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2008年9月19日 (金)

えい、くそっ、しまった!

 わたしがこのブログの中で詩人と呼んできた友人(大学の文芸部時代の先輩で、統合失調症を患っている)が、自殺未遂したという。

 衝撃的なニュースと受け取るには、時間がかかった。というのも、そのニュースをもたらしたのが当の本人であったから。

 定期的に彼女から電話があり、互いに日々の出来事を伝え合うことが習慣化しているのだが、その普通の口調で彼女は話した。

 睡眠薬を沢山飲んで、昔からの友人であり恋人であり元夫である男性に電話したらしい。彼は驚いて、すぐに彼女の家族に電話をかけて駆けつけ、彼女は救急車で運ばれたという。

「睡眠薬を飲んで? 今は睡眠薬じゃ死なないでしょう。坂口安吾の時代じゃないから」などと、わたしは反応した。

「家族にとって、わたしは重荷だと思うんですよね」と彼女。
「うん、そうかもしれない。でも、Y子さんが死んで喜ぶようなご家族じゃありませんからね。Y子さんが自殺なんかしたら、これまでY子さんを支えて来られたご家族の努力は水の泡ですよ」とわたし。
「そうかしら。そうでしょうね」と彼女。
「この時期は、いつも調子がよくありませんね。もう少しすれば、秋も深まってくるから安定しますよ。来年また会うわたしたちの約束、忘れないで」とわたし。

 彼女が送ってくれた童話の話になると、彼女はパッと明るくなった。だが詩の話はいけない。童話には詩に対するほど執着心がないから、気楽に話題にできるのだ。話の合間に、彼女はわたしの健康状態を心配してくる。

 病院から葉書など送ったのがよくなかった。頭の腫瘤の摘出については書いたが、良性だから心配ないと書き、その文面は決して深刻なものではなく、いつものわたしの私信らしく事務的でお気楽なものだった。

 だが、深読みし、過剰に杞憂を募らせ、病気を悪化させる彼女の傾向をわたしはもっと考えて然るべきだったのだ。

 ご家族を含めた人々の好意にすがって生きているという自覚のもとに生きてきた彼女は、その中の彼女のいわばサポート員に何か異変が起きることを怖れる。その気持ちは痛いほどにわかる。

 退院してすぐに電話なり、葉書を書くなり、すべきだった。うかつだった。そうしていたら、彼女は自殺未遂などしなくて済んだかもしれない。

 まあでも、一時的なものかもしれないが、わたしのお気楽そうな声を聴き、おしゃべりして彼女の気分は明るくなったようだ。

 わたしも不思議と彼女と話していると、明るい気分になってくる。どんなに深刻なことを話していても、そうなるのだ。こんな繰り返しがざっと30年。彼女とわたしの友情の貴重な歴史。

 瘤だらけになったとしても(?)、雄々しく生きねばならない。自分のためにも、彼女のためにも。

 彼女の詩は、こちら。左サイドバーのカテゴリーにもあります
 (⇒友人の詩/行織沢子小詩集)。

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