« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月の77件の記事

2008年8月31日 (日)

入院20日目②

入院20日目②
薄型で場所をとらないCDラジオも、今回の入院で活躍してくれました。4,000円弱でした。
特に手術などのイベント(?)を控えている、音楽など制限されていない病人にはおすすめです。何かと心細い手術前夜をお好みのCDでドラマティックに演出しましょう(?)。
わたしは片耳が外耳炎気味なので、耳の穴に入れ込むイヤホーンが苦手です。それで、耳を覆うタイプにしてはコンパクトかつ音が外部に漏れにくいイヤホーンを求めました。1,500円だったかな?
テレビも、このイヤホーンで聴いています。

わたしが入院している病院は、就寝が午後9時、消灯が午後10時、テレビか午後11時までです。
音楽タイムもテレビタイムもたっぷりあるので、前掲の2つのグッズには大いにお世話になっています。

9:20 脳外の先生の回診がありました。わたしは昨夜眠れなかったため、マイスリー5mgを出して貰い、効かないなあと思いながらも、眠ったようでした。朝食後もいつになく寝てしまい、先生がいらしたときも、声をかけられるまでわかりませんでした。
先生が笑ってこちらをご覧になっていたので、慌てました。ネットがずれないように、四隅をヘアピンでとめるようにと注意を受けました。
額の打ってできたような瘤のことは、 訊きそびれてしまいました。
「あんたの先生、花柄の可愛らしい紙袋持ってたな。どこへお出かけかな」と、糖尿病の女性。
そういえば、今日は日曜日。先生は花柄の紙袋を手に、嬉しそうにどこかへお出かけです。
先生は45歳ぐらいでしょうか。妻帯者か子持ちかは知りません。あまり、その類の噂話はしませんから。

11:30 看護師さんの見回りのときに、2日に整形外科で撮るCTの結果をいつ聴けるか確認してほしいと頼みました。
過日撮った股関節レントゲンの結果も聴いていません。結果の良し悪しとは別に、説明はきちんとしてほしいな。苛々しちゃう!
方言丸出しの整形外科の先生は、内科の主治医によると、佐世保出身だそう。あの佐世保弁に呑まれないようにしなくては……。

14:30 おしぼり。桃は顔、上半身用。青は腕、脚用。黄は下用。各2枚ずつ。おしぼりをフルに活用して、さながら毛繕い。
「Nさんに出ている許可は、トイレだけですねえ」と看護師さん。えっ?

|

入院20日目①

1:20 頭の傷の痛みと痒み、その合間に膝が痛み、全く眠れなくなりました。
入院して初めての自発的なナースコール。看護師さんが飛んできました。狭心症の発作と思ったのではないかしら。
軽い安定剤を出して貰いました。
わたしの主義には反しますけれど、ここで体力を落としたくないのです。何としても、眠りたい。安定剤は手術中も使われましたが、自発的使用は高校生のとき以来です。さて、眠れるかしら。

関連記事:精神安定剤の思い出(当ブログ⇒こちら及びホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」〔エッセー〕⇒こちらにあります)

|

2008年8月30日 (土)

入院19日目③

見舞ってくれた娘と例の穴場でお茶して見送った帰り、エレベーターの中のでふと自分の顔を見、ぎょっとしました。
わたしの額、こんなに出ていたかしら?
頭の傷に気をとられていたせいか、気づきませんでした。
病室に帰り、食欲不振の可憐なおばあちゃまに明るい場所で見ていただきました。
「あらあー、ずいぶん腫れているわよ。痛くないの?」とおばあちゃま。
その部分はいくらか黒ずみ、出っ張りを形成しています。
手術中は何が何だかわからなかったので、そのときにできた瘤でしょう。骨の腫瘤ではなくて、打ってできるような普通の瘤。
21:20見回りにきた看護師さんに、そのことを話すと、覚えておいて月曜日のガーゼ交換のときに話すようにとのことでした。
それまでには、治るかもしれませんけれどね。額全体で瘤を作るなんて。土木工事みたいな手術だったから、こんなこともあり、でしょうね。
あーあ、瘤のオンパレードですよ。

おやすみなさい。

|

入院19日目②

来月の5日、金曜日に退院できそうです。
25日間の長い入院になりましたが、予定が最長4週間というものでしたから、予定内の退院ですね。
尤も期間だけが予定通りで、喉切らなかった割には長い入院だったし、副甲状腺の腫瘍をとれば、複数ある骨の腫瘤の成長が止まるばかりか長年の頻脈も治まり、全ての不都合を一掃できるという楽観的観測は幻想に終わりました。
ちょっとした手術というには骨の手術は受ける側も体力を要し、この先あんな手術を繰り返したくはありません。原因をはっきりさせて退院したかったのですが、それは無理な願いのようです。

11:05 内科の主治医がいらして、「脳外科のほうの結果が出るのは、いつでしたか?」と先生。
「2週間かかるとおっしゃっていました」とわたし。
「かかるね〜。抜糸はいつ?」と先生。
「来月の5日です」とわたし。
「では、それが済んだら退院ということにしましょうか。副甲状腺ホルモンの値は検査で高かったり、正常だったりですからね、機能異常はあるのかもしれない。副甲状腺腫瘍らしきものもあると思いますが、少なくとも現時点では血中カルシウムの値は高くありません。骨の問題とは、無関係と考えてよいでしょうね。いや、医学的にいえば、わかっていないことのほうが多くて、わからなくて、あたりまえなのかもしれないな〜」と先生。
「先生、話題を医学の神秘に逸らさないでください。このところ目に見えて増えたり大きくなったりしている腫瘤が体質とか老化現象といわれても、納得できませんよー。イボやホクロみたいなものなら、わたしみたいな症状に悩む人が沢山いていいはずだと思うのです」とわたし。
話題はその後も現実問題と医学的神秘の間をフラフラし、糖尿病の女性も加わって、雑談風に盛り上がりました。
「内科的にはわからないとしかいいようがないので、整形外科のK先生に専門医を紹介していただいては如何でしょうか?K先生に押しつけるみたいで悪いけれど」と先生。
「K先生のペースに呑まれて、いい出せないかもしれません。K先生は、寝た子は起こさない方針でいらっしゃいますし」とわたし。
「それは内科でもそうですよ。寝た子は起こさないというのが基本です」と先生。
今度は話題が医療の一般論に反れそうだったので、わたしは黙りました。

とりあえずは、来月2日に予定されている整形外科でのCT検査を受け、脳外科での生検の結果を待ちたいと思っています。
紹介うんぬんの話は、それからでもいいと考えています。
幸い内科の主治医は、こちらが見つけてきてお願いすれば、快く紹介状を書いてくださりそうですし、退院後にかかりつけの循環器クリニックの先生にご相談してみようかとも思っています。

16:40 看護師さんにドライシャンプーして貰って、さっぱりしました。

|

入院19日目①

入院19日目①

大活躍中のグッズです。

スタバのステンレスタンブラー。
娘が、これを購入してカフェラテを買って来てくれました。水やお茶やジュースを入れるのにもよく、飲み口が付いているので、うっかりベッドにこぼさないかとの心配も少なくて済み、重宝しています。娘が夜の7時に買ってきてくれたカフェラテは翌朝もほの温かです。
デパートで購入したステンレスタンブラーも一旦は持ってきたのですが、持ち運びにはそちらがよさそうでも、蓋の開閉時にこぼしそうで、娘に持ち帰って貰いました。病人にはスタバのほうをおすすめします。

食事ごとに注いで貰うお茶。それには蓋付マグがおすすめです。

時計類は案外必需品です。
入院生活は時間で成り立っているからです。
「○時に、どこそこへいらしてください」とか「何時に、頓服の薬を飲んだか教えてください」といった指示がよく出されるだけでなく、食事や面会や消灯など生活面も時間で設定されています。移動しながらでも時間を確認できる腕時計があると、便利です。
また、入院中は今日が何日で何曜日なのかがわからなくなりがちなので、それらを確認できる小型の目覚まし時計はありがたい存在です。

写真に写っている薬は、今朝服用したものです。いつもの心臓の薬インデラル、ヘルベッサー、アイトロール、シグマート。
今日から7日間、朝昼晩、食後に服用する抗生剤フロモックス100㎎。頓服の痛み止めロキソニン60㎎。
まだ頭の傷が痛く、音楽を聴く気にはなれません。

|

2008年8月29日 (金)

入院18日目②

15:00 脳外の先生によるガーゼ交換。
傷口はとても綺麗だそうだ。わたしも鏡で見ようとしたが、1枚の鏡では無理だった。傷口が綺麗でも、ガーゼ交換はそれなりに痛かった。
「髪の毛に血糊が沢山へばりついているから、拭いてやって」と先生が看護師さんに指示。
指示を出されるときの先生の声は音楽的で、手術室でもそう感じた。デリケートな育ちかたをされたのだろうな、と何となく思った。
その後、新しいスタッフステーションで、午前中に撮ったCT画像を見せて貰った。
「とりきれたと思う」と先生。
確かに、腫瘤のあった場所は見事に空洞となっていた。
「空洞になったところを人工骨で充填することも考えましたが、それはしませんでした。ないことだとは思うけれど、年月が経つうちにまた下から盛り上がってきた場合とか、人工骨によって炎症が起きたりといったトラブルを避けるためです」と先生。
家族には、充填せずに閉じたので、年月が経つうちにその部分が若干凹んでくるかもしれないと説明があったそうだ。
また、家族には、腫瘤がくっきり際立っていて、周囲の骨とは簡単に区別がついたため、それを丸ごととり去ることにしたのだと説明があったという。
小さなノミでは歯が立たず、大きなノミを使ってようやくうまくいったことも家族は聴いていた。
今日も見舞ってくれた娘によれば、手術が終わって説明のために家族の前に姿を見せた先生は、手術疲れで見るからに憔悴していらしたそうだ。何しろ、土木工事みたいな手術だったからなあ。
「脳も、綺麗でしょう。出血の跡はどこにもありませんね」と先生。
昨夜、病室に何度もいらした先生は、本当に脳出血か何かを心配されていたようだ。
名を呼ばれて重い瞼を開けると、先生がベッドの脇に立って、こちらを見つめていらっしゃる。ベソをかきかけたときの、小さな頃の息子にそっくりの表情だった。
何か心配をかけていることがわかりすぎるくらいわかったので、面白いことをいって安心させたかったが、何しろ気分が悪く、目を開けていられなかった。そんなことが何回かあった。
手術するたび、どこの馬の骨とも知れない患者のために、こんな思いを繰り返さなければならないなんて、大変な職業だなと思わずにはいられない。

娘と隠れた穴場、シャッターが下りた売店の前の長椅子でお茶していると、その近くにある自動販売機に内科の主治医が飲料を求めにいらした。
「ここでお茶しています」というと「おや〜こんなところで……」と先生。

今頃になって傷の痛みを意識するようになり、眠れそうになかったので、頓服の痛み止めを飲んだ。
おやすみなさい。

|

入院18日目①

入院18日目①
ベッドの頭の辺りは、こんな具合。
ナースコールは近くに。昨日は無我夢中だったので、枕にレンジペーパーに似たものが敷かれているのも、シーツの下に防水シートみたいなものが敷かれているのも知りませんでした。
写真に吐寫物を受ける容器が写っていますが、幸い、使わずに済みました。
血圧は戻りました。心臓のトラブルもなく、「1回くらい抜いても薬は残るから、影響ないよ」という先生の言葉は正しかったみたいです。

手術中は心電図と血圧計が装着されていました。目にはアイマスクみたいなものが付けられ、喘息が出たために大きなマスクも付けられ、その上からは手術に必要な箱のようなものや、シートのようなものなど、あれこれ被せられていたため、手術風景を観察するどころではありませんでした。
時間が長引いたために、局所麻酔の追加がありましたが、手術の最終段階ではそれも切れかかり、局麻の更なる追加はわたしも嫌だったので、「平気です」といい、その代償として小さな悲鳴を上げ続けるはめになりました。途中で、右太腿の下にクッションを入れてくれ、だいぶ違いました。

下の世話になる状態になって初めて、真の意味でのベテランの看護師さんがどなたかがわかりました。
つらかった昨夜は、そのベテランのお一人に世話していただき、痒いところに手が届くようで、白衣の天使という言葉がぴったりでした。
普段は、ちょっとそっけない、厳しそうな看護師さんなので、わたしは寧ろ苦手だったのです。
朝になって別の看護師さんに変わった時に、違いがわかりました。

8:30 脳外の先生がいらして、血圧が戻ったかの確認がありました。
ベッドに座って、同室の人たちとおしゃべりしているわたしの元気な姿に、先生の驚いたお顔。
同室の人たちにいわせれば、昨日は顔色が悪く、ぐったりしていたので、皆で心配していたそうです。部屋には昨日から、19歳になる膠原病の女性が入ってきています。
先生に早くベッドから出たいとせがむと、「では、歩いてみましょうか」といわれ、先生と一緒にトイレまで歩きました。ベッドから出る許可が出ました。
病室へ戻る短い道すがら、脳外の先生と顔を合わせて、どちらからともなくニッコリ。手術室での修羅場が一夜明ければ、何事もなかったかのよう。
10:00 頭部CTを撮りに行きました。結果がよければ、点滴が内服に変わるそうです。
撮りに行く途中で、内科の主治医にバッタリ。昨夜いらしたとき、わたしは半分眠っていたのでしょう、何を話したのか記憶が欠落しています。
「Nさん、昨日血圧が下がったんだって?」と先生。
「戻りましたよ」とわたし。
「それにしても、大丈夫? 痛々しい姿に見えるけれど」と先生。
痛々しいというよりは、珍妙な姿なのです。手術痕を保護する何かが分厚く当てられた上に大きなガーゼ、その上から額の半ばまですっぽりネットが被っています。ピサの斜塔を連想させます。余った先の部分はテープで纏められて、ボンボンのように垂れています。
朝になって鏡を見、涙が出るまで笑ってしまいました。笑うと、さすがに傷痕が痛かったわ〜!

|

2008年8月28日 (木)

入院17日目⑤手術当日

手術は無事に終わりました。
まだ絶対安静に近い(看護師さんの言葉)状態なのですが、記録とご報告の意味を込めて簡単に。
行きはよいよい帰りは怖い、とはこのことでした。
車椅子で元気に出発し、また元気に車椅子で戻るはずが、帰りはぐったりストレッチャー。次いで、わたしのベッドが(つまり病棟の看護さん2人がベッドを引いてきてくれて)手術室の出入り口まで、迎えに来てくれました。

1時間予定の手術が、2時間半に長引いたのです。
そのうちの半時間は喘息の発作と小用(催してしまい、頭蓋骨の切開の最中に管でおしっこをとって貰いました)で潰れ、あとの残りは、削るはずの腫瘤をえぐり出したための時間オーバーでした。
ホルマリンに浸かる前のコブ1号は、しっかり見ました。悪いものには見えませんでしたが、奥歯さながら、したたかに根を張っていました。
生検の結果が出るまでには2週間かかるそうですから、待たずに退院できるでしょう。

吐き気とめまいに悩まされた夕方までに比べたら、楽になりました。
手術した場所が場所だけに、脳外の先生が神経質になられ、CTを撮ろうかとおっしゃり、手の体操などさせられましたが、経験済みの血圧低下に伴う吐き気やめまいにわたしには思え、体質だといいました。
現在もかなり低く、脳外の先生の指示で一時的にいつも飲む心臓の薬を皆中止しています(これはワタクシ的に心配)。

まさに、土木工事さながらの頭蓋骨の手術でした。わたしは建物の気持ちが理解できました(?)

全身汗びっしょりで気持ち悪いわ〜でも抜糸までは入浴禁止ですって。まだ小用もひとりじゃ足せず、抗生剤と止血剤をずっと点滴しています。
簡単になんていっておきながら、かなり書いたわね。
おやすみなさい。

|

入院17日目④手術当日

11:30 脳外の先生がいらして、バリカンでジャリジャリ、カミソリでシャッシャッ。まん丸禿に麻酔のテープ。
「結構、いったな!」と看護師さん。
そう4㎝というのは、直径ではなく半径でした。
点滴も始めています。
では、手術室へ行って来ます。

|

入院17日目③手術当日

9:00 洗面室で顔を洗ってふと見たら、回診中らしい主治医が大きなマスクをかけて立っていらっしゃいました。
こちらをご覧になっている風でしたが、眼鏡を外していたので、ぼや〜としか見えず、わたしは仕方なくお辞儀して曖昧に笑いかけました。
気弱な笑みに見えたのか、先生は洗面室に入っていらして、慈父のように微笑し、「大丈夫、大丈夫」といいながら、わたしの背中をポンポンと軽く叩かれました。

9:00 昨夜から血圧、脈、のチェックがいつもよりこまめです。看護師さんにいわれて、ユニクロのズボンから病衣のズボンに履き替えました。血液や薬品などで汚れるからだそうです。時計も外しました。眼鏡は手術室までかけていっていいそうです。看護師さんが病室に持ち帰ってくださるとか。
眼鏡を奪われちゃ、ドリルも何も見えないでしょう。残念!
腫瘤への局所麻酔は、相当に痛いそうです。歯へのそれに近い痛みだとか。それを和らげるために、麻酔のテープを毛剃りのすぐあとから貼るそうです

|

入院17日目②手術当日

入院17日目②
次第にずり落ちてくる病衣のズボンが嫌になり、娘に頼んでユニクロからその代わりにいいようなものを買ってきて貰い、履いています。
これを履くと、下半身がアメリカン・ショートヘアに似るので、気に入っています。履いていてラクですし。
まるごと自分のパジャマを着てもいいし、下か上だけ病衣を借りて着てもいいので、助かります。
まるごとだと(娘は)洗濯が大変なので、下だけ。

もうしばらくすると、毛剃って、マジックで印をつけるそうです。

古代文明の遺跡なんかかから発見される、頭蓋骨に手術痕と思われる穴の空いた人骨。
その穴の空いた頭蓋骨になれるかと思いきや、削るだけ。
ちょっぴりつまらない気がしましたが、勿論削るだけのほうが体の負担は少ないでしょう。人工骨はトラブルを起こすこともあるようなので、使わずに済むことはラッキーです。
今後、腫瘤の摘出手術を繰り返さずに済むよう、原因をはっきりさせて退院したいものです。

局所麻酔なので、観察できるものはしっかり観察してきますね。
手術用のドリルやノミやパンチを、早く見たくてたまりません。見せていただけるかしら。

|

入院17日目①手術当日

「Nさん、異常なかったよ。骨が溶ける検査を受けなければ、明日にでも帰ることができるよ」と主治医。
「骨が溶ける検査って、何ですか?」と訊き返したところで目が覚めた。5時半。
夢に見るほど帰りたいんだろうか? まだ17日目なのに。
帰る前にコブ1号をとって貰わにゃ。
ちょっとした手術とはいえ、いざとなると、気が重い。痛いのは嫌い。

|

2008年8月27日 (水)

入院16日目⑤

入院16日目⑤
夕方、連絡先を交換して退院した女性が見舞いに現れました。

入院中はノーメイクで天真爛漫だった彼女は、今日はすっかりキャリアウーマンの顔でした。

ただ心配なことに、退院後も外来で検査を続けている彼女は、来月再入院になるかもしれないという話でした。
心配です。
外はやはりいいけれど、入院中はとても楽しかったという彼女。
確かに、合宿しているみたいな連帯感は芽生えますね。
一日中一緒にいるわけですから、普段しないような打ち明け話をしたり、困っているときに助け合ったり。
でも、わたしはやっぱり入院はもうしたくないなあ。
結構神経質なので、お風呂場に落ちている髪の毛が気になったり、慣れてかえって病院の食事が……ちょくちょく残すようになってしまいました。
病院食に飽きたら、退院が近いというそうですが、食欲不振の可憐なおばあちゃまは「病院の食事って、美味しくないわ〜いつも同じような味付けで」とおっしゃいますが、退院は見えてこないようですよ。

写真は、カーテンを引いてささやかなマイルームを作ったところです。

娘が服部先生の新刊の料理雑誌を、美術雑誌と一緒に持ってきました。
この雑誌で退院に備えよ、というわけね。
その前に、コブ1号をとって貰わなくちゃ。
おやすみなさい。

|

入院16日目④

16:30 看護師さんが、脳外の先生との打ち合わせは終わったか、確認に見える。
手術の1時間前から、何かあったときのための血管確保と、昼食を抜くので、そのための点滴を始めるとのこと。
病棟の看護師さんがたの血管注射の腕には、バラつきがある。上手な看護師さんに当たりたいものだ。

|

入院16日目③

15:30 脳神経外科の先生が病室にお見えになり、明日13:00くらいからになるという〈頭蓋骨腫瘍生検術〉の打ち合わせをした。

しばらく洗髪できないので、コブ1号(と命名した)と髪を丁寧に洗ってきたところだった。
先生がまだ濡れている髪の中に手を入れて探り始められたので、「まだ濡れていてすみません」という。
コブ1号のある場所がおわかりにならない様子だったので、お教えし、「先生、コブのない場所をえぐらないでください」と冗談をいったが、笑い事ではないわね。
4〜5㎝、腫瘤を中心にして髪を剃るそうだ(そんなもので済むのは嬉しい)。
麻酔は腫瘤にじかにするという。狭心症があるので、血管が収縮しない麻酔薬を使用する由。また腫瘤の周りに麻酔のテープをとめるとのこと。
昼食抜き。
術後に、感染症を予防するため、抗生剤の点滴か内服。
術後まれに血腫ができることがあるそうで、その場合は躊躇せず再手術してそれを取り除くという。そのままにしておくと、ひどく痛むそうだ。

明日の今頃は何もかも済んでいて、コブ1号はホルマリンに浸かっていることだろう。ザマーミロ。

|

入院16日目②

大腸の内視鏡検査を受ける中年女性が、日帰り(生検が必要な場合は1泊)予定で入ってきました。

明日、頭の腫瘤を削って貰ったら、さっさと退院しましょう。
喘息と心臓の発作がほとんど出ないのは、空気が管理されているのと安静のためでしょうが、シャバで生きていかなければなりませんものね。
骨の腫瘤に関しては未解決に終わりそうですが、仕方がありません。今後は柔軟に対処するしかないでしょう。

例年であれば、今頃はK文学賞応募に向けてラストスパートをかけている時期です。
今回の入院は、入院費を別にしても高くつきました。
児童文学作品『不思議な接着剤』の舞台のモデルとなる秋吉台の鍾乳洞へ行けなかったし、死者と生者が登場する舞台劇風短編小説も執筆できませんでした。
まあ、これからやればいいだけの話ですね。賞とは無関係に、純粋に取り組めてかえっていいかもしれません。

今、看護師さんが検温と血圧測定にいらしたので、明日の手術の不安(喘息の発作が起きそうな不安)とか、骨腫の原因がわからない不安とかを聴いて貰いました。

ついでに、6人部屋が4人部屋になったのは国の方針なのか伺ったところ、それは違うということでした。

|

入院16日目①

18:45 主治医の回診。
早いなー、昨夜容態の悪い人があったのかしら。
別の検査法で依頼した副甲状腺ホルモン値には、異常がなかったということでした。
「100%そうとはいえないけれど、おそらく骨は骨だけの問題で、副甲状腺とは関係ないんでしょうね。症状的に、結びつかないなーとは思っていたんですけれどね。おそらく、頭の腫瘤と脚の腫瘤は同じだと思うんですよ。頭のが悪性腫瘤でないということてあれば、それは放っておいてもいいということだから、安心できるんじゃないかな」

そのココロは複雑ですね。振り出しに戻った気がしてしまいました。
悪性でも内科的な全身性の問題でもなけれぱ、骨代謝の問題ということになるそうで、その場合は体質の問題と考える他ないようですが、腑に落ちないところもあります。体のあちこちに出来始めた骨の腫瘤がイボやホクロや嚢胞と同じくありふれたものだとすれば、わたしのような症例は珍しくなくていいはずでしょう?
困った場所にできた骨の腫瘤をとって貰う人々で、整形外科や脳神経外科は今以上に繁盛していてよいはずでは?
それなのになぜ、わたしのような症例は見たことも聴いたこともないなどと、先生がたはおっしゃるのでしょうか?

ただ、これはわたしが予想した通りの展開で、ワタクシ的にはかえって厄介な事態となってしまいました。
尤も、まだ腫瘤が悪性という可能性も残ってはいますが、素人目にも腫瘤のCT像は綺麗で、悪性には見えません。
万一悪性だとしたら、もう手遅れですよ。とりきれないでしょうから。

「とりあえずは、頭のほうの生検の結果を待ちましょう」と、先生は締めくくられました。

|

2008年8月26日 (火)

入院15日目②

16:00 脳神経外科の外来で、28日の手術に関する説明を夫と2人で受け、手術説明書を読み、手術申込書にサインしました。
抜糸まで1週間。生検の結果が出るまでには時間がかかるそうで、退院後に結果を聴くことになるかもしれないそうです。
骨の生検には、特別時間がかかるのだとか。骨をホルマリンに浸け、それを砕いてバラバラにし、染色してプレパラートに貼り付けて顕微鏡で観察するのだそうです。
今回の手術では、腫瘤の隆起した部分だけを削ることになりました。
わたしは喘息持ちなので、手術中の咳が心配です。
仰向けになると咳が出やすいと先生にいうと、診察台に横になり、手術中の体勢を決めることになりました。
右肩の下に分厚いものを敷き、うんと顔を左下に向けた格好で頭の腫瘤を削って貰います。
「1時間くらい辛抱できるだろ?」と先生。
正直いって、辛抱できるかどうかわかりゃしません。そうでしょ、咳って。
局所麻酔ですから、万一咳き込みそうになれば、先生にそういいます。
腫瘤にそっと触れた先生の手つきは、繊細で気持ちがよかったわ〜(わたしってヘンタイ?)。この手で手術されるのなら、許せます(?)。頭がドリルで
((((゜д゜;))))
となっても、我慢できそう(こうなるかもしれないと説明を受けました)。
病棟の師長さんが心配してくださるので、「外来でできる簡単な手術だそうですよ」というと、
「そうですってね。でも内科としては心配ですから……心臓の管理もありますし、詰め所の近くの個室に一晩泊まっていただくことになるかもしれませんので、どうぞご了承ください」と師長さん。
『手術説明書』から抜粋してみますと、

手術名=頭蓋骨腫瘍生検術
手術の方式・特徴=骨腫瘍の周囲をドリルで削り、のみやパンチを用いて削り取る。
特記事項=生検の結果が骨組織のみとなりうる可能性もある。

皮膚をはぐっての手術なので、当然皮膚は残り、今後、髪の毛が生えないのは縫い目のところだけだそうです。
痛みも、皮膚を切ったときの痛みと考えてよいとか。
昼間、個室に移るまで大部屋にいた女の子と遊んで(お母さんが自宅に戻っていた間)、楽しかったけれど、疲れました。
最初は硬直したように一言も口をきいてくれませんでしたが、一緒にぬり絵をしているうちに気を許してくれて、テレビ漫画のことを延々と話してくれました。
昔、公文教室で働いていたお陰で、子供の相手は苦手ではありません(自分の子は苦手だったかも)。
娘が今日も来てくれました。何とデパ地下の『キヘイ』のコーヒーを持ってきてくれました〜!
おやすみなさい(_ _).oO

|

入院15日目①

喉のリンパに膿の溜まっていた中年女性が退院して、7歳の女の子が耳鼻科に入ってきました。病室が一気に若返ったわ〜と喜んでいたら、夕方、付き添い可の個室へ移るのだそうです。ピッカピカの個室かな。滲出性中耳炎だそうです。中津市の総合病院で対応できず、こちらへ紹介されたとか。
県内のあちこちから、日赤へやってきます。同室の人の話では、前に日田市の人もいたそうです。日田市からだと、むしろ福岡県久留米市の久留米医大とか聖マリアなんかが近い気がしますが。

現在、スタッフステーションは引っ越し中です。他階からも応援があり、ごった返しているそう……。

9:15 主治医の回診。
「精神的に、どう? 落ち込まないですか?」と先生。
「いえ、どうしてですか?」とわたし。
「なかなか原因が明らかにならないから」と先生。
「それは原因がはっきりするほうがいいですけれど」とわたし。
実は、結構落ち込んでいる。全て副甲状腺のせいかも……と期待していましたから。
「一つ一つ、やっていくしかないですねー」と先生。
「はい。こんな風に進めていただけて、ありがたいです」とわたし。
「それではまずは、頭のほうの生検を受けてください。その結果が出たら一度、泌尿器科を受診していただこうかな。そして……医大を受診していただくことも考慮に入れようかとも思っていますが、どうしましょうか」と先生。
「そのあたりのことはわたしにはよくわかりませんので、先生にお任せします」とわたし。
「わかりました」と先生。

|

2008年8月25日 (月)

入院14日目⑤読書ノート∥オルハン・パムク『雪』№1

〔読書ノート∥オルハン・パムク『雪』1〕
本日、47頁まで。

雪を効果的に活用しようとするパムクの工夫が、伝わってきすぎる嫌いはあるが、表現は引き締まっていて美しい。
トルコの複雑な政治情勢に、主人公Kaと共に引き込まれていく。

『国境の町新聞』社長セルダル氏の言葉。
「以前は、ここでは誰もが兄弟でした」「しかし近年では、俺はアゼルバイジャン人だ、俺はクルド人だ、俺はテレケメだなどと言い始めました。もちろんここにはあらゆる人種がいます。テレケメはカラカルパクとも言い、アゼルバイジャン人の兄弟です。クルド人は部族と言われていますが、以前はクルド人なんて知りませんでした。オスマン・トルコの時代からそうだったのです。オスマン・トルコの後裔の土地の者も、『おれは土地の者だ』といって誇りはしませんでした。トゥルクメン、ポソフ、ツァーが流刑に処したドイツなどあらゆる者がいましたが、誰も自分にどこか違った何かがあると言って誇りはしませんでした。これらの誇りは、トルコを分割させたいコミュニストのエレヴァンとバクー放送が広めたのです。今日では誰もが以前より、より貧しくより誇り高い。」

|

入院14日目④

今日は同室の人たちはネムネムなのか、見舞ってくれた夫、娘とデイルームで話して玄関まで見送り、戻ると、皆はカーテンを引いていました。
で、わたしもカーテンを引いてささやかな個室を作り上げ、ベッドに逆さに寝転がって、娘が持って来てくれた『週刊∥世界の美術館』No.4&5を眺めていました。
20:10そこへ、いきなり「Nさん」と内科の主治医U先生のお顔がカーテンの間から〜!
面食らい、ひぇー!と思いながら、「は、はい、はい」と返事をしながら下から先生のお顔を拝み、眼鏡をかけました。
頭の手術の確認でした。「もう聴きましたよね、金曜日の手術のこと」と先生。
「木曜日の午後とおっしゃっていましたが」とわたし。
「あれ? そう?」と先生。
わたしは、どちらでも構いませんよ。
ホルモンの検査結果は、まだ帰ってきていないそうです。

いつも予期していないときに、お見えになるU先生。
澄まし顔で受診できる外来とは勝手が違いすぎて、慌てます。
あー心臓に悪い。ここじゃニトロも勝手に使えないし。強い発作が来たときは勝手に使いますがね。データをとるより命のほうが大事だもの。循環器科の先生がたであれば、そのココロをわかっていただけると思います。幸い心臓は快調。喘息もたまに出るくらいです。夜間はやはり出ることがありますし、外来患者や見舞い客のタバコの臭いに覿面小発作が起きます。退院したら、また頻繁に起きるのでしょうね。

|

入院14日目③

16:00 脳神経外科のK先生が病室にいらして、「内科のU先生ともお話しして、頭は頭で進めることにしようということで合意したから、木曜日に手術しようか」とのこと。
外来でできる手術を入院中にしていただけるとはラッキーと喜び、「お願いします」といった。

「明日、ご家族に説明したい」とおっしゃる。
今日であれば夫が休みなので、呼び出せるのだが(携帯で話して病室に戻ったばかりだった。夫は仕事帰りの娘と夜来る予定)、明日でないとだめだそうだ。
明日であればいつでもいいそうなので、職場を抜け出して16:00に来て貰うことにし、ステーションのK先生に伝えた。

いよいよ、頭のコブよ、さらば、だ。その正体は如何に?
尤も、骨しか出て来ない可能性も高いとK先生はおっしゃっている……。

|

入院14日目②

入院14日目
ベッドに付いているテレビ。わたしはあまり観ませんが、ちょっと観たいときもあるので、ありがたい存在です。

今日はまだ先生にお目にかかっていません。
この病院は増改築中で、スタッフステーションが明日にかけてお引っ越し。ピッカピカの個室も増え、6人の大部屋は全て4人部屋になるそうです。
この大部屋は既に4人で、少し広すぎるくらいです。そのスペースを使ってラジオ体操しよう、などと話しています(冗談ですよ)。

喉のリンパに膿が溜まっていた女性は、明日退院です。
「ババを引くのは誰かな」と、糖尿病でひと月以上入っている女性。
3人のなかで誰が最後まで残るかという話なのですね。
わたしの中では、とりあえずは退院してしまいたい気持ちと、粘ってでもここで問題を解決してしまってから出たい気持ちとが争っています。

|

入院14日目①

入院14日目
おはようございます。

昨夜、景気づけにと思い、「美空ひばり演歌を歌う」を聴いたら、何だか暗くなって、眠れなくなりました。
『骨まで愛して』という歌がいけませんでした。骨は、現在進行形のワタクシ的テーマですから。

今日くらいに、副甲状腺ホルモンの検査結果が出るはずです。
高ければ喉切られます、正常なら余計に厄介なことになります。
いずれにしても原因がわからなければ、医大の先生に紹介していただくことになりそうですが、同室の人たちから医大の黒〜い噂、いっぱいいっぱい聴いてしまいました。
ま、いいか。なるようになるでしょう。
よし、締まっていくぞ、オー!

|

2008年8月24日 (日)

入院13日目④

遅くなりましたが、③の続きです。

やはり先生にとっても、腫瘤の原因がわからないということが気にかかるということです。
内科的に考えれば、頭の腫瘤と膝の腫瘤は同じでないとおかしいとのこと。
内科的な原因として考えられるのはホルモン関係で、その中でも骨に関係しているのは副甲状腺だそうですが、こう進症の場合ですと、むしろ骨粗鬆症になるそうです。
他に考えられるとしたら、どこかに癌があり、その転移によるもの。
とにかく、わたしのようなケースは先生にも初めてだとか。
で、もし、前とは別の検査法で依頼した副甲状腺ホルモンの値が高ければ、喉の腫瘤をとってみようということになりました(手術をするのは泌尿器科の先生ですから、その先生のOKが出たら……の話ですが)。
ホルモン値が正常であれば、経過観察。
そして、頭の腫瘤を生検に出しても原因がわからないという結果に終われば、医大かどこか、詳しそうな先生がいるところへ紹介してくださるそうです。
ただ、そうなった場合、先生としても、腫瘍専門医に紹介すべきかホルモン専門医にそうすべきか、迷うところだとか。

☆これから、竹野内豊くんのドラマを観ます。おやすみなさい。

|

入院13日目③

13:00 に先生がいらして、「Nさん、詰め所でお話しできますか」とおっしゃったので出向き、詰め所で詰めた話(洒落のつもり)をしました。
〔※お風呂の順番が回ってきたので、続きは④で〕

|

入院13日目②

入院13日目②
ベッドに横になった状態で、こんな空が見えます。
空を見るのが大好きなので、ベッドに寝転がってフジコ・ヘミングのCDを聴いていると、病院にいることを忘れてしまいます。

昨夜CDと本を半分、娘に持ち帰って貰いました。勝手に帰り支度のスタートです。
喉の手術を受けないとすると、外来でもできるという頭の腫瘤の手術をして貰うことぐらいですから、そろそろ退院ではないかと。
腫瘍専門医を紹介していただけるかどうかは別問題として、整形外科でのCT予定までは事態はストップせざるをえませんし、当面入院してしなければならないことはもう大して見当たりません。腫瘤の原因追求は必要ですが、ここでは限界があるようです。

看護師さんの見回りが済んだあと(最近、脈拍数と酸素量の測定がちょくちょくあります。指先を挟むだけでわかる器械で測定)、同室の人の見舞いに見えたかたが赤ちゃんを連れていて、遊ばせて貰いました。
抱っこに来てくれないので、怖い顔をしてみせたら、ベソを掻きそうになり、それがまた可愛らしいのですね。
最後には気を許して、わたしの顔を見ると、上下2本ずつの大きな前歯の生えた口をやんわり開けて笑うようになりました。手足のくびれも可愛らしい。
もう1人産みたくなりますが、孫を期待するほうが無難ですね。

|

入院13日目①

日曜日は体重測定の日。前回少し減り、そのときのままでした(o^_^o)

4人部屋になり、喉のリンパ(前に扁桃腺と書いてしまいましたが)に膿の溜まった60歳の女性にはまだ入浴の許可が下りていないので、82歳のおばあちゃま、69歳の女性、わたしとで、散歩がてら風呂の順番をとりに行きました。
近頃、このパターンが多いので、「皆さん、お揃いで」と看護師さんからいわれます。

「お風呂がどこだったか、すぐにわからなくなるのよ」と、おばあちゃま。
そう、昨日もわたしが送って行きました。おばあちゃま付のボランティアでここへ入ったような気がするぐらいですが、とても奥ゆかしい、少女のような可憐さのある素敵なおばあちゃまなので、頼まれなくても周りをウロウロしたくなります。関西出身だそうです。
リウマチの持病があるそうで、今回の入院は食欲不振を改善するためだとか。
一昨日は、予約をとっているにも拘わらず、このお風呂好きのおばあちゃまは「今日はもう入らない。だるいの」と目を閉じてぐったりしていたので、わたしは看護師さんに報告し、相当に心配しました。
幸い、おうちのかたに好物の果物を持ってきて貰って食べたら、徐々に回復。
チョコ好きのおばあちゃま。わたしも美味しいチョコが食べたくなったので、おばあちゃまにおすそ分けするつもりで、昨日娘に頼んでデパ地下から買ってきて貰いました。チョコも、ほんの少し召し上がるだけなのですが……。

さあ、今日は日曜日なので何もないでしょうけれど、月曜日になれば、退院に向けての週になるのではないかと思っています。
病院では体が楽で健康体になったような錯覚を起こし、夫にイライラさせられることもなくて、ある種の快適さはあります。
でも、ここではわたしは全く創作ができず、そういう意味では時間が止まってしまっているかのようです。

|

2008年8月23日 (土)

入院12日目③

入院12日目③
夕食に鮎が出ました。
日田市に住んでいた頃は、時々鮎を見かけましたが、こちらに来てからは初めて見ました。
川魚は生臭いという先入観があったのですが、そんなことはありませんでした。

仕事帰りに寄ってくれた娘を見送ったあと、娘が家用に買い物したものを忘れていることに気づきました。
玄関はもう閉まっていたので、夜間通用口から外に出ると、何とそこは不良患者のたまり場となっていて、彼らはタバコを吸っていました。「何か刺激的なことはないかなあ」なんて、声が聴こえたりしました。
刺激的なことですって?ここにいて、死以外に刺激的なことってあるでしょうか。いえ、まあ確かにここにいると、死には鈍感になっていくともいえます。
彼らは、酒池肉林を欲しているのかしら?
ここにいると、全てのことがオブラートにくるまれているように感じられ、無気力になっていくようです。たった12日間過ごしただけなのにね。
今日の仕事は、検温と入浴だけでした。
退院したら、三食昼寝付の優雅な生活だったと懐かしく感じるのかもしれませんが。

|

入院12日目②

入院12日目②
昼食はパンでした。嬉しかったです。
前回パンだった日はアルメイダに出かけていて、食べられませんでした。
病院の食事は、栄養のバランスがよく考えられていて、量が多いと感じられても全く胃にもたれませんが、あまり美味しいものではありません。自分の作った料理が食べたい……。

昨夜、先生が2回もいらしたそうですが、エレベーター前の携帯コーナーから当ブログを更新していて、またすっぽかした格好になりました。
そこにいれば、先生が上がって来られるのがわかると思ったのですけれど、業務用エレベーターで上り下りされたのでしょう。そこは、携帯コーナーからは見えにくいのです。
先生に、腫瘍専門医を紹介していただけるか、伺ってみる必要があります。
深夜になると、また体の他の場所に腫瘤ができたのではないかと気にかかります。怖くなります。
これは娘もいっていたことですが、早く膝のCT像をみたいのです。来月2日になってようやくですからね。内科の主治医は、MRIのほうがいいのではないかとおっしゃいましたが、その予定は入っていません。
整形外科の対応の遅さに苛立ちます。受診してみると、批判がましい気持ちの消えるのが不思議です。

|

入院12日目① 雷の句(自作)

5時から看護さんの見回りのあった6時にかけて、稲妻がすばらしかった。
マゼンダに染まる空。矢が刺さるように金色が走ったかと思うと、今度はオレンジに染まった。しばらくすると、真横に金の蛇がうねり去るかのように、稲妻が走った。ビルたちは頭を並べて、まだ眠っているかのようだった。
稲妻、雷は夏の季語で、今は秋だが、一句。

雷神の肢体うねるや空饗宴

| | トラックバック (0)

2008年8月22日 (金)

入院11日目②

昨夜、脳神経外科の先生とエレベーターの中でお会いしたときに、「一度ご家族のかたとお話ししたい」とおっしゃっていました。
17時頃、娘とデイルームでお茶していたら、脳神経外科の先生が通りかかってわたしたちを目にとめられたので、「娘です」というと、「ご一緒に詰め所でお話しできますか」とおっしゃったので、娘と行きました。
娘は、わたしの瘤のある頭蓋骨の画像(CT像をもとにした想像画像)を見て驚いていました。
これまでわたしが説明を受けたことが、わかりやすく繰り返されました。
そして先生は、「こんな腫瘤があちこちにあるので、内科の先生はじめ我々は、これは何だろうと思い、まずは内科の先生が内分泌を中心に検査なさってきたわけです」
こんな症例は、先生方には初めての経験だそうです。
腫瘍専門医に診て貰ったほうがいいかもしれない、ともおっしゃいました。
遠方に行って、偉い先生に診て貰う金銭的余裕はないわ〜(;゜O゜)
ネットサーフィンしてみますけれど。
バケット使い放題に設定しておいて、よかったこと。
頭の瘤をとってほしい気持ちに変わりはないというと、先生の話題は手術道具に移りました。

今日退院していった60代の女性と意気投合し(というより気に入られて)、連絡先を交換しました。昔、陸上で国体に出たという体の大きな、華やかで、とてもパワフルな女性です。ずいぶん、楽しくおしゃべりしました。
彼女の息子さんが水戸の大きな病院(前に間違って筑波と書きましたが、医局が筑波だそうです)で整形外科医をしているそうで、わたしの症状を話してくださるそうです。
彼女は青森出身で、この市に嫁いでくるまでは、東京暮らしが長かったとか。
彼女の顔面の痺れの原因はわからずじまいでしたが、膠原病の疑いは晴れました。涙や唾液の量を測る変わった検査はじめ色々な検査を受けていましたが、外来でも検査は続行されるようです。
彼女に「あなたはまだ若くて、綺麗で聡明だから、これからの人生は明るいわよ」と力強く励まされ、お世辞でも元気が出ました。顔のシミに気をつけるように、とも警告されました。もう諦めているんですけれど〜!

新しく、扁桃腺に膿の溜まった60歳の女性が入ってきました。1月に肝嚢胞が大きくなって手術したそうで、いきなり病衣を開いて傷痕を見せられ、びっくりしました。
ここのすぐ下の階は癌病棟だそうで、そのとき彼女はそこにいたそうです。幸い癌ではなかったそうですが。

|

入院11日目①

入院11日目①
6人部屋が4人部屋になり、3人退院して、これから1人入ってくる予定です。

窓際に移りませんか、と看護師さんにいっていただいたので、入り口に近いよりは・・・と思い、引っ越しました。

退院して行ったのは、顔面が痺れている60代の女性で、膠原病の疑いもありましたが、原因不明のままの退院でした。
80歳になる膠原病の女性も、必要な検査を終えて退院。
何歳か訊きそびれたリウマチの中年女性は定期的に治療のため入院しており、3日間の治療を終えて退院しました。

いつまでも居ちゃ、悪い気がしてきました。
でも、それなりの成果(腫瘤の原因がわかるなど)を持ち帰りたい思いも濃厚なのです。入院なんて贅沢事ですからね、今度いつできるかわからないし。
でも、わからないものはわからないでしょう(当たり前のこと、いっていますね)。
家族も、痺れを切らしてきたようです。
「もうちょっとだと思うから、頑張って!」と、電話で娘を励まし、夫には愛の鞭と飴をくれてやりました。
夫は、仕事が大変で、その愚痴を零す相手がいなくて、早くも荒みかけていました。弱い男だな〜。
骨休みになったとはいえ、体調は変わらぬままの退院になることを思うと、複雑な気持ちです。

|

2008年8月21日 (木)

入院10日目②循環器科受診(セカンドオピニオン)

10:30〜12:30の間に、循環器科と脳神経外科を受診しました。

循環器科の先生は、若くてがっちりとした、とても優しそうな先生でした。
これまでの経過を話しました。
「Y先生の処方は絶妙ですね、すばらしい。だって、Y先生でしょう?あの方はもう、心臓血管外科の権威ですから」と先生は、遠くを見るような眩しそうな目をなさって、ニッコリ。
うーん、やはり循環器クリニックの先生は権威者のようです。あの屈託のなさなので、ピンと来ないのですが。
冠攣縮性狭心症の確定診断を受けるためにカテーテルを受けたいと思っていたのですが、わたしの場合はもうその段階はとうに超えているらしく、受けてもメリットはないようでした。
実はカテーテルを受けたいと思った主な動機は、ブログでした。
間違いないだろうとは感じていても、カテーテルで確定診断を受けていないと、何かもぐりで冠攣縮性狭心症患者を名乗っているような後ろめたさを感じていたのですね。そう、正直にいえば、ハクをつけるためにカテーテルを受けてみたかったのです。
こうなると、ブログはわたしには有害なものとなっていたといえます。
先生とお話しして、その愚かさに気づきました。先生がおっしゃるには、カテーテルをしたからといって、100%わかるわけではないそうです。
わたしの場合、インデラルを除いた薬を全て数日断ってしなければならず、検査自体も危険性を伴うそうです。
カテーテルをしたとして、反応が出れば、今までの薬を飲み続けるだけだし、仮に反応が出なかったとしても、インデラル以外の薬を切れるかというと、それはどうかと思うと先生はおっしゃいました。
「カテーテルをするのは、診断に迷いがあり、これから薬を使う場合にすることが多いですね。Nさんがそれでもどうしても、ということであれば、カテーテルをしましょう」と先生。
わたしは伺いました。「先生がわたしの立場だったら、どうなさいますか?」
「ニトロで心臓の痙攣が止まらなければ、受けるかもしれませんが、そうでない場合は受けないでしょうね」
わたしも、カテーテルは受けないことにしました。
「脳神経外科で手術をする場合は、エコーをとることになると思います。手術中、後の心臓管理はちゃんとなされるので、心配なさらなくていいですよ」
気になっていたニトロの耐性についても、質問してみました。
「頓服のニトロで耐性が出ることはあまりないと思いますが、連続して服用するニトロではその心配があります。この場合は、アイトロールとシグマートですが、シグマートのほうが出にくいと思います」と先生。
インデラルは冠攣縮を引き起こすので、あまりよくない、似た効果のある他の薬もあるということでしたが、それについては以前かかっていた総合病院でも、今かかっているクリニックでも試したことがあり、どれも合わなかったといいました。うまく頻脈が治まらなかったのです。
「それでは、それで仕方がないということでしょうね」と先生。

脳神経外科でCTを撮ったところ1月間で、1.5㎝強の瘤が2㎝弱に育っていました。
わたしは、その瘤をとってください、といいました。
「とるの? 痛いよ。そりゃ、外来で簡単にとれるけどさ」と先生。
「一緒に、額のポツッもとってください」とわたし。
「えーこれもとるの? このベビーも? だけど、ここは額だから傷痕が残るかもしれないよ」
だから、小さいうちにとってほしいんじゃないの。実は、後頭部の頭蓋骨にベビーがもう1個育っていることが判明しました。
削ぐか、パキッと摘んで 折るか、抉るか、先生は思案なさっていました。組織検査に出す以上、とる方法を病理と相談する必要があるという話でした。
外来で手術は嫌なので、入院中に手術してほしいという希望を伝えましたが、貴重な日赤のベッド。
退院後に外来で、ということになるのかもしれません。
わたし、とってください、なんて平気で希望してしまいましたが、注射ですらダメージを覚える痛がりです。どうしましょう?

|

入院10日目①

今日も、早朝から採血1本。寝起きに採られるのは、まだ体の準備ができていないせいか、痛い。
昨夜も1本あった。
副甲状腺ホルモンを調べるための採血は終わっているはずだから、別のことに使うのだろうが、何を調べているのだろうと思う。
昨日、尿検査もあったのだが、生理中というと、延期になった。
朝食前に体重を測ってみると、1.5キロ減っていた。あっさりした病院食のお陰だろう。喘息もほとんど出ない。

昨夜、息子に電話して、これまでの経過を話した。
つれない妹から、珍しくメールあり。
実は、妹は結婚してからすっかりあちらの人で、わたしはもう妹を以上他人と諦めている。父の問題を話すときは、さすがに姉妹だな、と思うが。
結婚するまでは、あれほど慕ってくれていたのに、と侘びしくなる。妹の関心の対象があちらに移ったというだけの話だろうが。
妹とは肉親というつながりがあるだけで、そういうものを超えた友人関係はわたしたちの間に存在しないということなのかもしれない。
姪(妹の子)はユニットを組んで歌のコンテストなどにチャレンジしている。
嫌われるかもしれないとは思ったが、わたしは、姪の声は高音部が出ていないので、歌を長く続けるつもりならレッスンを大事にすること、水の世界の眩惑性に惑わされず、自身の人生とお金を吸い取られないように・・・と警告した。

|

2008年8月20日 (水)

入院9日目④

16:00 整形外科受診。両膝の腫瘤のこと、疼きと不安定、股関節が時折つることを訴えた。

膝の痛みは、軟骨や筋肉の痛みかもしれないそうだ。いずれにしても腫瘤は手術をする時期ではないので、様子を見たいと先生。膝の腫瘤をとると、とったところを人工骨で埋めることになるが、そうすると炎症を起こすなどの支障が起きることがあるそうだ。
股関節のレントゲンを撮った。来月2日に膝の検査。
わたしは整形外科の先生は頭がよく、信頼できる気がする。改めて、そう思った。

18:30 回診。先生に、整形外科でのことを報告した。
頭の瘤の話になり、明日整形外科を受診できるようにしてくださるという。
今日に設定されていた循環器科の受診は、事務局の手違いでできず、明日になった。

夕食後、皆がわたしの腫瘤を心配して、色々といってくれる。ちょうど看護師さんの見回りがあったので、「看護師さんだったら、頭、喉、膝の塊をとって貰いますか?」と訊いてみた。
「そうやな〜、わたしが普通の人の立場なら、膝を一番にとって貰いたいと思うやろな。でも看護師の経験がある今は、膝は怖いと思う」と看護師さん。
膝の手術は無菌室で行われ、大変だという。ほんのちょっとの菌が入っただけでも、おおごとになるのだそうだ。
わたしの頭の瘤にしても、脳神経外科の先生方は普段、頭蓋骨をパカッと開いて手術をされているから、それに比べたら技術的に簡単といえるのかもしれないが、「基本的に、骨の手術は大変だと思う」と看護師さん。
わたしのかかっている脳神経外科の先生は、手術は丁寧で、ガーゼ交換のとき見ても綺麗だそうだ。
頭の瘤、とって貰おうかな。額のも可能なら一緒に。大きくなれば、いずれとることになるだろうから。

|

入院9日目③

頭から足までベージュ系の装いで統一した83歳のおばあちゃまが陣中見舞いにいらっしゃいました。帽子にもイヤリングにもネックレスにも小花があしらってあり、着物地のゆったりした上着とスカートも素敵でした。
前にこの病室に入院していたそうで、外来に来たついでに入院仲間(同期、とおっしゃいます)を見舞ったのだそうです。

めまいで入院した女性が原因のはっきりしないまま退院していき、リウマチの女性が入ってきました。

わたしも早く退院したいのですが、物事の進展のないまま、内科外来への通院というお土産を持ち帰ることになるのでしょうか。
勿論、無意味な手術は受けるつもりはありませんけれど。
通院ばかり増やしてどうするのか、我ながら呆れます。
入院しさえたら、色々なことが一気に片付くかと思っていましたが、そう甘いものではないようです。

|

入院9日目②

9:10 に回診。
脳神経外科の先生に訊いてくださったみたいで、頭の腫瘤は骨そのものが大きくなっていて、副甲状腺と関係のある異所性石灰ではないそうだ。経過観察して、放置するなり、切開して検査、というお考えらしい。
わたしも外来で同じ説明を受けたはずだが、異所性石灰という意味が呑み込めず、混同していた。
頭の腫瘤がCTで異所性石灰でないとわかったということは、同じ検査で脚の腫瘤も同じことがわかるのではないだろうか? それを早くやってほしい。これも異所性石灰でないとわかれば、副甲状腺の手術をする必要はほぼなくなるわけだ。

椎間板の女性が転院し、新しい人が入ってきた。一気に老人色が高まった。ますます、ここを早く出たくなった。

|

入院9日目①

入院9日目①
午前中、転院する椎間板の女性(希望転院だが、痛みもかなり引き、すっかり元気になっていて、転院先で何しに来たの、といわれそうだとか。何にしても痛みが軽くなってよかった、よかった!)が花かごを捨てようとしていたので、貰いました。まだ生きてるもの〜!
足元のテーブルに置きました。
彼女はテレビカードもくれました。

6:30 早朝から採血3本。昨夜先生がおっしゃっていた、別のやりかたで副甲状腺ホルモン値を調べるためでしょう。

左脚のコブが機嫌悪く、夜中に痛みました。外出して、歩き回ったせいでしょうね。モーラステープを、膝と膝の裏側にべたっと貼り付けています。これを、早く何とかしてほしいのです。

|

2008年8月19日 (火)

入院8日目③

入院8日目③
20:40頃、寝ようとして洗面室で歯を磨いていると、廊下から「Nさん」と主治医の声。

会話の内容が筒抜けになることを心配しながら、先生と立ち話をした。

泌尿器科の先生と話したところでは、わたしのように副甲状腺ホルモン値だけが高く、カルシウム値は正常という患者はあるのだそうだ。
そのうちカルシウム値が高くなることがあるので、経過を診ていく必要はあるという。
それで外来で診ていくことになると思うが、危険をおかして手術してしまうかどうか、迷っていたとおっしゃった。
いずれにしても、自分だけでは決められないことで、教科書的な事例ではないため、わたしとも話し合いながら、泌尿器科、脳神経外科、整形外科との連携が必要だという。
わたしは整形外科との連携があまりにとれていないと感じるので(先生がたも人間だから、同僚との相性のよしあしはあるだろう)、膝の不安を強調した。

先生の話では、わたしの喉に小さな腫瘍があることは間違いないそうで、頭や脚の腫瘤が悪性かどうかに関してはまったく専門外だという(だから連携が必要なのだろうが)。

主治医とこんな話をする一方では、膝の名医のいる病院(総合病院で、わたしに必要な科は全て揃っている。骨シンチもあるとか)や漢方の名医のいる病院を同室の人から教わった。

何だか、疲れる1日だった。

写真は、今日骨シンチを撮りに行った病院。ホテルみたいだった。
そんな雰囲気の中で針の太い注射をされると、何か騙されたような気がして、よけいに痛かった。注射されたとたんに、嫌な臭いが口の中いっぱいに拡がった。検査に20,000強もとられた。

|

入院8日目 ②郷に入っては郷に従え

訳のわからない1日でした。
喜んでいいのやら、がっかりしたらいいのやら。エコーと造影CTで副甲状腺に5㎜の腫瘍らしきものが見つかりましたが、骨シンチでは反応が出ず、それが悪さをしているとは考えられないそうで、手術はできないそうです。
勿論わたしも、無意味な手術はごめんです。

脳神経外科と今入院している内科でした血液検査では、どちらの場合も副甲状腺ホルモンの値が高かったそうですが、明日別の検査法で血液検査をするそうです。

いずれにしても、悪さをしていないとすれば(血中カルシウム値が正常だったことから、それは最初から明らかだったのでは?)、今回の入院は無意味だったともいえます。
それに今回の件と、頭や脚の腫瘤とは別問題であるようなことは、最初からいわれていたことでもありますが、少なくとも頻脈の原因になっているかもしれないという期待は抱かされていたわたしからすれば、狐につままれたような気分です。

ただ入院してわかったことですが、原因不明で入院してきて原因不明のまま退院していく人は多いのですね。

瘤たちを引き連れて、何一つ解決しないまま退院となることでしょう。
手術をしないとすると、心臓の精密検査も急務というわけではないし、もう早く帰りたくなりました。

椎間板の彼女が、整形外科はどこか別のところへ変わったほうがいいといいます。
彼女も、同じ先生だったのです。
確かに、寝る子は起こさない方式の対応の遅さには不安でいっぱいです。

東京で確立しているセカンドオピニオンは、この県では確立しておらず、黙って別の病院を受診したほうがいい、と今日膠原病疑いで入院してきた女性がいいます。
彼女の息子さんは筑波で医師をしていて、その息子さんの友達が彼女の今回の入院における主治医です。
同室の他の人々も同意見で、この県の医師はプライドが高く、セカンドオピニオンなんてまともにやったら、煙たがられ待遇が悪くなることは間違いないとか。
わたしも、それは感じてきました。
黙ったまま納得のいく医療を求めて、4軒くらい回るのがこの土地における賢いやりかただそうです。
正攻法が通じないのは残念なことですが、郷に入っては郷に従えですね。

悪性という心配はしていませんが、美容上、機能上、問題となってきそうなコブたちのこと、早く何とかしなくてはなりません。
別の整形外科を受診するかどうかは、まだわかりません。

退院したら、しばらく休みをとり、まずは脳神経外科を受診して、髪に隠れている腫瘤と額の新しい腫瘤を診て貰おうと思っています。

|

入院8日目①

入院8日目①
昨夜、看護師さんが「上がってきたから」といって、湿布を5袋持ってきてくださいました。モーラスパップ。これがなくなる前には、退院でしょう。まだ入院して8日目なのに、8年いる気がしています。
昨日先生にいって、抗生剤を追加して貰いました 。オーバーワークから膀胱炎になるのかと思っていましたが、ここにいてもなるし、治りもよくありません。

今日はシャバへ出られると思うと嬉しくて、コンタクトをはめました。メイクもバッチリしていきますよ〜。

|

2008年8月18日 (月)

入院7日目③健康保険限度額適用認定証

入院7日目③
17:35に、先生の回診がありました。
お忙しかったようで、今日は循環器クリニックの先生に電話し損なったから、明日します、ということでした。
明日アルメイダ病院で撮る骨シンチは、エコー、造影CTで見つかった副甲状腺腫らしきものの確認をとるためだそうです。
今後は、この件と循環器の検査を並行して行っていきます、という話でした。

夫と娘が、夕食前に見舞ってくれました。
高額療養費制度の事前申請を入院前に行っていましたが、自宅に認定証(健康保険限度額適用認定証)が届き、持ってきて貰いました。

湿布薬が1袋出ました。
夕食後、皆でUFOや幽霊の話をしていたら、いつの間にか暗くなっていて、見回りに来た看護師さんが「わあ真っ暗」と驚いていました。
おやすみなさい。

|

入院7日目②

明日は、アルメイダ病院の放射線科へ11:00までに行かなければなりません。
紹介状、地図、タクシー券を、看護師さんから渡されました。

パムクの『雪』を33頁読んだところです。『わたしの名は紅』のように技巧が目立つ作品であることは、既に感じとれます。

スタッフステーションに近い隣の部屋に寝たきりのおばあさんがいて、四六時中うなされ、歌うような声を上げていました。
そのばあさんの声が、今日は、よく人が亡くなる例の個室から聴こえてくるではありませんか。
いよいよ・・・なのでしょうか?
今のままでは生きている意味がないでしょうが、あんな状態のまま死ぬというのもどんなものでしょう?

まだ7日にしかならないのに、人の死が珍しいものではなくなりつつあります。
入院患者として見ていると、人の死は生活臭を纏いすぎていて、糠味噌臭いと感じるほどなのです。

|

入院7日目①

入院7日目①
電話は別ですが、皆、メールは病室で堂々としていて、叱られたりもしないので(誤作動しそうな機器はなさそうだし、ペースメーカー入れている人もいないからかな)、ちょっと昼食を撮ってみました。
ごはんの量が多いので、時々残すようになりました。
何をどれだけ食べたかは細かくチェックされるので、なるべく残さないようにはしていますけれど。
昨日の昼食だったか、メインディッシュが苦手な鯖だったので残し、食べられなかったことをいうと、次回からは鯖のときは別のものが出るそうです。

今日も、何も予定がないので、ノンビリしています。
めまいで入ってきた女性は、明日にでも退院だそうです。
大部屋には、重い患者は入って来ないようです。入れ替わりが結構あり、わたしはこんなにダラダラしていて、いいのかしら、などと思ってしまいます。

|

2008年8月17日 (日)

入院6日目②

竹野内豊が好きなので、家で観ていたように、Tomorrowを観ました。お隣さんも、豊ファンで、観ていました。
豊は今夜も素敵だったけれど、病院で病院物を観るというのは、ちょっと変な気分でしたよ。

21時に看護師さんの見回りがあったときに、少し疼く左膝に湿布を貼っていただきました。もうこの膝には、手術による根本治療しかない気がしますが、検査も副甲状腺の事が片付いてからの話で、今一番気にかかるのはこの膝です。

今日は死人が出ませんように! 昨日は下の階で出たそうです〜。

おやすみなさい。

|

入院6日目①

今日も外来がお休みなので、病院は静かです。

日曜日は体重測定の日です。渋々測りに行きました。
何と1キロも増えていて、ショックでした。入院して太るなんて。まだ1週間にもならないうちに。
娘からも肌の艶がよくなったといわれ、同室の人のお見舞いにいらしたお客さんからも、「あなた、どこがお悪いの? お元気そのものに見えるのに」などと、いわれてしまいました。

まあ元気ですけれどね、もっと質のよい元気を目指しているのですよ。

これで、手術したら少しは痩せるのかしら。こんなことにまで、期待をかけるようになるなんて。
でも、幸いに、おなかを見せない限りは、太っているとはいわれません。病衣は不格好ですが、ゆったりとしているのです。
ズボンのゴムが緩く、気をつけないと次第にずり落ちてきてお尻がまる見えになる、と不評です。

今看護師さんが、テーブルを拭きに来てくれました。
ベッドに付いているテーブルに本を全部出していたので、「荷物が多くて、拭きにくいでしょう」といいながら本をベッドに下ろしていると、隣りの69歳になる糖尿病の女性が「勉強道具がいっぱいやな」といいました。
「そう、勉強道具〜」といってコミックスを見せました。すると、「それは頭の体操やな」

椎間板の女性が、温湿布を貼って、とやって来ました。パンパンに張り、硬く盛り上がっていた首から肩甲骨辺りにかけてすっきりとなっています。湿布も馬鹿にできないものだな、と感心しました。

入浴と検温だけが仕事の1日が始まりました。随分骨休めになっていることは確かですが、これに慣れると、シャバでやっていけなくなりそうで心配になります。

昨日から娘は連休で、昨日も来てくれました。入院にならなければ、今頃は一緒に萩の宿に泊まって秋吉台に出かけていたでしょう。
ただ体調的に、行くのは無理な予感があり、宿の予約をとるのを1日延ばしにしていた実態がありました。入院して正解だったのです。

娘にはとんだ連休になりました。家事の勉強にはなっているようです。

火曜日にアルメイダ病院へ骨シンチを撮りに行かなければならず、娘が付き添ってくれるとか。別に1人で行けるのですが、ついて来たいようです。
家族の車で行ける場合は何も出ませんが、1人で行く場合はタクシー券が出るそうです。娘は運転しないので、タクシー券を利用することになります。

テレビでは、女子マラソンが始まっています。

| | コメント (2)

2008年8月16日 (土)

入院5日目④

今日は外来がお休みだったので、病院は静かでした。

先生の回診は、午後4時過ぎにありました。
「お変わりありませんか?」と先生。
「はい。先生、昨日は素人感覚で色々いってしまって、すみませんでした。先生にお任せします、首が先でも構いませんよ」とわたし。
「イヤー、心臓が先がいいかなー」と先生。
「かかりつけの循環器クリニックの先生にコンタクトをとっていただくわけにはいかないのでしょうか? 3年以上診ていただいていますので、わたしの心臓に関しては、わたし以上にご存知だと思いますので」とわたし。
「いいですよ」と先生。
「ええっと電話番号は」と慌てながら薬袋にクリニックの連絡先もあったはずだと思い、それを出しました。
「○○○○薬局」と先生。
「違った。ああそうだ、診察券に電話番号がありますね」とますます焦りながら、整理棚からバッグを取り出し中身をベッドぶちまけました。冷静沈着なお顔をしてじっと待っていらっしゃる先生。
「見苦しくて、恥ずかしいわ〜。ちょっとお待ちくださいね。県立で心臓血管外科の部長をなさっていた先生なのですが」と言い訳しながら、あまりご存知なさそうなクリニックの先生をアピールします。
「へえー」と謹厳そのものの顔つきで、子供のような反応を示される先生は、この病院の内科部長です。
クリニックの電話番号は手帳に書いているのに、思い出せませんでした。診察券を出して番号をノートの切れ端にメモし、ようやく先生に渡しました。
「じゃあ、月曜日に連絡をとってみましょう」といってくださり、ホッとしました。

何しろ入院したのが内科で、内分泌・糖尿病の先生ですので、心臓の話題に関しては何となくチグハグな感じを否めません。
見回りの看護師さんから「胸のほうは如何ですか? 発作があったときは心電図をとりますので」といわれ続けて食傷気味です。いい機会だとは思うので、わたしも期待に応えて発作を起こしたいものだとは思いますが、あれ以来起きないのですね。
どうせなら脈拍数と血圧をこまめにチェックしてほしい気もします。

めまいの発作を起こした中年女性が、扁桃腺を摘出して退院したあとに入ってきました。主治医は耳鼻咽喉科の先生です。この病棟には、内科と耳鼻咽喉科の患者が入っています。

今夜は死人が出なきゃいいけどな〜!

おやすみなさい。

|

入院5日目③

お隣りの糖尿病の女性に聞いたところでは、死後1時間ぐらいで霊安室に運ばれるのではないかという。
看護師さん2人で、手際よく遺体を処理するのだそうだ。
実は昨日真夜中バタバタする音もピーというも2度時間を置いて聴こえたので、時間をずらして2人亡くなったかもしれないと思っていたのだ。

さっき椎間板の女性から、真夜中トイレに起きたばかりに、わたしから怖い話を聞かされたために(「お母さん起きて〜!」の話を彼女にした)、朝まで眠れなかったと怨まれた。
彼女は、わたしの指の湿布を貼った指の股の小さな腫瘤に触れ、「クリクリがここにもあそこにもできて、クリクリだらけになるの」などという。
1つ下なだけとは思えないくらい、可愛い。顔立ちはむしろシャープなのだが、仕草や話しかたが愛くるしい。
若い頃はワルで色々しすぎ、眉がなくなったため、美容アートという美顔術(というのだろうか)を施している。わたしは初めて知ったが、顔を洗っても化粧が落ちないのを見、驚いた。眉尻にむかって茶から黒に変わる美しい眉、青いアイラインを一生描く必要がなくて楽だろうが、美容の基準が著しく変わったら、困るだろうなあ。

さて、お風呂の順をとってくるかな。素早いばかりに、全員の順をとるはめになった。

|

入院5日目②

午前2時です。マシで眠れません。
抗生剤クラヴィットが膀胱炎にあまり効かず、トイレが近いことも原因です。
トイレへ行こうと病室を出ようとしたら、同室の椎間板ヘルニアの女性が壁に寄りかかっていました。
痛みは軽くなったようですが、眠れないためハルシオンを服用したそうで、トイレへ行きたいのだけど、フラフラするのだそうです。
彼女を助けてトイレへ。彼女はレーザー治療とブロック治療を専門としている病院へ、近いうちに転院します。

大部屋へ入ったことのメリットのひとつは、皆、試行錯誤しながら懸命に病気に向き合っているんだな、という連帯感が養われたことです。

気を取り直して寝ようとすると、またしても、「お母さん、起きて!」と叫ぶように連発する少女の声。
この真夜中に、起きて、はどう考えても不自然なので、日付が変わる頃に亡くなった人の遺族でしょうか。
とすると、亡くなったのは女性?
死を転居に、転居を死に見立てたローデンバックの秀逸な短編を無性に再読したくなります。
ああ、あれは家の本棚だわ〜(+_+)

|

入院5日目①

昨日の続きです。指の股の小さな塊が疼くので、スタッフステーションに行って、湿布を貼って貰いました。

廊下を歩いていると、カーテンの隙間から(なぜかその部屋の入り口はカーテンになっています)医師や看護師でいっぱいの病室の中が見え、医師が患者の姓を呼ぶ声、ピーという音が聴こえてきました。

ああ、今は号泣する声も。どなたか亡くなったのでしょう。合掌

|

2008年8月15日 (金)

入院4日目④

おやすみなさい、と書いたが、眠れない。

左手の中指の付け根の辺りが疼くと思ったら、なんと塊ができているではないか!
ああ気持ち悪い、一番急いでほしいのは整形外科的領域の腫瘍であるような気もする。うっかり腫瘍と書いてしまったが、わたしにはもうそうとしか思えないし、このスピーディーな増え方、成長の仕方は悪性か、良性であっても悪性に近い性質の悪いものとしか思えない。喉のも頭のも脚・手のも、皆ひっくるめて癌じゃないのか?

先生には、カテーテルをしてみたいという気分のみが優先してあんな注文を出してしまったが、落ち着いて考えてみると、喉の腫瘍を取り除けば、 頻脈がなくなり、インデラルを飲む必要もなくなって、冠攣縮性狭心症の発作らしきものもなくなるのかもしれないのだから、喉を優先すべきかもしれない。
それに心臓のことは、循環器クリニックの先生との連係をとっていただくよう、お願いすることこそ第一にすべきことだった。

何とまあ、迷路みたいな状況に入り込んでしまったことか。消灯になってしまうと、自分の体で成長を続ける瘤たちが怖くなる。

|

入院4日目③

本日のメモは省略して、18時30時、回診にお見えになった先生と交わした(わたしにとっては核心的な)会話を、ご紹介します。

先生のお話では、頭部・頚部CTでも、やはり、頚部エコーと同じ場所に腫瘍らしきものが写し出されていたそうです。
泌尿器科の先生と相談して、手術するかどうかを決定したいということでした。

この腫瘍らしきものがいつからあったかがわからないだろうかと尋ねましたが、それは先生にもわからないそうです。

気になっている頭と両脚の腫瘤が副甲状腺ホルモンに影響されている場合は、「副甲状腺の腫瘍らしきものを取ってしまえば、頭と両脚の腫瘤の成長は止まるでしょうね」と先生。そうでない場合は、別問題ということです。

37歳で、24時間ホルター心電図により治療が必要な頻脈と診断された症状については、副甲状腺ホルモンの影響が考えられると先生。が狭心症とは無関係だとか。

わたしの昨夜のニトロ舌下錠使用について、先生は発作時の心電図がほしいとおっしゃいました。わたしは狭心症といっても冠攣縮性狭心症疑いであり、それもインデラルの副作用といわれているので、本当に冠攣縮性狭心症もあるかどうかをはっきりさせるためにも、冠攣縮性狭心症の確定診断ができるとされている誘発物質を用いたカテーテル検査をしてほしいといいました。

先生は、「確かに循環器も含めた方向性で見ていく必要があると感じています」とおっしゃいました。
先生は、循環器科の先生に相談してみましょう、とおっしゃってくださいました。

「喉と心臓はどちらを先にしましょうかね」とつぶやかれたので、「喉の腫瘍が悪性である可能性が低ければ、心臓が先のほうがいいのではないでしょうか。手術中の不確定な不安要因を1つでも取り除くためにも」と、わたしはいいました。

一旦は諦めた、健康体を取り戻したいという思いがマグマのように噴き上げてきました。

これは先生がたとの駆け引きでもあります。おとなしく病院に身を委ねるという当初のしおらしい方針とは違ってきてしまいましたが、この病院あるいは先生に、こうした患者の希望を黙殺しないだけの柔軟性があるのかもしれません。

●娘は今日もきてくれて、料理もしてくれるそうです。あまり無理はしてほしくありませんが、家事に新鮮な魅力を覚えているのかもしれません。よい勉強にもなるでしょう。
●娘に貰ったぬいぐるみは、同室の人たちから可愛いと褒められます。抱き締めて寝ています。
●不明熱で入院していた、幼稚園の園長先生をしている女性が、退院しました。
扁桃腺を摘出した女性も、明日退院です。
●夫に電話で今日の出来事を報告し、ついでに済ませてほしい用事として、今月の残りと来月だけバケット使い放題に設定してほしいと頼みました。娘のを確か、前に1度そんな設定にしたことがありました。
童話ブログと健康ブログも携帯で更新できる設定にしているにも関わらず、バケット代がもったいなくて、まだしていません。
当ブログの自分の記事を確認のため、見るだけです。
カテーテルをしたいなんてことも、高額療養費制度の事前申請をしていなければ、とてもいい出せませんでした。
☆おやすみなさい。

|

入院4日目②

朝最初の看護師さんの見回りのときに、胸の圧迫感が起きたので、ニトロを舌下したと報告したら、「起きているときに、呼んでほしかった・・・。今度からはそうしてください」と叱られました。
看護師さん、忙しそうだし、呼ぶほどのものではなかったのですが。ある意味、これからはニトロも自由に使えない?? ありがたいような、不自由なような・・・。

風呂上がりのモシャモシャ頭で、洗面室に髪を乾かしに行こうとしていたら、先生がマスクをかけた白衣姿でフラッとお見えになり、「Nさん、膀胱炎気味だって?」「昨夜は2時間毎に行きました。今朝になったらそれほどでもなくなって、3時間は持ちます」とわたし。「抗生剤、出しましょうか」お願いしました。
入院して体にはラクな環境にあっても、体調の波はあるようです。

11時半から頭部・頚部造影CTでした。
喘息なので、用心してアレルギー防止の薬を点滴してから造影剤を入れることになりました。
入院中はコンタクトではなく、眼鏡で通しているため、終わったとき、検査技師さん2人の他に誰かもう1人いるな、と思いましたが、ほやっとしか見えませんでした。
眼鏡をかけてから、「あっ先生だ!」と思わず口走ったら、3人がドッと笑いました。

先生と一緒に業務用エレベーターで病棟に戻りました。返さなければならない点滴台を「わたしが持ちましょう」と持っていただきました。

検査中も合間に出ていた軽い咳のことや、夜間起きた心臓の圧迫感について話しました。
几帳面そうな印象ですが、淡々とした雰囲気の先生なので、深刻にならずに要点だけ伝えることができます。医師というより、科学者のように見える先生です。
造影CTの結果がでるのは月曜日になるだろうということ、アルメイダ病院に骨シンチグラムを撮りに行くのは火曜日になり、夕方までかかるだろうということなど伺いました。

話題は変わりますが、同室の人から、窓から見える村山元総理の家を教わりました。
以前この病院の内科部長をしていたクリニックの先生をホームドクターとしている別の人からは、そのホームドクターから聞いたおススメの個人病院を聞きました。
心臓では、何といっても、わたしが通っているクリニックが一番だとか。
へえー、プロの間でもY先生は人気が高いんだ、と感心ました。

|

入院4日目①

夜中の1:20に初のニトロ舌下錠を2錠使用。室内は結構冷えていた。

|

2008年8月14日 (木)

入院3日目:③

本日のメモ(献立は省略します)。

7:30 看護師さん見回り‖眠れたか。膝は痛くないか。

7:50 朝食

9:50 ベッド周りの拭き掃除(これは看護師さんによるもの。※床掃除は毎日ありますが、省略しています)。

10:55 看護師さん見回り‖検温、血圧。体調。「先生とコンタクトはとれたましたか」とれた。

12:00 昼食

15:55 看護師さん見回り‖明日、頭部・頚部CT。プリント『CT検査を受ける方へ』。11:30予定。朝食は抜き(吐き気防止のため)。

18:05 夕食

19:40 看護師さん見回り‖「食事は全部食べられましたか」左右の膝が少し疼いたことを話す。「歩きにくいですか、関節痛はありますか」歩きにくさはほとんどないが、左脚が幾分。小用が近い、残尿感があることを話す。「明日もそれが続くようであれば、先生にいってください」

少し前に、夫と娘が来ていた。廊下で待っていた彼らとデイルームへ。
一緒にスタバのカフェラテを飲み、ポテトチップスを摘みながら、話す。ステンレス製の保温・保冷マグは優れものだ。
ハーフ・タオルケット、コミックス「プライド5」新刊の「のだめカンターヴィレ」を受け取る。

21:10 看護師さん見回り‖「変わりはありませんか」

おやすみなさい。

|

入院3日目:②

入院3日目:②
病院の裏側は、ごみごみした住宅街です。

椎間板ヘルニアで入院中の女性が、なかなかラクにして貰えないようで、何度も泣いていました。というのも彼女は薬物性肝障害を患ったことがあり、どんな薬も使うわけにはいかず、それを調べるために肝臓専門の先生にかかっているのです。幸い夕食後の今は見舞客があり、笑って話しています。
日中は合間にも、陶芸教室を開く計画や韓国旅行のツボをチャーミングな表情で話してくれたりしたのですが、首、肩、左腕にかけて痙攣に見舞われているときの彼女は痛みで気が触れるのではないかと心配になるほどで、見ているのがつらくなります。

こんな場所が苦手な夫は、10分間見舞って帰りました。娘が、夫の車で仕事帰りに寄ってくれるのを待っています。タオルケット(ハーフ)の替えを頼んだのです。

パムクの『雪』を読み始めたので、読書ノートも記事にしたいと思っています。

|

入院3日目: ①

同室の人から、動作が素速いと驚かれます。う〜ん、そうかしらね。そういえば、入浴の順番は1番に取りに行くし、食事も素早く完食して『泡のチカラ』を持って箸を洗いに行きます。健康(?)だから、できるのでしょうね。
心配した喘息は、家にいたときより出なくなりました。タバコの害を遮断した環境で寝起きできているメリットではないかと想像しています。家では我慢してくれているとはいえ、タバコの匂いをプンプンさせて夫が帰宅するだけで発作が起きることがよくありますから。ハウスダストも、ここのほうが少ないでしょうし、室温管理もいいですものね。
心臓の具合も悪くありません。
この二つがコントロールできていると、健康体に近づきます。

休日の夫が今日は来てくれるはず。「あなたがアレルゲンとわかったわよ」といってやりたい気がするけど、いえないかな〜。
ハムスターも飼っているときに呼吸器クリックの先生から「ハムスターは強力なアレルゲンだから、飼わないように」といわれ、でも「何て愛らしいアレルゲンなの」と咳き込みながら、頬にスリスリしましたっけ。

この記事を書く合間に、持ってきてほしい本のことを、夫とメールでやりとりしていました。
なぜか、猛烈にシモーヌ・ヴェイユが読みたくなりました。
ドストエフスキーの夫としての、またジャーナリストとしての側面が知りたかったので、岩波文庫版『妻への手紙』、パムクをちゃんと読もうと『雪』、バルザックもないと・・・と『従姉ベッド』、ホフマンスタール『チャンドス卿の手紙』、児童書では、読みかけていたテア・ベックマン『ジーンズの少年十字軍』、ジョージ・マクドナルド『ファンタステス』を持ってきましたが、入っていけず、娘お勧めのコミックス、一条ゆかり『プライド』を2巻読みましたが、もう1つ入っていけず。『砂の城』のほうが好きかな。

9時頃、先生がフラッとお見えになり、同意書を出したかどうかの確認でした。
今日は予定が入っていないようなので、外出したいなと思い、訊く隙を伺っている間に、先生は軽く頭を下げて出ていってしまわれました。
外来の診察が始まる時間だったので、急いでいらしたのではないかと思います。
昨日も看護師さんに「明日は予定が入っていないんですよね」と、外出許可をとるつもりでいいかけたら、「先生が急に予定を入れられることもありますから」と、先手を打つようにいわれてしまいました。
外出すると、汗をかいたり疲れたり、服をクリーニングにも出さなきゃならなくなるから、今日のところはやめておきましょう。第一いなかったら、面会に来てくれる夫に、さすがに悪いですものね。

|

2008年8月13日 (水)

入院2日目②

頚部エコーで、首の右下にひとつ、腫瘍らしい塊が見つかりました。そのため15日に頚部造影CTが予定され、はっきりしたら、手術という先生のお話でした。

本日の流れを記録しておきます。

6:00 採血8スピッツ。

7:45 朝食∥ひじき・油揚げ・ニンジンの煮つけ/ジャガイモ・玉ねぎ・ねぎの味噌汁/ごはんたらこふりかけ/牛乳

9:20〜40入浴

11:00 頚部エコー、胸部レントゲン。

12:00 昼食∥卵豆腐・オクラ・鞠麩・ニンジン・昆布の炊き合わせ/キャベツ・コーン・シーチキンのマヨネーズサラダカツオの角煮/ごはん

16:30 看護師さん問診‖体温、痛いところ・具合の悪いところはないか。

17:50 先生の回診‖頚部エコーで右下に腫瘍らしきものひとつ。15日に造影CTをするので、明日までに同意書を提出するようにとのこと。造影CTの詳しい説明。普段飲んでいる薬は、飲んでいて構わない。骨シンチは後日(県病は今はやっていないそうだから)、アルメイダへ。

18:10 夕飯∥白身魚・エビ・かぼちゃ・ピーマン・しいたけの天麩羅(大根おろし)/ナスとゴーヤと鶏肉の味噌煮/白玉粉あんこ/漬け物

21:15 看護師さん問診‖食事はどのくらい食べられたか。痛いところはないか。だるくないか。

娘がスタバのカフェラテ、コミックス、頼んだタオル4枚を持って仕事帰りに寄ってくれました。おやすみなさい。

|

入院2日目①

お盆で、あなた様はお忙しいことでしょう。

今日は歯車が噛み合わず、先生がいらしたときはトイレに行っていたし、放送で胸部レントゲンに呼ばれたときは入浴中、頚部エコーに呼ばれたときは(_ _).oO

先生の診察をすっぽかしたままの他は、午前中で全ての予定が済みました。

まず昨日の続きから記録しておくと、
18:10 夕食(高野豆腐・糸こんにゃく・さやいんげん・ニンジンの炊き合わせ/レタス1枚敷いて豚肉の薄切りにきのこ類・キャベツ・ピーマンのあんかけ/キュウリと長芋の酢の物/漬け物/ごはん)
19:00 明日の検査に関する説明
19:55 看護師さんの問診(熱、お通じ、食欲他体調チェック)

ベッド周りの狭いことが難点ですが、それ以外は快適です。両膝が少し疼き、咳も少しは出ましたが、いつもより眠れました。むしろ寝過ぎて眠いくらいで、ごはんをたらふく食べるせいか、変にだるいです。
特に今朝、採血で8本分(1本失敗があったことを思うと9本分)も血液をとられたあと、気分的なものでしょうが、本当にだるく、すっぴんに不格好な病院のパジャマですから、どこから見ても病人のオバサン以外の何者でもありません。

同室の人たちとは、だいぶ親しくなりました。
病室のドアが開け放たれているため、他の病室から夜通し間を置いて激しく嘔吐する高齢らしい男性患者の声が聴こえ、そのときは目が覚めました。
正直言って、よく寝る割には何だか本物の(?)病人になってしまいそうな入院2日目のわたしです。

病院は、行き届いたものを感じさせ、割合に自由な雰囲気のある、これまで出産や家族の付き添いなどで見てきた病院の中では最も好ましい印象です。

|

2008年8月12日 (火)

入院1日目②

入院1日目その2
消灯直前の携帯可能地帯です。

同室の人たちと話してわかりましたが、バセドーの手術後と思っていた女性はミニバレーの最中に椎間板ヘルニアになった49歳の人でした。明日バセドーの手術と思っていた女性は41歳、扁桃腺をとって貰うそうです。

明日は早朝の尿を2個のカップにとり、今日入りりそこなった風呂の順番をとって、採血、頚部エコー、胸部レントゲン、心電図があります。おやすみなさい。

|

入院1日目①

入院1日目
携帯使用が許可されているエレベーター前の小ロビーからです。

手首にネームバンドをはめました。腕時計の横のものがそう。

6人部屋です。バセドーの手術後なのか、首にコルセットのようなものをはめた40代くらいの女性。明日バセドーの手術をする30代くらいの女性。原因不明の熱が続いている60代くらいの女性。糖尿病の70代くらいの女性。もう1人の高齢の女性は何の病気なのか、わかりません。

身長・体重測定、検温、血圧測定がありました。

昼食は、ワカメ・ジャコご飯、春雨・キャベツ・ネギ・ニンジン・卵の炒めもの、鯛の吸物、お漬け物、オレンジ2片。量はたっぷりとあり、味はまあまあでした。オレンジは入らず、付き添ってくれた娘にやりました。

13:00 シーツ交換。わたしは入ったばかりなので、ありませんでした。

13:45 主治医がいらして、説明を受けました。
副甲状腺腫があれば、泌尿器科に移って手術となるそうです。副甲状腺の異常あるいは過形成が全身に影響しているのかもしれないし、瘤とは別問題として考える必要があるかもしれないそうで、脳神経外科の先生はそうお考えだとか。というのも、普通は副甲状腺ホルモン値が高ければ、血中カルシウムも高くなり、そうすると逆に骨が溶けたり、スカスカになるからです。

15:00 看護師さんが病棟内を案内後、デイルームで提出した書類をもとにこまやかな問診。
喘息の心配を言いましたら、どのみち個室は空いていないとか。夜間はクーラーが効きすぎる嫌いがあり、喘息が出やすくなるかもしれないが、夜勤の看護師さんによく言っておいてくださるそうです。
お尻と左耳の湿疹も気になっていましたが、皮膚科の女性の先生の診察を受けられるようにしましょう、とのこと。ステロイドは苦手と書き込んでくださいました。

15:20 看護師さんと病室に戻り、サンプルとして服用中の薬を1錠ずつ渡しました。
「入院診療計画書」が渡されました。それには病名=副甲状腺腫疑いとあり、推定される入院期間=〜4週間とありました。

鈴木杏樹を年配にしてシャープにしたような師長さんが素敵です。
「何だか今の看護師さん、さわやかで有能そうで、一味違ったわね」と娘に囁くと、「師長さんだよ。名札にそうあった」と娘。

娘が帰って寂しく、疲れも出てきました。夕食まで横になります。
と、ここまで書いたとき、娘から電話があり、今夜、手料理にチャレンジするそうで、献立の相談でした。「さすがに外食や弁当ばかりじゃ飽きるからね〜」と娘。その調子よ。だけど無理しないでね。

以上、入院後初の記事でした。

|

2008年8月11日 (月)

明日から入院

過去記事で書いたように、
明日12日の午前10時から、
骨腫瘍疑い、副甲状腺腫あるいは過形成疑いで、
精密検査のため入院します。
必要であれば、手術が加わります。

入院期間は未定で、
数日で済むのか週単位になるのかは、
今のところ全くわかりません。

パソコンは持っていきません。
そのため、退院してパソコンを開くまでは、
携帯からの記事の更新になりますので、
よろしく、どうぞ。

お盆前で、あなた様もお忙しいことと拝察致しますが、
ご自愛くださいますよう。
暦の上ではもう秋ですね……。

|

2008年8月10日 (日)

山岸凉子『テレプシコーラ』第2部・第9回を読んで

Link soon new 山岸凉子『テレプシコーラ』最終回の感想

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 「ダ・ヴィンチ2008月10月号」掲載の山岸凉子著『テレプシコーラ』第2部の弟9回を読みました。ネタバレの可能性がありますので、それが平気なかたのみ、以下の続きを読むをクリックくださいね。 

               downwardright

続きを読む "山岸凉子『テレプシコーラ』第2部・第9回を読んで"

| | トラックバック (0)

8月8・9日の夕飯(かじきの薬味づけ。胡瓜と牛肉の炒めもの。三色ごはん)

P8050279P8050283 すっかりサボり気味の夕飯の記事ですが、久しぶりに記事にしてみました。

 8月8日の夕飯は、かじきの薬味づけ、胡瓜と牛肉の炒めもの(※わたしは豚ミンチ使用)、豆腐の味噌汁でした。

 かじきの薬味づけのレシピは、こちら。薬味たっぷりの美味しいメインディッシュです。夏にぴったりですね。

P8050262 めものも、夏にぴったりのサイドディッシュだと思います。

 前に1度ご紹介しましたが、再度、「毎のお惣菜シリーズ1 )」1985の中からレシピをご紹介します。材料は4人分です。

∥胡瓜2本|塩大さじ1/2|牛赤身肉60g|合わせ調味料〔しょうゆ大さじ1/2¦砂糖小さじ1¦葱みじん切り大さじ1¦にんにくすりおろし小さじ1/2¦胡麻少々¦胡麻油小さじ1〕|胡麻油大さじ1/2|半ずり胡麻大さじ1/2|唐辛子粉(なくてもよい)∥

  1. 胡瓜は薄く小口切りにし、塩をふって少しおいてしんなりしたらさっとすすいで、水けをしぼる。
  2. 牛肉はみじん切りにたたき、合わせ調味料でまぜる。
  3. フライパンを熱して牛肉を炒め取り出す。
  4. 胡麻油を加えて熱し、胡瓜を強火で手早く炒め、塩を少々ふり、牛肉を合わせてかきまぜ、粉唐辛子、半ずり胡麻を加えてから、まぜる。

 わたしは前に牛ミンチで作ったのですが、パサついた感じがあったので、豚ミンチで作ってみましたら、「おお成功!」という感じに仕上がりました。レシピ通りの牛赤身肉をたたいたものは当然美味しいと思いますが、お忙しいかたは豚ミンチでお試しください。
 P8060008_2 P8060015_3  
 9日の夕飯は、三色ごはん、ごま豆腐、もやしとしいたけの味噌汁でした。

 紅ショウガを切らしていたので、梅干しをのせてみました。ちょっと大きすぎたかな。

 三色ごはんの材料をこちらでご紹介しています。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月 9日 (土)

昨日、呼吸器クリニック受診

 昨日の午前中、循環器クリニックを受診し、夕方、呼吸器クリニックを受診した。

 入院中の喘息の発作が不安で、そのことをお話ししたところ、懼れたようにフルタイドを増やすようにと3個も貰ってしまった。

 この頃、フルタイドは増やしても減らしても効かない気がしてしまう。口の中も荒れていて、食べ物が沁みる。声もかすれている。安全な薬なのかもしれないが、わたしにフルタイドは合わない気がして仕方がない。でも、そのことを再び、フルタイド主義者(?)の先生にはいえなかった。

 基本的に朝2回、夜2回にし、自分で加減するように、とのことだった。特に手術をするようであれば、その前後は多めがいいとのこと。

「先生、3個も出してくださるのですか?」と思わず口走ると、「しばらく入院するんでしょう?」と、口調がいつになく冷たく感じられる。やはり、プライドの高いこの先生は、わたしのこんな変則的なかたちでの入院はお気に召さないようだな、と思わないわけにはいかなかった。

 といっても、本来親切で、物知りの先生だから、色々と教えたり、こちらの不安を和らげるようなことをいってくださった。

 副甲状腺の異常は珍しく、発見もめったにないほどだそうだ。先生は一度も出くわした経験がおありでないという。

 副甲状腺ホルモンの値が高くても、血中カルシウム値が正常であることはありえるそうだ。逆をいえば、本来動かないはずの血中カルシウム値が変動するということは大変なことだという。直ちに体に影響が出るそうだ。

 副甲状腺ホルモン値の異常がわたしの心臓に影響を与え続けてきたことは考えられることだが、ただ、それでわたしの心臓の症状が全て説明がつくかどうかというと、それはどうだろうか――と、おっしゃった。

 あまり期待しすぎないようにしなければいけない。昨日はつい、健康体に戻れる薔薇色(緑色というべきか)の夢に酔っていた。入院後は、体のことは病院にお任せして、よい患者であるように努め、なるべく淡々としていよう。

 腫瘤が悪性であることは、考えなくてもいいそうだ。わたしのように原因がはっきりしている場合、悪性であることはないという。

 午前中に受診した循環器クリニックの先生とは対照的に、いつになく冷たい感じの先生だったが、「わあ、入院はもうすぐか!」と慌てたりと、何だか変だった。なぜ、先生がわたしの入院がもうすぐであることに慌てられるのだろう?

 診察が終って退室しかけたとき、「仮に手術になったとしても、副甲状腺の手術はごく簡単なものですから」と、わたしの背中を追いかけるように、先生のいつもの温かみのある声。

「それほど痛くありませんか?」と訊くと、先生は頷かれた。

 入院するにあたって一番心配なのは、夜間の喘息発作だ。あまり出なければいいけれど。 

|

2008年8月 8日 (金)

入院前の循環器クリニック受診:実り多き会話

 かかりつけの先生方とは系列の異なる病院に入院するはめになったことを気に病みながら、循環器クリニックのドアを押した。

 受付で、別の異常で別の科に入院することになったことを先生にご報告したいと告げると、「受診になりますが、よろしいですか」と訊かれ、受診もするつもりで来たので、「はい」といった。

 いつになく緊張してソファに腰掛けていた。やがて、体重・血圧測定と問診を看護師さんから受けるために呼ばれた。

 もうすっかり馴染になっている看護師さん3人のお顔を見たとたん、箍が緩み、わたしは一部始終をぶちまけ、興奮し、揚句に瘤を自慢(?)してしまった。

 看護師さんたちはわたしの話にちょっとビビり、気遣わしげにしながらも、プロの冷静さで、先生に報告しなければならないわたしのまとまりのない話を記入したり、血圧を測ったりしていた。が、ついに彼女たちは好奇心を抑えきれなくなったらしい。

 看護師さん2人に、頭の瘤は触られた。瘤が人気者なのはいい。しかし、触られすぎた刺激からということもないだろうが、このところ急速に育った気がする。昨日夫に触って貰ったら、「ホントだ……おっきくなってる……」と驚いていた。

 気のせいではないと思う。まだ髪で隠せないほどではないが、このまま大きくなると、いずれ隠せなくなるに違いない。となると、副甲状腺の手術をするしないとは別に、この瘤を手術でとって貰う必要が出てきはしないだろうか。

 ちなみに看護師さんのお1人は、わたしとは逆に頭に窪みがあるそうだ。生まれてくるときに鉗子に挟まれたせいで、頭蓋骨が凹んでしまったのだという。わたしも看護師さんの頭を触った。かなりの窪みだった。

 わたしの凸と看護師さんの凹を足して2で割ったら、ちょうどいいのだが。

 またしばらく待って、いよいよ診察室へ。先生のお顔を見て、また箍が緩んだ。先生は看護師さんの報告を受けて、すでに一部始終をご存知だったが、わたしは改めて話した。

「副甲状腺かあ。甲状腺は触ったら、大きいよね。でも、それではなくて、副甲状腺ねえ……頻脈はその影響かもしれないなあ……」と、ひとりごとのようにおっしゃる。

 その言葉にわたしは飛びつき、急き込んでいった。「先生。もし、副甲状腺が原因だとしたら、全てが一気に解決ということもありえますよね?」

 つらい頻脈や、そこから派生した冠攣縮性狭心症、喘息、体力の低下。また骨の異常。パワフルであっていいはずの中年期をよぼよぼと過ごさなければならないこの忌まわしい生活と、オサラバできるのではないだろうか? 

 そのわたしの質問に対しては先生ははぎれのよい返事はなさらなかったけれど、半分は肯定なさったような感触があった。

「ところで、先生。腫瘤が悪性だったら、どうしましょう?」というと、「ああ、それはない」と静かにおっしゃった。フワリと温かなものに包まれるような感じがあり、わたしは気持ちが明るくなった。

「では、入院は日赤の内分泌科ですね?」と先生。「いえ、内科です」とわたし。内分泌科はなかったはずだ。が、内部では専門に分れているようで、わたしが日赤でかかっている内科のU先生は内分泌・糖尿の専門医らしい。

「U先生には、何人か糖尿で診て貰っているよ」と、先生。つながりがないというわけではないらしい。

 そして、脈、喉。頭・両脚の腫瘤の触診。

 頭の大きな瘤に触ったとき、先生ははっとされ、左脚の平べったい腫瘤に触れたときにもちょっと驚かれた様子で、考え込まれているような雰囲気が伝わってきた。瘤たち、本当に成長がよいからなあ。

「よく診て貰ったほうがいいね。入院は、さっそく12日からかあ。ここでのことは、飲んでいる薬も含めて、よく話しておいてください」と先生。

 結果は、報告するようにとのこと。また、もし手術をするようであれば、事前にそのことをクリニックに電話するようにとのことだった。

 それから、ここからは余談になるが、わたしはエクスパック500で先生に宛てて、わたしの短編『侵入者』の掲載された同人雑誌と、同人雑誌評欄で〈今月のベスト5〉に選ばれたときの「文学界 7月号」をお送りしていた。

 先生はリラックスした、もの柔らかな雰囲気を醸して、「読ませて貰っているよ」とおっしゃった。

「いつか、わたしの小説を読みたいとおっしゃったでしょう? それを真に受けて、お送りしました。もしかしたら先生は文学おじさんかな、と思ったものですから」というと、先生は笑って「おじさんじゃないよ~」とおっしゃった。おにいさんとは思えないが。おじいさんはあんまりだし。

「ご迷惑だろうなと思いながらも、先生のお蔭で創作できているという感謝を籠めて、いわば捧げ物としてお贈りしました」と、わたしは真実の気持ちを吐露した。

「いやあ、凄いよ。賞をとってください」と先生。(賞は無理です、先生。でも、きっと作家になって恩返しをしますよ)と、わたしは心の中でつぶやいた。

 今日という日は、よきホームドクターに恵まれた喜びを存分に味わった日となった。

 これで元気に入院できそう。今から、今度は呼吸器クリニックに行く予定。呼吸器クリニックの先生にも、きちんと報告できるだろうか。緊張感が戻ってきつつある。

 昨日、社会保険事務所へ出かけ、高額療養費制度を利用するために、事前の申請を行った。この場合、発行は北九州市にある社会保険事務所になるので、取り次いで貰うかたちとなり、自宅に認定証が届くのは1週間後くらいになるという。

 もしそれ以前に退院・支払いということになった場合は、認定証の交付を申請している旨、支払いの窓口でいうようにとのことだった。

|

2008年8月 7日 (木)

息子からの電話、高額療養費制度の利用における事前申請

 長野に出かけていた息子から、夜、電話があった。娘と話した後で、わたしに替わった。

 アパートに帰り着いて、すぐに電話しているという。正午過ぎに長野を出て、途中大雨のため足止めを食い、本来6時間かかる距離を8時間かかったという。息子から電話があったのは、午後9時近かった。

 長野は涼しかったそうだ。曲がりくねった山道を長くバスに揺られなければならないということで、バスが苦手の息子は乗り物酔いを心配していたが、平気だったし、研修会での発表もまあまあだったとか。

 わたしは入院のことを話した。入院が決まる前までのことは、前回電話があったときに話していた。

「先生は、手術を前提に、かなりプランを煮詰めているんじゃない? 入院は長びきそうな気がする。しかし、4週間もおふくろが家を空けるとなると、家の中はめちゃくちゃになりそうだなあ。せっかくよくなって退院してきても、頭痛がして寝込むかも……」と息子。

「手術になるかどうかは検査結果次第だと思うから、入院が長びくとは限らないし、パパもお姉ちゃんも仕事で帰りが遅いから、家は散らからないと思うわよ」とわたしは返したが、こちらが内心懼れていることを、あっけらかんといってくれるなあと思い、息子が憎らしくなった。尤も、思っていることをそのまま口にしてしまう癖は、わたし譲りだと思わないわけにはいかなかった。

 かかりつけのクリニックの先生方のいらした病院とは別の病院に入院することに対するわたしの後ろめたさについては、「別に、出し抜いてそうなったわけではなくて、成り行きでそうなったんだから、仕方がないんじゃない。きちんと話せば、わかって貰えると思う」と息子。お金の心配もしてきた。

「病院から貰った『入院のご案内』で知ったんだけど、昨年の4月1日から、高額療養費制度が変わったそうでね、事前に申請して認定証を発行して貰い、それを提示すれば、支払い窓口では限度額分だけの支払いで済むそうよ。パパが入院したときみたいに50万円ものお金を用意する必要はないでしょうね。入院期間が短ければ、喘息があるから、個室か2人部屋かを希望してもいいと思ったんだけど、先生はわからないっていうし、長くなるとちょっとね。とりあえず大部屋にしておいて、何かあれば、その時点で看護師さんに相談すればいいと思っているの」と、わたしはいった。

 高額療養費制度のこんな改正はありがたい。病院から貰った入院案内には高額療養費制度の説明があり、「平成19年4月1日から、事前の申請により70歳未満の方についても入院等に係る窓口での支払いが一定の限度額にとどめられるようになりました」と書かれていて、以下、手続きに関する説明がある。今日、これから、社会保険事務所へ申請に出かけようと思っている。

 入院では、夜間の喘息の発作が気にかかる。一旦発作が出ると、咳が止まらず、同室の患者を起こしてしまうかもしれない。ただ寝泊りする場所は病院なので、発作が起きても鎮めて貰えるかもしれない。

 個室はお金もかかるが、重症患者のためのものという感覚がわたしにはあり、心情的にも希望しにくい。この点は、入院してからの自身の体調を見ながら、柔軟に行動したいと思う。

 短い入院と長い入院とでは、冷蔵庫の管理も違ってくる。万一長引いた場合は、冷蔵庫の中を見て、傷んだものを処分してくれるように娘に頼んだ。

 わたしがいない間の夕飯は、外食と弁当になるだろう。幸い、街中で、いろいろとあるから、まあ何とか大丈夫だろう。

 今朝は、娘よりは早起きする夫に、ゴミ出しのレッスンをした。夫はゴミ出しが初めてではないけれど、わたしにいわれて仕方なく出しに行くだけで、家の数箇所にあるゴミ箱のゴミをまとめることまではしたことがなかった。

 生ゴミ用のペールも資源プラ用のペールも、買ってきたのは夫なのだが、この2つの区別がついていないようで、今日収集となっている燃やせるゴミに、生ゴミだけでなく、別の日に出さなければならない資源プラまで混ぜてしまった。

 生ゴミを出したあとのペールの蓋を、夫が開け放っていたために、悪臭が漂った。夏はどうしたって、臭いが強くなる。

 この2点について、夫にいい聞かせる。夫はここまでが限界だろう。生ゴミのペールを洗わなければならないが、これは娘に役目を振った。寝坊の娘は、帰宅後に生ゴミのペールを洗う可能性が高い。

 ペールの蓋は、そのためにも、夫に閉めておいて貰わなければ困るというわけだ。娘が、生ゴミのペールはバスマジックリンで洗うのかと訊いてくる。食器洗剤のほうが臭いが落ちるから、それを使用するように教え、専用のスポンジを見せる。

 娘には子供の頃、よく手伝いをさせて、それに応えてくれていたのに、いつから家事に無関心になったのだろう?  今では、夫そっくりになってしまった。これでは結婚したがらないのも無理はない。

 金銭管理については、わたしの努力のかいあって、夫も馴染んできた。家計用の通帳がどれかはわかるようになったし、家賃を振り込むこともできるようになった。流通業界に勤務する夫は、会社では大金を扱っているというのに、家のこととなると頭が全く働かなくなるらしい。

 娘にも話しておく。金銭的な用事を頼むと、娘は正確にこなしてくれる。彼女自身の金銭管理についてはどうだか知らない。

 管理人さんやお隣さんに、わたしがしばらく留守にすることを話しておくかどうかで迷うところだが、数日で帰宅できる可能性だってあることを考えると、大袈裟な気がして、やめておく。

 実はわたしは入院は、出産を除けば初めての経験なのだ。これまでは、うまく回避してきた。今になって思えば、入院をすすめられたときはするべきだったかもしれない。

 今回も、できれば検査を外来で済ませ、手術の必要があるときだけ入院ということにしてほしかった。でも、そんな希望を先生に伝える雰囲気がなく、流れに身を任せている。幸い、子供たちは成人したし、賃貸マンション暮らしで町内会の仕事もない。今が入院するには一番よいときなのかもしれない。

|

もい鳥〜!

もい鳥〜!

 説明書によると、もい鳥とは「鳥といも虫の中間の生き物」だそうです。
 その正体はというと、小型のやわらかクッション。
 娘が勤務先の書店で貰ったそうで、いらないものはわたしにくれる癖のある彼女はもい鳥もわたしにくれました。

 ハーボットのぬいぐるみを病院に連れて行くつもりでしたが、もい鳥と一緒に入院することにしました。

 これだとクッションですから、カモフラージュが利きますしね。ベッドに横になったとき、五十肩の左腕を載せるのにもいい具合でしょう。

|

2008年8月 6日 (水)

栗原さんの便利グッズ

栗原さんの便利グッズ

入院の食事に必要な箸やスプーンなどを置き、収納するのによさそうなグッズを、デパートの栗原はるみさんのコーナーで見つけました。

家族の入院には、これまでに度々付き添いました。
その度に、箸入れやスプーンをじかに引き出しに入れたり、テーブルに置いたりするのが嫌で、仕方なくポリ袋に入れたりしていましたが、こんなグッズがあればいいなあと想ったものでした。

ボタンをかけて収納袋として使え、鍵、眼鏡、筆記用具などの小物入れとしても使えそうです。
スプーンとフォークは口に入る部分をサランラップでくるんでおけば清潔で、すぐに使えます。サランラップは売店でも買えるでしょうが、もう買いました。

各ベッドにテレビがついているようなので、ベッドホーンはしっかりしたものを持っていこうと思います。

ノートは、雑記帳と創作ノートを忘れないようにしなくては。

入院期間がわからないので下着は何組持っていくか迷いますが、短期間の入院であっても多めのほうがいいと思い、体に楽な下着を買い足して準備しました。

提出しなければならない書類も、半端ではありません。いびきをかくかどうかまで書かせられる病院は初めてですよ。自分じゃよくわかりませんよね。

「最も頼りにしている方はどなたですか。」という質問も、微妙。夫に養われているので、夫を頼りにしていることは勿論ですが、身の回りの細かなことを頼めるのは娘です。

|

入院準備疲れ(?)でめまい

何となくバタバタしていますが、その疲れからなのか、久しぶりにめまいがして困ります。
朝、缶・ビン出しに外に出て戻るときにフラフラし出し、家に入ってからきつい頭痛がしました。
頭痛はよくなりましたが、まだめまいは治りません。起き上がると、フラフラします。

この虚弱体質(?)、入院で治らないものかしら。

|

2008年8月 5日 (火)

入院のこと

 入院するまで間があって、助かります。

 正直いって、頭の瘤から入院話が飛び出してくるとは思いませんでした。この瘤、愛嬌があるからか、結構人に触られましたよ(髪に隠れてみえませんが、触ると可愛い感じなのですね)。

 脳神経外科の看護師さんが「わたしも骨腫かもしれない。肩がね。頭、触ってみていい?」とおっしゃって。わたし、まだ骨腫と確定したわけではないのですが。看護師さん、早くお隣の部屋の整形外科を受診なさってね。

  昨日も内科の看護師さんが「どこ?」と。脚と指の腫瘤は可愛くないのか、誰も触ってくれません。

 こうした腫瘤の原因究明のために、内科に入院することになった次第です。

 内科の先生は飄々とした感じながら迅速に事を進める先生で、脳神経外科と整形外科の先生から届いたデータをチェックなさっていたかと思うと、わたしを振り返り、「入院にして調べようかな。通いじゃ、いろいろできないから。いつがいいですか?」

 わたしは入院という言葉に驚いて、「入院期間はどれくらいになるのでしょうか?」と訊きました。すると、「わからない」と先生。

 わたしはぽかんとなりました。おおよそでも入院期間がわからないと、希望日は出しにくいのです。仕事を持っている人や子供が小さい人は困るでしょうね。でも、わたしだって困ります、一応主婦業を担っていますので。

 結局、「先生にお任せします」といいました。

 検査をするだけであれば早く退院できるのかもしれませんが、副甲状腺の手術をするとなると長くなるということのようです。入院予定をパソコンに打ち込むときに先生は、
「4週間くらいにしておくかな」と呟かれました。

 最長で4週間と考えていいのでしょうか。「もし手術を受けなくても済むとしたら、どれくらいで退院できますか?」と伺うと、先生は眼をぱちくりさせてわたしをご覧になり、「あ、それは……」とおっしゃっただけでした。

 これまで出遇ったことのなかったタイプのお医者さんで、独特のムードを醸す先生です。インテリっぽい風貌。ホームページの医師紹介を見ると、九大出身の先生であるようです。

 慢性膵炎疑いで3年間薬を飲んでいたけれど、現在はなかったことになっていることをお話ししましたが、この話に疑わしげな反応を示さなかった先生は初めてでした。わたしの話を特に肯定されたというわけではありませんでしたが。

 「前から症状はあったはずだけどね。誰かに見せようとは、思わなかったの?」と先生。「症状といいますと、瘤のことですか?」とわたし。「そう」と先生。

「誰にでも、こんな瘤の1つや2つ、あると思っていたのです」とわたしは、正直にいいました。すると先生は、また眼をぱちくりさせて、まじまじとわたしをご覧になり、「そう……。そうかもしれないね。そんなものかもしれないね」と、同調なさったではありませんか。

 こんなときに、専門家としての考えを述べないお医者さんは珍しいと思いました。

 家から歩いて通えるので、五十肩でかかるにはこの病院がいいと思い、通い始めました。が、かかりつけの循環器科クリニック、呼吸器科クリニックの先生は県立病院の先生だったことから、そちらに統一したいと思ってきたにも拘らず、県立とは縁がないのか、ここと本格的に縁ができてしまいました。

 何となく循環器科の先生、呼吸器科の先生には報告しにくいなあ。今週中には薬を貰いに行き、報告しようと考えています。

 入院予定の病院は現在、増改築中です。わたしの入る大部屋辺りも丁度工事中だとか。その増改築によって大部屋は4人部屋に統一されるそうですが、わたしが入るときまでにその工事はたぶん完了せず、古い6人部屋に入ることになるだろうとの看護師さんのお話でした。

 パソコンは、娘と共有しているので、持っていけません。当ブログは、携帯から更新しますね。

 何しろ入院期間がわからないので、準備に迷います。売店はあまり期待できないので、必要なものはきちんと持って行こうと思います。病院は街中にあり、てくてくデパートまで歩いて15分くらいでしょうか。ただ、近くにコンビニを見かけません。

 明日は美容院を予約しています。喘息が出ると困りますが、この髪のまま入院したくありません。

|

2008年8月 4日 (月)

12日から入院

12日から入院
内科を受診しましたが、今日は検査も何もなく(検温と血圧測定のみ)、先生は最初から入院させるつもりでいらしたようです。
今外出先からなので、詳しくは帰宅後に。

取材旅行もK文学賞応募も、おあづけです。
家族の夕飯のことが心配ですし、大部屋だと喘息の発作で迷惑をかけはしないかなど、色々と気にかかります。

|

2008年8月 3日 (日)

更新のお知らせ

☆忍者ブログ「マダムNの純文学作品」に連載中の『救われなかった男の物語』
                           ⇒連載23連載24

このブログでは、文学賞の最終選考で落ちた作品及び同人雑誌掲載作品を公開していきます(そして、公開後にホームページに収録の予定)。
現在連載中の作品は、桜館と名づけられた瀟洒な館に住む3姉妹が抱えた闇の物語です。

|

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第92回

 公孫氏落城が238年の8月のことでした。そして、ナシメさんとトシゴリ氏が献上品と共に帯方郡に到着したのは、翌239年の6月です。

 帯方郡太守の劉夏(りゅうか)は、一行に案内役をつけて魏都洛陽まで送らせますが、この年、魏では明帝が崩御し、8歳の幼い曹芳(そうほう)が即位するという政変があり、そのための一行の帯方郡での滞りがありました。

 帯方郡を訪れてから6ヶ月後の同年の239年(1512月、遂に倭国の一行は華の都洛陽を眼にしたのでした。

 女王の一大事業といえるこの度の中国王朝への朝貢は、タルの楽天的でありながらも的を射た予測に違わない稔り多いものでした。

 魏の廃帝(はいてい)(16)より下された詔書(しょうしょ)には、遠路はるばる朝貢して忠孝を示したことに対するねぎらいの言葉から始まり、女王を『親魏倭王』とする旨が述べられ、金印紫綬(しじゅ)を授与すること、よって倭人たちを充分に治めて魏に従うようにせよ、との指示があって、使者たちに褒賞として与える官位〔ナシメさんには卒善中郎将、トシゴリ氏には卒善校尉。いずれも高級武官の官名〕と印綬(17のことが触れてある後は、それは豪華なプレゼントの目録となっていました。

 濃い赤地の咬竜の模様のある錦5匹、細かく縮れた濃い赤地の毛織物10枚、あかね染めの織物50匹、紺青染めの織物50匹、また特に女王に、紺地の曲紋のある錦3匹、まだら模様の毛織物5枚、白絹50匹、金8両、五尺刀2口、銅鏡100枚、真珠・鉛丹各50斤が下賜(かし)されることになるのでした。

 ナシメさんたちの帰国にあたり、帯方郡太守の弓遵(きょうじゅん)は梯儁(ていしゅん)らを派遣して、魏帝からのプレゼントを持たせました。

 女王の使節団がこれほどまでに厚遇されたのは、幼い魏帝を補佐する司馬懿の意向によるものだったと思われます。

 女王は思った以上の魏のきらびやかな処遇に応えるために不調を押して、中国の使者である梯儁と接見なさいました。

 この時の女王は、王位を象徴するダイアデム(18をお付け遊ばされました。このダイアダムはガラス製の管玉をつないだものなのですが、管玉の色はスカイブルーで、美しいものです。

 中国文化圏には存在しないタイプの王冠であり、女王の御姿は、中国の使者の眼に印象的に映ったことでしょう。女王は、魏帝への礼状をお託(ことづけ)になりました。〔


  15 魏の景初3年。
 16 曹芳。
 
17 銀印青綬。
 18 ヘアバンド式の王冠。

|

2008年8月 2日 (土)

Diary 08.8.2∥体のこと|創作ノート1-2

 体のことで時間が潰れてしまうことと、児童文学作品の取材旅行(関連ブログはこちら)が早まりそうなことから、今月中に60枚の短編を仕上げるのは無理な気配が濃厚になってきた。

  9月になってからとれるはずだった娘の休暇だが、今月中旬から下旬にかかる頃に急に変更になってしまったのだ。娘は怒ったが、人手不足の職場、契約と言う弱い立場とあって、どうしようもない。

 4日の月曜日に日赤の内科を受診することになっているけれど、何かはっきりしたことがわかるだろうか。副甲状腺ホルモンが高いといっても血中カルシウムは正常値だったから、亢進症、低下症のどちらとも診断されない可能性のほうが高いのではあるまいか。

 とすると、腫瘤も特に急にどうのということでなければ、当分経過観察ということになり、当然入院や手術という事態にもならないわけで、今月中旬以降に秋吉台に行けるということになる。

 児童文学作品が滞っているので、早く取材に行ってしまいたい。そのぶん短編のK文学賞応募は諦めることになるだろうが、応募したところでどうせ獲れはしないのだから、どうでもいいともいえる。ただこの短編は、興味深いテーマであるため、きっちりと仕上げたい。

 いずれにせよ、秋吉台に行くまでは短編に没頭することにしている。以下は本日付『マダムNの創作ノート』から。

    1. 枚数の配分について
      枚数は60枚。
      60枚のときはいつもそうするように、序破急で行こう。起承転結は中編・長編向きだから。
      単純に3等分して、序20枚・破20枚・急20枚とするか、序15枚・破30枚・急15枚とするか。あるいは急に重点を置いて序15枚・破15枚・急30枚とするかだ。
    2. 説明の織り込みかた
      前置き的に物語の背景を説明してしまうか。あるいは、物語が進行する中で、それとなく挿入していくかだ(この場合だと、説明は必要最小限にとどめなくてはならない。そうしないと物語の進行を止めてしまうだろう)。前置き的に説明してしまえれば作者としては楽なのだが、読者には逆に負担を強いることになるだろう。まとめて頭の中に容れて貰えれば助かるが、そうする前に読者は厭きて離れてしまうに違いない。
      登場人物と読者の間になるべく隔てを設けないためにも、説明は最小限、物語の進行の中で織り込むことにしよう。
    3. 誰に語らせるかの問題
      作者であるわたしに客観的に語らせるか、作中人物に主観的に語らせるかのどちらを採用するかで迷っている。物語を神秘主義的なムードのうちにより劇的に盛り上げるためには、どちらがいいだろうか。
      前者を採用する場合だと、特に、権威主義的な装飾を一切排するようにしなくてはならない。でないと教条主義的、宗教的小説に堕ちてしまう。神秘的な場面であっても、極力リアリズムの手法で描くこと。
    4. 舞台設定
      舞台劇のような効果を出すために、作中人物の主要な2人が居合わせる(一方は生者、他方は死者)部屋に、舞台を固定しておきたい。
      説明に伴う過去の回想場面における舞台は、固定した舞台の妨げにならないよう淡く描くこと。

|

2008年8月 1日 (金)

福田改造内閣

 福田改造内閣の顔ぶれを伝えるニュースの中で、巷の「思い切った改革をやってほしい」という声があったが、もう改革ごっこはやめてくれ。

 「改革」(改悪とわたしはいいたい)するたびに、どれだけ血税が出て行っていることやら。

 海外に対しては毅然とした態度を示し、国内においては手術痕の出血や痛みの処置に当面心血を注いでほしい。

 

|

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »