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2008年12月 8日 (月)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第93回

 ナシメさんたちの話では、城都洛陽の宮殿の幾つかは未だ造営中であったということです。後漢末期の混乱で見る影もなくなっていた洛陽でしたが、後漢全盛の頃の絢爛さがほぼ甦っていました。

 城壁に囲まれた都市である洛陽は、東西がおよそ6里(19、南北がおよそ9里(20の大きさだということです。

 城壁が巡らされた内部には、北宮、南宮を中心として、行政の施設、武器や食料品の倉庫が並ぶ区画や、貴族の住居がある区画、貧しい人々が生きる区画などがあり、市がひらかれていました。

 南に洛河が流れています。郊外には、明堂(21、霊台(22、癖擁・太学(23などがありました。

 トシゴリ氏は、堅牢な囲いの中で構成され、営まれている魏都のあり方の特異さや、宮殿や貴族の邸宅に見られる石づくりのスケールの大きさに度肝をぬかれ、自分を野鼠のように感じたそうです。

 カルチャー・ショックが癒えた後でトシゴリ氏は、母なる自然に添って暮し、大国に比べて貧富の差も刑罰もゆるやかな、大国の人々に比較した場合にはっきりしてくる我々の柔和さ――この、柔和さに潜むものが文化的遅れなのか、徳なのかと、自問してしまったとか。〔続〕


  19 当時の中国の1里は約434メートル。約2.6キロメートル。
 20 約4キロメートル。
 21 祖廟。
 22 天文台。
  23 共に、学校。

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