブルゾンとキルティングコートとダウンジャケットです。カッコいいレザーブルゾン、お洒落なキルティングコート、一番温かそうなダウンジャケット(リバーシブルになっています)。ワタクシ的には、甲乙つけがたい感じでした。

 お店の人の話では、バーゲン対象の品物であっても、各ニューヨーカーのお店の間で連絡し合い、どの店かにある場合は取り寄せができるということでした。

 夫を紳士服売り場に連れて行くまでは成功したものの、ふとしたことで、くるりと方向を変えて下りのエスカレーターのほうへ行ってしまいそうになります。不機嫌そうな表情、キョロキョロした目……一刻も早くその場を離れたそうな夫の様子にわたしも苛々が募ります

 が、めったに引っ張って来ることができないからこそ、長く着られそうな質のよい、感じのよいブルゾンかジャケットのどちらかを買っておかなくては、というわたしの決意は固く、宥めたりすかしたりしてニューヨーカーまで引っ張ってきました。

 夫はわたしが示した3着はわりと気に入ったようで、へえーという明るい表情になってそれらを見ていました。が、試着という段階を意識したのか、ふと、くたびれたジャケットのポケットに両手を突っ込み、「やっぱりいいよ」というなり、立ち去りそうになりました。

 わたしはカッとなり、「そんな君には、ニューヨーカーなんてもったいない!」と叫びそうになりましたが、グッと堪えて、「ね、ね。待って。せっかくだから、サイズの確認だけしてみましょうよ。Mかな、Lかな。ブランドによって、違ったりもするのよねえ。あら~あたたかそう」といって努めて楽しそうにさりげなくダウンを手にとり、夫を見てニッコリしてみせました。

 すると、夫は気に入らないようにわたしを見、顎をしゃくって、「じゃ、それ」といいました。ムッときましたが、幸いそのダウンの試着に応じてくれたので、ここまで来れば大丈夫だと思いました。他の2着も、お店の人の軽やかなサポートで、着せてみることができました。が、結局夫はダウンがいいといいました。

 帰宅して、ダウンの値札をとり、夫に「着てみる?」というと、夫はデパートにいるときとは対照的な穏やかな顔つきで、「うん」といいました。着たあとで、生地を返してみたりして、リバーシブルになっている如何にもニューヨーカーといった裏地を気に入ったように眺めたりしていましたが、首をダウンに縮めるようにして「温かい……」とつぶやきました。

 ダウンが気にいったようで、ホッとしました。実は、冬物のビジネスズボンも買い足さなければなりませんが、ビジネスズボンだけはどういうわけか、夫1人でも買いに行けるのです。大抵、青山に行きます。前の街に住んでいた頃はフタタでした。ですが、それ以外のものを買うとなると、ひとりでは青山でもフタタでも駄目で、わたしが一緒だとデパートと同じ事態に陥ります。

 とにかく夫のダウンが買えて、わたしまでダウンを着ているような温かな気持ちになりました。

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2009年1月15日 (木)

13日に、循環器クリニック受診

13日に、循環器クリニック受診
パソコンの前に座るのが億劫で、携帯からの更新を連発しています。

13日の循環器クリニックの受診について一応、記録しておかなくては。

寒い日だったせいか、午後のクリニックは患者さんでいっぱいでした。

血圧120/80。脈拍はいくらだったのかしら。
まあまあ普通に大掃除したり、旅行に出かけたりしたわりには、メディトランステープのお蔭か、1回分追加になったシグマートのお蔭か、比較的好調だったこと。それでも、胸の圧迫感が起きたことはあったことなどを看護師さんにご報告。

調子がよいと、正直いって、先生のことを忘却してしまっていますし、クリニックに出かけるのも面倒な(だけでなく、素朴に病院が怖い)気がするくらいなのですけれど、先生の大らかな、春の光のように明るい雰囲気に包まれると、本当に患者としてホッとします。そして、自覚はなくとも、わたしは普段不安のなかで暮らしていたのだ……とわかるのです。

寒い時期には看護師さんも先生も、患者の何気ない訴えにすら警戒気味の感じ。
脈拍、目、胸の音をいつも以上に慎重に診ていらした先生に、タイミングを見て、どうしても知りたかったマラソンのことをお訊きしました。

「ああ、ハーフはなんとか完走したよ」と、先生。
「エラいわあ。凄いですね、先生」と、わたしは心から讃えました。
「いやいや、僕はそんなものじゃなかったよ。もうヨレヨレになって、何とかゴールに転がり込んだという感じでさ。Mくんは本当に凄かったよ。フルを完走しただけではなくて、速かった! 僕も次はフルに挑戦しようかと思っているんだけれど」と、友人(呼吸器クリニックの先生)を讃えながら留まることをご存じない少年のような先生。
「くれぐれも無理はなさらないでくださいね」と、わたしはお願いしました。

「ところで、旅行に出かけたって?」と先生。
「正月に、息子のところへ出かけただけです。テープのお陰で、心臓は調子よかったですよ」とわたし。
許可を取らずに旅行したことが後ろめたくて、言い訳がましい口調になりました。

「息子さん、帰って来ないの?」「ええ、まあ、帰ってきませんねー」「息子さんの就職は、決まった?」「なんとか決まりました。やれやれですよ」
そんな世間話を交わして、先生の話題は処方に。
「ニトロペンはまだある?」「あります」「テープは?」「それも、まだあります」
インデラル、シグマートを1日3回。ヘルベッサー、アイトロールを1日2回。毎日服用する薬は、前回と同じ処方です。

薬局では、先生がたのマラソンを噂した前回と同じ薬剤師さんだったので、また先生がたのことを噂して感心し合いました。
「あの年齢で、というのが凄いですよね。わたしも昔であれば少しは」とわたしがいいかけるのを引きとって、「バレーをなさってたんでしょ。ワタシ、美人の言葉は忘れませんで」と薬剤師さん。
「あら〜ほほほ」と、わたしはニコニコ。
昔はお世辞をいわれると腹が立ちましたが、今では嬉しくて……。全てにおいて、自信をなくしつつある自分がいるのです。自信の基本は健康ですね。

今ここに薬剤師さんとのやりとりを書きながら唐突に思い出しましたが、ニトロのペンダントの情報を電話してくださるという話、どうなったのでしょうか?
わたしも忘れていましたけれど、何が美人の言葉でしょう。全く……。今度お目にかかったら、文句をいわなくては。
このところ心臓の調子がよいとはいえ、いつ暗転するかわからないので、やはり使い勝手のよいニトロのペンダントはほしいと思っています。次回薬局で、再度その話をするつもりです。

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無知でした

 たびたび尾籠な話で申し訳ありませんが、ネットで調べたところ、ぎょう虫の感染は、現代でも珍しくないようです。肛門周辺の痒みが主な症状で、湿疹や膣炎の原因になることもあるとか。

 もしわたしに感染がわかったとすると、家族全員で駆除剤を飲む必要があるみたいです。

 処方された炎症を抑える薬と痒み止めが効いて、昨夜はよく眠れ、一日中痒くありませんでした。明け方に出てくるというぎょう虫、警戒して出てこなかったのかも。朝になったら、外来へ2回分の検査セロファンを出しに行きます。

 ぎょう虫いるのでしょうか。もし見つかったら、しっかり駆除して貰わなくちゃ。そして、痒みとおさらばです。

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2009年1月14日 (水)

13日に、産婦人科受診

13日午前中に、レッドクロス・産婦人科を受診しました。

子宮体癌検査の結果を聞くためと、クロマイ膣錠の効果を確認して貰うための受診でしたが、体癌検査に関しては目的が果たせず。

採取された量では検査ができず、再検査の必要があるとの報告が先生の元に届いたとのこと。
検査のときには結構痛い思いをし、出血も6日間止まらなかったのに、足りなかっただなんて……。内膜が薄い人には、このようなこともあるそうですが。

沈黙してしまったわたしに先生は「見たところでは、おかしなところはないから、半年後に再度、検査ということにしましょうか」と、おっしゃいました。

すっきりするために受けた検査だったのに、これでは逆効果でした。
仕方がありません。半年後に、またチャレンジしましょ。

クロマイ膣錠は、効いたようです。
ただ治療を受けていない肛門の痒みは相変わらずなので、それを治して貰うには何科を受診すればいいのかを尋ねてみました。
皮膚科は過去に何度か受診の経験があり、その度に、皮膚は綺麗で原因不明の痒みといわれてきた……ということは、既に伝えてありました。

「大腸肛門科になりますね」と先生。
「そのような科は、この病院にはありませんよね?」とわたし。
すると先生は、「いえ、あります。外科の中にね」と意外なことをおっしゃるではありませんか。この病院では、大きく分かれた科の内部で、さらに細かく、専門性の高い科に分かれいるようです。

「温まったら痒みが増す、ということでしたね。ぎょう虫検査でしたら、産婦人科でできますよ。とりあえず、それをやっておきましょうか。それで出ないということであれば、大腸肛門科に行って貰うことになると思いますが」と先生。

ぎょう虫と聞いて、驚きました。
うちに家庭菜園があり、それに糞尿の肥やしをかけて育てている、というのであれば、話は別ですけれど。
それに、痒みはずいぶん前からですから、もし、ぎょう虫だとすると、わたしは長いことそれらを飼ってきたことになりますね。
わたしがそうだとすると、家族もそうかも。
夜、念のために家族に確認したところでは、夫も娘も、肛門など痒くなったことはないとのことでした。

一方、もし、ぎょう虫がいるとすれば、痒みの原因は単純なことだったとわかり、それの駆除によってわたしは長年の痒みとおさらばできるでしょう。
ぎょう虫の検査を受けることにし、検査セロファンを持ち帰りました。

今時、ぎょう虫などは泥遊びをする子供くらいにしかいないのか、小学生対象の検査セロファンでした。
「小学校名は、書かなくていいですからね。学年、組も書かなくていいですよ」と、看護師さん。「……」と、わたし。
2日分を明後日の朝、外来に持ってくるように、とのことです。

肛門の診察では、やはり綺麗だそうで、ただひどい掻き傷のため、皮膚が切れているのだとか。
それを絶対に掻かないようにと注意され、炎症を抑えるアンダーム軟膏と、痒みを抑えるレスタミンコーワクリームが処方されました。

次回の(ぎょう虫の検査結果を聞くための)産婦人科受診は、19日です。
以上、尾籠な話で相済みませんでした。

この日は午後、循環器クリニックに行ったのですが、産婦人科受診の記録で力尽きたので、その件は、また記事を改めて。

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2009年1月10日 (土)

最近の夕飯から(ボルシチ。魚のから揚げスプラウトおろし添え。ごぼうと厚揚げののっぺい汁)

P1030092_2 家族に好評だった最近の夕飯はボルシチ、魚のから揚げスプラウトおろし添えごぼうと厚揚げののっぺい汁

 ボルシチをするたびに、綺麗な色だと感動します。写真ではもう一つ色がでません(写真をクリックしていただくと、もう少し大きなサイズでご覧になれます)。

 レシピではありませんが、ボルシチに関する過去記事があります(⇒GO!

 うっかりしてサワークリームを買い忘れました。サワークリームがあるのとないのとでは、全然違います。ヨーグルトもありませんでした。生クリームをかけましたが、近いうちに、もう一度作ってサワークリームをたっぷりのせて食べたいです。

 以前は行きつけのスーパーにビーツが置いてあったのですが、見かけなくなったので、缶詰を利用しました。汁は全部鍋に入れて使いました。

P1010075 さっぱりとしていて美味しい、魚のから揚げスプラウトおろし添えを「あっさり味のおかず」(主婦の友社、平成19年)からご紹介します。材料は2人分です、ご注意ください。

 ∥白身魚または青背の魚(かます、すずき、鯛、いさき、かれい、さわら、あじなど)2切れ(200g)|塩小さじ1/3(魚の重量の約1%)|スプラウト(ブロッコリー、クリスなど)1パック|大根おろし1カップ|かたくり粉適量|しょうゆ大さじ1~1.5|揚げ油適量∥

  1. 魚は小骨を除き、6等分に切る(魚の厚みによっては厚めのそぎ切りにする)。塩を両面に振って約10分置おく。
  2. スプラウトは根を切り落として1cm長さに切り、大根おろしにまぜる。
  3. 魚の水けをふき、かたくり粉をまぶして余分な粉をはらい落とし、175度に熱した揚げ油で揚げ、油を切る。
  4. 器に盛り、2をのせてしょうゆをかける。

P1010044 簡単でありながら本格的な味わい、ごぼうと厚揚げののっぺい汁を前掲の本からご紹介します。材料は2人分です、ご注意ください。

∥ごぼう1/2本|厚揚げ1枚|しょうがの薄切り2枚|だし2カップ|酒大さじ1|塩小さじ1/8|薄口しょうゆ小さじ1/2|水どきかたくり粉(かたくり粉大さじ1+水大さじ2|万能ねぎの斜め小口切り適量∥

  1. ごぼうはやや厚めに斜めに薄切りにし、さっと洗って水けを切る。厚揚げはたっぷりの熱湯を注いでざるに上げ、ペーパータオルなどで水けを押えて油抜きし、1~2cm角のさいころ状に切る。
  2. なべにサラダ油としょうがを入れて弱火にかけ、じゅくじゅくし始めて香りが出てきたらごぼうを加えて中火で炒める。ごぼうが透き通ってきたら、だし、厚揚げを加える。
  3. 沸いてきたらふつふつと小さく沸くくらいの火かげんにし、酒、塩、薄口しょうゆを加えて5分ほど煮る。まぜながら水どきかたくり粉を加え、再び煮立てて粉くささを抜く。
  4. 器に盛り、万能ねぎを散らす。

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2009年1月 9日 (金)

初創作、卑弥呼関係、同人雑誌

  • 初創作は、前の記事の児童文学作品「すみれ色の帽子」の更新『はつもうで』だった。
    「すみれ色の帽子」は掌編を足していく形式なので、長編ストーリー物になる予定の「不思議な接着剤」に比べると、気軽に続きを書きやすい。が、「すみれ色」の語り手瞳は、「不思議な接着剤」の登場人物の一人であり、錬金術師の末裔でもあって、続編でも活躍させなくてはならない人物。
    「はつもうで」に出てくる瞳の父親にしても、電器店を経営している一見どこにでもいそうな人物であるが、その実、時空を超えて商売の手を拡げるアルケミー株式会社と関わりの濃厚な人物なのだ(アルケミー株式会社の商社マンである紘平の父親同様)。
    紘平と瞳が幼馴染であることは、偶然ではないわけだ。父親達は続編で前面に出す予定であり、「接着剤」と「すみれ色」では何となく、彼らを印象づけるにとどめなくてはならない。
    長編児童文学作品であり、冒険物となるはずの「接着剤」。「接着剤」に出てくる人物瞳の、どこにでもいそうな少女の視点でありながら、注目し出すと、錬金術師の末裔らしいクールな情感がゆたかに感じとれる作品にしたい「すみれ色の帽子」。
    この2作品の役割は、当然、違っている。「すみれ色」には、「接着剤」を補足しながら綾をもたせる役割を振っているので、そこを逸脱しないように続けなくてはならない。
    滞っている「接着剤」を進めるには、何としてでも秋吉台に行かなくてはならないが、今年夏までに行けないとなると困る。でも、お金がない……。
  • 邪馬台国を舞台とした小説は、まだ下準備の段階。当ブログで連載中の昔の試作品「あけぼの――邪馬台国物語――」をどの程度までとり入れるかも、まだわからない。
    今月末か来月初めには家族で宇佐神宮に参詣の予定だが、わたしの場合は勿論取材を兼ねてでないと……もったいない。
    とりあえずは、「大分市史」の閲覧を続けよう。
  • 同人雑誌の件は、前に書いた協会に加入の手続きを済ませた。
    ところで、文学仲間Hさん(彼女のほうがかなり年齢が上だが)の賀状に、A書院の女社長がなさっている同人雑誌『G』に入会したとあり、わたしにそれへの投稿をすすめてあった。
    以前、『G』への入会を社長さんからすすめられたことがあり、ありがたいと思ったが、作品傾向の違いや、なるべく合評会・忘年会に出席してほしいという言葉に応える自信がなくて、断ってしまった。
    が、社長さんは邪馬台国関係の季刊誌を長年続けていらっしゃるし、同じ大学のOGでもあり、話していて魅力的なかただ。同人費は安く、「長文の作品も載せてあげられるし、校正はわたしがきちんとするから安心していていいわよ」とまでおっしゃっていただいたことが甦り、Hさんにも会いたくて、迷いが生じている(どう考えても、今の体力では合評会・忘年会への参加は無理だろうに)。
    どちらにしても、もう会費を振り込んでしまったので、少なくとも1年間は協会の会員だ。ただ、協会に入っていても、作品の発表の場としての期待はあまりできないだろうと思う。
    今年1年、同人雑誌に関する模索は続きそう。
  • 昨年計画していながら、まだ手をつけていない、例の死者と生者が登場する舞台劇風作品をどうするか。書くのか、やめるのか。それに同人雑誌『H文学』はまだ休刊したわけではない。次回までは出るのだから、そのための準備もそろそろ始めなくては。何を出そう?

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2009年1月 7日 (水)

イスラエル地上戦の恐怖

 イスラエルが地上戦に踏み切った(パレスチナ自治区ガザへ地上部隊による侵攻)ことは、ショックだった。イスラム原理主義組織ハマス撲滅のためだというが……どうも、ひどくなる一方のようだ。怖ろしい。

 この重大事件について、報道が乏しい。

 NHKあたりで、日本人にもわかりやすい解説を挟みながら、臨時ニュースを小刻みに流してほしいものだ。仕方なく、BS1にチャンネルを切り替え、海外、それも概ねアメリカのニュースに頼っている。

 そのアメリカは、国連安保理の停戦声明案に反対している。

 日本のニュースは、対応が遅れがちというだけでなく、どこかずれているし、偏りがありはしないか。

 今頃になって、派遣切りニュースのラッシュ。

 こうなった原因は、いうまでもなく、小泉政権下における構造改革――企業に対する規制緩和など、その内容――にある。小泉元首相の在任期間中、2004年に労働者派遣法が改正されて製造業にまで派遣法が拡大されるようになり、これ以後、非正規雇用者が増大したからだ。

 今日の派遣切りの原因をつくった、その小泉元首相の選挙戦では、この国のマスコミは小泉劇場などと囃し立て、エールを送らんばかりの報道合戦だったことを忘れるには記憶が生々しすぎるというものだ。

 この国のマスコミが理知的な報道を心がけてくれれば、騙されずに済む大衆が増えただろうし、今日の事態を招かずに済んだかもしれない。

 今後のイスラエルの動きに関しても、鋭い理智を働かせて的確に迅速に、わたしたち無知な大衆にホット・ニュースを届けてほしいと願う。 

 関連記事:エッセー「映画『ヒトラー最期の12日間』を観て

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スティッチ~!

200812301808000 例によって、娘が買ってくれたスティッチの携帯ストラップ。

 娘はわたしのことを、子供だと勘違いしているようです。ぬいぐるみの売り場に行くと必ず、「どれがほしい? 買ってあげる」といいますから。

 このストラップは、昨年暮れに娘が日田市に出かけたときのお土産。なかなか、きりっとした顔つきです。

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初おうちご飯〜!

200809161556092_2 雑煮などの正月料理はしましたが、おうちご飯らしい普段着の夕飯は、新年になって昨日が初めてでした。

 初おうちご飯は勿論、わたしも家族も大好きなハンバーグ!

 ハンバーグに付け合わせたのは、茹でたスナップエンドウ。野菜サラダ(レタス、きゅうり、玉ねぎ、プチトマト+手作りのフレンチドレッシング)、キャベツのミルクスープ、市販のピーナツ豆腐。

 何ということもない献立ですけれど、子供の頃からわたしはこんな夕飯が大好き(好みに成長が感じられません)。

 昨日は娘が休みで、お昼に、電子レンジ用焼き網を使い、お餅を焼きました。わたしはしょうゆと海苔を用意したのですが、娘がバターを小サイコロ状に切り始めました。

 バターしょうゆ焼き餅にするんですって! わたしもそれにしてみました(太りそうだと思いましたが、お味には満足)。

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2009年1月 6日 (火)

ディナーにもランチにも超おすすめ、『フレンチ カフェレストラン ウルバーノ』

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 岡山全日空ホテル内「フレンチ カフェレストラン ウルバーノhttp://www.anahotel-okayama.com/restaurant/urubano.html」は、ディナーにもランチにも超おすすめのカフェレストラン。

 昨年のディナーもここを予約して大満足だったので、今年の正月も、ここのディナーを予約。宿泊は3人部屋のあった別のホテルにしましたが。

 上の写真は、そのディナーがまた格別だったので、翌日の昼食にもと思い、出かけたウルバーノでの1品料理。

 バイキング形式のランチ・タイムには間に合いませんでしたが、1品料理のお味もすばらしいものでした。向かって左から海鮮ピラフ、ビーフカレー、コンビネーションサラダ。

20090103145838_2 娘とわたしの頼んだ海鮮ピラフには、文字通り海鮮ものが豪華に入っていました。海老、イカ、白身魚、ホタテ……。息子のカレーには柔らかな牛肉が沢山入っていたそうで、サラダも如何にも美味しそう。

  ディナーはゆっくりと楽しみたかったので、今回は少ししか写真がありません。

20090102204648 2009010221174020090102211827  その少しの写真をご紹介しますと、向かって左から海老のオードブル。次の2品はメインで、牛肉を使ったものとイベリコ豚を使ったものです。    

別の記事で、以前、岡山市にある「吉備路文学館http://www.kibiji.or.jp/index.html」について大阪文学振興会発行の「書斎の旅№8」(2003年)に書かせていただいた記事をご紹介したいと考えています。

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5日に、産婦人科受診

 前回の受診時に、膣カンジダという診断で、治療を受け、エンペシド膣錠とアスタット軟膏を処方されました。が、今一つ。痒みがとれませんでした。

 どうですか、と先生に訊かれてそういうと、先生は微笑しながら頷かれ、「そうでしょうね。実は、この間の検査で、それとは別に、細菌が検出されたんです。その治療を今日、しましょう」とのこと。

 カンジダという白癬菌とは別に、細菌による膣炎も起こしていたということのようです。膣洗浄と治療を受け、クロマイ膣錠が処方されました。

 ついでに、子宮頸癌の検査を受けたときにすすめられたにも拘らず、断ってしまった、子宮体癌の検査も受けました。

 まだ子供たちが小さかった頃に子宮体癌の検査で灰色だったことがあり、経過観察のため通院したことがありましたが、そのときにも膣炎を起こしていました。

 そのことを思い出し、何だか気持ちが悪いので、気分的にすっきりしたいと思い、また、処置の丁寧な優しい女医さんに診ていただけたということもあって、この機会に子宮体癌の検査も受けてしまおうと決意した次第。

 検査のときは、思わず「痛い」と口走ってしまったほど痛くて、生理が始まったかと思ったくらい出血もありました(この検査のときには、ナプキンを持参されることをおすすめします)。が、その後の痛みは、前回別の病院で受けたときに比べたら、何でもないといってよいくらいのものでした(それでも、我ままをいって貰って来た痛み止めロキソニンを飲んじゃいました)。

 薬局で、「傷つくと、痛むことがありますね」と薬剤師さん。前回のときは麻酔を打たれたのでしょう、検査中は全く痛みがありませんでした。でも、(その麻酔が切れたためか)数時間後に始まった痛みはひどいもので、夜間など、脳天に響くような「ズキーン、ズキーン」と襲ってくる痛みに、眠れませんでした。3日ほど、痛みがとれず、痛み止めもなく、こんなものかと諦めるしかありませんでした。

 前回の検査では、結構、傷つけられたのではないかと疑います。今回の検査後の痛みは、それに比べたら、本当に軽いものです。子宮体癌の検査の痛みは、ドクターの腕によって、かなり違うのではないでしょうか。今かかっている女医さんに検査していただいて、正解でした。

 ただ、今回は検査後に少し気が遠くなり、先生と看護師さんにちょっと心配をおかけしました。帰宅後はぐったり。起きたら、まだフラフラしました。何でしょうね、これは。出血したといっても、貧血を起こすほどではないし、循環器的なものだったのでしょうか。

 次回の受診は、来週の火曜日――13日です。クロマイ、効いてくれるでしょうか。

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2009年1月 4日 (日)

パソコンの大掃除を今頃

パソコンの大掃除を今頃
只今、ディスクのクリーンアップとデフラグの実行中なので、携帯からの更新です。

今日は小旅行疲れで、あまり使いものになりません。
でも、行きの新幹線の中で狭心症の発作の前兆を覚え、(発作予防の)ニトロのテープ(メディトランステープ)を貼ったところ、(発作止めの)舌下錠ほどの威力には欠けるとはいえ、胸から喉にかけて涼しくなり、発作を起こさずに済みました。
それからは痒みでつい剥がしてしまいながらも、すぐに貼り、ずっとテープにお世話になりました。
このテープは、本当に穏やかな安定した作用で、予防効果を発揮してくれます。

わたしは皮膚が弱く(なり)、かぶれのため、例によってテープを剥がしたあとが真っ赤です。ひどくなると、潰瘍のようになるので、残念ながら帰宅後は剥がしています。

年末から留守中にかけて、年賀状テンプレートの紹介記事に沢山のアクセスがありました。さすがに下火です。
賀状をいただくと、相手の近況がわかり、嬉しいものですが、入院中ずっと一緒だったKさんからは届きません。
もう一人の入院友達からは、元気そうな文面で届きました。
明日レッドクロスへ、産婦人科受診で出かけなければならないので、そのときに、もし知り合いの内科の看護師さんを見かけたら、Kさんが再入院していないか、訊いてみたいと思っています。

驚いたのは、夫の会社の同僚の奥さんで、わたしの一番のママ友でもあったHちゃんからの賀状の文面。
彼女も昨年、入院・手術したとのこと。子宮筋腫だったとありました。事後報告したところも、同じ。
彼女は福岡市、わたしは大分市と離れましたが、出産から子育ての一番大変な期間を、毎日のように行き来して励まし合い、知恵を出し合って共に乗り切りました。
2人共母親を頼れない環境にあり、彼女のおかあさんは魚座。亡きわたしの母は獅子座。そして、彼女は獅子座で、わたしは魚座。互いに相手に、自分の母親の面影を見たために、自然に親密な頼り合う関係が出来上がりました。
今年こそ会おう、と切羽詰まった筆遣いで書いてあり、わたしも何だか会いたくていたたまれない感じ。

ずっと会っていない大好きな東京在住の従姉からの賀状に、これはわたしが父のことを知らせたからだと思いますが、とにかくわたしに会って話したい、何かあれば飛んでいく、とあり、父に関する不安が和らぐような安らぎを覚えました。

他にも印象的な賀状を、皆様ありがとうございました。
わたしはこのブログのことを、今回賀状で多くのかたにお知らせしました。もしご訪問くださり、そして、どの記事かで驚かせたら、ごめんなさい。
これからも、同じ調子でブログを続けることでしょう。

ブログを通じて知り合ったかたからも、メールで賀状をいただきました。
入院中、心細かったときもくださいましたね。
いつも、本当にありがとう!

パソコンの大掃除の話がいつのまにか賀状のお礼の話になるなど、年が明けても相変わらずのわたしの記事でした。

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2009年1月 3日 (土)

帰りの新幹線から

帰りの新幹線から
岡山を発ったところです。
息子は、明日、明後日と岡山駅でバイトとのこと。

息子のバイト仲間(息子と同じ大学の後輩)が、アンパンマン・トレインの止まるホームに立っているというので、息子が顔を見に行き、わたしも挨拶をしました。
ハンサムな好青年でした。

写真は、駅構内のきびだんごのお店。
いろいろなきびだんごがあって迷いましたが、その中から一つと、息子おすすめの大手饅頭をお土産に買いました。

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吉備津神社

吉備津神社
吉備津神社へ行ってきました。

古代、鉄で富んでいた土地の豪族が大和朝廷側の人間、吉備津彦に滅ぼされたあと、その霊を鎮めるためにつくられた神社……ということになるのでしょうか。

桃太郎のルーツが、この吉備津彦であるわけです。

娘がお神籤をひいていたので、わたしもひいたら大吉。
でも、文面が変。「今が幸運の絶頂期です。肉の喜びにふるえ、声をあげ……」

娘のはまともなのに、と驚いていると、「ママ、ここのお神籤は4種類あるんだよ。わたしがひいた場所は、その隣」と娘。ああそう。

何だかドッと疲れ、時間も足りなくなったので、後楽園の観光は諦め、遅い昼食をゆっくりとることにしました。

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アンパンマン・トレイン〜!

アンパンマン・トレイン〜!
これに乗って、四国へ行っちゃおうかしら。

でも、今はどこより、鬼がいたところに行きたいのです。わたしたちが乗った電車は、これから岡山市を出て吉備津へ向かいます。

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お屠蘇もありました

お屠蘇もありました
朝は、和食をチョイス。

雑煮、おせちなどあり、正月料理なしで過ごしていた息子には、よかったと思います。

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ホテルの窓から

ホテルの窓から
ぼんやり写りましたが、向かって左下方に長方形の物が並んでいるのがわかるでしょうか。
バスなのですが、可愛らしく見えます。
この街には、路面電車もあります。

これから朝食へ行き、JR駅から電車に乗って前の記事でお話しした神社へ行く予定です。

体調はまあまあです。
チェック・アウトしてしまったら、もう帰宅するまで横になるわけにはいきません。
不安。

一方で、あちこちに行ってみたいのです。三名園の一つにも、再度行ってみたいです。できれば、神社のあとに。

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2009年1月 2日 (金)

繁華街をブラブラ

繁華街をブラブラ
新幹線の中で気分が悪くなりましたが、ホテルで休んだら治りました。

息子の話から古代史に絡んだ興味が湧き、行ってみたくなった神社があって、初詣に行くつもりでしたが、わたしがベッドで寝てしまったので、時間がなくなりました。
その神社は少し遠く、電車で行くことになります。
明日、行こうかと話しています。

レストランの予約時間まで、夕方から繁華街まで足を延ばしました。
楽しい散策でした。夜になって、さすがに冷え込みます。

今春、入社する息子の勤務地は東京か大阪のどちらかになりますから、わたしと娘がこの街に来ることはもうないでしょう。
息子にとっては、本当に暮らしやすい街だったようです
わたしも心惹かれる街でした。

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ひ弱なパトラッシュ

ひ弱なパトラッシュ
新幹線が山口をすぎたあたりで、早くも心臓が音を上げました。

今のところ痛みはなく、圧迫感のみ。苦しいので、ニトロのテープかぶれがひどいのですが、貼って様子を見ているところです。

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別府湾〜!

別府湾〜!
実際に見た感じではもっと明るかったのですが、暗く撮れてしまいました。
杵築から宇佐にかけて、うっすらと雪がありました。

体調良好、小倉駅でソニックから新幹線に乗り換えて息子の街へ。

行ってきます。

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2009年1月 1日 (木)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます
旧年中はお世話になりました。
今年もよろしくお願い致します。

写真は昨年最後の晩餐、年越し蕎麦。娘との合作です。とろろを添えて。
与謝野晶子の詩をご紹介したいと思っていましたが、これは携帯からの更新なので、パソコンを開いたときに……。

紅白歌合戦を、少し観ました。石川さゆりの牛柄のドレスに注目しました。
息子が牛年です。

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