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2008年10月の43件の記事

2008年10月31日 (金)

最近……

 最近、株価の下落などの影響で、企業が内定を取り消すという事態が生じているそうで、息子の大学でも、数件起きているという。

 たまたま息子が図書館にいて研究室にいなかったところへ、そうしたニュースを聴いて不安になられたらしい教授から、息子に呼び出しがかかった。

「なんかあった?」との教授の第一声。

 何かとは何でしょうか、と息子が問い返すと、「いや、君、なにか、何かある?」とさらに教授。何についてのお話かと、息子もさらに問い返したらしい。

「いや、何もないんやけど、君、身辺に変化はあった?」と教授。特に何も、と息子が答えると、「何もなければええんやけど、何かあったかもと思って……」と教授。

 ここまでくると、さすがに息子も、教授が何か訊きづらいことを訊こうとなさっているということに気づいたとか。教授は、息子の内定が取り消されていないかとの心配をしてくださっていたという。

 こんな話を聞かされると、わが国の置かれた深刻な事態が身に迫ったものとして感じられる。いや、わが国はまだよいほうだという。近頃、何をしていても、重いものが圧しかかったような気分だ。

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レストランSHUN-KANのレディース・セット

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 デパート地下2階にある、ホテル白菊のレストラン『SHUN-KAN』のレディース・セット。1,050円。携帯での写真撮影は、娘。

 どれも美味しくて、これで1,050円は安いです。11月3日、19時をもって閉店だとか。

 これまで、娘と入ってみたいね、といいながら、入りそびれていました。初めて入って、閉店を知るはめになるとは、残念。デパートの地下にあるとは思えない、落ち着いた空間でランチを楽しみました。

 いつか、別府温泉『ホテル白菊』にも家族で行ってみたいね、と娘と話したことでした。

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30日に脳神経外科、内科受診

30日に脳神経外科、内科受診
 昨日30日に、脳神経外科と内科を受診しました。

 脳神経外科

 頭の骨腫を摘出した手術痕は綺麗になっているといわれましたが、私的にはまだしばらくは隠す必要がありそうだと思っています。
写真は、その傷跡隠しのピンたち。

 その部分にブラッシング、パーマ、白髪染めといった刺激を加えても問題ないか伺うと、「大丈夫だよ。もし化膿して膿が出たりしたら、教えて」と先生。
「……」とわたし。

 頭に残っているコブのベビー2個も気になるところですが、CTは結構被曝するので、考えて撮るようにしなければならないそうです。

 右耳の後ろに見つけたグリグリをご報告すると、「どれどれ。本当にグリグリ、ある?」と、両耳の後ろに触りながら先生。被曝のことがあるので、ひと月後に様子を見て必要であればCTを撮るとのことでした。

 いずれにしても、どれも悪性ではないだろうから、放置して構わないと思うとおっしゃた後から、「こんなの見たら気にするかもしれないけれど、見る?」と先生。何を? 何のことかわからないながら、とりあえず「見ます」とわたし。

 そして。(@_@;)ああ見てよかったのか悪かったのか、わかりません。
人間にも角って生えるんだと思ってしまったくらい、骨腫の成長しきった写真はそれにそっくりでした。鬼のモデルは、頭に成長した骨腫を持った普通の人だったのかも……。

 写真の中の骨腫は皮膚を突き破り、頭に屹立していました。ああなるまで、よく放置できたものだと感心しました。見物料がとれるのではないかしら。帽子を被るには、穴を開ける必要があったでしょうね。

 すっかり寡黙になって、わたしは診察室を後にしました。

 次回の脳神経外科の受診は、11月26日です。

 内科

 副甲状腺ホルモン値は1週間後でないと出ませんが、それ以外の血液検査の結果はコレステロール値が高かったくらいで、カルシウム値も正常でした。

「脚の骨にある出っ張りは、腫瘍ではありませんでした」とご報告すると、「生検したわけではないでしょ」と先生。それはあくまで、CT画像による放射線科の先生の所見と診断ですが……。

 そのあと、わたしは、本来多発しないタイプの骨腫が複数できたことや脚の骨に感じる変化……が解決しない不安を先生に繰り返し、先生は相変わらず不可知論者としての言葉を繰り返されるという、入院中と全く同じ場面が再現されました。

 次回の内科受診は、脳神経外科と同じ日です。

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2008年10月30日 (木)

今日の予定

今日はレッドクロス・ホスピタルへ。脳神経外科と内科の受診です。

先日の整形外科での受診時に、腫瘍と思っていた脚の出っ張りがそうではないとわかり、それはそれで気になるとはいえ、気楽な気分です。

病院のあと、休日の娘と待ち合わせてブラブラします〜!
では。

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2008年10月29日 (水)

遅ればせながら知った訃報

 アクセス解析の検索ワードを辿って行き着いた、ネットニュースに驚きました。

 文学者の横井晃先生(大阪文学振興会副代表・元「関西文学」発行人)が1月6日にお亡くなりになった、という記事だったからでした。

 10月の終わりになるまで、何も知らずに過ごしていたとは……。

 生前の横井晃先生に接する機会は少なく、ご近況を伝え聞く機会もなくなって何年にもなりましたが、真に文学のことをわかり、考えることのできる先生のようなかたがこの日本にいらっしゃるのだ、と思うだけで、わたしのような作家の卵には何か灯台の光を見るような、励まされるものがありました。

 こんなことを申し上げるのは不謹慎かもしれませんが、タロットカードの中でわたしの好きなカードに「隠者」(賢者)があります。先生がバリバリ活躍なさっていたであろうお若い頃のことを何も知らないわたしには、ウェイト版のそのカードと先生の面影が重なります。

 ちなみに、そのカードに描かれているのは、謹厳で気品のあるローブ姿の老人です。黄色い杖をつき、六芒星の宿るカンテラを掲げています。背後には灰青色の空と雪山。杖は哲学的思索を、カンテラの光は真理を象徴しているといわれています。

 賢者のような雰囲気を持つ人は、今の日本では本当に少ないですね。そうした意味からも、惜しいかたがお亡くなりになったと思わざるをえません。

 先生は、今の日本の文学的状況をどのようにお考えになっていたのでしょうか。先生のご遺志は後継者に受け継がれ、このわが国の文学的苦境の中でも香気を放ちながら耐え抜き、時が来れば、大きく花開くに違いないと想像しています。

 遅ればせながら先生の訃報に接し、怠け心に鞭打たれた思いがします。

 謹んでご冥福をお祈り致します。

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2008年10月28日 (火)

27日に整形外科受診

 昨日、整形外科を受診した。

 結論からいえば、骨腫瘍と想像し、先生もその可能性をおっしゃっていた、両脚にある骨の隆起は、どうやら骨腫瘍とは無関係らしい。

 放射線科の先生の所見・診断では、「右膝蓋骨全面上部、やや外側に上方へ向かう軽度の骨形成を認める」が、形態から腫瘍性病変の可能性は少ないと考え、右大腿四頭筋腱の骨化を疑うとのこと。両側脛骨粗面の骨変化は正常範囲内で、明らかな病変は指摘できないという。念のため、単純エックス線などで経過観察を希望する由。

 確かに脚の隆起はどれも、頭の骨腫のような、お碗を伏せた形はしていない。わたしにもCT画像は、腫瘍には見えなかった。ただ、両脛にある隆起は正常範囲内といわれても、実際に見て触ると結構出っ張っているので、先生も「もし大人になってからこうなったのだとすると、精査が必要になってくるかもしれない」とおっしゃった。

 生まれつきこうだったとか、ひどい怪我をしたといったことはないかと訊かれ、両膝は高校のバレー部時代に打った記憶があるが、脛に怪我をした記憶は全くないと答えた。

 右膝の上の腫瘍としか思えなかった出っ張りも目立ち、膝から脛にかけて何だかでこぼこしてきたのは、ここ数年のことだと思う。それも、気になるようになったのは比較的最近のことなのだ。娘が「ママ、膝が大きくなったね」というけれど、本当にそう。

 放射線科の先生の所見に、前回CT(9月2日)と比較して変化を認めないとあるにしても、2ヶ月も経たないうちにCT画像でわかるくらいの変化といえば、相当な出っ張りを起こさなければならないだろう。

 腫瘍であろうが、骨化であろうが、こうした変化が起きた原因をわたしは知りたいと思うし、これが今後も進むのかどうかの見通しがほしい。

 この脚の骨のことは気にかかって仕方がないが、当分は経過観察を続けて貰うしかないようだ。

 もうひとつ。膝にしばしば起きるトラブルについては、半月(板)損傷を疑うという先生のお話だった。MRIでないと、軟骨は写らないという。

 それなら早くお願いします、というと、わたしの場合は両膝なので、MRIを撮るのに時間がかかり、大抵の人は膝を動かしてしまうのだそうだ。そうすると、おじゃんになるから、痛みが強いときでないとめったに撮らないとか。

 痛いときだと、もっと動かしてしまうのではないかと思ったが、片方で20分かかると聞かされ、考え込んでしまった。CTを撮るとき、両脚を心持ち内に向けた格好で数分我慢させられた。

 大した時間ではなかったのに、わたしは案外それが苦痛で、苦痛で、「まだなの? まだなの?」とずっと心の中で叫んでいた。MRIのときはどんなポーズで撮るのだろう。いずれにしても、大変そうだ。

 これまで、どうしてMRIを撮っていただけないのだろうと不満に思っていた。今回、この件も含め、先生に対してあれこれ抱いていた漠然とした不信感が残らず消えてしまった。頭の骨腫の件で、脳神経外科の先生から参考までにと伺った○○○○症候群についても、先生はご存知だった。

 半月損傷の場合は、よほどでないと手術は行わないそうだ。むくむので、サポーターはしないほうがいいとのこと。正座にはドクター・ストップがかかった。

「先生、今のわたしは正座をしたくても、とてもできません」というと、先生は「その膝だと、そうだろうね」と、気の毒そうにおっしゃった。日本人に生まれて正座ができないというのは、困るときがあるのだけれど……。

 高校時代のバレー部では、半月損傷は珍しい怪我ではなかった。わたしも上達するまではしたたかに両膝を打ちつけて、青痣だらけになったものだ。膝を打つのは下手な証拠なのだ。

 その頃のことがあるから、中年になった今、半月損傷を起こしてきても仕方がないと思う。わけのわからない骨の件に比べたら、本当に納得できる。

 先生からいただいた『整形外科シリーズ11』(日本整形学会)というチラシには症状として、「膝の曲げ伸ばしの際に痛みやひっかかりを感じたりします。ひどい場合には、水がたまったり、急に膝が動かなくなるロッキングという状態になり、歩けなくなるほど痛くなります」とあった。

 先日デパートでわたしの右膝で起きたことは、まさにこのロッキングではないか。うまいネーミングだと感心する。そう、まるで膝がロックされたみたいに動かなくなるのだ。

「そうなったときは、無理に動かしたほうがいいのですか? 歩かないわけにはいかないし、どうすればいいのでしょう?」と先生に伺うと、10分くらいは動かさないようにして、それからそろっと動かせばいいのだそうだ。あのとき、わたしも結果的にそうしたことになる。

 次回は、半年後の4月27日にCT。5月11日に一般撮影。膝の痛みが強くなったときは、外来に電話するようにとのこと。そのときはすぐにMRIの予約を入れてくださるのだそうだ。

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2008年10月27日 (月)

「薔薇姫の森」へ出かけました

ブログ「薔薇姫の森」をご存じですか?

TBSドラマ「SCANDAL」の中で、長谷川京子扮する〈河合ひとみ〉という女性がつくっているブログなのです。
桃井かおり、鈴木京香なども出てくるなかなか面白いドラマなのですが、画面いっぱいにひろがる「薔薇姫の森」が初回から印象的でした。

そして、ついに、あれは本当にあるに違いないと思い、携帯で検索してみたら、ありましたよ〜。
宣伝用でも、愉快な気分になりました。

わたしも、あんな可愛いブログ、作ってみたいです。
考えてみたら、何も実年齢をさらけ出す必要はありませんものね。

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2008年10月26日 (日)

少し不調

 ずっと快調の心臓だったが、寒くなってきたせいか、起床時に胸が重かった。午後、疲れたので横になり、うとうとして起きたときも重かった。この症状とは縁がなくなったのかと思っていた。

 そろそろまた、ニトロ舌下錠をあちこちに配置したほうがいいのかもしれない。

 調子のよいまま冬に突入し、そのまま春に突入できると想像していたのは、ちょっと甘い考えだったようだ。考えてみたら、絶好調だった時期って、秋の最も過ごしやすい快適な日々だったのでは?

  パトラッシュ、何ともないときはお前のことを忘れてしまっていたけれど、悪かったね。舌下錠の助けを借りながら、元気で冬を乗り切ろう!

  舌下錠を使うとペースが乱れるので、あまり使いたくない。尤も、ペースが乱れるから、舌下錠が必要になるだけのことなのかもしれない。勿論、特有の痛みが起きれば、躊躇せず使う。

 明日は、整形外科を受診する日。右膝のトラブルのことは報告するつもり。たぶん、このまま様子を診て貰うだけだろうけれど。

 そういえば、先日循環器クリニックを受診したときにテレビのニュースで、同じ県にある某市立病院の整形外科が休診になると報じていた。他に、産婦人科だっただろうか、既に休んでいる科があるという話だった。

 妊婦の盥回しのことは、全国ニュースでときどき報じられる。こうした医師不足や公立病院の休診や閉鎖は、小泉前首相の構造改革後に発生したり深刻になったりしたことを忘れてはならない。

 地方分権の名のもとに、必要なお金まで削られて、疲弊している地方自治体は少なくないという。

 わたしが以前通っていた福岡県にある某市立病院の閉鎖も囁かれていた。囁いていたのは医師だったから、信憑性のある話だったと思うが、ホームページを見ると、前とは違っているところがあるにしても、何とか続いている様子。

 あの病院がなくなったら、市民は本当に困るに違いない。社会保険病院に殺到するのだろうか。でも、絶対にあぶれる人が出てくるだろう。

 わたしの通う病院の整形外科に、休診になった某市立病院の患者が移ってくるかもしれない。

 わたしが入院したとき、ベッドには余裕があるように見えたけれど、時期によって違うようだ。同室になった一人は、紹介状をもって夜間にタクシーで駆けつけたが、何と前に救急車が7台か8台か並んでいて、受け入れ不能ということで断られたという。

 別の一人もやはり、いっぱいということで、一旦は違う病院に入ったそうだ。総合病院も個人病院も沢山あるように見えるこの市ですら、こんな風だと聴くと、急患になるのは時期を選ばなくてはいけないなあと思う(そんなことは不可能だろう)。

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2008年10月25日 (土)

スティッチの卓上カレンダー〜!

スティッチの卓上カレンダー〜!
 来年のカレンダーが目につきだしてから、これまで使ってきたプーさんの卓上カレンダーを探していたのですが、見当たらないので、スティッチのにしました。靴下にゃんこ、ミッフィー、もい鳥などとも、迷いましたけれど。 

 まだ大きなカレンダーは、買っていません。大きなのは、ここ数年写真集のカレンダーにしていて、今年のは世界の山々。昨年のはパリのカフェ(だったかな)。

 考えてみたら、まだ10月ですよね。もう来年の準備だなんて、早すぎる気が……。年々、お店に出るのが早くなってません?

 デパートの同じ文具売り場には、ランドセルが出ています。うちの子供たちの頃はなかった、ピンクとか水色とかに目が行きます。そういえば、シックな色合いのベビーカー、ベビー服も多くなりましたね。

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玉のできない服部先生のクリームシチュー

Pa180048_3 昨日10月24日の夕飯から、服部先生の『 鶏肉と野菜のクリームシチュー』をご紹介します。

 わたしはときどきホワイトソースに玉を作ってしまうことがありました。これまでに見ていたレシピでは、ホワイトソースを別に作って加えるやりかたでした。

 それで、クリームシチューは好きなのに、作るのが億劫でした。が、昨日初チャレンジした服部先生のクリームシチューではホワイトソースを別に作らずに、たっぷりのバターで野菜と肉を炒め、そこで一旦火をとめます。

 そして、結構沢山(!)の小麦粉を全体にまぶしつけるように混ぜ、ここで改めて火をつけて粉っぽさがなくなるまで中火で炒めるというやりかたでした。玉をつくらないコツがこのレシピの中にさりげなく書かれていますね。

 粉っぽさがなくなるまでというと、必然的に丹念に炒めることになり、そうすると、粉っぽさもなくなりますが、玉もなくなるのです。そのあと無造作に水を入れても、もう玉ができることはありませんでした。

 服部先生って、本当に頭のよいかたなんだろうな、とレシピを参考にしながら感心することがたびたびあります。わたしは服部先生のレシピのお蔭で、これまで苦手だったり、失敗してきたりした料理をいくつもマスターできるようになりました。

 前述したようにレシピの中にさりげなくコツが織り込まれていますし、普通の人に無理なことは書かれていません。レシピの中には、これが案外あるのですよね。説明不足なのか、調理器具の違いなのか、こちらの腕のなさなのかはわかりませんが、凡人には到底無理なことが書かれていたりしますもの。

 娘がせっせとプレゼントしてくれるお蔭で、服部先生の雑誌が沢山溜まりました。まだ、その中の作りやすそうに見えるものにチャレンジした程度ですが、どれにチャレンジしても、服部先生のレシピに忠実に作れば、わたしにも作れるものばかりではないでしょうか。そんな書きかたがしてありますから。

 前置きが長くなりました。

Pa180089  それでは、週刊 服部幸應のしあわせクッキング52号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)から鶏肉と野菜のクリームシチューをご紹介します。材料は4人分です。

∥鶏もも肉240g|じゃがいも・にんじん・玉ねぎ各100g|さやいんげん50g|マッシュルーム4個|生クリーム1/2カップ|牛乳2カップ|固形スープ、バター、小麦粉、塩、こしょう∥

  1. 鶏のもも肉は数本包丁を入れて筋を切る。
  2. じゃがいもとにんじんは皮をむいて乱切りにし、玉ねぎはくし形に切る。いんげんは5cm長さに切り、マッシュルームは4等分に切る。
  3. 鍋にバター50gを溶かし、玉ねぎを入れてさっと炒め、にんじん、じゃがいも、マッシュルーム、いんげんを加えて炒める。全体に油がまわったら鶏肉を加え、白く色が変わるまで炒める。
  4. ③の鍋の火を止め、小麦粉50gを加える。全体に小麦粉が混ざったら火をつけ、粉っぽさがなくなるまで中火で炒める。
  5. ④の鍋に水2カップと固形スープ3個を加える。鍋の底についている小麦粉をとるように混ぜながら沸騰させる。
  6. ⑤の鍋に牛乳を加え、沸騰したら弱火にし、ときどきかき混ぜながら煮る。野菜がやわらかくなったら、生クリーム、塩、こしょう各少々で味をととのえ、器に盛る。

Pa180062_2 ←サラダ。

 

   

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2008年10月24日 (金)

08.10.23の夕飯から∥あさりとじゃがいものスープ煮(服部レシピ)、なすのみそ炒め(服部レシピ)

Pa170045 Pa170036  昨日の夕飯は、あめたの干物、あさりとじゃがいものスープ煮、なすのみそ炒め、麩とわけぎの味噌汁でした。

 あさりの味が野菜にしみこんで美味しい、と家族に好評だったあさりとじゃがいものスープ煮

 週刊 服部幸應のしあわせクッキング90号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥あさり(殻つき)400g|じゃがいも3個|玉ねぎ1個|グリーンアスパラガス1束|固形スープ、塩、こしょう∥

  1. あさりは砂抜きして殻を洗う。じゃがいもは一口大に切って水にさらす。玉ねぎは2cm幅のくし形切りにする。
  2. アスパラガスは根もとのかたい部分を切り落とし、ゆでて食べやすい長さに切る。
  3. 鍋に固形スープ1個、水2カップを入れて火にかけ、煮立ったらアクをとり、じゃがいもがやわらかくなるまで煮る。塩、こしょう各少々で味をととのえ、②を加えてさっと火を通す。

 あさりさえ手に入れば、簡単にできるスープ煮。他の野菜でもいけそうです。とても美味しいですよ、お試しください。

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 なすのみそ炒めも服部先生のレシピです。これまでわたしはよく、栗原さんのみそだれレシピで作っていました。そのレシピも栗原はるみ著栗原さんちの朝20分のお弁当』(文化出版局、1992年)からご紹介しますと、

みそだれ約1/2カップ分しょうゆ大さじ2砂糖大さじ1/2酒大さじ1赤みそ大さじ1白みそ大さじ2

 栗原さんのなすのみそ炒めも、こくがあって美味しいですけれど、服部先生のみそ炒めのシンプルな味わいにも捨て難いものがあります。

 これからは、なすを目の前にして、今日はどちらのレシピで作ろうかしら……なんて贅沢な迷いを抱えてしまいそうです~。

 では服部先生のレシピを89号からご紹介します。材料は4人分です。

∥なす6本|赤とうがらし1本|A〔みそ40g¦砂糖大さじ2~3¦みりん大さじ2¦酒大さじ1〕|サラダ油∥

  1. なすは厚めの半月切りにし、水にさらす。
  2. 赤とうがらしは種をとって小口切りにし、Aは練り合わせておく。
  3. フライパンにサラダ油を大さじ2~3を熱して水気をきった①のなすを炒める。火が通ったら②の赤とうがらしを加え、Aの調味料を入れて炒め合わせ、器に盛る。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*
                                                     Pa150057_5

←別の日に作ったごま豆腐どんぶりです。これも服部先生のレシピ(こちら)。

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2008年10月23日 (木)

同人雑誌の休刊

 同人雑誌の編集人が原稿の締切をいってこないと思っていたところへ、封書。いつもは葉書なのに。何やら、物々しい雰囲気が漂っていると思ったら、次号の原稿募集が遅れるということと、その後の休刊のお知らせだった。

 休刊の理由としていくつか書かれていたが、大きな理由として、文藝春秋発行の文芸雑誌「文學界」の《同人雑誌評》が今年いっぱいで打ち切られることになった衝撃が挙げられていた。

 わたしたちの同人雑誌(といえるほど、わたしは同人歴は長くないが)、は発行のたびにそこで採り上げられていたから、発行人、編集人の落胆もわからなくはない。

 しかし、そんなことが大きな理由だとしたら、そんなつまらない理由で……と思う。採り上げられたからといって、腹の足しになるじゃなし。

 関連して純文志向に対する逆風にも触れられていた。だからこそ、同人雑誌を出すのだと思っていたのだけれど。

 まあ、こんな風な文学観の違いは、強引に勧誘していただいた当初からあった。

 ただ格安の同人費に掲載費、しっかりとした編集、校正(元新聞記者が担当してくれていた)、発行後の宣伝、また同人雑誌の地元における市政との文化的結びつきなど、発行人、編集人のこれまでのご尽力には頭が下がる。

 案外、そのあたりのところの息切れが一番の原因で、そこに《同人雑誌評》打ち切りのニュースが追い撃ちをかけたといったところなのかもしれない。

 尤も、廃刊ではなくて、とりあえずの休刊なのだから、彼ら同人雑誌の責任者たちを取り巻くわたしを含めた一般の同人たちの動きでこの先、同人雑誌の未来はどう変わるともいえる。

 が、やはり文学観の違いがわたしにとっては大問題であって、今回の休刊宣言に対して動こうという気にはなれない。ときどき電話がかかってくる同市に住む同人はこの知らせを読んだのか、まだ読んでいないのか、黙している。

 作品が活字になり、きちんとしたかたちで保存できるありがたみを、同人雑誌は教えてくれた。休刊になれば浮くお金で(といっても家計から捻出していた臨時的な出費だったが)、また自分だけの作品集を編もうかとも一晩のうちに計画した。

 1995年に、「月の捧げもの」という小冊子166頁からなる作品集を出したことがあった。文学仲間から安い印刷所を教わり(漫画の同人雑誌の印刷を主とする印刷所だった)、遠方の印刷所だったことが災いして、文字の小さすぎたことが難点だったことを除けば、よい仕上がりだったと思う。

 小説は『杜若幻想』『茜の帳』『牡丹』『雪だるま』『銀の潮』。エッセイは2編。手記は『枕元からのレポート』。戯曲『月と百合とふたりの女』。詩は『月とたましい』『太陽に溶け』『入京』『れくいえむ』。

 以上が「月の捧げもの」に収めた作品の全て。全部、ホームページに収録予定だ。このかたちにしておかなければ、何しろ昔の作品ばかりだから、今頃は散逸してしまっていたかもしれない。

 ホームページに収録するだけでは、不安なのだ。ふと、以前書いた作品に目を通したくてたまらないときがこれまでにあって、それがもう開けないフロッピーに入っていたり、一部を欠いた原稿として残っていたりすると、心底がっかりしてしまうことになった。今後もそうであると思う。だから、なるべく活字に、という思いは強いのだ。

 単行本のかたちにしたいとは、不思議にも一度として思ったことがない。専業主婦のわたしには経済的に無理ということもあるが、とにかく何らかのかたちで活字にしておきたいだけなのだ。

 「月の捧げもの」を出したときも、「くりえいと」という同人雑誌を離れたあとだった。印刷所は、「くりえいと」のメンバーから教わった。

 今度作品集を編むとするなら、事前に出かけていって自分の目で確かめながら細かな打ち合わせのできる印刷所に頼みたい。となると市内ということになり、ネット検索してみたが、出かけてみなければもう一つわからないなあと思う。

 この作品集の件は、急ぐ話ではないから、ゆっくり進めたい。そして、最後の作品提出となる次号へは、どんな作品を出そうか? 締切は来年2月。

 それにしても、来年こそは秋吉台に取材に行って、児童文学作品『不思議な接着剤』を完成させたいものだ。今年の不作なことといったら! 尤も、前掲の「文學界」《同人雑誌評》で採り上げられた『侵入者』は今年の作品だから、収穫ゼロというわけではなかった。

 同人雑誌の編集人には手紙を書こうと思う。文学が低調なのは、行き過ぎた商業主義が原因だとわたしは考えている。平安時代に書かれた『源氏物語』が今でも一向に色褪せず、読まれていることから考えると、文学は人類ならではのすばらしい発明だと思える。

 人間に関わりのあることは全て――、人間存在をまるごと引き受けようとする文学は、一種の崇高な宗教だとわたしはみなしている。最も知的で、愛情深く、人間に対して決して諦めることのない、哲学に近いというより、それを包含した性質を持つ人間教(?)ともいうべき、人類の輝かしい文化的所産ではないか。

 それを継承し発展させる責任は、今ここに生きているわたしたちにある。

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2008年10月22日 (水)

息子と電話で話す

 息子の住む街では風邪が流行っているらしい。息子も風邪をひき、なかなか抜けないようだ。それ以上長引くようであれば、病院へ行って本当に風邪かどうか確かめて貰うようにいった。

 夜間はもう結構冷え込むというのに、窓を開けたまま寝たりしていたらしい。暑いときでも、窓は極力閉めて寝るようにいっているのに……。真冬でも半袖で通す(外出時はさすがに、ジャンパーかウインドブレーカー、よそ行きのときにはコートを羽織るようだが)癖がついているので、寒暖の差があっても衣類の調節などは思いつきもしないのだろう。

 汗をかくと湿疹が出るので、半袖や薄着が習慣づいてしまったようだ。でも、それも程度もので、風邪を予防するくらいの衣類は身につけてほしいと思う。

 来春の卒業、引っ越しのほうへ頭は向いているようだ。

 引っ越し先に持って行けようと行けまいと、家財道具(学生時代にいくらかアパート暮らしをした娘から引継がれたものもある)は、リサイクルショップに引きとりに来て貰うか粗大ゴミに出すかして処分したほうがいいのでは――と、アドバイスした。

 配属が決まる前に東京で研修があるし、配属後の引っ越し先が東京になるのか、大阪になるのかさえ、今の時点ではわからない。

 息子はどちらでもいいといいながらも、内心では東京を希望しているのだが、それは土地を選んでのことではなくて、部署に関する希望によるものらしい。

 というのも、息子が今大学院でやっているような分子シミュレーションは、東京でしかやっていないからなのだった。

 おそらく、計算科学という部門に行けることはほぼ間違いないだろうが、その中にも息子の希望する部署の他に構造解析はじめ複数の部署があり、分子シミュレーション以外は東京と大阪どちらでもやっているというのだ。

 だから、仮に引っ越し先が東京になるとしても、分子シミュレーションに行けたということにはならないようだが、引っ越し先が大阪だとすると、分子シミュレーション以外の部署に配属されたということだといえよう。

 息子は、他の部署に配属されるとなると、大学でいえば、同じ理学部であっても、理論化学から生物に行かされるような違和感を覚えるだろうという。

 それでも、それは贅沢な悩みといえば贅沢な悩みだ。

 大企業の場合、どの部門に行かされるのかでさえ、わからないところも多いようではないか。息子は就活中にそれを思い知った。研究室勤務になるのか、工場の監督に就くことになるのか、営業になるのかが全くわからないというのは大変なことだ。

 大変なことだけれど、わたしや娘のように4年生大学の文系を卒業した場合、そもそも教養的知識が霞を纏うように身についているだけで、実用的な技能は身についていないことが多いため、どこに就職を希望していいのかさえ、わからなかったりする。どこにも違和感を覚えたりする。

 尤も、わたしのような作家志望となると、特殊すぎる希望であるため、ほとんど馬鹿みたいであるといえよう。実際、天の星を松葉箒で掻き落とせると思い込んでいたものでね……。

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2008年10月21日 (火)

クリスティー『未完の肖像』とル・クレジオ『黄金の魚』について

 2冊の本について、少し書いておきたい。

 娘が注文・購入したル・クレジオ著『黄金の魚』(村野美優訳、北冬舎、2003年)、及びわたしが読んでいるアガサ・クリスティー『未完の肖像』(中村妙子訳、ハヤカワ文庫、2004年)について。

 どちらも女性の語りという設定で、その語りにはふくよかな甘やかさ、こまやかさがある。

 クリスティーはともかく、本年度のノーベル文学賞に輝いたル・クレジオは男性なのだから、そのデリケートな筆致には驚く。
 面白そうなので、すぐにも読み進めたいところだが、これは娘の本。娘が読み終えるか、読み飽きるかするまで待とう。
 装丁も素敵。黄金色に塗られた小さなお魚のキュートなこと!
 訳者あとがきによると、「物語は、幼児期に人さらいに遭い、故郷の記憶を無くした少女が、15年間の彷徨の中でさまざまな出会いと経験を重ね、『自分はどこから来たのか』『自分とは何者なのか』という問にみずから答えようとするものである」とあることから考えると、金色のお魚はその少女だろう。
 実は、娘がこの本を購入する前にあらすじ紹介を読んでいて、わたしもそれを読んだから、あとがきに書かれているようなストーリーであることは既に知っていた。
 そして、娘はそのストーリーに興味を覚えて本を注文し、わたしは興味をなくしたわけだった。
 というのも、わたしはストーリーから、これは悲惨なお話で、語り口も乾いたものに違いないと想像したからだった。
 昨今の悲惨なニュースに食傷気味のわたしは、悲惨なお話はノーサンキューだったから。
 ところが、休日の娘が心地よさげに『黄金の魚』を読んでいるではないか。覗かせて貰い、良質の児童書を連想させるような語り口に惹かれた次第。

 クリスティーの『未完の肖像』は、推理ものではない。作者の実人生が投影された小説と見なされているようだ。
 わたしは以前に、クリスティーの自伝を読んだことがあった。彼女のいわゆる失踪事件の原因が知りたかったのと、あれほどの量の推理ものをモノにした作者の特に内面を照射した軌跡が知りたかったからだった。
 しかしながら期待に反し、分厚かったわりにはそのような収穫は得られなかった。外界で起きる出来事が連綿と綴られている印象で、堅く閉じた作品だと感じられた。
 それが『未完の肖像』というフィクションでは、あますところなく一人の女性の内面がゆたかな情趣で描かれていると感じさせる。読んでいてわくわくさせられるような、内面性の充溢が見られるのだ。

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ティルームのティー

ティルームのティー
今日、呆れたことがあったけれど、他人の名誉のために、ここにおいそれとは書けません。
とりあえず、昔ながらの日記帳に、ボールペンで記しておくことにします。
猿も木から落ちるですかねえ?

紅茶が美味しかったから、まあいいか。
そのうちここにも書くことになるでしょうが、それとなく。でないと進行上(さあて、何の話かな)、少々困ることでもあるので。

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2008年10月20日 (月)

循環器クリニック受診

 帽子はかぶっていかなかった。ピンでとめただけで。

 どのみち、クリニックはてんてこ舞の忙しさで、わたしの頭に帽子があろうがなかろうが誰も気づかなかっただろう。午後の手術日が週に1日増え、午前も午後も診察のある日が、4日から3日に減ったためではないかと思われる。

 たまに、診察のあるはずの午後も緊急手術で受診できないことがあるため、診察日が減れば、なおさら患者は午前に詰めかける。先生、大丈夫かしら? ホームドクターが売れっ子すぎるというのも、患者としては考えものだなあ。

 何でも、先生の静脈瘤の手術が好評で、これまでの手術日だけではまかないきれなくなったらしい(そんな趣旨の貼り紙が出ていた)。静脈瘤の他に人工透析のための内シャントをつくる手術も手がけていらっしゃるようだから、その方面の患者さんも増えているのかもしれない。

 こうしたことで、というわけではないだろうが、35日分出ていた薬が40日分出た。35日間に心臓の発作は1回しか起きず、絶好調だから間が空いたのだろう。
「ニトロ舌下錠は、まだあるね?」と先生。
「はい、まだ沢山。調子がいいので、ほとんど必要としなくなりましたよ」とわたし。

 わたしは先生に心臓の具合をよくしていただいたが、先生も過労に注意していただきたいと切に思う。飲兵衛で、肝臓悪いみたいだものね。酒量は控えめになさってください……。

 それとそうと、血圧は上が100ちょっと、下が70ちょっと、とわたしにしては低いほうだった。その自覚は全くなく、むしろ高いと思っていたから、如何に自分の感覚がアテにならないかの証明になったようなものだ。

 数年前までは、低血圧のときと高血圧のときの区別がかなり正確についたものなのに。

 レッドクロス・ホスピタル(というと感じが違う)でのCTは、痛くも痒くもなかったが、財布は痛かった。純粋に検査だけで、5,010円。

 入院中にお世話になった看護師さんを見かけた。口に酸素マスク、指に血中酸素飽和度を測るクリップをつけた重症そうな患者さんをベッドのまま、もう1人わたしの知らない看護師さんと運んでいらしたので、あえて声はかけなかった。

 前回来たときはまだ入院患者の感覚が残っていた。今日はその感覚が完全に消えていて、わたしはもう、よその人だった。入院病棟へと続く廊下からエレベーターにかけて、前回は目が行ったのに今日は行かず、そこから先は意識に入って来ない世界になっていた。

 いざ入院してみると、当然ながらそこには生き生きとした地続きの世界が拡がっていることがわかるのだが、よその人になった今はそこが自分とは何のかかわりもない別世界に感じられる。入院中はこれが逆転して、シャバでの日常生活が自分とは関係のない、別世界のように感じられていたっけ。このたくましいまでの適応力は、何だか怖ろしい……。

 いずれあの世にでも行けば、この世がたちまち遠い世界と感じられるのだろう(さもなければ、透明人間となったまま、この世に容れられないまま、この世がいつまでも近しいものであり続ける幽霊ではないか。なーまんだぶ、なーまんだぶ)。

 両膝の腫瘤をCT画像で見るのは初めてなので、1週間後の診察日が待たれる。ときどき起こる膝の故障が腫瘤によるものかどうかがわかるのではないか、という期待で。 

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帽子をかぶるか、かぶらないかの迷い/楽しみなオペラ『カルメン』

 今日は日赤で両膝のCTがあり、10時半予約。診察は1週間後なので、日赤を出たその足で循環器クリニックへまわりたい。

 で、帽子をかぶるか否かで、迷っている。骨腫を摘出した傷痕は綺麗になっているが、風が吹いたらまずい程度のものではある。田圃の中の畦道みたいな、あるいは大地に入った亀裂みたいな感じかな。

 その部分を隠すようにピンでとめると、どうしても髪の毛が不自然にぺしゃんこになっておかしいし、そのピンがずれようものなら、見た人の目は点になるかも……。

 でも、循環器クリニックで診察を受けるとき、帽子をかぶったままでは失礼に当たる気がするのだ。前回はかぶっていったが、手術から日が浅いことは先生もご存知で、どのみち先生に傷痕をお見せするため、すぐに脱ぐはめになった。

 今日の場合は結構日が経っているので、診察室に帽子をかぶって入ったり、わざわざそのことを断ったりするのはかえって不自然というか、大袈裟な気がする。それは、帽子をかぶれば楽だ。傷痕を完璧に隠せるだけでなく、伸びてきた髪には白髪が目立ち始め、パーマもとれてきて、うまく髪の毛がまとまらないから。

 見た目の問題だけではなく、手術の傷痕には結構悩まされている。まだ日によっては古傷が痛む感じでうずいたり、痒かったりする。この部分をブラッシングするのは怖くて、まさに腫れ物に触るような過保護な扱いをしている。

 この先、隠せない場所に傷を帯びることになったら、どうしよう? 額の腫瘤は幸い、まだ目立たない。これが摘出した骨腫と同じものだとすると、オソロシク硬質だから、表面に出た部分を削るだけというのは無理かもしれない。

 とすると、抉ることになり、案外大きな傷痕となって、前髪でうまく隠せないかもしれない。先のことをクヨクヨ考えても仕方がないけれど、わたしは怪我とは本当に縁がなかったので、こんなことって気が滅入るのだ。あちこちにできた骨腫瘍の原因が早くわかって、成長を止めることができたらいいのだけれど。

 尤も、良性というだけで、ありがたいと思うべきかもしれない。結晶のように、大理石のように、見える小さなものが骨に埋まっていると思うと、そんなに嫌なイメージではない。

 普通に外出するときは帽子をかぶっていく。帽子の替えがほしくなってきた。古い帽子もあるが、傷痕をカバーするには、今かぶっている娘の買ってきてくれたような薄手のものがいい。

 娘も帽子がほしいようで、先日デパートで時間をかけて見た。アナスイに、菫色をした可愛らしい、それでいてアナスイらしいどこかミステリアスなムードの漂う帽子があり、娘は購入を迷っていた。アナスイのもので、他に2種類、素敵なものがあった。

 わたしの帽子の替えにも、まあまあいいようなものがあった。値段も手頃だった。とはいえ、出費になるので迷い、結局買わなかった。本当に気に入ったものが見つかれば、買うかもしれない。

 今週は、楽しみがある。ローザンヌ歌劇場のオペラ『カルメン』がくるのだ。ローザンヌというと、山岸凉子のコミックスで、ヒロインの六花ちゃんが今ローザンヌにいることを連想してしまう。

 メリメ著『カルメン』(杉捷夫訳、岩波文庫、昭和4年)を読んだのは、大学に入ってすぐだったか、まだ高校のときだったか、思い出せない。が訳者が、

「トルコ風に座って」(胡坐をかいて)オレンジの皮をむきながら、深い軽蔑の眼をホセに投げつけるカルメン、握りこぶしを腰にあてて地団太を踏みながら、早く殺してくれとホセをうながすカルメン、一度読んだ読者はとうていこの女の姿を忘れることはできないだろう。

 と書かれているように、わたしにとっても強烈な印象で、忘れられなくなった。メリメの描写は簡潔だそうだが、その簡潔な美しさがよく日本語に移し変えられていた。『カルメン』はフランス文学だから、わたしのうちではスペインとフランスに対する憧れが対となって起きた。

 カルメンのような女性の造形を可能にする文学への憧れが深まったのも、メリメの『カルメン』のおかげだった。 

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2008年10月19日 (日)

ハムライス(江戸崎レシピ)、ゆでなすと水菜のおひたし・麦とろ丼(服部レシピ)をご紹介

Pa110012Pa110027 一昨日、17日の夕飯は、ハムライス、サラダ、コーンスープでした。

 昔買った料理の本ですが、この本のレシピを参考にハムライスは作ったことがありませんでした。わあ、もっと早く作ってみればよかった……と嬉しい後悔を覚えさせられたハムライスをご紹介します。

 ケチャップを使わないので、ごはんにはトマトの自然な赤色がほんのり。優しい味わいのちょっぴり贅沢なハムライスです。

 ハムライス」( 56からご紹介します。材料は4人分です。

∥ハム200g|なす2個|マッシュルーム8個|トマト1個|たまねぎ1/2個|ごはん6カップ|サラダ油大さじ2|バター大さじ5|塩・こしょう・パセリのみじん切り各少々∥

  1. なすは皮を縦にむいて縦半分に切りさらに乱切りにして塩水につけます。
  2. トマトはくし形に切り、種をとります。たまねぎはみじん切りにします。
  3. ハムは食べやすい大きさに切ります。
  4. フライパンにサラダ油を熱して①のなすを炒め、かるく塩、こしょうをふって別にとります。同じフライパンでトマトも炒めておきます。
  5. マッシュルームを半分に切ってバター少々で炒め、塩、こしょうします。
  6. 厚手鍋に残りのバターを溶かし、たまねぎを炒めてごはんを加えます。全体によく炒め、③④⑤の具を加えて混ぜ、塩、こしょうで味をつけます。

Pa110018_3

 バナナ・ダイエットのヒットのせいで、バナナ売り場がもぬけの殻だったり、青いものばかりが残っていたりのこの頃。

 買い物を頼んだ娘が「今日は黄色いバナナがあるよ」と電話してきたので、「買ってきて!」と即答。

 バナナが特に好物というわけではありませんが、そのまま食べたり、ヨーグルトや写真のようにサラダに加えたりと重宝します。バナナ、カムバック!

     ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

Pa120019_2 Pa120003  昨日、18日の夕飯は、小アジの干物、ゆでなすと水菜のおひたし、つくね芋のとろろ、サラダ、豆腐と水菜の味噌汁でした。

 ゆでなすと水菜のおひたし週刊 服部幸應のしあわせクッキング89号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥なす6本|水菜1/3束| A〔だし2カップ¦みりん・薄口しょうゆ各大さじ3〕|塩∥

  1. なすは縦4等分に切り、塩少々を加えた湯に皮目から入れ、色よくゆでて水気を切り、3~4cm長さに切る。
  2. Aを煮立てて冷まし、①のなす、②の水菜を加えてひたし、味がなじんだら器に盛る。

Pa120024  つくね芋のとろろも、服部先生の麦とろ丼を参考にしました。つくね芋のとろろを普通のごはんにかけて食べましたが、次回は、レシピ通りの麦とろ丼にチャレンジしたいと思います。

 46からご紹介します。材料は4人分です。

 ∥山いも(大和いも300g)|米2と1/2カップ|押し麦1/2カップ|4うずら卵4個|青のり少々|だし、みそ(淡色辛みそ)、みりん、しょうゆ、塩∥

  1. 米と押し麦を混ぜてとぎ、炊飯器で炊く。
  2. だし2/3カップを火にかけ、みそとみりん各大さじ2を加える。
  3. 山いもは皮をむき、すり鉢ですりおろす。
  4. ③に②を少しずつ加えながらのばしていき、しょうゆ、塩各少々で味をととのえる。
  5. 器に①の麦めしを盛り、④をかけてうずらの卵を割ってのせ、青のりを振る。

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2008年10月18日 (土)

久しぶりの再読、アガサ・クリスティー著『そして誰もいなくなった』

 気が向けば、携帯ホームページに推理小説を書こうか、という下心もあって、かつて最も熱中したアガサ・クリスティーとコンナ・ドイルのものを一冊ずつ購入した。

 クリスティーのものは名作と名高い『そして誰もいなくなった』(清水俊二訳、ハヤカワ文庫)、ドイルのものはホームズ・シリーズ最後の長編『恐怖の谷』(延原謙訳、新潮文庫)。

 まず、クリスティーから読んだ。ストーリーをすっかり忘れてたために白紙の気分で熱中でき、さすがはクリスティー、無駄のない書きかたで読みやすく、沢山登場する人物の使い分けもきちんとなされていて面白く、3時間ほどで読んだ。

 作品からは、昔読んだときほどの威厳は感じなかったが、期待通りの知的楽しみと文学的な味わいをもたらしてくれた。ホラーがかったものの多い最近の推理物に比べたら、高級感がある。

 薬学の教養があり、殺人の方法に毒を使うことの多いクリスティーらしく、トリックといっても、それほど手が込んだものではない。時代の違いもあるのだろう。

 ドイルの再読ではどんな感想を持つことになるのか、楽しみだ。謎解きに夢中になれただけでなく、ドイルやクリスティーの作品を通して古きよき時代の英国文化の薫りにうっとりとなっていられたあの頃。

 同じ感覚は戻ってこないが、よいものはやはりよいという安心感を覚えた。 

 これまでにわたしは殺人方法を正面から考えたことはないといっていいと思うが、自殺と見せない自殺方法がないかと考えたことは多々ある。

 というのも、親類に2度自殺未遂し、3度目にしてやっと自殺できた人がいて、その悲惨さ、見苦しさ、周囲にかけた迷惑ぶりに呆れたからだった。魅力的な人で、慕っていただけに、ショックだった。おまけに死後に、小さな子供を道連れにしたかったのか、誘いに来たらしい。

 神秘主義者としてのわたしの探究心はそのことをきっかけとして深まり、また厭世的な心理状態になったときには、自殺と悟られない自殺方法などをあれこれ考えた。

 これを推理小説に転用できるのではないかと考えたわけだ。 

 でも、いざ自分が書こうとすると、トリックの問題以前に、神秘主義者としての感性が深まったせいか、知的遊戯のためとはいえ、殺人方法などを考えることは罪だという強い抵抗が自身のうちで起きてしまう。自殺も、その方法を考えることも極力避けたいものだ。 

 自殺をすれば、あの世での死後の手続きがスムーズに行かなくなり、いわゆる成仏しにくくなるのではあるまいか。この世もあの世も社会性が機能していることは間違いなく、そうしたセーフティーネットからこぼれ落ちた場合どうなるのか、わたしにはわからない。

 ただ、生前知的であった人が3人、いわゆる初七日の間にわが家を訪問してくれ(当然ながら無事成仏できた人々であることは確かだと思う:関連記事はこちら)、様々な印象を残して去った。やはり、わたしは神秘主義者として、そうしたものをネタに作品をつくりあげたい。

 推理小説はわたしの場合、読むだけの楽しみにしておいたほうがよいだろう。それより、失敗を懼れるために書き出すのが億劫な、例の死者の登場する舞台劇風の小説を書き出す時期が来たのではないだろうか。

 クリスティーを読んで、その気持ちにエンジンがかかってきたのはありがたい。 

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2008年10月17日 (金)

優れプチ本!『たった3秒のパソコン術』(三笠書房)

20081017130841_2  小型だけれど、優れもののお助け本をご紹介します。三笠書房刊、知的生きかた文庫の『たった3秒のパソコン術』(中山真敬著)です。

 わたしはパソコンを自己流で始めたので、どうしたらいいかわからず、立ち往生することがあります。最近ではそうでもなくなりましたが、初めの頃はよくありました。

 大学でパソコンの授業をとった娘に訊けば、大抵解決するのですが、娘も忙しいのでいつも訊くわけにもいかず、1人でパソコンの本を見たりネットで調べたりしてもわからず、悶々とすることもままあります。

 初めてパソコンがフリーズしてしまったときは、自分までフリーズしてしまいました。強制的に電源を切るのは怖い……。そんなときの対処法をわたしは娘に教わりましたが、それもこの本にはちゃんと書かれています。

 ちなみに、そのときには、「Ctrl」+「Alt」+「Delete」を押してみてください。タスクマネージャーが開いて、フリーズの原因となっている処理を終了させることができますよ。

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2008年10月16日 (木)

08.10.16の夕飯∥秋刀魚の塩焼き、スクランブルエッグサラダ、焼き厚揚げ、春雨スープ、枝豆

Pa090241 Pa090232  昨日の夕飯は、秋刀魚の塩焼き、スクランブルエッグサラダ、焼き厚揚げ、春雨スープ、枝豆でした。

 秋刀魚の美味しい季節ですね~。でもわが家ではまだ、今秋2度目の秋刀魚でした。大分産のカボスを滴らせて食べると、最高です。

 そして、炒めたニンニクと赤唐辛子を加えるだけでぐっと美味しくなる春雨スープを、ぜひご紹介したいと思い、記事にしてみました。

Pa090225

 やりくりおかずと節約献立」(扶桑社、1999年)から、 スープのレシピをご紹介します。材料は4人分です。

 ∥春雨50g|A〔顆粒鶏ガラスープ小さじ1、塩小さじ2/3、コショウ少し、しょうゆ小さじ1、水3カップ〕|サラダ油大さじ1|ニンニクのみじん切り1かけ分|赤唐辛子の小口切り1本分∥

  1. 春雨は湯で戻してざるに上げ、4~5cm長さに切る。
  2. Aを煮立てて①の春雨を入れ、再び煮立ったら火を止める。
  3. フライパンにサラダ油とニンニクを入れて中火で炒め、ニンニクがキツネ色になったら赤唐辛子を加えて火を止め、②に加える。

 スクランブルエッグサラダは服部先生のレシピを参考にしました。 Pa090220

 服部先生のレシピではエンダイブが使われ、チーズは塊を削って散らしてありますが、どちらも値段が張るので、わたしはレタスと粉チーズで。

 スクランブルエッグサラダ週刊 服部幸應のしあわせクッキング88号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥卵4個|A〔牛乳1/4カップ、塩・こしょう各少々〕|エンダイブ1/4個|バルミジャーノ・レッジャーノ40g|バター∥

  1. ボールに卵を溶き、Aを加えて混ぜ合わせる。
  2. フライパンにバター大さじ1と1/2を溶かし、①を入れて半熟状のスクランブルエッグにする。
  3. エンダイブはちぎって冷水にさらし、水気をよくきって器に盛る。②をのせて、薄く削ったバルミジャーノ・レッジャーノを散らす。

 枝豆も、オーブンでからり・ふっくらと焼いた厚揚げも、夫にはよい酒の肴でした。娘は眠っていたので、枝豆を残しておきました。

Pa030167_2   ←これは別の日のメインディッシュ、豚肉のカリカリ揚げ。久しぶりにしたら、本当に美味しいと思いました。

 服部先生のレシピで、既にご紹介済みです(こちら)。

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2008年10月15日 (水)

14日に、呼吸器クリニック受診

 昨日、14日の夕方、中心街にある呼吸器クリニックを受診しました。そこへ行く途中、入院中同室だったTさんにバッタリ。

「痩せたんじゃない?」と開口一番にいわれ、そうかなあ、と思いました。体重は残念なことに変化がありません。入院中はすっぴんですし、不恰好な病衣を着ていて終始眼鏡をかけていましたから、外観が違って見えるのでしょう。

「痩せたですって? 痩せたいとは思っているけれど」というと、「え、痩せたいってどうして?」と彼女。「どうしてって、おなかを見てよ」といって白いジャケットをめくり、そこに隠れている部分をわざと強調して見せました。

「あら」と彼女はいって、笑いました。わたしの中年太りに気づいたようでした。幸い、おなかを見せさえしなければ、誰もわたしが中年太りに悩まされていることに気がつきません。

 そして、彼女もカーディガンをめくって、おなかの部分を強調しました。「出ているどころか凹んでいるじゃないの! そんなの、自慢げに見せないで……」と、わたしは妬ましい声を上げました。

 二人のおばさんは一体何をしているのでしょうか。百貨店を出たすぐの舗道で……。

 彼女は、肝嚢胞が巨大化したため、開腹手術を受けてその嚢胞を摘出しています。それ以来、中年太りから解放されたのだとか。わたしにも肝嚢胞はありますが、幸い小さなものばかりで、さすがに痩せるために開腹手術を受けたいとまでは思いません。

 わたしと一緒になったときの彼女の入院は扁桃腺のリンパに膿が溜まったためでした。それはすっかりよく、先日、肝嚢胞術後の何回目かの検診に行ったとか。「そちらのほうもよくて、もう来なくていいって」と彼女。でも、高血圧の持病があり、自宅近くのクリニックにはこれからも通わなければならないとのこと。

 わたしは解決しない骨腫瘍のことなどをざっと話し、同室だった他の人々のことを軽く噂しました。「また会いましょうね」と彼女がいうので、「会いましょうか。病院で会うのはごめんだけれど」とわたしは返し、名残惜しく別れました。

 この街に一つしかない百貨店をうろうろしていれば、入院中に出会った誰かしらには会えそうです。

 話題が逸れました。2ヶ月ぶりの呼吸器クリニック。血圧の値は忘れましたが低めに安定、酸素も97で良好。「熱があるんじゃない?」と看護師さん。自覚はありませんでしたが、「熱を測りましょう」とおっしゃるので、測りました。

 初めて目にした、先が曲がって飛び出た形の体温計。脇に挿して10秒で測れるという優れものでした。なるほど微熱がありましたが、生理的なものかもしれません。

 入院中のことを訊かれ、わたしは手術中に喘息が出たことを看護師さんにお話しし、それをそっくり先生にも繰り返しました。

「フルタイドは多めに使用していましたが、30分間咳が止まらず、手術時間を長引かせてしまいました。造影CTのときも、骨シンチのときも咳が出ました。精神的なものでしょうか?」とわたし。

 先生は苦笑なさって、「う~ん、そうですね。手術のときは全身麻酔になさるといいですね。全身麻酔だと出ませんから」

 右膝の腫瘍が大きくなれば、摘出手術を受けることになっています。それは全身麻酔になると整形外科の先生がおっしゃっていましたから、咳には悩まされずに済むのでしょう。

 胸からも背中からも、音は正常。フルタイドの量は前の分量に戻していいとのこと。実は、もうとっくに戻していました。

 話が前後しましたが、真っ先に副甲状腺のことを訊かれたので、ご報告しました。エコーと造影CTで腫瘍は認められたけれど、3回した血液検査ではホルモン値の異常が2回、最も信憑性のある検査法でした1回は正常。骨シンチでも副甲状腺の異常は認められず、手術は見送られたとお話ししました。

 そして、産婦人科を受診したときに、エコーでは確認できなかったものの腎臓結石があると思うといわれ、それは副甲状腺に関係しているかもしれないともいわれたと伝えました。

 先生は茎捻転でも起こさなければ卵巣で痛むことはまずないので、やはりそれは腎臓結石の可能性が高いとのこと、そして、それが副甲状腺と関係していることもありえるそうです。

 というのも、副甲状腺ホルモンは血液検査ではなかなかわかりにくく、判断が難しいのだとか。今後も、経過観察が必要なことは間違いないようです。

 心臓のことも訊かれたので、インデラル、ヘルベッサー、アイトロール、シグマートの組み合わせで服用するようになってから、発作がほとんど起きなくなったことをお話しし、術後血圧が低下したことも一応ご報告しました。

 インフルエンザのワクチン接種が昨日からでした。受けるのによい時期を先生にお伺いすると「11月中に受けるようになさってください」とのことでした。

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昨日、友人とランチ

20081014115207 昨日、年に2回会うことにした(前回までは年に1回でした)、同じ市に住む学生時代からの友人とランチしました。仲間になった娘も交えて……。

 ランチの内容をご紹介しますと、メインプレート(豆腐にチーズを挟んで揚げたもの。豆腐ドレッシングのかかっているサラダ。胡桃とクルトン状に揚げた豆腐と野菜を和えたもの)、スープ、五穀米あるいはパン、皿にのせた小さな笊には豆腐をバイキング方式で――

 バイキングで好きなだけ食べられる、なめらかな豆腐は崩してあり、木杓子ですくうようになっていました。

 ヘルシーで、居心地もよかったために、食後のコーヒーも含めて、わたしたちは3時間も過ごしてしまいました。

 それから、ワシントンホテルプラザの『カフェ・ド・パリ』に場所を移して、ケーキ・セット。ここでさらに1時間半。すると、友人が帰宅しなければならない時間になりました。

 下のお子さんが小学6年生で、友人が午後4時までに家にいなければ、お子さんは締め出されてしまうのです。午後3時半過ぎに、わたしたちは別れました。

 いろいろとおしゃべりしました。彼女は国体に結構行ったみたいで、開会式の抽選にも当たり、遠目ながら両陛下を見ることもできたとか。皇后様は、上品で美しく、とても優しそうに見えたそうです。ハンドボールは3回も見に行き、夫婦で熱中していたバドミントンは勿論観戦したとのこと。

 友人はお子さんがたが大きくなってきて身軽になってきた様子で、軽快に見えました。でも、わたしも彼女も専業主婦として家庭に専念する中で我慢してきたことも多く、本当は自分が何をしたいのかわからなくなっている、ということでは共通したジレンマを抱えているようでした。

 本当にしたいことがわからなくなっているので、当然目標も見えて来ない、と彼女はいいました。

 学生時代は学友会執行部における議長団の書記として極めて目立つ立場にあり、傍目にも有能に見えた彼女。一緒に就活をし、わたしは何とか就職口は見つけたものの母が倒れたために、彼女は思うような就職口が得られなかったために、それぞれ実家に帰りました。

 この市で、市役所や病院などで働き、その後結婚して子供に恵まれ、充実した毎日ではあるようですが、充分に能力を発揮しきれていないような漠然とした不満があるのでしょう。

 わたしも創作はずっと続けてきて、一方神秘主義者としての思い込み(?)も保持ていて、その方面のそれなりの実験や研究をコツコツ続けてはいますけれど、わたしの場合は結婚生活に対する根本的な疑問があるのですね。

 わたしは本来多発しないタイプの骨腫瘍が多発した原因について、医学的には原因不明であるけれど、自分では、昨年夫が仕出かした出来事に対するどうしても抑えきれなかった、圧倒的な怒りと不信感と嫌悪感がそうしたものを発生させたと解釈していると、彼女に話しました。

 勿論一方では、普通の感覚と常識で物事を判断し、医学と医療に頼っています。

 以前、やはり夫に対する同じような類のもっと恐怖を帯びた感情が、一瞬にして子宮頸部の前癌病変を惹き起こしたこともあるとも彼女に話しました(そのときわたしは、おおかたの神秘主義者なら身につけているはずの、想像の清らかな白い光を患部に照射する方法で治しました。今回、わたしは何もしていません。そのような方法で治そうという気力が湧かないのです。生命の危険に脅かされていないせいかもしれませんが)。

 さらに、もういい加減、夫をうまく操縦する要領を呑み込んでいてもいいのではないかと自分では思っているのだけれど、難しくてできない、と彼女に告白すると、彼女も、そうできるようになるべきだと思っている、と彼女自身のことを語る語り口でそういいました。

 夫は衝動的なタイプで、時々先のことを何も考えていないかのような行動に走ることがあり、わたしはそんな彼を操縦することがとても難しいと感じてきました。50歳になって、つくづくそのことに疲れを覚えるようになりました。

 大抵のことを知っている娘はときどき、わたしの言葉足らずのところを傍から補い、日常的な軽い話題では話に加わり、わたしがちょっと席を外したときは、友人と仕事のことなどを話していたようです。この市で働いていた友人の話は、娘の参考になるようでした。

 ところで、友人は最近、よくネットをしているようです。もしかして、わたしのブログを見ているんじゃない? と訊きたかったのですが、訊けませんでした。だって、彼女にはこのブログのことを秘密にしているのです。彼女が見ているかもしれないと思うと、恥ずかしいのですね。

 でも、何となく彼女のわたしに対する理解力が増した気がするというか、以心伝心みたいな感じを受けることがあって、もしかしたらブログを? そう思ったりしたのでした。それとも、『侵入者』の載った同人雑誌を送ったことが、この柔らかな変化を惹き起こしたのでしょうか?

 尤も、あれこれ話すようになった今では、このブログのことを彼女に秘密にする理由もありませんけれど……。

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2008年10月13日 (月)

サイト再編のお知らせ

 巷では企業間の再編の動きが活発ですね。その動きに釣られたわけではありませんが、わがサイトにも今日一日で再編の動きがありました。

 忍者ブログ「マダムNの純文学作品」で連載中の『救われなかった男の物語』は、ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に引っ越しました(こちら)。これまでの連載分はそちらでお読みになれます。今後、続きは直接、ホームページに収録致します。

 また前掲のホームページに純文学作品『風疹』(掌編)を収録中です。前半部を収録したところです(こちら)。

 忍者ブログ「マダムNの創作ノート」も、前掲のホームページ及びホームページに付属のジオログ「創作ノート」に移転中です。ジオログはプライベート設定でしたが、本日、創作ノートとして生まれ変わりました。アドレスは http://book.geocities.yahoo.co.jp/gl/du3lait です。まず、忍者ブログから、児童文学作品『不思議な接着剤』に関する創作メモをホームページに収録し直したところです(不思議な接着剤noteはこちら)。

 それから、新しく携帯用のホームページ「マダムN文庫」を開設致しました。アドレスは  http://hp.did.ne.jp/clair/ です。パソコンからもご覧になれますが、携帯向きです。

 ブログは当ブログを残して、徐々に閉鎖していくことになるでしょう。これからは本格的に、ホームページを本拠地としていきたいと思っています。ジオシティーズの無料版を利用してホームページを作りましたが、近々有料版に変え、安心して使用したいなと考えています。

 携帯版のホームページを作ったのは、入院中に携帯から自分のホームページを閲覧して、ひじょうに見づらいと感じたからでした。ジオシティーズで、携帯からも閲覧しやすいホームページ作りのコツが書かれていますが、自分でその作業をするのは、わたしには難しく面倒だと感じました。

 利用させていただくことにしたサービス「.page」(ホームは http://hp.did.ne.jp/ )。

 携帯で小説を閲覧しやすいように工夫されています。小さいけれど、ホームページと同じような機能を備えていて、感心しました。まだそれに付属しているブログに一言書いただけですが、ジオの「バルザックの女弟子になりたい!」でご紹介している作品以外の新しい作品、例えば元々大好きだった推理小説や、ちょっとオタクっぽい小説などを書いていこうかな、などと考えています。なかなかこちらにまでは手がまわらないかもしれませんけれど……。この携帯版ホームページ、とりあえず「マダムN文庫」とネーミングしましたが、ダサいので、変えるかもしれません。

 以上、ごちゃごちゃとご報告しまして、すみません。今後共、マダムNのサイトたちをよろしくお願い致します。 

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2008年10月12日 (日)

ノーベル文学賞作家、ル・クレジオの光と風

20081012024534 本年度のノーベル文学賞に輝いたル・クレジオ。

 その名は昔からたびたび耳にしたり、見たりしたことがあったものの、何も読んだことがなかったので、リサーチしてみようと思い、ジュンク堂書店へ出かけた。

 海外文学のコーナーに、地味に置かれていた。彼も、これまでに選ばれた多くのノーベル文学賞作家と同じく、日本ではマイナーな存在であるようだ。村上春樹氏がゲットしていれば、どんな(ドンチャン)騒ぎだっただろうか。文学状況は、まぎれもなく「オラが村さ」の日本……。

 そんな愚痴をこぼしても淋しくなるばかりなので、ともかく、本を手にとってみた。上下巻の『はじまりの時』(原書房、2005年)。一冊買うとするなら、これだなと思った。他にエッセーで、『アフリカのひと』(集英社、2006年)、『歌の祭り』(岩波書店、2005年)があった。

 単行本は3冊しか見当たらなかったが、2006年発行の「現代詩手帖特集版 ル・クレジオ――地上の夢」(思潮社、2006年)があり、作品としては『地上の見知らぬ少年』『雲の人びと』の抄訳、『宝仏殿』、エッセー『他なるものはすぐそばに』『私がフランス語で書く理由』などを読むことができ、よきル・クレジオの案内書であるようなので、それを買うことにした。

 ル・クレジオの作品からは光と風が姿を現わし、何というかヨーロッパにしか存在しない類の明晰さが感じられる。ヨーロッパの多くの国々が植民地を所有していたことと、無関係ではないと思う。

 残酷なことをし支配し搾取した一方で、彼らはその土地と人々と文明に惹かれ、渇望し、あたかも光や風となってそれらを抱擁したいとでも思っているかのようだ。

 ベトナムと切り離せないデュラス。アフリカと切り離せない詩人ランボー。そして、モーリシャス島に祖先を持ち、父親から影響を受けたことからモーリシャス島と結びつきが深く、またのちに見出したメキシコとも切り離せないル・クレジオ。 

 昨夜、前掲のいくつかの作品を読んだだけなので、はっきりとしたことはいえないが、ノーベル文学賞にふさわしい作家であるように思った。少なくともル・クレジオは、無責任な作家ではないと感じさせる。

 彼からすると、パムクでさえも、趣味的というか、打算(というのはいいすぎかもしれない。創作する上での遊び心というべきか)が感じられるほどだ。よくも悪くも、ル・クレジオの文章も方向性も学者的といおうか、探求的といおうか、厳正で、純粋さが漲っている。

 娘もル・クレジオに興味を持ったようで、何か注文しようかと考えているようだ。図書館で借りるより、なるべくなら自分のものにしてから味わいたい思いは親子して共通している。

 ル・クレジオの作品を雑誌で読みながら、チリ生まれのガブリエラ・ミストラル(彼女もノーベル文学賞を受賞している)の詩やエッセーを連想した。ミストラルの作品から感じられるのも、光や風だ。彼らが共通してメキシコ体験を持っていることは、偶然だろうか。メキシコの同じ光と風が、彼らの知性と感性を磨いたのか。彼らの認識の基礎には、しっかりとした、確かめられた何ものかが、存在している。

 彼らの作品からは、同じ成分が検出されるのではないかと思わせる。光や風、大地や水に対するまなざし、また動物や植物に対するまなざしにも似たものを感じさせる。しかしながら、ミストラルが創作において、あくまでも自然体を感じさせるのとは異なり、ル・クレジオの場合は観察から実体へと、どこまでも、観念の操作を用いて入り込もうとするかのようだ。ル・クレジオは、やはりヨーロッパ的知性を感じさせる。

 ル・クレジオの文章を引用しようかとも思ったが、それはまた別の機会に。彼の文章を読むと、浮世の垢が落ちるかのようだ。ノーベル賞のお蔭で、よいものに出合えてよかった。                

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ウィンナ・コーヒー

ウィンナ・コーヒー
コーヒーの美味しい季節。行きつけのお店でウィンナ飲むと、ホッとします。

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2008年10月11日 (土)

助かる……

 生命保険。妻型。子供たちが成人するまでは家族型だった。わたしも単独で入っていればよかったと、入院なんかすると思うが、専業主婦の身では無理だった。それに病気になってからは、新しく入るのは難しかった。

 今回入院して受けた手術は生検術だったので、手術給付金はあてにしていなかったのだが、思ったより出て、給付金の総額は、支払った入院費より5万円多かった。

 助かる……。

 その代わりに、といっては変だが、退院後すぐに洗濯乾燥機が壊れて買い替えたため、出費だった。偶然の一致だが、支払った入院費と洗濯乾燥機の値段がほぼ同じ。

 壊れた洗濯乾燥機は長く持ったとはいえない。最初のものが欠陥品で、メーカーから連絡があり、コンピュータ部分のみの取替えがあったが、結局駄目で、まるごとの取替えとなった。それでも、満足のいく使用感ではなかった。

 電器店の人の話によると、昔は有名メーカーは下請けからいっさいを抱え込んでいたが、今ではその余裕がなく、安いところがあると、どこのメーカーもそこへどっと押し寄せたりするのだそうだ。

 だから、どの部品がどこで製作されたかがバラバラだったりし、今はどのメーカーのものを買っても、当たり外れがあるという。うちは、その外れを購入してしまったというわけだろう。

 それでも、もう少し持つと思っていたのでがっかりしたが、今度はドラム式にした。乾燥機付きはドラム式でないと、無理がきやすい気がする。ドラム式の新製品はやはり高い。すぐ前の型のものが機能はそれほど変らず、お買い得だったので、それにした。

 その値段が入院費とほぼ同じだなんて、前に使っていた洗濯乾燥機がわたしの代わりに壊れたみたいじゃないの、と洗濯乾燥機の人権(?)を無視したようなことを思う。でも、こんなことが偶然にしては、よくある。

 ペットを飼うと、それが嫌だった。わたしと同じ箇所を病み、わたしはよくなったのにペットは逝ってしまうなんてことがよくあったから。偶然なんだろうけれど、偶然も重なると、ペットが身代わりになってくれたみたいで切なかった。

 今後入院せずに済ませられればいいが、あちこちにある種瘤のことを考えると、そうもいかない気がする。入院費の点では今回は助かったが、次回もそうとは限らないし、何にしても入院すると、出費がちになってしまう。退院後に生活を元の軌道に戻すには、相当に時間がかかる(まだ戻っていない)。

 退院後も、夫にはこちらが指導してなるべくゴミ出しをやって貰うようにしている。万一またわたしが入院になったときに娘に負担がかかりすぎるから、夫にはゴミ出しの能力くらいは身につけておいてほしい。

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2008年10月10日 (金)

根を詰めた一日でした

 タイトルをご覧になって、よほど何か生産的なことをしていたのだろうと思ってくださるかたがいらっしゃるかもしれませんが、単にホームページに収めている作品本文の書体を変えていただけです……。

 HGS創英プレゼンスEにしていたのですが、本文がこれだとやはり読みにくいな、と思い、標準フォントに変えました。いつのまにか頁数が増えていたため、結構時間がかかりました。

 で、書店と図書館にル・クレジオの本を探しに行くつもりが、行けなくなりました。

 ル・クレジオがノーベル文学賞に選ばれて、夫が「まだ、この人、生きていたの?」と不謹慎なことをいい放ちました。実はわたしもネットニュースなどで、ル・クレジオが候補に挙がっていることを知ったとき、失礼ながら同じことを思ったのでした。

 だって、大学時代に文芸部ではまっていた人がいたし、名前だけはよく知っていたので、かなり昔の人だと思ってしまったのですね。何しろ読んだことがないので、感想も何もありませんが、リサーチだけはしておきたいものです。

 「俺、確か一冊持ってたよ」と夫がいいましたが、見当たらないわよ~。書店勤めの娘に調べて貰ったら、単行本も手に入りにくいようなので、図書館から借りてもいいなと思っています。

 日本中(というわけではないでしょうけれど)、村上春樹氏にノーベル賞をゲットしてほしいと思っているときに、わたしは「彼がとれば、これはもう日本の罪ではない。スウェーデンの責任だ」と呟いていました。

 顰蹙を買うでしょうが、文学作品であれば、賛否両論あって当然でしょう。文学は競争ではないのですから、本当は国籍は関係ありませんね。人類の情操にどんな影響をもたらすかが、ひじょうに重要なはずです。

 ノーベル物理学賞、化学賞に日本人が輝いたこともおめでたいけれど、馬鹿騒ぎに終わることなく、今の日本の研究者が置かれたひどい状況をもっとよくして貰いたいものです(理科系の学生にヒットしているサイトは、こちら)。

 早急に改善に向けて政府が動き出さなければ、物理や化学の分野からは近い将来、ノーベル賞受賞者どころか餓死者を出すことになりかねませんよ!

 そういえば、本日付の朝日新聞・朝刊に、「大学生の約3割に奨学金を貸している日本学生機構が、全国の銀行などでつくる信用情報機関に滞納者情報を通報する滞納防止策に乗り出す」とありました。

 対象者は銀行ローンを組めなくなったり、クレジットカードを作りづらくなったりする可能性があるそうです。

 某市立大文系を卒業した娘、某国立大マスターコースの理系に在籍する息子に降りかかった就職活動の厳しさ。娘は就職に失敗し、書店で契約社員をしています。息子は何とか内定しましたが、ドクターコースへ進むと就職状況が過酷になる一方では奨学金の重みが増すことになるので、教授の勧めがあっても、ひたすら就活に明け暮れた今年でした。

 奨学金は簡単に借りられて、上へ上へ、ドクターコースまでも比較的容易に進めるというのが、恐ろしい落とし穴なのです。その先で職に恵まれなければ、奨学金を返済するつもりでも、不可能なのですから。人間は、霞を食っては生きていけません!

 話題は変わりますが、例の耳の裏のコブ2つ、何だか大きくなってきているみたいで、娘が「触らなくてもわかるよ」といい、先日わたしのコブを弄りまくった夫も「ホントだ。今見たら、コブがあるのがよくわかる」といいます。

 今は髪の毛に隠れますが、大きくなると、悪いものではなくても、美容上、これもとって貰わなくてはなりません。わたしの髪の毛にも使命がかかって大変です。あっちのコブとった痕を隠し、こっちの新しいコブを隠し……。

 どうして、腫瘤があちこちに急に増え出したのでしょう。先生がたの頭を悩ませているところではありますが、素人考えでは、何か原因があるとしか思えません。気持ち悪くて、気が変になりそう。

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2008年10月 9日 (木)

ノーベル文学賞はフランスの作家ル・クレジオ氏

20時7分のasahi.com速報によると、今年のノーベル文学賞はフランスの作家ル・クレジオ氏に決定したとのこと。

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08.10.8の夕飯∥たらのブラックオリーブソース 温野菜添え、さつまいもとりんごの重ね煮、ミモザスープ

Pa020155Pa020147_3  昨日の夕飯は、たらのブラックオリーブソース 温野菜添え、さつまいもとりんごの重ね煮、ミモザスープでした。

 デパートのイタリア展に期間中再度出かけ、ブラックオリーブを買いました。普段も壜詰めのものがありますが、ほしい種類のオリーブをほしい分量買えるので……。『たらのブラックオリーブソース 温野菜添え』を作りたいと思ったのでした。

 で、そのブラックオリーブを使い、大満足の出来でしたよ~。カリフラワーは品薄だったので、買いませんでした。

 味も飾りつけもお洒落ですので、クリスマスなんかにもいいんじゃないかな、と思いました。ソースにバターを贅沢に使いますが、しつこくなくて、リッチな味わい。それをお魚の周りにあしらい、ほぐした白身につけて食べると、もう最高です!

 前置きが長くなりましたが、 たらのブラックオリーブソース 温野菜添え週刊 服部幸應のしあわせクッキング88号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥たら4切れ(400g)|じゃがいも1個|ブロッコリー1/2個|カリフラワー1/2個|グリーンアスパラガス2本|A〔にんにくのみじん切り1/2かけ分¦玉ねぎのみじん切り1/4個分¦白ワイン1/2カップ¦無塩バター60g¦ブラックオリーブ12個¦プチトマト8個¦バジルの葉8枚〕|塩、こしょう、バター、サラダ油∥

  1. じゃがいもは皮のままゆでて皮をむき、1cm厚さの輪切りにする。ブロッコリー、カリフラワー、アスパラガスはゆでる。熱いうちにボールに移し、バター20gを加えて混ぜ、塩、こしょう各少々で味をととのえる。
  2. 鍋にAのにんにく、玉ねぎを入れ、ワインを加えて火にかけ、汁気がなくなるまでゆっくり煮詰める。
  3. 鍋に無塩バターを泡立て器で混ぜながら少しずつ加え、乳化させる。塩、こしょう各少々で味をととのえて火を止める。
  4. ③にプチトマト、ブラックオリーブ、バジルの葉を加えてあえ、ソースをからませる。
  5. たらは塩、こしょう各少々を振る。フライパンにサラダ油大さじ2を熱し、たらを入れて両面をこんがりと焼く。器に①のじゃがいもを敷いてたらをのせ、①のほかの野菜を添えて、④のソースをかける。

Pa020128_2  さつまいもとりんごの重ね煮も、服部先生のレシピです。お弁当にもよさそうですね。昔、似たようなものを作って、よく子供たちのお弁当に入れました。87号からご紹介します。材料は1人分です。

∥さつまいも200g|りんご200g|レーズン40g|砂糖∥

  1. さつまいもは皮をむいて7mm厚さの輪切りにし、水にさらしてアクを抜く。
  2. りんごは皮をむいて四つ割りにし、5mm厚さのいちょう切りにする。
  3. ①、②の材料を3等分し、りんご、さつまいも、レーズン、砂糖大さじ2/3の順に重ねる。水160mlを加え、落とし蓋をして中火で約20分煮る。

Pa020138  ミモザスープには、ベランダで育てているパセリを使いました。ほしいときにベランダに剪りに行けばいいので、助かっています。 やりくりおかずと節約献立」(扶桑社、1999年)から、レシピをご紹介します。材料は4人分です。

∥卵2個|A〔粉チーズ大さじ2¦パセリのみじん切り大さじ2〕|B〔固形スープ(チキン1個)¦水3カップ¦ローリエ1/2枚¦塩小さじ1/2¦コショウ少し〕∥

  1. 卵を割りほぐし、Aを混ぜる。
  2. Bを鍋に入れ、煮立ったら中火にし、①の卵液を細く流し入れ、再び煮立ったら火を止める。

 スピーディにできて、美味しいスープ。よく作ります。 

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2008年10月 8日 (水)

気になること

 いつも考えているわけではないが、発作的に腫瘤のことが気にかかる。

 右耳の裏側、軟骨の上に硬い塊がある。数年前に気づいて、気になって触っていた時期があったが、すっかり忘れていた。それが、大きくなった気がする。そしてその真下辺りにも、最初は蚊に刺されて腫れたのかと思っていた小さな塊。よく触ってみると骨にくっついているようだ。

 また、左膝の皿に新しく硬い腫瘤ができたようでもある。前回CTを撮ったときは左膝下に腫瘤が認められただけで、皿にはなかったはず。右膝の皿にはあったけれど……。それともわたしの左膝の皿は、元々出っ張っていたのだっけ?  何だか、わからなくなってくる。左膝の出っ張りのそのすぐ近くに、これは明らかにこれまではなかった、ゴマ粒のように小さな可動性のクリクリが手に触れる。

 夫にいうと、どれもただのリンパ節の腫れだろうといって、押し潰そうとするかのようにグイグイ押してきた。触っても痛くはないけれど、そこまで押されたら、痛い。もう夫にいうのはよそう……。 

 念のために、耳裏の塊は脳神経外科を受診したときに、左膝のゴマ粒は整形外科を受診したときに先生にお尋ねしてみようと思う。 

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2008年10月 7日 (火)

夜のスタバ

夜のスタバ
カフェ・ミストを注文しました。

ミストは美味しかったけれど、今日は歩いていて、左膝が引っかかったような歩きにくさ。
マツモトキヨシで、故障気味の両膝を保護するために、サポーターを買うつもりでしたが、もう閉まっていました。
サポーターなんて、バレー部を思い出しますが、こんな理由で必要とするようになるなんて……。
キヨシに行くのが遅れたのは、ジュンク堂で華やかなアガサ・クリスティーのコーナーに見とれていたからでした。
昔ずいぶん熱中しましたが、長いこと、手にも取りませんでした。どれか買おうかなあ、と決めかね、決められずに書店を後にしました。
両膝の調子はもう一つですが、心臓の調子はとてもいいので、しっかりサポーターして図書館通いを復活させようかしら。

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2008年10月 6日 (月)

ご機嫌麗しく…

 「ご機嫌麗しく……」のあとに小さなハートが6つ飛んでいるタイトルで、友人からメールが届いた。大学時代寮で4年間一緒に過ごし、現在同じ市に住んでいる友人からだった。

 年に1度春に会うことにしていたのを、1回増やすことにしたのだ。わたしは入院中、退屈なあまり彼女に連絡することになるのではないかと思っていたが、退院前日になってメールをする始末。

 大部屋だったので、退屈どころか、おつき合いで忙しかったのだ。でも、彼女には入院することになった顛末を話しておいたほうがいいと思い、メールをしたというわけだった。

 彼女は驚いたみたいだったが、不必要に驚く人ではない。しばらくしたら会おうということになった。

 で、14日に会うことになった。これまではわたしがランチするお店を決めていたが、今回は彼女が豆腐料理のレストランをいってきた。娘も彼女に会いたいみたいなので、一緒でもいいかと彼女に問うと、「ありがとね……」と大きなハートを飛ばして来た。

 彼女は年齢と関係なく対等におつき合いする人なので、娘も、博多であった《詩人》に敬意を払う感じとは異なる感覚で接するみたいだ。前回、娘は抜けたが、今回はまた一緒なのが、何となくおかしい。

 彼女はわたしと誕生日が2日違うだけだが、彼女はぎりぎりの水瓶座で、わたしは魚座。外観や性格を表すアセンダントや月は彼女は水の星座で、わたしは火の星座。わたしから見ると、彼女は何とも謎めいた性格に見える。

 そんな彼女をイメージさせるクラシック音楽は、ドビュッシーの『アラベスク1番』。彼女からのメールと電話の着メロはそれにしている。

 わたしは以前から、フリー(無料)でダウンロードできるサイト「クラシック MIDI ラインムジーク」様を愛用させていただいていて、誰彼をイメージさせる曲をダウンロードして着メロにするのを楽しんでいる。

 アラベスクの彼女のライフスタイルはごくノーマルなのだが、何を考えているのか、さっぱりわからないところがある。わたしの好みは神秘的なものなので、そうした意味からいえば少々変わっているのかもしれないが、性格は単純で平凡であるため、会うたびに不思議な人だと思う。

 例えば、わが家に来たとき、彼女は娘とわたしが傍にいることなど完全に忘却したように、居間の本棚に並んだ本の背表紙を一冊一冊ゆっくりと見て行った。ただひたすらに見ていたのだが、その間何ひとつ尋ねるわけではなく、丁度レントゲンが対象を写し撮っているかのような無機的な感じなのだ。

 おしゃべりなわたしも黙してしまうくらい、真剣だった。が、そもそも彼女に読書癖はなく、うちの本などにどんな興味がわくのか、それともただ見ていただけなのか、謎だった。そうやって30分が過ぎた頃、ごく当たり前のように彼女は屈託ないムードに返った。

 彼女は決して寡黙ではなく、よくおしゃべりもするタイプなのだけれど、内面的なことや打ち明け話などはしない人だ。ひたすら内面的な事柄を、それもテーマ性を帯びて話題にする哲学者のような《詩人》とは対照的に、彼女は日常的なことしか話さない。

 だが、《詩人》は統合失調症を病み、観念的なことで頭がいっぱいなのに、外観はノーマルなさわやかな人で、気遣いも濃やかだ。アラベスクの彼女は外観や行動が、濃く、神秘的に見えるし、女性にありがちな気遣いとは無縁というか、クールでさばさばしている。

 そういえば、入院中にアドレスを交換したうちの1人、最初から最後まで一緒にいた69歳になるKさんの着メロも決定した。オースティンの『お人形の夢と目覚め』。しっかりとした外観の人だが、とても可愛らしい人なので。

 書き忘れていたことには、Kさんに、産婦人科を受診した日に病院のロビーで会ったのだった。

 偶然、その時間に受付にいなければ、会えなかっただろう。もう退院していると思っていたので、驚いた。彼女はその日の午後に退院するとかで、会計で入院費の支払いをしていたのだった。

 例の病衣を着て、向こうも驚いてわたしを見た。ロビーの椅子に座って話した。それによると、何と彼女はわたしが退院した夜に発熱し、原因は腎盂腎炎で、2週間その治療の点滴をしていたという。そしてようやくその日、退院となったらしかった。

「入院していながら、なぜ腎盂腎炎になんてなるの? わたしの退院がそんなに堪えた? しっかりしてくださいよ、Kさん。糖尿病があるんだから、どこかどうかあったら、すぐにお医者さんなり、看護師さんなりにいわなきゃ」と、心配のあまり、わたしは叱責するような口調になってしまった。

 わたしが退院した夜、発熱した彼女は広い病室に1人だったという。「翌日には、膠原病の人が入ってきたけどな」とKさん。

 久しぶりに話して楽しかったものの、ひとり暮らしの彼女のこれからに対して心配も募った。下のお嬢さんが車でそう時間のかからないところにいるという話だったが、まだ子供に手がかかるうえに、別の病院の小児科で心理カウンセラーをしているため、多忙らしい。

 Kさんの入院は、自宅で低血糖に陥り、昏睡したためだった。退院後も用心しなければならないのに、用心できるのだろうか。社交家で旅行好き、カラオケも好きで韓流にはまっている。シルバー人材センターに登録していて、このマンションにも掃除に来ることがあるという。いい小遣い稼ぎになるのだそうだ。

「電話するからな」と彼女はいい、別れたが、まだ電話はない。案外、遠慮しがちな人でもあるのだ。病院では人がいるから安心して眠れる、といっていたKさん。そのうち葉書で、その後の体調はどうなのか、近況を尋ねたいと思っている。  

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08.10.4の夕飯∥雷豆腐

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 簡単にできて美味しいサイドディッシュ、服部先生のレシピ・雷豆腐をご紹介します。 

 ちなみに一昨日の夕飯は、刺身、雷豆腐、きゅうりのサラダ ヨーグルトドレッシング、油揚げとじゃがいもの味噌汁でした。

 雷豆腐週刊 服部幸應のしあわせクッキング87号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥木綿豆腐2丁|A〔しょうゆ・みりん各2~3¦砂糖小さじ1〕|大根おろし2/3カップ|万能ねぎ・しょうが各少々|サラダ油∥

  1. 木綿豆腐はペーパータオルで包み、重しをして水気を切る。大根おろしはざるなどに入れ、軽く水気をきる。万能ねぎは小口切りにし、しょうがはすりおろす。
  2. 鍋を熱してサラダ油少々を入れ、豆腐をくずしながら炒める。全体に油がまわったら、Aで味をととのえて器に盛る。
  3. ②の豆腐に、大根おろし、しょうが、万能ねぎをのせる。

 雷豆腐をご飯にのせると、丼物になりますよ。翌日、わたしは雷豆腐の余りをチンし、軽く塩こしょうして、そんな風にして食べました。卵でとじると本格的な丼物になるでしょうね。 

P9280110_2   きゅうりのサラダ ヨーグルトドレッシングも、服部先生のレシピです。

 コクがありながらさっぱりとしていて、ディルの芳香が素敵なサラダ。わたしはディルシードを使いましたので、飾りのディルはなしでした。

 前にもご紹介しましたが、おすすめですので、再度。第11号から。材料は4人分です。

∥きゅうり3本|ディル少々|ドレッシング〔プレーン ヨーグルト70g¦生クリーム大さじ1¦グラニュー糖小さじ2¦レモン汁小さじ1¦ディル少々¦サラダ油大さじ2、塩・こしょう各少々〕|塩∥

  1. きゅうりは皮をまだらにむいて小さめの乱切りにし、軽く塩を振っておく。
  2. ボールにドレッシングの材料を入れて混ぜ合わせておく。
  3. きゅうりの水気をペーパータオルでふき、ドレッシングであえる。器に盛ってディルを飾る。

P9280105_4 油揚げとじゃがいもの味噌汁。夜になるといくらか寒い感じになってきて、こんな何気ない味噌汁が恋しくなります。   

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2008年10月 5日 (日)

またノーベル文学賞の発表の季節ですか

 またノーベル文学賞の発表の季節らしい。海外の下馬評では、村上春樹氏の名が挙がっているという。あるタイプの男たちの救世主ともなっているらしい(勿論愛読者には様々な人々がいよう)村上氏の人気は、少なくともわがブログでは絶大だ。やれやれ(おっといけない。これはわたしなどがうっかり口にすべきではない口癖だった)。

 その村上氏とパムク氏の作品を比較、分析するはずのエッセーには、手をつけていない。読書に身の入らない日々が続いているため。同人雑誌の締切がいってくれば、急ピッチで進むことと思う。先に例の短編小説に手をつけたくなった。

 昨年のノーベル文学賞の受賞者は、ドリス・レッシング。わたしは昔――1987年の岩波文庫版――の『20世紀イギリス短編選(下)』(小野寺健訳編)で読んだことがあった。『愛の習慣』という短編。実はそのことを忘れていたのだが、もしやと思い、本を探して頁をめくってみたら、やはりそうだった。

 フェミニストとして名を馳せた人らしく、結婚生活が孕む複雑な要素、その危険性にまでメスが入れられている。

 主人公ジョージの元妻モリーは、彼と同じく労働党でも中心よりやや左寄りで、彼女の戦闘的なフェミニズムにジョージは共鳴していた。彼女がジョージと別れた原因は、彼の浮気だったようだ。愛人のマイラはノンポリで、子供一辺倒の女性だが、離れて暮しているうちにジョージに対する熱は冷めていた。

 60歳になったジョージは、ひとり暮らしの侘しさに耐えられなくなる。そうして、これまでの女性とは全く別のタイプの下っ端女優ボビーと一緒になる。彼にとってのボビーは、「男の子とも女の子ともつかない、頼るものもない哀れなチビ公というか浮浪児」といった類のイメージをとる。

 ボビーには器用なところがあって、いくつかの顔があり、それらを巧みに使い分ける。実際の彼女はチビ公どころか40歳で、年下の愛人までいた。愛人にはジョージには見せない表情を見せるが、愛人とは長くはやっていけないと彼女は踏んでいて、ジョージもそれを解し、二人は旅行に出る。旅先でも相変わらず、ベッドでのボビーは硬い。

 そして、旅行後、彼女はジョージとの暮らしにいよいよ飾り気も演技もなしの我流を持ち込む。彼女には親しい姉がいて、姉を家に呼び、姉とボビーは一体化したかのようだ。

 その姉とは、初めて家に招かれてやってきたとき、ジョージに次のような印象を抱かせた女性だった。

ジョージは結婚式のときちらっと会った時からこの姉が嫌いだったが、こんどこそは初めて、この結婚そのものに猛烈な嫌悪感を覚えた。姉というのはどこか下町に住んでいる中年女で、安っぽくてやりきれなかった。色の黒いきつい顔でフラットの隅々まで嗅ぎまわり、家具を値踏みしながら、物欲しげに肉の薄い鼻をうごめかすのだった。

 姉妹はジョージの家に居座るというより、まるで乗っ取りのような雰囲気を醸し、彼は彼女たちに飲み込まれそうにさえなったかのようだ。ついに体に変調を来たした彼の死(?)を匂わせるところで物語は終わっている。

 この作品は、女性に母性とか愛玩動物とかの価値しか見出さない男性の政治活動の偽善的な実態を暴いたものだろうか? 結婚生活を描きながら、階級差の臭気を放つ政治色の強い作品といってよい。

 娯楽的にはとても読めない息の詰まる作品だが、現実問題を容赦なく織り込む手腕には長けた作家であることに間違いない。文学的な価値はともかく、深刻な政治状況を描きながらもどこかムード的なところのあるパムクより、一層シビアなタイプの作家だといえる。

 村上春樹氏の小説は、パムクやレッシングとは質を全く異にしている。世俗的、文学的な価値は別として、娯楽的な作品なのだ。現実に目を開かせてくれるゆえに苦痛を与えもする手ごたえのある文学作品ではなく、酔わせ、意識を混濁させ、目を閉じさせる眠剤のような作品……。現在のわが国で薬物の違法な個人輸入が流行り、薬物中毒が蔓延している傾向と全く無関係であるとはわたしには思えない。

 だから、わたしは嫌がらせを受けようが、村上氏の作品について書いたエッセーを削除しようという気にはなれないのだ。

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2008年10月 4日 (土)

バルザックと神秘主義と現代 そのⅠ

以下のエッセーは1998年に執筆したもので、ソネットブログ「マダムNの神秘主義的作品」に収録中のものです。当ブログでもご紹介することにしました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

     バルザックと神秘主義と現代 そのⅠ

 わたしの大好きなバルザックは51歳で死んだが、眠気覚ましの濃いコーヒーのがぶ飲みが一因ともいわれている。

 わたしもコーヒーを飲みすぎることがある。目を覚ますためではなく、ストレスをまぎらわせるために。そのストレスの内容を分析してみれば、才能の乏しさや筆の未熟さに起因するストレスがあり、さらには、わたしの書きたいものと通念との乖離に起因する大きなストレスのあることがはっきりする。

 バルザックの『谷間の百合』ほど、わたしを酔わせた小説はない。抒情味ゆたかな、気品の高い恋愛物で、全編に百合の芳香が漂っているかのようだ。ここには見事なまでにバルザックの内的な世界観が打ち出されている。

 数あるバルザックの作品のうちこれがわたしを最も惹きつけたのは、この作品の華と神秘主義の華が甘美に重なりあっているためだろう。少なくともわたしは『谷間の百合』の魅力をそのように理解したのであった。

 『谷間の百合』の女主人公モルソフ夫人はカトリック教徒であるが他方、神秘主義哲学者サン=マルタン(1743―1803)に親昵し、その教えに薫染した人物として描かれている。

 神秘主義思想はローマン・カトリシズムから見れば無論、異端思想である。『谷間の百合』は教会の禁書目録に含まれていた。

 バルザックという人間が神秘主義を頭で理解したつもりになっているだけの人物なのか、そうではなくて、それを感性でも捉え得ている人物なのかは、例えば次のような箇所を読めばおおよその判断はつく。

 引用はモルソフ夫人の臨終に近い場面からである。

そのときの彼女からは、いわば肉体はどこかに消え去って、ただ魂だけが、嵐のあとの空のように澄みきったその物静かな顔を満たしていました。(略)そして、顔の一つ一つの線からは、ついに勝ちをおさめた魂が、呼吸とまじりあう光の波を、あたりにほとばしりださせているのです。(略)思念からほとばしり出る明るい光は、(略)〔石井晴一訳〕

 肉眼では見えないはずのオーラや想念形態といったものを内的な視力で見る者であれば、こういった箇所を読むと、彼がそうしたものを実際に見ていたのだという感じを抱かずにはいられまい。

学者で透視家であったスヴェーデンボリ(1677―1772)の著作の影響を感じさせる『セラフィタ』。バルザックは両性具有者を登場させたこの浮世離れした作品の中で、真の恋愛が如何なるものであるべきものかを追究している。

わたしたちのお互いの愛の多寡は、お互いの魂にどれほど天界の分子が含まれているかによるのです。〔蛯原徳夫訳〕

 さらに同著において、 神秘主義哲学とは切っても切れない《宇宙単一論》が展開され、バルザックは数について考察する。

貴方は数がどこで始まり、どこで止まり、またいつ終わるのか知りません。数を時間と呼んだり空間と呼んだりしています。数がなければ何も存在しないと云い、数がなければ一切は唯一つの同じ本質のものになる、と云います。なぜならば数のみが差別をつけたり質を限定したりするからです。数と貴方の精神との関係は、数と物質との関係と同じで、謂わば不可解な能因なのです。貴方は数を神となさるのでしょうか。数は存在するものでしょうか。数は物質的な宇宙を組織立てるために神から発した息吹なのでしょうか。宇宙では数の作用である整除性なくしては何物も形相をとることはできないのでしょうか。創造物はその最も微細なものから最大なものに至るまで、数によって与えられた属性、すなわち量や質や体積や力によって、始めて区別がつけられるのでしょうか。数の無限性はあなたの精神によって証明されている事実ですが、その物質的な証明はまだなんら与えられていません。数学者たちは数の無限性は存在するが証明はされないと云うでしょう。ところが信仰する者は、神とは運動を恵まれた数で、感じられるが証明はされない、と云うでしょう。神は『一』として数を始めますが、その神と数とにはなんら共通なものはありません。数は『一』によって始めて存在するのですが、その『一』は数ではなく、しかもすべての数を生み出すのです。神は『一』ですが創造物とはなんら共通点を持たず、しかもその創造物を生み出すのです。ですから数がどこで始まり、創造された永遠がどこで始まりどこで終わるかは、わたしと同様に貴方もご存じないわけです。もし貴方が数をお信じになるのなら、なぜ神を否定なさるのです。

 『絶対の探究』には近代錬金術師が登場して、《絶対元素》を追求する。バルザックはこれを執筆するにあたって、前年に完訳されたスウェーデンの化学者ベリセリウスの『化学概論』全8巻を読破し、化学者たちの協力を仰いで完成させたという。

 主人公バルタザール・クラースはアルキメデスの言葉「ユリイカ!(わかった!)」と叫んで死ぬ。『ルイ・ランベール』のごときに至っては、主人公ルイを借りて、バルザックその人の神秘主義者としての歩みを詳述し、思想を展開させ、さらには形而上的な断章まで加えた、一種とめどもないものとなっている。

 自らの思想と当時の科学を折衷させようと苦心惨憺した痕跡も窺える、少々痛々しい作品である。

「われわれの内部の能力が眠っているとき」と、彼はいうのだった。「われわれが休息のここちよさにひたっているとき、われわれのなかにいろんな種類の闇がひろがっているとき、そしてわれわれが外部の事物について瞑想にふけっているとき、しばしば静けさと沈黙のさなかに突然ある観念が飛び出し、無限の空間を電光の速さで横切る。その空間はわれわれの内的な視覚によって見ることができるのだ。まるで鬼火のように出現したそのキラキラかがやく観念は消え去ったまま戻ってこない。それは束の間の命で、両親にかぎりない喜びと悲しみを続けざまに味わわせるおさなごのはかない一生に似ている。思念の野原に死んで生まれた一種の花だ。ときたま観念は、勢いよくほとばしって出たかと思うとあっけなく死んでしまうかわりに、それが発生する器官のまだ未知のままの混沌とした場所に次第に姿を現わし、そこでゆらゆらと揺れている。長びいた出産でわれわれをヘトヘトにし、よく育ち、いくらでも子供が産めるようになり、長寿のあらゆる属性に飾られ、青春の美しさのうちにそとがわでも大きくなる。(略)あるとき観念は群れをなして生まれる。(略)観念はわれわれのうちにあって、自然における動物界とか植物界に似ている一つの完全な体系だ。それは一種の開花現象で、その花譜はいずれ天才によって描かれるだろうが、描くほうの天才は多分気違い扱いにされるだろう。そうだ、ぼくはこのうっとりするくらい美しいものを、その本性についてのなんだかわからない啓示にしたがって花にくらべるわけだが、われわれの内部とおなじく外部でも一切が、それには生命があると証言しているよ。(略)」〔水野亮訳〕

 漸次、 こうした神秘主義思想の直接的な表現は彼の作品からなりをひそめ、舞台も俗世間に限られるようになるのだが、そこに肉の厚い腰を据え、『ルイ・ランベール』で仮説を立てたコスミックな法則の存在を透視せんとするバルザックの意欲は衰えを知らなかったようだ。

 以上、『谷間の百合』『セラフィタ』『絶対の探求』『ルイ・ランベール』の順に採り上げたが、完成は順序が逆である。

 神秘主義的傾向を湛えた四作品のうちでも、わたしが『谷間の百合』に一番惹かれたのは、バルザックの思想が女主人公に血肉化された最も滋味のあるものとなっているからだろう。〔続〕

バルザックに関する他のエッセー:マザコンのバルザック?

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息子の内定式

 一昨日の夜、息子から電話があり、内定式が終わったところだといった。

 受験地によって大阪と東京に分かれて行われたそうだ。大阪の内定式に出席した学生はグループ2社合わせて100人ぐらいだったという。そのうち息子の所属する会社は20人程度だったとか。息子が入る部署(計算科学)となると定員が5人で、前に、大阪で受験して入ったのは息子の他には1人か2人いたくらいといっていたから今回もそうだったろう。

 勤務地が東京になるのか大阪になるのかは来年1月にわかるといっていたが、それはもう1つの会社の話だったそうで、息子の入る会社の場合は今年の例でいうと東京で8月まで研修があり、勤務地が決まるのはその後だったそうだ。

 研修期間は、東京にある会社が借り上げたマンションで過ごすことになるという。寮は別のところだから、勤務地が東京になるにせよ、大阪になるにせよ、いずれにしても勤務にあたっての引っ越しは必要だそうだ。

 勤務地をどちらかに希望する人も多いらしいが、息子はどちらでもいいといったそうだから、どちらに行くことになるかはわからない。東京になる可能性が高いとはいわれたそうだが、決定までは落ち着かない気分で過ごすことになるのだろう。

 わたしは東京にも大阪にも住んだことがないので、息子にとって、どちらが暮しやすいのか、想像できない。どちらに住むことになっても、独身寮に入ることになるのだろうが……。

 勤務地が決まれば、息子が住むところや通う会社を見に行きたい。

 息子に目をかけてくださった公文教室の先生とはずっと連絡を取り合っていて、息子の内々定をお知らせしたとき、大層喜んでくださった。わたしの手紙がもう少し早ければ、東京に行ったので、会社を見にいったのに、と書いていらした。

 ところで、息子の入ることになる会社は、外部の他会社と資本・業務提携した。それについての話も、勿論あったそうだ。

 国内を見ても、海外に目を向けても、企業間の業務提携、合併、吸収などが相次いでいる。企業が生命体のように見えてきて、不気味なくらいだ。こうした傾向が落ち着いたとき、世界はどう変わっているのだろう?

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2008年10月 3日 (金)

オリーブマーケットのミラノは美味!

P9260068 P9260069  デパートのイタリア展での収穫物です。

  フライパンが傷んできていたので、できたらイタリア展でフライパンを買いたいと思っていました。

 ピンク色のフライパンを買いました。フライパンには傾斜があり、パスタを作るときに混ぜやすいようになっているのだそうです。

 うちではほとんどパスタは作りませんが、フライパンでソースを絡めたり、スープで煮たりすることは多いので、この工夫は役に立ちそうです。普段8,000いくらかするところを5,880円で買えました。

 他にスパークリングワイン、ティラミスを作るときに使うチーズ・マスカルポーネ、ミラノという名のオイル漬けオリーブ、パンを買いました。マスカルポーネはパンにつけても美味しいです。

 ミラノは、美味しかったので覚えていました。100g買いました。説明書には「ミラノ風アンチョビ グリーンオリーブ(バジル風味)|アンチョビを詰めたオリーブを特性のオリーブオイルで漬け込み、バジルで香りを整えてあります」とあります。

 ミラノは種を抜いてあるので、食べやすいです。おつまみにしたり、刻んでドレッシングに入れたりと重宝するわが家では100gでは足りません。イタリア展の期間内にまた100g買うかも。。。 お店の人は、刻んで卵焼きに入れても美味しいといっていました。

 購入したオリーブマーケットのホームはこちら。⇒ http://www.olive-ya.com/

P9260084 フォカッチャにマスカルポーネを塗って、ミラノのオリーブを2個。これを和訳すれば(?)、お握りと奈良漬け2切れかな。恥ずかしながら、わたしの朝メシでした。いつもは前日の夕飯の余りご飯に、余りおかずなのですが。。。 

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右膝がおかしくなった

 デパートで前の記事を投稿したあと、カウンターから離れて歩き出そうとして、歩けなかった。右膝がおかしくて、短い時間だったとはいえ、立ち往生してしまった。

 一緒にいた娘の心配顔。歩き出そうと焦るが、膝が軽い脱臼を起こしたような感じで突っ張り(曲げるなどの自由が利かず)、歩き出そうとしたら痛い。

 しばらく立ち止まったまま、膝をさすったりしたあとで歩いてみたら、何とか歩けてホッとした。膝の皿と膝下の骨にある腫瘤が原因なのかどうか。左膝がおかしくなることはよくあるが、右もとなると、困ってしまう。出かけるときは、サポーターをしたほうがいいかもしれない。

 両脚にある種瘤は大きくなった気がするのだが、CTを撮ってみなければわからない。額にある種瘤も、じわじわと大きくなっている気がする。

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2008年10月 2日 (木)

バリスタに描いて貰いました

バリスタに描いて貰いました
デパートのイタリア展に来ています。
カプチーノにバリスタが描いてくれたのは、ポチ。ワンちゃんの絵でした。

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最近の夕飯から~豚肉のビール煮

P9200034 サボってばかりで、ほとんど夕飯の記録にはなっていませんが、写真は溜まっていく一方です。

 その中から大人のムードの漂うレシピ、服部先生の『豚肉のビール煮』をご紹介します。

 レシピの横の服部先生の言葉に「国産のものは苦味がきついので、できればヨーロッパ産やアメリカ産のビールを使うといいでしょう」とありますが、わたしは日本のビール、それもキリンビールを使ったので、なるほど苦味がありました。次回は苦味の少ないビールで作りたいと思います。

 幸い、家族は美味しいといってくれ、少々苦味があったことを除けば、いい味でした。以前よく、豚肉をトマトと玉ねぎとしいたけと一緒にウィスキーを使って煮、スープを加えて、しょうゆとその半量の砂糖で味つけする料理を作りましたが、お酒で肉を煮ると臭みが消えて美味しいですよね。

P9200011  では、豚肉のビール煮「週刊 服部幸應のしあわせクッキング86号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥豚ロース肉ソテー用(1枚80gのもの)4枚|にんにく2かけ|ローリエ1枚|ローズマリー少々|玉ねぎのみじん切り1/2個分|ビール2と1/2カップ|じゃがいも1個|牛乳1/4カップ|ナツメグ少々|ブロッコリー1/2個|A〔バター¦水・塩・こしょう各少〕|サラダ油、塩、こしょう、小麦粉、スープ(固形または顆粒スープ利用でよい)、バター∥

  1. 豚肉は塩、こしょう各少々を振る。フライパンにサラダ油少々を熱し、半分に切ったにんにくと肉を入れ、途中でローズマリー、ローリエを加えて両面を色よく焼き上げる。
  2. ①の豚肉に火が通ったら、豚肉と香味野菜類をとり出す。玉ねぎを加えて炒め、小麦粉大さじ2を振り入れてさらによく炒める。
  3. 深鍋に②を移してビールを入れ、とり出した豚肉を加えて蓋をし、40分ほど煮込む。
  4. ③の味をみてスープ1カップを加え、とろみがつくまで煮詰めて、塩、こしょう各少々で味をととのえる。
  5. 牛乳を温めて塩、こしょう各少々、ナツメッグを加える。裏ごししたじゃがいもを入れて好みのかたさに練り、バター20g加えて混ぜ合わせる。別鍋にAを温め、塩ゆでしたブロッコリーを加えてからめる。器に④を盛り、つけ合わせを添える。

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2008年10月 1日 (水)

過去の作品

 衣類の整理に追われていた。娘の分は娘に任せ、夫とわたしの分を。いつの間にか着なくなった服や下着。処分すべき服があり、手入れの必要な服も見つかった。

 その合間に、ホームページに古い小説『風疹』を収録しかけていた。習作も習作といった作品だが、なぜか捨てられずにとっていた。そんな小品が数編ある。

 ホームページに作品を収録するには時間がかかる。衣類同様、時間がかかっても、過去の作品の整理は必要だが、過去の作品はやはり過去の作品だなと思う。やはり新しい作品を書かなくちゃ。でも整理もしなくちゃ。葛藤……。

 100枚程度の作品『地味な人』。お受験殺人事件といわれた事件に触発されて書いたものだが、これは織田作之助賞の3次までしか行けなかった。読み返してみると作品の構築力が弱かったと思わざるをえない。

 が、捨てきれないものがあり、ホームページに収録の予定。果たして改稿せずに収録すべきかどうか迷うところだ。今更ストーリーやそれを支える題材を補強してみたところで、当時の創作の意図からはずれるような気がする。

 あの事件からどれくらい時間が経過していたのだったか、娘と東京へ遊びに行ったときに、事件と関わりの深かった場所を見た。神社や数件の出版社のある通り。その日がたまたまそうだったのかどうかはわからないが、異様に活気のない通りだった。 

 わたしはあの事件を自分の知っている環境に置き換え、自分にもわかる社会背景を盛り込んで作品を書いた。それを、あちこちで事件に合わせようとしたために、作品には無理のあるところがある。でも、あの時期でなければ、書けなかっただろう。

 子育て中ほど、欲望が膨らみ、貧富の差を意識する時期はないのではないだろうか。もう少しお金があれば、あの服を買ってあげられるのに。あの塾に行かせられるのに。子供の能力や親である自身についても、あれこれ気に病む。

 わたしは子育て中から病気で、夫は子育てに非協力的だったために、家庭崩壊の危機を常に抱えていた。母親が子供を殺める事件が立て続けに起こると、その頃のことを思い出す。

 何ということもないけれど、なぜか捨てられない小品『風疹』の収録を終えたら、次に『地味な人』を収録しようと思う。収録には時間がかかるので、一方では、死者の登場する例の作品を書き始めることになるだろう。

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駄目だ、こりゃ

 NHKの国会中継を観ている。

 小沢代表の質問を聴き、脱力感に襲われた。自民が信頼できなくなる一方なので、自ずと民主に目が向くのだが、一体なんなのだろう、小沢代表のこの脳天気ぶりは。

 アメリカの金融混乱の影響が襲いかかってこようとしているこのときに、鋭い質問もなく、国民に対する約束として絵に描いた餅のような、現実みのない言葉を述べるだけ。

 かつては凄味さえ感じさせたこの人が、これかい? 表に出てくれば、パッとしないタイプなんだろうけれど、ちとひどすぎるのではありませんか。

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