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2008年8月 3日 (日)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第92回

 公孫氏落城が238年の8月のことでした。そして、ナシメさんとトシゴリ氏が献上品と共に帯方郡に到着したのは、翌239年の6月です。

 帯方郡太守の劉夏(りゅうか)は、一行に案内役をつけて魏都洛陽まで送らせますが、この年、魏では明帝が崩御し、8歳の幼い曹芳(そうほう)が即位するという政変があり、そのための一行の帯方郡での滞りがありました。

 帯方郡を訪れてから6ヶ月後の同年の239年(1512月、遂に倭国の一行は華の都洛陽を眼にしたのでした。

 女王の一大事業といえるこの度の中国王朝への朝貢は、タルの楽天的でありながらも的を射た予測に違わない稔り多いものでした。

 魏の廃帝(はいてい)(16)より下された詔書(しょうしょ)には、遠路はるばる朝貢して忠孝を示したことに対するねぎらいの言葉から始まり、女王を『親魏倭王』とする旨が述べられ、金印紫綬(しじゅ)を授与すること、よって倭人たちを充分に治めて魏に従うようにせよ、との指示があって、使者たちに褒賞として与える官位〔ナシメさんには卒善中郎将、トシゴリ氏には卒善校尉。いずれも高級武官の官名〕と印綬(17のことが触れてある後は、それは豪華なプレゼントの目録となっていました。

 濃い赤地の咬竜の模様のある錦5匹、細かく縮れた濃い赤地の毛織物10枚、あかね染めの織物50匹、紺青染めの織物50匹、また特に女王に、紺地の曲紋のある錦3匹、まだら模様の毛織物5枚、白絹50匹、金8両、五尺刀2口、銅鏡100枚、真珠・鉛丹各50斤が下賜(かし)されることになるのでした。

 ナシメさんたちの帰国にあたり、帯方郡太守の弓遵(きょうじゅん)は梯儁(ていしゅん)らを派遣して、魏帝からのプレゼントを持たせました。

 女王の使節団がこれほどまでに厚遇されたのは、幼い魏帝を補佐する司馬懿の意向によるものだったと思われます。

 女王は思った以上の魏のきらびやかな処遇に応えるために不調を押して、中国の使者である梯儁と接見なさいました。

 この時の女王は、王位を象徴するダイアデム(18をお付け遊ばされました。このダイアダムはガラス製の管玉をつないだものなのですが、管玉の色はスカイブルーで、美しいものです。

 中国文化圏には存在しないタイプの王冠であり、女王の御姿は、中国の使者の眼に印象的に映ったことでしょう。女王は、魏帝への礼状をお託(ことづけ)になりました。〔


  15 魏の景初3年。
 16 曹芳。
 
17 銀印青綬。
 18 ヘアバンド式の王冠。

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