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2008年9月の47件の記事

2008年9月30日 (火)

更新のお知らせ

☆ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクション
 Ⅰ2006」に作品32・33・34・35・36を収録しました。
   作品32:『プラダを着た悪魔』を観て 
   作品33:「文學界」11月号の『黒い鏡』、新年号の『カンディンスキーの膝』
   作品34:NHKスペシャル「ワーキングプアⅡ」を観て&ファッション誌から浮かびあがるわが国の危機
   作品35:改正教育基本法成立
   作品36:行く年に想うこと&ヴァレリーの詩の紹介

2006年4月12日開設の当ブログにアップした記事の中から、アクセス数の多かった、あるいはテーマ性の強いエッセーを紹介しています。連載形式のエッセーは、セレクションⅡで紹介する予定です。
今回で、2006年に公開した記事36の収録が完了しました。 

☆忍者ブログ「マダムNの純文学作品」に連載中の『救われなかった男の物語』
                           ⇒連載28

このブログでは、文学賞の最終選考で落ちた作品及び同人雑誌掲載作品を公開していきます(そして、公開後にホームページに収録の予定)。
現在連載中の作品は、桜館と名づけられた瀟洒な館に住む3姉妹が抱えた闇の物語です。

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2008年9月29日 (月)

BS2で『ER緊急救命室ⅩⅢ』が始まる

 BS2で『ER緊急救命室ⅩⅢ』が始まる。楽しみだ。

 恥ずかしながら、今頃になって、その面白さを知った。これまでにちゃんと観る機会はいくらでもあったのに、外科手術の生々しい場面が苦手で、チャンネルを切り替えていた。

 でも、自分がちょっとした手術を受けたことがきっかけで、手術の場面が出てきても、「わあ血だぁ! お肉だぁ!」と騒がずに済むようになり、どんな内容の手術をしているのかに関心が行き(それでも手術場面ではつい両手で目を覆う。わたしは看護師にはなれない)、さらにはストーリーや登場人物一人一人に興味がわくようになったのだ。

 ウィキペディアで調べたら、

マイケル・クライトンが医学生だった頃のエピソードを綴った作品「五人のカルテ(ハヤカワ文庫)」が原作。

とあった。

 そうだったのか。土台がしっかりしている感じがあると思った。原作にも興味がわく。

 ドラマでは、アメリカの現状がよく描き込まれている。イラク問題なども、生々しいかたちで出てきた。またそのうち、このドラマに関しては記事にしたいと思っている。

 ところで、ドラマを観ていると、「バイタル」という言葉が手術場面でよく出てくるが、意味がわからなかった。頭蓋骨の腫瘍を摘出して貰ったときに、わたしは局所麻酔だったので、そのときにやはり「バイタルは?」という言葉を何度か聴いた。

 これもウィキペディアで調べてみたら、

バイタルサイン(vital sign)は、生体情報を意味する。

医療用語で、人体の現在の状態を表す様々な数値情報。具体的には、脈拍あるいは心拍数・呼吸・血圧・体温の4つを指す。さらに、救急医学では意識レベルなどもバイタルサインとして扱うこともある。また尿量を重要視し、バイタルサインに含める論者もいる。

日本の医療従事者の間では、バイタルサインのことをバイタルと略して呼ぶことが多い。

 とあった。なるほど。医学・医療に無知なので、自分の病気についてブログに書き散らしているけれど、変に聴き違えて書いたりしているのかもしれないなあ。病気の検索でお見えになるかたも多いのだけど、あまり参考にしないで。。。

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更新のお知らせ

☆ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクション
 Ⅰ2006」に作品29・30・31を収録しました。
   作品29:新聞記事『少女漫画の過激な性表現は問題?』について 
   作品30:娘の誕生日に思い出したこと
   作品31:昨夜の夢とオノレ・ド・バルザックの風貌
   

☆忍者ブログ「マダムNの純文学作品」に連載中の『救われなかった男の物語』
                           ⇒連載2627

このブログでは、文学賞の最終選考で落ちた作品及び同人雑誌掲載作品を公開していきます(そして、公開後にホームページに収録の予定)。
現在連載中の作品は、桜館と名づけられた瀟洒な館に住む3姉妹が抱えた闇の物語です。

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2008年9月28日 (日)

わたしも、理解できません

リンク: 中国人には理解できない日本の「変態」文化―香港紙 - 速報 ニュース:@nifty.

 わたしも、中国人同様、理解できません。

当ブログにおける関連過去記事:新聞記事『少女漫画の過激な性表現は問題?』について

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つぶやき

 27日に大分国体が開幕しました。ボートに出る息子の友人を観に行きたいと思っているのですが、日程は来月の3~6日、場所は熊本県菊池市斑蛇口湖ボート場? ちょっと遠いなあ。

 明日お帰りになるという両陛下を、ことに皇后様を一目だけでも……という気持ちが自分でも意外なくらいむくむくと湧いてきました。時々前を通る、あのホテルにご宿泊なさっているようですが――元気だったら、追っかけ(というには畏れ多い)にいくらか近いことをしたかもしれません。

 ところで、数日間、スティッチに来て貰っていましたが、またウッフの写真に戻しました。実はハーボット壁紙を使用しているので、壁紙の中のウッフとは毎日会っています。ブログにウッフの写真を付けていないと寂しい、付けていても寂しい……。

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2008年9月27日 (土)

2008/09/24の夕飯∥ポークソーセージのピリ辛ソテー(服部レシピ)、乾杯!もやしねぎ(グッチレシピ)

P9180126_2 P9180102 少し前になりますが、9月24日の夕飯は、塩鮭、ポークソーセージのピリ辛ソテー、乾杯!もやしねぎ、厚揚げと水菜の味噌汁でした。

 今日ご紹介するレシピは、パパに喜ばれそう。おつまみになりますよ。

 物産展で買ったソーセージを使った、ポークソーセージのピリ辛ソテー。

 わたしはセロリを切らしていたので、入れませんでした。ソーセージは、ボロニアソーセージの半分とチョリソーソーセージを使い、チョリソーのほうはかなり辛いとお店の人から伺ったので、赤とうがらしは入れませんでしたが、それでも充分辛かったです。

 ポークソーセージのピリ辛ソテー週刊 服部幸應のしあわせクッキング84号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥ポークソーセージ200g|セロリ2/3本|ジャンボピーマン(赤)1/2個|にんにくのみじん切り1/2かけ分|赤とうがらしの輪切り1本分|エキストラバージンオリーブ油、塩、こしょう∥

  1. ソーセージは3~4cm長さの棒状に切り、セロリは筋をとって8cm厚さの斜め切りにする。ピーマンも棒状に切る。
  2. フライパンにエキストラバージンオリーブ油大さじ2、にんにく、赤とうがらしを熱し、香りが出たら①を加えて炒め、塩、こしょう各少々で味をととのえる。

P9180114_3 次に、 乾杯!もやしねぎグッチ裕三著NHKきょうの料理シリーズ グッチ裕三のイチ押しレシピ!」(日本放送出版協会、2008年7月20日)からご紹介します。材料は3~4人分です。

 わたしは、わけぎの代りに貝割れ菜を使いました。ドレッシングがもやしに合っていて、とても美味しいですよ、お試しください。

∥もやし2袋|わけぎ2本|ドレッシング〔たまねぎ1/6コ¦ポン酢しょうゆ大さじ3¦砂糖・ごま油・ラーユ各小さじ1〕|白ごま少々〕∥

  1. ドレッシングをつくる。たまねぎは鬼おろしでおろし、ほかの材料と混ぜておく。
  2. わけぎは長めの斜め切りにする。
  3. もやしはできればひげ根と芽を取り、熱湯に入れてサッとゆでる。ざるに上げて湯をきる。
  4. 器にもやし、わけぎを盛り、①のドレッシングをかけて白ごまを散らす。

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健康状態に関するまとめ

 腫瘤が見つかり出してから、収拾がつかなくなってきた。どれも良性だろうと想像してはいるのだが、結局は生検してみなければわからないということだし、あちこちにできる原因も不明であるため、わたしは今、ちょっと神経症気味といえる。

 つい、体のあちこちを触って、新しい腫瘤ができていないか、確かめている自分がいるのだ。読書に身が入らず、短編を書きたい想いは膨らむが、気が散る。こんなときは古い作品をホームページに収録する作業に没頭するに限る。でも、すぐに疲れてしまう。

 自身の現在の健康状態に関してまとめてみよう。

 循環器クリニックと呼吸器クリニックにかかっていればよかったのが、体のあちこちに腫瘤が見つかったことから、整形外科、脳神経外科、内科と受診科が拡がり、頭蓋骨にも両脚にも喉にも腫瘤があるため、縁は切れない。

 腫瘤のうち生検済みなのは頭蓋骨にできたもの1個だけで、これは良性腫瘍の骨腫だということがわかった。骨軟骨腫が疑われていたが、骨性の骨腫であると判明したわけだ。ところが問題は、頭蓋骨に限っても、他に腫瘤が2個あるとCTでわかっているということ。

 骨軟骨腫であれば多発性と単発性があるのだが、骨腫の場合、普通はあちこちにできるものではないようだ。ところがCT画像で見る限り、骨にできたどの腫瘤も同じに見える。まれに頭蓋骨に骨腫の多発する某症候群という珍しい家族性の疾患があるという。

 わたしの場合はおそらくそれではないだろうが、その症候群は大腸にひじょうに癌化しやすいポリープがぞっとする数できやすいことと眼に異常がでやすいことから、病理の先生は、念のために、大腸ファイバーと眼科での精密検査を勧められた(という脳神経外科の先生のお話)。

 当初は副甲状腺の異常が骨に影響していると考えられ、そのために内科に8月12日から9月6日まで入院して調べて貰っていたのだが、副甲状腺機能亢進症だとの確証は得られなかったため、手術は見送りとなった。が、ないとは断定できないそうで、副甲状腺に腫瘍らしき腫瘤があることもはっきりしているため、経過観察は続く。

 また9月の22日に産婦人科を受診したところ、腰から右脇腹にかけての痛みは典型的な腎臓結石の症状だといわれ、副甲状腺の件が絡んでいるかもしれないという診断だった。同じ痛みが出たら、頓服の痛み止めロキソニンを飲んですぐに泌尿器科を受診するようにとのこと。右卵巣がまた昨年より腫れていて、子宮筋腫も2個見つかった。産婦人科は、12月15日に再受診。

 で、今かかっている科を挙げると循環器科(某クリニック)、呼吸器科(某クリニック)、整形外科脳神経外科内科産婦人科(日赤)。

 泌尿器科は内科との連携で半分かかっているような格好だったが、腎臓結石の痛みが起きれば、受診しなくてはならない。大腸と眼の検査が必要ということになると、消化器科眼科にもかかることになる。さらには県立のほうで7月2日に、肝臓に沢山嚢胞があることがわかり、今後も検診が必要といわれたから、日赤でそれを受けるとすれば、やはり消化器科でそれも診て貰うことになる(入院中にそのことは内科のU先生に既に話した)。

 腫瘤が大きくなれば生検ということになるので、腫瘤たちに「どうか大きくならないで」と祈るばかり。あちこち傷だらけになるのは、たまらない。

 膝だけは何とかしてほしいのだが、手術後に障害が出るのは困る。現在のままだと階段の上り下りや長時間の歩行に障るが、杖が必要なほどではない。手術をしてもっと大きな障害を作ることになったとしたら、手術したことを後悔せずにはいられないだろう。

 コブ1号を摘出した頭の傷痕は、夜になると突っ張ってきて、笑ったら痛い。パーマや白髪染めは、地膚のことを考えると、当分無理みたいだ。

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2008年9月26日 (金)

興奮を誘う一冊:佐野眞一著『甘粕正彦 乱心の曠野』 

P9200131  ジュンク堂書店で、ノンフィクション作家・佐野眞一の著書、『甘粕正彦 乱心の曠野』(新潮社)を見つけ、衝動買いしてしまった。

 甘粕正彦といえば、村上もとかのコミックス『龍』(小学館)でひときわ異彩を放っていた人物ではないか。

 恥ずかしながら、わたしは甘粕に関してはコミックス仕込みの知識しかなかったのだが、そのうち日本が満州と関わりの深かった時代について知りたいとは思っていた。

 母方の伯父の一人が満鉄に勤務していたし、伯母の一人も満州にいたことがあった。日本人にとって満州のよき時代だった頃のゆたかな生活、引き揚げの悲惨さ(伯父の妻は引き揚げの途中で亡くなり、伯父も引き揚げ時の無理が祟って亡くなった。何とか連れ帰った幼かった二人の子供たちは、下手をすれば残留孤児になるところだったろう)について、親類の集まりで話を断片的に耳にした……。

 膝関節の怪我が発端となって憲兵にならざるをえなかった甘粕。大杉事件で軍法会議にかけられ、刑務所に収監。その後、フランスに渡り、満州に現れて宣撫工作や国際謀略工作に深く関わる。やがて満州映画協会の理事長となり、青酸カリを仰いで自決した最後――

 序章の中にある次のような文章を読むと、甘粕に対して一層興味が掻き立てられる。

「近代の軍人の中で、甘粕ほど多彩な人間と接した人物はいない。石原莞爾、板垣征四郎、東条英機といった大物軍人をはじめ、大川周明、岸伸介、ラストエンペラーといわれた皇帝溥儀とも因縁浅からぬ関係をもった甘粕は、ヒトラー、ムッソリーニ、フランコという国際的ファシスト三人に面会し、満英時代は李香蘭(山口淑子)や、内田吐夢を筆頭とする多くの映画人たちと接触する機会も持った。」

「関東大震災から始まり、満州事変の謀略工作を経て、敗戦後の満州混乱のなかの自決にいたる甘粕の二十年あまりの足跡には、正史には書かれることのない負の近現代史、闇に溶暗した昭和の裏面史が凝縮されている。」

 東映は、甘粕が理事長だった満英の残党たちによって戦後つくられた映画会社だそうだ。

 ちなみに以前読んだ、佐野眞一著『カリスマ 中内功とダイエーの「戦後」』(日経BP社)も、息もつかせぬ面白さだった。 

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2008年9月25日 (木)

麻生首相、カジノは毒薬です

リンク: 麻生政権でカジノ合法化か - 速報 ニュース:@nifty.

 カジノはやめてくんしゃい。

  地方経済の活性化て?  そがんことば言いよっ人に、言いたかばってんがさ。馬鹿も休み休み言わんね。田舎は楽しみの少なかけん、頭の軽か男は、お金もなかとに借金までして、す~ぐギャンブルに走っとよ。今でん、そがんことで、田舎の女子供がどんくらい泣きよっか、知っとっとね。政治家やっぎ、活性化の質くらい、よう考えんぎいかんばい(以上、佐賀県のある地域の方言。博多弁も筑豊弁も身につかず、大分弁は学習中ですので) 。

 麻生首相。筑豊で暮していたとき、幼かった息子は麻生さんの病院で一命をとりとめていただいたことがあり、そうした意味からいえば、あなた様はまさに命の恩人です。

 ですから、その恩人としてのイメージを汚さない政治をお願い致します。国民は、心身共に土壇場に追い込まれているのです。

 カジノは、毒薬です。心身ともに荒廃した今の日本にとって、毒薬は毒薬でしかありません。大衆に毒を盛るおつもりではないでしょうね? 今このときこそ、賢明な、真に賢明な政治を国民の一人として要求します。

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2008年9月24日 (水)

当ブログの過去記事、村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)について

当ブログの過去記事、村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)について

上記記事に関しましては、意見も出揃ったと判断し、迷惑コメント対策も兼ねて、
2008年9月24日午後6時をもちまして、コメントの受付は停止とさせていただきました。ご了承くださいませ。
これまでに真摯なご感想をお寄せいただいた方々には、心から御礼を申し上げます。

管理人 マダムN

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娘の料理∥グッチ・レシピ『いろドリア』『バナナサラダ』をご紹介

P9170079

 昨日の夕飯は、娘が担当しました。

P9170059  娘が参考にしたのは、服部先生のレシピ『キャベツとベーコンのスープ』、グッチのレシピ『いろドリア』『バナナサラダ』です。

 スープも美味でしたけれど、わたしが新鮮に感じたグッチの前掲2種のレシピを、グッチ裕三著「NHKきょうの料理シリーズ グッチ裕三のイチ押しレシピ!」(日本放送出版協会、2008年7月20日)からご紹介します。

P9170072 いろドリア

 アスパラガスのほどよい歯応えがアクセントになっていて、ホワイトソースに加えられたケチャップの酸味の効果か、コンビーフや乳製品などのしつこさが抑えられ、洒落た味わいに仕上がっていました。

 お子さんにも喜ばれそうですよ。材料は2人分です。

∥ご飯(温かいもの)茶碗2杯分|コンビーフ(缶詰)1/2缶(50g)|グリーンアスパラガス2本|マッシュルーム4コ|ホワイトソース(缶詰)1缶(290g)|トマトケチャップ大さじ2|パルメザンチーズ(塊)40g|バター、黒こしょう、塩∥

  1. ボウルにご飯を入れ、バター大さじ1とほぐしたコンビーフを加えて混ぜ合わせ、黒こしょうをふる。耐熱性の器に入れる。
  2. アスパラガスは根元の堅い部分1/3ほどの皮をむき、斜め2cm幅に切る。マッシュルームは石づきを除き、縦4等分に切る。
  3. フライパンにホワイトソース、トマトケチャップ、バター大さじ1を入れて弱火にかける。混ぜながら温め、よく混ざったら①のご飯にかける。
  4. フライパンをきれいにし、バター大さじ1を溶かして2をいため、塩、こしょうをふる。③のソースの上に散らす。
  5. パルメザンチーズを皮むき器で削ってのせ、200℃に温めたオーブンでチーズが溶けるまで約10分間焼く。

20080924144044  チーズは、わたしなら粉チーズで済ませてしまうところですが、娘はグッチ・グッズの皮むき器で、パルメザンチーズの塊を削っていました。一味違いましたよ。

P9170070 バナナサラダ。材料は2人分です。

∥バナナ(完熟1本)|サニーレタス・レタス各2枚|貝割れ菜1/4パック|ドレッシング〔すし酢(市販)大さじ2¦練りがらし小さじ1¦サラダ油大さじ2¦黒こしょう適量〕∥

  1. サニーレタス、レタスは一口大にちぎる。貝割れ菜は根元を切り、長さを半分にする。
  2. ドレッシングをつくる。すし酢と練りがらしをよく混ぜてから、サラダ油を加えて混ぜ合わせ、黒こしょうをふる。
  3. バナナは皮をむき、斜め輪切りにする。①の野菜とともに器に盛り、②をかける。

 バナナの甘みが、サラダのさっぱり感を引き立てます。超おすすめのサラダです~。とても気に入りました。わたしも作ってみたいと思いました。洋風であれば、大抵のメインディッシュに合いそうですね。

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娘の手料理

娘の手料理
わたしの入院中、仕事を抱えながら奮闘してくれた娘。
休日に作る料理を携帯に送ってくれ、病院食に音をあげかけていたわたしは美味しそうだな〜と思っていました。
わたしの退院後には、娘と一緒に遊び回った(このところのわたしの不調の原因は、遊びすぎです)ため、娘の手料理を食べる機会がありませんでした。
昨日は、休日だった娘が待望の料理を作ってくれ、感激しました〜! とても、美味しかったのです。

娘が参考にしたレシピも、記事を改めてご紹介したいと思います。

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2008年9月23日 (火)

ウッフとスティッチ

ウッフとスティッチ
当ブログに貼り付けたウッフの写真を見るたびに、ハーボットの国に帰ったウッフを思い、寂しくなるので、しばらくスティッチに来て貰うことにしました。
我が家では、ウッフとスティッチは仲良しです。

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2008年9月22日 (月)

産婦人科受診/腎臓結石?

 日赤の産婦人科へ出かけました。診察していただいたのは、若くて可愛らしい、可憐な感じの女医さんで、リラックスして受診できました。

 昔一度女医さんに診ていただいたことがありましたが、それからはずっと男の先生ばかりで、産婦人科の検診ってこんなものかな、少々痛いのも仕方がないのだろう、と思っていましたけれど、男性って、本当に乱暴ね! 

 尤も、女医さんが全て技術者としてソフトなわけではないでしょうし、男の先生にだってソフトな人もいるでしょうが……。

 わたしは昨年10月に受けた子宮体癌検診がトラウマとなっていて、女医さんは「1年経っていますから、念のために体癌の検査も受けられたほうがいいかもしれません」と勧めてくださいましたが、頚癌の検査だけにしていただきました。

 で、今日受診することにした理由は、先週、腰から右脇腹にかけて冷や汗が出るくらいに痛かったからなのですが、痛かった場所と痛みの性質は、典型的な腎臓結石だという女医さんの診断でした。

 といっても、エコーでは腎臓に石は確認できず、既に排出されてしまったか、膀胱にあるというお話でした。頭蓋骨腫瘍でお馴染になった頓服の痛み止めロキソニンが、10回分出ました。

「また同じような痛みが起きたら、ロキソニンを飲んですぐに来てください」と女医さん。ただし、その痛みで受診するのは泌尿器科のほうがいいそうです。

 腎臓結石の痛みは、本当に産みの苦しみに似ていますね。でも、わたしはそれを卵巣嚢腫の痛みと思っていたのでした。まぎらわしいですね。

 また女医さんはわたしの場合、これには副甲状腺の件が絡んでいるかもしれないとおっしゃいました。

 内科のU先生も、時々副甲状腺ホルモンが過剰に分泌されている可能性はあるとおっしゃっていましたから、関係あるのかもしれません。来月内科を受診したときに、U先生に一応このことはご報告しようと思っています。

 ところで肝心の右の卵巣ですが、やはりまた大きくなっていました。昨年よりも。

「見たところは悪いものには見えないけれど、経過観察させてください」と女医さん。
「機能性のものでしょうか? また小さくなりますか?」とわたし。小さくなるかどうかは、わからないということでした。だから経過観察が必要なんでしょう。

 おまけに子宮筋腫のベビーまで2個育っていましたよ。昨年の10月にも、今年の2月にも、県立ではそんなことはいわれませんでした。なかったのか、本当に小さかったのか……。

 ただ子宮筋腫は、閉経になれば消えるそうです。衰えゆく子宮に、なぜ今頃になって2個も――おまえたちに明日は来ないかもしれないのに。

 次回の産婦人科受診は、12月15日です。 

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デパートの物産展で買ったもの

20080922172156

 デパートの『全国有名弁当とうまいもの大会』に出かけました。お弁当も買いましたが、写真の美味しそうなものも買いました。

 《横浜中華街/招福門》の竜眼プリン、ココナッツムース、マンゴープリン(⇒ホーム)。《京都/まざあぐすう》のプチシュークリーム(⇒ホーム)。《佐賀/山崎ハム》のチョリソーソーセージ(焼いたりチャーハンに入れたりすると、とっても美味しいそうです)、チーズソーセージ、ボロニアソーセージ。《鹿児島/豊食品工業所》の黒砂糖。

 黒砂糖は、黒砂糖が大好きな息子に送ってやろうと思って買いました。味見をしたら、美味しいこと! でも、買うのは確か、これが初めてではなかったはず……。

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2008年9月21日 (日)

自分の病気を星的に分析してみる

占星術には昔から興味津々なのだが、自身の健康についてはそれほど真剣にチェックしたことがなかった。
 
 勿論、ざっとはチェックしていたから、健康の室のサイン山羊座から骨格・関節、アセンダントのサイン獅子座から心臓、月のサイン牡羊座から頭、死と再生の室のサイン魚座から足と精神状態などに注意が必要だとは思っていた。

 で、このところわたしの健康に浮かび上がってきた腫瘍であるが、改めて数冊の占星術の本を読み返してみた。すると、故ルル・ラブア先生の本に、サインが魚座の場合に挙げられる病気として、腫瘍というのもあるではないか。

 しかもこの魚座の支配星・海王星は、増殖を司る木星とコンジャンクション(合)。木星の働きが表面化する年齢域にある今、腫瘍が急に増えたのも頷ける。しかも普通はあまりできない骨にまで腫瘍ができてしまったのも、占星術的に見れば、不思議な話ではないのかも……。

 死と再生の室のサイン魚座には太陽が入っていて、コンジャンクション、ソフトアスペクト、ハードアスペクトなどアスペクトを過剰なまでに作っており、オポジション(衝)を冥王星との間に作っている。

 以上のことから、考えられるわたしの死のシナリオは、骨を初めとするあちこちに腫瘍ができることで進行し、最終的には心臓発作にとどめを刺されるといったところだろうか。

 心臓疾患――不整脈――が表に出たのは、丁度、太陽の年齢域のときだった。わたしのアセンダントは獅子座であり、獅子座は人体では心臓を示す。そこにはエキセントリックな天王星が入っている。支配性の太陽はよくも悪くも過度に強調されている。心臓の働きがおかしくなるのも、頷ける。

 わたしは、健康の室に人体では骨を示す山羊座が入っていて、ここにトラブルを意味する火星が入っていることから、リューマチになるのではないかとずっと想像していた。骨の腫瘍とはね。

 骨にこだわった作家がいただろうか。画家なら、いる。ジョージア・オキーフ。晩年、骨を素材として沢山の絵を描いている。

 頭蓋骨から摘出した骨性の腫瘍は、見た目も触った感じも、大理石そっくりだった。摘出されたばかりの腫瘍はセピアがかった薔薇色で、「先生、綺麗な色ですね。白ではないのですか?」と尋ねると、「ああ、まだ血がついているから」とおっしゃった。

 大理石の欠片そっくりの腫瘍には、抉られた下の組織が土くれのようなさまでくっついていた。悪性だと、もっと怖い、醜い様を呈するのだろうか。先生は、悪性だと骨を破壊する、溶かす、とおっしゃる。

 木星の年齢域はあと5年ほど続くから、腫瘍の増殖はまだとまらない(?)。 

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2008年9月20日 (土)

映画『グーグーだって猫である」を観て

 今日は朝からパッとせず、家事をする以外はほとんど横になっていた。あのあと、心臓も卵巣のほうも落ち着いていたお蔭で、横になっていられたわけだが。

 月曜日になってもまだ卵巣の嚢胞が原因と想像させる痛みが起きるようであれば、婦人科を受診しようと思う。

200809161556092

 ところで、映画『グーグーだって猫である』を観に行き、感想を書くつもりでいて、まだだった。写真は、映画を観に行った大型商業施設の中にある「パステル」で飲んだコーヒー。

 大島弓子原作のコミックスをもとにした映画『グーグーだって猫である』。犬童一心脚本、監督。

 わたしは入院中に、娘が持ってきてくれた角川文庫版で原作に触れていた。原作のほうは淡々としたエッセー風コミックスとでもいおうか、それまでの大島弓子の作品にはない味わいがある。

 映画のほうは少々雑駁な、濃い目の感じで、アシスタント・ナオミ(上野樹里)の目を通して、ペットの猫・グーグーと生きる漫画家・小島麻子(小泉今日子)の人生が描かれる。

 漫画家に興味のあるかたは、観ておいても損はないと思う。漫画家の創作苦というか、スランプというにはもっと大きな……創作するうえでの芸術家の苦悩といったものがよく描かれていると思った。

 漫画家として生きる1人の女性の限界を見つめた作品に、一応、映画は(おそらく理解しないままに)仕上がっていた。わたしはどうしても小島麻子に、漫画家・大島弓子を重ねないわけにはいかなかった。

 大島弓子のファンかと訊かれると途惑う。それほど熱心な読者ではなく、読んだ作品も限られている。大島弓子はわたしにとり、時々発作的に読みたくなるコミックスの作者といっていいかもしれない。

 最初に読んだ作品は、『ポーラの涙』だった。まま母と女の子の葛藤、両者の心の襞があますところなく描かれていて、すばらしい作品だと思った。

 大島弓子の描くところ、どこにでも女性的なゆたかな世界が出現する。その世界は薫り高く、幻想的で、主要な登場人物にはたおやかながら凛としたところがあり、母親を描けば大和撫子、少女を描けば大和撫子の雛形と感じられた。

 こんな女性像を描ける芸術家は、そう多くはないだろうと思う。いにしえから日本という国が育んできた雅やかなもの――伝統美――を感じさせる。

 それは漫画家・大島弓子の感性によって捉えられ、選択され、方向化され、一つの世界として形作られ、コミックスという表現形式を得て珠玉のような作品群に結晶化された。

 彼女は、そこから出られないのだ。彼女自身に意識されていようが、いまいが、彼女が古きよき日本の伝統美の担い手の1人であることは確かで、それが彼女の苦悩ともなるのではないかと想像される。

 極言すれば、大島弓子は、『源氏物語』の作者・紫式部の系譜に連なる人物であるが、紫式部などと比較すれば、如何にもか細い。紫式部に存在する中国に学んだ堅固な哲学、歴史観が欠如しているからだろう。

 彼女の限界は、現在の日本が抱えた限界でもあるのではないだろうか。

 いにしえの中国の哲学の代わりに、現代アメリカの思想を持ってきてもそぐわない。否、それは、そぐわないどころの話ではない。アシスタント・ナオミはアメリカに旅立つことができるが、大島弓子の形代である漫画家・小島麻子には、それはできない芸当のはずだ。

 彼女はどこまでも、この日本という国の、今や失われつつある伝統美の片鱗に執着する。そういう観点からすれば(たぶん深読みだろうが)、闇市の残り香があるという街を舞台とした監督の手腕は、大したものだ。

 が、ついに彼女の肉体が叛乱を起こしたとき、彼女の入院先の病院で、アシスタントを中心に据えたチアダンスで激励される下りは、吉祥寺にひっそりと生きる、頑ななまでに自分の世界を守ってきた彼女には如何にもそぐわない。ほとんど暴力的な出来事と映る。ある意味で、妙に現実的な展開とはいえるが……。

 そんなそぐわなさは他にもあった。例えば、小泉今日子の表情に、時々、映画『道』でジェルソミーナを演じたジュリエッタ・マシーナの面影を見たのは錯覚だろうか。一緒に観に行った娘も同じ感想を洩らしていた。

 もし小泉今日子が小島麻子を演ずるにあたり、無垢なジェルソミーナを演じたマシーナを参考にしたのだとしたら、ちょっとちぐはぐな発想と思われる。

 パンフレットに、グーグーの前に飼われて死んだ愛猫サバは、当初岸田今日子のイメージだったとあった。撮影の前に、岸田今日子は亡くなってしまった。日本の伝統美が醸すかのような包容力を感じさせる岸田がこの映画に登場できなかったという事実は、危うげな孤独な現代日本の一面を象徴しているような出来事だとわたしは感じた。 

 映画に登場した猫たちは、特にどうということもない猫たちだった。尤も、わたしは猫を飼ったことがないので、傍観的にしか猫のことがわからない。

 フリーライター牧野容子さんのブログ(⇒)牧野容子の「ライターな日々」で時折お目にかかることのできる、猫のわらびちゃんの凛々しさ、愛らしさにはまっている(☆牧野さん、勝手にリンクしてすみません)。

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油断していたら、来ました

油断していたら、来ました
間もなく午前5時です。

心臓のほうはもうすっかり安心していたら、いきなり来ました。
といっても、昨夜は疲労感が強く、料理中座り込みたくなるほどでした。また一昨日辺りから、生理中ではないのに、時々強い生理痛様の痛みが腰から右脇腹にかけて起き、冷や汗が出るほど。
胸痛が起きる前も、それで目が覚め、そのことをブログに書いておきたいと思って、パソコンを開いたところだったのです。
それが何と、忘れかけていた胸の痛み! 中程度かな。
胸に強張るような、締めつけられるような痛みが起き、だんだん強くなっていくので、テーブルに薬を取りに行きたいと思いましたが、動けません。近くに夫が寝ているので起こそうとしましたが、声を出すどころか息をするのも危うい。
あまりに痛いので、肋間神経痛だろうかと思いました。
必死でテーブルに辿り着き、ニトロを舌下。1錠で楽にならないので、やはり肋間神経痛だろうかと思いつつ、もう1錠。横になろうとしましたが、なれませんでした。肋間神経痛だろうが何だろうが、こう痛いのは我慢できないので、救急車だろうかと思いましたが、何しろ声が出せません。入院中はいつも枕元にあったナースコールを思い、切なくなりました。
もしこの程度の発作が入院中に起きていれば、迷うことなくナースコールを押したでしょう。
3錠目を迷っていると、幸い徐々に効いてきました。痛みがなくなるまでに何分かかったかはよくわかりません。それから20分ほどもして、ふいに清涼感が胸に拡がりました。

もう嘘だったかのように、何ともありません。ノビノビと横になり、携帯から記事を更新しています。

遊びすぎたのか、ここ数日疲れきっていました。反省。
生理痛様の痛みは、また卵巣の嚢胞が大きくなったせいではないかと思いいます。
診て貰う必要がありますが、もし大きかったら手術を受けなければならないので、昨年10月に診て貰った県立にするか、他の腫瘤関係を診て貰っている日赤にするか、迷うところです。どちらにしても、あー嫌だな!

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2008年9月19日 (金)

えい、くそっ、しまった!

 わたしがこのブログの中で詩人と呼んできた友人(大学の文芸部時代の先輩で、統合失調症を患っている)が、自殺未遂したという。

 衝撃的なニュースと受け取るには、時間がかかった。というのも、そのニュースをもたらしたのが当の本人であったから。

 定期的に彼女から電話があり、互いに日々の出来事を伝え合うことが習慣化しているのだが、その普通の口調で彼女は話した。

 睡眠薬を沢山飲んで、昔からの友人であり恋人であり元夫である男性に電話したらしい。彼は驚いて、すぐに彼女の家族に電話をかけて駆けつけ、彼女は救急車で運ばれたという。

「睡眠薬を飲んで? 今は睡眠薬じゃ死なないでしょう。坂口安吾の時代じゃないから」などと、わたしは反応した。

「家族にとって、わたしは重荷だと思うんですよね」と彼女。
「うん、そうかもしれない。でも、Y子さんが死んで喜ぶようなご家族じゃありませんからね。Y子さんが自殺なんかしたら、これまでY子さんを支えて来られたご家族の努力は水の泡ですよ」とわたし。
「そうかしら。そうでしょうね」と彼女。
「この時期は、いつも調子がよくありませんね。もう少しすれば、秋も深まってくるから安定しますよ。来年また会うわたしたちの約束、忘れないで」とわたし。

 彼女が送ってくれた童話の話になると、彼女はパッと明るくなった。だが詩の話はいけない。童話には詩に対するほど執着心がないから、気楽に話題にできるのだ。話の合間に、彼女はわたしの健康状態を心配してくる。

 病院から葉書など送ったのがよくなかった。頭の腫瘤の摘出については書いたが、良性だから心配ないと書き、その文面は決して深刻なものではなく、いつものわたしの私信らしく事務的でお気楽なものだった。

 だが、深読みし、過剰に杞憂を募らせ、病気を悪化させる彼女の傾向をわたしはもっと考えて然るべきだったのだ。

 ご家族を含めた人々の好意にすがって生きているという自覚のもとに生きてきた彼女は、その中の彼女のいわばサポート員に何か異変が起きることを怖れる。その気持ちは痛いほどにわかる。

 退院してすぐに電話なり、葉書を書くなり、すべきだった。うかつだった。そうしていたら、彼女は自殺未遂などしなくて済んだかもしれない。

 まあでも、一時的なものかもしれないが、わたしのお気楽そうな声を聴き、おしゃべりして彼女の気分は明るくなったようだ。

 わたしも不思議と彼女と話していると、明るい気分になってくる。どんなに深刻なことを話していても、そうなるのだ。こんな繰り返しがざっと30年。彼女とわたしの友情の貴重な歴史。

 瘤だらけになったとしても(?)、雄々しく生きねばならない。自分のためにも、彼女のためにも。

 彼女の詩は、こちら。左サイドバーのカテゴリーにもあります
 (⇒友人の詩/行織沢子小詩集)。

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デンパンさん、頑張って!

 システム障害を発生して機能停止している「電版」。

 デンパンに作品を収録していたときの幸福な気分が忘れられないわたしは、諦めきれず、たまにホームページにアクセスしていました。

 そして、今日もアクセスしてみたところ、わあ、次のようなお知らせが……!

現在リニューアル中につき、しばらくお待ち下さい。

お問い合わせ:info@denpan.org

 デンパンさん、頑張って!

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2008年9月17日 (水)

16日に循環器クリニック受診

 薬が切れたので、16日に循環器クリニックを受診しました。

 入院中のことを要点だけお話ししなければ、と少し緊張して出かけたのですが、その心配は不要でした。なぜなら、退院した病院からクリニックのY先生宛に報告書が届いていて、それには記入欄をフルに使い、上から下まで何行にも渡ってぎっしりと書かれていたからです。

 そのことで思い出したのは、過去に別の先生に紹介状を書いて貰ったときのことです。夫の転勤により、いよいよ福岡県の某市立病院が遠くなって通えなくなり、引っ越し先のこの街の病院に変わることにした2004年12月のこと――

 どこにかかるかはこちらに任せられたまま、紹介状を書いていただいたのですが、何年も通い、その間には先生がたの異動で4名の先生にかかったというのに、記入欄にはほんの数行書かれていただけでした。

 慢性膵炎といわれて受けていた治療のことは、何も書かれていませんでした。なぜなら、紹介状を書いた先生がそれを否定してなかったことにしてしまったからです。しかも服用しているインデラルの量が間違って10倍に書かれていたため、そのとき新しくかかることになったこの街のY先生を驚かせてしまいました。

 何という違いでしょう! 

 今回入院した病院の内科の主治医U先生には、こちらから無理をいってクリニックのY先生にコンタクトをとっていただいたのに、丁寧なアフターケアがなされていて、本当にありがたいことでした。几帳面なU先生に一層信頼感が深まりました。

 心臓疾患を診て貰ってきたY先生、喘息を診て貰ってきたM先生とは系列の異なる病院に入院することに不安があり、現実には、やはり同じ系列であるほうがよかったと思うこともあるのですが、U先生、脳神経外科のK先生など、信頼できる先生がたに出会えたメリットの大きさには何ものにも代えがたいものがあります。

 体のあちこちにある腫瘤がテーマで、これからも検査や治療を受ける可能性のあるわたしとしては、それは本当に大事なことなのですね。でも、デメリットと感じたことも挙げておくとするなら、局所麻酔で頭の腫瘍を摘出したあと、血圧が低下したときです。

 もう夜になっていました。心臓の薬を飲まなければと思いながらも、まだ飲んでいず、めまいと吐き気に困っていたわたしは、看護師さんから血圧の数値を聴き、今心臓の薬を飲んだら、ますます血圧が低下してしまうだろうと怖くなりました。

 インデラル、ヘルベッサー、アイトロール、シグマートのどれにも血圧を低下させる作用があるからです。

 そして、胸全体がざわざわしていて、不整脈が起きているのではないかと考えました。が、看護師さんの少ない夜に心電図だ、何だと騒がせたくなくて、控えめにそのことをいいました。何より、今の体調でいつもの心臓の薬を飲む不安を訴えました。

 Y先生にお電話できたらどんなにいいかと思いました。夜でも電話していいといわれているからです。クリニックに電話すれば、先生の携帯に切り替わるそうです。

 が、少しの身動きすら苦痛でしたし(午後11時近くになって携帯から記事を更新していますから、その後いくらか気分がよくなったのでしょう)、病棟の看護師さんに他系列の(看護師さんにとっては)見知らぬドクターに電話していただくよう頼むこともわたしにはできませんでした。

 看護師さんは、「先生に訊いてきますから、ちょっとだけ待っていてね。すぐに来ますから」とおっしゃって、出ていかれましたが、ずいぶん時間が経過しました。ベテランの看護師さんですので、わたしのことを忘れていらっしゃるはずはありませんでした。

 かなり時間が経って看護師さんは姿を現わし、「U先生はお帰りになったあとで、つかまらなかったのだけど、脳神経外科の先生がつかまったからお尋ねしたら、心臓の薬は飲まないでくださいということでした」

 翌日、血圧は戻り、脳外の先生がそれを確認に見えました。その後に心臓の薬を飲む許可が出たので、わたしはいつものようにそれらを服用しました。

 そのときのことを、循環器クリニックを受診したこの日、Y先生にお話ししました。眉を顰めて、「胸がざわざわしたとき、胸の圧迫感もあった?」とY先生。
「胸の圧迫感はなかったと思います」とわたし。

 そのときの血圧の値を訊かれたので、上が90くらいだったといいました。また、「手術の前に脳神経外科の先生が、わたしには狭心症があるので、心臓の血管の痙攣が起きない麻酔薬を使うとおっしゃいました」といいました。

 すると先生は合点がいったように、「ああ……。あのね、手術の夜、心臓の薬を飲まなかったのは正解だったよ。おそらく手術中、点滴液の中に、ヘルベッサーとかニトロ系の薬とかが入れてあって、それがどんどん点滴されただろうから、それで血圧が下がったんだよ。心臓の薬を飲んでいたら、血圧がさらに下がっていただろうから、やめておいてよかった。本当に、やめておいて、よかったよ……」

 わたしは、脳外の先生が「心臓の血管の痙攣が起きない麻酔薬を使う」とおっしゃったとき、そんな風な特殊な麻酔薬があると想像してしまったのですね。なあんだ、麻酔薬は普通のやつで、単に点滴液に狭心症を予防するいつもの心臓の薬が入っていただけなのか――と、ちょっとがっかりしました。

 考えてみれば、心臓の血管が攣縮する懼れのない麻酔薬があれば、誰にでもそれが使われるはずですものね。では、造影剤を使ったCT検査のときにU先生が「喘息が起きない造影剤を使う」とおっしゃったのも、点滴液の中に喘息予防の薬が入っていたということでしょうか。

 報告書に目をやりながらY先生が「それで、頭の瘤は骨軟骨腫だったんだね?」とおっしゃいました。
「いえ、骨腫です」とわたし。

 専門家のサイトによると、どちらも基本的に良性の骨腫瘍だということですが、骨軟骨腫(外骨腫)は軟骨性で、表面を軟骨組織がおおっています。原発性骨腫瘍の中で最もよく見られるものだそうで、単発性と多発性があるようです。多発性の場合、まれに悪性化して軟骨肉腫になることがあるとか。

 骨腫は骨性です。骨腫は主に頭蓋骨、下顎骨、上顎骨に生じるとあり、手足の骨に見られる場合は骨髄骨腫として見つかり、外側から腫瘤に触れることはないそうで、外側の表面に骨腫(傍骨性骨腫)ができることはまれとあります。

 報告書が作成された日付は9月8日となっていました。わたしの退院が6日で、脳外の先生から頭の腫瘤の生検の結果が出たとお電話があったのが10日でした。報告書が書かれた時点では、コブ1号(わたしの命名)は骨軟骨腫が最も疑われていたのでしょう。

 Y先生は、わたしの頭の傷痕を見て、「これは……局所麻酔ではきつかったねえ」とおっしゃいました。わたしもそう思います。削るはずが、手術の途中で抉ることになったのですから、仕方がありません。

 頭に残った2個の瘤も先生は確認しようとなさいましたが、わたしは、その2個はベビーなので、まだ小さいといいました。両膝の3個の腫瘤も確認したあとで、先生は溜息をつくように、「悩みが多いね……」とおっしゃいました。

 ホント。昨日娘と大型商業施設に映画を観に出かけたのはいいけれど、歩き回るうちに、両膝がバカになり、左股関節までおかしくなりました。平坦なところであれば、脚を引き摺らずに長い時間歩けますが、階段は5段上り下りするのも苦痛です。

 ただ、心臓のほうは、シグマートが追加になってから、ほとんど発作が起きなくなりました。入院中に軽い圧迫感は何度かありましたが、ニトロ舌下錠を使うほどのものではなく、看護師さんにもいいませんでした。退院後も、ある夜、小さな胸痛が3回連続して起きましたが、これも舌下錠は必要ありませんでした。

 インデラル、ヘルベッサー、アイトロール、シグマートは協力し合って堅固な守りを形成してくれています。これらが、いつものように35日分出ました。

「落ち着いたら、また小説を書いてください」と先生が励ましてくださいました。

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2008年9月16日 (火)

パステルのパスタ〜!

パステルのパスタ〜!
午前中、循環器クリニックを受診し(それについては帰宅後に書きます)、それから休日の娘とバスに乗ってパークプレイスに来ました。
これから、大島弓子原作の映画「グーグーだって猫である」を観ます。
入院中、娘が原作のコミックを持ってきてくれ、グーグーと名づけられた猫にはまったのですね。2巻目は、作者の闘病体験を描いたと想像させる内容でしたが、グーグーがやはり可愛いと思いました。
じゃまた。

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2008年9月15日 (月)

11日に脳神経外科受診

 11日に脳神経外科を受診した帰り、携帯から記事を投稿しました(この記事)。

 あとでまた書くといっておきながら、今頃になって書こうとしています。実は、忘れていたわけではなかったのですが、何となく考えるのも億劫で、退院したばかりのハイな気分(?)に浸っていたかったために、あまり書く気がしなかったのでした。

 生検のために手術した頭の傷痕は、綺麗だということでした。そして先生との話題は、その生検の結果へ。

 摘出した腫瘤は骨腫という良性の骨腫瘍で、そのこと自体は喜ばしいことでしたが、問題は頭にもう2個、両膝に3個あるということです。

 レントゲンを撮ったのは脳神経外科で頭、整形外科で両膝、股関節、両手だけですので、もっと他にもあるかもしれません。股関節と両手はCTは撮っていず、レントゲンだけですから、先生にはおわかりだったでしょうけれど、素人目には腫瘤があるのかないのか、わかりませんでした。

「皆で話していたんだけど、病理の先生が家族性の○○○○○症候群のお話をなさってね……」と先生はおっしゃって、ネット検索で出てきたアメリカの論文を読みながら、わたしにもわかるように訳してくださいました。

 日本のサイトにも若干は出ているものがあるようですが、世界的に少ない症例であることは間違いないところでしょう。

 その症候群の名称を伏せているのは、うっかり書いてしまって、それが検索ロボットに拾われて、こともあろうにわたしの愚にもつかないブログが先生の目にとまってしまうのを避けるためです。

 それに先生は参考までにとおっしゃいましたし、その症状とわたしの症状は結びつかないような気がするのですね。ただ――今後これ以上増えるかどうかは神のみぞ知るですが――、頭に骨腫が沢山できるというケースはこれくらいしかないようなのです。

 その症候群は大腸に沢山ポリープができやすく、しかもそれが高率で癌化しやすいため、わたしも念のために大腸ファイバーと、それにその症候群は目にも異常を来たしやすいため目の検査も受けてはどうだろうか――と病理の先生はおっしゃったという脳神経外科の先生のお話でした。

 大腸の検査は5年ほど前に受けたことがあり、そのときはポリープ一つありませんでした。でも、その頃は頭に小さな瘤こそあったものの、あちこちに骨腫があるということはなかったと思います。単に気づかなかっただけなのかもしれませんが。

 入院中に副甲状腺で見つかった、腫瘍らしきもののこともあります。また別の病院で肝臓に沢山あるといわれた嚢胞や経過観察中に小さくなった卵巣の嚢胞のことなどを考え合わせると、ここ数年でわたしの体にはできものが出来やすくなったとはいえるでしょう。

 念のために大腸を診て貰うのもいいかもしれません。あの検査、わたしには全く憂鬱なのですが。目も、大事ですからね。念を入れるのもいいな、と思います。

 次回――来月の30日――に内科を受診した際、先生とお話ししてみるように……ということでした。脳神経外科も同じ日に受診するように、とのことでした。

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更新のお知らせ

☆ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクション
 Ⅰ2006」に作品26・27・28を収録しました。
   作品26:サラダが連想させるオードゥーの『孤児マリー』
   作品27:朝のごみ出し情景
   作品28:欧風料理店にて、ロートレックの絵に描かれたジャンヌを想う
   

☆忍者ブログ「マダムNの純文学作品」に連載中の『救われなかった男の物語』
                           ⇒連載25

このブログでは、文学賞の最終選考で落ちた作品及び同人雑誌掲載作品を公開していきます(そして、公開後にホームページに収録の予定)。
現在連載中の作品は、桜館と名づけられた瀟洒な館に住む3姉妹が抱えた闇の物語です。

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2008年9月14日 (日)

2008/09/14の夕飯∥かぼちゃのごまあえ

P9100035

 9月14日の夕飯は、あめたの干物、かぼちゃのごまあえ、キャベツのホットサラダ、豆腐としいたけと貝割れ菜の味噌汁でした。

P9100018_3  服部先生のレシピ、かぼちゃのごまあえがとても上品な味わいで、お客様にもよさそうでした。ぜひ、ご紹介したいと思いました。 週刊 服部幸應のしあわせクッキング79号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥かぼちゃ180g|A〔黒ごま大さじ8¦砂糖大さじ2¦薄口しょうゆ小さじ3~4¦だし大さじ3~4〕|貝割れ菜1/3パック∥

  1. かぼちゃはマッチ棒ぐらいの太さの棒状に切って水にさらし、熱湯でかためにゆでて冷水にとり、水気をふきとっておく。
  2. Aの黒ごまをいってすり鉢ですり、その他の調味料を加えて味をととのえ、①のかぼちゃを入れてあえる。彩りに貝割れ菜を入れてさっと混ぜ、器に盛る。

P9090026_2  次の写真は、13日のメインディッシュ『豚肩ロース肉の串焼き、フェンネル風味』(おうちでシェフ味 おいしい基本のイタリアン世界文化社、2004年)です。

 久しぶりに作りましたが、フェンネルの風味が素敵な一品です。家族もわたしも「美味しい!」を連発し、食卓のムードが華やぎましたよ~。

 レシピは既にご紹介済みです(こちら)。   

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創作に関すること/入院前に読んだブッツァーティ『七階』

 左サイドバーにあるカテゴリー〔創作関連(賞応募、同人誌etc)〕をご参照願いたいが、短編小説の計画があり、8月いっぱいに何とか完成させて、今年もK文学賞に応募したいと思っていた。

 が、8月12~9月6日まで入院していたため、応募はおじゃんとなった。

 まあいい。応募にこぎつけられるかどうかは、微妙なところだったから。この作品はいずれ完成させたい。

 とりあえずは、同人雑誌用に、村上春樹とオルハン・パムクを比較したエッセーを仕上げたい。パムクに関しては、『わたしの名は紅』の大まかな感想は書いたものがあり(カテゴリー〔オルハン・パムク〕参照)、現在、『雪』を読んでいる。

 入院前に読んだディーノ・ブッツァーティの代表傑作選『神を見た犬』(関口英子訳、光文社)の中に収められていた『七階』という作品には、ぞっとさせられた。病院を舞台とした幻想風の作品だ。

 わたしの場合、深刻な入院というわけではなく、頭蓋骨にできた腫瘤の生検を含む検査入院にすぎなかったのだが、主人公だってどちらかというとお気楽な気分で入院患者となったわけだから、物語の淀みのない展開とムードとに、よけいに凄味があったというわけだ。

 主人公の入院した病院は特異なシステムをとっていて、重い患者ほど下の階へ収容される決まりとなっていた。主人公はいわばお客気分で最上階の入院患者となる。

 ところが、何やかやと大した理由もなく、ちょっとした都合(と見せかけられて)、どんどん下の階へと移されていくのだった。主人公はそうして、エスカレーター式に最下階へと到達……すなわち死へと赴くことになる。

 この世に生きている限りは、いつかは自分も主人公のようなことになるのだ……と思わされる。そればかりか、小説の中の場景描写はまことに映像的で、その光景には既視感があると錯覚させられるほどだ。

 わたしの入院した病院では、4階のがん病棟と、どの階の病棟にもあるスタッフステーション近くの個室が入院患者たちの何とはなしの畏怖の対象だった。

 ああ、病院から無事に帰れてよかった。だが、次の入院、そのまた次の入院ではどうなりますかね――と作者は警告していよう。

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2008年9月12日 (金)

体調はまあまあ

まだ本調子ではありませんが、眠れたので、だいぶよくなりました。
朝、目が覚めたときに寝ぼけて「検温のとき、看護師さんに夜中気分が悪かったことをお話ししよう」なんて、思いました。
退院して1週間近くになるのに、どうしたことでしょう。
入院中は安定していた体調も、すっかり入院前の不安定さに戻ったようです。
まだ自分を、創作するに必要な状態にまで持っていけません。焦らず、ぼちぼちと思っています。

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携帯からです

暑い中の外出が祟ったのか、現在は日付が変わって少し経った頃ですが、吐き気がして気分が悪いです。
疲れて料理はできなかったものの、娘が買ってきてくれた弁当を食べるまでは普通でした。
生検の結果が水曜日に出るとわかっていれば、入院を延ばして、念のために受けておいたほうがよいらしい2つの検査を受けて退院できたのですが。

この吐き気は血圧が下がったためなのかどうか……やはり血圧計を買ったほうがよさそう。
明日あたり循環器クリニックを受診するつもりでしたけれど、来週に延ばそうと思います。

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2008年9月11日 (木)

もはや奇病?

今日は病院でしたが、わたしの病気はもはや奇病といってよいものではないか、という気がしてきました。
それに当てはまるかどうかはともかくとして、先生がアメリカの文献から(参考までにとおっしゃって)ある症例を音読しつつ、訳してくださるのに耳を傾けていると……。
今はまだ外出中ですので、帰宅後にまた書きます。

それにしても、今日は暑いですね! 残暑というには暑すぎて、これからまた真夏に突入するのではないかと思えるほどです。

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2008年9月10日 (水)

生検の結果~やはり良性の骨腫瘍

 午後2時頃、脳神経外科の先生からお電話があり、入院中に摘出したコブ1号(というのはわたしの命名)の生検の結果が帰ってきたというお話でした。

 先生がおっしゃるには、思った通り、骨腫という良性の骨腫瘍だったそうです。

 これで、コブ1号は少なくとも、副甲状腺とは無関係であることがはっきりしたわけですね。それなのに、副甲状腺にも腫瘍らしきものがあるなんて。コブ騒動がなければ、この副甲状腺の腫瘤が見つかることはなかったでしょう。

 コブ1号だけしかわたしの体に存在しなかったのであれば、めでたい話で終わったところですが、これも生検に出す前から予測されたように、話は振り出しに戻ったともいえます。

 まあ本当のところは生検に出さなければ正体がわからないとはいえ、コブ1号の正体がわかったことで、他のものも良性の腫瘍である可能性がより濃くなったといえそうですから、慌てることはなさそうです。

 明日の午前中に、脳神経外科を受診することになりました。

 同じ日に整形外科も予約して受診するように、とのことだったので、整形外科外来に電話しました。

「K何先生ですか? お二人いらっしゃいますが」と、電話に出た看護師さんにいわれ、慌てました。K先生は、いつからお二人になられたのでしょう? とっさには、下のお名前が出て来ません。

「男の先生ですか、女の先生ですか?」と看護師さん。
「男の先生です」とわたし。
「では、部長のK先生のほうですね」と看護師さん。
「K先生がお二人いらっしゃるとは、知りませんでした」とわたし。
「ええ、今は女の先生もいらして、K先生がお二人になられたんですよ」と看護師さん。
 何だか、K先生が細胞分裂でもしたようないいかたですね。 

 その部長のK先生は11月まで予約がいっぱいで、1人入る余地もないとか。入院中に外来で診ていただいたとき、受付に電話がかかってきていて、同じようなことをいわれていましたっけ。他の病院なら紹介できるといわれていたその人がどうしたかまでは、知りません。

 先生の外来日であれば、いつでも受診できそうな脳神経外科と比べ、整形外科は大忙しのようです。頭の腫瘤が良性とわかったので、受診はすぐではなくてもいいような気がしますが、一応先生には脳神経外科と同じ日に――といわれたと、電話の看護師さんにお話ししました。

「それでは、先生にそのようにお伝えしておきますから、明日の受診になるかどうかはわかりませんが、脳神経外科を受診なさったときに――お隣ですから――受付にいらしてください」といわれました。

 入院中、8日にオープンになるレストランのことが話題になっていました。広さからして、レストランというより、軽食喫茶という感じでしたが、ちょっとのぞいてみようと思います。  

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カフェラテ

カフェラテ
「退院したら、デパ地下のカフェへ行こうね」というのが、娘との合い言葉でした。
昨日、それを果たして、満足でした。
娘は、仕事から帰ってきたときに「わあ、ママがいた。よかった!」などと、いいます。
わたしが帰ってきたのは夢で、本当は病院にいるのではないか、という不安に駆られるのだとか。
大した入院でもなかったのにオーバーだな、と思いますが、久しぶりにシャバで飲むコーヒーは新鮮に感じました。
とはいえ、娘とは逆にわたしには早くも、病院での出来事が夢であったかのように現実味がありません。二つの世界が違いすぎるからでしょう。
尤も、デパートから帰る途中、左股関節が痛み、帰宅後には左膝が痛んで湿布をベタッと貼る段になると、とたんに暗い気持ちになり、出てきたばかりの病院の建物の記憶がホラー映像のように迫ってきたりします。
もはやわたしにとっても娘にとっても病院というところは、不具合を改善してくれるところというよりは、楽しくない生々しい現実を突きつけられるところとしてインプットされてしまったようです。

昨日、病院からの請求書と生命保険会社からの書類が届きました。
わたしは妻型での加入なので(入院するなら今のうち)、夫の6割しか出ず、手術も生検術だったので、この分に関しては期待できませんが、入院に関しては1日目からまるまる出ます。病院からの請求も高くはなかったので、旅行に出かけたよりは安くついた、といったところでしょうか。
ふた月に跨ったところが、もったいなかったかな。跨っていなかったら、トントンだったのに。
それは入院が設定される際に気づいていたことでしたが、パソコン画面のびっしり詰まったスケジュール表を先生と一緒に覗いたりしたあとでは、月初めからの予約にしてください、などとはいえたものではありませんでした。

今回の入院に関しては、複雑な感情を 誘われましたが、娘の家事能力を確認できたという点ではよかったと思っています。
将来の不安の一つが消えました。

さて、今週末から来週初めには、人騒がせな種瘤の生検の結果が帰ってくるでしょう。
骨からできているとわかるだけ、という問題解明にはつながらない結果を先生方は一番に予測なさっています……。

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2008年9月 9日 (火)

2008/09/08の夕飯∥大豆と野菜のスープ煮

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 9月8日の夕飯は、刺身、ほうれん草とベーコンのにんにく風味ソテー、大豆と野菜のスープ煮でした。

 検査入院していたため、久しぶりの夕飯の記事の更新です。昨日は、夫が買い物に行ってくれました。

P9050039_8 P9050055_5 ほうれん草とベーコンのにんにく風味ソテーは、「週刊 服部幸應のしあわせクッキング83号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)の中の菜とベーコンのにんにくソテー』を参考にしたものです。ほうれん草はさっとゆがいて使いました。

 レシピをご紹介します。材料は4人分です。

∥小松菜250g|ベーコン50g|にんにくのみじん切り小さじ1|オリーブ油、塩、黒こしょう∥

  1. 小松菜は洗って水気を切り、3cm長さに切る。ベーコンは1.5cm幅に切る。
  2. フライパンにオリーブ油大さじ1とにんにくを入れて火にかけ、ベーコンを加えて炒める。
  3. 香りが立ったら小松菜を加えて炒め合わせ、塩、こしょう各少々で味をととのえる。

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 大豆と野菜のスープ煮も、服部先生のレシピです。固形スープとトマトケチャップで簡単にできるとは思えない、ゆたかな味わいです。時間がないときに如何でしょう。

 レシピを、前掲の雑誌からご紹介します。材料は1人分です(4人分ではありませんので、ご注意ください)。

∥大豆(水煮缶)30g|ブロッコリー30g|玉ねぎ20g|にんじん30g|固形スープ、トマトケチャップ∥

  1. 大豆はざるにあけて水気をきる。ブロッコリーは小房に分けて電子レンジでやわらかくする。玉ねぎはくし形に、にんじんは小さめの乱切りにする。
  2. 鍋に水1カップを入れて火にかけ、沸騰したら玉ねぎとにんじんを入れてゆで、アクはとり除く。
  3. 野菜がやわらかくなったら、固形スープ1/2個、ケチャップ小さじ2で味つけし、大豆とブロッコリーを加え、一煮立ちさせて器に盛る。

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2008年9月 8日 (月)

ガブリエラ・ミストラルの詩『病院』をご紹介

 わたしは入院中(※当ブログの左サイドバーにあるカテゴリー〔入院〕をご参照ください)、創作どころかろくに読書もしませんでした。深刻な入院ではなく、短期間の検査入院にすぎなかったとはいえ、入院中には死んだ人があったり、重病者を見たりもしたにも拘らず、それが作品につながりはしませんでした。

 チリの国民的詩人ガブリエラ・ミストラルはさすがです。

 入院体験がもとになっていると想像される『病院』という悲痛な、引き締まった詩を書いています。田村さと子編・訳「ガブリエラ・ミストラル詩集」(小沢書店、1993年)から、以下にご紹介したいと思います。

 訳註に、この『病院』は「ラガール」という詩集の中の〈戦争〉という章に収められていた、とあります。

   病院

その白さがくらくらさせる
強風が入りこんでこないように造られた
漆喰の壁のかげで、
わたしが触れたことのない熱があらだっている、
喪くした両腕が血を滴らせながら ぶらさがっている、
船乗りの目がみつめている、不安げに。

ベッドで人びとは耐えている、
内張りの下の 多くの白い金属的な声を、
ひとりひとりがわたしと同じことを
つぶやいている、苛立ち、すすり泣きながら。

ある男が死ぬ 生皮を剥ぐほどの
訴えを秘めたまま、
ひと晩中、顔をむかいあわせて
わたしは耳を傾けていた。

わたしの気づかないものがおちてゆく、
わたしの苦悶の水にむかって、
わたしが支えきれない いくつもの背が、取りあげきれない 嬰児たちの群れが倒れおちてゆく、
そして やってくるのだ わたしの判別できない
絞り器で圧搾された いくつもの肉体が。

わたしたちはいっしょにいる ひと叢の草のように、
ポプラの木々のように 耳をすませて、
けれども 隔たっている ガイアとシリウスよりも、
紅の雉とみすぼらしい沼狸よりも。
なぜなら わたしにもかれらにも
鎧に身を固めて、
両腕を差し伸べさせない、
焦がれるほどの愛をも拒んでいる堅固な壁がある。

白い着衣の看護夫は
非のうちどころなく、
わたしを幼な児のように見守っていてくれるけれど
負傷者たちを見舞うことも
傍にゆくことも許さないまま
なだらかな背を見せている。

聾者は願っている ゆきくれたわたしたちみんなが
共に わたしたちだけで生きることを、
わかりあって 模索しながら、
白くて丸い迷宮の中で、
今日も昨日と同じい酔いどれの
繰り言と変わることなく、
夜のもうひとつの歌から
いくつもの不安げな頸がのぼり、
また 奇跡をおこす者と気のふれた子供が、
わたしを錯乱した女と呼んだとしても。

『ガブリエラ・ミストラル詩集―双書・20世紀の詩人8』(田村さと子編訳、小沢書店、1993年)

ガブリエラ・ミストラル関係の記事一覧:06.10.2 10.21 07.2.14 6.7 9.5 10.31 

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2008年9月 7日 (日)

退院③「退院診療計画書」「予約票」

 退院した昨日は、入院時に持っていった荷物の片づけに追われました。今日から夕飯を作りたいと思っています。わたしも家族も好きなハンバーグを作る予定。

 冷蔵庫が空っぽに近いので、娘に買い物を頼みました。それからの夕飯作りなので、遅い夕飯になりそうですが、久しぶりの夕飯作り、何だかどきどきします。

 手術中は別として、入院中、喘息の発作がほとんど出なくなり、心臓の調子もよかったので、その理由を考えてみました。

 第一番に挙げられるのは、規則正しい生活=きちんとした食事=決まった時間の服薬ではないかと思うのですね。

 規則正しい生活、きちんとした食事は退院後の今、早くもいくらか乱れていますが、服薬だけでも決まった時間に行いたいと思っています。

 適切な室温・空気管理、安静なども大きいと思いますが、シャバに出た以上、これらを入院時のレベルに保つのは難しいでしょうね。要は、これまでのようにざっくばらんな生活ではなく、もう少し注意深い生活を送ることでしょう。

 9月5日付で内科の主治医から出された「退院診療計画書」から、主なものを記録しておきます。

退院後の計画|定期的に外来で検査を受けてください。次回の内科の外来予約日は、10月30日です
退院後の療養上の注意点|運動はきつくない程度にしましょう
その他|傷の痛みや関節の痛みが増強しましたら、早めに受診して下さい

 「予約票」は、次のようになっています。

2008年10月20日|10:30~11:00|CT検査|放射線科へお越しください
2008年10月27日11:00~12:00|Dr.K|整形外科受付へお越しください
2008年10月30日|                   |検体検査|内科|中央処置室へ予約票を出してください。診察前に検査があります
2008年10月30日12:00~13:00|Dr.U|内科受付へお越しください
2008年11月17日13:00~14:00|Dr.K|整形外科受付へお越しください

 予約票の記載は来月以降のものになっていますが、今月は脳神経外科へ、頭の腫瘤の生検の結果を聴きに行かなければなりません。いつ結果が出るかわからないため、事前に電話するようにとのことでしたが、16日頃にでも、電話してみようと思います。

 そして、脳神経外科へ行く日に、整形外科も受診するようにとのことでしたので、忘れないように、そちらの予約もとるようにしなければなりません。

 今月は循環器科クリニックの受診もあり、入院中のことはご報告することになっています。何にしても、コブの件が落ち着かないと、気忙しいです。

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2008年9月 6日 (土)

退院②

退院②

 午前10時頃に退院して自宅からですが、携帯からの更新です。

 土曜日の退院なので、スタッフが少なく、あまり挨拶できないだろうと思い、前日から出会う看護師さんに片っ端からお世話になったお礼を言っていたのですが、それで正解でした。
 問題を残しての退院なので、どの看護師さんも「気をつけてね」とか「お大事に」とかおっしゃいました。
 ドクターには、内科、脳神経外科、整形外科の外来でまたお目にかかることになります。

 ずっと一緒に助け合って楽しく過ごした69歳の女性Kさんは、わたしが「さようならを言いたくないから、Kさんがお風呂に入っている間に帰るかもしれない」などと言ったばかりに、髪も洗わずに驚く速さで入浴を済ませ、廊下で看護師さんに「まあKさん、随分早くあがったのね」などと言われていました。
 そして、いいと言うのに荷物を持ってくれたりしてタクシー乗り場まで見送ってくれました。
涙ぐんでいたので、わたしも泣きそうになりました。
 彼女は頻繁にではありませんが、入退院を繰り返しています。わたしもまた入院する可能性はありますけれど、そのときは内科ではなく、脳神経外科か整形外科で階が違うでしょう。
 親分肌で義理堅く社交的な女性ですが、反面寂しがりやで可愛らしい人です。獅子座だそうで、どことなくファミリー的感触を受けたのは母も獅子座だったからかもしれません。
連絡先を教え合い、そのうちデパ地下のカフェで落ち合ってコーヒーを飲みましょう、と約束しました。

 マンションの玄関で出くわした管理人さんにしばらく留守にしていたことを話し、わが家へ。
 病院では6人部屋のベッドが減って4人部屋になり、さらにはそこを最後の頃は2人で使っていたわけですから、だだっ広い感じでした。
 自宅に入り、うちって、こんなに狭くてごちゃごちゃしていたかしら、と驚きました。
でも家族は奮闘してくれたようで、流しもトイレも綺麗、掃除機がかけてあり、ゴミも処理されていました。

 わたしは室内物干しの洗濯物をベランダに出してとり込み、畳んで、持ち帰った汚れ物を洗っただけですが、疲れました。

 写真は娘のプレゼント、スティッチ。ティッシュ入れです。

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退院①

退院①
新しい病棟の廊下から、日の出が拝めます。
同室の糖尿病の女性と、お日様を見ました。
少し雲がありましたが、よく見えました。写真は、よく撮れませんでしたけれど。

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2008年9月 5日 (金)

入院25日目②

16:40 泌尿器科受診
副甲状腺の裏側かリンパ辺りに、何か腫瘤があることは確かだそうです。サイズは小さなものだそうですが、副甲状腺にできる腫瘍はそんなものだとか。
副甲状腺ホルモン値は2回同じ検査法でいずれも高く、次いで別の検査法では正常でした。後の検査法の方が信憑性が高く、また骨シンチでも異常な副甲状腺ホルモンの分泌を思わせるような結果は出ませんでした。
よって骨の腫瘤とは無関係と思われ、腫瘤を摘出しても何も変わらない可能性のほうが高いので、手術はしないほうがよいとのことでした。
今後、この腫瘤が大きくなるかどうかはわからないそうです。

退院に当たって出された「退院診療計画書」「予約票」のことも記録しておきたいのですが、どうやら今夜は時間切れ、消灯の時間です。
続きは自宅のパソコンからになるでしょう。
おやすみなさい。

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入院25日目①

入院25日目①
写真は、今回の入院における最後の晩餐です。
退院がはっきりしてきた数日前から、また完食するようになりました。
気分的なものだったのか、どうにも食べられないと嘆いていた夕食が、入院仕立ての頃のように、まあまあじゃないの、と思えるようになったのです。
よほど入院生活に倦怠感が募っていたのか、たまたま嫌いなおかずが続いたせいなのかはよくわかりません。
メニューにムラがあるような気はします。食べられなかった期間に、同じ魚や味付けが多かったのは確かです。

9:40 体温=36.5℃ 酸素=97 脈=75
血圧は忘れましたが、低めで、いずれも退院に相応しい数値でした。

9:50 主治医が病室の入口に突っ立ったまま、こちらをご覧になり、
「Nさん、明日退院だったよね」
「はい」とわたし。
先生は「いや、その確認にね」とおっしゃって、片手を上げられたので、わたしも思わず片手を上げかけ、「ありがとうございました」といって、慌ててお辞儀をしました。
またあとでいらっしゃいましたけれど。

13:50 皮膚科受診
左耳の痒みは湿疹ということで、リンデロン軟膏が出ました。綿棒で薄く、1日2回ほど塗るようにとのこと。
ステロイドは苦手と匂わせたのに。
お尻の痒みは、陰部そう痒症というもので、痒みが強い割りには皮膚は綺麗なのだそうです。これには薬は出ませんでした。
ネットで調べたところ、原因は、婦人科疾患や更年期によるものであるようです。
ホブヘアーにした若い女医さんで、寝不足なのか大きな目が血走って見えました。可愛いといえないこともないけれど、ちょっと爬虫類を連想させる容貌。

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2008年9月 4日 (木)

入院24日目②

土曜日に退院できそうです。

というのも、脳外の先生が検査センターに問い合わせてくださったところ、わたしの腫瘤はまだホルマリンに浸かっている状態で、これからバラして砕いて……という作業に入るのだとか。
で、結果が出るのは早くて来週の木曜日、遅ければ再来週という気の長い話になるそうです。
明日、皮膚科と泌尿器科の受診が予定されているので、明日の退院は無理かもしれないと思いましたが、この病院は土日でも退院可能です。支払いは後日ということになりますが。
16:40に主治医がいらしたので、土曜日に退院できないかお尋ねしてみたところ、
「いいですよ。皮膚科と泌尿器科の結果がよければ、退院にしましょう」ということでした。
夜、夫と娘に荷物の半分くらいを持って帰って貰いました。
娘は、今日はユーハイムのケーキを買ってきてくれました。デイルームで生シューを食べながら、病院でのこんな(ちょっと物悲しい)お茶も最後だと思いました。それにしても、太ったんじゃないかしら。体重測定のある日曜日前に退院できるのは、ラッキーです。

午後、脳外の先生から傷の手当てをして貰い、ガーゼが外れました。
わたしはハゲ隠しがなくなったことに動揺を隠せませんでしたが、先生が髪をハゲに持っていきながら、
「髪の毛で隠せるよ。ピンで止めておけばわからない」とおっしゃるのです。
看護師さんも「いける、いける!」と力強くいってくださり、恐々鏡を覗いてみて、本当に隠せることがわかりました。
ただ、外出時には帽子を被ったほうが無難でしょう。
入浴の許可も出ました。シャンプーを使わなければ、洗髪もOKということで、さっそく入浴しました。
傷にはなるべくシャワーを当てないようにしましたが、思ったより沁みませんでした。ドライヤーで乾かしていると、同室の糖尿病の女性が洗面室に来て、
「ドライヤーかして。乾かしてやるわ」といって、髪の毛をふんわり整えてくれました。

傷はよくなったはずなのに、やはり夜になると時折ズキーンと痛みます。昼間、そのことを先生に訴えたら、様子を見ていていいということでした。
今夜は、痛み止めのロキソニンだけ服用して休みます。
おやすみなさい。

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入院24日目①

昨夜は、足がぴくぴくしてマイスリーを飲んでいても眠れず、ロキソニンを飲んでいても頭の傷痕が時折ズキーンと痛み、寝苦しい夜でした。
そのせいで、だるくて本を読む気にもなれず、
(_ _).oO

10:30 看護師さんにドライ・シャンプーをして貰いました。入浴は、脳外の先生の許可が出てからとのことです。

昨夜は娘がモロゾフのバナナチョコケーキを買ってきてくれ、例の閉まった売店前の長椅子で素敵なひとときを過ごしました。
仕事、家事、見舞いと踏ん張ってくれている娘に、退院が延びた償いをしなくてはなりません。夫もまずまずやってくれているようです。

明日帰れるつもりだったので、帰ったらまず気になっているベランダやトイレを見て、家事は次の日くらいからゆっくりしようと考えていました。
それが数日延びるだけですけれど、何だか拍子抜けしてしまいました。
読書や創作は、思うようにできません。現在、わたしのいる大部屋は3人で、午後には2泊3日のリウマチ治療で入っていた55歳の女性が退院です。静かに時間が流れていますが、案外、まとまった時間を確保できません。ここはホテルではなく、病院なんだなあと改めて実感しています。尤も、ここでの体験が先で創作に役立つこともあるでしょう。

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2008年9月 3日 (水)

入院23日目②

退院が来週に延びそうです。
面会時間が過ぎた20:30頃、主治医がいらして、頭の腫瘤の生検の結果が出てから帰ることになったためです。
その結果が出るのが、脳外の先生によれば、来週の月曜日か水曜日ということです。
水曜日以降に延びるようであれば、帰らせてくださいといいましたので、遅くとも水曜日には帰れるでしょう。
退院後も、副甲状腺に関しては内科(内分泌科)で経過を見ていくことになるそうで、それは泌尿器科との連携になるため、入院中に泌尿器科も受診しておくことになりました。

16:30に頭の抜糸は(予定より早く、今日)終わりました。
早くも、ぽわぽわ髪の毛が生えてきていますが、傷痕は案外長く、ハゲは大きく、当分は帽子のお世話になることでしょう。ちょっと触れても痛いので、洗髪は仮に許可が出ても怖く感じるでしょうね。

記録が前後しますが、
15:30 整形外科、受診。
股関節、両手には、レントゲンで異常は見つかりませんでした。
右膝皿上の腫瘤、皿の下の隆起、左膝皿下の隆起はおそらく頭の腫瘤と同じもので、骨腫だろうということでした。
一番差し支えのない右皿上の腫瘤を、もう少し大きくなった時点で生検。3〜4日の入院が必要とのことです。

抜糸したので、少し痛みます。22:00にロキソニンとマイスリーを各1錠服用して休みます。
おやすみなさい。

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入院23日目①

入院23日目①
写真は、昨日のシーツ交換直後のさっぱした、如何にも病院らしいベッド。白いベッドパッドもきちんと交換されています。
今日は午後、整形外科の受診が予定されています。レントゲン写真では両膝に小さな塊がちらほら写っていましたが、詳しく写るCT画像ではどんな風でしょう?

ところで、ネット散策時に嬉しいことがありました。
時々訪問させていただいていたココログブログ『ママ入院!パパ大変!』では、奥様の経過が順調だということで、最後の更新をなさっていたのでした。
気になってつい訪問してしまうわたしでしたが、管理人様の一生懸命なサポートぶりやおしゃまなお嬢さまとの二人三脚ぶりがすばらしく、また微笑ましくて、教わることも多かったのですね。
晴れて、ブログ『ママ入院!パパ大変!』をご卒業というわけでしょう。おめでとうございます。今後の管理人様、ご家族のご多幸をお祈り申し上げます。

入院の話題に戻りますと、食欲不振のおばあちゃまが退院です。
昨日は輸血をしていました。トマトジュースそっくりですね。輸血をしたからといって、ムラムラ元気になるわけではないようで(吸血鬼みたいなわけにはいかないようです)、「いくらかは違うわね」程度だそう。退院する自信がないとおっしゃるので、心配です。

9:00 主治医の回診。
整形外科受診の確認でした。「整形外科の受診は遅くなるかもしれないよ」と先生。
「お客さんでいっぱいですものねー」と、うっかり患者さんをお客さんといい間違えたわたし。
「あははは〜お客さんー」と先生は笑いながら、白衣の裾を翻して行っておしまいになりました。
看護師さんがたが畏敬する内科部長U先生ですが、わたしとの組み合わせでなぜかコミカルな場面が生じがち。

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2008年9月 2日 (火)

入院22日目②

昼間、売店へ新聞を買いに行った。毎日とサンケイスポーツしか残っていず、毎日を買った。
クールビューティーと呼びたい41歳の美人の看護師さんや糖尿病の女性と福田首相辞任の話で盛り上がった。
携帯コーナーから息子に電話。息子は大学の研究室にいたが、話せるというので話す。
息子は、腫瘤の原因がわからないと不安だという。わたしも同じだが、この件は手短に済ませたかったので、政治のほうへ話を持っていった。
バックに乏しい麻生が首相なるチャンスは今しかなさそうだが、自民はその麻生で選挙を闘うつもりだろう、という見方で息子と一致。が、自民は勝てないのではないか、次は民主か。
わたしは、まとまりがなく観念的な民主に政権交代することは不安でたまらない。息子はわたしよりは楽観的で、今なら民主には旧自民の人材がかなり残っているし、自民のほぼ一党独裁といった現体制が続くよりは、民主との間で政権をキャッチボールしながらやっていくほうが大企業に政治が支配される事態を防げるのではないかという。アメリカの大統領選についても話した。
民主党のオバマに何とはなしの不信感を抱いていることでも、息子と一致。彼は日本を犠牲にしそうな予感がして仕方がないのだ。政治経験の乏しさも、大きな不安材料。

入院の記録に戻ると、
19:10 看護師さんによるガーゼ交換。手術痕を見た。綺麗。が、ハゲはかなり大きい。

このあと22時に、頓服の痛み止めロキソニン、安定剤マイスリーを各1錠服用して就寝する予定。おやすみなさい。

書き忘れていたが、31日に妹が心配しているとのメールをくれ、腫瘤の原因がはっきりしてから返信しようとして忘れていたことを思い出し、慌ててメールした。冷たくなったのは、どっちだか。
妹からのメールは嬉しいが、ブログを通じて知り合ったある方からのメールには、ずいぶん励まされてきた。本当にありがとう!

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入院22日目①

昨夜、福田辞任表明の件で息子とメールを交わした。
そのうち、手術後はまだ声を聴いていないから聴きたい、とメールしてきた。就寝後だったので、明日かけると返事した。
9:30 主治医の回診。「皮膚科は金曜日になるけれど、いいですか?」と先生。
皮膚科のことは、昨日看護師さんから知らされていた。
抜糸予定の金曜日は退院予定の日でもあるのだが、入院患者の受診は外来患者が済んだあとになることが多く、下手をすると、夕方になってしまう。早めに受診できるように頼んだほうがいいかもしれない、とのこと。
「昼食は食べて帰るでしょう?」と看護師さん。「食べずに帰ります」とわたし。
「皮膚科の受診が遅いと、おなかが空くわよ」と、なおも看護師さん。
「売店でパンを買いますよ」と、あくまで病院食はノーサンキューの姿勢のわたし。
早く退院しないと、栄養失調になっちゃう。
ごはんと海苔の佃煮とお菓子で生きている。われながら大人気ないと思うが、病院のおかずを本当に受けつけなくなってきた。何とか半分は食べようと努力するが、それで限界。今朝も出た、煮付けだか蒲焼きだかわからないひどく湿った醤油味の魚。同じ味付けの湿ったチキンも、よく出る。これが特に苦手。こんなこといっちゃいけない。何て、わがままなんだろう!
優等生患者からサイテーの患者に転落して、退院だわね。

10:00 看護師さんにドライ・シャンプーをして貰う。
「髪の毛、だいぶサラサラになりましたよ〜。もっと綺麗にしてあげたいけれど、傷に近づくと痛いでしょう?」と看護師さん。
そう近づくと、滅法痛いのだけれど、ドライ・シャンプーは気持ちがいい。市販のものが使われている。風邪なんかのときにも、よさそう。

午後、シーツ交換と下肢の単純CTがある。

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2008年9月 1日 (月)

入院21日目④福田首相辞任表明

記者会見における福田首相の言葉は、その政策と同じく浮いていた。

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入院21日目②

入院21日目③
お菓子をテーブルいっぱいにひろげて、その中のブルボンの『五穀のビスケット』を頬張っていたところへ、突然の主治医の入室。
いつも主治医は、間の悪いときにいらっしゃいます(とても病人には見えないだろうから、追い出されても文句はいえないー)。

午前中に19歳の女性が退院して行き、残る3人でおやつにしていたところだったのです。
おやつといっても、わたしを除けば、食事制限のある糖尿病の女性と食欲不振のおばあちゃまですから、食べる分量はしれたものです。
でも、3人で食い散らしていたように見えたかも……。

糖尿病の女性は病歴が長く、自宅で低血糖を起こして意識をなくしていたところを発見され、救急車で運び込まれたそうです。
真面目な女性で、毎日開かれる糖尿病教室、ビデオを欠かさず、メモ魔で、わたしはいつも感心しています。
そんな彼女の唯一の楽しみは、おやつを買いに行くこと。カロリーの少ないものを、時間をかけて選ぶのを楽しみにしているのですね。
この日彼女が選んだおやつは、ノーシュガーのボトル入りコーヒーと写真のビスケット。自分では少ししか召し上がらず、残りはわたしのおなかに入ったりします。
そのビスケットとおばあちゃまからいただいた酢昆布と自分で買ったサラダプリッツをサイドテーブルにひろげ、どれをおやつにしようかと熟考の末にビスケットをチョイスしたところへ主治医がお見えになったのでした。
「耳垂れが出たって?」と先生。
「耳の穴の湿疹を掻きこわしたためです」とわたし。
「じゃ耳鼻科というより皮膚科だな」と先生。

16:15 ガーゼ交換。
とめていたホッチキスみたいなもの3本を抜いて貰い(まだあります。あと3本)、髪にへばりついてなかなかとれない血糊を拭いて貰いました。
ホッチキスを抜いて貰うのは痛く、ブルルと震えました。
ネットは外し、手術痕のある円形のハゲを大きなガーゼで覆って、四隅をピンでとめているだけです。これがあの苦闘の跡だなんて……。早い回復ですね。
娘が、秋らしい茶のシンプルなやわらかい素材の帽子を買ってきてくれました。それでハゲを隠して、めでたく退院となるでしょう。

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入院21日目①

6:30 見回りに来た看護師さんに、痛み止めと湿布が切れたことをいう。耳鼻科で左耳を診て貰いたいことも一応いったが、こういう些細な部類のことは忘れられたりするので、あまり期待しない。

退院が近づいたとたん、気が緩んだのか、病院食に我慢ができなくなってきた。何だかはっきりしない献立が多すぎる。
例えば、今朝の甘い薄味のきんぴらゴボウには千切りのピーマンが入っていて、全体に柔らかくごま油の風味はなし。
どれに入っていようが、ワカメは水分を含みすぎてどろどろだ。
昨晩のカツが、議論を巻き起こした。トンカツなのか、チキンカツなのかが誰にもどうしてもわからないのだ。トンにしては歯ごたえがなく、脂身も見当たらず、トンならではのこくのある味がしない。チキンにしてはジューシーさがなく、チキンらしい味がない。いずれにしても、衣はついているものの、油でカラリと狐色に揚げられた香ばしさとは無縁のシロモノ。サラダなのか酢の物なのか、不明のシロモノも多い。
キャベツとニンジンの千切りにツナ、マヨネーズの風味がするようなしないようなところはサラダだが、これに小松菜が入っていて相当に甘酸っぱく、水っぽいとなると、酢の物なのかも……とも思う。
でも、食事のときに体が全く疲れていない快適さは病院生活の恵みだ。
家でも外食のときでも、いつも疲れきっていて、食べる前からお腹が張っていた。そこへ美味しいものを詰め込むものだから、狭心症の発作を起こしたりした。そんな生活が戻ってくるのだ。
わたしには少しついて行けない、一般人の世界へ戻る日ももうすぐ。

退院に喜びと不安を覚えるのは、全快して退院する人以外は皆、同じもののようだ。

9:00 主治医の回診。
明日受ける整形外科でのCTの結果を退院前に訊きたいというと、「3日に整形外科を受診できるようにしましょう。あとは、頭の生検の結果が出てから、また……ね」と先生。
「5日、抜糸後に退院できるんですよね?」と、念のために訊いた。
「その方向で検討しています。まだ他の先生がたと話してみないとわからないけれど」と先生。
わたしの退院にストップをかける先生は、いらっしゃらないだろう。

支払いに備えて、1階にあるATMを見てこよう。シティもぱるるも使えないと同室の人がいっていたけれど、支払いのために出直すのは億劫だなあ。〔※あとで、複数の銀行、ぱるるが使えることがわかった。説明がないために、表示してある2銀行しか使えないと思っている人は多い。〕

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